青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

作品「室戸岬(アズメ岩)」の制作活動報告(2)

2012-02-28 | 私の絵画制作活動
ここ数日は終日、事務所にこもり、昨年7月から8作目となる「室戸岬(アズメ岩)」の作品制作に没頭していて、資料などを手基におき時間をかけて書く政治評論の記事はちょっとご無沙汰気味です。そのネタになる資料は横の机の上にいくらでも置いてあるんですが、今しばらくはこんなお茶を濁すような絵画の制作報告でご容赦願います。

(下描き)
  

 そして、完成まではまだしばらく先になる、今はどうまとめようかと試行錯誤している状態の作品です。
    

 この絵はまだまだ人様に見せるような出来ではありませんが、“売れない画家”でも描かなきゃ売れないからと(笑)、毎日、せっせと描いています。

 まるであの宝くじとおんなじ。買わなきゃ当たらないし、“当たるも八卦、当たらないも八卦”とも言うしね。(笑)



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コメント (2)

選挙運動は議員など政治家の職務ではない

2012-02-27 | 政治家のあり方
(これは2008年10月2日に掲載した記事ですが、最初からダッチロールを続けている民主党政権はあとほんの数カ月もすれば国民と野党に追い込まれて衆議院は解散選挙になると推測いたしますので、この機に、全国の国政及び地方政治に関わっておられる政治家の皆さん方にもう一度参考にして頂けたらと思い再度掲載致します)


 さて、もうすぐ衆議院選が行われるようですが、国会議員の皆さんはその選挙の用意で忙しく、国民生活を左右する国政については、全く眼中にない様子。

 これからの話は何も国会議員の選挙に限ったことではなくて、都道府県知事や都道府県議の選挙にしても、市区町村議の選挙にしても同じですが、現職議員が四年に一度などの選挙の時、もう半年ぐらいも前からその所管する政治のことには関心を示さなくなり、個人的な自分の選挙運動を始める現象が全国あちこちで見られます。

 又は、市区町村議が自分本来の議員としての職務をほったらかしにして、縁のある知事や県議や首長が行う選挙運動の支援活動にばかり関わっている例が多い。

 そこで、言っておきたいのは、議員の職責というものは、四年なら四年、決まった任期いっぱい議員の務めを果たすようにと、国民や県民や市町村民から毎月報酬が議員各自の銀行の通帳に振り込まれています。議員の皆さんはこのことを決して忘れてはならないが、どうもよく解かっていない自分勝手な議員が多い。

 それは国会議員からしてそうだ。選挙が近付くという予感がしてきたら、国政をほったらかしにして地元に戻りあちらの地区でこちらの団体を集めてと選挙の事前運動をしている。民主党の小沢先生なんかは特にそれが顕著で、4年の任期中、ずっと選挙を中心にして政治を考えモノを言ってるから、国民の思いとはズレっぱなし。氏に対して、国民は「なぜもっと真剣に政治をやらないのか」と首をかしげっぱなしで、「早く議員を引退すればいいのに」と考えているが、そんな政治家に限ってやめないんですよね、これが。室戸を見てもそれがよくわかる。

 選挙が近付くと自分が所属する政治をほったらかしにして、友人やお世話になっている政治家の選挙に関わり事前運動をしている。だから、一年前からとか、半年前からとか、3か月前から始めるその選挙運動は、国民から、または地域住民から報酬をもらいながら自分個人のことをしているということになるので、その期間は住民から「そんなことしてないで、任期いっぱい、議員としての仕事を全うしろ! 報酬ドロボウじゃないか」と言われても仕方がないのである。

 このことを理解している知事や県議会議員や市区町村議員は本当に少ないんじゃないか。

 選挙運動は議員など政治家の職務ではない。しかし、今も言うように、選挙運動の期間中にも県知事や地方議員として報酬をもらっている。

 もらわなきゃ何も悪くはないんだが、その選挙前の事前運動を行っている数ヶ月間もみんな給与や報酬をもらっている。

 だから、知事や議員が選挙前に運動をする事がダメなんです。恥ずべき行為と言ってもいい。


 そこで、議員のバイブル『議員必携』から議員の職責とはどのような活動をいうのかを紐解いてみる。

 「議員の一見一句は住民の声であり、議員が行う質問や質疑、討論は、同時に住民の疑問であり意見であり、表決における一票は住民の立場に立った真剣な一票でなければならない」。

 「議員の判断は、議員は住民全体の代表者であり、奉仕者であるという立場に立っての『一般的な意思』による判断である」。

 「議員は唯単に住民の声と心を代表し、代弁するだけの役割に終始するだけ出なく、常に住民の中に飛び込み、住民との対話を重ね、住民の悩みと声を組み取りながら議論を重ねて調査研究を進め、(中略)時には住民に訴え、時には住民を指導して、その実現に積極的に努力する事が大事」。

 「議会が持つ『具体的な政策の最終決定』と『行財政運営の批判と監視』という二つの使命を完全に達成できるよう、議会の一員として懸命に努力する事が議員の職責」。



 以上が『議員必携』に載っている職責ですが、ここには「議員の選挙活動・選挙支援活動は議員の業務ではない」とは書いていません。でも、選挙活動の全てが、議員の仕事、業務ではないのです。

 私がいうのは、「選挙活動も議員の職務だ」と勘違いしている議員が、国会議員にも、都道府県議にも、市町村議の中にもいます。その証拠に、国会議員が告示前なのに堂々と駅前で肩から名前入りのタスキまでかけて街頭演説をしているでしょ。田舎に住む私なんかが見るとあれは公職選挙違反だと思っているが、警察が逮捕しないんだから事前運動の範疇なんでしょうね。例えあれが違反でなくても、政治家がみんなやってる事前運動について、「選挙前の事前運動も議員の職務だ」という考え方は誤りで、改めなければならない。

 国会議員も首長や地方議員などの地方政治家もその認識を持つべきだ。

 では、なぜ事前運動をやっても国民や住民は怒らないのかと言うと、ただ単に「選挙ってこういうもんだから」と大目に見てくれているだけなんです。「選挙前は仕方ないなあ」と。そういうこと。

 話ついでにもう一つ、選挙の事前運動に関してのエピソードをお聞かせしましょう。面白い話ですので、ここでご紹介しておきます。どこかでこのエピソードを話題にしてみて下さい。へんてこな議員もいるもんだなと。

 以前、室戸市議会にこんなことを口走った議員がいました。

 一昨年(平成18年)だったか、国政選挙の告示の日、室戸市議会の臨時議会が開かれました。

 議会開会5分前の予鈴のベルが鳴り、午前10時の本鈴を待って議場がシーンとなっている時、突然、市長席に座る武井市長に向かって一人の議員が議席から怒鳴った。

 「市長!どういうつもりな!今日が選挙の公示日やと解かっちょって、わざと今日、臨時議会を開いたがやろが!議員はポスターを貼りに行ったりして忙しいのに!なに考えちょら!」。

 その男はある政党の室戸支部の役員で、ポスターを貼りに行けばお金をくれるシステムになっているそうだとあとで聞いた。それで腹が立って怒ったらしい。

 つまり、すべては金が原因。浅ましいったらありゃしない。議員の職務遂行よりも自分の利得を優先させるそんな政治家が正しいか正しくないかは、ここで私が言わなくてもわかるでしょう。

 その男が市長に怒りの声を上げた時、議員になってまだ2年目の私はすぐにこう思ったものです。

 「バカか。選挙は議員の職務ではないぞ。この議会審議の仕事を全うするのが市議会議員としての職務じゃないか。この新人議員でも解かる初歩的なことを、なぜ二十数年も議員をしている人間がこの程度のことが解からないんだ。そんなに国会議員の選挙が大事なら、市会議員をやめて、ポスターを貼りに行け!」と。


 世は、もうすぐ衆院の解散・総選挙が始まるとかまびすしい。その時には、全国の都道府県議や市町村議は駆り出され、うまくこき使われるんでしょうね。それで自分の町や県が良くなればうんとやればいいが、その国会議員を応援したからといって世の中が本当に良くなるんだろうか。ならないだろう、よほど悪しき働きかけでもしない限り。

 室戸市の県道椎名室戸線を改修してほしいと、市役所や議会関係者や市内の団体が二十年前から、そして十年前からも、五年前にも、三年前にも県や国にお願いしてきても、放っておかれたまま。最近は、この国道整備事業計画もなかった話になっているらしい。このようにいくらこの田舎の道路を良くして下さいとお願いしても、この地に来るのは選挙直前か、「四国の道路を良くしましょう」という大会の時に他の国会議員と一緒に来て挨拶して帰るだけ。何の頼りにもならない。

 私は国会議員なんか、その議員が事業費を国から奪ってくるわけではないから効率的ではないので、何の役にも立たないと思っている。だから、政党なんかにゃ、絶対に入らないし、県会議員や国会議員の選挙には全く関わっていない。議会では一番熱心に調査活動、議会活動をしていると自負しているが、それで困ったことは、一つも無い。

 信頼できる議員は、市議会議員である自分しかいないと心に決めている。

 そうです。私は室戸市議会議員の中でも谷口議員を一番信頼している。

 浮津などの国道を改良するのも国会議員が当てになるとは思っていないし、県道椎名室戸線を改修するのは県も県議も当てになりません。

 勿論、室津川沿いの道路「市道室津港線」の新規整備事業を推進して実現に近づけるのは自分しかいないと思って、設計図も作成して、積極的に市に要望を続けている。そして、昨年12月議会と、この9月議会でも更に議論を展開。「県は当てにならない。市が国の交付金や補助金を使って市道として事業化すべきだ」と迫った。しかし、市長は市道を県にやってもらうと逃げている。どうにもならん。

 話を戻すが、だから悪いことは言わない。地方議員は国会議員の選挙運動に関わるのはやめておきなさい。それよりも、市町村議としての本来の職務に懸命に取り組むことです。それが一番、あなたのまちの住民の皆さんのためになり、役場の業務改革につながり、回りまわってあなたのためにもなるんです。

 もう一度申します。議員としてのあなたの職責を全うすべきです。他人の選挙に関わることはその期間、あなたは議員としての職務を果たしていないことになります。ということは、住民のためにもなってないということになります。報酬も、仕事をしていないからもらえないということになる。

 又、市長選の前の政策協定を市長当選後にすぐそれを反故にされた経験がある私の例を引くまでもなく、その支援する国会議員や首長が出馬を決意した時や選挙運動期間中にあなたと約束した政策協定でも、議員や首長に当選した後、その候補との約束は反故にされ悔しい思いをする事は大いにありえます。

 だから、悪いことは言わない。国政選挙に関わるのだけはやめておいたほうがいい。議員としての職務遂行の貴重な時間を取られて損になっても、得にはならん。

(※以上、3年半前に書いた記事でした。)


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大リーガー松井よ、どこへ行く

2012-02-20 | 大リーグ通信
 しかし、大リーガー松井秀喜の行き先が決まりませんねえ。

 毎日、毎日、各スポーツ新聞社のサイトで大リーグニュースをチェックしているんですが、全く動きがない。

 こっちまで不安になってしまいます。

 私がこの松井移籍のことを心配げに話すもので、うちの奥さんも「松井は決まった?」と毎日のように私に問う。

 「まだ決まらん」と言うと、「日本に帰ってきたらそんな年俸が1億円を切るとかいう話にならんと、何億円ももらって野球ができるんやない?」なんてことを言うから、「松井だけは金にだらしないそんな選手じゃない!」と、人生は金だけじゃないことを教えている。(笑)

 でも、女の人はお金で以って家計を守る立場にいるからか、何でもお金がたくさん入る生き方を選んでしまいますね、「清貧の人生でも」と思っている私のような男と違って。(笑)

