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番外。喜六の女房


あんたさぁ、「いま、けぇったぜ。」くらい言っておくれ。
黙りこくってさぁ。
ひっく、じゃないよ。何、しゃっくりで返事してるのさぁ。
また、飲んできたね。こんなに酔っぱらってさぁ。また、大賀屋かい。
あんた弱いくせに、大酒飲むんだから。
もう、何やってんのさぁ。
あああ、どこでおしっこしてんのさぁ。そこは玄関だって。
ほらほら、厠はこっちだよ。もう、何やってんのさぁ。酔っぱらってさぁ。
だから、そこは廊下だろ。あああ、そこは厠の扉。
ほら、ちんちん、ちゃんと出して。
よく出るねぇ。どんだけ飲んできたのさぁ。
まだ、出るのかい。
はいはい、よく雫きってさぁ。
ほら、ちんちん、ちゃんとなおしなさいよ。
そうそう。もう、情けないんだから。ちゃんとしておくれ。いい歳してさぁ。
もう、寝なさいよ。
あした、早いんだろ。仕事だけはちゃんと行っておくれ。
わかったよ。よしよし、してあげるからさぁ、寝なさいよ。
ほんと、子供みたいだねぇ。
何、起きだしてんのさぁ。
どこいくのさぁ。
何やってんの、そこは仏壇だよ。
「ちーん。」
なにがちーんだよ。
「ちーん。ちーん。」
うるさいって言ってんだろ。
「ちーん。ちーん。ちーん。」
何、泣いてんのさぁ。酔っぱらっちゃって。
いつまでもめそめそしてんじゃないよ。
あたしだって死にたくなかったけど、しょうがないじゃないか。
寿命なんだからさぁ。
わかったよ。もう暫く居てあげるからさぁ。
あたしだって忙しいんだよ。あの世からいろいろ言ってくるし、
もう少しって、頼んでみるよ。ほんと、情けないんだから。
あー、寝ちまったよ。
これじゃいつまでたっても成仏できやしない。(了)

 

 

「古代妄想。油獏の歴史異聞」Kindle版 電子書籍

◎大賀屋奇譚。油獏短編集

 筑前、福岡の城下のはずれ、穴観音の傍に酒屋が在った。その店の奥には幾らかの席が有り、夕暮れともなると馴染みの男たちが群れた。その殆どは高齢の男たちであった。のんだくれ男たちの活躍を描く、「一本木伝説。」、老いても誇りを失わぬ孤高の漢、「六左衛門の誼(ぎ)。」、ユーモア人情話の「神様。」「氏神。」、ショートショートの「番外。喜六の女房。」の5篇を収録する。

 

 

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