青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

神社氏子会の皆様、絵馬の修復をしませんか?

2014-09-29 | 絵馬修復工房の仕事
 全国の神社氏子会の皆様、神社の絵馬の修復について、少しお考え下さい。


 ☆絵馬の修復は、なぜ必要なのか?

 全国の町や村には、住民の心の支え、心のよりどころとしてきた神社や寺があります。そこには、百年前、二百年前、三百年前に藩主や土地の有力者、時には地域住民がお金を出し合って絵師や絵心のある人に絵を描かせて奉献した絵馬が保存され、その地域とともに歴史を刻んできました。

 しかし、その絵馬には自然に風化して絵が消えたものの他、長い年月による湿気や風や雨風にさらされていたなど、取り扱いが乱雑だったり放置していたために痛みが激しい絵馬も数多くあります。それらの中には色だけでなく、下書きの線も消えてしまい何が描いてあったのかもわからない作品もあります。

 そうしてそのまま絵馬の顔料が剥落し、線が消えてしまえば、かつて江戸時代や明治時代にその寺や神社に絵馬を奉納した有志の方の深い思いだけでなく、その絵馬の価値・値打ちまでも消えてなくなってしまいます。

 しかし、そんなことは許されないと思います。

 又、そうなれば奉献者から絵馬の奉納を受け管理・保存を託された側の寺社関係者の皆さんは責任が問われると言っても過言ではないでしょう。

 それらの絵馬は国の文化財でもない、県の文化財でもない、市町村の文化財に指定されているわけでもないかもしれません。ですが、ある程度の文化的価値がある絵馬とか江戸期などに奉献された大きくて古い絵馬で、そこに描かれた絵(又は文字)がだんだん消えているという状況にあるならば、はやり修復することが重要です。修復して、さらに100年後、200年後へと今に生きる人々が継承してゆくべきものだと思います。それが、その寺社を管理し運営している宮司や住職、氏子や檀家の責任というものではないでしょうか?

 関係者の中には「絵馬の絵は消えてしまってもいい。何も手を加えたらいかん」と考える方もいるかもしれません。ですが、それは「文化財の保存・継承」を考えない、あまりにも身勝手な考え方だと思います。

 先日もNHKのニュースで見たが、熊本県内の神社などを回り絵馬の写真を撮り本を出版しようとする女性が「絵馬は現状のまま保存しなくてはならない」と語っていましたが、そんなもの身勝手な考え方としか言えない。では、絵が消えかかったその多くの絵馬を修復もせずにこれから100年間保存し、もしその絵がすべて消えてしまったら、その女性はどう申し開きするのか。どう責任を取るのか。長く保存していれば絵馬の絵が奉献された江戸時代のように元通りになるのか、と思いました。

 私は、神社や寺にある古い絵馬は100年も経ち状態が悪化しているなら修復してしかるべきで、そうしてさらにこれから百年、二百年と次代に受け継いで行くべき財産だと思っています。それが例え国の文化財であろうと、都道府県の文化財であろうが、市区町村の文化財に指定されていようが、絵が消えゆくままにしてはならない。

 消える前のいつかの時代に一端、その指定を取り消し、修復を施し、再度その絵馬が指定に叶うものかかなわないものかを審議し、判断することです。例え指定されなくても、消えゆくままにしておくよりも、修復を加えてさらに100年後、200年後、300年後まで継承することが江戸期にその絵馬を神社に奉献した人物のためになり、その人も大いに喜ぶと私は理解している。

 ☆暴利をむさぼるような修復費用は取りません!

 これらのことを各地の神社や寺の関係者の皆さんはよく理解して頂きたいし、そう理解していま絵馬の修復を検討しておられる方もおられるのではないでしょうか?

 氏子や檀家の皆さんにお考えいただきたいのは、当地の神社や寺に保存している絵馬の中で、色彩や墨書きの線が消えてしまっている作品の修復です。それを、絵画制作と絵馬の修復の実績がある私にご要請いただけないでしょうか?

 それに際し逡巡されるのはきっと、「修復の専門家に依頼すると何十万円という予算がかかるんじゃないか」のお悩みだと思います。でも、ご安心ください。私はそういう人をだますような人間ではありません。依頼いただいた氏子会の方々とお話ししてお互いに納得できる金額でやらせていただきます。

 だからと言って、決して腕が悪いということではないですよ。(笑)


 ☆絵馬修復をできるのは私しかいません!?

 私にはかつて、神社や寺の大きな絵馬を修復した経験もあります。もし、「うちの神社にあるこの絵馬も修復せないかんが、誰かやってくれる画家はいないかなあ」と考える宮司・氏子さんや住職・檀家さんがおられたら、是非とも当方にご一報いただきたい。

 修復費もそれほど高額ではありません。神社・寺の関係者の皆さんと相談の上、ご予算に沿う適正な金額でやらせていただきたいと考えています。

 腕前は、最御崎寺の修復した絵馬や杉尾神社の絵馬をご覧いただくか、私の画家としての経歴と作品(下の写真)を参考にしていただけばご理解いただけるものと思っています。

 大げさな話ではなく、もし絵馬修復の経験がある私が10年ぐらいしていなくなれば、それから後、高知県だけでなく、全国には気易く大絵馬修復を依頼する画家はいなくなります。それでは“あとの祭り”です。

 言いすぎかもしれませんが、絵馬修復をできるのは私しかいません。

 いまこそ県展入賞作家で絵馬師でもある私の絵馬修復の技術を利用して、あなたのまちにある寺社の絵馬をよみがえらせようではありませんか。

 付け加えると、なぜ私でないと消えかけた絵馬の修復が無理なのかというと、消えた下書きの黒い線が目で洞察できるのは私しかいないからです。それは、消えてしまい何が書いてあったのか全く判別できなかった杉尾神社(室戸市室戸岬町三津)の村歌舞伎の配役を書いた記録板二点を見事修復したものを見て頂けば、よくお分かりになると思います。


(私の経歴)

●30歳(昭和51年)に高知県展洋画部門に出品して以来、7年連続入選、立体部門で1回入選を経験。

●高知県東部地域の発展を願って、全国ではオンリーワンだった手書きの地域雑誌『あおぞら』を平成2年~9年まで発行。NTT全国タウン誌フェスティバルで二回、奨励賞を受賞。

●それからしばらくたった平成11年、室戸市室戸岬町三津の杉尾神社の関係者から依頼を受け、大絵馬「日本武尊と熊襲の闘い」や村歌舞伎の配役記録板2点などの修復を行う。

●又、その修復活動を伝える新聞報道を見た最御崎寺(東寺)の住職から平成13年に依頼を受け、かつて土佐藩主が奉納した大絵馬を修復。

 土佐藩三代藩主・山内忠義公が、晩年の今から360年以上前の慶安三年(1650)頃に土佐神社とこの最御崎寺に土佐藩絵師・近藤洞簫筆の同じ大きさの絵馬を奉納。土佐神社には一対の「宇治川先陣」を、最御崎寺にも一対で「牛若丸」「弁慶」を納めた。私はこの「牛若丸」と「弁慶」の絵馬を修復。

●平成15年~23年まで室戸市議会議員。市政の不正事業を厳しく追及、法令を順守した市政の構築と市議会改革にまい進。

●議員職から離れた平成23年6月に三十年ぶりに筆を持ち、同年の県展洋画部門に八回目、24年に九回目の入選。

 同時に、七福神の絵馬を4点、描く。(写真はその中の1点)

  
   (大きさは180×100㎝の大作。ご要望があればいつでも販売します)

●細密な技術力を高める日々の努力の甲斐あって、25年には作品『岩、迫る』(P100号)で特選に値する「山脇賞」を受賞、初入賞。

   

●平成26年4月、神社仏閣の絵馬修復に寄与したいと考え、希望に燃えて「谷口絵馬修復工房」を開業しました。

  

 8畳一間の小さな工房ですが、創作を交えた修復技術と消えた線や色を探し出す鋭い観察眼には自信を持っていて、修復の終わった絵馬は見違えるほど美しい“イッピン”となります。

 絵が消えかかった絵馬、絵を描いた板が割れている絵馬、板と板とに隙間が空いている絵馬、額縁に傷やガタツキがある絵馬等々、どんな不具合も修理したうえで修復作業を致します。


 そして、この8月の福岡市城南区・阿蘇神社の「神馬」の絵馬修復が工房の初仕事となった。


 全国の神社の氏子会と役員のみなさん、あなたのまちの神社に保存されている絵馬は絵が消えかかっていませんか?

 もしや「修復なんかしなくてもいい。このまま放っておけ」なんて思っていませんか?

