青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

中岡慎太郎館で「七福神乗合宝船」の展示

2011-11-14 | 私の絵画制作活動
    

先日紹介させていただきました七福神の絵馬が、北川村教育委員会のご協力により11月16日から12月27日までの1カ月半、北川村柏木の中岡慎太郎館1階展示室にて特別展示していただけるようになりました。

 興味のある方は同館を訪れ、是非一度ご覧になっていただきたい。
 

理想的な首長像(4)自治対応能力

2011-11-14 | 議会報告
 (7)危機に敏感

 自治体において、危機を感じる人というのは地域のあるべき姿やこうありたいと考える状態をよく認識しイメージを持っている人で、それに加え、敏感な人だといえる。そんな人が地域の危機を感じる。

 地域のあるべき理想像を認識し危機に対して敏感な改革派議員が、行政における不正や不公平、不公正な問題に取り組み果敢にそれに向かい追及していく行動も、その一つの例といえる。

 逆にいうと、何事にも無関心で鈍感な人には切迫感もないし、危機もない。だから、危機を察知できる人がいない地域や組織(行政・議会)では、危機は急速に進み、危機は急速に深まる。室戸市においていえば、実質的に倒産したような状態のミク社に対し行った二回で約6000万円にものぼる条例違反の赤字補てんは、一年後の同社撤退を見ても市長の状況判断のミスだったことは動かし難く、市の財政的損失を別にしても、危機に対する判断ミスであり危機を察知できず市政に危機を招いたといえる。

 事態が大きく変化し流動した途端、その無能ぶりをさらけ出してしまう首長では、地域と住民にとっては不幸というほかない。このように、危機に対処する適正な指導力の発揮は、首長の条件となる。

(8)自治体対応能力

 自治体においては、日々、首長と執行部が一緒になって部課長会などの名で各種の会議を行っている。その会議の中で協議される問題については、役所を上げてどう取り組み、どう柔軟に対応できるかが問われるが、その時、首長の資質が問われる。

「前進しなくてはならない時に立ち止まり、立ち止まらなくてはならない時に前進する」。

「決断しなくてはならない時に決断しなかったり、決断すべき時ではないのに決断する」。

「右へ行くべき時に左へ行ったり、左に行くべき時に右へ行く」。

「前方へ行くべき時に後退したり、後退すべき時に前進する」。

「法律を守るべき時に、違法を認識しながら法律に違反する」。

「部下の意見に耳を傾けるべき時にそれに耳を貸さず独断専行したり、部下の反対意見を退けてでも積極的に決断すべき時に、部下や周りの人の意見を聞きすぎて組織を停滞させる」。

 このように、リーダーとは、まず組織の中における一つ一つの出来事への対応能力が問われる。

 ≪人の上に立ち、人を束ね、向かうべき方向を指し示し、人を動かす≫

 そんな立場にあるリーダーは常に他の人たちより一歩も二歩も先んじて危機を感じ取り、迅速に対応しなければならないのに、もし鈍感で、しかも目先の安全策(ミク社が撤退した時、室戸市が温浴施設の指定管理者を新たに公募せず、市の基金などを投資して新会社を立ち上げたことも、この一つの例)しかとれず汲々としていれば、組織全体が小さく縮こまることになるし、より深刻な危機に陥ってしまう。

 首長は、行政環境が変化し事業や計画の遂行に著しく困難が生じたときには、英断を以って、被害・損害を最小限にとどめるための対策を講じることが重要。それと併せ、撤退、廃止、中止を含む政策の変更を大胆に行うことができなければならない。

 室戸市では、不当な公金の支出であるミク社への赤字補てんの対応とともに、高速バスターミナル建設は地方自治法第244条の「公に施設」に関し違法で、これも不当な公金の支出だった。これら市長の誤った判断によって市民に約6000万円という大きな「被害・損害」を拡大させたといえ、市長の責任は重大である。

