青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

さあ、室戸市議会の閉会日

2018-06-29 | 議員活動
 6月5日に開会した室戸市議会6月定例会は、本日、29日に閉会日を迎えます。

 10時に開会した議会は、総務文教委員会と産業厚生委員会の委員会審議の報告の後、討論に入り、その後、議案の賛否を問う「表決」を終えますと、閉会します。

 今議会ではあまり問題となった議案はなく、11時過ぎには閉会するものと考えています。

 尚、室戸市議会では議会開会日の様子と、「一般質問」、そして議会閉会日の様子が市内の光ファイバー加入の家々に議会中継(録画)が行われていますが、市内の住宅の4分の一ぐらいしか加入していないので、市民の皆さんには議会の全貌がはっきりと伝わっているとは言えない状況にあります。

 ですので、今議会はともかく、市議会において重要な議案の賛否が行われたり一般質問が行われる日にはぜひとも、市議会に傍聴においでくださるよう、お願いします。


 小生の健康状態についてですが、医師から処方されて高額で買った薬は「病気が再発行してはいけないから飲み続けてください」と言われているので毎日飲んではいますが、病気自体は全快していることを考えると、今後のことは一考が必要だとは思っています。

 ま、体調は快調ですが、薬の副作用で頭や顔に吹き出ものができて悩みになってるので、むしろ「病気は全快、副作用との戦い」といったところ。

 それと、4月中旬に入院し再入院で6月中旬に退院した闘病によって体が被害を受けたと思う点は、その間の運動不足と少ない食事量で体中の筋肉はなくなり、肩や腕、太もももやふくらはぎなんか全く筋肉がなくなってしまったこと。

 ですが、それも、病後の体調に負けないように帰宅後には議会新聞の配布などで市内全域を歩き、それも昨日で四日ほどになりますが、太ももとふくらはぎには筋肉が付き、ちょっとだけですが人に恥じぬ体には戻ってきています。ま、18歳の大型トラックに乗り重労働をしているときからの見た目の体つきは変わっておらず、それほど大した体形ではありませんがね。(笑)

 梅雨も7月2日か3日には上がり、それからは強い暑さの日々が続くでしょうが、体調に気を付けて職務に励む所存。

 日本の夏の気象は、年々温度が上昇する異常気象で、これは毎年続いてゆくと思っています。昭和の時代のような気象状態はもう戻ってこないので、皆さんも毎年6月になると昔の8月のような温度になり夏が6月から始まると考え、体調には十分にお気を付けください。

 では、今日は雨になりますが、元気に議会へ行ってきます。


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次の南海大地震発生を地震年表から推測する

2018-06-26 | 地方のあり方
 日本の大地震の中から、高知県沖で発生することが決定的な「南海大地震」について、私は40歳代に出版していた地域雑誌『あおぞら』で平成7年(1995年)5月に特集を組んで出版した。題して、大特集・巨大地震は必ずやって来る・「南海大地震と津波」。その1995年6月号はそれはそれは人気を呼んで、すぐに売り切れてしまい、一冊も残っていません。

 今日はその記事の中から、日本の歴史に残っている「南海大地震」発生の年月を全て挙げ、その地震と地震の間の年数を記載し、次に発生する年を予想してみたい。(※但し、歴史に残る大地震のみですので、歴史的記載がないものについては入っていないので、ご了解ください)

 では、歴史上に残る高知県沖の南海トラフで発生した地震を順番に上げてみます。

 ●白鳳大地震・・・地震発生・685年11月29日(白鳳13年10月14日)午後10時ごろ・・・M8.4―――歴史に残る最初の南海道地震

    ↓
   202年
    ↓
 
 ●仁和大地震・・・地震発生・887年8月26日(仁和3年7月30日)午後4時ごろ・・・M8~M8.5

    ↓
   212年
    ↓

 ●康和大地震・・・地震発生・1099年(康和元年1月24日)午前6時ごろ・・・M8~8.3

    ↓
   262年
    ↓

 ●正平南海大地震・・・地震発生・1361年8月3日(正平16年6月24日)午前4時ごろ・・・M8.25~8.5

    ↓
   137年
    ↓

 ●明応東海地震・・・地震発生・1498年9月20日(明応7年8月25日)・・・M8.2~8.4―――被害地域は東海道全域だが、南海トラフ沿いの巨大地震
    
    ↓
   107年
    ↓  

 ●慶長地震・・・地震発生・1605年2月3日(慶長9年12月16日)午後10時ごろ・・・M7.9―――東海道地震と南海道地震の同時発生と見られており、室戸では慶長地震か、それ以上の被害と考えられる

    ↓
   102年
    ↓

 ●宝永大地震・・・地震発生・1707年10月28日(宝永4年10月4日)午後1時45分ごろ・・・M8.4―――全体で約2万人という死者を出した、わが国最大級の地震の一つ。津波被害は土佐が最大。津波は最大30メートル以上の巨大波高。

    ↓
   82年
    ↓  

 ●阿波地震・・・地震発生・1789年5月11日(寛政元年4月17日)・・・M7.0―――大地震とまでは言えないが、阿波を中心に土佐室津にも被害を出した地震。震源は紀伊水道の可能性も。

    ↓
   65年(宝永大地震から安政大地震までは、147年)
    ↓
   
 ●安政東海地震・・・地震発生・1854年12月23日(嘉永7年=安政元年11月4日)・・・M8.4―――被害は関東から近畿に及び、津波が房総から土佐までの海岸を襲い、被害を拡大させた地震。死者は約3000人。

 ●安政南海地震・・・地震発生・1854年12月24日(嘉永7年=安政元年11月5日)・・・M8.4―――東海地震の32時間後に発生。波高は串本で15m、土佐久礼で16mなどで、死者は数千人。

    ↓
   90年
    ↓

 ●昭和東海大地震・・・地震発生・1944年(昭和19年)12月7日・・・M7.9―――東海道沖で発生した地震で、静岡、愛知、三重などで死者行方不明は1223人。

    ↓
    2年(安政南海地震から昭和南海大地震までは、92年)
    ↓

 ●昭和南海大地震・・・地震発生・1946年(昭和21年)12月21日・・・M8.0―――72年前の私が生まれて一か月半して発生した南海大地震で、死者1330人(このうち、土佐の死者・行方不明は679人)ほか、被害は甚大で、津波は静岡県から九州に至る海岸に襲来。室戸半島と紀伊半島は南上がりの傾動を示し、室戸岬で約1.3m上昇している。反対に北に行くと沈下、須崎と甲浦では約1m沈下した。


 以上の南海大地震の記録を見ると、次の大地震が発生するまでは大半が100年を超えており、一番短かったのは安政南海大地震から先の昭和南海大地震までの、「92年後」。その他はすべてが100年を超えていることが解ります。

 例え「記録に残っていないから、そうは言えない」と言えども、1333年前の「白鳳地震」や、1131年前の「仁和大地震」の記録が残っていることを考えると、大地震の記録は大体記録に残っていると考えます。

 よって、「先の大地震発生は92年後と短かった」ことや、「大地震発生は大半が100年を超えている」ことから、次に高知県や和歌山県、愛知県などを襲う南海大地震の発生を私は、「100年以上あと(2046年以降)」、「100年(2046年)後~130年(2076年)後」と推測しています。

 以上、次の南海大地震発生を推測致しましたが、かと言って防災上、地震発生時にどう対応したらいいのかの住民の訓練や自治体の対応は欠かせません。 

 この記録を考慮し、それぞれが地震が発生する年についてお考えいただきたい。

 (参考のために、2013年9月2日に書いた大特集「南海大地震と津波」についての記事を掲載いたします)↑(クリック) (必ず見るようにお願いしたいが、掲載した大特集の本は一冊も残っていないのであしからず)


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韓信匍匐(かんしんほふく)

2018-06-26 | 人間のあり方
 「韓信匍匐」(かんしんほふく)

