🌸さらすな日記🌸

人生いろいろあるけれど、あの世で後悔することなきよう、
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寄宿舎の少年愛「トーマの心臓」「寄宿舎〜悲しみの天使〜」

2017年12月10日 | 映画

萩尾望都さんの作品に「トーマの心臓」という漫画があります。
「ポーの一族」とともに、サブカル系少女漫画ファンたちの間で一世を風靡した作品です。
ストーリーは、寄宿舎(ギムナジウム)の中で起きた、トーマの自殺と、その遺言書を受け取ったユーリ、そしてトーマに生き写しの転校生、エリックの織りなす、観念的な罪と愛、そして赦しの物語です。
「観念的な」と書いたのは、同じ少年愛をテーマにした竹宮恵子さんの「風と木の詩」が、完全に「性愛と生活」を描いていたのに対し、「トーマの心臓」における少年愛は、精神的なものだったからです。

このことから、後に「トーマの心臓」のパロディギャグ漫画を描いたしりあがり寿さんのように、「萩尾望都は好きだが、竹宮恵子は下品だから嫌いだ」と語る男性クリエイターが多かったように記憶しています。
ただ下品と言われた竹宮さんも、パロギャクを描かれた萩尾さんも、しりあがり寿さんを作家として上品か下品かで云々してはいなかったように記憶していますが。
ただその後にしりあがりさんは「真夜中の弥次さん、喜多さん」という男色関係の二人の旅を描いた弥次喜多道中の漫画を描いているので、「男色を描く女の作家に対しては、当事者の男である作家は物申す資格がある」という思いがあったのかもしれません。

それはともかく、なんだかんだ言って女性が少年愛を描くということは、ある種自分たち少女が女に成長する過程での、ジェンダーがあやふやな思春期の心情を仮託するのに「使った」とも言えるし、多少なりとも「興味本位」の部分もあったのではないかと思います。
それこそ、当事者ではない人間が、当事者たちの苦しみを描くことに対しては。

そして、当時流行ったギムナジウム少年愛もののモチーフになったと言われているのが、ジャン・ドラノワ監督の60年代のフランス映画「寄宿舎〜悲しみの天使〜」です。



20世紀初頭、カソリックの寄宿学校に転入してきた侯爵家の嫡男ジョルジュは、下級生の美少年、アレクサンドルに友情以上の感情を抱いてしまいます。
ひとけのない温室で逢瀬を重ねる二人。
しかしそのうちに、そんな二人の関係を教師である神父たちは怪しむようになり…。



結果的にアレクサンドルは、帰省中の列車から飛び降り自殺してしまいます…。
ジョルジュへの愛を貫くために…。

しかしその後、ジョルジュはどうやって自分の気持ちに折り合いをつけたらいいのか…。

「悲嘆」だけで終わったしまったジョルジュの後日談を、彼の罪と愛と精神的な救いを、萩尾望都さんは自分の作品で創ろうとしたのかもしれません。


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Unknown (薫風亭奥大道)
2017-12-10 14:27:12
金子修介監督の映画『1999年の夏休み』は、このトーマの心臓が元ネタではなかったかな。原作ではなく、あくまで元ネタ。少女が少年を演じることで、少年愛の生々しさを打ち消した、何というか、不思議な感触の映画になってたように思います。細かいことは憶えていませんけどね。
少年を演じた少女の中に、まだ深津絵里を名乗る前の深津絵里ちゃんがいたんですよね。
Unknown (たま♪)
2017-12-10 15:10:34
サラスちゃんが「小説を書くことは悪事」と言っていた理由がちょっとだけわかるなあ。
そういう部分がゼロではないよねえ。