 自治体が政策変更した場合、それに関係する団体や企業、また議会や市職員内で抵抗や反発も起こる。それをためらったり対応が遅れたりして、より大きな損失や事業の将来に困難を生みだすその責任は首長にあるし、首長の指導力欠如といえる。「分別」「無分別」という観点から言うと、この場合は「無分別な首長」と断言でき、地域と住民の暮らしを劣化させ地域と自治体組織を衰退に追い込むことからいうと、「人災の首長」でもある。

 唯、そんな住民に災難をもたらす首長ほど自分が「人災」であることに気づかない。この場合、地域は悲劇を生む。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」は、11月14日(月)付けGooブログランキング(165万4156ブログ)中、5019位でした。

理想的な首長像(3)距離は権威を創る

2011-11-12 | 政治家のあり方
(5)見返り

 権力の座にについた首長には、それなりの自制心と見識が必要である。加えて、法律を厳格に守るという強い認識が必要である。

 だが、選挙で利権目当ての企業や団体、個人の協力を得て当選し権力の座に就いた首長は、余程認識と見識がないと、その見返りとしてそれらに対して有利な扱いをしてしまう。これは自治体運営を不健全にしてしまうどころか、違法行為にまで発展する場合もある。

 そんな悪しき行いに対抗する制度が、「働きかけ記録公表制度」というもの。この制度が効果的な証拠に、高知県において過去年間何百件とあった県への口利きや働きかけがこの制度を導入した途端、次の年には3件ぐらいになり、20年度は0件になっている。この減少は何を意味するのか。勿論、それは制度の効果である。

 私は県が制度化した17年9月議会からずっと「室戸市にもこの制度を導入すべきだ」と求めてきた。私の一般質問での提案に前市長も現市長も「県でも働きかけは0件だから、室戸市もその制度を導入する必要はない」と答弁してきたが、何を言っているのか。県において働きかけが0件になったのは制度が効果を上げているからであって、制度を廃止すればまた300件、500件に急増するのは目に見えている。私の調査によって室戸市には今も悪しき働きかけが行われていることがわかり、3月議会ではそれを追及しこの制度の導入を求めた。市長は今のままでよいとしたが、そのことは何を意味するのかは大体予想はつく。

 自治体を健全化しようと考えるなら、首長はこの働きかけ記録公表制度をご自分の自治体に導入すべきです。この制度をつくり、要望を文書にし提出した以外の働きかけ(口頭による要望や口利き)は、すべて担当職員が文書に記録し情報公開することです。市長に対する働きかけは総務課職員などが記録する。そうすれば必ずや、企業、団体、そして地方議員などからの不正な悪しき働きかけ(口利き)は壊滅します。

 唯、この制度化を決意するのは首長。選挙で企業や団体、個人と深くつながり自治体の予算で見返りをしようと企む人物が首長の座に座ると、自分と口利きを行う人物の二人は違法性を問われることを知っているから、この制度化を求める声を排除しようとする。

 そうして自治体の危機は徐々に深まっていくのである。

(6)距離は権威を創る

 首長は公選制によって選ばれた人だ。であるが、住民の代表であっても、住民の上に位置する人物ではない。首長と議員は住民に選挙で選ばれ、すべて住民のお金である公費から給与や報酬を頂いていることから、自治体の雇用主は住民で、首長と議員は間違いなくその住民に雇用された従業員である。この基本的な認識が薄い首長がいるのも確かだ。

 上の(5)にも関係するが、首長は仮にも住民全体の代表者であって、一部の利害団体の代表者であってはならない。首長となり権力の座につくと、有権者とは距離が必要となる。

 そうできなくて、首長という地位を利用して特定の団体や企業、個人に対して利益配分するような行動は、明らかに職務の逸脱であり、組織の腐敗といえる。加えて、このように裏側で利権に絡む行為を平然と行う首長や議員は、何よりも身辺にまつわる情報の公開を嫌う。

 この考えの基に、改革派議員が行政に関することを積極的に調査し、情報公開を行うと、この首長と議員は直接的、または間接的に組織改革を目指す正義の議員に圧力やいやがらせをし、その情報公開をなんとかやめさせようとする。

