青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

互いの競争が、優れた人材と組織を創る

2010-03-30 | 人間のあり方
 文科省が来春から使用する小学校教科書の2009年度検定結果を発表。内容はこれまで学力低下を招いたと批判されてきた「ゆとり教育」から一転させ、理科と算数を中心に分量が大幅に増加した。各教科平均ページ数の合計は、ゆとり路線を導入した現指導要領下の2000年度検定と比較すると42.8%増加したという。

 今回の国の教科書検定の内容について論じようと言うのではない。それほど教育に詳しいわけでも、これまでの教科書検定の流れや経過を知っているわけではないから、その点については何も申し上げることはできません。

 しかし、私は国によるこの子供たちへの教育についてだけでなくて、国家公務員や地方公務員の在り方にしても、国内の企業の在り方にしても同じで、 組織において「ゆとり」などがホントに必要なのかとずっと思ってきた。むしろ、大企業や中小企業、自治体や学校現場の『ゆとり』が国の活力を奪ってしまうとまで思っている。ちょっと重い話題ですが、そんな話を聞いてください。

 振り返ると、負けず嫌いの性格もあって、私自身も地元高校を卒業した時からずっと「ゆとり」など持たずに働いてきた。

 高校を卒業したのは昭和39年3月。念願だった美大進学は父親に反対され、断念。その年から十数年、家業である製材所に勤務して4トン、6トン、8トントラックと乗り継いで夜昼なしに杉銘木の原木や製品を積んで県内外へと走った。そのどこにも「ゆとり」なんて入る余地は無いし、「ゆとり」なんかくそ喰らえと思って働いた。

 その会社の中には「雨が降っているから」、「寒いから」、「だから明日にしよう」などという立ち回りのうまい年配の従業員がいて、ある時、その男、のたまわく。「一所懸命仕事をしてもせいでも、給料は一緒やきんな」。私は20歳代、相手は50歳代。「この年になってこの程度の考え方しかできんのか」と思って腹が立った。私は周りのそんな不真面目な大人たちを仕事の量で打ち負かし、他の従業員が4寸角を一本担ぐところを2本担ぎ、他の運送会社の運転手が積む荷よりも多く積んでトラックを走らせ競い合ってきた。

 その後、いつ頃だったか、昭和50年から60年にかけてでしたか、日本の車がアメリカで売れすぎて、アメリカの自動車会社に勤務する男たちは日本車を取り囲んで棒や鉄パイプで叩きつぶし、その車に火までつけて大騒ぎしていたのをテレビニュースで見たことがある。いわゆる“日本たたき”だ。

 それからしばらくして、アメリカは日本に対して「日本人は働きすぎだ。だから、日本政府は休日を増やして国民をもっと休ませろ」と言ってきた。つまり、「日本車がアメリカで売れすぎてアメリカは困るから、日本は商品の生産力を落とせ」という全く理不尽としか言いようのない要求だった。
 
 それを聞いて、当時、政府に対してこう思いました。「働くからこそ、企業の商品が売れて経済は活性化するし、政治も動くのに、休みを多くして会社や自治体や学校などがどうなるのか。そのことを国の政治家は分かっているのか」。
 
 更にアメリカに対しては、「そんなに日本の経済活力が憎けりゃ、自分たちアメリカの企業もアメリカ人も日本を見習って夜昼なしに働けばいいじゃないか。そうして日本以上に自動車などアメリカ製の商品が売れるよう努力すればいいじゃないか。そんな競争することから互いに活力が生まれるのではないか。お前らアメリカはそうやって自分たちが休まずに働くのが辛くていやだから、日本人に『休め!』と言っているのだ」。
 
 でも、日本政府はアメリカのこの要求に屈し、日曜日以外の休日を増やし、公務員が「はんどん」といって土曜日にも半日仕事をしていたものをその土曜日も休日にしてしまった。これに公務員は休みが増えたといって喜んだことだろう。このことによって公務員の仕事量は減少した。又、企業もこの動きに同調して土曜日と日曜日を休みにした。学校も土曜日は休みになり、子どもたちが勉強する時間も減った。これによって間違いなく日本経済の活力が低下し、学校教育の活力が低下したことによって子供たちの学力も低下した。こうなるのは、政府がこの制度を実施する前から分かっていた。思っていた通りだ。

 今となってはもう遅きに失したかもしれないが、これを改善させるには国の週休二日制を即時に廃止し、昔のように公務員は土曜日も半ドンで仕事をして、以前のように“働け、働け”の掛け声の下、すべての面で生産性を上げて仕事をすることです。

 教育に関しては、「ゆとり」をやめて詰め込めとは思わない。しかし、緩やかな教育である「ゆとり教育」は間違っている。ゆとり教育を始めたときだったかに父兄から突き上げがあって通知簿の5点評価もやめてしまったが、厳格な評価があってこそ子供たちの間に競争が生まれ、それによって子供たちそれぞれの特異性が多岐にわたり表出することになるものだ。これも昔のように5点評価の通知簿に戻すことです。

 ≪教育においてだけでなく、これは組織における何事についても言えるが、上に立つ者は自らに厳しくあらねばならない。それを基本として、上司は部下に対する厳しさも忘れてはならない。又、教育でも公務員の仕事でも、企業の職務においても同じで、時間的な「ゆとり」は活力を生まない。子供でも大人でも同じで、それぞれが行う“職務”には絶えず「負荷」を掛けてこそ、そこに活力が生まれるものである。≫

 私にもこの新年度には中学校2年生と小学校6年生になる孫娘がいるが、その子どもたちの勉強は他の同級生と競争してこそ学力がより高まると確信していて、部活ともどもクラス1になってほしいと思っている。これは誰しも子どもの親や祖父・祖母ならばそうではないか。それを、自分の孫が他の子どもたちより少し劣っているとしても、「子どもたちの成績に差をつける評価制度はおかしい。できるだけ横並びの評価制度にせよ」などと学校や国に圧力をかけるようなバカなことはしない。人の能力には差があって当たり前だからだ。

 考えてほしいのは、そんな「ゆとり教育」で育った子供たちが学校を卒業した時のこと。差がゆるやかな組織(学校)の中でぬくぬくと育って、高校を卒業した時のことを。世間は厳しい、世間の風は冷たいのです。社会に出ると誰も助けてはくれません。親がいつまでも子供が務める会社に行って、助けることなんてできません。会社では能力のある営業マンは商品の売上高を示す棒グラフでダントツの成績を誇示し、一方、能力のない営業マンはわずかしか売れなくて、毎月恥をかくことになります。

