青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

室戸市の副市長がまたも任期途中で辞職

2013-03-11 | 政治家のあり方
 私は高知新聞の真崎室戸支局長が書いたジャーナリストとしての配慮が余りにも足らない記事に怒りを覚え、結婚して所帯を持った昭和42年からずっと四十五年間、他の新聞に浮気もせず欠かさず購読してきた高知新聞を、昨年11月末を以って止めた。

 理由は、理路整然としている。

 一つは、ジオパーク拠点委員会に関する5、6回にわたる記事の内容が30歳ぐらいの若い者が書くにしては余りにも不遜な内容の記事が続いたからである。

 仮にも四国八十八か所の住職をしている室戸では名士でもある人に対しての「ちゃぶ台返し発言」など一連の記事には呆れ、「この野郎」と思ったものです。

 件の住職を私が好きとか嫌いとかは関係なく、室戸市だけでなく県内にも名の知れた方。その人に対し、記者としてはまだほんの駆け出しで室戸市に対する貢献度もない若造が名指しで侮辱したその度胸に呆れた。

 まだある。そのすぐ後に書いた「さい銭10円を盗った」の記事。そこには、住所、氏名、年齢等々を詳細に書いてあった。

 これにも「この野郎」と怒り心頭だった。

 私が住んでいる地域にはその名指しで記事を書かれた人のご両親も住んでいる。盗んだといっても10円だ。それでも窃盗には違いないが、普通の常識をもった新聞記者ならばその程度の罪で名前まで書くか? 違法な政治運営をする市長や利権を以って市政をゆがめる市会議員など政治家ならば住所、氏名、年齢まで書けばいいが、さい銭箱から10円を盗ったその人物の名前を書いて誰が得をして、誰が損をするのか。

 「記者は一度そのことをゆっくりと考えてみよ! もし自分の兄がそういうことをした時、自分がそれを実名で報道できるか、報道するかを。両親の気持ちはどうかも」。

 とにかく配慮が足らん。中国や韓国ではこの日本のことを「小日本」と言って蔑(さげす)むが、その倣いでいえば、「小記者」だ。

 私に言わせれば、「おい、新聞記者、お前は何者だ!」てなもんだ。「どれほど、偉いんだ?」と聞きたい。「早く室戸からいなくなって、本社に帰れ」と言いたい。

 それと、室戸から本社に原稿を上げ新聞に掲載する前には記事をチェックする整理部がいるが、その部署にいる社員はなぜこの「誰々が10円を盗った」と実名で書かれていることを見逃したのかも問題であるし、宮田社長がその真崎記者が書いた一連の記事を見て何も行動を起こさず室戸支局においているのはなぜか、この理由も聞いてみたいものだ。

 それとも、上司は部下に対し「病気ゆえにさい銭の中からから10円を盗っただけの人でもちゃんと名前と住所と年齢と電話番号まで記事原稿を書いて高知県民に告発せよ」と指導しているのか。

 もう一つ、これは以前も書いたが、高知新聞を購読しなくなった理由は通販の1ページ広告が増えたこと。これは会社存続のための経営上の問題だから解らないでもないが、毎朝、新聞を開いた時に読者がうんざりすることは間違いない。

 それに、別売りだった子ども高知新聞を高知新聞に差し込み県民には解らないだろうと本来の高知新聞のページを極端に削減したこと。「高知」がこういう実態にあると解る県民は解るが、解らない県民はいまだに解らないだろう。

 以上の四つ、五つの理由で、昨年に「ちゃぶ台返し発言」や「誰々が10円を取った」の記事が出て間もなく、私は新聞配達をしているおばちゃんのところに行って「読売新聞と替えて」と頼み、12月1日から読売新聞を購読している。

 「読売」は地元の記者も良くて取材依頼をしたらすぐに来て動いてくれたが、最近の「高知」の室戸の記者は取材依頼をしても動かない。かつて私が市議だった時に小松市長の違法政治についてお教えしてもそれについての記事を一つとして書かなかった。これも私が「高知」を止めた理由にある。政治の不正も書けない記者はジャーナリストとはいえない。

 又、「読売」は新聞内容も政治や文化などの読ませるところが多くていい。時間がたくさんある今の生活の中でも、夕方までに関心がある記事をすべて読んでしまうのが難しいほどだ。

 それに、「高知」は30ページしかないが、「読売」は40ページもあって購読料は同額の3070円。地方欄が手薄なところが少し物足らないが、地方政治とは縁を切って関心も薄れたことから、県内市町村の政治の動きや室戸市政・市議会の動きが解らなくても、どこかの市会議員さんたちじゃないが、「まー、いいか」と思っている。

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 前置きが長くなったが、ここからが本題。

 この土曜日のことです。よく行く喫茶店で「県内自治体の3月議会はどうなっているかな」と高知新聞の地方欄を見て思わず笑ってしまった。

 それは、「議会報」のページの室戸市議会開会の日の記事に「室戸市の木下副市長、この3月末で辞職」とあったから。私は元来、情にもろく不正には厳しい勧善懲悪の精神が強い人間で人の不幸を見て喜ぶような男ではないが、副市長に逃げられるのがこれで二人目となれば、「何やってんだろうなあ」と笑ってしまうのも無理はなかろう。

 「相変わらず、副市長や市職員には強圧的に対処しているからだろうなあ。だから、さすがの木下氏も・・・」と再確認したというのが、本音。

 「なぜもっと素直になれないんだろうか。市長と言ったって、候補二人の内の“どっちがいい?”と選挙で選ばれただけのことで大勢の市民の中から選りすぐりの優秀な人物が選ばれたわけではないし、それほど偉くもない地位なのに」。


 思い出しました。過去にもこんなことがあった。

 まずこの記事をお読みいただきたいと思います。私が室戸市政と室戸市議会の情報を公開するためにブログを書き始めて約1年半がたった、2009年(平成21年)8月21日に書いた記事です。

 予備知識として説明しますと、小松室戸市長が初当選して市長に就任したのが2006年(平成18年)12月で、この記事にあるT課長が副市長に選任されたのはそのすぐ後の翌年1月29日の臨時議会のことでした。それが…


 ≪本日(2009年8月)21日の午前10時より議員総会がありました。議題は室戸市におけるブロードバンドの整備についてで、市から説明を受けた内容について市民の皆さんにもお知らせしようと考えていました。

 しかし、この説明が約1時間半あってこれで総会は終わるのかと思った時、小松市長から次のような報告があった。

 「実は、今般、副市長の方から職を辞したいとの申し出がありました」。

 私だけでなく、議員みんなが驚きました。

 そうして、T副市長が最後の挨拶に立った。

 これは誰だって「どうして?」と思い、「病気なのか、それとも・・・」と思うのが人の心。政治に関わる人間で、その番頭格である副市長が任期の途中で退職するということは、病気でなければ他に何か原因がなければ、そうそうあることではない。

 副市長はその原因については「一身上の理由で」とだけ語り、真意は黙して語らずだが、これまで市政の動きを厳しい目で監視してきた私に心当たりはいくらでもある。ここからは私の推測だが、あながち間違ったものではないと思う。

 今の市政状況をいうと、

 ◆小松市長と議員との関係悪化。これは、議会で議員が示す適切な行政運営についての意見や方向性への問題点の指摘などに対して、市長が「反問」ならいざ知らず、議員に対して「反論」を加えるなど、傲慢で不遜な態度を見るに付け、その人間性が原因であるのは間違いない。
加えて、これまでの二年間、室戸の一つの政治勢力が市長にある種の圧力を掛けて議会と室戸市政を動かしてきた、そのゆがんだ組織運営が議会との関係を悪化させていることも今回の副市長辞職という“事件”に少なからず影響している。

 ◆小松市長と市職員の関係悪化。これは、職員の意見に耳を貸さないという市長のあり方が原因。いわば“問答無用”のやり方で職員に接すれば、職員は自分について来ないし、誰も後をついてゆかない。当たり前の話だ。(ひざを交えてその当事者である職員から直接聞いた話だから、事実)

 18年の市長選の時には私に、「話を聞いてくれない」と、当時の市長と自分たち市職員とが理解し合えないことをこぼしていたのに、いま自分がそれ以上に職員の話を聞かずに独走していることに気付いていない。いわゆる“裸の王様”になってしまっている。

 いま市職員は、みんな真面目に仕事をしています。でも、こう考えているのは私だけではないと思うが、多くの職員は一つの原因が基でなにかやる気、情熱を失っている。それは、リーダーがリーダーとしての資質に欠けるから。

 私も人に教えるほどの人間ではないが、これまで人生を歩み学んできたことを基に言わせてもらうと、弓には“なえし”(柔軟性を指して室戸ではこう言う)が無ければ、折れてしまう。人の世も、人と人との繋がりは、「情愛」や、「思いやり」や、「支え合う心」という“なえし”の術が無ければ、途端に途絶えてしまいます。

 市長と市職員は別々のチームではない。室戸市という一つのチームで仕事をしている、いわば監督と選手という仲間同士。だが、行政において、野球チームの上下の関係のように上に立つ人間が「オレが上で、お前たちは下だ」と思ってしまったら、もうおしまい。それによって発せられる頭ごなしの言葉は、“剣”になる。刃を向けられたら金輪際、仲間にはなれません。どちらかが退職していなくなるまでそんな関係は続いてゆきます。

 市長ももっと肩の力を抜いて、協調性を以って、謙虚に市職員と力を合わせ市政の事務事業を行えばいいのに、それがどうしても出来ない。それは、人を許すことができないから、人の能力を認めることができないからです。職員から聞こえてくるのは、私たち議員に議会で発すると同じ状態なのか、「すぐ怒るし、聞いてくれん」の不満の声。

 それと、今日の議員総会で思ったのは、市長のデリカシーの無さ。つまり、細やかな心配りがない。

 副市長が退職の挨拶をする前に市長がわれわれ議員に説明した言葉が振るっていた。「尚、議会前ということもありますので、副市長の後任は早い時期に選任したいと思います」。いかにも事務的に言い放つ。

 すぐ隣に副市長が座っているのを十分知っていながら。

 だから、私が「デリカシーが無い」、「人に思いやりが無い」というのです。一事が万事、これ。

 仮にもと言っては失礼になるが、これまでニ年七ヶ月、自分を補佐して助けてくれた人物だ。「全て給与をもらってやっていることだから、辞める人間に情けはいらない」というものではなかろう。これまで自分のために尽くしてくれたとか世話になったということも、多々あるだろう。そんな恩義のある人との別れの場だ。もっと言いようがあるだろう。日頃、誰に対しても感謝がないから、そのように退職する重役がそこにいるのに、事務的に言い放ち処理してしまうのだ。

 これまでのことを副市長の身になって考えてみた。彼にとっては苦しく悩み多きニ年七ヶ月だったろう。

 市長職ニ年九ヶ月の行政業務は問題点ばかりだった。当然、市長と市の職員との関係はスムーズに行かず、職員には不満がたまる。職員は関係改善のために副市長に頼った。しかし、トップがそれではその関係もうまくいくわけがなかった。副市長は板ばさみになって悩み続けた、・・・ということだと思っている。

 最近、時折見せるうつむき加減の寂しそうな表情は知っていたが、「立場上、なかなか仕事が難しいんだろうな」ぐらいに思い、まさか辞職するとは思いもよらなかった。

 T副市長には、市長になり替わり、私からこれまでの市政への貢献に対し心から深く感謝申し上げます。心を込めて・・・。

 どうもおつかれさん。言いたい事が言えない苦しみ、こうしたいという事が出来ないつらさは、よく解かっている。本当に気苦労の絶えない日々が長く続いたと思います。そう考えると、我慢に我慢を重ね、耐えに耐えた結果の結論だったのでしょう。ご苦労さんでした。

 私が議員になったのは15年5月でしたが、以来これまで行政に慣れない私の無知にも嫌がり嫌うことなく、にこやかに色々とお教えいただいた。お礼申し上げたい。

 特に思いだすのは、市庁舎前の駐車場整備を議会で提案した件について。前市長と共に担当課長としてご理解頂いて無事市民の利用効率のよい駐車場を作っていただいたことは、他の行政関係者がみんなこの事業のことを忘れたとしても、私だけはいつまでも感謝を忘れません。

 又、先頃私が出版した地質写真集と重伝建保存地区の画集出版の時には高く評価していただいたことも、忘れられません。

 室戸には自らが汗をかかずして他人のアイデアや成果を横取りする悪い人もいます。その反対に、T副市長のように住民による地道な活動を正等に評価し称える人もたくさんいて、本当に励みになり明日への力になっています。

 この8月31日を以って退職されるとのことでしたが、退職されてもご夫婦仲良く生活され、また老後というにはまだ早いので、また何か興味あることを見つけて再度、どこかでご活躍なされることを期待しています。

 でも彼のことを慮れば、どう考えても悔しいよね、一所懸命に頑張ってきた人が報われないなんて。≫



 次は、その約1カ月後の2009年9月18日に書いた記事。

 ≪あくまでも内定ですが、不在になっていた室戸市の副市長が九分九厘決まりました。その人は現在、室戸市の企画財政課長の木下さん。

 昨日、常任委員会での議案審議が終わり、あとは29日の閉会日を迎えるだけとなっていた、そんな今日のこと。小松市長は木下課長の副市長就任の同意の意向を伺いに午前中から一日掛けて議員の家を一軒一軒、回った。