 とにかく、まるで自分の就職先が決まらず不安になっていると同じぐらい、松井のことが心配です。

 ヤンキースは今、DH(指名打者)候補を探しているんですが、松井がヤンキース時代にはマリナーズに在籍し昨シーズンはフィリーズにいてFAとなっているベテランのラウル・イバネス外野手が本命視されており、松井のヤンキース復帰は95%ぐらい無くなった。

 そして又、松井と同様にヤンキースのDH候補として名前が挙がっていた3人のうちの一人、レイズからFAとなっていて松井と同じようにチームが決まらず不安になったジョニー・デーモン外野手は、ヤンキースのブライアン・キャッシュマンGMに電話で「ヤンキースのDH候補におれはどうだ」と電話で直接交渉したそうですが、断られたという。

 私はこのニュースを「イバネスに決まっているからデーモンと松井とは契約しない」ということだとは解釈せず、「イバネス、デーモン、マツイの三名のうちの一人が消えて、イバネスと松井に絞られた」と一縷の望みを以ってそう考えたい。

 松井ファンとしては、やっぱりあのヤンキースタジアムでホームランをかっ飛ばして大活躍している大リーガーの松井の姿を見たいじゃないですか。ヒザの怪我も完治した今年こそはホームランを40本ぐらいは期待しているから。

 私は、3月まで移籍先が決まらなくても、マイナーではなく大リーガーで契約先はあるとみています。

 2月末になり3月になりしても移籍先が決らなくても、きっと彼を迎える大リーグ球団はあると信じています。

 ドジャースの身売り先が決まるとされる4月になって移籍が決まってなくても、現在、球団争奪戦に参加している前ヤンキースの監督だったトーリ氏か松井の代理人であるアーン・テレム氏がオーナーや社長になれば、監督がこの人も松井がヤンキースにいた時のバッティングコーチだったマッティングリー氏という状況も効果を生み、正左翼手で入団もあると期待を込めてそう考えています。

 松井選手に願っていることは、一つ。

 大リーガーとしていますぐに移籍が決まらなくても、交渉して年俸が1億円を切ったとしても、日本に戻ってきて日本の球団に入るなんてだらしない姿だけは決して見せないでほしい。決まらなかったらそこできっぱりと野球選手の人生に幕を引くことです。その方が男らしいけじめのつけ方だと思っている。その後は大リーグのどこかのチームでコーチなどになり後進を育てる仕事についてほしい。

 まったく勝手な希望だが、そう願っている。

 松井秀喜選手だけはそうあってほしいものです。小学生の時から東京6大学の一つ、立教大学の選手である長島選手のファンになって、その後も巨人軍・長嶋茂雄選手のファンとして応援してきたが、その長嶋さんが巨人軍で最後を締めくくったようにきっぱりと。

 あなたならば日本に戻ってきて「元大リーガー」の肩書で3億、5億円貰って飯を食うなんてことは簡単にできるだろうし、他のふつうの元大リーガーの選手ならそうしていますが、あなた、松井選手だけはそんな節操のない人生は歩んでほしくない。

 だから、何とか早く入団先が決まってほしいものです。


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 多くの方々のご愛読、誠にありがとうございました。

 昨日もその愛読者の一人、高松に住む大親友N氏から電話がありました。「室戸のジオパークは谷口さんの長年の努力があって今の室戸があります。これからもがんばってください。私は応援しています」。

 私の一番の理解者は遠く離れたN氏で、私が「どうしているかなあ」と思っていると電話を頂く。心から有り難いと思っている。昨日は「坂出でジオパークの会議があるんですが…」とのことだったが、私の挑戦は既に別の方向を向いていることをお伝えした。「応援しに行きますよ、その時は」との激励を頂き、たいへんうれしく思いました。

作品「室戸岬(アズメ岩)」の制作活動報告(1)

2012-02-19 | 私の絵画制作活動
 先日の記事は小難しい政治の話でしたが、洋画家としては、いま描いている作品の報告ぐらいは私が地域づくり活動を始めてからずっと応援して下さっている“ソーイチロー・ファンクラブ”の皆さんにだけはお伝えしないといけないと思っていて、今日はそのご連絡です。


 1月中旬から描いていてご紹介させていただいた「青空地質博物館シリーズ」の6作目『室戸岬(烏帽子岩)』(P100号)は2月初めに一応の仕上がりに至りました。あとは今年10月に開催される県展の直前の9月に少し手直しをするだけ。

 そこで、一週間ほど政治的な活動をしていましたが、この作品に続いて、早速この17日からは洋画家のまねごとをし始めた昨年7月以来第8作目となる作品、「室戸岬(アズメ岩)」(P100号=162×112)の制作活動に入りました。

 この大作の下絵も他の大作を描く時と同様に、室戸半島の地質写真集『青空地質博物館』出版の時に描き同写真集に掲載した地質画の一つで、描く場所は室戸岬の突端、観光協会から国道をまたいで海岸に下りたところに見える大きな岩。写真集に掲載した絵を基に作品(P100号)を描き始めました。

 (現場写真)
  

 (下絵)
  

 (した絵を基にしたした描き)   ※翻訳しますと「下絵を基にした下描き」。笑ってやってください。
  

 さて、またこれから約1カ月、3月の中頃まで楽しみながら、そしてたくさん苦心しながら良い作品を作り、芸術活動にいそしみたいと思っています。

 そして、事情が許せば今年秋に県内で行われるあるイベントに挑戦したいといま決意していますが、もしそれに出場しない場合は、今年の秋か来年の春には高知市あたりで「室戸ジオパーク洋画個展」の開催を計画しています。それには、その時までに100号が10点から20点ぐらいないと見に来て下さった方々が見劣りするんじゃないかと思い、毎日、精力的に作品に立ち向かっています。現在7点ですから、10月ごろにはあと8点、合計100号ばかり15点ぐらいは・・と思っていますが、さてどうなることやら。“周辺事情”次第です。   

 地方政治家の仕事も画家の仕事も同じで、怠けることも休むこともしません。死ぬるまで勉強、死ぬるまで挑戦だと思って、眼前の仕事に取り組んでいます。

 
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 やはり、会社員や公務員の皆さんが職場に行かない土曜日と日曜日は検索数が落ちます。ということは、当電子情報誌の一部のファンは職場のパソコンでチェックして下さっているということになりますね。どこで見て下さってもいいです。賛同的でも批判的でもいい。みんなが記事を見て下さって地方のことを考える材料にしてもらえればうれしく思います。

首長の職務命令に対する職員の義務

2012-02-16 | 公務員のあり方
 公務員が首長の命令に従い、その事業や議案が地方自治法や条例、規則、および公募要綱など地方自治体におけるルールに違反していることを認識しながらその事業を計画し議会に議案を提出する例は、あとを絶ちません。8年間、そうだったから、今もきっとそうでしょう。

 そして議会も、提出されてきたその議案が違法であることをよく認識しながら「この違法な事業におれたち議員が賛成しても住民には解りゃせん。それに自分一人が反対すれば、住民から変わり者みたいに思われて、次の選挙であの谷口みたいに落選するからなあ」と色々と思いを巡らし、本当は議員たる者は住民の代表であり議会は行政のチェック機関であるからみんながその違法な事業の議案に反対すべきなのに、議員みんなが挙ってそれに賛成し可決してしまっている。

 つまり議員は、「違法でもなんでもいい、市長に寄り添って議会に出てくる議案みんなに賛成してれば事なきを得る」、そう思って議員の任期4年を過ごしているということになる。私と同じように、違法な事業が含まれる議案に正々堂々と指摘し勇気を以って討論に立ち反対するなんてこと、誰も真似は出来やしない。

 ま、それはそれとして、今日、テーマとするのは、行政職員が首長の命令を受けその命令が違法や不正、不適正なものだった時、それに従い事業や業務を進めていいのかどうかについて。

 なぜそんなテーマを記事にしようと考えたのかと言えば、先の室戸市議時代の8年間に二人の市長がいたが、その二人ともが地方自治法違反やそれに準じて制度化した指定管理者条例等々に違反した業務運営を行おうとしたし、その事業に関係する担当課職員が違法であることをよく認識しながら市長命令に従い事業を進めた経緯があったからです。(勿論、議会では私だけがその違法行為について長く議会で追及したし、改善するよう求めたのですが)

 ということから、こんな行いは室戸市だけではなく全国の地方自治体には多かれ少なかれ「首長、行政職員、議会議員のみんなが行政が行う事業の中に違法なものがあるとよく知っていながら、『どうせ住民には解りゃしない』と思ってそのまま事業を進める」という体質にあるといってもよく、そういう悪しき行いが全国各地の行政と議会にあることをその住民の皆さんに知らせたいと考えたからです。

 そこで、私が市議時代に発生した市長主導の違法な行政業務はいくつかあるが、二つだけ例を挙げてお話したい。

 尚、これはすべて私が議会において市長と担当課職員を追及した事件だから、その発言内容は議会だよりに書き市民にも広報したことから、3年ほど前から市民みんなが知っていなければならない出来事でもあります。

①武井市長時代の違法な行政業務について

 これは平成17年5月11日と12日に行われた違法な事件のこと。

 武井市長と市企画振興課長、課長補佐、そして県海洋深層水室からの派遣職員の4名が市温浴施設の指定管理者を公募する半月前の5月11日に東京のあのライブドアの孫会社であったミクプランニングという会社を訪問した。用件は明らかで、この市関係者4名は室戸市議会の議員や市民にはわからないだろうと、以前から親密な関係にあるこのミク社を指定管理者にしたいと目論む室戸市は公募前のこの二日間、不正な事前交渉を行った。

 11日の午後、市長は漁業関係の団体の会議に出席し、企画課職員3名はミク社を訪問し6月初旬に行うと予定している指定管理者公募について事前の打ち合わせを行い、翌12日には市長も加わり市関係者4名がミクプランニングと半月後に公募する指定管理者の公募内容について協議を行ったのである。

 ではここで、室戸市長と市職員らが行った違法の内容について解説する。

 平成17年に作成された公文書「室戸市健康増進施設管理運営提案・公募要綱」の「2.応募者の資格」の「(6)応募者の失格」には「下記のいずれかに該当する場合は失格とします」と書かれていて、その項に「⑤審査の公平性に影響を与える行為があった場合」とあった。つまり、市長と市職員ら4名が17年5月12日にミク社で行った「公募前の事前交渉」の行為は明らかに誰が考えても悪質な不正行為であり、当然批判されるべきものである。

 この違法はいかなる程度の違法行為かというと、皆さんは単なる公募違反ぐらいに考える御仁もおられると思うが、そんな考えは浅はかというもので、そういう意識や考え方が世に違法を増やしているといってもいい。

 この公募要綱違反を一つとっても、この公募は室戸市指定管理者条例を基にして作成されたものであるから、指定管理者条例違反でもあるともいえる。そして更に、室戸市指定管理者条例に違反しているということは、その条例が地方自治法を基に作成されたものであるので、地方自治法違反に当たるとも言えるのです。その証拠に、室戸市指定管理者条例を見ると、その第1条に「趣旨」としてこう明記されている。「この条例は、地方自治法第244条の2第3項の規定に基づき、室戸市の公の施設の管理を行わせる指定管理者の指定の手続き等に関し、必要な事項を定めるものとする」。だから、公募違反は条例違反であるし、条例違反とならば当然、地方自治法違反に当たるということです。更に言うと、この公募要綱違反はこれで終わらず、地方自治法違反は日本国憲法第92条の「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める」(「法律」とは地方自治法のこと)の条項を根拠としていることから、公募要綱違反は条例違反になり、地方自治法違反になり、この日本国憲法違反になるということです。