 これが一般社会である。だから、子どもの時に親や学校はどうすればいいのか、です。学校は、子どもの時からそれぞれの能力評価では差をつけた評価を行い、その差を子どもも親も実感して、時には恥もかいておくことです。親も子も同級生に恥をかかないためと実力をつけるために勉強するしかないことを知っておくことです。勿論、それでも通知簿で1か2しかもらえない子もいるでしょう。それでもいいのです。なぜか。それは、子どもの時の恥は恥ではないからです。親もそのことを恥だと思わず、「子供の時の恥は恥ではない」とよく認識することです。そうやって、そんな厳しい評価を子供の時に実感してこそ、一般社会に出たときに戸惑わず、順応できるようになるのです。

 だから、子どものこの「ゆとり教育」に関していえば、子どもたちに「ゆとり」はいらないといえる。又、教員にも週休二日制という「ゆとり」はいらない。勿論、その他の地方公務員である自治体職員にも国家公務員にも、職務遂行に「ゆとり」はいらない。

 私は、若い時からずっと「ゆとりは怠慢につながる」と思ってきた。「ゆとりは怠け者を生む」としか考えていない。それは議員になった今、確信に変わった。そして又、「頑張った者が評価される社会でなくてはならない」と考えてきた。逆にいえば、「頑張らなかった者が評価される社会であってはならない」ということでもある。

 「ゆとり」とは「余裕」のことですが、この「ゆとり」を持つのは個人的な生活の時間の時と高齢になって職を辞した人だけでいい。その他の、職業に係わることや学生の学業においての「ゆとり」は、怠惰を生む無駄な時間でしかない。

 だから私は「ゆとり」なんかくそ喰らえ!と思っている。職業に関し「ゆとり」を持って臨むことは、その組織の活力を減退させる点からも、罪悪だ。

 組織は、何事においても「ゆとり」を排し、組織を構成する一人ひとりが互いに競争し合うことです。その競い合った結果、組織のいろんな分野において優れた人材を輩出します。簡単にいえば、みんながもっと競い合って学び働けば優れた人材になるし、その組織は活力を持った優れた組織になるということです。
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暴走する亀井・福島大臣、迷走する民主党政権

2010-03-28 | 国のあり方
 今朝のテレビ朝日の番組「サンデープロジェクト」の最終回は面白かったですねえ。大笑いしました。

 民主党の菅直人氏、国民新党の亀井静香氏、社民党の福島瑞穂氏の政権与党の三氏が、“郵政民営化逆行案”である郵政改革法案を巡って、大論争! 自民党の谷垣総裁など野党党首が居並ぶ中、その人たちをそっち退けにして大いに揉め、全国民の前に恥をさらした。特に勝手気ままなことを言って参加者から怒りを買っていたのが、亀井氏と福島氏の二人だ。

 郵政民営化は、かつての“郵政選挙”で国民の過半数が認めた国の政策である。それを、自分が自民党を追い出されたという個人的な恨みを晴らすために、「小泉憎し」で時代に逆行した「民から官へ」の政策を強硬に決定しようとしている。その張本人が亀井氏である。とにかくこの亀井のおじさんのやっている身勝手さには呆れてしまうし、「亀井憎し」の思いまで募る。

 国の政策として決定もしていないのに、さも閣議決定したかのように見切り発車で会見を開き公表してしまうその手口は、国民が“郵政官営化”に異論を唱える以前の問題で、亀井氏と原口総務相以外のそんな話を聞いていない閣僚が怒るのも当然である。亀井氏は「何を言ってるんだ。これは総理も了承していることだ」と言ったが、その総理は「了承していない」という。すると亀井氏、「そんなことはない。電話で了承したんだよ」といってきかない。政策決定するのに、一言二言で終わる電話はないだろう。

 間違いなく、亀井氏は政権与党に入った喜びのあまり暴走している。

 笑っちゃいます、「あれでも国会議員か」と。

 亀井流とは、見切り発車でドーンと大きな花火を打ち上げて、「私はこんなに皆さんのために頑張ってますよ」と郵政票を持っている人にテレビを通して見せつけ、次の参院選で支持をもらおうとしている。これが亀井のおんちゃんの魂胆。それが見え見え。

 だから、普天間基地の移設の問題も含め、亀井流は必ず花火を打ち上げた後、政権内で揉めるし、それで揉めさせている。

 この郵政改革案で政権内が大混乱しているのは亀井氏だけが悪くて問題化しているのではなくて、この亀井氏の行動が事前に分かっていたのに総理大臣である鳩山氏がその中身をいまだに十分理解していなかったことと、それを止められなかったことによる。

 もう一人、暴走しているのは亀井氏だけではなくて、政権与党にいながらいつまでも少女のように理想ばかりを追い求め他の二党と妥協しない福島氏も、亀井氏と同じように政権内のもう一つの爆弾だ。広範囲に日本の政治を考えられなくて、普天間基地の問題でもある一面(沖縄県民が喜ぶ海外・県外移設を唱えれば参院選の票につながるからとの打算)だけを見て発言しているところに根本的な誤りがある。そして、「県内移設に決まった時には政権を離脱する」と啖呵を切り政権離脱を匂わせながらも内心ビクビクしているのが見てとれるのも、みっともない。そんなにいやならさっさと“離婚”すればいいのに、そうできないのは野党になったら冷や飯を食わなきゃならなくなるからで、それもできない。情けない話です。

 このお二人の勝手な発言のすべてが参院選での票目当ては歴然としている。ま、これは民主党もそうで、こちらのバラマキの方がもっと悪質だ。

 何事にも適切な判断と決断ができないその民主党の鳩山氏。うちの後援会長(妻)に言わせれば「おぼっちゃんやきん、いかんね」と、一言で一刀両断。私の教えが身についたのか、手厳しい。政治家としての評価は自民党のこれまでの総理に比べても、極めて低い。加えて、小沢氏は一人で国の利権を握って、まるで中国の国家主席を目指しているように剛腕を振るっている。この人も鳩山氏も議員辞職しないと国民は許さないし、選挙になってその存在が効果を生むわけがない。

 民主党が浮上する方法は一つ。この二氏を切り捨て、旧民主党のメンバーだけで政党を作り直すことに尽きる。

 それと、この政権はアメリカから離れて中国と手を組もうとしているようだが、“アメリカ離れ”を進めてもし近隣諸国から攻撃を受けたとき、日本は一体、誰が守ってくれるのか。アメリカを放り出して借金が1000兆円近くになっている国の財政から軍備費を十倍ぐらい出して日本軍を作って日本を守るのか。これは、「普天間基地は国外・県外」と言い続けている社民党の福島氏に問いたい。「国外・県外」の先には、「アメリカに代わって日本を守るための軍隊の創設」が待ち受けていることをあなたは知っているのですか? 「国外・県外」を主張するときにはこのことをどうするのかを明確に認識し発言できるようにしなければならないことを知っておいていただきたい。

