青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

地質学者も注目する室戸ジオパーク写真集『青空地質博物館』

2018-03-30 | ジオパーク
 全国の地質学者や地質関係団体、自治体関係者が注目しているのがこの本、室戸半島の地質写真集『青空地質博物館』ですが、先日も野市町の方から「ブログを見て知りました」と電話がかかり、ご注文いただきました。

 ということで、3月議会も終わりましたし、今日はかつて雑誌の編集発行人だったことから、全国で初めて出版された室戸半島の地質写真集『青空地質博物館』を紹介させていただきます。

 この写真集『青空地質博物館』(定価2200円)は、発行していた地域雑誌『あおぞら』誌上において平成3年から室戸市の地質観光を提唱し続けてきた私が約十年前の、市議会議員2期目の2008年(平成20年)6月に発行しました。

 内容は、室戸半島周辺の地質を網羅した、室戸ジオパークをウオッティングする上において唯一の参考書となっています。

 この写真集を置いて他に、全国どこを探しても室戸ジオパーク全域を観察する時にガイドブックとしても活用できる参考書はありません。(豪語!!) 

    

 私が発行していた地域雑誌『あおぞら』で平成3年7月に出版した地質特集号「土佐の地質」で高知県と室戸市に地質観光事業を提唱してからで、室戸市に関する地質観光事業の提唱者は疑いなく私。当時から室戸市には他に、室戸市で見られる海岸の地質を観光に活かそうと考えていた人は一人もいませんでした。

 その後、議員2期目に一念発起して資金もない中で約200万円の借金をし、本当に清水の舞台から飛び降りるような命がけの思いで作ったのが、この写真集です。だから、自分でいうもなんですが、それだけにお値打ち品です。

 ましてや、議員とは別の仕事である画家の視線で撮影した写真ばかりで、構図もバッチリ! 敢えてモノクロ画像にし、写真作品としても有名カメラマンの作品とは見劣りしません!(豪語!)

 この写真集は出版した時から特に、日本地質学会や日本ジオパーク委員会の関係者、大学の地質学者の皆さんら、地質学の関係者から高い評価を受けており、私も非常にうれしく思っています。

 発行して間もなく、自然地理学・地生態学の第一人者で日本ジオパーク委員会委員でもある東京学芸大学・小泉武栄教授から「いい本だ。友人にも差し上げたいから5冊送って下さい」と注文を頂きまして、感謝を以って送らせて頂きました。


 しつこいようですが、何度も申します。

 いい本です。買って損がない書籍です。

 室戸の地質、室戸世界ジオパークを知る本は世界にこの1冊しかなく、全国的に見ても地元のジオパークを1冊の写真集に収めて発行した書籍は他にありません。

 制作者の自分で言うのもなんですがそんな貴重な本で、出版してから十年が経つ現在も、特に県外の方々からの注文がたくさん寄せられています。是非とも、読者のみなさんの中で特に地質に関心がおありの方はお買い求め頂きたい。

 出版のコンセプトは、次の言葉。

  
  

 次に、内容も少しご覧ください。

  

  

  

  

  
 
 平成3年7月から、私が発行する地域雑誌の中で特集を組むなどして県や室戸市に対して提唱してきたこの「地質観光事業」ですが、当時の市関係者の話では「岩をどう料理するんだ」と、一考に反応はありませんでした。

 ですが、平成16年にユネスコが世界ジオパーク・ネットワークを設立したことをきっかけに全国で“ジオパークを観光に活かそう”との動きが始まると、それに感化されてか、私が地質観光を提唱し始めてから十七年が経った平成20年10月に室戸市もようやく重い腰を上げ、「地質を観光に活かそう」とジオパーク事業に取り組み始めました。


 まちの政治も大事ですが、今日は本の宣伝です。買っていただかねえと借金した原価分も出やしませんぜ。さ~、しょうばい、商売!

 室戸ジオパークの地質写真集『青空地質博物館』は、室戸岬の「室戸市観光協会」に数冊置かせていただいているだけで、他の本屋さんには置いていません。お問い合わせは青空編集室まで直接ご連絡ください。

 (連絡先)住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
      電話:0887-23-1214  携帯:090-4506-6343
      
      青空編集室  代表 谷口總一郎


 本日は、室戸市の室戸岬や新村海岸などを地質観察する時に非常に役立つ、日本唯一の室戸半島地質写真集『青空地質博物館』 のPRをさせていただきました。

  しつこいようですが、何度も申します。

 日本ジオパーク協議会の皆さんや日本各地の大学で地震学や地質学に関係した研究・調査をしておられる地質学者も注目しています。

 室戸岬周辺の地質に関心がある方々にとっては、とてもいい本です。

 室戸市の地質の見事さを室戸市民の中で一番早い時期から市外や県外に向け私財をなげうって広報活動を行ってきたのは、室戸市役所でも他の方でもなく、私。今現在でも室戸岬等の地質の本質を訴え掛けられるのは私以外にいません。

 ご注文をお待ちしています。ぜひご連絡ください。


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病院の医師らは“客”である患者に、ただ検査や手術をやりたがる

2018-03-29 | プライベート
 27日(火)から29日の午前中まで、人生初めての人間ドックに行っていて、今日のお昼に帰宅しました。

 少年時代から体の弱点は数知らず、働き始めた18歳の時からも家業の製材所での大型トラックの運転手や工場で角材を肩に担ぐ仕事などがあって、2年に一度、“コンスタンドに”潰瘍などで南国市内の胃腸病院に入院するなど、軽症の病気は数知らず。

 30代には半年を超える入院もあったが、40歳代から50歳代はその病原を抑えながら、ひとつも自分の儲けにはならない借金ばかり作る地域づくり活動や地域雑誌の出版などで体を酷使しながらも、ただ働き続けた。

 65歳頃からようやくその病原と戦ったが、立ちあがれないほど苦しくなり中断。その後の新薬で三か月間で完治した。20歳代の病気で、「35歳まで生きたい」と決めた。その年になったとき、「50歳まで」と決めた。50歳になったとき、「65歳」と決めた。その時が来たから私は「75歳」と決めた。ま、順調にきている。

 そうして今度は、老化ゆえの症状の疑いがあるとか。

 しかし、病院で診察してもらうと、病院側は「この患者を利用してあの検査をしこの検査もし」と、「何とかこの客を利用して金を稼いでやろう」と企んでいるのが丸わかり。最初の検査が済んでから、もし疑わしかったら次の検査に進めばいいのに、最初の結果も出ていないのに次の検査をしたがる。

 「この検査だけでなく、この検査もしましょう」と。

 まるで、病院の医師らは“客”である患者にただ検査や手術や治療をやりたがっている、スーパーの店長や店員に見える。

 「病院経営もスーパーや商店経営と同じで、客は一つの商品で納得して帰ろうとしているのにその隣においてある似たような商品も買わそうとしている」と解る。

 出来るだけ患者から金をむしり取ろうとしているのが丸わかり。

 浅ましいと感じ、こんなことでは患者も「他の病院へ行って見てもらいたい」と思うようになるのではないか。

 医師も、その年齢が若いほどそうやってモーションをかけてくる。「この検査の前にこういう検査もやりませんか」と。唯、その若い医者が悪いんではなくて、大学でそう教えてもらったから悪意もなしに「この検査をしましょう」、「そしてその前にこういう検査もした方が良い」と言っているだけのことである。

 子どもには、私のように60歳がすぎて覚える人の世の“足るを知る”なんて悟りの境地には、まだまだ到達するわけはない。だから、「人間はみんな80歳や90歳までも生きたいと思っている」と勘違いしている。「だから、きっと検査も手術も治療も医師が提案する通りにいくらでも受け入れるだろう」と思い込んでいる。

 でも、残念ながら、私は60歳になった時に「あと十五年の、75歳」と決め、生きてきた。あと三年だ。だから、もしそういうことを言われたとしても、医師が言ったように簡単には、受け入れられない。

 自分の人生の目標をこれまでにあらかた実現したと思っている老人は、我が子なんて20歳を超えれば自立すべきもの、「後は妻と二人で生きて行こう」と考えている人もいれば、「自分の死後に妻が老後に困らないようにしておいてやりたい」と思うものだ。

 であるのに、若い医師たちは、20歳ごろに医大で教授から教えられたとおりに医療事業を進めていると解ってしまう。

 だから、病院内で見ていると、きっと悪気はないんだろうが、大学教授が医大で教えてくれた通りに患者にはいくつかの検査や手術を患者に薦め、「一つが済んでその結果を見て次の検査や手術を提案する」んではなく、検査をいくつもやろうとする。その治療代や手術代は患者が出すんであって医者が出すんじゃないから、必死になって、そして懸命に検査を重ねて行おうとする。

 そうすれば病院は医者や看護師の仕事が多くなり病院の稼ぎも多くなるから病院はうれしいだろうが、患者とは言えない、ただそういう病気の疑いがあるだけの人たちも病院から検査費用を徴収されているから、こういう検査や手術など治療めいたことが行われた場合、問題だと感じる。

 でもね、例えばそれを私と考えると、自分が人生の目標としてやりたいことをやろうと思って家業に勤務していたのをやめ、他の人が真似できない地域づくり活動を15年間、他の人が真似できない議員活動も似たような年月やり続けたから、病死も恐れやしない。数年後にこの世からいなくなってある程度のお金が妻に残れば、もう何も言うことは無いと思っています。

 でも、出費ばかりの地域づくり活動の時期を乗り越えてこれまでなんとか貯めたわずかな蓄えなのに、死ぬまでの間病院通いし、病院の検査費用や手術代や入院代として病院に取られてしまうことだけは、私はご免被りたいと決めている。

