青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

「左翼」の隣は本当に「右翼」なのか?

2017-10-31 | メディアのあり方
 最近、・・というかここ数年前からメディアによる自民党政権への批判と圧力が強まっていることは室戸市民の皆さんもよくご存知でしょう。

 特にそれは「左翼メディア」と私が呼んでいる新聞やテレビ、週刊誌などの報道。その社名をいちいち列挙していたら腹が立ってくるから挙げない。

 よく世間では「あることないことを批判して・・」という言い方があるが、彼らの常とう手段はそうではなく、「ないことないことを最初にでっちあげ、そのウソを基にして批判している」から、もう最初から論法が成り立っていない例ばかり。あの森友にしても加計にしてもそうだ。ウソを基にすれば誰だって批判できよう。

 「左翼」とは、そういう政党やメディアや人たちを指す。

 根本的にこの人たちは、どこまで行っても大局に立てない人たちである。


 「左翼」についてはこれまでも書いてきたが、ウイキペディアにはこう解説してある。

 <この言葉はフランス革命期の「(憲法制定)国民議会」(1789年7月9日 - 1791年9月30日)における9月11日の会議において、「国王の法律拒否権」「一院制・二院制」の是非を巡り、議長席から見て議場右側に「国王拒否権あり・二院制(貴族院あり)」を主張する保守・穏健派が、左側に「国王拒否権なし・一院制(貴族院なし)」を主張する共和・革新派が陣取ったことに端を発し、続く「立法議会」(1791年10月1日 - 1792年9月5日)においても、右側に立憲君主派であるフイヤン派が陣取ったのに対して、左側に共和派や世俗主義などの急進派(ジャコバン派)が陣取ったことに由来する>

 簡単に言えば、フランス革命後の国民議会において、議長席から見て議場の右側に「保守・穏健派」の議員が座り、議場の左側に「共和・革新派」の議員が座ったことから、「保守・穏健派」の政党を「右翼」の「保守政党」と呼び、「革新派」の政党を「左翼」と呼ぶようになった。・・ということです。

 日本の国会議事堂の本議会場では、「右翼」と「左翼」を区別しておらず、保守政党と野党政党を単純に右と左に配列したものだが、次のような配置になっている。

 本会議場の配列図 から  ←(クリック)

 この図は今年1月のものですが、ご覧のように自民党が全議席の3分の2を占め、ここから左に、民進党、公明党、共産党、日本維新の会、他に無所属と続く。

 このように、国会の本会議場では、保守政党の自民党が右から真ん中を占め、所謂、“左翼”には左翼政党の民進党や共産党がいますが、「保守政党」とまでは言えない「中道」の公明党がいるし、「保守政党」である日本維新の会もいます。だから、日本の国会では、人数の多い政党が右から真ん中の議席を占め、順次、人数が多い順に左の方に座ると決められているようです。

 因みに、「中道」とは次のような立場の政党を言う。

 <政策路線を一次元の分布で位置づける場合に,右派または左派にかたよらず,穏健で中間的な政党。左右どちらの政党とも連立を組むことが可能な位置であるため,政権のキャスティングボートを握ることも少なくない。穏健な路線をとる社会民主主義の政党を中道左派,穏健な保守勢力(→保守主義)を中道右派という。ヨーロッパでは,1990年代後半に中道左派政権が,2000年代に入ると中道右派政権が多く誕生した。>

 だから、これは私見ですが、自民党よりの公明党や日本維新の会ですが、公明党は「中道左派」、日本維新の会は「中道右派」と位置付けてよいのではないか。

 「左翼」と「右翼」、「中道」の違いは以上ですが、一つだけ正しておかねばならないことは、よく「左翼政党」である民進党や共産党の議員らや左翼メディアが自民党を指して「右翼政党」と言うが、あれは根本的に政治に関する基礎知識のない人が言う話であって、日本の政党に「左翼政党」はいくらでもあるが「右翼政党」はない。

 それを図に書いてお示ししましょうか。

 ●日本の政党とメディアを「左翼・革新派」、「中道」、「保守・穏健派」に分類するとこうなる。(※あくまでも私見です)
  

 ●次に、「左」の隣を「右」と思い込んでいる人たちへの教えとして、「左」の隣は「真ん中」で、その「真ん中」のとなりが「右」であることの解説。

     

 下手な絵ですが、言わんとすることはお分かりいただけるのではないか。 
 
 依って、左翼メディアや左翼政党の議員らは自分たちの隣にいるのは「右翼」だというが、それは物事の見方として大きな間違いがあります。

 「左」の右側を「右」というが、それは根本的に認識が間違っています。「左」の右側は「真ん中」で、その「真ん中」の隣が「右」です。特に、政治を語る時には。

 上の図で人間の体の形で示したように、「左手」があってそれにすぐ「右手」がくっついているんじゃなく、「左手」は「本体」につながっていて、その「本体」に「右手」がつながっている。このことで政治思想や主義主張は語れよう。

 曰く、「本体」(つまり、保守政党)がしっかりしていれば、少しばかり「左手」(左派・左翼の政党)が心もとなくても「右手」(日本には右翼政党はない)が心もとなくても、大半のことは成し得るのである。

 願わくは、彼ら左翼思想をお持ちの方々は、自分たちがやっていることが左に傾いていて多くの日本国民はそういう思想が真ん中に来ることを好まないということを少しは学んでほしいものだ。

 整理しますと、日本の政党でいえば、「左翼・革新派」は共産党や民進党(※)や社会民主党などで、「中道左派」が公明党、「中道右派」が日本維新の会で、「保守本流・穏健派」が自民党だと私は考えている。

 (※今回の衆院選で希望の党に行って当選した議員も落選した候補も民進党に“先祖帰り”するという話があるので、かつての民進党は無くならず、「民進党」「希望の党」「立憲民主党」「無所属」に分裂したまましばらく続くようだ)

 加えて、最近「リベラル」なんてしゃれた言葉が流行っていて、あれを直訳すれば「自由主義」だそうだが、そんな主張の意味など国民には何のことやらさっぱりわからない。敢えて直訳すれば、共産党の「共産主義」と自民党の「民主的な保守主義」の間に位置する「中間主義」と言い替えてよかろう。「リベラル=中間主義」です。

 メディアにも政党にもだが、「日本人なら、リベラルなんてカッコつけないで、ちゃんと日本語で“中間主義”と言え」と言いたい。

 これからは左派・左翼の政党(民進党や立憲民主党と、保守政党にしたいと言いながら党を立ち上げたが、中間主義の議員が8割ほど占めてしまい党設立に失敗した希望の党も「中道」ではなく、明らかに左派政党)が「我々はリベラルの政党だ」と言ったときには、「あー、あの党は共産党と自民党の間に位置する、左翼でもなく中道でもない、その中間の政党なんだ」と理解すればよい。


 情報は少し遡るが、9月にこういう記事があった。

 <ジャーナリストの櫻井よしこ氏が主宰するインターネット番組「言論テレビ」の放送5周年の公開収録が9月18日午後、東京・永田町の星稜会館で行われましたが、櫻井氏は10月に実施予定の衆院選について「今問われているのは激変する国際情勢のなかで、日本国として、日本民族として生き残れるかということ。歴史の歪曲につぶされ、謝りつづけるのではなく、事実を示しながら、歴史の事実にのっとって、冷静で知的な議論をしていかないといけない」と強調した。

 この日は、櫻井氏のほか月刊誌「Hanada」の花田紀凱編集長、櫻井氏の番組に出演している女性ジャーナリストら「言論さくら組」が登壇した。

 花田氏は「古巣」である文藝春秋社について「言いたくないが嘆かわしい。さびしい。社長が出版記念会で『安倍政権は右翼の塊』と。月刊文藝春秋に(前文部科学事務次官の)前川喜平氏の手記を載せたりした。週刊文春は面白がりで、思想的背景はない。最近、(週刊文春の編集長から)『(花田さんは)右寄りすぎじゃないですか』と言われましたが」と語った。>


 要するに、これら『文春』など左翼雑誌の指摘が“「左」の人は「真ん中」の人を「右」と見間違っている”という証拠だ。

 「左」の右は、「右」ではなく「真ん中」で、「真ん中」の右が「右」だと覚えよ。

 それは人間の体を見れば歴然としていよう。

 左翼政党の横にいるのは、右翼政党ではなく、国政のど真ん中にいる保守本流の自民党。

 政権政党は、民主党のあの暗黒の三年三か月間でよくお分かりのように、左派や左翼の政党に政権を任すようなことは金輪際、あってはならないのです。国政選挙の時には、いくら新聞やテレビや週刊誌などの左翼メディアが自民党政権を批判し騒ぎ立てようとも、絶対に旧民進党系の政党(希望の党、民進党、立憲民主党)など左派・左翼の政党に投票してはならないということを最後にくれぐれも申しておきたい。

 理由は、毛沢東よりも実権を握る独裁者がいる習近平の中国、核爆弾とミサイルで周辺どころか遠くアメリカにまで侵略の手を伸ばそうとしている金正恩がいる北朝鮮、自分の任期を自分の力で長くのばして独裁政治を続けているプーチンがいるロシア、この独裁国家三国に日本に“ゆすり、たかり、すがり”つく自立できない韓国と、今の近隣四国のありようを観察すれば、ほんの十年前、二十年前よりも日本国の“主”は保守政党である自民党がこれから二十年先、五十年先、百年先までも政権にいて国民を引っ張って行かなければなりません。

 もし、周辺諸国が今のように危機的な状況が続く次代に、もし、能力のある議員がいない希望の党や、左翼志向の民進党、立憲民主党が連立等々で政権を奪い取ることがあれば、その時が日本が周辺諸国に侵略される発端となり、やがて十年、二十年もすれば「日本」という国が終わる、無くなると考えておいた方が良い。途中で自民党が政権を取り戻してもその時はもう後の祭り。あの民主党政権時に沖縄県の普天間基地移設問題を破たんさせてしまった後の現在を考えていただければお分かりだろう。もう、元の「日本国」には戻らない。