 こういう法律に関する認識が浅い首長や行政職員や地方議員が、とにかくたくさんいます。

 その人たちの多くは日頃から「地方自治法なんか、法律じゃない」と思っているし、その下の自分たち自治体で決めた条例や要綱や規則などにしても「事業を行う上において必要だから作りなさい」という国からのお達しだからと作っているだけで、「どうしても守るぞ」と決意した職務観念がない。それは、改革派議員である私が議会で「この事業は違法じゃないか、改めよ」と求めても、「違法ではないと考えております」と言い逃れの虚偽答弁ばかり繰り返して絶対に自分たちの違法を認めないし、謝罪するのも嫌いだし、絶対に改めないことでもわかる。

 それと、なぜ私が室戸市にいながら東京で行われたその違法行為が分かったのかについては以前記事にしたと思いますので、ここでは詳しく話しませんが、私がかつて雑誌の取材記者をしていた経験と情報や知識をより詳しく知りたいと思う性格が成果を上げたということは間違いありません。

 その17年5月11日の朝、企画振興課に課長を訪ねました。職員に聞くと「今日は出張しています」と言う。「ミクプランニングか?」と聞くと、「はい」と言う。そこでピンときた。「公募前なのに、もしかしたらミク社へ事前交渉に行ったのではないか」と考えた。他の議員なら「課長はおらんか」ですぐ帰っていただろう。で、「ミク社に職員3名もが行くということは怪しいぞ」と思い、「もしかしたら市長も一緒に行ったのではないか」と考え、市長室に行くと総務課職員は「東京に主張です。今朝行きました」と言う。ということは、市長と企画課職員の4名が一緒に11日朝の飛行機に乗って東京に行ったことになる。私はすぐ情報公開で市長の出張記録を求めた。数日して後、市長は11日に漁業関係の会議に出席した後、12日の午後の飛行機で高知に帰ってきたことが分かった。ということは、12日の午前中に東京で何か用事があって、その用件が済んで後、午後の飛行機で帰ってきた・・ことを物語っていた。

 その後、6月議会が始まる前まで、私の調査活動は大忙しとなった。

 ミク社に市長と市職員3名が訪問したことの確認をとる必要があると考えた私は、私が電話取材するとミク社はウソをつくと考え、その確認は以前、室戸市の指定管理者の取材に来た時に資料提供などで協力したことがある東京新聞と日本経済新聞で活躍している二人の敏腕記者に依頼した。「私が聞くと市長は来ていませんでしたと言われますので、こう聞いてください。5月12日に市長と市職員3名が行ったと思うが、どんな内容でしたか」と。記者氏は早速聞いてくださり、「来ていたそうです。その日は担当社員の寺島さんは不在で、幹部や別の社員らと市関係者4名が公募について協議しました」とのこと。私はその電話連絡を受けると小躍りして喜んだ。

 その状況証拠を基にして6月議会で市長と担当課長を批判し追及したのは当然で、二人は「行っていない」とか「知らん」と白を切り続けたが、私の追及にウソを言い続けたために「いつ何をした」という時系列が混乱し理路整然と言えなくなり、次第につじつまが合わなくなった。ウソの上にさらに何回も先のウソを隠すためにウソをつくと最初に言ったウソを忘れてしまいこうなるという、一つの見本のような混乱ぶりに、いつもなら嫉妬心ありありで私の質疑や質問の邪魔をする他の議員らも今まで見たことのないその光景に一様に驚き、この時に限ってみんな黙り込んでいました。

 そうして、自分で自分の首を締めながらやがて二人ともうろたえ答弁がしどろもどろになり、ついに議会審議はそこで完全にストップしてしまった。そんなこんなで私はこれ以上いくら追及しても無駄だと思い、許してやりました。

 だが、議員たちは議会においてこういう市長と担当課長のあられもない姿を見て執行部が違法行為を行ったことを知ったのですが、何と、議会最終日の表決でこの議案は私以外の議員が全員賛成して可決してしまったのです。

 今現在も市長と市職員らが行ったこの悪しき事件に無条件で賛成した市会議員が5人残っていますが、私は市議になって2年目のその時、「あー、市役所と議会では不正な事業がこうしてノーチェックで実施されているんだな」と解り、「自分が頑張らなければ市民は更にこれからも被害を受け続ける」と考えました。(こんな立派な仕事をしてきた議員を落とすんですからね。中芸地区の議員さんが「あれだけ仕事をしてきたおまんを落とすとは、室戸の人は変わっちょうの」と言うはずだ)

 今日のテーマはこんな議員のことではなくて、「首長の職務命令に対する職員の義務」についてでしたね。この事件で言わんとするのは、市職員2名と県職員1名が市長が命令する違法な業務に従うべきか否かです。記事の結論はもう一つの事例を挙げた後、法律は公務員の職務の在り方について如何に求めているかについて解説したい。

②現職・小松市長の違法な行政業務について

 これは平成20年9月から行われた違法な事件のこと。

 平成20年9月議会の前、室戸市は8月19日に徳島バスと高速バス誘致に合意、8月末ごろに県市町村振興課を訪問して室戸岬高速バスターミナル建設のための補助金の要請を行う。この時、県の部長クラスや市町村振興課の課長や職員は、市が提出した建物計画の設計図を見てそれが地方自治法第244条に違反していることを確認していながら違法とならない適正な方法について指導もせず、改めさせもせず、そのまま県補助金条例にも違反する補助金支援を行ったのである。つまり、この県と市との行為は、まず室戸市が違法と知りながら県に補助金申請を行い、県もそれが違法と知りながら県予算から室戸市に支援することを決めたということです。

 地方公共団体のコンプライアンス(法令順守)精神なんかどこ吹く風だが、後日、私が12月末から21年にかけて直接県庁に赴いて担当課職員を前にその違法性を指摘した時には面接した職員は自分たちが行った違法をよく認識していることから黙り込んでしまい何も反論できなかったし、周りの職員も自分たちの課が行った違法業務について厳しい声で理路整然と指摘し続ける私の話を聞き耳を立てて聞いているしかなかったし、室戸市議会においても私によって小松室戸市長と担当課長とともに県も違法業務を厳しく批判されることになりました。

 続いて、9月議会にその事業費を含む議案第4号「一般会計補正予算案」が提出され、そのP24に高速バスターミナル整備工事費関係の予算約1490万円が計上されます。私は事業に疑わしき点ありと感じ登壇して疑義を質した。唯、この時点では建物の半分が地方自治法「公の施設」の規定に違反する徳島バス乗務員の宿泊所とは気付かず、その部分は休息をとる部屋とばかり思っており、指定管理者が指定期間内に撤退しこの建設建築費がムダな投資になることを危惧して、「健全経営となる利用者の分岐点は」、「利用者が少ない場合の途中撤退は」、「徳島バスの運営計画書は提出されているのか」、「なぜ徳島バスが独自に社員宿泊所を建設して確保しないのか」、「協定書には市とバス会社との経費負担割合が書かれていないはなぜか」等々を質疑、自分たちが行う計画について説明責任も果たせない誠意の無い答弁の姿を見て、閉会日には反対討論も行い、その議案に反対した。

 その後、12月議会の前の11月13日に臨時議会が開かれた。この時には私も調査をし法律の勉強も深めたことから、このバスターミナルが地方自治法違反で建てられたことが分かった。それは、この建物が地方自治法でいうところの「公の施設」であることから、その法律をクリアするためにはこの建物全体に室戸市民が出入りできる公共性と公益性がなくてはならないのに、出入りできる部分は待合所となっている半分だけで、後の半分はバス乗務員が占有し市民は誰も入れない状態になっている徳島バス会社の社員宿泊所であること。

 当然、違法や不適正な事業があって私が議会で黙って見過ごすわけはなく、この事案の違法性を市長と担当課長に説き続けた。20年12月議会、21年3月議会、6月議会と「違法を改めるべきだ」と一般質問で追及する頃には違法を適法な形になる方法を編み出し、次の議会からは改善策を提案した。

 「あの施設の徳島バス社員宿泊所を市営住宅と同じ位置づけに改めた上で、徳島バスから例えば毎月1万円の家賃を頂きます。すると、1年に12万円です。しかし、徳島バスはそんな約束じゃなかったと言うだろうから、市から指定管理料として1年に12万円を支払います。そうすればお互い腹が痛まないし、法律はクリアできます。こう改めてはどうか」と、平成22年まで都合7回、違法を厳しく指摘し改善策の提案もしてきた。

 しかし、これを改めれば自分が違法行為を行ったことを認めたことになると考える市長は、「谷口議員はこの件について2度も3度も聞きますが…」と反論、私に「議会とはそういう場だ。元市職員なのにそんなことも知らないんですか」と叱責をされる羽目になるが、最後までこの地方自治法違反事件を私が議員だった23年3月議会まで絶対に改めようとはしなかった。だから、室戸市にあるこの高速バスターミナルは今も違法な建物のまま室戸岬港の広場に建っています。

 そこで、テーマである「首長の職務命令に対する職員の義務」についてです。この高速バスターミナルの建物が地方自治法に違反していることは市長と担当課職員が知っていた。にも係わらず、20年8月に県庁に行き補助金を申請したということ。それを、県の職員が違法とよく認識しながら、部長、副部長、課長、担当職員らに私が市長に提案したような改善策を講じる知恵がなかったのか、計画を改めさせることもせず、建物設計図はその違法な状態のまま「了」と決済され、県財政課が補助金と貸付金を合わせて1444万円支出したということです。室戸市の市長の不適正業務はもちろん不正に当たるが、今日のテーマである市長が命令する事業を違法と知りながら市職員が実行に起こすという点は、①の事例と同じと言っていい。
 
 さて、そこでようやく今日の本論に入る。

 地方公務員法第32条「職員は、その職務を遂行するにあたって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の期間の定める規定に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」 が今日のテーマ。

 つまり、「行政職員は職務上、国の法令や自治体の条例、それに準じて作成された規則や要綱などに従うこと。尚且つ、上司の命令に忠実に従いなさい」と書かれている。

 だが、上に私が上げた二つの事例を見ていただいてお分かりのように、他の自治体においても多かれ少なかれこんなことをやっていると思うが、室戸市においてだけ言っても、何度もこういう法令違反の事業運営がなされ、尚且つ、その県下34自治体を指導する立場にある高知県においてもこんな違法を許し一緒になって違法を行っていると言うことが分かった。

 では、これから「職員は、法令順守と上司命令のこの二つの兼ね合いを如何にすべきか」について、参考書を基に解説してゆきます。(参考書の本のタイトルは明かしません。ご自分で書店に行き、お探し下さい。それも自分の学力向上のためです)

 地方公務員法の第30条から38条にわたり行政職員の服務規定(職務を遂行するに当たって職員が守るべき義務ないし規律)が規定されている。
1、服務の根本基準には、(1)職務上の義務と、(2)身分上の義務がある。そして(1)職務上の義務には、①服務の宣誓と、②法令等及び上司の職務命令に従う義務と、③職務に専念する義務がある。

 私が行政職員に求めるのは、この「法令等及び上司の職務命令に従う義務」について。

 繰り返すが、地方公務員法第32条の「職員は、その職務を遂行するにあたって、法令、条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の期間の定める規定に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」の規定は、行政を担当する職員が職務を遂行するに当たって法令・条例などに従うべきことは、法治国家においては至極当然のことである。又、職務命令は、法令を遂行するために発せられるものであるので、職員が上司の命令に従わなければならないことも当然のことである。

 職務上の命令は二つに分類される。一つは、職務命令。もう一つは、身分上の命令。

①職務上の命令、三つの要件
 1、権限のある上司からの命令であること・・・その職員を指揮監督できる権限を権限を有しない者の職務命令は無効
 2、職員の職務に関する命令であること・・・職務上の命令は、その命令を受ける職員の職務に関するものであり、当該上司の職務権限外の事項は無効
 3、法律上または事実上可能であること・・・つまり、法律上または事実上の不能を命じた場合、その職務は無効 

