青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

青空地質美術館の新作「夕陽に染まる町」の制作開始

2013-01-27 | 私の絵画制作活動
 今日は画家としての活動のご報告。

 新しい作品を描こうと思い100号のパネルを3点(P100号を2点、横長の変100号を1点)作ったことは先にご報告いたしました。

 「どれにしようかな…」と決めかねましたが、以前から横長の海景を書きたいと思ってきましたので、年初一番目の作品は横長のパネルに描くことにしました。

 このサイズは既定サイズではなくて変形で、170センチ×90センチ。横は風景型(P)100号(162×112)の162より、少し長い。縦はP100号の112センチよりもちょっと短く、海景型(M)100号のサイズ(162×97)の97よりも更に短い。(パネルはすでに下塗りとしてイエロー・オーカーを塗った)

 そこで、これから描こうとするのは次の風景。

  

  

 見えるのは、私が生まれ育った室戸岬町津呂の街と室戸岬港、遠くには行当岬(ぎょうどざき)。そして室戸岬の夕日。

 室戸岬を西に回ってすぐ、最御崎寺(ほつみさきじ=通称「東寺(ひがしでら)」と呼ぶ)への県道室戸公園線(室戸岬スカイライン)に入り、そこから約1キロほど上がった県道沿いの場所から西の方角を見た風景。

 その夕陽に照らされる街の風景を印象的に描き切りたい、と思って描き始めた下描きの線。

  

 こうして飽くまでもアバウトに線を引いた後、その線に影響されずに大胆に原色をポンポンと置いてゆきます。

    

 これから先は作品「岬の岩場」で行ったと同じように、何回か作品を車に積んでこの山の上まで持って行き、風で飛ばされないようにそこのガードワイヤに作品を縛り付け、現場で受ける感動を基にして本格的に描き始めてみようと思う。

 消される線あり残される線ありしながら、雲、山並み、光りと影などを探り、作品の首根っこをつかみ振りまわすぐらい乱暴に筆を暴れさせ、最後は冷静沈着にここぞという形を構成しまとめてゆきます。

 実は、ここは私が本格的に油絵を描き始めて1年たった昭和52年秋の高知県展に初入選した作品「我が町室戸」(175×91)を描いたと同じ場所で、同じ風景を描く。

 三十五年ぶりに原点に返って思いっきり絵筆を振るってみようと考えている。


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自家焙煎珈琲店「ひこうせん」にて

2013-01-26 | プライベート
 それにしても、今日はひやい(冷たい)ねえ。

 いつも買ってきて自宅でドリップして点ている珈琲豆がなくなったのでその豆を買おうと、今朝は徳島県海陽町宍喰にある自家焙煎珈琲の店、「ひこうせん」へ。

 そこでコーヒーを飲んでいると、宍喰町に滞在中の、男性は50歳ぐらいのアメリカ人で奥さんの方は東京の方というご夫婦に出会い、店の奥さんから「この方は絵を描かれる方で・・」と小生を紹介して下さった。

 一言、二言と言葉を交わしていましたが、店に備え付けられているパソコンを借りて説明した方が話が早いと思い、当電子情報誌「青空エクスプレス」を検索し掲載してある私の作品写真を見ていただいたところ、話が弾んだ。

 アメリカから来られた男性の祖父はスイス出身で設計や絵画に造詣が深い方だったそうで、そのアメリカ人男性は私が描いた地質絵画にも興味をもたれ、次々とそれら地質に関する作品写真を見て、3人の話は弾んだ。

 そうしてブログのカテゴリーにある「私の絵画制作活動」の中に掲載しているたくさんの作品写真を見ている中で特に興味を見って下さったのが、私が30歳代に制作した作品で、昨年11月に北川村で個展を開いた時にも展示した板版画「土佐百鯨絵図」(90×90)。

  

 ネットのブログに掲載した写真ですので見ても小さくにしか見えませんが、ご夫婦はたいへん興味を持って下さり、「鯨の動きが面白いね」、「手前の鯨が面白い」、「手前の波が浮世絵で描かれているような波ですが、上手」(もちろん英語で話し、それを奥さんが通訳してくれたんですが)などと喜んでくださった。

 更にご夫婦は同店が買ってくれて店においてある地質写真集『青空地質博物館』の本と、重要伝統的建造物群保存地区である室戸市吉良川町の古い街並みの画集『民家美術館』の本を私のところに持ってこられたことから、説明させていただいたところ、「この本が欲しいから送ってほしい」とのこと。そこは抜かりのない小生のこと。いつも車に10冊づつぐらいは常備しているので1冊ずつ買っていただき、私が描いた作品をお褒め頂きうれしくなったということもあり更に1冊ずつプレゼントさせていただきました。

 (室戸の皆さん、頑張っている人はこういうふうに褒めて使うものです。さすれば、“天は自ら助くる者を助く”の例えもあって、組織も町も救われる。それを、自分たちの悪しき利害は温存しながら頑張っている者を糾弾し陥れたりするから、いつまでたっても政治家たちは不正な政治を続け一向に町は良くならないし、衰退の一途を辿るのです)

 そのご主人であるアメリカの方はその2冊の本をアメリカに持って帰るそうで、私は「どうもありがとうございました。どうぞ、アメリカに帰ったら『日本の室戸という町にはこんな絵を描いている男がいたよ』という話もしてくださいね」と言って、お別れした。


 その帰り、昨年に甲浦でタイヤがパンクして道路わきに停車していた時に手伝ってくれた手島さんに会って、二人は野根漁港の前で車を止め、彼とも年賀のあいさつと近況などを話した。

 私はジャズ喫茶を経営していた昭和61年ごろにフォルクス・ワーゲンを乗っていて、そのころ、ワーゲンを乗っている若者が店にたくさん集まって来ては夜、店が閉店してからもワイワイやっていて、やがて「室戸フォルクスワーゲン・クラブ」を結成。休日にはその仲間たち10数人がそれぞれ自分の愛者に乗って集まり、室戸から日和佐町あたりまで車を連ねてツーリングとしゃれていた。

 手島さんはその中の一人で、仲間の中では一番かっこいいゴールドのワーゲンを乗っていました。

 当時の写真の中から捜し出したので、ご覧いただこう。

  

 当時、この車を描いたのが次の絵

  

 懐かしくて、今思ってもいい思い出だし、「熱っぽく生きていた若い時の仲間はいいなあ」と実感している。

 その手島さんと共通したサーフィン仲間が、大阪の菊池さん。「ひこうせん」で初めて出会ってからは、時々ですが「ひこうせん」でぱったりお会いする。

  
                                        (2009年6月、ひこうせんにて)

 手島さんも菊地さんもみんな、私のサーフィン仲間です、というのはウソ。「みんな私のいい仲間です」が正しい。

 こういう私の人生においてのいろんなきっかけづくりをしてくれている「ひこうせん」ですが、私たち夫婦がこの店に行き始めたのはいつ頃からかと考えたところ、私がジャズ喫茶を開店しようと決めたのはこの店がきっかけだから、私がジャズ喫茶を開店する昭和61年からまだ前の、昭和50年ごろか。それから数えると、かれこれ35年になる。

 ついでに書いておきましょうか。

 黒く焼いた深煎りの珈琲豆はアルカリ性で胃には優しいんですが、余りコーヒーに詳しくない人たちは「深煎りの珈琲豆は胃に悪くて、浅煎りの白っぽい珈琲豆は胃にやさしい」と勘違いし、深煎り豆を敬遠します。実はそうではなくて、浅煎りの豆は酸性が強いために胃には悪いことを知っておいてください。依って、コーヒーショップやスーパーで豆を買ってきて自宅でその豆を挽いて飲んでおられる方は、美味しい方の、深煎りの豆を買って来ることをお勧めします。(深煎り珈琲で人気店だった元喫茶店主曰く)

 それと、なぜ私が室戸市内の喫茶店に行かないかですが、それは深煎りの珈琲豆にこだわる珈琲好きの店主が室戸にはいないことと、女性店主にありがちな午後5時で店を閉める店ばかりだから。「商売は消費者のため」が鉄則。午後5時を回るとお客さんが少なくなるとしても、男性店主がなぜ午後8時ごろまで頑張って商売しないのかといつも思う。自宅での夕食後に珈琲を飲みに行きたいと思っている人がいるのになぜ午後5時で閉店するのか、なぜ午後8時ごろまで営業しないのかと思っているから。

 辛くても、しんどくても、それが商売だから、午前8時から午後8時までの12時間ぐらいはやってほしいものです。(私は午前6時には店に入り、午前7時半から午後8時まで大体、一人で営業し、後かたずけをしていたら店を出るのは午後10時前後になった。都合、15、16時間は働いていた勘定になるが、それでも「お客さんのためにこのくらいは働かないと」と頑張っていた)

 いつまでもみんなが“御身大事”で仕事をしていても店は良くならないし、町も良くはならないものだ。商売人にしても、町の政治に関わっているお方たちも。身を粉にして働く考えがない人や町ばかりでは、政治の場で言う「町の活性化」なんて、絵空事。

 「今日がなければ明日があらあ」という言葉もある。そういう職務スタイルで仕事をしている人はとにかく多いが、そうやって今日の仕事を明日に回す人間にろくな奴はいない。


 以上、今日は非常に個人的なお話をとりとめもなくさせていただきました。ではここで失礼します。

 ああ、コーヒー豆を買うなら、深煎りの豆ぜよ!、忘れなよ。

 忘れると言えば、これは書いておかねばなりません。

 先ごろ、妻が勤務する実家の山本製パン所に徳島県の読者、静岡県の読者、そして埼玉県の読者がこの電子情報誌の記事を見てカンバモチの注文をして下さったそうで、小生からもここでお礼を申しておきます。静岡県から電話を下さった方は『ブログが面白い』と言っていたと妻から聞きました。このような乱文乱筆の記事をご愛読頂きまして、誠にありがとうございました。そして餅をお買い上げいただき、ありがとう。

 特に徳島県の方はわざわざ室戸までこられ、店を探して尋ねて来て下さったそうですし、更にパンも買いたいとのことだったが配達した後だということで、「道の駅キラメッセ室戸」の特産品販売所「楽市」にまで足を延ばして買いに行って下さったそうですね。本当にありがとうございました。御礼申し上げます。


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公務員特集:(1)ゆとりなんて、くそ喰らえ!