 わずかな蓄えのお金を自分の病院代につぎ込んで無くしてしまうか、それともわずかな蓄えを妻に残すため、自分が不治の病になった時には極力、検査費や治療費や手術代に使わないようにして早死にするか。私は今、後者にしようと決めている。

 大病になったとしても、自分が貯めたわずかな蓄えを病院の医者や看護婦や経営者に提供してなるものか、と。

 なんといっても、これまで私の地域づくり活動によって苦労させてきたし、10年もそこらも前からは妻の老後さえよければ自分の老後なんか無くなってもよいと決めている。だから、三年後の「75歳まで」が私の人生終焉と決めた時期。それまでには妻が安心して暮らせる新しい住処を構えてやることだけを考えて生きてゆくことにしている。

 そのためには、これは当家の場合だけだからお怒りしないでいただきたいが、私が病気だからと言ってその度に病院には行かないことが重要。病気になったときでも出来るだけ手術や入院はせず、薬をもらってきてそれだけで家庭にいて延命を謀ろうと企んでいる。でも、それで私が家庭で寝込みながらも長生きをした場合はかえって妻が困るから、ちょうどいいぐらいで天国に行こうかと考えている。(笑)

 ま、簡単にそうはいかないだろう。「適度」というのもなかなか難しく、そして老人になると判断力が鈍りそういう「適度」なんてことがだんだん解らなくなるから、はてさて後期高齢者と名付けられる75歳を超えた老後になると自分はどうしたものか、悩ましいことです。車に乗れるかどうかのこともあるし、ね。

 これは私だけじゃなく、笑っている60歳前の読者の皆さんもそうですよ。そのうち全員に「老後」はやってきますから、今やっている職業とは別にそういうことも本当に前もって考えておきなさいよ。


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悪い人間は悪い人間の声に共感し、悪事を試みるものだ

2018-03-26 | 地方のあり方
 私はこれまでまちの政治の世界にいて、不正を監視し、発見すれば批判し追及し、時には教え諭して正しい政治に導こうと試みてきました。

 でも、悪い人間はその教えや諭しに耳を貸さず、大半がそれを無視して悪事に没頭し、さらにその悪事を拡大させるべく動き続けている。

 だから、悪い人間とは他人からの諭しを無視するだけでなく、反感を持って攻撃してくるということになる。

 そしてまた、悪事を実行してきた人物が老いて力を落とした時には、それまでその人物に圧力をかけ悪事を指図してきた“裏”の人間たちは、その周りから悪い人を見つけてきて、また老いた人物の代わりに悪事をやらそうと試みる。

 だから、いつまで経ってもまちの政治に悪事が無くならない。

 特に、そのまちが「長年にわたり政治体質が悪い町」だった場合は、大改革して悪事を無くし公正で公平で住民中心の町にしようとしても、非常に難しい。

 それまで真面目に行動し生きてきた人間をまちのトップに据えたら少しずつ良くはなってくるが、それまで組織の中や地域住民の中にいて、あちらで暴行事件を起こして相手にけがをさせ、こちらでは暴言を吐きルールに従わないような人間をまちのトップに据えたら、その暴力的な一人の男によって町の政治はまず間違いなく急激に悪化し、その人間を引っ張り出してきた人間らだけが得する悪質な政治が始まる。

 まちの予算の多くは不正な手段や不正な法令違反を以ってその悪意を持った支援者らに投資され、そのトップを選び支援した悪い人間たちはその収益によって巨額の財を成す。

 当然、常識を持った公正で公平で道徳心を持った多くの住民らは堅実に税金を納めているにもかかわらず多くの被害を受け、苦しい生活を強いられるようになってしまう。そのため、そういう「悪い人間が悪い人間の言いなりになって悪事を行う政治の町」に激怒し、長く住んできた町を捨てる人たちは急増することになる。

 そうなると、やがてその町には「政治を舐めた悪い人間たち」ばかりが住み、悪い政治が行われ続けることになります。

 自治体では、首長が次々と国の法律やそのまちの条例に違反した議案を議会に提出し、不正が大好きな議員らは全員が何一つ異論を述べることもなくそれに無条件で賛成し、事業は実施されることになる。

 まちの予算は一般住民のための事業は何一つ行われず、そのトップを引っ張り出して当選させたまちの有力者や建設業者とそれらの取り巻きだけに投資されるので、その者たちは巨額の財を得ることになる。

 そんな時には当然、これまで言いなりに悪事を行ってきた頭が悪い首長には、毎回何億という巨額の予算を投じている有力者や建設業者から感謝の気持ちとして、裏金が渡される。勿論、その金額は5000円や1万円というはした金ではない。その工事費が5000万円であろうが1億円であろうがその「3%」とか「5%」らしいから、「150万円」とか「500万円」という金額も無いとは限らない。

 そういう不正な金を一回でももらった首長や議員は、もうおしまい。二回目を逃げることはできない。当然、三回、四回と悪事は続いていくことになる。

 なぜ逃げられないのか。一回悪事を行えば、二回目に悪事を断った場合、悪い人間は「おい、やらないと言うんなら、あの一回めの悪事をみんなに言うぞ」と脅す。このように、悪事とは一回でもやればその関係から逃げられないことを知っておらねばならない。

 だから、住民が質(たち)の悪い人間をまちの首長に選んでしまえば、その首長が二期目、三期目とまちの予算を悪事に使うことが続くということだ。

 首長選において、元いた組織内で暴力事件を起こしてその被害者は今も怪我が完治しなかったり同僚を自殺に追いやったりという人物が立候補することなどあまり聞いたことは無いが、もしそういうことが起こった場合は、住民はよく考えたほうが良い。

 まちの政治とは公正・公平で道徳心にとんだ真面目な人物がトップに立つべきものですが、物事の本質が解らない有権者もまちにはたくさんいるから、まかり間違えばそういう悪い性格の人間がまちのトップに座ってしまうこともないとは限らない。

 そうなったときには、そういう候補に投票して当選させてしまった住民に責任があるが、被害はその人物に投票した住民だけでなく、他の候補に投票した住民にまでも被害が及ぶことは忘れてはならない。

 このように、選挙に立候補する人がみんな聖人君子とは言い切れません。でも、投票すべきは「中でも一番、聖人君子な候補」であることには間違いありません。

 どういう首長候補に投票すればよいのか。それは次の点が正しい判断基準となります。

 首長選では候補の中で「一番、清く正しい政治を行う人物」で、「有力者や企業や団体からの不正な働きかけには耳を貸さない人物」に投票すべきで、一番わかりよい判断材料は、「その首長候補を支持し支援しているのが、これまで議会で不正や不適正や無駄な公共事業に反対してきた議員」であること。決して「これまでの議会で違法や不正や無駄な公共事業に無批判で賛成してきた議員」が支援し支持している首長候補に投票してはいけません。

 正しい考え方をする人は、正しい考え方をする人と共に行動するもの。

 悪事を働いてきた人は、悪事に同調してくれる人と行動を共にするもの。

 「類は友を呼ぶ」と言う。似たもの同士はそうやって寄り添うものです。

 まちの中でこれまで住民から批判を受けてきた有力者や企業や団体が推している候補は、正にその通りで「類が友を呼び」、自治体の予算を自分たちの食い物にしようと企むと理解することです。又、それとは反対に、公正な政治にしようと悪政と戦ってきた議員や住民が推す候補は、公正な政治を行うと理解してよい。

 首長選で住民の皆さんが一番考えることは、その候補が過去にどのような行動をしたかを調査し、組織の中で暴力事件を起こした人物はそこで切り捨て、企業や団体や有力者から口利きを受け県やまちに働きかけを行い予算を不正な形で使った人物も切り捨てること。そうして、あとに残った候補が如何に公正な政治が行えるかを考えることです。

 最後に有権者の皆さんにお教えしておきますが、私にもそしてどなたにも若い時に女性との恋愛ごとで失敗したことなどたくさんあり、そういう話を首長選を前にして「あの候補は昔こうだった」とか「ああだった」とか言って候補を貶める悪質な住民がいます。でも、そういうことは誰にだってあり、批判すべきほどのことではありません。そういう若い時のことを言われますと、私も市議選に出られなくなっていたでしょう。(笑)

 20代や30代の時に女性関係で失敗した経験などは、何も悪質なことではない。又、候補が痩せているとか頭がはげているなんてことなど、体の欠点は何も重大なことではありません。

 であるが、選挙においては、性格の悪さや交友関係の悪さだけは絶対に重要な判断材料にすべきで、そういう候補には絶対に投票してはいけません。絶対に。

 重要なことは、「首長選に出る候補の中で一番、一般市民の生活改善のために公正な形で政治を行い働いてくれる候補は誰か」です。決して、「まちの有力者や企業などが企む建設工事のために予算を投じてくれるか候補は誰か」ではないということです。

 それは首長選であっても、議員選であってもです。性格の悪い人物が政治にかかわると必ず政治の場で悪事を働きますので、この点だけは有権者の皆さんはお忘れなきよう、覚えておいてください。

 とにもかくにも、あなたのまちの政治を公正にしようと思ったら、公正な働きをしてきた人物に投票することで、それしかありません。これまで悪事をしてきた人間が選挙において「住民の皆さんのために働きます」なんて言っても、絶対に騙されてはならない。

 振り返って、室戸市長選の時に「市民のために公正・公平な政治を行います」と言って当選した室戸市長が市民のためを考えず、不正や不公平な市政運営を行ってきたことはたくさん見てきたし、市議選の街頭演説で「市民のために頑張ります」と叫んで議員になった人間が4年間、議会において不正や無駄な公共事業の議案に賛成し続けたことは室戸市民ならみんなご存知でしょう。