 そんな考え方は間違っていて、無責任だと思います。絵馬の財産的価値が薄れ無くなっているのに放置しておくなんて、それは「管理」でも「保存」でもありません。

 先人が奉献した貴重な絵馬はこれからも更に100年、200年と長く後の世まで保存・伝承していくためにも、どこかの時代に修復すべきで、その時期が「今でしょ!」。神社関係者の皆さん、今こそあの絵馬、その絵馬、この絵馬の修復を行うべき時です。

 これから神社の秋まつりが行われる季節になります。その秋祭りの前や祭りが終わった後には氏子会の会合が開かれます。その会合において神社にある絵が消えかかった絵馬の修復についても、どうか協議していただきたい。

 もし「絵馬を修復することにした。そのための打ち合わせをしたいから、来い!」とお呼びいただければ、私は全国どこの町や村の神社仏閣にでも馳せ参じますし、どのような絵馬でも修復を承ります。

 以上、全国の神社氏子会の皆様に神社に奉納されている絵馬修復のご検討を行っていただきますよう、お願い申しあげます。


(連 絡 先)
     
       谷口絵馬修復工房  絵馬師 谷口總一郎

            住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
            電話:0887-23-1214
            携帯:090-4506-6343 

 
 全国の神社氏子会役員さんからのご連絡を心よりお待ちしています。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、9月30日(火)付けGooブログランキング(206万8607ブログ)中、2710位でした。
コメント

県展と、キンモクセイ

2014-09-28 | 私の絵画制作活動
 もうすぐ第68回高知県展が始まります。

 搬入は、10月4日(土)と5日(日)の二日間。洋画部門の審査は6日と7日に行われて決定され、8日(水)の高知新聞紙上にて発表されます。

 私の出品作は既に、今年5月に描いた作品(写真左側の作品)と、そのあと続いて描き7月に仕上げた作品(写真右側の作品)の二点を出品することに決め、9月中旬から搬入日を待ち続けている。

 結果が吉と出るか、それとも凶と出るか。それは他人さんである審査員の先生が決めること。良い結果を期待しているが、ケセラセラ、なるようになる。


 さあ、今年はうれしいことに少し早く秋がやって来まして、このさわやか。吹く秋風が非常に心地よい。

 青空に向かって両手を上げ、「あー!!」と一声上げて叫びたくなります。


 この季節になると思いだす。

 そうだ、もう二十年以上も前になりますね。

 全国ではオンリーワンとなる手書きの月刊地域雑誌『あおぞら』を出版している頃、昼は取材、夕方になるとあちこちの街を歩いて訪問販売。夜は午後9時ごろから午前1時、2時ごろまで原稿書きと版下づくりに没頭していた。

 取材、写真撮影、版下づくりから編集までの全ての作業、広告依頼の営業、集金、雑誌販売等々を行う、一人だけで経営する出版社だった。 

 その訪問販売のためにあっちの路地こっちの路地を歩いているとどこからともなく匂って来たのが、あのキンモクセイの花の甘い匂い。

 そのたびにどこのお家のキンモクセイかと暗闇で探すも、木は見当たらない。

 でも、癒された。

 全国各地から「いい雑誌だ」とおほめの言葉を頂き人気もあるのに、地元の高知県東部地域では次第に売れなくなった。「休刊しようか、続けようか」。

 支えになったのは、そんな地味な地域雑誌でも喜んでくれる人たちがいることでした。それだけを頼りに赤字承知で発行し続けた。

 「買ってくれないかもしれん」と心細い気持を抱きながらも、小脇に10冊、15冊の『あおぞら』を抱えて夜の街を一軒一軒、訪問。「こんばんわ、『あおぞら』です。買って下さい」と売り歩いていた。即座に、「そんなもん、いらん!」と断られる家あり、「はーい、ちょっと待って」と聞こえ、「はい、ご苦労さん。今月は何の特集ぞね」としばし玄関口で言葉を交わし、帰り際には「頑張ってね」と声をかけていただく。

 そんな心やさしい言葉、励ましの言葉を聞いて、萎えそうになる気持ちをその度に奮い立たせたものです。

 そんな帰り道、匂って来るキンモクセイの花の香りがまるで私への応援歌のように思えた。

 つらい経営でしたが、そんな良い時代を生きてきたことは今も誇りに思っている。


 高知県展開催もそんなキンモクセイが匂う秋に開催されます。

 県民の皆さん、私の作品の評価はどうなるか解りませんが、「県展なんかいままで一度も見に行ったことなんか無い」と言われる方々も是非一度、高知市の県立美術館まで見に行っていただきたい。生活の中に芸術や文化を取り入れることによって、それまでと違った潤いのある人生が開けてくることだってあります。

 この谷口に騙されたと思って、是非とも見に行ってほしい。さすれば、あなたのまちの文化が如何にあるのか文化程度がどの程度か解るかもしれません。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、9月28日(日)付けGooブログランキング(206万7815ブログ)中、3041位でした。
コメント

作品の搬出に行ってきました

2014-09-25 | 私の絵画制作活動
 少し記事にするのが遅れましたが、22日(月)、県オールドパワー文化展の最終日で表彰式出席と搬出のため、県立美術館に行ってきました。

 特選に選んでいただいた作品はこれ。タイトルは自作の七福神の絵をコラージュしたことから、「福来りなば春遠からじ」とつけた。

  

 自宅の全景を前方からと俯瞰した目で以って作品に仕上げたもの。ご覧の通り、いつも描いている室戸岬の岩場風景とはちょっと違う作風です。

 県立美術館で「オールドパワー展」の会場に展示された絵画等の作品をもう一回り見ての、午後5時の搬出直前でした。

 私が自作の前で同じように出品されたおじさんと談笑していると、洋画の部の審査員である田島栄先生が来られた。

 しばし私の作品に対する講評をお伺いし、審査評として「この作品は県展に出品しても特選を頂けるぐらい良い作品。もったいないね」と言っていただいたくなど、大変うれしくお聞きした。過分なおほめの言葉であり、次への励みになると感じました。

 私は先生に感謝しながら、「実は県展出品の作品は昨年の県展が終わってから約1年間にこの作品も含め、5点の大作を描いていますが、“県展には室戸の地質の作品を出品し続けたい”と考えています。どれも満足できる仕上がりになっていて、県展出品はその残る室戸岬の海岸風景を描いた4点のうちから1点か2点を出品しようと考えています。だから、この作品も県展に出品すれば良い評価を受けるとは思いましたが、このオールドパワー展に出させていただきました」とお答えした。

 私が不正な落選運動で落選してしまった後、再起を期し、23年6月から画業に打ち込んできたことは記事にもしたことから、読者の皆さんはご承知のことと思います。それからは良くならない町の政治から一線を画し、「県展で室戸岬の地質を描かせたらあの作家の右に出る者はいない」と県内外の作家や美術家の先生方に言っていただけるようになりたいと決意し、地域雑誌出版のころから取り組む室戸半島の地質に執着心を以って、それを題材にこれまでの三年余り、制作に励んできました。

 その決意は揺るがず、今後5年経ってか、はたまた10年経ってか、それとも私が死してからかは解らないが、“室戸岬の海岸風景を描かせたら谷口以上の作品を描ける画家はいない”と言われるほどになりたいと、絵馬修復師の職を兼ねながら、現在も意欲を以って且つ精力的に描き続けています。

 唯、今回、「オールドパワー文化展」に出品した作品は室戸の地質を描いたものではありませんが、小生、時には30歳代のころのように抽象画を描いたり、今回のように半分は抽象画で半分は目で見た通りの具象画として描いたりしていて、いわば作家の“遊び心の発露”として大作をものにしている。

 ですが、やはり室戸に生まれ、室戸を拠点にして18歳の年から地元室戸で働き、40歳から始めた地域おこし活動を振り返ると、今は不正な政治家ばかりでうんざりしていても、本当は今でも「何とか室戸市が良くなってほしい」と思っていて、今回の特選作のような作風のものよりも、23年6月から描き続けている室戸岬の地質絵画を中心にしてこれからも描き続けたいと思っています。

 
 ここからは予断として聞いていただきたい。

 ●地元の高校を卒業後、画家になる夢破れた18歳の時から、夏の灼熱の太陽を受けながら汗水たらして製材所で働き、直径1メートルを超えた杉丸太や製品を満載してデコボコだらけの砂利道の国道を大型トラックに乗って全国を駆け回ていた。

 ●40歳になると「室戸を良くしたい」の思いが募り喫茶店経営で稼いだお金を地域おこし活動の一環としてイベント開催に投資し続けた。

 ●その地域活動をきっかけに、「県東部地域を元気にしたい」と考え地域雑誌『あおぞら』を発行し続けたが8年後、200万円を超す赤字で廃刊。会社員を続けながらその借金を4年で完済し、市議に。

 ●市議会では二人に市長が行う不正な事業に対し市議たちは賛成して支援したが、住民の名代として議員となり「行政の監視・調査」を職務としている以上、市長や議員たちの不正を見て見ぬふりすることは職責に反すると考え、議会で不正を追及する議員は一人もいなかったが、その両者を8年間に亘って厳しく追及し続けた。その市議会議員としての戦いは23年4月の市議選において行われた落選運動で落させられるまで続いた。

 ●但し、室戸市に対する貢献度は大きく、現在工事中の「浮津交差点排水管改良整備及び国道拡張工事」が実現したきっかけは、私がカメラ店の「愛光商会」の松本さんから「交差点内が大雨のたびに冠水して困っちょう。なんとかあなたが国道を管理する国交省に要望してくれんろか」とお願いを受けたことがきっかけでした。

 私は早速A4用紙に書面に要望の旨をしたため、国交省土佐国道工事事務所奈半利出張所の所長に「工事要請」を懇願し続けた。所長が変わるたびに要望書を書き改めて。最初の所長は駄目だった。二人目もダメだった。3人目に赴任してこられた長井所長がやっと理解して下さり、現場であるあの交差点に何度も周辺住民と国(土佐国)と私の3者が集まり協議を重ね、工事開始を上司に伝えて下さった結果、事業が実現した。その場にお呼びした県土木事務所と室戸市建設課について私は、その横にいて3者の協議内容を聞いていただくことにとどめた。

 市長選に利用してやろうと企み、昨年ぐらいからこの事業に関し、室戸市長や支援議員たちが議会内外で「自分たちが土佐国に要請していたから事業決定した」とか周辺に触れ回っていると聞いているが、それは市議会でもそうだったように、彼らがいつも得意としているウソ。政治家(と呼べる人間は室戸市には一人もいないが)はよくウソをつくので、信用してはなりません。