2013-01-24 | 公務員のあり方
 (本日は公務員特集四部作を一挙公開いたします) 

 数年前の高知新聞のコラム「小社会」の、記事の冒頭部分に次のような故事が紹介された。

《中国・清末(清時代の末期)の政治家・軍事家で、太平天国の乱平定に活躍した曽国藩(そうこくはん)がこんな言葉を残している。

 「収穫を問うなかれ、ただ耕耘(こううん)を問え」

 成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要、という意味だ。(後略)》

 記事の内容は、“はたしてブッシュ大統領の採点は?”の問いかけになっていた。

 この曽国藩という人物の名は初めて聞くし、この言葉、いわば教訓も初めて聞いた。そして「耕耘」を辞書で引くと、「田畑を耕すこと」をいうそうだ。

 そこで、自問した。まちづくり活動を実践してきた二十数年の過程を振り返って、「収穫は問うなかれ、ただ耕耘を問え」の言葉のように、“結果を追い求めるのではなく、どのくらいの田畑を耕してきたか”、いかに遮二無二努力してきたかと自らに問うてみた。


 色々とありました。まちづくり活動を始めたのは、昭和61年。それからはずっと自分の家庭を重視せず、顧みずに次から次へと喫茶店の売上げから金を出してコンサートを行ったり映画会を行ったりなどしてきた。室戸市民ならば良く覚えているだろう。そして、それでなくても毎月、本を出版するたびに借金が蓄積され続けた赤字状態の地域雑誌の売上げの中からお金を出しながら、県東部地域を元気にしたいと思い町おこし活動を続けてきた。

 儲けにならない事が分かっていても8年あまり出版し続けた地域雑誌にしても、また最近出版した地質写真集と古民家画集の二冊の本にしても、本当に自分の家庭のためになっているかと問われれば、なっていない。むしろ、その度、その度に家の借金になり、それを数年かけて返済してきている。

 ずっとそんな状態だったので、いまでも思いだすが地域づくり活動を始めた頃、中学生だった娘から「お父さんは自分勝手や」と強く言われたことがあります。自分は頑張って町のために尽くそうとしていることでも、家庭にとっては何のためにもなっていないことを、痛烈に娘から批判された。私は、その通りだと思った。でも、走り続けるしか他に、自分が納得できる生き方は無かった。

 でも、その娘が地元の高校を卒業し岡山の大きな会社に就職して数ヶ月経った夏ごろ、電話で聞いた言葉が忘れられません。「お父さんが町のために頑張りよったのが、働き出して、いま初めて解かった」。その時のこの言葉で、少しは救われた気がした。

 いま60歳を過ぎてこれまでを振りかえって思うが、地域づくりの活動を始めた頃から支えとなっていた言葉がある。

 特に地域雑誌を出版していた時の仕事は、夜寝る時間を減らし、飲食など遊行の機会を極力断って、全てをこのまちづくりに賭けた生き方をしていて、その頃に一つの言葉を思い浮かべ、それを何か支えのようにして活動の二十数年間を生きてきた。

 そこで考えて得た信条が、「人生、照る日、曇る日」

 わたくし如きがえらそうなことは申せませんが、良く言えば“悟りの境地”であり、またある面、“開き直り”ともいえる。「まあ、長い人生だ。こんな日もあらあ」と。

 意味するところは、「一所懸命に努力して働いていても、人生は良い時もあれば、悪い時もある。外的原因、内的原因によって、良くなったり、悪くなったりする。でも、悪い事があっても挫けず、怠けず、正直に、頑張って前向きに生きていたら、その内、また良い事がある」という意味です。

 だから、何事をする時でも私は休まない。自分に自信がないから、ずっと勉強をし、毎日ずっと働き続けます。

 休む時間や休める日々のある議員になってからも、毎日、何かに取り組んで仕事を続けた。それは又、自分ひとりの勝手な判断で休む事が、市民の意識や感覚に立ち考えて見れば、間違いなく負託に応えていないことになるから。だから、毎日何か議員としての仕事や、20年に発行した地質写真集や21年に発行した町並み画集の発行、そして議員を退職した今も次世代に残そうと室戸半島の海岸に見られるダイナミックな地質の動きを表現する岩の絵を描くなど、地域リーダーの一人としての仕事に取り組み続けている。

 休めば、「人生、照る日、曇る日」が、「人生、曇る日、嵐の日」になることが分かっているから、休まない。私自身が自分の全てを信用しているわけではないから、自分を休ませません。

 60歳を過ぎるといつ死を迎えるか分からないと悟っているから、休まず走り続けている。いつまでも命があると考えるほど私は欲深くは無いから、休まない。

「収穫を問うなかれ、ただ耕耘を問え」(成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要)

 議員でなくても、身銭を切って市民活動を実践している人ならば、成果を求めず、継続した努力をすることが大事です。ならば、「人生、照る日、曇る日」、“成果”は必ず向こうからやって来る。

 但し、いつ何時も身銭を切ることが無く、“収穫”を急ぎすぎるためにすぐに行政の補助金に頼る人たちは、その限りではない。金づるである行政からの金が途絶えれば、間違いなく努力しなくなり、早晩、やめてしまいます。

 行政もそんなグループへの支援は、もういい加減に止めることです。その“深情け”な行為はその人たちの“成長”のためにならない。何の継続的な効果も生まないし、却って、行政によってその土地に依存体質の人間や団体を生み、育て、増殖させてしまうだけだ。

 「可愛い子には旅をさせよ」というではないか。行政が住民に本当に地域力を付けてもらいたいと思ったら、冷たくして突き放す方がむしろ力がつく。さすれば、性急に“収穫”を求めない、ただ夢中で“耕耘”に励む人がたくさん生まれ、育つだろう。


 さて、話を戻してもう一度、中国の政治家・曽国藩の言葉、「収穫を問う無かれ、ただ耕雲を問え」の話に戻る。

 この言葉は、“結果を追い求めず、どのくらい田畑を耕してきたか、それこそが人間として素晴らしいんだ。ただしゃにむに働くことこそ、人間を育てる”と、記した。

 そして、私が考えた言葉、「人生、照る日、曇る日」も書き沿えた。

 これは、“一所懸命に努力して働いていても、人生は良い時もあれば、悪い時もある。でも、悪い時があっても挫けずに、怠けずに、正直に頑張って生きていたら、その内、また良い事がある”ということです。

 そのためには、何事をする時でも休まない。自分に自信が無いから、働き続ける。休めば、「人生、照る日、曇る日」が、「人生、曇る日、嵐の日」になるのが分かっているから、休まない。自分自身が自分の全てを信用しているわけではないから、休まない。いつ死を迎えるかわからないから、悔いを残さないために、休まず走り続けている。

 ならば、「人生、照る日、曇る日」、“成果”は必ず向こうからやって来る。

 この、「収穫を問う無かれ、ただ耕耘を問え」も、「人生、照る日、曇る日」も、両方とも意味するところは、“成果を得られるか得られないかを気にしていないで、休まずただもくもくと働け。良いことがあった、悪い事があったと一喜一憂せずに、前を向いてもくもくと働け。さすれば、きっと後発的に、成果は後からついてくる”という点にあり、そこが重要。

 そこで話は急に昭和40年代に遡るが、私が二十歳代の頃だったかに次のような国際情勢があり、「これじゃ、間違いなく日本の活力は落ち、経済も、政治も、教育もだめになる」と思ったものです。

 それは、アメリカは戦後二十年ぐらい経つと、それまでの自分たち国民の慢心と怠惰がたたって、日本の急速な経済発展に押されたことも加わり、そこで日本に圧力をかけ、「日本は働きすぎだ。もっと休め!」と言いはじめた。いわゆる一連の“ジャパン・バッシング”です。

 これに対し、当時の弱気な日本の政治家たちは、日本がアメリカの軍事力の傘の下にいる弱さもあって、日本はそのアメリカの圧力に屈して、週休二日制を進めた。止めときゃいいのに、言われたように働く時間を少なくした。つまり、情熱や熱意を薄めたのである。

 その時、私は、「あー、こんなことをしていたら日本企業の生産力が落ちることによって日本の経済活力は弱体化し、学校現場での教育力も低下し子供たちの学力も必ず落ちてくる」と思った。

 で、案の定、いまその通りになった。

 教育に限っていうと、「ゆとり教育」なんてことを始めた時も、「子供の教育にゆとりなんて、いるか!」と思っていた。で、いまその通りなって、「ゆとり」をやめようとしています。

 平成8年7月の中教審の答申は「ゆとりの無さ、社会性の不足と倫理観の問題、自立の遅れ、健康・体力の問題などがある。だから、週五日制などのゆとり教育が必要だ」として、この動きは平成14年に始まったが、そもそもこの段階で大きな間違いを犯している。

 子供の教育だけでなく、企業の労働者、そして行政機関や学校に勤務する公務員という名の労働者に「ゆとり」などという、いわばオブラートに包んだ美しい言葉を使って休日を多く与えたことが、これら日本全体の活力を低下させてしまった主因であるのは、間違いない。

 日本の教育界は、その「ゆとり教育」によって、全国の子供たちの学力低下という“事故”を引き起こしたと言ってもよい。

 だから、平成19年10月の中教審の答申では授業日数の増加を提言し、20年2月には文科省が21年度から順次、授業時間を増加させるように決めた。過ちを認め、方向転換した。(※注:平成21年からの民主党政権時は日教組系の議員が多かったため、改革は遅々として進まなかった)

 私に言わせれば、「ほら、見たことか!」だ。

 国によるこの「ゆとり教育」という子供への学問教育の、いわば“たるみ”から、テレビゲームなどからケイタイへ移行する機器による悪作用も加わり、子供たちの多くが学校での一体感のある勉学よりも個人的な娯楽に没頭するようになり、それが今の「殺すのは誰でも良かった」という殺人鬼となる若者を生んだのも間違いない。

 だから、教育の「ゆとり」=「たるみ」「ゆるみ」が、今の教育の崩壊を生んでいるといいたい。

 いま、日本の政治に関わる人も学校現場の人たちもみんな、あの秋葉原の通り魔殺人事件などに代表される若者による無差別殺人などの責任の一端は、自分たちにあると思い知る必要がある。きっと「俺には関係ない」なんて思っているだろうが、ないことは無い。あれらの事件は全て、教育関係者や国の政治家に責任がある。

 長くなるのでこのへんにしますが、とにかく企業も行政や学校に勤務する公務員も全て、40年代のように月曜日から金曜日までは終日働き、土曜日も昼まではちゃんと仕事をするように戻し、子供たちもみんな、土曜日も昼までは学校で勉強するように一刻も早く変更することです。

 私は、「労働や勉学にゆとりなんていらん。そんなのクソ食らえ!」と思っている。

 武田鉄矢の母はもっとすごい。「休みたいなんて思ったら、その時は死ね」とまで言っている。

 営業時間を減少させて働かない会社は、企業活力を低下させ、当然、売上げも落ちる。働かない行政は業務消化の低下、働かない学校は教育力の低下をそれぞれ招く。学ぶ時間の少ない子供たちの学力は間違いなく低下する。必ずこうなる。

 職人技も、習得の時間の積み重ねによって、熟練の技が磨かれるものだ。芸術家の腕や感性も打ち込んだ時間によって高揚するものである。それと同じだ。

 あっ、大事なことを忘れてた。勿論、企業の社員は売上げが上がれば給料は上がりますが、学校や行政に勤務する公務員の皆さんの給与は土曜日が半ドンに変更されても給与は今と同じですよ。このへんはお間違いなきように。

