「釣初心者日記」

宮崎の釣り情報・釣れた魚の事・魚料理・その他ゴルフ話など書いてます。

改革クラブ

2008年08月30日 | 勉強部屋
民主党から離脱して新党を立ち上げた話題があったけど、びっくりしたのが無所属だった宮崎のホープ・参議院議員「松下新平」君が加わっていた事。

彼が賛同するのならこの「改革クラブ」って骨がある党だと感じる。そこで、そのメンバーのプロフィールを調べてみた。

渡辺秀央氏(この人が中心になるんだろうな)

中曽根康弘の秘書を経て衆議院6期・参議院2期目だそうだ。自由民主党時代に郵政大臣も務められている。今回の離脱で、他の少数派党が民主党と足並みを揃えなければ参院は民主党過半数以上という構図が崩れることになる。それが狙い。

大江康弘氏

2001年に参議に比例当選。その前は和歌山で県議で、和歌山知事選にも立候補し破れている。民主党の足並みの悪さに批判的なことから今回の離脱メンバーとなったようだ。

姫井由美子さん

あれれ、28日に離党表明したのに、昨日は撤回して民主党に残るのか・・・
なんなんだ。
岡山県議を2期務めて、参議が一期の人だけど有印私文書偽造という不祥事もある人。

荒井広幸氏

現在まで無所属だったが新党日本の幹事長を務めた人。衆議1期参議3期め。
安倍晋三(元総理)とは仲が良いらしい。

現在4名だが、動き方次第では自民・民主を脅かす行動ができる・・・というかそれを目指してるんだろう。

ゲリラ雨

2008年08月30日 | 雑記
もう最近の生活はあまりにも刺激がなく、釣りもゴルフも行けず話題もない。

ニュースの事はなるべく書きたくないので独自の話題を探してネット検索したりするのだが、ここ数日は面白いことひらめかない。

しょうがないので言葉で連想遊びなど。

でもって表題の「ゲリラ雨」

ラジオで最近の雨の事を話されているのを聞いたけど「集中豪雨」のことをゲリラ雨とも言うそうだ。目安として直径10kmから数10kmの範囲に時間雨量50ミリを超える雨が降る場合が集中豪雨と言えるよう。

ゲリラ雨→ゲリラ

半島戦争でフランスに抗して蜂起したスペイン軍のとった作戦を、ゲリリャ(guerrilla、小戦争)と呼んだのが語源なんだそうだ。普通の規模の戦争は“guerra”というらしい。

ゲリラ→織田信長

織田信長の戦線のいくつかはゲリラ戦という感じだ。(奇襲)これもラジオで聞いたのだが、織田信長は天気読みがとても得意で、うまく雨を利用したり避けたりして戦果を上げたという。豪雨の中で軍隊を進め、意表をつく攻撃とか、火縄銃は雨に弱いので、わざと雨を避けるために軍をゆっくり進める作戦などがあったそうだ。

織田信長→鉄砲隊→鉄砲伝来→種子島

なぜ種子島が鉄砲伝来の地なんだろう・・・
火縄銃のことを、その伝来の場所から「種子島」もしくは「種子島銃」と呼んだそうだ。

種子島→オキノフナ

結局たどりつく魚話題。「オキノフナ」ってこのBLOG内で以前取り上げたことがあるので語らないけど、BLOG内検索ででてきます。私にとっては魅惑の魚。

タンジブル・ビット

2008年08月26日 | 勉強部屋
情報を入手する方法として、たとえばパソコンであれば入力機器と出力機器があるが、操作ができない幼児や老人だと身近ではない。
このタンジブル・ビットという考え方は情報に形を与える考え方なんだそうだそうで見ただけで情報入手できるというもの。

具体的には近くにいるだけで情報を感じられる装置ということであり、天気予報を見ただけで判る置物・・とか、手で動かすとそのパターンを記憶し再現できるブロックとか・・・応用としてはまだなんともイメージが湧かないけど、熊本の市現代美術館のギャラリーの一角にある卓球台というのがそんな装置なんだそうで、ピンポン球が台で跳ねると、その場所に水紋が広がったり花が咲いたりするそうで、タンジブル・ビットを具現化したものだと紹介されている。(朝日新聞)