 国民の皆さんには、「左翼の新聞やテレビや週刊誌などのメディアのフェイク・ニュース(虚偽情報)に騙されてはならない。誘導されてはならない。洗脳されてはならない」とお願いしたい。


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自治体のコンプライアンス

2017-10-30 | 組織のあり方
 ここしばらくは国政に関する記事が多くなって室戸市民の皆さんも「室戸市はどうなっているんだ」とお怒りのことだと思いますので、市政で起こった数年前の出来事について思い起こしながらもう一度、所見を書いてみたい。


 私の当電子情報誌が伝える国政の混乱ぶりや不当な公金支出を繰り返す室戸市政、そしていつまでも改革できない市議会の情報などに拠るまでもなく、いま国や自治体に対する市民の目は厳しくなっています。このような社会的背景から、自治体に求められるコンプライアンス意識とその体制の確立は急務だといえる。

☆地方自治体において何が問題となるのか?
☆市長等執行機関が法的責任を遵守し全うするために、議会はどのようなことができるのか? 等々。

 では、コンプライアンスについて、専門書などから要点をまとめてみたい。

 「コンプライアンス」とは、通常、「法令順守」の意味で用いられます。もっと詳しく「自治体のコンプライアンス」として用いられる場合は、二通りある。

①国や自治体の事業において、法令解釈や事実認定の誤りに起因して違法行為を行ってしまう場合。
②自治体の首長や職員が個人的にあるいは組織的に、自分又は他者の不正・不当な利益を図るために違法行為を行う場合。(これには、汚職や不祥事の行動を防止する場合なども該当する)

 室戸市が何度も行っているのは、②である。それは法律をよく認識していながら行っている点からいっても確信犯的な行動であり、悪質だといえる。その証拠が、ある市職員が私に言ったこの発言。「企業誘致やに、えいやないか! そこまで言うかえ!」。その事業計画に命令を下した市長も同じように思っていたのは疑いようもない。又、県の幹部職員が私に言ったこの発言も違法を認識していた証拠となる。 「私はそれについては言わないし、あんたが県市町村振興課に聞きに行っても『言うな』という」

 これも私が調査活動を行ったから出てきた証言で、何もしなかったらこれら行政の違法性は明らかにならなかったのだが、こうやって、県も市も違法をいくつも織り交ぜながら多くの事業を行っているのである。コンプライアンス(法令順守)精神なんかどこ吹く風だ。こうして私は自治体や都道府県が行う政治を信じられなくなったのです。それを質すと謝罪する勇気もなくて「やっていない」「違法ではない」と逃げ続けるのも情けない。

 「コンプライアンス」という言葉には、法令を順守するというだけではなくて、その語源は「人の期待や要望に応えること」を意味している。したがって、自治体の場合、その「期待に応える」べき相手は住民であるので、そこでのコンプライアンスとは住民の期待に応える市政運営を行うことを意味することになる。法令順守はもちろんのこと、「行政倫理」、行政の地域社会に果たすべき責任に則した組織運営を行っているか、住民の負託に応えた事業運営が行われているかが問われるのである。

 又、議会のコンプライアンスの場合も、議会にとって期待に応えるべき相手は雇用主であるので、住民の期待に応える議会運営を行うことを意味することになる。

 自治体のコンプライアンスにおいて大事なのは、「自治体の首長や職員が個人的にあるいは組織的に、自分又は他者の不正・不当な利益を図るために違法行為を行う場合」だと書いた。その場合において、違法な行政運営を命令するのは100%、首長であるのは疑いようもない。その首長の命令に法律を破って従っているのが行政職員である。それが現状だ。

 地方公務員法30条「全て職員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」

 同法32条「職員は、その職務を遂行するにあたって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規定に従い、かつ、上司の職務上の命令に忠実にしたがわなけれなならない」


 地方公務員法はこのように規定している。だが、実際の地方公共団体(自治体)において、この法律は間違いなく守られていません。それが確実なのは、室戸市においてだ。

 市の担当課長や補佐、係長などの職員は市長命令とこの地方公務員法を前に判断を迫られると、法令よりも市長命令を優先させて事業運営を行ってきているし、県においてもその事業が各自治体に効果を見込める場合などは地方自治法や県補助金条例に違反している事業計画だと判断しても、補助金を支出している事実がある。

 コンプライアンス精神などどこ吹く風だ。

 ただ、市職員にとっては好きで違法行為をしているのではないので、降ってわいた災難といってもいい。・・・であるにしても、市長の違法行為に加担することが正しいとは言えず、そんな場合は毅然と市長に「これは違法になります。私たち職員はこのことに加担するわけにはいきません。これを行うなら市長一人で行ってください」と言える地方公務員でないといけない。次の年度にどこか閑職の職場に左遷されようが、毅然と言い放つ勇気を以って、行動すべきだ。

 それが男というものだ。収入が減って家族が路頭に迷おうとも、正義を貫くのが男というものだ。違法や悪事に加担するよりも、その方がずっとかっこいい。男というものは、「正義」と「カネ」を眼の前にした時、「カネ」を選んではならないし、保身であってもならないのだ。

 コンプライアンスでもう一つあるのが、外部からの不正行為である「悪しき働きかけ」に対する対応について。自治体の首長や職員は職務上、有力者や企業、団体から要望・要求に応じる例があるが、その場合において不正な場合がある。よくあるのが事業計画にかかる契約に関して。色々な例があるが、室戸市でよくあるのが「あの事業をうちにやらせてくれ」「あの事業はあの会社にやらせてやってくれ」「あの指定管理者にあの会社を選んでやってくれ」「あの土地を買ってやってくれんか」等々、この20年余りを振り返ってもたくさんの違法な働き掛けがある。(情報誌の社長をしていたもんで、みんな知っています)

 これは橋本大二郎前高知県知事が平成15年9月から施行した「働きかけ記録公表制度」を制度化すれば、どこの自治体であっても簡単に防止できる。やる勇気があるかないかだけです。私はこれがあれば違法な輩は排除できると考えて18年の市長選のときに市長候補だった小松氏にこの制度化の重要性を説明して公約に入れてもらったが、市長就任するとこれを簡単に反故にしてしまい、いまだに制度化していません。コンプライアンスに重要性を感じていないのが、こんな点からもわかろう。

 次に、自治体においてなぜ法律が守れないかですが、いろいろな事情が考えられる。その責任はすべて市長にある。

一つは、事業を急ぎすぎること。この例として、地方自治法に違反するのに1444万円の公金を違法に支出した「公の施設」・室戸岬高速バスターミナルの建設がある。平成20年8月に招致しようとする徳島バスとの交渉の中で「12月初めまでに乗務員宿泊所と待合を建設してくれたら行きますよ」と要請されたため、ほんの3カ月間で事業を完遂させようとあわてたことがある。

二つ目に、法的知識がないこと。又は、法律を知っていても、傲慢な性格から、それを無視するクセがあること。

三つ目は、気が小さくて勇気がないこと。

四つ目は、判断力に乏しいこと。

五つ目に、組織経営の経験がないこと。

 三つ目から五つ目の例が、市の温浴施設の指定管理者であるミクプランニングが倒産寸前にある時、違法に市の公金から二度で約6000万円を支出してしまい、直後に撤退したことを見てもその金はどぶへ捨てたと同じ状況になったこと。これは新たに指定管理者を公募する勇気と企業に対し毅然と撤退を求める勇気がなかったからです。

 これらの失政に関しては、全てその直前に市職員が止めたのは調査で解っている。だから、すべての責任は市長にあるし、その議案を議会で賛成して可決させてしまった市議たちにある。もし違法な議案が否決されていれば、その違法な議案はいったん執行部に持ち帰り適正な計画に改められて再度議会に提案されていた。そう考えることができれば、議会にも責任があることがわかろう。

 とにかく自治体においては、コンプライアンス、法令順守がどうあるべきかを、もっともっとみんなでよく話し合い、公平・公正に正しく行政運営を行うよう考えるべきだ。

 市長と職員もそう、市議会議員もそうだ。


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衆院選前に批判された豊田議員と山尾議員について考える

2017-10-25 | 政治家のあり方
 夫に不倫された自民党の金子恵美氏が落選し、夫の目を盗んで若い弁護士と不倫関係を続けてきた山尾志桜里氏が当選した。このことに「これ以上の理不尽があろうか」と憤る声がある。

 私も同じように思う。

 秘書に暴言を吐いた豊田真由子議員が落選し、夫と子どもに隠れて若い弁護士との不倫関係を続けてきた山尾志桜里議員が当選した。このことにも私は理不尽を感じている。

 衆院選の前から二人を比較して考えてきた。「どちらが悪いのか」、また「どちらが国民に迷惑をかけているのか」、そして「政治家としてどちらが不適格か」と。

 ●まず豊田真由子議員について。

 豊田議員が雇用した秘書は、位置づけとして、「国会議員政策担当秘書」。国から給与等々や退職金まで出ている。

 この「政策秘書」とは、そもそも議員が雇用した人間だ。そこには間違いなく主従の関係が生まれる。給与等々は国から支払われるが、議員が「社長」、秘書は「従業員」の関係であることは疑いない。

 この社長と社長が雇った社員との関係においては、社員が社長の命令に背いたり命令や指示したことに従わずに間違いを犯した時には、社長や重役から叱責をうけたり、場合によっては雇用関係を切られることも大いにあり得るし、そういう事態になっても社員はそれに従う義務がある。そもそも雇用関係とは、そういう厳しいものだ。

 そこで豊田議員と政策秘書の関係を見てみると、車の中の二人の会話を秘書に隠し取りされたテープが週刊誌に持ち込まれ、それがテレビなどで広く拡散されたもの。全国の皆さんは豊田議員の「この、ハゲ―――」というセンセーショナルな言葉に驚いたと思います。