 先日も書いたが、自分が働いている組織のため、又労働や勉学は自分のために休みなく働き、休みなく学ぶこと。それが、自分を育て、組織を育て、地域を育て、国を大きくさせるものだと忘れないことです。

 「ゆとり」ある労働や教育なんてものでは、絶対に、町は興きない、国も興きない、自分も興きない。

 とにかく、自分を痛めいじめることによって、能力は高まってくるものです。寝る時間を惜しんで勉強すること。休む時間、休む日を惜しんで働くこと。それでしか、自分も、会社も、学校も、町も、国も良くなってはこない。

 最後は、やはり先のこの名言で終わりたい。

 「収穫を問うなかれ、ただ耕耘(こううん)を問え」。

 これを私流に品無く言うと、「ゆとりなんて、クソ食らえ!」 ということです。 
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公務員特集:(2)公務員は自分の立場が解っていない

2013-01-24 | 公務員のあり方
 大津市のいじめ事件に続いて、またもやイジメ事件によって大阪市内の桜宮高校の生徒が自殺した。

 私があれほど「イジメられても死んじゃいけない」って言ったのに、みんななぜ死に急ぐのか。

 今度は学校の教師に拠るイジメ。いや、30発、40発殴ったというから、れっきとした暴行事件だ。

 あれを「体罰」と世間は言うが、体罰ではない。あれは「住民の子息に対して暴力を振るったイジメ又は虐待、いや、警察署に告発して当該教師を逮捕すべき暴行事件だ」と国民みんなが認識すべき出来事である。

 生徒を長年いじめて虐待を続けてきた教師は、公務員だ。

 因って、あれは「公務員による住民子息に対して暴力を振るった事件」だ。

 公務員と言えば、大阪市の住民からお給料をもらっている立場。それが、給料をもらっている側が給料を与えている側になぜ暴力をふるわなければならないのか。その理不尽さも公務員は解らないのか。

 学校の校長しかり、教育委員会しかり。

 教育委員会の全員と学校現場の教師全員もその生徒に対する暴力行為が如何に不正なことなのかが理解できないんだから、いっそ教えられる側の子どもたちからそういう暴力が如何に愚かな行為であるかを教えてもらってはどうか。

 暴力を使わなくてはならないということは、教師たちに教育能力がないと証明されたことになる。故に、教員・教師に“口で言葉を発して教え諭す”教育能力に欠けるから、すぐに手が出て暴力行為に及ぶ。悪いのは、教育者の知能が低いからその暴力行為は習慣となり、相手を叩かないと気が済まないというクセになること。

 解りますか? 公務員の皆さん、世間を「これは愛のムチ」なんてウソを言って騙し暴力に及んでいる教育者も、相手が弱いと見たらいじめ続ける生徒たちも学ぼう。すぐに暴力を振るうのは自分の能力が低いから暴力に走るのであり、その能力が低いのは知能が低いからであるが、そのことを自覚してますか? 

 だから、暴力教師が暴力を振るわなくなるためには、そして他の生徒をイジメるのをクセになっている生徒が暴力を振るわなくなるためには、知能を上げるしか他に方法はないということだ。つまり勉強を重ねて、何が正しくて何が悪いことかの道徳心を養うことだ。桜宮高校で暴力行為を行った教師もその現場周辺にいて見ていながら止めなかった教師たちも同罪。

 とにかく教育者の中には、自分の給料や退職金に関することは執着し利得は追い求める(※)のに、道徳心のかけらもない人をよく見かける。


 それと、教育現場だけではなくて自治体の行政現場でも同じで、公務員組織にはお互いにかばい合い隠ぺいする体質がある。

 大津市での事件もそうだったが、教師に何か問題があればすぐ、隠そう、隠そうとする。それは自分たち上司に責任が及ぶからは明々白々。隠せば後で問題が大きくなることはこれまでの学校現場での公務員らが起こした事件を教訓にすれば解ろうはずだが、公務員の皆さんは前例を教訓として学ばないのか、一向に改まらない。公務員の習性として所謂、“組織保身”が働くのであろう。

 公務員の皆さんは自分たちが置かれている立場がどうも解っていない。

 かつて私が市議会議員をしていた時のことです。

 不正な予算投資や違法業務を繰り返す市長の不遜な態度を見て、「どう考えても市民のお金である市の予算を市民の金だと思っておらず、市長になれば違法であろうが適法であろうが自分がやりたい形で出来るものだと思っていて、憲法や地方自治法や市の条例などの法律はそんなもの程度に思っているな」と考えた私は、市議会の一般質問で市長に、こう問うた。

 「市長もわれわれ市議会議員も同じように公務員という市の予算から給与と報酬をもらっている、そういう立場にあります。その市の予算は国民の税金である国からのお金と、県民の税金である県費と、室戸市民の税金であるおカネで成り立っています。それらのすべてが市民のお金であることは疑いようもなく、その中から給与と報酬は支出されています。ということは、市民が私たち公務員の雇用主でいわば“社長”的立場で、私たち公務員はその市民に雇用されて働いている“従業員”に該当します。私はこう考えているが、市長はいかがお考えか」。

 すると、市長はこう答えた。「私は市民が社長で公務員が市民に雇用された立場だとは思っていない」。後は筋の通らない理屈でしかなかった。これがすべての公務員の考え方と思って間違いはない。

 つまり、私が何を言いたいのかというと、桜宮高校の顧問という教師も、室戸市だけではなく全国の公務員がその町や村の住民に雇われその住民の税金から給与をもらっていることを全く理解していないということだ。

 ある者は「おれはもう市職員ではなくて市長だ。市長になり偉くなったんだから、市の金は自分が使いたいように使うんだ。次の市長選で『あの施設は私が企業誘致して建てたものです!』と言えるから違法であろうが無かろうが、建てるんだ」などと言う。

 こうして、特別職公務員である首長や地方議員も含め、全国の公務員はその町や村の住民に雇われその住民の税金から給与をもらっていることを全く理解していないまま職務に付いているということです。

 もし、そういう理屈を理解していれば自分が給料をもらっている父兄の子息をいじめる事はないと言え、故に、公務員全体が自分は誰から給料をもらっているのかが解っていないと言える。なぜならば、自分が毎月、分不相応の給料を貰っている人の子どもを死に至らしめることはないからだ。住民に選挙で市長にさせていただきながら市民のお金を違法な事業に使うことはないからだ。つまり、根本的な基本を解っていないから、教師が生徒をいじめて死に至らしめているし、市長や議員が違法な政治をやっておりながらそれを認めず、事業に賛成し、実行し、住民に被害を与えている、ということになる。

 違法な政治を止めるのも聞かずに平気で進めている市長も、生徒をイジメていじめて終には死に追いやったとんでもないワルの教師も、公務員としては同じ体質にある。自分がやっていることが悪いことと知りながら実行しているからだ。

 小松室戸市長も桜宮高校の教師と同じように、元は室戸市職員の公務員だった人。だから、「室戸市民に雇用されているとは思っていない」と答弁したのであろう。

 ここで全国にいる全ての公務員の皆さんに申しておきます。

 あなた方はあなた方を監督する市町村の教育委員会、そして都道府県の教育委員会の管理下にあって、国民と県民、そして自治体を支えているあなたが勤務する町や村の住民、この方々によってあなた方家族の生活は支えられていることをまず認識し、そのうえで、それらの大勢の皆さんに感謝し、そのことを忘れないようにし、日々研さんすることです。

 そして、学校や行政の自分の職場においては、片時も「私は日々忙しい住民に為り代わって働くためにここに雇用された立場。給料を下さっている住民が“社長”。その社長に叱られないように、公正で、公平で、適正な業務を行う使命がある。違法や不正や人に言えないような行いはしてはいけない」と肝に銘じ、職務に専念していただきたい。

 小松市長は最初に出馬した市長選の街頭演説において、「私は公正で、公平で、適正な市政運営を行ってまいります!」と宣言しました。その後、市長になったら途端に変節。すでに倒産状態にある指定管理者の企業に6000万円もの市民の金を条例違反となる赤字補てんを行い、高速バスターミナル建設事業に関しても違法を行い、それを私に指摘されると「これは適法だ。このまま管理運営を継続する」などとうそぶいたが、このようなことは市のトップとして絶対にあってはならない行為。

 私は、公務員生活を長年続けてきて一般社会での経験が未熟とみて、市長を諭すように、こうお教えした。

 「人間だから誰にだって過ちはあります。しかし、その過ちを指摘され、それに気づきすぐに改めれば誰もそのあとは何も言いいません。しかし、市長のように違法であると知りながらいつまでもそれを認めないし、一向に改めないし、改善案までこちらが考えて提案してもその違法を改めもしないということになると、違法に加担して賛成する議員はともかくとして、公正であるべき行政組織を真剣に考えている私は改めるまで何度でも問い質します」。

 しかし、六回(六議会)も同じこの室戸岬高速バスターミナル建設に係る事業が違法な事件であり改めるべきと問うたが、市長は最後まで改めませんでした。市長の後援会もこの事業が違法と認識していながら、だれも市長に向かって「おい、谷口があんなに言っているじゃないか。改めろ」とは誰も言わなかった。

 なぜそれが分かるかというと、市長選が11月に行われる22年の1月に発行した小松市長の後援会新聞に掲載されたこの建物の写真、あれを見ればよくわかる。この建物を正面から撮影すればその違法部分である徳島バスの社員宿舎が写り込むと考えた市長と後援会幹部は、建物を西側から撮影した写真を後援会新聞に掲載したからだ。誰しもが自分の「成果」と考えていることは大きく見せて自慢したいもので、それをそうせず小さく見える角度から写した写真を掲載したということは、不正な建物部分を隠す意図が後援会幹部にあったと確信する。

 私は市長と担当課が行った違法事業を市議会で追及している立場だったのでその新聞は当家に配布してこなかったが、友人から新聞を渡され見て、笑ってしまいました。「そんなに不正と分かっているなら改めれば済むことを。姑息なことをするもんだなあ」と。そのこと一つとっても、後援会全体とはいわないまでも、後援会幹部らも市長が行った事業が違法であると認識していたことは明らかである。(室戸市議会特捜部の部長だったから、裏でやろうが表でやろうが、悪事はすべて解るんです)

 それを違法と知っておりながら事業を進めたのは、市長と担当課職員、そしてその1444万円の事業費(50%が県の補助金、50%が市民のお金である市費から払う借金)を支出した高知県市町村振興課の職員たち、それと私が提出した住民監査請求に対しその違法事件を不問とした2名の市監査委員(一人は元市職員で、もう一人は現職の女性市議)。

