ひみちゅ

ウハウハの秘密

konotabiha

2019-11-22 02:05:15 | Weblog
事の顛末について
2019年10月12日台風19号の接近により考えもしていなかった豪雨が、津久井を襲った。夜半までに降った雨はとんでもない量で、あちこちで被害が出た。夜半にはうちの裏山も崩壊し寸でのところで被害にあうところだったが、夜中十二時過ぎに出動して、水路を作ったりしましたが何とか無事でした。
流された方の情報や被害情報など夜更けにやり取りしました。
13日朝になり、各地の道路の寸断や、鉄砲水による被害などたくさんの被害と、水道の断水があり、これまでにない状況に驚愕をいたしました。
焼山麓では停電もあり、相当の被害が出てライングループでの情報交換をしています。
12日から17日まで断水が続き営業に支障をきたし、開店休業状態でした16日からボランティアセンターで、役所の支援が受けられない、一般家庭などの泥かきなどの募集が始まり、回覧などで情報を発信しているのがわかりました。
同日、実質一般のボランティアの募集や分配など、社会福祉協議会が担当し、青年会議所が中心となり津久井ボランティアネットワークが結成され、活動が開始されました。
私は、たまたまぎっくり腰にあい、泥ろかきなどの作業はできないので、それでは、ボランティアに来ている方々に、炊き出しをしてやろうと考え、せきめん、野楽、オギノパン、ドリームファームそれぞれと連絡を取り、この炊き出しに協力いただけないか打診し物資の提供をお願いいたしました。
この折、ボランティアセンターの・社協の宮崎さんに連絡をして、快くお引き受けいただきました。
19日は雨で作業が中止とのことで、20日から作業でしたから、
昼ごろから準備をして、庁舎前でから揚げ、あげぱん、あげまんなどの提供をいたしました。およそ200人ほどの提供をいたしました。
土日中心の活動として、翌週にはせきめんのうどん250食野楽でラーメン150食の提供をいただきました。平日の提供も相模原ケータリング協会から10数回そのほか中村さんの山賊鍋、おにぎり、また南区の丸十ムラタパンさんの揚げたての食材を使ったバーガーなどの提供など、数々の団体企業から提供されています。
実は、なぜこのような行動に出たかと言うと、2011年の大震災の折、商工会や各観光協会、企業から協賛いただき、「相模原市業者会」として、大船渡に赴き、炊き出し支援をしたとき、市内各地の体育館などの避難所に行き、うどん揚げパンなどを炊き出しした時に、避難所に数人だけとかその周辺住民が大挙して列を作ったりとさまざまな状況に遭遇いたしました。また、大船渡市役所では、多くの避難民が市内各所から訪れたり、その人たちや、ボランティアでの来訪者や市役所のお役人、各地の水道・ガス・建築などの専門家集団がいらっしゃり、その方々にも炊き出し支援をいたしました。この時感じたのが「被災者だけでなく、支援をしている方々に提供することも大事だ」と感じました。
まさに今回の台風被害では、個々の被災者の皆様を復興していただくのは当然のことですが、その手助けとなる他地域からの来訪者の皆様に、感謝とお礼が必要と感じたわけです。
聞くところによると、遠くは福岡県から、高知県、広島県から来訪しているそうです。
ボランティアの方々に大変喜ばれ、このようなもてなしは各地で今までにはなかったとおっしゃってた方もいました。
しかしながら、次はいつ来るの?楽しみだなーなどとお返事いただきながら、内心では、費用などのことで何とかならないかと思いまして、商工会の事務局に相談をして、目的のある募金活動をお願いをいたしまして、文書作成をお願いをいたしました。
目的とは、ボランティア活動を支援している人員輸送車両やダンプ、トラック、および無償提供の重機などの燃料費などの補てんや費用弁償などのために、商工会の会員の方々にFAXで募りたいとかんがえました。
それが、破断となり執行部でも否認されてしまいました。
「一部の飲食業者だけ、恩恵を与えるなどできない」と言う理由でした。
現状、ひと月以上たち、災害相談窓口を開いている商工会で、一般の会員にまで浸透しているとはいえず、早急に災害救済はほかにありませんか。いち早く動くことが、一番大切と考えます。

以上
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