青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

「土佐藩家老・野中兼山」の専門書であれば、この本が一番秀逸であるぞ!

2018-09-27 | 青空編集室
 昨年の6月、NHK総合テレビの「四国えかこと!」で、「土佐を創った男 野中兼山 作家山本一力がその足跡をたどる」を放送しました。

 この野中兼山という人物を知るためには、どうしても紹介したい本があります。

 それは、私が地域雑誌『あおぞら』を出版しているときに発行した特集号。

 小生は40歳代の平成2年から10年まで地域雑誌を発行しました。その月刊誌で平成9年3月に特集したのが、土佐藩の家老で県内の港を開いたり河川の改修工事を指揮した野中兼山でした。

 タイトルは、「執政・野中兼山の偉業」。

 内容は、間違いなく「濃厚」。日本全国でそのような本を出版していることは注目に値するのではないでしょうか。

 その内容を写真で紹介したい。

      
       (表紙)

    
     
   

  

  

  

    

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  
 以上、写真だけで内容をご紹介しましたが、間違いなく兼山の遺蹟を辿る貴重な専門書となっています。

 一冊1000円。出版したのは平成9年3月と、もう二十一年半も前に出したものなんですが、残部は30冊ぐらいあるでしょうか。もしお買い求めを希望される方は、下記にお電話ください。(送料は別途いただきます)

 「青空編集室」代表 谷口總一郎 

  電話:0887-23-1214、ケイタイ:090-4506-6343


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「人間万事、塞翁が馬」

2018-09-26 | 人間のあり方
 

 「人間万事、塞翁が馬」という故事がある。
 
 「塞翁が馬」とは、昔、中国の国境の塞(とりで)近くに住んでいたある翁(おきな)、飼い馬に逃げられたが、その馬が名馬をつれて戻ってきた。翁の息子はそれに乗り足の骨を折ってしまったが、そのため戦争になって若者たちが次々と招集された時、その息子だけは助かったという話による。

 人間の運命や幸不幸は定まりがないものであることを例えていう。

 人のためにと良いことをしても、陥れられたり裏切られる時もある。そういう出来事で受けた“キズ”に負けずに一生懸命働いていれば、その頑張りの成果として幸運が舞い込むことだってある、・・・ということです。



 いま市内の会社が倒産したり廃業したりして失業しくやしい思いをしている室戸市民を、私はたくさん知っています。

 まだ50歳前後で、会社や団体の経営が堅調ならばまだまだ組織を動かしてゆく立場だった人たち。しかし、その人たちは町の人口が減少するにつれ、年二回もらっていた賞与がなくなり、やがて給料は上がらなくなり、勤務先の倒産・廃業に伴い、ついに会社を退職させられてしまっています。

 だから今は、半日だけ惣菜店でアルバイトをしている人や、漁業関係の団体に勤務していて今は無職で働き場所がなくて困っている人たちなどがいる。収入は微々たるものであったり、全く無収入の人も多い。生活費は奥さんの10万円足らずのお金で何とか生きながらえている様子。

 勿論50代では年金が入ってくるわけがないが、その年金も国は国民との制度約束を破棄して支給年齢を勝手気ままに先延ばししようとしている。ふざけた話です。「生きている間にこれまで払ってきた分の年金をもらえるだろうか」と、彼らは嘆く。

 こういう、かつては真面目に働いて会社の強い力になっていたその人たちの今の生活苦を見ていると、定年や勧奨で役所を退職し5000万円から1億円近い貯金をして大金持ちになっている元市職員の市民よりも、こんな境遇の人たちこそ地方議員になってもらった方が今の議員よりも真面目に議員としての職務責任を果たすよう努力するだろうし、まちはずっと“公平・公正”な住民自治に叶う地域社会になる。

 私はそう考えている。

 働きたいのに職がない40代、50代の彼らのを見ていると、ほんとうに可哀想でたまらん。


 ても、嘆いているだけでは人生は変わらない。そういう立場におられる方々に励ましの“応援歌”を贈りたいと思う。

 その職を失ったことによってまた別の生き方が見つかり、新しい充実した人生が始まる。それは会社を辞めなかったら見つからなかった仕事。他人は他人、自分は自分。余所見をせずに自分がこれだと信じた道を歩んでいこう。

 こんな私でも、ふらふらしながら、これまでそうやって自分が信じた道を真っ直ぐ生きて来ることができました。いま失業しているみんなもそう考え、これからも息を抜かずに生きていってもらいたい。

 衰退を続けることが決定的な地元から出て移住し、早く仕事を見つけ、精を出して頑張っていこうよ!

 どんなに生活が苦しくても、くじけちゃダメだ。明日を見て、前を見て、休まずに歩んでいけば、きっと明るい明日があります。

 そう信じ、夫婦手を取り合って、力を合わせ、とにかくどんな仕事でもいいからすがりついて働くことです。

 そうしていたら、「頑張ってきた甲斐があったなあ」と夫婦二人で語り合うことはきっとあります。


 なあ、同士よ!

 なあ、貴乃花親方よ!

 「人間万事、塞翁が馬」というではないか。


 本来、高く評価されるべきは、頑張る人を踏みつけにして権力や利得に走る極悪な人間ではなく、表舞台に出られずとも真面目一筋に生きている人たちです。

 だから、決して現状に負けちゃダメ。挫けず、頑張って真面目に生きていたら、そのうちきっといいことがあります。

 最後に勝つのはあなたです。

 きっと、きっと、いいことがあります。



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中谷元さん、事実を知るために是非ともご一読下さい!