 いったい、民主党と国民新党と社民党がタッグを組む政権与党はどこへ行こうとしているのか。

 彼らはいったい、この日本をどこへ連れて行こうとしているのか。

 民主党は国旗、国歌まで排除しようとしていることからみると社会党色が強いが、あなた方は実は「民主社会党」、つまり「民社党」なのか。

 寄り添っていることからみると、日本を中国のような社会主義の一党独裁の国にしようとしているのか。そして、その時には小沢一郎氏が日本の国家主席になって権力を振り回すのか。

 国民に自由の無い、平等も無い、情報も公開しない、政党は共産党しか認めない、そんな国が素晴らしいと思い国家主席に媚びている小沢氏という政治家は、これまで何十億円という日本国民の税金を他人に解らないように策略を巡らし自分の息のかかった団体名で土地を買うことに使い、マンションを買いし蓄財・不動産取得してきたが、それは一人の政治家の行いとして正しいといえるのか。

 日本の政治は今、戦後最大の危機を迎えている。ですが、政権を握っている政党の議員の皆さんはそのことをあまり実感しておられない。それこそが正に“危機”だ。

 今のまま民主党が四年間政権にいたら、日本は終わりです。

 とにかく、国民は政治家の言う「甘言」に乗せられてはなりません。そして、これは国会議員も地方議員も同じだが、ちゃんと議員として仕事をしない人に投票してはなりません。
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「市民は馬鹿やないきん」

2010-03-27 | 議会改革
 久しぶりに、市議選に初出馬した時のことを色々と振り返って考えてみた。23年4月の市議選に出馬を考えておられる方々にお金を使わない選挙の方法を伝授したいと思いますので、ご参考にして頂きたい。

 15年4月の選挙から半年ほど前のこと。雑誌出版の仕事をやめてからずっと知人から「出ろ、でろ」と薦められ続けてきて、雑誌出版で作った借金も14年の夏に完済したことから、同年10月に市議選の出馬を決意。11月1日にそのことを妻に打ち明けました。当たり前のことだが、突然の話に妻も「ダメ!」の一点張り。「10万円で済ませるから」と何度言っても、「10万円で選挙で通るわけがない。いかんぜ!」に加え、「そんなにどうしても選挙に出ると言うんなら、あたしは離婚する!あんたが勝手にやったらえいわ」といってきかない。そうして11月中、お互いに黙りこくったまま時は過ぎゆき、時々、「10万円で済ませるから・・・」といっても、話を聞こうとしない。(その割に、出て行こうとはしなかったが)

 月も半ば。既に妻からは離婚後の暮らし方まで聞いていた、そんな頃でした。出馬を打ち明けてちょうど一カ月目の、妻の足がすでに片足が玄関から出ているような状態の11月30日でした。もう、これが最後とばかりに「選挙費用は必ず10万円以内で済ませるから許してくれ」とこれまで言い続けてきたと同じ話をした。すると、妻もついに「ほんまに10万円で済ませるがやね。なら・・・」と折れ、出馬することが決まった。「だから、最初から10万円で済ませるからと言ったじゃないか」と妻を責めるも、かつてそんな形で立候補した議員候補がいなかったから、不安な妻の気持ちもわからんではなかった。

 その後、12月からは出馬の段取りや議員としての仕事を本をたくさん買ってきて勉強し、そして友人、知人にも報告した。でも親しくしていた知人らは、口々に「10万円で市議選に出ても通るわけがない」と言下に「無理!」という人ばかりでした。中には、「市会議員の選挙は500万円はいるぞ」などと言う自称“選挙のプロ”までいて、笑ってしまった。それを聞いて横にいた妻は「お父さん、大丈夫?」と不安がったが、私は「市民は分かってくれると思っています。室戸市民は馬鹿やないきんね」と、その度に友人らに話した。

 「市民は馬鹿やない」とは、「市民には、自分たち市民の期待を裏切らない、課せられた職務を忠実に果たす候補がどの人物かを見分ける眼力を持っていて、室戸を良くするためにその人物に投票しようとする人たちがいるものだ」との意。

 そうやって、私たち夫婦は告示後の選挙運動中の支援者・スタッフは勿論のこと、選挙の前にも誰一人として支援者を連れず、純粋に私たち夫婦だけで支持を広げた。選挙戦でも毎日四十数回、市内各地で街頭演説を行い、二人っきりで戦って当選させていただきました。勿論、二人だけの選挙だから、後援会組織なんか全く必要ない。形だけ選挙事務所にした車庫には机を一つ置いただけで、スタッフなんか一人もおかない。隣のおんちゃんが時々寄ってお茶を飲んでいるだけ。それに、電話は自宅にはあってもこの車庫に電話は置かないから、支援を呼び掛ける電話は一切しない。知人から、夜、自宅に電話がかかってくることはあっても、こちらからは一回も掛けなかった。とにかく、徹底して無駄は省いた。

 「えっ、なぜ支援を呼び掛ける電話が無駄かって? だってそうでしょ。誰に電話したって、『ハイ、応援してますから頑張って下さいね』と、候補を傷つけないようにと心にもないことを言って、本当に投票するのは別の候補でしょ、あなただって」。それでも、立候補した候補とその支援者は心配のあまり、選挙の時にこの支援呼び掛けの電話をかけることを止めることができないでしょうね。

 このように夫婦だけで行う私たちの選挙手法は一風変わったもので、誰も真似できない。真似したら落選します。市政施行五十年にもなろうとする室戸市議選の長い歴史では「一番効率的な、お金のいらない選挙」となりました。

 それと、読者の皆さんが一番気になるこの初出馬の選挙で使った費用ですが、手作りの看板に使った材料代と公選はがきの印刷代など、97400円。こうして「10万円で選挙をする」という妻との約束はきっちりと果たすことができました。

 又、二期目となる19年4月の選挙においても同じように妻と二人だけで選挙戦を戦い、今度は看板を作る材料代がいらなくなった分だけ少なくて済み、選挙費用48000円で当選させてもらった。因みに、この選挙の前には、もう友人たちは「10万円なんかで、当選できん」なんてことは言わなかった。