北野武監督は、暴力映画を撮影する際、実際に人を殺したことのある人に、人を殺す感覚を聞きまくったそうだし。事細かに、人を刺したり、傷つけた時の感触を聞いてまわったらしい。
監督曰く「そういうディテールを客は望んでいる。どこかでそういう事をしたいという欲求があるやつが多いから必要な感覚なんだ」的なことを言っていた。まあ、犯罪するような人が、映画で発散して、実際は行動に起こさないっていうのであれば、そういう映画のそういうシーンにも意義があったりするわけだし。
世に出された作品は、観た人(読んだ人)に任されているのかなーとも思ったりした。
でも、逆に、それを観て、よりそういう欲求に火をつけられる人が多くなってしまった時は、そういう作品を世に出した(作った)人にも業が発生すると思うのよね。
だから、世に出た方が業が増えちゃう場合もあると思うわー。
そこんとこも覚悟で世に出している人も居ると思うんだなあ。
むしろ、世に出なかったことが、運がよかった って人も当然居るだろうな、とも思うのであった☆
大道さん〜 (Sarasz)
2017-12-10 18:15:24
ありましたね、その映画。
しかも女性演じる少年の役に、男性人気声優さんが声を吹き替えしたりね。
さらには少年声で人気の女性声優さんが、少年の声で吹き替えしたりね。笑
凄まじいトランスジェンダーになっていましたね。

深津さんはデビュー当時は結構オタクフィールドで頑張ってらして、「ここはグリーンウッド」っていう少女漫画のドラマCDに出演したり、イメージアルバムで歌を歌ったりしてたんですよね。
「アキラ」で岩田を演じてた声優さんたちと。

ちなみにそのイメージアルバムをプロディースしていたのがサザンオールスターズのメンバーの方で、「メッチャ楽しかった」っておっしゃられてた記憶が。
やっぱりサザンでは桑田さんがボスだけど、自分がイニシアチブを取って、本業歌手じゃない人たちと和気あいあいとアルバムを作るのって楽しいんだろうな〜って勝手に推測しちゃいました。
オタクフィールドは、自主規制とかがゆるく、目指す売り上げノルマも低いので気楽だったんじゃないかな〜と。
「思ったよりこの声優さん、歌ウマ!」ってだけで「ヨロコビ〜♪」みたいな。
まぁ、全部推測ですが。😄
たまちゃん♪ (Sarasz)
2017-12-10 18:35:01
まぁよく言われてたことだけど、萩尾望都さん、竹宮恵子さん、木原敏江さんら「(昭和)24年組」って言われた漫画家と、小説家の栗本薫さんがいなかったら、日本はこんなに「ボーイズラブ」ジャンルが発展してなかったんじゃないかなー。

そういう意味で、萩尾望都さんが後年に「残酷な神が支配する」という作品を描いたのは、萩尾さんなりの罪滅ぼしだったんじゃないかという気がします。
少年愛を、ことさら純粋な愛と少女読者たちに植え付けてしまったことに対する、振り子を戻す作業というか…。
「残酷な神が支配する」という作品は、小児性愛者のジジィが、美少年の息子を育てているシングルマザーを騙して結婚し、同居する美少年に性的虐待をしまくるという非常に悲惨な話なんです。
少年からすれば、母親を人質に取られているようなもので、逃げられない。

その当時、すでにボーイズラブ業界はそういう被害者の状況ですら、マゾヒズム的セクシーファンタジーに仕立てあげてしまう作品が多かったので、やはりある種の危機感を持たれたんじゃないかって…。
「小児への性的虐待は、あくまで酷い犯罪なんだ!」っていう常識に、BLマニアを一度立ち返らせようとしたんじゃないかと…。

ただその作品では、ジジィによって精神を病んだ主人公を、何とか救おうとしたジジィの実の息子が、主人公にまた同性愛的感情を持ってしまうので、「むむむ…」的な感じなんですけどね…。

まぁ、何でも「口から出す」「世に出す」ってことは、本当に怖いことだとは思いますね。🙍
Unknown (たま♪)
2017-12-10 18:58:30
「残酷な神が支配する」は記憶にあるわ。
確か別フレだったと思う。別フレかマーガレットを一時期読んでいたのでねー。
でも「残酷な、、」はとても読めなかった。
元々、ホモの話は好きじゃない、、、って言ったら、職場の若い子に「ボーイズラブって言ってくださぁぁい」と言われたけど^^;
私の中で許せるのは、ひいづるところの天子かバナナフィッシュくらいまでだわ。ホモ話は気持ち悪いって思ってしまって^^;
でも、そうじゃなくても、「残酷な、、、」の話は可哀想すぎて読んでられなかった。いつも飛ばしてたわあ。私は作者の性格を疑ってしまったし、これを好んで読む人も怖い、、、って思ってしまった。
とにかく後味の悪い、嫌な話だった記憶しかない^^;
私、、、基本的に、ホモの人に嫌な印象しかないんだと思う。
いや、ホモ同士で仲良くやってくれる分にはいいんだけど、女性に意地悪するホモが居るってよく聞いたんだわ。
なんていうの、例えば、職場で男の人が若い女の子をチヤホヤするのが嫌だって言う人がいても
「いや、でもホモよりいいじゃん」って私は言ってしまう。男の人が若い女の子をチヤホヤする気持ちはわからなくもない。同性からしても、若い女の子がキャーキャー言っているのは微笑ましいし、場が和むもの。
でも、上司がホモだったらキツイなあって思う。
おかまちゃんだったらば、曲りなりにも女性の気持ちがわかるから共感できるものも共通項もあると思うのだけど。
ホモってやつは、どうにも怖いんだなあ、私には~。女性への意地悪が半端ないっていう、勝手なイメージがある。
きっと、そうじゃない人も居るはずだと思うけど。