2018-09-25 | 政治家のあり方
 中谷さんが昨日にお話になられた中に、それに関する事実を知っている私だけが首をかしげる部分がありましたので、ご指摘させていただきます。

 あなたはどなたかに騙され、それを事実だと考えお話されたのでしょうが、あれは事実ではありません。

 だからと言って、あなたが悪いなんてこれっぽっちも思っていませんが、親しい人が自分に教えてくれたからといって、それを「親しい人が言うんだから、本当のことだろう」と何事もそのまま信じてはならないと私は思っています。「親しき中にも礼儀あり」といいますが、親しく付き合っていても礼儀知らずの“自分さえよければいい”という人は必ずいます。どうかお気を付けください。


 あなたが説明されたその事業、「浮津交差点の国道拡張及び下水道改良工事」は、私が2003年(平成16年)に交差点のそばで写真店を営んでいた松本さんから要望をいただいた時から活動に取り組み始め実現したものです。4人の土佐国の所長に訴え続け、ようやく4人目の長井所長が訴え掛けに耳を貸してくださり動いて下さり、平成19年度末に完成した事業。つまり、市長や県議が毎日その事業実現に向けて働いたわけではなく、私が実現させたということです。

 私は自分が頑張って実現した事業でも表立って公表することはあっても、ジマンぶって話すつもりなどありません。ですが、他の政治家が「オレが実現させた事業だ」なんて広く公表したりすると私の人間性が低いのか、我慢ならなくなります。

 だから、今回、どうしても指摘したいと思い、記事を書かせてもらいます。


 以下、その事実を、活動に関わるために作成した文書や活動の一つ一つを控えた手帳を写真にとり証明していますので、ぜひともそれをご一読の上、私が活動を行ったことによって実現したという事実をお認めいただきたいと考えます。

 又、私の言うことにもしご異論がおありでしたら、ご案内しますので、その発端となる要望をいただき事実関係をよく知っておられる室戸市に住んでおられる松本さんにお会いし、説明をお聞きいただけたらと思っていますし、かつて土佐国の奈半利出張所長をしておられこの事業実現にご尽力くださった長井氏にしても国交省におられると思いますので、お会いして詳細をお聞きください。


 以下、物事の流れを順を追って十五日間に渡り、ウソ偽りなく正しく、正確な記事にして室戸市民や高知県民の皆さんにだけでなく、全国の地方政治の関係者や地方議会の関係者に向けて報道してありますので、全てお読みいただきたい。

 記事のタイトルは、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された」です。十五日続きますが、すべてクリックしてお読みいただきたい。

 1日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(1)」

 2日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(2)」

 3日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(3)」

 4日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(4)」

 5日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(5)」

 6日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(6)」

 7日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(7)」

 8日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(8)」

 9日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(9)」

10日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(10)」

11日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(11)」

12日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(12)」

13日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(13)」

14日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(14)」

15日目、「室戸市の浮津交差点改良工事はこうして事業化された(15)」

 以上を全てお読みになってお考えになられた感想を、お電話でいいので、私に直接お話しいただきたい。

 電話番号:0887-23-1214、ケイタイ:090-4506-6343、室戸市議会議員・谷口總一郎です。

 中谷元代議士さんも安倍政権を支える立場にありますので、多忙であろうと思います。ですが、時間を見て以上の十五日に亘って情報発信した記事をご覧いただき事実を確認したた上で、お考えを当方にお伝え下さい。

 尚、今日、9月25日は室戸市議会の最終日ですが、午前中には閉会になると思いますので、いつだってかまいません。お待ちしています。


 人間なら、誰だって騙されることはあります。私もある人を信じて一生懸命に選挙応援したところ、その人物が市長に就任した途端、不正に走り始め、最後までその悪質な態度や性格は変わりませんでした。

 だから、騙される立場の人が悪い人だとは言えないし、そうは思ってはいません。敢えていうなれば、「人が良すぎるから騙される」のです。あなたもそうだろうし、私もそうであるのは間違いありません。

 世の中には、自分の力量を高める努力をせず行動も起こさず経験も積まずにいて、高いところに立ちたいと考える人間はたくさんいるし、割合でいうとそういう人間の方が多いと私は思っています。

 「それまで汗を流す努力や活動を何もしてこなかった奴らが、軽々と他人の実績を奪ってしまう」。

 そういう事例は政治の場にもたくさんあります。

 この世の中、事実は事実、ウソはウソです。これは当たり前ですが、事実を踏まえて世の中の人たちに知られることなく実績を上げている人は高く評価すべきだし、ウソをついて他人の実績を奪ってしまう人は評価すべきではないなんてことは、中谷先生ならばよくご承知のことと思います。

 もう一度申します。中谷元さんが昨日の講演会で行った「浮津交差点」についての説明は全く、事実ではありませんでした。

 どうか、ご返事をいただきたい。

 それとともに、私の長年にわたる要望活動を評価してくださり事業化を決めていただいたのは、国交省土佐国の長井英治奈半利国道事務所長で、「この方がいたから浮津の交差点は広くなり下水道も改良されたのだ」と、私は今も深く感謝しています。この長井氏はあれから十年ぐらいにはなりますからもうすでに高い役職につかれていると思います。どうか、中谷先生が国交省を訪ねこの方にお会いし、事実確認を行っていただいて、「谷口が、『長井さんには本当に、お世話になりました。今も感謝しています』と言ってましたよ」と、お伝えください。

 そしてもう一言。「中谷先生、これからは政治に絡む人たちに騙されないでくださいね」。


 最後に。

 13名の議員がいる議会で活動を続けてきた私ですが、自分のことを自慢したり議長になりたいなんて考えたことがない、「無私」「で「無欲」な、ちょっと珍しい議員です。ですが、そんな私も妻の将来を深く考慮しての計画実現のため、来年4月には議員職を退職します。

 その間に良い思い出、悪い思い出と、思い出はたくさんありましたが、とにかく「政治の場は正義を踏みつけにし、悪事を推進する場なのか」と今は考えていますし、「懸命に働いても評価は極端に低いものだなあ」と思っています。

 (追記)

 書き忘れていましたが、当家、谷口家は戦前に製材所を開業した家で、戦後からはずっと保守中道の政党である自民党支持者であり、家は産経新聞を購読していました。連載されていた「少年ケニヤ」は私の愛読小説で、ずっと切り取って残していました。そして私も昭和41年に二十歳となり参政権を持った時から異議なく、自民党支持者となり、今に至っています。決して左翼に走ったことなど一回もないです。

 こうして自民党を支持しながら生きてきて、私は安倍晋三氏が議員になったときからは安倍氏をずっと支持してきて、あの総理大臣になったときには非常にうれしかったものです。ですが、難病の所為で首相を降りた時には非常に残念であり、かわいそうでした。そして、「病気を克服してもう一度、総理として戻ってください」と願ってきました。そうして再起できて今に至っています。

 安倍晋三氏は戦後では一番能力の高い、歴史に残る総理大臣であることは間違いありません。ということは、「今後総理大臣になる人はすべて安倍総理よりも能力が下の人」。だから、もうしばらくするとこの世からいなくなる人たちは被害を受けませんが、若い人たちが被害を受けることは大いにあり、今後の日本の国政に非常に不安感を抱いています。

 長くなるので、もうこの辺にしましょうか。


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ネットで送られてくる誤った情報は削除し、書物で正しい情報や知識を得て正義の味方になろう

2018-09-24 | 人間のあり方
 皆さんのパソコンに英文ですべて書いたメールが送られて来ていませんか?