 ですが、私はそういう見方をせず、最初にこの出来事をテレビで見て思ったことは、「この秘書は自分の至らなさや無能さを棚に上げ、自分を雇ってくれた議員をやり込めようと企んで録音を取るとは何と醜い男よ。それに加え、「このテープを週刊誌に持ち込み豊田議員をやり込めてやれ」と考えたことなども、下劣だとしか言いようがない。そう思いましたね。

 全国の大半の皆さんは暴言を吐いた豊田議員が悪いとしか見ていませんが、私は物事を冷静に公平に、そして主従の関係をみて、そう判断を下しました。多分、これが公平な判断だと思っています。

 一般社会において、企業のことを考えますと、主従の関係が全てです。

 若く結婚した私は20歳代の頃から妻にこう言い教えてきました。

 「えいか、物事の良し悪しは別にして、夫が泥棒ならその手伝いをするのが妻だ。それを指して、『泥棒はしてはいかん。私は協力せん』なんて言っていたら、家庭内はうまくいかないものだ」。

 この教えが夫の勝手な考え方と言う方もおられようが、家庭がうまくいくとはこういうこと、そしてそこで発生したことの責任は夫が取る。「夫唱婦随」とはこういうことだと私は思っています。

 だから、国会議員と秘書の関係も、「議員がいて、秘書がある」ことを考えると、明らかに主従の関係にあります。そんな時、豊田議員の秘書が市民に配布する広報紙のあて名書きを間違ったり、車に乗っていてたびたび道を間違えることから、豊田議員が叱りつけた。あんまり叱られるのでその秘書は腹が立ち、その一部始終を録音に撮り、週刊誌などに持ち込んだ。さあ、どちらが悪いのか。

 全国の皆さんはテレビで面白おかしく何度も何度も取り上げられたその驚くような発言を聞いて、「なんと品のない荒っぽい議員なんだ」と思い、今回の衆院選で有権者は投票せず、豊田議員は落選してしまいました。

 自分が蒔いた種とは言え、哀れです。

 そもそもこの騒動の原点は、秘書があまりに無能だったから。逆に言うと、豊田議員が秘書として雇用する人間の人物評価も真面に行わず、安易な形でこういう無能な男を秘書に雇ったことが間違いの始まりと言える。かといって、自分が雇った人間を叱りつけることはあまりしない方が良いが、叱りつける事例はこれまでにもいくらでもあっただろう。

 読者の皆さんも考えてみてください。

 気ままに与党、野党を問わず批判記事を書き続ける質の悪いメディアの一つ、「日刊ゲンダイ」はこう書いている。

 「豊田氏に“ハゲ暴言”を浴びせられ、暴行を受けたとされる元秘書は、豊田氏落選の報を受け、こう語った。『暴行を認めないまま選挙に出たことは、有権者に真実を隠したことになり、政治家としては致命的な失態だと思います。本当の戦いはこれから。“暴力政治家”を二度と世に出してはならない。示談はあり得ません』」。

 ・・と書くが、日刊ゲンダイもこの秘書も程度は似たようなもので、秘書には「ハゲー」と叱られるだけの理由がある。又、そのダメな秘書の至らなさを擁護して一方的に豊田議員の方を悪者に仕立て上げているメディアにしても、秘書の方は批判できないからと批判せず、議員の方を批判すれば面白いニュースになってしばらくこの豊田議員がらみのニュースで遊べると考えてのこと。この件は、実はそういうことなんです。

 浅知恵のメディアの考えなんか、すべて御見通しです。

 では、少し視点を変えて考えてみましょうか。

 この男性の秘書を「道が間違っているじゃないか。このハゲ―――」と叱りつけた議員がもし男性議員だったら、この件はどう展開していたかと。

 国会議員にもいろいろあって、穏やかな議員もいるし荒っぽい、口の悪い議員も与野党を問わず、履いて捨てるぐらいいる。それを読者が見たり耳にした時、どう感じますか。私が議員だったら、豊田氏と同じように「ハゲー――」と一喝するかどうかはその時の秘書の態度次第ですが、豊田氏はその程度の能力しかない秘書を首にしなかったようだが、私なら即刻クビにする。

 だから、豊田議員が叱ったことは至極当然のことで、なぜクビにしなかったのか理由は知らないが、私が豊田議員に教えるとすれば「そんなトロコイ(※)秘書なんか、すぐにやめさせろ」と言うね。(※「とろこい」とは、土佐弁で「何をやらせてもダメな様をいう」)

 だから、この豊田議員と秘書の関係においては、全国の皆さんはみんな豊田議員の方が悪いと結論付けてはいますが、私は秘書が何をやらせてもダメな男でそれを叱りつけた豊田氏はそれほど悪いとは思っていません。

 ま、豊田議員に女性にしては品がなかったということと、そういう状況を録音に取られるスキがあったという点は否めず反省すべきで、「無能な秘書を雇ったがために自分が痛手を負った」と考え、今度議員になるときがあれば秘書に雇う人間はこういう無能な秘書を雇わず、もっとしっかりと仕事ができる高い能力を持つ人かどうかを調査した上で雇うことです。今までいたような、隠れて録音機を回すようなゴジクレ(※土佐弁でいう「ひねくれ者」)じゃなくて。

 でも、人間として許せない不正なことや、夫や子供を裏切る不倫をやった訳ではなく、自分が雇った人間にきつく当たっただけだから、次回の衆院選まで選挙区をくまなく回り、もう一度出直して、出馬すればよい。諦めてはならない。それと、秘書の後ろには候補である自分に投票してくれるだろう有権者がいることもよく理解することです。(東京大学法学部を出た方に田舎の高校しか出てない私がお教えするのもなんですが)

 ・・・と私は考えます。


 ●次に、山尾志桜里議員について。

 この女の子は悪い。とにかく性が悪すぎる。(「性」は「せい」とは読まず、「しょう」と読みますよ。実際は「せい」が悪いんですがね)

 世に「性悪女」という言葉があるが、あれだ。それも、不倫が発覚してからの態度も悪すぎた。

 何も無かったら民進党を離党することは無かったことから、離党した時点で「私は不倫をしました。不倫したことで民進党に迷惑をかけるから離党します」という意志表示であり、不倫があったことは確定した。

 それも民進党の代表が決まった直後の党がバタバタしている時の不倫。それも二人の愛は燃え滾っていたのか、一週間に4晩もその男と一緒にいたそうな。夫と子供を放っておいて。

 政治家としてはうかつと言えば、うかつ。

 それを、山尾氏は「男女の関係はなかった」と言い張るが、「不倫の関係がなかったら離党なんかしない」と誰もが考えるから、離党したことによって山尾議員が不倫を認めたことになる。

 それによって幹事長の椅子は無くなり、民進党の半分も希望の党に奪い取られて無くなってしまった。

 責任は重大だ。夫と子供に対しても、民進党に対しても。

 衆院選前に駅頭で通勤する会社員らに向かって頭を下げていました。頭を下げる意図は「衆院選の時にはご支持ください」と言ってではなく、「不倫してごめんなさい」という意味であるのは間違いない。

 でも、朝の通勤ラッシュの駅前で衆院選に関して「私は少子化対策に頑張って取り組みます」と訴え掛けていたら、横を通る男性の会社員から「おまえが言うな!」と叱られていた。

 夜、家に帰らず自分の子どもを放ったらかしにし、夫にその世話をさせておいて、自分は年下の弁護士と懇ろになって一週間に四晩もお泊りしたことが明るみになれば、世間の目が厳しくなるのは当然のこと。

 それだけではない。自分が所属する政党は党の代表が替わるという変化の時。そういう政治が動いている大事な時に自分の職務である政治を放ったらかしにし、若い男と燃え上がってどうするんだと誰だって考えるだろう。

 山尾氏はそういう無責任な行為を行っておいて、「知らぬ存ぜぬ」で選挙戦を戦い、なんと当選してしまいました。驚きましたねえ。何にって、有権者の判断にです。

 ・・・と私は考えます。

 
 で、こういう二人について私なりに「どちらが悪いのか」、また「どちらが国民に迷惑をかけているのか」を考えてきたが、衆院選に出馬して豊田氏は落選し、山尾氏は当選した。投票結果は以下の通り。

 読売新聞ニュースから、豊田候補  ←(クリック)

 読売新聞ニュースから、山尾候補  ←(クリック)

 人の世とは、出来事に対する考え方や受け止め方はそれぞれ違うものなんですね。

 私は、豊田真由子議員については不正や不適正なことをしたとは考えておらず、自分が雇用した人間に対してちょっと品のない対応をしたことだけのこと。つまり、“内うちのこと”。それに腹が立った従業員が雇用主を世間に告発してやれとばかりに、そのやり取りを録音して週刊誌に持ち込んで大騒動になったもので、むしろ批判されるべきはその従業員である自分の至らなさと不適正を省みずメディアに走った秘書の方だ。

 豊田議員と比べれば、この秘書の質の悪さの方が責任が重いと思っている。世間はそうは思っていないようであるが、私は物事の本質を探る政治家だからか、そう考えます。

 一方、山尾志桜里氏は、救いようがない人だ。離党はしたが議員辞職はしてなかったが、本来は議員辞職してしかるべきだった。

 で、衆院選に出馬して当選してしまったのには、本当に驚いています。「国会議員の不倫」なんか昔からたくさん見てきて、議員辞職した議員もあれば、辞職せずに離党で済ましてしまう議員もいる。山尾氏は後者。「男の議員だから、女の議員だから」と言うつもりはない。

 国会議員の不倫と簡単に言うが、男の議員が不倫を働いても、女の議員が不倫を働いても、どちらも「不貞を働いた」ことには違いない。

 「不貞」とは、自分が雇った従業員に対して暴言を吐いた程度の軽い物事ではなく、配偶者や交際相手がいながら別の人と肉体関係を持つこと。家庭にいる夫や妻や子供を裏切ること。不適切な関係を結ぶ重い問題だ。