 真の住民の代表といえる改革派議員は、その妨害に負けてはならない。そんな不正な首長や議員の登場を阻止し、政治の場から退場を促す薬は、徹底した情報公開の実現である。

 「距離は権威をつくる」とは、首長の地位につく者に対して為される悪しき行為に毅然とした態度で対処することであって、住民への冷淡さや無関心を言うのではない。この対処の方法の一つがさきほどの「働きかけ記録公表制度」であり、または議会新聞やインターネットによる情報公開である。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」は、11月11日(金)付けGooブログランキング(165万3130ブログ)中、4559位でした。 
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理想的な首長像(2)首長に必要な資質

2011-11-11 | 政治家のあり方
(2)首長選への立候補

 選挙とは、当選した人がその職にふさわしい人だと保証するものではない。それが首長であろうが市区町村の議員であろうが。

 公選制とは、選挙で選ばれた人を首長や議員とみなすことであって、当選した人が首長または議員としてふさわしい資質や見識、能力を持っていることを必ずしも保証するものではない。

 例えば、首長選について言えば、立候補した人が2氏だとすると、その2氏がともに組織経営を行うにおいて首長としてふさわしい高い能力を持った人であるかもしれないし、2氏ともがふさわしくない人かもしれない。しかし、その中の1氏は必ず当選してきます。そんな場合、住民は哀れである。

 だから、首長や議員には永久ライセンスを与えては危ないから、四年という任期を設けて、不適正ならば落選させるような制度になっている。唯、首長や議員としてふさわしくない場合でも四年間在職することを考えると、四年でも長いと感じる例もある。

(3)首長に必要な資質

 首長に必要な資質と考えると、それはそれはたくさん思いつく。「あったらいいな」という理想とする資質に、「これだけはどうしてもなかったら住民を困らせてしまう」という最低限持っていなくてはならない資質まで。それらをひっくるめて列挙してみる。

●コンプライアンス精神に富んでいること

 「コンプライアンス」とは、法令を順守すること。勿論、国の法律だけでなく、そのまちの条例や規則、時に規定される要綱などもその業務において正しく厳守されることが求められます。
 
 地方行政に関わる首長も議員も地方自治法を国の法律と思っていないふしがあるが、地方自治法とは、日本国憲法第92条(地方自治の本旨)を基にして規定された、地方行政が地方自治を行うにおいての「最高規範」。首長や職員、そして地方議員として地方行政に関わっている以上、いやでも守らなくてはならないルールである。

 故に、これを守らずに行政行為や議会行為を行うことなどあってはならず、行政や議会にいてこの地方行政最高規範である地方自治法を守りたくない人間は即刻、辞職すべきだ。
 
 (尚、「地方自治の本旨と現状について」は2010年5月3日、4日と、今年1月3日に関連記事を書いていますので、一度検索してご覧いただきたい)
地方自治の本旨と現状(1)
地方自治の本旨と現状(2)
地方自治の本旨と地方政治

 室戸市が高速バスターミナルを建設する時、1444万円の予算(県補助金50%、市の借入金50%)を使い徳島バスの社員宿舎も建ててしまったが、その部分の予算投資は約1000万円にもなる。この建設によって、室戸市は地方自治法第244条(公の施設)違反を行ったことになるため、私は議会においてその違法な状態が解消される改善策まで提案し市長の窮状を救おうとしたにもかかわらず、「受け入れれば谷口に負けたようで癪に障る」と考えたのか、その提案を拒否。だから、建物は現在もその違法な状態のまま室戸岬港に建っている。全国の行政関係者でこの地方自治法違反の事例に関心がある方は是非とも一度、室戸に行政視察においでいただきたい。

 又、これらの法令に違反してなくても、自治体の長ともなれば誰が見ても不適正だと判断されるような行為や政策は行ってはならない。小松室戸市長は、すでに倒産状態で撤退寸前だった指定管理者の企業ミクプランニングに6000万円もの住民のお金をつぎ込んだが、こんな“○○に追い銭”的なムダな投資は絶対に行ってはならない行為で、この件も地方自治法違反である。