 当家のパソコンには、そうですねえ、7月か8月ごろから送られてくるようになって、今も続いています。

 外国語でメールするようなことは、余程の信頼関係の外国人がいない限り、危険。悪い目に遭うことがあっても、良いことは一つも無いでしょう。

 それらが送られて来たら、全てを「迷惑メール」→「メール拒否」として、すぐに削除してください。

 以前には「日本郵便」と書いたメールが送られてきて、「これは怪しいな」と思いそのままにしておいて、地元の郵便局に行って「こういうメールが送られてきたが、どういうものか」と聞きに行ったことがあります。郵便局員から「何人かからもそういうメールについて聞きに来ましたが、それは詐欺メールです。すぐに削除してください」と言われたことがあります。送られてくるメールの中にはそういう「他人を陥れてやろう」と企んだものも送られてきますので、どうかご注意ください。

 
 話変わって、しかし世の中はインターネットによって便利になってきてはいますが、一方では詐欺事件の手段となり、又、スマホなどを考えても子供たちが本を読み知識を得ることを忘れ勤勉さを忘れして「いまさえ楽しかったらいい」という“軽い人間”ばかり増えている現象も世のため人のためにはなっていません。

 インターネットも悪いことばかりではありませんが、きっとこのままインターネットを使った情報社会、情報発信が進むと、「友達はいないが、ネットが友達、スマホが友達」という子供たちが大人になり、世の中は体を動かし汗して働くことが主にならず、怠けることが主になる時代がやってきて、やがてほんの30年もすれば日本の国は他人の意見など聞かずに自分の間違った考え方だけで行動を始める人たちばかりになるでしょう。

 それも、体を使わず結論づけてしまう。

 書物で学ぶことがなく、歩いても自転車に乗っても車に乗ってもスマホを見続けていると、あなたの人生が悪化することはあっても、好転することはありません。見たいなら、立ち止まり、どこかに座ってゆっくりとごらんなさい。そうしていれば「こんなことをしてたら何もできない。さあ前に進もう」と考えることもあろうと思います。仕事に励み、勉学に励み、そうして知識を深めていると、きっと「将来に向かって歩もう」とする行動力もついてくるでしょう。

 送られてくる詐欺もどきのメールは削除し、ネット上の誤った情報は頭の中から排除し、書物で正しい情報を得て正義の味方になろう。


 これはあくまでも私の個人的な意見ですが、少年よ、若者よ、スマホなどは所詮、小道具。そんなものを見てばかりじゃなしに、書店に行き小説ではなくて人生論を書いた本、学校の参考書、芸術や文化について書いた本、大人になったら政治について書いた本やいろんな職業に関して書いた本などをお読みなさい。

 良い知識とは、良い本を読んで勉強してのみ得られるものです。「良い知識」って、基本的には誰も教えてくれません。それも、正しいこととは「正しいことを書いてある本」を読んでこそ、正しい知識が身につくものです。

 話は少し飛びますが、今でも忘れられないことがあります。

 以前、こう言った人がいました。選挙に深くかかわる長い経験を持った人です。

 室戸市政が行った違法な公共事業に対し議会で市長を追及した後、知人と二人で町の喫茶店に行き室戸市の政治の実態について語っていたら、その人は私に向かってこう言いました。「違法でもえいやないか、町が良くなるんだったら」。唖然としました。「この人は、自分たちさえよければいいと考えているのか」と思いました。

 全国の皆さんにお聞きしますが、「あなたの町に公共施設が出来るんだったら、役所が地方自治法などの法令に違反した内容で事業計画を進め工事を行った時、許しますか?」。

 「いいじゃないか」という方がおられたら、そういう思いをあなたの町の人が多く集まったところでそう言えますか? 言えないでしょう。・・ということは、あなた自身があなた自身の考え方が間違っていると解っているということです。

 世の中、何事もそうですが、正しいルールと間違ったルール、正しい判断と間違った判断、正しい行動と間違った行動、誤った行動・発言を正しく改める行為と誤った行動・発言を何があっても改めない行為、・・・があります。

 世の中、誰にだって過ちはあります。でも、自分が誤っていたらすぐに改めることが正しいのはどなたでもお分かりでしょう。しかし、過ちを認めず、改めもしない。そういう人はこのようにたくさんいます。

 今の室戸市長もそうです。私が議会で「この公共施設は自治法の『公の施設』の条項に違反しており、地方自治法に違反しています」と教えましたが、こう答弁がありました。「これは適法ですので、このまま管理運営を行ってゆきます」。だからその後も、6議会に亘りこの問題を重視して教え続けましたが、どうも不正な政治が身についている人らしく、今も室戸市の室戸岬港の県有地には地方自治法に違反したままの公共施設がそのまま残っています。因みに、県庁も補助金と貸付金を投資してこの不正に関与しているが、不正と知っておりながら放置している。いわゆる「見て見ぬふり」とはこういうことを言います。

 因みに、一人の知人が「違法でもえいやないか、町が良くなるんだったら」と言ったのは、この不正事業を指して言ったのです。

 さて、こういう場合に「過ちをすぐに改める人と、自分の過ちを絶対に認めずに改めない人」とに分かれた時、「過ちをすぐに改めた人」は普通の人、「自分の過ちを絶対に認めずに改めない人」は強欲な悪事を以って生きている人です。こういうことはどなたでもお分かりでしょうが、室戸市政にはそんな人が今もいます。だから、室戸市の政治はいつまでも良くならず、悪化をし続けているし、これからもそういう悪政が続くかどうかは次の市長に誰がなるかで決まります。

 「違法でもえいやないか」なんて考え行動する人が就任するか、それとも「利権には耳を貸さないし、無駄な公共工事も行わないし、他人を陥れて自分が頂点に立とうなんて欲に暗がった考え方などするつもりもない、ただ住民の味方になって公正に働きたい」という、純粋な考え方を持った人が就任するか。