 こんな形で議員になったので、私が行政の「違法」や「無駄」を許すわけがなく、今も議会において徹底してこの法令順守と財政健全化を基に表現している。

 二度の選挙を振り返って強く思うことは、こんな形の選挙は誰も真似できないということと、「市民は馬鹿じゃない」ということ。これを痛切に感じています。「真面目に仕事をしていたら市民の皆さんはきっと応援してくれる。きっとわかってくれる」。そう信じてこれまで自分なりに一所懸命やってきたし、これからも市民の期待を裏切らないように議員に課せられた職務を着実にこなしていきたいと肝に銘じています。

 最初の選挙の時に出馬を勧められた友人から突き付けられた「そんな選挙費用が10万円で有権者への電話もせんような選挙じゃ、通うりゃせん!」に対して、私は笑いながらこう言いました。 「心配せいでもえいっちゃ。市民は馬鹿やないきん」。いま私が議会でも一番活発に発言して議会を引っ張り、尚且つ、行政の違法を追及して行政改革の一助となっているのを見ても、市民が谷口に投票したことは正しい判断でした。いや、「おれが谷口に投じた票は、非常に効率的な一票になった」と言ってもらえたらありがたい。

 「市民は馬鹿やないきん」。

 「市民には、自分たち市民の期待を裏切らない、課せられた職務を忠実に果たす候補がどの人物かを見分ける眼力を持っていて、室戸を良くするためにその人物に投票しようとする人たちがいるものだ」。私はそう信じているし、選挙での投票とは本来はそうしたものではないか。

 最後にお願いです。
 この電子情報誌の愛読者で、町の勢力争いにも加担せず、純粋に室戸市を自分の手で良くしたいという考えをお持ちで、勇気を持って発言できる方は、次の市議選ではぜひとも出馬していただきたい。そして、行政改革と議会改革を目指すわが「鷹山会」に入り一緒に改革に向けて戦っていこうではありませんか! こんな改革精神をお持ちの方は、ぜひご一報ください。必ず当選できる作戦を伝授いたします。
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予想通り

2010-03-26 | 議会報告
 これまで何度も繰り返し自分の夢をこの電子情報誌で表明してきましたが、改めてその思いを今も強く持っていることを明らかにしておきたい。

 議員としての私の夢は、市民のために議会改革に取り組むことです。
議会では毎議会、多くの議員が質問に立ち、質疑にも多くの議員が次々と登壇して執行部に質疑を浴びせかけ、活性化させる。質疑と答弁は一問一答方式で行い、どんどん議論を深めてゆく。議員は市民の奉仕者としての自覚と見識を高めるために議員研修を充実させる。議員定数は人口と財政力に準じて検討し、削減していく。議会外では、議会報告会などによって議会の中での議論や取り組みを市民にすべて情報公開する一方、市民とも議会を改革するための意見交換をし、交流を深めていく等々。

 これらの取り組みはやがて議会体質を大きく変革させ、それが行政の業務改革や財政改革につながり、そうすることが延いては市民生活をよりよくさせることにつながってゆくと信じています。これは間違いありません。但し、肝心なのは、議会にこんな先進的な取り組みを皆でやろうとする強い思いと資質を持ち合わせているか。まず、そこが問われる。


 これは市民みんなが知っていることですが、室戸においては今も尚、まちに存在する二つのグループの勢力争いが続いていて、市政や市議会の動きはその争いによって一方が強まれば一方が弱まり、また時にその反対になったりしています。ですが、そんなことは町を良くすることとは関係のないことで、むしろそんな状態がいつまでも続くことによって、議会は旧態依然とした古い体質のまま、行政もある勢力に拠って立つ古い体質のまま、人口減少に比例するように室戸市は衰退してゆきます。

 その二つのうちのどちらの勢力にも関わらない、「議会と市政が良くなればいい」と働く他には何の欲望もない無欲な私などから見れば、そんな勢力争いは滑稽に思えてしまう。特にこうやって市長選や県議選が近づくとその人たちは動きを強めているが、 権力を握ることとはそんなに“蜜の味”なのかと思ってしまう。

「勢力争いをして政権を奪取すること、それがどれほど市民のためになるのか?」

「長の肩書を欲しがり奪取に苦心すること、それがどれほど市民のためになるのか?」


と、問いかけたい。

 「市政を良くしたい」、「議会を良くしたい」、「とにかく法律だけは守ろうよ」と、組織を良くすることしか考えない私はこの七年間、ずっとそう努力してきた。室戸市議会で強く改革志向を持っているのは残念ながら私一人ですが、一つのグループを形成しないと市民のための政治ができないとは、全く思っていない。むしろ一人の方が身軽で、これまでの七年間、行政を厳格に監視し、調査し、議会において改善を求めてきた。

 行政が行う違法や不公正、不公平、不適正な業務を指摘し、行政側が頑固に改善しなくても、その実態を市民に暴露し明らかにしてきた。このことは市政や議会の実態をよく知っておられる市民なら、ご存知のはず。自慢ではないが、みんなが「長」を目指したり勢力争いをしている間にたくさんの汗を流し、市民に対する多くの効果を上げてきたと自負している。


 さて、3月25日(木)、室戸市議会3月定例会も閉会日を向かえ、そのご報告をさせていただきます。

 定例会は10時開会。委員長報告、討論、表決と粛々と進行し、追加議案が提出された。議案第30号・室戸市長の給与に関する特例を定める条例の制定について。

 何のことは無い、1月の市民住宅入居者選定委員の逮捕と2月に起こった市職員の不祥事2件についての責任を取って、市長給与(月収68万円)を1か月10%、減給処分するもの。この議案に2氏が質疑に立った気持ちもわかるが、如何せん、これを2か月10%にしても、1か月20%の処分にしても同じだと考え、採決で私は賛成した。私はこんな小さな金額で、とやかくいう考えはない。今議会の一般質問で追及したように市長の責任はもっと大きなものがある。この程度のことに反対し、「2か月20%にしろ」で「すべてこれで良し」と納得できるものではないと思っている。

 
 続いて行われた常任委員長の改選についてのご報告です。

 室戸市議会に常任委員会は総務文教委員会と産業厚生委員会の二つがあり、各8名の委員で構成されています。それでは、改選の経過です。(敬称略)

●総務文教委員会
①委員から「投票にしてください」との提案があり、投票で決することになる。

②投票結果は、山下浩平…4票(濱口太作、久保正則、脇本健樹、山下浩平)、谷口總一郎…4票(山本賢誓、久保善則、立石大輔、谷口總一郎)の同数。

③くじ引きとなり、先にカラくじを引いた谷口(2期目)が落ち、新人議員3氏が推した山下氏(2期目)が当選となる。

④続いて副委員長選が行われ、まず推薦で谷口の名が挙がりましたが、「ご辞退申し上げます」と申し出て、投票することになる。結果は、立石大輔…3票、久保善則1票、久保正則1票、山本賢誓1票、谷口1票となり、立石氏(2期目)が当選となる。