 社長が失態を犯した従業員に厳しい言葉を投げかけても「不正」とはいえず、むしろ当たり前のことだが、妻が他の若い男と寝たらそれは間違いなく「不正」だ。

 又、豊田議員にも夫も子供もいるらしいが、秘書に暴言を吐いたことぐらいで離婚になんかならないが、夫も子供もいる山尾議員が若い男と寝たことは間違いなく離婚の理由となり、慰謝料は責任を負った山尾志桜里議員が支払うことになる。

 こう考えてきますと、豊田議員と山尾議員とならどちらが人間としての体質が悪いかと言うと、間違いなく山尾議員の方が質が悪いことが読者の皆さんもお分かりになるのではないでしょうか。

 山尾志桜里議員は「二人に男女の関係はない」と言っていたが、そういうウソをつくから「政治家はウソをつく」なんて世間から政治家が批判されるんだ。

 最後に言っておこうか。

 「山尾志桜里さん、あんたはあんたが惚れたあの弁護士と男女の関係は無いなんて言っていたが、脳でいくら忘れようとしても、あんたの下半身がしっかりと覚えているだろう」。

 
 この二人の明暗を考えると、世の中の出来事や世間の評価なんてあてにならないものだと思う。

 私が二期八年間、他の市会議員よりもずっと苦心して働いてきて、三期目を目指す市議選運動期間中に「あいつは市長の不正を追及するから投票するな」と市長支持グループによる落選運動を受けて落選したが、その時「四年間、市民のために働かない候補が上位で当選し、一生懸命に市民のために働いてきた自分がこれだ。世間なんてあてにならないな」と思ったものだが、同じようなものだろう。人一倍、真面目に働いても、当選順位から言うと下位の方。仕事をしていても、このことを深く考えると、精がない。

 今回の衆院選も、有権者にではなくて自分が雇った人間に暴言を吐いただけで落選する候補がいると思えば、その一方で、不貞を働いた女性候補が当選している。

 世間は暴言議員を低く評価し、不貞を働いた議員を高く評価したということになるが、私は世の中、間違っていると考えている。

 もしかしたらですが、有権者は単純に片方を「美人だから」と判断して投票し、もう片方を「美人ではない」と判断して投票せず、美人の方に投票したのか。多分、そうなんだろうナ。

 以上。


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(再掲)プロ野球のクライマックスシリーズは廃止すべき

2017-10-24 | 文化・芸術・スポーツ
 23日には記事を書いていませんでしたが、たくさんの方々がご訪問下さり、感謝します。

 10位までの検索順位を見ますと、ここ数日続けてトップ近くに来ているのが2016年9月18日に掲載した「クライマックスシリーズ制度は廃止すべき」という記事。この検索数の急増を見ますと、その理由として、全国のたくさんの方がプロ野球のクライマックスシリーズ廃止に関心が集まっているようです。

 ということで、本日は昨年9月に書いたその記事を再度掲載しますので、この制度に関心がおありの方はもう一度お考え頂きたい。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 (セ・リーグの1位の広島と2位の巨人の差が16.5ゲーム差、3位の横浜との差が20.5ゲーム差となったが、この2位と3位はまるで最下位のチームと言ってもよいぐらい勝率の低いチームです。もしこのようなチームが広島に勝ち日本シリーズに出ることになれば、一年間1位となるために頑張ってきた広島カープが救われません。
 このような理由から私は、日本野球連盟が制度化したこのクライマックス・シリーズには大反対ですので、数日前に書いた記事を再度掲載します。地方政治改革だけでなく、プロ野球の制度改革にまで口を挟ませていただこうと思う。「ダメなことはダメなものです」)


 セ・リーグも広島カープが優勝して、一段落しましたね。

 小生、小学3年生の頃からのジャイアンツ・ファンですので、昨日の試合なんか、腹が立ちっぱなしでした。

 戦犯は、まず不安定なピッティングだったマイコラス、そして6回のチャンスに打てない村田、8回のチャンスに打てなかったギャレット、守備も打力も二軍レベルの辻。それと、5月からずっと岡本が一軍に上がってきて活躍することを待ち望んでいるが、二軍で活躍している岡本だけは一軍に上げない高橋監督の采配も首を傾げっぱなしです。

 一見、“知将”のようにみえるが、腕組みをして黙って“観戦”をしていたら知将ということではない。

 4月から9月までベンチで腕組みをしたままでベンチ内の選手を鼓舞するような姿勢がない高橋くんは撃たれてベンチに帰ってきた党首やチャンスに三振してベンチに帰ってきた打者を横目でチラ見する光景など見ると「打てないのや投手が打たれて成績が悪いのは選手のせい」と考えている節があるが、私は「チームの成績が上がってこないことや勝てないことの半分は監督のあんたに責任がある」と言ってやりたい時がこれまで何十回もあった。

 打順を毎日コロコロと変えた昨年の原監督のやっていることは明らかに「迷い」であり、今年の打順を変えない高橋監督の考え方は正しい。

 であるが、組織の長とは、組織に属する人間たちの先頭に立ち、指揮・指導し、そのものたちの職務を鼓舞する役目も担っているものだ。試合時間の3時間から4時間、ベンチの後方で組織の長がずっと押し黙っていては野球にならない。況してや、スポーツだ。役所の仕事ではない。ベンチにいる全員がやる気やファイトを表に出さなくてどうするんだ。その役目がトップの仕事だろう。

 地方議員は「たかが議員、されど議員活動」だ。野球も「たかが野球、されど野球」。腕組みをして哲学的に苦悩しながら戦うものではなかろう。組織に属している人員の一人が成績が上がらなければ、試合中であっても、一言言葉をかけるだけでも肩の力が抜けて、次の回から持ち直したり、次の打席でホームランを打てることもある。

 2位でありながら首位と15ゲーム差という、シーズンによれば首位と最下位とのゲーム差となってしまった今シーズンの巨人軍の不成績は、明らかに高橋監督の「暗さ」からきている。シーズン当初からマスコミへの対応がいかにも面倒くさそうで冷たいことから“慶応ボーイのおぼっちゃん”と書かれることもあるが、周りから見るとこのマスコミへの冷たさが勝利への情熱の希薄さとみられても仕方がないと思う。

 巨人ファンである私にとっては、あの8月24日の勝っていた試合を菅野が6回に広島に4点を取られて逆転負けした試合と、翌日25日にこれも勝っていた試合を9回に出てきたいつも不安な投球をする澤村が3点を取られて負けた試合、この二つのだらしない負け試合で優勝はないと悟った。

 そうして、セ・リーグは昨日、広島が二位の巨人との差を15ゲーム差をつけ、独走状態で優勝しました。

 巨人ベンチの暗さと比較するとあの広島ベンチの溌剌さや元気さや負けじ魂というものは、他の5チームにない素晴らしさで、これらのチームは広島から学ばなければならない。

 
 さあ、そこで、本日の記事です。

 議会が開会したところですが、今日は小休止して、3年前に異議を唱えたプロ野球のクライマックス・シリーズ(CS)について、もう一度書いておきたい。


 これからは日本シリーズの前に行われるクライマックス・シリーズ(CS)に注目が集まってきますが、毎年この時期になるとこの制度には首をかしげる。

 セリーグとパリーグがそれぞれの1位と2位と3位の中から1位を決めてそれをリーグの1位とし、セリーグとパリーグで日本シリーズを戦う。

 だが、セとパのシーズンの日程が全て終わって日本シリーズまで半月ぐらい両チームの選手が実践から離れてしまいゲーム感が鈍るという理由と、シーズンが終わってから日本シリーズまでの空いた期間も興行収入を得たいという理由から、日本野球機構は利害が共通するプロ野球選手会の協力を得て2007年のシーズンから制度を開始した。

 私が「おかしいぞ」と思うのは、CSシリーズ全体ではなくて、今年のように2位のチームが1位のチームと15ゲームも離されている場合や、3位のチームが1位のチームと20ゲームも離されていながら、わずか5試合や10試合のトーナメント戦(CSシリーズのこと)に勝ち残るとリーグの1位チームとして日本シリーズに出場して戦うことです。

 本当にこれほど不可解な制度は日本広しと言えど、他にはないだろう。

 
 ウイキペディアには、CSシリーズ導入までの経過を次のように記してある。

≪クライマックス・シリーズ(CS)導入の経緯

 元々はリーグ優勝・日本選手権シリーズ進出決定後の消化試合を出来る限り減らすことを目的に、2004年から2006年の3シーズンの間、パシフィック・リーグではシーズン上位3球団によるトーナメント方式のプレーオフ制度が実施されていた。

 これが興行的に成功を収め、さらに2004年・2005年の2シーズンはいずれもプレーオフを勝ち上がったパ・リーグの球団が日本選手権シリーズを制したことなどから、2006年にセントラル・リーグでも導入に対する待望論が浮上し、議論が進められた。

 そして同年9月4日のプロ野球実行委員会で、翌2007年シーズンからセ・リーグでも導入されることが決定され、これに伴って両リーグで実施方式や名称を統一することになった。

 これに合わせてファンからネーミング案を一般公募し、1948通から寄せられた候補を元に検討した結果、名称を「クライマックスシリーズ」とすることが11月14日に決定。また、リーグ別の呼称も併せて発表され、セ・リーグが「クライマックス セ」、パ・リーグが「クライマックス パ」と決まった。

 開始当初はリーグ2位球団対3位球団の対戦を「第1ステージ」(一般のトーナメント戦でいう準決勝・あるいは3位決定戦相当)、リーグ優勝球団対第1ステージ勝利球団の対戦を「第2ステージ」(同決勝戦相当)と称していたが、2010年シーズンから第1ステージを「ファーストステージ」、第2ステージを「ファイナルステージ」にそれぞれ名称変更することになった。

 これは、まずセ・リーグが同年8月2日のプロ野球実行委員会で改称を報告したもので、これを受けて同じく改称を検討していたパ・リーグもセに同調し、8月16日に改称を発表した。≫


