青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

議会提案:投票時間繰上げで公費節減

2009-07-31 | 議会報告
私の議会提案の一つが実現する事が決まりましたので、室戸市民の皆様にお知らせしておきたいと思います。

☆議会提案の成果☆

平成19年6月議会の一般質問において、
「地方分権一括法の施行で市町村の裁量が拡大され、夜間に投票率が伸びないことなどを理由に、最近は終了時間を繰り上げる自治体が相次いでいます。本市においても投票時間を現在の午後8時までを午後6時までと繰り上げるよう提案します」
と提案しました。

それを受けて市の選挙管理委員会は市内各地の常会と協議を重ねてきました。そして私は20年6月議会でも“中押し”の提案を行いました。そのころには選挙管理委員会と常会との協議は取りまとめ作業に入ってきていましたが、最後にもう一押しと思い私は21年6月議会においてもう一度この件について確認を致しました。

次がその答弁ですが、二年間ご苦労をかけてきたのは、19年当時に選挙管理委員会の担当職員であったMさん(現在は退職して、選管委)。この方には感謝しており、これまでこの改革に陰で尽力されてきたご苦労に対し、お礼申し上げたい。

「投票時間の繰上げについては、過去の議会でも議員からご指摘を頂きまして、これまで検討を続けてきました。現在、室戸市の常会長連合会を通じて各常会のご意見を集約しているところでございまして、ほぼまとまりつつあります。今後、全常会の意見がまとまり次第、早急に選挙管理委員会として判断(結論)したいと考えています」。(21年6月15日)

そうして、7月末に市内各戸に配布された市の広報誌に次のような記事が掲載されていました。
見出しは、

◎今回の衆議院議員総選挙から、選挙の投票時間が変わります。午前7時~午後6時まで。

◎期日前投票・・・告示日の次の日から投票日の前日まで。時間は午前8時30分~午後8時まで。場所は、室戸市役所二階・市選挙管理委員会事務局。

[お問合せ先]市選挙管理委員会 (電話)0887-22-5150

以上のように、私が二期目の選挙の前(19年初め)から全国の他市町村の事例をインターネット検索で調査した上で、当選後すぐの6月議会で提案を行いました。それが、市の担当職員の継続的なご苦労によって、市の財政に効果的な行政改革が又一つ成果となって現れました。

これによる公費節減の金額についてはまだハッキリしませんが、きっとこの8月の衆院選のあと、それも明確になってくると思っています。

以上、この件についての報告とさせて頂きます。

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あれは公職選挙法違反じゃないの?

2009-07-31 | 政治家のあり方
今、近づく衆議院議員選挙を前に各政党が選挙運動をしています。

でもね、一つおかしいなと思うことがあります。

政党が街宣車で「○○党をよろしくお願いします」なら法律に違反しないが、候補になると明確になっている人間が自分の名前を書いたタスキを肩からかけて、「よろしくお願いします!」とやっているのを見ると、「そんなのありかよ!」と驚く。でも、そのことについて、誰も何も言いません。

テレビで見たが、自民党の片山さつきさんなんか、自分の名前を書いたタスキをかけて「静岡七区はぜひこの片山さつきを!」とマイクで叫んでいた。あんなこと、法律では許されないでしょ。

ま、これは彼女だけでなくて全国各地でやっていることでしょうが。

でも、これら候補が自分の名前を唱え政策を訴えていること全てが公職選挙法違反なのは明らかだ。もし、これをわれわれが室戸市議会選挙の告示半月前からやれば、間違いなく公職選挙法違反で逮捕!!

ほんとに、こんなのありなんですか??

それとも、「国会議員は偉い人だから、告示前に候補が街頭に立って自分のことを訴えてもいい。地方の都道府県議や市区町村議は偉くもない人たちだから、ダメ」ってこと?

こんな差別的な法律適用はおかしいと思いませんか?全国の都道府県議の皆さん、市区町村の議員の皆さん!