 指摘しなくてもお分かりでしょう。前者を選べばまちの政治は今以上に乱れて衰退は急加速し、住民はその町に見切りを付け次々と出てゆきます。反対に、後者を選べば「発展」とまではいかなくても、政治は公正に進められ、住民は安堵するでしょう。

 願いたいのは、若者は正しい情報を得るべく日々学び、住民は正しい政治が行われるように行動すること。

 自分の人生の歩みは、自分の若い時からの行動によって方向づけられます。歩みを誤れば悪人になるし、歩みが正しければ間違いなく正義の人、善人となります。

 申しておきますが、人生は思うようにはいかないものです。でも、どんなにつらくても知識を高める書物を読んで真面目一筋に生きていれば、きっと良い人生を送ることができます。世の中の過ちに対してもその都度、反対する気構えが無ければなりません。

 「真面目に生きてください。そのうち、あなたにもきっとうれしいことがあります」。

 そして最後に言いたい。

 若い時から本を買わない人や本を全く読まない人、本から教えてもらおうと努力しない人は間違いなく、アホのまま人生を終えます。

 「十代から本をたくさん読んで、いい人になりなさい」。

 それも、「いい本」じゃないと「いい人」にはなれません。

 いい人間、いい人になりたいなら、そういう方法しか手はありません。

 本を読むのは図書館もいいんですが、自分で金を出して本を買い、読むべきです。ならば、間違いなく知識は身につきます。人の本を借りて読むと浅い知識はつきますが、脳裏に知識として残ることはなく、そのうち頭から消えていくでしょう。

 若いあなたに他人は何も教えてはくれません。親だって、友達だって。だから、自分の欠点を克服しようと思ったら、その分野の専門書を読むことしかない。そうすれば今の自分の最高の知恵を得ることができよう。


 あとは、あなた次第。
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「無私な人生」の在り方を教えてくれる一冊

2018-09-21 | 人間のあり方
 読者の皆さんは『木を植えた人』という本を買って読んだことがありますか?

 多分、ですが、いても一人か二人でしょう。それほど知られていない本。

 それは、あまりヒットしたという本ではないし、書店でもあまり目立つ本でもないし、本当に薄い本ですし、日本で売られている本は日本語に翻訳され出版されてはいますが著者がフランス人であることも関心を読んでいない理由なんでしょう。

 でも、いい本です。(ジャン・ジオノ著、原みち子訳 発行・こぐま社)

 内容を簡単に言いますと、「荒地だった土地を一人の人が長年にかけて素晴らしい平野に変え、地域、そしてその国を変えた」、そんな語りで、それが長い物語ではなくて本当にあったかのごとく語られ短編の解説書のように終わっているところも、私は非常に関心を持ちました。

 私がこの本を買ったのは、1990年(平成2年)の初め。その年の2月から人生で初めて自立してジャズ喫茶を始めた、そんな頃だったので、書店で早読みしてその本に登場する男の生きざまに関心を持ち、買ったものです。

 この本にかかれている物語の最後にはこう書かれています。

 「たった一人の人が、自分の肉体と精神力だけで荒地からカナン(※パレスチナの古代名。豊かな土地の象徴として使われた言葉)を起こすことができたことを思うと、さまざまな事があるにせよ、人間に与えられている力は大したものだ。しかし、その力は、常に魂を高貴に保ち、ひたすら無私に与え続ける広い心を持ちつづけて、初めて完全に発揮されるものであることを考えると、神にも似つかわしいこの見事な仕事を成しとげた質朴な老農夫に、心から尊敬を覚えずにはいられない」。

 伝記のような物語はこう終わっています。

 この最後の短い文章から、私は次の点を学んだ。

  ●「たった一人の人が自分の肉体と精神力を以って、荒れ地を無心で耕し、後の世の人たちに大いに貢献することができた」、

 ●「その力は、常に魂を高貴に保ち、利益に走らず、ひたすら無私に与え続けた」、

 ●「そういう広い心を持ち続けるがゆえに、初めて完全に発揮されるものである」。


 「こうしたからこそ、見事な仕事を成し遂げた」と結んでいます。

 この文章から、私はその“裏側”をこう読み解いた。

 ★全てのことに対して自分の欲得に走って、肉体は使わずに収入を得ようと企み、精神力は利権に使い、「世の人のため」など考えもせずに自分や自分の身内にだけ貢献しようと策を講じる。

 ★その力は常に、魂を濁して他人を陥れ、利益に走り続け、ひたすら自己の利得や利権を高めることばかり続けている。

 ★世を弄ぶそういう心を広く持つゆえに、利権ばかりの世となり、まちは悪ではびこり、衰退の一途をたどるのである。


 「『こんな人間になってはいけない』とこの本は教えている」と悟る。

 二十八年前に買ったこの本は、小さな本ではあるが、「目立たずとも、世のために励み、静かに去っていくものである」という信念を教えてくれたいい本だと私は思っている。


 世は生きにくいものだから、夢や目標はなかなか簡単には発揮もされないし、達成もされないであろうが、70歳を超えた私はこうすべきだと決意しています。

 「人生のすべては、自分や家族のためではなく、『世のため人のため』です。当然ある程度の収入がないと世のため人のためには生きてはいけませんが、ある程度の収入があれば、それからは『世のため人のため』に生きてゆくべきもの」。

 そう思っています。

 これを機会にでいいので、皆さんもお考え下さい。「自分は自分や家族のためだけに生きてはいないか」、「利益が伴わない行いであっても、世のため人のために生きているか」と。

 最後に、この本の冒頭に短くこのような文章が書かれていましたので、それも紹介しておきます。訴え掛けている内容がどのようなものかは読者の皆さんがそれぞれ深くお考え下さい。

 「ある人が真に並外れた人物であるかどうかは、幸運にも長年にわたってその人の活動を見続けることができた時に、初めてよくわかる。その人の活動が、たぐいまれな高潔さによるもので、少しのエゴイズムも含まず、しかも全く見返りを求めないもの、そして、この世になにかを残していくものであることが確かならば、あなたは間違いなく忘れがたい人物の前にいるのである」。