 私は制度ができた最初からずっと、おかしいと思ってきました。私は巨人ファンですが、あえて言う。

 今のセリーグでCSシリーズに出場権があるのは、巨人と横浜です。その巨人と首位広島とは15.0ゲームも離されているんです。理由は、首位よりも戦力が足らないなどのために、ずっと弱いから。しかし、このままシーズン終了まで3位から転落しなかったら、理不尽にも、弱い巨人というチームはCSシリーズに出場できます。

 おかしいでしょ。

 とにかく、私はこの制度はおかしな制度だと2007年のシリーズの時からずっと思いながらプロ野球を見てきた。

 何がおかしいかというと、CSシリーズ出場にゲーム差(「勝率」と言い換えてもよいが)規定がないことです。

 例えば今年を例にとって説明します。

 昨日のゲームが終わって、まずセ・リーグの順位と各チームそれぞれの勝率及びゲーム差を手書きの図で示します。

      

 ひと眼見てお分かりでしょう。

 セ・リーグにおいて、CSシリーズに出場権があるという巨人か横浜がCSシリーズを制しシーズンで優勝した広島をも破り日本シリーズに出場するかもしれない、現在の制度が如何に不公正で不公平なルールであるかが。  

 だから、私はこの今のCSシリーズ制度は改革すべきだと強く思っています。

 そこで、その改革案を示す。

プロ野球CSシリーズ改革案(CSシリーズ出場三要件)

シーズンを終了した時点に
①勝率が5割以上であること
②首位とのゲーム差が10.0ゲーム以内であること
③順位が3位までに入っていること

 以上の三つの条件をすべてクリアしているチームのみがCSシリーズに出場する権利を有する。


 だから、この制度によると、現在9月10日時点のセ・リーグの勝率やゲーム差がシーズン終了時の数字だ仮定すると、首位広島と10ゲーム以上のゲーム差を付けられている5チームはCSシリーズへの出場権が無くなり、今シーズンは1位の広島だけが日本シリーズに出場する。巨人は勝率が5割以上ですが、ゲーム差が最下位と見間違いするような15ゲーム差では、CSシリーズに出るなんて恥ずかしくて言えない。

 つまり、半年間戦って5割も勝てないチームに日本シリーズに出る資格はない、ということだ。

 パリーグのことは推して知るべし。

   

 シーズンの全試合が終わった時点で上のような勝率でゲーム差だと仮定すると、パ・リーグのCSシリーズに出場できるチームは、日本ハムと、ソフトバンクだけ。ロッテは首位と10.5ゲーム差で勝率も5割以上だが、制度通りに判断し、こういう「もう少し」という場合でも例外を作ってはならないので、ルール通りにロッテは出場できないことになり、パリーグは日本ハムとソフトバンクが戦い、その勝者が日本シリーズに出るということとなる。


 私の思いは、CSシリーズはすべてやめて、リーグで優勝したチームだけが日本シリーズに出場できる、昔の形に戻すことです。

 どのチームも半年間、リーグで懸命になって優勝することを目標に闘っている。それが、“別に優勝しなくてもよい、首位と20ゲーム差がついていても救助策があって、それに乗っかかってうまくいけばリーグ優勝したことになり、日本シリーズでも勝てば、日本一にもなれる”なんてルール、馬鹿げた制度であることに間違いない。

 この制度を創設した会議に参加したメンバーの顔が見てみたいもんだ。

 どこかにその大バカ者たちの名前を表記した資料は無いか、いまネットを検索して探しています。

 とにかく、私がいう制度に改革しなければ、チームに力が無いために首位と20ゲームも25ゲームも離された弱いチームが、わずか10試合ぐらいに全戦力を投入してセ・リーグの覇者になってしまう、頑張らなかったチームや選手が日本一になる。

 そんなバカなことは絶対にあってはならない。

 「これじゃ、あの長い6か月間の俺たちの頑張りはいったい何だったのだろう」と選手や監督、コーチが考えるような制度はあってはならない。

 毎年のことですが、今年は特に首位広島と15ゲームも離されている2位の巨人や19.5ゲームも離されている3位の横浜が日本シリーズへの出場権を得るかもしれないとあって、記事にしました。

 もう一度申しますが、私は9歳の時からの巨人ファンです。それでも、こういう打てない弱いチームがもしかしたら日本一になるかもしれない制度には大反対です。

 その理由は「頑張らなかった人が高く評価されるルールは間違っている」、「弱いチームが高く評価される制度は間違っている」と考えるからです。

 ま、四国の室戸岬から全国にこうやって日本野球機構に向かって厳しく批判したとて何も変わらず、詮ない話かもしれませんが。

 情けないのは、プロ野球選手会だ。CSシリーズ出場すれば年俸以外にシリーズ出場の報酬が入るからといって、反対しないのは明々白々。「最終的に広島に負けたっていいんだ。CSシリーズに出て負けても、おれたちには報酬が入る」。そう思っているから、こういう不公平で不公正なCSシリーズの制度に選手会は異論も出ないし反対するチームもない。

 地方自治法や条例に違反(これは同時に憲法違反となる)する不正な事業を計画して議会に提出する室戸市長。市長と利害を持ちその不正な議案に賛成してしまう市会議員。利害さえ一致すれば、世間では通用しない不公正な事業であろうが不公平な事業であろうがすべて「まーいいか」と賛成して通してしまう点から言って、プロ野球機構とプロ野球選手会もこれとよく似ている。

 【ならぬことに「ならぬ」と言えない人間の情けなさ】


 もし、日本野球機構の方々が「いまのCSシリーズは公正で公平な制度だ」、「まるで最下位のようなゲーム差の弱いチームが日本シリーズに出て何が悪い」と言われるなら、当方にちゃんと筋の通る回答(この記事にコメント)を頂きたい。勿論、匿名ではなく、実名で。頂いたコメントは当電子情報誌で世界中に公開し、私の指摘と日本野球機構の考え方のどちらが正論かを世界中の方々に判断して頂こうと思います。

 とにかく、今年のクライマックス・シリーズに巨人と横浜が出られることは間違っています。そして、パ・リーグはゲーム差がこのままならば、日本ハムとソフトバンクがCSシリーズを戦って、その勝者が広島と日本シリーズを戦う。ロッテの場合は、最終試合で首位と10ゲーム以内に入ればCSに参加できることにする。

 これが正しいプロ野球の一シーズンです。

 日本野球機構及びプロ野球実行委員会は早く制度を改革していただきたい。

 (追記)

 この記事を書いた二日後の12日(月)の朝の日テレの番組「スッキリ!」に出演した読売新聞論説委員の橋本五郎氏が私と同じように「クライマックス・シリーズは間違っている」と熱弁をふるっていたのを聞いて、大変うれしく思いました。

 「やっぱり政治に関する法令順守や社会の一般常識をよく理解した頭のいい人は違うなあ」と思ったことでした。

 これからは橋本氏とともにこの「クライマックス・シリーズ廃止運動」を開始します。(?)


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以上が昨年書いた記事ですが、皆さんはどのような感想をお持ちでしょうか?

 昨日の試合で横浜は広島に勝ちました。これでセ・リーグ1位の広島は2勝3敗。今日の試合で広島が負ければ、1位広島と14.5ゲームも離されていた3位横浜が日本シリーズに行くことになります。

 全国のプロ野球ファンの皆さん、いくら制度がそうなっているとはいえ、こういう理不尽なことが許されてよいとお思いですか。いかんでしょう。

 1位広島と2位阪神が3ゲーム差で、3位横浜と8ゲーム差でも3位が日本シリーズに進むことは不適正なのに、14.5ゲームですよ、14.5ゲーム差。

 接戦のペナントレースなら、14.5ゲームと言えば、最下位のチームの勝率。最下位みたいなこの程度の勝率しか上げられなかった弱いチームが日本シリーズに進み、わずか10日、15日の好調で日本一になる事も大いにあるんですよ。こういう状況を新聞やテレビでは「下剋上」などと言ってもてはやすが、本当に評価すべきことなんでしょうか。最下位みたいな勝率しか上げられなかったチームが日本一になるんですよ。

 こういう制度、許せますか。どう考えてもおかしいでしょう。

 この制度は、日本野球機構が2007年シーズンから導入したものですが、これはシーズンが終わり日本シリーズだけでは利益が乏しいので、アメリカの大リーグに倣って更に利益を得ようと企んで事業を始めたもの。だから、ご老人ばかりで組織作りをしてきた日本野球機構の利益優先主義がこういう不純な制度を推進しているということになるが、もういい加減に考え直すべきではないか。

 全国のプロ野球ファンの皆さん、そう思いませんか?