 そうやって公務員たちはみんなでお互いをかばい合い、そして問題や事件を無かったものとして隠ぺいする。

 それが言わば、職業的な習性となっているのだから、癖が悪い。

 いつまでたってもその“病い”が完治するわけがない。

 大津のいじめ事件もそう、大阪市でのいじめ事件もそう、室戸市が行ったバスターミナル違法事件もそう。公務員はみんなで庇いあって、退職まで無事に生きながらえたいと思っている。そして分不相応な退職金をもらって楽しい老後を過ごそうと考えている。そうとしか考えられません、私には。

 因みに、室戸市が行ったその違法事業を最後まで止め、改めるように言い続けた議員は私だけ。だから、市政をゆがめた一味から市議選で「あいつを落とせ」と広める選挙妨害に遭い、あえなく落選してしまったのです。証拠をつかんでいるんだから、言い逃れのしようがない、これも室戸市で起こった一つの事件。

 又、この建物は今も室戸市室戸岬町津呂の室戸岬港にある県有地に違法状態のまま建っていて、現在も事件を見聞をすることができますので、全国の地方自治に関わっておられる方々は是非これを反面教師のモデル建築として活用されることをお勧めする。

 公務員と元公務員が行う「悪政」とはこんなもんです。

 勿論、公務員みんなが悪い人だとは思っていませんし、そう言っているわけではありません。

 室戸市職員でも大半は真面目で公正な政治を追及しながら職務に励んでいると思っています。友人もたくさんいる。私が選挙妨害があった23年4月の市議選で落選した後、それまでいろいろと教えてくれたことに感謝して職員に別れのあいさつをして回りましたが、中には「私は谷口さんに投票したのに、残念です。谷口さんが議会にいないとこれから市議会はどうなるんですか」とうれしい言葉をかけてくれ、涙を流さんばかりの職員がたくさんいて、こちらが「まあ、仕方がない。頑張ってよ」と肩を叩いた職員もいる。

 但し、ある課長は「企業誘致になるから違法でもいいじゃないか、そこまで言うかえ」と腹を立てた市職員もいた。だから、市の幹部職員の中には法律を守ることの大事さを余りよく認識していない者もいるのは確か。

 ま、こういう職員も中にいるにはいるが、行政運営に不正があるのは上司の命令を受ける側の行政職員の所為ではなくて、むしろそれを命令する側の首長に一番問題がある。

 そして、議会に上がってきたその違法や不正が混じった議案に賛成して通してしまう議員たちにも大きな問題があると言える。

 この首長と議員。この特別職公務員が悪いから、自治体においての違法などの不正事業があとを絶たないということになる。「首長と議員」、これはいわば「県教委や市町村教委と校長など学校幹部」と置き換えて考えることもできよう。

 「首長が行った不正を不問にして賛成して住民にその事実を知られないように隠そうとする体質の議会」と「学校現場で起こる不正を不問にしてもみ消し隠そうとする体質の教育委員会」など、ここの体質が悪くていつまでたっても体質改善が行われていないから、部下である行政職員と学校教師の中の悪い職員と悪い教師が行う“不正を推進する行為”と“不正な教育行為”などの不正行為が後を絶たないのである。

 重要なのは、ルールを守ること。ルールとは、まず日本国憲法であり、国家公務員法や地方公務員法、そして自治体においていは地方自治法などの法律、そして条例や規則や要綱等々、それを守ってこその公務員だ。若く20歳ぐらいにその組織に入ってきた時にそれらの法律を守ることを約束して入って来たではないか。

 そしてもう一つは、道徳心だ。法律と道徳心。このどちらも欠けてはならない。特に公務を行う公職に関しては。

 体育部の顧問であろうがコーチであろうが、監督であろうが、叱咤激励は正しい。しかし、学校現場でこれら競技を教える側の人間がこの「叱る」ことを楽しんではならない。

 横着者の部員なら、一度ぐらいひっぱたいてもいい。しかし、二度め、三度めはない。二度も三度も横着な態度を見せる部員はすぐに退部させればいいだけのことだ。何度も何度も殴り、ひっぱたき倒すなんてことは教育の場でやることではない。況してや桜宮高校の事件はそのバスケット部を引っ張っていた責任感のある生徒だったそうではないか。それを、「この部を強くしたい、強くしたい。そうすれば全国で自分が名コーチだ、名監督だと言われ評価される」なんてことを考えているから、殴ることを正しいことだと勘違いしてしまうになる。

 そういう教師と知りながら全国大会で優勝したいがために「体罰という教師によるイジメ」を放置してきたのは、教育委員会と校長など高校幹部たちだ。

 大津市でのイジメは生徒が生徒を殴って死に追いやった事件。大阪市でのイジメ及び虐待は先生が生徒を殴り続けて死に追いやった事件。この両方ともが校長や学校幹部がその事実を隠し、教育委員会もその一端を知りながら黙認してきた事件。

 根本的に悪いのはこれらの人たちであり、まず全国の都道府県と市町村の教育委員会と学校長などの幹部に対し、「生徒によるイジメと、学校教師によるいじめがあれば、小さな出来事であろうが全て報告」させ、そのような教師がいればすぐに懲戒免職にし、公務の場から排除することです。そうして何人かを晒し者にすれば、これこそ“反面教師”で、ひどい行いをする教師は全国からいなくなるはずだ。

 自治体組織においては、憲法や地方自治法などの国の法律、市町村に係る条例や規則などを破り違法な事業を行った場合は、それに関わった首長と職員、そしてその議案に賛成した議員は懲戒免職にする。こうすれば、これも“反面教師”となり、全国の自治体から不正な事業を行う首長や議員はいなくなるはずだ。

 地方自治法など法律と思っていない室戸市長を見て分かるが、このくらい厳しくしないと公務員が悪事を働くのはなくなりません。私はそう思っていますね。8年間、室戸市議会議員をしながら市長という立場の人間を見、市職員という立場の人間を見、市議会議員という立場の人間たちを見てきて。

 要は、いつまでたってもぬるま湯につかった状態で、組織の上が厳しくしないから不正を行う首長や行政職員、議員、教師などの公務員の悪事がなくならないのです。

 しかし、生徒をいじめる生徒も悪いし生徒をいじめ虐待し続けた教師も悪いが、学生は学校に行ってなぜみんなが真面目に勉強ができないのかと思うし、公務員も役所や学校に勤務していてなぜみんなが真面目に職務を行えないのかと思う。

 真面目にするって簡単なことなのに。

 それは、そこに「怠慢」とか「傲慢」とかいう人間の自堕落な部分が表出しそれが慢性化してしまうんでしょうね。


(※)この記事をご覧あれ。地方公務員の給与削減に関するこのニュースを見れば、公務員の皆さんが子どもたちに対する学校教育よりも自分の余生に関わる利益を如何に優先させれば得するのかにウエートを置き苦心しておられるのかがよく解ります。

 「国が良くなることよりも、自分の人生。他人の子供よりも自分の子ども。町が良くなることよりも自分の家族」。

 私だけはそんな人生は恥ずかしくて町を歩けないと思って生きてきたが、皆さんはそうじゃないんだと、この七十の歳を聞こうとする年齢になってようやく気が付きました。
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公務員特集:(3)公務員は職に甘えてはならない

2013-01-24 | 公務員のあり方
 人生を振り返ると、自民党については20歳の選挙権を持った時からずっとぶれることなく支持してきた。だが、平成21年3月、自民党政権は公明党から要望された「定額給付金」を国民にばらまく政策を実施した。それを見て、「平成21年の衆院選が近いからと国民を買収しようとする政党なんか、当てにならん」と考えて自民党を支持するのは止め、縁を切った。

 議員としてそんな金は受け取れないと決めた上、市議会でも「国民を買収するような自民党の政策は行ってはならない事業だ」と批判。自民党員の同僚議員からは「そんなことを言いながら、金はもらうんだろう」と罵声が飛んだが、自慢ではないがそれほど卑しい人間ではないので、私はそんな買収の金はもらわなかった。

 だから、室戸市議会でその“買収”の金をもらわなかった市議は私だけで、他の議員は全員「貰えるものはもらった方が得だ」と言ってそれを手にした。

 その後、民主党は国に金がないことも解らずにバラマキ政権公約で衆院選に臨んだが、私はそんな卑しい民主党なんか相手にせず、自民党を離党した渡辺氏の奥さんの弁に感動、みんなの党を夫婦で支持した。

 どこが良かったのか気がしれないが、県議ともどもヘタレ民主党を支持してきたどこかの市長は、初出馬の選挙後に支援した県議と市議と後援会幹部のところを回って金を配り公職選挙法違反「事後供与」に該当する犯罪を行ったが、こういうことごとく法律を守らない無法者の政治家たちと違い、「武士は食わねど高楊枝」で、私は金で政治をゆがめる人間や政党を支持も支援もしない正直者である。

 因って、裏でこそこそと不正なことはしない人だと信じ先の首相時も支持していた安倍氏が総裁選で返り咲いたことから、「安倍氏ならばもう一度支援しよう」と夫婦で話し合って決め、衆院選では素人政党から政権を奪還すべく戦う自民党に投票した。

 さて、前置きが長くなったが、その安倍自民党が教育改革の一環として「ゆとり教育」を見直すという。大変いいことで、私は上記の「ゆとりなんか、くそ喰らえ」の記事でもお分かりのように教育に関しても同意見を持っていて、この政策も全面的に支持する。

 学生たちは勿論のこと、教師と行政職員ら公務員にも「ゆとり」を与えてはならない。

 学校の教師と自治体の職員。これら教師と学生と公務員にはもう一度、以前のように、土曜日は半ドンにし、学生は半日通学させて勉強をさせ、当然、教師も半日は学生に勉強を教え、行政職員たちも同じように役場に行って職務を行うようにする必要がある。

 “以前の、土曜日が休日になった時に貰っていた給与は半日分、減額されたのか。給与は削減されないまま半日休んできたのではないか”。

 この点は知らないが、もし半日分、つまり一か月勘定でいえば約二日分、休んでいながら給与をもらっていたことになり、当時に給与減額が行われず今までずっときたのならば、公務員全員を「給与泥棒」と呼んでもよく、その分の給与は国や都道府県に返還すべきだ。

 こんなに一週間、土曜日まで働くという当たり前のことをやめて土曜日を休日にした原因は、先にも書いたが、アメリカが「日本人は働き過ぎぐらい働くから、アメリカの車が売れなくなったじゃないか」、「日本人は働き過ぎだから、休め」と言ったから。こうして日本に今のような週休二日制は導入された。

 今更の話だが、アメリカのいいなりになる日本の政治家は、間違っている。いくら友好国であっても、アメリカに向けて「そんなに日本のエコノミック・アニマルぶりが怖ければ、あなた方アメリカ人も日本人に負けないほど働いてみよ!」、「ならぬことは、ならぬものです」も言えなかった日本の政治家たちは、能力が無さ過ぎたといってよい。