 首長選だって、議員選だって同じで、これまでの約30年間、これまでいた組織の中でコツコツと公正に働いてきた人物かどうかを判断し、それを知らなければ他の住民にも聞き、「あの人は真面目な人」だと多くの住民から聞けば投票し、「あの人はよく人にウソをつくと評判の人だ」とか「あの人は暴力的な人だ」などと聞けば、決して投票しないこと。(室戸の市長選や市議選に立候補した人の人物像が解らなければ、私に聞いて頂ければお教えします)

 でも、十一年間、地方議員をしてきて思いますが、室戸市の政治の場になぜ公正に働く市長や議員がたくさん集まらないんでしょうかねえ。そうやって集まらないから、やっている政治が公正にならず不正な政治ばかりが続いていて、それを感じ取っている市民も町の政治に嫌気がさしています。なぜ、市長や市会議員は市民のためにならない事業や行政運営を続けるんでしょうか。それはきっと、議会には市民がいないから、やりたい放題、悪事を行うんでしょうね。

 ま、極論すれば、政治家になった人間たちの大半が知恵が足らないからなんでしょうが、それならそんな人は市長や議員にならなきゃいいのにと思うが、権力や給料や報酬がほしくて、出ている。議員の大半が市長のためを思い不正や不適正なことに賛成して市民のために働かないから、そうとしか思えない。

 十一年間見てきて、もう室戸市の政治には改革の余地はないと考え、来年4月で引退すると決めた。物事を正しく判断できない者たちが多いから、さじを投げたといってもよい。

 もし今年11月の室戸市長選において私が支持する萩野義興氏が落選して他の候補が市長となった場合、間違いなく室戸市の政治の悪さはこれから32年後の人口ゼロとなる2050年まで続いてゆくことになります。南海大地震はその前かその後に必ずやってくるから、室戸の町は「政治悪」と「大地震」に因って破壊され消滅すると言い換えてもよかろう。

 だから、室戸市の政治改革と市政悪化の最後の戦いが今年11月の市議選といってよく、その選挙の結果を見て市民のご家族は定住するか移住するかを話し合い判断されることをお薦めする。

 以上、聞く耳を持たない政治家たちがたくさんいる室戸市の政治と半年後に行われる市長選などを考え、室戸市民の皆さんと全国の地方政治に関心が深い読者の皆さんに「正しい政治の在り方」について記事を書きました。少しでもご参考になればうれしく思います。


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無駄な公共工事をするたびに衰退してゆく室戸市

2018-03-24 | 地方のあり方
 かつて、大正7年に首相に就任した原敬(はら・たかし)という人がいた。

 原以前の首相は全て華族でしたが、原は大多数の国民と同じ平民出身ということから、「平民宰相」と謳われたことは有名です。

 原は数多くの政治家と違って、叙爵(じょしゃく)を拒否し、平民であり続けました。(「叙爵」とは、爵位を授けられること) その理由は、《国の指導者は、国民から選ばれた衆議院議員でなければならない》と考えていたからといいます。

 明治、大正から、昭和22年までは、選挙を経ないで華族らが議員となる貴族院(やがてこれが参議院となる)があった。爵位を得ると貴族院議員とされる、それ故、原は爵位を頑なに拒否した。

 このことから、政治家を目指すに当り、国民に選挙で選ばれることの重要性と、国民の審査をなんら経ずに議員となった人ばかりの貴族院にいることで、国民から自分も他の議員に向けられていると同じ目で見られるこの二つのことを嫌い、頑なに爵位を受けなかった事が分かります。

 この原敬の座右の銘は、「宝積(ほうじゃく)」。 

 「宝積」は「宝積経(ほうしゃくきょう)」を指し、この経の本義に「人を守りて己を守らず」とある。これは、人に尽くして見返りを求めないことで、同経を実践しようとしたもので、原の生き方が単的に表された言葉といわれている。

 「栄誉を求めず、爵位を求めず、ただ平民を全うすること」。 

 誠に感じ入る。

 私は議員の端くれとして、見習わなくてはならないと思う。「市長になりたい」だの、「議長になりたい」だの、「委員長になりたい」だの、そんな名誉や権威を追い求めることよりも、もっと大事な事があると思って議員の仕事をやってきた。

 それは、議員としての職責を果たすこと、住民のために尽くすこと、住民の負託に叶うだけの成果を挙げるよう努力すること、報酬分以上の働きぶりで仕事をすること等々、いくらでも挙げられる。

 手前味噌になるが、私は平成15年に議員になった時に自分に重い荷を背負わせた。それは住民に選んでいただいたことを考えると、気を抜くこと自体がもう職責を全うしていないと判断したからです。

 その「重い荷を背負う」とは、県外のある元議員が戒めとしている言葉を基に、私なりに次のような十訓を作ったことに因る。

 「市議会議員の評価基準」

1、一般質問は毎議会行っているか。

2、どの議案に質疑し、賛成(または反対)討論し、賛成し、反対したか。それは積極的か。

3、政策実現はどのくらい出来たか。

4、公約は守っているか。公約以上の活動を実践しているか。

5、全市的な視野と観点で政治に取り組んでいるか。ドブ板議員にはなるな。

6、違法をしていないか。違法を追求しているか。悪人を許してないか。

7、市民の視点で働き、市民の声を代弁しているか。市民の犠牲になれているか。

8、公平、公正で、大局に立った姿勢を忘れていないか、何が重要か忘れるな。

9、利益誘導、不合理な口利きや働きかけをしていないか。

10、威張ったり、傲慢になっていないか。

 筆書きしたこの十訓を、私が毎日座るパソコン・デスクの前の壁に貼ってある。議員として揺るぐことなく、毎日これを守り、一日として気を抜いたことがなく、真面目一筋で活動を続けている。できないときも多々ありますが、まじめに仕事をしています。
 
 他の議員に負けるのがいやだから、頑張っている。頑張るのは疲れますが、とにかく負けたくないから頑張っている。住民の皆さんに「お前は議員報酬分の仕事をしていない」と言われたくないから頑張ります。

 それに、「お前は、不正を許しているのか」と言われたくないから、不正を許さない。「お前はしてはいけない不正な働きかけをしているじゃないか」と言われたくないから、どこかの議員みたいに、市長に「あの会社の仕事を作ちゃってくれ」なんて不正な口利きをして圧力をかけたりは絶対にしない。

 企業などとは利害を持ちたくないから、これまでの4回の市議選では運動員の助けを借りることなく、女房と二人だけで選挙運動をしてきた。だから悪しき利害関係は全くない。身軽なものです。

 とにかく、議員は自分に重い荷を背負うべき。あれも、これもしなくちゃならないと思って仕事をすべきです。してもしなくてもいいなんて気持ちじゃ、いつまで経っても議員として一人前にはならない。

 そして、仕事は自分で課題を設定した上で、次から次ぎへとその課題に関して取材・調査・研究を重ねること。県庁の担当課に行き、自分の自治体の課に行き、インターネットで調査し、その上で自分の考えをまとめて、やっと次の議会の課題、質問項目が固まって来るんだと思っている。

 憲法第15条には、「全て公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と規定されている。議員も、住民全体の利益のため、この法令に基づいて公平にその権限を行使すべき厳しい立場にある。つまり、住民全体の立場に立つ議員として、勇気を以って公平・公正に、正しい判断を下すべきもの。議員は正義の味方として努めなくてはならないのである。

 地方自治体議会の議員は、決して一部の地域や特別の個人や企業の利害で物事を判断してはならない。

 原敬首相のように、名誉的地位に恋々とせず、人に尽くして見返りを求めない姿勢。 これこそが政治家や議員が守らなくてはならないルールではないか。

 町や村の政治に関わる人間はもう一度、この「宝積」という言葉をよく噛みしめて考えてみた方が良い。

 室戸市においては予算を浪費するだけで市民生活には何の効果も生まない大型公共工事が毎年事業化され、まるで室戸市の年間120億円の予算は建設会社1社を中心にして年間の事業計画が組まれているかのような状況を生んでいて、これに関しては市民だけでなく市内の建設業者の多くも批判的な声を上げている。

 議会においても、「おかしいじゃないか」と叫び執行部を批判的に質している議員は私の他にも何人かいるが、最後の表決で反対できる議員は私の他に一人いるかいないかぐらいで、全て可決してゆく。

 「賛成しちゃったら市長が喜ぶきん、まーいいか」とネ。議員の職務と責任はさておき、自己の利益のためだけに最終判断を下す。笑っちゃいます。公務員職のなんと軽いことよ。

 だから、室戸市においては無駄な公共工事計画が毎年のように議会に提案されるが、違法な事業や、建設会社を肥やすだけで市民には何の効果も生まない事業であっても、全て賛成多数で可決し、事業化されている。

 数年前の1月25日の臨時議会に提案された「旧椎名小学校を有効利用するため」とお題目を掲げる「ウミガメ研究団体のための施設改修工事設計委託料」についても、「日本ウミガメ協議会」という大阪市に本部があるNPO法人のためと、地元の建設業者の次の仕事を作るために考え出されたものであり、長年にわたりウミガメの飼育と放流の活動を続けてきた元小学校の生徒さんや市民のためではないことを室戸市民の皆さんはよく知っておいてください。

 当然、この事業案に私は反対で、委託料が提案されるその臨時議会でも、建設工事費が提案されたすぐ後の3月議会でも反対した。

 なぜならば、この委託料議案が議会で可決し、3月議会での億単位となる建設工事費が可決したことによって市民が被害を受けることは間違いないが、私はその後のことに対し責任を持てない。つまり、市民の皆さんから「お前らはあんな無駄な事業費に賛成して室戸市の大事な予算を5億円も6億円も使おたが、責任をとれ!」と言われたときに、私は責任が取れないからです。