 つまり、
「法律の一つも守れない奴が政治になんぞ関わるんじゃない!」
ということだ。

 そのことは最近のニュースでもわかろう。九州電力の社長の態度や大王製紙創業者の孫が会社の金100億円をギャンブルですった放蕩、オリンパスの損失隠し、読売巨人軍の渡辺会長の独裁ぶり。ただ、後の2つ、オリンパス社の不正はマイケル・ウッドフォード前社長の内部告発によって改革されると信じているし、巨人軍の件は清武代表の内部告発により以前よりは改革が進むだろう。だが、正力オーナーよりもずっとリーダーとしての能力に劣る渡辺氏はいつまでも会長の職にすがりつき、病気にならない限り、その座から下りないと私はみている。トップとしての責任を取らないあの九電社長やオリンパスの前・元会長や社長のように。

 オリンパスの不正な事件と巨人軍の内紛、この2つの内部告発を見て室戸市民の皆さんはどう思いましたでしょうか?

 何か、他人事のように思っていませんか?

 これら一連の組織不正のニュースを聞いて、あなたの近くで最近起こった出来事と「何か似てるな」と思い当たることはありませんか?

 このマイケル・ウッドフォード氏や清武代表と同じように、最近まで室戸市政及び議会組織の不正や不適正な体質にくさびを打つべく市民や全国の地方自治に関わる人たちに訴え懸命に働いてきた人がいたことをご存知ですか?

 室戸市議会において8年間にわたって室戸市政の違法や不正を追及し、住民に向け告発の情報発信を行ってきた人がいましたね。やっと思いだしましたか?

 そうです、改革派議員だったこの谷口が行ってきた市政・市議会改革に関する勇気ある行動がこの2氏の行動と同じなんですね。
 
 ウッドフォード氏が社長時代、「これまでこの会社を経営してきた首脳陣たちはバブル期の放蕩で会社に大きな損失を与え、その損失を企業買収によって粉飾したことは許すことができない」と動いたことによって社長を解任された。それと同じように、市議会で一番熱心に仕事をしていた谷口によって追い詰められた政治関係者らも「谷口に投票するな」と触れ回り、谷口はこうして地方議会を“解任”された。

「違法でもいいじゃないか、まちが良くなるなら」。「企業誘致だから違法でもいいじゃないか!」。

 室戸においてかつてこんなことを私に言った人が何人かいたが、こんなでたらめなことを口走る政治関係者ばかりじゃ町は100年たっても良くならず、そのまちは悪質な政治体質を引きずったまま寂れていくと断言しておく。

 それと、世の中の大会社や大きな組織で起こったことは新聞やテレビで大きく取り上げられ客観的に善悪が指摘され、大体「この件で悪のは誰」と位置づけられるから、国民にはその内容の実態が把握・理解できるようになって、やがて企業は改革されてゆきます。ですが、地方の小さな町でしかない室戸市で行われている不正や違法行為などは、改革派議員が行政で今行われている悪事を正しく情報公開しても、住民は耳を貸さない。

 オリンパスという世界に知られた会社の不正をコンプライアンス精神に富んだ一人の人間が知ってそれを告発すると世界的な大事件として取り上げられる。一方、ウッドフォード氏と同じ思いを持って、彼とまったく同じように室戸市の不正を知って調査の上で議会で告発しインターネットを使って全世界に情報公開しても、政治を取材する立場の新聞記者はもちろんのこと、住民も行政のその不正に誰も関心を持たないし、何も体質は変わらない。

「ガバナンス(組織統治)能力に欠けた人やコンプライアンス精神に欠けた人間は政治や企業経営に関わってはならない。いつまでもいつまでも、一生下働きしてりゃいい」ということだ。