 それはともかく、昨日の新聞にこの「ゆとり教育」廃止政策の記事が掲載されていた。

≪公立小中高校の土曜授業 復活を検討 文科相表明「脱ゆとり」図る   (2013/1/16  読売新聞)

下村博文文部科学相は15日、閣議後の記者会見で、公立小中学校の土曜授業を復活させる学校週6日制について「どのような課題があるか、省内で整理している」と述べ、導入に向けた検討を始めたことを明らかにした。授業時間を増やして学力向上を図る狙いがあるが、教員の増員など課題も多く、実現までには曲折も予想される。

 下村氏は記者会見で、週6日制復活に付いて、保護者の8割超が賛成しているという調査結果を紹介した上で、「世論の理解はある」と語った。文科省は今後、導入に向けた課題を整理したうえで、具体的なスケジュールなどを詰める考えだ。自民党は先の衆院選政権公約で、土曜授業の復活を盛り込んでいた。

 学校週5日制は、「ゆとり教育」の一環として、「子どもが個性を生かしながら豊かな自己実現を図る」ことを目的に1992年(平成4年)から月1回、1995年(平成7年)からは月2回と段階的に施行され、2002年(平成14年)度から完全に実施された。その後、児童・生徒の学力低下が指摘されるようになり、安倍首相は第1次安倍内閣当時、学習指導要領改訂の検討に際し、「脱ゆとり教育」を掲げた。2008年(平成20年)に告示された新学習指導要領では授業時間が増え、東京都など一部の自治体では土曜授業を実施するようになった。(後略)≫


 輿石幹事長ら日教組に関係する社会党系議員が大勢いてそれらが民主党を牛耳ってきた所為で民主党政権において「脱ゆとり」政策は行われてこなかったが、12月に自民党政権になってようやくその本格実施が決まり、緩んでいた子どもたちの精神もこれでしゃきっとするだろうと、今は安心して見ている。

 こうしてこれから企業社員と公務員が土曜日も半日働くようになれば、日本の経済的・教育的活力が上がるのは明白。

 そのかわり、企業が動くと商品はたくさんできるから、営業が今以上に動かないと商品がだぶつくことになる。

 又、学校に関しては、「週6日制を復活させた場合、教職員の労働条件に関する法令の改正や教職員の増員が必要となるし、学校現場ではいじめ対策などで教職員が多忙になっており、6日制になればさらに負担が増える」などという声が出ているらしいが、この学校現場の不満に対し、私から厳しい指摘をしておきたいと思う。

 問題は「ゆとり教育」というと学生に関する問題と普通は考えるが、企業と学校などが週5日制になれば、公務員の勤務時間にも大いに関係する問題であるので、先ほども少し指摘した「土曜出勤を廃止した時、公務員給与は減額したのか」について問うておきたい。

 「学校週5日制」が導入されたのは平成4年と聞いた。その頃、国家公務員及び学校の教師と自治体職員ら地方公務員は、月曜日から金曜日までの5日と、土曜日半日の、実質一週間に5日半、働いていた。これは間違いなかろう。それが「ゆとり教育」など週休5日制による勤務時間の短縮によって、それ以降、半日休みが月に約4回になったのだから、半日が月に約2日分、つまり、平成4年以降に公務員の職にある人はひと月に休みが月に約2日増えた勘定だ。

 私が言いたいのは、以前の形に戻すだけだから、公務員は、「週6日制を復活させた場合、教職員の労働条件に関する法令の改正や教職員の増員が必要となるし、学校現場ではいじめ対策などで教職員が多忙になっており、6日制になればさらに負担が増える」などということはない。そして、これも言っておかなくてはならなしが、「休みたければ2日分の給与を減額して休めばいいが、そんな形で休みが増えた時代以降、公務員は月に約2日分の給与を減額したのか」と問わなくてはならない。

 要は、自分たちの都合のいいことだけ並べ立てて要求してはならないということだ。それが嫌ならば、その公務員の職を離れるしかない。あの、公務を行うことを約束して職に付いている教師がもし日本国旗と国歌が嫌いならば、公務員という職から離れなければならないのと同じだ。公務員とはそういう立場にある職務・職場だとの認識がいる。


 今日も、私は喫茶店でマスターと新聞で報道されたこの「脱ゆとり」に絡んで、この教師や自治体職員の給与に付いて意見を交わしたものです。

 「あのとき、公務員は職務が減って月に約二日休みが増えたことを考えると、給与は減額されて当然よなあ」と私。「あれは減額されたかどうか、おまんは知っちょうか?」と聞いた。

 店主、「知らんきんねえ。そう考えるとそうだよねえ。企業においても週6日制から週5日制になったら、給与は減額されて当然だし」。

 私、「まー、それは企業経営者たちが『このままでいい』と言えば、そのままでいいし、『削減しよう』と決めたらそうしたらいいだけの話だろうな。しかし、公務員はそうはいかんはなあ。住民に雇用されて給与をもらい、勤務状況を基に規定があって増額されたり減額されたりしている立場だからね。公務員としての勤務時間が減少すれば減額すべきは当たり前の話よ。そう思わん?」。

 店主、「そういうことにならあねえ」。

 そこで毎日、ヒマを持て余しているので、その点を帰宅してから計算してみた。一年で、月2日分×12カ月=24日分となり、それが20年間続いたんだから、24日×20年=480日分となる。つまり、20年間で一人約480日分の給与が何も働いていないのに支払われたということになる。で、平成23年度の国家公務員数は64.1万人で、地方公務員数は281.4万人だから、その人数に先の480日分を掛けると全国の公務員が20年間に休みを働いたとしてもらった給与総額が出てきます。(ま、公務員ぞれぞれ給与が違うので一律には計算できませんが)

 あなた、あなたです、ヒマならこれをちょっと計算してみてくださいな。とんでもない巨額の金が働きもしてない公務員に渡されてきたことが解るだろう。これだから、日本の国の借金が1000兆円にも膨らむわけだ。言わば、日頃から「国の借金を膨らませてきた」と政治家を批判している公務員たちがこの日本の国の借金を膨らませていると言っても過言ではない。

 もし私が計算した通りに全国の自治体と学校の教師全員に支給されていたとならば、これは大問題。安倍総理にはこの件を調査したうえ、この金の返還事業を大々的に行ってほしいものです。

 今回、自民党が教育改革すると言うと、日教組や教師・教員らは『教職員の労働条件に関する法令の改正や教職員の増員が必要となるし、学校現場ではいじめ対策などで教職員が多忙になっており、6日制になればさらに負担が増える』などと、自分が得をする時には黙って金を懐に入れ、仕事を増やされたら不平不満ばっかり言って自民党の政策を批判している。ほんまに、この野郎だ。


 あのアメリカ発の圧力を受けて日本も企業と公務員の勤務は6日制から5日制に替わってしまったのですが、その時、私は妻や知人に「こんなことをしていたら、きっと日本の経済的活力は低下するし学校教育の箍(たが)は外れて子どもたちの学力も低下する」と話し警鐘を鳴らしたが、言った通りになった。

 その「ゆとり」と称する業務“怠慢”によって企業活力は低下し、教育に関する活力と意欲も完全に低下してしまいました。

 でも、思う。政治家や国家公務員等の有名大学を出た人間たちがなぜアメリカのいいなりになって「ゆとり」などということを始めたのか。私にはそれがどう考えても、解せん。賢い人間ならば私でもわかるそんなことはしないはずだから。

 「失われた20年」とかいうが、これらの問題を考えると本当に、平成4年以降平成24年までの20年間の日本は国の良さが失われた二十年だと実感している。

 でも、本当に大学を出た人間でも信用ならないし、信頼なんてできない。なまじっか大学を出ていないで真面目に生きてきた人間の方が、もっと信頼と信用できる。

 最後に。

 先ほどの「週5日制になった時に公務員の給与は減額されたのか、それともそのまま働いてもいない日の給与を二十年間、全国の公務員らがもらい続けてきたのか。それとも、週休二日制が導入された1992年当時にその分(月に約2日)は給与から削減されているのか」をご存じの方はお教えください。

 もしも国家公務員と地方公務員の勤務に関し、月に2日休日が増えて勤務の日が2日減少しているのに給与はそのままだった場合、私はこの問題を当電子情報誌上で批判を全国展開し、自民党にも元公務員と現職公務員からこの分の返還を求めるよう要請したいと考えている。

 申しておきますが、これは無理難題なんかじゃなくて、「道理」というもの。賢明な方々はお分かりだと思います。
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公務員特集:(4)公務員給与の超過支給

2013-01-24 | 公務員のあり方
 公務員特集の(3)で、こう書いた。

 ≪そこで、その点を帰宅してから計算してみた。一年で、月2日分×12カ月=24日分となり、それが20年間続いたんだから、24日×20年=480日分となる。つまり、20年間で一人約480日分の給与が何も働いていないのに支払われたということになる。

 で、平成23年度の国家公務員数は64.1万人で、地方公務員数は281.4万人だから、その人数に先の480日分を掛けると全国の公務員が20年間に休んだのに働いたとしてもらった“土曜日半ドン”分の給与総額が出てきます。(ま、公務員ぞれぞれ給与が違うので一律には計算できませんが)

 あなた、ヒマならこれをちょっと計算してみてくださいな。これを計算すればとんでもない巨額の金が働きもしてない公務員に渡されてきたことが解るだろう。これだから、日本の国と地方の借金総額が1000兆円にも膨らむわけだ。言わば、日頃から「国の借金を膨らませてきた」と政治家を批判している公務員たちがこの日本の国の借金を膨らませていると言っても過言ではない。≫


 そこで私も、「480日分」とは年間給与に換算すればその額はいったいいくらになるのかと考え、自分でネット検索を行いちょっと調査してみました。

 まず、この数字「480日分」に休日は含まれず、すべて勤務した時間に対する給与であることはわすれてはなりません。

 下調べをして解ったことは、国の「一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律」の規定により、 「1週間に40時間」、「土曜日と日曜日は週休日」というのが原則とされており、 普通は月曜日から金曜日までの間に1日8時間の勤務時間が割り振られている。また、「1年間は、52週と1日」ということも解りました。

 ということから、「1年間は52週と1日で、国家公務員は1週間には土曜日と日曜日を除いた5日間に40時間働いている」ということになる。だから、1日は“7分の1週”であることから、「1年間は52週と1日」は「1年間は52.143週」となる。

 それを上の「国家公務員は1週間(5日)に40時間労働」に当てはめると、国家公務員の年間勤務日数は「1年間は52.143週×5日=1年間に260.715日勤務」していることになる。(※ここで「0.715日」は切り上げて「0.72日」とする)

 これを基にして「480日」とは何日分の給与となるのかを考えると、480÷260.72=1.84年分となる。

 つまり、もし国家公務員が1992年以降、土曜日に勤務しなくなったのに給与はそのまま勤務している状態で20年間もの間支給され続け、それを何の問題意識も持たずに受け取っていた場合は、1年間に1.84年分の給与が超過して支給されていたことになると解った。