②身分上の命令とその限界
 1、職務上の命令・・・職務執行に直接関係する命令で、出張などがある。
 2、身分上の命令・・・職員という身分に対してなされる命令で、職員に名札を着けさせる命令などがある。

③職務命令に対する部下の審査・・これは、上司の命令が無効である時、つまり、職務命令に重大かつ明白な瑕疵(かし。法的に完全な条件を備えてない状態。つまり、違法)がある場合には、部下はこれに従う義務がないということだ。但し、困ったことに法律には抜け道もあって、「職務命令に取り消さなくてはならない瑕疵がある時、あるいは有効な命令かどうか疑わしい場合には、職務命令は一応の有効性の推定をうけるので、職員はその取り消しが権限ある機関によっておこなわれるまでは、その上司の命令に従わなければならない(となっている)。

 上に示した二つの悪しき事例は共に、市長が違法を主導し、市担当職員がその行為が違法になることを知りながら“共犯者”となって違法を実行したもの。しかし、地方公務員法では「公務員は職務を遂行するに当たり法令や条例、規則、要綱などに従うべきである。又、職務命令は法令等を遂行するために発せられるものであるため、職員は上司の命令に従わなければならない」とされている。しかし、「上司が法律に違反する職務を命じた場合は、その職務は無効であり、部下はこれに従う義務はない」とされている。ただし、「その違法な職務命令を取り消す可能性があったり有効な命令か疑わしい場合は、それが取り消されるまでその命令に従わなくてはならない」とされている。つまり後者はその命令が違法かどうか判別できない職員の場合を言っていると解釈できる。

 だから、地方公務員法の下、地方公務員である自治体職員が守るべきことは、前者の「公務員は職務を遂行するに当たり国の法令や自治体において制定された条例、規則、要綱などに従うべきである。又、職務命令は法令等を遂行するために発せられるものであるため、職員は上司の命令に従わなければならない」。

 もっと解りやすく言うと、「公務員は職務を遂行するに当たり国の法令や自治体において制定された条例、規則、要綱などに従わなければならない。又、上司の職務命令は法令等を遂行するために発せられるものであるため、職員は上司の命令が法律を順守したものならば従わなければならない」ということです。

 だが、「上司の発する命令が法律に違反していた場合、その命令は無効となり、部下はそれに従う義務はない」ということでもある。


 お分かりかな、全国の行政職員の皆さん。何でもかんでも上司の命令だからといって仕事を進めてよいということではないですぞ。市長命令でも、それが明らかに違法ならば「これを実行に移せば違法業務になります。改めなければ私は市長のこの命令に従えません」と、拒否すべきだと覚えておいてください。

 重複しますが、結論として、上に例として挙げた室戸市の二人の市長が主導し担当課職員が行った二つの違法な事業について、市職員はいくら市のトップである市長の命令であろうとも同調して同じように違法行為を働いてはいけなかったのです。

 16年に指定管理者条例を作成したのは、企画振興課の職員。17年5月にミクプランニングに市長にノコノコと付いて行ったのも企画振興課の同じ課長ら職員。自分たちが作ったルールがあることを十二分に知っておりながら、平気でそれを自分たちが破るんだから世話がない。とにかく話にならない。

 この議案が違法だと知りながら議会も通すんだから、同じように話にならん。

 そして、20年、21年、22年と私に違法を指摘され、違法の改善策まで提案されながら逃げ続ける市長も市長だが、担当課長も地方公務員法第32条を解っていなかった。いや、法律は解っていながら市長に逆らうと左遷されて冷や飯を食わされると考え、保身のために平気で破ったんです。彼らの魂胆・思惑はすべて解る。

 議会の1週間ほど前、議会事務局の図書室で届けた質問内容を担当課長に説明していたところ、5議会、6議会とこの違法の改善を求める私に堪りかねて、私の右に座る課長はいきなりこう叫んだ。
 「企業誘致やに、もうえいやないか!そこまで言うかえ!」と。

 しかし、課長も相手が悪かった。即座に私は彼にこう叱責した。
 「なに、じゃああんたは、企業誘致だから違法でもいいじゃないか、地域振興だから違法でもいいじゃないか、観光振興だから違法でもいいじゃないか、健康福祉に寄与するから違法でもいいじゃないかと言うのか! えーっ! それに、いま言ったと同じ言葉を議会答弁であんたは言えるのか! 企業誘致だから違法でもえいやないかと!」。

 当然、課長は黙り込んでしまいました。

 当たり前です。20年8月の事業を想起した時から違法と認識しながら県に補助金申請をし、議会では違法を隠し続けて20年9月議会から23年3月議会まで虚偽答弁を繰り返して違法を改めず、更にその上、日頃から市長が課長の自分に向かって言い突っぱねていると同じことをオウム返しで「企業誘致だから違法でもいいじゃないか!」と議員に向かって腹を立てる。そんな筋の通らない不公正なことを私に言える勇気があったら、私じゃなくて、小松市長に向かって堂々と言えばいいこと。それが、上司である市長には言えないから、痩せていて見た目がひ弱そうだからと私に言ったのだろうが、議会で一番違法行為を許さない論客の私に言うとは身の程知らずだと思ったものです。

 地方公務員であっても、上に示した地方公務員法を盾に取り市長に向かって言ってやればいいんです。市長も元市職員、公務員に対する違法な市長の命令は無効であり、その命令に従う義務はないことを知っているんだから。その事業運営が違法だと知っていて命令しているんだから。

 行政職員も自分の保身ばかり考えず、首長の違法行為を質すぐらいの勇気は持ってほしいものですね。でも、無理か。明日からハローワークに行って職探しをしなくてはならなくなることを考えれば、退職するまでは「我慢、我慢の子であった」か。

 最後に。

 本当に全国の地方議会には左翼に1名、右翼に1名と、警察官を二名ぐらい置かないと、違法が大手を振って歩いています。そうしておいて、地方自治法や条例等に違反した議案や行為があれば首長であろうが議員であろうが関係なく、即刻逮捕するようにしよう。(※注 「左翼」と「右翼」の言葉は私が指すように、もともと議場の左側に座っている議員たちを称して「左翼」と言い、議場の右側に座っている議員らを「右翼」と言ったことが語源)


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、2月17日(金)付けGooブログランキング(168万4562ブログ)中、3854位でした。

 このような行政と議会についての“あるべき論”となると読者が増えるのを見ると、全国には地方政治と地方議会に関心がある方が多いとよくわかります。正しい行政運営、そして正しい議会運営が行われていない事例は多く聞きますが、住民のためにも本当に良くしたいものですね。そのためにも「正しい政治とは何たるか」をよく解った人に首長と地方議員になってほしい。じゃないと、首長と議員のなれ合いだけで政治をやられては、住民が被害を受けるだけですもんね。

地方議員研修講座(9) 政治家は国士たれ

2012-02-13 | 政治家のあり方
 これは私が地方議員としての職務を始めたときからずっと思っていたことですが、小さな町の地方の政治家たちを見ていると、“欲”ばかりが目につく。

 まず目につくのが、政治の場に着任することで得られると考え発揮する「金欲」。次が、これも「金欲」に関わるが、報酬が2万円増える委員長や副議長になりたいとか6万円増える議長になりたいという「出世欲」。そしてこれも「金欲」に関係するが、首長を取り込んで政治の裏で不正な利権・利益誘導に動くなど権力を笠に着ての「権力欲」等々。政治家になっての住民から負託されている職務を遂行することよりも、大多数の議員が何がしかの、こういう地位や金や権力に関わるものばかりに目的があるのではないか。

 今も申したように、そういう議員の行動は毎月“お給料”を頂いている住民から負託された“行政のチェック”など政治的職務は二の次、三の次になっていて、行政の業務調査や財政をはじめとして行政業務全般についての勉強などをしているのは、議会の中でほんのわずかの議員だけ。

 政治家たちは住民のために職務優先で働きそういう「欲」を全部捨ててしまえばいいのに、自分にはもともと議員としての“地力”がないことを自身が知っていることもあってか、どうしても「欲」の方が勝り、金欲、出世欲、権力欲などを捨てずに優先させてしまっている。

 私は市会議員時代、考えがあって初当選の最初から委員長になろうとしなかった。その理由は明白。元々私には、そんな金欲や出世欲、権力欲がないためです。あったのは、私が長い間行ってきた地域づくり活動を見ていただいてもお分かりと思うが、ただ「この高知県東部地域が元気になってほしい、室戸が元気になってほしい」と思っていることだけ。今もその意識は同じ。

 ですが、みんな委員長や議長になれば報酬が2万円、6万円増えるという理由から、自分に委員長や議長にふさわしい品格や知識など能力があろうが無かろうがお構いなしに、委員長や議長になりたがった。しかし、私はこう考えていました。

 この委員長とは言わば会議の行司役。・・・ということは、委員長は質疑はできない。とならば、違法や不正が行政にあっても問い質すことはできなくなる。これでは住民の負託にこたえられない。・・・という問題が発生することを重視して、私は議員任期の8年間、委員長職に背を向けてきた経緯がある。だから、逆に言えば、質疑できる議員の立場でい続けたことによって議員として務めた8年間ずっと、住民の負託に応えることができたと言えます。(これらのことは、私の行政調査活動で接し議会での発言を見ていた平成15年から現在まで室戸市役所の課長及び課長補佐を務めた皆さんならば、よく知っておられるだろう)

 そんな時、これら私が議員時代も議員を退職した今も考え続けていたことに関連するいい評論を見つけたので、全国の地方自治に関心が深い皆さんにご紹介しておきたい。現職の首長と地方議員の皆さんは自分の間違った行いについて他人から意見されることを特に嫌がり避けますが、それらの方々は特に真剣に考えていただきたい。

 元総務大臣・片山善博氏とともに私が尊敬しているのが作家の藤原正彦氏です。その藤原氏が週刊誌『週刊新潮』に随筆「管言妄語」を連載しています。1月だったか、その「管言妄語」に「国士は消えていく」のタイトルで上のような出来事について書いていた。その一文を、喫茶店においてあるこの本を読んでいて「私が思っていることと同感だ」とうれしくなり、さっそく書店に行って買ってきたので、一部ご紹介する。

藤原正彦・「国士は消えていく」

 数学者の世界で、出世欲とか権力欲と言った欲望に支配されるような人をほとんど知らない。私の先輩には、せっかく東大に入りながら、尊敬する先生が地方大学に移ったということで自分もそこへ転学した人がいた。あくまでも学問が中心で偏差値による格付けなどは気にもとめない。利己的なまでに学問中心だから、ある助教授などは、数学教室から急十昇進を要請されながら、「今日中になると雑用が多くなって研究に差し支えがでる」という理由で昇進を拒否してしまった。確かに教授になると、教室主任を始め教室運営の責任を負わされる。(中略)私もこういった委員をいくつも押し付けられていた時期には、研究に全力を打ち込めなかった。だからある教授は他大学から移籍を請われた時、「助手待遇という条件なら移ってもよい」と答えたという。数学者にとって、じっと考え続けられることのできる環境こそが重要で、地位や金や権力などはほとんど眼中にない。ただ名声欲はある。目覚ましい研究成果を上げて名声を博したい、大問題を解決して数学史に名を刻みたい、という気持ちは恐らく誰でも持っていると思う。
 
 対照的に、ほとんどの政治家は出世欲や権力欲に突き動かされているようだ。昨日まで熱く語っていたことを周囲の形勢がちょっと変わっただけで平気で翻意してしまう、などというのは日常茶飯だ。こういう光景を見ると私などは驚き、地位や出世や権力を目指す人生とは何なんだろうとつくづく考えてしまう。恐らく政治家を志したときは「国家国民に尽くしたい」と健気に思っていたはずだ。それが「そのためには地位と権力が必要」、次いで前段を忘れ地位と権力が目的化してしまうのだろう。西郷隆盛は「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るものなり。この始末に困る人ならでは艱難(かんなん)を共にして国家の大業(たいぎょう)は成し得られぬなり」と言った。日本が今、本当に欲しているのは始末に困る人、すなわち国士だ。西郷は機を見るに敏な人々により葬りさられた。この国で国士は、地位を上げるにつれ徒党をなす権力亡者たちに煙たがられ、ついには左遷され、排斥される。だからこそ国士を貫こうとする人はめったにいない。政治の不毛がいつまでも延々と続くわけだ。

 
 私は「その通りです。著名な作家先生にこんなことを申しては失礼ですが、藤原さん、あなたは物事の何たるかが解ってらっしゃる、よく言って下さいました」と感じ入った。

 室戸市の政治関係者と室戸市民の皆さんはこの文章をどういう思いでお読みになったでしょうか? まるで、地位や金や権力に媚びない“始末に困る人”の谷口總一郎のことを書いているようにお思いになりませんでしたか? 文章の最後の方の「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人」である議員の谷口は「(西郷は)機を見るに敏な人々により葬りさられた。この国(町)で国士は、地位を上げる(議員として知識と能力を高める)につれ徒党をなす権力亡者たちに煙たがられ、ついには左遷(選挙妨害)され、排斥される」と続く個所なんかは、全く私のことを指し言っていると思いませんでしたか?