 余談になるが、高知新聞社の県内支局長は行政や議会の不正や不適正な出来事に気付くと逐一記事にしているが、室戸支局長の特に横田記者以後の3記者は、市が不正や違法を行っていることは議会を取材し谷口による告発を聞いて認識しておりながら、行政による地方自治法違反などには関心を抱かず 情報を提供しても絶対に記事にしなかった。それは、地方自治法を全く勉強しない故の知識不足の所為と、その行政の違法行為や議会議員たちの職務怠慢を記事にすればその後は市の協力は得られず行政からの情報が入ってこなくなるし議会からは排除される、そのため黙認したものと私は理解している。

 しかし、それではジャーナリストとは言えない。

 ジャーナリストとは、かつて地域雑誌の編集発行人で記者だった私が議員時代にそう努めたように、組織の悪い体質や姿勢を積極的に調査し、例え首長や職員に批判されようとも、議員に批判されようとも、告発する勇気ある行動と姿勢があってこそジャーナリストと言える。書くのはいつもお知らせ記事ばかりで、悪政や不正に対しては腰が引けて自分の意見を言えない、そんな新聞記者は決してジャーナリストとはいえない。新聞社のただの社員だ。

 昭和62年ごろに室戸支局長をしていたY記者は今や、朝日新聞社の上層部にいて社員を指導・教育する立場にまで出世している。氏は頑張っている人には人一倍愛情を注ぎ、探究心は強く、不正を見つけると必ず記事にしてきた。室戸支局長はあの敏腕記者の経験に裏打ちされた知力と勇気から学べ。そしてただの新聞社社員からジャーナリストに生まれ変わることです。

 そうして、室戸市が行う違法や不正な事業運営、市議会の職務怠慢を厳しく記事にすることです。本当にあったことを記事にすることは何も悪いことではない。むしろ住民に高く評価され、褒め称えられ喜ばれること。唯、不勉強で何の確信もなしには記事は書けないが。

 ●改革精神に富んでいること

 大体どこの自治体でも一年に一つや二つは不正や不適正な行政運営を行っていると考えており、それは特に1000万円以上の予算を投資する大きな公共事業において行われている。それまで不適正な行政運営を行ってきたそんな自治体の首長に新しく就任したとならば、その首長となった人物は就任後すぐにその悪しき体質の改革・改善に着手しなければならない。

 当然、自らは違法や不正、不適正な行政運営を行ってはならないし、それを行おうとする職員には厳しくコンプライアンスに関する教育を行うこと。全国の自治体において行われている議会議員から首長や職員への悪しき口利きや働きかけもすべてその場で記録し同時に全国に向け情報公開して、行政組織からそんな不正を排除することが求められる。

 そのほかにも、不正や違法行為でなくても不適正な行政運営はどこの自治体でも行われている。それは「行政のチェック」を職務とする議員が指摘し批判し改善させなくてはならないが、そんな改革派議員が議会にいるのは稀なことだから(この谷口がそうであったように)、まず行政の長である首長が行政において行われているすべての事業に厳しく目を光らせ、不正や不適正な事業を見つければそのすべてを改めさせることだ。

 よく、首長は議会での所信表明や答弁で「財政健全化計画」とか「行政運営の健全化」とかいいながら、不適正な財政運営や行政運営を平気な顔をして行っている。これは事実で、全国の自治体においても間違いなくこれと同じことを行っている。だが、その首長や職員が行う発言はウソで、虚偽答弁。違法行為を行い不正を行ったがために私の追及を受け窮地に陥った市長が「これは適法と考えており、これからも健全な行政運営を行ってまいります」なんて答弁を吐いて逃げるのを聞くと、いつも「ウソこけ!」と怒りに震えていた。

 「何が健全なのか。あんたの首長としての体質は選挙に出馬を決めた最初から不健全極まりないじゃないか!」と。

 詭弁を弄する首長を信じてはならない。そんな首長は「公正・公平・適正」をよく理解している健全な住民の力によって、一日も早く辞職に追い込むことです。 

●体が健康体であること

 石原東京都知事は週三、四日だけ都庁に勤めていると聞くが、首長はたいていの場合、終日、役所に勤めなければならない。だから、そんな多忙な首長職をこなすには、まず体が丈夫でないといけない。元気であることと、体に病気を持っていないこと。任期中、罹病した時はすぐに辞職すべきであるのはもちろんだが、特に内臓や心臓、脳に持病のある人は首長に立候補することは不適正だ。