 以上のことは地方公務員に関しても同じように準用されてきただろうから、地方公務員に関しても「480日分」である「1.84年分」の給与が超過して支給されていたと解る。

 そこで計算して問題を明らかにしておかねばならないのは、その「1.84年分」が給与の金額に換算すればいくらになるのかである。

≪土曜日の半ドン(半日勤務)がなくなったにもかかわらずそのまま20年もの間、給与が支払われていたとすれば、国と地方にどのくらいの被害を与えているかの一考察≫

 まず、「国家公務員の平均年収額と地方公務員の平均年収額はいくらになるのか」を考えた。

 そうして出てきたのが次のサイト。「公務員給料&年収」

 国家公務員の平均年収額は、662万7000円。地方公務員の平均年収額は、728万8000円。

 これは平成18年度版だから現在から言うと6年間のタイムラグがあるので、あくまでも参考のため、この数字を上記の国家公務員数(64.1万人)と地方公務員数(281.4万人)に当てはめてみた。

 国家公務員の場合:一年間の平均収入662万7000円×1.84年分=1219万3680円

 これは国家公務員一人あたりの年収だから、1219万3680円×全国の国家公務員数641000人=781614880000円となる。これは、7兆8161億4888万円だ。

 他方、地方公務員の場合:1年間の平均収入728万8000円×1.84年分=1340万9920円

 これは地方公務員一人当たりの年収だから、1340万9920円×全国の地方公務員数2814000人=37735514880000円。これは、37兆7355億1488万円だ。

 全国にいる国家公務員と地方公務員が1992年以降、土曜日が休日になったにもかかわらずその半日分の給与は削減せずに20年間支給されていたとすれば、次のような膨大なお金が国と地方自治体の財政から失われていたことになる。

 国家公務員に対して行われてきた不正な支給額・・・7兆8161億4888万円
 地方公務員に対して行われてきた不正な支給額・・・37兆7355億1488万円
 合計金額は、45兆5516億6376万円にも上る。・・が、端数は切り捨てているので、実際はこれ以上の50兆円は優に越えているでしょうね。


 順序立てて計算するのは大変でしたが、しかしすごい金額ですねえ。これがすべて、国民の税金ですからねえ。もしかすると、この金がいま国と地方にあれば消費税は増税しなくてもいいかもしれませんね。

 全国の皆さん、どうしますか。これを告発しましょうか? 

 もしですが、「土曜日が休日になり週休二日制になった時、給与がその分削減されていなかったら」の話ですが、私たちはそんな話をそれ以来聞いたことは無かったので、多分、貰い続けてきたと考えています。もし公務員が仕事は休みなのに給与は削減されないまま貰い続けていたとしたら、大問題。

 それなのに、日教組や学校に勤務している教師らは「週6日制を復活させた場合、教職員の労働条件に関する法令の改正や教職員の増員が必要となるし、学校現場ではいじめ対策などで教職員が多忙になっており、6日制になればさらに負担が増える」と文句を言っているそうだ。

 私に言わせれば、ふてえ野郎どもだ。

 「文句を言うなら、貰いすぎている45兆5516億円の金を返してから言え」。

 「地方公務員が国家公務員以上の給与をもらうとは何ごとだ。早く国家公務員よりも少ない額に給与を下げろ」。国民は苦しい生活を強いられているのに、公務員ばかりが富を築いてこの国はいったいどうなるんだ。このままでは日本は、あの公務員ばかりが集り人民を弾圧し言論統制をしながら独裁政治をやっている政治家のいないゲゲゲの国の、中国みたいになるぞ。 

 その50兆円の金を国と地方自治体に返還するか、自民党政権が行う教育改革に黙って従うかだ。

 文句を言うのをやめて従えば、潔いと判断し、金は返さなくてもいいということにしようじゃないか。

 見てみなさいや。あなたが住んでいる町や村でもそうだと思うが、どうせ国民の中でも公務員は一般国民・住民よりも給与水準は高くて大金持ちのうちに入り、退職すれば5000万円(※)は下らない預貯金もあって生活には困らないんだから、定年まで国民や住民のためを思って黙って黙々と働けばいいんです。

 因みに、45兆5516億6376万円を公務員一人当たりにすると、45兆5516億6376万円÷3455000人=1318万4273円となる。

 公務員一人に換算すると、あの週休二日制施行以来、もし給与削減が行われていなかった場合、20年間で1318万4273円という本来は支払わなくてもいい給与がそれぞれに支払われてきたということである。


(参考)※「5000万円」について

 自治体職員がもしふつうに堅実な生活を40年間してきたと仮定する。20歳に採用されて50歳になるまでの期間の貯金に関しては除外し、50歳で課長及び課長補佐になり室戸市のように年間に600万円から650万円の給与をもらったとすると、一般住民は年間300万円前後の収入しかないことから、その期間で年約300万円から350万円の貯金が可能となり、60歳の退職までには10年×300万円=3000万円(3500万円)の貯金が可能。加えて、退職時には退職金が2800万円前後の退職金が支給されるので、退職時には3000万円(3500万円)+2800万円で、間違いなく6000万円は超える貯金が可能。

 これは、室戸市のような人口が約13000人の町でも、500人しかいない村でも同じで、大都市でもない限り、小さな市や町や村ならば大体同じような公務員給与だと認識しており、室戸でも馬路村や北川村でも人口が500人を切っている大川村であっても、退職する公務員がその程度の貯金は持っていると考えて間違いはない。

 だから、室戸市議会には定数14名のうち、半分の7名が元市職員だが、そのうち40歳前後に途中退職した2名を除くあとの5名は定年か定年間際に退職した議員だから、全員、その程度の貯金があった上で市会議員になった人と言えます。

 室戸市民の皆さん、そんなことを知っていましたか?

 「退職して貯金も6000万円を超えたけんど、年収が450万円ある市会議員を3期72歳までやればこの貯金を使わずにそのまま残る」。

 皆さんはそんな大金持ちである元市職員の老後の生活を助けるために市議選で投票したんですよ? そんな事情を知っていて応援しましたか?
 

 しかし、昨日も現職の室戸市職員と話していて、「谷口さん、ほんまに元市職員の市会議員が7人もいることは異常としか言いようがないですよねえ。他の自治体の議会に7名とか定数の半分が元行政職員というところがあるやろかねえ」と嘆いていたが、本当に異常事態。

 それでも市議としてかつての私のように市議会において言うべきことを言えれば問題視しない。それこそが地方議員としての職責だから。だが、「それはよう言わんろね。かつて自分がいてやっていたことに絡むきんね」(先の市職員)と言うように、大半が“安住の地を得た”とばかりに議席で座ったまま。4年間に1度か2度、登壇してお茶を濁すような仕事ぶりだった元市職員の市議もいる。そういう議員ならば許されない。なぜならば、議員それぞれが住民から負託された職責を担った地方議員だからだ。

 他方、市職員が次々と市会議員になることを冷静に考えると、一般市民が定数14名の市議選で当選するのと一般市民が7名で元市職員が7名の合計14名当選するのとを比較すると、後者の場合は7名の一般市民が大金持ちの元市職員に職を奪われて議員になれないという状況が生まれていることになる。元市職員よりも有能な企業人が会社が倒産したり離職したりして職がなくて困っている人は室戸市にたくさんいる。それならば、6000万円以上も金を貯め込んだ元市職員を議員にしてやり悠々自適の人生を歩ませなくても、職場がなくて困っている有能な人物を議員になってもらう方がより有効的だ。

 これぐらいのことは市民どなたにも解るのではないか。

 思うんですよ。これでは室戸市役所はやがて市職員と、元市職員の市長と、元市職員の議員に席巻され、今以上にナアナアで不正や違法などの事業が議会で決まり実施されてしまうのではないかと。そう危惧している。かつての私のように、議会で違法や不正な事業計画を見つけては「待った!」を掛け「改めよ」と言える、そんな議員は出て来ないかも。

 しかしです。こういう状況を生んだのは誰でもない、室戸市民の選択。つまり、室戸市が悪くなればなるほど市民の判断が悪いからということになる。市政が悪いのは、すべて市民の所為。最後は自分たち市民に人物を正しく判断できる能力がないんだから、市民が責任を取ればいいといえるのだが・・・。

 これらの状況を視点を変えて考えてみると、いわば市民は大金持ちである元市職員の市会議員と一緒に心中しようとしていると言っても過言ではない。


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国旗、国歌に戦争責任はない

2013-01-23 | 国のあり方
 ≪日本人は、少しおかしい。

 卒業式のシーズンに特にそう思う。

 「仰げば尊し」の歌も「蛍の光」もないと聞くし、校長先生が下から冗談に居る卒業生に卒業証書を渡すと持ち人は言っていた。

 祝日に出す日の丸の国旗もないと言う。

 世界でも一番シンプルで素晴らしいデザイン感覚の国旗なのに。

 アメリカ人はあんなに星条旗を愛し、Tシャツにしてでもあのデザインを楽しんでいるのになあ。
  
 又、卒業式では国歌を歌わなくなったという。

 アメリカ人はあんなに国歌を誇らしげに天空を見上げながら、胸を張って堂々と歌うのになあ。

 さみしいですね、今の日本人は。

 さみしい時代になったものですね。

 これはどうしてなんだろうか。

 なぜなんだろうか。

 誰がこういうふうにしてしまったんだろう。

 少しおかしいと思います。

 戦争のイメージと重なるからと一部の人たちが言っているからかもしれませんが、国旗、国歌には戦争責任はない。

 今の子どもたちが誇らしげに自分の国の国歌を歌はない、国旗を愛さなくなったのはだれの責任なんだろうか。

 それはすべて、今の大人たちの責任に違いない。

 もっとあの国旗のデザインの良さを誇る気持ちと日本という国を誇る意識を持って国旗を愛し、国歌も歌いたい。


 今のこのような世情はまるで、高知県の「国民休暇県局」の名前がおかしいとこだわり記事にした高知新聞の記者氏のようだ。

 ならば、4月から変更された「地域振興局」の名前はどうだろう。

 これも「おかしい」と考える人から見れば文句もあるだろう。



 私はかつて高知県東部地域を応援する地域雑誌『あおぞら』を出版、その月刊誌にコラム「東方見聞録」を連載していましたが、上の記事はその第20号「創刊20号記念大特集ー土佐快道五拾三次」(1992年6月号)の記事。今から20年8カ月前に書いたものです。

 最後の三行は高知県以外の皆さんにはわかりにくいと思いますので注釈を入れますと、当時の高知県には県の地域振興を担当する部署に「国民休暇県局」と命名し、業務を行っていました。これは、高知市内のあるホテルの社長から「全国に『国民休暇村』があるんだから、高知県の地域振興や観光振興を目指すために『国民休暇県』という部局を作るべきではないか」との提案を受け、当時の中内県知事が決めた部局名です。