 もし室戸市民の皆さんの中には「谷口の言うことは信用できん」と思う人もおられようが、もし真実を知りたければ、事業開始の発端を作って下さった松本さんに直接お会いし、お聞きいただきたい。さすれば、室戸市の政治家たちは自分たちが有利になるようにいつもウソをついていることがそこで判明するでしょう。

 「なに言よう。あれは谷口さんが一生懸命に何度も何度も土佐国道事務所に書類を出してくれて、やっと所長がこの室戸に来てくれ、交差点の横でこの辺の住民と国とが何度も話し合って、やっと決まったことぜ。もし市議会に谷口さんがおらざったら、あそこの交差点は今も前のままよ。室戸市はこれまで年に一回、要望書を出していただけやいか。市長があの交差点を改良するためにこれまで何をしてきたと言うがあ。だから、あの交差点改良工事は谷口さんの功績よね」。

 真実は一つ。松本さんはきっとそう言って下さると思っている。


 製材所勤務やトラック運転手として働いていた一家を養うために働いていた個人的な職務はともかくとしても、その後の1986年(昭和61年)から始めた地域づくり活動や地域雑誌の出版、地方議員として懸命に働いた2011年(平成23年)までの二十五年二カ月間は、「やがてこの地域は衰退する」と気付いての、私が蓄えのない中で自費を投じて単独で行う“室戸市及び県東部九市町村の活性化事業”でした。その二十五年は朝早くから夜遅くまで、命がけで働いていました。(当時、それに気が付いていた方が何人おられるかは知りませんが)

 上で≪やはり室戸に生まれ、室戸を拠点にして18歳の年から「室戸市のため」と働いてきたことを振り返ると、不正な政治家ばかりでうんざりしている室戸市であっても、本当は今でも「何とか室戸市が良くなってほしい」と思っている。≫と書いた。これまでの二十五年間、家族のことよりも、地域が元気になり室戸岬の地質が表舞台に出られるようにとの思いを大事にしながら、ずっと働いてきた。

 だから、室戸市が地質にジオパーク事業として取り組もうがブームが終わったからと諦めようがそんなことには関係なく、私は田舎の風景画家としてこれからも私は自分が絵を描ける間は室戸岬を大事に思い、「室戸半島の海岸風景」を描き続けてゆきたいと思っています。

 多分、いま室戸ジオパークの事業に取り組んでいる人たちも内心、「自ら名乗り出て事業に関わっている関係上、岩が好きみたいに言わなきゃいけないが、本当はこんな岩なんかに魅力を感じんし、好きじゃない」と考えている人がいるだろうことは推測できる。それは、この室戸市のジオパーク事業が中止されて後も地質が好きだと自費で活動する人がいるかいないかで分かろう。

 日頃はそういう何にもない観光地だが、この近所に住んでいて小学生のころに遠足できていた「室戸岬」は誰のものでもない私のものだと思っているし、これからも「室戸岬」は私のものとして絵に取り組んでいこうと思っている。

 室戸市民の中で私が一番「室戸岬」を愛しているんじゃないか、とまで思っています。

 戦前のこと、昭和2年に大阪毎日新聞社が「新日本八景」として山岳、渓谷、瀑布、温泉、湖沼、河川、海岸、平原の各一か所を選定するために全国の名勝地を公募した。海岸部門では最後まであの「鞆の浦」と競い、261万票を集めて1位となる。それ以降、室戸岬は天下の景勝地として全国にその名を知られるようになる。又、その後も観光地としての機運は高く、昭和39年には「室戸・阿南国定公園」の指定を受けます。

 観光地となった室戸岬には戦前戦後から有名画家がたくさんやってきました。ですが、巷に出回っている“室戸岬絵画”を見ますと、その大半が「売り絵」ばかり。作品として後世に残そうと考えて描いただろう作品は東山魁夷画伯の『樹根』や石川寅治の『室戸岬』など、数点しか私の記憶にない。林武画伯の『室戸岬』など問題外。

 5号や10号、時に15号と、小さな作品をその作家の名声を利用して、安くても10万円、20万円。中には50万円、100万円というバカ高い値が付いているものまで。何の崇高な苦悩や作業も経ず、さっさと数日で描きなぐったものがそんな値段で売れてゆくんだから、実にバカバカしい話です。

 同じような海岸風景の絵を何枚も描いて帰り、それを東京や大阪や名古屋など大都市のギャラリーで行う個展にやって来た絵の良さが解らない金持ちが見て、「すごい!」とか言い、人に自慢するために買って帰る。これが有名画家が荒稼ぎして財をなしてゆく手口である。

 因みに、私はこういう小品の絵を「売り絵」と呼んで蔑んでいる。勿論、私は作品とも呼べない売り絵など描く気はなく、100号以下の作品は以前に一度50号の作品『天狗岩』(室戸岬)を描いただけ。

 周辺に度胸のある大金持ちがいないから私の絵は有名画家のように売れもしないが(笑)、根がどこかの市長候補のようなウソはつかない人間だから、作品に取り組む姿勢は室戸市議会議員だった時と同じように、実にまじめ。ごまかしは、ない。だから買うだけの価値はある!(笑)

 画業も議員活動も心構えは同じであるべきだと考えている。

 下準備(目標と決めた事業の調査計画の立案)は怠りなく済ませ、準備が整ったら制作(政策)活動を開始し、仕事の過程では何度も何度も微細な点まで念入りに描き込み(調査し、資料を集め、活動を修正し、調査事項を再構成し)、他の作家の手法(全国の改革派議員の事業への取り組みぶり)も参考にしながら、公募展の審査員を驚嘆させたい(住民から高い評価を得られるように)とこれでもかこれでもかと作品を仕上げてゆく(組織の悪しき点を厳しく追及し、改革改善を求めてゆく)。


 ま、それでも公募展に出品するときには不安ですが、“まな板の上のコイ”、作品の出来栄え審査は他人である画家が決めること。ケセラセラと思っている。特選に相当するモネやゴッホの作品と比べても遜色ないすばらしい作品であっても、有名画伯といわれるA審査員は「特選」と決めるが、別のB画伯が審査すると単なる「入選」かもしれない。

 だから、審査結果が良ければ喜べばいいが、少しぐらい悪くても動じることはない。「人生いろいろ、審査員もいろいろ」と思って諦めればよい。

 私はそう思って、毎日のように画業に励んでいます。


 今日の記事は公募展の作品搬出の記事を書こうと思い書き始めたのに、間に余談な話を挿入したため、分かりづらかったでしょう。ごめんなさい。

 また明日からも真面目に書きますので、よろしくお願いします。

 あっ、そうそう、もうすぐ高知県展の作品搬入日で、私は初の「特選」入賞を目指していますので、何卒ご支持・ご支援下さいますよう、お願い申しあげます! (まるで選挙演説みたいだ。笑)

 搬入日は10月5日(日)で、審査結果は8日(水)の高知新聞紙上で発表されます。関心がおありの県内の読者の皆さんは早起きしてご覧あれ! (尚、その結果は又、この電子情報誌上でご報告いたしますね)


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、9月25日(木)付けGooブログランキング(206万2691ブログ)中、2691位でした。
コメント

世の地方政治家に贈る論語

2014-09-22 | 政治家のあり方
 小生、平成15年に議員になって3年目の18年1月、高知市の冨士書房で「論語」の本をみつけ、「ちょっと勉強してみようか」と思い、買ってきた。

 この「論語」に関しては高校生ぐらいの時から書店に行くたびに本のタイトルを見るたびに「論語ってよく聞くが、何か難しそうだな」と思って手には取るが買ったことはなかったが、この時は「人生を長く生きてきてこの歳になっても論語に関して不勉強では恥ずかしい。政治のあり方にもきっと役立つだろうから、論語とはどんなものか、一度読んでみようか」程度の考えで買った。

 そして、議員活動の折々に二千数百年前の孔子とその弟子が書き記した論語を熟読し、そこに書かれた内容を地方政治で日々起こっている出来ごとに当てはめて考えてみた。そうして思ったのは、若いうちに論語を読み知るよりも熟年と言われる人生の真っただ中の年頃に自分がそれまで歩んできた人生を振り返りながら読むと、それをまとめた孔子やその弟子たちの思いや心情がよく理解できると思いました。


 「論語」とは、孔子の死後、門人たちが孔子から教わったことを持ちよりまとめたものということも、その時、初めて知った。その教えは、いわゆる「儒教」もしくは「儒学」として、のちに中国の歴代王朝で経営理念として尊重されるようになる。更に、東アジア諸国にも広まり、各国の文化に大きな影響を与えた。

 近代になってもこの論語の精神は生き続け、明治維新後に企業を興して日本の近代化に貢献した渋沢栄一は、「論語」の精神で会社を経営した。

 あの大河ドラマ「八重の桜」で時に出てくる言葉「為らぬことはならぬものです」の会津藩の教え「什の掟」も、この論語を基に学び教えてきたものである。

  その「論語」の基本精神は、「モラル」。「もうけ」を」優先させるだけでは社会は良くならず、会社も持たないことが、近年の企業や団体が違法行為や偽装行為を行った末に経営者や団体役員などが記者会見で頭を下げて謝罪している光景を見るとお分かりだろう。

 「モラル」、この精神に欠ける企業や団体、また政治の世界ならば議員や首長、この人たちに「モラル」が欠落している例は枚挙にいとまがない。

 ただ、社会全体に迷惑をかけたことが理解できる企業人等は背負った責任の重さを痛感し謝罪するが、住民全体に迷惑をかけたことが理解できない首長など政治家は背負った責任の重さに鈍感なのか、絶対に頭を下げないし、どんなことがあっても謝罪しない。