 市長は、議会では唯一、不正や違法、不適正な行政業務を追求している議員である私の家には一番、来にくかった(後日聞いた、年配の市議による情報)ようですが、午後1時ごろに当家にやってきて、「何とかよろしくお願いします」と頭を下げた。

 私は市長のその態度を見て、「全てにおいてそのような謙虚な態度で議員にも市職員にも接すれば、何も問題は起こらないのに」と思ったものです。

 力み過ぎているのか、肩に力が入っているからか、日頃こういう謙虚な姿勢が無いから、業務の取り扱いや議会審議などにおいてあっちこっちで衝突して不評を買い、批判を生んでいる。

 今日、当家を訪れた時、市長はT前副市長が辞職したことについて、問わず語りに市長はこうもらした。「なぜ辞めたか、私にもわからんきんねえ」。私の顔を見ずに、俯きながらそう言った。

 私はなんとも言えませんでしたし、気持ちが理解出来なかった。

 本当に解からないのか、わからないことにしているのか。市長が自ら言ったように、きっと本当にT副市長辞職の理由を測りかねているのだろうと思った。

 この電子情報誌でも副市長辞職の理由や「番頭」の記事の中でも書いたように、毎日顔を合わせていない私には手に取るようにその理由がわかるのに、副市長室とは隣どうしの部屋で毎日執務をしている市長が副市長辞職の理由がわからないとは。

 市長の話を聞いて、ハッキリと解かりました。T前副市長辞職の原因はそこにあると。市長は相手の気持ちになって物事を考えることができない人のようです。「人の痛みが解からない人」。ということは、「人にやさしくない人」。

 議員と市長とは日頃の付き合いはないが、市職員や副市長と市長とはそうはいかない。毎日顔を突き合わせて仕事をします。すぐに強がる市長の声を聞いて、市職員は市長の顔色を見ながら戦々恐々としながら仕事をしている。それは見れば解かるし、私の調査結果もそうだ。

 この状態をカイゼンするには、市長自らが性格を変えるしかない。一生懸命仕事をしている職員は変えられない。だが、間違いは正さないし、改めもしない。だから、市長が変わるしかない。

 でないと、室戸市はますます沈んでゆく。

 良くすることはなかなか難しいが、悪くならないようにさせることは出来る。それには市長が変わることだ。それしかない。

 誰かが市長を補佐しなければならないという事を考えると、手腕は別にして、木下課長の副市長就任に私は同意します。唯、この事に関しての条件は、市長がこれまでとはガラッと変わって、誰にもにこやかに誠意を以って対応すること。市の職員とは和を以って仕事をすることは勿論のこと、我々議員にも誠実な姿勢で議会答弁を行うことです。人生とは、そうすることによって、回りまわって自分の方に効果となって帰ってくるものです。これからはそんなこともよく考えながら職務に専念して頂きたいものです。これは守ってもらわないと困ります。

 これが担保されなければ、T副市長の時と同じように今度の副市長も市職員との板ばさみになり、彼を悩ませ、市長任期の22年11月までにまた副市長辞職という事態になろう。もし上に書いたような事が守られていないと感じたら、何かの機会に議会で強くカイゼンを求める事になる。市職員のためにも、私は言わなくてはならない。

 この副市長人事は議会閉会日の29日に議会の同意を得て、決定されます。まだ議員全員の意思はお聞きしていないが、悪いことには「悪い!」とハッキリとものを言う議会唯一のガンコ親父の私が同意するぐらいだから、まず大丈夫でしょう。唯、これで人事は全て終わったわけではなく、今度は企画財政課長が欠員となるので、この課長を誰にするのかで市長は苦心しなくてはなりません。だから、今度の副市長人事によって、年度の丁度真ん中で市職員約四名ほどが異動することになる。

 しかし、副市長に市職員OBが、という話でなくて良かった。

 その候補と聞いていた人物ならば現職時代の不正や不適正という業務態度を根拠に反対討論を行うつもりだったので、私もその人に恥を掻かせることにならなくて良かった。それについては、もしかしたら私がこの電子情報誌で少し牽制してやったのが功を奏したのかもしれない。≫



 先日の新聞によると、今月末で辞職する木下副市長の辞職理由は「市職員の退職の年齢60歳が来たので、退職する」とあった。そして、「任期は10月1日」とある。

 市長と副市長の関係がよければ任期までのあと半年ぐらい、職を辞したりはしない。9月末まで務めるだろう。それを、どうしても公務員の退職時期の「60歳」として3月で辞めたいという点が理由として疑わしく、如何にも取ってつけた理由で、市長と副市長のお二方は、表向きの理由をそうしておきたいのであろうと私は解釈している。

 市職員の皆さん、前回のT副市長辞職の時も課長の方々に私は「もし引き受けたりしたら辛い目に遭うから、受けられんぞ」と声掛けをしたが、今回もご忠告しておきます。

 どんな目に遭うか解っているとは思うが、副市長職の打診があっても絶対に引き受けてはなりません。

 『副市長は今の課長職の給与よりも200万円ほど年収が多いきんなあ』なんて欲深いことを言ってたら痛い目に遭います。

 「君子危うきに近寄らず」という。止めちょきよ。



※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、3月11日(月)付けGooブログランキング(183万8716ブログ)中、3442位でした。
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新作「土佐室戸百鯨絵図」の制作を開始

2013-03-09 | 私の絵画制作活動
 絵画に関心のない方、ごめんなさいね。 

 2月15日から描き始めた「猿岩」は3月1日に制作を一応終了して、3月6日からは2011年6月から絵描き生活に入って18作目となる作品「土佐室戸百鯨絵図」の制作に入りました。

 パネルの大きさはいつものようにP100号(162×112)。

 この作品づくりは、私が30歳代の絵描きのように毎晩毎晩、油絵を描いている時、浮世絵の線描に関心を持ち始め、その小手調べとして版画をやりたくなって90センチ四方の大きさで「土佐室戸百鯨絵図」と題する版画作品を仕上げた。

  

 かつて室戸は沿岸にやってくる大小の鯨を獲って生計を立てていましたが、その江戸期ぐらいの捕鯨風景を題材にして、絵図のような描き方で制作した版画だった。(写真は版画を転写したコピー)

 家に一枚だけ残ったその作品を30年ぶりぐらいに今度は、もっと大きな画面にアクリルで描きたくなり、その元絵となる版画作品を転写する作業を行いました。

 まず元絵となる版画をトレーシングペーパーに写し取り、制作する絵が版画よりも大きいためそれを110%ぐらいに拡大コピー。そしてコピーしてできたたくさんのA3用紙を今度は1枚1枚うまくつなぎ合わせて90×90を約110×110にした。それを今度は、作品を描く160×110のパネルの上に乗せカーボン紙(A4大)をその間に敷いて、また少しずつ少しずつですが線を鉛筆でなぞってパネルに写してゆきます。

 これまで洋画ばかり描いていたので知りませんでしたが、日本画を描く時にはいつもこういう手法で描いているらしいです。

 そうして、こういう手法を使って下絵を本作品の画面に写し取るのは初めてだったのであまりはっきりとは写し取れませんでしたが、ま、「よし」としました。

  

 版画作品と比べていただけばお分かりだと思いますが、写し取ったパネルの絵には左右の余白となった部分に新たに創作を加えてあります。それはそれで、版画を作った30歳代の時の考えは飛んでしまってないから、それなりに苦心しました。

 (部分写真)

    

    

    

 目指す完成作品は、版画の黒い線描と金色、そして余白の白。この、3色で描いてみたいと思っていますが、空と海の青色、陸地の緑や黄色、鯨を追う船と旗の色など、「少しは他の色も使わなくてはな」とか、「画面全体へ大胆に原色を置いてみようか」などと考えている。

 こだわり続ける線の面白さを追及しながらも楽しみながら描こうと思っていて、これまでのアクリル画の作品のように苦心することはないと考えているが、さてどうなることやら。

 絵を描くにおいて大事なことは「小さくまとめようとしないこと」。描き始めてしばらくは素材の良さを押し殺すことなく、暴れさせること。そして、最後にその首根っこをつかみ抑え込む。そんな感じで終始、制作に没頭できればいい作品ができると考えている。

 そして、「個性な表現をどれだけ出せるか」。

 又、「こう描きたいんだという強い気持ちで以って、しっかりと細部まで描き込むこと」。

 これは県展審査員からの教えですが、いつもこの三つは忘れてはいけないと思って仕事をしています。

 地方議員だって、売れない絵描きをしていたって、心構えは同じ。「いつも真剣に向上心を以って仕事に取り組むこと」。これしかないと私は思っている。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、3月9日(土)付けGooブログランキング(183万7606ブログ)中、4553位でした。当然といえば当然ですが、やっぱり会社や自治体がお休みの日は検索数が極端に減ってしまいますね。
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当初予算案ですら質疑のない室戸市議会でいいの?

2013-03-07 | 議会改革
 次の記事は、行政改革と議会改革に努力していた私が室戸市議2期目の、2010年(平成22年)6月24日に書いた記事。

 「当初予算に一つも質疑しない産業厚生委員会の委員はおかしい」と書いたこの記事を見た同委に所属する新人のY議員、3期目のS議員、2期目のT議員の3名が逆恨みし発起人となって、議長に要請して議員総会において議員16名中、1名欠席で、14名の議員が自分たちの職務怠慢を反省することもなく、悪くない方の私を糾弾した、その事例に関係する記念碑的な記事です。ご覧下さい。

 少なくても私が議員だった頃の室戸市議会とはこういう地方議会でしたが、今はどうなんでしょうね。


 ≪先の議会会期中のある日、何人かの議員と議員控室で歓談中、議会運営委員会の委員である一人の議員との会話の中でこんな話になった。

 私「議会の一般質問も早く一問一答方式にせんといかんろ」。その議員「なら、要望書を書いて議運委に出してよ」という。当電子情報誌の読者は知っての通り、小生、室戸市議会では唯一の議会改革を目指している議員。二つ返事で「はい、じゃあ作ってきます」といい、二日がかりで要望書を書きあげて、議会閉会日直前の21日(月)に議長と議会運営委員長あてに議会事務局へ提出した。

 そんな23日(水)の閉会日のことでした。開会前の議員控室で議員が歓談しているときのことです。

 先に「一問一答方式をやりたいなら要望書を提出してよ」といった件の議員がいたから、「一問一答方式の要望書を議長と議運委員長宛てで出してありますから頼みます」と伝えた。しばしその一問一答方式について周囲に座っていた議員数名と議論があって、そのなかで私に要望書を書かせた議員曰くに、「今の議員の質問持ち時間の50分も30分ぐらいに減らさんといかんなあ」と口走った。

 この話はとんでもな言い草で、私が目指す市議会改革の一助にと私が苦心して要望書を書いて出した、それを利用して、この機にわれわれ毎議会質問時間の50分いっぱい使って質問している議員の発言時間を少しでも封じ込めてやろうという魂胆がみえみえだった。私が怒らんことか。

 「あんたは何をいようがあぜ。私に要望書を出せと書かせておいて、それを利用して、毎議会持ち時間の50分いっぱい使って質問している私らの質問時間を30分に減らそうというがかね! 自分が質問せんきん他の議員の質問時間を減らしてやれという魂胆かね! そんなことをするんなら一問一答方式なんかやめや。要望書は取り下げるぜ」。

 そう私に叱責されると、件の議員、言われて自身の悪さにハッと気付いたのか、苦笑いしていました。とんでもない事を考える人です。

 私は毎議会、各議員の質問時間を計測してチェックしていて、その議員が過去7年3カ月の任期中の29議会に行った質問は、3回。私は任期中の29議会すべてに登壇し40分以上を使って密な質問を構成している。そういう私を市民の皆さんは存じて下さっていて、「谷口さん、よう頑張っちょうね」とよく声を掛けて下さる。そういう小生に対する市民の評価の声を多くの議員もあちこちで聞くらしく、それが日頃気に食わないようで、そんな不満がこんな時にポロっと飛び出します。

 つまり、議員特有のジェラシー、そこからくるいやがらせ。

 私の質問原稿の作り方は、この情報誌でも書いたことがある。行政改革、行政の不適正な業務改革のためにと二か月も前から質問をするための調査活動をし、議会開会一か月前から質問原稿を書き始め、その質問原稿を持ち時間の50分以内に終わるように本読みを何回も行い、議会開会一週間前まで持ち時間に合わせようと原稿を削除したり書き加えたりして仕上げてゆきます。とにかく、このように自分がやれるだけのことはとことん努力している。

 それを、自分が質問も質疑しないからといって、頑張っている他の議員の足を引っ張ろうとする。それは頑張っている議員が気に食わないからだが、なんと情けない行為だろうか。