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 やはり思ったように、全国のプロ野球ファンの多くはこのクライマックスシリーズに反対のようです。

 昨日の広島と横浜との試合で横浜が勝ち、横浜が日本シリーズに進出することが決まりました。首位の広島とは14.5ゲームも離されていた、まるで最下位のような勝率のチームが日本シリーズに出るんですよ。皆さんおかしいと思いませんか? 私はこういう制度は根本から間違っていると思っています。

 何とかならないものですかねえ、ホントに。
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高知県展の作品搬出は、台風一過の23日(月)に行こう

2017-10-21 | 文化・芸術・スポーツ
 高知県展に入賞・入選された方は、ここ数日、台風接近でやきもきしているのではないでしょうか。

 作品の搬出は22日(日)の県展最終日の午後5時から午後6時までの1時間と、23日(月)の午前9時から正午までの3時間と決められています。

 でも、17日(火)あたりから台風21号の動きを毎日チェックしてきましたが、米軍の気象レーダーでは次のように情報公開しています。ぜひ、ご覧いただきたい。

 「米軍の気象情報」 ←(クリック)
 (図の左下の進路図をクリックすると、拡大されます)

 これを何度もチェックして確認してきましたが、台風の動きがすこし速くなったのか昨日の表示とは変化し、22日(日)の午後6時に室戸岬沖を通ると表示されています。

 この進路図を見ますと、23日には台風も朝には四国沖を通り過ぎ、やがて天気は回復し、昼頃には曇りか晴れになると考えました。(私の個人的な判断ですが・・)

 まだ、今日21日(土)の予報をチェックしなくてはなりませんが、月曜日に搬出に行けば、遠く宿毛市など幡多地方や東洋町や室戸市など東部地方から高知市まで作品を搬出に行っても、まず大丈夫ではないでしょうか。

 そういうことで、私は県展作品の搬出は月曜日に行くことにしました。

 ここで、今年出品した私の作品をご覧いただけなかった方々に、見ていただきましょうか。
  
   (「驚愕の大地」M100号です)

 ついでに昨年の出品作「海の声が聞こえる」も見ていただきましょう。
  

 
 さて、搬出の話の続きですが、県内の県展に入選・入賞された方々の中にはたくさんの方が「その日は仕事があるから行けない」という方もおられるとは思いますが、それ以外の方々は何も命懸けで日曜日の22日の午後5時に搬出に行くことはないのでおやめになり、月曜日のお昼までに会場に着くように高知市に行かれてはいかがでしょうか。

 ま、「今の台風の動きならそうしたほうが良いのでは・・」の話ですが。

 尚、県展主催者の高知新聞企業さんにこの大雨の時の作品搬出について、「台風で大荒れになるが、搬出時間の繰り延べはないか」とお聞きしましたが、「変更は考えておりません」とのことでした。

 だから、作品の搬出も、県展を支えてきた作家の方々の自己責任ということになります。

 私が思うのは、搬出のために命を懸けることはなく、搬出時間が過ぎて作品が没収されたとしても、命あっての物種。作品と命と代えてはなりません。台風が行き過ぎてしまってから取りに行けばいいのです。それで「搬出できません」となれば、それは又その時に主催者側に対応を求めればよい。

 なぜなら、作品を出品する人がいてこそ県展は開催できるのであり、出品者がいなければ県展は開催できません。だから、県展を支えているのは主催者ではなく、出品者が高知県展を支えているということになります。

 だから、出品者が巨大台風の襲来という不測の事態が発生して搬出に行けなかったとしても、主催者側は作品の没収はできず、搬出期限の23日の正午を過ぎても臨機応変に対応すべきは疑いありません。


 高知市内周辺の方々は22日にでも行けるでしょうが、西部の方々、東部の方々は23日の台風が行き過ぎてから行かれることを私はお勧めします。


 但し、超大型台風の21号動きから見測りますと、四国高知県沖を通るのは22日の昼頃から強まり、23日の0時前後に最も激しく吹き荒れ、朝方には四国沖を通過しているとみられます。だから、22日の夕方から23日の朝にかけ用心をしておいてください。

 又、台風の動きが予報よりも遅くなれば、行き過ぎているはずの台風が「23日に四国沖を通り高知県に最接近」という事態も考えられますので、逐一、上記しました米軍の台風情報を見るようにしてください。この点は自己責任でお願いします。

 室戸岬では今日21日(土)の午後1時から大粒の台風の雨が降り始めました。これから23日(月)の未明までの約二日間、大雨が降り続くとみられます。

 何事も命あっての物種、死んでは何にもなりません。雨が降り出してからは絶対、家の周囲や田畑や用水路や川などを見に行ったりせんように言うちょくぜよ。


 (追記)

 私の方から県展を主催する高知新聞企業に問い合わせ、搬出時間に疑義を唱えて搬出時間の繰り延べを提案した上、更にこの記事を書きましたが、これを見た主催者は20日に社内で協議したようで、「23日正午まで」の搬出期限を「午後5時まで」と変更し、21日の高知新聞でこのことを記事にしました。

 私から一言、「協議のタイミングも判断も、遅いです」。


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この検索数はすべて、この記事に対してではなく、以前書いた「プロ野球のクライマックスシリーズは廃止すべき」という記事に対してです。
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再度、投票に行かない有権者に政治を批判する権利はない

2017-10-20 | 人間のあり方
 (投票日も近づきましたので、12日に掲載した記事を再度掲載します)

 全国の有権者の皆様に大事なお知らせです。

 今日は“政治参加とはいかなる意味か”について書きます。

 10日は衆院選の告示日でした。国の近未来を決める大事な選挙です。

 でも、中には大事な選挙なのにこの選挙で投票にも行かず、棄権する人がたくさんいます。まちの投票率が60%だとすると、そのまちの有権者の40%の住民は投票に行っていないということ。こんなことではダメです。こんな政治意識では、まちが良くなるわけがありません。

 そこで、お家を守る奥さんに私からお願いがあります。

 奥さんから旦那さんや投票権を持つ十八歳以上の子どもさんに、次のようにクギを刺してほしい。

 「えいかね、お父ちゃんも子供らもよう聞きよ。国の政治のやり方や無能な国会議員の仕事ぶりに不満を持っても、選挙の時に投票に行かんような人間にはその政党や議員を批判する権利はないぜ」。

 「そうやきん、ブツブツ言わんと、早よう投票に行ってき」。


 なぜ私がこんなことを書くのか、読者の皆さんはお分かりですか?

 まず、投票所に行って投票すれば「政治参加」したことになり、投票所に行かず投票しなかったら「政治不参加」となるからです。

 理由はお分かりでしょう。

 「政治不参加」、つまり選挙の投票日に投票しないということは、政治に関して参加していないということになります。因って、投票しないいうことは同時に、政治に対する発言権も失ってしまうということになります。

 こうして投票日に投票にも行かず政治に対する発言権を失えば、国政、県政、市町村政や市町村議会の不正や不馴染めや怠慢行為などについて批判できなくなる。

 もし、今後、衆院議員が不倫して議員辞職や離党やと騒がしくなっても、衆院選の時に投票所に行って投票していない有権者は、批判の一つもしてはなりません。なぜならば、投票権を放棄すれば同時に、発言権も失っているからです。


 よく、国政選挙や、都道府県知事選や、県議選や、市区町村長選や、市区町村議員選の時に投票にも行ってないのに、国政に対し、県政に対し、市区町村政に対し批判している御人がいますが、あれは以っての外で、政治に参加もしていない人間に政治を批判する権利などありません。

 日頃から関心がない政治を馬鹿にし、「民主党政治は…」とか「自民党政治は…」と批判しながら、選挙になると「おれには関係ない」とうそぶいて投票にも行かない人がいますね。あなたもそうじゃないですか?

 権利を放棄したそういう方々には、「それは政治が悪いんじゃなく、その前にあんたの方が悪いんだ」、「あんたがた有権者が投票に行かないから、政治も悪くなるんだ」、「国の有権者がみんなで投票しさえすれば、政治ももっと良くなるかもしれないじゃないか」とお教えしたい。

 投票に行った有権者が法令を順守しない悪質な政治家や職責を果たさない地方の政治家たちや自治体職員を批判するならいざ知らず、投票にも行っていない「政治不参加」の有権者が自分の不真面目さを棚に上げて政治や政治家を批判する等、以ての外です。

 なぜなら、政治に参加していないからです。政治に参加していないということは、いわば“蚊帳の外”。蚊に刺されるのは当たり前のことです。

 そんな投票にも行かない有権者に政党や政治家や行政を批判する権利など、これっぽっちもない。

 さあ、そう批判されないためにも、あなたも衆院選に投票に行きましょう。投票することで国の政治や政党、政治家にお願い事もできるし、批判もできます。なぜならば、その権利を持っているんだから。

 これは自分たちが住んでいる町や村の首長選や議員選の時でも同じです。

 市長の不正を市民が批判するには、市長選に投票に行きこの「批判権」を得ることが先。投票に行ってない市民は市長が如何に不正を重ねていても、批判する権利はないということです。市議についてもそうです。市長が議会に提出した事業案が違法であるにもかかわらずそれに賛成して可決させてしまうような木偶の坊な市議たちであっても、市議選に投票に行かなかった市民はそれらの市議たちを批判する権利など無い。

 お分かりでしょうか。


 「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」は私が作った教訓。「為せば成る 為さねば成らぬ何事も、成さぬは人の為さぬなりけり」の教訓を創ったのは上杉鷹山とされる。

 どちらも「何事もやるべきことをやろう、やるべき時にやろう」ということです。

 問題は、いま大きな台風が四国地方を目指して進んできていること。それも、どうも最接近した時には920ヘクパス前後の巨大台風になるようです。

 だから、日曜日の投票日は大雨になると思いますので、時間を確保して、
今日20日(金)か21日(土)に期日前投票に行こう!

