青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

祝、メジャー昇格、即一発!

2012-05-30 | 大リーグ通信
 うれしいですねえ、本当に。

 何って? 私の松井のことですよ。選挙で悪人による痛手を受けても、それに負けずに生きていたらこんなにいいことがあるんですからね。

 昭和41年に亡くなった親父が元気だった、私がまだ小学生、中学生のころ、「大関は、八つから晩」という例えをその父からよく聞いた。一番力のある人物は最初から出てきやしない。みんなが出てしまって、いざこれからという時に登場するもんだ、ということを例えて人の人生について語ったものです。今日の松井が、そう。 

 松井秀喜にとっては、メジャーに昇格して初めての試合。NHKーBS!のマリナーズーレンジャーズ戦の中継中にレイズの試合の方に切り替えた映像を見ていましたが、第一打席は大きなレフトフライに倒れました。でも、この打席も見ていて手ごたえ十分。第2打席目に期待した。

 そうして迎えた第2打席。「振り切れよ」と注目していた。すると初球の外角真ん中を叩いたボールは大きく飛び、「これはホームラン」と目で追うと、ライトスタンド上段に飛び込んだ。小生、事務所でそれを見て当然のごとく大喜び。

 「よくやった、よくやった。これまで頑張ってきたことがこうして即、成果となった。それにしても早かったなあ」。

 よかった、よかった。今夜も祝杯を上げようと思っているが、毎試合松井が活躍すると毎日飲まないといけなくなるが、またそれも良しとしよう。

(追記)
 31日のニュースにこんな驚きの情報がもたらされました。

 当初、松井の年俸は、マイナー契約ですが「7000万円」とされていた。それは4月から9月までの6ヶ月間の年俸ゆえ、松井がメジャーに上がったのは昨日から9月末までの4ヵ月間だから、「4900万円」だそうだ。

 驚きましたねえ。レイズにすれば、これでホームランを20本、2割7分ぐらい打ってくれれば本当に安売りの“お買い得の商品”になります。これで私が予想する通り、松井が大活躍し、10月に地区優勝してワールドシリーズにでも進出できたら、レイズは笑いが止まらない安上がりの優勝になる。

 でも、まあ松井にすればそんなお金のことよりも、「野球をしたい」という希望をようやく捕まえた喜びの方が大きいだろう。松井のこういう性格を尊敬するんですよね。

 若い者たちも遊んでないで、辛い仕事でも、汚れる仕事でも、仕事量が多い仕事でも、給料が少ない仕事でも、生活保護に頼ったりプータローなんかしてないで、とにかく若いうちは文句を言わずに働くことだ。そうしてこそ、その経験が50代、60代になって花が咲く。

 その証拠に、見てみなさい、若い時にそんな苦労や鍛錬をしてこなかった60代前後の地方議員を。議員たちのあの情けない仕事ぶりで解るだろう、人生とは苦労の数だけ立派になれると。

 だから、若い者たちはあの程度の低いあなたの町や村の議員たちを見て、それを反面教師にして人生を生きてゆけばいいのです。「あー、おれだけは住民からお金をもらっておりながら働かん、あんな人間にだけはならんぞ。あいつらだけには負けんぞ」とね。

 あっ、そんなことを言っている間に、思い出しました。

 私が子供のころにこんな歌が流行り、本当によく歌ったものです。「男の友情 背番号3」。石原裕次郎が友人の長嶋茂雄選手のことを唄った歌です。

 この歌ではないが、松井はメジャーのグラウンドでまた打って、走って、掴んで、投げて、野球ができる、それだけで喜びを感じているんだと思う。

 「金よりも、仕事ができる喜びが欲しい」。

 2003年の春、そう思って松井はアメリカに渡ったのです。だから、昨年末から今年4月末にレイズから声がかかるまで、状況から年俸が下がることになるのが解っていても、何億円という大金を貰えることが解っている日本のプロ野球には帰って来ず、ニューヨークで個人的に練習を重ねながらメジャー球団からオファーがあるのをずっと待ち続けていたのです。

 どこかの小さな町の市会議員にコンコンと教えてやりたい話である。「少しは松井や谷口を見習え!」と。

 全国の国会議員と地方議員は、松井秀喜の職業人としての姿勢から学ぶべきである。


 最後に。

 わたくし、こんな替え歌を作りました。

1、背番号35 言わずと知れた 男、松井よ イカスじゃないか 打って走ってつかんで投げて 秀喜よ頑張れ かっ飛ばせ ワールドシリーズ 制覇まで

2、背番号35 くよくよするな 怪我にも負けるな くやむじゃないぜ 右に左に 場外ホーマー 秀喜よ、敗けるな この俺が あとについてる 信じてる

3、背番号35 伊達にはつけぬ ピンチなりゃこそ 男の見せ場 左打席でにっこり笑い 秀喜よ、振り切れ 弾丸ライナー 愛する妻も 笑ってる


 タイトルは、「俺のあこがれ 背番号35」。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、5月30日(水)付けGooブログランキング(172万2930ブログ)中、2400位でした。

 この閲覧数を見ると、やはり松井の人気は高いですね。
コメント (2)

小沢一郎氏の民主党離党を求める

2012-05-30 | 政治家のあり方
 皆さんはもうお忘れでしょうが、2009年5月、民主党の小沢代表が辞任。その記者会見で、こう述べた。

「挙党一致の体制をより強固にするために、敢えてこの身を投げ打ち、民主党代表の職を辞することを決意した」と。

 あれほどいくつかの党を渡り歩き、トップを務めた人が原稿を読みながら、氏の体質に似つかわしくない「挙党一致の体制をより強固にするために」という言葉を使って。

 小沢氏はこの辞意表明において、それもあろうことか「挙党一致の体制をより強固にするために」とまで言ったが、それが今はどうだ。党が分裂するかもしれない状況を生んだのは一体誰だ。小沢氏以外の誰でもなかろう。

 私は政権を取った2009年9月の最初から選挙公約はもちろんのこと、政治もまともにできずに右往左往している民主党など支持していないが、この人のことだけはどうしても言っておきたい。

 民主党が一つに団結することの大事さを分かっておれば、小沢氏は今のように与党内閣を揺さぶるような発言や行動はできないはずだ。それでも党内外で勝手気ままな発言や行動を行うということは、自分がやっていることが悪いことであっても自分の立場さえよくなれば何でもやると考えているということになる。

 どちらにせよ、彼は政権与党にいてこそ自分の力を発揮できるとよく知っているから、党を割って出てゆくこともできないし、挙党一致の体制を作ることもできない。そんなダメで無能な政治家じゃないか。

 そして三年前、「敢えてこの身を投げ打ち」とも述べたが、それほど値打ちのある身の処し方ではなかろう。

 「敢えて」とは、「強いて」とか、「無理に」とか、「何かを押し切って」の意。つまり、周囲が引き止める状態があって、その引き止めるのを振り切って「この身を投げ打ち」、つまり、「自分のこの役職を犠牲にしてでも」やめましたという。

 「民主党代表の地位にある自分が辞めるというのを民主党の多くの議員が『あなたがいなければ政権は取れない』と言って引き止めるが、私はそれを振り切り、自分を犠牲にしてでも辞めなくてはいけないと考え、辞職することを決めた」と言った。

 だから、この辞職会見は「私が以前から辞職するというのを周りの皆んなが止めていたが、今日はそれを振りきり、代表を辞めることにした」という意味の発言になる。

 皆さんよくお分かりのように、これは小沢先生が自分で自分に値打ちを付けて言った話。本当は、民主党の他の議員の事をおもんぱかれば、もっと早く、4月中旬にでもサット辞めるべきだった。でも、上に立つ事が嫌いな人がさすがに今度だけは総理の椅子もあったから代表の座ににすがりついたが、世論に負けて辞めざるを得なくなった。(現在でも、民主党から小沢氏とその一派が出てゆけば、民主党が浄化されるのになあ」と思っている民主党議員は多い)

 実にいさぎよくない最後の姿だったが、この会見で一つ特に問題だと感じたのは、国民に対して「なぜ、辞任するのか」を説明しなかったことと、なにか辞任する事が政治家として立派な行為だとでも言いたげな態度で会見を行ったことだ。

 今月の中ごろ、小沢氏の謹慎処分を解かれると言う話が出たが、これからもまたぞろ離党もしないで政権与党の中を混ぜくりながら跋扈するんだろうか。どれくらい国政を混乱させたら気が済むのだろうか。

 そうして、9日の午後、「小沢一郎元代表の控訴が決定」というニュースが飛びこんで来て、小生は小躍りし手を叩いて喜んだ。えらいぞ、検察側の指定弁護士さん! 9分9厘控訴断念と思っていただけに、この「控訴」は新たな証拠の入手や有罪を勝ち取れる確証があってのことと解釈でき、控訴すれば今度は「有罪」間違いないと考えている。

 中堅ゼネコン水谷建設(三重県桑名市)の元社長は「04年10月に都内のホテルロビーで石川議員に現金5000万円を渡した」と、胆沢ダム(岩手県奥州市)の工事受注をめぐり裏金を渡したことを認めている。「5000万円を2回渡した」との報道を聞いており、合計すると1億円にもなる。それら一連の行為により贈賄側の水谷建設の幹部は逮捕され、収賄側の小沢元代表の秘書3人は有罪(執行猶予付き)となった。となると、自著『日本列島改造計画』で「秘書と国会議員は連座制から、有罪にすべき」と書いたあの小沢氏の有罪も当然、問われるべきだ。