●明るくて、知性と品性があること

 首長になり権力を手に入れた途端、豹変する首長がいるが、首長だけでなく、どんな組織のトップに座ろうとも「実るほど首を垂れる稲穂かな」のたとえもあるように、トップリーダーとしての能力などはさておいても、組織の上に立つ人間の魅力として知性と品性がまず求められる。

 いつも明るく前を向き、にこやかに、穏やかに、明晰に、法を守る正義感を持ち、筋と理を以って率直に語ることができる、その姿である。(こう書く小生はまったく持ち合わせていない特質ばかりだが)

●指導力があること

 部下や住民に向かうべき方向を指し示し、企画立案を促し、人を適正に配し、人に働きかけ、その者たちを引っ張り、ことを成し遂げていく指導力を発揮してリーダーとしての役割を果たさなくてはならない。

 このことには前提があり、上からいくら方向を示しても、違法や不適正な企画立案であったりすると職員は動かないだろうし、それを強引に動かそうとすると必ず組織内にひずみが出きてくる。そんな状態にいったんなってしまうと、いくら元に戻そうとしてももう戻らない。首長と職員が四面楚歌の状態になり、「指導力の発揮」など夢のまた夢となる。

 だから、首長は職員を自分の子どもに言うように教え指導し、指示し、人を配し、自分が先頭に立って行動するよう、最初から理解していなければならないということになる。途中から改善しようといくら苦心しても、それは無理なことだ。

●先見性・先進性に富んでいること

 先見性とは、将来どうなるかまだはっきりと見えないうちに前もって見通すこと。先進性とは、行政に関していうと、他の自治体の中でも地域の取り組みや行政の取り組みについて、進歩の度合いが他市町村よりも進んでいることをいう。

 他に抜きんでた行動を起こしてこそのリーダー。行政組織のトップリーダーである首長には、時代を先読みしたこうした先進性や先見性が必ず必要である。そのためには行政におけるいろんな政策や事業に関して、全国の自治体などの先進地調査は欠かせない。それを日々の多忙な業務の中で首長自ら行っているのか否かが問われる。

リーダーにこの資質がないと、その自治体はいつまでたっても半世紀前の戦後すぐの地方政治と同じような古臭い行政運営を行い、そこでは必ず旧態依然とした悪しき利害関係を引きずることになる。

 先進性や先見性を持つには、情報収集が不可欠。情報を欠かさず収集し、それを取捨選択し、その膨大な情報の中から自分の町の活性化に適したヒントを抜き出し、それをもとに新たな計画を創案する。それには、このような一連の作業を地道に行う性格と企画能力が伴わなければならない。

(4)決断力

 首長の判断力の誤りは住民に大きな損失を与えることは、この例でも理解できよう。20年4月に室戸市の温浴施設の指定管理者・ミクプランニングがすでに倒産状態にあった時、6000万円の財政支援の要求書が市に提出された。「支援しなければわが社は撤退するぞ」という内容だった。小生は「それを毅然と断り、撤退させ、新たに民間から指定管理者を公募すべきです」と求めた。しかし、市長は6月議会で4000万円余りの支援を決めた。その9カ月後の3月の当初予算でも支援したが、ミク社はその約6000万円のお金を持って撤退して行った。

 熟慮と優柔不断は紙一重という。思いきって決断すべき時に躊躇すれば、優柔不断のそしりを受ける。上の例によって、室戸市民は二回で約6000万円の公費を無駄にどぶに捨てたことになる。

 リーダーに必要な能力は、問題に応じたその見極めであり、決断である。決定を下さないといけない時には決断する、決定を下してはいけない時には決断しない。これが「見極め」を基にした判断というものだ。決定を下さないという決断も首長にはなくてはならない資質と言えるし、動に転じなければならない時に不動であれば、首長としての判断力と決定能力を問われることになる。

