青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

人口減少が原因で衰退する室戸市

2012-01-31 | 地方のあり方
 1月30日の昨日、国立社会保障・人口問題研究所が2060年の人口が8674万人にまで減少するとする「日本の将来推計人口」を公表したのは皆さん注目してご存じのことでしょう。

 でも、それについては、我が室戸市の人口減少だけですが、小生が市議時代の平成15年から毎年のように室戸市の市民課で調査し得られたデータを基に表やグラフを使って私が独自に発行していた議会報『青空新聞』の誌上において全市民に向けて広報してきたことですから、こんな話はさほど驚くほどのことではなく、室戸市民の皆さんはもうすでに何年も前から知っておられると思います。

 それが、この『青空新聞』の記事。

        

  

(このグラフの部分)
  

 見ての通りです。このように室戸市民の皆さんに「あなたの今やっているご商売も町の人口減少によってやがては立ち行かなくなるので、私が作ったこの人口減少のデータを考慮しながら商売の将来像を考えてくださいね」とお知らせしてきた。

 このように町の先行きを心配して独自に人口減少の数字を調査した上で新聞を作り市民に警鐘を鳴らすなどの活動を行ってきた室戸市議会議員は他におらず、昭和34年に市議会が設置されて以来、初めての取り組みでした。

 その紙上においては、「2015年には市の人口減少が13500人になり、2020年には11500人になり、2025年には9500人になり、2030年には8000人になり、2035年には6000人になり、2038年には5000人になり、2043年には3000人の町になり、2048年には1200人になり、2051年にはついに人口はゼロになる勘定だが、減少というものはある程度ソフト・ランディング的に先に延びるので、完全に町から人がいなくなるのは2055年になる」と市民に伝えてきた。

 つまり、人口が14000人を切った状況にある今の2012年(平成24年)以降、3年後には13500人(既に私が推計した数字は超えて、およそ12500人と思われる)、8年後の2020年には11500人、13年後の2025年には9500人、18年後の2030年には8000人、23年後の2035年には6000人、26年後の2038年には5000人、31年後の2043年には3000人、36年後の2048年には1200人、そうして今からわずか43年後の2055年にはこの室戸市から人はいなくなってしまう。

 年度別の人口動態も平成22年度までだが公表した。

  

 (この表の一部)
  

 個人的に議員活動の一環として市の担当課でデータを集め、議員事務所に帰ってきてグラフを作り、そしてそれを基にして新聞を作り市民に公表し始めたのが、平成17年の5月からでした。そうして毎年4月になると同じように市の担当課に行ってデータを収集してきて下にあるような毎年の人口減少の表を更新して作り、市議選で落選した23年春まで市民にこのことをお伝えしてきた。

 以上はそういう推計。

 でも、きっと昨日公表された国立社会保障・人口問題研究所の「将来推計人口」と寸分違わないはずです。なぜならば、室戸市の現場に住みその現場で調査した数字を基にはじき出した人口減少の数字だからです。

 この人口減少について改めて書き記すことはありませんが、室戸市に住んでおられる一般市民の皆さんはもちろんですが、市内で商いをしておられる方々は特にこの人口減少をもっと強く考えることです。市内からのお客さんをあてにしてばっかりじゃなくて、市外からお客さんを来てもらう工夫をもっともっとすることです。それができない店や企業は“明日は我が身”で、廃業や倒産の憂き目に遭いますよ。

 でも、みてると、安芸市や高知市の商店主や店員はみんなちゃんと挨拶ができるが、室戸市の店の店長や店員はまともに挨拶すらできない。その基本がなっていない主人から教育もされない。そんな店舗としての勉強不足という事情もあって、室戸市民の大多数の人が奈半利や田野町のスーパーや安芸市の店、遠くても高知市の店に買い物に行っている。勿論、市職員や教員など公務員の皆さんも人の子、市外に買い物に行く。

 みんな、商品が安い店へ、商品の品揃いがよくて選べる店へ、接客対応のいい店へと行っている。こんなのは普通に考えても、当然の現象といえる。

 室戸の商店がこれに歯止めをかけることはできないし、かと言って、資金力がないために安芸市や高知市などにあるような大型店の真似もできないから、ますますその流れに歯止めはかからなくなる。

 だから、室戸の店にいま言えることは、“基本に立ち返り、商売人は商売人らしくすること”。これは今更の話で「さー、今日から・・・」といってもなかなか難しいことですが、そうするしか「人口減少+挨拶できない+勉強不足+品揃いが悪い」のハンディーをカバーすることは不可能。

 簡単にできることから伝授すれば、まず「最低限なすべき挨拶をちゃんとしなさい」ということ。

 次に「お客さんの前では絶えず笑顔でいなさい」ということでしょうか。

 辛くてもしんどくても、そうすることです。それもお給料支払いの中に入っているものだから、そうすることです。

 社長もそう、店長もそう、勿論いつもお客さんの前でいる店員もそうすることです。室戸市以外の店に負けないようにするには、それからまず始めることです。

 良いことをするのに“遅過ぎる”ということはない。「隗より始めよ」という言葉もある。


 もうひとつ指摘しておきたいことは、町のこの急速な人口減少は遠洋マグロ漁業という室戸の基幹産業の衰退が大きな原因とは言えるが、これまでの室戸市の政治に関わってきた歴代の市長や市議ら政治家の能力不足と職務怠慢、予算の無駄使いに無頓着などに因るともいえる。やがて市政の足を引っ張ることになる大型公共工事に町の政治家たちが無頓着という地域性も問題だし、市の債務がいくらあるかも知らない市長や市議がいたし、もっと問題なのは、反対に市のその債務がいくらあるか知っていて財政の健全化を言ってこなかった元市職員の議員もいる。

 市政・議会の全体を見渡すと、「今さえよければいい」「自分が市長の時だけ、自分が議員の時さえ良ければいい」と考えているとしか見えない政治家がいる。いわば、町の経済が衰退していることから人口が減少していてそれで商店主も市民もみんな悩み苦しんでいるのに、一方、市政においては、腹立たしいことに、にこにこ笑って政治に携わっている政治家たちがいるという状況がある。

 だから、町の政治家が原因で室戸市の人口減少にブレーキがかからないとも言える。


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地方議員の心構え

2012-01-30 | 政治家のあり方
 議員たる者、如何にあるべきか。いまや議員職から退職した身ですが、これまでも今も、地方議員が地方議員としての職務が如何にあるべきかを知らないまま議員職を続けていますので、よけいなことだと言われるでしょうし、この電子情報誌で何度も書いてきたこですが、ここで再度明確にしておきたい。


 私ごときの話では信用していただけないと思うので、今日は地方議員の“バイブル”として名高い“議員のバイブル”『議員必携』から一部引用して紹介する。選挙に出馬しめでたく当選され、現在地方議員の職にある皆さんは全員、このことを心におきながら任期の4年間、真面目に仕事をしてその職務を全うして頂きたいと思う。

 『議員必携』のP326に「議員の心構え」がある。その中の「5、住民の声や心を代表する」には住民とのかかわりについてこう書かれている。


 ≪議員は、住民の代表者である。それは、住民が考えていること、思い願っていることのすべてを代表するということである。

 大きく叫び、強く訴える組織やバックを持った住民の声は容易に把握できるが、地域社会の片隅にいる弱者の声、組織を持たない住民の小さい声、特に声なき声やため息は聞き取りにくい。住民と行政との橋渡しをすべき議員は、そうした大きな声、小さな声、声なき声、ため息すべての声を把握してこれを代表し、住民の心情をつかんでその心で物事を考えることが大事である。

 議会の傍聴者が少ないから、また、行政に対する苦情も聞かれないからといって、住民が行政に関心がないとか、行政が適正に運営されていると考えるのは早計である。役所には弱く、行政に対しては比較的従順な日本人的体質があることを忘れてはならない。

 「大衆は大知」という言葉があるように、住民は案外よく知っており、行政についてもいろいろと思い、考えており、また、学ぶべき知恵や知識を持っているのである。

 議員は、常に住民の中に飛び込んで、住民の声や心や知恵をつかみ、それを議員の声、心、そして知恵として力強く代表する心構えが必要である。

 住民とともに喜び、住民とともに涙する血の通った信頼される行政ができるかどうかは、このような議員の活動に待つところが極めて大きいと言わなければならない。≫



 しかし、選挙に出て初当選してから何期にもなるのにずっと議員の参考書であるこの『議員必携』の本を手にすることなく、3期、5期、10期と、議員としての勉強もせず任期をただ重ねているだけの議員が何と多いことか。

 室戸の有権者の皆さん、あなたが投票して議員にさせてしまった人もそうじゃないですか?