とにかくデジタル機器を感覚で使える道具に変えるという発想であり、そこには簡単でぬくもりを感じられる道具とすることが必須。

このような研究が世界最高峰の研究拠点・アメリカの「MITメディアラボ」にて注目され、その研究開発を司っているのが副所長の日本人「石井裕」さんという人。

時間がないのでこれぐらいの紹介だけど、私もかなりデジタル機器嫌いで、難しいと感じている1人。
パソコンはなんとかだけど、携帯の細かい操作にはついて行けてない。タバコ購入のパスコすら怖い。(チャージ機能など、どんなんや・・・って感じで興味より、触れずにおこうという感覚)

楽しいとデジタルを結びつけるこの発想だけど、10年20年先はまだまだオモローな世界かも知れない。

「宋文洲」という人

2008年08月25日 | 
私はメールマガジンを3つ購読している。1つは「釣りフォーラム」のメールマガジンで、これは釣りフォーラム主催者「JUN」さんが発行されているものだ。

http://archive.mag2.com/0000081714/index.html

もう一つが「松下新平」さんのメルマガ。若き宮崎の参議院議員。

http://www.shinnpei.com/magazine_s.htm

そして、表題の「宋文洲」さんのメルマガだ。

http://www.soubunshu.com/

いずれも面白い。

この中で「宋文洲」という人のメルマガなんだけど、教訓もあり経済もあり、そして外国人視点というのが面白い。時にははっとして、反省もさせられる。

ビジネスの世界では有名な「宋文洲」という人の事を簡単に紹介すると、「ソフトブレーン」という会社の創業者で「プロセスマネージメント」という独自の営業管理手法を考え出され、それを実現するためのソフトウェア開発・提供をされている会社として認知されている。
日本の多くの大手の会社でこの仕組みが採用されて営業アイテムとして活躍しているが、提供された「宋文洲」さんは、ソフトブレーンが東証1部上場を果たした年に社長の座を退かれ、現在はマネージメント・アドバイザーという立場。

年齢は現在45歳と若いけど、今や経済界ではご意見番というような立場だし『やっぱり変だよ日本の営業』という著書(2002年発刊)は12万部を超えるベストセラーだ。ただこの人、文面から見る限り有名でも奢りはなく、自身の趣味は野菜栽培とのことだ。

プロフィールは以下の通り
1963年中国山東省生まれ。
85年に北大大学院に国費留学。天安門事件で帰国を断念し、学生時代に開発した土木解析ソフトを販売する。92年ソフトブレーン創業。00年東証マザーズ上場。05年経済界大賞・青年経営者賞受賞。同年東証1部上場、業界最大手に。06年企業情報化協会・特別表彰受賞。同年ソフトブレーン会長退任、経営から退く。


最近届いたメルマガを読んで反省したことがある。

『「忙しい人」は暇』というタイトルのメルマガだけど、「お忙しい中、わざわざ・・・」。このようなことを言われた人はだいたい暇な人です。・・・

この書き出しからドキッとさせられた。私も結構言われる。つまり自分が忙しいを口走っているわけだ。そして文章を読みながら自分に置き換えてみると、まあその通り。その文章の中で教訓を羅列すると・・・

・時間を有効に利用し、しっかり仕事をしている人は口癖のように「忙しい」と言わないはずです。
・普通の時間があってはじめて「忙しい」という表現が成り立つ。
・「忙しい人」とは普通の時間を持たない人のこと。
・仕事で「心を亡くす」ような状態が続く場合、むしろ早くそのような状態から脱出しないといけません。
・結果を生み出すのは忙しさではありません。結果に繋がる有効なプロセスです。健康な肉体と精神状態を維持し、継続可能な働き方が基本
・帰る時に残っている仕事はいつも優先順位の低い仕事の人が、良い成果を残します。やるべきことを全部やって帰る人は大した成果を残せません。

など

文章のほとんどが教訓なんだけど、そのほとんどが身に染みる。

新燃岳(霧島山)噴火

2008年08月23日 | 雑記
昨日夕刻、いつも日記にコメントを頂いている「ぽんた」さんから、携帯メールを頂いたのだが、新燃岳が噴火して小林市・周辺は火山灰でひどいらしい。昨日夕方4時過ぎの噴火で、5時ぐらいに激しく灰が降ったようだ。車が灰を被った写真を添付で頂いた。