 もうひとつ、かつて自由党を解党した時、その党の政党助成金(国から政党への支援金)4億円とか5億円とか聞くが、この巨額の金がいまだに国に返還されていないそうではないか。

 当時の報道各社は「新生党と自由党を解散した際、両党の残金の大半計約22億8千万円を自分の関連政治団体に移していた」、「このうち政党助成金など公金は少なくとも9億円近くに上る」、「小沢氏はこれを解党時に“独占”した格好となっている」、「政治資金収支報告書などによると、小沢氏が党首を務めていた自由党は平成15年9月、民主党との合併に伴い解散。自由党には政党助成金約5億6千万円を含む約15億5千万円の資金が残っていたが、解散当日に約13億6千万円が自由党の政治資金団体の改革国民会議に寄付され、残りの大半の約1億7500万円は所属する議員らの政治団体に分配された」と伝えた。

 この助成金は新生党と自由党の代表だった小沢一郎氏が責任を持って全て正直に国に返還すべきものだが、このお金をなぜ早く国に返さないのか。小沢氏にはこの点も問いたい。自宅に4億円があるそうだが、それが自由党の政党助成金の残りだなんて野暮なことは言わない。きっと小沢さんが政治家として貯蓄したものでしょう。でも、「借りた金は戻す」、「制度に基づいて、返すべきものは返す」、これは社会一般のルール。だから、その4億円を「長い間返還もせず、どうもすみませんでした」と謝罪した上で国に差し出し、返してはどうか。

 これら政党助成金の原資は国民の税金である。この金の所在を明確にしないから、いつまでたっても国民から白い眼で睨まれるのです、小沢先生。
 
 視点を変えよう。

 今の国の政治の混乱ぶりの実態を国民はよく知っているが、その現場にいる国会議員たちはよく理解していないのではないか。なぜそう言えるかの理由は、もし彼ら国会議員がそれを理解していれば、その原因となる“病巣”を切り捨てれば混乱などしなくなるからだ。

 その国政混乱の原因には原発や被災者支援や津波被害によるガレキ処理など東北大地震に関係する問題の他にいくつかあるが、国の政治自体が前に進まなくなっている一番の原因は、今も裁判の被告人である小沢一郎前代表が自党・民主党の政権が進める政策にことごとく反対しているから。それは、疑いようもない。

 24日もこんなことに苦労する総理大臣の記事が新聞に載っていた。

≪野田首相は23日、消費税増税関連法案に反対する小沢一郎民主党本代表との直接会談について、29日か30日に行う方向で調整に入った。小沢氏はそれに応じる見通し≫

 笑っちゃいますよね。自分ところの組織の長が自分のことを“一兵卒”と名乗る部下と会う時、長の腹心が間に立ってその単なる一兵卒でしかない男の所に走り、会談の調整するという。

 皆さんも同じようにお考えと思いますが、一般社会にこんな会社、ありますか? 一社も無いですよね。

 社長の指示に従わない平社員がいたら、社長が出てゆくまでもなくその平社員直属の上司が呼びつけ「言うことを聞け」と命令すればいいだけのことだ。それでも命令に従わないということで社長が直接話すことになったとしても、社長室にその平社員を呼びつけ、「これはこの会社の総意として進めている事業だ。お前が反対し社内で扇動しているから若い社員も今何が大事かを見失って混乱しているじゃないか。この会社の方針に従えないというなら、今すぐ辞めて出て行きなさい」と言えばすむこと。

 政党も同じで、党の代表、それも一国の総理大臣が命がけで進めている一大事業(ま、税金が上がるのはあまりありがたいことではないが)に反対し、党の一年生議員などを扇動していつまでも突っぱねていることが、本当に正しいことなのか。

 小沢氏は民主党を離党して出てゆくべきです。

 ま、もともと氏は何が正しいか正しくないかで物事を考える人ではないので、こんな教えを説いても「のれんに腕押し」で、無駄なことであるが。

 小沢氏は、本当におかしな国会議員である。古いタイプの政治家と言えば言えるが、それだけではない。古い政治家でも「自分はいま国民のために今何をすべきか」が解る正しい政治家はたくさんいる。氏も「国民のために」とよく言っているが、国民のためにだけ働いている政治家が裁判沙汰になどなりはしないし、国政のスムーズな運営を妨害したりはしない。

 どこかの市長も「市民のために」と言っているが、初出馬当選後に県議や市議や後援会幹部のところを回ってお金を配っていて、これは公職選挙法でいうと事後報酬供与の買収罪に該当し、長く牢屋に投獄される身だ。

 かつての私がそうだったように、市民のために働こうとする公正な政治家は、こんな水戸黄門に出てくる悪代官がやるようなことはしない。

 では、政治家はいかにあるべきかだが、身分の低いこの私が言うべきことではないので、私の師である孔子に語ってもらおうと思います。


 私が前に、孔子の言葉に「君は君たれ、臣は臣たれ、父は父たれ、子は子たれ」という教えがあると紹介したことを覚えておられるでしょうか。

 これがその孔子の教えの全文です。斉国の君主・景公を訓戒した言葉として伝わる。

斉の景公、政を孔子に問う。
孔子対えて曰く、君君たり、臣臣たり、父父たり、子子たりと。
公曰く、善いかな、信なり。
もし君君たらず、臣臣たらず、父父たらず、子子たらざれば、粟(ぞく)ありと雖(いえど)も、吾、得てこれを食らわんや。


 (斉国の君主である景公から政治について問われた時、孔子は答えた。「君主は君主らしくし、臣下は臣下らしくすること。また、父親は父親らしくし、子どもは子供らしくすべきです」。景公はこの孔子の戒めに,こう答えたという。「よいお言葉です。誠にその通りです。もし君主が君主らしくなく、家臣が家臣らしくなく、父が父らしくなく、子が子らしくなければ、これは人の道に外れていて国は滅びてしまうでしょう」。)

 つまり、その身分に従って、「らしく」考え、「らしく」行動せよとの教えです。しかし、この言葉を受け入れた景公はこれを実行することができず、やがては国を奪われてしまいます。

 このように、孔子は政治家として偉大な資質を持っていながらそれを受け入れてくれる国は無かったし、それを受け入れる時代でもありませんでしたが、政治の在り方、上司と部下の在り方、親と子の在り方など、多くの教えを今の世にまで残しています。

 小沢氏は、先の教え「君は君たり、臣は臣たり、父は父たり、子は子たり」から学ぶべきだ。

 小沢氏はご自分のことを“一兵卒”と言った。嫌味な言い方にしか聞こえなかったが、自分でそう言ったならば“一兵卒”に徹するべきだ。“一兵卒”に徹底できないのなら、そんなことは言ってはならない。自分が自党の代表の指示に従えないならば、民主党を出てゆき自分の政党をつくるしかない。これは国民の大半が思っていることだろう。

 しかし、出ていかない。その理由は、長年議員をやっているから政権与党にいてこそ自分の力を発揮できると知っていて、野に下れば自分の力を誇示できなくなり誰も相手にしてくれなくなることもよく知っているからだ。

 とにかく、小沢氏が民主党を出てゆかないから日本の国の政治が混乱しているのであって、この責任は小沢一郎元代表にあると断言する。

 小沢氏は、先の教え「君は君たり、臣は臣たり」から学ぶべきだ。これは「総理は総理らしく、平議員は平議員らしく」の教え。つまり、「総理は総理らしくあれ、民主党の一議員でしかない議員は一議員らしく」との教えである。

 もう一つだけ、孔子の教えを紹介しよう。

君は臣を使うに礼を以ってし、臣は君に事(つか)えるに忠を以ってす。

 (君主は臣下を使うに当たっては、礼儀を重んじるようにする。臣下は君主に仕えるに当たっては、真心を尽くすようにする)

 つまり、「上司は部下に威張ったりせず、きちんと部下に礼儀を尽くす。部下は上司の陰口をたたかず、きちんと上司に真心を尽くす。そんな上下関係を作れたら、本当に働きやすいだろうし、成果も上がる」ということです。

 「市長、これでは違法になります」と進言する市職員に対し、頭ごなしに市長が「かまんきん、やれ」と命令したという話は室戸市議会議員時代に何度も聞いた。これでは「君が君たらず」といえる。小沢氏が総理に楯突きいつまでも抵抗を続け、同じ政党にいながら話しすらできない関係にある。これは「臣が臣たらず」だといえる。

 国民は国の政治が進まないので困っている。国政が前進しないということは国の経済も前進せず、後退するのみ。

 こんな体たらくを「いつまで続くぬかるみぞ」で済ませるわけにはいかない。

 私は2009年の衆院選の前からありもしない国費で国民を買収しようと画策した民主党など支持してないが、「野田総理、あなたは仮にでも一国の総理大臣です。自党の一人の平議員が抵抗勢力になっているからと平身低頭お伺いを立てなくても、問答無用で叩っ切ればいいのです。『我が党の政策方針にそれほど従えないというのなら、出て行って下さい』というべきです。それが国家国民のためです。

 野田総理、今度会うという29日に小沢さんにそう言ってお上げなさい。それが日本の政治を健全に前に進めるいま一番の良い方法です。

 野田総理、もうひとつ、思い出してほしい。小沢氏は自民党幹事長時代、3人の総理大臣候補の長老を自分の部屋に呼びつけ、面接を行っています。だから、これと同じように総理も総理大臣室に小沢氏を呼びつけ、引導を渡せばいいのです。
 「組織の長の言うことを聞くのがそんなにいやなら、今すぐこの民主党から出てゆけ!」
と。

「臣が臣たらざれば、君は君たる処断を決すべきもの」。

 これを私から野田総理への教えとしたい。

 今日、30日の11時に話し合うそうですが、小沢氏は前もっていろんな会合に出席して「消費税増税案には反対する。でも、何度でも話し合いましょう」なんて惚けたことを言っているとニュースで報じていた。

 野田さん、小沢先生にこう言ってお上げなさい。

「あなたはどこまで国民や国政を混乱させれば気が済むんですか! もう私はあんたの機嫌を取るつもりはない。あなたとの話はこれでおしまいにします。それが嫌ならどうぞ出て行って下さい。誰も止めやしませんから」と。

 私は日本の国の政治を一刻も早く安定化させるためにも、小沢一郎前代表が民主党を離党することを希望する。勿論、その時には、あの他国の領土・領海を盗む強欲な国の中国に一緒に行った者など意を同じにする民主党国会議員を引き連れて離党することも大いにあってよいと思っている。そうして約100人とかいう小沢グループで新しい党を作り、一野党として与党連立政権に対し今までと同じように勝手気ままにモノ申してゆけばいいのである。

 それが男の生き方というものですよ、小沢さん。「お分かりか?」。

祝・松井秀喜、大リーグ昇格!!