 特に選挙前の戸別訪問で有権者に「議会では私が一番、行政知識がある」などと自慢して回っていた元市職員の議員がいましたが、40年余りにわたる長い公務ゆえの“行政慣れ”から性格は横柄になってしまい、その長い間に得た知識を基に行動に起こすこともなく、議員とは如何にあるべきかの勉強もしない。だから、議会閉会日の表決では違法な議案にも不正な問題を含む議案にも「何が正しくて、何が間違っているのか」が理解できないから賛成ばかりしている。

 更に悪いのは、自分たちが元いた組織である行政に対してはとにかく温情的。行政の業務に問題ありと理解しているのに、深く厳しくチェックをしないばかりか、違法や不適正と解っても批判しないし議案にも反対しないことである。

 そうして何年たっても議員の職責を果たせないでいる。つまり、仕事ぶりが“なあなあ”。つまり不適正にも、行政に勤務する元部下の職員と狎れ合っているのである。

 とにかくこの世には、地方議員になっても、当選して議員になることが目標の議員が多すぎる。

 『議員必携』に書かれている「議会の傍聴者が少ないから、また、行政に対する苦情も聞かれないからといって、住民が行政に関心がないとか、行政が適正に運営されていると考えるのは早計である。役所には弱く、行政に対しては比較的従順な日本人的体質があることを忘れてはならない」について考えてみても、議員とはいかにあるべきかがわかろう。住民が行政批判をしないからといって、行政が適法、適正に運営していることにはならないことを議員がもっと深く認識すべきだとこの議員に向けた教本は言のである。

 「議員は、住民の代表者である。それは、住民が考えていること、思い願っていることのすべてを代表するということである」についても、当電子情報誌は何度も書いた。

 住民は日々忙しく、行政のチェックはできない。そのため、その役目を議員という住民の名代を選挙で選ぶのである。住民の声を行政に届け、尚且つ、住民が許さない違法や不適正な行政運営は議員が止めなくてはならない。

 「おい、俺の変わりに行政のチェックをして、もし違法行為などがあればお前が止めるんだぞ」と。
 そうやって議員は議会に送り出されていることをいつ何時も忘れてはならない。当選後、1年経とうが2年経とうが、3年経とうが、10年経とうが、30年経とうが、決して忘れてはならないのである。

 だから、もし議員になってもその役目を果たせず、“寄らば大樹の陰”的に、そして“長いものには巻かれろ”的に流されるならば、議員選に立候補してはならない。

 選挙で当選して議員になることだけが目標の人は、絶対に出馬してはなりません

 また、議員とは4年間に住民やこの改革派議員から何度も何度も批判される立場だから、議員として何も仕事ができなくて批判されるのがつらければ、また批判されて腹が立つのならば選挙に出ない方がいい。議員として四六時中働く人だけが選挙に出るべきだ。

 文中に「大衆は大知」とあったが、その通りで、住民は優れた知恵を持っている。議会内外で起こったことは住民は知らないだろうと思ってもそれは浅はかと言うもので、住民はどの議員が4年間仕事をして、どの議員が仕事をしないかをよく知っている。

 「住民とともに涙する血の通った信頼される行政ができるかどうかは、このような議員の活動に待つところが極めて大きい」ともある。違法な行政運営を続ける首長と、それを解っておりながら、見て見ぬふりしてスルーする議会。その陰では住民が痛手を負っている。

 血の通った行政と、行政とは距離を置き住民の声を聞いて働く議会。そうなる日が待ち遠しい。

 そうできるかどうかは住民の判断にゆだねられている。その時は近い。


 議員たる者、如何にあるべきか。

 とにもかくにも、地方議員は議員のバイブル『議員必携』を熟読すること。読むだけではなくて、頭で考えて、その本の教えを基に実際に行動に起こすこと。

 ちょっとちょっと、そこのあなた。議員のあなたのことですよ。知らん顔をして横なんか向かず、真正面を向いて、住民のお金である市の予算から毎月あなたの通帳に振り込まれてくる報酬分以上の仕事をするためには『議員必携』の教えを守って毎日働くことです。報酬分以上を働くことがいやなら、議員を辞職すべきです。

 私の言っていること、間違っていますでしょうか?

 全国の賢明な皆さんはいかがお考えですか。

 金のことを言っては汚いかもしれませんが、労働とは、その仕事ぶりに対する代償として給料が与えられているもの。当然の適正な指摘だと考えます。況してや「報酬」と名のつく議員のお給料。私の申していることに誤りはない。

 だから、申します。

 例えば室戸市議会議員ならば、毎月27万円も市民からお給料をもらっています。その議員が3カ月に一度、5日だけ議会に出かけているだけで良しとしますか? 勘定すれば、1年12カ月で4議会になる。だから、4議会×5日=20日の出勤。ほかに2時間ぐらいで終わる臨時議会が年5回か10回あるだけ。この分を2日分としても1年間では出勤22日。この22日で手取りは26万円×12カ月=312万円になる。他に年2回の賞与合計約80万円。合計392万円です。割り算をすれば、392万円÷22日=17万8千円、つまり議会に出席している日だけで単純勘定すれば、1日議会に行けば約18万円貰っていることになる。つまり、室戸市議の日当は18万円ということだ。

 『議員必携』の教えに従って議員としての職務を遂行し全うすれば上の論に拠らないが、毎議会、ただ議会に出て行っているだけの仕事ぶりでは住民から“給料泥棒”と言われても仕方ない。

 議員だけでなくて首長も同じ特別職公務員だが、公務員となりその仕事ぶりが悪ければお給料を下さっている住民から批判される立場にある。(このことも知らずに市長や議員になった人が多いが)

 市職員から「(「違法や不正なことはダメ」と言ってきた)谷口さんが議会にいなくなってからは議会がすんなり終わるようになった。これが良いことか悪いことかは別にして」と言われているようでは情けないではないか、ナァ議員の皆さん。


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日本唯一の室戸ジオパークの“参考書”『青空地質博物館』

2012-01-27 | 青空編集室
 今、室戸半島の地質が室戸ジオパークとして華やかに取り上げられていますが、ここまで来るには私にも長い間の苦労がありました。

 勿論、室戸市のこの事業は室戸市長や元県議、市議、市職員などが発想した事業計画ではなくて、小生が平成3年に「室戸市再起のための地質観光事業」として創案し地域雑誌誌上において展開、世に提唱し続けてきたものです。室戸市に地質観光事業として取り組んでいただくために平成20年まで巨額の私費を投じて市内外に呼びかけてきた。

 18年間に及ぶ地域雑誌社「青空編集室」のこの啓発事業は、まず平成3年の5月29、30、31日の三日間、室戸市において世界の地質学者が大勢集まっての地質学国際会議「室戸付加体国際会議」が開かれたことがきっかけでした。それは私が平成2年10月に地域雑誌『あおぞら』を創刊して8ヶ月めのことで、この地質会議をきっかけにして安芸郡芸西村から安芸郡東洋町までの室戸半島の海岸にある地質に、私は改めて注目した。

 そして、その会議が終わったすぐ後の平成3年6月、一か月かけて安芸郡芸西村西分の海岸から徳島県海部郡宍喰町の漣痕が観察できる場所までの、室戸半島の海岸にある絵になる特徴的な岩石を取材して回り、7月に一冊丸ごと地質を特集した『土佐の地質』(『あおぞら』第10号)を発行した。それも、地質学では観光客はやって来ないことは明らかだったので、その岩のダイナミックさを目に訴える写真を撮影し、その中から85枚の地質写真を選りすぐり掲載した。

         

 企画趣旨は、この本によって室戸市の行政関係者が「地質観光」に目覚めて事業として取り組んでほしいと考えたからでした。

 個人的なことを明かすと、「印刷代・車両経費・燃料代・写真代・電話代」などの諸経費約90万円と販売部数800部(1部500円)を計算すれば、丸っきりの大赤字でした。勿論、自分の「記者・カメラマン・手書き編集作家・編集発行人」としての人件費などはこれに含まずに。

 でも、行政が室戸の地質に関心を持ってくれたらそれでいいと思って発行した。

  

  

 しかし、行政関係者にもその本を買っていただいたが、地質に関して何にも関心を示してもらうことができず、「あんな岩を観光の材料としてどう“料理”すればいいんだ。岩で観光客が来るわけがない」、当時の市長や議員ら行政関係者はみんな、そう言って取り合ってくれませんでした。

 勿論、当時に私の地域づくり活動を支えて下さっていた高知県地域振興局地域政策課の職員の皆さんでさえ、この地質観光事業(今でいえばジオパーク事業)に何ら関心を持っていませんでした。

 それでも、私は「室戸市は、海岸の地質を観光に活かすべきだ」と考え、訴え続けます。

 そして、最初に地質の特集の本を出してから6年が経った平成9年のこと。地域雑誌出版の仕事も借金がかさみ経営は行き詰っていたが、「どうしても最後にもう一度、本格的な地質写真集を出版して、行政や市民にこの重要性について訴えたい」の想いがありました。

 しかし、問題は200万円ほど掛かる制作費用。どう考えても本格的な写真集の出版は無理だったことから、その写真集出版は断念。第10号の地質特集をパワーアップした特集号『室戸ダイナミックスー青空地質博物館』(第82号)の発行を企画し、平成9年7月に出版した。これも経費と本の売り上げを比較すれば、大きな赤字が残りました。

          

  

  

 それでも、いいと思った。

  

 「室戸の海岸の地質が全国に知られ、観光客が室戸にたくさんやって来てくれさえくれればいい」、そう思った。

  

 この特集号は、平成3年に出版した『土佐の地質』に使った写真に新たに撮り直した写真を加え、合計120枚の写真を使って原価を度外視した手書き雑誌として1000部(1部1000円)を制作、発行したものでした。しかし、これにも行政関係者は関心を示して下さいませんでした。平成3年の最初に出した本よりも内容が充実した室戸の地質専門書でしたが、売れ行きは芳しくなかった。

 そうして、記者としての能力も次第に上がり地域雑誌『あおぞら』の雑誌自体の完成度は高まっていく半面、本の売れ行きはじり貧となり、ウン百万円の借金がかさみ、平成10年1月に止むなく休刊します。


 そんな失意にあったすぐ後、非常に疑わしい出来事があった。地質写真集の話から少し外れますが、聞いてほしい。議員という縛りのある公的な職業から退職して一般市民に戻ったことから、その一部始終を細やかにここで情報公開しておきたい。

 私は雑誌社を閉めた後、地元の自動車整備工場に雇っていただいて営業の仕事に従事していましたが、そのころ、友人が私のところに1枚の資料を持ってきた。「谷口さん、知っちょうけ?」。「Aさんが地質のこんな会を作っているが、この会の名前『青空地質博物館』はあんたが発行した地質の本のタイトルやけんど、知っていますか?」、「それに、地質は室戸ではあなたが一番力を入れてやってきたことやに、なぜこの会にあんたが入っていないの?」と、その会のメンバー表を見せてくれた。

 その資料を見ると、私が命名した本のタイトル「青空地質博物館」を冠する地質を考える会が私が知らない間に室戸に出来ていて、会員は20名ほど、会長にはあの東京大学の地質学教授である平朝彦氏が就任、会員には市議や商工会や観光協会の役員など町のお歴々の名が並んでいた。