 地方議員が議会で事業案に賛成するとは、その事業実施後の功罪・良し悪し・成功あるいは失敗に責任を持つこと。

 これまでの長い間、議員をしながら違法な事業案、不公平な事業案、不適正な事業案、不道徳な事業案などに賛成してきた議員は、それらによって被害を受けた住民に謝罪し、責任を取らねばならない。

 そういうことなんです。しかし、この基本が全く解っていない地方議員が何と多いことか。報酬をもらうことだけは忘れないが、こういう議員職の責務などはまったく分かっちゃいない。 

 室戸市において「ウミガメ研究」と言えば、室戸市元小学校の子どもたちが長年に亘って行ってきた活動だ。室戸市民ならば全員が解っていよう。そんな状況が長年続いて来て、室戸市長は「ウミガメ研究」として県外の団体に何億円と金を出し事業費を出して支援を始めた。

 これはきっと、市の予算全部が自分の金じゃないからだ。

 賢明な室戸市民の皆さんなら、私と同じ考えをお持ちではないか。

 「大阪に本部を置くNPO法人・日本ウミガメ協議会の活動と市内の建設業者のために予算を投資するこの事業が、今後も5年間に2000人減少し続け(5年後には11000人、10年後には9000人)寂れてゆく室戸市の市民にとってどれほどの効果があるのか」。

 「この校舎改修工事に億単位の予算を使うくらいなら、元小学校の子どもたちに他の小学校の生徒も巻き込んで『室戸市こどもウミガメ交流館』を元小学校を改築して作り、この子どもたちの活動がこれからも長く続くように予算を使ってやるべき。ならば、東京の団体と建設業者に予算を垂れ流すよりもずっと、効果的であるのは疑いない」。


 私は冷静な目でこの事業を、そう見ている。

 そもそも、室戸市内の小中学校が廃校となり“遊休施設”となった場合、そこを利活用するとなると億単位の公共工事が計画され、その後も施設利活用のために無駄な事業が計画されて予算が垂れ流しとなっています。それよりは、私たち総務文教委員会の議員数名も同じ意見を持っていて、「億単位の予算を使い更にそれ以後も事業に予算を使い続けるのなら、いっそその遊休施設を取り壊した方が市の財政に無駄が無くなり、効果的だ」の声が圧倒的に多い。

 であるにもかかわらず、建設業者のことが頭から離れない役所の市長や担当課長は、無駄な廃校改修工事に突き進み、もうすぐ工事は終了します。

 私は見ていて、「なぜ、室戸市はこうまで学校の耐震改修工事や廃校改修工事が多いんだろう」と感心している。これが今の室戸市の市政状況と言ってよい。

 とにかく、室戸市においては大半のことが建設業者、それも1社を中心に回っている感が否めないし、市民もみんなそのことを昔からよく知っている。

 なのに、市政運営する者たちはそんな市民感情を知っておりながら無視し、それを逆なでするように毎年毎年、大型公共工事を計画し続けている。

 これも、無駄な事業と分かれば市議会で議案に反対し否決すればいいものを、議員の大半が「賛成して市の予算を無駄に浪費しても自分の腹は痛まん」と思い賛成し応援し続けていることにも原因があり、無駄な大型公共工事が毎年計画されることのすべてにおいて市に責任があるわけではない。議会の責任も重大である。

 私など巷の市民感情を理解する人間は、そういう状況を議場で見ていて、「愚かだなあ」、「幼稚だなあ」、「その事業がどれぐらい室戸市の将来に役立つというのか」と思ってみている。

 60歳も70歳も過ぎた大の大人に向かって私が「反対しろ」などと止めることはできないので。

 役立つ事業か役立たない事業かの判断は全て議員に一任されていて、議員が賢明な判断を下せなかったらすべて事業化されてしまい、市民は被害(無駄に予算を浪費しなければ税金が下がる)を受ける。このことは理解しておられるでしょう。

 結論はすでに出ている。この事業は議員の大半が賛成してこの6月ごろから事業は実施されます。
 
 慶応大学教授の片山善博氏は地方議会について、こう語っている。 

 「例えば、『国から景気対策として公共事業予算の配分があると、地方経済の疲弊を救うのに、本当に公共事業という手法で良いのか』、という吟味はどこの地方議会でもほとんどしていない。国が用意した政策をもらい受け、それを実施するのがハナから善と思い、その地域にふさわしいかどうかなどの点検をしない」。

 市の予算から毎年のように大型公共事業に投資し続けて市長や職員や議員がいることが、小さな「室戸」という町の地域経済が一向に回復しない一つの背景だと思っている。

 もっと簡単に言ってみようか。

 市民生活には何の効果も生まない無駄なハード事業(大型公共工事)を計画することしか知らない公務員(市長、職員、議員)では町の発展も無いし、毎年人口が400人ずつ減少するこの衰退も止められない。

 これからは、無駄な大型公共工事をやめて市民に効果を生む工事だけ選んで行う、市政運営をソフト事業中心に転換するぐらいの考え方を持つ頭脳明晰な市長が出て来ない限り、室戸市は億単位の大型公共工事を実施するたびに衰退の度合いは拡大してゆくことになる。

 片山氏はこうも言っておられる。

 「地方経済の疲弊を救うのに、本当に公共事業という手法で良いのか」

 力のない私が言っていることではない。あの片山氏が言うことだ。このことをみんなでもっと深く考えてみようではないか。

 市長がこの流れを止めることができないようだから、室戸市議会の議員がこの流れを止めるしか方法はないが、それは疑わしい。定数13名のうち、無駄な公共工事を“効果を生まない無駄事業”と理解して止める(議案に反対して否決する)だけの度胸を持った議員がどれほどいるのか。

 市民の皆さんも室戸市政と市議会に無関心じゃ、知らない間に被害(無駄事業に投資する予算が市税等に還元されれば、当然税金は安くできる勘定になる)を受けるだけです。

 市政を監視するのが議員の役目ですが、その議員が役目を果たそうとせずその任務を全うできないとなれば、いやでも市民が議会の傍聴にきて議員13名を監視すべきです。

 片山氏が言うように、室戸市の市民生活や室戸市の経済を救うのは絶対に、公共工事ではないと私は考えています。

 そのためには、引退を表明した市長を追いやった後、無駄や不正な議案にこれまで賛成してきた議員も全員、落選させることです。

 かつて平成23年4月の市議選において、室戸市民は議会で一番真面目に仕事をしてきた議員を落選させましたが、そういう間違った判断力で投票するからあなた方市民が生活に困ることになるんです。

 選挙では物事の良しあしをよく考え、真面目に仕事をする市長候補と議員候補に投票することです。市民の皆さんが室戸市で生き残っていくためにはそれしかありません。


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謙虚さ欠いた組織の長の態度(後編)

2018-03-23 | 政治家のあり方
 全国の自治体が建設する「公の施設」の位置づけを規定した法律が地方自治法第244条ですが、その条項に違反していることを市は承知で施設を建設し十年間も放置してきたのが、室戸市室戸岬町の室戸岬港にある県有地に室戸市が設置した「室戸岬高速バスターミナル」です。

 その流れについてはこれまでも何度も記事にしてきましたので、読者の皆さんはよくご存じのことと思っていますが、ご存知ではない方はこの「室戸市長と観光課が高知県市町村振興課と一緒になって行った県補助金条例違反の事件」が発生した2008年(平成20年)12月からの記事を検索してお読みいただきたい。

 小松市長が徳島バスと話し合い室戸市に来てくれると大喜びしたのが、平成20年8月。それから大急ぎで計画書を作り、高知県企画振興部や市町村振興課に提出して補助金と借入金の話をまとめる交渉を行ったのが、同年9月。勿論、小松市長と市観光課職員は法律無視で計画書を作り、それが地方自治法違反であることも承知で県に行ったのですが、県の担当部の部長も副部長もそれが違法となる計画であることを承知で、それを小松市長に指摘して適法な計画書に改めさせるほどの知能もなく、公正な判断力も無かったがゆえに、そのまま県の担当職員は「高知県補助金条例」に違反することを承知で、1444万円の半分を補助金として、もう半分は貸付金として県予算の中から室戸市に支出したのです。

 当然のことで、県担当職員は条例違反を行ったということで、計画を進めた翌年の平成21年に私が県市町村振興課でそのことを暴露した時、それら部長、副部長、市町村振興課の課長、課長補佐ら職員10名は氷ついた。そして、処罰を恐れて全員が白を切った。彼らは全員が大学に行き勉強した職員らですが、地元の室戸高校しか出ていない元トラック運転手の議員に物事の公正保持の重要性について突っ込まれ、全員が黙り込んでしまいました。それが、不正を行った公務員の不正実行の証拠と言えるでしょう。

 これらの詳細な内容について関心がおありの方々は、私のこの電子情報誌の右側にある「バックナンバー」から順次、ご覧いただきたいと思います。発端時期から順にその年月日を表示しておきます。

 ●2008年12月12日、( この日の記事から)←

 ●2009年9月19日、(この日の記事から)←

 ●2009年11月16日、(この日の記事から) ←

 ●2009年11月28日、(この日の記事から)←

 ●2009年12月02日、(この日の記事から) ←

 ●2010年1月23日、(この日の記事から) ←

 ●2010年3月14日、(この日の記事から) ←

 ●2010年4月26日、(この日の記事から) ←

 ●2010年8月25日、(この日の記事から) ←

 ●2010年9月4日、(この日の記事から)←

 ●2014年2月27日。(この日の記事から)←

 掲載した記事はこのくらいですが、この施設はそのまま地方自治法に違反したまま、室戸岬港の県有地に建っていますので、室戸市が行った違法な公共施設建設についてお知りになりたい方は、一度、ご覧においでいただきたい。もしご連絡いただければ、小生がご案内いたします。