 議会がこれでは、室戸が良くなるわけがありません。

 本当なら、自分も議会の一か月前から原稿を書くための調査活動を行った上で一般質問に登壇し、それも毎議会持ち時間の50分をフルに使って質問をする。そして、大綱質疑の時もすべての議案に質疑するぐらいの気持ちで議会前から自分の家で予習をして質疑原稿を構えてきて、登壇する。そうやって、議会を活性化するために議員一人ひとりが努力し尽力すべきものです。日頃、議員としてそう努めていたら、議員の大きな権利である質問時間50分を「30分にしよう」などと、自分の発言機会を減らすようなことは絶対に言わなかっただろう。
 
 ところで、もうひとつ、こんなことも市職員の中でかくれた話題になっている。

 ルールとして、毎年の当初予算案の議案質疑は、私が所属する総務文教委員会の議員は本議会では質疑できず委員会審議の時に質疑することになっていて、本議会では産業厚生委員会の議員しか質疑できないことになっています。これに関し、22年3月議会に行われた22年度当初予算案の大綱質疑では同委員会委員の7名が誰も質疑に登壇しなかったことから、課長ら市職員の中で「あれは問題だ」とささやかれています。思い返すと、この一年前の21年3月議会の当初予算案でも同じように誰も質疑に登壇しなかった。議会の在るべき姿を考えると、いま深刻な状況に陥っているといってもよいと思っている。

 当初予算書だから、議会開会日の前に用意すれば議員一人に何か一つぐらいは質疑がありそうなものですが、誰からも何一つ質疑がありませんでした。これがもしわれわれ総務文教委員会の8名の議員なら、当然私が質疑に出るし、他にも山本賢誓議員や久保善則議員など3、4名は登壇して何点にもわたって質疑していたでしょう。

 このことについては、以前から本議会で質疑がないことが議員間でも問題視されてきたし、この情報誌でも指摘したが、「問題だ」と正しい指摘をした私を批判するだけで、彼らに反省の色は今も全くない。反省すべきは、「議員である以上、市民の負託を受けた議員が努めて質疑に立つべきだ」と指摘する私や市職員ではなくて、質疑に立たなかった人たちであるのは明らかで、それは間違いないことです。

 私は以前、この情報誌で「本議会で質疑が一つもないのは議員の怠慢。質疑に立つべきだ」と書いた、すると、議員総会の途中から私に対する糾弾会議になり、欠席した一人の新人議員を除いた14名(この当時は定数16名)の議員からまるで私の方が悪いことをしたかのようにひどく批判され、名誉を傷つけられたことがある。集まった議員らは自分たちがとんでもない法令違反をしていることを知らないようで、私は誰が何を言うのかをカバンの中に録音器を忍ばせテープを回しながら、彼らの話をじっと聞いていた。

 でも、彼らは明らかに法令違反を犯していた。なぜかは、その人たちが調べればわかる。

 地方議員の皆さんは次のことをよく知っておいていただきたい。

 議会は「公開の原則」が基本で、議員は議会内で知り得たすべての情報を市民に知らせる義務と責任がある。議員は非常勤特別職公務員ですが、市職員が守らなければならない地方公務員法第34条「公務員の秘密を守る義務」は適用されない。

 それどころか、議員は「議会公開の原則を守る」義務を負い、「議員として知り得た情報を市民に公開する」責任があり、職務として知ったことや議会内の動きを市民に伝えても何の制限も罰も受けないことになっている。

 無論、傍聴人の市民や新聞記者が来て聞いていて、どの議員がどんな質問・質疑しているかが公開されている場である本議会や委員会審議などにおける全ての情報は、その時点ですでに公開されている。唯一、議員が秘密にできる場は、「秘密会」の議決をした時だけだ。

 それに、これらのことは議員になった時から、「議員になれば、議員としての任務を果たさなければ批判される立場にある」ということを、よく認識しておかなければならない。市民監視の議会は、仕事しなくても緩やかに許される一般社会のようなわけにはいかないのです。

 だから、その他の議場や委員会の様子を市民に伝えること(情報公開)はもうすでに市民が議場で見て聞いて知った時から許され、その事実をそのまま伝えることは議員の務めといえる。だから、情報公開に尽力するその議員は、むしろ市民から称賛される立場にある。

 これらの法令を知らない地方議員は、非常に多い。


 だから、自分が選挙の時に市民から「しっかりやれよ。頼んだぞ」と負託された議員としての義務と責任を忘れたのか果たしていないのに、そのことを「ちゃんと仕事をしようじゃないか。議会を良くしようじゃないか」と正しく指摘した議員を反対に、悪意を以って糾弾するようになるのです。

 「おれたちが質疑しなかったことを市民にバラすな!」と。

 ま、とにかく議員は真面目に毎議会質問に立ち、自分の権利である持ち時間の50分を目いっぱい使って質問すること。そして、毎議会せめて重要議案には登壇して質疑を行うこと。そして賛成討論や反対討論にも出て議員としての議論を展開すること。そして表決では、違法や不公正や不適正な議案には「谷口が違法やと言ようけんど、まー、えいか」などと賛成してしまわず、毅然と反対する勇気を持つこと。こう、心しておくべきです。

 そうすれば、行政組織が違法をしたり不公正・不公平・不適正な業務運営をしなくなり、市民が安心して市政を見、議会を見て下さるようになります。

 又、そう努力しないと、われわれ議員も町なかで市民に出会っても顔向けできなくなる。

 みんな、そう思わないか?≫



 以上が2010年(平成22年)6月24日に書いた記事です。

 懐かしいですね。当時の議会改革に熱く燃えていたころを思い出しました。

 さて、この3月8日からは当初予算案が提出される室戸市議会3月定例会が開会されます。本議会において議案に質疑を行うのは、月曜日に行われる一般質問の議員数にもよりますが、3月12日(火)だと思います。

 そして、この本議会の「大綱質疑」で登壇し2013年度当初予算案に質疑できるのは総務文教委員会の委員(柳原、北岡、林、堺、米澤、濱口、久保の7氏)以外の、産業厚生委員会の委員7名(※)ですが、この中から何名の議員が質疑に立つのか、市民の皆さんも傍聴に行って関心を持って見て下さい。

 (※産業厚生委員会(委員7名)―――、町田又一(6期22年)、山下浩平(3期10年)、山本賢誓(3期10年)、上野祥司(2期6年)、脇本健樹(2期6年)、小椋利広(1期2年)、亀井賢夫(1期2年)の7氏)

 まずは長く議員をやっている議員から手本を見せてやることです。

 何ページにもわたって数々の事業とそれに投じる予算金額を表記した執行部の労作ともいえる予算書にまたもや「質疑なし」なんでしょうか? 議長が「この当初予算案に質疑のある方はいませんか?」と問うと、議場から議員が「なし!」、「なし!」、「ありません」と口々に叫び終わらせてしまうんでしょうか。

 「質疑がない」ということは、議案に対する疑義(※「疑義」とは、内容がはっきりせず、意味がよくわからないこと)がないということですが、質疑しない議員は全員、その当初予算案全体を本当に何の疑いもなく内容は解り、何百とある事業がどんな事業内容かを理解しているんですか。

 もしかしたら、日々の勉強を怠っているから、解らないところが解らないんじゃないですか?。 私が議員時代にはそんな議員がたくさんいたから、そうも解釈できる。「その怠慢と勉強不足を厳しく指摘されると腹が立つ」、そういう流れ。

 その程度の仕事をしない議員なら、これまでの2年間(24か月)にもらった報酬をすべて市に返還して、みんな辞めてしまえばいい。そんな不真面目な議員の代わりは市内にいくらでもいます。会社が倒産したり退職した後、職がなくて困っている、真面目で努力する人たちがいっぱいいる。

 とにかく、いやでも辛くても議員の職務を全うしようじゃないか。あなた方は市民の名代として議会に送り出された非常勤特別職公務員という、れっきとした公僕ですよ。

 もしかしたら、そんなことも知らないんじゃないの? 市民が日々の仕事で忙しいからその代わりにあなた方を選挙で選んで「おい、頼んだぞ」と、行政の監視役として、小松市長に対する監視役として市議会に出しているんだと。


 それに、落選した私よりも政治に対する能力や意欲が下では、当選議員として恥ずかしいぞ。

 唯、室戸市民は自分たちのその名代が働かなくても怒らない、心やさしい人たちばかりではあるが。


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 たくさんの皆さまのご来場、誠にありがとうございました。全国の地方行政や地方議会に関心がおありに方々は、あなたの町や村の議会運営にもっともっと関心を寄せていただきたい。室戸市議会議員の皆様には、真剣なる職務の遂行、何卒宜しくお願い致します。
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室戸市は「市道室津港線」を整備すべきだ(3)

2013-03-06 | 地方のあり方
 (先の記事、「室戸市は市道室津港線を整備すべきだ(2)」の続き)

 先の私の提案に対して小松市長は答弁しましたが、その答弁を聞いて納得がいかず、私は再質問を行いました。


 ≪両栄橋架け替えについての市長答弁が無かったので、お願いします。

 そして、「市道室津港線」についての答弁として、「いずれにしても、この川の護岸工事は必要と考えている。用地取得できなかったことなどを状況調査したい」と言われましたが、答弁の意味合いが解りにくいものでお聞きします。「今後、市道又は県道として工事を実施するために上kyぷ調査をするという意味に撮っていいのか。この点についてもう一度、お答えいただきたい。

 それと、どうもこの市道のことよりも、奈良師の忠霊塔から室津港までの湾岸道路を国へ要望するという答弁が週に為っていましたが、その湾岸道路よりもこの市道を国などの財源が前提となり、市の予算では無理だということかもしれませんが、今一度、この道路に対する市民のニーズをどのようにお考えなのかをお聞きします。≫



 この私の再質問に対しての、小松室戸市長の答弁。

 ≪議員が言うように、二つの道路があるわけだが、避難港から室津港までの湾岸道路が一つで、これは国にやっていただきたいと考え、これに市費を投じる考えはない。国の出先機関の高知市の事務所に要望を重ねていきたい。もう一つの室津川左岸道路については、県に要望したが、「困難」と回答があった。しかし、引き下がるつもりはなく、今後も要望を重ねていく。それでもなお無理だとなれば、市道として整備することも検討が必要になるが、そうなると財源が問題となる。その財源の主たるまちづくり交付金は24年度までの集中改革プランの中の他の市道整備に充てたいと考えていることから、この市道整備はその後(25年度以降)に為らざるを得ない。

 両栄橋の件は橋梁調査を行った結果を見て、危険性の高い橋梁から改修するようになると考えている。≫



 とにかく話になりませんでした。

 集中改革プランは市長が就任間もなくの時期に作った計画。それは「絶対に変更してはならない」というものではなく、「南海大地震緊急対策事業」として議会に諮れば変更可能な計画であろう。

 問題なのは、市が県に「市道」を作ってもらおうなんて魂胆がそもそも間違いの根本にある。

 この状況は、もしかしたら小松市長が市職員の時、本来は市の事業を県に頼み込んで県がやってくれた経験があるのかもしれませんね。所謂、“経験則”。一度筋違いな行いをやってそれが通用したとなると、それからの人生、「それも道理だ」となって自分の中でルール化してしまう。それが小松市長の今の市政運営に現れているのかもしれない。だから、「市道」を県に作ってもらおうと思い続けている。

 市道は、国や県からの交付金とか補助金とかも含めた市の予算の中で、市が市の事業として整備し実現させ、以後は市道として管理し、市が改修してゆくもの。

 県道とは、国からの交付金や補助金なども含めた県の予算の中で、県が県の事業として整備し実現させ、以後は県道として管理し、県が改修してゆくもの。


 どうですか?全国の皆さん、私の言うことは間違っていますか?

 高知県庁の土木部職員の皆さん、私は間違っていますか?

 私はそう考えますが、尾崎高知県知事、あなたはどのようにお考えですか?