2012-05-28 | 大リーグ通信
 プロスポーツにおいて能力のある選手も高年齢になってくると、選手としての力を疑われはじめ、例えば大リーグでもメジャー契約期間はなんとかメジャーで先発メンバーでなくても野手なら代打や守備固め、投手なら中継ぎや抑えなどと出場機会も得られますが、マイナーともなると先発メンバーで出場していてもやっぱりメジャー昇格が待ちどうしくなるものでしょう。

 件の松井秀喜もメジャー契約がかなわずずっとオファー待ちの身でしたが、ようやく4月末にレイズからお声がかかった。だが、オファーはレイズではなくて、そのマイナーチーム「ダーラム」だった。「マイナーでもいい。這い上がって見せる」と松井が契約したのが5月1日でした。

 そうして入団しましたが、メジャーが通常行っている2月中旬からのキャンプや3月のオープン戦に参加せずすぐにメジャーに昇格するのは不可能ということで、松井は3Aダ゛ーラムの練習に参加からスタート。練習試合を重ねた後、3Aの試合に出場し続け、なかなか調子も出ないまま今日に至るも、ここ数試合は試合勘も戻ったのか打球の当たりも良くなったと言われています。

 オリオールズのマイナー球団と対戦したここ3試合は、4打数3安打、4打数0安打、4打数1安打と、上がり調子だがまだいまいちボールをしっかりと捕らえきれていないようにも思っていての、今日のホワイト・ソックスのマイナー球団との一戦。これに4番指名打者で出場して、2打数0安打2四球の結果に終わるも、なんと「今か、今か」と松井が待っていたレイズのマドン監督からの吉報が届いた。

 「おせん泣かすな、馬肥やせ」じゃなかった、「すぐに来い、明日の試合からメジャーだ」の知らせ。

 でによって、皆様のおかげで私の松井秀喜がやっと、本当にやっと明日の試合からメジャー昇格です!! 背番号は「35番」の予定。

 誠に、誠にありがとうございます。これも私と松井を応援して下さっている皆様のおかげです。ありがとう!

 こうしてようやくメジャーに昇格する松井ですが、すぐに出場したその試合からすぐにホームランをかっ飛ばすというようにはならないと思います。今年初出場の明日の試合から試合勘が戻るまでの5試合から10試合はヒットの無い試合が続くと思いますので、その点はご猶予を頂きたく存じ上げ奉ります。

 又、期待するのは古巣ヤンキースとの対戦。「あいつはなぜこのヤンキース戦になったらホームランを打ち続けているんだ。やっぱり09年末に再契約しておいておくんだった」という思わせるほど大活躍して、09年ワールドシリーズでMVPを獲得した選手を放出したオーナーとGM、デュラルディ監督らをとことん残念がらせてやれと思っている。

 願うのは、結果が空振り三振になってもいいので、腰を据え軸を狂わすことなくバットを思いっきり振り切ってほしいということ。ホームランか、三振か、でいいから。そうして9月末にはホームランを20本、打率2割7分、打点は年間(6か月)100打点として6月から4カ月間だから67打点の成績を期待している。その結果、ア・リーグ東地区の1位となり地区シリーズで勝ち、リーグ優勝もし、ワールドシリーズに進出してくれることを心から念じていよう。

 このメジャー契約を勝ち取るまでの彼の苦労は並み大抵のものではありませんでした。他の日本人メジャーリーガーを見てご覧なさい。年末にメジャー契約のオファーがなかったら早々と日本のプロ野球球団と交渉して、そんな値打ちもないのに二億とか三億円で契約しています。みんな堪え性がない。そこに、「苦労してもいい、マイナーの3Aにいて頑張ってメジャーに上がり野球人生を終えるんだ」という情熱、パッションというものがない。

 他の者たちはみんな努力を怠っていましたが、23年4月までは「一人が故に目指す改革が達成できなくてもいい、自分の出来る限りの努力をして市民のために尽くすんだ」と決意し、情熱を以って戦った室戸市議会議員がいました。

 このように、仕事に精を出すとは、松井秀喜や彼の市会議員のように、息付く暇もないぐらい休まずその目標に向かって挑戦の心意気を以って弛まず下準備をし、準備が整えば勇気を以ってそれまで培った技術や知識や経験を生かしながらその相手とする者(物)に挑んでいく。これが情熱だ。(今の室戸市議会議員にそういう人物はただの一人もいない)

 私が子どものように、ただ単に「松井を好き」ということではない。松井のあの「おれはどうしてもこうするんだ」という情熱をその出場した試合ぶりから垣間見えるから。いわば、人間のあり方として尊敬できるからと言ってもいい。

 さて、こうして私が応援し心配もしたからか(?)、ようやく松井のメジャー昇格が決定し、29日(日本時間30日午前8時10分開始)にレイズのホーム球場・トロピカーナ・フィールド(所在地:フロリダ州セント・ピーターズバーグ)で行われるレイズ対Wソックス戦から出場する予定。NHK-BSでは中継がありませんので、ネットのYAHOO!スポーツをチェックし応援して下さればうれしく思います。(“ホア・ザ・自分”で大リーグで自身の高成績記録を残そうと考え追い求めるイチローがいるマリナーズの試合中継は面白くもないから、毎試合毎試合中継しなくていい。“ホア・ザ・チーム”を徹底的に追求する松井の試合とダルビッシュの試合を中心に中継できないものか、なんて考えています)

 さあ、今晩は松井秀喜のメジャー昇格を祝って、宅の奥さんと乾杯だ! 一升酒を空にするぞー!


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室戸ジオパーク、第10作目「双夫婦岩遠望」

2012-05-28 | 私の絵画制作活動
 5月10日から描き始めた作品「双夫婦岩遠望」もようやく仕上がりまで七分ぐらいに来ましたので、私を応援して下さっている皆さんにそのご報告をさせていただきます。

 議員退職後の昨年6月から30年ぶりに再開した画業も、昨年12月に描いた「七福神乗合宝船」を除くと、室戸半島の地質名所を描く「青空地質博物館シリーズ」もこの作品で第10作目となります。

 この第11作目「双夫婦岩(ふためおといわ)遠望」は、室戸市室戸岬町椎名の鹿岡鼻(かぶかばな)に立つ二つの夫婦岩を南から遠望した風景。作品の大きさは、P100号(162×112)。

 この岩には「風紋」といわれる穴がたくさん開いていて、地質的にはその点が注目されます。二つの岩に注連縄を渡してあるのは人為的なものであり、大事なのは自然が創作したその“芸術作品”の方。観光にこの場所に行ったときは、それをよく見て下さい。

 (現場写真) 
  

 (下描き)
    

 (制作中の作品)
  

 今日はここまで。

 制作はもう少し描き込んでから、仕上がりにする予定。

 ここで、皆さんにとってはどうでもいいことかもしれませんが、ちょっと私が描く絵の説明をさせてください。

 なぜ私がこのような線を残していつも絵を描いているか、これは特に絵を描いておられる方は不思議に思っているんじゃないでしょうか。県展無監査の作家先生も昨年の高知県展会場の私の絵の前で「ちょっと変わった絵を描く人だなあ」とつぶやいていましたから。私にすれば何も変わっているとは思わない。昔から長く続き主流になっている印象画風の線のない絵も以前描いていましたが、もうこのように残る命も10年あるかないかの年齢になると描きたい絵を描こうと決めたからです。

 30年ぶりに絵を描き始めた昨年5月にそう考えた時、誰もやらない、浮世絵独特の線を残しながら洋画の印象派的な絵を描いてみたいと思いました。そうして、下描きで描いた線を最後まで残しながら絵を描いているということです。

 “ついでのモチに粉はいらん”と言います。蛇足ですが、ここで近況を。私も忙しいんですよ、こんな無職になってからも。

 画家としての仕事はあるし、地方政治や国政のだらしなさには厳しく言うちょかんとますます悪くなるし、電子情報誌にはそれについての長い記事も書かんといかんし、庭に咲く花々の管理をしたり水をやったりせないかんし、草は抜かんといかんし、庭の掃き掃除もせないかんし、その間に女房の機嫌も取らんと「遊んでないで働け!」って追い出されるやもしれんし、時には県外から「室戸ジオパークの写真集を送ってください」と電話があって送る段取りはせないかんし、毎日朝8時ごろには前日の試合状況を報じるスポーツ新聞のサイトを全て検索して「メジャーに上がるのは今日か、明日か」と大リーガー・松井秀喜の動向をチェックせんといかんし、と。