 ここまでが、室戸市と高知県によってこの違法事業が進められ、議会では私一人が「この違法な状態はこうすれば適法な形に改善できます」とお教えしてきたにもかかわらず、「これを改善すれば自分が違法を認めたことになるし、予算の1444万円を出した県も同罪となる」と考えた小松市長は改善しなかった、その全貌です。

 以上がこの事件についての、前置きです。

 そして、3月9日に開会した室戸市議会に「議案第26条・室戸岬高速バスターミナル施設のおける指定管理者の指定について」が提案されました。そうです、以上述べてきた地方自治法違反の施設の指定管理者を指定する議案です。

 事業は平成20年12月から始まりましたので、一回めの指定管理者の指定は「平成20年12月1日~平成25年3月31日まで」、2回目の指定管理者の指定議案の時は「平成25年4月1日~平成30年3月31日まで」であろうと思います。でも、残念ながらそれを審議した平成25年の頃は小松市長の支持者らが私に対して行った落選運動で残念ながら落選してしまっていたから疑義を質すことはできませんでした。ということで、今議会に提案されたこの施設の指定管理者指定の議案は二度目ということになります。

 議案の内容は、室戸市議会の平成30年3月議会に提案された「室戸岬高速バスターミナル施設」の指定管理者に初年度から指定管理者に指定してきた徳島バスをもう一度、平成30年4月から平成35年3月末までの五年間、指定管理者にしようとする議案。

 この施設は地方自治法第244条「公の施設」に関する法律に違反している建物で、この違法状態がそのまま来年3月末まで続き、それからの五年間も違法状態のまま事業運営を続けようとしているということになります。

 繰り返しますが、小松室戸市長はこの事業の発端から国の法律に違反していることを承知で行おうとし、高知県の市町村振興課もその違法状態を知りながら室戸市に対し、補助金を半分、貸付金を半分で事業費1444万円を支出した大事件。当然、高知県補助金条例に明らかに違反している。

 つまり、高知県も不正を承知、室戸市も不正を承知。その違法な事業を止め続け、改善方法まで教えてあげたのは私一人。でも、それに対し「適正ですのでこのまま運営を続けていきます」と答弁して不正を改めようとはしなかったのが、小松市長。お役所のやっていることなんか、全く信じられないということです。

 で、室戸市議会でこの違法事業に対して小松市長を批判できる議員は私一人だったもんで、この15日に行われる大綱質疑では質疑を行おうと、原稿を書いて用意していました。でも、その議案審議の前に、やめた。

 なぜやめたかですが、市長になって十一年間、たくさんの不正な事業や市民の意識を無視し無駄でしかない公共事業を繰り返してきた人間に対し、「この施設は違法なまま十年が来ますが、私がお教えしたようにこの施設を適法な形に改める考えはないか」と質疑したとて、不正な意識が染みついた小松市長が「違法ではないのでこのまま管理運営を行います」と答弁して白を切ることは解っている。何よりも、この議案はこの事業の違法状態を審議する議案ではなく、十年近く高速バスを室戸市から関西まで走らせているバス会社を指定管理者にするかどうかの議案で、このバス会社を指定管理者にする点については、私も異論はない。

 この徳島バスの乗務員が社員宿舎として寝泊まりしている部分が国の法律に違反している、その点が問題なのであって、これは徳島バスという民間企業に問題があるというよりも、室戸市、室戸市長が行い十年近くその違法状態を改めるでもなく続けてきた不適正な対応が批判されるべきものであるのは、疑いない。

 それらのことを考え、質疑原稿は用意してあったが、議長が質疑のある方はいませんか」との呼びかけがあったが、手を挙げなかった。

 アホだと思ったのは、小松市長のこの違法事業が議会に提案された平成20年末ごろの議会で賛成して応援した議員が、自分たちは質疑できない委員会の議案であるにもかかわらず、「無し!」と叫び市長を庇ったこと。任期の四年間にはあまり質問にも質疑にも立てない議員がこういう時には声を上げて私の発言を妨害しようとするんだから、「情けないなあ」と思ったものです。

 私が質疑するつもりならその程度の邪魔は踏みつけてやったが、その声と私から質疑されたくないと思い俯いたままの市長の姿を見ると、質疑して問いただすだけでももう阿保らしくなり、議場の執行部席に座る各課長の中にも議席に座っている議員の中にも私が質疑すると考えている人たちはたくさんいるとは解っていましたが、あえて質疑しなかった。

 議員一期目の時は武井市長が行う政治を見、二期目からは小松市長が行ってきた不正な政治を見続けてきて、室戸市議会で議論し、議論されてきましたが、いくら違法や不正や不公平や不道徳や、不正に入札決定したとみんなが知っている公共工事など、数多くの事業が市議会でストップできずにすべてが不適正に可決され続け、それらはやがて市民に被害を及ぼしてきました。

 悪い市長と、その市長に寄り添う議員たち。部下である市職員も、そういう不正に走る市長に逆らえず意見も言えず、この高速バスターミナル建設時も今も指示通りに動き、答弁する。

 いったい、これは何なんでしょうね。

 ま、市職員は頭のいい公正・公平な人が市長になれば喜び喜々として仕事に励むんでしょうからそういう人を次の市長選で選べばいいんですが、重要なのは、私のように頭が良くって(?)クソ真面目な人を市長に選び、議員に選ぶことです。

 そうしないと、今のように「不正が何だ」「不正がどうした」と思って市政運営をする市長や、そういう不正な議案や行政運営でも深く考えず賛成してしまう議員を選挙で選べば、室戸市民は今以上の悪政によってみんな死に絶えてしまうでしょうね。

 今からお教えしておきます。

 私が次の市長選でまちのトップとして信頼がおけると考えるのは、新人の萩野よしおき氏だけです。何事も自分がその地位に着きいろんなことを経験しなくては、才能は発揮できるものではないし、他人からも才覚は見えてはきません。萩野氏にしても町の政治に関する知識は豊富ですが、トップとしての政治手腕や才覚はまだ未知数。ですが、どんな候補に対しても有権者の「好き」「嫌い」はありますので、その「未知数」に賭けてみることは悪いことではないと思っています。

 問題は、これまでに県議や市議など政治家を経験したことがある候補がもし当選した場合。そうなった場合は、市民はきっと、今以上に市政と議会が混乱して苦しみます。ご商売をしている方々は「すぐに移転」とはできないでしょうが、一般市民は苦しむ前にこの室戸市から他の町に移住することをお薦めいたします。そうすれば室戸市に住むより、安心して暮らせると私は考えています。

 少なくてもここ十五年、二十年間に行われてきた室戸市の政治を見てお分かりのように、市長の違法や不適正な政治運営に多くの議員が賛成して市長を応援してきましたが、私のように室戸市が行う行政運営や事業計画の不正や不適正や無駄な公共事業に真っ向から勇気を持って反対してきた議員は、ほんの数名です。「抗し難い」とはこういうことを言います。

 この理由はきっと、物事の良し悪しを理解する人が市議選に立候補することが稀なことなんでしょうね。室戸市民の中にはそういう頭のいい人はたくさんいますが、議員のような仕事はきっと「不確実性な業務」だとお考えなんでしょう。私でお分かりのように、政治家として立派な行いをし、立派な活動をしても、議員として活動しない議員と同じ給料しかくれないと考える。ほかの議員の何倍も議員活動をしていても評価は低いから、立候補するだけの意味がない。だから、出馬する人の大半は、議員活動しなくても当選さえすれば4年間、何もしなくても報酬をくれると考える人たち。そうなってしまっている。

 だから、そういう人たちは当選すれば“寄らば大樹の陰”と考え、市議選の時には街頭で「市民の皆さんのために頑張ります」と叫び、当選したら考えを一変させ、「市長、私は市長を応援します」と行動している。つまり、当選したら市民のために働かなくなるということです。

 だから、先のような「室戸岬高速バスターミナル」施設の議案が出て来たら、国の法律に違反している議案だと知っているのに、「市民は見てないよな」と思いながらその事業案に賛成する。

 最後です。市民の皆さんに進言しておきます。

 市議選の時にいくらマイクで「市民の皆さんのために働きます。頑張ります」と言ったとしても、その候補の顔を見たらその人がウソつきか真面目に働くかは分かるものです。来年4月の市議選では、いま議員をやっている中のウソツキの候補には絶対に投票しないでいただきたい。それが室戸市が良くなり、皆さんが被害を受けない唯一の方法です。

 「謙虚さ欠いた組織の長」となる人や「謙虚さ欠いた議員」となる人を選挙で選んだりせず、ぜひとも『賢い有権者』になっていただきたい。

 それだけが、来年4月で引退する議員からの切なる願いです。


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安倍総理支持者から昭恵さんへの諫言

2018-03-22 | 人間のあり方
 失礼ながら、安倍晋三総理大臣の奥さん・昭恵さんに一言、「政治家の妻」とはどうあるべきかについてお教えしておきます。

 
 私は20歳に選挙権を持った時から自民党を支持してきました。そして、今も安倍総理の力量に惚れ、戦後では一番高い能力を持った政治家だと強く考え、変わらず自民党を支持をし、ここまで何も言うことはありませんでした。立憲や共産党ら野党の言うことは全て的外れである、日本の国を陥れることに精を出しているだけのことで、何一つ共感できることはありません。

 それが一、二年前からでしたか、安倍総理の奥さんの昭恵さんがペテン師の男に騙され小学校の名誉校長になったとかで、世間は大騒ぎしていて、私たち自民党を支持している国民も気が気ではありませんでした。

 あの男は刑務所に入りましたが、最初からいわゆる「ペテン師」。ああいう信用できないウソをつく男を土佐では“てんくろう”と呼び、誰も相手にしません。ノンキなうちの妻とて、多分、相手にしません。でも、昭恵さんは簡単に引っかかってしまった。