 「理詰めがすごい人」とネット上では言われている私です。筋は通っていると思います。

 市道は、市が国や県の力を借りて市の力で以って整備し管理してゆくもの。県道は、県が国の力を借りて県の力で以って整備し管理してゆくものです。市町村が国や県の力を借りたい気持ちは分かるとしても、いつまでも金魚のフンのように他力本願では、物事は前に進みません。

 トップの決断とはそういう難しい問題に接した時、「自分でやるが!」と決断してこその組織のトップ。それこそが、手腕というものである。 


 さて、上記(1)と(2)の記事に書いた市道整備の件は市長が市の財政の中でやろうとしなかったため、私の議員当時は実現しませんでした。

 疑問点は次のようなもの。

 ●市長が現在計画している敢えていま改修しなくてもいい市道の整備を先送りし、この市道整備に市の財政の中から毎年5000万円を確保し5年計画などで集中投資すれば実現は大いに可能なことだ。

 市民はこの道路ができることを昭和62年から待ち望んでいるのに、市長はなぜその声を無視して他の市道の改修工事に市費を投資しなくてはならないのか。

 まるで国が年度末に予算が余った時に行っている国道改修のような工事をなぜ、室戸市が急いで行う必要があるのか。

 重要な市道新設整備事業案には背を向け、いま行っている旧国道の整備を急ぐ、その理由はなぜなのか。

 「集中改革プラン推進計画を行っているので」なんて答弁は、逃げ口上でしかない。それを方向転換して重要課題に取り組むように判断するかしないかが自治体の長である、市長の手腕。

 市議会だって、今ある市道を改修していく事業より、このような重要な市道新設事業ならば必ず賛成する。その理由を挙げてみましょうか。

 何よりも市議選では室津と堺町の住民も投票に行く。そのことを考えてみるといい。この「市道室津港線」はその住民の皆さんが待ち望んでいる市道だ。この市道新設の議案に反対する議員は一人もいないであろう。もし反対する議員がいたら、それこそ室津と東町の住民の皆さんはその議員に圧力をかければいいんだ、こういうふうに。

 「谷口が落選した時みたいに、選挙期間中に『おい、あの候補とあの候補とあの候補らはここに市道を作るという計画に反対したから、あれらには絶対に投票するなよ』と市内全域に広めるぞ」とね。(笑)

 私の場合は市長の違法を追及したことが原因で市長を応援している人間らから「あいつを落とせ」の指令が飛んで政治の何たるかも解らない市民が「あいつに投票したらいかんぞ」と触れまわり落選した、実に理不尽で不正な理由だった。だが、これは市の重要事業だ。それに反対する議員に一般住民から「反対しているあいつらを落とせ」の指令が飛ぶことはわるいことではない。不真面目な議員に対して批判的な感情を持つことは、住民意識として十分理解できる。首長や地方議員は、仕事をしなければ批判される立場だと解った上で立候補するもの。どんどん批判したらいい。

 市長がこの事業に意欲がなく今ある市道の改修工事を優先する理由として、その工事を行うことによって次の選挙でのその周辺の住民の票を意識していることは簡単に解るが、それが今すぐに急がれる事業なのか否かを考えるのが首長だ。

 行政においてよく聞くのは、「優先順位」と「費用対効果」。この言葉を基にして熟慮すれば、市道室津港線を早く着工して実現させるのが首長という組織の長の行うことではないのか。

 重要なのは、いまある市道の改修は急ぐことではない。それは我慢できることだ。ほんの5年間、市民が我慢してもできないことはない。重要なのは室津地区と東町地区への市道新設の方で、明らかにその方がもっと重要である。

 大震災時の避難道路であり、大地震後の大型工事車両道路であり、遍路観光のための観光道路であり、魚市場への大型所領が通る産業道路であり、救急・防災・防犯道路であり、旧国道沿いの活力を生む経済道路であり、河川管理道路であるこの重要な市道を急ぎ整備することではないか。

 それこそが行政の“優先順位”というものではないか。


 南海大地震が発生してこの地区の方々が避難するのに遅れ、「ここに市道がないために逃げ遅れ、室津と東町の多くの住民が亡くなった」と批判された時、小松市長はそれに対してどのように謝罪するのか。議会でも自分の違法を認めず絶対に謝罪などしなかった市のトップだが、自身が死して後の大地震災害であっても、住民は小松市長がこの市道整備に背を向けてきたことを覚えており、「あの谷口議員が小松市長に強く提案した時にここに道路を作っておれば、こんなにも多くの市民が死ななくてすんだのに」と批判されるであろう。


 とにかく、現在の室戸市議会議員14名に私のこの「市道室津港線」実現の夢を託したいと思う。

 質問で提案しても、小松市長は他力本願で「県にやってもらう」と答弁するだろうが、議員全員が一丸となってそれを突き崩して実現につなげていただけるように願っています。市職員の皆さんにも議会においてこの提案があれば「市長、やりましょう」と小松市長の背中を押して実現へ向けての後押しをお願いしたい。

 もう私は市議会にいないが、皆さんが力を合わせ、室津と東町地区住民の方々の夢を実現させてあげてほしい。

 健闘を祈る。


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室戸市は「市道室津港線」を整備すべきだ(2)

2013-03-05 | 地方のあり方
(先の記事、「室戸市は市道室津港線を整備すべきだ(1)」の続き)


 では、昨日の私が行った市道整備事業の提案の記事に続き、その質問に対しての小松市長が行った答弁を公表しますが、この市長答弁には元原稿があって、そこには次のように書いてありました。まずそれから見ていただきましょう。


 ≪谷口議員にお答えします。

 まず、市道室津港線の新設についてです。

 これまでの平成元年度からの経過を調査され、報告いただいていたところであります。中断されて約10年となっている問題でもあります。
 
 ご指摘の道路は、以前、高知県より県道椎名室戸線の延長部分として、国道の室戸大橋から両栄橋までの間の、室津川左岸を通る延長400メートルが計画され、平成3年度に実施に向けての用地測量設計がされております。
 
 その中で、室戸大橋から泉井鉄工所までの間が改良されておりますが、それから先については残念ながら関係用地の協力が得られず、県としては平成7年度以降の取り組みがなされていないところであります。

 議員ご指摘の通り、当市といたしましても室津港の鮮魚運搬や25番札所の津照寺を巡拝する大型バスの通行に対応するためにも、是非とも必要な道路であると感じています。

 当市としましても、本年6月に県議会企画建設委員会の委員(県議)が当市に来られた時に直接、同委員長に文書で要望をしたところであります。
 
 そしてその後、8月28日付で委員長より回答がありましたが、内容としては「県の事務事業の見直しの中で、新たな代行事業には着手しないこととなっておりますし、県道の認定要件を満たしていないと考えており、今のところ県の事業として整備することは困難です」とのことであります。(※当たり前で、市道を県が整備できるわけがなかった)

 しかし、室津川左岸道路の計画については、高知県による室津川護岸の整備などもあり、今後においても県と連携・協議をしながら進める必要があることだと考えております。

 尚、当時、中止となった理由としましては、一部の敷地確定ができなかったことや、用地の購入に協力が得られなかったことなどがあるようですので、これらの件を県の資料も参考に把握する必要があると考えます。

 そのほか、私としましては、避難港と室津港をつなぐ道路整備として、奈良師の避難港ケーソンヤードから下町の堤防の外側を走り、室津港まで通じる湾岸道路の新設について、国土交通省 四国地方整備局に要望を行っているところであります。将来は「避難港湾岸道路」と「室津川左岸道路」がつながることによって、地域の経済発展や産業の振興、まちの活性化を図ることができるものと、大きく期待するところであります。

 議員からは、市道としての整備をするよう、道路幅、地域経済への効果、財源としてまちづくり交付金を活用する、などのご提案を頂きましたが、財源とこれまでの要望個所に位置づけられております。(※意味不明。答弁している市長も意味が解らず棒読みしたと解する。要するに答弁して終わればよいと考えていて、答弁を聞いた市民が理解できるか否かなんかは全く考慮にない)

 いずれにいたしましても、この道路は更なる状況調査や、県への要望等も行う必要があると考えます。(※県からは「この道路事業は県は行いません」と明確に回答があってその文面からはっきりと「市の事業としてやりなさい」との意思が明確になっているのに、あくまでも他力本願。「自分たちの力でやろう」とすれば県も力を貸してくれることもあるのに、室戸市にその“自立”の意思が見られないために県に見放されている、とも解釈できる)

 地域の方々の協力を得て、実現に向けて取り組みます。(※この元原稿ではこの「実現に向けて取り組む」という一文がありましたが、議会での私の質問の後での答弁ではこの部分を削除。市がこの事業に取り組む意思を示さなかった)≫



 以上が、元原稿です。

 そこで、議会において私の提案を受けて小松市長が答弁の元原稿をどのように変更して発言したかをお見せしましょう。上の元原稿と比較してみてください。


 ≪谷口議員にお答えいたします。

 まず、市道室津港線の新設についてのご質問でございます。

 これまでの平成元年度からの経過を調査されて、報告をいただいたところでどざいます。中断をしてからでも約10年に為っている問題でございます。
 
 このご指摘の道路につきましては、ご質問にもありましたように、以前、高知県により県道椎名室戸線の延長部分として、国道の室戸大橋から両栄橋までの間の、室津川左岸を通る延長400メートルが計画されて、平成3年度に実施に向けて用地測量設計が進められたものでございます。
 
 その中で、室戸大橋から泉井鉄工所までの間が一部改良されておりますが、それから先について、残念ながら関係用地の協力が得られず、県としては平成7年度以降の取り組みが、なされていないところでございます。

 議員ご指摘の通り、当市としましても室津港の鮮魚運搬であるとか、25番札所の津照寺を巡拝する大型バスの通行に対応するためにも、こうした道路は是非とも必要な道路であるというふうに考えるところでございます。

 そういうことで私としましても、これは議員のように十分調査はしていなかったわけでありますが、本年6月に県議会企画建設委員会の委員(県議)が当市に来られた時に直接、同委員長に文書で、室津川左岸道路というものを是非考えていただけないかということで、要望をしたところであります。
 
 その後、8月28日付で県議会企画建設委員長より回答がありました。
 
 その内容としましては、「県の事務事業の見直しの中で、新たな代行事業には着手しないこととなっておりますし、県道の認定要件を満たしていないと考えており、今のところ県の事業として整備することは困難です」というような内容の回答があったところでございます。

 しかし、室津川左岸道路の計画につきましては、県がやる、市がやる、いずれにいたしましても、高知県による室津川護岸の整備などについて、今後とも県と連携・協議が必要な問題だと考えております。

 又、当時、中止となった理由としましては、一部の敷地確定ができなかったことや、用地の購入に協力が得られなかったことなどがあるというふうにお聞きもいたすところでございますから、これらのことにつきまして、県の資料も参考にさせていただきながら状況把握していかなければならないと考えるところでございます。

 そのほか、私としましては、避難港、その海岸線でありますが、避難港と室津港をつなぐ道路整備といたしまして、奈良師の避難港ケーソンヤードから下町の堤防の外側を通って、室津港まで通じる湾岸道路の新設について、これは是非やっていただきたいということで、国土交通省 四国地方整備局に要望を行っているところであります。
 
 将来的には「避難港湾岸道路」と「室津川左岸道路」がつながることによって、地域の経済発展や産業の振興、まちの活性化を図ることができるものいうふうに、大きく期待するところであります。

 議員からは、市道として整備をしてはどうか、また道路幅の問題、それから地域経済への効果、また財源としてまちづくり交付金を活用することなどのご提案を頂きました。
 
 ただ、そのまちづくり交付金というような財源につきましては、今回の「集中改革プラン推進計画」の中で、これまで要望されてきた市道整備というようなものにずっと充てていく、というような計画が現在できているところでございまして、市道での整備ということは大変難しい問題でもございます。財源の確保に難しさがございます。先行してやらなければならない事例等もあるということでございます。
 
 そうした問題もあるわけですが、いずれにいたしましても、この道路は、先ほど申しましたように、更なる状況調査や、私は県へ対してもその辺、一回これは無理だということで引き下がる考えはございません。ということで、県への要望も是非今後もやっていきたいという思いでございます。
 今後とも、県議や市議会の皆様がた、地域の方々のご協力もいただいて、ぜひこうした道路がつながるというような取り組みを行ってまいりたいと考えております。≫



 以上が議会での答弁です。元原稿をどう変化させて発言しているかをお確かめ下さい。


 それにしても、言ってはわるいですが、下手な答弁書の文章ですね。句読点が多すぎるのは読みやすいように苦心してあるんだと解釈しても、自治体執行部特有の持って回った言い方はいつ聞いても我慢できません。

 市長と執行部職員が議員に対して行う答弁(の文章)。戦時中でもあるまいに、なぜこう回りくどい言い回しで答弁をするのかと思います。質問した当時も思っていたが、今こうやって記事を書いていてもそう思い、イライラします。

 議員に失礼のないように、なんて考えているのだろうが、このような言い回しは却って議員が腹立たしく思うのではないか。そう考えるのは私だけで、他の議員は喜んでいるんだろうか。片山善博氏が一度このような答弁について「不適正」と記事にしていたように思う。

 「報告いただいているところであります」とか、「取り組みがなされていないところであります」なんて、普通の市民が使いますか? 使いませんよね!

 「報告をいただきました」、「取り組んでいません」と、もっと現代口語でスラッと答弁できないものでしょうか。(えっ、あんたんとこの首長と課長の答弁もそうだって?)