 あー、いそがし、いそがし。


 ※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、5月28日(月)付けGooブログランキング(172万2246ブログ)中、3950位でした。 

続・小沢一郎という男

2012-05-25 | 政治家のあり方
 今の国の政治の混乱ぶりの実態を国民はよく知っているが、その現場にいる国会議員たちはよく理解していないのではないか。なぜそう言えるかの理由は、もし彼ら国会議員がそれを理解していれば、その原因となる“病巣”を切り捨てれば混乱などしなくなるからだ。

 その国政混乱の原因には原発や被災者支援や津波被害によるガレキ処理など東北大地震に関係する問題の他にいくつかあるが、国の政治自体が前に進まなくなっている一番の原因は、今も裁判の被告人である小沢一郎前代表が自党・民主党の政権が進める政策にことごとく反対しているから。それは、疑いようもない。

 昨日24日もこんなことに苦労する総理大臣の記事が新聞に載っていた。

≪野田首相は23日、消費税増税関連法案に反対する小沢一郎民主党本代表との直接会談について、29日か30日に行う方向で調整に入った。小沢氏はそれに応じる見通し≫

 笑っちゃいますよね。自分ところの組織の長が自分のことを“一兵卒”と名乗る部下と会う時、長の腹心が間に立ってその単なる一兵卒でしかない男の所に走り、会談の調整するという。

 皆さんも同じようにお考えと思いますが、一般社会にこんな会社、ありますか? 一社も無いですよね。

 社長の指示に従わない平社員がいたら、社長が出てゆくまでもなくその平社員直属の上司が呼びつけ「言うことを聞け」と命令すればいいだけのことだ。それでも命令に従わないということで社長が直接話すことになったとしても、社長室にその平社員を呼びつけ、「これはこの会社の総意として進めている事業だ。お前が反対し社内で扇動しているから若い社員も今何が大事かを見失って混乱しているじゃないか。この会社の方針に従えないというなら、今すぐ辞めて出て行きなさい」と言えばすむこと。

 政党も同じで、党の代表、それも一国の総理大臣が命がけで進めている一大事業(ま、税金が上がるのはあまりありがたいことではないが)に反対し、党の一年生議員などを扇動していつまでも突っぱねていることが、本当に正しいことなのか。

 小沢氏は民主党を離党して出てゆくべきだ。

 ま、もともと彼は何が正しいか正しくないかで物事を考える人ではないので、こんな教えを説いても「のれんに腕押し」で、無駄なことであるが。

 小沢氏は、本当におかしな国会議員である。古いタイプの政治家と言えば言えるが、それだけではない。古い政治家でも「自分はいま国民のために今何をすべきか」が解る正しい政治家はたくさんいる。氏も「国民のために」とよく言っているが、国民のためにだけ働いている政治家が裁判沙汰になどなりはしないし、国政のスムーズな運営を妨害したりはしない。

 どこかの市長も「市民のために」と言っているが、初出馬当選後に県議や市議や後援会幹部のところを回ってお金を配っていて、これは公職選挙法でいうと事後報酬供与の買収罪に該当し、長く牢屋に投獄される身だ。

 かつての私がそうだったように、市民のために働こうとする公正な政治家は、こんな水戸黄門に出てくる悪代官がやるようなことはしない。

 では、政治家はいかにあるべきかだが、身分の低いこの私が言うべきことではないので、私の師である孔子に語ってもらおうと思います。


 私が前に、孔子の言葉に「君は君たれ、臣は臣たれ、父は父たれ、子は子たれ」という教えがあると紹介したことを覚えておられるでしょうか。

 これがその孔子の教えの全文です。斉国の君主・景公を訓戒した言葉として伝わる。

斉の景公、政を孔子に問う。

孔子対えて曰く、君君たり、臣臣たり、父父たり、子子たりと。

公曰く、善いかな、信なり。

もし君君たらず、臣臣たらず、父父たらず、子子たらざれば、粟(ぞく)ありと雖(いえど)も、吾、得てこれを食らわんや。


 (斉国の君主である景公から政治について問われた時、孔子は答えた。「君主は君主らしくし、臣下は臣下らしくすること。また、父親は父親らしくし、子どもは子供らしくすべきです」。景公はこの孔子の戒めに,こう答えたという。「よいお言葉です。誠にその通りです。もし君主が君主らしくなく、家臣が家臣らしくなく、父が父らしくなく、子が子らしくなければ、これは人の道に外れていて国は滅びてしまうでしょう」。)

 つまり、その身分に従って、「らしく」考え、「らしく」行動せよとの教えです。しかし、この言葉を受け入れた景公はこれを実行することができず、やがては国を奪われてしまいます。

 このように、孔子は政治家として偉大な資質を持っていながらそれを受け入れてくれる国は無かったし、それを受け入れる時代でもありませんでしたが、政治の在り方、上司と部下の在り方、親と子の在り方など、多くの教えを今の世にまで残しています。

 小沢氏は、先の教え「君は君たり、臣は臣たり、父は父たり、子は子たり」から学ぶべきだ。

 小沢氏はご自分のことを“一兵卒”と言った。嫌味な言い方にしか聞こえなかったが、自分でそう言ったならば“一兵卒”に徹するべきだ。“一兵卒”に徹底できないのなら、そんなことは言ってはならない。自分が自党の代表の指示に従えないならば、民主党を出てゆき自分の政党をつくるしかない。これは国民の大半が思っていることだろう。

 しかし、出ていかない。その理由は、長年議員をやっているから政権与党にいてこそ自分の力を発揮できると知っていて、野に下れば自分の力を誇示できなくなり誰も相手にしてくれなくなることもよく知っているからだ。

 とにかく、小沢氏が民主党を出てゆかないから日本の国の政治が混乱しているのであって、この責任は小沢一郎元代表にあると断言する。

 小沢氏は、先の教え「君は君たり、臣は臣たり」から学ぶべきだ。これは「総理は総理らしく、平議員は平議員らしく」の教え。つまり、「総理は総理らしくあれ、民主党の一議員でしかない議員は一議員らしく」との教えである。

 もう一つだけ、孔子の教えを紹介しよう。

君は臣を使うに礼を以ってし、臣は君に事(つか)えるに忠を以ってす。

 (君主は臣下を使うに当たっては、礼儀を重んじるようにする。臣下は君主に仕えるに当たっては、真心を尽くすようにする)

 つまり、「上司は部下に威張ったりせず、きちんと部下に礼儀を尽くす。部下は上司の陰口をたたかず、きちんと上司に真心を尽くす。そんな上下関係を作れたら、本当に働きやすいだろうし、成果も上がる」ということです。

 「市長、これでは違法になります」と進言する市職員に対し、頭ごなしに市長が「かまんきん、やれ」と命令したという話は室戸市議会議員時代に何度も聞いた。これでは「君が君たらず」といえる。小沢氏が総理に楯突きいつまでも抵抗を続け、同じ政党にいながら話しすらできない関係にある。これは「臣が臣たらず」だといえる。

 国民は国の政治が進まないので困っている。国政が前進しないということは国の経済も前進せず、後退するのみ。

 こんな体たらくを「いつまで続くぬかるみぞ」で済ませるわけにはいかない。

 私は2009年の衆院選の前からありもしない国費で国民を買収しようと画策した民主党など支持してないが、「野田総理、あなたは仮にでも一国の総理大臣です。自党の一人の平議員が抵抗勢力になっているからと平身低頭お伺いを立てなくても、問答無用で叩っ切ればいいのです。『我が党の政策方針にそれほど従えないというのなら、出て行って下さい』というべきです。それが国家国民のためです。

 野田総理、今度会うという29日に小沢さんにそう言ってお上げなさい。それが日本の政治を健全に前に進めるいま一番の良い方法です。

 野田総理、もうひとつ、思い出してほしい。小沢氏は自民党幹事長時代、3人の総理大臣候補の長老を自分の部屋に呼びつけ、面接を行っています。だから、これと同じように総理も総理大臣室に小沢氏を呼びつけ、引導を渡せばいいのです。
 「組織の長の言うことを聞くのがそんなにいやなら、今すぐこの民主党から出てゆけ!」
と。

 「臣が臣たらざれば、君は君たる処断を決すべき時がある」。

 これを私から野田総理への教えとしたい。


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マスコミ記者がいつまでたっても間違う、「選定」と「指定」

2012-05-20 | 書籍・新聞・テレビ
 これまで約20年が経つが、テレビや新聞などの取材記者はいつまでたってもこれを間違います。

 市町村がその地域に残る古い町並みを観光に活かすため、それらの古い家々を修復する予算を国から財政支援してもらう下準備段階として、その町並みを国に「重要伝統的建造物群保存地区」に認めてもらう必要があります。その手筈として 市町村はまずそれに関する資料をそろえて文部科学省に申請する。文科省はその地区の視察や歴史に関する調査を行った上で文化審議会で審議し、「重伝建保存地区」にふさわしいかを決定、文部科学相に答申します。そのステップを踏んだ後、文科省はその結果を当該市町村(教育委員会)に伝える。それが重伝建保存地区「選定」への道筋です。

 これをよく新聞記者やテレビ取材記者が間違えて、「指定」と報道する。

 これまでも高知新聞など県内の新聞やテレビ局は何度となくこれについて学ぶこともなく、何度も何度も間違って「重伝建保存地区に指定された」と書き、報道してきた。小さなことですが、ニュースを正しく伝えるという意味ではこのことも大事なことだから、いつも気になる。

