青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

ホア・ザ・チーム

2013-05-29 | 政治家のあり方
 川崎宗則はいいねえ。

 あの必死さがいい。

 松井秀喜が引退した後、いま大リーグにいる日本人選手で応援するのはレンジャーズのダルビッシュ、ヤンキースの黒田、マリナーズの岩隈、ブリュワーズの青木、カブスの高橋と藤川、ブルージェイズの川崎、R・ソックスの上原と田沢、アスレチックスの岡島選手たち。

 全く関心が無いのは、アスレチックスの中島、ヤンキースのイチロー、オリオールズの和田。松坂もいた。

 その中でもダルビッシュへの注目は別格として、次に注目して「毎試合出場しているか」、「活躍しているか」と私の関心が高いのが「ネムリン」のニックネームでチームメートから愛されているブルージェイズの川崎宗則だ。

 彼をスラッガーだった松井秀喜氏と比較するのは酷というものですが、マイナーから這い上がってきてラストバッターで出場しているが、そこそこの活躍ぶりでいることをほほえましく見ている。

 その川崎が一昨日の試合の9回に左中間への逆転サヨナラ2塁打を放ち、ヒーローに。

 それを伝えるのがこの動画。ヒーロー・インタビューも併せご覧いただきたい。

 笑ってしまうひょうきんぶりですが、いかにも川崎らしいし、チームメートやファンから愛され、首脳陣からもその姿勢を評価されて毎試合先発メンバーで出場しているのがうれしくなります。

 日本人大リーガーでも応援したくなる選手と応援したくならない選手がいますが、その違いは活躍することとは別に、「如何にチームに溶け込みながら、時には自己犠牲の“ホア・ザ・チーム”でチームの勝ちにつなげようと働いているか」だと私は思っていて、野手では松井秀喜選手や川崎選手は、その代表的な選手。(勿論、ダルなど他にもいますが)

 川崎選手に関して、ソフトバンクにいる時はあまり関心も無かったし注目もしていなかったが、イチローを慕って大リーグに行ってからは何か気になる選手になり、昨シーズン途中にイチローがマリナーズからヤンキースに移籍した後にマリナーズから放出されたが、個人的にはそのブルージェイズに拾ってもらってからの川崎に関心が高まり、ネットのYaffoスポーツで彼の成績を毎日のようにチェックをしている。

 そんな川崎も毎試合、単打やバンドなどが大半で、ホームランを打つなどの目立った大活躍をしているわけではないが、彼のその懸命さに共感を覚える。

 いくら“ホア・ザ・チーム”といえど、一昨日の試合でのようなチャンスの時にヒットを打つことまで自己犠牲の“ホア・ザ・チーム”とはいわないが、結果的には“ホア・ザ・チーム”の働きになる。


 “ホア・ザ・チーム”で、また思い浮かんだ。

 「地方議員も川崎選手のように毎議会真剣に、そして懸命に働いたら、もっとまちも良くなるのになあ」と思ってしまう。

 地方政治を考えると、“ホア・ザ・自分のまち”で働いている首長や議員がいったいどのくらいいるだろうか。

 野球はルールを守って試合を進めるが、地方政治はルールなんか無視して進めている。ルールを守って政治や議会を進めなくても誰にもとがめられないのはいったいなぜなのか。

 その違いは、野球には審判がいるが、政治には審判がいないことに因る。それは疑いようもない。

 かつて私は室戸市議会において不正を取り締まる“特捜部”の“審判”的議員だったが、所詮、議員であって公職の“地方議会審判”ではないので、議案に対して私が地方自治法違反の不正と断定してもその指摘を議場にいる誰も聞かず、不正な政治運営がそのまま実行された。

 選挙前には「市町村合併を検討する」と約束しながら当選するとすぐ議員総会で「私は市町村合併を考えていません」と表明し政策協定を反故にしたこと然り、倒産寸前にある企業への条例違反である6000万円の投資然り、地方自治法違反となる県外企業の社員宿舎建設然り、選挙前に「値上げしない」と公約し選挙後すぐに値上げした公約違反である国保税値上げ然り、選挙の一週間後に支援議員や後援会幹部らに金を配ったこと然りだ。これらは議会で追及し、住民監査請求し、地元警察に告発した。しかし、議員らはこれらの議案に全員が賛成して許すなど、みんなこのルール違反をした人間を庇い、許してしまった。

 これでいいんですか! 室戸市の皆さん。

 自分が住んでいる町がこんな状態で良いわけがない。自分が住んでいるまちの政治が不正ばかりで良いわけがないではないか。

 私一人が市内外に告発して闘っているが、こんなみんなが不正な政治を容認し許す町でいいのか!

 皆さんはこぞって不正な政治運営を行った市長を庇い、市長が行うその不正な事業運営に賛成する市会議員を庇うが、それらの政治家が行ったことは明らかにルール違反で、野球の試合ならば即、自治体からそして議会から「退場!」させられる行為ではないか。

 私はそう思っているが、全国の地方自治に知識があり関心が深い方々はいかがお考えか。

 巨人軍の原監督は1回でエラーをした村田3塁手を即、他の選手と替えた。そのことについて昨日、こう語っている。

 「(移籍1年目の)去年はお客さま扱い。ファミリーになったから(声を)かけない。プロは言われて反省しているようではだめ。言われる前に反省するのがプロ」。

 私もそう思う。

 「プロは言われて反省しているようではだめ。言われる前に反省するのがプロ」。

 地方議員も同じだ。毎議会、議席で寝てるか、他の自分の本職のことばかり考えているような、一生懸命に働く気がない“アマチュア議員”なら、今すぐ議員を辞めることだ。

 私に言わせれば、任期の4年間16議会において、毎議会質問に登壇し、大綱質疑でも登壇し、討論についても重要議案については登壇して持論を展開し、議会のない2ヶ月間も調査活動や住民の意見を収集する活動を続けること。これが、地方議員が行うべき“ホア・ザ・自分のまち”です。

 現在、全国の地方議会において川崎のように元気に明るくまちのために休みなく働く議員がいるのか。いても、きっと5%いるかいないかだろう。

 議会と議会の間の2ヶ月間は遊んで暮らしているという、“報酬ドロボー”と批判されても反論できない議員はたくさんいるが。

 そこで結論です。

 地方議員は、あのブルージェイズの川崎が必死に取り組む勤務態度に学べ!


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室戸市は「市道室津港線」を整備すべきだ(3)

2013-05-28 | 地方のあり方
 (昨日の記事、「室戸市は市道室津港線を整備すべきだ(2)」の続き)

 先の私の提案に対して小松市長は答弁しましたが、その答弁を聞いて納得がいかず、私は再質問を行いました。


 ≪両栄橋架け替えについての市長答弁が無かったので、お願いします。

 そして、「市道室津港線」についての答弁として、「いずれにしても、この川の護岸工事は必要と考えている。用地取得できなかったことなどを状況調査したい」と言われましたが、答弁の意味合いが解りにくいものでお聞きします。「今後、市道又は県道として工事を実施するために上kyぷ調査をするという意味に撮っていいのか。この点についてもう一度、お答えいただきたい。

 それと、どうもこの市道のことよりも、奈良師の忠霊塔から室津港までの湾岸道路を国へ要望するという答弁が週に為っていましたが、その湾岸道路よりもこの市道を国などの財源が前提となり、市の予算では無理だということかもしれませんが、今一度、この道路に対する市民のニーズをどのようにお考えなのかをお聞きします。≫



 この私の再質問に対しての、小松室戸市長の答弁。

 ≪議員が言うように、二つの道路があるわけだが、避難港から室津港までの湾岸道路が一つで、これは国にやっていただきたいと考え、これに市費を投じる考えはない。国の出先機関の高知市の事務所に要望を重ねていきたい。もう一つの室津川左岸道路については、県に要望したが、「困難」と回答があった。しかし、引き下がるつもりはなく、今後も要望を重ねていく。それでもなお無理だとなれば、市道として整備することも検討が必要になるが、そうなると財源が問題となる。その財源の主たるまちづくり交付金は24年度までの集中改革プランの中の他の市道整備に充てたいと考えていることから、この市道整備はその後(25年度以降)に為らざるを得ない。

 両栄橋の件は橋梁調査を行った結果を見て、危険性の高い橋梁から改修するようになると考えている。≫



 とにかく話になりませんでした。

 集中改革プランは市長が就任間もなくの時期に作った計画。それは「絶対に変更してはならない」というものではなく、「南海大地震緊急対策事業」として議会に諮れば変更可能な計画であろう。

 問題なのは、市が県に「市道」を作ってもらおうなんて魂胆がそもそも間違いの根本にある。

 この状況は、もしかしたら小松市長が市職員の時、本来は市の事業を県に頼み込んで県がやってくれた経験があるのかもしれませんね。所謂、“経験則”。一度筋違いな行いをやってそれが通用したとなると、それからの人生、「それも道理だ」となって自分の中でルール化してしまう。それが小松市長の今の市政運営に現れているのかもしれない。だから、「市道」を県に作ってもらおうと思い続けている。

 市道は、国や県からの交付金とか補助金とかも含めた市の予算の中で、市が市の事業として整備し実現させ、以後は市道として管理し、市が改修してゆくもの。

 県道とは、国からの交付金や補助金なども含めた県の予算の中で、県が県の事業として整備し実現させ、以後は県道として管理し、県が改修してゆくもの。


 どうですか?全国の皆さん、私の言うことは間違っていますか?