●産業厚生委員会(詳細は不明。結果だけ)
 委員長は米沢善吾氏(1期目)、副委員長は上野祥司氏(1期目)。


 実は議会開会の半月も前のこと。友人の市職員と話していて、この委員長選のことが出た。小生は「『今度は谷口さんが是非』と推されているが、私は委員長になりたいなんて思っていない。思っているのは議会が活性化することだけ。もし私が委員長になると本議会や委員会で質問や質疑ができなくなる。そうなると質疑をする議員が他にいなくなり、議会が今以上に弱体化し、市民のためにならない。自分はそれを恐れていて、東京の私の知人であるふくおひろし氏は『おれは会議の交通整理をするために議員になったのではない。自分が委員長や議長になることによって組織が悪化してゆくから、肩書は持たない主義』と考えておられ、私も似た考えでいます。だから、市民のためにも委員長は辞退しようと思っている。数名の議員が推してくれていることはうれしいが、委員長選では最初から辞退しようと思うが、考えを聞かせてください」と相談した。

 その職員の人柄は信じていて、彼曰く、「谷口議員がいうように今後5年間を展望すると議会改革は無理かもしれん。かといって、人が推してくれている時に辞退するのも惜しい。やはり推されている時には委員長になっていた方がえいですよ。本議会でも谷口議員が積極的に質疑に出ようぐらいで、他の議員は全然出んといってもえいような状態よね、今は。今議会でも本議会での当初予算案に質疑が全くなかったことなどを見ても、今の議会は良くない。それに他の議員を指導する議員がいない今のような状態も、絶対に良くないです。だから、次の任期になっても議会改革のチャンスは無いかもしれん。でも、そういう面からもいま委員長選に推してくれる議員がいるんやったら、その動きに乗って、委員長になって市議会を良くするために努力すればいいんじゃないろうか」。

 こう教えられ、私は「はい、解りました。そう素直に受けます」と返し、閉会日の議会に臨んだ。

 そんなだったから、委員長選に落選したことは助言をくれたこの某職員に申し訳なかったし、推してくれた山本賢誓氏、久保善則氏、立石大輔氏の3氏にも申し訳なかったが、これでこれからの5年間に関してふんぎりがつきました。ふくおひろし氏のように、議員を辞めるまで肩書に恋々としないで質問・質疑の権利を放棄することなく、市政に蠢く悪しき体質の改革改善に今以上に攻勢を強めていこうと決意しました。却って、市民のためを考えたら、委員長にならなくてこれでよかったと思っている。

 時に私から厳しく改善を求められる市職員が議会での私の改革に向けての戦いの適正さを認め、陰ながらこうやって多くの職員の皆さんが私の議員活動を支持してくれていることが、何よりもうれしい。

 今の弱体化してしまった議会を憂えて、以前、別の友人である職員に「今の議員には議会を改革しようという意識がないから、次の選挙に出ても室戸の市議会は変わらん。今任期で議員を辞めようかと思う」と打ち明けたことがあるが、その時には「谷口さんが辞めたらいかん。辞めたら議会はどうなると思います? あんたがいるからこそ行政の悪しき点や改善せないかん点が浮き彫りになりようのに、谷口さんが辞めたら市民は議会で誰を頼りにしたらえいと思いますか? 行政はこれからどうなると思いますか? そんな辞めるやなんてこと言わんといてください」と、お叱りと懇願を受けた。こんな叱ってくれる人がいることはありがたいと、その方にも深く感謝している。

 私は「長」の肩書よりも、こんな形で「議会にお前がいてこそ」と評価していただけることの方が、何十倍もうれしい。それは、「長」になるよりも、議員の成果を基にして住民や市職員から「評価」して頂いた方がずっと値打ちがあると知っているからです。

 最後に、先の議長選と今回の委員長選での議員の動きが、これから市長選・県議選にと続く1年間、市政に関する勢力争いがどう移ろいで行くかの状況把握に役立ったことの方が、私のような元雑誌記者にとっては面白いと思っている。

 人間死ぬ時には、そんな町の勢力争いで動くことなんか取るに足らないこと。「自分の身を投げ打って人のために尽くす」。その方がすごく価値あることだと私は信じている。
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母校の閉校式

2010-03-24 | プライベート
 本日、3月24日(水)の午前11時から行われた我が母校・室戸岬中学校の閉校式に出席しました。

  

 参列された皆さんはみんなさみしい気持ちになられたと思います。特に、この「室戸岬中学校」を卒業された人たちは、何か胸の中にぽっかりと穴があいたような気持ちになったのではないか。つまり、自分の“拠りどころ”を一つ失ったような気持ちに。

 それほど、自分たちが入学して卒業した学校とは、その建物がいつまでも学校として存在してこそ人生の中である種の支えとなるものではないか。そんなことを会場となった室戸岬中学校体育館で式典の情景を写真撮影をしながら考えました。

      

 室戸岬町役場が1953年(昭和28年)12月に発行した『室戸岬町史』によると、現在の「市立室戸岬中学校」が創立されたのは、昭和22年のこと。22年の教育制度改革による六三制義務教育の実施により、「町立室戸岬第一中学校」として、室戸岬小学校の校舎一棟を譲り受け、一教室を借用して開校した。

 その後、昭和30年から32年度にかけて校舎新築工事、33年4月に竣工。34年3月の室戸市制発足により、「市立室戸岬中学校」に校名変更する。ちなみに、小生がこの中学校に通学したのは昭和30年4月から36年3月まで。だから、中学生の時に室戸岬町民から室戸市民になったことになります。

 その後も校舎老朽化にともない、昭和56年に同校東側の旧室戸岬水産高等学校跡地に新校舎が完成、同年9月に移転します。

 しかし、室戸岬小学校校舎の老朽化に伴い小学校がその校舎に移転することになり、中学校は又も移転します。室戸岬町高浜の鉄筋校舎に移っていた室戸岬水産高等学校が高知海洋高等学校と統合し閉校になっていた、その校舎に平成11年9月に移転する。

      
 ☆和田ゆか実行委員長も我が町から学校がなくなる寂しさに、挨拶では声を詰まらせる。その中で地域の人たちや行政関係者に長く支えられてきたと感謝し、新しい学校での子供たちの頑張りにも期待を寄せていました。