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「そうちゃんがやめたらいかん」

2018-09-19 | 地方のあり方
 昨日のこと、長く親友として付き合ってきた人から言われました。「なぜやめるがぜ。総ちゃんが辞めたらいかん」。

 彼は安芸市民なんですが、室戸市内の会社に長く勤務し、会社の経営状況を高め引っ張ってきた有能な社員。名前は伏せますが、仮にKさんといっておきます。年齢は私より少し下。彼も退職間際です。


 初めて知り合ったのは、私がまだ30代の頃でした。

 恥ずかしながら、まず私自身が生きてきた流れを少し明かしましょう。

 地元の高校を卒業するにあたり、戦前に銘木製材所を開業した父に「美術大学に進学して画家になりたい」と訴えかけました。ですが、進学担当の教員まで当家に来て応援してくれたんですが反対され、結局、そのまま製材所で30代後半まで汗まみれ、オガクズまみれになって働きました。

 でも、30代になると、「給料はいいが、このまま家業に務め60代まで働いても、この会社を引き継ぐ兄の下働きで人生を終わってしまい、誇らしい自分の人生は残らない」と考えました。そして、「だったら、この30代でこの職場からはなれ、自分がやりたい職に就き店を開き、人生を終える時に『人生、悔いなし』と思えるように生きてみよう」、「自分の人生は自分が思うように生きていきたい」と決断。38歳に退職しました。

 そこからは独立独歩。2年間、民間の会社に雇ってもらい年下の若い社員に使われて働きました。その会社でKさんと知り合ったのです。年齢は私よりも少し下ですが、勤務し始めた時にすぐ「会社の経営はこの人が引っ張っている」と分かった。

 自立を目指していた私は、二年後の昭和60年の末にその会社を退社。翌年の61年2月に市内にジャズ喫茶店を開業。結構、繁盛しました。同時に、四年間で28事業と、地域づくり活動も並行してやり続けました。ですが、四年後には来客の駐車場がなくなり、商売にならなくなって、閉店。

 でも、それから半年後の平成2年9月には、室戸市のような田舎町では非常に珍しい職業であった地域雑誌の出版会社を設立。自分一人で取材、撮影、版下記事の記載、集金、雑誌の訪問販売と全ての業務を行い、八年間、高知県東部地域の観光と文化の振興に寄与していました。特に、全国ではオンリー・ワンとなる全て手書きの地域雑誌として当時の評価は高く、タウン誌のコンテストでも八年間に二度奨励賞を受賞しています。そして、やがて借金が200万円を超えたことから「今なら車を買うぐらいの借金返済になるから、やめるなら今だ」と思い、平成10年1月に廃刊。

 その時からは会社務めをしながらその出版業で背負った借金約200万円の返済に努め、平成14年秋に全額を完済。身軽くなったことから、平成15年5月からは議員となり、室戸市政と市議会が公正な政治を行うようにと議論を深め、議員活動も他の議員に負けないようにと休むことなく懸命に働いてきました。

 このような私の人生の流れを室戸で働いてきたKさんは、よくご存じなんです。

 私が議員になって一年後から支持者を中心に配布してきた議会報『青空新聞』も読んでくれていたようで、地方行政の在り方と地方議会の在り方についても、よくお考えになっていただいたようです。

 お互いに一生懸命に働いてきましたのでお会いする機会は本当に少ないですが、私が議員になってからの活動ぶりや政治的判断力、そして地方政治の在り方、地方議会の在り方、地方議員の在り方についての考え方などは私の発行している『青空新聞』を愛読してくれているようで、たいへん褒めて下さる。

 だから、昨年からですが、「そうちゃん、なんで市長選に出んが。おまんが出たらえいやん。あんたほど正しい政治について理解し活動している人は、室戸市にはおらんやいか」と会うたびに背中を押されました。

 私はその度に、今の室戸市政や室戸市議会の現状を考えると近い将来に室戸市がどうなるかまで話し、私の年齢のことや今年に入ってから急に病気になったことなどを話すんですが、Kさんは「それじゃ、室戸市はよくならんよ。室戸市で一番、政治の良し悪しが解ったそうちゃんが市長になるか議員にでもなってないと、室戸市の政治はこれからも悪くなる一方やと私は思うよ」と言う。

 昨日もそういうお話を携帯電話で1時間近く語り合った。

 うれしかったですねえ。

 室戸市民から「室戸市政や市議会の在り方について」や「どういう人物が市長になり、市議会議員になるべきか」について、正しく語っていただいたことは一度も無いし、「あんたが市長になるべきや」と迫られたことも一度も無かったのに、いくら室戸市の会社に勤務しているとはいえ、一人の安芸市民がここまで強く私を支持し「どうするぜ、室戸市はこのままでえいと思うがかね。いかんろ。正しい政治の実現に取り組んできたあなたこそが室戸市のリーダーになるべきや」と言ってもらえただけで本当に、昨日はうれしかった。

 その話の間には「私の病気は完治していますが、いつかまた再発して、この世からいなくなります。そのためには、室戸市の政治のことよりも、任期が来たらこれまで苦労を掛けてきた妻の将来を考えて行動することのほうを優先させるべきだと考えているんです。だから今後はこうしたいと思っています」とも話し、Kさんには納得してもらいました。

 長い電話を切った後、こう思いました。

 「室戸市でもいないのに、なんで室戸市への思いが薄いだろう安芸市に住む人がこれほどまで私が行ってきた活動の本質を理解し、主張を支持し、『おまんがやらんといかんちゃ』と強く応援してくれてるんだろうか」。

 三十四年間のお付き合いといっても、私はビールジョッキ1杯でもう酔ってしまうような男。お互いに長く酒を飲む機会があって盃を酌み交わしたことがあるという、そんな関係ではない。商売上の大人同士の付き合い、といっていい。しかし、私の考えを“知っている人は知っている”ということでしょう。

 彼からの願いは果たせないんですが、うれしい要請でした。

 きっと物事の本質をよく理解している方なんでしょう。

 そんなKさんには本当に、心から感謝しています。

 来年4月で議員職を引退しますが、彼とはその後も親しく付き合っていきたいと思っている。


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人生、“照る日”、“曇る日”