 高知県庁の土木部職員の皆さん、私は間違っていますか?

 私はそう考えますが、尾崎高知県知事、あなたはどのようにお考えですか?


 「理詰めがすごい人」とネット上では言われている私です。筋は通っていると思います。

 市道は、市が国や県の力を借りて市の力で以って整備し管理してゆくもの。県道は、県が国の力を借りて県の力で以って整備し管理してゆくものです。市町村が国や県の力を借りたい気持ちは分かるとしても、いつまでも金魚のフンのように他力本願では、物事は前に進みません。

 トップの決断とはそういう難しい問題に接した時、「自分でやるが!」と決断してこその組織のトップ。それこそが、手腕というものである。 


 さて、上記(1)と(2)の記事に書いた市道整備の件は市長が市の財政の中でやろうとしなかったため、私の議員当時は実現しませんでした。

 疑問点は次のようなもの。

 ●市長が現在計画している敢えていま改修しなくてもいい市道の整備を先送りし、この市道整備に市の財政の中から毎年5000万円を確保し5年計画などで集中投資すれば実現は大いに可能なことだ。

 市民はこの道路ができることを昭和62年から待ち望んでいるのに、市長はなぜその声を無視して他の市道の改修工事に市費を投資しなくてはならないのか。

 まるで国が年度末に予算が余った時に行っている国道改修のような工事をなぜ、室戸市が急いで行う必要があるのか。

 重要な市道新設整備事業案には背を向け、いま行っている旧国道の整備を急ぐ、その理由はなぜなのか。

 「集中改革プラン推進計画を行っているので」なんて答弁は、逃げ口上でしかない。それを方向転換して重要課題に取り組むように判断するかしないかが自治体の長である、市長の手腕。

 市議会だって、今ある市道を改修していく事業より、このような重要な市道新設事業ならば必ず賛成する。その理由を挙げてみましょうか。

 何よりも市議選では室津と堺町の住民も投票に行く。そのことを考えてみるといい。この「市道室津港線」はその住民の皆さんが待ち望んでいる市道だ。この市道新設の議案に反対する議員は一人もいないであろう。もし反対する議員がいたら、それこそ室津と東町の住民の皆さんはその議員に圧力をかければいいんだ、こういうふうに。

 「谷口が落選した時みたいに、選挙期間中に『おい、あの候補とあの候補とあの候補らはここに市道を作るという計画に反対したから、あれらには絶対に投票するなよ』と市内全域に広めるぞ」とね。(笑)

 私の場合は市長の違法を追及したことが原因で市長を応援している人間らから「あいつを落とせ」の指令が飛んで政治の何たるかも解らない後援会に関係する市民が「あいつに投票したらいかんぞ」と触れまわった、実に理不尽で不正な理由で落選した。いや、「落選させられた」が正しい。

 だが、これは市の重要事業だ。それに反対する議員に一般住民から「反対しているあいつらを落とせ」の指令が飛ぶことはわるいことではない。不真面目な議員に対して批判的な感情を持つことは、住民意識として十分理解できる。首長や地方議員は、仕事をしなければ批判される立場だと解った上で立候補するもの。どんどん批判したらいい。しかし、公正な議員、アイデアマンの議員を辞めさせるなんてことは、愚か者のすることだ。

 ま、その23年4月に室戸市であった選挙妨害事件のことはさておいて、市長がこの事業に意欲がなく今ある市道の改修工事を優先する理由として、その工事を行うことによって次の選挙でのその周辺の住民の票を意識していることは簡単に解るが、それが今すぐに急がれる事業なのか否かを考えるのが首長だ。

 行政においてよく聞くのは、「優先順位」と「費用対効果」。この言葉を基にして熟慮すれば、市道室津港線を早く着工して実現させるのが首長という組織の長の行うことではないのか。

 重要なのは、いまある市道の改修は急ぐことではない。それは我慢できることだ。ほんの5年間、市民が我慢してもできないことはない。重要なのは室津地区と東町地区への市道新設の方で、明らかにその方がもっと重要である。

 大震災時の避難道路であり、大地震後の大型工事車両道路であり、遍路観光のための観光道路であり、魚市場への大型所領が通る産業道路であり、救急・防災・防犯道路であり、旧国道沿いの活力を生む経済道路であり、河川管理道路であるこの重要な市道を急ぎ整備することではないか。

 それこそが行政の“優先順位”というものではないか。


 南海大地震が発生してこの地区の方々が避難するのに遅れ、「ここに市道がないために逃げ遅れ、室津と東町の多くの住民が亡くなった」と批判された時、小松市長はそれに対してどのように謝罪するのか。議会でも自分の違法を認めず絶対に謝罪などしなかった市のトップだが、自身が死して後の大地震災害であっても、住民は小松市長がこの市道整備に背を向けてきたことを覚えており、「あの谷口議員が小松市長に強く提案した時にここに道路を作っておれば、こんなにも多くの市民が死ななくてすんだのに」と批判されるであろう。

(参考:工事提案図)

  

 (解説)右側が室戸大橋の川上側、左側が両栄橋がある川下側です。中間に愛宕橋がある。赤いラインが市道新設工事の区間とその幅員。


 とにかく、現在の室戸市議会議員14名に私が進めてきた室戸市の新公共事業「市道室津港線」実現の夢を託したい。

 質問で提案しても、小松市長は他力本願で「県にやってもらう」と答弁するだろうが、議員全員が一丸となってそれを突き崩して実現につなげていただけるように願っている。市職員の皆さんにも議会においてこの提案があれば「市長、やりましょう」と小松市長の背中を押して実現へ向けての後押しをお願いしたい。

 もう私は市議会にいないが、皆さんが力を合わせ、室津と東町地区住民の方々だけではなく、室戸市民が長く夢見てきたこの新道路建設を実現してほしい。

 市議14名と市職員の健闘を祈る。

 もし二年後の27年3月議会までにこの「市道室戸港線」の工事発注が決定しないとならば、もう一度市議選に出馬し、公正な政治運営を求める市民のために議会で市長と再度戦おうかと考えている。


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『BRUTUS』、『Tarzan』、『サライ』の創刊号

2013-05-27 | 書籍・新聞・テレビ
 私は昭和27年頃の小学生時代から切手の収集を趣味にしたいた関係からか、子どもの時から現在まで古いものが大好き。

 そのため、40歳に開店したジャズ喫茶店にも「ヴィンテージ」と命名した。

 又、小さい時から本を読むのが好きで、18歳に家業の製材所で銘木の丸太や木製品を運ぶトラック運転手になってからも、ポップなイラストが掲載されている『平凡パンチ』などの雑誌を中心に購入。

 やがて30歳、40歳になるにしたがい、1976年(昭和51年)に創刊した『POPEYE』を買うようになり、1980年(昭和55年)5月に創刊された『BRUTUS』には創刊してすぐに飛びつき購入するようになり、やがて1986年(昭和61年)4月に創刊された『Tarzan』、1989年(昭和)9月に創刊した『サライ』も購入するようになった。

 私は古い物が好きなためにそれらを手に入れた後に捨てるなどということはなく、妻は「古い本なんか、廃品に出して捨ててしまいや」などと申しますが、私は頑固にそれを保存していて、いまも大事に保存しています。

 それが、これ。

『ブルータス』創刊号

      

『ブルータス』創刊第2号

      

『Tarzan』創刊号

      

『サライ』創刊号

      

 残念ながら『POPEYE』は創刊号をはじめとして大量に別の部屋に押し込んであるため、掲載できませんでした。

 女性はとかく男のこういう趣味の域を超えた、いわば自身が“大事な宝”と思っているものへの理解は薄いが、男はそれを簡単に捨てるなんてことはしない。

 これらの雑誌の中でも特に『BRUTUS』の本はそのレイアウトなどが、私が1990年に創刊した日本ではオンリーワンの手書きタウン誌『あおぞら』の古い写真特集『青空写真館』の本づくりなどに大いに参考になった。

 しかし、売れ行きの所為だと思うがそれらの雑誌は徐々に内容が変貌してゆき、やがて私も買わなくなってしまった。『BRUTUS』も、創刊当時は当時の私が興味を持っていたヴィンテージものに注目し編集していたものが方針転換、高級服飾の本になってしまい、そんなものには関心が無い私はこの本を買うのをやめてしまった。

 その『BRUTUS』が今年5月27日で創刊33年を迎える。

 蛇足ですが、雑誌の基本方針ががらりと変貌してその質を落としてしまった本の一つに、『プレジデント』がある。

 創刊した当時は大企業経営者の経営理論や立身出世の取材記事などが多く載っていて、大変勉強になったので毎号買ってきたが、いま書店でこの本をめくってきてもまったくダメのひと言。高齢社会ということから、高齢者目当ての健康雑誌に為り下がり、みっともないったらありゃしない。この本は、もう廃刊して、再度出直した方がよいと思っている。


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コメント (1)

室戸市は「市道室津港線」を整備すべきだ(2)

2013-05-27 | 地方のあり方
(昨日の記事、「室戸市は市道室津港線を整備すべきだ(1)」の続き)