 一昨日も夕食を食べながらNHK高知放送局の夕方のニュースを見ていると、アナウンサーは「安芸市の土居廓中が重要伝統的建造物群保存地区に指定されました」と伝えた。それを見ていて、思わず「何度言うたらわかるがやろなあ。20年も前からそれは『選定』ですよと教えてきたのに」と叱った。

 横で当家の奥さんも「そうよねえ。あんたはずっと前から高知新聞の室戸の記者が間違ったたんびに『それは選定です』と電話したにね。けんど、何ぼいうても、調べようとか勉強しようとか考えん人はみんなそんなんやないが? 室戸の市会議員でわかっちょうやいか。解らんずく違法でも何でも賛成して」と冷めている。「それもそうだ」と私も納得。

 それが昨日の朝、高知新聞を見ていたら、これもまた「重要伝統的建造物群保存地区 土居廓中(安芸市)指定へ」と大見出しで間違って報道していた。

 見出しには「文化審議会は18日、藩政時代の武家町の景観が残る安芸市の「土居家中」(同市土居)など5件5地区を、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定するよう、平野博文文部科学相に答申した。7月にも正式指定される見込み。県内での指定は1997年の室戸市吉良川町の町並みに続き2か所目」とある。


 この中にだけでも4か所、記事の中にも2か所、「指定」と書いていた。

  

 本当に情けない。室戸支局は新しい記者が来るたびに間違うからそのたびに「そうじゃないですよ」とお教えしてきたが、県内の重要伝統的建造物群保存地区の選定はこれまで室戸だけだったのが県内2か所目で安芸市では初めてということもあって、安芸支局長がこの件でまた間違いの記事を書いた。

 そこで、私ごときが誠に僭越ですが、NHKや高知新聞の記者だけでなくて、県内のマスコミ各社の記者の皆さんにこれに関する基礎知識としてお教えします。是非ともこれを機会に新聞社全体で学び、この用語についての理解を深めていただきたい。

 私は以前、平成2年から平成9年末まで地域雑誌『あおぞら』を出版していて、その第47号(平成6年9月号)に「重要伝統的建造物群保存地区大研究」と題した特集号を組みました。

         

 当時は、県の地域政策課職員と共に高知県の地域づくりに積極的に参加し、県が『あおぞら』頑張れと応援して下さり、私はその恩を返そうと県の行っている県民が行う地域づくり活動支援事業を応援する記事を積極的に書き、お互いに助け合って仕事をしていた。この特集を組むにあたっても「選定と指定の違いが気になり、県に「国がこの違いを既定した文献はありませんか」と聞いたところ、確か文化財課だったかから分厚い本を借りて下さり、県庁内でその文献を自分でめくりめくりしてこの「選定」が「指定」と違うことを書いた部分を探し出し、よく解った。

 それを記事にしたのが下のページ。

         

 要点は、簡単なものです。「市町村の申請に基づき文部科学大臣が伝統的建造物群保存地区の区域の全部または一部でその価値が特に高いと認め選定した地区が「重要伝統的建造物群保存地区」というわけだ。「市町村の申請に基づき」→「文部科学大臣が」→「伝統的建造物群保存地区の区域の全部または一部で」→「その勝ちが高いと認め」→「選定した」地区が、重伝建保存地区。

 つまり、まず保存地区のある市町村が申請することから、この選定への第一歩が始まる。だから、市町村が申請しなければ選定されないということになる。

 因みに、新聞記者やテレビ取材記者がよく間違う「指定」とは、国のこの重伝建保存地区事業から離れていうと、ある意味、何かの事業で市町村から申請がなくても国が必要と考えたら上から有無を言わせずに決定する物と言える。

 その「選定」と「指定」の違いを図解すればこうなろう。

    

 先ごろ、室戸支局が「塗料は落ちない」、「落書き岩に語ってもらうために、“反面教材”としてこの岩を残そう」という記事を書いたのを見て私は「とんでもない」と指摘したが、この「指定」の記述もそれと同じで、ジャーナリストとして基本を忘れていると言える。

 忘れがちだが、人間は学び覚える前に「こうだ」と知識として認識していることはだいたい間違いを長く続けてしまう傾向がある。

 私が45歳ごろの地域雑誌の記者をしていた頃のことです。全国ではオンリーワンの手書き雑誌だったもので、「展覧会」などと「展」の字を書いた時にこれを、部首を「尸」と書いた中に「土」を二つ書き、その下に「衣」の字の下と同じようにずっと書いてきました、本当は「ノ」の線がいらないのに。これを、その号を出してすぐに安芸市の友人が「谷口さん、この『展』の字が間違うちょうぜ」と教えてくれて、ようやく気が付いたことがある。

 これと同じです。誰もがそうですが、解らないことは調べるが、「おれは知っている」と思い込んでいることは調べないで、何度も何度もその間違いを書き続けます。

 解っていただけましたか? マスコミ記者の皆さん。解っていただけたら、「ガッテン」と押して下さい。

 尚、これでも私の言うことが疑わしい、信用ならないとお考えになられた場合は、高知県教育委員会の文化財課に行って文献をお借りし調べてみて下さい。ページを自分でめくりめくりして探し書いてある詳細な記述を読んで学べば、私に指摘されたままより、その方がもっと知識が自分の身に付くかもしれませんね。

 重要なのは、自分が苦労して学ぶこと。そうして苦労して学んだり苦労して修練を積んだことは確実に身に付くが、やるべきことを省いたり避けたりしていては、いつまでたっても技術は向上しないし賢くもならない。若い時こそ、そうすべき。若い時にそう努力していないから、60歳前後に地方議員になった者たちが「政治は難しい」とばかりに、無責任にも「まー、いいか」となし崩しに悪い政治が行われるのを許しているのです。

 私が作った格言。「為すべき時に、為すべきことを為せば、成る」。

 時期を逸しては、成功はあり得ません。小さなことからコツコツと時間を惜しんで勉強すること。それしか自分の能力をアップさせることはできない。

 これは新聞やテレビ局の記者だけでなく、地方自治体の首長や地方議員も同じで、学ばない人はいつまでたっても同じ間違いを死ぬまでやり続ける。これは、室戸市議会議員だった任期の8年間に市長や市職員や市会議員の言動をつぶさに見聞きし、そう確信する。


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政治に関わってほしい人物像(2)

2012-05-17 | 政治家のあり方
 一昨日の記事「政治に関わってほしい人物像」にもう一つ、大事なことが抜けていました。

 これが一番大事だといってもいいので、付け加えておきます。


 24、法律を守る人。

 政治に関わる人間でこの法律を守ろうとしない人は本当にたくさんいるが、そういう人たちはいったい何を考えて政治の場に出てきているんだと思っている。

 「政治家になる」。それは、法律を守りながら政治ごとのすべてを行う役目だ。それが、誰も守れない。

 その程度のことがなぜわからないんだろうと思っている。

 まず地方政治に関わると地方自治法等の国の法令を基本として事業を決定し、管理運営することになる。それに加えて、自治体が導入している条例、規則、要綱などもあり、それらのルールすべてを守ってこその地方政治家だ。それがどうしても守れないんですよね、情けないことに。

 そういう人たちはこの室戸にもたくさんいるが、「なぜこの程度の法律が守れないんだろうか」と私はずっと思ってきた。

 政治家が法律をなぜ守れないかの理由。

 一つは、住民の側に責任がある場合。

 その影響を受けて痛手を受けるのはの自分たちなのに、住民がそういう法律を守らない議員や市長を許し、擁護し、放任しているからに他ならない。もっと住民が町の政治に関心を持っていれば、市長が不正な行政運営をしていることに怒り、議員たちが市長が行う不正な政治運営をなし崩しに許していることに怒れるだろうに、住民までもが「まー、いいか」と思っているから、町の政治家たちも「おれの思うままにやっても誰も怒らん」と考え法律を守らないということになる。だから、これ(正しい政治が行われること)は住民が首長や議員を叱り倒せば、もっと簡単に政治は正しい方向に向いてゆくと断言できる。

 もう一つは、政治家の側に責任がある場合。

 政治家が法律すら守れないのは、元々その人たちはそんな惰気でアバウトな性格の人だということです。規則正しい政治を行おうとする気がもともとない人だということ。だから、正しい政治を首長や議員にやってほしかったら、住民はそういう法律すら守れない人を政治の場に送り込まないことです。たとえその候補が元行政職員であってもです。その理由は、私の8年間の市議会議員の経験から言って、行政職員として定年近くまで役所にいて退職した人でも法律を守れない人は多いからだ。

 とにかく、政治に関わる人間には法令を順守するコンプライアンス精神に富んだ人だけが行うべきだと言える。

 でも、厳格にそうすれば、町や村の政治を行う首長や議員のなり手は一人もいないという笑い話も出てこよう。(笑)



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政治に関わってほしい人物像(1)

2012-05-15 | 政治家のあり方
  先日の記事でこう書いた。

 ≪地方のとても「政治家」とは呼べない程度の政治家について、こう考えた。

 これはかつて小生が発行する地域雑誌『あおぞら』に連載していたエッセイ「東方見聞録」の1994年12月号に掲載した記事で、その対象は、地方自治体の首長、そしてその地方自治体に関わる地方議会の議員たちである。

 批判精神旺盛な小生が書く「政治に関わってはいけない人物像」として次に示す性格の人たちは、政治に関わってはいけない。(順不同)