 私が市長だったら、こんな旧態依然とした戦後の役場の答弁みたいなもん、就任直後、いの一番に改めさせます。

 これらは担当課職員が作成しそれを市長が見て納得しての原稿だからすべて市長の作成したものと解釈してよいが、実に慇懃無礼な、回りくどい答弁書だ。その回りくどさは元々文章を理路整然とした文章を書いた経験がないからで仕方ないとしても、質問した議員が答弁を聞いた時に分かりにくいように分かりにくいように策略をめぐらして書いてある点も疑われ、許し難い。それは、全国の皆さんもお分かりだろう。

 中にはきっと、「うちの答弁もかつてはそんな答弁をしていたがもうとっくの昔に止めたよ。室戸市はまだこんな大昔にやっていたような答弁原稿を書いているの?」と思いの方々もおられると思いますが、そうなんです。室戸市においては、この平成の世になってもこんな下手な答弁書を書いてそれを議会で市長が答弁をしているのです。いくら丁寧ぶった答弁をしても、文章の中に誠意なんか微塵もない。

 又、私が議員時代にいくらこの点を指摘し、「もっと簡潔に、聞いている議員が解るように誠意を以って答弁書を作成し、答弁して下さい」と言っても、直りませんでした。それは直らない人と意図的に直さない人がいるのです。こうやって全て手のうちは解っているのに直さないんだから、悪意でやっているとしか言いようがない。

 こんな答弁書を書くのが直らないのは、市長が自分の思いを人に伝えるための文章を書いた経験がないからと、そのことが如何に不適正なのかや時代遅れかに気が付いていないから。簡単にいえば、改革精神がもともとないからだ。気付いて直そうと努力していれば、次の議会までには治るクセ。

 全国の首長と市職員はもっとこの点についてもよく考えた方がよい。例え公的な場所で述べる原稿であっても、余りにも丁寧過ぎる文章はかえって相手に対して失礼になると覚えよ。

 答弁原稿については、室戸市議会議員になってすぐの初議会で質問をした時にもらった課長の答弁にカチンときて議会閉会後に市役所の一室に課長と課長補佐を呼んで指摘し注意し、人に聞かせるための文章とはどのように書くものかを手本を書いて見せて、お教えしたことがある。その時の面白い答弁書を今も大事に持っているが、それはまた近々、ご紹介したい。

 (続く)


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、3月5日(火)付けGooブログランキング(183万5238ブログ)中、4186位でした。

 全国の皆さんには室戸市に関する記事ゆえあまり関心がないようで、検索数も一向に上がりません。もうしばらくお待ち願いたい。中国の大気汚染等々、隣国の極悪な国柄についても書こうと思っていますので。  
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室戸市は「市道室津港線」を整備すべきだ(1)

2013-03-04 | 地方のあり方
 これは、いまから遡ること二十六年も前の昭和62年(1987年)ごろ、室戸市において市民から市に要望があり、それを踏まえて当時の市議会議員数名が市長に「整備せよ」との提案を行った道路整備事業に端を発する。

 それを受けて室戸市も事業計画を興し、河川内やそれに隣接する農地に土地を所有する地権者に対して土地買収の打診を行いましたが、数名の地権者が反対。平成9年までその交渉は行われたが、結局、断念してこの市道整備事業の計画は破たんしてしまいました。

 だから、私が市議になった平成15年当時にはこの話はもう終わったことになっていた。

 しかし、間違いなく100%の確率で南海大地震がこの室戸にもやって来ることが解っていて、その室津地区や浮津地区の皆さんが避難するのに主となる避難道が無い状態のままでは困るし、四国八十八か所巡りで第25番札所の津照寺(しんしょうじ)に来た大型バスが車を止める駐車場もない状態を解消する必要もある等々と私は考え、室戸市議会において、この既に立ち消えとなっていた市道新設事業を一般質問で提案した。

 時は、平成19年(2007年)12月議会でした。その時の一般質問の原稿を少し長い(質問時間20分)が原文のままここで公表する。その質問に対しての小松市長の答弁も合わせ、明日の記事で紹介する。


 ≪九番、谷口。十九年十二月議会におきまして、改革を進める鷹山会が、市民を代表して一般質問を行います。

1、市道整備等に関する事業について

 (1)「市道室津港線」の新設について

 この項目では仮に「市道室津港線」としますが、この新設と、この道路を整備すると連結される両栄橋の架け替えについて提案し、市長の所信をお伺いします。

 まず一番目に、前提となる「道路新設の住民要望から計画中止までの歴史」をたどってみます。

 かつて、本市の重要課題に一つに、室津川沿いに道路を整備しようという計画がありました。議事録を調べますと、昭和62年ごろから平成9年まで、この計画の発端から事業の着手、そして一部に賛同していただけないなどの理由で中断されるまでの約十年間、本室戸市議会においても何度も議論されています。

 この事業について当時の議事録から、まずはその経過を追ってみます。少し長くなりますが、今回の事業提案の前提となる歴史ですので、よくお聞きいただきたいと思います。

 ●発端は、昭和62年2月に堺町・室津地区の住民の皆さんが国道55号線の室戸大橋から両栄橋までの室津川沿いに道路を整備してほしいと市に要望書が提出されたことでした。

 ●続いて、63年12月議会である議員が「市長は議会で63年度中には管理道路にしたいと答弁しているが、その兆しが見えない」と疑問を呈したうえで、この道路新設の意義について次のように訴えています。

 「堺町・室津地区の住民が要望するのは、その地区から市役所や日曜一、植松団地方面に出るには公道が一筋もないため大きく迂回しなくてはならず、不便を囲っている。このように甚だしく交通にも支障があり、町の発展、化成果にも影響がある。氏はこれらの地区の方々の長年の要望に対応するために、室津川沿いの提塘(ていとう)敷地を確保し、生活道として速やかに整備してほしい」と。

 ●続いて、平成元年3月議会で中谷市長は、「県が管理する室津川ゆえ、県と協議する。本年度には調査をつけてもらえると確信しているし、県道として整備してもらえるように運動している」と答弁し、又、9月議会では「産業道路、基盤道路としても作りたいと考え、県に陳情を重ねてきて、県も測量認可の直前にあるが、計画決定はまだです」と答弁しています。

 ●2年3月議会になると、「今年2月から測量を実施中で、年度末には計画図が出来るので、2年度から地権者等に説明を行い、土地買収に入る予定。5年度には開通できると思うが、予定は予定だから」と、期待を抱かせながら、不安をあおるような答弁を行っています。だから、このころでもまだ、金は県任せ、計画の実現性も県任せで、「室戸市として、どうしても作るんだ」と謂う強い意思は感じられません。

 ●2年9月議会では、「地権者調査が終わり次第、用地測量に入りたい。法線の変更はまったく考えていない。道路新設工事と並行して河川改修の整備をと県にお願いしてある。両栄橋架け替えの提案も、この道路完成後に考えたい」と答弁したうえで、現状について「先ごろ、説明会も現地で行ったが、地権者は18名、家屋移転6戸、借地3名」と明かす。因みに、土木工学用語としての「法線」とは、航路、道路、又は構造物の延長方向の軸線を慣用的に「法線」と言い、道路や河川などの新設、改修にあたる場合にはその法線計画をまず決定することが基本となります。

 ●続いて、3年6月議会では、「この道路は4年に完成するとされるが、地権者との協議や買収の見通し、そして工事着工の見通しなど、現在の状況を」と問う議員の質問に対し、市長と担当課長は「2年7月と10月に地元説明会を行い、幼稚関係者全員に了解を頂くための測量をしており、用地交渉も行っている。この交渉が進み次第着工するが、それは4年度に為ると思う」と答え、議員の「道路沿いに駐車場を作ってほしい」の要望には、「地権者との交渉で協力が得られたらそのような施設は作りたい」と、観光バス用の駐車場の設置にも前向きでした。

 ●それが、完成予定とされた4年度に入ると、途端に議会の質問内容が一変します。住民の要望があった昭和62年から議会で熱心に提案してこられた議員は9月議会でこうといます。「色々ともめて、昨3年12月頃から行われてきた調停が不調に終わったと聞くが、どうなっているのか。市はこの重要な道路計画に本腰を入れ取り組んでもらいたい。室津や堺町の人たちは『いつできるのか』『いつできるのか』と一日千秋の思いで待ち望んでいる。見通しを明確にせよ」と、市の取り組みが遅いと迫ります。それに対して中谷市長は、「ご指摘通り」と計画が進展していないことを認めた後、「現在、その調停に取り組んでいる」と、一言で答弁を終わらせ、担当参事は「調停は不調に終わり、年度内には方向を決め、その解決に向け取り組む」と捕捉、先の見えない状況に市長等執行部は困惑し始めます。

 ●翌5年6月議会、議員が現状を問うと、中谷市長は「これは県道椎名室戸線の新規採択路線として、室戸大橋から両栄橋まで整備することになっている。6年度には着工できるように整備を進めており、県に強く要請してゆく。これは県道として整備していただくということです」と、あくまでも県頼みを強調します。

 ●続いて三カ月後の9月議会では熱心だったもう一人の議員が、怒りをぶちまけるように、「計画で賢淡事業での港湾への産業道路として位置付けしながら、その後の進展がはかばかしくない。県土木事務所に聞くと、『仕事が上がってこん。市の熱意が感じられない。やる気がないんじゃないか』という批判が聞こえてくる。一方、この地区の長老も『あの道路計画はどうなっているんだ。私のところにはいっぺんも交渉に来ていない』と言っている。道路予定地はわずか三百数十メートルで、周辺は廃屋と雑草地ばかりだ。他の施設建設も解るが、まず市内の基盤整備をして産業、経済、観光に寄与できる道路網整備に本気で取り組んでほしいと、市民は願っています。この道が室津港まで伸びれば室戸大橋から観光バスの乗り入れも可能になる。又、年間十五万人にも上るお遍路さんが乗る八十八か所巡りの巡拝バス等の利用もでき、津照寺周辺道路の今の混雑も解消されるのは明白だ。担当課は何をしているのか」と激しく迫ります。

 それに対し、執行部は苦しい答弁を繰り返します。担当参事は、「地権者は21名、大賞筆数は約30筆、建物8戸、店舗と倉庫が4軒です」と答弁したが、これは三年前の平成2年当時と比べるとすべてにおいて増加していました。答弁は続き、「4名の地権者と交渉中だが、丈量(じょうりょう)測量が出来ていないため、用地交渉までに至っていない。しかし重要路線ゆえ、事業実施として、7年度に着工できる良いうに何としても整備したい」と答え、この5年の暮れ近くに為ると、県道整備だと言いながら、室戸市が行っている測量の段取りも、用地交渉もあまり成果が上がっていないことがこれらの答弁からも読みとれます。(※大体この辺でこの事業計画は破たんしたようです)

 尚、答弁に出てきた「丈量」測量とは、「土地の面積」を測量することをいいます。

 ●続いて、西尾新市長就任して10カ月目の7年9月議会でも、一人の議員が解決しないこの道路の問題をどうするのかと問います。「道路計画に賛同された多くの地権者からの要望は大きい。この方々の声に応えるためにも早期着工は急務だ。この道路は保冷車の道路として、防災道路として、また、地震発生時の避難道路として、早期の完成が望まれる。この計画の遅延している根拠を示せ」と市長に迫ったが、西尾市長は現状を踏まえ、事業の見通しが立たないことから、次のように答えています。

 「この道路は、室戸大橋から両栄橋間の390メートル、幅員7メートル、歩道3メートルで計画をし、平成3年12月から用地測量に着手したが、地権者18名中、1名の用地関係者との境界画定ができず、平成4年5月、調停裁判を行ったが解決に至らず、市も地権者と親しい方に仲介を依頼したが、解決に至りませんでした」と、計画が行き詰まり為す術なしといったところ。

 ●それから1年後、8年9月議会では長年提案し続けてきた議員が「どうなっているのか」と聞くも、前市長時代に活発に議論してきた問題でもあり、もはや道路を作ろうとする市長の意欲は失せ、「8年5月に弁護士が現地調査を行い、指導協会の立ち会いも行った。裁判の状況は長期化の様相だと聞く。しかし、協会が裁判で決着しても、まだそれに隣接する2名の地権者との境界問題が残されていて、その解決には相当の時間を要すると考えている」と、計画はお先真っ暗で、「早く終わらせたい」という気持ちがありあり解るそんな答弁を行っています。

 ●9年3月議会、議員は「この問題は、市当局の必死の努力にもかかわらず、一部地権者の賛同が得られず、不調に終わったと聞く。市の発展上、誠に残念であるが、いたしかたないと思う。交渉に当たられた方々の苦労に対し深く感謝申し上げます」。議員は無念の思いを抱きながらもここで断念、市担当者の労をねぎらいます。西尾市長も、「この道路については、63年に室津川の局部改良事業の整備促進を図ると同時に、室津港と国道を結ぶ産業道路としての役割、また、室津と東町の交通渋滞を緩和させる幹線道路として、そして産業経済の活性上、必要不可欠との認識を持って取り組んできた。しかし、用地交渉が不調に終わり、現段階でこの道路の開設は不可能と考えている。今後は、現道路改良に努力してゆく」と、」この道路新設の重要性を理解しながらも、市として事業を終結させなければならないことに対する残念な思いがにじむ。

 以上ですが、その歴史を簡単にまとめると、昭和62年2月に室津土佐海街の住民から室津川沿いへの道路新設の要望が市に出された後、タブ重なる地域住民や議員の強い要望にもかかわらず、一部地権者の賛同及び理解が得られず、4年ごろに計画はとん挫。それ以来、5年間は進展がなく、9年には完全に計画は中止されています。だから、土地買収交渉がストップした時から数えると、十五年ぐらいの年月が経っているということになります。

 これが昭和62年~平成9年までの約十一年間の事業経過です。  (ここまで11分)


