自宅からワイナリーまで電車を通す/ヴィラデストへの道

はるかに仰ぎ見る丘の上のワイナリーに心の中で鉄道敷設をする話

突然空から降りてきて修理工場の場所を尋ねる郵便飛行士

2007-03-31 02:43:04 | 星のテグジュペリ

困ったなあ、困った。サン・テグジュペリはこないだのテレビ番組では、あのムズカシイ?奥さんにプロポーズする時に、自分の操縦する飛行機に乗せて「私にキスしてくれなければこのまま海に突っ込みます」とか「私が醜いからですか」などと少々「胸を打つ」ような可愛い事を言っている。

 でもそれ今日見つけた詳しい年表によると、それ「いつもの手」だったんだって。ああさすがあの時代の貴族の子弟。放蕩しちゃって悪さの限り、あのモーリスの城館もどうもテグジュペリひとりの放蕩で手放したみたい。

 あああでもそれはいいんですけど、墜落十数回はいけません。操縦下手だったみたいなんです。それはいけません。イメージ狂います。冷静で静謐な文字数うーんと使っての難しい著作の数々、のイメージだったのに。飛行機下手はいけません。

 それじゃ小さいギャラリーを捜していくとき、駐車場の広いイオンやジャスコをさがして行く私みたい。昔は飛行機すぐ壊れるから名人テグジュペリも「常にいつでも不時着できる場所をさがしてそれを渡り歩くように飛行する、って聞いて親しみを持っていましたのに、下手はいけませんねー。

 でもどうやら貴族の子弟というのは「危険に対する感覚がマヒしている」っていう記事をジャック・ケネディ・ジュニアの視界ゼロの霧の中へ離陸していった事故の時に読んだのを思い出して納得。「あん時はスゴかったゼー」って後で仲間に自慢することばっかり考えてるみたいなんです。

 それに最後の墜落の時のってた飛行機が最新鋭のあの「P-38」で、年齢制限オーバーの年寄り操縦士のテグジュペリはもう昔の人で、だって昔の複葉機の風でひっくり返るようなヒコーキで練習した人なんだろうから、そりゃ最新鋭の重量機は操縦無理だったんだきっと。

 昔は木と紙で出来てたような、風圧で裏返るような、ヒコーキなんてそんなもんだったんですよね。金属数トン?のP-38なんて無理でしょうに。そう考えると帰還しなかったのも不思議はなかったかも。自分が子ワニポルシェで運転悪戦苦闘した夢をみたことがあるので分る気が少しします。 
コメント   この記事についてブログを書く
« レティッシアとポルコ・ロッ... | トップ | ??はてきれいな声の女性か... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

星のテグジュペリ」カテゴリの最新記事