それとも、こんなことを考えるのは私だけでしょうか。

もう一つおかしなことに、マスコミも公職選挙法に疎いと見えて、この点を突く報道は皆無。
深く理解しているわけじゃないのに、自分が経験もしたことの無い政治についてしたり顔で偉そうに日頃、テレビなどで評論しているコメンテーターも、愚かにもこのことに気付いていない。

告示前から候補個人が自分のことを「よろしく」と言っていることに疑問を持ち、その違法性を追求して、告示前には候補が選挙運動を絶対できないようにさせるよう、なぜ努めないのか。

それと、なぜ警視庁は全国の県警に通達を行い、国政選挙における事前の街頭演説をやめさせるようしないのか、これも私にはどうしても理解出来ません。

地方議員が選挙の時に家を回るなどの事前運動にはうるさいのに、テレビで何度も見るように、国政選挙となると戸別訪問も警察の対応が甘くて、問題視せずに許している。法の許容範囲のように。

なぜなんだ。なぜ差別的なんだ。国政選挙では許されるのに、なぜ地方議員の選挙では許されないのか!

国会議員の権力が怖いのだろうか。

今度の衆院選は8月18日が告示日と聞いている。なら、候補が自分の名前を書いたたすきをかけての街頭演説は告示日まではやめさせるべきだ!、とわたくしは思うのであります、ハイ。

もし、「あっ、あれは公選法違反にはなりません」と警察と選挙管理委員会がいうのなら、私も今度の市議選の一ヶ月前ぐらいからタスキをかけて「よろしくお願いします。私に投票して下さい」とやってみましょうか。

このご意見に賛成の方は手を上げて下さい!  「ハーイ!!」

以上、全国の地方議員を代表いたしまして、谷口から司法機関への提言であります。以上の点についてよろしくお取り計らい下さいますよう、お願い申し上げます。

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視察報告2:湯布院「亀の井別荘」主人、中谷健太郎さんと再会

2009-07-28 | 視察・研修
【視察報告】(つづき)

三日目・26日(日)。皆さんご存知のように、この日も九州北部は雨時々曇り。台風銀座に住む私から見るとそんなにおじる(驚く)ほどの雨ではなかったが、どこへ行っても霧によって山の中腹から稜線にかけて見えない。
そのため、九州は初めてで、阿蘇山ややまなみハイウエーのその広大な平原の風景を見たことのない後援会長にそれを見せてやれなかったことが、何より悔やまれます。

朝食を食べた後、阿蘇山はこの日も霧雨でかすんで見えないため、見学を断念。すぐに阿蘇ファームビレッジを出発して、一路、湯布院へ。湯布院には10時半頃に着き、由布院駅周辺を散策。

       

年間400万人訪れる全国有数の観光地ー由布市湯布院町。その湯布院町が、まるで軽井沢に行った時に味わったと同じように、雑多で無国籍な雰囲気の騒然とした町になってしまっていることに、ある面、ガッカリです。

別荘地軽井沢は、観光客目当てに近くの東京に似せて軽井沢を“東京化”してしまい、いま東京の繁華街のような軽井沢になってしまったのですが、この湯布院もこれからどんどん“軽井沢化”していってやがて東京の繁華街のような湯布院になってしまうのだろうことは間違いない。

この変化を近隣に住む大分県の人たちは全く気付いていない。「いや、わかってる」と言っても、解かっていません。私のように十六年ぶりに湯布院を訪れた風景がフラッシュバックする人たちだけが、その極端な町の変化に気付くのである。

「癒しの温泉の町がこんな形に“軽井沢化”してしまっていいものだろうか」と、本当にガッカリしました。

こんな“まちの姿”を見ると、やはり観光地には「将来的な理想像」が事前に想定され、それを目指して地域環境全体を規制しながら突き進む地域意識がなければならないと痛感します。

       

          

多分、中谷さんはこんな町の姿なんか望んでいなかったと思うが、お会いしてこのことをお聞きしても「私は当時からこんな今のような湯布院を望んでいませんでしたが、これも発展の一つの形だから、仕方ないですね」と言われるだろうな、と思った。