 私は自動車修理工場の仕事が終わった後、友人に頂いたその会員のメンバー表を持って、その会を作ったAさんの議員事務所へ抗議に行きました。

 「この『青空地質博物館』のタイトルは私が考えた上で付けた名前です。多分、私が本づくりをやめたから『もう使ってもかまんろ』と簡単に考えたんやと思うが、私の地質の本を見て思いついたとしても、それを断りもなしに勝手につけるのはちょっとおかしいろ。会を作る時に私に相談したうえでこの名前を冠した会を設立するのならまだ理解も出来るけんど、なぜ一言、私に連絡しなかったのですか?」。そう抗議した。

 すると、この人が言った言葉が振るっていた。「谷口さんもこの会へ入らん?」。

 一言も私に謝罪もしないでです。どうも日頃から私よりも自分がエライ人だと思っていて、謝るのがいやらしかった。

 この会はAさんが仕切っている会。だから、この「この会へ入らんか」の意図は、「室戸の地質を観光事業化したいと進めてきたのはあんただと解っているが、そんなことはもういいから、おれの子分になれ」と言っているに等しかった。

 横には奥さんがいたが、思わずこの男の顔をひっぱたきそうになったものです。

 振り返ってこの“事件”を考えると、この人はいつも世界は自分を中心に回っていると考えているとしか思えなかった。話は饒舌だが、その話には心がないし、実がない。法律を守るとか、このように人との仁義に関しては無頓着。かつて頼まれて彼に貢献した人が困っている時、「その日は忙しい」と逃げ、恩義あるその人を助けなかった人だ。

 とにかく、このようにあくまでも謝罪しないところは、室戸市の政治関係者に共通する性格。

 その理由は分かっている。「おれは偉いんだ」の気持ちが強いから、いつも上から目線でいて自分の過ちを謝らない。謝罪すれば、その相手に自分が負けたようになるから。Aさんもその類の一人で、私に謝罪すれば私に負けた形になるから謝罪したくなかったのだろう。これは室戸市長にしても議会で違法を認め謝罪した上で改めれば私に負けた形になるから、あくまでも謝罪しなかった。彼らが謝罪できないのは意気地がないから。だから、逃げるのです。そこに一つ勇気があればもっと理解しあえるんだが、如何せん…。

 勇気と才覚がある大きな人物ならば、自分の間違いはすぐに改め、謝罪できるものだ。

 かつて橋下徹氏が大阪府知事だったころに「人口を考えれば、鳥取県議なんか6人でいいですよ」と発言、これに平井伸治鳥取県知事は反論した。二日後、橋下知事は関西広域連合の会議に出席した平井知事に陳謝します。「大阪から一方的に意見を述べてすみません。暴走した発言でした」と。

 これですよ、これ。勇気があれば、このように謙虚に自分の誤りをすぐに認め、謝罪できるものだ。だから、謝罪し改めることができない市長やAさんら室戸の政治関係者はダメだと言っている。とにかく、自分が誤ちを犯したときは謙虚にすぐ改める。そんな人間に早くなることです。それは自分のためであり、ひいては市民のためだ。

 Aさんの「この地質の会に入らん?」の問いに、私は「この人は私の苦労が何一つ解っていないな」と思い、はっきりと言ってやりました。

 「入らん。勝手に入れてもらっては困る。そもそも室戸の地質を観光に活かそうと自分のお金を投資して訴え続けてきた第一人者は、私でしょうが。私が家にまともに給料を入れることができず女房や子供に辛い思いをさせながらやり続けてきたあの雑誌づくりだったことは、あんたもよく知ってるはずだ。あんたは私のそんな苦労を忘れたのか? その私の苦労が分かっていたら私を出し抜くようなこんな卑劣なことはできないはずだ」。

「それに、あんたはすぐ人を勝手に自分が作った会の会員にするくせがあるが、私を勝手に会員にしてもらいたくない!」。


 この人はいまだにこのクセが抜けない。他人はみんな自分の言うことを聞いて動いて当たり前だと思っているのか、自分が汗を流さずにいて、何の縁もないのに「あれをやってくれ、これをやってくれ」の頼みごとが多かったし、人の功績を勝手に奪ってしまうクセもある。所謂、室戸市の歴代の行政関係者に多い“パクリ”です。

 先に、私が企画した「全国岬サミット」のアイデアをパクったO総務課長(私のこの企画を手土産に、数カ月後、助役に昇進した)のことも書いたが、彼らはなぜ他人の能力を認め称えながらその人から教えられ学ばないのかと思う。それは、それではその有能な人物だけが人から評価されて敬われ、自分がいつまでたっても成り上がれないから。だから、決して他の人の高い能力を認めないのであるし、他人を陥れる行為を平気でやってしまうのである。そうしてでも、自分だけが成り上がりたい、他の人よりも高給取りになりたいということだ。

 実に浅ましい所業である。

 金や地位に卑しい人間ほどみっともないものはない。

 ついでだから書いておきたいが、私はそんな彼らがなぜ他人のものを“パクる”のかも、すべて解る。それは、私は商売人の子として小学生の時から父親から鍛えられてきたからだ。消費者心理を基にして、彼らの身になって「もし自分が彼だったら・・」と考えれば、彼らの思惑の全てが透けて見えてくる。「自分が注目されたい。でも自分にはアイデアが浮かんでこないし、アイデアを生む能力がない。そうだ、あいつのアイデアを盗んでやれ。それなら楽で、手っ取り早い」。これです。

 人間社会にいて最低限守らなければならない法律・規則・ルールなどは平気で破り、「自分だけは苦労せず、成果や名誉や金が欲しい」、こういう思惑が根底にあるのだ。この町には「違法でもいいじゃないか」と思って政治に関わっている、とんでもない人たちが大勢いる。

 人のものを許しもなく奪ってしまうなんてことは、とにかく悪質で、許せない悪行である。

 アイデアとは、いろんな文化的な勉強を積み重ねてこないと浮かんでこないものだ。20年、30年と、自分の金で本をたくさん買ってきて、読み続けること。ムダな内容の本もあり有益な本もあるが、ケチって本を買わない人にアイデアは浮かんでこない。多くの職人や技術者から教え学ぶこと。そして、たくさんのお金を無駄にしながらも、いろんな経験を積むこと。お金がもったいないからと行動しない人に、能力や技術は付かない。自分の個人的な何十年にもわたるこういう日々のムダにも見える行為や鍛錬が足らないから、アイデアが生みだせないのである。

 全国の地方自治に関わる人は特に、このことを覚えておいてほしい。そして、人のものを断りもなく盗んだりしないように。


 さて、あまり楽しい話ではなかったですね。話をもどしましょう。

 そんな事件があった後、私は平成15年に市議となりますが、平成19年の秋、高知新聞にユネスコが「世界ジオパーク」という事業を始めたと記事が載り、室戸でも地質観光への関心が少し高まってくる。そして、その翌年のことです。それまでに国交省や全国の地質学関係者から先に発行した私の本、『土佐の地質』と『室戸ダイナミックスー青空地質博物館』が注目されていたこともあって、20年3月に高松市で開催された国交省主催の四国ジオパークの会議に国交省職員から呼んでいただいて、参加した。

 それを機に、議員活動も怠ることなく積極的にこなしながら、6月議会の前から私にとっては3冊目になる地質の本『青空地質博物館』の出版を計画。室戸半島の本格的な地質写真・細密画集として20年7月に発行します。(1冊2200円。ご注文は谷口總一郎まで)

    

 これは、資金もない中、本当に清水の舞台から飛び降りるような命がけの思いで作った写真集ですが、現在、特に日本地質学会や日本ジオパーク委員会の関係者、大学の地質学者の皆さんから高い評価を受けていて、私も非常にうれしく思っています。

 先日は、自然地理学・地生態学の第一人者で日本ジオパーク委員会委員でもある東京学芸大学の小泉武栄教授から「いい本だ。友人にも差し上げたいから5冊送って下さい」と注文が来て、感謝を以って送らせて頂いた。

 室戸の地質を知る本は世界にこの1冊しかなくて、全国的に見ても地元のジオパークを1冊の写真集に収めて発行した書籍は他にありません。そんな貴重な本で、現在も特に高知市近隣の方々からの注文がたくさん寄せられています。是非とも、読者のみなさんもお買い求め頂きたい。


 この写真集に要した費用は200万円近い金額になりましたが、それも何とか出版4年目の今年中には払い終える予定。

 出版のコンセプトは、次の言葉。

  
  

 次に、内容も少しご覧ください。

  

  

  

  

  
 
 私の平成3年から20年7月までの地質観光に関する活動には本当に色々なことがありました。でも、日本全体についていうと、ユネスコが「世界地質遺産」という事業を始めたことから、日本ジオパークなど日本の地質学関係者や国交省など国のジオパーク事業関係者がこの「地質観光」を日本の新しい観光事業に活用しようと更にまた本腰を入れて取り組み始め、(但し、「地質観光」先進地の糸魚川市などは既に20数年前から糸魚川ジオパークと名付け、地質観光の事業を進めていた)そういう効果的な“外圧”があって、その動きに突き動かされるように室戸市もようやく平成20年6月から「地質を観光に活かそう」と市の事業に取り入れるようになった、・・・ということです。

 全てはユネスコが「世界地質遺産」の事業を始めたからで、逆に言うと、ユネスコがもしこの事業を行わなかったら、日本の「ジオパーク」事業は活性しなかったと言えます。勿論、私がいくら私費を投じても、室戸ジオパークなんて室戸市の事業は100%無かったということになります。

 このように、私が長く提唱してきた室戸市のこの「地質観光事業」(室戸ジオパーク)も、遅ればせながらようやく20年から市が「地質を観光に活かそう」と事業に取り組み始めました。これは市長のお金を使ってでもなく、元県議のお金を使ってでもなく、市会議員でも市職員のお金を使ってでもなくて、全て国からと県からと市民の税金などを使って事業化しているということです。