結構驚いた。

ニュース情報だと
「福岡管区気象台によると、22日午後4時半過ぎ、霧島山に設置されている地震計が、火山性微動を観測し、その後、新燃岳が噴火したことが確認された。このため、気象台では、22日午後5時15分、霧島山の新燃岳の警戒レベルを、「平常」のレベル1から、「火口周辺への立ち入りを規制する」レベル2に引き上げ、注意を呼びかけている。小林市では、噴火に伴うものと見られる火山灰が、雨に混じって降っているということ。新燃岳の噴火は、平成4年以来」

ってことで、平成4年にも噴火したのも知らなかったけど、この新燃岳・・・
Wikipediaによると、1716年・1771年・1822年・1959年に噴火している。自分の感覚では霧島山脈の山々は活動は停止しているイメージがあったので意外だ。

よくよく考えると活動が活発な鹿児島・桜島と、雲仙普賢岳との間にある山脈だし、地形を考えても大爆発というのも想定されるわけで怖いと思った。

さて新燃岳のことをあまり知らないので調べてみた。

霧島山脈で代表的というか、有名なのが韓国岳(からくにだけ)と高千穂峰で、韓国岳は一連の山々の中でもっとも背が高く、そして観光地として有名な「えびの高原」からは気軽に登山もできて人気があり、高千穂峰はその姿の悠々しさと、登山対象の山としての人気もあるが、遠めに霧島の山々を望むと、この2箇所が特に飛び出して背が高く見える。韓国岳は標高1700mで高千穂峰は1574m。ちなみに私が小学生の頃に記憶していた韓国岳の標高は1666mだったんだけど、この34mの差は何なんだろう・・・

そして新燃岳はというと、この連山の中にあっては隆起がほとんど分からないので視角的には難しい。だけどGoogle地図などで位置の確認をしたら、この霧島山の中心・中核であることが判る。韓国岳とほぼ同規模の火口を持つようだ。
平成4年の噴火以来、2005年まで火口付近の登山は禁止されていたようだ。今回の噴火により、またしばらくは登れないのだろう。というか大噴火なんて事・・・ないよね。

昨晩飲み会だった。
この噴火話題になり、「石黒耀(いしぐろあきら)」さんの小説「死都日本」の話となった。皆読んでなく作家名もうろ覚えで、誰だっけって感じの話題だったけど、私も、作家はお医者さんで、霧島山噴火の話題である事は知っていた。
あらためてWEBで調べてみたが評判はよく面白いようだ。作家が宮崎医科大(現在は宮大医学部)出身で宮崎の知識に詳しいそうだ。またお医者さんであるにも関わらず、地学知識が豊富で専門家にも一目置かれているそう。

読みだすと止まらなくなるほどらしいので、ぜひチャレンジしたいと思っている。

作品7・「カワハギ」

2008年08月22日 | フィッシュカービング作品


作成期間:2007年10月
第7回ヤギノ会展出品作品

この作品を作った経緯は、第7回ヤギノ会展に出品する作品が1品だけだと寂しいだろうと、急遽作り始めた。完成まで1ヶ月もかからなかったスピード作品だ。

実はこのスピードを達成するためにカワハギを選んだ。この魚は鱗を描かなくていいのだ。
ただ、鰭は苦労した。ゆらゆら感を出したいと思ったけど何せ技術が無い。

また眼も苦労。ちょっとチャレンジしたのは、絵の具で目玉を描いた後に透明ボンドを乗せて眼球のリアル感を追及してみた。しかし他の作品と比べて滲んだ感じであり、ちょっと失敗感もある。だけど、まあ満足な出来具合だ。

作品6・「メジナ」

2008年08月22日 | フィッシュカービング作品


作成期間:2007年4月~9月
第7回ヤギノ会展出品作品

今まで作ったフィッシュカービングの作品を一目で見れるように、「フィッシュカービング作品」というカテゴリーを作った。そして整理しているのだが、このメジナは昨年のヤギノ会展向けに作った作品だ。
完成までに6ヶ月を費やしているが、そのうちの4ヶ月はまったく着手してないので実質2月程度(それも休みの日の半分ぐらいかも)