 では、昨日の私が行った市道整備事業の提案の記事に続き、その質問に対しての小松市長が行った答弁を公表しますが、この市長答弁には元原稿があって、そこには次のように書いてありました。まずそれから見ていただきましょう。


 ≪谷口議員にお答えします。

 まず、市道室津港線の新設についてです。

 これまでの平成元年度からの経過を調査され、報告いただいていたところであります。中断されて約10年となっている問題でもあります。
 
 ご指摘の道路は、以前、高知県より県道椎名室戸線の延長部分として、国道の室戸大橋から両栄橋までの間の、室津川左岸を通る延長400メートルが計画され、平成3年度に実施に向けての用地測量設計がされております。
 
 その中で、室戸大橋から泉井鉄工所までの間が改良されておりますが、それから先については残念ながら関係用地の協力が得られず、県としては平成7年度以降の取り組みがなされていないところであります。

 議員ご指摘の通り、当市といたしましても室津港の鮮魚運搬や25番札所の津照寺を巡拝する大型バスの通行に対応するためにも、是非とも必要な道路であると感じています。

 当市としましても、本年6月に県議会企画建設委員会の委員(県議)が当市に来られた時に直接、同委員長に文書で要望をしたところであります。
 
 そしてその後、8月28日付で委員長より回答がありましたが、内容としては「県の事務事業の見直しの中で、新たな代行事業には着手しないこととなっておりますし、県道の認定要件を満たしていないと考えており、今のところ県の事業として整備することは困難です」とのことであります。(※当たり前で、市道を県が整備できるわけがなかった)

 しかし、室津川左岸道路の計画については、高知県による室津川護岸の整備などもあり、今後においても県と連携・協議をしながら進める必要があることだと考えております。

 尚、当時、中止となった理由としましては、一部の敷地確定ができなかったことや、用地の購入に協力が得られなかったことなどがあるようですので、これらの件を県の資料も参考に把握する必要があると考えます。

 そのほか、私としましては、避難港と室津港をつなぐ道路整備として、奈良師の避難港ケーソンヤードから下町の堤防の外側を走り、室津港まで通じる湾岸道路の新設について、国土交通省 四国地方整備局に要望を行っているところであります。将来は「避難港湾岸道路」と「室津川左岸道路」がつながることによって、地域の経済発展や産業の振興、まちの活性化を図ることができるものと、大きく期待するところであります。

 議員からは、市道としての整備をするよう、道路幅、地域経済への効果、財源としてまちづくり交付金を活用する、などのご提案を頂きましたが、財源とこれまでの要望個所に位置づけられております。(※意味不明。答弁している市長も意味が解らず棒読みしたと解する。要するに答弁して終わればよいと考えていて、答弁を聞いた市民が理解できるか否かなんかは全く考慮にない)

 いずれにいたしましても、この道路は更なる状況調査や、県への要望等も行う必要があると考えます。(※県からは「この道路事業は県は行いません」と明確に回答があってその文面からはっきりと「市の事業としてやりなさい」との意思が明確になっているのに、あくまでも他力本願。「自分たちの力でやろう」とすれば県も力を貸してくれることもあるのに、室戸市にその“自立”の意思が見られないために県に見放されている、とも解釈できる)

 地域の方々の協力を得て、実現に向けて取り組みます。(※この元原稿ではこの「実現に向けて取り組む」という一文がありましたが、議会での私の質問の後での答弁ではこの部分を削除。市がこの事業に取り組む意思を示さなかった)≫



 以上が、元原稿です。

 そこで、議会において私の提案を受けて小松市長が答弁の元原稿をどのように変更して発言したかをお見せしましょう。上の元原稿と比較してみてください。


 ≪谷口議員にお答えいたします。

 まず、市道室津港線の新設についてのご質問でございます。

 これまでの平成元年度からの経過を調査されて、報告をいただいたところでどざいます。中断をしてからでも約10年に為っている問題でございます。
 
 このご指摘の道路につきましては、ご質問にもありましたように、以前、高知県により県道椎名室戸線の延長部分として、国道の室戸大橋から両栄橋までの間の、室津川左岸を通る延長400メートルが計画されて、平成3年度に実施に向けて用地測量設計が進められたものでございます。
 
 その中で、室戸大橋から泉井鉄工所までの間が一部改良されておりますが、それから先について、残念ながら関係用地の協力が得られず、県としては平成7年度以降の取り組みが、なされていないところでございます。

 議員ご指摘の通り、当市としましても室津港の鮮魚運搬であるとか、25番札所の津照寺を巡拝する大型バスの通行に対応するためにも、こうした道路は是非とも必要な道路であるというふうに考えるところでございます。

 そういうことで私としましても、これは議員のように十分調査はしていなかったわけでありますが、本年6月に県議会企画建設委員会の委員(県議)が当市に来られた時に直接、同委員長に文書で、室津川左岸道路というものを是非考えていただけないかということで、要望をしたところであります。
 
 その後、8月28日付で県議会企画建設委員長より回答がありました。
 
 その内容としましては、「県の事務事業の見直しの中で、新たな代行事業には着手しないこととなっておりますし、県道の認定要件を満たしていないと考えており、今のところ県の事業として整備することは困難です」というような内容の回答があったところでございます。

 しかし、室津川左岸道路の計画につきましては、県がやる、市がやる、いずれにいたしましても、高知県による室津川護岸の整備などについて、今後とも県と連携・協議が必要な問題だと考えております。

 又、当時、中止となった理由としましては、一部の敷地確定ができなかったことや、用地の購入に協力が得られなかったことなどがあるというふうにお聞きもいたすところでございますから、これらのことにつきまして、県の資料も参考にさせていただきながら状況把握していかなければならないと考えるところでございます。

 そのほか、私としましては、避難港、その海岸線でありますが、避難港と室津港をつなぐ道路整備といたしまして、奈良師の避難港ケーソンヤードから下町の堤防の外側を通って、室津港まで通じる湾岸道路の新設について、これは是非やっていただきたいということで、国土交通省 四国地方整備局に要望を行っているところであります。
 
 将来的には「避難港湾岸道路」と「室津川左岸道路」がつながることによって、地域の経済発展や産業の振興、まちの活性化を図ることができるものいうふうに、大きく期待するところであります。

 議員からは、市道として整備をしてはどうか、また道路幅の問題、それから地域経済への効果、また財源としてまちづくり交付金を活用することなどのご提案を頂きました。
 
 ただ、そのまちづくり交付金というような財源につきましては、今回の「集中改革プラン推進計画」の中で、これまで要望されてきた市道整備というようなものにずっと充てていく、というような計画が現在できているところでございまして、市道での整備ということは大変難しい問題でもございます。財源の確保に難しさがございます。先行してやらなければならない事例等もあるということでございます。
 
 そうした問題もあるわけですが、いずれにいたしましても、この道路は、先ほど申しましたように、更なる状況調査や、私は県へ対してもその辺、一回これは無理だということで引き下がる考えはございません。ということで、県への要望も是非今後もやっていきたいという思いでございます。
 今後とも、県議や市議会の皆様がた、地域の方々のご協力もいただいて、ぜひこうした道路がつながるというような取り組みを行ってまいりたいと考えております。≫



 以上が議会での答弁です。元原稿をどう変化させて発言しているかをお確かめ下さい。


 それにしても、言ってはわるいですが、下手な答弁書の文章。句読点が多すぎるのは読みやすいように苦心してあるんだと解釈しても、自治体執行部特有の持って回った言い方はいつ聞いても我慢できません。

 市長と執行部職員が議員に対して行う答弁(の文章)。戦時中でもあるまいに、なぜこう回りくどい言い回しで答弁をするのかと思います。

 質問した当時も思っていたが、今こうやって記事を書いていてもそう思い、イライラします。

 議員に失礼のないように、なんて考えているのだろうが、このような言い回しは却って議員が腹立たしく思うのではないか。そう考えるのは私だけで、他の議員は喜んでいるんだろうか。

 片山善博氏が一度このような答弁について「不適正」と記事にしていた。

 「報告いただいているところであります」とか、「取り組みがなされていないところであります」なんて、普通の市民が使いますか? 使いませんよね!

 「報告をいただきました」、「取り組んでいません」と、もっと現代口語でスラッと答弁できないものでしょうか。(えっ、あんたんとこの首長と課長の答弁もそうだって?)