 あなたは有名な森永製菓の松崎社長の家に生まれ、お嬢さんとしてぬくぬくと育ってきたんだろうと思います。そのためか、あのペテン師の強引さと口のうまさに騙され、引っかかってしまいました。当然、「あんたは甘い」と世間から批判されても返す言葉もないでしょう。

 特にあなたは総理の妻。とても話になりません。

 いろんな活動をして総理を陰で支えていることに関してはよく知っていて、最初の内は、陰ながらですが、奥さんのことも応援してきました。

 それがやがて出過ぎ、胡散臭い、強引に人をだます男にあなたは引っかかってしまいました。

 間違いなくあなたは、夫である安倍晋三総理の足を引っ張ってしまいました。

 安倍総理のことについては、ここまで非常に精力的に働き、私たちは「体は大丈夫か」と思い心配しながらも応援してきましたが、あなたが巻き起こした一件も含め、「森友」の問題が総理大臣になっての一番の悩ましい出来事になってしまいました。もしこんな騒動にあなたが入り込んでいなければ、総理の心労ももっと軽かったのではないでしょうか。

 政治家の女房は“その夫に付かず離れず”で陰にいて支えてこそだと、私は思っています。政治家の妻は決して、出過ぎてはなりません。

 あなたが引き受けなくてもよい「名誉校長」の職を引き受けてしまったのも、「夫の一助になれば」もあったかもしれませんが、あなたがそんなことをせずとも自民党政権は順調なまま推移することは疑いなく、今回の件では夫の応援もあってのことかもしれませんが、厳しく言えば「余計なことに首を突っ込んで夫の足を引っ張った」と言えましょう。

 政治家の妻は、「付かず離れず」夫を応援していてこそ、夫は頑張れます。事実かウソかは別にして、「名誉校長」職なんか、政治家の妻には全く必要ないことです。

 私も妻に「家にいろ」なんて野暮なことは言いませんが、どこかの幼稚園の名誉園長の職を引き受けて来たら、「そんなものを引き受けてきて、それで毎日、家で家事をしたり、買い物に行ったりと、自分にとってゆとりある生活ができるのか」と叱ってやります。

 勿論、その幼稚園に「谷口總一郎記念幼稚園」などという馬鹿げた名前など付けさせるわけがないでしょう。もしアホな男の言いなりになって勝手につけていたら即刻、その看板を外させます。

 それに家に入ってくるお金だって、総理大臣ともなれば、妻が小学校の名誉校長を引き受けてお給料をもらわないと食っていけないわけはなく、あなたが家を出て働く必要はないでしょう。家にいるのが嫌なら、お友達との交流を広げて、次の衆院選や参院選で自民党が有利にことが運べるように苦心することだけで、あなたがイベントや講演会などに出て余計なことをしゃべる必要などありません。そのように大人しくしている方が、校長を引き受けるより、もっと次の国政選挙にとっては効率的だと思いますよ。

 室戸市の市議会議員の職はそれほど高い報酬をいただいているわけじゃないから、私の妻は実家のパン屋で働いて10万円足らずのお給料を家計に入れ、そうして二人のお給料に年金を加えて、老後のことも考えながら二人で暮らしています。そんなに蓄えがあるわけでもない。

 でも、総理である夫のお給料を考えると、昭恵さんがお給料を稼いでくる必要はないでしょ。だったら、ご自身は小さな小料理屋を始めたとか数年前に伝えられていたから、他のことには一切手を出さず、そこでお友達と仲良く楽しくお商売をしていたらいかがでしょうか。その店が黒字になっても赤字になってもたかが知れていて、安倍総理がその店の売り上げの金額で困るほどのこともないでしょう。

 とにかく、政治家の妻は「決して出すぎず、付かず離れず」で夫を支えることです。

 そして、あなたは“学歴コンプレックス”を持っていると聞きますが、そんなものに思いを致す必要はありません。他の高い学歴を持った政治家の妻と競い合わないことも重要です。あなたは世間からよく「自由奔放な行動」と評されますが、総理夫人になろうが、自分は自分。他の政治家夫人の高い経歴に臆することなど全く必要なく、自分なりの生き方で総理であるご主人に尽くすことが一番重要なことです。

 あなたの欠点は明らかに「他人からよく見てもらいたい」とか「高く評価してもらいたい」という態度でいますが、そういう行動が却って評価を下げ、ご主人である安倍晋三総理にダメージを与えていることは疑い在りません。

 あなたはお金持ちの家に生まれて小さなころからぬくぬくと育ってきたがため、何一つ世間の常識を知らないようですが、フェイスブックやスマホなどを使って世間に自分のやっていることを広範囲に垂れ流すことなども、やめることです。あなたがそうすることによってご主人の晋三さんの仕事に効果を上げるわけはなく、それで発生するのは全て、ご主人の安倍総理大臣に被害を与えています。

 他の政治家では真似のできないほどの実績を上げあと数年で安倍総理の夢も叶うと言うのに、天真爛漫なのかどうか知らないが、今もご主人の足を引っ張り続けているのを見ると、日本全国で安倍総理や自民党政権を応援している国民の皆さんはあなたの行動や発言で困り果てているのは疑いないでしょう。

 しかし、乗り掛かった舟と考えておられるのか、安倍晋三氏はあなたと離縁せず、ずっと庇い続けています。安倍一次内閣の時には難病で涙ながらに総理を辞した人が、治療薬ができたとかでようやく広範囲の職務も実現してきた、そんな時、あなたがあのペテン師との付き合いを深めたことから、あなたの夫である総理の夢の実現は暗礁に乗り上げてしまい、私や国民の皆さんが傍にいなくても総理の健康状態に悪影響を与えていることぐらい解ります。

 でも、昭恵さん、あなたは行動を自重することもわからず、いまだにネットを使って「私はこうしています」「今日はここに行ってきました」なんて、やっています。

 安倍総理の母であるあなたの義母も、きっとあなたの行動や発言にはほとほと手を焼いていることでしょう。

 極論すれば、あなたはこの日本の国を亡ぼす女性かもしれません。でも、あなたはそういうことが理解できない人。あなたの行動によって、ご主人や義理のお母さんだけでなく、国民の皆さんも困っていることでしょう。「誰かなんとかできないか」とお思いでしょう。

 ご健在かどうかは知りませんが、森永製菓の社長だったあなたのお父さんでもあなたの発言や行動を止められないのでしょうね。考えると、そのお父上もあなたの行動には頭を痛めておられるのでしょうね。「安倍晋三さんには本当に申し訳ない」と。

 戦後の国政において一番実績を上げてきた総理大臣の妻が、その夫の夢や政策や実務を破壊し困らせる行動を自分では理解できず、動き続けるなんてことがあるんですね。それも、安倍総理の妻を思ったやさしさ故とは思いますが・・。

 安倍晋三氏と地方議員の私との実力や才覚などは全て比べようがありませんが、あの安倍昭恵さんと私の妻を比べれば、長年の間、私は苦労をさせてきましたが、昭恵さんのように表にしゃしゃり出ることもなく、離婚するでもなくその辛さに耐え忍んできた私の妻の方がまだ賢いと私は思っています。

 もっと簡単に言えば、昭恵さんは「政治家の妻として節度を守る」ということを理解しないから、田舎の市議会議員をしている私の妻・ふさ子よりもアホです。

 安倍昭恵さんには全国におられる自民党支持者と安倍総理の支持者を代表し、猛省を促したい。


 以上、安倍晋三総理大臣を支援するほど近しい関係ではありませんが、日頃から安倍総理を支持し陰ながら応援している田舎町の議員から首相夫人である安倍昭恵さんへの勝手な思いでした。

 安倍総理、これからも日本の政治を貶めるだけしか知らない知恵の足らん左翼政党と左翼報道メディアなどには負けず、オリンピックを過ぎるまで総理大臣を続けて政権を担っていただきたい。健康には特に留意しながら。


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謙虚さ欠いた組織の長の態度(前篇)

2018-03-19 | 政治家のあり方
 2016年6月16日(木)の読売新聞に首長が持ち得べき資質についてたいへん参考になるコメントが載っていて、その四日後に次のような記事を書いた。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「緊急 論点スペシャル」に、私が地方自治の権威として尊敬する片山善博氏(元鳥取県知事、元総務大臣)が舛添東京都知事を題材にしてコメントを寄せている。

 <(前略)湯河原の別荘通いや政治資金の使い方などを一つ一つ取り上げて「知事の資質がない」と言うのは短絡的だ。私が一番気になったのは、欠点を指摘されたときに、我が身を振り返らない姿勢で、組織の長として問題がある。舛添氏は、高額出張費などを指摘されても「問題はありません」と一蹴したが、他人の意見に耳を傾けて、ただすべきことをたださないと、組織は独善的になる。謙虚さが組織のリーダーには必要だ。へりくつで相手をやり込めようとする舛添氏は、方向性が逆だった。(後略)>

 見出しには、「謙虚さ欠いた組織の長」とある。

 この言葉はそのまま室戸市の小松市長に向けてもよい。

 私が二期目の平成21年から22年にかけての頃、室戸市長は地方自治法違反の事業を議会に提出した。それが、室戸岬高速バスターミナル施設の建設事業。1444万円の小さな事業だったが、この施設の半分が特定の県外企業(徳島バス)の社員宿舎であることから、地方公共団体の「公の施設」に有すべき地方自治法に基づいた【公共性】と【公益性】が無いため、私は6議会にわたって「改めるべきだ。改める方法はこうすればよい」と改善策まで提供して、求めた。