 時に小松室戸市長のように自分の不正は省みず、市議会において住民の代表である議員に向かって反論する者まで出てくる始末だ。それは、傲慢以外の何物でもない。

 そうして、その人物は「モラル」と「コンプライアンス精神」が欠如している様を辺りにさらけ出す。


 しかし、市民はそんな市政において不正が行われていることなんか、知っていてもわれ関せずで、次の市長選で有権者の70%がまたその不正な事業運営をしている現職に投票している。不正な政治を黙認する住民とは、一体何なんでしょうね。予算を無駄遣いするその不正な政治の所為で自分住民たちは更に重い税負担を背負わされていることが解らないんだろうか。

 笑っちゃうね。いや、笑ってすまされることではない。

 その程度の“政治なんか、不正でも何でもいいんだ”なんて住民意識で、自分たちが住む町が良くなるわけがない。

 市政において不正が行われていようが公正であろうが市民は全く関心が無いし、そればかりか、市民はその法律を守らない不正な政治家たちを支援し数少ない公正な政治家を駆逐するという状況を見ると、それは住民意識が未熟な所為だと私は考えている。


 そんなことなどを考えながら、論語の中から政治的モラル、モラルに富んだ政治姿勢とはいかなるものかを、孔子の言葉の中から挙げてみたい。

 基礎的知識として…論語に必ず出てくるのが「仁」と「礼」。

 「礼」とは、マナーとか、礼儀作法のこと。政治の世界で言えば私が厳格に守ろうとしている「法令」とか「規則」のことです。

 「仁」とは、朱子学によると、「心の徳(よさ)」です。この仁を大切に生きていれば、つまり良心に従って生きていれば、人を思いやれるようになれるといいます。又、逆にいうと、礼に従って行動をしていれば、その心には仁が芽生えるという。


●論語「仁を問う。曰く、仁者は、難(かた)きを先にして獲(う)るを後にす。仁と謂うべし」

 (原文翻訳)良心的であることについて問われると、言われた。良心的な人は、まず困難に立ち向かうことを優先し、儲かることかどうかは二の次にする。それでこそ良心的と言える。

 (学びの要点)正しいことであれば、それをやり遂げていく。たとえそれが困難なことでも、それから逃げたりしない。これこそが、立派な人の生きざまである。

●論語「子路(しろ)、君(くん)に事(つか)えるを問う。子曰く、欺く勿(なか)れ、而(しこう)してこれを犯せ」

 (原文翻訳)弟子の子路が君主に使える方法を尋ねたとき、孔子は答えた。「騙してはいけないし、間違いはきちんと意見してあげないといけない」。

 (学びの要点)上司の意を迎えるために何かと甘言を弄する人よりも、上司の意に反してでも、ずけずけ苦言を呈する人の方が、最初は嫌われるかもしれないが、最後は信用をてにできるし、上司のためにもなる。

 (谷口、曰く)これは相手を見て行うべきこと。いくら孔子の教えでも、相手を見ずに苦言を呈すると多くの甘言を弄する人間たちが居並ぶその前で斬首の刑に遭うこともあるので、ご注意頂きたい。

「正論は、その正論が理解できる有能な上司にだけ行うべきものと心得よ。無能な上司に正論は通用しない」

●論語「君子は、義して以って質と為し、礼して以って之(これ)を行い、孫(そん)して以って之を出(い)だし、信して以ってこれを成す」

 (原文翻訳)りっぱな人は、正義を根本に据えている。礼儀によって正義を実行し、謙遜によって正義を主張し、信用によって正義を完成する。

 (学びの要点)大体成功する人はバックボーン(気骨、精神的中軸)がしっかりしているものですが、大きく成功できる人は特に正義をバックボーンに据えている。

そもそもビジネスであれ、政治であれ、人生であれ、無礼なこと、不遜なこと、裏切ることなど、そんな正義に反することをしていれば、最初は良くても、最後は失敗するものである。

●論語「志士、仁人(じんじん)は、生を求めて仁を害することなく、身を殺して仁を成すことあり」

 (原文翻訳)世のために頑張ろうという人、良心的な人は、良心的でないことまでして生き残ろうとはしないし、良心的なことをするために自分の命を捨てることもある。

 (学びの要点)良心に反するくらいなら、死んだ方がましだ。正義に反するくらいなら、死んだ方がましだ。これほどの覚悟で不実、不正を憎んでこそ、立派なことを成し遂げられる。

 (谷口、曰く)2ちゃんねるで「磯野波平を頑固にしたような面白い議員、理詰めがすごい人」と書き込みがあった。そこには別の人から「読めば参考になる」とも賛辞を頂いている。市民からは「市議会の良識」とも言って頂いている。「身を殺して仁を成す」(正義に反するくらいなら、死んだ方がまし)の精神はゆるぎない。

 政治において国や室戸市の法律・条例を守らない市長や市会議員がいるから、このように「論語」を介して法律を守ることの大事さを世に問うことができるのである。市民の皆さんに「こんな政治でいいんですか?」と問うことができる。その面では、彼らの悪さも貴重と言えよう。ただ、それを市民が理解できるか否かは別の話。

  論語は教えている、人の道を。


 論語の本は勿論、自分の生き方に活かすために購入したものでもある。

 一ページ、一ページの言葉をよく噛み砕き、議員活動や議会発言の指針にしたいと学んだ。

 これは地方議員時代、その折々にずっと言ってきたことですが、室戸市の条例・規則・要綱に違反すると、それは地方自治法など国の法律に違反していることになるし、それは憲法の「地方自治の本旨」を規定した第92条に違反していることなる。ですが、室戸市においては私が室戸市議会議員をしてきた八年間、行政における法令順守の基本を知らない人や知っていて不正をやっている人も含め、これらの法律を何度もないがしろにしてきたのは事実です。

 そんなことを考えると、自分だけが学ぶのではなく、小松室戸市長と室戸市議会議員14名にもこの本に書かれている孔子の教えである言葉を贈りたい。日々の多忙に押し流され、落ち着いて本を読む時間などないと思うので、是非、今日のこの記事から、私が論語から選んだ言葉からリーダーのあるべき姿勢、地方議員のあるべき姿勢を素直な気持ちで学んでいただけたらと思います。

 では、その本の中から思いつくままに、政治に関連した言葉だというものを選んでみましたので、かみしめて読んでいただきたい。

●「政を為すに徳を以ってすれば、衆星の之に共(こう)するが如し」 
 (翻訳)モラルにかなった政治を行うならば、多くの人がリーダーを中心にして動くようになる。
 (注)「徳」とは、修養によって身に備わった品性。善や正義を貫く人格的能力のこと。道徳。

●「義を見て為(せ)ざるは、勇なきなり」
 (翻訳)何が正しいことか解っていながら、それが出来ないのは、勇気がないからだ。/ 正しくないことなら、いくらそれによって手柄を立てられることでも、止めよう。たとえそれで不利益をこうむろうとも、それを恐れてはならない。

●「天に罪を獲(え)ば、祈るところなきなり」
 (翻訳)天理に背くようなことをすれば、神様に祈っても必ず痛い目にあう。
 (注)「天理」とは、天が万物を創造し、支配する自然の道理のこと。

●「君(くん)は臣(しん)を使うに礼を以ってし、臣は君に事(つか)えるに忠を以ってす」
 (翻訳)リーダーは、部下を使うにあたっては、礼儀を重んじるようにする。部下はリーダーに仕えるにあたっては、真心を尽くすようにする。/ 上司は、部下に威張ったりせず、きちんと部下に礼儀を尽くす。部下は、上司の陰口をたたかず、きちんと上司に真心を尽くす。そんな上下関係を作れたら、本当に働きやすいだろうし、組織としての成果も上がる。

●「君子、仁を去り、悪(いずく)にか名を成さん」
 (翻訳)立派な人は、良心に反してまでも、名を成そうとはしない。/ いくら成功して名声を得ようとしても、自らの良心を偽り、他人を欺いたりしていては、決して立派な成功者にはなれないし、周りの人からの信用も得られない。

●「君子は義に喩(さと)り、小人は理に喩る」
 (翻訳)立派な人は正しいかどうかを第一に考え、つまらぬ人は儲かるかどうかを第一に考える。/ 逆に言うと、つまらぬ人は儲けることや自分が優位に立てることばかりを優先させて、正しいかどうかは度外視する。

●「怒りを遷(うつ)さず、過ちを弐(ふた)たびせず」
 (翻訳)(顔回という弟子がいたが)八つ当たりすることは無かったし、同じ間違いを繰り返すこともなかった。/ 失敗しても八つ当たりせず、それを反省して次に活かす。こんな人は経験から学び、成長していけるものだ。

●「君(くん)は君たれ、臣は臣たれ、父は父たれ、子は子たれ」
 (翻訳)君主は君主らしく、臣下は臣下らしく、父親は父親らしく、子どもは子どもらしくすべきです。/ 首長は首長らしく、行政職員は職員らしく、議員は議員らしく職務を遂行しいつも「らしく」すべきだという教え。

●「子曰く、之に居て倦(う)むことなく、之を行うに忠を以ってす」
 (翻訳)政治に携わる心構えとしては、怠けないことだ。政治を行う時には、真心を尽くしなさい。/ 逆に言うと、政治とは怠けることなく真心を尽くしてやるものだとの教え。