 私が市長だったら、こんな旧態依然とした戦後の役場の答弁みたいなもん、就任直後、いの一番に改めさせる。

 これらは担当課職員が作成しそれを市長が見て納得しての原稿だからすべて市長の作成したものと解釈してよいが、実に慇懃無礼な、回りくどい答弁書だ。その回りくどさは元々文章を理路整然とした文章を書いた経験がないからで仕方ないとしても、質問した議員が答弁を聞いた時に分かりにくいように分かりにくいように策略をめぐらして書いてある点も疑われ、許し難い。それは、全国の皆さんもお分かりだろう。

 中にはきっと、「うちの答弁もかつてはそんな答弁をしていたがもうとっくの昔に止めたよ。室戸市はまだこんな大昔にやっていたような答弁原稿を書いているの?」と思いの方々もおられると思いますが、そうなんです。室戸市においては、この平成の世になってもこんな下手な答弁書を書いてそれを議会で市長が答弁をしているのです。いくら丁寧ぶった答弁をしても、文章の中に誠意なんか微塵もない。

 又、私が議員時代にいくらこの点を指摘し、「もっと簡潔に、聞いている議員が解るように誠意を以って答弁書を作成し、答弁して下さい」と言っても、直りませんでした。それは直らない人と意図的に直さない人がいるのです。こうやって全て手のうちは解っているのに直さないんだから、悪意でやっているとしか言いようがない。

 こんな答弁書を書くのが直らないのは、市長が自分の思いを人に伝えるための文章を書いた経験がないからと、そのことが如何に不適正なのかや時代遅れかに気が付いていないから。簡単にいえば、改革精神がもともとないからだ。気付いて直そうと努力していれば、次の議会までには治るクセ。

 全国の首長と市職員はもっとこの点についてもよく考えた方がよい。例え公的な場所で述べる原稿であっても、余りにも丁寧過ぎる文章はかえって相手に対して失礼になると覚えよ。

 答弁原稿については、室戸市議会議員になってすぐの初議会で質問をした時にもらった課長の答弁にカチンときて議会閉会後に市役所の一室に課長と課長補佐を呼んで指摘し注意し、人に聞かせるための文章とはどのように書くものかを手本を書いて見せて、お教えしたことがある。その時の面白い答弁書を今も大事に持っているが、それはまた近々、ご紹介したい。

 (明日に続く)


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室戸市は「市道室津港線」を整備すべきだ(1)

2013-05-26 | 地方のあり方
 これは、いまから遡ること二十六年も前の昭和62年(1987年)ごろ、室戸市民から市に要望があり、それを踏まえて当時の市議会議員数名が市長に「整備せよ」との提案を行った道路整備事業に端を発する。

 それを受けて室戸市も事業計画を興し、河川内やそれに隣接する農地に土地を所有する地権者に対して土地買収の打診を行いましたが、数名の地権者が反対。平成9年までその交渉は行われたが、結局、断念してこの市道整備事業の計画は破たんしてしまった。

 だから、私が市議になった平成15年当時にはこの話はもう終わったことになっていました。


 しかし、間違いなく100%の確率で南海大地震がこの室戸にもやって来ることが解っていて、その室津地区や浮津地区の皆さんが避難するのに主となる避難道が無い状態のままでは困るし、四国八十八か所巡りで第25番札所の津照寺(しんしょうじ)に来た大型バスが車を止める駐車場もない状態を解消する必要もある等々と私は考え、室戸市議会において、この既に立ち消えとなっていた市道新設事業を一般質問で提案した。

 時は、平成19年(2007年)12月議会でした。その時の一般質問の原稿を少し長い(質問時間20分)が原文のままここで公表する。その質問に対しての小松市長の答弁も合わせ、明日の記事で紹介する。


 ≪九番、谷口。十九年十二月議会におきまして、改革を進める鷹山会が、市民を代表して一般質問を行います。

1、市道整備等に関する事業について

 (1)「市道室津港線」の新設について

 この項目では仮に「市道室津港線」としますが、この新設と、この道路を整備すると連結される両栄橋の架け替えについて提案し、市長の所信をお伺いします。

 まず一番目に、前提となる「道路新設の住民要望から計画中止までの歴史」をたどってみます。

 かつて、本市の重要課題に一つに、室津川沿いに道路を整備しようという計画がありました。議事録を調べますと、昭和62年ごろから平成9年まで、この計画の発端から事業の着手、そして一部に賛同していただけないなどの理由で中断されるまでの約十年間、本室戸市議会においても何度も議論されています。

 この事業について当時の議事録から、まずはその経過を追ってみます。少し長くなりますが、今回の事業提案の前提となる歴史ですので、よくお聞きいただきたいと思います。

 ●発端は、昭和62年2月に堺町・室津地区の住民の皆さんが国道55号線の室戸大橋から両栄橋までの室津川沿いに道路を整備してほしいと市に要望書が提出されたことでした。

 ●続いて、63年12月議会である議員が「市長は議会で63年度中には管理道路にしたいと答弁しているが、その兆しが見えない」と疑問を呈したうえで、この道路新設の意義について次のように訴えています。

 「堺町・室津地区の住民が要望するのは、その地区から市役所や日曜一、植松団地方面に出るには公道が一筋もないため大きく迂回しなくてはならず、不便を囲っている。このように甚だしく交通にも支障があり、町の発展、化成果にも影響がある。氏はこれらの地区の方々の長年の要望に対応するために、室津川沿いの提塘(ていとう)敷地を確保し、生活道として速やかに整備してほしい」と。

 ●続いて、平成元年3月議会で中谷市長は、「県が管理する室津川ゆえ、県と協議する。本年度には調査をつけてもらえると確信しているし、県道として整備してもらえるように運動している」と答弁し、又、9月議会では「産業道路、基盤道路としても作りたいと考え、県に陳情を重ねてきて、県も測量認可の直前にあるが、計画決定はまだです」と答弁しています。

 ●2年3月議会になると、「今年2月から測量を実施中で、年度末には計画図が出来るので、2年度から地権者等に説明を行い、土地買収に入る予定。5年度には開通できると思うが、予定は予定だから」と、期待を抱かせながら、不安をあおるような答弁を行っています。だから、このころでもまだ、金は県任せ、計画の実現性も県任せで、「室戸市として、どうしても作るんだ」と謂う強い意思は感じられません。

 ●2年9月議会では、「地権者調査が終わり次第、用地測量に入りたい。法線の変更はまったく考えていない。道路新設工事と並行して河川改修の整備をと県にお願いしてある。両栄橋架け替えの提案も、この道路完成後に考えたい」と答弁したうえで、現状について「先ごろ、説明会も現地で行ったが、地権者は18名、家屋移転6戸、借地3名」と明かす。因みに、土木工学用語としての「法線」とは、航路、道路、又は構造物の延長方向の軸線を慣用的に「法線」と言い、道路や河川などの新設、改修にあたる場合にはその法線計画をまず決定することが基本となります。

 ●続いて、3年6月議会では、「この道路は4年に完成するとされるが、地権者との協議や買収の見通し、そして工事着工の見通しなど、現在の状況を」と問う議員の質問に対し、市長と担当課長は「2年7月と10月に地元説明会を行い、幼稚関係者全員に了解を頂くための測量をしており、用地交渉も行っている。この交渉が進み次第着工するが、それは4年度に為ると思う」と答え、議員の「道路沿いに駐車場を作ってほしい」の要望には、「地権者との交渉で協力が得られたらそのような施設は作りたい」と、観光バス用の駐車場の設置にも前向きでした。

 ●それが、完成予定とされた4年度に入ると、途端に議会の質問内容が一変します。住民の要望があった昭和62年から議会で熱心に提案してこられた議員は9月議会でこうといます。「色々ともめて、昨3年12月頃から行われてきた調停が不調に終わったと聞くが、どうなっているのか。市はこの重要な道路計画に本腰を入れ取り組んでもらいたい。室津や堺町の人たちは『いつできるのか』『いつできるのか』と一日千秋の思いで待ち望んでいる。見通しを明確にせよ」と、市の取り組みが遅いと迫ります。それに対して中谷市長は、「ご指摘通り」と計画が進展していないことを認めた後、「現在、その調停に取り組んでいる」と、一言で答弁を終わらせ、担当参事は「調停は不調に終わり、年度内には方向を決め、その解決に向け取り組む」と捕捉、先の見えない状況に市長等執行部は困惑し始めます。

 ●翌5年6月議会、議員が現状を問うと、中谷市長は「これは県道椎名室戸線の新規採択路線として、室戸大橋から両栄橋まで整備することになっている。6年度には着工できるように整備を進めており、県に強く要請してゆく。これは県道として整備していただくということです」と、あくまでも県頼みを強調します。

 ●続いて三カ月後の9月議会では熱心だったもう一人の議員が、怒りをぶちまけるように、「計画で賢淡事業での港湾への産業道路として位置付けしながら、その後の進展がはかばかしくない。県土木事務所に聞くと、『仕事が上がってこん。市の熱意が感じられない。やる気がないんじゃないか』という批判が聞こえてくる。一方、この地区の長老も『あの道路計画はどうなっているんだ。私のところにはいっぺんも交渉に来ていない』と言っている。道路予定地はわずか三百数十メートルで、周辺は廃屋と雑草地ばかりだ。他の施設建設も解るが、まず市内の基盤整備をして産業、経済、観光に寄与できる道路網整備に本気で取り組んでほしいと、市民は願っています。この道が室津港まで伸びれば室戸大橋から観光バスの乗り入れも可能になる。又、年間十五万人にも上るお遍路さんが乗る八十八か所巡りの巡拝バス等の利用もでき、津照寺周辺道路の今の混雑も解消されるのは明白だ。担当課は何をしているのか」と激しく迫ります。

 それに対し、執行部は苦しい答弁を繰り返します。担当参事は、「地権者は21名、大賞筆数は約30筆、建物8戸、店舗と倉庫が4軒です」と答弁したが、これは三年前の平成2年当時と比べるとすべてにおいて増加していました。答弁は続き、「4名の地権者と交渉中だが、丈量(じょうりょう)測量が出来ていないため、用地交渉までに至っていない。しかし重要路線ゆえ、事業実施として、7年度に着工できる良いうに何としても整備したい」と答え、この5年の暮れ近くに為ると、県道整備だと言いながら、室戸市が行っている測量の段取りも、用地交渉もあまり成果が上がっていないことがこれらの答弁からも読みとれます。(※大体この辺でこの事業計画は破たんしたようです)