 この言葉は【韓信の股くぐり】の話でよく知られていて、「将来の大きな目標を達成させるためには、目先の小さな屈辱には耐えなければならない」ということを表した四字熟語。又、「匍匐前進」の言葉でお分かりのように、匍匐(ほふく)とは「腹ばいになって、手と足ではうこと」です。

 韓信は、軍師の張良(ちょうりょう)、丞相(じょうしょう)の蕭何(しょうか)と共に三傑と呼ばれていた、「百万の軍を連ね、戦えば必ず勝ち、攻めれば必ず城を取る、わしは韓信には及ばない」と劉邦(古代中国の漢王朝の初代皇帝)に言わしめたほどの人物です。

 若い時、屠殺者仲間の一人が、韓信を侮辱して言いました。

 「お前は図体がでかくて、好んで刀剣を帯びているが、内心は臆病なだけだろう」。

 そして、衆人観衆の前で、韓信を辱めて言いました。

 「韓信よ、出来るもんならそれで俺を刺してみろ。出来ないんなら俺の股の下をくぐれ」。

 韓信はその若者をジッと見てから、腹這いになって、その股の下をくぐった。

  

 それを見て、町中の人は韓信を臆病ものとして嘲りました。

 後の世、韓信は楚王となり、自分を侮辱したかっての若者を召し出して、中尉に任じて言いました。「この男は壮士である。かって私を侮辱した時、彼を殺せなかったわけではない。ただ彼を殺しても、名誉にならないから、耐え忍んで今日の成功があるのだ」。

 このように、大事を成す人は、忍耐と言うか、我慢と言うか、そういうことが必要だということです。

 室戸市においても似たようなことがありました。

 市政において違法な施設建設事業が行われたことを見たある議員は、「違法なことは止め、改めるべきです」と市長に指摘した。しかし、市長は「これは適法だからこのまま運営を続けてまいります」と白を切った。又、市長選では「国保料を値上げしません」と市民に公約しながら、その三か月後の議会で国保料値上げ案を出したのを見て、その議員は選挙公約を三か月で破るのですか」と批判したが、議員の大半が賛成し、可決させた。

 その結果、市政の不正を批判した側の議員は市長を支持する集団の「あの議員は悪い議員だから投票するな」と広めた企みによって直後の選挙で落選運動に遭い、落選。四年間で市民からいただく報酬合計額・約1700万円を得ることができなくなり収入を絶たれ、苦しい生活を送ることとなった。

 でも、その議員はその苦しみを耐え凌ぎ、四年後、「あんたが議会にいないと室戸市の政治は悪化するばかりです。もう一度出てほしい」の声に押され出馬し、今現在も室戸市の悪政と闘っています。

 韓信は楚王となり、自分を侮辱したかっての若者を召し出して中尉に任じ、言いました。「この男は壮士である。かって私を侮辱した時、彼を殺せなかったわけではない。ただ彼を殺しても名誉にならないから、耐え忍んで今日の成功があるのだ」と。

 聞くと、かの議員も韓信に学び、「かって私を貶めた質の悪い一味を地元警察に押し出せなかったわけではない。ただ彼ら一味を押し出しても名誉にならないから、耐え忍んで今日の成功があるのだ」と思っているそうだ。


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結婚生活初の記念撮影、後日談

2018-06-25 | プライベート
 決して「結婚五十年」だからというわけではなかったんですが、23日の土曜日に夫婦初めての記念撮影に行ってきました。

 でも、その撮影の最中、妻は私の横で急に泣き出し、「ちょっと待って、ハンカチを・・」と撮影カメラの後ろにおいてある鞄に向かったのには、驚きました。

 私も急にそうする妻を見て「どうしたんだ」と思いましたが、きっと撮影中にこれまでの私との五十年という人生の色々な家族生活の楽しみや苦しみ悩みしたことを次々と思いだされ、夫婦二人の写真撮影という記念の場所で自然と涙が流れ出たんだと思いました。

 20歳ごろから公務員などの定職につく男性と違い、「自分の人生を残したい」と38歳に家業である製材業から離れ田舎では誰もやらない仕事を続けてきた男の妻になった女性。そんな妻のこれまでの人生を思い起こすと、自分の楽しみよりも、家庭を助ける働きばかりだったであろうと想像できます。

 室戸市内の病院の看護婦になってすぐの19歳で私と結婚し、20代では私が銘木を運んだり木製品を運んだりしている長距離のトラック運転手で自宅にいない日は多く、やがて子どもができると自分は幼い子供の面倒を見ながら実家であるパン屋の配達係として務めはじめました。

 昭和51年の私が30歳になったときに自宅を新築したことから、夫婦は共働きしながらそのローン支払いが始まり、それはこの平成24年になってようやく終わりました。

 ただ、妻の苦労はその自宅建設のローン支払いだけでなく、私が40歳で喫茶店を開業したことやそこの駐車場が使えなくなったことから、翌年から一人で地域雑誌『あおぞら』を出版するというどなたもやったことのない仕事を始めましたが、当然、開業する時から思っていた通り赤字体質の仕事。毎月10万円ほどと、家庭に向けては適正な金額の給料を渡すことができませんでしたので、妻の苦労は続いたことでしょう。

 結果、出版業の約八年間では“日本一オンリーワンの地域雑誌の出版”として全国大会の「NTT全国タウン誌フェスティバル」で二度入賞し、あの有名な東京帝国ホテルで行われた表彰式には二度出席。二度目は妻も同行して雰囲気を堪能しました。ですが、毎月出版する『あおぞら』の内容が年々高まるのとは反対に年々購入部数は減少。そうなると当然、印刷所への支払いは滞り、やがて無念な思いを持ちながらも平成10年1月に休刊。その印刷所に滞納した借金の支払いは会社員をしながら、四年かかって完納した。

 自分一人の雑誌作りも、それほど楽な仕事ではありませんでした。朝は6時に起きて取材や雑誌の販売を始め、夕方が来て自宅に帰って夕食を済ませるとすぐに夜の町に雑誌を売りに出て午後8時過ぎに帰ると風呂に入りすぐに手書きの新聞づくり。翌日の午前2時から3時ごろまで続き、途中に字を書きながら眠っているときは何十回もありましたが、所詮、自分が始めた仕事です。そして高収入が見込める仕事でもありませんから、妻や子供たちが喜んでくれている仕事でもない。泣き言を言っている暇などありませんでした。

 妻にしても、私の雑誌出版が高知県東部地域のためになるということから県庁の地域政策課が「頑張れ、頑張れ」と声を掛けてくれていることも知っていて、止めさせることもできず、でも内心は家への収入が少ないことを悩んでいたが、私は「愛読者がいるから」と思いそれを承知で続けていました。

 そして、平成10年1月になって私が雑誌出版の仕事をやめて地元の会社に入ると、給与は少ないが「定職」ということもあり、ある面、安心したようでした。

 その後、平成15年4月の市議会議員に出馬したいという私に強く反対、「出るんやったら家を出て行く」とまで言った。私の「出費は10万円で済ます」という声にも賛同せず、14年11月1日から一か月間反対していましたが、勤めていた実家であるパン屋の周辺の人たちから「それやったら賛成しちゃリや」の声に押され、丁度一か月目の11月30日、帰宅した妻は「出費が10万円までで済ませる事の出来る選挙だったら出てもいい」と私に話しました。

 結局、その時の出馬に使ったお金は、自分が街頭に設置する6つの看板はトタンと垂木を買ってきて作り、絵をかくのは専門職ですので自分で下地を塗り自分で名前を書き完成させたし、後は、配布するハガキの印刷料などだったので、合計約9万5千円。しかも、選挙運動は他の人には頼らず、妻と二人の選挙。すべて、出費を抑えるためだった。

 以後の三度の選挙では出費は看板を作る必要も無いから、1万円前後。最後の平成27年の市議選で使ったのは選挙事務所に置くお茶菓子代2000円で当選しました。たった二人だけの選挙で当選した。