 西郷さんの言葉について詳しく知っているわけがありませんので、少し調べました。それを基に知ったかぶりして解説しておきたい。

 明治維新の英傑・西郷隆盛は、その言葉を伝える『西郷南洲遺訓』で「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。此の始末に困る人ならでは、艱難(かんなん。困難に遭い苦しみ悩むこと)を共にして国家の大業は成し得られぬなり」と述べている。
 これは、「命も名誉も財産も何もいらないというような人には困ったものだが、そのような人でなければ、困難を分かち合い、国家的な大きな仕事をすることはできない」、「自己の利益や自己の保身をいっさい前提をしない、まったくの無私の精神に基づいた政治家の出現がいまこそ望まれる。そのような境地に立ってこそ、真の改革を果すことができる」と説いたもの。西郷隆盛(西郷南洲)が『西郷南洲遺訓』の中で山岡鉄太郎(山岡鉄舟)を指して言った言葉とされる。

 藤原先生は、「ほとんどの政治家は出世欲や権力欲に突き動かされているようだ。昨日まで熱く語っていたことを周囲の形勢がちょっと変わっただけで平気で翻意してしまう、などというのは日常茶飯だ。こういう光景を見ると私などは驚き、地位や出世や権力を目指す人生とは何なんだろうとつくづく考えてしまう。恐らく政治家を志したときは「国家国民に尽くしたい」と健気に思っていたはずだ。それが『そのためには地位と権力が必要』、ついで前段を忘れ地位と権力が目的化してしまうのだろう」と言っておられる。

 でも、私だけは藤原先生が言うところの“ほとんどの政治家”ではなかった。室戸市では“ほとんど”以外の市会議員である私だった。

 出世欲は無かったし、権力欲もありませんでした。

 あったのは現地・現場主義で、私個人が職務の基本としている「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」の精神で働くことだけだった。

 そして、九州柳川の掘割を復活(水路再生事業)させた公務員・広松伝さんの言葉「プランニングに机はいらない。必要なのは足と目と、土地の人と対話する耳と口、そして何よりも土地の人の気持ちになり切る心である」を胸に、ほんとうに真面目に働いてきた。

 目の前の今やるべき仕事をやるべき時にすぐに実行に移し明日に先送りしないことと、人の話をうのみにして信用したりせず自分が現場に立っての周辺調査と関係者からの取材(聞き取り調査)を最も重視した。これも夜遅くまで働くトラック運転手時代と雑誌記者時代などの職業経験が活かされたもので、人生は楽することばかり追わず、厳しい世界でいろんな経験を積んでおくものだなあと思っている。

 これまでの議員だった8年間だけみていただいても、ただ住民のために尽くすことだけを考えて働いていたのは、私に価値ある一票を投じて下さった328名の室戸市民の方々が一番よく知っておられる。

 行政業務の調査活動に励み、行政運営が正しく行われているかを厳しくチェックし、市長と担当課職員3名が東京の大企業に出向いて行った不正な事前交渉を察知し綿密に調査した上で議会において暴露したり、市長と担当課と県市町村振興課が一緒になって行った地方自治法違反・県補助金条例違反の違法業務を暴露し追及してきた。又、まちの負債を明らかにしないことを問題視してデータを収集し住民に公表してきたし、まちの衰退のバロメーターである人口減少のデータを調査したうえで今後予想される減少の推移なども住民に広報してきた。

 そういう田舎町の貴重な「国士」が、「議員としての能力を上げるにつれ徒党をなす権力亡者たちに煙たがられ、ついには左遷され、排斥され」たのである。

 「だからこそ国士を貫こうとする人はめったにいない。地方政治の不毛がいつまでも延々と続くわけだ」と、藤原氏は説く。

 だいたい大学の教授や評論家には、自分に政治家や地域づくりの実体験がないのに上から目線でその分野全てのことが解っているようなことを政治家や地域リーダーに向け語るのを聞いて笑ってしまう例が多いが、作家・藤原正彦氏も政治家の実体験がないのに、この方は物事をよくわかっておられる。

 こんな地方の小さな町の政治体質まで解っておられるんだから。実体験のある私が言うんだから、それは間違いない。

 最後に。「でも、私はまだ政治的に死んではいない」。

 大阪維新の会に応募して国会議員を目指してみようかな。(笑)


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、2月13日(月)付けGooブログランキング(168万3295ブログ)中、4062位でした。たくさんの皆さんのご訪問、誠にありがとうございました。

凋落の一途をたどるテレビ業界

2012-02-11 | 書籍・新聞・テレビ
 最近のテレビ番組は、地デジもBSも面白くないものばっかりで、うんざりしている。

 現代物の韓国ドラマは親子喧嘩ばっかりだし、時代劇も奇抜な衣装がウソ臭い。日本の弘法大師や平清盛がいたと同じ時代に朝鮮においてあんなにきらびやかな衣装をみんなが着ているわけがないし、宮殿や町並みを見ても美しすぎるのがウソ臭い。平清盛は1118年に生まれ、1181年に没している。NHK-TVの「平清盛」のあの汚さや汚れが正しいだろう。

 (「龍馬伝」の岩崎弥太郎の家のあの汚さなんかの描き方は丸っきりの嘘だった。平清盛の生きた1100年ごろの時代と違い、幕末の時代(~1867年)にほこりが舞い上がる居間であんなふうにみんなが食事をするわけがないし、いくら貧乏をしている家でも掃き掃除や拭き掃除ぐらいはする。だから、「岩崎家は貧乏な家」というように脚色したかったのだろうが、あの演出もウソ。
 それと、坂本龍馬は高知の城下で生まれ育った男で、岩崎弥太郎はそこから40キロ近く離れた五藤家が治めてきた安芸の「井の口」という集落で生まれ育った男。だから、ドラマの筋書きを簡潔にするためにあのようにこの二人が幼きころから共に高知城下で友達として育ったとNHKは描きたかったのだろうが、描いてはいけないウソだった。あのような脚色とも言えないウソの演出は、幕末以来長い間に作り上げられてきた坂本龍馬の足跡と同様に、現代の人々に間違った歴史認識を植え付けるものとしかいえず、歴史をゆがめるものでしかない。だから、歴史をドラマ化するにしても、もっと史実に沿って演出する方法がいろいろあろうと思っている。
 但し、兵庫県知事の言うところの「神戸の海の色はもっときれいだ」なんて抗議は幼稚で、ちゃんちゃらおかしい。その程度の「空の色が汚い」とか「海の色がもっと青かった」とかは、どうでもいいことだ。そんなことを言う間があれば、もっと兵庫県の業務運営に悩み苦しみ精を出すことです)

 ということで、韓国ドラマは基本的に全く見ないんだが、当家の奥さんがご多分にもれずソン・スンフォンやソン・イルグクなど韓国ドラマの男優を好きになってしまっている関係で、食事時など嫌がおうにも見てしまう。だから、きっと「ソン」が付けば好きになるんだろう、私の勘違いかもしれないが。

 そして、地デジに移行してからは地デジに限らずBSの方も通販番組を筆頭に、本当にコマーシャルが多すぎる。あの多さには呆れるが、あれはいったい何なんだと思う。

 その理由は簡単。企業の広告料がなければ視聴率が上がらない、視聴率が上がらなければ企業から広告料が取れない。この悪循環があって、テレビ局の経営安定のためにやっているのだ。例えば、ニュース番組の中の一つの事件や出来事を伝えるのも映像のさわりを1秒見せ、コマーシャルを5本ぐらい入れ、そして又その出来事のさわりを1秒ぐらい見せ、そしてまたコマーシャルを5本ぐらい見せ、そうして「ようやくかな」と思っているとじらし続けた出来事は後回しにして別の出来事をいくつか放送して、またコマーシャルを入れた後、やっと最初に1秒見せた出来事のニュースを放送する。以前は無かったそんな姑息な手法を最近のテレビ局はよく使う。

 とにかく、やってることが姑息で、悪質。

 こんな想いを持つのは私だけじゃなくて、全国のテレビを見ている人たちみんなが知っているし、「腹が立つ」とみんなが思っている。まさか、このことについてテレビ局の社員が「国民はそんなことには気づかず、大人しく見ている」なんてことは思ってなく、「わが社のテレビを見ている国民はみんな怒っている」と知りながらも、会社を倒産させるわけにいかないからいたしかたなくコマーシャルを連発しているのだろう。

 とにかく、10年ぐらい前はこんなこと思ったことはなかったのに、今のテレビはとにかくコマーシャルが多すぎる。何とかならないか。

 そこで名案がある。これはいつもうちの奥さんに言っている話だが、午後7時からの1時間番組に例えると、今は番組の視聴者が注目するシーンになるとコマーシャルを入れ、それが済むと少しだけ同じ注目するシーンを入れ、またコマーシャルを入れ…と、コマーシャル中に他のテレビ局にチャンネルを変えられたくないからと視聴者を弄ぶような手法を取っている。それを、番組の中にはコマーシャルを1本も入れないで、1時間番組の最初の10分か最後の10分を「コマーシャルタイム」として確立させ、残り50分を番組タイムにする。そうすれば、国民は新聞のテレビ番組表を見てコマーシャルタイムは見ないで好きな番組を時間に合わせて見るので、どのテレビ局にも苦情を言ってくるものは一人もいない。

 名案だと思うが、いかがか。それじゃ誰もコマーシャルを見てくれないか。(笑)

 又、いまや“安普請”で安上がりの番組ばっかりで、うんざりしている。“安普請”とはインスタント、つまり、手短に作った番組を指す。安上がりとは何を指すかと言うと、10年ぐらい前から徐々にだが、お笑いタレントばかり集めてワイワイ騒ぐ軽い番組が目に付きだした。この原因はコマーシャルが多いこととリンクするが、お笑いタレントは安い出演料で賄えることから、そういうお笑い系のタレントばかり集めて騒ぐ番組作りが多くなった、というわけだ。