 さすれば、あなたやご家族の皆さんに、国政に対する発言権は手に入ります。「雨やきんなあ」なんて言い投票に行かなかったら、今回の衆院選で当選した議員らをあなたは批判できませんよ。

 以上、室戸市議会の一人会派「鷹山会」から、衆院選投票についてのお知らせでした。


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「民進党」から「希望の党」に行くのは、変節の極み

2017-10-17 | 政治家のあり方
 大和大学政治経済学部講師の岩田温氏は、こう指摘する。

 <希望の党の候補者を眺めてみると、まことに不思議な思いがする。「排除」が悪いのではなく、むしろ「排除」が足りないのではないかと思えるのだ。

 昨日まで集団的自衛権の行使容認に反対し、護憲派として議論を展開していた人々が、今日は、安全保障関連法に賛成し、憲法改正を支持するというのだ。

 無論、生き残るためだろうが、あまりに醜悪だ。希望どころか絶望の念が込み上げてくる。>


 私もそう思う。

 昨日の産経新聞ニュースにはこういうのもある。←(クリック)

 こういう小川純也候補などはいわば“造反組”で、天に唾を吐いているようなもの。民進党時代は「憲法改正に反対、安保関連法案にも反対」と言っていたのに、当選しやすそうだと考え「希望の党」にお願いして公認をもらった。その時には自身の信念を変え、「憲法改正に賛成、安保関連法案にも賛成」とする誓約書に判を押して立候補した。それが、大人気でまたブームが起こり「希望の党」が圧勝すると思っていたのに立憲民主党ができたことなどもあり人気がなくなって自分の当選も危うくなると、また「憲法改正に反対、安保関連法案にも反対」と叫んでいる。

 愚かな男だ。自分に先を見る力が無いがために今の状況があるんじゃないか。そんなに云うんだったら、なぜ無所属か立憲民主党に行かなかったんだ。そのほうがもっと人間として筋が通っているだろう。自業自得だ。希望の党で当選しても、多分、選挙後の野党再編の動きに乗って離党し、立憲民主党に行くんだろう。


 高知県の小選挙区高知1区にも「民進党」から「希望の党」に移った、大石宗候補がいます。

 高知県議会の民進党県議を務め衆院選に二度出馬したが、残念ながら二回とも落選した。

 その後、平成27年4月の立候補者17名の室戸市議選において、大石氏はH候補(落選)を積極的に支援。市内の四国銀行前で行ったH候補の街頭演説に応援弁士として参加して、「(他の候補には投票せず)H候補に投票してください!」と連呼したことが市議選後に発覚。選挙後、その市議選に立候補していた私だけでなく、他の当選議員からも大石氏は反感を買っている。

 そして、今回の三回目の衆院選出馬は「今度こそ何とか国会議員になりたい」と考えたのか、民進党に所属してこれまで長く訴えてきた安保法案反対や憲法改正反対など左寄りの主義主張をかなぐり捨て、保守政党の「希望の党」に公認申請を出し、同党から出馬しています。

 岩田氏が指摘するように、大石候補はこれまで「集団的自衛権の行使容認に反対し、護憲派として議論を展開していた」。それが、希望の党に行った途端、街頭では「安全保障関連法に賛成し、憲法改正を支持する」と発言しないと反党行為になるから、そう演説をしているのでしょう。

 それとも、小池代表と交わした誓約書の内容を無視し、自党の「希望の党」の政策を無視し、安保関連法案のことと憲法改正のことについては一切口にせず、当たり障りのないお茶を濁すような演説で聴衆をけむに巻いているのか。

 又、こうも思う。

 比例区で当選すれば「私は最初から憲法改正と安保関連法案には賛成でした」なんてごまかしはつき、それを終生貫き通せばそれはそれで世間から受け入れられるであろう。だが、もし落選したらその後はどの政党に入りどのような主張を繰り返すのだろうか。今度はかつての民進党と同じ政策と主張をしている立憲民主党に入り、「集団的自衛権の行使容認には反対で、以前から憲法改正にも反対でした」と、またもや前言を翻すのだろうか。

 私は今回、左派の「民進党」から保守の「希望の党」に移った候補についてはこのように見ているが、全国の有権者の皆さんも私と同じように見ているのではないか。「あいつら信用ならない」と。

 岩田氏はこういう状況を「醜悪」と指摘するが、私は一言、「節操がない」と思いながら見ている。


 人間は揺らぎない心と揺らぎない精神を持たねばならない。

 それが「信念」だが、男は一本筋が通った行動をしなければ人から馬鹿にされます。

 政治家は特にそうだ。この前まで「左」と言っていたのに少し状況が変われば今度は「右」と言うようでは、有権者は信用しないし、それまでの信用も台無しにしてしまう。

 民進党の議員や新人ら左翼志向を持った者たちは、今回の衆院選では小池人気にあやかろうと保守政党の希望の党に鞍替えして立候補しているが、実に節操がない。誰が見ても愚かしく、軽々しい。だから、戦況を見ての通り、そういう候補には国民の人気が集まらず、「左」を貫き通している立憲民主党の人気が高いが、それは政治家になろうとする者たちの「信念」が問われている証だといってよい。立憲民主党のような「左」でこの国を守れるかと言うとそうではないが・・。

 橋下徹前大阪府知事はこのような候補に対し、次のように厳しく指摘する。

 ライブドア・ニュースから ←(クリック)

 <(前略) 当選するためだけに希望の党に来たチョロネズミが、小選挙区では落選しながら比例復活したらややこしい。こういう連中は自分に実力がないにもかかわらず、議員バッジを付けたとたん、偉そうないっぱしのことをほざく。おそらくこういう連中が党の結束を乱し、希望の党の勢いが弱いと見れば、まずは小池さんの看板のすげ替え、代表の交代を目論む。それでもダメなら、どこの党にいるのが一番当選しやすいかを考えて、党の移籍を目論む。比例復活議員は簡単に移籍はできないので、残存民進党参議院議員や立憲民主党と合わさる新党結成を考えるのか。ここまで来たらもう茶番だけど、これがチョロネズミ議員の実態で、こういう連中が野党にいる限り強い野党は誕生しない。

 こういう連中を小池さんにはズバッと斬って欲しかった。(後略)>


 手厳しいが、橋下氏がおっしゃっていることは至極当然のことで、私も同感だ。

 政治を目指す人間には「信念」が必要。この「信念」があれば、あっちへ行ったりこっちへ来たりはしないものだ。そういう政治家になろうとしている人間を橋下氏は「チョロネズミ」と言っているが、当人さんたちには腹立たしいかもしれないが、的を得ている。

 「物事を得か損かで判断して動く奴に碌な人間はいない」の教えもある。

 人生は若い時から夢を持つことは大事だ。だが、自分に基本となるものが備わっていないのに、分不相応に「国会議員になりたい」「代議士という偉い人になりたい」なんて夢を手に入れようとしてもなかなか実現しないし、知人と親戚以外には共感が得られないだろう。

 苦労もしないで大層なことを考えるから他人の痛みが理解できないんだから、政治を目指す前にもっと一般社会の中で色んな人生経験を積み、人生を学び、大いに揉まれることが大事。楽に世渡りしようとせず、つらい仕事に従事し没頭する。こう指摘すれば先の市議選後に私に一喝されたときのようにまた言い訳ばかり言い募り抗弁するだろうが、衆院選後はそこが自らの欠点と認めることから始めなくてはならない。

 そのような下積みがあってこそ、他人の痛みや辛さが少しづつ理解できてくるものだ。
 
 政治家になる前に、苦労して働きながら一般社会のルールや礼儀を学ぶこと。

 政治に口を出すのはそれからでも遅くはない。人の世(日本の現状)と人の心(人心)を知ってからでも遅くはない。

 そして、左志向で議員になろうと思っても、この日本の政治は成り立たないことを知る必要がある。左志向の政治家ではいつまで経っても国民の心、県民の心をつかむ(支持される)ことができない。この国は何十年たっても保守政党を軸に動いていくことを身をもって知ることだ。


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「安倍1強政治」で何が悪い

2017-10-16 | 国のあり方
 テレビを見ていても、新聞を見ても、よく「安倍1強政治」という言葉や文字がよく出てきます。

 又、衆院選の街頭演説でも、野党の代表らが「安倍1強政治に反対」なんてことを叫んでいます。

 それらを見て、私は「あなた方は物事の正しい見方が間違ってますよ。東京の有名大学などを出て国会議員の選挙に出たりメディアに関わっている身なのに、こんなことも理解できないの?」と思います。

 ほんの一年ぐらい前まで自民党にいた小池百合子氏も街頭に立ち、自分も関わっていた「1強」の政党に向かって「安倍1強政治に反対!」、「アベノミクスにノー!」と叫ぶが、私は「ほんとにあなたは何んにもわかっちゃいないが、その1強にはこの間まであなたも関わっていたんだよね。そういうのを“自分に向かって唾を吐く”というんだよ」と教えてあげたくなる。

 「カイロ大学はおろか、小さな田舎町の高校しか出てないこんな粗野な人間でも理解できることなのに」と。

 「誰か代わりに教えてあげて」。


 この「安倍1強政治」の言葉を聞いたり見たりするたびに思うのは、「安倍1強で悪いんだろうか」、そして、「安倍1強となったのは安倍首相など自民党が行ってきた政治が悪いからだろうか」、と思う。

 「安倍1強政治」と、まるで安倍首相が行ってきた国政運営が「1強」になったことが悪いかのように、野党の議員ら、テレビ・新聞、コメンテーターたちは言うが、それは本当にそうなんだろうか?

 国民の皆さん、本当はそうではないんですよね。

 真実は、こうでしょう。

 国の政治を俯瞰して見てみると、事実は、自民党と公明党の与党は除き、国政に野党の政党がいくつあるか知りませんが例えば野党政党が8つあると仮定すると、その8政党に国民の支持が得られないという現実から、

 「安倍真っ当政治」と「野党8弱政治」の構図

 になっているのは疑いなかろう。

 自民党の安倍政権がしっかりと地に根を張って政治を進めてきて、野党の政党がただ政府の足を引っ張るだけの政治活動を進めてきたからこその、今の状況がある。そして、野党や左翼メディアが与党政権を批判すればするほど、この状況は深化していく。

 国民は野党政党のそれらの未熟さや知恵の無さ、足を引っ張るだけの発言力の非公正さ、判断力の悪さ、「良いことには与党の案にも賛成する」という理解度も無いことなどをトータル的に見て、「野党の政党は全部だめだ」と判断を下し、「自民党じゃないとこの国は守れない」と結論を出したからこそ、その結果、「安倍1強」になったもの。

 だから、野党がだらしなく、野党の方からこけているんだから、何も安倍政権を悪く言う理由など無い。「オイ、おかしいぞ」と指を指されるのは、むしろ野党と左翼メディアの方である。

 蓮舫さんが言ったじゃないか。「一番じゃないといけないんですか? 二番じゃダメなんですか?」。あれですよ、あれ。あのような考え方だから、野党はいつまで経ってもダメなんですよ。二番でいいなんて思ってるから、一番になんかなれないんだ。

 何事も一番になろうとする思いが大事で、たとえ一番になれなくても「一番になろう」と頑張る。だから一番にもなれるし、「1強」にもなれるんです。そこには「不断の努力」というものが必要になる。その「努力」を自民党は積み重ねてきたということになり、野党の各政党はその「努力」が足らないということになる。

