荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

相撲部屋の正月風景−6

2024年01月08日 | 散文

<八角部屋>

さすがは日本相撲協会の理事長です。いつも立派な門松を出します。

 

白マワシは関取の印です。隠岐島が引退してつまらなくなりました。現在は幕内に北勝富士、十両に北の若の2人だけです。日本相撲協会理事長の部屋にしては寂しいです。

 

<錦戸部屋>

八角部屋の背中合わせの部屋です。元関脇水戸泉が師匠です。関取は十両に水戸龍だけです。ちょっと伸び悩んでいます。いつもの正月飾りです。

 

<伊勢ヶ濱部屋>

スカイツリーが見通せる下町の路地に在ります。良く稽古する部屋として有名です。元横綱旭富士の師匠のもとに、関取が照ノ富士、熱海富士、翠富士、宝富士、錦富士、尊富士と居て、元幕内力士の照強も居ます。日本一の相撲部屋です。

 

唯一の横綱が居ます。その照ノ富士を応援していますが、3場所連続の休場となるので、横審辺りは「そろそろ出てもらいたい」らしい。当然の要請だけど、今一人横綱が引退したら困るし、毎日満員御礼で興行的には困っていないので、もし霧島が優勝したら来場所二人横綱になるので、引退覚悟で出ても良いのではないだろうか(とても歯切れの悪い文章です)?今場所は、前頭筆頭熱海富士に、優勝もあるかも、で期待しています。

 

いつものとおり、しめ縄に凝った正月飾りです。

 

<宮城野部屋>

ここは初めてのアメリカ人関取「高見山」の居宅です。彼も住んでいます。いづれ宮城野部屋は引っ越すのでしょうか?さて、大横綱白鵬が師匠です。今年も門松を出しています。

 

伯桜鵬に期待していたら幕下に落ちました。炎鵬は三段目だし、石浦は引退したし、稽古が厳しすぎるんだろうか?球界には「名選手名監督たりえず」の格言があるが、同様の事態なんだろうか?白鵬は良く稽古しても壊れなかったから、自分と同じ稽古をさせて壊すんだろうか?まあ、開業数年で多くの関取を育て上げたんだから立派ではあるけど、、、

 

なんて思いながら、彼が移動するのを待っていました。・・・結局私が根負けしました。

 

帰宅したその夜、ビデオを取っていた「はじめてのおつかい」を観ました。そしたら、石浦改め間垣親方の3人の子供の奮闘を放送していました。健気で、可愛くて、涙を流しながら観ました。上記の彼はその番組を観てやって来たのかも知れません。

で、感動した私はこの翌日再訪して、3人のお使いの道を辿りました。結構大変な散策になりました。編集出来次第報告します。

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相撲部屋の正月風景ー5

2024年01月08日 | 散文

街はコロナ明けもあって、七福神巡りで賑わっています。東京にも各地に七福神巡りがあって、界隈は「深川七福神巡り」です。

 

深川稲荷神社です。ここは「布袋尊」を祀っています。

 

ここには「昭和の大横綱」大鵬の名前が残っています。ここの氏子でした。ここの氏子として、近くに3軒の相撲部屋が在ります。

 

<大嶽部屋>

「大鵬道場」です。大鵬の孫「王鵬」が居る部屋です。王鵬に期待していましたが伸び悩んでいます。ライバルの琴ノ若に水を開けられています。頑張れ!

 

毎年立派な門松を出す部屋ですが、今年は出ていません。

 

<高田川部屋>

師匠は元関脇安芸乃島です。ここも毎年門松を出す部屋ですが、今年は出ていません。

 

<錣山部屋>

相撲部屋3軒目の、深川稲荷神社の氏子です。ご存知のとおり師匠(元関脇寺尾)が亡くなったばかりです。・・・それにしても60歳は早い。・・・兄の井筒親方も早かったです。

元々門松は出していませんでした。急遽師匠に就任した元小結豊真将が弟子の育成を継承します。豊真将は、寺尾譲りのケレン味のない相撲取りでした。次は、豊真将譲りの、ケレン味のない相撲取りを育成をして欲しいです。葬儀で大泣きしていた部屋頭の、前頭ニ枚目阿炎の奮起を期待します。そして新たな後継力士の出現を期待しています。そう、師匠寺尾のような二枚目の力士の登場が良いな。・・・合掌。

<高砂部屋>

足を伸ばして本所の高砂部屋にやって来ました。毎年門松を出す部屋ですが、正月飾りそのものが有りません。前師匠元大関朝潮が11月に亡くなりました。

 

部屋頭の朝乃山の奮起を期待しています。錣山部屋の阿炎と、佐渡ケ嶽部屋の琴ノ若と切磋琢磨して、日本人横綱を目指して欲しいです。玄関ドアに何か貼られていました。

 

奥様の挨拶です。「日本相撲協会在職中は、ご厚情を頂き心より感謝申し上げます。  昨年から小腸癌の手術を受け、療養をしておりました長岡末広(元大関朝潮)ですが、11月2日に自宅にて息を引き取り永眠致しました。  回復に向けてとても頑張っておりましたので、本当に残念です。  葬儀は近親者のみで執り行い、後日偲ぶ会を設けたいと思っております。  日時が決まり次第ご報告申し上げます。  学生の頃から相撲一筋の人生で、心から相撲のことを愛していました。  日本相撲協会を去ってからも、後進の活躍を心から願っておりました。  この世を去りあの世へ行っても、後進の活躍と大相撲の発展を願い続けていると思います。 

大ちゃんの愛称で皆様から親しまれ沢山の応援を頂き、本当にありがとうございました。  心より感謝申し上げたいと存じます。   2023年11月3日  長岡恵」

いつも、ここぞ!の一番で負けていました。押し相撲なのに、肝心な時に引いてしまいました。弟子の朝青龍を上手く育てられませんでした。その緩さが、日本相撲協会の要職に登用されなかった根本だったと思います。でも、奥様になった芋縄恵さんと婚約したときは大ニュースになりました。多くのファンが付いていました。勝負弱い大ちゃんを応援しないでは居られませんでした。阪神タイガースみたいな力士でした。勿論、私もファンでした。・・・合掌。

コメント (2)
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