 その追及を始めた2議会目だったか3議会目だったかの一般質問の中で私はこう、小松市長に教え諭した。

 「人間というものは誰だって間違いは犯すものです。ですが、その時にすぐに間違いを認め、謝罪し、改めれば、誰だってその人の過ちは許すものです。そこが良い人か悪い人かの分岐点になります。それを、『オレは間違っていない』と言い逃れを言うから、人は許さないのです。この事業は明らかに地方自治法違反です。これを認め、議員と市民に謝罪した上で、私が提案した方法に改めてはどうですか」。

 人間としての在り方をそうお教えしたにもかかわらず、「自分の不正を追及し続ける谷口ごときに負けてなるものか」と考えたのか、市長は登壇して、「適法ですので、このまま管理運営を続けていきます」と答弁、施設を建設して十年が近いが、今現在もこの施設は違法なまま室戸岬港に建っている。まるで不正な政治のモニュメントのごとく。

 (参考記事 ←クリック)

 室戸市議会において、他の議員はなかったかのように知らんふりをしている中、私だけがこの不正を改めさせようと6議会にわたり努力し続けた。だが、驚くことに、その後もこの違法事件について議会で問題視する議員は皆無で、こうして県外企業の社員宿舎を室戸市民の税金で建ててしまった市長は今も室戸市のリーダーの地位にある。

 どなたが考えても小松市長は「首長の資質」に欠ける人であることは間違いなく、平成18年の市長選初当選直後の11月27日に不正が行われて以降、首長として全く信用していない。市長になってからも先のようにウソの答弁が多いことと、建設業者と利害関係にある「巨体」の圧力に屈して市政をゆがめていることも室戸市のリーダーとして信用できない理由だ。

 片山氏の弁を借りると、

 ●欠点を指摘されたときに、我が身を振り返らない姿勢では、組織の長として問題がある。

 ●小松市長は、国の法律に違反していると指摘されても「問題はありません」と一蹴したが、他人の意見に耳を傾けて、ただすべきことをたださないと、組織は独善的になる。

 ●組織のリーダーには謙虚さが必要だ。へりくつで議員の批判から逃れようとする小松市長は、方向性が逆だ。


 ・・・ということになろう。

 まさしくその通り。

 唯、舛添氏でお分かりのように、人間というものは10代で培われ20歳を超えてねじれてしまった精神は元通りにはならない。死ぬまで。

 だから、そのような首長はどこかで何かをきっかけにして誰かが駆逐しなければ、都民や市民に長く被害が及ぶことになる。

 でも、住民が首長の“悪さ”を我慢しなくてはならない理由もない。

 
 片山氏は「謙虚さが組織のリーダーには必要だ」と言います。ま、至極当たり前のことだから、首長が謙虚であるべきことは私も十分承知している。
 
 では、政治家に求められるこの「謙虚さ」とはどのようなものかを考えてみましょう。

 私だけでなく皆さんもそうでしょう。人とは今まで聞いたことのある言葉に関してはその意味を解っているかのようにいつも簡単に素通りしますが、じっくりと考えなくてはなりません。そして、何事においても自分を律することが必要です。

 辞書を引くと、この「謙虚」について次のように書かれています。

 「相手を重んじ、控えめなさま」。「つつましくて、素直なさま」。つまり、「上から目線で高飛車な発言をせず、相手の存在をよく認識し配慮するさま」

 私はこれに「世間のルールや組織のルールを守ること」と、「嘘をつかないこと」の意味を書き加えたい。

 市長が議会で虚偽答弁をした行為は明らかに「相手を重んじていないさま」であり、議員の厳しい質問にイライラして反論めいた答弁をする行為は明らかに「控えめでなく、つつましくもなく、素直な態度でもなく、上から目線の発言であり、それは相手の議員の存在を認めていないだけでなく、議員を選挙で選んだ室戸市民の願いや意志までも踏みつけにした態度」であることは疑いない。

 とにかく、市長職一年目の平成19年11月に私が止めるのも聞かず不正な「議案の事前審議」を始めたころから現在まで、まちの政治を舐め切ってきたことを私は議会内外で見てきて、よく知っている。
 

 片山氏は新聞社の取材に答えている。

 「他人の意見に耳を傾けて、ただすべきこと(自分の間違い)をたださないと、組織は独善的になる。謙虚さが組織のリーダーには必要だ。へりくつで相手をやり込めようとする舛添氏は、方向性が逆だった」。

 首長職は大変な仕事であろう。しかし、それは悩んだ末に自分が選んだ道だ。2期目で辞めずに3期目の出馬を決めたのも、自分。苦労が多いからといって議員や職員に当たるのは筋違いというものだ。

 又、まちのリーダーにいやいや仕事をされる住民の身にもなってみよ。その被害は住民に及ぶことを知るべきだ。

 小松室戸市長は舛添知事を反面教師として学ぶべき。そして、片山氏の「謙虚さが組織のリーダーには必要」という教えから学ぶべき。

 市長でいる間は、「えーい、おらあお前らにそんなこと聞かれいでも、わかっちょら!」なんて腹を立てず、「相手を重んじ、謙虚に、控えめに」「つつましくて、素直な気持ち」で仕事に励むことだろう。

 それがなければ、市長であろうが一般市民であろうが、周りが自分という人間を認めてはくれない。

 ま、こんなふうに厳しく批判してると議会の一般質問にも真面目に答弁して下さるわけもないですが・・・。(笑)

 他の議員も「谷口さんの後で質問したら、市長を怒らせた後やきん、やりにくい」と言ってみんなで笑い合うが、私は声を大にして言いたい。

 「市長の質(たち)の悪さは、オレのせいじゃねえー!」。

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 この記事の続編を明日にでも書こうと思っている。

 内容は、室戸市議会の平成30年3月議会に提案された「室戸岬高速バスターミナル施設」の指定管理者に初年度から指定管理者に指定してきた徳島バスをもう一度、平成30年4月から平成35年3月末までの五年間、指定管理者にしようとする議案。

 この施設は地方自治法第244条「公の施設」に関する法律に違反している建物で、この違法状態がそのまま来年3月末まで続き、それからの五年間も違法状態のまま事業運営を続けようとしているということだ。小松室戸市長はこの事業の発端から国の法律に違反していることを承知で行おうとし、高知県の市町村振興課もその違法状態を知りながら室戸市に対し、補助金を半分、貸付金を半分で事業費1444万円を支出した大事件。当然、高知県補助金条例に明らかに違反している。

 高知県も不正を承知、室戸市も不正を承知。その違法な事業を止め続け、改善方法まで教えてあげたのは私一人。でも、それに対し「適正ですのでこのまま運営を続けていきます」と答弁して不正を改めようとはしなかったのが、小松市長。お役所なんか、全く信じられないということです。

 ま、次に書く記事では、「地方政治はどのようにすれば公正な政治が行えるのか」についても書いてみたいと思っています。
 


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室戸市議会議員、引退宣言

2018-03-16 | 議員活動
 今日掲載します記事は、この3月議会後に私の支持者らに配布する議会新聞『青空新聞』の大特集、「室戸市議会産業厚生委員会による平成29年度行政視察(議員研修)についてのご報告」の12ページに掲載した最後の記事ですが、議会新聞をご覧いただけない方々に向け公表させていただきます。内容は、以前も少し記事にしましたが、私の議員引退のお知らせです。 


 最後にこれは私ごとですが、議員任期も残すはあと一年となりましたが、平成31年4月の任期切れを以って室戸市議会議員を引退させていただきます。

 その理由は、中学生、室戸高校の学生だったころから画家になるのが自分の夢であり、社会に出てからもなれないことが解っておりながらその夢を捨てきれないことと、最後は「絵描き」として人生を終えたいからです。

 残念ながら、市民の皆さんから応援をいただけず、そしてまた市長支持グループによる落選運動に遭って、平成23年4月の市議選で落選したこと。あれも次の市議選に出馬しない理由の一つ。当時は「あれほど頑張って活動を続けてきたのに」と悔しく思ったものです。

 あれからの四年間は「もう議員には戻らない」と決め、絵描きの真似事をしていました。高知県展洋画部門に出品して毎年入選し、平成25年には「山脇賞」を受賞いたしました。

 それから四年近く経った平成27年の1月、「4月の選挙に出てほしい」、「おまんしかおらん」と背中を押して下さる方が市内一円におられて、そのことを非常にありがたく感じて「一期だけ」と思い、出馬。議員職に戻りました。

 そうして、室戸市政は相変わらず市民の思いを全く聞き入れない不正や不適正、不道徳な政治が続いていますが、自分なりに頑張って参りまして、あと一年でその日がやって来ます。その次の月の5月1日からは今の皇太子殿下が天皇陛下になり新しい年号が始まるということで、自分にとっても丁度良い区切りになろうかと考えています。

 40歳の昭和61年からずっと地域づくりに関わり、県東部地域の地域振興のためと思い地域雑誌を出版したり地方議員として地方政治にかかわるなど、三十年間も高知県東部地域の発展のために自分なりに尽くしてきましたので、もう一年後のその頃で終わりにしてもいいかなと考えています。

 私は、「画家」とは「絵で家を成す人」のことで、「家を成す」とは「絵を売って家を建てる人」のことだと思っています。まさか今の私にそういうことができるとは考えていませんし、「画家」などを名乗ると他人さんから「絵も売れないのに画家を名乗るのか」との誹りをお受けすることにもなります。でも、「絵を描く人」という意味の「絵描き」にはなれます。それなら他人さんからとやかく言われることもなく、細々と死ぬまで絵を描き続けることができると思っています。

 できることなら、県内の神社の氏子会などから絵馬修復のご依頼などあれば副業となりうれしいですが、はてさて退職後の人生はどうなることやら。ま、夫婦で仲良くひっそりと暮らしていこうと思っています。

 でも、私が亡くなってからの妻の老後を考えますと、長年にわたり苦労を掛けてきた妻が一人で買い物と通院が容易にできる地域に移住してやることも視野に入れざるを得ません。