 1、地域論を語れない人。

 2、金に卑しい人。

 3、性格がアバウト(大雑把)な人。

 4、童心を持っていない人。

 5、清新さや瑞々しさ(生気があって若々しい)がない人。

 6、“物差し”の狂っている人。

 7、箍(たが)が緩(ゆる)んでいる人。

 8、何かにつけて、他人に与えることを良しとしない人。

 9、地域の中で本当に努力をしている人を見極められない人、評価しない人。

 10、旧態依然とした体質を改革する勇気のない人。

 11、一つの組織や政党の中でしか支持の無い人。

 12、地域の外に出て広く見聞を深めたという経験のない人。

 13、高圧的な態度で組織を牛耳った経験のある人。

 14、自治体を一つの会社として考えられない人。

 15、自分が不在でも行政組織を切り盛りできる、そんな“番頭”(助役)を据えることができない首長。

 16、部下に活力のないイエスマンしか置かない首長。

 17、企画力の無い人。首長や地方議員にはこれが一番に求められるが、これらの職にある人たちはそんな意識など全くないし、それが自分の欠点だとも思っていない。

 18、その町を好きではない人。

 19、面談をする時、ソファーに深く腰をかけて凭(もた)れかかって話をする人。

 20、日頃から“捨て目”ができていない人。つまり、他人の良いところから学べない人。

 21、営業力の無い人。

 22、前に出る勇気の無い人。

 23、時代が読めない人。

 以上のような性格を持った人は町の政治に関わってはなりません。≫



 そこで、少し“言葉遊び”のそしりも受けそうですが、この「政治に関わってはいけない人物像」を“逆もまた真なり”と考え、「政治に関わってほしい人物像」とはいかなる人物かを列挙してみたい。

 現在、地方の知事、市区町村首長、市区町村議員、都道府県議員などの地方政治家、そして国会議員の方々、これは必見です。ご自分がそれに当てはまるかどうか、一つ一つチェックしてみてください。そのどれにも該当しない場合は、あなたは政治家として不適正な人物ですので、すぐ議会事務局に辞職願を提出してお辞めいただくよう進言致します。多分、この“政治家の条件”に一つも合致しないとならば、誰も止めだてはしないでしょう。「早く辞めればいいのに」とみんなが思っていたことだろうから、むしろ周囲の人たちから「よかった、よかった」と歓迎され、その辞表提出は高く評価されることでしょうね。

 では、始めましょう。

 1、地域論を語れる人。

 つまり、自分の住む町や村が如何にあるべきかを語れないようでは情けなく、そんなご仁は政治家なんぞになってはいけません。ちゃんと地域政治は斯くあるべしと語れる、そんな人物でなければなりません。

 2、金欲・物欲の無い人。

 つまり、誰にも欲望はあるが、地方政治家に必要なのは「この町をよくしたい、悪い体質を改革したい」という欲望を持つことが大事。

 更に言うと、かつて室戸市議会で見たように、議員になってからも「委員長になれば2万円報酬が増えるから委員長になりたい」とか「議長になれば6万円報酬が増えるから俺に議長をやらせてくれ」とか言い、ただ金欲だけを優先させ金目当てで議員に立候補したことがばれた者もいるが、市民は絶対にそういう人物を選挙で選んではならない。

 選ぶのは、無欲で、日頃から何をやらせても真面目な仕事ぶりをする人で、特に議員として大事な要素は法律を舐めていない人。公正で公平な組織運営がよく理解できる人に投票することだ。選挙の前後に金や米や魚を配ったり、酒やご馳走を提供したご仁は、首長や議員になってからも同じことをする悪い人間に間違いない。日頃から不正なことをすることで有名な人を選挙で当選させているが、住民はいったい何を考えているのか。自分が住む町を悪くしたいのか、自分たち住民が政治家によって搾取されてもいいということか、と思う。

 これまでの全任期において仕事をしなかった議員。これまでの議員活動で他の議員が進めようとしている行政改革や議会改革を何度も何度も妨害したことのある議員。正論を展開する議員の発言を封じ込めようと働く、首長にべったりと寄り添う議員。これまでの任期4年間16議会で1回か2回しか質問に立たずずっと議席を温め続けている、元々やる気など無い議員。住民をだまそうと企み、「私は制限の50分間質問する谷口と同じように一生懸命にやってますよ」とばかりに、他の議員と同じ長さの議会だより原稿を作ることだけを目的にわずか3分とか5分の質問を行う議員。いくら事前運動で家に頼みに来ても、こんな議員には絶対に投票してはならない。もし投票すれば確実に町は潰れます。

 加えて、「課長になりたい」、「助役になりたい」、「市長になりたい」、「議長になりたい」、「委員長になりたい」と、能力もないのに自分の出世とか昇進のことばかり考えているような欲の深い人ではない人。

 政治家でありながら自分の利得を優先して、町や国が良くなることを二の次、三の次か、五の次、八の次にするような輩が地方や国の政治家の中はたくさんいる。しかし、いくらその人が地域の中で団体の役員だとか企業の社長だとかで巾をきかせていても、選挙において地域住民はそんな欲深き首長候補や議員候補に投票してはならないといっておきたい。投票するのは欲に無い人。要は無欲な人。

 そして欲がない人は、自己犠牲の精神にも富んでいるものです。「自分のことはいい、まず住民のことだ」。そう考え行動できる人は、首長としても地方議員としても最適の人物です。ま、そんな「自分を犠牲にしてでも町の住民のために」と行動できる人は、めったにいませんが。

 とにかく自慢ではないが、選挙で投票するときはこの谷口のように真面目で、無欲で、休みなく働く人で、悪いことには敢然と向かってゆき正す、そんな候補にだけ投票することです。(間違わないでくださいね。小生ははもうこの町の政治には辟易しており、参加などするつもりは毛頭ないので)

 もしすべての候補の中にそんな人物がいなければ、投票所に行って誰の名前も書かずに白紙で投票すればいいのです。それは、開票後の無効票の数で「今の町の政治は信頼できない」という意思表示になる。私は、これからそうすることに決めています。あなた方も立候補者の中に自分の強い意志を託す候補がいなければ、いくら選挙前にたくさんの候補から投票依頼されたとしても、白紙で投票することをお勧めする。

 3、性格が几帳面で、どんな物事に対しても分析力豊かに整理整頓ができる、真面目な人。

 つまり、日頃から政治に関する情報などをよくまめに分類してファイリング(資料化)していて、いつどんな事態が突発的に発生してもすぐに対応できる体制でいる、そんな人。

 これは、その議員の家に行き、議員としての机があるか、議会資料をどのように整理してあるか、または整理してないか、パソコンがあるか、そのパソコンで資料作りや調査活動をしているか、そして相対して地域政治について話をした時にちゃんと理路整然と公正・公平・適正な政治論を持ち語れるか、行政改革・議会改革を大事だと思っているか、そして日頃からそれに取り組み進めようと苦心しているか、自己犠牲の精神があるかないか等々を見聞きして推し量れば、その人の能力や行動力、意欲、情熱など、全てが分かる。もしそれらを持っていない場合、その人は政治家ではなくて、報酬をもらいながら住民のために何もしない泥棒だと知るべし。

 もう一つ、地方議員だけでなくて地方自治体職員の皆さんの為にもなるいいことをお教えしましょう。

 これはかつて室戸市議だったころにある課長に教えてあげたことですが、その人物が几帳面な人間かどうかを見分ける一番早い方法をお教えすると、その人が仕事をしている机の上を見れば一目瞭然、すぐにその人物が仕事ができる人かできない人かが解る。机の上が乱雑に散らかっておれば、それがその人の頭の中です。机の上でさえ整理できない人は、その人の頭の中に入ったたくさんの情報もいつも散らかっていて、全く整理できない状態にある。それは間違いありません。それは、机を整理しようとする心構えがある人は、頭の中に入った情報も同じように整理しようといつも心掛けていて、頭の中でいろんな情報を手際よく分別でき、頭の中でファイリングできているから。

 小さな習慣づけですが、参考になると感じた方は今日からでもやってみてください。机の上の整理整頓が十分にでき出したら、頭の中の整理整頓もできるようになり、やがてきっと自己の能力向上につながっていくと思いますので。

 4、童心を持っている人。

 つまり、良いことは良い、悪いことは悪いとする、少年のような純粋な精神を持っている人。汚れなき精神を持つ人。これはなかなか難しい。精神が汚れるのは長年の間の積み重ねから悪くなるのだし、精神が幼い少年のころのように純粋なまま大人になれるのも長年の積み重ねから。だから、成人して欲深き人間になった人がやがて首長や地方議員になっても、それまで一般社会に30年間、40年間にいて自分や関係団体に関する欲を優先させ生きてきた精神は改めようとしても改め難く、いくら周りから「あなたの性格はわるいから改めた方が良い」と忠告を受けても、長年、地域の中で利害を優先させて蠢いてきてある程度の地位を得ているとなおさら我を通すのが常で、「馬鹿は死ななきゃ治らない」とか言うが、その性格は死ぬまで直らない。「法律を守って純粋で無垢な政治を行いましょう」などの呼びかけに呼応するわけがないのである。

 5、清新さや瑞々しさ(生気があって若々しい)がある人。

 6、正しい“物差し”を持った人。

 つまり、悪いことはわるい、良いことは良い、と判断できる性格を持ち、尚それを主張できる人。いくら正しい物差しを持っていても、悪い性格をした政治家の圧力に負けて何も言えなくなるようでは、全く駄目。やられたらいろんな方法を使ってやり返すぐらいの根性を持って戦わなくてはなりません。それでこそ、正義を標榜する地方政治家と言える。