 同校卒業生の一人、中野秀信佐喜浜小学校長は閉校記念誌『みさき』に「我が母校」を寄稿。そこに、この学校変転の状況を次のように振り返っています。

 「岬中、これほどまでに移転した学校も珍しいであろう。岬中卒業生である私の本当の母校は、現在取り壊しを待っている旧岬小校舎の東側部分。一階が職員室、その前に池があった。池の建設中、私は穴に落ちて負傷していて、今も足にその時の傷が残る。その校舎を小学校に譲り、水産高校跡にたてられた新校舎、それもやがて小学校に譲り、またまた水産高校の後を追って現在の位置に来たものである。だから、卒業生としての寂しさは感情的に少ない」。その末尾では「廃校、本当に残念に思う!」と結んでいます。

 今般の室戸岬中学校の閉校は、新年度からの室戸中学校との統合によるもの。室戸岬中学校のご父兄や地域で学校の支援に努めておられた方々には残念な出来事だっただろうし、悩みもしたと思いますが、室戸市と市教委が進めていた学校統合に皆さんがご理解いただいたことには、市議会の一員として心から感謝申し上げたい。

 この統合も室戸市の人口減少が一番の原因。人口16000人を切っている中、一年に500人から550人減少している現状では、とても少人数の学校を何校も市がそのまま経営してゆくには、財政的にどうしても無理があり、やむを得ない統合となりました。

  
 ☆我が母校の校歌なのに、曲を忘れてしまっていた。もうこの校歌も生涯歌う時がないかもしれないと思うと、歌っていてうるうるしてきました。

 今後、新学期には新2年生9名と新3年生12名、そして、室戸岬小学校の6年生から新1年生なるとされる生徒11名の、合計32名が統合された新「室戸中学校」に通学バス等を使って通学する予定と聞いている。

           
          ☆校旗の納旗式。(レンズが涙で曇って、ちょっとピンぼけ)

 最近は桜の開花も一段と速くなり、4月上旬の始業式時分にはどこの学校も、もうすでに葉ザクラになっているようです。ちょっとその面ではピッカピッカの始業式も華やかさに欠ける気もするが、みんな新しい学校に行ってもたくさんの友だちをつくって、勉学に、さらにスポーツにと励み、有意義な学生生活を送ってほしいと願っています。
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春の花々

2010-03-22 | 季節のたより
 先日も春の花の便りをお届しましたが、もうひとつ、これも今の季節どこにでも咲いている花ですが、写真でお楽しみいただけたらと思います。

         

 数日前に掲載した写真はこの「マンサク」の花。三年ほど前に我が家の庭の入口に植えた木なんですが、毎年よく花を咲かせて楽しませてくれています。植えた理由は、「豊年万作」の言葉から、家が栄えるようにと願って。(その割に栄えていませんが)

         

 花が全く咲いていない庭に、花芽がつき、やがて突如として真っ赤な花がパーッと満開になるこの木を見ると、それまで寒く冷たい日々が続いて閉じこもっていた心と体がいっぺんに晴れやかになる。「さー、やるぞー!」と、やる気も増します。この木は、そんな春が到来したことを気付かせ元気をくれる木です。

 愛犬・アニー・オークレーも昼間は暖かくなった春の陽光を避けて、木の下でトロ~ンとしてます。

 もうひとつ、我が家の庭に毎年春になると咲くのが、この「オキザリス」(かたばみ科)です。

  

 苗を植えたものでもないのに、勝手気ままに咲いてくるから、手間がいらないところが何よりもいい。この花だけはどこの庭でも、また道路ぶちの草むらにも勝手に咲いてきて、周辺の人の目を楽しませている。

         

 目に染み入るような黄色が一見、菜の花みたいで、これも春を強く感じる花。
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選挙活動は議員の職務ではない

2010-03-22 | 議員活動
 以前、室戸市議会において、こんなことがあった。

 前の任期中の、私が新人議員だった頃の出来事。前市長時代ですが、臨時議会が開かれた。午前10時に開会した。臨時会だから、議場の執行部席には市長と副市長と、他には提案された議案を所管する担当課長が二、三人いたぐらいでした。

 すると、議長が開会を宣言するかせんかという時、何期も議員をやってきた議員が突然立ち上がり、「市長! あんたは我々議員にいやがらせをしようがあか!」と叫んだ。突然のことで、議場の議員はみんなその議員の方に振り返り、何事かと驚いた。

 当の議員、続けて、「今日は国政選挙の告示日、何もきょう臨時会を開かなくてもよかったじゃないか!」。

 それを聞いても、なぜそんなに怒らなければならないかがわからなかった。

 その議員、更に叫ぶ。「みんなポスターを貼りに行かんといかん議員がおるやないか」。

 「ハハー」と、それでやっと彼氏が腹を立てている理由が分かった。

 つまり、「告示時間の午前8時過ぎからは自分たち自民党の党員である市議は自民党の候補者のポスターを張りに出かけないといかんのに、なぜ選りによってこの日に臨時議会を開いたのか」と市長に対し怒りを爆発させたというわけだ。

 私は「何を言っているんだ」と思い、そのことをいつものように、ちゃんと議会ノートに記した。

  「選挙と議員の職務となら、議員の職務が優先されてしかるべきだ。選挙の支援活動は議員の職務ではない。なのに、なんで国政選挙への支援を地方議員の職務に優先させなければならないと考えるのか」と。

 その時から、自分の選挙はともかくとして、地方議員が国政選挙、県知事選や県議選、また自治体の首長選挙や他の市町村議選にかかわって支援活動を行うことは、「議員の職務」ではないと強く認識しました。それ以後、私は一度だけその一端である18年の市長選にかかわったが、あれも自分が室戸市民から負託を受けた市議会議員の職務とはいえなった。

 なぜ、いけないことだと私が感じたかというと、他の候補者の選挙支援をしている時間、期間は、自分の選挙の時に住民から「お前に任せたぞ」とお願いされ、「わかりました。任せて下さい」と約束している。それが先の市長選の時に例えると約半年間もそのことに係わっていた。かといって室戸市政の監視や調査を怠ったわけではないが、市長選に係わらなかったらそれに係わった時間を更に市政監視に向けることができたことは間違いない。

 だから、私は金輪際、議員職を辞するまで首長や議員など他の政治関係者への選挙支援活動はしないことに決めた。市民のためだけに働くようにしました。

 唯、地方議会の議員の皆さんに「議員は選挙の支援活動をしてはいけない」とまでは申しません。でも、支援する候補の告示日だからといって、先の臨時会の議員のようなことは言わないで頂きたいし、その日に議会が開かれても休まないで頂きたい。それは議員として恥ずかしいことだから。
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市民の声

