当方が保険会社のオフィスに姿を現すと、元・同僚たちは驚いて立ち上がった。
「おー、懐かしい・・・!」、「生きてたか・・・」という、感嘆の声が洩れる。
多くは、同じ時期に大手銀行を退職してこのオフィスに移ってきた。苦楽を共にしてきた仲間だ。もっとも、当方は途中から食えなくなってきたので、お先に失礼して退職したのだが・・・。
あの頃、日本経済は、今となっては思い出すのも難しいほどの大不況だった。日本は、まさに土俵際まで追い込まれていた。特に、銀行業界は最悪だった。あたかも沈む船からネズミの大群が逃げ出すように、銀行から人材が続々と流出し、転職市場は銀行出身者で急にあふれ返ったのである。そんな中、保険ビジネスで一旗揚げようと、果敢にチャレンジした人々がここにいる。
だが、『歩合制保険外交員』は、「年間30万人が流入し、30万人が流出する」と言われるほど人の出入りが激しい世界だ。「3年続けたら、それだけで偉い」と言われるほど、保険で食っていくのは難しい。
ましてや「学力抜群の秀才! その上、保険営業マンとしてもヤリ手で、保有契約高を積み上げ、独立代理店になって大成功!!」とかいうのなら、本当にたいしたものだ。「素晴らしい」の一言に尽きる。だが、なかなかそうもいかないのが人間だ。やはり、天は二物を与えないのである。
しかし、一敗地にまみれたとはいえ、当方はまだ懲りていなかった。あたかも、神に再び戦いを挑んだ堕天使ルシフェルのように、またしても、今度は『アパート建築飛び込み営業マン』として無謀な再挑戦をしつつあったのである・・・。