 それを高知新聞社の記者や一部の県民から「こんなネーミングの部局はおかしいんじゃないか」との声があり、この1992年4月からその部局名「国民休暇県局」が「地域振興局」に変更されたもの。

 かつて書いた上記の記事の趣旨は、国民の中でも特に「組織で決められているルールを守ります」と約束したからこそ国や地方自治体に雇用された立場の教育に関わっている人たちがなぜか「国歌と国旗は嫌いだ」という国歌と国旗を愛していないことの矛盾を指摘したもの。

 加えて、高知県の組織名にしても、高知新聞記者が「話題」のコラムで「県のあの部局名がおかしい」と書かれたことなどから1992年4月の新年度から変更してしまったが、雑誌記者をしていたその当時に思ったのは、「『地域振興局』という如何にも役所が付けそうな普通のどこにでもあるような部局名よりも『国民休暇県』の方がずっとましだと解らない高知新聞社員の方がずっとおかしいんじゃないか」と思ったものです。

 1992年の初め、県の事業に参加して国民休暇県局の職員や県内有識者と一緒に嶺北地域を回っている時、同行職員が「県の休暇県局が地域振興局に変更される」との連絡を県から伝えられ、そのことを聞いた私は同行しておられた渡辺局長に問いました。

 「なぜ休暇県局の名前を変えなくてはならないんですか。休暇県局のどこがおかしいんですか。観光に関する部局のネーミングなんてものはユニークで注目され忘れられないぐらいがちょうどいいんです。高知新聞社と記者はあのホテルの社長が嫌いだし、社長と中内知事との親密さも嫌いだからあんな批判記事を書いて掲載したんじゃないですか。それともコラムを書くテーマが見つからなかったから、県庁内のこぼれ話をポイと拾って暇つぶしに休暇県局というネーミングの批判記事を書いたかでしょうね」と指摘。

 図星だったようで、局長はうなずいて笑っていたのを思い出す。

 雑誌記者をしていた更に前の、地域づくり活動を活発にやっていた喫茶店主時代の昭和61年ごろの昔から高知県と高知新聞の仲は悪いと聞いていたから、どんな話を聞いてもあれもこれも、「さもありなん」だ。

 
 それにしても、日本人は国旗と国歌を愛さなくなりましたね。

 戦争のイメージと重なるからと一部の人たちが言っているからかもしれませんが、国旗、国歌には戦争責任はない。

 今の子どもたちが誇らしげに自分の国の国歌を歌はない、国旗を愛さなくなったのはだれの責任なんだろうか。

 それはすべて、今の大人たちの責任に違いない。

 もっとあの国旗のデザインの良さを誇る気持ちと日本という国を誇る意識を持ってみんなで国旗を愛し、国歌もみんなで歌いたい。


 しかし、日本という国は変わっている、というよりも、変わったんだね。

 戦後からみんなで汗水流して働いて働いて働いて、やっと自分の家族を持て、自分の家を持て、車を持て、夢を持てるようになった。

 昭和50年ごろまではみんな一生懸命に生きていて、日本の国を愛してもいた。国旗や国歌も生活の中にあった。

 そんな田舎にも力があると思っていたら、やがて子どもたちは田舎にいても職がないからといって出て行って家族はちりじりばらばら、道路が良くなるに従って町に人がいなくなり、町の産業も衰退し、教育も楽をしようと「ゆとり」なんてユルユルの教育に変わるし、みんな「ITに乗り遅れるな」とばかりにインターネットや携帯など訳の分らん手で遊ぶ機器ばかりにみんなが夢中になって、世は乱れっぱなし。

 考えたことをそのまま手で作文出来るようになれば文章力は上がるし、小説以外の専門書を読めばその道その道の能力は向上するが、書物は手にすることもなく沈思黙考もしないから、国民の考える力は落ちっぱなし。

 「国のことより自分のこと、人のことより自分が大事」。「地域のことより、自分の家族だけが大事」。

 町の“政治家もどき”にしても、選挙では勇気がないから街頭演説の一つもできず、選挙カーから「市民の皆さんのために働きます」と叫んでいるだけなのに当選してしまうが、議員になっても住民のためには働かず、自分の金稼ぎのために働いている。

 彼らがそうするのは、選挙では「町を愛するから議員にさせてください!」と叫びながら、本当は町を愛していないから。愛していたら、少なくても報酬分以上の仕事はする。それが普通だ。

 昭和61年から、本来は家族のために使わなくてはならない自分の収入を町おこし活動に投じてきた私から見ると、今の世の中、笑っちゃいます。

 衰退してやせ細ってゆく国を愛せない国民て、いったい何なんですかねぇ。

 国旗や国歌を愛せないことで、国民が国を愛していないと分かる。

 衰退している町を愛せない住民て、一体何なんですかねぇ。

 頑張って仕事をしていた議員を全く評価せず陥れた出来事で、住民が町を愛していないと分かる。


 「自分が生きている間だけ良ければいいんだ」と、「おれたちの仲間だけが良ければいいんだ」と思っているのでしょうね。所謂、“あとは野となれ山となれ”。

 アメリカにも問題は多いが、国歌と国旗を愛して生活に浸透しているだけまだましかも。


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gooサイト全てがストップ

2013-01-21 | プライベート
 1月21日の午後あたりからこのgooブログだけではなく、gooのサイト自体に不具合があったのか全てストップしてしまい、何もできなくなってしまいました。

 そこで、パソコンを始めたころからお世話に為っていますNTT社員のFさんに電話して説明したうえで、確認していただいた。

 すると、NTTの会社にある私が持っている機器と同じ富士通のWindows7で確かめてもらいましたが、同社の機器でも同じようにyahooやgoogleはでてくるがgooのサイトだけが出て来ないということで、全国のgooサイトが完全にストップしてしまっていることが解りました。

 当電子情報誌をご覧くださっている皆さん、ごめんなさい。

 やがて復旧すると思いますので、あしからず。

 笑って許して!

 gooスタッフの皆さん、がんばって直してね!


(追記)

 全国のgooサイト全体がストップした故障は夕方には復旧、安心しました。原因は何だったんでしょうね。

 「自分のパソコンだけが故障したのか」と不安になり、「それともウイルスにやられて何日間も復旧しないのではないか」と思っていたが、全国的な故障と分かりその点は安堵。それも半日で故障が直って通常通りに利用できるようになって、うれしい限り。やっぱり“ふつう”がいいね。


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 但し、小生は昨日、gooサイトの故障を伝えた記事しか書いていないことからいうと、この「2812位」という数字はgooサイトの「青空エクスプレス」の記事を見ようとやってきて下さった皆さんがどうしてもgooサイトが開かないから繰り返し何度もトライした結果だと思っています。どうもご迷惑をおかけしてすみませんでした。ごめんなさいね。

 それか、一昨日に公務員のあり方の記事を書いているから、それに興味を持った公務員と一般の会社に勤務している方々が関心を以って興味深く見て下さったのかもしれませんね。それはそれで記事から学び勉強していただければ嬉しいことです。
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青空地質美術館の新作、「岬の岩場」の制作を終了

2013-01-19 | 私の絵画制作活動
 読者の皆さんには関心もないでしょうが、私の絵画制作についてのご報告です。


 一昨年平成23年7月に仕上げた作品から数えると15作目となる「岬の岩場(室戸岬)」(P100号)は昨年暮れの12月18日に描き始め、約1カ月目(間には描かなかった10日ぐらいの日数がありますが)の今日、一応、完成ということにしました。

 これまで描いた作品でも室戸市に住んでおられる方々もどこを描いたのか解らない場所も何箇所かありますが、今回描いている場所もそんな私が掘り出した“新名所”(というほどでもないか)。

 ここは室戸岬の突端の、慎太郎像前の海側にある駐車場から下の岩場に降りて、右に回り込んで、西の方向を見たところ。

 岬の海岸の岩から岩へと飛びながら絵の題材にする場所を探していてこの場所に初めて立った時は、「ちょっと絵にするには難しい構図かな」と思いました。ですが、岩場の地層の堆積した形がダイナミックだと思って気に入り、自宅での制作に利用するための写真を撮った上で、制作を始めた。

 そうして下描きを自宅の事務所で何日かかけて済ませ、思いきって1月7日(月)に現場にこのベニアで作った重い100号の作品を持って行き、描いた。そしてそれ以後も3回ほど現場に作品を担いで持って行き、描いてみた。

 そうやって岩場を飛び越え飛び越えして現場に立って描いた甲斐があったのか、何とか苦労しながら完成と思う程度に仕上がった。

 思いました、「やはり現場だなあ」と。

 その後、ここ数日は最後の仕上げをしようとしましたが、空の処理に四苦八苦。それでも雲を描き、空の部分を書きしながらどんどんと描き進めて行くと、やがて思わず「うん、よしっ」と声が出るぐらいうまくリズム感よろしく雲の情景もまとまり、何とか終わりにした。

 終わったと言っても、まだ9分9厘ぐらいの仕上がりと思っており、最後の画面整理は今年の県展出品の直前の9月に行おうと考えている。

 先日も書きましたが、この作品を描いていて思ったんですが、やはり何でも現場主義が一番ですね。「現場を知れ、現場を見て描け」を風景画家の本分とすべし、だと思います。


 (現場写真)

  

 (描き始めの時の状態)

  

 (1月初めの状態)

  
   

 (一応は仕上がった現在の状態)

  

 ・・・ということです。

 これはこれとして、さて今日からはまた次の作品作りに取り掛かりますが、その前に今日はパネルづくりです。

 普通は皆さんはキャンバスを買ってきて絵を描きますが、年金暮らしで他の収入が無くなった私は100号で25000円ぐらいもするキャンバスなんか買えませんので、製材所に行って作品パネルの木枠を作るための材料を買いに行き、100号パネルを3つぐらい作る予定。

 そうすれば100号のパネル一つを作るのに、ベニヤ代が一枚約2000円、木枠代が約800円で仕上がり、ジェッソは約500円で済む。こんな計算はしたことが無かったが、合計約3000円ちょっとで済む勘定になります。

 そうやってパネルが出来たら、下塗り剤のジェッソを塗りペーパーで磨き、塗っては磨きし、それを4回ぐらい繰り返し、ようやく作品を描き始めます。

 そうなんです。私は改革派議員を辞めた後もこうして、決して休みません。その理由は、私は動くのをやめてしまうと死んでしまうロボットだからです、はいっ。だから、休みなく仕事に励むようにしています、というより、そうしなくてはならない運命にあるということ。

 悲しいやら、うれしいやら。うれしいやら、哀しいやら。(笑)


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「ゆとりなんて、くそ喰らえ!」 第4弾:公務員への給与超過支給