11時半には金鱗湖近くの「亀の井別荘」駐車場に入る。この前にここに来たのは平成4年12月。そのの取材時から数えて十六年七ヶ月になる。時の過ぎるのは早いもので、その場所にいる事が非常に懐かしい。

「あっ、あの時ここに車を止めたが、当時はこんな店は無かった」とか、「店も多くなったし道を行く観光客の人通りも多くなった」とか「食事をしようと店に入るとその料金が高知県よりも1.5倍から2倍ぐらいもして、九州の観光地の食事料金は全体的に高い」とか、二昔前と比較した感想は尽きることを知らない。

室戸市議会唯一の改革派議員である谷口とその後援会長の二人は、「亀の井別荘」に向かって歩いて行きました。「中谷(なかや)さんはご在宅かなあ。もしいなかったら・・・」と考えながらも、意を決して門をくぐって行きました。

実は、私の主義として、余程の取材などの用件でない限り、相手方の仕事のスケジュールを狂わせてしまうことを考えてアポ無しでお会いすることにしている。だから、今回のこの訪問も中谷さんの仕事の邪魔をしないようにとアポイントは取っていない。これで会えなければ、自分に運が無かったというだけのことです。

【中谷健太郎氏略歴】
明治大学卒業後、東宝に入社。撮影所では黒澤明監督らの下で助監督を務める。1962年(昭和37年)に父の他界により帰郷、「亀の井別荘」を継ぐ。以後、湯布院のまちおこしシーンで大活躍することになる。
「ゆふいん音楽祭」、「牛喰い絶叫大会」、「湯布院映画祭」、「ゆふいん文化・記録映画祭」などのイベントを企画。長く湯布院の地域づくりに貢献されてきた。
湯布院町商工会長や由布院温泉観光協会会長を歴任。湯布院を名高い観光地に育て上げた名プロデューサー。

  

横からうちの後援会長、「立派な旅館やね」と感心しきり。ちょっと気おくれしている様子です。私「そりゃ、日本で三本の指に入るぐらいの温泉旅館やきんなあ」。小生は当旅館にまた来られたという懐かしさと中谷さんに再会出来るという喜びで溢れていた。

門口では、ホテルのボーイ然とした白衣を来た旅館社員が何組かの昨夜宿泊していたお客さんを記念写真を撮ったあと、見送っています。

私はその若いボーイさんに名刺を渡し、「中谷さんに十六年前に雑誌の取材をさせていただいた高知の谷口という者ですが、中谷社長はおられますでしょうか。おられましたらお会いしたいとお伝え下さいませんでしょうか」と面会をお願いした。

ボーイさんに替わって女将さんとお見受けする女性が来られ、「どうぞ中へ。今お客さんとお話をしていますので、少しお待ち下さい」とのこと。内心、「奥さんかな?」。
私たち二人は「亀の井別荘」ロビーの談話室に通され、半時間ほどお待ちした。すぐ横では中谷健太郎さんが帰る前の宿泊客と談笑していました。

しばらくあって、久方ぶりの対面となりました。少しおやせになったようにお見受けしたがとても元気そうで、それが何よりうれしかった。

           

ご挨拶を交わしたあと、その談話室をおかりして約1時間ばかりいろんな話をしました。

それでは、中谷さんからお聞かせ頂いたお話に移る前に、十六年前の平成4年12月に高知県東部の地域雑誌『あおぞら』の特集記事「全国の地域リーダー大いに語る」で取材させて頂いた時の中谷健太郎さんの“地域論”(40ページにわたる記事)の中から一部を名言集の形で、まずご紹介しておきたいと思います。

【中谷健太郎名言集】(地域雑誌『あおぞら』2003年2月号より)

☆湯布院の人にとって、由布岳ってのは普遍的な、誰もが由布岳さえ持ち出せば「なるほど」と納得してしまう、ね。だから湯布院にとって由布岳はシンボリックな存在です。又、変わらないもののシンボル。でも、湯布院は「変わりまっせ」というところ。だから、あまり保守的に、臆病に構えて窮屈な空間にしない。変わる事を恐れない。これが、湯布院のこれまでの考え方だった。