2018-09-18 | 政治家のあり方
 十年近い前のある新聞に次のような故事が紹介されていた。

 《中国・清末(清時代の末期)の政治家・軍事家で、「太平天国の乱」の平定に活躍した曽国藩(そうこくはん)がこんな言葉を残している。

 「収穫を問うなかれ、ただ耕耘(こううん)を問え」

 成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要、という意味だ。(後略)》


 そして、記事の最後は、「はたしてブッシュ大統領の採点は?」の問いかけになっている。

 小生、三国志についてはもちろんのこと、中国の清の時代の政治に関してもまったくと言っていいほど知らない(自慢できることではないが)。この曽国藩という人物の名も初めて聞くし、この言葉、いわば教訓めいた故事も初めて聞いた。「耕耘」については、調べたところ、田畑を耕すことをいうそうだ。

 そこで、自問した。

 まちづくり活動を実践してきたこれまで二十数年の過程を振り返って、「収穫は問うなかれ、ただ耕耘を問え」の言葉のように、“結果を追い求めるのではなく、どのくらいの田畑を耕してきたか”、いかに遮二無二努力してきたかと自らに問うてみた。

 色々とありました。まちづくり活動を始めたのは、昭和61年。それからはずっと自分の家庭を重視せず、顧みずに二の次とし、喫茶店の売上げの中から次から次へと、そしてそれでなくても赤字状態の地域雑誌の売上げの中からもお金を出しながら、町おこし活動を続けてきた。

 儲けにならない事が分かっているのに8年あまりやり続けた地域雑誌づくりにしても、また議員になっての数年後に自分の町を何とか観光地として世に売り出したいとの強い思いから出版したジオパークと重伝建の二冊の本にしても、本当に自分の家庭のためになっているかと問われれば、全くなっていない。むしろ、その度、その度に家の借金になり、妻や子から「お父さんは得手勝手や」と罵られながらもそれを数年かけて返済してきた。

 いまでも思いだすが、地域づくり活動を始めたその頃、中学生だった娘から「お父さんは自分勝手や」と強く言われたことがあります。自分は頑張って町のために尽くそうとしていることでも、家庭にとっては何のためにもなっていないことを、痛烈に娘から批判された。

 私は、その通りだと思った。

 話が少しそれてしまいましたが、いま70歳を過ぎてこれまでを振りかえって思うのは、地域づくりの活動を始めた頃から支えとしていた言葉がある。誰の言葉でもない。これも「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」と同様に、私自身が創作した言葉です。

 特に地域雑誌を出版していた時の仕事は、夜寝る時間を減らし、飲食など遊行の機会を極力断って、全てをこのまちづくりに賭けた生き方をしていて、その頃に一つの言葉を思い浮かべ、それを何か支えのようにして活動の二十数年間を生きてきた。

 それがタイトルにした、「人生、照る日、曇る日」

 これも私が創作した言葉です。わたくし如きがえらそうなことは申せませんが、良く言えば“悟りの境地”、またある面、“開き直り”ともいえる。「まあ、長い人生だ。こんな日もあらあ」と。

 意味するところは、「一所懸命に努力して働いていても、人生は良い時もあれば、悪い時もある。外的原因、内的原因によって、良くなったり、悪くなったりする。でも、悪い事があっても挫けず、怠けず、正直に、頑張って前向きに生きていたら、その内、また良い事がある」ということです。

 だから、何事をする時でも休まない。自分に自信がないから、ずっと毎日働き続けます。休む時間や休める日々のある議員になってからも、毎日、何かに取り組んで仕事を続けてきた。それは、自分ひとりの勝手な判断で休む事が、市民の意識や感覚に立ち考えて見れば、間違いなく負託に応えていないことになるから。

 だから、毎日何か議員としての仕事か、先の地質写真集や町並み画集の発行など、地域リーダーの一人としての仕事にも取り組んできた。休めば、「人生、照る日、曇る日」が、「人生、曇る日、嵐の日」になることが分かっているから、休まない。

 私自身が自分の全てを信用しているわけではないから、休みません。

 70歳を過ぎるといつ死を迎えるか分からないと悟っているから、休まず走り続けている。いつまでも命があると考えるほど欲深くは無いから毎日、休まない。

 「収穫を問うなかれ、ただ耕耘(こううん)を問え」。(成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要)

 議員でなくても、身銭を切って市民活動を実践している人ならば、成果を求めず、継続した努力をすることが大事です。ならば、「人生、照る日、曇る日」、“成果”は必ず向こうからやって来る。

 但し、いつ何時も身銭を切ることが無く、“収穫”を急ぎすぎるためにすぐに行政の補助金に頼る人たちは、その限りではない。金づるである行政からの金が途絶えれば、間違いなく努力しなくなり、早晩、やめてしまいます。

 よく行政の予算に頼って働きかけを行う企業や団体や特定の人がいますが、そんな行為は“他人への甘え”を生むだけで、自立には決してつながらない。

 又、自治体側からのそういう“深情け”な行為はその人たちの成長のためにならない。何の継続的な効果も生まないし、却って、行政によってその土地に依存体質の企業や団体を生み、育て、増殖させてしまうだけだ。

 「可愛い子には旅をさせよ」というではないか。

 行政が住民に本当に実力を付けてもらいたいと思ったら、冷たくして突き放す方がむしろ「住民力」がつく。さすれば、性急に“収穫”を求めない、ただ夢中で“耕耘”に励む人がたくさん生まれ、育つだろう。


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NHKさん、幕末の志士である中岡慎太郎は坂本龍馬の“使い走り”だったんですか?