●「子曰く、忠告して善を以って之を導く。不可なれば則ち止む。自ら辱(はずかし)むるなかれ」
 (翻訳)友人に間違いがあれば、忠告してやって良くなるように仕向けてあげるべきだ。しかし、言っても聞かないようであれば、それでやめる。無理に聞かせようとすれば、いやな思いをするだけだ。この「さじ加減」が大切。

●「君子は、和して同ぜず。小人は、同じて和せず」
 (翻訳)立派な人は協調するが、迎合しない。つまらぬ人は迎合するが、強調しない。
    立派な人はいくら仲の良い人からの頼みでも、悪いことには加担しない。でも、つまらぬ人は、仲の良い人に誘われたら、どんな悪いことにも加担する。こういう「なれ合い」は身を滅ぼすし、他人までも害する。

●「子路、君に事(つか)えるを問う。 子曰く、欺く勿(なか)れ、而(しこう)して之を犯せ」
 (翻訳)弟子が君主に使える方法を尋ねたとき、孔子はこう答えた。騙してはいけないし、君主の間違いはきちんと言ってあげないといけない。/ 上司の意に反しても、苦言を呈する人の方が最初は嫌われるかもしれないが、上司のためになる。(これは、「忠言は耳に逆らう」の言葉もあり、上司の資質によれば忠言が無益な上司もいる)

●「過ちて改めざる、是を過ちと謂(い)う」
 (翻訳)間違っても改めないのが、間違いというものだ。
 (注)特に小松市長は地方自治法違反や条例違反の違法事業を最後まで改めようとせず市民への「公正・公平な政治を行います」の選挙公約を反故にし裏切り続けたので、この言葉をよく噛みしめて覚えておくように。
 室戸市の政治にはこのように、過ちを犯してもそれを認めず改めもしない人が多くて困るが、あなたも過ちを犯し、それを認めず、改めもしなかった不正な政治家として室戸市の歴史に名を刻まれるのは間違いない。

(最後に)
●「之を用うければ則(すなわ)ち行い、之を舎(す)つれば則ち蔵(かく)る」
 (翻訳)必要とされているならば頑張り、必要とされていないなら引退する。 人の身の振り方は、潔さが基準です。必要とされないなら、あっさりと身を引くことです。

 以上、「論語」の中から政治に関係する言葉を拾ってつらつらと書き記してみました。

 ただ、私は「かみしめて読んでいただきたい」と申しましたが、こういうものは読んだだけではだめですよ。山下議員は室戸市議会議長就任の時に新聞取材を受け、「若いものは地方自治法を読め」と言ったそうですが、それは間違いです。山下議員は市職員の40年間、地方自治法を読んだだけだから、これまで武井市長や小松市長が議会に提出された地方自治法違反の事業案に賛成してきたのです。

 私を見よ! 室戸市議会において市長が行おうとする違法などの不正や不公平・不適正に賛成したことが一度でもあるかを!

 それはなぜか。それは、法律とは活かさなければ何の価値にもならないからだ。そこに書かれたルールを守り、自分の政治活動に活かし実践することこそ、ルールが生きてくると言えるのである。

 地方の首長や地方議員諸氏に申しておきますが、法律もこの論語も同じで、人生訓というものはその教えやルールを読み、学び、道徳心を以ってそこに書かれたことをそれからの自分の人生に正しく活かしてゆくようにしなければ、読まないし学んでいないのと同じだと覚えておいてください。

 所謂、会津藩の「為らぬことは、為らぬものです」の精神はそこにある。

 それは“ゆるぎないもの”で、室戸市議会の議員ように「市長が提案した議案やきん、まーいいか。賛成しちゃろか」と起立しているようじゃ、「未熟だ!」のそしりを受けても反論できない。


 他意はござらん。地方自治体の首長だけでなくて地方議員の皆さんも学び活かし、行政運営と議員活動に活用して頂ければ嬉しく思う。ならば、行政も議会も間違いなく改革改善され、法令順守の適正な組織になるのは疑う余地はないであろう。

  論語は教えている、人の道を。

 但し、論語誕生の地・中国の人間(特に役人)はまったく信用ならん。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、9月22日(月)付けGooブログランキング(206万5378ブログ)中、2274位でした。
コメント

机の上の状態が頭の中身

2014-09-19 | 人間のあり方
 以前、この話はどこかの記事の中で書いた。

 「職場の机の上の状態が、その人の頭の中の状態だ」と。

 もう何年になるんだろう。室戸市役所のある課長にこのことをお教えしたことがある。


 そう、それは私が室戸市議1期目のことでしたが、そのころにこんなことがあったことを思い出します。

 武井前市長時代に市温浴施設建設が終わり指定管理者公募が終わった後だったから、2005年(平成17年)ごろだったかなあ。私一人がその指定管理者公募に違反する企業と市との事前交渉を暴露し、市長と企画振興課長を厳しく追及。市長と担当課長はその不正を最後まで白を切り続け、その答弁はつじつまの合わないウソばかりだったので、二人の答弁はしどろもどろ。それも最終的には小松現市長の答弁と同様で、「違法ではありません」で議会は終わってしまいました。

 原因は勿論、今の議会と同じで、市長や市職員の不正事業に関して議員全員が「おかしいじゃないか」という“地方議員が職責として最小限持っているべき行政の監視と批判の精神”を持っていなかったがためです。

 これは、一人の議員が市政の不正を暴露しても、「あいつの言っていることは真実で市長の不正は間違いない。だが、谷口は議員になってまだ2年目。この新人議員に賛同したら行政の調査もしない自分たちの名折れ。この室戸市の不正業務は明らかで議案も否決せんといかんが、やめとこう」と、他の議員は知らん顔を決め込み、不正業務を行った武井市長と担当課長を無罪放免にしてしまいました。

 つまり、これまでも指摘してきたように、議会で頑張っている一人か二人に対して他の議員たちは嫉妬心を抱き、みんなでその議員を潰そうとします。市政の不正を追及したら、その不正には目をつぶり、不正議案にみんなで賛成して可決させ、不正を追及した議員を孤立させてしまうという悪質な手口。だからこれは、市長が行う不正の手助けをしているということ。

 全ては、公務員である議員として無能で、調査する行動力も無く、町を良くしようなんてこれっぽっちも思っていない、最初から報酬が目当ての人間たちに因る、嫉妬心、ジェラシーからくる。能力も町を良くする意欲も無い人間が、能力を持った有能な議員が町を良くしようと頑張っているのを邪魔をするんだから、とても話になりません。

 そして、「違法を無罪放免にしてしまう」そういう実態が残る市議会は、小松市長の違法業務も私が六議会に亘り追及しているのに「もうえいやないか」と正義を基に職務に励む私の方をまるで悪人であるかのように口々に責め立て、違法な「室戸岬高速バスターミナル建設事業」を23年3月議会を最後に無罪放免にしてしまったのです。

(※その証拠はこの建物がある室戸岬港に行けばいつでも調査研究できますので、全国の市区町村議会で行う行政視察の時には是非とも、これを視察していただきたい。もしご連絡下されば、不正を追及し続けた私がご案内いたします。ご連絡は電話・0887-23-1214、携帯・090-4506-6343まで)

 こうして、武井市長時代と同様に、市議会議員が市政運営の不正を許す体質は小松市長の今も続いているということになる。

 加えて、そういう室戸市政や市議会の実態については、私が議員当時に発行していた「青空新聞」やブログで、現職を離れた今も当ブログの記事でよく知っているはず。であるのに、室戸市民には私のような勇気がないのか、だれも市長や市議らを批判できません。

 武井市長時代は市長と市議16名の合計17名、小松市長の今は市長と議員が14名の合計15名の政治家(「政治家」なんて言葉は安倍首相や菅官房長官のような立派な人に対して言うもので、このように不正を行い不正を許す人たちにはとても「政治家」と言えないが)たちを市民は許し続けています。

 だから、室戸市政と市議会で長年にわたり不正が蔓延しているその責任は、最終的には室戸市民にあるということです。これは断言できます。

 その中で、議会正義を守るため、不正を市議会で唯一人追求し続け、改めるように求めてきたのが私でした。いまでもこの8年間に行ってきた活動ぶりは誇りに思っており、「室戸市議会にも正義はあった」ことを誰も後世に伝えなくても、私は自分で文章にして残し後世に伝えようとこうして記事を書き続け、本として残す予定。


 前節としてもう少し武井前市長時代に行われた温浴施設公募事業に関して、そのころを思い出しながら、室戸市政が行っていた不正の実態を解説しましょう。               

 この指定管理者公募が終わってすぐの2006年初めごろだったか、東京新聞と日本経済新聞の二つの新聞社の敏腕記者が室戸に相次いで取材にやってきました。そうして、「市議の中で温浴施設の指定管理者公募について熱心に調査研究をしている議員さんを紹介していただきたい」と、室戸市議会の事務局に来たそうです。

 事務局はすぐに私を紹介した。理由は、その直前までその公募が行われる2カ月ほど前、室戸市が温浴施設建設計画当初から親しくお付き合いしてきた東京は六本木ヒルズ(アーク森ビル)35階のミクプランニング社(ライブドアの孫会社、ライブドア・マーケティングの子会社)に市長と市職員3名が、早朝に市役所を出発し、高知空港から東京に向けて飛び立ちました。

 当時は読者の皆さんも御記憶の通り、ライブドア事件で世の中はワンサカ言っていた時代でした。

 その日、朝9時ごろだったか、私は市役所企画振興課にこの温浴施設公募事業について調査しようと聞きに行った。すると課長も課長補佐もいない。若い職員に聞くと、東京に行きました」と言う。「どこへ? ミクプランニングへか?」と問うと、職員は「そうです」と言う。ピンときました。「公募を前にして、市と利害関係にあるミクプランニングに行ったんだな」と。