☆そこでぼくらは、「恐れるな」「変わろうよ」とやってきた。湯布院のこれまでの基盤である「変わらない事がいいことだ」という保守的な思想に対して、ぼくらはかなりアンチに相当強い反伝統的行動を行ってきた。

☆温泉については、また別の考え方をしている。「温泉は変わるもの」と思っている。「風」は変わるもの。「土」はイメージとして変わらないもの。そういうことで、「風土」は変わるものと変わらないものとで出来ている。でも「温泉」は地球の中の子宮のような、自然の温かみがある。それを温泉で感じると思う。やさしさにくるまれたいという精神性がある。

☆温泉を使った観光の柱として考えているのは、「癒し」。それを僕らは「違う」と言い続けて来た。「サービス」や「奉仕」の言葉を考えた時、「人間が人間にサービスする。しかし、人間が自然にサービスしたりしないし、自然が人間にサービスすることもない」と。その後もてはやされたのが「もてなし」。これは「癒し」よりも一歩進んでいる。「もてなす」というのは「対象とのやりとり」、「自然とのやり取り」、「環境とのやり取り」を考えないから、留まるところを知らなものになる。このことから、「もてなし」は「むさぼり型」の延長です。言葉は、「奉仕」と言わず、ええカッコしてるが。

☆「癒し」は、必ず“癒した方が癒し、癒されたほうが癒される”という関係にある。そこに「自然」という観念が入ってくる。“人は自然によって癒され、自然そのものを人がまた癒す”という部分もある。その「癒す」という思想の基に動いている僕らの“源泉”になっているのが、温泉です。

☆自然開発が全部いけないとは思わんし、自然保護が必ずしもいいとも思わん。
これをもっと正確にいうと、自然を開発するのが悪いって言ったって、それじゃ、今まで開発しなかった人間の行為がどのくらいあるのかと思う。稲を植えたら植えた途端にそれは開発。そういう意味からいうと、簡単に開発だとか保護だとかいって議論したり憎しみあうこと自体、非常に軽率なことです。だから、開発かそれとも自然保護か、のような論議にはあまり乗りたくない。

☆住民を「土地の者」と「よそ者」に分ける考え方をする人がいるが、「そんならお前のカアチャン、どこから来た?」という話になる。だからそういう視点は成り立たない。こんな考え方を上手に持ち込まないと地域論って成り立たない。地域にはいろんな人がそこを舞台に生きているんだから。そして、その表舞台に立つ人もあれば、裏方さんもいる。その視点の無い地域論というのは僕は信用しない。だからボクの地域論は、「興す」という方法論には結びつかない。この「興す」には、どこかでひしゃぐって感じがあるからね。


以上が、平成4年に中谷さんからお聞かせいただいたお話のほんの一部ですが、高知県内でこのような地域論を語れる方はいませんので、いま改めて本を読み返してみても非常に貴重な地域評論だと感じています。

【中谷健太郎取材記】

さて、お待たせしました。先日お聞かせいただいた中谷さんのお話をメモからご紹介しましょう。

★(湯布院町は数年前に近隣市町村と合併。これについて)
「由布市になってしまった」。
(十六年前の活動やお考えからしてむやみに発展拡大へと向かうことに反対の姿勢だと思っていましたので、予想したお答えでした)

★(町が軽井沢化していることを指摘し、「中谷さんはこれに納得していないが、これも町の発展の一つの形と見つめているのでしょうね」とお聞きした)
「湯布院の町の将来のためを思えば、あんな形は良くないだろうと思うんですよ。観光客で混雑する駅前などで交通事故が多くなって、町の発展ばかりを目指していいのかと。由布市議会でもそのことが問題視され、議論がありました。又、町の発展の仕方に関しても『これではいかん』となって、景観計画を立案、二年間ぐらいそんな事があって、景観保全の計画を立案しています」。