2013-01-18 | 公務員のあり方
 昨日の記事の続編です。

 昨日の記事でこんな部分があったのをご記憶でしょう。

 ≪そこで、その点を帰宅してから計算してみた。一年で、月2日分×12カ月=24日分となり、それが20年間続いたんだから、24日×20年=480日分となる。つまり、20年間で一人約480日分の給与が何も働いていないのに支払われたということになる。

 で、平成23年度の国家公務員数は64.1万人で、地方公務員数は281.4万人だから、その人数に先の480日分を掛けると全国の公務員が20年間に休んだのに働いたとしてもらった“土曜日半ドン”分の給与総額が出てきます。(ま、公務員ぞれぞれ給与が違うので一律には計算できませんが)

 あなた、ヒマならこれをちょっと計算してみてくださいな。これを計算すればとんでもない巨額の金が働きもしてない公務員に渡されてきたことが解るだろう。これだから、日本の国と地方の借金総額が1000兆円にも膨らむわけだ。言わば、日頃から「国の借金を膨らませてきた」と政治家を批判している公務員たちがこの日本の国の借金を膨らませていると言っても過言ではない。≫


 そこで私も、「480日分」とは年間給与に換算すればその額はいったいいくらになるのかと考え、自分でネット検索を行いちょっと調査してみました。

 まず、この数字「480日分」に休日は含まれず、すべて勤務した時間に対する給与であることはわすれてはなりません。

 下調べをして解ったことは、国の「一般職の職員の勤務時間、休暇等に関する法律」の規定により、 「1週間に40時間」、「土曜日と日曜日は週休日」というのが原則とされており、 普通は月曜日から金曜日までの間に1日8時間の勤務時間が割り振られている。また、「1年間は、52週と1日」ということも解りました。

 ということから、「1年間は52週と1日で、国家公務員は1週間には土曜日と日曜日を除いた5日間に40時間働いている」ということになる。だから、1日は“7分の1週”であることから、「1年間は52週と1日」は「1年間は52.143週」となる。

 それを上の「国家公務員は1週間(5日)に40時間労働」に当てはめると、国家公務員の年間勤務日数は「1年間は52.143週×5日=1年間に260.715日勤務」していることになる。(※ここで「0.715日」は切り上げて「0.72日」とする)

 これを基にして「480日」とは何日分の給与となるのかを考えると、480÷260.72=1.84年分となる。

 つまり、もし国家公務員が1992年以降、土曜日に勤務しなくなったのに給与はそのまま勤務している状態で20年間もの間支給され続け、それを何の問題意識も持たずに受け取っていた場合は、1年間に1.84年分の給与が超過して支給されていたことになると解った。

 以上のことは地方公務員に関しても同じように準用されてきただろうから、地方公務員に関しても「480日分」である「1.84年分」の給与が超過して支給されていたと解る。

 そこで計算して問題を明らかにしておかねばならないのは、その「1.84年分」が給与の金額に換算すればいくらになるのかである。

≪土曜日の半ドン(半日勤務)がなくなったにもかかわらずそのまま20年もの間、給与が支払われていたとすれば、国と地方にどのくらいの被害を与えているかの一考察≫

 まず、「国家公務員の平均年収額と地方公務員の平均年収額はいくらになるのか」を考えた。

 そうして出てきたのが次のサイト。「公務員給料&年収」

 国家公務員の平均年収額は、662万7000円。地方公務員の平均年収額は、728万8000円。

 これは平成18年度版だから現在から言うと6年間のタイムラグがあるので、あくまでも参考のため、この数字を上記の国家公務員数(64.1万人)と地方公務員数(281.4万人)に当てはめてみた。

 国家公務員の場合:一年間の平均収入662万7000円×1.84年分=1219万3680円

 これは国家公務員一人あたりの年収だから、1219万3680円×全国の国家公務員数641000人=781614880000円となる。これは、7兆8161億4888万円だ。

 他方、地方公務員の場合:1年間の平均収入728万8000円×1.84年分=1340万9920円

 これは地方公務員一人当たりの年収だから、1340万9920円×全国の地方公務員数2814000人=37735514880000円。これは、37兆7355億1488万円だ。

 全国にいる国家公務員と地方公務員が1992年以降、土曜日が休日になったにもかかわらずその半日分の給与は削減せずに20年間支給されていたとすれば、次のような膨大なお金が国と地方自治体の財政から失われていたことになる。

 国家公務員に対して行われてきた不正な支給額・・・7兆8161億4888万円
 地方公務員に対して行われてきた不正な支給額・・・37兆7355億1488万円
 合計金額は、45兆5516億6376万円にも上る。・・が、端数は切り捨てているので、実際はこれ以上の50兆円は優に越えているでしょうね。


 順序立てて計算するのは大変でしたが、しかしすごい金額ですねえ。これがすべて、国民の税金ですからねえ。もしかすると、この金がいま国と地方にあれば消費税は増税しなくてもいいかもしれませんね。

 全国の皆さん、どうしますか。これを告発しましょうか? 

 もしですが、「土曜日が休日になり週休二日制になった時、給与がその分削減されていなかったら」の話ですが、私たちはそんな話をそれ以来聞いたことは無かったので、多分、貰い続けてきたと考えています。もし公務員が仕事は休みなのに給与は削減されないまま貰い続けていたとしたら、大問題。

 それなのに、日教組や学校に勤務している教師らは「週6日制を復活させた場合、教職員の労働条件に関する法令の改正や教職員の増員が必要となるし、学校現場ではいじめ対策などで教職員が多忙になっており、6日制になればさらに負担が増える」と文句を言っているそうだ。

 私に言わせれば、ふてえ野郎どもだ。

 「文句を言うなら、貰いすぎている45兆5516億円の金を返してから言え」。

 「地方公務員が国家公務員以上の給与をもらうとは何ごとだ。早く国家公務員よりも少ない額に給与を下げろ」。国民は苦しい生活を強いられているのに、公務員ばかりが富を築いてこの国はいったいどうなるんだ。このままでは日本は、あの公務員ばかりが集り人民を弾圧し言論統制をしながら独裁政治をやっている政治家のいないゲゲゲの国の、中国みたいになるぞ。 

 その50兆円の金を国と地方自治体に返還するか、自民党政権が行う教育改革に黙って従うかだ。

 文句を言うのをやめて従えば、潔いと判断し、金は返さなくてもいいということにしようじゃないか。

 見てみなさいや。あなたが住んでいる町や村でもそうだと思うが、どうせ国民の中でも公務員は一般国民・住民よりも給与水準は高くて大金持ちのうちに入り、退職すれば5000万円(※)は下らない預貯金もあって生活には困らないんだから、定年まで国民や住民のためを思って黙って黙々と働けばいいんです。

 因みに、45兆5516億6376万円を公務員一人当たりにすると、45兆5516億6376万円÷3455000人=1318万4273円となる。

 公務員一人に換算すると、あの週休二日制施行以来、もし給与削減が行われていなかった場合、20年間で1318万4273円という本来は支払わなくてもいい給与がそれぞれに支払われてきたということである。


(参考)※「5000万円」について

 自治体職員がもしふつうに堅実な生活を40年間してきたと仮定する。20歳に採用されて50歳になるまでの期間の貯金に関しては除外し、50歳で課長及び課長補佐になり室戸市のように年間に600万円から650万円の給与をもらったとすると、一般住民は年間300万円前後の収入しかないことから、その期間で年約300万円から350万円の貯金が可能となり、60歳の退職までには10年×300万円=3000万円(3500万円)の貯金が可能。加えて、退職時には退職金が2800万円前後の退職金が支給されるので、退職時には3000万円(3500万円)+2800万円で、間違いなく6000万円は超える貯金が可能。

 これは、室戸市のような人口が約13000人の町でも、500人しかいない村でも同じで、大都市でもない限り、小さな市や町や村ならば大体同じような公務員給与だと認識しており、室戸でも馬路村や北川村でも人口が500人を切っている大川村であっても、退職する公務員がその程度の貯金は持っていると考えて間違いはない。

 だから、室戸市議会には定数14名のうち、半分の7名が元市職員だが、そのうち40歳前後に途中退職した2名を除くあとの5名は定年か定年間際に退職した議員だから、全員、その程度の貯金があった上で市会議員になった人と言えます。

 室戸市民の皆さん、そんなことを知っていましたか?

 「退職して貯金も6000万円を超えたけんど、年収が450万円ある市会議員を3期72歳までやればこの貯金を使わずにそのまま残る」。

 皆さんはそんな大金持ちである元市職員の老後の生活を助けるために市議選で投票したんですよ? そんな事情を知っていて応援しましたか?
 

 しかし、昨日も現職の室戸市職員と話していて、「谷口さん、ほんまに元市職員の市会議員が7人もいることは異常としか言いようがないですよねえ。他の自治体の議会に7名とか定数の半分が元行政職員というところがあるやろかねえ」と嘆いていたが、本当に異常事態。

 それでも市議としてかつての私のように市議会において言うべきことを言えれば問題視しない。それこそが地方議員としての職責だから。だが、「それはよう言わんろね。かつて自分がいてやっていたことに絡むきんね」(先の市職員)と言うように、大半が“安住の地を得た”とばかりに議席で座ったまま。4年間に1度か2度、登壇してお茶を濁すような仕事ぶりだった元市職員の市議もいる。そういう議員ならば許されない。なぜならば、議員それぞれが住民から負託された職責を担った地方議員だからだ。

 他方、市職員が次々と市会議員になることを冷静に考えると、一般市民が定数14名の市議選で当選するのと一般市民が7名で元市職員が7名の合計14名当選するのとを比較すると、後者の場合は7名の一般市民が大金持ちの元市職員に職を奪われて議員になれないという状況が生まれていることになる。元市職員よりも有能な企業人が会社が倒産したり離職したりして職がなくて困っている人は室戸市にたくさんいる。それならば、6000万円以上も金を貯め込んだ元市職員を議員にしてやり悠々自適の人生を歩ませなくても、職場がなくて困っている有能な人物を議員になってもらう方がより有効的だ。

 これぐらいのことは市民どなたにも解るのではないか。

 思うんですよ。これでは室戸市役所はやがて市職員と、元市職員の市長と、元市職員の議員に席巻され、今以上にナアナアで不正や違法などの事業が議会で決まり実施されてしまうのではないかと。そう危惧している。かつての私のように、議会で違法や不正な事業計画を見つけては「待った!」を掛け「改めよ」と言える、そんな議員は出て来ないかも。

 しかしです。こういう状況を生んだのは誰でもない、室戸市民の選択。つまり、室戸市が悪くなればなるほど市民の判断が悪いからということになる。市政が悪いのは、すべて市民の所為。最後は自分たち市民に人物を正しく判断できる能力がないんだから、市民が責任を取ればいいといえるのだが・・・。

 これらの状況を視点を変えて考えてみると、いわば市民は大金持ちである元市職員の市会議員と一緒に心中しようとしていると言っても過言ではない。 


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