 (唯、平成23年の市議選では小松市長を支持する室戸市の悪人たち10人足らずの集団が選挙運動中に「市長の不正を批判する谷口には投票するな」と市内全域で落選運動を行い、落選した。市政において国が作った地方自治法に違反する不正な政治が行ったことを議会で批判したら、市長が正しくて、議員としていけないことなのか。どなたか「議員が間違っている」と思う県民や市民がいたらご意見をお聞きしますし、私のブログを毎日見ているその不正慣れした元公務員の主犯夫婦からも意見を聞いてみたい)

 私が議員になってからの妻は、「報酬」という定収入が入るようになったという喜びからか、あまり収入で悩むことは無くなりました。反対に、私の方も「妻を悩ますことがなくなった」という安心感が生まれたし、私が「他の議員に負けてはならない」と当電子情報誌を書き議会報『青空新聞』の制作に励んで配布したりして議員活動に精進していることが妻を悦ばせています。

 だから、現在の議員活動が室戸市民の皆さんだけでなく全国の地方政治にかかわっておられる方々にも向けて激しいのは、これまで苦労させてきた妻への恩返しでもあります。

 議会の日に出席しているだけで議員として左程の仕事をせず毎月報酬をもらっている地方議員は当然世間の評価が低く、もし私がそういう議員だったら妻への世間の風当たりも低く、妻を悦ばせることもできませんが、私のこれまでの議員活動で妻が世間から批判されたことは一度もありません。それが、私にとっては一番うれしいことです。

 病気については書いていませんが、大型トラックで長距離運転を続けていた19歳からはコンスタントに「二年に一回、胃潰瘍で入院」、病名は書きませんが30歳の時には大病で7か月間の入院、そして今年初めからの脳と肺の闘病と妻を悩ませてきましたが、私にとって何よりもうれしいのは、結婚したのが病弱の妻で無かったことです。

 健康体の妻を長年にわたり私が行う職業で悩ませ、高齢となった今は私の病気で悩ませていますが、夫婦ともなると言い合いのケンカも当然どこにもありそんな苦労や辛さは消えることは無いでしょうが、妻としても私が浮気したわけではないし、バクチをしたわけではないし、酒を飲んで遊び続けたわけでないし、表立って腹を立てにくかった点はあったと思います。

 夫が真面目に行っている仕事がうまくいかないからいって妻が激怒するなんてこともしにくかったことでしょう。

 でも、市職員などという浮き沈みのない職業じゃないことに夢中になる夫のする仕事に妻が悩み、特に収入が不安定という面には長年にわたり何度も腹を立てたと思います。

 こういう安定しない夫婦生活を五十年に亘り歩んできた「結婚五十年」の記念ということもありますが、夫の私としては高齢となり大病を経た自分の今後の寿命を考え、夫婦としての思いでの記録を残すのは今だと考えての、記念撮影でした。もしかしたら妻もそういうこれからのいつまで続くか解らない私との夫婦生活も想像し、写真撮影の場で何度も涙を流したのだと思っています。

 先の入院する時、私は医師に向けてこうお願いしました。

 「議員を引退するのは来年4月ですが、私がいなくなった後も女房が80歳、85歳まで安心して暮らせるようにしてやりたいと計画を立てており、それ以後も私が“せめて三年、できたら五年間”、今のような元気な体調で生きられるようにしてください。その計画が三年ぐらいで実現で来たら、どうせこの体は20歳の時に居眠り運転であと1秒で死にかけた身です。その後に死ぬことは一つも怖くありませんので」と。

 議員活動を除けば、今は、過去の自分の苦労よりも現在の夫婦仲の良さに涙したんだろう妻の将来を安定させてやることを一番強く考えています。

 でも、「人生いろいろ、夫婦生活もいろいろ」、妻が写真撮影の途中に何度も涙を流したのには本当に、驚きました。


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金婚式を前に、夫婦初めての記念撮影に行ってきます

2018-06-23 | プライベート
 私緒たち夫婦も今年の10月になると、結婚50年の金婚式の日を迎えます。

 いろいろありましたが、苦労しながら生きてきて五十年という日を迎えることを考え、そして重病が完治し退院したこともあって、今日は地域雑誌を出版していた40歳代の時から知り合いの店に記念写真を撮りに行くことにしました。

 皆さんがよく写真館に記念撮影を撮りに行くことを前から知っていて、「自分たちも撮りたいな」とは思っていましたが、日々の生活や仕事に忙しく、一度も行ったことはありませんでしたので、今日は良い一日になりそうです。

 スタイルは二つ。正装をしている写真と、普段着ですがちょっとしゃれた格好と。

 どのように写るのかは解りませんが、妻は70歳、私は11月で72歳。きっとその写真が夫婦二人に良い思い出を残すだろうと思っています。


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理想的な室戸市長の選び方

2018-06-22 | 政治家のあり方
 私は、当電子情報誌において2011年11月に「理想的な首長像」という持論を唱え、昨年の『青空新聞』秋号の紙上でも、大特集「後悔しない市長の選び方」の巻末でそれを紹介しました。

 内容は簡単明瞭、次のようなものでした。

●まず体が健康体で、

●笑顔は決して作り笑いではなく、人を和ませ、

●人の話に耳を傾ける誠実で素直な性格を持ち、

●行政運営においては悪人の声は一切聞かず全て排除し、

●健全な人からの助言や諫言には素直に耳を貸し、改めるべきは素直に改め、

●知性と品性にあふれ、

●発想が柔軟なアイデアマンであり、

●住民の生の声を真摯に聞く姿勢とそれをメモに書き留めておこうとする姿勢をもち、

●組織の危機には適正な指導力を発揮し、

●部下である職員の意見に率直に耳を傾け、それを自らの過ちを改めるよき指針とも為し、

●政策は先見性と先進性に富み、

●何事にもここぞという時に決断力を発揮し、

●それでいて自制心と見識をもち、

●財政情報は住民から厳しい批判を受ける前に自らが自分たち執行機関に不利な“負”の指標の全貌も全面公開し、

●行政と議会は二元代表制を基に両者が抑制と均衡を保持しながら並び立つものだとの基本認識を忘れないでいて寄り添わず、

●議会の答弁ではウソ偽りは言わず、

●コンプライアンス(法令順守)精神に富み、国の法律はもちろんのこと自治体の条例・規則も厳格に守りながら真実を以って説明責任を果たし、

●改革精神に富み、

●選挙では金品を配るなどの公職選挙法に違反する行為は一切せず、又、利権を目的に選挙に出馬するのではなくて、純粋に「このまちが良くなってほしい」と願ってまちの企業や団体などの勢力の助けも得ずに立候補し、

●当選後はすり寄ってくる企業や団体などとの悪しき利害関係を排除する勇気を持ち、

●「人の上に立ち、人を束ね、正しく向かうべき方向を指し示し、人を動かす」ことができる、そんな人物。

●自分が政治の場で物事を解決できないからと違法でもない出来事まですぐに公的機関に告訴する人がいるが、金品の授受以外は努力して政治の場で解決すべきことをよく認識した人物。


 こんな立派な人物なんか世界のどこを探してもいるわけありませんが、私はこんな人物が地方自治体の首長になってほしいと思っています。

 勿論、次の室戸市長選への出馬を予定している候補の中には今の市長と手をつないで市内を回っている候補もいますが、そんな見た目だけで「不正な利権発生」が創造できるそういう候補ではなく、我欲を持たない、市民の意見を優先させる候補を市長に選ばなくてはなりません。


 首長職の基本は、日本国憲法と地方自治法、そして自治体で制度化するいろんな条例・規則・要綱を守ること。でも、こういう基本精神が全くない人間が室戸市長選に出馬し当選してしまうことがあるが、市民の皆さんはこの程度の自治体の基本たる法令も順守できない欲に蔵がった利己的な人間を首長に選んではならない。

