あられの日記

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旧陸奥宗光邸見学

2018年11月12日 08時07分03秒 | 歴史散歩
2018.10.27に見学。明治記念大磯邸園ガイドツアーは、10時半スタートで、同じ敷地にある旧大隈重信邸からスタート。次はお隣の和館陸奥宗光邸です。
維新後、大磯は幕府の御典医だった松本順が提唱した健康回復目的の海水浴をここでと明治18年(1885)に日本で初めての療養を目的とした海水浴場が開設され人気に。ついで明治20年(1887)に東海道線大磯駅が開業し、別荘地として急速に発展します。明治の政財界の要人が集う場所となりましたが、大正12年(1923)に相模湾を震源に発生した関東大震災で多大な被害をうけ、以後往年の繁栄を取り戻すことなありませんでした。
前置きはこれくらいにして、旧大隈重信邸と旧陸奥宗光邸は同じ敷地に隣接しています。大隈重信が大磯の別邸を使用したのは1897年(明治30)からの4年間のみ。別邸は古河市兵衛に譲渡されます。
さて、陸奥宗光って誰?という方のためにかるく紹介しますね。

陸奥宗光は天保15年(1844)生まれの紀伊の国(和歌山県)出身。
文久3年(1863)に勝海舟の神戸海軍操練所に入り、慶応3年(1867)坂本龍馬の「海援隊」に参加。維新後は兵庫・神奈川県知事、大蔵省租税かしら、元老院議官を歴任。
明治11年(1878)土佐立志社事件への関与が発覚し禁固5年の刑を受ける。出獄後、伊藤博文の勧めでヨーロッパへ留学。明治19年(1886)帰国後、外務省に入省。
陸奥宗光の最大の仕事は、幕末期に外国と結んだ不平等条約の改正です。外国に有利に日本に不利だった条約を明治27年(1894)日英通商条約に調印しました。しかし、明治30年(1897)に肺結核のためここ大磯で死去します。
そういえば、NHKで制作された「坂の上の雲」で陸奥宗光役の役者さんがゴホゴホやって意見してたのを「陸奥は療養しろ」とか中尾彬さん役の人に止められてたのをふと思い出したよ。
で、陸奥宗光が大磯に別荘を構えたのは明治27年(1894)です。明治29年(1896)には病気を理由に外務大臣を辞任して大磯で療養生活を送ります。が、翌年に他界する。で、なぜに別荘が現在古河電工の所有になったか?というと、陸奥の次男・潤吉が古河市兵衛(古河財閥創始者)の養子になっていたので古河家に譲渡されました。しかし建物は大正14(1923)に発生した関東大震災で大きく損傷。古河財閥3代目当主虎之助は母のため大正14年(1925)に建て替えます。なので現存の建物は旧陸奥宗光邸といっても、陸奥時代と同じものではありません。ただ、残された資料によると玄関と主な居住部分は復元されているようだとか。前置きが長くなってしまいましたが、建物に入ります。

玄関に掲げられた「あの扁額は何て書いてありますか?」とガイドさん。ンなこと言われても〜??
「一つ目は「游」で2つ目は「漁」ですか?」と私。「惜しい。正解は「聴漁荘」です」と返すガイドさん。もうね。ついつい口から余計なことがポロポロ出てしまう私です。

反省しつつも陸奥時代の面影を復元したという玄関から靴を脱いで上がります。

大きな窓のある和室です。

訪問したのは10月27日なのでわかりにくいのですが、庭木はつつじが多い。5月にぜひこの和室から眺めてみたいものだわ〜。

この和館も大隈邸と同じく広い広縁の廊下があります。畳敷きの外側に廊下がしつらえてあるのは、大隈邸と同じく海水浴で汚れた体をお風呂で洗うために、直接庭から広縁に上がり廊下部分を回って風呂場に向かえるようにしたからとか。これもガイドさん情報です。

ちなみにこれが外からみた上がりの石。玄関周りより手取り早いよね。

和室の床の間には横山大観の滝の図が。ちなみにこの絵は横山大観が滞在し、お礼代わりに庭の滝を描いてったんだって。後で庭園散歩した時の画像で、横山大観が腰かけて描いた石などを紹介します。
さて、海水浴場が近いので、広い浴室は必須だった模様で、脱衣場も浴室ともに広いです。脱衣場はツアー参加者が邪魔(失礼)で撮影断念したけど、浴室はちょっと撮影しました。

現代を生きる私たちからしたら、浴室の壁が木製なのは違和感ありますね。

でもこのレトロなお風呂も古河家時代のもの。天井全体に換気をする工夫があり、

あれ?これ、シャワーじゃないの??

海水浴のあと、体についた砂を洗うには湯船につかるよりシャワーの方が便利かも?まあ、のちに庭を散策しててもひとつ体を洗う理由を見つけちゃいましたが。だって、土俵があったんだもの〜。ご当主の趣味だったみたい。

こちらは浴室・脱衣場に隣接する洗面所。洗面所なのに素敵だったのでパパッと撮影。パパッと撮影したので、ピンボケ画像になっちゃったよ〜。雰囲気が伝わるのを載せますね。
洗面所・脱衣場から廊下を挟んで家族用の和室があります。そこに陸奥宗光の功績紹介資料展示が。ふと、片隅にあった大きな鏡台に目が止まる。ガイドさんに開けていいか?聞いたわ許可が出たので開く。

綺麗な鏡だった。いつの時代のものか?しみじみと見てたからかガイドさんが「皇后が行幸された時に使われた鏡台と伝わってます」と。今回はガイドツアー90分の時間制限付きだからあまり突っ込んで尋ねられないのが残念です。⚫️見さんに聞いたらあれこれ一杯教えてくれそうなのになあ〜。残念ですわ。ということでみ陸奥宗光邸の見学は一旦終了。

玄関前にあった説明板。陸奥宗光の奥さん亮子はとても美人ですね。息子も美男だなあ。
さて、ガイドツアーでは最初に入園券の配布がありまして、お庭は当日限りに自由見学できます。ツアーが終わってから戻ってくるぜ!!ってなことで、次に移動です。伊藤博文の滄浪閣です。

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2 コメント

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坐骨神経痛なら (長谷川僚太郎)
2018-11-13 01:58:00
こんな方法で私は2日で治りました。https://twitter.com/tenguheidan/status/1060185629231800320
最近は戦争遺跡探訪記を出しているので、現地ガイドの説明はうらやましいiです。

送信機能がおかしいので、
しばらく様子を見ます。
ウイルスではなく、ケーブルの接続不良です。繋がったり切れたり。
情報ありがとう (あられ)
2018-11-13 10:25:03
長谷川様
座骨神経痛の治し方の情報ありがとうございます。
ちょうど書き込みをいただいた日より、あまり回復が思わしくなく、鍼灸(ハリとお灸)を始めることになりました。
ハリもお灸もほぼ初めてです。効果を疑ってまして、コメントをどう返せばいいのか?と放置。で、今日4回目の鍼灸体験です。
ハリはツボに当たれば効果は抜群だけど、外すと全く効果がない感じです。4回中2回当たり2回外れです。
座骨神経痛ですが、どうも坐骨結節痛からの太もものハムスストリング痛です。まるでスポーツマンのごとくの故障で、普段座るの上等の生活なのに納得いきません。
教えてもらったツィッター画像を見たので、取り入れてやってみます。ちょっと前までの私ならこの動きは絶対無理でしたが、いまなら少しは試せそう〜。

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