自宅からワイナリーまで電車を通す/ヴィラデストへの道

はるかに仰ぎ見る丘の上のワイナリーに心の中で鉄道敷設をする話

5項前でシモーヌ・シニョレがロミー・シュナイダーに似てるとパッと見思ったですがそしたら同じ考えの人が

2013-02-01 23:20:50 | 私には分からないことばかりです


同じ考えの人が
他にもいて

ネットで
調べると

そう言う意見が出ている



ウキペデで
ロミー・シュナイダーの
画像を出してみると



そこに
ナント!

シニョレ女史が
混じって出てくる





似てますよね
やぱり



ウーン

なんだか
業界では
有名な話だったのか


思ったら

ウキペデに
とんでもない
一行が…



(ロミーの)
 同性の愛人にマレーネ・ディートリッヒ
 ココ・シャネル、シモーヌ・シニョレ
 などを挙げている!



登場人物がでか過ぎて
私には
受け止めきれないが

それとは別に
シニョレ女史が
方々に絡んで

出てくるのか?

いったい
どんな気持ちで
いたものか



やっぱり
自分を見るようだったのかな

お互い



大体

ロミー・シュナイダー女優

かって
婚約してた

アラン・ドロンと
共演して
復活した時は

もう完全に
一回過去の人に
なっていたはずだが

その映画も
その時話題になっただけで

また忘れ去られた
と思っていたがなー







そしたら
調べると

その後
大きな主演女優賞を
取るぐらいの

大きな作品を
6つ!も
7つ?も

撮っている



エエッ?

そんな大女優
でしたっけ



そんな
印象はなかったがなあ



まあ
何でもそうだが

私にいちいち
連絡が入ると言う事は
ないから

私が知らなかっただけ
という事なんでしょうけど



それにしても
驚いた



その結果


2009年春、フランスの「史上最高の女優」に
選出されたのはロミー・シュナイダーだった
(2位以下は、シモーヌ・シニョレ…!)

エエエエ

ここでもそう言う
関係に



ああ人生

私の知らないところで
各自のキャリアは
築かれる

◇◇◇

でも
ロミー・シュナイダー

なんだか
とても早く
なくなっていました



1982年に
43歳で

だそうです



有り得ない
と言いたいくらい
早かったです



彼女と

その少し前の
彼女の息子の

気の毒な
最期と

両方とも
葬儀は

別れた
アラン・ドロンが
手配したそうです





ドロン
興行主が

本業だから
ちゃんと仕切れた
ことでしょう



そこまで
大女優になって

なかなか
人生

うまくいかないなあ



どいう
もんだか



でもその
偉大なキャリアの期間

私は
のほほんと
生きてきただけで



いくら
フランスから
連絡してもらえなくても

その6,7本の
偉大な作品の

1つか2つでも

見ておけばよかった



あー

今からでも

『シニョレット』おばさんの

青年ドロンとの
あの映画からでも

見てみるか



私も
次回の人生で

万が一

ロミーや
シニョレ女子と

一緒のテーブルに
なった時

『はい!2本は見ました』

ぐらい
言えないと

形が
つかないです



せっかく
私もこうして

エー

ブリュセカイユ
の赤を

飲んでいる
訳だから

案外
同テーブルになる

確率は
高い



スミレのひとつも

持って
席につく事に

致しますです

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