 それは、無法な政策が実行されることによって、知らん間に住民自らが損失を被っているだけだからだ。

 「庶民は泣きをみる、その陰で肥えるのは政治家だけ」。そんなことを手助けするのは、もうやめようではないか。

 利権ばかりで住民生活を考えない無能な候補、市民のための政治の場を自分勝手な考え方で混乱させてしまう候補しか出てこない首長選の時には当然、白票で投票すべきだ。

 
 最後に。

 どんなに性格の悪い首長であり、どんな悪い事業を行おうとしようとも、議会さえしっかりと公正・公平・適性を旨にし、道徳的観念を忘れず、議員全員が正しく最終判断を下せば、多数決の世界だ、首長の悪事は成立しない。このことは読者もお分かりであろう。だから、首長の悪事は議会が無能ならば進行し住民は被害を受けるが、議会が有能ならば進行しない。住民もまちの政治を安心して観ることができる。

 更に言おう。 

 だから、室戸市に関しても、法令を厳守する公正な市長を選び、不正な事業案にはすべて反対する勇気を持った議員を選挙で選ぶことです。

 自治体が正しい政治を行えるか行えないかは首長の能力ではなく、議会の能力如何によって左右されるということになる。議会の議員の大半が有能で健全な性格の持ち主ばかりなら、首長がたとえ無能であっても少なからず幹部職員の力で動くこともあり、その推進力は弱くても、議会の推進力によってまちの政治は間違いなく正しく前進できる。

 勿論、首長が健全で有能な人物で、議員もみんな正しく有能である方がより素晴らしいのは、言うまでも無い。

 全国で、次の首長選に出馬しようと考えておられる人の中で、本当に生真面目で、法令順守を基本と考え公正・公平・適性な政治を強く推し進める決意を持ち、政治を利権に利用しようとする悪い人物を蹴散らし戦う気構えのある人物ならば、私は心から応援する。

 圧力をかける悪い人間がいても「殺すなら殺してみよ」と言えるそんな腹の座った人物の登場を私は熱望している。

 それも、金を使わない選挙をすることです。

 選挙に使った費用は選挙事務所に置いた茶菓子代の2500円だけで、誰にも手伝ってもらわず女房と二人だけで選挙戦を戦って、こうして市議会議員になった人間もいる。選挙で寄ってくる金目当ての有象無象を蹴散らす選挙をするのも、候補の才覚一つだ。

 私が「この人」と考えている候補は、元市職員の萩野氏ですが、同氏にはこう激励したい。

 人生は一度限り。一旦決意したからには、結果はどうあれ、選挙後に「おまんらが出ろといったから・・」なんて責任を他人に転嫁せず、自分の決意は自分の責任と心得ておくこと。

 何も迷うことはない。あなたに強い意志と公正な政治を行う強い思いがあれば間違いなく、選挙戦は勝利します。堂々と勝負すればよい。

 対抗馬を恐れることはない。清新でクリーンな政治ができるなら、あなたは間違いなく勝ちます。

 それと、市長選は市議選と違い他の候補をよく批判していますが、そういう悪態をつく候補を市民の皆さんはチェックして「あー、この候補はダメだ」と思ったら、応援してはなりません。

 そして、市長就任後に建設業者との深いつながりを高知県警にあぶり出されて供与罪ですぐに逮捕されるような悪質な人間を市長に選んではならない。なぜなら、その候補に投票した有権者が他の市民から小馬鹿にされるだけだから。「おんしら、あんな悪質な男に投票したのか」と。

 又、この間も指摘しましたが、もしそういう体質の悪い候補が市長になれば、企業や団体や有力者の思いは優先されるが、反対に一般市民の思いは排除され、その時から室戸市の衰退はさらに進行する事を知っておいてください。

 もし今度の市長選で市民の皆さんが選択を間違えたら、今以上に建設業者を優先した市政運営が行われる一方、市民生活を支援する政策は軽視され、室戸市は破滅しますよ。


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真の“やりだしっぺ”こそが地域を変える

2018-06-21 | 地域づくり活動
 (以下は、小生が地域雑誌を出版していた当時、高知新聞から要請され、平成9年1月7日付の「新春随想」に掲載された記事です)


(表題)「真の“やりだしっぺこそ”」

 ≪ 高知県民の地域おこし活動がここ二、三年前から低調になったように見える。「バブルが弾けたから」と短絡的に言うリーダーもいたが、それは大きな見当違いで、地域おこし活動の浮沈は景気とは関係ない。

 そこに責任転嫁するのは卑怯だし、金の流通が悪くなったから自分たちの活動も高まらなくなったという論理は、自らの無力を公言しているようなものだ。

 少し地域おこし活動のあり方について考えてみたいが、まず忘れてならないのは、「どうしてもしなくてはならないことではない」ということだ。つまり、「地域活動は、自発的に集まり、自然に動き始めるものでなくてはならない」。みんなそれぞれ自分の生活を中心に生きているのであり、広く「地域」についてどうしても何かをしなくてはならない理由はないからだ。

 だから、「おれがやらねば誰がやる」と考え、個人的に何の得にもならない活動ー地域を良くしたいと考え、色々な手段によって行う無償の仕事を、まず一人で始めるのが、地域おこしの原点。そして、その活動を見て、「おれも協力しよう」、「おれにも手伝わせてくれ」と、一人の“やり出しっぺ”の周りに仲間がたくさん集まってきて一つの集団ができる。これが、地域おこしグループの正しい誕生の仕方。

 だが、その集団が何かのきっかけで大きなイベントを開催したとしても、そこに真の“やり出しっぺ”がいなかったり、途中で彼がグループを去ったりするとバランスが崩れ、みんなの気持ちがバラバラになりやる気を失ってしまう。自ずと活動は長続きしなくなる。過去の地域おこし活動にこういう例がいくつかあるのではないだろうか。

 行政や商工団体などの組織が、年一回行っているイベントの場合などはちょっと違う。こちらは村祭り的な恒例行事。年一回の花火大会や鎮守の神様の祭りなどに集まる時は、“やり出しっぺ”はいなくても、スタッフや周辺住民の総意によって祭りは達成されることが多い。

 これはこれでいいと思う。悪い形ではない。でも、そういう中から地域おこしのリーダーは決して出てこない。なぜか。それは、そういう催しは組織の長がリーダーとなって号令を掛け、人を集めているからである。それは知事であったり、市長村長であったり、また農協や漁協の組合長であったり、商工団体の会長であったり、神社総代であったりする。

 そんなとき、若者たちはスタッフとして駆り出されることはあっても、決してリーダーとしてイベントを差配することはない。そういう下積みの活動を経験していれば次の時代に活かされるということもあろうが、かといって、若い時代に地域のリーダーになって悪い理由はない。

 上の人は70歳か80歳の町や村のリーダー。一方、いつも組織の下の方でイベントなどの段取りに動きまわって働くのは、20歳から30歳の若い人たちである。そんな年齢の差が考え方のギャップを生む。

 若者たちがイベントの企画に少しでも口出ししようものなら、「そんなことやっても、人は来やせん。若いもんは黙って動いてりゃあいいんだ」と頭ごなしに命じる。これでは若い人が抜け出したくなるのは当然だし、斬新なアイデアも生まれてくる余地がない。

 本当は、そういう新しい発想と他を抜きんでたやる気を持った若者こそ地域の中で活かされるべき人材なのだが、余り評価もされない。それでは若者の気力もいつか萎え、やる気も失せ、やがて一人もんもんと悩むか町を出てゆくか。そうやって、そんな停滞した町や村の状況が十年、二十年、三十年と続いてゆくのである。
 
 しかし、地域がそんな旧態依然とした状況にあっても、「おれは正しい。おれがやらねば誰がやる」と立ち上がる人物がいたとしよう。その人は、障害があればあるほど勇気と力が湧いてきて、自分のできることからやり始める。

 そういう人がリーダーとなるべきで、この“やり出しっぺ”の活動を見て、仲間が前の組織から抜け出し「おれも協力しよう」と参加してくる。そこへ、「おれにも手伝わせてくれないか」と三人目がやってくる。こうして、“正しい地域おこしグループ”が誕生する。

 その人数がどのくらいというのは問題ではない。こうまでして結集したのだから、ちょっとやそっとでは壊れないだろうし、“やり出しっぺ”であるリーダーの情熱も何年たっても薄れたりはしない。いわば、踏ん張りの利く地域おこし集団だ。