 物差しは物を計るから生きてくるのであって、計測に利用しなければ宝の持ち腐れになる。また、正しい物差しは面前の物事を正しく図ることができるが、1㎝が2㎝や3㎝あったり1センチが5㎜しかないなど誤りのある物差しでは物事を正しく判断できないということをよく知っておくことも大事です。そのためには、物を見て判断する眼力を長い間かけて正確な目にしておかなくてはならないし、その正しい物差しを持つ正確な眼力を発揮する前に自分の欲に負けていては、これも宝の持ち腐れだと言える。

 7、自分の職業に対していつも緊張状態を維持していて、いつも生き方に心の張りを持っている人。つまり、箍(たが)が緩(ゆる)むことなく、しっかりしている人。

 8、自分の欲や金を捨てても、他人のために一肌もふた肌も脱ぐ人。

 つまり、「自分のものは自分のもの、他人のものも自分のもの」と考える他人に与えることを良しとしない取り得な人ではなくて、ボランティア精神のさらに先を行く、捨て身の精神を以って地域のために尽くす人。

 9、本当に地域の中で努力をしている人を見極めることができ、その人を理解して高く評価することができ、更にそういう人物の行動を支えられる人。特に、これは地域住民に必要な要素と言える。

 10、旧態依然とした体質を改革しようとする勇気のある人。

 地方議会によくいる、所謂“声の大きな議員”の脅しを受けてもその声を無視して議会で首長の違法や不正な行政運営に対して「市長、それは違法だ!」と、谷口のように正論が吐けるか吐けないかです。いくら市長などにくっつき支援する愚かな議員や住民から嫌がらせを受けたとしても、正々堂々とそれらと渡り合う勇気が持てるか否かです。私のようにそれらの人間たちの悪辣な裏工作によって結果的に落選させられたとしても、政治家として職にあるうちは毅然として働く勇気が必要です。

 11、組織や団体や企業や首長・県議の後援会グループとの関係を絶ち、選挙ができる人。

 政治家ともなるとすぐに“寄れば大樹の陰”とばかりに一つの組織や政党や県議や首長の後援会組織に属する議員候補がいるが、見ていて如何にも情けない。選挙の時に多くの支持を得るためにそれにくっついていることは明白だが、偉ければ私がやっていたように妻と二人だけで選挙をしてみよ。そうして二人だけで選挙をしていることが分かれば応援もしようが、室戸でよく見る、選挙違反であろうが無かろうが真面目な支援者を騙してでもそれを承知でやってしまうような多人数の選挙に関わるのはもうまっぴらごめんだ。

 12、地域の外に出て広く見聞を深めた経験のある人。

 つまり、お金を稼いだり、集金したり、生活のために借金して苦労したりした経験のない、若い時から定年まで行政職員だった元公務員を除いた、一般社会にいて長年お金を稼ぐことが如何に難しいかを経験し苦労したことのある人。

 13、首長ならば、品位と見識ある態度で組織経営や組織運営、組織管理を行える人。議員ならば、品位と見識ある態度に更に行政調査活動を密に行う熱心さを持っている人。

 つまり、一人であろうが、議会によくいる高圧的な態度で組織を牛耳り改革の妨害ばかりしている悪い議員、弱いものだと思えば強がり強い人だと思えば媚びへつらい自分の利権だけを優先させて推し進めているだけの議員らを徐々に追い詰め、警察力も利用してやがては議会から排除できる人。行政や議会議員らの政治悪を見つけた時に、それがいくら些細な小さな情報であっても詳細に深く調査し、自治体政治を健全な方向に導くことができるように傍聴人がいる議会において住民に向けてその入手した行政運営が誤りであると示す事柄の全てを暴露し、悪い政治体質を改めさせる人でなくてはならない。

 14、自治体は一つの会社として考えられる人。

 つまり、会社が傾いたらその会社の社長が全責任を持ち自分が犯した失敗によって生んだ負債は自分の全財産の中から全額を支払う。これは当たり前の話だ。同じように、地方自治体の首長が自分の任期中の失態や事業の失敗で生んだ負債なども、職を辞するときに自分の全財産の中から全額を自治体に返還する義務があり、そうしてこそ「責任を取った」と言える。つまり、それが私の言うところの“腹を切る”という意味である。これに対するいかなる反論も受け付けない。首長や地方議員が責任を果たせず、任期中にもらっている給与や報酬分働かないとならば、切腹もいたしかたない。そうじゃないかえ、皆の衆。

 15、自分が不在でも行政組織を切り盛りできる、そんな有能な“番頭”(助役)を抜擢できる首長、有能な人物への助役要請を快諾してもらえる首長。

 つまり、行政知識しかない無能な首長や品格がない首長、職員だけでなくて議員に対しても議会で厳しい質問を受けるとすぐ怒って答弁するような見識と品格に欠けた首長は、職員に対し助役という重職の要請を行っても、職員たちは「どうせ居た堪れない気持ちになるような被害を受けるだけだ」と解っているから、誰もそれを受けない。そんな人間ではなくて、「町のためにと身を粉にして働くこの人のためなら、たとえ自分が犠牲になってもいい」と思えるような真面目で清新な精神を持った人。

 16、部下には首長である自分の考え方に意見して反論もする若い職員もいれば、老練な考え方を持った人物も置き、その悩ましい会話や会議の中からこれからの進むべき道を見出してゆける人。

 17、企画力のある人。

 首長や行政職員、地方議員にはこれが一番に求められるが、これらの職にある人たちはそんな意識など持っている人は稀。企画力は30年、40年の歩みから生まれてくるもので、20代や30代で企画を語る人がよくテレビにも出てくるが、それをみて私は一刀両断、「浅い!」と切り捨てる。今そこでやっと社会に出てきて何が解るんだと思っている。

 18、その町を好きな人。

 私も昭和61年からずっと高知県東部のためになるならと誠心誠意自分を捨てて行動してきました。でも、昨年の4月で「室戸が好き」といって働くのはきっぱりとやめた。しかし、「政治に関わる人物」はその町が好きでなくてはならない。だから、どこかの首長や議員さんのように「自分の町は好きでもないが、政治の場を利用して自分が金と物で肥え太ることは大好きという人物」は、地方政治に関わってはならない。

 19、面談をする時、ソファーに深く腰をかけて凭(もた)れかかったりせず、ソファーの前の方に座り話ができる人。

 つまり、政治に参加する立場の人は、物事に対してそのくらいの認識や見識がなくてはならないということだ。こういうことが一番重要なんですよ、国会議員の皆さんもよく勉強をしてくださいね。

 20、日頃から“捨て目”ができる人。つまり、他人の良いところから学ぼうとする考えを持っている人。

 日頃から“捨て目”を持ち、小さなことにでも注意して人の良いところを盗む、他人の良い行動を真似て、自らに取り入れる勇気と若さを持っていること。それは年齢がいくつになってもだ。かつて私がいた議会に70歳を過ぎた議員が何人かいたが、その人たちから何かを学ぼうとしても何も学ぶところがなかったのには、残念に思ったものです。私も70歳を過ぎた時、誰かが自分から学んで下さるよう頑張らなければと思っていて、そのため、地方政治に関する本を制作すべく鋭意、原稿を書き続けている。

 21、営業力のある人。

 つまり、首長や議員はその町や村のセールスマン的な立場の人間ですが、地域社会で商売を経験して借金や赤字に苦労しながら生きてきた人が60歳前後になって政治に関わってこそ、その過去の生きざまが政治の場で生かされるのであって、企業や商店に勤務してもいいし自営業でもいいが、若い時に商売に関わりその商売においてお金を出し入れしたことが一度もない人では「営業」の意味や深さは解らない。酷な言いかたになるが、人生は後戻りできないので、そんな人は政治に関わることをあきらめた方がいいかもしれない。

 22、前に出る勇気やど根性がある、情熱を持った人。

 つまり、人間は火の粉が降りかかろうとも正義を前にした時には火の中にでも飛びこむべきで、政治家は特にそういう立場にある。議場の演台に上がること一つとっても、それが怖いといっていては、一生、男らしい地方議員にはなれない。捨て身で行動すればいつかは“浮かぶ瀬もあれ”と知り、何でもやってみることだ。

 もう一つ、「勇気がない」に関していうと、首長が違法な行政業務を行って議員から「改めよ」と追及された時、すぐに改めれば傷口も浅くて済むのに、自分に勇気がなくていつまでも改めず逡巡していると、傷口を広げ、自身の見識の無さと行政運営能力の無さを住民に知られる羽目にもなる。だから、勇気のない人は首長職には向かないと言える。

 23、時代が読める人。

 時代は過ぎてゆく。走る車よりも早く。そのことをよく認識して、乗り遅れないように努めるに尽きる。この地方の行政がやっているような古い行いや、この地方の議会がやっているような古い行いは、早く改めることだ。いつまでも、首長と議員、それに各種団体や企業が絡みながら利害を以って古い体質の政治を続けようとすること自体、間違っている。そんな政治家たちは時代が読めていない人たちで、地方政治には時代の動きについていける、いや、時代についてゆき更に先を目指そうとする政治家に関わって欲しいものです。

 少々長くなりましたが、以上のような性格を持った人が町の政治に関わって欲しいと思う。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、5月15日(火)付けGooブログランキング(171万7561ブログ)中、3264位でした。 
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「今の時代、正義の人は潰されます」