 これが、いま室戸市が行っている「室戸ジオパーク事業」の実態です。

 私は、室戸半島の地質が世界に認められそれが室戸市の観光に寄与することができれば、平成3年から全国に広報してきた甲斐があったといえ夢も叶います。ですが、室戸など地方の悪い点は何でもすぐ飽きる地域性。4年ごとの認定審査に関して言うと、次の4年目には認定されるが8年目になると認定取り消しもあると考えている。ここに必要なってくるのは、私が持っているような“こだわり”。これに関して携わっている人の中にこのこだわりを持った人がいるとは思えないので、8年目の認定は危ういと考えています。

 平成3年から先頭に立ってこの地質観光事業が実現するように推進してきた者としては、そうならないようにただただ願っている。

 私は表舞台に出なくてもいい、ただそれだけを陰ながら願っています。

 室戸ジオパークの地質写真集『青空地質博物館』は、高知市では冨士書房、安芸市ではTHUTAYA、室戸市では鍋島書店と室戸岬の室戸市観光協会。この4店においていただいていますので、ぜひお買い求めください。

 県外などの方は下記までお電話ください。
 電話:0887-23-1214
 携帯:090-4506-6343


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 やはり全国各地に点在する貴重な地質をまちおこしに活かそうとするジオパーク事業には皆さん関心が高いようで、長くこの事業実現に向け働いてきた者としては大変うれしく思っています。

 だったら、私の地質写真集もついでに買って!。(笑)

作品「烏帽子岩」の制作活動報告(2)

2012-01-25 | 私の絵画制作活動
 先ごろの記事は県展作家としての私的な芸術活動の報告でしたが、最近では非常に高い閲覧数で、驚いています

 閲覧数アップの要因は主に小生の書く地方政治に関する記事に興味を持って下さってのことと思っていますが、18日以降、昨日まの約一週間は朝9時ごろから午後5時ぐらいまで作品「烏帽子岩」(P100号)の制作に没頭しており、数時間かかる政治や世の中の出来事についての記事を書くことができませんでした。あしからず。

 唯、この世の中、記事にするネタは掃いて捨てる程たくさんあって、そのテーマで困ったことは今まで一度もありません。ですが、今はただただ、この電子情報誌にそのような記事を描く時間があれば、妻に遺すために良い作品をたくさん描くことに使いたい。そう思っています。

 だからここ数日は、政治的な記事を期待してご訪問下さっている読者の皆様にはお茶を濁すような私の作品制作活動の報告記事ですが、ご容赦願いたいと思います。

(下描き)
  

 そうして、完成まではまだまだ遠い、下塗りの段階にある作品です。

  

(部分)
  

 これらの絵はまだまだ人様に見せるようなものではなく、腕を振るっているまだ苦心の途上にあります。だから、絵を描く人だれもがそうであるように、絵が出来上がるまでは誰にも見せたくないというのが普通の考え方だと思います。

 でも、昨年の市議選で小生を支持・支援して下さった貴重な328人の“賢人”の方々にだけは「谷口はこうして、今も老いることなく頑張っているぞ」というところも伝えたい、そう思い制作途中の作品の写真を掲載いたしました。


 私が平成15年の地方議員になるずっと前の地域雑誌を出版していた平成4年頃、上杉鷹山のについて書いた著作をたくさん読みました。鷹山が言ったと伝えられる言葉「為せば成る 為さねば成らぬ何ごとも 成さぬは人の為さぬなりけり」も勿論、深く考え、その言葉は後の人生の指針となっています。かつて市議会では一人会派「鷹山会」として活躍していました。

 唯、小生は人の言ったことや人のやったことからただ学ぶだけでなくて、「そのことは本当にそうなのか?」と一度は疑ってみることにしていて、鷹山のその言葉にも欠けた部分、欠点があるんじゃないかと考えました。例え、それが有名人や歴史上の人物の言葉や行動であってもです。

 鷹山が言ったとされる言葉「為せば成る 為さねば成らぬ何ごとも 成さぬは人の為さぬなりけり」。この要旨は、「何事も、行動すれば成功するが行動しなければ成功しないものだ。だから、成功しないのはその人が行動しないからである」、つまり、言わばこの言葉は動機に関する行動哲学についての教えだと解した。

 でも、それだけじゃ成功しないと私は考え、独自に作ったのが、次の言葉です。

 「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」

 要旨は、「何事も、成功するためには、行動すべき時に行動を起こすことだ。その時機を逸したら成功できるものでも成功できなくなる」、つまり、「今やれることは明日に先送りせず、今日やる」ということです。

 例えば、今、国の政治においても地方政治においてもそうですが、今すぐにやらなければやがて困ることになるという問題を「次の議会に・・」とか、「来年度に…」とか言って先送りしていますね。あのことは何を物語っているかと言えば、選挙に勝つため(利己的な利益)だけを考えて“自分たちは今、辛い目に遭いたくない”とか“今、苦しい目に遭いたくない”との考えから来ていて、所謂、無責任な責任回避。それ以外の何物でもないが、そうして後の世代に今解決しておかなければならない問題をつけ回しをしています。

 だからこそ、私はこう考えました。

 「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」

 「今やれることの全ては今やり、今日中に解決させておくこと」。この言葉は“タイミング”、“時期”に関する行動哲学についての教えとしたいと思っています。

 でも、私の言葉だけでも言い足らない。だから、行動するにおいては、鷹山の言葉「為せば成る 為さねば成らぬ何ごとも 成さぬは人の為さぬなりけり」と私が作った言葉「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」の両方が必要。皆さんは違う考え方をする方もいるでしょうが、私はそう思っている。

 申したいことは、人間、「為すべき時に為すべきことを為せば成る」で、先の市議選に落選したとしても私が室戸市議会では一番議員の職責を全うして仕事をしていたことは疑いもなく、故に、そんな自分だから今できるやるべきことを明日に延ばさず毎日コツコツと行っていれば、きっとまたチャンスはやってくるということ。

 若い皆さんには是非ともこのことをよく学んで活かしてほしいと思う。

 「他の人ができない正しいことでも、自分だけは世相や世間に流されずにその正義を貫き通す。例え、私のようにそのゆるぎない行動によって自分が苦しい立場に追い込まれようとも、正しい主張を唱え続け、正しい道を歩んでいく」。

 子どもたちは何が正しいことで何が間違っているかを良く知っています。でも、その子どもが大人になり年齢を経るごとに“自分が得か損か”で物事を判断し始め、大概の人がどんどんと「何が正しくて何が間違っているのか」の物の見方を捨て「何が自分にとって得か損か」で物事を見始め、判断しだします。バラマキに有頂天になり民主党を支援したあの二年半前の衆院選なんか、その典型的な例と言えます。(その結果、同党に投票した国民はみんな騙されたが)

 純真な子どものころに持っていた正しい心を時が経つ毎に徐々にその大事さを忘れてゆき、自身が知らないうちにどこかで見切りをつけます。(勿論、みんなとは申しません。正しい心を持った大人もたくさんいます)


 「為すべき時に為すべきことを為せば成る」。今できるやるべきことを明日に延ばさず毎日コツコツと行っていれば、きっとまたチャンスはやってきます。私も今、そう考えて再起するときに向かってゆっくりと歩んでいます。これが今の心境です。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、1月25日(水)付けGooブログランキング(167万6823ブログ)中、4443位でした。

作品「烏帽子岩」の制作活動報告

2012-01-20 | 私の絵画制作活動
 昨年12月中旬から描いていてご紹介させていただいた「青空地質博物館シリーズ」の5作目『樹根Ⅱ』(P100号)は一応の仕上がりに至り、あとは今年10月に開催される県展の直前の9月に少し手直しをするばかりになりました。

 (ブラックで下描き)
  

 (制作完了)
   

 そこでこの作品に続いて、休むことなく、早速この18日からは画家のまねごとをし始めた昨年7月以来第7作目となる作品、「烏帽子岩」(P100号=162×112)の制作活動に入りました。

 この大作の下絵も他の大作を描く時と同様に、室戸半島の地質写真集『青空地質博物館』出版の時に描き上げ同写真集に掲載した地質画の一つで、室戸岬の御蔵洞(みくろどう)の国道を挟んだ海側にある烏帽子(えぼし)岩を中心に据えた海岸の岩場風景をテーマにしたものですが、この下絵を基にして作品(P100号)を描き始める。

 (現場の写真です)
      

 (下絵)
  

 この絵の仕上がりが思い描くようにいくかいかないかは、小生の腕次第。

 又、今の絵を描く仕事はお金になってないから他人から見たら遊びに見えるでしょうが、この画家の仕事は小学生の時からの夢。無職になり収入は年金だけとなった身。細々と生きていかなくてならないとは考えているが、やっと他の雑事を気にしないで絵を描くことに専念できると、うれしくも思っている。

 (P100号の「烏帽子岩」下描き)
  

 生活は、母との清貧の暮らしの中、候補五回目でようやく認められて芥川賞を取ったあの田中慎弥さんほどではないが、以前の収入があった議員時代と違い今は20歳から35歳の五年前まで無収入だった彼とよく似た境遇だから、あまり外に出ずにムダなお金も使わずコツコツと作家活動に励みたいと考えている。(彼は非常に面白い作家で戦前戦後すぐの作家みたいで共感と興味を覚えるので、田中氏については近く記事を書いてみたい)

 またこれから約1カ月の間、楽しみながら、そしてたくさん苦心しながら良い作品を作り、芸術活動にいそしみたい。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」は、1月24(火)付けGooブログランキング(167万6474ブログ)中、3193位でした。記事は画家としての私的な芸術活動の報告でしたが、最近では非常に高い閲覧数に驚いています。