メジナは眼が青い。

それを強調(意識)して作ったんだけど木の形が変形していたので、それに合わせ体を曲げることに苦労した。(サンプル写真などが全くないので)

竹炭の里

2008年08月19日 | 雑記
「竹炭の里」と書いて「たけすみのさと」と呼ぶそうだ。

私の同窓生、「ふっきゃん」が今ここで働いているそうだ。先日の同窓会で知った事実・・・

「ふっきゃん」は小・中と仲の良かった友達で、高校は高専に進み、そのまま大手メガネレンズの会社に就職した。社会人になっても年に1~2度は会っていたし20歳前後はヤンチャもした仲間。

一昨年だったと思うけど親父さんが亡くなって、葬式で会ったのが最後だったと思う。その後機会がなかったけど先日の同窓会にて再会した。

東京に住むはずの彼、近況を聞くと、なんと私が住んでいる国富町の職場にいるんだそうだ。上記の「竹炭の里」
http://www.takesuminosato.jp/

今年から働いているようで、経緯としてはいろいろあるようだけど、大きな理由としては務めていたレンズ会社で日本工場が海外に移行する中での気持ちの問題らしい。

そしてこの会社に居るのは、現在経営している若社長に見込まれての事。現在は企画室というところに所属していて会社の運営全般に関わっているようだ。

昨晩行ってみた。

凄く興味があっての事だけど、想像したとおり相当な山中。しかし設備は想像以上に大きかった。大きな窯が並んでいる。
従業員も20名ほどで、営業も4名ほどが全国のデパートにルートで回っていて、そこでの売上の割合が多いようだ。固定客も多くて人気No1の石鹸はダンボール単位で注文される個人客もあるらしい。

正直ブームは終わって経営も厳しいらしいけど、新しい企画事もあるようで意気揚揚としていた。スタッフも皆若くて勢いを感じる。

サンプルをもらった。歯磨き粉と石鹸。まだ使ってないけど。

近場に友人がいるというのが嬉しい。そしてこの会社が伸びる事を応援したいと思っている。また一緒に飲まなきゃ。

思い出した・・・20歳の頃、焼酎一升瓶を2人で飲みほした。私の地元えびの市の焼酎「明月」は25°だから・・・というわけでもないと思うけど翌日まで二日酔い・・・というより完全に酔っ払いのまま1日を過ごした事があった。
彼は今でも飲兵衛である。

北京

2008年08月18日 | 旅行


北京オリンピックも終盤だ。1度はこの北京話題に触れておこうと思う。

中国旅行に行ったのはもう6年近く前になってしまった。平成14年10月26~29日の事だ。行先は上海・北京の3泊4日の社員旅行。
今でも写真をみてその事を思い出すのだが、とにかく私がもっとも感動したのは、ご存じ「万里の長城」で、その時の日記を以下のように記録している。

中国の2日めは午前中から最大の目標の万里の長城。全長はなんと6700Km(北海道~九州の約2.5倍)。
観光地として公開されているもっとも有名な場所が発達嶺長城(はったつれいちょうじょう)で観光用の駐車場から歩いて5分ほどに向かって左に急勾配の「男坂」右が比較的緩やかな「女坂」の登口がありました。男坂は傾斜が40°もあり、事実登ったメンバーは手を使って這い上がったそうです。
観光は約1時間の予定でそれぞれ分かれて登りました。女坂のほうが景色は良いよ~とも聞いていたので、そちらに向かったのですが(実は寝ていて足をつった事もあり、軽い痛みもありましたので)それなりにキツイ坂でした。帰りは横の手すりを握ってないとすべり落ちそうなほど。そして写真は目標地点に上りついた私ですが、けっこう疲れきった顔です。景色はもちろん絶景!言葉では言い表せません。(行って見る価値あり!)
観光地らしく、途中には写真撮影用にラクダや馬と一緒に写す設備もあり、登りついた所には何かわかんない物を売り込もうとする中国人が待ち構えてますが、一切無視して景色のみを堪能。観光客には日本人も多いものの、もちろん中国の方々・韓国の方・西洋の方同じぐらいの比率に感じました。