2012-05-12 | 地方のあり方
 昨日、こんなうれしいコメントを頂いた。おほめ頂くのは久しぶりでしたので、コメントではなく、本編でご紹介させていただきます。

 ≪今晩は、北海道月形町の宮下ゆみこ町議会議員さんから、今日ここのブログを教えて頂き見ていました。

 8年間の活動を見ました。勇気の有る人ですね。素晴らしいです。

 今の時代、正義の人は潰されてしまいます。昔は社会が人を育てるが、しかし、今は社会が人を潰してしまいます。

 特にいい加減なマスコミは悪です。

 これからも勉強させて頂きますので、宜しくお願いします。

 もっと早くに知っていればと悔やんでいます。

 それでは。≫



コメントを下さったのは北海道の方かなと思っていますが、私はこのご意見に「正義は勝つ」と、次のように返信しました。

 ≪山本さん、はじめまして。

 月形町の宮下議員さんが以前コメント下さったこと、思い出しました。

 1年か2年前でしたか、私がまだ現職の議員だったころ、お声掛けいただき、宮下さんのブログもよく見たことでした。

 熱心に活動していることが分かり、私も「負けてはいかん」と気持ちを奮い立たせたことでした。

 おほめ頂きありがとうございます。それは山本さんが議員の活動が如何に大事で、如何に困難を伴うもので、それでも勇気を以って前進しなくてはならない職業かについてご理解されているからだと思います。

 山本さんが議員さんかどうかわかりませんが、室戸市にもあなたのような住民、または市議がいたらもっと私も市民のために働き活躍できたのになあと感じています。

 山本さん、正しいことはどこまでも正しいのです。その時々に対峙する事柄について正しく判断して自分が考えていることが本当に正しいことだとわかったら、不正に対しては誰かが勇気を持って指摘し、批判し、改めさせるべく戦うことが重要です。

 “寄らば大樹の陰”的に大きな立場の人間に拠りかかっていては物事の本質は見えてきません。

 そして、一人を怖がっていては何も出来ないのです。

 人間、自立していれば勇気は出てくるもの。勇気がないのは自分が自立していないからだと私は思っています。

 多くの人たちは正義が正しいとは解ってはいるんですが、大勢の中にいると弱い自分がそこにいて、一人の正しい人間を排除し大勢の悪い体質から抜け出せません。そういうことはこの現実社会にはよくあります。

 でも、一人を怖がっていては何もできません。いつも正論を吐ける地方議員でありたいものですよね。(私はもう議員ではなくなりましたが)

 議員を退職した今、現場の情報は入って来なくなりましたが、今後ともよろしくお願いします。≫


 先日、連休の時に当電子情報誌を見ているという大阪在住の方が当家においでになりしばしの間、歓談しましたが、このように最近は特に室戸市以外の、県外の方々から応援の声をたくさんいただいていてうれしく思っています。

 元市職員の市議会議員は「内容がおれたちに面白くないことを書いていて面白くないから、ブログを閉鎖せよ」と言いますが、表にも出て来ず物陰に隠れながら石を投げつけるそんな不正な行いをする政治家たちの言うことを聞くつもりは毛頭なく、要は物事は「何が正しくて何が悪いか」で判断されるもの。

 更に室戸には「政治が違法でもなんでもえいやないか、町が良くなるんやったら」と言った議員後援会幹部もいたが、そんな悪事でまちが良くなるんなら、行政には首長と職員だけがいて議会なんぞいらない。首長のやりたい放題やったらいい。ならば、地方自治法や自治体の条例や規則や要綱などもいらず、首長と職員と議員が勝手気ままに事業を決めてやればよい。

 でも、それではいけないだろう。“お目付役”、行政を監視する議会は要る。

 要は、物事は「何が正しくて何が悪いか」で判断されるもの、違法でもなんでもいいわけがない。それでは町や村は滅び、日本という国が滅びてしまう。

 だからこそ今の時代は、コンプライアンス、つまり法令順守が組織の根本理念の一つとして真剣に考えられ、それに沿った組織運営が求められているということだ。

 そうじゃないかえ、みなの衆。

 蛇足だが、どなたか物事が解った偉い方、地方自治と地方議会について議論するパネルディスカッションに小生をパネラーでお呼びいただけないものか。室戸市政と室戸市議会であった事実を基にして、今の地方議会の実態とあり方をとうとうと語ってみたいものです。

 ただ、その時には容赦なく語りますので、主催者側にはリスクが伴いますよ。「なんであんな男をパネラーに呼んできたんだ」と、住民の知らない所で悪い政治を行ってきた地方政治家から圧力がかかってね。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、5月13日(日)付けGooブログランキング(171万6744ブログ)中、525位でした。

 大変驚いています! 当電子情報誌始まって以来、初めて1000位台を飛び越えて500位台に突入しました。

 何が注目を集めたのかわかりません。普通、土曜日と日曜日の記事の閲覧数は会社や役所関係の方々が仕事がお休みゆえ、少なくなるのが傾向。それが日曜日に閲覧数と訪問者数が増え、それも、訪問者数は以前、800台が数回ありましたが、500台は初めてで嬉しい限りですし、閲覧数1800台も初めてのこと。とにかく喜ばなくてはいけないと思いましたが、こんな時、どうやって喜べばいいのやら。

 当電子情報誌は行政や議会関係者には耳の痛いお話ばかりと存じますので、それを面白く思っていない方々も「おれたちの行いを厳しく書いて、けしからん」と思いながらも訪問しておいでです。勿論、正しい政治を目指し頑張っておられる改革志向の議会議員と行政職員もおられるし、一般社会の住民の皆さんの中の政治とはかくあるべしと勉強をしておられる方々も読者としておられるでしょう。そういう方々が当電子情報誌の読者だと理解しています。

 唯、私が誰に向けて政治についての記事を書いているかと言えば、当然、後者。悪い体質の地方政治を改革すべきは時代の要求です。今の国の政治も、とにかく悪い。それについて誰も言わないでは、いつまでたっても国の政治も地方政治もよくなりません。だから、地方政治に一家言もつわたくしめがご注進申し上げています。

 だから、後者はもちろんのこと、いわば前者にもお読みいただき改心して悪い体質から抜け出してほしいと願っている、・・・ということです。

 とにもかくにも、訪問して下さった方々にはお礼申し上げたい。これに懲りずに、いや間違った、これを契機に毎日ご訪問くださるようお願い申し上げます。
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自分で建てた事務所を初公開

2012-05-12 | プライベート
 平成15年5月に市議会議員になった時は自宅の一室を使って事務所にして議員活動をしていた。しかし、来客があった時、自宅の応接間に招くことがテレビを見て楽しんでいる妻の憩いのひと時を奪うことが申し訳なくなり、一念発起、一年ぐらいたった翌16年7月に15日間ほどかけ自分一人で議員事務所を建設。助けを借りたのは基礎打ちと屋根の瓦棒葺きだけ専門の業者に依頼しやってもらったもので、土台、柱立て、梁、壁材、床打ちなどの建物建築は誰の助けも借らずに、全て自分一人で建てた優れ物(?)です。

 門を開けてすぐ右側がその議員事務所。木の塀も自作で、庭も自宅を36年前の昭和51年に建てたときから苗木や花を買ってきて植えて、剪定も自分でやり少しずつ丹精をこめて大きくしてきた木や花。その間には大きくなった木もあるし、すぐに枯れてしまった木や花もたくさんあります。

  

 庭もこうやって30年ぐらい経たないと、それなりの形や庭らしい雰囲気になってきませんね。だから、「ようやく庭らしくなってきた」といった感じ。

  

 この建物に入って仕事をし始めてからは、パソコンを入れたことも効果を生んで議員活動は急激に能率アップし、自ずと議会活動も活性化したものです。この事務所があったから二人の市長が行った違法や不正を追及できたといっても過言ではない。

 自宅の庭にあるその議員事務所(4m×4mの8畳)も、議員を退職した今は県展作家である画家の工房と変わり、かすかにアクリル絵具の匂いが漂う離れの部屋になっている。

 そこで、今日はその工房を全世界に初公開します。何にもない部屋ですが、この写真を見ていただければ描いている絵の大きさなどがよくわかるんじゃないかと思います。

  

 次の写真が議員活動をしていた時にいつも仕事に励んでいた机とパソコン。  

  

 この部屋にはまだ議員だったころの議案書や一般質問の原稿、各事業別の資料ファイル、地方自治に関する参考書や地方自治や地方議会はいかにあるべきかを解説した書籍が山とあるが、それを妻がこの部屋に来て見るたびに「はよう(早く)捨てや。そんな議会の資料ら、もういらんろ」と口酸っぱくなるほど言います。(笑)

 小生も、市民によって選挙で落とされたことを考えると室戸市の政治にはもう何の未練もなく、それもそうだと思うんですが、絵を描く時間は多いが市政や市議会に関する資料はなかなか捨てる時間がなくて、一年たってもそのままになっています。それが次の写真にある今から描こうとしている絵の後ろの書棚。
 絵の左にある箱は手造りの絵の具などの道具入れで、その奥にはまだ白い下塗りをしただけの50号のパネルが「これにも早く描いて」と私を待っています。

   

 室戸の政治への未練はまったくないが、今でも思うに、こんな男でも真面目だけが取り柄。市民もこいつを殺さずに生かしておけば室戸市のためには何がしかの為になったのに、惜しい人を殺してしまったものです。室戸市民は大きなミスを犯してしまいましたね。

 さて、そういうことで、ここで私の近況と事務所の紹介を終わりにします。