中岡慎太郎生家の屋根葺き替え工事

2012-01-17 | 季節のたより
 14日から15日にかけて1泊2日で北川村温泉に行っていたことは昨日報告しましたが、その帰り際、温泉のフロント職員から「今、柏木の中岡慎太郎生家で茅葺き屋根のふき替え作業を行っていて、その作業員の皆さんはおよそ1ヶ月間うちに投宿しています」とお聞きしたので、記者と議員の経験が長かったためまだ取材の習性が抜けない私は帰りにちょっと寄ってみました。

 そこで、今日はそのご報告をさせていただきます。

 北川村柏木の中岡慎太郎館から生家(復元施設)を見た1枚。

      

 作業は朝6時に朝食をすませた作業員の皆さん9人は6時半ごろに北川村小島の「北川村温泉」を出て、生家へ。着くとすぐ各人が屋根の所定の位置に上がり、作業は始まります。
 
(正面)
  

 北川村教育委員会にこの屋根吹き替え工事について電話でお聞きしたところによると・・・

問:「この葺き替え作業は何年に1回行っていますか?」
答:「18年から20年ぐらいに一回、全面吹き替えを行い、その長い期間の途中にも何回か補修を行っていて、今回は全面吹き替えになります。この生家には人が住んでいないので囲炉裏で火を焚くことがないが、もし囲炉裏で火を使うなどして生活していればその煙や室温によって屋根に葺かれたカヤがもっと長持ちし、葺き替え期間も長くなるんですがね」。

(生家正面の尾垂れに上がり作業を行う)
    
 
問:「前回はいつ?」
答:「前回は全面葺き替えで、平成6年の1月から3月にかけて行いました」。

問:「費用は大体いくらぐらいかかるの?」
答:「全面で、500から600万円ですが、手持ちのカヤがあるかないかで掛かる経費は変わるので、およその金額ですが」

        

問:「以前、地域雑誌『あおぞら』を出版している平成6年に取材で聞いたところによると、作業を行っている方は県内の方と聞いたが、どこから来ているの?」
答:「梼原町から来ています。来られている9人全員が梼原町の方かどうかは知りませんが」

問:「でも、その職人さんたちも1年間通して藁ぶき屋根の葺き替え工事があるわけじゃないと思うが?」
答:「いや、勿論、高知県内の藁ぶき屋根民家の葺き替えだけで生活するのは無理だと思いますが、あの方たちは県外からの藁ぶき民家葺き替え工事の受注も多いらしく、あの仕事で1年間、全国各地を飛び回って茅葺き民家の屋根葺き替えの仕事だけで働いていると聞いています」

(生家裏側)
      


問:「中岡慎太郎生家のあの葺き替え工事はいつ始まったの?」
答:「1月8日に作業を始めまして、この月、1月31日までの予定です」。

 高知県内ではあまりお目にかかれない光景で、20年に一度のかやぶき屋根修復工事。単純計算すれば次は2032年だ。

 百聞は一見にしかずとか申します。

 20年後まで生きていく自信がない方や近隣でお住みの皆さんも話のタネに一度、見学に行ってみてはいかがですか?


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すごいやないか、北川村温泉!

2012-01-16 | プライベート
 うちの奥さんの実家「山本製パン所」は室戸市内でパンと餅を造っている、創業65年の人気のパン屋さん。妻はそこに私たちが結婚した後少ししてから勤め始めましたから、約40年勤めている勘定になります。

 で、毎年、年末になると11月中旬から12月初めまではスーパーや商店などに置いていただく菓子パンなどを作りながら同時に、県外からの注文も多い干しイモを原料にした大人気商品「カンバもち」も製造し、12月中旬から年末まではカンバもちに加え菓子パンに替わって正月用の白餅や伸し餅(のしもち)、ヨモギ餅なども作るので、妻の実兄家族3人と当家の妻、臨時に雇ったおじさんの合計5人が朝4時ぐらいから午後9時ごろ、25日を過ぎると午後11時ごろまで、みんなてんやわんやの大忙しで働いています。

 この忙しさは毎年2月にかかる時期までカンバもちづくりで忙しいんですが、今期のカンバづくりは昨年夏以降の温暖化傾向もあって原料となるイモの出来具合が悪く、不作。だから、毎年秋ごろからこのカンバの生産を依頼してある近隣のおじさんやおばさんたちも「今年はイモが大きくならいでのー」とあきらめ顔。そんな事情に加え、もうみんなご長寿の方ばかりだから、「もう、畑仕事ができんようになったきん、イモを作ってないわ」という人も年々増えてきたそうな。

 そんなこんなで、昨年末に入荷する予定のカンバが少なくなったため、1月を回ったここ数日は午後5時を超えてもちづくり作業をすることもなく、午後2時ごろに帰宅しています。

 小生も、毎年年末になると妻がこんなに忙しく働いているのをみていて「一度、慰労してやりたい」と思っていたので、この土曜日、出勤前の奥さんに声をかけた。

 「日曜日が休みなら、1泊泊まりで北川村の温泉へ行ってみるか? 行くんやったら予約しちょくが」。

 「うん、行こか。最近、あんまり温泉も行ったことがないきねえ」。

 私がいま無職であることと、長年に亘って行っていたまちおこし活動の所為で20万円や30万円と要る長距離旅行に行く等という贅沢があまりできる環境にはありませんが、出来るときに時々“奥さん孝行”もしとかないとなあ思って。ま、内心、「老いてヨボヨボになった時に見捨てられては困るから」という心理が働いてないとは言えませんが。(笑)

 近場ですが、こうして北川村温泉に1泊2日の“温泉小旅行”としゃれこみました。


 14日(土)の午後5時前に室戸岬町を出発して、高知県東部の北川村小島(こしま)の「北川村温泉」に1泊泊まりで出掛けました。隣村ですので室戸から北川村小島の観光施設までの約1時間半の“小旅行”なんですが、夫婦での旅行はほんとうに久しぶりでした。因みに、夫婦でこの北川村温泉に泊まるのは15年前の、今のように大改装される前の施設だったので、この日、予約した2階の広い和洋室に入ってその変わりように二人は驚きました。

 では、ここからは小生が現場でパチパチと撮った写真で簡単に解説させていただきます。

①まずは、うちの奥さんがモデルになって北川村温泉の正面で記念撮影です。(撮影は日曜日の朝ですが)

  

②次は温泉宿のロビー風景です。受付した時に宿泊料を支払いますが、私たちが予約した「広々和洋室」の宿泊料は週の中は11000円で、休日前と休日は13000円の部屋。正面に見えるのが二人が夕食を食べた「お座敷レストラン」、左にフロントカウンター、右側が施設入口になる。

  

③予約した「広々和洋室」の部屋は二間続きで、手前がテーブルのある居間で向こうのテレビのある部屋がベッド二つの寝室。(因みにこの部屋が2人部屋で、他に3名部屋と5名部屋がある)この部屋にはウオシュレットがついた洋式トイレに洗面台があり、2年前の夏に行って泊まった湯布院にあるコジャレた温泉宿「湯らり六妙」などに近い設備とあって、私たちは満足でした。

 「これは良くなったなあ。見違えるようやな」と驚いたものでした。

 「これなら時々来てもいいなあ」。

 「15年前の部屋は畳はすりへっちょう上に狭かったし、電気は暗いし、テレビはちゃんと映らざったきんな。もう来んと思うたもんな。あの時の部屋と比べたら月とすっぽんやな。こりゃあえい!」

        

 ※温泉も撮影しましたが案の定、湯煙で撮影出来ませんでしたので、「北川村温泉」のHPをリンクしました。そちらの写真をご覧いただきたい。ゆずの形をしたまあるい湯船が私たちが入ったお風呂です。(この貸切風呂は、入浴のみの方は入浴料が大人700円で貸切料が1000円)

④夕食は「お座敷レストラン」の方で食事。当家の奥さんも湯船で顔がまっかっか。予約したのは「懐石料理」。皆さん知ってのとおり、この写真が最初に出てくる料理で、食事が進むたびに次々と目の前に料理が出されます。

        

  

 ビールを飲みながら食べ、腹いっぱいになり、1時間ぐらいかかって「やっと終わりか」と思った時、レストラン職員の女性が「これが最後になります」と言って出てきたのが、山菜などが入ったこのかゆごはん。

  

 美味しかったよ。そして「おなかにやさしいだろうなあ」と思いながら、「もうコラエテー」とも思いました。(これはあくまでもジョークですよ。懐石料理で出てくる料理を少なくしたらお客さんはがっかりするので、今のまま、今のまま)

 以前もこんなことがありました。長野に夫婦で車に乗って行ったときも奥飛騨温泉の宿で夕食が懐石で、料理が次から次と出てきて困ったことがありましたが、その時以来の出来事。

 ですが、出てきた料理はほんとにすべて美味しく、二人とも大満足だった。

 そうやっておなかが満腹になって部屋に上がったのは、午後9時。宅の奥さんも冷えた体は温泉で温もり、美味しい食事でおなかはいっぱいになり、気持ちは大満足で、部屋に入るなり「眠ぶたい!」と叫んでバッタンキュー、すぐに寝床に入って寝息を立てていた。小生も布団に入り半時間ほどテレビを見てましたが、温泉効果かすぐに眠くなり、10時前には眠る。(失礼ですが、今は昔の宿と違い大改装後のブロードバンドによる地デジテレビとあって、海岸部から15キロほど山に入った山間部の温泉宿ですが、BSもちゃんと映ります)

⑤朝は7時半から、予約順に食事。私たちは7時半に1階のレストランで朝食です。

  

 奥さんは一夜明けても温泉効果か、お顔がほてってます。この朝食にも二人は大満足でした。「うまいな」。「来て良かったねえ」。

  

 帰りにはお土産にと、夕食に出た北川村小島の主婦の皆さんが作っている商品が美味しかったので、二つ買った。

     