 そこで後日、親しくなった東京新聞社の記者に電話をかけて、「私からミク社に電話をかけると事実を言ってくれないから、Y記者、申し訳ありませんが、あなたの方から『室戸市の温浴施設の取材をしていますが、先日、室戸市長と職員3名が来ていたと思います。内容はどんな話でしたかねえ。来月行う公募事業についてでしたか?』と聞いていただけませんか?」とお願いした。快諾を頂き、翌日、Y記者から「公募事業について打ち合わせをしたと言っていました」と電話をもらった。

 そうして翌日の6月議会においては当然、私は市長と担当課長を厳しく追及した。二人は自分たちが行った不正業務の情報をつかまれたと焦り、答弁は厳しい追及を受けてしどろもどろになり、議場の議員たちが見ても市長ら4名が不正な事業運営を行ったことは明らかになった。

 であったが、最終日に行った表決の結果は、その不正が行われた議案に反対した議員は私ともう一人だけで、議長を除くあとの13名の議員は賛成してしまった。つまり、自治体の首長と行政職員が「公募前に公募予定の企業とが秘密裏に事前交渉の打ち合わせを行った」その事実が議会で判明しても、それを許す議会の体質があるということになります。

 公正な議員であった私が議会にいなくなった今は更に組織体質は悪化し、間違いなく、そういう市長と市職員が行う悪事を許すという体質は変わってはいない。

 ・・・という事件がありました。(ま、この事件についてはこのへんにしておきます)


 さて、前置きが長くなりましたが、これからが本論です。

 1期目の議員だった頃のある日、市役所の企画振興課の課長のところに調査に行きました。課長と会って話をしていてふと課長の机の上を見ると、えらい書類や本なんかが散らばっているのが気になった。

 その乱雑さを見て、私は思いました。「日頃からこういうことに関して意識が行かないし目配せができない性格だから、自ずと、自分が担当する事業運営や職務への対処も乱雑になるんだな」と。

 そうして一度誰かが教えてあげた方が、一つの組織である室戸市としても改善されていくと思い、課長に小さな声でお教えした。

 「課長、余計なことかもしれませんが教えてあげます。言うなれば、机の上の状態があなたの頭の中の状態と言えるものです。 市役所には国や県の職員のほか、いろんな企業や団体の人たちが来ます。そういう人たちでも解らない人にはわからないかもしれませんが、こういうことが解る人が見たら、きっと課長のことを『この課長は職務においてもこの机の上の状態のようにきっと整理が付いてない、まとまりのない仕事振りだろうな』と見ています。

 でも、そうやって自分の能力をそんなことで低く見られたらあなたもいやで損にもなろうし、室戸市役所全体も組織として低く見られてしまい、それでは室戸市までも低いと評判が広まります。間違いなくね。

 だから、今は忙しく仕事をしているから散らばっているだけかもしれませんが、仕事を終えて帰宅する前には机の上を全て整理整頓し、かたずけて帰るようにした方がいいですよ」。


 その翌日に行くと、きれいに片付いていたが、数カ月経ってその課長のところに行くと、また同じ状態になっていた。帰宅するときには整理しているのかもしれなかったが、整理整頓ができない人はいくつになっても、人から教えを受けても、治らないようです。


 最後にもう一度、申しておきますね。

 「机の上の状態が頭の中身」

 それは企業であったり、商店であったり、自治体であったりの職場の机の上であり、自宅の書斎であったり、子どもならその子の勉強部屋の机の上や部屋の中全体の整理整頓の状態になります。

 その机の上がいつも整理整頓され片付いている人は、頭の中も同じように物事を理路整然と解釈でき、自ずと発言も整理立てて話すことができます。

 だから、その悪さ加減や良さ加減が、その人の頭の中の整理整頓の状態と言い換えてもよい。

 ・・・・ということです。

 よくテレビでタレントの家に行ってチリが部屋全体に散らばっているのを取材した番組をやっていますが、テレビに出た時にはきれいに着て出ているのに家があの状態では、あの女の子と「結婚しよう」なんて思わないでしょうね。それは、あの部屋の状態があのタレントの頭の中だと周りの人たちが気付くから。でも、一度そういう習性が付いた本人さんはなかなかその整理できない性格を治せません。

 だから、もう50歳を過ぎやがて定年を迎えようとする課長であっても治せないのです。

 いわゆる、人間はいつかは気付かなくてはならないのに、死ぬまで“気付き”がないのです。

 「整理整頓ができない」だけではなく、政治に関して言うと「法律を守る」こともできない、「不正を見たら改めさせる」こともできない等々、“気付き”のない人たちばかりが政治に関わっています。

 だから、いつまでたってもまちの政治が良くならないのです。原因はそこにある。

 大半の場合は周りで発生する不正に気付いているが、一人の人間としての“気付き”がないから、いつまでたっても組織の不正も個人的な不正容認の考えは改まらない。

 更に言うと、市長にふさわしくない悪い人なのに町の権力を握りたいという欲望だけで市長選に立候補してしまう、これも人間としての“気付き”が無いからです。

 つまり、このように死ぬまで“気付き”がない人は、悪いままで死んでゆくという悲しい人生結果となる。

 これが結論です。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、9月19日(金)付けGooブログランキング(206万4257ブログ)中、3058位でした。

 昨日書いた上の記事は、人生を生きてゆく上での教訓として、とってもいい話だったのにナァ。商売で一度離れたお客さんが集まらないのと同じで、地方政治から離れると宣言したからか、読者が急激に来なくなったみたい。

 ま、いいか。人生、ケセラセラだ。なるようになるさ。私の記事に関心がある方は見においでになるし、関心がなければ来ない。それでいいよね。

 思うのは、「やっぱり第一線の現役で活躍していなきゃ、人は関心を持たなくなる」ということらしい。

 私は決してそうは考えません。人生どうあるべきかを教えてくれる人の話なら、若い人であろうがお年寄りであろうがどなたの話も熱心に聞き、貪欲に自分に吸収しますがね。人生、死ぬまで勉強ですもん。
コメント

為すべき時に、為すべきことを、為せば、なる

2014-09-18 | 人間のあり方
 わが師・上杉鷹山の言葉(確認はされていない)とされる次のような有名な教えがある。

 【為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり】

 どなたもが知っているこの言葉に励まされ、高知県東部地域のためにと、平成2年から9年まで全国ではオンリーワンの手書き地域雑誌の発行を続けてきた。

 最初から赤字続きで、足掛け八年続けての最後も大きな借金ができたが、室戸半島の地質特集、深層水特集、県内の二宮金次郎像特集、地域おこし会議特集、山頭火四国遍路日記特集等々と、その一冊一冊が県東部地域に遺した貴重な資料として今も貢献しています。一人で取材、一人で原稿書き、販売も一人で行うなど一人何役もこなしながら寝る間を惜しんでやり続けてきた私は、そう認識しています。

 その時に発行し販売した全87号の本はこれから50年後(2065年)、いや100年後(2114年)になっても全国のどこかのお家の本棚に残して下さっていると思うし、その過程で誰かの仕事に貢献でき誰かの助けになると信じています。それは、その本を製作する時にそうなってほしいと考えながら「これでもか、これでもか」と資料的な文章を書き、貴重な写真もたくさん入れて作ったから、きっとそうなります。

 いや、はじめから話が横にそれてしまいました。申し訳ありません。

 さて、この鷹山の言葉ですが、これは“勇気を出して挑戦しさえすれば、きっと夢は達成出来るが、いつも臆病で一歩踏み出せないでいると、何も成功しない。それはその人が行動を起さなかったからだ”の意味であることはどなたもご存知の通りです。

 このいわば教訓、人生訓の言わんとするところは、「やるのか、やらないのか」の行動の動機付け、いや行動の美学か。“やれば成功するものでも、やろうとしなければ何も為し得ない”。

 先の地域雑誌づくりは、この言葉を支えにして、午後8時ごろから夜遅く午前2時、3時まで手書き原稿を書き、朝は7時に起きて西に車を走らせ取材に、月刊誌の販売に汗を流していましたが、それは心の中で「休みなく働いていたら、大成功しなくても、そのうちきっと県民の皆さんに応援していただけるようになる」と信じていたからです。

 その結果、本の内容は段々と向上してゆく反面、年々に地域の人たちのこの本への関心も薄れ、本の売れ行きは減少。毎号1000部発行し訪問販売で売ってきて、売れるのも600部、500部と減り、借金が200万円を超えてしまい、「今なら200万円の車を買ってローンを払うと思えば、4年ぐらいで完済するだろう」と考え休刊。借金し、それは会社員をしながら議員に立候補する前に完済できた。


 で、そんな地域情報誌づくりをしている時に、師匠の鷹山とは違った観点で世のあり方を見るようになった。そうして生まれたのが、次のような自作の教訓。

 【為すべき時に、為すべき事を、為せば、成る】

 “何事も、それに挑戦するタイミングというものがあって、そのチャンスを逃がしたら成功は為し得ない”

 今もこの考えは揺るぎない。

 師・上杉鷹山の教えにはこの『時』が織り込まれていないので、その「行動してこそ」の教えに因れば全て成功するかといえば、そうではない。やはり物事には「その時、行動を起さなければ、時間が経過した後ではもう手遅れ」という状況がある。そう考えて創った言葉です。

 準備ができていないまま事業開始の時期を焦り地方自治法に違反して事業を実行したのが小松室戸市長だが、反対に、首長が事業開始の時を逸して先送りしている例もあるのではないか。

