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次郎丸かなみの有味湿潤な日常生活

医療系オタク大人女子の日常生活やエッセイ。創作垢「きつねの戯言」にて小説、楽描きイラストなども描いています。

Year of the dragon

2024-12-31 00:00:05 | 日記
 2024年も残すところ後一日。さすがに厄年、しかも本厄だったので、なんだかんだ大変だったとはいえ、何とか無事?に終わりそうなので良しとせねばならないか。
 自分自身が人生初のインフルエンザに罹患したり、それをきっかけに十年以上通っていた病院を転院したり、母親がコロナ罹患から衰弱して入院したり、オーナーが急病で入院し、そのまま療養を続けているため、シフトがきつくなったり、それでも1週間休みを取って国試に挑戦したり。そして、やっと仕事納めを迎えて、昨日はいつもよりちょっとだけ念入りな掃除をして、パソコン作業も片付けて、今日は近場で買い忘れたものを買いに出たり、昨日の掃除の続きをしたりして、午後からは前倒しでお正月の仕込みにかかる。
例年仕込みは大晦日と決めて居るのだが、今年は予定より早く掃除が済んだのと、珍しく大晦日にゴミ収集があるので、生ゴミの出そうな料理を済ませてしまおうという魂胆である。普段は殆ど料理らしい料理をしないので、がっつり台所に立ち次々調理して行くのは年末くらいである。

 約1週間前のクリスマス、火曜日がシフト休みなので、クリスマスイブに友人とクリスマス会をして、プレゼントに陶器のフリーカップを頂いた。一応洗って食器棚にはしまってあるが、使うのはお正月からにしようと思っている。
 今普段使いにしているのは緑色の沖縄グラスである。8年前に引越した時に持って来ていたお気に入りの緑色の沖縄グラスが壊れたかわりに、初めて駅前の器屋さんで買ったものである。形や気泡の入り具合は違うが、色が先代とよく似ていたので、普段使いにしては結構良いお値段がしたが、沖縄の作家さんの1点もので少し歪なのが味があると思った。先代のような気泡や白い帯状の柄は無いが、どうにも気になった。色違いが2個あって、黄色も綺麗だが、元々好きな青色と緑色で悩んだ結果、先代のイメージを引き継ぐことにした。
 落ち着いた店の雰囲気や感じの良い店主さんが気に入って、2年連続友人への贈り物には同じ店でフリーカップと沖縄グラスを買った。
フリーカップも何ともいえない色あいとシンプルな形が似合いそうだと思って選んだし、沖縄グラスは、友人が旅行に行って撮影したという南国の夕方の海辺の写真が綺麗だったので、そのイメージにぴったりな黄色〜オレンジ〜黒のグラデーションのものにした。それも1点もので、色違いのものより断然良かった。どちらも私が普段の買物で使う予算とは桁違いだったが、清水の舞台からバンジージャンプする勢いで買ったものだ。
 実はクリスマスプレゼントにまたそのお店に行こうと思っていたのだが、行けなかった。また、毎回同じようなものばかりもらっても困るかなと思ったりもした。
 すると、なんとその友人からのプレゼントは、先日訪れた京都で買ったという、作家さんの1点もののフリーカップであった。外側は縦縞で内側に椿の花のような絵が描かれている。底に近いところに1ヶ所おヘソのような丸い突起がある。普段使いにはもったいないくらいの高級品であろう。家の食器は大方百均かアニメのコラボグッズであるが、蓋付きのティーカップは生協のカタログで見て気に入って買ったものなので、それほど高くはないが、そこそこのものではある。前述の緑色の沖縄グラスもまた、高級品までは行かないが、そこそこのものだ。でもおそらくこのクリスマスプレゼントで頂いたフリーカップは桁違いに高級品だと思う。
 その友人の素晴らしいところは、何気ない私の言動から、好みなどを覚えていてくれることである。私が器に興味があって、友人には予算とは桁違いでも贈るのに、普段は(一部の特別なものを除いて)百均の器を使っているのを知っていて、良い器を選んでくれたのだなというのが嬉しい。自分ではおそらく選ばない色柄だとしても、友人の目には私にそれが似合うと映っているというのもまた興味深い。どうしても自分で選べば似たような色柄ばかりになってしまうから、客観的に似合うと思われているものがわかるというのも良いものだ。

 全く実感もわかないままにあっという間に辰年が終わってしまうが、来年も後厄になるので、まだまだ気は抜けない。私は早生まれなので、同期はだいたい一つ年上なのだが、本厄を過ぎてやれやれと思ったら、とんでもない厄災に見舞われたという話も聞いた。
 そんなこんなで、ちょっとビビった私は、国試の終わったタイミングで、施設入所中の母親に代わって、仏壇を買って先祖の供養をすることにした。3ヶ月前には、母親の看取りの話まで出ていたりしたし、施設入所で母親の自宅を引き払うことになった時に古い仏壇を処分してからずっと放置していたので、何だか罰が当たりそうで怖くなったりもしたという、何とも情けない動機ではあるが、子供の頃は毎日拝んでいたのに、今までずっとしてこなかったおつとめをしなければならなくなり、確かに慣れるまで大変だったが、不思議なもので、何だか仏壇を置いてると安心するというか、心が落ち着く気がする。幸いにも、実家の宗派は一番楽らしいのでありがたい。
 こんな風に感じること自体、私も老いたのかもしれないが、元気でいられるのもあと何年あるかわからない。既にもの忘れは激しくなりかけているし、休んでも体の疲れは取れないし、ちょっとしたことで転けたりすると大ごとになるし、休んでもなかなか痛みが引かないし。
 正月は冥土の道の一里塚、めでたくもありめでたくもなし、と聞くが、まさにそうかもしれない。数え年が一般的だった昔は、まさに正月が来れば一つ歳を重ねるので、高齢になれば、正月は嬉しくも楽しくもないかも。

 泣いても笑っても、正月はやって来る。年始3日4日は既に仕事だが、しばしの連休、小説の執筆に勤しもうか。
 皆さん、今年はありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。
 どうぞ良いお年をお迎えください。

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