 そんな首長として判断力と指導力に欠けた人物が意思決定機関のトップにつくと住民は哀れであるし、不幸だ。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」は、11月10日(木)付けGooブログランキング(165万2757ブログ)中、4514位でした。 

理想的な首長像(1)住民の声を聞く

2011-11-10 | 政治家のあり方
(昨年4月初旬に掲載した特集記事「理想的な首長像」を再度、六回分を一挙にご覧いただきます)

 首長となった人の資質の良し悪しで、そのまちの体質が良くなったり、悪くなって破たんへと追い込まれたりもします。そこで、自治体の首長選に絞り「首長としての理想像」を探ってみたいと思う。どんな人物が首長(市町村長)にふさわしいのか。それを皆さんと一緒に考えてみたい。

 項目は次の予定。
●住民の声を聞く
●首長選への立候補
●首長に必要な資質
 ①コンプライアンス精神に富んでいること
 ②改革精神に富んでいること
 ③体が健康体であること
 ④明るくて、知性と品性があること
 ⑤指導力があること 
 ⑥先見性・先進性に富んでいること
●決断力
●見返り
●距離は権威を創る
●危機に敏感
●自治体対応能力
●真実を以って説明責任を果たす
●二元代表制の認識
●リーダーの登場が待たれる

(1)住民の声を聞く

 まず、組織経営を行う時には現場の声を聞かなくては、間違いなく「机上の空論」を以って、的外れな政策を行ってしまうことになる。

 自治体による現地・現場主義は、住民が何を感じ、何を考え、何を願っているのかを直接的に聞く機会であるのはもちろんですが、謙虚に耳を傾けることから、住民の生の声(情報)を理解するための方法でもある。併せ、住民との対話の中で職員の感覚やモノの言い方を試されることから、生きた職場研修にもなる。

 一つ問題提起すると、いま自治体はまちづくりのためには住民の意見を聞かなくてはならないという動きがあって、そのため全国的に自治体による住民懇談会が流行っている。この会合では要望も含め住民が多岐にわたる意見を述べているが、住民によるその“生の声”を首長と自治体職員がメモを取っていない場合が多いが、あれはいったい何んなのか。首長の公約として住民懇談会を行っているという、まるでポーズとしか言えない。

 行政側の人間がみんなメモをとり、そのメモをもとに数日後に検討会を開き、住民の意見をまとめ、政策に生かせるものは即時に事業化するように、なぜしないのか。会議でメモを取らない首長や職員を見ると、「あなたはそんなに聖徳太子のように人の話したことをすべて覚えているほど賢いのか」と思うし、そんな形ばかりの懇談会を開くのなら、止めてしまえとまで思ってしまう。

 橋本大二郎前高知県知事のことは県内の首長も市町村職員も大体みなさん嫌いなようですが、誰も改革できなかったことを改めた功績も多い。

 まず、橋本氏が知事一期目の事業である県民懇談会に臨んだ時、参加した20名ぐらいの地元住民の意見をきいて、それをすべて自分のシステム手帳にペンを走らせ控えていたことを、私はその現場を取材してよく知っている。

 能力とはそういう真摯な態度から醸成され形成されるものだ。高い能力を持った人からだけでなく、若い人や高齢者も含めた一般市民から謙虚に学ぼうとすることによって、自分の能力も次第に向上してゆくものだ。それには、その一つ一つをメモし書きとどめ後に活かす必要があろう。県内の首長で住民と接した時、それを自分の手帳に事細かく書いている首長がいるか? いや、一人もいません。聞いているがメモはしない。だから、聞いたことはすぐ忘れてしまっている。県内にはそんな市長村長ばっかり。

 県下の自治体首長がその橋本氏の姿勢から学ぶことは無かったのか。県知事の政策に腹を立てているだけだったのか。たとえ嫌いな人でも、その人の自分よりも優れたところ、良いところからなぜ学べなかったのか。