 この集団は自分の思いを大事にすることから生まれたので正しいと言えるし、そこに自分たちのやり方という自主性が尊重されるからこそ連続して行う活動がやっていて面白いし、続けていて楽しくなるのである。

 もし、もしもその集団にいて飽きてきたり意欲をなくしたりして一人去り二人去りしてみんないなくなったとしても、その“やり出しっぺ”には「自分がやらなきゃ、誰がやる」という強い信念があるので、例え一人になってもやり続けてゆく。その姿勢が町を知らない間に変えてゆく。

 こんな絶え間ない地道な活動こそ、国の補助金を引っ張り出して使って一日や二日で終わってしまうイベントよりも、何十倍も価値がある。人生の道を踏み外し、いま世の中を騒がせている人の大半が金で失敗している。やはり、必要以上に金を欲しがらないことが一番、賢い生き方と言えるだろう。後の世に誇れる人生を送っていれば、金は後から付いてくる。

 新年を迎えて、意義ある仕事を地道に一年でも長くやり続けたい。ただ、そう思う。≫
  


 以上が21年前に私が書いて高知新聞紙上に掲載していただいた記事ですが、いかにも固い文章ですね。ただ、昭和61年から喫茶店経営や地域雑誌出版をしながらその売り上げを地域づくり活動にどんどんと投資していた頃ですから、今と同じように真剣に地域のことを考えていたのは間違いありません。

 地方の政治家となれば、市の重要な行政と議会の出来事を情報公開する議員としての職責を果たすのも、当然の務め。

 記事の中の「オレがやらなきゃ、誰がやる」の精神や、上に立つ人間が圧力をかけても「オレがやり出しっぺになる」と突き進む勇気については今も変わらず、この雑誌記者時代と同じ気持ちで以って、大病克服後も地方議員の仕事を全うすべく、議会では「法令順守・公正・公平・適正」を厳しく追い求め、正しく判断するよう頑張っています。

 来年4月には引退しますが、市民の皆さんにはどうかこれからも室戸市議会の改革会派「鷹山会」の谷口を応援してくださいますよう、お願い申し上げます。
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市長、議員、行政職員は、他人のアイデアや功績を盗んではならぬ

2018-06-20 | 公務員のあり方
 私にも、いつかは議員の職から離れるときがくる。市民の皆さんには、それまでにどうしても知っておいていただきたいことがある。あまり楽しい話ではないしちょっと長いが、その点はお許し願いたい。

 前置きとして、現在、室戸市の国道拡幅と排水路拡張を目的とした国交省の事業が進んでいますが、まず周辺住民が長くそれに関する活動に取り組んできたことを紹介する。その後で、自治体の市長や一部の職員には他人のアイデアを盗んで自分の手柄にするという悪い“習性”のようなものがあることを知っていただく。

 では、話を始めましょう。

 これまで長い年月、室戸市の室戸小学校前の国道交差点周辺は大雨のたびに冠水し店舗や住宅が浸水被害を受けていたことから、周辺の住民の皆さんは困リ果てていた。議員になった平成15年の翌年の16年のことです。その交差点のそばで写真館を経営する知り合いの女性から「何とかしてほしい」と要請があり、二人で協議。私は国交省土佐国道工事奈半利事務所あてに排水路改修の要望書を書いた。

 それ以来、私は周辺住民の皆さんとともに室小前の交差点拡幅及び排水路拡張問題に五年間取り組みました。

 ひとつ難点は、土佐国奈半利事務所長がその期間に何人も異動で来ては帰り、来ては帰りすることだった。16年には親しかった川崎所長がいたが、18年には山口所長、古澤所長、19年には長井所長と、次々と替わった。地域住民の声を要望書にしたためて要望しても何度もその時点で止まってしまったり途絶えてしまうために、新しい所長が来ると又、これまでの経過を説明した上で今後に向けての要望書を書き提出する、その繰り返しだった。(言っておきますが、室戸市はその時期にそういう動きがあったことなど全く知りませんでした)

 しかし根がしつこく執念深い(良く言えば「根気強い」ですが)私は、排水路が大きくなって周辺の国道が大雨の時でも冠水しなくなるまでは諦めないぞと要望書を提出し、この問題解決に向ける工事要請を半ば説得するように強く求め続けた。

 中でも、長井所長は大変住民の声を真剣に聞いて下さったお役人でした。

 私からは住民の声を基に「道路を冠水させているのは排水路の狭さと少なさに拠るのが原因。この改修がなければいくら室戸市が要望している国道を拡幅してもまた問題化します」と要望書を提出し、訴えた。加えて、国道ぶちにおいての「青空説明会」の開催を要請した。すると、長井所長はそれに応え、快く実施して下さった。

 それからこの交差点改修が動き始めたのです。

 それ以降は、「青空説明会」で強く要請し続けた住民の生の声に耳を傾け共感して下さったのか、それまで事業化に向け動かなかった国交省土佐国道工事事務所の姿勢が変わった。この排水路拡幅に加え右折レーンを増設する道路拡幅も併せ、国の方にこの国道改修工事を提案して下さり、ようやく事業化されたものである。

 だから、それ以後に各地権者との交渉が開始されやっとこの道路改修事業が着工に近づいた事をうれしく思ったが、この事業化に大きく貢献した人を挙げると、19年4月に土佐国道工事事務所奈半利事務所長に着任したこの長井所長。この方の功績は大きいと認識している。加えて、長井所長ら歴代の奈半利国道事務所所長や職員の皆さんのご理解と尽力があってこそ、平成21年度から実現に向かって動きはじめたもので、これら国交省四国整備局の関係者には大変感謝している。

 それと忘れてはならないのは、周辺住民が土佐国職員と何回も国道ぶちで行った「青空説明会」に参加して意見交換したそのステップ(段階)には感動すら覚え、住民各位の熱意とご理解にも心から感謝しました。

 一方、これら住民の活動状況も把握しないまま、この事業が前に動き始めたのは「住民の活動があったからではなくて、自分たち室戸市が国道拡幅の要望・要請を継続してきたからだ」と発言している市関係者の考え方には、大きな疑問と怒りすら覚えたものです。六年もの長い間、国と何度も協議を続けてきた私と住民の活動に比べると、市当局が行ってきた要望活動は継続的な行政業務といえ、そこに住民を上回る積極性と熱意があったとは私は思っていない。

 このように、この交差点改修及び排水路改修工事は熱い思いを持った市民活動が国を動かし始まった事業であり、その住民活動が発端であることと小生が土佐国奈半利事務所に何度も何度も言って一、二年で変わる所長に工事の必要性を説いて実現した事業である。にもかかわらず、市はそれを否定して自分たちの要望活動の成果だと主張した。

 工事が完成後、私は市長の支持者によって落選して無職であったが、その頃、ある議員は市議会の一般質問で「あの交差点改修事業は市長が要請してできたものだから近く行われる市長選でそれを訴えてはいかがか」と質問したそうで、それを友人議員から聞いた。つまり、“谷口議員の努力で実現した事業を小松市長は奪ってはどうか”と議会で以って訴えたということです。

 私は、市長を支持する一味の企みによって無職となり議員4年間で1600万円の収入を失った身でもあることから、激怒。強く反撃に出た。

 (※当該事業に係る詳細な内容はすべて、2014年4月24日~5月4日までの十一回の記事と、再度その記事に書き加えた記事を2014年11月1日~11月15日まで十五回にわたって記事を掲載しましたので、右側の「バック・ナンバー」からご参照ください)

 「議員活動の功績や市民が行った成果を市の関係者が奪ってしまう」。

 「優秀な活動をしている人間を嫌い、その人物が行った成果を奪い、自分たちが成り上がろうとする」。

 「優秀な人間を褒めず、評価もできない」。


 これを社会では「貧相」と言います。

 これが室戸市政であり、市議会であると言えないでしょうか。 
 

 さて、ここからが本論です。

 私の地域づくり活動は、40歳となった昭和61年から喫茶店を開いてその場を起点としてずっと続けてきたので、行政による企画の横取り、いわば市民の能力やアイデア、活動等を奪い取る出来事はたくさん知っています。