 次に、「市道新設の提案内容」について説明しますと、この計画が中断されてから十年が過ぎました。時の流れというものは人の心も少しずつ変えるもので、年齢を重ねると柔軟にもなるし固くもなるものです。当時、この計画に賛同していただけなかった方も、最近は容認姿勢に為っていると伝え聞いております。このように、関係者のこの事業に対する考え方も変わり、理解が深まっているようです。又、周辺の地域住民の方々からの「道路を作ってほしい」という二十年前の意思は今も変わらず、強いものがあります。

 実は、この提案の発端著して、室戸市民が待ち望む道路はと考えていて思い出したのが、昨年ある方が語ったこの道路整備のい話。それを思い出し、「あの計画を今度は市d峰としてもう一度、事業化できないか」と思い立ち、少し調べてみました。この室津川沿いに道路がない今と道路ができた時の風景の違い、そして現在の市内の状況と道路整備後に起こるだろう効果によって生まれる経済的、また、防災的変化などを色々と想像して考えてみました。結果、室戸市の住民生活や投資に来られる観光客の方々に役立つ利便性と危険回避のためには、どうしてもここに道路が必要だという結論に至りました。よって、十数年ぶりに為りますが、特に当時、この問題を議会で路地挙げて頑張ってこられた2名の先輩議員の遺志を受け継ぎまして、この計画を市道親切整備事業として取り組まれるよう、ここに再度、提案いたします。

 そこで、今回提案するにあたり、この10月から関係機関の協力を仰ぎ、そこで入手した資料を基にして独自に新たな計画図を作成しました。併せ周辺住民にも取材し意見収集も行ってきましたので、それらを基に独自の計画案やその事業費と事業効果などを提案します。

 ●計画は、市道及び橋梁(両栄橋)架け替え整備の二本立てとします。

 ●市道区間は、先の計画と同じ、室戸大橋東詰から室津川沿いに両栄橋東詰に至る路線です。

 (参考:工事提案図)

  

 (解説)右側が室戸大橋の川上側、左側が両栄橋がある川下側です。中間に愛宕橋がある。赤いラインが市道新設工事の区間とその幅員。

 室戸大橋から愛宕橋までは整備が既に平成5年頃に完工しているので、市道整備の提案は、この愛宕橋から両栄橋までの間、蛇行した川筋を直線的に整えながら室津川東岸に市道を整備するという事業。これを、頼りにならない高知県の事業でなどと言ってないで、市の単独事業として5年間ぐらいの計画で完成させようではないかというもの。

 ●区間距離は、西尾市長の答弁にあった390メートルとします。

 (参考:現場の写真)
 ①川上の、室戸大橋から川下を見た写真

  

 提案した市道整備は、左側の2車線の市道は愛宕橋付近で途切れているので、そこからまっすぐに室津港まで市道を抜こうという計画。

 ②川下の、両栄橋から川上を見た写真

  

 提案した市道は、室戸大橋から写真右端の河川敷を通ってまっすぐ両栄橋のたもとに繋がる。

 ●工事所管は、道路は室戸市が市道整備事業として取り組み、道路に係る河川の護岸工事と付帯して行うべき両栄橋上流の河川の土砂除去工事については県の事業として要望をする。

 ●道路幅員は、調査したところ、平成3年当時の県の計画図では「道路幅員8メートル、歩道3メートル」となっており、これは平成7年の西尾市長答弁の「幅員7メートル、歩道3メートル」とは食い違います。私からは、道路行政関係者の助言と現在の国・県・市の財政を考慮して、「両側50センチずつの歩道部分と3メートルずつの車道部分を持つ、歩道構造のない幅員7メートルの市道」を計画案として提案し、願わくは「幅員1メートルの歩道と幅員7メートルの市道の、前幅8メートル」の道路計画を提案します。

 この理由は、建設関係者にお聞きすると、「道路の路面に中央線を引けば、車のスピードが増し、中央線を引いてなければ前から来た車は速度を落とすというドライバー心理がある。それと、市道幅を7メートルとする時は、片側3メートルずつを確保して中央線は引かず、片側50センチの歩道分のラインだけを引けば良い」との指摘から、提案はあえて平成3年当時の県の計画「幅員8メートルで歩道3メートルの、全幅11メートル」を選択せず、事業予算の節減を考慮して4m狭くして、バスやダンプカーが十分すれ違い出来る「道路分6メートル、歩道分1メートルの、全幅7メートルの道路」、又は「市道7メートル、川沿いに歩道1メートルの、全幅8メートル」の計画とします。

 ●次に、事業費については関係者から、「市道整備日は川の護岸整備を含めて1メートル20万円から50万円」と聞きました。それを基に試算しますと、全長390メートルで7800万円乃至、1億9500万円の事業予算が必要になります。例えば、1メートル40万円なら1億5600万円の財源が必要となります。

 ●次に、その財源は、まず国交省の街づくり交付金事業と、地域課題に対応し、二つ以上の事業が一体となって行われる市道整備事業に交付される地方道路交付金事業の二つを中心に活用します。

 そのほか、国の道路整備にしか使ってはならない道路整備特定財源の一つにガソリンに係る揮発油税画ありますが、平成19年度のその税収は2兆8395億円で、このうちの7099億円が「地方道路整備臨時交付金」として地方自治体に配分されています。この地方道路整備臨時交付金事業を活用し、県を経由して国交省へ要望する方法もあります。これによる道路整備は、市町村が独自に対象期間、対象事業の目的と効果、成果目標などの整備方針を策定し、国交省に要望可能となっています。

 このほかにも、地方特定道路事業での起債の活用もあります。これは、緊急に必要な課題に対応するための道路整備に関して、補助事業に市単事業を組み合わせた制度です。市単事業への財政支援措置として臨時地方道路整備事業債が75%充当され、後年度に事業債の15%が交付税に算入されるほか、元利償還金の30ないし55%が交付税に算入されると聞いております。

 ●事業年度は、3年から5年計画と想定しています。

 以上が提案する計画の内容です。

 次に、「市道新設による効果」について列挙しますと、

その1・まず昭和21年の南海大地震で解るように、大地震が発生すれば室戸半島の先端は2メートル以上隆起するため、室津港の地盤も隆起します。そのため港湾掘削改修工事を行和なくてはなりません。そのためにダンプカーやクレーン車が往来する復興道路としての効果と、地震発生時の津波避難路としての効果。

その2・室戸市の観光に大きく貢献している四国88ヵ所巡拝の観光バスや自家用車が李y峰する遍路観光道路としての効果。

その3・室津港魚市場への大型保冷車等が利用する産業道路としての効果。

その4・消防・救急・警察車両など緊急車両が利用する、救急・防災・防犯道路としての効果。

その5・長年、問題視されている津照寺門前の周辺道路における迷惑駐車の問題解消としての効果。

その6・人と車の動きが活発になり旧国道沿いに活力を呼び戻す経済的な効果。

その7・長年、室津川の下流域に堆積したままの土砂を除去することにより蛇行していた川の流れが直線的になり、棄権が軽減される、そんな河川の管理道路としての効果、等々があります。

 これら復興道路、防災道路、遍路観光道路、産業道路、河川管理道路、そして生活道など7店のほかにも、この市道は使いようによれば、もっとほかの効果もあると思います。この道が完成した時、道路沿いにお遍路さんが載ってくるバスの駐車場と憩いの広場があれば効果的だし、室戸大橋から両栄橋までの土手に桜の木を植えれば、数年後の春には市民だけでなく、お遍路さんの目も楽しませ、もしかすると桜の名所として有名になるかもしれません。

 特に、私は必ずやってくる南海大地震の時のためにどうしてもこの市道は整備しておかなくてはならないと思っています。先の昭和21年12月の南海大地震の時、室戸岬先端の3メートルを最大に、津呂港と室津港は海底が1.2メートル隆起したため、大型船の出入りが不能となって港内の改定を掘り下げる復旧工事を行っています。この歴史に学び、地震後の室津港復旧工事に従事する大型工事車両が行き交う、所謂、「復興道路」として今こそ、どうしても室津川沿いに「市道室津港線」を新設しておくべきだと考えます。

 以上、「市道室津港線」の新設事業について市長にお聞きします。

 申し添えますと、何回大地震が発生するのは20年後、30年後と言われていますが、室戸岬突端の潅頂ケ浜へ降りて行くと波打ち際の砂利が大きく消失していて、私はそれは室戸半島が急速に沈み込んでいる証拠とみており、大地震発生はそれほど遠くないかもしれないと思っています。≫
   (質問を開始してここまでで20分)


 いまから5年前の平成19年12月議会で就任して1年目となる小松市長に、このように提案しました。

 そして小松市長の答弁ですが、1万字のブログのルールに近くなりましたので、それはページを改めて記事を書きます。

(続く)


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国保税引き上げ案への反対討論

2013-03-01 | 議会報告
 (この記事は、先に掲載した室戸市が2011年3月定例会において行おうとした国保税値上げについての記事3部作の最終編として書く)

 室戸市の国保税に関しては、同年の春に市長後援会が発行した後援会新聞において市長が同年11月に行われる市長選の公約として「国保税は値上げしません」と市民に宣言した。これがその「小松けんじ後援会だより」に掲載した記事です。

  

 それをだ。

 小松市長は11月の市長選で再選されると驚くことに、次の3月議会に「国保税値上げ」の議案を提出した。であるが、これは間違いなく公約違反。

 当然、室戸市議会においては会津の教えではないが「ダメなことは駄目なもの」、不正は絶対に許さない私ですから、私一人が小松市長のこの公約違反の不正を一般質問で追及。その議会最終日の採決を取る前に行われた討論にも登壇し、批判を行いました。

 その討論の全文をここに明らかにする。これが全国の改革派議員に、少しでも参考になればと思っています。


 ≪九番、谷口。市民を代表して、議案第9号・国民健康保険税の引き上げ案に、反対の立場で討論を行います。

 まずはじめに、先ごろの東日本大震災によって被災された多くの皆さんに対し、心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。そして、国のご尽力と国民の支援を以って一日も早く復興されることを強く希望します。

 さて、議事に入ります。本議案については、提案までの市長の政治姿勢に疑問を持つため、市民を代表して反対致します。

 本市の国保事業特別会計は平成9年からずっと次年度より繰越充用を行っていて、次の年度から借金をせざるを得ない大赤字が続いているというのが現状です。これは会社でいえば借金もつれの会社が銀行から借金して年度末に赤字額を変えし、同時に銀行から同額を借金して事業を無理やり続けているようなもので、いわゆる自転車操業。これが十五年も続けられ、その組織の長と歴代の担当者が批判を浴びないというのは、自治体組織以外にはありえません。もし室戸市が会社なら歴代の赤字を増やした社長は就任四年を待たず更迭されています。

 勿論、国保会計の赤字が続くこの実態を生んだのは、これまでの長い間、監視と徹底批判を怠ってきた我々議会にも責任がありますが、現場にいてその問題を解消するための苦心が足らなかった、平成9年以降の市長と執行部に最も責任があると言えます。

 ただ私は知っていますが、現在の担当者は就任以来、この赤字解消に向け苦心していたし、改善策も聞いていました。しかし、執行部で綿密な協議の結果、最終的に出てきたのが市民に負担を負わせるこの国保税引き上げ案です。

 いま申しましたように、室戸市の国保会計が赤字が続いていることは行政関係者はみんな知っています。しかし、市民の中でこのことを知っている人は余程行政に関心が深い一部の人だけで、大半の人は知りません。市民が解っていることは「国保が高い」ということだけです。そこにこの「国保税を引き上げます」という話です。

 私は商売人の子ゆえ、何事も消費者の立場に立って物事を考えて答えを出します。この問題も「唐突な値上げ案を聞いた市民はいったいどう思うのか」と考えると、「みんな反対する」と答えを出しました。例えそれがこのように一年間に一世帯4、5千円の値上げであっても、普段は安い国保税なら納得もしましょうが、日頃から高いと思っている国保税では更に千円でも腹が立ちます。これが市民感情というものです。加えて、4月からは原油の高騰を受けて電気代やガソリン代の値上げも予定されているし、大地震災害で世の経済状況もどう動くか全く不明。そんな時期の値上げです。

 他方、国保税値上げもいたしかたないという事情も理解しています。元々国の制度設計が悪いから全国どこの自治体の国保会計も赤字傾向になるという理由はその通りで、私も重々、解っています。そして、本来、この国保会計は国保税で賄わなくてはなりませんが、本市の現状は17.35%しか支え切れていません。そのため、近年のこの会計は単年度では赤字が続き、現状として21年度決算においては五億円余りの累積赤字を生んでいます。それと、国や県からは「支援するが、室戸市もその赤字解消のために目に見える努力をしなさい」と長年、本市に求めていることも知っています。だから、国保税の値上げに踏み切らなくてはならない理由も理解できます。

 ですが、それらのことを認識していてもなお、どうしても納得できない理由があります。

 一点目は、国民健康保険税はどの医療保険よりも高く、それでいて加入者はどの医療保険より低所得者が多く、「払いたくても、高くて払えない」という実態があります。だから、保険税を引き下げることこそ求められています。なのに、国保会計経営の失敗の結果である巨額の赤字を市民につけ回しする今回のような引き上げ政策が行われること。