2018-09-14 | メディアのあり方
 本日は、室戸市のフォトグラフィー特集を企画致しそうろう。

 初当選時から市政の不正を追及し続けていた小生でしたが、平成23年4月の市議選の時に「市長の違法な事業や公約違反を議会で追及している谷口には投票するな、落とせ」と市長を支持する悪人グループが市内全域で行った落選運動を受け、落選。それからの四年間は冷や飯を食わされました。

 聞くと、このような正義感の強い議員が悪意を以って市議選で落とされたのは、昭和34年に室戸市・室戸市議会が誕生してからは初めてのことだそうです。

 「正しい人間を陥れ、悪い人間はその人間を踏み台にして幅を利かす」。

 室戸市ではよく見られることですが、何と嫌な政治体質なんでしょうね。
 
  

 さて、室戸岬にある中岡慎太郎像です。

 ご存知のように、この人物は江戸時代に土佐は北川村から出た、幕末の志士です。室戸岬小学校の生徒だった私は遠足のたびにこの室戸岬に来ていて、その頃から「このさむらいはどういう人だったのか、なぜここに銅像が立っているんだろうか」と思い続けてきて、中学生、高校生になると少しずつ分かってきた。

 そうやってこの人物の働きぶりを知ってきたんですが、全国的に、この慎太郎の認識度は非常に低い。驚くほど低すぎる。これまでの長い間、この中岡慎太郎という人は、実質的なその働きぶりよりも軽んじられてきた。

 今日はそのことをまず、書き添えておきたい。

 中岡慎太郎は薩長同盟が結成されるようにと懸命に働いた優秀な幕末の志士なんですが、その歴史記録には土佐の男では「坂本竜馬の力があったから実現した」かのように記されているのか、NHKのどの「大河ドラマ」でも、龍馬は主役級、慎太郎は“使い走り”クラスとして扱われています。

 大河ドラマ『西郷どん』は登場する武士たちの男ぶりを高めて演出してあるので楽しみに見ているんですが、申しておきたい。

 NHKの「大河ドラマ」の脚本家さん、先ごろの『西郷どん』には、中岡慎太郎は西郷さんに手紙を届ける使い走りのような役目のように30秒ぐらい登場させていましたが、慎太郎は龍馬の子分なんかじゃないですぞ。

 あなた方は、坂本龍馬さえ「大河ドラマ」に出演させておけば事が済むとお考えなんですか?

 もっと勉強をし、歴史的事実に基づいてドラマを作った方が好感を持たれますぞね。

 ま、二人は共に京都で殺害された幕末の志士ですが、下地づくりに力を入れる中岡慎太郎はいつも身軽い坂本龍馬よりも男らしく、薩長同盟に情熱を注ぎ明治維新に向けて働いた土佐の男で、もっと全国的に名高くなってもよい人物であるのは間違いありません。

 暗殺の日から二日目に死んだが、今の世なら救急病院で命を救われ、明治維新後には明治政府の一員になっていたのは間違いない。

 NHKさん、「歴史的事実がそこに演出されてなくても、人気が高い龍馬さえドラマに出しておけば、その番組は人気が出る」なんて考えているようでは、愚かだ。

 重要なのは、「何が事実か、何がウソか」。それは、政治の世界であっても、演劇の世界でも同じです。

 <ウソをつけば反感を持たれるし、事実に基づけば共感を呼ぶ。>

 そういうものだろうし、何事もそうあるべきです。

 歴史的事実を踏まえない筋立て。歴史的にはそれほど良い働きはしていないのに世に人気がある人物を表に出し評価を高める。これからも、そのような「大河ドラマ」ばかり制作していては、全国の「大河ドラマ」ファンに正しい歴史的認識が生まれることはないだろう。

 いくら視聴率が上がったとしても、だ。


 さて、下に掲載したのはその落選期間(平成23年5月~平成27年4月)に画家として制作を進めている時に描いた作品など、目の保養になるかならぬかお解かり申もうさねど、皆様方には最後までご覧頂きたくそうろう。

 

 (室戸岬の夕焼け)

 

 これは32歳の時に描いた80号の洋画「あこう樹」ですが、この木は日本画の大家、東山魁夷先生も昭和32年ごろに室戸岬においでになって『樹根』(30号)を描いています。
 

  室戸岬の岩礁。 私はこの岩を「室戸ダイナミックス」と名付けていますが、9月末に搬入日を迎える今年の高知県展にはこの現場を題材にした作品を出品することにしている。そろそろ、一度は特選に選ばれてみたいものです。
 

 (嵐の後の室戸岬)
 

 (晴天の空に浮かぶ軽やかでリズミカルな雲)
 

 (岬の岩場に押し寄せる高波)
 

 室戸岬山上より行当岬を遠望。晴れた日は遠く須崎市あたりの山々まで見えます。

 

 6月ごろ、室津郷の中山造園さんちのハス畑にて。
 

 荒れた日もある、穏やかなこんな日もある。室戸の海は人の人生と同じです。
 

 重伝建の町並で有名になりつつある吉良川町。その町の御田(おんだ)八幡宮の秋の神祭。下の絵はその御田八幡宮です。
 

 

 (吉良川町にみられる石垣)
 

 (室津港の夕景色)
 

 (夏の室戸岬)
 

 (冬の夕焼け)
 

 (早く1月に咲く菜の花)
 

 (室戸岬で一番大きなビシャゴ岩)(下も)

 

 

 気持ちのいいのが室戸崎。

 室戸の空には色がある。

 

 吉良川町の古い町並にある、ちょっと雰囲気のある横丁を描いてみました。

 

 最後は当家の愛犬、「アニー」。雌のパグで12歳。(ちょっとピントがぼけていますが、その点はご容赦を)

 名前は、あの昭和30年代にテレビ放映されていたモノクロの西部劇ドラマ『アニーよ銃を取れ』の主人公、アニー・オークレーから名付けたもの。でも、1957年(昭和32年)からテレビで放映された『アニーよ銃を取れ』を見て「アニー」の名を記憶しておられる方は、果たして何人おられるでしょうか。
 

 どうですか?みなさん、写真で洗脳されてだんだん室戸へ来たくなったでしょ。

 室戸の地質芸術の話なら、私にお任せあれ。どなたも評価してくれないし、褒めてもくれませんが、この室戸市の地質観光(室戸ジオパーク)事業は、私が提唱者。見どころをご案内させていただきます。

 おいでよ室戸へ。あなたが観光で来られるのを心よりお待ちしています!