2010-03-21 | 議員活動
 今年から来年にかけては選挙が目白押しです。

 まず、今年7月には国政選挙の参院選が行なわれます。次いで、11月には室戸市長選が。そして、23年の4月上旬には高知県議選が行われ、同月下旬には室戸市議選が行われます。都合、十カ月の間に四回の選挙。今年から来年にかけては、県内でもこんな自治体は多い。

 まず皮切りは今年7月の参院選。民主党からは現職の広田一参院議員、自民党からは公募で選んだ高野光二郎前県議。そこにあと二氏ぐらいが出馬とか聞いている。

 この国政選挙に関しては、もう決めている。普天間基地の移転を政権与党の三党がいつまでたっても決められない決断力のなさと協調性のなさに政府の無能が明らかになったことや、多くの公約違反とばらまきのでたらめな政策ぶり。それ以上に、鳩山氏と小沢氏、石川氏、小林氏の四氏が議員を辞職しないことなど、上げれば切りがない。先の衆院選でも政権を取った後にこうなることは分かっていたから民主党には投票していないが、7月も民主党には投票しない。

 続いて11月に行われる室戸市長選への出馬を公表しているのが、植田県議後援会が支援する現職の小松市長。これに対抗する候補は、やがてもう一方のグループから室戸市議会6月定例会後にでもどなたかが出馬宣言すると私はみている。「もし対抗馬がなかったら私が出る」と宣言している猛者もいるが、それも含め、現職への対抗馬として行政職員や議員、そして市民の中では早くもいろんな憶測が流れ、予想される候補者名が乱れ飛んでいます。

 この市長選について宣言しておきたいことがあります。かといって、何も私が市長選に出馬するということではありません。何のことはない。たった一人の市会議員の意思表明です。

 「役所の活性化という点で首長に期待されているのは、職員全員の能力、意欲をいかに引き出すか、その激励である。そのためには、首長が健康で明るく公平で、人間的な魅力がなければならないし、役所組織の上下の風通しを良くし、建設的な意見が活発に飛び交う職場風土を作ることである。又、順調に事が運ばなくなって批判を浴びることがあった場合でも、最高責任者としての首長は、冷静沈着な支持を求められる」。
 これが模範的な首長のリーダーシップというものですが、・・・

●18年11月の市長選に向けて、同年5月に小松氏が出馬を決意する時、その発起人たる支援者に固く約束したいくつかの政策を、市長に就任したらすぐその選挙公約を反故にしてしまったこと。
●市長就任後においては、既に倒産状態だったミクプランニング社に市民のお金である数千万円にも上る巨額の公費を同社の赤字補てんのために不当に支出してしまった条例違反のこと。
●地方自治法に違反する公共性も公益性もない住民の利用に供しない徳島バスの乗務員宿泊所を、企業誘致だから許されるとばかりに、これも公金を不当に支出して建設してしまったこと。
●私も“番頭”としての手腕を期待し市職員からも信頼されていた武内副市長が辞任するに至った過程に、市長にリーダーとしての手腕はもちろんのこと、状況を的確に把握する力、部下に対する包容力、部下の気持ちを鼓舞し強力に導いてゆく姿勢が微塵も感じられなかったこと。

 ・・等々、政治姿勢とそれに関連する判断力、そして法令順守に関してなど、まちのリーダーとして全く信頼がおけなくなったので、私は小松市長を支援も支持もしません。

 
 続いて、23年4月中旬に行われる高知県議選への出馬は、先の19年4月に戦った二氏、現職の植田県議と自民党県連が支援する弘田兼一氏の二度目の一騎打ちとなる予定だ。

 この戦いも見もので、前回の選挙で苦杯をなめた弘田氏がその反省から、昨年末ごろからだったか、毎日のように市内中心部の街頭に立ち演説をしている姿がよく見られ、市民の話題にも上っている。

 今朝も私が喫茶店にコーヒーを飲みに行く途中で、強風が吹き黄砂が舞う中、室戸小学校前の交差点で街頭演説をしている姿を見かけた。選挙とは、候補となる人物のあんな真面目な姿を住民に見せることも大事。

 通りすがりに車の窓を少し開けて聞いてみた。

 「・・・室戸市民の声が高知県に届いていないんじゃないか。県に市民の声が届いていないと感じています・・・」

 私は自民党員ではないし弘田氏を支援しているわけではないが、純粋な市民感情を以って聞いても、その意見表明には同感だった。これからも、室戸にいてのそんな“違和感”や市民が感じている鬱積した不満を代弁していったらいいのではないか。そんなふうに聞いた。

 「地元の“声”を行政に届ける」。これは県会議員であっても、我々のような市議会議員であっても同じで、利益誘導ではない形の、地元住民全体の“声”を行政に届ける働きは欠かすことはできない。それができるかどうか、そう努力しているかどうかが議員としての能力であり、資質だ。

 室戸市民が高知県に対してもつ純粋な願いというものは、そんなにたくさんあるわけではない。私はそう思っている。しかし、「どうしてもこれだけは叶えてほしい」というものは、市民それぞれ確実にある。

 私が県に叶えてほしい願いとは、県道椎名室戸線の整備。これなんか終わりのない市民の声で、室戸市にとっては絶対に諦めてはならない重大な課題だ。なのに、今やもう終わった話のように諦めてしまっている。努力の跡が見えたら我慢もするが、これに関しての活動がないまま、企業や団体など他の利害関係との強化や選挙対策のための事業成果を得ようと懸命になっているのは誰の目にも明らか。だから信用ならない。

 続いて、23年4月下旬には私たちの市議会議員選挙がおこなわれます。今度は定数は16名から14名になっての選挙。ですが、現職で立候補せずに退職する議員はほんの2、3名のように聞いています。とすると、現職が13から14名残る勘定になります。ま、これはまだ確定した数字ではありませんが、新たに5、6名が出馬するとなると定数14名に立候補者が18名から20名になることから、立候補予定している現職も出馬を断念せざるを得ない状況になることも予想される。だから、この話はまだまだ流動的といっていい。

 以上、これから行われます参院選、市長選、県議選、市議選の情報をお知らせしましたが、市民の皆さんはよ~く候補者の資質や能力や判断力、そして法律を守りながら市民のために純粋に努力する人物は誰なのかをよく吟味し、見極め、投票する候補を決めて下さい。それだけは、室戸市を良くするためにも切にお願いしておきたい。