 このような“パクリ”事件の一例を公表しておきたい。全国の自治体職員の皆さんには耳の痛い話になるが、一緒によく考え、教訓にして学んでいただけたらと思う。

 そして、住民を踏み台にして自分たち首長・行政職員が成り上がるなんて人の風上にも置けない行為をすることだけは、おやめいただきたい。

 話は二十四年前の昭和62年3月にまで遡ります。

 当時、市内でジャズ喫茶店を経営していた私は、赤字経営ながらその商売の売り上げを市民に還元する意味と町の文化を高めたいという強い思いから、コンサートや映画会などを次々と開催していました。

 その一環として二つの事業企画書とそれに関係した地図も作製し、店においてあった。それを夫婦で来店した当時室戸市役所総務課長だった市職員に「室戸のまちづくりに役に立ててください」と渡した。

 内容は、一つは、全国の岬のある町が集まってのサミット「全国岬サミット」の開催。もう一つは、四国の形とオーストラリアの形が似ているところから、室戸市と同じ位置にあるオーストラリア東南部の都市との姉妹都市縁組と交流。この都市の名は「後で言おう」と思い課長に教えなかったが、オーストラリアの“室戸市”が離れた形になっていて、なおかつ室戸市の遠洋マグロ漁船の補給基地となっていたタスマニア(室戸では「タスマン」と呼んでいた)の都市、ホバート市との縁組でした。このことは今まで明かしたことがなかったので、企画した私以外、今もって誰も知らない。今、交流を行っているポート・リンカーン市などではない。

 そうして5カ月たった昭和62年8月のある日の高知新聞朝刊に、私からアイデアの提供を受けたその課長がこの企画を引っ提げて助役に昇進し、その抱負(「助役の横顔」)を語った記事が掲載された。その助役曰くに「私が考えた企画。来年の4月に全国岬サミットを開催します。また、オーストラリアの都市との姉妹都市縁組をして交流を始めます」と。しかし、実はこの二事業とも私が考えて課長に提案したあの企画でした。つまり、実態は「盗人」です。

 この記事には、本当に驚きました。

 私は即刻、来店した友人の高知新聞室戸支局長に抗議した。「実はあの事業は課長が考えたのではなくて、私が考えて書いた企画書を課長に渡したものです。市はそれを基にしてサミットを開催するもので、記事に誤りがあります」と。記者は当然、「知らなかった」といった。しかし、記事の訂正をすれば課長は盗人だと県民に批判され、自殺しかねない。そう考えた私は、くやしかったが我慢することにした。助役より私は歳が下ですが、彼を救うために大人の対応をしたのです。

 「しかし、あの企画があったおかげで助役に昇進した課長だ。全国岬サミットが開催されるという来年(昭和63年)3月の開催日には企画者の自分を『谷口さん、おいで下さい』と呼んでくれるだろう」と思った。これは、誰もがそう思うのではないか。厚かましい思いではないだろう。

 記事が掲載された8月に市役所から連絡は無かった。でも、きっと10月か11月には「これはあなたのアイデアがあったればこその会議開催です。来年3月の岬サミットの時にはお誘いしますからどうかおいで下さいね」と電話がかかると思っていた。市役所から私の喫茶店までは、ほんの20メートルか30メートル。歩いて報告に来ても、ほんの5分の距離。気持ちの問題だった。

 しかし、連絡は無い。「まだ、4か月もあるしな」と待ちました。年が明け、1月になった。「きっともうすぐ掛かってくるだろう」と思い、待った。2月になる。でも連絡は無い。3月になった。なぜなのか、連絡は無い。4月の開催日の半月前になったが連絡は無かった。

 イベント開催日の十日前になった。しかし、連絡はこない。

 「室戸市には地域づくりの起爆剤になるアイデアがないと思って、忙しい商売の合間をみて書きあげた企画書と地図までつけて渡したのに、まさか何も感謝しないということは無かろう」と思い、待った。

 自分から「どうなっているんだ」と市に問い合わせることも知っているが、それでは角が立つし、大人げないと思った。だから、じっと待ちました。

 一週間前になったが、何も連絡がこない。5日前になったが、助役からは何の連絡もない。喫茶店でお客さんにコーヒーを珈琲をたてながらも、気はそぞろで待った。

 4日前になったが連絡はこない。3日前、2日前になったがこない。

 「まさか、お呼びがかからないということは無かろう。記念撮影の時には端っこの方にでも入れてくれるだろう」。そう思って、商売をしながら待ちました。

 前日になった。だが、室戸市役所から連絡は無い。当然、市長、市職員、議員らの多くはこの「全国岬サミット」のイベントのために忙しくしているであろうと想像していた。

 「いや、きっと来る。私のアイデアを基に行われる室戸市を全国に広げるイベントで二日間も行う事業だ。これから毎年、岬のある町のまちづくりに生かそうと全国持ち回りで開催される事業だと新聞にも載っていた。企画者の自分をその会議に呼ばないということは無かろう」。

 式典の当日になった。

 新聞を見ると昼間は式典やシンポジウムが行われ、夜は全国から集まった首長や議員らによるレセプションが行われっるとか書いてあった。10時になったが、連絡は無い。昼になったが何も連絡は来ない。夕方になった。「もう、連絡はこないなあ」と思いつつも、一縷の望みを持って、店で待った。しかし、その日一日中待ったが市役所からは何んの連絡も無かったのです。翌日、「もしかしたら、今日かも」と思った。しかし、やがて期待した私がバカだと気がついた。

 私は思った。「室戸市役所という組織は、結局、そんなところか」。

 高い給料をもらっていても、ただ成果を求める。他人のアイデアでも、自分のものにしようと画策する。市民から給料をもらっている立場なのに、その市民のアイデア・企画をも我がものにしてしまう。もっと単刀直入にいえば、「盗む」。自分の出世と金のためには、自分が給料をもらっている市民をも踏み台にする集団か、と。

 以後、市長と市職員は心底信頼できないと思ってはいた。だが、18年4月に一人の市職員の市政に関する考え方を信頼して市長選で支援したところ、一年前に言っていたことがウソだと解り、愚かにもまた市職員に騙されてしまった。

 なぜこんなにも市長や市職員の発言や行動、考え方は信用できないのかと痛感している。市職員を信頼して業務の手助けをしている市民を、なぜこうも平気で裏切るようなことが出来るのかと、感心する。

 それらの行動を起こす時の全てが、その人物が権力の座に就く時(就きたい時)と役職に就く時(就きたい時)であり、それは人並み以上の多くの金と他の人より上の肩書が目当てであるのは疑いようもなく、考えても実に浅ましい行為だと思う。

 十数年前の8月4日、高知新聞一面の「小社会」に亡くなった赤塚不二夫さんについての記事があり、その中にこんな一節があった。

 ≪才能とは、一度出口を見つけると、滝のようにあふれ出てくるものらしい。赤塚さんは編集者ら周囲の人にもアイデアを出させ、それを肉付けする天才だった。だが、手柄を独り占めするようなことは絶対になく、「あれは誰それのアイデア」と公言した。≫

 赤塚不二夫氏がしたことは当たり前のことだが、現実社会ではなかなかこのように適正にことは運んではいかない。私がアイデアを提供したこの課長も「これは谷口さんのアイデア」と公言せず、欲にくらがりアイデアを盗んで、市長に対して「私が考えたものです」と提案して助役になった。当然、収入は増額されたであろう。又、記者の取材にも「私が考えた企画です」と話し、記事によって県内での自分の評価を高めたのである。

 間違いなく、政治にかかわっている悪人だ。

 全国のいろんな地域に住んでおられる住民のみなさんに申しておきたいことは、市町村行政に対し企画やアイデアを提案・提言する時には、その企画書をコピーし一部を保存用及び証拠として残した上で、信頼できる議員に議会の一般質問で「ある市民からの提案だが・・」と、提案してもらうことをお勧めする。そうすれば首長や職員に渡すよりも即時に情報公開されるため、安全だ。それも“パクる”ような欲の深い議員にお願いしたら同じような目に遭うから注意が必要だ。