 尚、答弁に出てきた「丈量」測量とは、「土地の面積」を測量することをいいます。

 ●続いて、西尾新市長就任して10カ月目の7年9月議会でも、一人の議員が解決しないこの道路の問題をどうするのかと問います。「道路計画に賛同された多くの地権者からの要望は大きい。この方々の声に応えるためにも早期着工は急務だ。この道路は保冷車の道路として、防災道路として、また、地震発生時の避難道路として、早期の完成が望まれる。この計画の遅延している根拠を示せ」と市長に迫ったが、西尾市長は現状を踏まえ、事業の見通しが立たないことから、次のように答えています。

 「この道路は、室戸大橋から両栄橋間の390メートル、幅員7メートル、歩道3メートルで計画をし、平成3年12月から用地測量に着手したが、地権者18名中、1名の用地関係者との境界画定ができず、平成4年5月、調停裁判を行ったが解決に至らず、市も地権者と親しい方に仲介を依頼したが、解決に至りませんでした」と、計画が行き詰まり為す術なしといったところ。

 ●それから1年後、8年9月議会では長年提案し続けてきた議員が「どうなっているのか」と聞くも、前市長時代に活発に議論してきた問題でもあり、もはや道路を作ろうとする市長の意欲は失せ、「8年5月に弁護士が現地調査を行い、指導協会の立ち会いも行った。裁判の状況は長期化の様相だと聞く。しかし、協会が裁判で決着しても、まだそれに隣接する2名の地権者との境界問題が残されていて、その解決には相当の時間を要すると考えている」と、計画はお先真っ暗で、「早く終わらせたい」という気持ちがありあり解るそんな答弁を行っています。

 ●9年3月議会、議員は「この問題は、市当局の必死の努力にもかかわらず、一部地権者の賛同が得られず、不調に終わったと聞く。市の発展上、誠に残念であるが、いたしかたないと思う。交渉に当たられた方々の苦労に対し深く感謝申し上げます」。議員は無念の思いを抱きながらもここで断念、市担当者の労をねぎらいます。西尾市長も、「この道路については、63年に室津川の局部改良事業の整備促進を図ると同時に、室津港と国道を結ぶ産業道路としての役割、また、室津と東町の交通渋滞を緩和させる幹線道路として、そして産業経済の活性上、必要不可欠との認識を持って取り組んできた。しかし、用地交渉が不調に終わり、現段階でこの道路の開設は不可能と考えている。今後は、現道路改良に努力してゆく」と、」この道路新設の重要性を理解しながらも、市として事業を終結させなければならないことに対する残念な思いがにじむ。

 以上ですが、その歴史を簡単にまとめると、昭和62年2月に室津土佐海街の住民から室津川沿いへの道路新設の要望が市に出された後、タブ重なる地域住民や議員の強い要望にもかかわらず、一部地権者の賛同及び理解が得られず、4年ごろに計画はとん挫。それ以来、5年間は進展がなく、9年には完全に計画は中止されています。だから、土地買収交渉がストップした時から数えると、十五年ぐらいの年月が経っているということになります。

 これが昭和62年~平成9年までの約十一年間の事業経過です。  (ここまで11分)


 次に、「市道新設の提案内容」について説明しますと、この計画が中断されてから十年が過ぎました。時の流れというものは人の心も少しずつ変えるもので、年齢を重ねると柔軟にもなるし固くもなるものです。当時、この計画に賛同していただけなかった方も、最近は容認姿勢に為っていると伝え聞いております。このように、関係者のこの事業に対する考え方も変わり、理解が深まっているようです。又、周辺の地域住民の方々からの「道路を作ってほしい」という二十年前の意思は今も変わらず、強いものがあります。

 実は、この提案の発端著して、室戸市民が待ち望む道路はと考えていて思い出したのが、昨年ある方が語ったこの道路整備のい話。それを思い出し、「あの計画を今度は市d峰としてもう一度、事業化できないか」と思い立ち、少し調べてみました。この室津川沿いに道路がない今と道路ができた時の風景の違い、そして現在の市内の状況と道路整備後に起こるだろう効果によって生まれる経済的、また、防災的変化などを色々と想像して考えてみました。結果、室戸市の住民生活や投資に来られる観光客の方々に役立つ利便性と危険回避のためには、どうしてもここに道路が必要だという結論に至りました。よって、十数年ぶりに為りますが、特に当時、この問題を議会で路地挙げて頑張ってこられた2名の先輩議員の遺志を受け継ぎまして、この計画を市道親切整備事業として取り組まれるよう、ここに再度、提案いたします。

 そこで、今回提案するにあたり、この10月から関係機関の協力を仰ぎ、そこで入手した資料を基にして独自に新たな計画図を作成しました。併せ周辺住民にも取材し意見収集も行ってきましたので、それらを基に独自の計画案やその事業費と事業効果などを提案します。

 ●計画は、市道及び橋梁(両栄橋)架け替え整備の二本立てとします。

 ●市道区間は、先の計画と同じ、室戸大橋東詰から室津川沿いに両栄橋東詰に至る路線です。

 (参考:工事提案図)

  

 (解説)右側が室戸大橋の川上側、左側が両栄橋がある川下側です。中間に愛宕橋がある。赤いラインが市道新設工事の区間とその幅員。

 室戸大橋から愛宕橋までは整備が既に平成5年頃に完工しているので、市道整備の提案は、この愛宕橋から両栄橋までの間、蛇行した川筋を直線的に整えながら室津川東岸に市道を整備するという事業。これを、頼りにならない高知県の事業でなどと言ってないで、市の単独事業として5年間ぐらいの計画で完成させようではないかというもの。

 ●区間距離は、西尾市長の答弁にあった390メートルとします。

 (参考:現場の写真)
 ①川上の、室戸大橋から川下を見た写真

  

 提案した市道整備は、左側の2車線の市道は愛宕橋付近で途切れているので、そこからまっすぐに室津港まで市道を抜こうという計画。

 ②川下の、両栄橋から川上を見た写真

  

 提案した市道は、室戸大橋から写真右端の河川敷を通ってまっすぐ両栄橋のたもとに繋がる。

 ●工事所管は、道路は室戸市が市道整備事業として取り組み、道路に係る河川の護岸工事と付帯して行うべき両栄橋上流の河川の土砂除去工事については県の事業として要望をする。

 ●道路幅員は、調査したところ、平成3年当時の県の計画図では「道路幅員8メートル、歩道3メートル」となっており、これは平成7年の西尾市長答弁の「幅員7メートル、歩道3メートル」とは食い違います。私からは、道路行政関係者の助言と現在の国・県・市の財政を考慮して、「両側50センチずつの歩道部分と3メートルずつの車道部分を持つ、歩道構造のない幅員7メートルの市道」を計画案として提案し、願わくは「幅員1メートルの歩道と幅員7メートルの市道の、前幅8メートル」の道路計画を提案します。

 この理由は、建設関係者にお聞きすると、「道路の路面に中央線を引けば、車のスピードが増し、中央線を引いてなければ前から来た車は速度を落とすというドライバー心理がある。それと、市道幅を7メートルとする時は、片側3メートルずつを確保して中央線は引かず、片側50センチの歩道分のラインだけを引けば良い」との指摘から、提案はあえて平成3年当時の県の計画「幅員8メートルで歩道3メートルの、全幅11メートル」を選択せず、事業予算の節減を考慮して4m狭くして、バスやダンプカーが十分すれ違い出来る「道路分6メートル、歩道分1メートルの、全幅7メートルの道路」、又は「市道7メートル、川沿いに歩道1メートルの、全幅8メートル」の計画とします。

 ●次に、事業費については関係者から、「市道整備日は川の護岸整備を含めて1メートル20万円から50万円」と聞きました。それを基に試算しますと、全長390メートルで7800万円乃至、1億9500万円の事業予算が必要になります。例えば、1メートル40万円なら1億5600万円の財源が必要となります。

 ●次に、その財源は、まず国交省の街づくり交付金事業と、地域課題に対応し、二つ以上の事業が一体となって行われる市道整備事業に交付される地方道路交付金事業の二つを中心に活用します。

 そのほか、国の道路整備にしか使ってはならない道路整備特定財源の一つにガソリンに係る揮発油税画ありますが、平成19年度のその税収は2兆8395億円で、このうちの7099億円が「地方道路整備臨時交付金」として地方自治体に配分されています。この地方道路整備臨時交付金事業を活用し、県を経由して国交省へ要望する方法もあります。これによる道路整備は、市町村が独自に対象期間、対象事業の目的と効果、成果目標などの整備方針を策定し、国交省に要望可能となっています。

 このほかにも、地方特定道路事業での起債の活用もあります。これは、緊急に必要な課題に対応するための道路整備に関して、補助事業に市単事業を組み合わせた制度です。市単事業への財政支援措置として臨時地方道路整備事業債が75%充当され、後年度に事業債の15%が交付税に算入されるほか、元利償還金の30ないし55%が交付税に算入されると聞いております。