 もし能力に欠ける人を選び、それで室戸市が更に悪くなった時には、あなたの所為ですぞ(笑)。

 尚、市議会唯一の改革派議員であり唯一の野党議員である私は「3期12年、70歳定年」と決意し68歳で退職を決めていますので、突然の病気にでもならない限り、市政改革に尽力するため次回は立候補する予定です。その後は、政治とは完全に関係を断ち、今まで積極的にやれなかった、作家、画家、写真家の真似ごとをして芸術に親しむ活動を行い、残る人生を妻と二人で楽しく豊かに暮らしてゆきたいと思っている。
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黄砂と、松井秀喜

2010-03-21 | 大リーグ通信
 今朝はすごいですねえ、黄砂が。空も山もかすんでみえています。

 数日前から花粉症の症状が出て、くしゃみはするし、目がかゆくなってきた。それに強風下のこの黄砂。余計に目にきそうです。

 私の唯一の趣味は、子供のころからの野球ファン。松井がヤンキースに移ってからはずっと松井を応援しているが、この松井も春のキャンプから開幕以降はしばらく花粉症に悩んでいると聞いています。今年は西地区のロサンゼルス・エンゼルスに移ったが、ここも日本の花粉症の原因といわれる針葉樹の杉・桧花粉なんかじゃなくて、別の植物のせいで花粉症がひどいところらしいですね。

 花粉症はともかくとして、松井の今年の成績ですが、私は「もしかすると彼の最後の年になって、見おさめになるかも」と思っていて、今年は特に注目したい。とにかく今年のシーズンを怪我なく終われたら来年があるんですが、ひざの故障が再発すれば今年で彼の選手生命は終わってしまうのは、ファンならばどなたも感じていることじゃないでしょうか。

 松井秀喜選手の頑張りが私の議員活動の心の支えであり起爆剤になっていて、もし彼がシーズン途中で怪我でリタイアでもしようものなら、がっくりくるでしょうね。

 ロサンゼルス在住の日本人は多いと聞いている。きっと、今年のロサンゼルスは日本人でこれまで以上ににぎわうことでしょう。日本から少しは近くなったといっても、私が行けるわけはございません。ロスでの応援はハリー・キャラハンにサンフランシスコからちょっと足を延ばして行ってもらって、私はBS1の中継で我慢してエンゼルスを応援したいと思っています。
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傍聴席

2010-03-20 | 議会報告
 今朝の高知新聞の「土佐あちこち」に佐川支局の青木支局長が「若い女性」というタイトルで記事を書いている。

 内容は、「仁淀川議会の傍聴席に若い女性がやってきた。議会に若い女性が来るのは珍しいので、青木記者も議場の議員や執行部の町職員なども注目した。しかし、ノート・パソコンを取り出し記事を書きだしたから、住民の傍聴ではなくて、青木記者と同じである新聞記者だとわかった」と残念がり、「人口約7000人の仁淀川町。二十代、三十代は人口比12%余りで、高齢化率は48%超と、これに歯止めがかからない」と町の現状を憂い、「町の20年後を支える若いしにどれだけ執行部や議会の思いが届いているのだろう。町発展への悲痛な思いをもっと(住民みんなで)分かち合えたらと強く思う」と傍聴が少ないことを嘆き、結んでいる。

 翻って、室戸市はどうか。

 市民が室戸市議会の傍聴に来るのはいつも一般質問の日だけ。それも、前の任期中のいま隣町の町長になっているSさんが室戸市議をしていた18年夏ごろまでは、いつも一般質問の日になるとその支持者二十人ぐらいが傍聴席に陣取り、執行部を睨みつけていた。

 それが19年5月の今任期になると、傍聴においでになる市民はほんの数名の団塊の世代以上の高齢の方ばかり。だから、二十代や三十代の方が議会を傍聴に来るなんて、市政に余程の大問題が発生しない限り、ありません。

 例えば、同じ今朝の高知新聞に掲載されていた安芸市議会3月定例会に穴内保育所への予算が一般会計当初予算案に計上されていないことから当初予算が否決されてしまいましたが、そんな若いお母さん方が関係するような事件でもない限り、若い方は来ていただけない。

 そんな特別な理由でなくても、みんな会社や商店に勤務していて、「仕事をしないと給料が入ってこないのに、会社を休んで議会の傍聴なんか行けるわけがない」ということも大きな理由で、なかなか議会の傍聴には来ていただけない。

 仁淀川町議会の例を引くまでもなく、県内のどこの議会でもこれは同じような状況ではないか。

 唯、前市長時代には見られなかった現象として、小松市長が当選して初議会の18年12月定例会以降、時々、市長を応援する女性たちがたくさん傍聴にきて市長に声無き声の声援を送り、市長を批判する議員には睨みを利かせています。それでも傍聴席はいつもガラーンとしていて、さみしい限り。誰の応援でもいいから傍聴席が毎議会満席にならないかと、そんな日が来ることを心待ちにしている。「そうなれば私も今以上に頑張って質問するし、質疑するのに」と。

 行政はいつも市政運営においていろんな問題を抱えながら事務・事業を行っていて、その中には私が見ても違法や不適正や不公平な形で事業を行っていることは現実としてあります。いくら市長が「公平・公正に運営しています」といっても、議会が否決しないからといっても、間違いなく行政側は自分たちが違法なことをしていることを十分認識しながら事業を開始し、運用しています。

 私はそんな点を市民の皆さんに傍聴に来ていただいて見てほしいと思っている。私の質問と市長の答弁を聞いて、真実を感じとってほしいと願っています。

 室戸市議会議員は任期まで、6月、9月、12月、23年3月の、あと四議会です。議案審議を行う「大綱質疑」の日は傍聴していても議案の内容がちょっとわかりにくいかもしれませんが、せめて「一般質問」の日にはおいでいただいて、議員の活躍ぶりと、その質問にちゃんと真面目に答弁しているのかなど、市長等執行機関の答弁の在り方を特に注目して観察していただきたい。

 議会傍聴とは、議会ウオッティング。

 路上ウオッティングや町並ウオッティング、そして地質ウオッティングと同じで、その面白さに一度のめり込むともうその面白さが忘れられなくなって、毎議会傍聴に来ないとおれなくなります。

 私の友人が一度傍聴に来て、その帰り際に感想を聞いたところ、「はじめて議会を見に来たけんど、いっつもあんなんかえ? 面白いところやのお」と笑っていた。「一般社会とは違う世界やの」とも。これが市民の生の声。

 こんな世界ですので、どうかたくさんの方が傍聴においで下さって、議会で見聞きしたそのすべての情報を市民の皆さんにどんどんお伝えしてほしいと思います。議員がどう発言したのか、どう判断したのか、市長や担当課長がどう答弁したのかを広めてほしい。それが行政を変えることにつながるし、議会を変えることにつながっていきますので。 
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