 最後に。

 こんな行動をするのはほんの一部の市職員であって、多くの職員は市民を貶めることなく、気まじめに働いていることを付け加えておかなくてはならない。今現在も私と市政の事業運営についてや改革の必要性について語り合い、意気投合している市職員や市職員OBもいる。

 まさか、彼らが磯野波平さんのように頑固な私や気まじめな市民を騙すようなことはないと思う。

 ちなみに、いま室戸市で事業化されています「室戸ジオパーク」の事業は、私が地域雑誌で平成3年から提唱し、高知県東部地域と市民に「地質観光に取り組むべき」と県と室戸市に提言したことが発端となり平成20年から取り組みが始まったものですが、平成3年から20年までの十三年間は室戸市役所は全く見向きもしなかった事業です。そして、この事業化してからも、私に感謝する言葉も一つも無く、まるで自分たちが考えて始めた事業であるかのようにふるまっています。

 これも、私が「市長、市職員、議員は、他人のアイデアや功績を盗んではならぬ」と教えるきっかけとなった原因の一つです。

 結論としていうと、「人に対し、筋の通らんことをするな!」、「筋の通らんことを言うな!」ということです。


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地方政治に関わる者たちは「自治体のコンプライアンス」を学べ

2018-06-19 | 組織のあり方
 小生の当電子情報誌が伝える国政の左翼である野党の体質や不当な公金支出を繰り返す室戸市政の情報などに拠るまでもなく、いま国や自治体に対する市民の目は厳しくなっています。このような社会的背景から、自治体に求められるコンプライアンス意識とその体制の確立は急務だといえる。

 ☆地方自治体において何が問題となるのか?

 ☆市長等執行機関が法的責任を遵守し全うするために、議会はどのようなことができるのか? 等々。

 そこで今日は、コンプライアンスについてを専門書などから引用し、要点をまとめてみたいと思います。


 「コンプライアンス」とは、通常、「法令順守」の意味で用いられます。もっと詳しく「自治体のコンプライアンス」として用いられる場合は、二通りある。

①国や自治体の事業において、法令解釈や事実認定の誤りに起因して違法行為を行ってしまう場合。

②自治体の首長や職員が個人的にあるいは組織的に、自分又は他者の不正・不当な利益を図るために違法行為を行う場合。(これには、汚職や不祥事の行動を防止する場合なども該当する)

 室戸市が何度も行っているのは、②である。それは法律をよく認識していながら違法行為を行っている点からいっても確信犯的な行動であり、悪質だといえる。

 その証拠が、「室戸岬高速バスターミナル」建設に関してある市職員が議会において厳しい批判をしてきた私に対して言ったこの反論。「企業誘致やに、えいやないか! そこまで言うかえ!」。その事業計画に命令を下した小松市長も同じように思っていたのは疑いようもない。

 この職員は私に即刻、一喝されて黙り込みました。

 又、その違法な事業に関して県の幹部職員が私に言ったこの発言も、違法を認識していた証拠となる。 「私はそれについては言わないし、あんたが県市町村振興課に聞きに行っても『言うな』という」

 これについても平成21年1月に私に厳しく指摘されたが、その後、「違法ではないと考えられます」なんてウソの文書を送ってきて、「ああ、室戸市だけではなくて県庁もウソをつくんだ」と思いましたが、高知県市町村振興課と上層部が「高知県補助金条例」に違反して室戸市に1444万円を支出したことは事実だ。(※知事でもいい、文句がある県職員はいつでも言って来い!いつでも受けて立ってやる)

 これも私が調査活動を行ったから出てきた県の違法を証明する証言で、私が議員として何も活動しなかったらこれら行政の違法性は明らかにならなかったし、こうやって、県も市も違法をいくつも織り交ぜながら多くの事業を行っていることも発覚しなかったのです。

 コンプライアンス(法令順守)精神なんかどこ吹く風だ。こうして私は自治体や都道府県が行う政治を信じられなくなった。それを議会で質すと、市長は謝罪する勇気もなくて「やっていない」「違法ではない」と逃げ続けるのも情けない。

 「コンプライアンス」という言葉には、法令を順守するというだけではなくて、その語源は「人の期待や要望に応えること」を意味している。したがって、自治体の場合、その「期待に応える」べき相手は住民であるので、そこでのコンプライアンスとは住民の期待に応える市政運営を行うことを意味することになる。法令順守はもちろんのこと、「行政倫理」、行政の地域社会に果たすべき責任に則した組織運営を行っているか、住民の負託に応えた事業運営が行われているかが問われるのである。

 又、議会のコンプライアンスの場合も、議会にとって期待に応えるべき相手は雇用主であるので、自分たちの雇用主である住民(室戸市民)の期待に応える議会運営を行うことを意味することになる。

 自治体のコンプライアンスにおいて大事なのは、「自治体の首長や職員が個人的にあるいは組織的に、自分又は他者の不正・不当な利益を図るために違法行為を行う場合」だと書いた。その場合において、違法な行政運営を命令するのは100%、首長であるのは疑いようもない。その首長の命令に法律を破って従っているのが行政職員である。それが現状だ。

 地方公務員法30条「全て職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」

 同法32条「職員は、その職務を遂行するにあたって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規定に従い、かつ、上司の職務上の命令に忠実にしたがわなけれなならない」


 地方公務員法はこのように規定している。だが、実際の地方公共団体(自治体)において、この法律は間違いなく守られていません。それが確実なのは、これまでの室戸市においてだ。

 市の担当課長や補佐、係長などの職員は市長命令とこの地方公務員法を前に判断を迫られると、法令よりも市長命令を優先させて事業運営を行ってきているし、県においてもその事業が各自治体に効果を見込める場合などは地方自治法や県補助金条例に違反している事業計画だと判断しても、補助金を支出している事実がある。

 コンプライアンス精神などどこ吹く風だ。

 ただ、市職員にとっては好きで違法行為をしているのではないので、“降って沸いた災難”といってもいい。

 ・・・であるにしても、市長の違法行為に加担することが正しいとは言えず、そんな場合は毅然と市長に「これは違法になります。私たち職員はこのことに加担するわけにはいきません。これを行うなら市長一人で行ってください」と言える地方公務員でないといけない。次の年度にどこか閑職の職場に左遷されようが、毅然と言い放つ勇気を以って、行動すべきだ。

 それが男というものだ。収入が減って家族が路頭に迷おうとも、正義を貫くのが男というものだ。違法に加担するよりも、その方がずっとかっこいい。男というものは、「正義」と「カネ」を眼の前にした時、「カネ」を選んではならないのである。

 コンプライアンスでもう一つあるのが、外部からの不正行為である「悪しき働きかけ」に対する対応について。

 自治体の首長や職員は職務上、有力者や企業、団体から要望・要求に応じる例があるが、その場合において不正な場合がある。よくあるのが事業計画にかかる契約に関して。色々な例があるが、室戸市でよくあるのが「あの事業をうちにやらせてくれ」「あの事業はあの会社にやらせてやってくれ」「あの指定管理者にあの会社を選んでやってくれ」「あの土地を買ってやってくれんか」等々、この20年余りを振り返ってもたくさんの違法な働き掛けがある。(情報誌の社長をしていたもんで、みんな知っています)

 これは、前橋本大二郎高知県知事が平成15年9月から施行した「高知県働きかけ記録公表制度」を制度化すれば、どこの自治体であっても簡単に防止できる。やる勇気があるかないかだけです。私はこれがあれば違法な輩は排除できると考え、18年の市長選のときに市長候補だった小松氏にこの制度化の重要性を説明して公約に入れてもらったが、市長就任するとこれを簡単に反故にしてしまい、いまだに制度化していない。これまで十二年間の小松市政がコンプライアンスに重要性を老いていなかったのが、こんな点からもわかろう。