 帰り際、受付に見覚えがある顔の女性がいて、名札を見て確認のあと声をかけ、私たち二人としばし近況を語り合いました。親戚の方だったのですがもう何十年と会っていなかったので、この出会いもよかったと思いました。

 朝8時半ごろ北川村温泉を後にして、北川村の国道崩壊現場の写真と、北川村温泉に宿泊していた職人さんたちが中岡慎太郎生家のカヤブキ屋根をふき替えしていると聞き、その取材のために柏木の方にも回って行き、室戸岬町の自宅に帰りついたのは10時半ごろ。 

 こうして、私たち二人の小旅行は大満足で終わりました。

 北川村周辺の近隣市町村の方と言わず、高知県内、そして全国でこの電子情報誌を毎日ご覧くださっている方々も一度、機会を見つけ、用事を作って高知に来、北川村のこの「北川村温泉」に行ってみてください。「そりゃあ、えいき」。

 施設は北川村の「公の施設」で、指定管理者の「籠尾ドック」さん(造船会社)が管理運営を行っています。尚、受付の社員や食事を作ったり運んだりしている女性たちも為すべき挨拶も笑顔でちゃんと出来るし、料理についての説明も丁寧にできる、明るい皆さんでした。

 私たち夫婦はあの温泉のファンになりましたので、管理運営される「籠尾ドック」さんと施設所有者の北川村関係者の皆さん、これからも“利用者は何を求めているか”を絶えず意識しながら、商売繁盛で頑張ってください。


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人生万事 塞翁が馬

2012-01-14 | 人間のあり方
  
 
 「塞翁が馬」とは、昔、中国の国境の塞(とりで)近くに住んでいたある翁(おきな)、飼い馬に逃げられたが、その馬が名馬をつれて戻ってきた。翁の息子はそれに乗り足の骨を折ってしまったが、そのため戦争になって若者たちが次々と招集された時、その息子だけは助かったという話に因る。

 人間の運命や幸不幸は定まりがないものであることを例えていう。

 人のためにと良いことをしても、裏切られる時もある。その裏切りがあったことに負けずに一生懸命働いていれば、その頑張りの成果として幸運が舞い込むことだってある。


 いま市内の会社が倒産したり廃業したりして失業しくやしい思いをしている室戸市民を、私はたくさん知っている。まだ50歳前後で、会社や団体の経営が堅調ならばまだまだ組織を動かしてゆく立場だった人たち。しかし、その人たちは町の人口が減少するにつれ、年2回もらっていた賞与がなくなり、やがて給料は上がらなくなり、勤務先の倒産・廃業に伴い、ついに会社を退職させられてしまっている。

 だから今は、半日だけ惣菜店でアルバイトをしている人や、漁業関係の団体に勤務していて今は無職で働き場所がなくて困っている人たちなどがいる。収入は微々たるものであったり、全く無収入の人も多い。生活費は奥さんの10万円足らずのお金で何とか生きながらえている様子。

 勿論、50代では年金が入ってくるわけがないが、その年金も国は国民との制度約束を破棄して支給年齢を勝手気ままに先延ばししようとしている。ふざけた話です。「生きている間にこれまで払ってきた分の年金をもらえるだろうか」と、彼らは嘆く。

 こういう、かつては真面目に働いて会社の強い力になっていたその人たちの今の生活苦を見ていると、定年や勧奨で役所を退職し5000万円から1億円近い貯金をして大金持ちになっている元行政職員の議員よりも、こんな境遇の人たちこそ地方議員になってもらった方が今の議員よりも真面目に議員としての職務責任を果たすよう努力するだろうし、まちはずっと“公平・公正”な住民自治に叶う地域社会になると私は信じている。

 働きたいのに職がない40代、50代の彼らのを見ていると、ほんとうに可哀想でたまらん。


 ても、嘆いているだけでは人生は変わりません。そういう立場におられる方々に励ましの“応援歌”を贈りたいと思う。

 その職を失ったことによってまた別の生き方が見つかり、新しい充実した人生が始まる。それは会社を辞めなかったら見つからなかった仕事。他人は他人、自分は自分。余所見をせずに自分がこれだと信じた道を歩んでいこう。

 こんな私でも、ふらふらしながら、これまでそうやって自分が信じた道を真っ直ぐ生きて来ることができた。いま失業しているみんなもそう考え、これからも息を抜かずに生きていこうじゃないか。早く仕事を見つけ、精を出して頑張っていこうよ!

 どんなに生活が苦しくても、くじけちゃダメだ。きっと明るい明日があります。

 そう信じ、夫婦手を取り合って、とにかくどんな仕事でもいいからすがりついて働くことです。

 なあ、同士よ!

 人生は万事、「塞翁が馬」。

 頑張って真面目に生きていたら、そのうちきっといいことがあります。
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選挙民の「民意」とは

2012-01-12 | 政治家のあり方
 先日、「役人天国…」という記事を書いた。その中から一部紹介します。

 
いくら議員職が「民意」であるとしても、議員の職責の一つである“行政のチェック”を全くせずに“行政を庇い擁護する”ような元行政職員の地方議員では、「民意」の上に胡坐をかいているとしか言えません。そんな“行政のチェック”もしないで違法な議案に賛成してしまうような元市職員の議員なんて住民は望んでいないことを考えれば、民意でもなんでもないことがわかろう。

 もしこの意見に腹を立てる元市職員の市議会議員がいたならば、ちゃんと住民からの負託を全うできるように手厳しく“行政のチェック”を行い、違法や不正な議案には手厳しい質疑を行い、そしてここが一番肝心であるが、表決においても毅然と勇気を持って反対した上での話だと書き加えておきたい。

 これこそが選挙で投票するときの住民の思いであり願いである、「民意」。

 故に、選挙に当選すればそれで「民意」が達成したと思うのは大きな勘違いであり、その後の4年間に議員としての役目が果たせたかどうかによって、「民意」に叶う役目が達成できた議員と全く「民意」に叶う役目を果たせなかった議員とがいるということになります。だから、『市職員といえども選挙に出て当選してるんだから「民意」だ』と思うのは、如何にも短絡的な考え方であり、暴論。

 まずは、議員としての職務責任を果たしてこその「民意」達成だと早く気付くことが大事。

 住民はちゃんと行政が行っている違法や不適正な予算の支出に議員が住民に替わってストップをかけてほしいと願っているものです。このことを考えれば、議会において議員が違法や不正な議案にノーチェックで賛成している姿は決して「民意」とはいえず、それでは「民意」が泣く。だから、厳しい指摘に腹を立てる前に、ちゃんと“議会議員とはいかにあるべきか”、“議会議員とは如何に為すべき立場にいるのか”を考えることです。

 くどいようですが、ちゃんと職務を果たしてこその地方議員であって、職務責任を果たさずにいて当選すればあとはあまり仕事せずにいても「民意」と考えていることこそ、愚かと言えよう。

 政治家という“職業”は、その職責を果たしてこそ「民意」を全うしたと言える。地方議員は、こういう基本原理を参考書を読み毎日もっともっと勉強して職務に当たるべきであろう。



 先ごろ、この記事を見た元行政職員で今は地方議員だとみられる匿名の方から「元市職員の議員でも住民の民意で選ばれた議員職なのに、なぜ『天下りのように』と言うのか。民意をどう考えているのか」との怒りのコメントをいただきました。

 そこで、この「民意」についてもう少し深く考えてみたいと思う。

 きれいごとを言うつもりはないが、私が議員時代に取り組んできたことについての打ち明け話も含めて、ま、少し聞いてください。 

 年末12月13日の記事『あの時の1秒が後の45年の人生を生んだ』でお分かりの通り、小生、戦後にありがちな栄養失調のために体が弱かった小学1年生ごろから中学校を上がる頃までいじめられっ子でした。腹を殴られ、顔をたたかれ、ある時には上級生に頭を野球のバットでスイングして叩かれたこともある。そのたびに地面に這いつくばり、「クソ、今に見ておれ」と思い続けた。そんな情けない子でも自分なりに真面目に勉強はしてきたつもりで、ひどく痛めつけられた体験から、高校を卒業し家業である銘木製材所でトラック運転手をするようになってからは体力もついてきて、極力、強い人には媚びへつらわず理不尽な行いやもの言いには立ち向かってゆき、弱い立場の人はなんとか助けたいと思い、自分の町が寂れ行くのを見かねて自分のお金をつぎ込んでもきた。

 喫茶店主の時はコンサートや映画会を主催して福祉施設に寄付をしてきたし、日本唯一の手書きタウン誌を発行して県東部地域の発展のために赤字で借金が膨らむのを承知で足掛け9年間出版会社を経営してきた。このことについては、地元室戸市民の皆さんはよくご存じだと思います。

 そうやって今までいつも純粋な子どもの心を失わないようにといつも考えていたし、組織・団体・企業らは出来る限りは他に依存せずに自立すべきだとも考え、そう発言し、実践してきた(つもり)。 

 だからこそ、地方議員になってからも、行政が平気で行っている違法業務とそれを許す議会などに驚き、カルチャー・ショックを受け、そんな国やまちの法律を犯す悪いことは改めるようにと、議会では孤立無援になるのを承知で行政にだけでなく、議会側にも併せ批判してきた。

 いくつか例を挙げる。指定管理者候補であった東京の企業と陰でこそこそと事前交渉する違法業務。特定企業の社員宿舎を県からお金を借りてそれを市民のお金で支払っていくようにして建設してあげるという、とんでもない違法業務。これはいまだに違法な状態にある。そして、私が止めるのも聞かず、既に倒産状態にある企業に室戸市の法律を犯す違法な手法で赤字補てんの補助金を与えてしまい、結局、1年もたたない間にその会社は約6000万円もの市民のお金を手に東京に逃げ帰ってしまった。