 全国の議員の皆さんの職務においても、住民生活を調査した実態を基に、また、議会の一般質問で首長に問うべきことを、「下準備が遅れたから」、「私事が忙しいから」といって次の議会に先送りすることがあるのではないか。特に怠け者の議会ではいつも黙秘権を行使し続けている議員さんなどは。

 行政職員が今日その仕事を何とか無理してでもこなしておれば事業がとんとん拍子に進む事を解っておりながら、首長が「やれ」と言わないからと、明日に回す。

 会社に勤務する人たちも同じことがあるのではないか。

 社員ばかりか、社長という座にいる人の中にもそんな御人がいるのではないか。

 つまり、その社長の判断、社員の判断、首長、議員の判断はタイミングを逸したということになる。

 いま行わなければならないことを後送りにする。それを例えると、今日できる仕事を明日に回すこと、そうなればその仕事は“生(なま)”ではなくなり、“旬(しゅん)”ではなくなっているということです。

 職にあるものはそのことをよく理解していなければならない。それが給与や報酬をもらっている人間の責務というものです。

 
 【為すべき時に、為すべきことを、為せば、成る】

 漢詩にすると:「時為、事為、成為」でしょうか。

 私が創った教訓です。

 地域雑誌『あおぞら』がこれから100年後まで残されると同じように、よかったら、この言葉もどうぞあなたの座右の銘として長く活かして下さい。そして、あなたの子どもたちにも口伝して頂ければ有り難い。

 そうなればありがたい。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、9月18日(木)付けGooブログランキング(206万3766ブログ)中、2265位でした。 
コメント

人の値打ち

2014-09-17 | 人間のあり方
 昨日のこと、妻が室戸市羽根町の男性から「S氏の選挙活動新聞にあんたの旦那さんのブログの記事が掲載されていたが、あれじゃ谷口さんの値打ちも下がる」と言われたらしいが、ふざけた話です。

 私に直接言う勇気がないから妻に言ったようだが、言いたいことがあれば直接、私に言えばいい。そうすれば市政と市議会の実態を全てあからさまに真実をお教えする。

 でも、みんな怖がって私に言えないんですよね。私から室戸市の政治の実態を知らされるのが怖いらしい。 

 妻にはこう言ってやりました。

 「羽根町の人なら、 『うちのお父さんは不正な政治家たちを追及してきた立派な人よ。もしうちのお父さんが市議会にいなかったら、市政はもっと悪くなっちょったのは間違いないわ。むしろ男の値打ちが下がるのは、あんたと同じ羽根町に住んでいる不正な選挙や不正な政治を行ってきた小松市長や、その不正を応援している市会議員たち、そしてお父さんが書いた記事を無断で新聞に載せた市長候補やないかね』 と、なぜ言ってやらなかった。おまえもほんまに意気地がないなあ」。
 

 室戸市には不正な選挙や不正な政治運営を行ってきた市長を擁護するこんな人や、市政や議会の実態を知らない人ばっかり。議員を辞めた今もそう感じています。

 このように、正直者の私の指摘には賛意を示さず、市政や選挙の実態を知らない室戸市民が政治家たちの欺瞞に満ちた“口”や後援会新聞・選挙新聞のデタラメな記事に騙され続けている町、それが室戸市です。

 ま、市長や市長候補や市会議員が政治など全く解らない市民を口でだますなんて、簡単でしょうからね。

 市議会で「市政運営は公正にやっている」と言う市長に騙され、「選挙でお金など配っていない」と言う話に騙され、国交省の長井所長と周辺住民と私の尽力によるものなのに市議会で「あの浮津交差点の拡幅工事は市長の功績です」と質問して持ち上げた某議員の声に騙され、「議会では一生懸命に仕事をしています」と言う声に騙され、挙句の果てには、他人のブログの記事を選挙新聞に無断で転載しておいて「谷口はこう書いてある」と責任を私に転嫁しながらそれを手がかりに自分は市長に成り上がろうとする者まで出ていて、それらに市民みんなが騙され続けています。

 室戸市に住む政治関係者の話を信用してはならない。何が本当なのかをお知りになりたければ、私がお教えします。画業で多忙ですので、当家においでいただければ、市政等に関する真実の全てをお話しいたします。

 何度も申しますが、あのS氏が発行した選挙新聞に掲載されている3ページ目の記事は、S氏が私に無断で当電子情報誌に私が書いた記事を無断で転載したもので、私の許諾を取っていません。更にその記事には市長選に立候補した自分に有利なように巧妙に手を加えてあり、あの新聞に私たち夫婦は大いに迷惑している。

 室戸市の皆さん、あの新聞記事は私に無断で転載したもので、私とは全く関係ありません。このことだけは室戸市の有権者の皆様にお伝えしておきたい。

 それと、私の書いた記事にも著作権はあり、今回のように無断でブログや新聞等々に転載した場合は著作権侵害事件として立件されます。


 よって、私たち夫婦はいま立候補している二人の候補者の人間性を全く信頼していないので、新たに公正な第3番目の候補者が現れない限り、12月3日に行われる室戸市長選の投票には白紙で投票することに決めている。

 室戸市の有権者の中で私の考え方に同感の方々は白紙で投票していただきますよう、お願い申しあげます。

 賢明なる室戸市の有権者の皆さんは、どうかご賛同いただきたい。


 最後に一言。

 室戸市の政治に関して、「正義」を理解しているのは私だけです!

 もし他にいたら、お教え願いたい。
コメント

三つのたい病

2014-09-16 | 政治家のあり方
 論語の勉強は八年前の2006年から。自分がやってきたこと、その時々にやっていることの在り方を自己検証する意味で、非常に役立ってきた。

 人間には「三つのたい病」があるというのも、その過程で学んだ。

それは、

1、金持ちになりたい

2、偉くなりたい

3、有名になりたい


 の三つだそうだ。


 ま、誰だって多い少ないの差はあろうが、この三つは持っているだろう。

 だが、世の中には自分が技量や知能を高める努力を何もしないで、上の三つを欲しがる人がいる。

1、苦労せずに、金持ちになりたい

2、苦労せずに、偉くなりたい

3、苦労せずに、有名になりたい


 あなたの周りにいませんか、こんな人が。いるでしょ。

 ま、そんな夢を持つだけなら人畜無害で、人に害を与えなければ、それはそれで悪いことではない。

 しかし、それが、すべて住民のお金である自治体の公費から給与や報酬を頂いている政治家ともなれば、話は別だ。

1、政治家としての苦労をせず、金持ちになりたい

2、政治家としての苦労をせず、偉くなりたい

3、政治家としての苦労をせず、有名になりたい


 あなたの町にもいますでしょ、こんな欲ばっかりが勝った田舎の政治家が。

 住民のために苦心もせず、悩みもせず、身銭も切らず、犠牲にもならず、それでいて金にはどこまでも欲が深く、然も、選挙目当てにウソばかり吹聴してその事業を世に出して一人前にしたのは自分だと広めている、そんな首長や議員が。

 論語はいう。

 「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る」。

 これは、「立派な人は正しいかどうかを第一に考える。つまらぬ人は、得かどうかの欲を第一に考える」という意味。

 室戸市議会を見ればこれは明らかだ。義を喩る人は議会を去った。利を喩る「つまらぬ人」は、全員とは言わないが、たくさんいる。

 論語にはこうも書かれている。

 「君子、仁を去り、悪(いずく)にか名を成さん」。

 これは、「立派な人は、良心に反してまでも、有名になろうとはしない」という意味。君子は、むやみやたらに「委員長になりたい」とか「報酬が6万円多いから、議長になりたい」とは言わないのである。

 この言葉から、「三つのたくない病」もあるんじゃないかと考えた。

1、苦労もせずに、金持ちになりたくない

2、勉強もせずに、偉くなりたくない

3、努力もせずに、有名になりたくない


 こうやって、陽のあたらない場所で25年もの長い間、住民に尽くしてきた努力家の地方議員もいた。

 とにかく、人の世とは、自分の欲得だけで動いてはいけないし、又、そんな欲で動くだけの人を市長や議員にしようと神輿に乗せてはいけないのである。

 いくら成功したいからといって、自らの良心を偽り、他人を欺き、自分を誤魔化していれば、決して立派な成功者には慣れないし、死ぬ時には心むなしくして死んでいくことになる。

 勿論、その死ぬ時「自分は成功者だ」と思っていても、その人生における偽りはやがて明らかになり、歴史に名を残すのは汚れの部分だけと言うことも大いにあり得る。「これなら、あー、表舞台に出なければよかった」と後で悔やんでも遅い。「後悔、先に立たず」という。

 人を偽り、人を陥れ、自分だけが「金持ちになりたい」、「偉くなりたい」、「有名になりたい」の三つのたい病を罹って悪いことばかりしていると、その人たちにはやがて必ず天罰が下る。

 論語にいう。

 「人の生たるや直(ちょく)たり」。

 これは、「人は、まっすぐ生きていくべきものだ」の意。

 又、論語にいう。

 「上に居(お)りて寛(かん)せずは、吾れ何を以ってか之を観(み)んや」。

 これは、「人の上に立ちながら、人をいたわる心がない。そんな調子なら、上司としての見どころがない」の意。出世してどんな地位についても、心に思いやりがなければ、人としておしまい。・・という意味です。

 全国の行政職員の皆さん、あなたのところの首長さんは寛容の心をお持ちですか。

 室戸市職員の皆さん、市長は寛容の心を持って接して下さいますか? 

 不正を指摘する諫言ばかりか、良い意見や効果ある提案まで頭ごなしに全否定される時など、ないですか? それで左遷されたことはありませんでしたか?