 これらのことをトータル的に考えてみると、いま雑誌業界も新聞業界も広告収益が不足し経営存続に四苦八苦しているが、このテレビ業界もご多分にもれず収入不足に陥っているため、番組内で放送するコマーシャルをできるだけ増やし、番組はというと盛り上げてくれる安上がりの人をたくさん呼び番組を作り、経営を安定化させる。そういうことだ。だから、それを見ている国民もそんな事情がテレビを見ていてわかるが、軽薄短小の番組ばかりだから、どんどんテレビ離れしている。そういう事情が経営をますます圧迫するから、ますます広告料を上げるために営業は走り回り広告契約を撮ってきてコマーシャルを垂れ流している。そんなテレビを見て又“お客さん”である国民はいやになり、テレビを見るのをやめる。視聴率が下がると、企業は広告を出してくれなくなり、テレビ業界はどの局も赤字経営に悩む・・・・。ということ。

 それと、もうひとつ、これは以前この電子情報誌でも書いたが、コマーシャルになると声(音量)が高くなって腹立たしい。これは電波法とかなんかで通常の番組中の音量規制がコマーシャルになるとその気精一杯に高くしてもいいことに為っていることからきているそうだが、そんな緩やかな規制は止めてコマーシャルも通常の番組と同じ音量に規制すべきだ。

 このコマーシャルの時に音量が高くなる問題について、アメリカでは問題になり改められたというニュースを先に書いた記事でも紹介した。日本も早くそうすべきだ。

 又、アナログから地デジになったことによって映像はきれいになったが、地デジ電波は短いから高知県内のテレビ局しか見えなくなってしまい、大いに不満に思っている。これまで見ていた関西の方のテレビ局の番組が全く見えなくなってしまって、民間は高知放送(日本テレビ系)、テレビ高知(TBS系)、さんさん(フジ系)の3局だけ。高知県内のテレビ局のローカルニュースなんか、全く面白くない。それに引きかえ大阪周辺の番組はよかった。読売テレビ(日本テレビ系)、毎日放送(TBS系)、関西テレビ(フジ系)、テレビ和歌山(テレビ東京系)・・・4月から10月までのプロ野球中継や5時から7時までの大阪を中心とした政治関係の評論と討論など、中身の濃さが違う。高知県内のどのテレビ局がかかっていってもとても歯にかからない。

 そういう不満もあり、関西の方のテレビが見えなくなってしまうことには反対だったが、去年2011年7月24日の期限ぎりぎりまでアナログを見ていて、やむなく期限間際の7月初めに電気屋さんに来ていただいて関西からのアナログ電波をひらっていた大型アンテナを地デジ電波を拾う方向に向け直してもらった。だから、今の自分の思いとしては地デジでも関西の方のテレビ局の番組が見えるようにしてもらいたい、又はもう一度アナログに戻してほしいというできもしない時代に逆行するような思いでいる。国の光ネット事業によってつなげばケーブルテレビで関西の方のテレビが見えるのではないかと思っていたが、高知県内で行っているケーブルテレビは高知県内のテレビ局の番組しか映らないとのことで、このインターネットも富士通のWindows7で以前の機種よりも早くなったため、光ネットにつなぐメリットがなくなり、光ネットの契約は断念した。もし室戸市のケーブルテレビで関西方面のたくさんの局の放送が見れるようになれば考えたい。そう思っている。

 この他、日本の人口減少もテレビ業界の経営に影を落としていると言える。室戸市は毎年500人前後の人が減少していて、あの夕張市と同じように全国の市では減少率トップクラスと先日も書いた。日本全体でも1億2000万人からどんどん減っている。国の政治家の無能ぶりを毎日テレビで見せられているが、あの姿を見ていてもこの日本が世界に誇れるような国になっていくとはとても思えません。あなたもそう思っているでしょ? これも最近書いたが、国や地方の政治家の無能ぶりによってこの国の人口は減少し、破滅に向かって進んでいると言える。その経過の中で、ロシアと中国に領土を取られ、侵略されることになるでしょう。愚かな日本の政治家たちの所為で。

 こういう時代経過を考えればテレビ業界の凋落なんかちっぽけなことですが、庶民は日頃からそんな他国からの侵略なんか関係のない世界で生きているから、テレビ番組にコマーシャルが多すぎるとか、コマーシャルになったら音量が高くなってうるさいとか、番組が軽薄すぎて面白くないとか言いいながら生きてゆきます。

 でも、そんなテレビにも面白い番組がある。今、はまっているのが、火野正平さんが自転車に乗って旅をするNHKの「日本縦断 こころ旅」という番組です。毎日、午後6時45分からの「カーネーション」を見て終わるとすぐ、午後7時からこの番組が始まりますが、毎日欠かさず見ている。

 この番組はいつから始まったのか知りませんが、以前からチャンネルを変えているときにチラチラと見たことはあった。で、昨年の夏ごろだったか、九州は熊本あたりを走っているところを見てからはまってしまいました。特に注目しているのは、火野さんは高い所にある橋が嫌いなところ。見ていてかわいそうになる時も。ですが、意外とタフ。62歳になるらしいが、エライ。芸能界の中で60歳を超えた人で自転車をあれくらい乗れる人はあんまりいないでしょうね。それと、意外とやさしい。若い女性に優しいのはテレビ番組で見て知っていたが、手紙を頂いた人の懐かしい場所に向かって旅をし目的の場所に座って辺りの美しい風景を眺めながら手紙を読むとき、時に涙を見せ、一言語りかける、あのラストシーンはこの番組の良さが凝縮されていて、とってもいい感じです。

 火野さん、今は中国地方編から九州地方編の再放送をしていますが、4月からは千葉県から北海道の方に向かうそうですね。これからも体に気をつけながら頑張ってください。毎日見てますよ。

 それと、「カーネーション」も毎日見ています。2月からは三人娘の方に重きを置いて番組は進んでいますが、大阪らしさが出ていて、面白い。戦前戦後に糸子が商売人になって行くところは戦前の昭和18年に銘木製材所を始めた私の父の商売ぶりとオーバーラップして、その商売に熱中していく様が非常に興味深かった。3月に「糸子」は金井克子さんに替わるが、長女の優子と次女の直子が最後まで喧嘩して番組を盛り上げてほしいと思っています。北村役の「ほっしゃん。」もなかなか胴に入った演技で、いい味出してます。

 見ての通り、じっくりと番組作りをしているのがNHKで、即席で安上がりの番組ばかり作っているのが民間放送ということになる。当然先に廃れていくのが民放で、最後まで残るのがNHKだ。理由は簡単。国民から視聴料金をもらっている上に、“国営放送”として国から予算配分があるから。

 この国が衰退の一途をたどっているのは間違いないが、教育がダメになってしまった所為で若者たちは今楽しかったらいいと汗をたらしながらの仕事には就かなくなったし、かつての日本の技術力は他国に後れを取り経済はダメになったし、国を見ても地方を見ても政治家は不勉強で無能な人が多いし、周辺の中国やロシアなどからはスキあらば攻めるぞと狙われているし、それに国民は将来に望みを持てなくなって子どもを生まなくなってしまっている。

 全ては政治の所為、知識と経験のない無能な政治家が多い所為だ。

 国会での質疑応答を見てもそれはわかろう。


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自らが先頭に立て

2012-02-08 | 地域づくり活動
 私はかつて1990年(平成2年)9月から1998年(10年)1月まで取材記者、カメラマン、全て手書きページの編集人、訪問販売員、発行人などをすべて一人でこなし月刊として地域雑誌『あおぞら』を発行していました。この雑誌は、私が昭和61年から開始した地域おこし活動の経験を基にしてそのあるべき姿を訴え続けた地域誌で、当時は毎月、まちづくりのあり方に関する記事を何かを想起するたび連載のように書いていて、それらをこの『あおぞら』の最終号(第87号)として平成9年12月に発行した単行本『土佐のいごっそう地域論』にまとめた。

 今日ご紹介するのは1992年(平成4年)6月に発行した第20号の誌上に掲載した記事。記事の内容は、地域づくりはまず自分が先頭に立ってこそ値打ちがあるもの、自分が矢面にたってこそ評価に値するものだとの教えとして書いたものです。尚、文中の年代などの記述は記事を書いた平成4年5月当時のものと解釈してお読みいただきたい。


≪突然ですが、何事をするにも他の人と一緒になってやらないと不安だ、という人がいます。

 原因は人それぞれ色々あると思うが、まず考えられるのは「経験がないから」ということ。そして、「苦労を一人で背負いたくない」、「みんなとやると負担も責任も分散で来る」、「自分が赤字を負担しなくて済む」、「一人でやるほどそのことについて一生懸命になってやる気はないが、友達や異性が来るからグループに入っておこう」など、理由は千差万別だろう。

 この中で、「経験がないから」というのは仕方ないにしても、地域おこし活動においては後者の考え方を持つ人では少し困ります。“その他のスタッフ”もイベント当日にはありがたいが、やはり、自分から何かやってみたいという気持ちを持っていないと地域づくり活動は成功しない。いつも「他力本願」ではこの土佐の国は良くならない。

 よく聞くのは、「仕掛人」という言葉。(※平成24年の今、あまり聞かなくなったが)

 私は地域おこしのイベントなどでいうところのこういう「仕掛人」の立場にしか立てない人が大嫌いです。それは、一言で言うと、責任を取らないからです。責任転嫁、責任回避する人ばかりで、それでいてスタッフの中では一番偉そうにしているから。

 そこで「仕掛人」と呼ばれる人間はどういう性格を持った人間なのかと辞書を引くと「仕掛人」という言葉はなくて、「仕掛ける」があった。そこには「①し始める ②仕向ける。行動に出る ③準備する」とある。

 そこで、ここでいうこれらの意味を地域おこしでよく使われる「仕掛人」に当てはめてみると、①の「し始める人」というよりも、②の「仕向ける人」と言う意味の使われ方の方が多い。で、「仕向ける」をもう一度、辞書で引くと、「相手にあることをするように働きかける」とある。だから、「仕掛人」とは、「自分が先頭に立って働くのではなくて、相手にあることをするように働きかけるだけの働きしかしない人」と言うことになる。

 つまり、この記事でいう「仕掛人」とは、先頭に立ってやり始める人」のことをいうのではなくて、「横から、後方から仕向ける人」のことをこう呼んでいるんです。

 だから本来、「いよー、仕掛人」などと呼ばれると腹立たしいものですが、偶に「あの人がこのまちおこしイベントの仕掛け人です」と新聞やテレビなどマスコミで取り上げられると納得してしまって喜んでいるのには、可笑しくなってしまう。なぜなら、先頭に立って、全ての出来事の矢面に立って活動している人を指して「仕掛け人」とは言わないからです。

 それが例え、そのイベント等の活動をその人が仕掛けたのであっても、仕掛けて先頭に立っている人ならば「仕掛人」とは呼ばずに「実践家」と呼ぶだろう。だから、仕掛けて、先頭に立たずに責任も取らない人は、所詮、「仕掛人」でしかないといえる。

 くれぐれも言っておきますが、地域おこし活動をしておられる方は周りから「仕掛人」と呼ばれてうれしがらないで頂きたい。

 何が問題かというと、「仕掛人」には失敗した時に責任がない、いや違う、「仕掛人」にも失敗した時には責任があるんだが、責任を獲らないという点に問題がある。本物の地域リーダーならば、まず自らが先頭に立ち、その一つのイベントのすべての責任を自分が持つぐらいの勇気がほしいし、また、そういう形がないと成功も内と言える。

 次に、もう一つ聞く言葉に、「黒子」というのがある。

 平成4年2月に富山県氷見市で開催された同県主催の地域づくり会議「裏方さんの夜なべ談義」に参加して、地域づくりに関してはリーダーが情報交換を行うことが非常に効果的だと考え、高知県内ではまだ一度も開催されていなかった地域づくり全国大会をこの年に室戸市の国民宿舎を借りて開催しました。その「四国地域活動交流会議」には全国から87名の方々が参加して下さった。