 でも、5年間で1700人~2000人減少していますので、今の人口12000人が8000人になる10年後、4000人に急激に減少する20年後を考えると、夕張市同然に衰退する室戸市に移住するのだけはおやめなさい。

 人口減少の実態を室戸市役所に聞いても認識が足りませんので、事実は教えてくれません。もし詳しく知りたければ、私に直接会ってお聞きください。事実をお教えいたします。


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訓示の功罪

2018-09-11 | 組織のあり方
 もうだいぶ前になるが、こんな話があった。

 ある組織の長が、その部下を集めてこう言った。

 「すべて私に報告してほしい。もし報告や相談がなかったら、私はそれについての責任を持たない」。

 それを聞いた部下たちはざわめいた。

 「オイ、長ともあろう立場の人間が相談が無かったらその責任を持たんというのは、なんぼいうてもひどくはないか。それじゃあ、自分の判断だけでは何もできないし、部下の失敗の責任は自分には全く関係がないと言っていることになるじゃないかナァ。ほんとに無責任だなあ」。

 その訓示の後、部下たちは口々に嘆いた。

 「なんぼいうてもなあ」、「あんな自分本位のリーダーにはついてゆきたくないな」と。

 ますます部下のモラール(やる気、職場での労働意欲)は下がり続けるばかりで、士気が上がる気配は見えない。部下たちはますます仕事をするのも嫌になってくる。そんな組織の未来は見えている。

 そうです。この職場破たんが、やがて経営破たんにもつながってゆきます。


 さて、これからの文章は、文意をよくご理解しながらお読みください。

 論語にこんな言葉があります。

≪政を為すに徳を以ってすれば、譬えば北辰の其の所に居て、衆星の之に共するが如し≫

 「倫理に叶った政治を行うならば、譬えば北極星を中心にして星が回っているように、多くの人がリーダーを中心にして動くようになるだろう」の意。

 しかし、北極星が勝手気ままな行いをしていたら、それまでその周りを回っていた周囲の星たちは愛想をつかせ、みんな別に中心となる星を探し見つけて、今度はその星を仮想“北極星”としてその周りを回り始めることになるだろう。それと同じだ。そうなれば、北極星は北極星としての存在価値は無くなり、その光もやがて陰りを見せるようになる。

 リーダーに倫理観があれば、部下たちはリーダーに好感を持ち、おのずと集まってくる。しかし、リーダーに倫理観が欠けていると、部下はリーダーに不快感を持ち、おのずと離れていく。こうなれば、リーダーはいわゆるリーダーシップを取れなくなり、その組織は空中分解するしかなくなります。勿論、その時、そのリーダーは存在価値を失う。

 因みに、「徳」とは、修養によって身に備わった品性。善や正義を貫く人格的な能力をいう。つまり、それが「道徳」というものです。

 しかし、部下を集めておいて、自分の発した訓示で長としての信頼を失墜させてしまうようなリーダーも珍しい。

 「素直な言葉で部下に訴えかけたら部下は心を打たれ、怒りを含んだ言葉で部下に訴えかけたら、部下は失望する」。 こう、その組織の「長」にお教えしておきたい。

 とにかく組織の「長」になる人に必要な要素としては、品性と見識のほか、危険な仕事で命を落としかけた貴重な体験もその人間に悟りをもたらすし、自分が幼いころから身に受けた痛みから蓄積される人の痛みがわかる精神とやさしい心根。

 こんな強いものが「長」にないと、どんな組織でも部下は上司に付いていかない。

 だから、どんな組織においても、そんなにふさわしい人物が組織の長になっているとはいえないのである。「ま、おれはこの職場になれているから、いっぺんやってみるか」では、周りの人間にとってはいい迷惑だ。

 見回してみてください。あなたのまわりにもそういうリーダーがいやしませんか。


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行政と議員の「通信簿」

2018-09-10 | 組織のあり方
 室戸市もこの内の一つですが、地方自治体のガバナンス、議会のチェックが機能不全に陥っている原因はいくつもあります。

 本来は、地方自治の運営を民主的に、公平・平等な行政を実現するために色々な制度がある。

 ●一つは、選挙など、自治体を統制する機会が設けられていること。

 ●二つは、自治体のガバナンスを維持する組織として、監査委員制度や住民の代表の議会があり、監視機関としての機能が市民から負託されていること。

 ●三つは、情報公開、公務員倫理規定など、地方自治体の公正な運営を実現する行為を規制するための、いろんな制度が設けられていること。

 しかし、以上のような制度があっても、“行政組織は腐っていく”。

 この行政の“腐食”をチェックするのが議会、ガバナンスの担い手である住民を代表する機関が議会であるが、その議会が全国いたるところで機能不全の状況にある。それはかつて“倒産”してしまった夕張市だけでなく、県知事や市町村長らが不正で逮捕されている自治体など、議会のあるべき姿が問われている。

 議会がなぜ行政の監視機能を発揮できないのか。

 いわば、議会の失敗はなぜ発生するのかを探ると、議会の議決や監視の権限を駆使すれば、夕張市のような財政危機状況の発見にしても、入札談合疑惑の発見にしても、利権に絡む働きかけや口利きにしても、問題察知は出来たはずである。

 議会のチェック機能を発揮するには、

 ●一つは、議会の権限を強化する事がチェック機能の強化につながること。

 ●二つは、議会事務局の調査能力を向上させること。

 ●三つは、地方議会の議会人として意識と行動を変革させること。

 更に言うと、これらの改革を住民による議員への監視があってこそ、初めて議会のチェック機能の向上が実現できます。


 その一例として、「相模原市議会をよくする会」という議会監視グループがある。この人たちは毎議会傍聴に行き、「The Gallery(傍聴席)」という会報誌を市民に配布していて、四年に一回、市議選の前に過去四年間の議員の『通信簿』を公開している。

 議員の採点方法は、

 ●1が公約編で「公約への努力度は」と手厳しく採点する。

 ●2は観点編で「説明・説得力」は? 「改革姿勢」は? 「意欲・態度」は? 「知識・調査力」は? と手厳しく採点する。

 ●3は総評編で、「どんな議員だったか」を採点します。

 会報では、「これらの採点は不偏不党の立場で、複数の傍聴者の合議によりなされました。この『通信簿』が議員選択の一つの参考資料としてお役に立つことを願っています」と記す。


 自治体が機能を回復するには、

 ①議員が市長等執行機関とはなれ合いにならず一線を画すこと、

 ②客観性を以って行政運営をチェックすること、

 ③それらのことに公開性や透明性を持たせること、

 ④絶え間ざる議員活動によって専門性や調査能力を早く身に付けること、だと思います。

 もしそれらができない失点が続く市町村議会では、その市町村政は不正な方向を突っ走ります。

 室戸市ではそうなんですが、あなたのまちの行政と議会はどうですか? 健全ですか、それとも不健全ですか?


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