 野党の議員や左翼メディアの働く人たちはそういう「地道な努力」も無しに、保守中道の政党を嫌い、なんとかその足を引っ張って努力しないで一番になろうとしているということです。そんな下劣な考えで以って賢明な国民から賛同が得られるわけがなかろう。

 こういう精神を改めない限り、そして国民から広く支持を得られるよう、「良いことはよい、悪いことは悪い」と正しく判断できるようになり、地道な政策論を党内で戦わせない限り、例えあの民主党のように一度政権についたとしても、長く政権が続くなんてことはどだい無理な話である。


 現状は、安倍政権が憲法改正を目指しているからと、憲法9条にすがり続ける共産党や社民党や民進党を支援する左翼メディアが躍起になってテレビや新聞で安倍首相批判を強め、それを見た国民が“洗脳”され、世論調査の電話に「自民党は支持できない」のボタンを押す。 ・・という流れになっているだけのこと。

 だから、安倍政権が悪いのではない。

 むしろ野党と左翼メディアの方が、非常に質が悪い。

 現在はそういう「政治に狂ったメディアの時代」になってしまっていて、間違いなくメディアが上から目線で政治を左右させてやろうとしている、非常に不条理な時代になった。

 今の国政の状況を見て「自民党政権1強」とするならそうかもしれないが、それはある一面でしか物事を見ていないと言っておきたい。

 その「1強」の構図は自民党と公明党の自・公与党だけの力で為しえたものではなく、多くの国民の支持に支えられていることも忘れてはならない。加えて、野党各党それぞれが政党としてしっかりしてなかったこと、まとまりの無さ、つまり野党自らのエラーによるもの。

 だから、安倍政権が悪いのではない。

 「安倍1強政治」という評し方は、間違いなく正しくない。それもいうなら、むしろ「野党全弱政治」か「野党混乱政治」と評価する方が的を得ている。

 私はいつもそう思いながら、この言葉「安倍1強政治」を新聞で見ているし、テレビで聞いている。

 ま、「安倍1強政治」と言えば誰もがその一言で国政の状況を片づけることができるが、「そういうものの見方は的確ではない」と指摘しておきたい。 

 一つお教えしておこう。

 偏向放送と虚偽情報を垂れ流す左翼のテレビ・新聞・週刊誌から正しい政治は何一つ学べないから、見てはならない。

若者よ、青空エクスプレスで学んで投票に行こう!


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地方政治人材論

2017-10-15 | 政治家のあり方
 組織にとって、いい人材とはどういう人物だろう。

 初めて市議になった平成15年5月から、空白の四年間を除くと、これまで十年半になるが、市議会議員をしながらそんなことを何度も考える。

 市会議員が表立った場所で行なう仕事といえば、一年に4回行なわれているわずか六、七日間ぐらいの議会会期中に、本議会で質問と質疑と討論に参加することと委員会で質疑することぐらい。このどれかに何回か登壇し発言すれば、それほど内容の無い発言でも市民の皆さんには住民のために真面目に働いてくれている議員だと映る。

 そのことによってその議員は「忠実な議員」と評価してくれるかもしれない。

 その議場の姿だけで次の選挙で投票を決めることもあろう、わずか年間28日間の見た目だけの判断で。

 しかし、そんな一年の内のわずか28日間に一度の発言すら無い議員のことや、議会のない八ヶ月間も報酬を頂いているのに議員活動と言えるほどの行動をしていない議員のことを考えると、本当に彼らが「公に忠実な非常勤特別職公務員」かといえば、そうとは言い難い。

 では、議員の職務に対する心構えとはどんなものか。

 基本は、憲法第15条「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」。これは「議員は、住民全体の利益のため、法令に基づいて公平にその権限を行使すべき立場にある」ということ。市長等執行機関と議事機関の二元代表制からいうと、議員は常に執行機関とは一歩離れていなければならない。それが離れずに密着するならば、議会は有害な組織となる。

 地方議員の“バイブル”『議員必携』は次のように教える。

 議員の職務は、「執行機関を公正に眺め、厳正に批判し、行財政執行上の重要事項について適正で公平・妥当な結論を見出してこれを決定するのが議事機関である。また、逆に、議員が執行機関から離れすぎては適切な行政執行の正しい検証は出来ないし、又、非難や批評は出来ても、議会の使命である正しい批判と監視はできない。この原則が守られなければ行政は乱れ、ゆがめられ、民主的で公平な運営が損なわれる。議会の構成員である議員は、常に執行機関とは一歩離れ、二歩離れない姿勢が大事である」。


 では、室戸市政の在り方はどうだ。市議会の在り方はどうなんだ。

 残念ながら、いまだに違法な事業案や無駄な公共施設改修事業案が議会に提案され、それに議会の三分の二の議員が賛成し続けていて、昔から全く変わり映えのしない道徳心のかけらもない政治が続いています。


 では、議会においていい人材とはどんな人物か。

 指標の一つは「行政の不正や不適正な業務に対して勇気を以って苦言を唱えることが出来るか」だと思う。

 地方議会においていい人材とは、上記した憲法第15条の規定と『議員必携』にある「議員の職務」の記述を堅実に順守する人物であるといえる。

 だが、一向に行政の過ちは改まらず、改めさせる立場の議会も4議員を除いて、みんな見て見ぬ振り。

 一般社会の人たちが次代に生き残ろうとするならば、室戸市と市議会の教訓に学ぶ必要がある。

 勿論、それは“反面教師”としてだ。


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衆院選で国会議員になる人の資質を問おう!

2017-10-14 | 政治家のあり方
 今日、14日(土)の読売新聞にこんな論説記事が掲載されていました。記事は、もう長く親しみを感じ乍らその評論を見て聞いている、読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏のもの。

 表題は、「政治家の原点を考える」。その記事の次の部分に共感を覚えた。

 <衆院選挙が公示され、選挙戦が真っ盛りです。今回の選挙はどの政党に政権をゆだねるのかと言う「政権選択選挙」です。さらに言えば「安倍政権是か非か」の選挙です。と同時に候補者が政治家にふさわしいのか、その真贋を見極める大事な機会でもあります。
 というのも、政治家のスキャンダルが相次いでいます。いったい何のために政治家になろうとしたのか。政治家の資質、品位が問われているからです。
 (中略)
 政治家が失ってはいけない原点とは何だろうか。こういう国にしたいというあふれるばかりの情熱を持って主張すべきを断固主張する。そしてその底には心から人を思いやる気持ちがなければならないと思うのです。>


 私は、橋本氏が言われる通りだと思います。特に、

 「候補者が政治家にふさわしいのか」、

 「政治家が失ってはならない原点は、心から人を思いやる気持ちがなければならない」、


 この二点は『政治家となる人の資質』として必ず持っていなければならないと思っています。

 よく国会議員が問題になったとき、その議員を見て思うのは、「政治家としての資質に欠ける」点。橋本氏が指摘するのはそういう国会議員であろう。

 かつて衆院選に二度出馬したことがある人が、先の室戸市議選において室戸市の町なかでH候補の応援演説を行いました。このことを考えると、市議選の候補者は17名でしたので、この演説は「他の16名の市議候補には投票せず、H候補に投票をお願いします」ということになります。

 二度も国会議員の選挙に出た方の応援演説が行われましたので、私も「また落選するかもしれない」と辛かったが、何とか無事に当選しました。

 このことを今も時折考えますが、国会議員候補だった人物が市議選の特定候補に肩入れして室戸市のど真ん中で街頭に立ち、「ほかの候補には投票しないでください。H候補に投票をお願いします」と演説をしたことは、如何にそのH候補が落選したとはいえ、その時の市議選で当選した現在の市議13名に対し、非常に失礼なことだし、あってはならない事だと思っています。

 橋本五郎氏は、記事で問う。

 「候補者が政治家にふさわしいのか」、

 「政治家が失ってはならない原点は、心から人を思いやる気持ちがなければならない」。

 そこで今回の衆院選に関し、私からも同じことを立候補されたそれぞれの候補に問いたい。

 「あなたは政治家にふさわしい資質を持った人か?」、「あなたは、心から人を思いやる気持ちがあるか?」。

 そして、有権者の皆さんにも問いたい。

 「あなたが支持し投票しようと考えている候補者は、政治家にふさわしいのか?」、「国会議員になってから議員の仕事もせず、不倫や不正をやってしまう人ではないか?」、

 「あなたが支持し投票しようと考えている候補者は、政治家の原点である、心から人を思いやる気持ちがあるか?」。


 選挙ではよく、「知り合いだから」「友達に頼まれたから」「親戚だから」等と投票しますが、その前に「その候補は政治家として他の候補よりも国を守る力や能力や経験があるか」を自分に問わなくてはなりません。

 いくら親戚であっても、市民や県民や国民を踏みつけにして「国会議員に何とかなりたい」が先走っている候補は、国民のためにも県民のためにも市民のためにもなりません。

 親戚や知り合いでなくても、親戚や知り合いの候補よりも他に優れた候補がいたら、その有能な候補に投票したほうが自分のためにもなる。これこそが道理というものです。

 室戸市議選でお判りでしょう。選挙結果が上位の親戚や知人に選ばれた議員よりも、選挙結果は下位の方でも議員として有能であればむしろこっちの方が市民のためになっています。

 国政選挙も、こうあるべきです。テレビや新聞に惑わされることなく、高知県民のために働けるだけの能力と経験を持った候補を支持すること。それが延いてはあなたのためになるものです。

 とにもかくにも、今回の選挙に行くべきです。行って、あなたの意思を込めて投票していただきたい。

 あなたの一票で国は右にもいくし左にもいきます。そのことによって発生した政治の動きはあなた方、有権者が責任を取ることです。

 国の政治が良くなればそれはあなたのお陰、悪くなればあなたの所為。

 そういうことです。


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