★(中谷さんが今もいろんな会議でパネラーとして出て活躍されていることをうれしく思っていますと向けると)
 「なぜパネラーなどで会議に出ているかというと、若い人たちは活動している時にとかく孤独になりがちですが、(そんな時にわれわれの世代の中でこれまで地域の中でいろんな形で蠢いてきた人間が一つの“旗”となり)その“旗”を見ることによって孤独に打ち勝つ。“旗”があれば、力になります。まちに“旗振り役”がいなくなれば、後に続く人がいなくなる。それでは将来、十年、二十年経った時、湯布院の町は活力の無い町になっているでしょうね」。

★(お話の中に登場した方を少し紹介しますと)
「これまでは、われわれと同年代の多くの人たちが頑張って湯布院の発展に尽くして下さったが、その中の多くの人が亡くなってしまいましたが、現在は湯布院町議から由布市議になった小林華弥子という優秀な女性議員がいて、頑張ってくれています。
それに、「山のホテル・夢想園」(「亀の井別荘」の中谷健太郎、「湯布院玉の湯」の溝口薫平とともに、湯布院の町おこし三羽烏と謳われた一人である故・志手康二さんの温泉宿)の奥さん、志手淑子さんをわれわれが無理やり町おこしに担ぎだした。それまでに五、六年掛かったが、あの奥さんもいま頑張ってくれています」。


まだまだ話していたかったのですが、中谷さんも忙しいお方。私が自ら途中で打ち切り、貴重なひと時は終わりました。後援会長も有名な人にお会いしお話しができて、ちょっと興奮気味です。

記念写真を撮っての別れ際、中谷さんの方から「また、お会いしましょう」と言って下さったことがうれしかった。

   
        
こうして二人は大満足で「亀の井別荘」を後にして、再び町の散策に。そして翌27日の朝、湯布院を立ち、夕方五時ごろ室戸に帰還致しました。

【自費での視察の総括】

●多少、天候によって予定していた訪問地を変更したアクシデントはありましたが、旅に不測の変更はつきもの。巨大な温浴施設の良い点や悪い点も見る事が出来たし、湯布院では中谷健太郎さんと長い歳月を経てお会いする事ができたし良いお宿に泊まる事も出来たので、大満足です。

●自動車のナビ・ソフトも古いとあてにならないとわかった。

●四国は衰退が目に見えてわかり、本当に温泉地といえる九州は発展し続けているとよく解かりました。
その反面、発展の陰では各地の観光地の本来持っていた良さが消え、みんな“東京化”してゆき、そこが軽井沢なのか湯布院なのか解からなくなっていっているのをみると、仮にまた十五年ぶりかで湯布院を訪れることができたとしても、その時が怖く思えます。
町もあまりに発展し過ぎると、本来持っている町の良さは失われるということです。


これを今回の視察の結論としたい。


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視察報告1:広大な健康体験施設「阿蘇ファームランド」視察

2009-07-28 | 視察・研修

23日にお伝えしていましたように、24日(金)から27日(月)まで九州へ県外視察に行って参りました。費用の約13万円は、先に告知通り、全て自費で賄った。

室戸市議会では唯一の改革派議員と認識しています「鷹山会」の私は、観光旅行になりがちな市議会の委員会視察に嫌気が指し、6月に市民の皆さんから頂いた期末手当の中から13万円を費用にして、九州は熊本県阿蘇郡南阿蘇村にある巨大な健康体験施設の「阿蘇ファームランド」と、大分県由布市湯布院町には十七年ぶりに視察に行ってきました。

特にこの湯布院では、私が平成2年から10年まで出版していた地域雑誌『あおぞら』の地域リーダーの取材のために平成4年12月、名高い旅館「亀の井別荘」のご主人、中谷健太郎さんに約2時間ぐらいインタビューさせていただいたことがありますので、中谷さんとの再会と、現在の湯布院町の観光の実態を自分の目でつぶさに調査すること、まちの環境や行政、そして湯布院町が近隣の町と合併して出来た由布市議会の状況などをお聞きしたいというのが、視察の目的。