そしてもう1つ。北京の名所と言えば写真の「天安門広場」ここについての記事・・・
中国の2日めの昼からは天安門→故宮の観光。50万人を収容できるという天安門広場は、大きな道路を挟んで、ものすごい町中の広場。北京のド真ん中に位置してます。
周囲にも毛沢東記念堂、人民大会堂、革命博物館など大きな建物があり、スケールの違いを感じますけど、50万人収容を何で換算してるかというと、1m×50Cmぐらいの敷石に2人立った場合、50万人入る広さなんだとか・・・。
私が持っていた知識って、天安門事件があったことぐらいですが、思えば1989年6月に起こった事件ですから13年も前のことか・・・。それから急加速でオープン社会ができていったことは間違いなく、周囲に人民服を着た人なんていません。それにしても観光客の多いこと。
天安門をくぐり故宮に入ると、映画「ラストエンペラー」の世界。ここは横切るだけで1Km弱(正式には南北の長さは960m、東西の幅は750m)の木造建築群(世界遺産)。昔は紫禁城と呼ばれ、明・清時期の帝王が居住する王宮だったわけですが、いくつもの門をくぐって広がる建物は圧巻!でも同じような造りでだんだん飽きてくるかも。最初は写真バシャバシャ。だんだんお腹満腹と言う感じ。



その時の様子を思い出したくて写真など引き出してみたけど、女子マラソンの際に北京の各所が映し出されたこともあり、なんとなく回顧録をつけたくなっちゃった。日本から近い国でもあるし、ここの景色は必見だと思う。

M男だったのかも

2008年08月17日 | 雑記
15日。今夏もっとも楽しみにしていた同窓会も無事終了。

4年に1度で3回目となるが、だんだん傾向が判ってきた・・・というか参加する人は決まっているんだなぁという感想。
それでも数名は初参加。今回は初の夏開催ということで、いままで参加したくてもできなかった人達だ。
人には言えないが、正直皆、おじさん・おばさんになっている。でも中には若さを維持している人も。
そんな私も昔と変わらんと言われるタイプで、まあ学生時代から老けて見られていただけに、今は逆転しているということかも知れない。

さてはて今回つくずく思ったこと。

それは、私がM男だったんだなということ。

小学校時代には太っていていじめられたのは自覚しているけど、中学時代は痩せたし、自分ではさほど意識してなかったんだけど、友達に言わせたら「明るいいじめ」にあってたよ・・・
なんなんだ??明るいいじめ?

中学にSさんという女性を中心の、5~6名ほどの活発なグループがあった。
このグループの特徴なんだけど、皆学力は高くて先生にも抵抗するようなパワーがあったのだが、私は中学時代には「シ」の発音がおかしかったようで、この面々とすれ違うと「シ~」と騒がれていたのだ。なんどかキレて黙らせたという記憶もあるんだけど、正直煩わしい存在だった。

今回、Sさん初登場。数名があれSさんだ~。とささやくが、私も見た瞬間にその頃のことを思い出した。
彼女・・・私を見つけるなり近寄ってきた。あ!シ~君!
困ったことにグループだったもう1人のHさん(彼女も今回初登場)も加わり、その頃の話題で盛り上がっている。もう完全に酒のツマミ。
彼女たち。高校時代も同じ学校で、なんと私が高校3年の時は2人とも同じクラスだったんだとか。(私は記憶がない)なんとなんと私が社会人になり、つき合っていた女性の事などの詳細まで知っている。恐るべしネットワークというか女性の噂。そんなこんなを暴露されてもうメロメロ。思わず悪魔か!あんた達は!って叫んじゃった。2次会には登場しないと思っていたが、しっかりこの2名。横に座って続きを語るし。

この2名の登場前も、始まってすぐに近所に住んでいたFちゃんからは、「ほらビールもっと飲みなさい!」なんて命令口調だ。何度も指図されて、「あんた嫁さんか!」って叫んじゃたし、その次には中学2年のときにラブレターを出したYさんが近寄ってきて、腹を突かれながら、その時の話を皆の前で語られるし(前回もだったけど)

もう完全に、オモチャである。

そして私は悟った。M男だったんだ・・・・
昔から嫁も命令口調だし自覚はしてなかったんだけど人からは言われていた。

自宅にて嫁にこの同窓会の様子を語ると、「女って怖いのよ。それを楽しみに同窓会に参加してるんだもん。」だって。