あられの日記

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江戸東京博物館 明治〜現代ゾーン

2019年10月09日 05時39分26秒 | 展覧会&観光施設&能楽
2019/10/1訪問。都民の日につき入館料600円が無料でした。
昨日の記事は江戸の人々の暮らしを紹介しました。今日は明治から現代まで。ミニチュア展示が一押しです。文明開化ということで、明治10年のレンガ街のミニチュアがトップ画像です。明治5年に大火事が発生し、江戸のあれこれが焼失してしまい、時の政府が燃えない建物=レンガ造りということで、西洋を模した新しい街造りを計画したそうで。まあ、その後関東大震災で、レンガ造りの建物は壊滅的被害を出し、今度は西洋レンガ街も瓦礫になったんですが。
ミニチュアの解説もついてる。牛乳売り・鉄道馬車など江戸にはなかった、時代を反映したお仕事も再現してあります。ここ、時間を費やして悔いなし!の場所です。
大きなミニチュアなので、もう一場面。
一つ面白い人形を見つけました!交差点がありますね。左奥に伸びる道の入り口に、ガス灯があります。その側で石を投げようとする男を警官が止めてるところが再現されてます。ちなみに、通りの建物は始めは買取でしたが、その後賃貸契約になったものの、家賃は高額。空き家が多かったんだって。けど通りにウインドディスプレイが登場。新聞社や雑誌社がレンガ街に集まったとか。そういや朝日新聞が銀座の歌舞伎座の近くに現在もあるのもこの時にできたからかも?面白いな。あちこち街歩きした時に見たものが歴史に裏打ちされていく。
これは別のミニチュアで、御茶ノ水にあるニコライ堂です。背後に、ニコライ堂が出来た当時のまだ瓦屋根の甍が並んでますね。幕末に撮影された古い写真を見たことあるんですが、あれを表現してるっぽい。ここで注目なのはニコライ堂の屋根。実はニコライ堂も関東大震災で被災。屋根が落ちたんだ。更に鐘楼も再建した時は低くなったとか。ミニチュアはオリジナルです。
ちなみに、こちらが現在のニコライ堂を紹介したブログ。
オリジナルの建物と見比べてみてね。他には鹿鳴館のミニチュアもある。地下に。上から見下ろせる仕組みなのですが、薄暗かったので撮影に失敗しました。教科書で明治の外交の要を担った鹿鳴館に写真や絵を見たことありますよね?でも鹿鳴館の前庭がどうなってたかは知らないでしょう?ミニチュアで確認出来ました。けど鹿鳴館は知名度に反し実際使われていた期間はとても短い。wikiによりますと、1883(明治16)年7月に完成。1887年には鹿鳴館時代が終わり、1890年には早くも華族会館として使用。1941年(昭和16)に取り壊されてます。ミニチュアは華やかな時代を再現。ちなみに、鹿鳴館の跡地には現在日比谷U-1ビル(旧大和生命ビル)が建ってます。
次のゾーンは庶民の娯楽。浅草六区の全盛期の建物。猥雑で楽しそうな街並みです。映画やアニメに出てきそう。
けどもそのあとは関東大震災と東京大空襲なので、仕上がった街が潰れてる。人々の心から余裕が消え、生きるためだけに全力を尽くす。あんまり見たくないなあ。お勉強資料としてはいいんだけどね。まあここは「東京」の歴史を勉強する博物館ですから、震災に遭ってない戦争中に空襲にも遭わなかった地方とは違う歴史紹介なんでしょうが。逆に今、台風や地震で被災してる方々も「東京の人に私たちの苦しみはわからない」というつぶやきが聞こえた気もしますが。
時代に合わせた長屋の暮らしの再現。床に直接座ってた時代なので、お茶の間にはちゃぶ台がある。長屋の大半が木製だ。現在のマンションで使われている木材はこの何十分の一だろうか?
こちらは確か和洋折衷の別荘の再現。何つーの?レトロ建築を再現して建てられた山小屋風に見える。そこで赤色を選択するところにレトロ感あるけどさ。この建物をチョイスして再現展示してる意味がなあ。ぶっちゃけいる?もうちょいやりようがあるように思うな。まあ貧富の差を示すならありだろうけど。そこを意図して展示してないよね?リニューアルするならこの建物ではなかろうか?ってか、これは武蔵小金井のたてもの園に移設するのがふさわしいと思う。
で、マンションの出来始めた頃の暮らし。いや、時代風に言うなら「団地」ですね。長屋から団地へ。流れに矛盾はない。椅子・ミキサー・炊飯器・アルマイト製のやかんに鍋。時代を反映させてて興味ふかいです。
で、展示途中に時代の流れ順になってない場所があり、上の画像は戦後の混乱期に戦闘機の機体の材料だったジュラルミンで日用品を作ってましたのコーナー。なぜにそこですり鉢をチョイスしたんだろか?おろし金に至ってはジュラルミンで作っていくらで売られていたのか気になるわ。それほどまで戦争直後には金属が不足してたという証明作でしょうか?子供の学習成果を上げるには、もうちょいフリップに工夫が欲しいなあ。これは博物館全般に言えるんですがね。もう誰が読むんだ!といいたい。読みそうな年代から言わせてもらうと、せめて文字の大きさを倍にしろ!と。
あ。ついでに俗物の私は、フィリップの内容をもうちょい深く、興味を引くものに変えて欲しいです。物には値段というものがあってですね。そこは一切触れてない展示はどうかと思う。俗物な私はそこが知りたいんだ。あと主婦的にはジュラルミン製の台所用品の使い勝手もね。だってジェラルミンて戦闘機の機体に使われてたんだよね?熱伝導率悪そうだもの。
で、これは来年に東京オリンピックが控えてる時ですから抑えておかねば!な1964年の東京オリンピックです。昭和39年ですね。今回のオリンピックと熱の入れようが違ってたんだろうなあ。もっともオリンピック萌えしたいと思ってたけどさ。私は2度ともチケット抽選漏れ組なので、来年はお家で観戦する人に決定しちゃってるんだけども。オリンピックを会場で観戦するのを諦めて、もうオリンピック観戦予算をつぎ込んでオリンピックタオルやら東京オリンピックエンブレムマークハンドタオルやら東京オリンピック半袖Tシャツを増税前に爆買してしまったよ。
1958年発売のスバル360。wikiによりますと、大人4人が乗れる初めての軽自動車なんですって。特徴ある高度経済成長時代の憧れの車です。
なんかさ、私が中学生の頃担任の先生が「スバルを数えて50台になると願いが叶います。ただし、黄色のスバルを見たらそれまでの数はリセットされる」という、どこのゲームじゃ!というリアルゲームを教えられまして。数えましたよ。スバルタイプの車を!さすがにスバル360じゃなかったけどね。そしてなぜかこの車を黄色で発注するオーナーさんが多く、何度もリセットになりましたよ。50台も連続で会えませんでしたよ。ほろ苦い思い出だわ。
で、このあとは現代の日本ゾーンです。時代の流れを学校給食で紹介。発想はいいんだけどさ〜。ま。メニューをみてよ。