。。。何の話かわかんなくなっちゃった^^;
Unknown (Sarasz)
2017-12-10 21:43:58
まぁ私の勝手な私見なんだけど、少年愛という素材を、思春期心身症の仮託にした女流作家と、不倫の仮託にした作家がいると思うのよね。

で、本当の小児性愛問題、または本物のゲイ、ホモ問題を描いた女流作家は、やっぱりほとんどいないと思うの。
たまちゃんが山岸さんの作品は大丈夫なのは、正直山岸さんのは「一緒になれない」悲しみを、実らない結婚問題を、同性愛に仮託しているだけだからだと思う。

「バナナフィッシュ」は、70年代少女漫画の大道、「学園のカリスマが、何のとりえもない私を好きになったもんだから、も~大変! でも嫉妬攻撃からも私を守ってくれるカレ。私のフツーなところに参ったんだって!」というカテゴリーのヤツじゃないですか。笑
それにちょっとサスペンス・アクションを加味して現代風にした…(^.^;

天才カリスマのアッシュが、やっぱり同格の天才カリスマ少女に恋するのは、それはもう少女漫画としてルール違反になるわけで…。
フツーの女子高生読書から、夢まで奪う気か!というね。



Unknown (たま♪)
2017-12-10 22:32:08
仮託ってナニ?って思ってググっちゃったわよ。
さすが小説家志望だっただけあって、語彙力豊富だわね☆
サラスちゃんの私見は正しいと思うわ。
山岸さん、そのまんま同じ事言ってたもの~。
日出所の天子ってさ、大人コミックとして分厚い単行本で販売され直したじゃんね?あれの後書きのトコに氷室冴子センセとの対談が載っててさ。
厩殿王子をヒロインにしたのは、容姿端麗で霊力もある女性がヒロインでは女性の嫉妬反感で人気を取れないから、親に愛されない傷を負った青年の方が良いと思ったから的なことが書いてあったし。

ただ、その説でいくならば、バナナフィッシュで言えば、別に英ちゃんが女の子でも問題はなかったんじゃないのー?っていう気がしたんだけど。
私はね、バナナフィッシュに関しては、”深い友情”って母性に近いような気持ちになるって女性同士でもあると思うのよね。そこんとこを表現したかっただけだと思うの。だから、厳密にはバナナフィッシュはBLじゃないと思うのよね。
たださ、パロディ本では完全にBL設定でのギャグ満載で、それはそれで超面白かった^0^

で、日出所の天子の話に戻るけど、さ。
氷室さんとの対談では、ずばりBLについて、氷室さんがガンガン山岸先生に突っ込んでてさ。
山岸先生は、「あれは◎◎を止めるための手法なんですよ」って答えてたの。
氷室さんは「◎◎、、、そういう衝動を、、、同性愛を描くことで発散してるんですね。。。」的な事を言っていて。
◎◎っていうのは、実際の対談では言葉にされたとは思うんだけど、おそらく、ちょっとツッコミすぎた内容だったか何かで編集の方が「◎◎」って言葉に濁しちゃったと思うのよね。
実際は何の事を指してたんだろ?って、すごく気になってたんだけど、わかんないや。
Unknown (Sarasz)
2017-12-11 20:49:12
うう〜ん、私もわかんなかった…。
なんだろう?
同性愛を描くことで、その衝動が「止まる」ものなんてあるかしら…。
まさか○殺とかじゃないよなー。

わからんね。(^_^;)

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