 ●事業年度は、3年から5年計画と想定しています。

 以上が提案する計画の内容です。

 次に、「市道新設による効果」について列挙しますと、

その1・まず昭和21年の南海大地震で解るように、大地震が発生すれば室戸半島の先端は2メートル以上隆起するため、室津港の地盤も隆起します。そのため港湾掘削改修工事を行和なくてはなりません。そのためにダンプカーやクレーン車が往来する復興道路としての効果と、地震発生時の津波避難路としての効果。

その2・室戸市の観光に大きく貢献している四国88ヵ所巡拝の観光バスや自家用車が李y峰する遍路観光道路としての効果。

その3・室津港魚市場への大型保冷車等が利用する産業道路としての効果。

その4・消防・救急・警察車両など緊急車両が利用する、救急・防災・防犯道路としての効果。

その5・長年、問題視されている津照寺門前の周辺道路における迷惑駐車の問題解消としての効果。

その6・人と車の動きが活発になり旧国道沿いに活力を呼び戻す経済的な効果。

その7・長年、室津川の下流域に堆積したままの土砂を除去することにより蛇行していた川の流れが直線的になり、棄権が軽減される、そんな河川の管理道路としての効果、等々があります。

 これら復興道路、防災道路、遍路観光道路、産業道路、河川管理道路、そして生活道など7店のほかにも、この市道は使いようによれば、もっとほかの効果もあると思います。この道が完成した時、道路沿いにお遍路さんが載ってくるバスの駐車場と憩いの広場があれば効果的だし、室戸大橋から両栄橋までの土手に桜の木を植えれば、数年後の春には市民だけでなく、お遍路さんの目も楽しませ、もしかすると桜の名所として有名になるかもしれません。

 特に、私は必ずやってくる南海大地震の時のためにどうしてもこの市道は整備しておかなくてはならないと思っています。先の昭和21年12月の南海大地震の時、室戸岬先端の3メートルを最大に、津呂港と室津港は海底が1.2メートル隆起したため、大型船の出入りが不能となって港内の改定を掘り下げる復旧工事を行っています。この歴史に学び、地震後の室津港復旧工事に従事する大型工事車両が行き交う、所謂、「復興道路」として今こそ、どうしても室津川沿いに「市道室津港線」を新設しておくべきだと考えます。

 以上、「市道室津港線」の新設事業について市長にお聞きします。

 申し添えますと、何回大地震が発生するのは20年後、30年後と言われていますが、室戸岬突端の潅頂ケ浜へ降りて行くと波打ち際の砂利が大きく消失していて、私はそれは室戸半島が急速に沈み込んでいる証拠とみており、大地震発生はそれほど遠くないかもしれないと思っています。≫
   (質問を開始してここまでで20分)


 いまから5年前の平成19年12月議会で就任して1年目となる小松市長に、このように提案しました。

 そして小松市長の答弁ですが、1万字のブログのルールに近くなりましたので、それはページを改めて記事を書きます。

(続く)


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絵馬の新作「七福神頼光伝説大騒動」の制作を開始

2013-05-26 | 私の絵画制作活動
 絵に関心がない読者の皆さん、ごめんなさい。今日は画家としての活動報告です。

 一昨年の11月には私としては初めての七福神の大作「七福神乗合宝船」(162×112)の制作でした。

  

 そして、七福神作品の2作目となる下掲の「七福神富士旭光宝船」(180×100)は4月から描き始めて先日、制作を終了しました。

  

 その後、市内のある機械工場から依頼された大きな看板を3日ぐらい掛けて書いていましたが、その作業も終わり、昨日から、私としては3作目となる七福神の大きな絵馬の制作を開始しました。

 題材は、先の作品と同じように、古い美術雑誌で見つけた小さな七福神の絵。

 平安時代、大盗賊の鬼童丸が京都の市原野において牛の皮をかぶって源頼光を待ち伏せしたという逸話を見たてて七福神を描いた浮世絵師・河鍋暁斎の作品「新板七福神市原野見丑図」。それを基にして描く。(※)

 (原画)

   

 ただ、この原画で牛の皮をかぶり鬼童丸に扮しているのは大黒天(左端)。それを源頼光に扮した毘沙門天(右端)ら他の六福神がやっつける構図になっていて、大国さんがちょっと可哀想にも思ってしまう絵。

  原画の色彩も、左側の大黒天がかぶる牛に似せた着物が緑で、右側の毘沙門天が着る着物も同じように緑と、全体的に配色のバランスが大変悪いため、一新しようと考えている。

 作品名は、私なりに「七福神頼光伝説大騒動」(180×100)と題することにした。

 (原画を基に書き起こした下絵)

    

 (紙に描いた下絵を基にパネルに下描き)

  

 これも前作と同様に、これから約1ヵ月かけて100号変形のパネルに描いていきます。

 皆さんにはどうでもいいことでしょうが、23年4月の市議選で落選した後、絵画制作を再開してこれまでに描き上げた全作品のご報告をさせていただきます。

 絵画作品制作目録  (平成23年6月から制作した作品の全記録)

 1、夕映え・・・M100号-制作:23年7月
 2、室戸岬(ビシャゴ岩)・・・P100号-制作:23年8月
 3、磯 波(黒耳海岸)・・・P100号-制作23年9月 (第65回高知県展入選作)
 4、七福神乗合宝船・・・P100号-制作:23年10月中旬~11月初旬
    ――――――――――――――――――――――――
 5、隆起する付加体…P100号-制作:23年11月25日~12月2日
 6、樹根Ⅱ…………P100号-制作:23年12月中旬~24年1月中旬
 7、室戸岬の朝(烏帽子岩)…P100号-制作:24年1月中旬~2月4日
 8、アズメ岩……………M100号-制作:24年2月14日~3月5日
 9、歯車岩………………P100号-制作:24年3月30日~4月12日 (第66回高知県展入選作)
10、舌状岩Ⅰ…………M100号-制作:24年4月16日~5月5日
11、双夫婦岩遠望………P100号-制作:24年5月10日~6月1日
12、天狗岩………………P50号-制作:24年6月9日~6月20日
13、舌状岩Ⅱ……………P100号-制作:24年7月11日~8月5日

 (県展後、11月1日~12日まで北川村民会館にて個展を開催)

    ――――――――――――――――――――――――
14、子守り岩……………P100号―制作:24年11月16日~12月15日
15、岬の岩場……………P100号―制作:24年12月18日~1月20日
16、夕日に染まる町………変100号―制作:25年1月25日~2月10日
17、どこ見てんのよ(猿岩)…P100号―制作:25年2月15日~3月1日 
18、土佐国室戸百鯨絵図……P100号―制作:25年3月6日~3月19日
19、七福神富士旭光宝船……変100号―制作:25年4月20日~5月16日
20、七福神頼光伝説大騒動…変100号―制作:25年5月25日~

 勿論、これから描く作品も市議選落選後から描いた他の作品と同様、長年にわたり行ってきた地域づくり活動や地域雑誌づくり、選挙などで苦労を強いてきた妻に遺そうと考えて描く。もう、そんなことを悟ってもいい歳ごろですからね。(笑)

 唯、家には描き上げた作品がどんどん増えてきて置く場所がなくなって困っているのが難点。妻は私の深い思いも知らないで「この絵をどうするがあぜ。もう火を点けて全部燃やしてしまい。間切れまわるに」なんてひどいことを申していまして、描いていてもなかなか筆が進みません。(笑)


 ※参考:「源頼光と酒呑童子・鬼童丸の伝説」(Wikipediaより)

 酒呑童子はは多くの鬼を従え、大江山を拠点として、しばしば京都に出現し、若い貴族の姫君を誘拐して側に仕えさせたり、刀で切って生のまま喰ったりした。あまりにも悪行を働くので帝の命により源頼光と渡辺綱を筆頭とする頼光四天王により討伐隊が結成され、姫君の血の酒や人肉をともに食べ安心させた上、酒盛りの最中に頼光が神より兜とともにもらった「神便鬼毒酒」という酒を酒呑童子に飲ませて体が動かなくしたうえで寝首を掻き成敗した。

 そうして源頼光が酒呑童子を討ち取った後、酒呑童子に捕われていた女子供たちは故郷へと帰されたが、その中の1人の女は精神に異常を来たしており、故郷へ帰ることができず、雲原で酒呑童子の子供を産んだ。その子供は産まれながらにして歯が生えそろっており、7、8歳の頃には石を投げてシカやイノシシを仕留めて食べていた。やがてこの子供が成長して鬼童丸となり、父の仇として頼光たちを狙うようになった。

 そして、武将・源頼光が弟・源頼信の家へ行ったとき、厠に鬼童丸が捕えられていた。頼光は、無用心だから鎖でしっかり縛っておくようにと頼信に言い、その晩は頼信の家に泊まった。鬼童丸は縛めの鎖をたやすく引きちぎり、頼光を怨んで彼の寝床を覗いて様子を窺った。頼光はこれに気づき、従者たちに「明日は鞍馬に参詣する」と言った。そこで鬼童丸は鞍馬に先回りし、市原野で放し飼いの1頭の牛を殺して体内に隠れ、頼光を待ち受けた。しかし頼光はこれをも見抜き、頼光の命を受けた渡辺綱が弓矢で牛を射抜いた。牛の中から鬼童丸が現れて頼光に斬りかかってきたが、頼光が一刀のもとに鬼童丸を斬り捨てた。