 次に、自治体においてなぜ法律が守れないかですが、いろいろな事情が考えられる。その責任はすべて市長にある。

●一つは、事業を急ぎすぎること。この例として、1444万円の公金を違法に支出した高速バスターミナルの建設がある。バス会社から8月に「12月初めまでに乗務員宿泊所と待合を建設してくれたら行きますよ」と要請されたため、ほんの3カ月間で事業を完遂させようとあわてたことがある。

●二つ目に、法的知識がないこと。又は、法律を知っていても、傲慢な性格から、それを無視するクセがあること。

●三つ目は、気が小さくて勇気がないこと。

●四つ目は、判断力に乏しいこと。

●五つ目に、組織経営の経験がないこと。

●六つ目は無駄な投資として指摘すると、商売気なんかかけらもないのに観光客招致の施設を立てたがること。
客を呼ぼうとして建てた室戸ジオパークセンター然り、椎名のウミガメ水族館しかりで、客はオープン三年目までに見切りをつける。

 三つ目から五つ目の例が、市の温浴施設の指定管理者であるミクプランニングが倒産寸前にある時、違法に市の公金から二度で約6000万円を支出してしまい、直後に撤退したことを見てもその金はどぶへ捨てたと同じ状況になったこと。これは新たに指定管理者を公募する勇気と企業に対し毅然と撤退を求める勇気がなかったからです。

 これらの失政に関しては、全てその直前に市職員が止めたのは調査で解っている。だから、すべての責任は市長にあるし、市長に喜んでもらおうとその議案に対し議会で賛成して可決させてしまった市議たちにも責任がある。もしあの違法議案が否決されていれば、その違法な議案はいったん執行部に持ち帰り適正な計画に改められて再度議会に提案されていた。そう考えることができれば、議会にも責任があることがわかろう。

 とにかく自治体においては、コンプライアンス、法令順守がどうあるべきかを、もっともっとみんなでよく話し合い、正しく行政運営を行うよう考えるべきだ。

 でも思いますが、私が来年4月で議員を引退し5月からは私がいない議会になり、それ以後、こういう指摘をブログや議会新聞で市民に明らかにしてくれる議員はいなくなりますが、どうしますか? 


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法令順守と説明責任

2018-06-17 | 政治家のあり方
 「法律は守りたい人だけが守ればよい」、そう思っているのか、とにかく室戸市は昔からこの法令順守コンプライアンス)に問題が多い町である。

 これのことは平成6年に市長、市議、市職員、建設業者などが逮捕された頃の昔から知っていたが、議員になって思うのは、「行政とは、これほどまで法律を守らない組織だったのか」と、ずっと呆れている。

 そして、現在もなお、市長や市職員が地方自治法は法律のうちに入らないと思っているのか、法令違反になれているのか知らないが、どうしてもこの悪いクセが直っていない。 行政にかかわる人間、特に市長が法律をなめていて、無理やり職員に違法な業務運営を強要しているから、この悪政に終わりがない。

 昭和21年生まれの「焼け跡世代」の私は、月刊少年誌に掲載された赤胴鈴之助や、イガグリくん、鉄腕アトム、少年ジェット、怪傑ハリマオ、鉄人28号、月光仮面、猿飛佐助などをみて、正義の味方になりたいと思い育った年代である。

 でも、22年生まれ以後の「団塊の世代」生まれの中には、私のようにこれらの漫画から「正義感」を学び習得した子どもと、その漫画をただ「面白いなあ」と読んだだけで主人公の正義の行いから何も学ばなかった人がいる。

 ●戦後のこれらの漫画本から、社会のために自分が力を注ぐことを学んだ人と、自分のためだけに働くことを学んだ人がいる。

 ●「法律に違反する悪いことをしてはいけない」と学んだ人と、「自分が得するためなら悪いことをしてもよい」と学んだ人もいる。

 ●自分が大衆から名声を得られるのなら、ただ頂点に立てるなら、また金のためなら法律なんかどうだっていいと思っている人もいる。

 ●正しい知識から学ぶ人と、学ばない人がいる。

 ●行いを改める人と、改めない人がいる。

 ●名声を得ようとする人と、「名声よりも大衆のために」と人知れず地道に働く人もいる。

 ●法律は自分流に解釈してなし崩しに物事を進めてしまう人と、法律を厳格に守る人がいる。


 学ばない、改めない、名声を得ることを優先させる、決まりを守らない。これらが個人の家庭内のことならその範囲で収まるが、自治体の首長や企業の社長、団体の理事長などになると、問題はその「長」だけで終わらずに被害は広範囲にわたり、周りの多くの人に迷惑をかけることになる。

 ま、上に立つ人によくあるのが、大きな問題を小さな問題だと軽くみて解釈してしまうこと。それは「長」が資質と判断能力に欠けるからで、追及を受けたあとで自分がやってしまったその罪の大きさに気付いて驚愕するのである。その時に気付いてもあとの祭りで、後悔してももう遅い。事態は容易に終息しない。

 首長は自治体の「経営者」であるが、最悪なのはその首長が自治体財政の予算を投資するにあたり無神経で経営者として無能なために地域と住民の暮らしを劣化させ、衰退に追い込むような「人災」の首長であったとき、それはまさに悲惨である。何よりも問題なのは、そういう首長ほど、自分が「人災」であると気付かないことだ。この場合、その地域は悲劇を見ることになる。

「これは企業誘致だから、観光振興だから、地域振興だから、健康福祉に寄与するから」といって、目先の実利に眼がくらんで、地域経営の理念を放棄してしまい、地域にとって危機の発生と進展に鈍感であるならば、その首長は「人災」であると断言する。

 又、自治体において、危機を回避し、克服すべき立場にある首長が自ら危機を招き進展させるのであれば、当然、それは「失政」であるが、開発や地域振興がらみの危機は以外と地域住民や議会からは危機とは考えられにくいから、たちが悪い。


 議会での答弁ではウソばかり答え、市長としての説明責任(アカウンタビリティ)を果たせないでいる。説明責任とは、行政機関の行為や意思決定の過程を議会や住民にオープンに公開し、なぜそのようになるのか、あるいはなぜそうなったのかを説明することですが、どうしてもそれができません。

 首長には「市政の諸活動を事実に基づいて市民に説明する責務」がある。市長が毎議会行っているような虚偽の答弁ではなくて、真実を語ること。それが情報公開法の原点である。

 平成20年のある議会の初っ端に憲法第92条「地方自治の本旨」について市長に聞いたのも、室戸市長がこの「地方自治の本旨」を全くわかっていないから聞いたものだった。市長はそれをよく理解しているかのように第92条をなぞって答弁したが、地方自治法に違反したことはこの憲法第92条にも違反していると全くわかっていないことがその時に判明した。

 又、「どうして法律に違反した設計図を県に持って行って申請したのか」「どうして公益性・公共性のないバスターミナルをあわてて建設してしまったのか」などを全く説明できずに逃げてばかりいたこと自体、首長として責任放棄であるし、いかにも勇気がなさすぎた。

 そして何よりも、悪い政治運営を行い議会で厳しく指摘を受けても絶対に改めなかった点などは、非常に傲慢すぎる。

 当然、とても町のリーダーにはふさわしくない。

 私が知人から要請を受けて「市長選の候補になってほしい」とお願いし、それをきっかけに立候補できたんですが、とにかくあんな人だとは思いもしなかった。

 「何んで騙されてあんな人物を夫婦で応援してしまったんだろう」と、いま深く後悔している。

 今年11月の市長選では、建設業者と深い関係を持ち動く候補や元政治家で利権関係を持つことをなんとも思わない候補は絶対に支持しないよう、室戸市民の皆様にはお願いします。でないと、そういう候補がもし室戸市長になれば、もう室戸市は捨てたようなもので、市民は捨てられ、市の予算を得て得するのはそういう市長に関係が深い企業や団体だけとなります。

 もしそういう状況になったときには、市民の皆さんは一日も早くこの「政治悪」な室戸市から市外に脱出する計画を立て実行に移していただきたい。室戸市の政治体質について深く研究してきた私からお教えしておきます。


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