 ありましたよね。

 皆さんも不正な市長ばかりで、同情します。退職するまで苦労するね。私のように法令を順守し、思いやりがあって、企画やアイデアに富んだ人間ならば、行政職員としてもっと夢を持って仕事ができたでしょうに。


 さて、最後は、私の所信表明です。

 論語にこうある。

 「之を用(もち)うれば則(すなわ)ち行い、之を舎(す)つれば則ち蔵(かく)る」。

 これは、「必要とされているなら、がんばる。必要とされていないなら、あっさりと引退する」の意。

 今は画家という新たな目標に向かって歩んでいる。80歳まではまだ12年もあって、私の前途は大きく開かれている。もう一仕事も二仕事もできる。

 “剣をとっては日本一に 夢は大きな少年剣士 親はいないが元気な笑顔 弱い人には味方する おう! がんばれ 頼むぞ ぼくらの仲間 赤胴鈴之助”・・・っていうからネ。

 そして、とにかく室戸の政治の場には法律を守らん人と功績を盗むパクリと平気で人をだますウソつきが多すぎたから、これまでの反省を踏まえ、これからはウソをつかない正直で真面目な人とだけ付き合って行くことに決めている。


 最後に、23年4月の市議選において私に投票して下さった室戸市の有権者328名の賢人へ。

 私はまったく落胆なんかしてませんのでご心配なく。あれからの三年半で画家としての技能も身に付き、毎日、画家としてまた絵馬師として、充実した日々を送っています。

 いまや、市民の皆さんのことを気遣って『青空新聞』を作り公表する必要もなくなったし、市議会で行政の不正を孤立無援で追及する必要も無くなったし、市長に近い関係者から「あいつは市長の違法を議会で追及し、ブログでそれを全世界に広めたから、落とせ」と、逆恨みとしか言えないいわれなき批判をされる立場でもなくなったので、非常に気楽になりました。

 今は自分と妻のためだけにたくさんのことができると、喜んでいます。

 唯、皆さんから受けた恩情はこれからも決して忘れません。328名の方が投票して下さったあの選挙を支えに、元気いっぱいで新しい目標に向かって今、歩んでいます。

 本当は、この328名のお名前が分かれば一人ひとりにお会いして感謝の言葉とお礼を申し上げたいぐらいですが、それは叶わぬことですから、せめてこの電子情報誌上でその気持ちを表しておきたい。



※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、9月16日(火)付けGooブログランキング(206万2715ブログ)中、2448位でした。 
コメント

新作『』の制作を中断

2014-09-13 | 絵馬修復工房の仕事
 先日、23年12月に描いた作品『隆起する付加体』(M100号)を塗りつぶして新作を描き始めたことは書いた。

 その旧作が、これ。

  

 作品とは言えないぐらいのアバウトな絵ですが、風景の捉え方としては間違ってはいないと感じています。

 この絵のテーマにしたのは旧作と同じ、室戸岬突端の海岸風景。

  

 発行していた地域雑誌『あおぞら』(2冊)や地質写真集『青空地質博物館』で室戸半島の地質観察のポイントを写真で情報発信してきた功績もあって、いまやこの場所も室戸市などの観光パンフレットにも使われ、室戸岬では一番の地質観察のポイントになった、そんな場所です。

 その作品を塗りつぶし、消した。

 塗り潰した状態が、これ。

  
 
 そして、この旧作を塗りつぶしたパネルに9月3日から同じ場所の風景を新たに描き始めたが、昨日、高知県展への出品作品の手直しのため、その作品の制作は10月5日の県展搬入が済むまで一時中断することにした。

 下描きして少し下塗りしたその作品『隆起』(仮称)の今の状態がこれ。

 まだ仕上がりまでは2割ぐらい進んだ程度の状況でしょうか。再度描き始めて約1ヵ月半、11月中旬を仕上がりの目途に考えています。 

 30歳から毎晩、画家のように作品制作に没頭し、将来のことを考えて35歳の時に家業の製材所勤務を止め、絵画の制作も止めた。そして、30年間のブランクもあったが、子どものころからの夢だった画家として生きていこうと考え、社会の第一線から退いた平成23年6月から再度、絵筆を取り、絵画の制作に専念し始めた。

 この作品『隆起する付加体』を描いた平成23年12月ごろにはまだ絵具にも描写力も乏しくて独自性ある描写力がついてなかったが、昨年の作品『岩、迫る』を描いた時に岩の造形を線で緻密に描き込む作業に強く関心を持ち、それからは同じ描写方法で作品を描いていて、その手法には手ごたえを感じている。

 これからもしばらくはそうやって室戸岬の岩場の絵を描き続けていこうと考えています。

 さあ、オールドパワー文化展では嬉しい賞を頂きましたが、眼目は「高知県展特選」。

 これは他人である審査員の先生が決めることであり、自分ではどうしようもなく、いわば“当たるも八卦、当たらぬも八卦”。審査員の先生が描く手法、作風、好み等々が多いに影響するものであり、公募展出品者はいわば“まな板の上のコイ”。

 30年ぶりに出品した平成23年10月から毎年恒例になっているように、今年も10月5日に出品したら、その足で妻とまた潮江天満宮に願掛けに行って来ようと思っている。

 「特選になりますように!」ってネ。

 えっ? 「どんな作品を出すんだ」って? それは審査の結果に入賞と決まってからご報告いたしましょう。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、9月13日(土)付けGooブログランキング(206万1221ブログ)中、2936位でした。
コメント

特選でした

2014-09-12 | 私の絵画制作活動
 7日に「高知県オールドパワー文化展」に搬入した作品『福来りなば春遠からじ』が特選に入賞しました。

  

 大きさは公募規約いっぱいの175×122㎝で、言わば変形の110号。

 絵は自宅の家と庭を抽象的に描いたもので、前面から見た風景と俯瞰した風景を構成した作品です。

 「抽象的」とは、円と線で全体を幾何学模様に構成したことを指す。庭に敷き詰めたタイルやレンガの色と形しかり、バケツや水差しや脚立などの配置、畑の中に立つ二対4本の竹、稲が実る田んぼのライン等々、これら画面に見える物体の全てを、ある程度は意識的に配置した。

 正面が自宅建物。真ん中に立つ木はシラカシで、当家のシンボルツリー。そして私が作ったウッドデッキと机に座る私たち夫婦と愛犬。

 右は、以前は議員事務所に使っていて、今はアトリエとなっている建物。左が車庫と物置など。手前はこれも自作の板塀をその見たままに描いた。

 唯、家の背景に見える風景は実際に見える風景ではなく、空想的に黄金色に光る稲穂の田んぼを描き、遠くには富士山に似た形の山を配した。理由は、自分の理想は生活する自宅周辺に広がりが欲しかったから、絵でそれを実現させた。

 空も、いつも描いている室戸岬の地層絵画の制作ではちょっと躊躇する描き方で、この作品で試験的に描写してみました。

 自宅の窓から見えるのは私が描いた大きな七福神の絵馬4点の絵をコラージュし、「福がやって来た。これできっとうちの家にも春が来る」と、題名に決めた。最初は「福来りなば我が家の春も遠からじ」にしようと考えましたが、ちょっと長くなるので、それは止めた。

 そして、初出品だった昨年の「努力賞」に続き、二回目の出品で初の特選入賞。うれしく思っています。

 雨ばっかりの今年の夏で昨日あたりから季節はようやく秋めいてきましたが、当家には作品のタイトル同様に春がやってきたようです。

 ま、これはまぐれではなく、これまで3年間、技術革新に苦心してきて、自分の描画上の特性と感性に加え、作品の制作に没頭する中で昨年8月ごろ、特別のテクニックを習得できたことから、“見えてきた”ことに因ります。

 その下書きの技術を少しだけですがお見せしましょう。それが次の写真。

  

 一度書いた作品を、途中で、何度もサンドペーパーで擦って作品を痛めつけるのです。描いては擦って痛めつけ、また描いては擦り、また描いては擦る。この繰り返し。(作家の皆さん、100号の大作を制作の途中にそんなことできますか? できないでしょ。絵具がもったいし、後もどりするようなそんな行為は時間の無駄ですもんね)  


 さあ、次は10月の高知県展です。

 昨年の県展後から4点制作し、その1点が今回の特選作。県展へは、残る3点の内から1点か2点持って行く予定。妻は「これとこれの2点出品したら?」と言いますが入賞にしても入選にしても1点だけだから、出品するのは1点だけ選んで持って行った方が良いと考えています。

 思いだしますが、昔、30歳の県展初出品の時にはどうしても入選したいと苦悩し、1年間に制作した30号以上の作品24点の内、17点を選び出品したことがあり、それが今も高知県展洋画部門の最高出品記録になっています。(笑ってやってくださいな)

 昨日は、埼玉県在住のご高齢の女性が「自分の先祖が神社に奉納してあるが、その絵が消えかかっており修復を考えている。費用はどのくらいかかるのか?」と考えていると、その方の知人から問い合わせがあった。ネットによる広報の甲斐あって、この絵馬修復の仕事も少しずつ広がりを見せてきて、うれしく思っています。

 福来りなば我が家の春も遠からじ、か。

 県内の皆さんは是非ともこの展覧会に行って、私の作品をご覧下さい。作品の前で七福神に手を合わせば、きっと霊験あらたかなご利益がありますよ。(笑)

 なお、この「高知県オールドパワー文化展」の会期は、いつもなら6日間だけですが、今年は9月10日(水)~9月22日(月)までの13日間、開催されますので、是非とも足をお運びいただきたい。場所は、高知県立美術館。県の主催だから入場無料です。
コメント