 
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失政の原因と責任はすべて、首長と議員にある

2013-05-22 | 政治家のあり方
 ●国民の政治離れは、国会議員に原因がある。

 ○住民の政治離れは、首長と市区町村議員に原因がある。

 ●国政の混乱は、国会議員の資質に原因がある。

 ○市区町村議会が問題の多い行政の事業に対し議論も混乱もないのは、市区町村議員の資質に原因がある。

 ●長年に亘って、官僚を含む国家公務員が無駄施設建設や国民年金など全て国民のお金である国家予算を浪費してきたのは、チェック機能を発揮できなかった国会議員の職務怠慢に原因があり、責任がある。

 ○市区町村議会で議員発言が乏しくて開店休業のような状態を生んでいるのは、市区町村議員が行政自体に関心が無いことが原因である。

 ふくおひろし先生いうところの「完黙議員」、完全黙秘議員がそれにあたるが、議会中は黙秘しているこの人たちも住民が選んだ議員で、住民から報酬を渡している。その不適正な状況を生んだ全ての責任は住民の側にあるし、その人に投票したことで住民は自分たちに使ってもらうべきお金も無駄使いされて損をしているのである。

 ○地方自治法に基づく【議員平等の原則】に違反して、市区町村議会において「一人会派は一年に一回20分だけ」とか「質疑は3分」などと少数会派に発言機会が差別的なのは、議会総体、特に議会を取り仕切り公正・公平に運営を行う立場にある議長の人物的資質にその原因がある。

 ●平等とは、「全て等しく差別が無いこと」。住民が投票して選んだ議員ならば、投票数が一番多かった人も一番少なかった人も、議会においての権利は分け隔てなく平等に与えられるべきものである。

 それが、一例として東京の江戸川区議会ではかつて、44名が当選してその6位当選者である女性議員が一人会派だという理由から、質疑3分、質問は一年で一回だけ20分しか質問出来なくて、まともに発言出来るのは討論の時だけという状態で差別を受けていた。

 北海道の栗山町などのように小さな町が議会基本条例を制度化して議会改革を推進している一方では、67万人という住民が住む大きな都市においてもこんな時代遅れの差別的な議会も実在する。

 議員の資質や議会の品格は、自治体の規模や議員数とは関係ない。いや、議員数が多くなればなるほど、議会を改革することは困難になるといっても過言では無い。

 ●国政選挙において、大敗を予測した党本部の選対委員長が起死回生を狙って票の大量獲得が確実視された人物にアプローチしたことをつかまえて、党の国会議員のみんながよってたかって批判したことから職を退いてしまった原因は、商才や戦略に欠けた無能な多くの国会議員や地方議員に責任がある。

 ○市区町村議員が行政実務に関心を示さず行政の改革改善に尽くさないのは、次期首長選の勢力争いにだけ関心を持つ議員と、議員職以外の自分の本職にだけ関心を持つ議員が議会の大半を占めるのが原因である。

 ●国政選挙実施を迫り任期の一年も前から「早く解散せよ!」と迫る政党は、野党でありながらも任期まで議員の務めを果たし国民のために身を粉にして尽くすことよりも、頭の中は一日でも早く政権を取りたいと考えていることに原因がある。

 このことから言えるのは、野党の国会議員は任期中、国民に尽くすことよりも、一年でも早く政権与党になるのを主に政治に携わっていることがバレバレである。

 ○かつて室戸市議会でこんなことがありました。国政選挙告示日が丁度、私たち室戸市議会の臨時会の開催日に当たった時の出来事です。

 「武井市長!何を考えているんだ!あんたは今日が選挙の告示日だと分かっていて臨時議会を開いたんじゃないのか!ポスターを貼りに行かないといかんのに」と5期目のY議員は叫んだ。

 新人議員だった私はその時、思いましたね。「そんなポスター貼りなんてものは、いかなる選挙支援であろうと議員の職務ではなく、自分の個人的な活動じゃないか。議会に来るのが嫌なら、議員をやめるか、自民党員を辞めればいいじゃないか。バッカジャナカロカ」。

 これは、そういうことを理解していない不勉強な議員が自分勝手なことを言っているにすぎなかった。

 議会への出席は議員としての責務だ。いかなる政党の党員であっても、告示日のポスター貼りの仕事は一般市民と同じレベルの個人的な支援活動。上の発言は議員を二十年近くやってきた人間の言ったこと。長い間、何を学んできたのかと腹立たしくなった。

 地方議員の皆さん、もし、7月に行われる参院選(もしかすると衆参両院のダブル選挙になるかも)の告示日があなたの町の臨時会の開催日と偶然かち合ったとしても、恥をかくだけだから、偉そうに首長に向かって上のような馬鹿げた発言は決してしないように。

 以上、行政や議会において至らない点があるのは、全て地方議員の側にあるとご認識頂きたい。加えて首長にもある。


 行政が適正化しなかったり、議会が活性化しないのは、すべて議員が悪いからだ。

 議員が良くならないのは、議員が自分の資質を高めるための勉強や行政調査に関心を示さず、次期政権を牛耳るための勢力争いとか国からの補助金を奪おうとかに思いを巡らせてばかりいるからです。

 極論しよう。

 議員が良くならないのは、性格的に元々「熱く」ないからです。つまり、「この地域をよくしよう」という情熱も無いのにただ報酬ほしさに議員になったのが悪いんだ!


 自分の国が良くならないのは、そして自分のまちが良くならないのは国会議員と地方議員、そして首長にその原因があり、それによって生まれた“負債”の全てに責任がある。 


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余所者

2013-05-20 | 地方のあり方
 過去に何でも書いた一つの地域づくり論の一つですが、もう一度、振り返って考えてみてほしい。

「地域づくり論や厳しい地方政治論なんか読むと辟易する」とお考えの方はここで撤退して下さい。無理に読んでもらわなきゃならない理由なんかないんだからね。(笑)


 昭和61年に始めた喫茶店経営の売上から多くのお金を投資して県東部を中心にして行っていた地域づくり活動でも、平成2年から10年まで発行していた手書きの地域情報誌上でも私はこう主張し、書いた。

 「外に学んで、内に活かせ」。

 どの地域においても、その地域の「外」で活躍する人や行われている事業から学んで来、その学んだことを「内」、つまり、自分が住む地域に活かすことが肝要であるとの教え。

 私は室戸市以外の人にとっては“余所者”。特に自治体の政治に関わっている人たちが考えなくてはならないのは、室戸市だって市外の市町村だって、大きく捉えて高知県だって、みんな“余所者”である地域外の人たちのお世話になってようやくその地域が存続している。しかし、そのことをみんなが全く忘れてしまっています。

 観光事業に関しても、地域における商店経営に関しても、企業経営に関しても、言い出せばきりがないほど、“余所者”に世話になっている。そのことを忘れてはならないが、みんなこのことを忘れてしまっている。

 でも、地方に行けばいくほど、この“余所者”が嫌いで、排除しようとします。

 時に、「“余所者”のあいつが首長選に出るそうだから、出れないように現職を早く出馬宣言させよう」と大勢の人が動く。

 地方に行けばいくほど、どの地域も多くの“余所者”の支援や協力や投資によってなんとか存続してきたし、いまその“余所者”の支えがなくなればその地域は消えてなくなってしまう。なのに、“余所者”による応援を当たり前と思っているのか、観光客という“余所者”によって自分たちの町や村が存続できていることをみんなが認識しないまま、「自分たちの力だけで存続させている」と勘違いしている。

 うちの妻じゃないが、「おかしいよねー」。

 くれぐれも申しておきます。 

 廃れゆく地域を存続させたいと思っているならば、私が長年にわたる地域づくり活動の中から創案した教訓、「外に学んで、内に活かせ」を忘れてはならない。

 地方は、“余所者”あっての町や村の存続。“余所者”がいてこそ、自分の地域が生き残れているとよく理解すべし。“余所者”の応援や高い能力によって、自分の地域が生き残れているとよく理解すべき。又、“余所者”を排除する度に自分が住んでいる町や村の過疎化が早まると解せよ。

 如何に東京のど真ん中の銀座という町であっても、また地方の室戸市のような四国という島の末端にある過疎化が進む町であっても、いかなる町や村においても、こうしてみんなみんな“余所者”の世話になって生き残っていっています。東京銀座だって、そこに住所を置いて暮らしている住民だけで「銀座」という小さな町が存続しているわけじゃなく、店にやってくるのは全て、“余所者”ばかり。その“余所者”で「銀座」という町は成り立っているのである。このことをみんながよく理解し、認識することだ。

 自分たちの町や村に住む人が偉いくて生き残っている訳じゃない。そう勘違いしてはならない。むしろ、そこに住む人のダメさ加減を“余所者”が補ってくれている事の方が多い。だから、自分の町や村の住民じゃないからと言って、決して“余所者”と呼ばれている地域外から来た人を排除してはならないのである。

 観光客となって自分が住む町にやってくる。芸術文化を実践しようと村にやってくる。それがお陰で自分の住む町や村にお金やアイデアや人的交流という“財産”を創出させてくれている。そうやって日頃お世話になっている“余所者”から学ぶことも、町や村のまちづくりには重要なポイントとなる。

 これらのことは住民はもちろんのこと、首長や行政職員、そして議会議員ら、町や村の自治体関係者は特に、頭に叩き込んでおいてほしい。都会の人たちはこのことをよく理解しているが、地方に行けばいくほどこのことを理解している人が少なくなる。だから、地方が枯れて行く速さが早いのです。これが地方衰退の一つの理由。

