ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

赤坂憲雄【東北学 忘れられた東北】

2014-01-20 | 講談社

読もうと思いつつ、時間が経ってしまっていた1冊。

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 東北学 忘れられた東北

 著者:赤坂 憲雄
 発行:講談社
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なんといってもこのタイトル「東北学」。
東北に住む者としては読んでみなければと思い続けて、うわ、10年ほどが経っている?!
これはいかん、著者自身の考えも変わっているかもしれないと思いつつ読み始めました。

紹介文はこんな感じ。
『南/北の種族=文化が相交わる境としての東北。いまだ自らの歴史や文化の核たるものが語られていない東北。稲作中心史観に養われた南からのまなざしを斥けたとき、そこには縄文的なものと弥生的なものが重層的に織りなされ北方へとつながる深い相貌が見えてくる。柳田民俗学の限界を乗り越えて「いくつもの日本」を発見するための方法的出発の書。』

柳田民俗学の限界…。
稲作中心史観に養われた南からのまなざしを斥けたとき…。
既存の考えとは異なるものをもって東北をめぐる著者の言葉に、なるほど、ねぇ、と思いつつも、強く共感することはないのは、著者の感じ、求めようとする「東北」、「まつろわぬ民」の末裔や山の民が生きた土地に、今、自分がいるということに実感が湧かないからだろうと思います。
アテルイは私にとって身近な英雄ではなく、山の民としての彼らが遺したものを我がものと思う感覚もないのが正直なところなのです。
著者は東北の各地を訪ね歩いているので、もちろん、私が知っている場所もありました。執筆当時は山形に拠点をおいていらっしゃいましたし。
でも、著者が視線をむける様々なもの、現在ではもはや風前の灯、幽かに痕跡をとどめるのみであり、私は東北に住んでいながら、著者の見つめる「東北」には生きていない。
もちろん、民俗学自体が、今現在を追うものではないのですから当たり前ですが、著者の見つめる「東北」の流れの先に、自分がいる実感がないのです。
きっと、それを感じる時期を既に過ぎたころに生まれ、それらからやや遠い場所で育ってしまったということなのでしょうけれど。
だからといって、この本がおもしろくなかったかといえば、もちろんそれはそうではなく、幽かな痕跡を追い、遥か時のかなたをみやる視線はたっぷりのロマンと、若干のセンチメンタリズムを感じさせてくれました。
民俗学の本ではありますが、旅行記として読んだ気分もあったりして。
覆い隠された、あるいは自ら身を潜めた「東北」への旅。
既存の東北の捉え方とは異なる目でみつめられた「東北」。
それはとても豊かで美しく、魅力的な場所、生き方であったようにも思えます。
ただ、それを遺せなかったわけも、なんとなくわかるような気がして、なんだかせつなくなってしまったのでした。
もしかしたら、このせつないと思う気持ちが、「東北」につながる土地に、今、住んでいるというしるしだったのかもしれません。



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コメント (2)   この記事についてブログを書く
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2 コメント

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同感です。 (narkejp)
2014-01-21 20:50:03
ほぼ、私の感想も、似たようなものです。我が先祖は、どうやら相模の国あたりから赴任した家来が帰農して土着したものらしく、それって純然たる東北人でもないやん、というような事情もあります(^o^)/

例年どおり、お正月には「おでかけ観劇」だったのかな?松は明けてだいぶたちますが、今年もよろしくお願いいたします。
narkejpさん、コメントありがとうございます (きし)
2014-01-22 00:52:14
おお!ご先祖はお武家!narkejpさんのお家って、家系図が残ってたりしそうですね。

それはさておき。
こちらこそ今年もよろしくお願いいたします。
ブログは拝見していたのですが、明けまして…は時期を逸しまして。
観劇どころか寝正月を決め込みすぎてしまい、休み明けからばたばたです…。

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