 これら市が違法や不正であることをよく認識しながら行った諸々にわたる理不尽な違法業務には今でも思い起こすと怒りを覚えるが、これらについて、8年間、純粋な子どもの心を以って「法律を守ろうじゃないか」「真面目にやろうじゃないか」「人の意見は真面目に聞こうじゃないか」「今の改革の時代に合わない議会組織は変えようじゃないか」等といってきたが、中に「古い体質を変えられては個人的に困る」とか「市長を守ろう」と考えている者がいてその抵抗に遭い、「組織を良くしよう」と真剣に考える者が他にいなかったこともあって、議会に8年間いて何も変わらなかった。

 唯、組織を変えようとする者が自分一人であったとしても、行政改革と議会改革は時代の流れで重要なことであり、そういう考え方を誰かが組織内に広めなくてはならないしそういう改革思想を議会議事録に掲載して後世に伝えることも重要だとの考えから、議会改革に関して無理解な議員らによる妨害や門前払いを食いながらも、絶えず「改革をしよう」と声を出し続けてきた。

 これらすべては「いつまでも子どもと同じ純粋な心を以って市民のために尽くしていたい」という、気構えからだった。

 こんな仕事ぶりが自分を選挙で選んでくださった市民の「民意」というものだと思って。


 では、ここで基本に立ち返り、この選挙民の「民意」とはどういうものかを考えてみたいと思う。

 辞書で「民意」と引くと、次のように書いてある。

   

 「民意」とは「人民の意志」、つまり、国の選挙の時に国民が投票した結果「国民の意思」が示されるのであり、まちの選挙の時に住民が投票した結果「住民の意思」が示されるということで、それらが「民意」。

 しかし、考えていただきたい。「民意」とは、選挙民が「あの人は親戚だから」とか「あの人は俺の知り合いだから」、「あいつは俺の飲み友達だから」「あの候補はうちに他の身に来たから」などと、自分が気にいった立候補者を選挙において当選させることが「住民の意思」だろうか。

 又、「あんたは俺たちが投票して当選したから、私たち住民の想いや意思は達成された。だから、これから4年間は質問にも質疑にも出なくてもいい。議会で座っているだけでいいし、他の議員が行っている質問や質疑も聞かずに居眠りしていてもいいよ」、これを「住民の意思」だと言えるのだろうか。

 いや、違うだろう。

 私はこう思う。

 「民意」、つまり「住民の意思」とは、「私はあんたに投票したんだから、毎月市民のお金から報酬を与えられている議員任期の4年間、休むことなく弛まず努力して“行政をチェック”し、議会において絶え間なく登壇して発言し、まちの活性化や産業振興につながる提言も行う、そういう議員になり、務めを果たしてくれよ」。

 これが「民意」ではないか。

 4年間、休みなく一生懸命に議員職に取り組んでいたら、結構忙しいものです。

 1年に議会は3カ月に1回開かれ、合計4回、任期4年間では16回開かれる。1年の4回開かれる議会に毎議会質問に立とうとすれば、議会終了後の3か月目に行われる次の議会までの2ヶ月間、自分の個人的に持っている仕事や酒を飲んで遊んでばかりいてはまともな質問や質疑は出来っこないので、その2ヶ月間の最初の月には行政の調査活動を行わなくてはならない。

 議会が終わった次の月には、行政においていま問題となっている事業や次の議会で執行部から提案されるだろう事業に対する調査を当該役所に行って担当者から状況調査をしたり、県庁に行き調査をしたり、全国の先進地自治体がその事業に関してどのように取り組んでいるかなどをネット検索や直接問い合わせるなどして調べなくてはなりません。そうしてその約1カ月は費やされます。

 そして、次の議会前の1カ月間には、先の月に調査した内容の中から自分のまちの自治体が行っている事業やこれから行おうとしている事業の問題点をあぶり出し浮かび上がらせして、質問原稿や質疑原稿の文章を構築してゆきます。その原稿は議会開催告示日の10日、1週間前までにはあらかたまとめ、告示日までは“本読み”。この原稿を毎日、何度も何度も読んで議員一人の持ち時間(室戸市議会は質問発言が50分)内に収まるように原稿を短くする(私の場合はいつも原稿が70分ぐらいになったため)削除作業を行います。(室戸市議会においては2回の一般質問が許されているので、私は1回目は約45分ぐらいにおさめ、2回目の再質問のために約5分残して質問を行っていた)

 当然、次の議会に提出される議案書が渡されるのは議会開会の1週間前の告示日だから、質疑原稿はその告示日から大綱質疑が行われるまでの10日ぐらいの間に大急ぎで内容調査と先進地事例などの調査をし原稿を書き上げることになる。

 そうして議会が開催され、一般質問が終わり、大綱質疑において登壇し議案の内容について密に疑義を問い質して、その議案に異論があって反対する場合やその議案に大賛成(たいていの場合、重要議案だけだが)という場合には反対討論や賛成討論を行うと決意し、討論が行われる1週間後の閉会日までに討論原稿をこれも大急ぎで作成し、登壇することになる。

 この討論とは他の議員が全員やろうとしなくても自分が討論において発言することが重要。この討論での発言によってこそ、議会に提案された議案に問題があることを議事録によって後世に伝える意味でも価値があるもので、地方議員のバイブルと言われる『議員必携』にもそのことは書かれているので、議員の皆さんはよく読んで学んでいただけたらと思う。

 これらが議員としての正しい姿勢ではないか。

 これらのことを私は二期8年間、一度も欠かさずに合計32議会のすべてにおいて行ってきました。

 なかなかここまで市議職を行うというのは難しいと思うが、私がやってきたんだから同じようにやろうと努力すれば全員ができることだと思っている。このように8年間を通して全ての質問に登壇し持ち時間のおよそすべてを使って質問した議員は1959年3月の室戸市議会開設以来初めてと思っていまして、どこかの元市職員の議員が行っていたような『議会だより』広報紙に掲載するために毎議会登壇し質問時間3分や5分だけして答弁をもらうという、そんな小手先で住民をだますような姑息な行いだけは1回もしていません。

 自分が行ってきたことを例に出して誠に恐縮ですが、地方議員とはこうあるべきだと思って、議会前まで夜11時、12時ごろになっても原稿を書いたり調査資料のまとめ作業に毎日毎夜、明け暮れていた。

 そこで、なぜ私がそうして毎日、毎日、休みなく議員としてのいろんな仕事に取り組んでいたかと言いますと、毎月市民から下さる報酬とは重いものだと、痛烈に思っていたからです。

 地方議員の報酬は、毎月、各議員の貯金通帳に議会事務局から議員報酬は振り込まれます。議会が開かれた月だけ報酬が支給されているわけでもないし、議会が開催されている日(室戸市議会では5日か6日)だけ日当として1万円が支給されているわけでもない。

 室戸市議には議会が開かれていない月でも、毎月報酬27万円(自分が議員当時は議員年金の掛け金分が4万3000円差し引かれ手取り約21万5000円ぐらいでしたが、年金がなくなった現在は約26万円が市議に対して毎月支給されている)が支給されていて、議会のない間の2カ月は報酬がない(1年間で報酬が支給されるのが4カ月だけで後の8カ月は報酬は支払われない)というのならば、8ヶ月間、議会議員としての活動が無いままどう生きていようと問題はありません。ですが、地方議員には議会が無い月も毎月報酬が支給されています(例外として全国には日当制の議会もいくつかある)。

 又、この報酬に加えて支給される賞与は年2回、6月に約38万円、12月には約40万円が振り込まれています。当然、議長には報酬は毎月6万円多く、副議長と二人の常任委員長にはそれぞれ2万円多く振り込まれ、賞与もそれに準じて多く支給されています。(これは報酬と同じように、各議員の仕事量には比例しません)

 だから私は、「地方議員になったら怠けていては住民に申し訳が立たない」、と考えていました。

 「自分に課せられた職務を真面目に果たさなければ住民の皆さんに申し訳が立たない」。私は8年間、ずっとそう考え、毎月議員としての調査活動や住民の中に埋もれている問題を探し考えていた。それこそが住民の想い・意思に応えるべく行う議員としての仕事、つまり議員としての職務責任であると思っていた。

 議員たる者に課せられた職務責任があって、それを全うしてこその「民意」であろうと思う。

 「あの候補を市議選で当選させてやりたい」。それが「民意」か? そうではないだろう。議員として4年間、住民から負託された職務を気を抜くことなく休むことなく責任を以って全うしてこそ、地方議員としての職責を果たせたと言えるし、ようやく「民意」に叶う仕事ぶりが達成できたと言えるのではないか。

 私はこう考えるが、全国の地方議員の皆さんや、全国の市区町村民の皆さんはいかがお考えでしょうか。

 だから、結論を言うと、一般市民から地方議員になられた方々も元行政職員でいま地方議員をやられている方々も同じで、議員になればその議員になった時から「民意」という重圧・負担が肩に乗っかかっていることを片時も忘れずに議員活動に励むことです。そうしていたら、まず「民意」は達成できるでしょう。

 しかし、投票した住民みんなが望んでいる“毎日のように行政及び地域のの調査活動を行い、毎議会一般質問に出て、重要議案や問題とされている議案には質疑を行い、討論も積極的に行い、違法や不正や不適正な予算投資などの問題議案には堂々と勇気を持って反対する。議会後には情報公開のために議会であった問題点などを個人的議会新聞を制作して地域内に広く配布してほしい”という「民意」を無視し、任期の4年間16議会で質問に登壇したのは1回だけという元市職員がいたり、1回も登壇せず議会でただ座っているだけというのでは、そんな行いは「民意」でもなんでもない。私はそんな議員を見るたびにいつも「このただ飯食らいが」と心の中で呟き、罵っていた。「誰が選んだんだ、こんな人間を。だれが投票したんだ、こんな人間に」と。

 真面目な議員や私に投票して下さった方と同じ賢明な住民の皆さんからそうやって4年間批判されないように、住民から“お給料”を頂く身の地方議員となったら「民意」を全うするよう心掛け、休まずに仕事に精を出していただきたい。