1960年代の給食。メニューはともかく食器に目がいく。私の田舎は香川でして、小学校は全て金属の食器だったんじゃないかな?もちろん60年代じゃないよ?70年、下手したら80年代も一部金属食器だった気がする。
1970年代の学校給食。な。東京の学校給食の食器は既に70年代には金属じゃないんだぜ?ま、先割れスプーン1本は香川の学校給食と同じなんだけどね。ガラスの牛乳瓶も香川では70年代末まではこれだったのを覚えてる。
説明文には洋食化が進むとありますが、オキアミの食用化とか既に漁業資源の枯渇が懸念されてるとある。なんかさ、説明文の注目すべき点が間違ってる気がするのは私だけ?そっちに注目するのもいいけどさ。飾るなよ!と言いたい。そういや香川では学校給食でメロンが出たことないよ?冷凍みかんはしょっ中出てたけどな。献立はともかく、予算はいくらだったんだろうな?確か小学校では給食代を一月1回集めてたよな。
そして学校給食の展示の間に展示してあるのが時代を反映するものだと今更気づく。奥に見えるはiMacか?ボディコンといって、今を生きる若者はわかります?さすがにボディコンは着ませんでしたが、ミニスカートは履いてた私の女子大時代。で、聞きたいのはボディコン衣装はいくらだと思いますか?もうね。あの頃の洋服代は狂ってました。洋服メーカー乱立してましたし。女性達はおシャレに大金を注ぎ込んでた。あ〜もったいないことをしたわ。あの頃の自分を殴りに行きたい。
1980年代の学校給食。む〜ん??なんかさ、白ご飯があるのが不思議。そしてお箸に変化してる。あの頃先割れスプーンがなぜかデスられてたなあ。今思えば先割れスプーンって便利だったのに。
私の学校時代は小中とほぼパン食でした。高校からはお弁当持参に変わった。で、白いご飯を食べよう!やかましい人々がいて、と生徒は小学校へ月に何度か自宅からお米を持っていったんだよね。それに味噌汁??土地柄かな?そして許せない白ご飯と牛乳のコラボ!味覚的にこの取り合わせはないわ〜。私の時代は「給食は残さず食べましょう」でした。おかげさまで、この時の牛乳と白ご飯コラボのマズさのせいで、牛乳のままでは飲めないというトラウマが残ったよ。ええ。今でも牛乳のまま飲めん。
さて時代の象徴にコギャル。ポケベルにルーズソックス。何も言うまい。私は既に学生ではなかった。ポケベルも持ってなかったし。思い出がない。ルーズソックスは洗濯が大変そう〜とか思いましたけど。乾かんだろソレとか。何日ごとに洗ってんの?とか。既におばさん思考になってたし。
1990年代の学校給食。豪華すぎる。羨ましい。そりゃあ子供が学校で日々こんなメニューばかり食べてたら、日本人はお米を食べなくなるよな。
で、2000年代の学校給食。これもう学校給食で出していいの?というのが感想。あと、カロリーが気になるわ。食べ過ぎ。チャーハンと春巻きか。女子生徒の敵なメニューだね。
撮影してませんが、展示物の最後の時代を象徴する衣装は薄い青色のフリフリエプロンなメイド服だった。何やってんの江戸東京博物館!もうこのコーナー作った学芸員の趣味としか思えん。ツッコミどころ満載でしたよ。ええ。疲れた。帰ろう。
時刻は14時30分。中途半端な。都営まるごと1日券を持ってるので、まだ浜離宮には行けそうだ。萩のトンネルがある向島百花園は間に合うかどうか?押上駅から百花園に向かう都バスがな。本数少ないんだ。それに朝の小田急が人身事故発生で大分遅れたのが痛い。足がもう限界っぽいのでもう帰ろかな?となると、1階に移動だ。
墨田区文化観光コーナーと大ホール側で観光やこれからの展覧会の資料をゲットだ。帰りの車内で熟読。早めに帰宅したので、帰りは座れました。新宿が始発だし。
が。帰宅してもうぐったりだった。パコソンを起動して検索「小田急 人身事故」
〜〜〜〜〜!!!!バカがぁ〜〜〜!!!もうね。電車に飛び込んで自殺する奴の気がしれない。死ぬのに電車を使うな!といいたい。嫌がらせかぁ!迷惑だっ!!

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