 会議参加者の中に徳島県内のある町職員がいました。その方が言うに、町役場の職務に関連して住民の地域づくり活動を支援していると言い、「今は黒子に徹したい」と話していたが、言っていることに何か違和感があり、釈然としませんでした。どこが疑問だったかと言うと、公務員が自分が担当する課の職務に関連して住民の地域づくり活動を町役場の予算を使って支援しているのに、「私は黒子に徹したい」という点。自分は役場に勤務して国民や徳島県民、そしてその町民の税金が原資である町予算から給与を貰い職務をしている立場なのに、一般住民が地域づくり活動をしている時に言うようなことを言っていて、根本的に考え方が間違っていたこと。

 こういう考え違いは如何にも公務員的で、地方公務員だけじゃなくて、国家公務員もやってしまう。

 だから、先の「今は黒子に徹したい」も、「ほんとうは私が私の町の住民が行っている地域づくりの仕掛け人ですが、今は黒子に徹したいと思います」と言っていると解釈できる。

 言っておきたいことは、国家公務員も地方公務員も同じで、国民や住民からお給料をもらっている職にある限り、その職務を全うしてそれでプラス、マイナス、ゼロで、「その事業はおれがやってやった」なんて自慢事は言えないと知るべし。だから、公務員の職にある者は表(生えある場)へ出ずに「黒子に徹する」のは当たり前である。しかし、どうしても首長や行政職員や地方議員など公務員は「私があの施設を作ってやった」とか、「私があの道路と水路を作った」とか、「私があの住民たちの行っているイベントの仕掛け人」なんて見当違いのことを言いたいし、そんなおごり高ぶりがある。

 そこで、この「黒子」とは何を指すのかとまたまた辞書を取り出して引いてみたところ、「黒子」(黒衣)とは「歌舞伎で、黒い着物を着た、役者の後見人」とあった。

 だが、これは芝居の世界の話で、世間で抽象的に使われている意味ではない。では本来、巷で使われている意味はどうなのか。

 それでは「役者の後見人」と言うからと、「後見」を引いてみた。これには、「①人の後ろ盾となって世話をすること ②代理や補佐をする役目」とある。これを「後見人」に当てはめると、①が「世話人」、②は「代理人」、「補佐役」の意味になる。

 だから、地域づくりにおいての「黒子」とは、「助ける役、補佐役」の意味と、「これまでいろいろあって疲れたから表舞台にはあまり出たくない。出ると、自分への風当たりが強くなり、自分にとって都合の悪い不利な状況が生まれる恐れがある。役場内での昇進にも響く。こう考えている人物」という意味だと解釈できる。

 又、「後見」の意味の①は今でいうところの「裏方さん」で、地域おこし活動の分野では重要な位置を占めるが、先に示したこれまで町の地域づくりに関わってきた町役場職員の言う「今は(「これからは」の意味)黒子に徹したい」とは、②の方の気持ちが強く表れた言葉。

 その町役場職員からこう聞いた時に私は、「あー、そうですか」の一言であとは何も言わなかったが、内心、「黒子に徹すると言うが、ならば、あんたは役所に勤めていて、これまでどれだけの一流のことをしてきたんだ。町役場の仕事である業務を行い、その代償として住民からお給料をもらいながら地域づくりの仕事もやらせてもらっていただけなのに、それじゃあ、まるで住民の中で先陣を切って、身銭も切ってまちおこし活動をしていた人みたいじゃないか、でも違うでしょ? それと、あんたは自分が行政マンの仕事の一環として給料をもらいながら住民が行っている地域活動の支援をしているだけなのに、値打ちをつけて黒子に徹するなんていうが、あんたはただ飽きたからやめたくなっただけでしょ?」と思いましたね。

 大したことのない人に限って、その途中でこう大見得を切るし、大見得を切って去ってゆきます。

 これらのことから学ぶことは、いつも自分のいる立ち位置は明確につかんでおくことと、実績を踏まえた発言をすることです。

 公務員がよく見当違いをすることは、住民から毎月給料をもらって国や県や町の税金を使って公的な職務に従事していることなのに、住民に対して行う業務(これを「住民サービス」なんて言うから勘違いするんだ)を「してやっている」と思っている公務員が如何に多いことか。よく基本を勉強して認識を改めてほしいが、公務員は住民に雇用されている立場。だから、頑張って仕事をして、それで当たり前。頑張らなければ、それは給料泥棒になり、税金の無駄遣いと言ってもいい。又、行った業務が大きな成果を挙げても、それも当たり前のことだから、自慢してはいけない。

 国家公務員も地方公務員も同じです。

 だから、国会議員や地方の政治家など国や地方の政治に関わった人間がよく褒章をもらっているが、国や地方の県や市町村から毎月給与や報酬をもらっている立場の人間たちになぜ勲章を与えるのかと、毎年その時期になると怒りにも似た気持ちになる。

 公的な職に就き給与や報酬をもらっている立場の人間は、職務の代償として既に毎月、国民、住民の税金を原資とする金をもらっている。そのことは疑いもない事実だ。そんな人間が、その上になんで褒美を与えるに値するといえるのか。いくらその首長や議員が町や村の地域に貢献したからと言っても、その人には町に貢献してもらうために税金を使って首長と行政職員には「給与」という褒美を与え、議員には「報酬」と名のつく褒美を既に与えてあるではないか。その上に何で更に褒美を与えてやる必要があるんだ。

 国の褒章というものは国内外の日本人で、芸術や文化、スポーツ、技術などに優れ、公的な職になくて税金から給料をもらった過去がない人に与えるべきもので、長年、税金で飯を食っていた人に与えるべきものではない。

 これらのことを関係者はよく覚えておいてほしいし、考えてほしいものだ。

 さて話を戻すが、地域づくり活動においてのこの二つのタイプ、「仕掛人」と「黒子」に該当する人物では決して、この高知県の元気を表現することはできません。早く言えば、どんな職業においても、偉くもないのに段取りばかりして本来の自分がしなければならない仕事をほったらかしにしている人はいるものだから、皆さんも良くお分かりと思いますが、相方としては当てにならないというか、信用できないんですよね。

 そして更に、ここに二つの言葉がある。

 高知県が進めているふるさと創生事業のキャッチフレーズ「自ら考え、自ら行動する」。

 そして、もう一つは、故ケネディ大統領就任時の有名なフレーズ、「(前略)だからこそ、米国民の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい」というもの。

 このどちらもが「自らに問い、自らが発想し、それを基に自らが先頭に立って行動を起こしなさい」という教え。それがたとえ一人の行動、運動であっても、地域に何がしかの貢献をすることができますよ、という意味だ。

 「一人では何も出来ない」とか「一人でやっても成功はしない」と考えていては何をやってもダメで、「自分がやれる精一杯のことをやれると思い、汗と、時には涙も流し、少しでも高処(たかみ)を目指し頑張ってみる」、そういう気持ちで他人を当てにせずにやってみれば、長年の夢もきっと達成できるだろう。

 以前こんなことがあった。

 昭和63年だったか、ジャズ喫茶をやりながら地域活動を実践している私のところに県東部、中芸地区(5か町村)で地域おこし活動をしている人たちが来て、地域活動の拠点となる建物を自分たちの力だけで建築しようという計画が持ち込まれた。それを私にも手伝ってほしいという話だった。

 私が喫茶店を開業したのは昭和61年2月でしたが、その翌月の3月のこと、高知新聞に本社への異動が決まった室戸支局長がコラム「土佐あちこち」に書いた「文化果つる町、室戸」という室戸の文化の低調さを嘲笑ったような記事が掲載された。30歳代は高知県展で8年間入選を重ね一応は県展作家として活動してきたこともあって、その記事に怒りを覚え、その記事をきっかけにして私は精力的に文化活動を開始しました。

 そのように映画会だコンサートだと、地域おこしと呼ばれている町の文化活動を続けていた関係から、「室戸の谷口にも参加してもらおう」となったのだと思う。

 私の店にやってきた田野町や奈半利町の人たちの話を聞き、私は「その建物をみんなで建てることが地域おこしの地域PRになるし、完成すれば拠点となって地域おこしに関わっている人たちの会議の場、情報交換の場になる」と考え、「よしっ、それは面白い話だ、やろう」と大いに賛同し、うちの店で室戸での第1回目のミーティングは終わった。

 そのみんなの帰り際、本当に冗談のつもりだったんですが、「みんな、やり始めたからには途中でやめたりしなよ」と笑いながら、会議に出席した人たちに声を掛けたものでした。

 それから約2週間後、2回目の会がうちの店で持たれた。集まったのは6人。最初の会議には15人ぐらいの人で店は大賑わいだったから、初めから変な予感がしていた。そして、この計画を企画した二人がおもむろに話し始めました。「実は、あの計画だが、私と彼はいろいろな世間のしがらみがあるので、表立って活動できない。それに私の知人のAさんも『その計画は無理よ。やめちょきや』というし」と、計画を全面的に中止しようと言う。(※注:「私」は商工団体の職員、「彼」と「Aさん」は公務員)

 彼らの名誉のためにこれ以上、詳細に書くことは止めるが、その時に考えたのは、地域づくりにおいて、計画し経費を計算していざやろうと決めた後に赤の他人である部外者に「やめちょけ」と言われたからと、男がいったんやると決めたことをそんなに簡単にあきらめられるのだろうかと思いました。

 そんなに我が身が可愛ければ、なぜ発起人として先頭に立ったのだろうか、そんなリスクは初めからわかっていることなのに。

 やろうと決めて動き始めたときに誰かが「そんなこと無理よ。やめておけ」と言ったからとすぐやめてしまうぐらいなら、なぜ彼らはそんな大きな話を多くの人にして集めたのか。

 この時期、このことについていろいろと考えを巡らしました。

 要するに、この地域活動の拠点づくりの計画は最初からその九分九厘を私たち民間の人間にやらせて、彼ら公的な職にある者たちはもともと先頭に立つ気はなくて、「仕掛人」のつもりだったのです。そのことを周りの「よしっ、やろう」と参加した後発の人たちは知らなかったのである。彼ら、計画を立ち上げた中の二人は、さいしょから「自ら考え、自ら行動する」のではなくて、「自ら考え、他人に行動させる」つもりだったのだろう。

 ですが、思うんですよ。そんなにみんなが楽ばかりしてちゃあ、この土佐は良くならないぞ、と。

 みんなが考えてばかりじゃ、矢面に立ち行動する人間は一人もいないってことだぞってね。

 「解ってんのか、おみゃあ」って。

 日本全国、地域おこしだ、まちづくりだって活動している人はたくさんいるが、その大半の人たちは、家庭の無理解、自腹を切って作った借金などによる金銭的な苦労、睡眠不足、休日不足など、多くの悩みやリスクを抱えながら、両肩にはそんな重い荷を背負い、それでも自分の町や村が良くなるのならと、元気になるのならと思い、やっているのである。勿論、無給でだ。決して公務員の仕事のように、給料をもらいながら町や村のことを考え行っているのではない。

 「そんな辛いことは、いや」、「アイデアだけ出して他人にやらせる仕掛人がいい」、「裏で指図する立場の黒子でいたい」、「しかし、町は元気になってほしい」では、考え方が甘すぎます。又、「あの谷口さんと一緒に活動してたら一つ済んだらすぐ次とやりまくるから、堪らん」と言った人もいた。