 二点目は、小松市長の後援会が一年前に発行した後援会新聞で市長は「もうこれ以上、国保税を上げることはできませんので、滞納金の徴収に集中して取り組みます」と態度表明し、公約していること。

 三点目は、昨年11月末の市長選でも国保税の値上げに関して室戸市民に話はしなかったのに、再選されて二カ月もたたない1月末にはこの国保税の値上げを執行部内で決めていたこと。

 四点目に、議会開会までに住民説明会を開いてこの国保税の値上げを市民に説明すべきと要請したにもかかわらず、市民の存在を無視して説明を行わずに値上げしようとしていること。これについて言うと、市長選の前には熱心に市政懇談会を行うのに、選挙が無事に終わるとこのように重大問題を前にしても市民に知らせようとしません。これでは、明らかに市長として持って得べき公正性に欠けます。

 以上、この問題に関し、市長は適正な行政業務を行うに当たり過去四年間、踏むべきステップを踏んでこなかったことや、市長選の前には「国保税は値上げしない」と市民に向けて態度表明していながら、市長選が済めば「値上げする」と180度、方針転換をしたことなどを考えると、市長の政治姿勢はまったく信用できません。

 故に、この値上げの話をいまだに聞いていないし納得もしていない市民の声を議会に反映することも大変重要なことであることから、私はここで明確に本議案に対し反対します。

 議会とは首長と議員とが対等な政治機関であり、議会の決定があって初めて首長に執行権が生まれます。これは、自治体の主要な決定は首長ではなくて、議決権を持った議会が執行権をも握っているということであり、議決した賛成と反対のその判断結果は首長ではなくて、市議選を前にした議員全員の判断だと市民の皆さんは認識します。

 又、付け加えますが、討論とは賛成者と反対者が交互に自分の意見を述べて、相手の意見に反駁し、批判し、攻撃することにより聞く人に対して論点を明らかにし、問題の判断をしやすくするために行うのが討論です。本議案についても、市民が反対する国保税値上げに異議を唱え賛成討論を行うこともそれはそれで討論の目的に合致し、論点を明確にするという点ではあってよいと考えますので、是非登壇して、市民に向かって堂々と国保税値上げ賛成論を述べ、反論していただきたいと思います。

 以上で、議案第9号についての反対討論を終わります。≫



 以上が、議席に座って議員(当時は定数16名だから、議席には14名がいた)に向かっての反対討論。

 この私の反対討論を受けて、公約違反の市長を支援するために賛成討論を行ったのが、市長選でも支援した町田又一議員と久保善則議員、鈴木彬夫議員の3氏。これに続いて上野祥司議員が反対討論を行いました。新人議員の上野議員が反対できるのに2期目以上の議員がなぜ市長の不誠実な公約違反に反対できないんでしょうね。

 討論とは本来、自分の賛成または反対の意見を議員に訴えかけ、その結果、自分の意見に同調させようとするもの。しかし、私はそうしませんでした。「それはなぜか」。それは、全員が当てにならないし、頼りにならないからです。何でもかんでも賛成しているようじゃ、地方議員として当てになるわけがない。「不正や不公平や不適正なことには反対し、健全で公正で妥当な議案には賛成する」、こうでなくちゃ。

 室戸市議会において議員の多くは「議会に提出された議案には全て賛成するもの」だと思っている方ばかりだから、私が市長の不正を追及するときでも「どうせ、議員全員が不正に賛成する、反対する勇気がない」ことを見越して、議員に対して議会や行政のあり方をお教えしたりしながら終わり、結果も「可決」と解った上で反対討論のために登壇していた。

 地方議員としての職務を全うするため議員になった私に、「どうせ可決するからみんなと一緒に賛成しておこうか」なんて情けないことは一度もしたことがない。そんな恥知らずなことは一切やらなかった。

 孔子の教えである会津の教え「ダメなことは駄目なものです」なんてものは敢えてどなたかに教えていただかなくても、もう若いころからそう生きてきて、身についているから、議場の誰も不正に口を出せなくても私だけは議会前2か月前から調査研究を重ね、理論武装をして、武井市長と小松市長を追い詰めて行った。

 以上、かつて私が市民の支持を得られず落選した、その1か月前にこういう出来事があったということです。

 室戸市民は、私がこうやって室戸市民の盾になって8年間、ずっと戦ってきたことを知っておられますか?

 市民はよく覚えておいてくださいね、私が死ぬまで。 

 ま、今となってはどうでもいいことですがね。(笑)

 それはそれとして、今日、小用があって室戸の街中に行ったときオシッコがしたくなり、室戸市役所に寄った。小用を済ませて1階ホールに出ると、議員だった時に親しくしていた職員がいたから「どうぜよ、元気にやりゆうかよ」と、しばし話した。

 ジオパーク拠点施設で揉めていた問題のその後の経過や、庁内の上司との状況など、議員時代のように調査活動を行いました。聞くと、思った通り、行政内も相変わらず市長と市職員との関係はよくないようだし、議会も相変わらず何か問題視するようなことがあっても一言二言意見を言ってもすぐに収まってしまい、私がいたころと比べたら拍子抜けするときがあるみたいだ。

 さもありなん、と思った。

 一つ朗報は、「為に為らん人が悪い」という話。聞いて、「為らぬ人は要らぬなりけり」と思った。


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国保税値上げについて市長に問い質す

2013-03-01 | 議会報告
(2011年(平成22年)の室戸市議会3月定例会において室戸市が国保料を値上げしようとした時に、まだ室戸市議だった私が2011年(平成22年)3月7日に書いた記事。小松市長のその公約違反の事業計画に対し、市議会においては私一人がそれを追及して論陣を張り、その当日、ネットを通じて全世界にその不正な行為を情報公開した。
 室戸市民の皆さんはこんなことがあったなんて全く知らなかったでしょうが、ご参考までに、そして「地方議員とはこうあるべきだ」と知っていただくために、再度掲載します)


 ≪さあ、今日3月7日(月)は私の今任期最後の一般質問を行う日です。

 ●質問の内容は、次の通り。

1、市長の政治姿勢について

  (1)子ども手当の自治体負担について
  (2)国の一括交付金について
  (3)国保会計の再建と、滞納対策について

    ①国保税の引き上げについて
    ②「滞納に対する特別措置に関する条例」の制定について

2、生活保護の現状と課題について

3、自動二輪ナンバーによる観光PRについて

 所要時間は、議員一人の質問持ち時間50分のうち、再質問を含めると、約43分の予定。10時に始まって、執行部の答弁も含めますと、11時15分ごろに終わると思っています。


 私の質問の中で一番注目される質問は、やはり市民が一番関心がある「国保税の引き上げ」についてでしょう。

 2月初めに私が市民課に要請して資料を作っていただいたのが、次の二つの表です。

  

 A表は年齢が40歳から65歳までの夫婦と40歳以下の子供のいる3人家族の世帯ですが、ご覧頂いてお分かりのように、150万円の低所得額の世帯も700万円の世帯も増加額は同じ6000円となっています。

 又、その増加率は、100万円の所得の家族の国保税増加率は2.03%、150万円が1.83%、200万円が1.54%、300万円が1.16%、そして700万円の高所得家族が0.86%と、所得が増えるに従い国保税の増加率は下がり負担が軽くなり、所得が減るに従い国保税の増加率は上がり負担が重くなっていることが分かります。

 又、下のB表は年齢が40歳から65歳までの2人家族の世帯ですが、これも150万円の低所得額の世帯も700万円の世帯も増加額は同じ5000円となっています。又、その増加率は、A表の例と同じように、100万円の所得の家族の国保税増加率は1.92%から徐々に下がり、700万円の高所得家族が0.72%と、所得が増えるに従い国保税の増加率は下がり負担が軽くなり、所得が減るに従い国保税の増加率は上がり負担が重くなっていることが分かります。

 これは室戸市だけこうなっているのではなく、国の国保制度がこうなっているからですが、大いに疑わしい制度だと言わなければなりません。

 「なぜ、高額所得者や高額所得のある家族に重い負担をかけないのか。負担率が高いといえども、6000円。その家族には屁とも思わない金額なのに」。「なぜ、低所得者や低所得家族の国保料は負担を軽くしないのか。それがたとえ3000円上がっても、苦しい生活の中では重い負担になるのに」。

 唯、室戸市において国保会計は平成8年を境に暗転、9年度決算以降、赤字会計が続いています。下が累積赤字の金額です。

平成9年度決算・・・・  △4763万円
  10年度決算・・・△2億1616万円
  11年度決算・・・△3億5696万円ーーー11年度当初で国保料引き上げ(前市長) 
  12年度決算・・・△2億5719万円
  13年度決算・・・△3億4007万円
  14年度決算・・・△3億6449万円
  15年度決算・・・△3億9236万円ーーー15年度当初に引き上げ(前市長)
  16年度決算・・・△4億2543万円
  17年度決算・・・△4億6720万円ーーー17年度当初に引き上げ(前市長)
  18年度決算・・・△4億6054万円
  19年度決算・・・△4億8518万円
  20年度決算・・・△4億7617万円
  21年度決算・・・△5億0424万円

 以上のように国保特別会計は赤字が増大して来て、国保税引き上げの対策は前市長が任期8年間に3度行ってきました。だから、引き上げ策は遅いとも言えますが、それでもなお今回の室戸市の国保税引き上げに反対するのは、理由があります。

●市長は昨年、「国保料は引き上げない」と市民に向けて公約していること。
●市長選の前や今議会前に、この国保税引き上げについて市民に対して説明しなかったこと。


 この二つは大きな問題だと思っています。

 「上げない」と約束していることを守らないことも、「上げたいから、協力して下さい」と市民に説明しなかったことも、問題だ。

 市民は「上げない」という約束を信じます。それを、「黙って上げれば、市民の皆さんはどう思うか」を市長が考えていないことが問題です。

 この論点で今日は質問を行いますので、国保税の引き上げに反対の市民の皆さんも、国保税を上げようとする市長の応援隊の皆さんも大勢おいでになって、久々に議場をにぎわせていただきたいと思います。それがまた、室戸市議会の活性化につながると考えますし、市議会議員選挙直前の議員諸氏の活躍ぶりなどもご覧になって参考にして頂けたらと思います。≫

(「2・『国保料は値上げしない』の公約に違反」の記事に続く)
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「国保税は値上げしない」の公約に違反

2013-03-01 | 議会報告
 (1・「国保税値上げについて市長に問い質す」の記事のつづき)


 ≪3月7日(月)に行われた私の一般質問の中から、一つだけ、「国保税の引き上げについて」の質問原稿のすべてをご紹介しておきたいと思います。

(3)国保会計の再建と、滞納対策について

 ①国保税の引き上げについて

 本議会に国保税引き上げ案が提案されています。質問では便宜的に「国保料」とします。

 低所得者の加入が多い国保制度は、財政基盤が脆弱で、平成20年度の医療制度改革以降、都市部を中心に前期高齢者交付金が減少したことなどが影響しているとみられ、全国の市町村から国保制度の抜本的な見直しを求める声が相次いでいます。

 県市町村振興課が21年11月にHPで発表した「20年度決算に基づく県内市町村健全化判断比率」の確定値を見ますと、高知市と室戸市の二市が16.25%~20%の間が健全とされる連結実質赤字比率が赤字となっていて、本市の場合は19年度決算で8.25%、20年度決算でも6.09%と、悪化傾向にあります。そこには要因として、「国保事業特別会計4億7600万円の赤字の影響」と明確に示されています。

 これを見る限り、国と県が本市の国保会計の赤字解消を支援する条件として、この赤字を解消するために取り組む、目に見える形の本市独自の施策を行うことを求められたものと推察できます。これが一点。

 それと、担当課は市長就任から、当時は4億8000万円余り、現在は5億を越していますが、この累積及び単年度赤字の赤字削減の方策の一つとして国保料引き上げを提案してきたことも知っています。これが一点。

 そして又、高知市などでは少しずつ国保料を引き上げていることも承知しています。これが一点。

 これら三点から、国保料引き上げも致し方ないとは思います。

 しかし、理解できないのは、19年度、20年度、21年度、そしてこの22年度と、市長は18年末に就任以来、この巨額の赤字をよく認識し、途中、高知市などに倣い少しずつ国保料を引き上げる必要性も十分、認識しておりながら、4年間、引き上げをしてこなかったことです。

 過去の国保料引き上げ時期は11年、15年、17年、この年の3月議会に国保料値上げが提案され、決定しています。つまり、この三回は前市長が必要に駆られて任期八年の間に引き上げたもので、小松市長の任期4年間には国保会計の赤字が増大していく中、この手立てが行われませんでした。私はその理由を、次期市長選に影響するから選挙前に値上げしなかったものとみています。それが、市長選で勝利すると、再選から2カ月もたたない1月末頃にはこの値上げを協議し議会提案を決定しています。

 過去に上げるべき時に少しずつ上げてこなかったこともおかしいが、昨年の市長選においても、「5億円の赤字になってしまったので、市長選の後、新年度から国保料を値上げさせて頂きます」などという公約はなく、市民にその意思を全く示さなかったことを考えると、このように唐突に上げることも大いに疑問です。