 無能な首長ほど、利害関係を持っている人の話は聞いても一般住民の話を真剣に聞かないし、手帳になど控えようともしない。これまでも雑誌記者として県内を回り市町村のいろんな首長を見てきたが、首長が住民の意見を自分の手帳に書き控えている光景なんか、橋本知事以外は見たこともない。それは、「おれはこれで首長をやっていけるからいいんだ」と思っているのか、それとも「そんな人の話を聞いても得にはならん」と高慢でいて、自己中心的だから。

 自治体に勤務していて他人から学べない人は、「ダメ首長」「ダメ職員」のそしりを受けても反論できない。そのイメージを首長や職員が振り払うためには、今以上に住民の声を聞き、業務効率を上げ、今以上に他人から学ぶことしかない。

 表題は「住民の声を聞く」としたが、住民の声だけではない。役所において、首長は職員や議員等の声にも耳を傾ける心構えがなくてはならないのは勿論だ。なぜなら、首長は万有の能力を持っているわけではないからです。計画を練りまとめる職員がそばにいてこそ、行政を監視する議員の適正な指摘があってこそ、行政における施策の成果が自分の能力として住民が認めてくれるのである。そのことを首長はよく認識しておくべきだ。 

「七福神乗合宝船」

2011-11-07 | 私の絵画制作活動
 県展入選作「磯波」を描き上げた後、10月中旬から描き始めた絵馬の大作がようやく完成したので、ご覧いただきます。

 元絵は、江戸中期に活躍した絵師・喜多川歌麿の浮世絵「七福神乗合宝船」で、10年以上前の雑誌に見開き(35×25センチ大)で掲載されていた写真。

 それを凝視しながら162×112センチ(P100号)に描き上げた作品。原画以上の出来栄えに、奥さんの見立ても先日の県展入選作よりも上。早くも、「お父さん、ありがとう」だって。

 ともかくその作品をご覧ください。
(写真は、上のバーの「表示」を125%以上にするとボケますので、「100%」にしてみて下さい)

    

 いかがかな?

 もしかしたらこの作品は日本で一番大作の「七福神乗合宝船」ではないかと思っています。

 尚、完成した日付はこの11月2日ですが、この絵馬は将来的にはどこかの大きな神社に寄贈され100年、200年と長きにわたり多くの皆さんの参拝を受ける名品(?)ゆえ、切りのいいところで「平成二十四年一月吉日」とした。

 又、これはこれまでの30年近くにわたる私の地域づくり活動で苦労を掛けてきた当家の奥さんにその償いとして小生が死ぬまでに何か一つ描き遺しておきたいと考え、描き上げたものですが、「あたしは500万円ぐらい出すと言う人がおったら、売る!」と気張っています。

 「親の心、子知らず」とか申しますが、これじゃ、「夫の心、妻知らず」でんな。

 だから、大富豪の篤志家の方に買っていただいて、その方が日本のどのかの大きな神社に奉献して頂けたらと考えています。

 いやいや、見ての通り、私はそんな欲深いことは決して考えない人なんですよ。でも、お金が大好きな妻がそう心に決めているそうだから、仕方がない。どなたか大金持ちの方がいたらそうしてやって下さい、妻を助けると思って。私は助けなくていいから。(笑)

 尚、とろとろしてたら誰かが先に買っちゃうと思うから、そこの社長さん、なるだけお早めにご連絡を。

 会社の大事な金をラスベガスで百億円すってしまうんなら、この絵馬を買って、日光東照宮などの神社に奉献した方が歴史に美名が残りますよ。

 ま、しばらくは当家の居間に飾っておきますので、お近くの方はご覧くださいませ。

(追信)
 ブログを見た岡山にいる娘からさっそく電話がかかり、「お父さん、これはすごいよ! 私も欲しいから一口加えて!」と。中学生になった二人の孫娘も「おじいちゃん、あたしも!」、そう連絡があった。

 もう、すでにこの絵馬の権利をめぐって家族の中で争奪戦が勃発したようです。はてさて、どうなることやら。


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