 これを「都会と地方の能力の差」と表現してもいい。

 「都会は商売の仕方を知っているが、地方の人たちは商売の仕方を知らない。だから、より早く衰退してゆく」。

 但し、公務員は地域が衰退していても高い給料をもらいながら政治に関わっているので、地域が衰退していても辛くも悲しくも無く、痛い目をみるのは地域に住んでいる住民たちだけ、ということになる。これまで室戸市議会においては公務員である議員たちが違法な議案でも不正な財政支出の議案でも賛成してきたことでわかろう。

 願うのは、常勤特別職公務員の首長、地方公務員である行政職員、そして非常勤特別職公務員である議会議員の皆さんは常日頃からこのことに思いをいたし、あなた方の雇用主である住民のために休むことなく働いてほしいということです。

 もう一度、申しておきます。

 “余所者”だといって地域外から移り住んできた人を嫌っていたら、地域は廃ってしまう。


 蛇足ですが、もうひとつ、地方政治に重要な要素を書き加えておきたい。

 「あいつは不正な政治に対して厳しい」といってそのたびに議会に一人いるかいないかの公正な政治家を政治の場から排除していたら、政治体質の悪化はますます進み、その地域はそれとともに廃っていく。

 住民はこのことをあまりよく解っていないようだが、認識していなければならない。

 ではどうすればいいのか? それは、公正な政治家を尊び、まちの政治の場から不正な政治を行う首長とその不正な政治に賛同する議員たちを全員駆逐すること。それですべて解決する。

 えっ、「私の町には平気で不正な政治運営を行いその不正に賛成する政治家しかいないから、そんなことをしたら、町や村の政治の場から政治家がいなくなってしまう」って? それもそうですね。

 ンーン・・・。その対策をみんなで考えてみてください。

 私が考える対策の一つは、不正な政治運営を行った首長は即刻、辞職勧告が発令されるように住民から強い要望を出し、条例で取りきめること。二つ目は、首長が国の法令や自治体の条例などの不正な事業案を議会に提出して表決においてそれに賛成した議員がいれば即、住民が辞職勧告を下すことができるように条例で取りきめること。

 こうできたらどんな不正な人物が政治の場に出てきても、みんな我が身が可愛いから、また、当選して政治家としてまともに働かなくても貰えるようになったせっかくの収入源を絶たれてしまうから、全員が公正な政治家になるでしょうね。(笑)

 これしかないが、いくら住民から「お前たちがすることはまったく信用ならない。こうしろ!」と引導を渡しても、議員たちが議会でこのように自分たちに厳しいルールを制度化するかは非常に疑わしい。


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絵馬「七福神富士旭光宝船」の制作を終了

2013-05-18 | 私の絵画制作活動
 先月4月21日に描き始めた大絵馬「七福神富士旭光宝船」は一か月足らずの16日に描き終えました。

 大きさは、180×100㎝(タタミ1枚の大きさ)。

 (横幅一尺ぐらいの、小さな原画)

  

 (その原画を基に書き起こした下絵)

  

 (制作を終了した作品)

  

 これで七福神の大きな絵馬が2点完成したことになりますが、出来栄えはどうでしょう?。

 江戸期に3人の浮世絵師によって描かれた小さな浮世絵の原画よりは出来栄えはいいでしょ?

 一昨年の11月に描いたこの七福神の大作と比べてどうでしょう。

  

 描いている絵はすべて、妻のために描いている。

 これまで長年行ってきた地域づくり活動や地域雑誌出版によって出費はかさみ生活は困窮、苦労を掛け続けた。そして、市議選のたった二人だけで行った選挙運動でも苦労を掛けた。

 その妻のために描き残そうと考えてのことですが、その当家の奥さんは今回描いた絵の方がいいと申しています。

 「愛読者」(笑)の皆さんはいかがかな。


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「室戸市福祉給付制度適正化条例」

2013-05-17 | 組織のあり方
 夕刊フジにこういうニュースがあった。

 ≪「生活保護でのギャンブル禁止」条例、反対意見は1%以下  生活保護でのギャンブル禁止条例を、市民は圧倒的に支持。

 生活保護費や児童扶養手当をパチンコなどのギャンブルで浪費することを禁止し、市民に情報提供を求めた兵庫県小野市の「市福祉給付制度適正化条例」について、同市に寄せられた意見や苦情約2700件のうち、市民からの反対意見は1%以下であることが分かった。一部で「監視社会を招く」との批判もあったが、市民は圧倒的に支持しているようだ。

 民主党政権時代に3・7兆円(2012年度)まで膨らんだ生活保護費。財源は税金であり、不正受給やギャンブル三昧など許されない。

 小野市の条例は、受給者と市民、市の責務を規定しているが、中でも、不正受給や常習的浪費を見つけた場合、市への情報提供が「市民の責務」と記載されたことが注目された。

 同市によると、4月1日の施行から5月13日までに市に寄せられた意見や苦情は計2713件。賛成1668件、反対976と賛成が多く、さらに市民の「反対」意見はわずか23件、全体の0・84%だった。

 この条例をめぐっては、生活保護の不正受給を徹底追及してきた、片山さつき総務政務官(自民党)は「この条例を参考に、全国の自治体も生活保護の地方自治による適正化を考えてほしい」と、夕刊フジのインタビューでアピールした。≫


 小野市が制度化した「小野市生活保護条例」について、このように伝えています。


 室戸市もこれと同じ体質にあるとよく聞きます。「あの人は生活保護でお金をもらっているのに、パチンコへ行っている」とか、「あの人は生活保護をもらっているのに、車を持っている」とか、これまでたくさんそんな話を聞いている。いまもそんな人がいると思っている。

 だから、室戸市もこの条例を作ってそんな不正な行為をする市民に歯止めをかけなくてはならない。

 片山さつき総務政務官(自民党)も「この条例を参考に、全国の自治体も生活保護の地方自治による適正化を考えてほしい」と言っています。

 生活保護受給者が多い室戸市にも「福祉給付制度適正化条例」を作る必要がある。

 正しく市から給付されている生活保護費を公正に生活に使う人は別にして、給付を受ける資格がないのに市の担当者をごまかして給付金をもらったり、給付金をパチンコや競輪、競馬、競艇などのギャンブルに使ったりしている人を規制するために、この条例を制定し制度を厳しくする必要があります。

 しかし、考えてみると、この条例を小松市長や市会議員が制度化する度胸があるのかは、大いに疑問に思う。

 かつて、私が室戸市議会議員を務めている時、こんなことがあった。

 当家にやって来て、「生活保護をもらいたいからあんたから市の担当者にくれるように言ってくれないか。私が市福祉事務所に行って話しても『資格がない』と言うから」と頼みに来た市民がいた。

 その依頼に、私はこう話して引き取ってもらったことがある。

 「正規に本人が市の担当者にお願いしても『ダメです』と言われたということは、資格がないということ。それを私がいくら申請のお手伝いをしても同じことじゃないでしょうか。それに私は、公正に法律に基づいて正しい業務を行っている市職員に対して圧力を掛け、強引に法律を犯して支給させるなんてことはするつもりはない」。

 するとその方は「○○議員に頼めば生活保護をもらえない人でもくれるようになると言ってましたよ」と、言います。

 それを聞いて、私はすぐにこう言ってお断りした。

 「生活保護申請の資格がない人は資格がないということで、貰えないのは当然です。それを、市会議員が市福祉事務所に言うと生活保護をもらえるようになると言いますが、そういう例がもしあるとすれば、それは市会議員が福祉事務所の職員に圧力を掛けているということで、公務員という立場の議員としてあってはならない行為です。見損なってもらっては困るが、私はそんな下品で悪質な市会議員ではありません。もしこんなに説明しても解らないということなら、その議員に頼めばいいでしょ。悪いけんど、私はそんな悪いことはしません」。

 そう対応してお帰り願った。

 男性は怒って帰って行った。

 その男性はその後、他の議員に同じようなことを頼みに行ったそうです。それをもらえるようになったのかもらえなかったのかの結果までは知りません。

 私は市議会で市長や市会議員に対して正論を吐いて厳しく主張するだけじゃなくて、理不尽で筋の通らないことを言う市民にも、我が父に教わり、孔子の教わり、会津藩の教えに学んだ“為らぬことはならぬものです”の教えをこういうふうに忠実に守り、それに基づいて正論を吐いたりするから、落選したりするんですよね。(笑)

 蛇足ですが、このような揺るぎのない正論の一つも吐けない者が市長や市会議員になっても何のくそのツッパリにもならない、と言っておきたい。

 いまの室戸市議会議員の中に、このように生活保護者が給付金をギャンブルに使っている不正受給を防止する条例を市議会に提案する勇気ある議員がいるとも思わないし、議員の圧力を受けながら市長がこの条例を市議会に提案する勇気があるとも思っていないので、室戸市において「室戸市福祉給付制度適正化条例」の制度化は難しいとは思う。

 だから、市長であれ市会議員であれ、この条例を制度化したいと考えて条例案を市議会に提案した人物がおれば、その人は度胸があると市民は称賛してもよい。

 そして、もし市議会にこの条例が提案されれば、きっと、この条例制定に市民の99%は賛成するであろう。


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