 それに加え、担当課には「住民に説明しないまま議決すれば批判の声は高まる。だから、議会前に住民説明会を開いて市民に向け周知徹底した方がいい」とも、要請しました。しかし、行われませんでした。

 それに、年収100万円や150万円しかない市民の身になれば痛みはわかります。他人に重い荷を負わせる時には、その前にその荷を一度は自分が背負ってみれば、人の身の痛みがわかるものです。でも、高い給与をもらっている市長や執行部職員には年収150万円の実体験がないから、この所得が低い市民の身の痛みは皆さんの今の人生においては絶対に理解できないと思います。
 
 そこで、先の議会では4番議員が国保会計の5億400万円の赤字額を指摘しただけでなぜか市長に叱られてしまいましたが、私からは更に厳しく、全て市長にお伺いします。

 一点目・このように全国の自治体の国保会計が赤字傾向にあるのは国の社会保障制度が悪いのが原因です。その制度の欠陥と考える点を列挙し、どんな制度なら自治体の国保会計は健全に行えるとお考えかを聞く。
 
 二点目・①23年度に市民に負担して頂く今回の値上げによる増収予測額は約1038万円ですが、市政50年間の経過の中で、この新年度を除いて、これと同額程度を一般会計から国保会計に法定外繰入れの支援をしたことはありますか。あるならば、その年度と金額をお聞きします。

 ②そして、前市長が国保料引き上げを最後に提案したのは17年3月議会で、それから6年が経過し、市長就任からも4年が過ぎました。その間、この巨額の赤字を認識していながらなぜその4年間、この問題を放置してきたのか。対策として、赤字のこの国保事業特別会計を黒字の一般会計から緊急的に法定外の支援を行うアイデアがあることも知っていたはずなのになぜか行いませんでした。18年度以降、一般会計から国保会計に向け法定外の支援を行わなかった理由をお聞きします。

 三点目・このように、再選された後すぐに議会で値上げを決めようとするところをみると、昨年の市長選の前から当初予算の時に値上げしようと考えていたのですか。

 四点目・市長選の前には多忙な中、市長は市内各所で市政懇談会を開催しました。だから、この問題も議会開会一か月前の2月3日、担当課に、住民説明会を開催して市民に説明することを提案させて頂いた。しかし、説明会は行われませんでした。この値上げについては、なぜ一度も市民に情報公開しなかったのか。

 五点目・今回、執行部は国保料値上げに際して、この一般会計から緊急の法定外繰り入れを実施するが、これまでそれを行わずに来て、なぜ市民に痛みを強いる国保料値上げの方に舵を切ったのかをお聞きします。

 次に、国保料引き上げ率についてであります。(図参照)

    

 3人家族で医療分、支援金分、介護分を合わせた所得別の保険料をみると、年収100万円の家族の増加率は2.03%、150万、200万、300万、700万と所得が増えるごとにこの増加率は下がり、700万円の家族は0.86%の増加となっています。もう一つ、2人家族の場合の表をみると、100万円の家族の国保料値上げによる増加率は1.92%、そして年収が増えるごとに増加率は下がり、700万円の家族の場合、0.72%となっています。この資料から、低所得者ほど負担が重くなっていることが分かります。

 六点目・なぜ低額所得者の国保料の増加率が高くて、高額所得者になるほど増加率が低いのか。その理由をお聞きしたい。私たち一般庶民からみれば高額所得者といえる700万円の家族と150万円の低所得者を比較すれば、その負担率の格差は二倍以上です。国はなぜ、高額所得者の方の負荷を重く掛け国保料増加率を高くし、低所得者になるに従い国保料増加率を低くしないのか。その詳しい理由を聞く。

 七点目・又、この唐突な国保料引き上げが原因となって国保料の滞納が増加したら、市長はどのように責任を取られるのか。それとも、この引き上げによって国保料の滞納が増えることはないとお考えか。


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 一回目の質問には市長がすべて答弁しましたが、この国保料に値上げに関しては自分勝手な、まるで市政方針のように事業についての答弁を長々と説明をし、それでいて問いには答えなかったため、答弁が終わってから、議長に小休にしてもらい、議席で立って強く指摘した。

 「市長ね、国保会計が大赤字だということ、そのために国や県から市としての努力をしなさいとお叱りを受けていること、そのために国保税を上げざるを得ないことは市長が答弁しなくても私にはよくわかっているので、そのことはいいです。私はそんなことを問うていません。私の問いに対して正面からちゃんと答えて下さい」。

 この10日前の議会告示日に質問原稿を渡してあるので、私が市長と執行部に何を問うか知らないわけはない。それに、そんなに答えに窮するような無理難題の問いなんかじゃないので、市長が議員の問いに答弁しないのは答弁漏れではなくて、意識的に答弁をはずして答えないようにしているだけ。所謂、質の悪い作為があることがわかります。本当に素直じゃないです。

 続けて、市長に対し、意識的に答弁を行わなかった質問を再度、朗読した。

 「六点目と七点目を答弁して下さい。それは、六点目・なぜ低額所得者の国保料の増加率が高くて、高額所得者になるほど増加率が低いのか。その理由をお聞きしたい。私たち一般庶民からみれば高額所得者といえる700万円の家族と150万円の低所得者を比較すれば、その負担率の格差は二倍以上です。国はなぜ、高額所得者の方の負荷を重く掛け国保料増加率を高くし、低所得者になるに従い国保料増加率を低くしないのか。その詳しい理由をお聞きします。七点目・この国保料の引き上げによって国保料の滞納が増えることはないとお考えか、この2点についてちゃんと答弁してください」。

 結局、市長答弁はこの質問について知識不足と見え、しどろもどろになって、言い淀み、市長が二度、三度と登壇するも言いかけては止め、言いかけては止めして答弁できなくなったことから、私から助け船を出して議長に「市民課長でいいよ」と促し、ようやく市民課長が登壇。その答弁も中途半端な答弁だったが後で質問を行う議員のこともあるので、終わりにした。ホントに質問原稿を渡してからの10日間、皆さん、いったい何をやっていたんだか。

 これも、担当課長は間違いなくこれらの質問に関する答弁を作って、市長に渡しています。それを市長が「こんな質問に答える必要はない」とばかりにその答弁文章を破棄した上で、自分勝手な思いで以って国保会計に関する市政方針のような答弁を行います。これがいつもの市長答弁の実態。各課長が作成して市長に渡した答弁書をそのまま朗読すれば済むことを、それを悪意を以ってずたずたに切って質問の核心的な部分は取っ払ってしまったことによって、このように自らが墓穴を掘り、失敗をする。逃げるつもりがこうして最後まで追いかけられ、結局、こけてしまう。素直ではない。

 なぜ素直になれないんだろう。素直なのは、自分のことをすべて無条件で肯定してくれる人たちを前にした時だけ。でも、世の中そんなに甘くない。行政組織の長ともなれば、自分が間違ったことを行えば、当然、周りの正義が分かる人間から厳しく指摘され、その誤りを改めるように批判され、改めなければやがて「あー、こいつはダメな男だ」と見捨てられる。そんなことは18年に市長選に出たときからよくわかっているはずではないか。もしかしたら、みんな自分のすることをいつまでも諸手を挙げて賛成し、支え、支援し続けてくれるとでも思っていたのだろうか。

 なぜ、もっと素直になれないのか。肩の力を抜いて、誠実な心を以って、真摯に市民や議員に語りかけてはどうか。そして職員にも。それが身のためでもあるし、住民のためでもある。


 18年5月から市長の姿を見ているが、そんなことを思う。

 話を戻すと、何のために議員側から執行部に質問原稿を渡しているかワカリャしない。(私は戦の前に手の内をすべて見せるのは馬鹿げているし、八百長は嫌いだし、見せてしまうと執行部が勉強する部分がなくなるから、原稿の全部は渡さず、問いだけ渡している)

 思ったのは、こんなことなら、最初から課長の能力を信じて、日々、事業を専門的に実践し実態を詳細に知っている課長に答弁してもらった方がよかったんだと。

 人間の中にスーパーマンはいない。自分を過信してはいけない。市長以上の能力を持った議員もいれば、市職員もいる。市長以上の見識を持った人は行政関係者にいくらでもいる。勿論、市民の中にも小松市長以上の能力を持った市長にふさわしい人物がたくさんいることを私は知っている。唯、その人たちは日々の仕事に忙しいから市長にならないだけ。
 市長はそのことをよく認識し、議員や市職員の力を借りながら、市長職を全うするように考えるべきです。その認識がなければ、これからも失敗は続いていくことになる。


 続いて私の再質問の内容についてご報告します。

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(再質問)

 国保料の引き上げについてだけ、市長にお聞きします。(小松後援会新聞記事を手にしながら)

 ここに発行日も発行責任者の名も書かれていない小松けんじ後援会だより第5号があります。1ページ目に「市長就任3年目が経過した」とあるから、平成22年の1月ごろに発行されたものだと思います。その2ページ目の中段に国保会計と滞納金についての項目があり、「財政面ではどうですか」の問いに市長は市民に向かって、こう答えています。  

 「一般会計は黒字ですが、特別会計は赤字です。国保会計が5億円の借金、住貸会計が約3億円の借金です」と答え、最後の4行では「もうこれ以上、国保料を値上げすることはできませんので、徴収率を上げていくしかない」と明言。「皆さんのご理解、ご協力をお願いします」と結んでいます。

 この「値上げはできんから、滞納徴収に力を入れるしかない」の「・・しかない」とは、「手段は一つ」、「他に方法はない」という意味です。つまり、この文意は「国保料の値上げにご理解下さい」ではなくて、 「国保料の値上げはできん」と約束し、「滞納徴収に重点的に取り組むしか、他に方法はない」という態度表明です。そして、市長が書いて市内に配布されたことから、これは明らかに市民への公約です。

 このように、市長は市長選前の昨22年の春、市民に向かって「国保料は上げることはできない。国保料の滞納徴収に重点的に取り組む」と公約しています。これで新年度に国保料が上がったら、あなたを信じて昨年11月に投票した市民の中には、「市長に騙された」と思う市民もたくさんいるのではないか。

 2億、3億、4億と膨れ上がってきて、21年度に5億に乗ってしまったあの赤字経営を見れば、国保税の引き上げも止むを得ないとは思います。ですが、そうであっても尚、私は納得できません。数々の疑問がある。

 11年、15年、17年と武井前市長が引き上げた後、あなたが市長就任後の19年と21年か22年の当初になぜ引き上げを考えなかったのか。なぜ四年間、赤字が増大するのを十分知っていながらこの手立てを講じなかったのか。

 こうして国保料を値上げするなら、なぜ「国保料はこれ以上、値上げできん」と市長選の前に訴えたのか。

 又、市長選の前に行った市政懇談会で市民にこの値上げのことをなぜ説明しなかったのか。

 そして、市長選の時、なぜ国保料値上げのことを後援会新聞にも書かなかったのか、演説でも言わなかったのか。

 それに、議員にだけ話をして、なぜ市民に説明せずに料金を値上げしようとするのか。

 「高知市は市民に黙って値上げしている」という話も聞くが、私にそんな言い逃れは通用しません。ここは室戸市です。住んでいるのは室戸市民であって、高知市民ではない。高知市が黙って上げているから室戸市も黙って上げてよいということにはならない。市民には上げる前にちゃんと説明責任ぐらい果たすべきです。

 選挙の前には「国保料は値上げできん」と市民に公約し安心させておいて、選挙が済めば国保料を上げると言う。誰が信じますか、こんなでたらめな話を。

 18年の市長選の時も「市町村合併に取り組む」の公約で私や市民を信用させ、就任一年後の議員総会で「合併する考えはない」と表明、態度を翻しました。「やると約束しておりながら、やらない。やらないと約束しておりながら、やると言う」。約束しても、自分に都合が悪くなればすぐに変節して態度を翻す。あなたはいつもこうで、とにかく信用ならない。

 問・このままでは市長は市民を騙したことになります。ほんの一年前、「国保料の値上げはできん。滞納徴収に重点的に取り組むしか、他に方法はない」と市民に約束したことは嘘だったのかをお聞きします。市民の皆さんに向かってちゃんと説明責任を果たして頂きたい。それが市長に課せられた責務です。


 以上、一点だけお伺いして、私の今任期最後の質問を終わります。


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 この再質問に対する市長答弁も問いに答えず逃げ回りましたが、また私から議長に「問いに答えていませんと強く厳しく指摘したところ、市長が再度登壇して、「国保料の値上げに協力をお願いしたい」なんて、これもまた質問に答えられなくて、結局、後援会新聞に書いたことはウソだったという結論に至りました。

 つまり、残念ながら、昨年11月の市長選で投票総数の70%で市長を支持した市民の皆さんは、小松市長が書いたあの新聞記事「国保料の値上げはできん」の公約に騙されたということです。

 以前、「政治家は信用ならない」と書きましたが、全くその通りです。


(「国保税引き上げ案に反対討論」の記事に続く)
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