 こう「休みなくやるべき」と言えば、意欲に欠けた人は、「そんなまちづくり活動は、ちょっとしんどいなあ」と言うかもしれませんね。 

 一生懸命が嫌いな人にとっては、そうかもしれません。

 でも、そもそも地域づくり活動とは「楽しい」から始めるものですが、いつまでも「楽しみ」の中にあれば遅々として地域づくりは進展していかないだろう。やはり熱中して、余所の市町村の人たちに負けないように頑張り、余所の市町村の、県外の人たちを自分たちの活動ぶりで感化させるぐらいの考えを以って、「高知県はすごい。地域活動なら、高知に行って学んで来い」と言われるぐらいに行動を高めないと、だめ。

 最後に私が言いたいことは、公職にある人とまちづくり活動をする人たちは、みんなが我欲を捨て、もっともっと我が身を痛めつける根性と先頭に立つ勇気を持てということです。(こういうことは、理解できる人は理解できるが、理解できない人はいくら説明しても解らない)≫


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作品「烏帽子岩」の制作報告(3)

2012-02-06 | 私の絵画制作活動
 1月18日から描き始めた作品「烏帽子岩」(P100号)もようやく終わりに近づいてきましたので、読者のみなさんにとってはどうでもいいお茶を濁すような話題ですが、今日はその制作報告をさせていただきます。

 (現場の写真)  
  

 (下描き)
  

 (完成真近の作品)
  

 作品に描いた場所は、高知県は室戸岬、空海(弘法大師)と名乗る前の若い修行僧・如空が修行した御蔵洞(神明窟)がある場所の、国道を挟んで海側にある烏帽子岩周辺の風景。

 朝も早い、午前8時ごろの朝陽が上って少しした時間の海岸を、北を背に南向きに描いたものです。写真では少し赤が強く出ていますが、作品の実物は朝日を受けた表現からもっとオレンジがかっていて、小生独特の線描と相まっていい感じに仕上がっています。

 ここで少しだけ、修行僧・如空について書いておきます。

 『室戸市史』によると、宝亀五年(774年)に生まれた如空は吉野大峰で修行した後、四国にわたり阿波の大滝寺で修業。やがて人里まばらな四国の東海岸を南に向け辿りたどりして室戸崎にやってきます。そして、荒磯のほとりにある御蔵洞(みくろどう)で苦行修行を積む。やがて室戸崎を去ることになるが、この室戸の空と海において開眼したことから名を「空海」を名乗るようになります。

 如空と室戸岬に関しては、あの有名な「星が口に飛び込む」という話がある。そのことについて、『壒囊鈔』(あいのうしょう)にこうあります。

※注1【塵添壒嚢鈔】(じんてんあいのうしょう)・・・ 室町時代の百科事典。20巻。著者未詳。天文元年(1532)成立。「壒嚢鈔」に「塵袋(ちりぶくろ)」から選出した201項を増補して、俗語の起源、寺社の縁起、故事・故実などを解説している。

≪土州室戸ノ崎ニ入、求聞持ノ法ヲ修シ玉ヒ、明星口ノ中ニ飛入テ仏カノ奇異ヲ示シ玉フ、是ヲ海ニ向テ吐出シ玉ヒシニ其光水底ニ沈テ今ニアル、云々、彼所南前ニ見エ渡リテ遠ク補陀洛(ふたらく)ヲ望ミ、高岩傍ニ峙テ遥カニ鉄国山ヲ限リトス、云々、又和語ヲ詠シ御座シケリ、法性ノ室戸ト聞ケト我住ハ有為ノ浪風寄ヌ日ソナキ。≫

(土佐の室戸岬に入り、求聞持法を修めしたまいし時、明星が口に中に飛び入りて、仏が入ったかと思うほど奇怪なことだと思った。そこで、その明けの明星を海に向かって吐きだしたところ、その光は海の底に沈んでしまいました。ここから南の方の海を見渡すと遠くに補陀楽が見え、高岩(修行している御蔵洞の前に見えるビシャゴ岩のこと)のそばにいて遥か彼方に鉄国山まで見えている。・・・・)

 後半の文章については小生解読でき申さじ故、皆さまが頭をひねりひねりして読解していただきたく存じ奉りまする。

※注2【補陀洛】(ふだらく)・・・正しくは 「補陀楽渡海」(ふだらくとかい)

※注3【平安時代】・・・794年~1192年 【室町時代】・・・1336~1573年 

※注4【空海と平清盛の時代】・・・空海の人生は平安時代初期の774~835年(51歳で没)、平清盛は平安時代末期の1118年~1181年(63歳で没) 

 如空が修行の旅の途中に室戸岬に来たのは、24歳の西暦798年という説ともう一つ、19歳の793年という説がある。いずれにしても、これほど1200年以上もたった大昔の話。空海が室戸岬に来て修行したことは、空海24歳の延暦16年(797年)12月1日に成立したと記載されている『三教指帰』(さんごうしいき)にも記述されており間違いないから、その5年の違いなどまったく問題にならない。

 作品は、まだ少し手直しをしないといけない部分が何箇所かありますが、ま、目鼻は付いてきた、というところでしょうか。

 昨年7月に35年ぶりに筆を握って描き始めてこれで100号の大作ばかり7作目の完成に近づいていますが、他の作品同様にこの絵も今年10月の県展開幕の直前に手直しをして出品ということにあいなります。


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人生、照る日、曇る日

2012-02-03 | 政治家のあり方
 何年か前の高知新聞「小社会」の冒頭に次のような故事が紹介されていた。

《中国・清末(清時代の末期)の政治家・軍事家で、太平天国の乱平定に活躍した曽国藩(そうこくはん)がこんな言葉を残している。

「収穫を問うなかれ、ただ耕耘(こううん)を問え」

 成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要、という意味だ。(後略)》

 そして、記事の最後は、「はたしてブッシュ大統領の採点は?」の問いかけになっている。

 小生、三国志についてはもちろんのこと、中国の清の時代の政治に関してもまったくと言っていいほど知らない(自慢できることではないが)。この曽国藩という人物の名も初めて聞くし、この言葉、いわば教訓めいた故事も初めて聞いた。「耕耘」については、調べたところ、田畑を耕すことをいうそうだ。

 そこで、自問した。まちづくり活動を実践してきたこれまで二十数年の過程を振り返って、「収穫は問うなかれ、ただ耕耘を問え」の言葉のように、“結果を追い求めるのではなく、どのくらいの田畑を耕してきたか”、いかに遮二無二努力してきたかと自らに問うてみた。

 色々とありました。まちづくり活動を始めたのは、昭和61年。それからはずっと自分の家庭を重視せず、顧みずに二の次とし、喫茶店の売上げの中から次から次へと、そしてそれでなくても赤字状態の地域雑誌の売上げの中からもお金を出しながら、町おこし活動を続けてきた。

 儲けにならない事が分かっていても8年あまりの地域雑誌づくりにしても、また最近出版したジオパークと重伝建の二冊の本にしても、本当に自分の家庭のためになっているかと問われれば、なっていない。むしろ、その度、その度に家の借金になり、それを数年かけて返済してきている。

 そんな状態だったので、いまでも思いだすが、地域づくり活動を始めた頃に、中学生だった娘から「お父さんは自分勝手や」と強く言われたことがあります。自分は頑張って町のために尽くそうとしていることでも、家庭にとっては何のためにもなっていないことを、痛烈に娘から批判された。

 私は、その通りだと思った。

 でも、その娘が地元の高校を卒業し岡山の大きな会社に就職して数ヶ月たった夏ごろに送られてきた手紙の文面が、忘れられません。

「高校生の時は良心に反抗ばかりしてた。ごめん。なんか、あの時はお父さんが苦労しながら喫茶店をしたりまちおこし活動をしたいることが理解できなかった。でも、自分で仕事をし初めて、やっとその意味がわかったような気がしています。お父さんが町のために頑張りよった意味が、こうして自分が働き出したことによって、いま初めて解かったような気がします。好きな仕事ができるというのは、人が生きていく上では一番大切なことだし、だからこそその仕事を自分のものにすることができるんだろうなと思いました。
 私は働き始めてからいやいや仕事することもありました。いつやめようかって、いつも考えていました。でも、なんか、友達が仕事を辞めて室戸に帰ったと聞くたびに『私は絶対に途中で弱音を吐きたくない』と思って頑張ってきたんです。それを上司が解ってくれたのかどうか解らんけんど、よく可愛がられています。なんだか居心地がいいんだな。これからもここで働ける限りはおらせてもらうつもり」。


 その時のこんな言葉で、少しは救われた気がしたし、さすがおれの子、(土佐で言うところの)“カンキ”がある(負けん気が強い)と感心したものです。

 話が少しそれてしまいましたが、いま60歳を過ぎてこれまでを振りかえって思うのは、地域づくりの活動を始めた頃から支えとしていた言葉がある。誰の言葉でもない。これも「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」と同様に、私自身が想起した言葉です。

 特に地域雑誌を出版していた時の仕事は、夜寝る時間を減らし、飲食など遊行の機会を極力断って、全てをこのまちづくりに賭けた生き方をしていて、その頃に一つの言葉を思い浮かべ、それを何か支えのようにして活動の二十数年間を生きてきた。

 それがタイトルにした、「人生、照る日、曇る日」

 わたくし如きがえらそうなことは申せませんが、良く言えば“悟りの境地”、またある面、“開き直り”ともいえる。「まあ、長い人生だ。こんな日もあらあ」と。

 意味するところは、「一所懸命に努力して働いていても、人生は良い時もあれば、悪い時もある。外的原因、内的原因によって、良くなったり、悪くなったりする。でも、悪い事があっても挫けず、怠けず、正直に、頑張って前向きに生きていたら、その内、また良い事がある」ということです。


 だから、何事をする時でも休まない。自分に自信がないから、ずっと毎日働き続けます。休む時間や休める日々のある議員になってからも、毎日、何かに取り組んで仕事を続けてきた。それは又、自分ひとりの勝手な判断で休む事が、市民の意識や感覚に立ち考えて見れば、間違いなく負託に応えていないことになるから。だから、毎日何か議員としての仕事か、先の地質写真集や今回の町並み画集の発行など、地域リーダーの一人としての仕事に取り組んでいた。

 休めば、「人生、照る日、曇る日」が、「人生、曇る日、嵐の日」になることが分かっているから、休まない。

 私自身が自分の全てを信用しているわけではないから、休みません。(この観点から言うと、休んでばかりで議員としての仕事はあんまりしないどこかの市会議員さんたちは自分のすべてを信用しているってことでしょうね)

 60歳を過ぎるといつ死を迎えるか分からないと悟っているから、休まず走り続けている。いつまでも命があると考えるほど欲深くは無いから毎日、休まない。

 「収穫を問うなかれ、ただ耕耘を問え」。(成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要)

 議員でなくても、身銭を切って市民活動を実践している人ならば、成果を求めず、継続した努力をすることが大事です。ならば、「人生、照る日、曇る日」、“成果”は必ず向こうからやって来る。

 但し、いつ何時も身銭を切ることが無く、“収穫”を急ぎすぎるためにすぐに行政の補助金に頼る人たちは、その限りではない。金づるである行政からの金が途絶えれば、間違いなく努力しなくなり、早晩、やめてしまいます。

 行政とは年度末になると国や県からのお金が余ってきたからといってムダな税金の使い方をするクセがあるが、そんな悪癖は廃止し、住民グループへの補助金の支援ももういい加減に止めることです。

 そんなのは甘えを生むだけで、自立には決してつながらない。そういう“深情け”な行為はその人たちの“成長”のためにならない。何の継続的な効果も生まないし、却って、行政によってその土地に依存体質の人間や団体を生み、育て、増殖させてしまうだけだ。

 「可愛い子には旅をさせよ」というではないか。行政が住民に本当に地域力を付けてもらいたいと思ったら、冷たくして突き放す方がむしろ「住民力」がつく。

 さすれば、性急に“収穫”を求めない、ただ夢中で“耕耘”に励む人がたくさん生まれ、育つだろう。


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