 この程度の能力しか持っていない私ができたんだから、みんなやろうと心を変えたらきっと出来る。

 地方議員も国会議員も同じで、とにかく全ては自分に“お給料”を下さっている住民、国民のために働くこと。その住民、国民から負託された「民意」を全うすべく働くことです。

 以上、選挙民の「民意」について、ほんのさわりですが、書かせていただきました。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」は、1月12(木)付けGooブログランキング(167万2096ブログ)中、3692位でした。

「暗闇からの石つぶて」では何も変わらない

2012-01-09 | 公務員のあり方
 今日、室戸市民から電話でこんなありがたい声を頂きました。

「先日の『役人天国…』の記事に同感で、私たち市民が思っていることをよく言ってくれたと感動した。谷口さんは物事の何たるかがよく解っておられ、あんたこそ本当の政治家よ。今後も是非とも室戸の為に頑張って欲しい。応援しています」。

 このコメントを下さったのは匿名で私よりも少し年齢が上かなと思いながらお話を聞いていましたが、正しく物事を見て小生のこれまでの政治姿勢を正しく評価して下さっています。もうあとは絵を描きながら余生を過ごすだけの男ですが、こういうご意見はたいへん励みになる。

 これがTさんが記事を読んで「感動した」と言って下さった記事「役人天国…」の記事です。

 それが、その同じ記事を読んでこんな声を寄せた人もいた。

 元市職員で現在は市会議員をやっている方から、「元市職員が選挙で市会議員になったのは住民の民意を得た上のことだ。『5000万円前後のお金を貯め込んでいるだろう元行政職員が天下るように議員になることはいかがなものか』など記事の全てが気に食わんから、ブログを閉鎖せよ」という、これはブログへの匿名の声。

 これも同じ匿名でしたが、正反対の声が届きました。一方は室戸市民からの記事に賛意を示す声で、「今後も是非とも室戸の為に頑張って欲しい。応援しています」という、応援の声。もう片一方はどこかの元市職員で今は市会議員をしている方からの声で、「記事が気に食わないから、ブログを閉鎖せよ」という、言論の自由を封殺する声。

 すごいと思いましたね。世の中はほんとうに面白い。人生いろいろですねえ。

 元行政職員で現在は市議会議員をやっているからと、気に食わない記事を書いているブログがあれば次々とそれらのブログを全部閉鎖させようとするその行為。これは正しく戦中、戦後に国が行っていたと同じ言論の自由を封殺する行為で、在ってはならないこと。現職の公務員や元公務員であった人、そして元公務員で今は地方議員をやっている方の中にはこんな考え方をする人がいまだにいるという証明になるが、とにかく時代錯誤も甚だしい。

 そこで以前、こういう“自分は暗闇の建物の陰に隠れていて(つまり、匿名)、気に食わない人が道を通れば石を投げつけ、逃げる”人に対する記事を書いていますので再度、掲載します。

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 時に記事を基にコメントが来ますが、人を批判しておいて自分は名を名乗らずに匿名なんて、そんな暗闇の物陰から石つぶてを投げる程度の勇気しかない人のコメントに私は一切、返答を書かない。

 もし私の地方政治に関する評論に反論するご意見がおありなら、その暗闇から出てきて、住所、氏名、年齢、職業等を全世界に明らかにしたうえで、私と向き合い議論しようではないか。勿論、その方の写真と撮影し、その御意見の内容は録音に録った上で原稿に起こし、当ブログにおいて全世界の人たちに私の評論とコメント投稿の方の意見を並べて提示、どちらの意見が正しく筋が通っているのかをご判断していただくことになります。

 人間、こそこそと逃げ隠れしてはいけない。いつも堂々としているべきです、名を名乗り堂々と持論を世界の人たちにぶつける私のように。

 とにかく地方には自分のまちの地方政治の悪さを批判し厳しく改善を求める人物を評価せずに悪い政治を行う政治家を庇う住民が多くいるが、それではあなたの町はいつまでたってもよくならない。

 むしろ住民らが為すべきことは、勇気を持って悪政に立ち向かってきた正義の人の長年にわたる行動から学び、長年にわたり地方自治法などの法令に違反しているのを承知の上でその悪政を進めてきた首長や行政職員、そして又、その首長や職員が実行しようとしている違法や不適正な事業だと知りながら目をつむり、議会においても黙認し、次々と無批判で議案に賛成している議員らに向かって批判の声を浴びせかけることである。

 そうしてこそ、行動に筋が通っていると言える。

 大勢が行う「悪事」には臆病風が吹いて誰も批判する勇気がないが、私のようにたった一人で「悪事」や「違法」、「不正」に立ち向かう人には言いやすいし、自分が受ける被害が無いと思って、筋違いの批判を浴びせ掛ける、それも暗闇から。

 それではあなたの言う行政組織を守ろうとする勝手な意見には一般市民は誰も耳を貸してくれない。

 私のように住所、氏名、年齢、職業、電話番号など、全て自分の立場を明らかにしておいて、地方政治の悪さや時代錯誤の行政運営・議会運営を追及してこそ、人は聞く耳を持つと覚えることだ。

 だから、もしコメントを下さるあなたに少しは勇気があるのならば、勇気ある正義を貫いている人、つまり私など全国で地方行政の悪さを情報公開している改革議員らに向かって暗闇から筋違いの意見を投げつけるような小心者がするようなことは止め、違法行為を何度も行いそれをいつまでも改めずに平気でいる人や行政の予算(市民のお金)を違法に、また不適正に使う首長や職員、地方議員に直接向かい合い、堂々と「お前らのしていることはなんだ!そんなに違法にまちのお金をどぶへ捨てるように使っていいと思っているのか!」と批判の意見を述べるべきです。

 言っておきますが、“直接向かい合って”ですぞ。あなたのように物陰から「お前が気に食わない」なんてこと言ったって、そんな声、誰も聞いてくれませんよ。

 決して、いまやっているような、自分の正体を明かさずに暗闇の物陰から石つぶてを投げるようなことはしてはなりません。あなたのやっていることは、臆病者、小心者のすることです。

 最近は「インターネット社会」、「匿名社会」ということで、ネットは匿名で何でも言っていいと勘違いしている人が何千万人といる。筋の通った意見には匿名でも人は応えてくれるだろうが、その記事の周辺事情も知らないし、その地方行政に関して評論を書く人が事実の半分は書きたくても書けないでいる状況の中で抑えながら記事を書いていることすら知らないで、記事の1行をつまんですべて解っているかのように勝手気ままなコメントを寄せるのは止めた方がいい。そんなコメントに誰も回答しないだろう。

 再度言うが、願わくは、暗闇から投げる石つぶてのようなコメントを投稿される方は匿名ではなくて、住所、氏名、職業、電話番号などを書き、自分の所在を明らかにしたうえで、お寄せいただけたらと考えています。出来たら当家においでいただいて写真撮影なども行った上で、対談し、その写真とご意見を当電子情報誌上で全世界に情報公開したいと思っています。

 最後に、私は今、わたしが歩んできた町おこし活動や地域雑誌発行の時代、議員活動の時代の記事を一冊の本にするため、書いている。それは全てこのまちで起こった出来事に関し事実を明らかにし書き遺すために実名で書いていて、残す人生が5年なのか10年あるのかわからないが、それまでに仕上げる予定。その本には地方政治と地方政治家の悪さに合わせ、地方政治及び議会とはどうあるべきかその厳格たるあり方についても書き遺す。私家版の予定だから、数百冊制作し友人だけに配布するつもり。だから、この本は表に出ないで、県内外に住む私の友人の家の書棚に何十年と保存されることになる。

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 暗闇の物陰に隠れて石つぶてを投げつけ言論弾圧を加えた方、元行政職員で現在は市議会議員をしておられる人だろうが、お分かりいただけたでしょうか? ご自分がしていることが如何に卑怯な行為であるかがお分かりいただけたか。

 でも、言論弾圧や言論封殺はいけない。そんなのは中国政府がやるような悪質なことで、21世紀の先進国の役人(又は元役人)がやることではありません。どこの国の人間の発言も自由に言える社会でなくてはなりません。それができない国は、北朝鮮や中国など独裁国家に見られるように、いつまでたっても国民は政治家によって言いたいことも言えないじゃないですか。それは知ってるでしょ? ただ、中国や北朝鮮の悪さは分かっていても、自分が他の人の意見を聞けないという悪さは気付かないものですよね。

 ですが、そんな個人的な事情があるにしても、「ブログを閉鎖せよ」はない。記事への異論や批判は許せもしよう。しかし、政府や役人が上から目線で一般市民の原論を封殺しようとする、まるで戦前、戦中、戦後にあった言論弾圧のような言い分は、どう考えても理解できない。

 だから、記事が気に食わないからと「ブログを閉鎖せよ」との声を寄せた方は、暗闇に隠れてないで表へ出て当家においでいただいて、住所、氏名、年齢、職業、電話番号、等を明らかにした上で、写真撮影も行い、私と議論しましょう。私も今は無職で暇を持て余しているので、時間はたっぷりとある。二人だけで語り合いましょう。元ジャズ喫茶店主ですから、美味しいコーヒーぐらいは出します。そして、その録音した話は私が原稿に起こし、毎日約1000人以上の方がごらんくださっている当電子情報誌に記事を掲載し、全世界の人たちにどちらの意見が正しくて正論かを判断していただこうではないですか。お待ちしています。 

 さて、私は今でも東北地方の地震と大津波で被災されたあの方々の「生きていこう」とする姿に打たれ涙していますが、あの東北人の頑張りに負けないように、これからも世間の荒波をかき分けかき分けしながら、前を向いて力強く歩いていこうと決意しています。

 読者の皆様、こんな頑固な私ですが、地方政治を厳しく見るこんな男がまちに一人ぐらいいてもいいんじゃないでしょうか?

 これからも小生の活動を応援して下さるよう、何卒よろしくお願いいたします。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」は、1月11(水)付けGooブログランキング(167万1732ブログ)中、3814位でした。