 以上が、『青空新聞』大特集のあとがきです。


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有能な市長の選び方

2018-03-15 | 議員活動
 「理想的な首長像」という持論を唱え、何度も記事を書いてきました。

 内容は簡単明瞭、次のようなものでした。

●まず体が健康体で、

●笑顔は決して作り笑いではなく、人を和ませ、

●人の話に耳を傾ける誠実で素直な性格を持ち、

●行政運営においては悪人の声は一切聞かず全て排除し、

●健全な人からの助言や諫言には素直に耳を貸し、改めるべきは素直に改め、

●知性と品性にあふれ、

●発想が柔軟なアイデアマンであり、

●住民の生の声を真摯に聞く姿勢とそれをメモに書き留めておこうとする姿勢をもち、

●組織の危機には適正な指導力を発揮し、

●部下である職員の意見に率直に耳を傾け、それを自らの過ちを改めるよき指針とも為し、

●政策は先見性と先進性に富み、

●何事にもここぞという時に決断力を発揮し、

●それでいて自制心と見識をもち、

●財政情報は住民から厳しい批判を受ける前に自らが自分たち執行機関に不利な“負”の指標の全貌も全面公開し、

●行政と議会は二元代表制を基に両者が抑制と均衡を保持しながら並び立つものだとの基本認識を忘れないでいて寄り添わず、

●議会の答弁ではウソ偽りは言わず、

●コンプライアンス(法令順守)精神に富み、国の法律はもちろんのこと自治体の条例・規則も厳格に守りながら真実を以って説明責任を果たし、

●改革精神に富み、

●選挙では金品を配るなどの公職選挙法に違反する行為は一切せず、又、利権を目的に選挙に出馬するのではなくて、純粋に「このまちが良くなってほしい」と願ってまちの企業や団体などの勢力の助けも得ずに立候補し、

●当選後はすり寄ってくる企業や団体などとの悪しき利害関係を排除する勇気を持ち、

●「人の上に立ち、人を束ね、正しく向かうべき方向を指し示し、人を動かす」ことができる、そんな人物。

●自分が政治の場で物事を解決できないからと違法でもない出来事まですぐに公的機関に告訴する人がいるが、金品の授受以外は努力して政治の場で解決すべきことをよく認識した人物。


 こんな立派な人物なんか世界のどこを探してもいるわけありませんが、私はこんな人物が地方自治体の首長になってほしいと思っている。

 首長職の基本は、日本国憲法と地方自治法、そして自治体で制度化するいろんな条例・規則・要綱を守ること。よって、この程度の自治体の基本たる法令も順守できない利己的な人間は、首長に選んではならない。

 それは、そんな無法な政策が実行されることによって、知らん間に住民自らが損失を被っているだけだからだ。「庶民は泣きをみる、その陰で肥えるのは政治家だけ」。そんなことに手助けするのは、もうやめようではないか。

 利権ばかりで住民生活を考えない無能な候補、市民のための政治の場を自分勝手な考え方で混乱させてしまう候補しか出てこない首長選の時には当然、白票で投票すべきだ。

 それでもどちらかの無能な候補が市長になるが、有効投票数の半分が白票ともなれば、その市長に全権を渡したことにはならず、これまで無批判だった議会も市民が批判票として投じたその白票を無視できなくなる。

 最後に。

 どんなに性格の悪い首長であり、どんな悪い事業を行おうとしようとも、議会さえしっかりと公正・公平・適性を旨にし、道徳的観念を忘れず、議員全員が正しく最終判断を下せば、多数決の世界、首長の悪事は成立しません。このことは読者もお分かりであろう。

 だから、首長の悪事は議会が無能ならば進行し、住民は被害を受けるが、議会が有能ならば悪事は進行しません。住民もまちの政治を安心して観ることができる。

 更に言う。

 だからこそ、自治体が正しい政治を行えるか行えないかは首長の能力ではなく、議会の能力如何によって左右されることになる。議会の議員の大半が有能で健全な性格の持ち主ばかりなら、首長がたとえ無能であっても少なからず幹部職員の力で動くこともあり、その推進力は弱くても、議会の推進力によってまちの政治は間違いなく正しく前進できる。

 勿論、首長が健全で有能な人物で、議員もみんな正しく有能である方がより素晴らしいのは、言うまでも無い。


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引退する市長は実績を自ら評価し議員もそれを褒め称えた

2018-03-13 | トップのあり方
 昨日の小松市長による市長選出馬断念の答弁と、それを問うた議員の質問には笑ってしまいました。

 議会の任期最長の林竹松議員は「市長、次期市長選に出馬されるのでしょうか?」と質問すると、小松市長はご自身が過去11年間行ってきた行政運営を「たくさんの功績を挙げた」と自らを高く評価し、「市長選出馬」について質問した議員も市長答弁を受けての再質問で「ご苦労さんでした。素晴らしい功績を挙げました」などと褒め称えた。

 議場におられた皆さんはそのやりとりを静かに聞いていましたが、たぶん、執行部の各課長と議員諸氏も内心、首を傾げて笑っていた人は多かったのではないか。

 小松市長が行ってきた市政11年間はそれほど自らが高く評価すべき実績ばかりだったでしょうか? 私は小松市長が良いことをしたとしても、自ら功績と評価した行政運営は首長であれば褒める程のことではなく、それは至極当たり前の行いであると考えています。

 それよりも、これまで行ってきた多くの不正や不公正や公約違反、不道徳な行政運営に関しては全く評価に値せず、この点こそ大いに批判され追及されるべきこと。そして又、それは自らが反省すべき点だと理解している。

 例え、自治体の首長が100のうち、80の当たり前に正しい仕事をしたとしても、20の不正や不公正や公約違反や無駄な公共工事事業を行った場合、その首長は利権で動く不正な人だと烙印を押されます。首長になろうとする人はそのことを良く理解していないといけない。「100のうち、2つや3つは違法や不正があってもいいだろう」という理屈は通らない。それにより、犯罪者として市民に攻撃される立場になりうる。

 中谷元室戸市長の事件のように、3期12年市長をしてきても、わずか1つの不正で県警に逮捕されることはよくある話。ましてや、12年間に市政においての不正・不適正が5つも10もあるとすれば、何かのきっかけで中谷元市長のごとくなることもあり得る。

 そうそう、12日の一般質問の日の傍聴席には12月議会に室戸市議会の監視に来ておられた県警の刑事もおられたが、このお二人のやりとりをどのような思いで聞かれたのでしょうか。

 議会の状況を県警の刑事が監視に来るというのはあまりない話で、余程、室戸市政において目に余る悪政が行われていることが知れ渡っているからこそだと私は理解していますし、私が報道しているこの電子情報誌『青空エクスプレス』もそれに一役買っていると思っています。

 平成28年1月に私が室戸ジオパークセンターで個展を開いた時に県警のN警部が会場に来られ、「室戸市政や議会で何かあったら連絡ください」と名刺を渡されたことなどを考えると、明らかに、高知県警が今の小松市長と議員と建設業者の関係などを長く調査しているのは疑いないとみている。

 議場において、この任期で引退する市長と議員の二人のやり取りを温かい気持ちで聞いた方はそれほど多くはなかったでしょう。お二方がこの11年間、どのようなご関係だったのかは明確には解りませんが、私だけではなく議場にいた他の方々も他の市職員にしても市民にしてもお二人の親しい関係は知っています。

 これからまだ八か月間の市長任期があり、その間の行いによれば警察沙汰になることも大いにあり得ますので、引退される市長にしても議員にしても最後まで、公正な政治、そして公正な議会態度でおられるようご指摘致します。


 最後に、最悪の首長とはどのような人物なのかについて、書きとどめておきたい。

 首長として中長期的に最悪なのは、自治体経営者として無能なため地域と住民の暮らしを劣化・衰退に追い込むような「人災」の首長であり、まさに悲惨である。そういう首長ほど、自分が「人災」であることに気付かない。この場合は、地域は悲劇を見ることになる。

 危機を回避し、克服すべき立場にある首長が自ら危機を招き進展させるのであれば、当然それは「失政」なのであるが、公共事業など開発がらみの危機は意外と危機とは考えられにくい。

 最も望ましいのは、首長こそが地域の危機の第一察知者となることです。そのためには、首長は、常に地域づくりや地域の経営について確固たる理念を持ち、個別に発生しつつある出来事の意味や波及効果について創造できる力を持っていなければなりません。目先の実利に目がくらんで、地域経営の理念を放棄してしまい、地域にとって危機の発生と進展に鈍感であるなら、そんな首長は実は「人災」だといえよう。

 こんな点を考えると、何かにつけて開発志向(公共事業)の強い、「この施設を作ればこんな効果がありますよ」と開発のメリットを声高に強調する首長は要注意だといえる。地域の衰退してゆく将来と住民の暮らしのためと考えればこそ、どのような観点から開発を進めるかについての「哲学」、あるいは「思想」が必要であり、それにかける非知性的な首長は問題である。首長自身がつくり出している危機に気付かず、その意味では無邪気な、しかも力強く「開発」を押し進める首長が発揮する「リーダーシップ」は、無責任で投機的な、つまり“後は野となれ山となれ”式の、猪突猛進であるといわざるを得ない。

 従い、そこには各種の利権が発生し、時に人々が目の色を変えて争うような開発事業(公共事業)について首長がどのような態度を取るかということは、地域にとって極めて強い影響を与えるといえる。

 そうして、無知な首長の下、住民は被害を受け続けるのである。


 室戸市民は室戸市政についてや室戸市議会について、室戸市長についてと室戸市議会議員について、深くよく考えなければなりません。

 政治とはいかにあるべきか、と。


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