では、視察日程から。

【視察日程】
7月24日(金)・・・室戸出発。愛媛県三崎港より九四フェリーで大分県佐賀関港へ。その夜は湯布院泊。

7月25日(土)・・・湯布院からやまなみハイウエー(県道11号)を通って阿蘇山へ登るも、雨と霧で風景は全く見えず。夕方に「阿蘇ファームランド」内の宿泊施設「阿蘇ファームビレッジ」に到着。ひとまず荷物をドーム型の宿泊棟に置いて、室戸の温浴施設に何か生かせることはないかと、後援会長と二人で施設内を見てまわった。

7月26日(日)・・・この日も雨で、阿蘇山中腹まで登ったが途中で断念。予定よりも早い目に湯布院へ向かい、昼前に到着。中谷健太郎さんにお会いするため「亀の井別荘」に。「お忙しい身だから、せめて5分でも10分でも」と訪問したものでしたが、互いに懐かしさもあって話に花が咲き、約1時間もお邪魔させていただきました。この日も湯布院泊。

7月27日(月)・・・湯布院発。佐賀関から九四フェリーで三崎港に。大洲を経て須崎から南国まで高速を走り、室戸へ帰ってきたのは午後5時ごろでした。


【視察報告】
一日目・24日(金)

  

24日は湯布院の「湯らり六妙」に宿泊。インターネット検索で探した小さなお宿でしたが、私の観察眼に狂いはなく間違いなくよい温泉宿で、経営しているご夫婦の人柄も加わり、後援会長も大満足でした。
温泉に浸かって長い距離を走ってきた疲れを取ったあと、夜は宿の談話室でジャズの音色を聞きながらお宿のご主人夫婦と語らい、笑いが絶えませんでした。元ジャズ喫茶店主と致しましては、大満足でした。

二日目・25日(土)

湯布院を7時半に出発。やまなみハイウエー(県道11号線)をひた走る。

           

途中、9時半頃に大分県九重町田野のやまなみハイウエーからちょっと入った所にある「九州芸術の杜・榎木孝明美術館」に立ちよる。この美術館は2003年5月に開館した美術館で、水彩画が常時、約100点展示されています。因みに、同じ榎木孝明美術館は北海道美瑛町にもある。

ですが、です。残念ながら開館は10時。左程、先を急ぐ用事も無いが、先を急ぐことにします。

   
 
九重のやまなみを望む牧場に馬の親子が草を食む。後援会長、「イヤー、可愛いネエ」。ウン、可愛い。家に残してきた愛犬がちょっと気になる。

途中、阿蘇市に入る手前から県道45号線に右折。遠く阿蘇山を望める大観望を目指す。だが、案の定、雨と霧のため、だんだんと全く辺りが見えない状態になり、予定変更!(いつもながら谷口議員の決断は早い!!)

        

レストランやバラ園がある「はな阿蘇美」(阿蘇市小里)近くにあって、インターネットで事前に調査してあった食事処「あそ乃YAMABOUSHI」で昼食。なかなかよい店構えの和風レストランでした。
県道212号線から市道を山の方に2キロぐらい入ったところで商売をしているためになかなか商売が大変ではないかと考えたが、ブログを開設するなどお客さんを引き込もうと懸命になっている女将さんの熱心さに心打たれました。結構、観光バスなども口コミでやってきているとのことで、なかなかの繁盛店らしい。

お女将さんに聞くと、国立公園内ということから、店の看板の設置が思うようにできないとのこと。
看板が無ければ店にお客は来ない。客が来なければ店は廃業しなければならない。
一方、阿蘇市内の店が発展しなければ阿蘇市役所に税金は落ちない。
こう考えると、国立公園内であっても各店の看板を統一したものにするなど、許可出来る方法があるのではないかと私は考えました。

          

でも、この店がやむなく設置してある看板にしても15㎝×80㎝ぐらいの、それほど景観を乱すような大きなものではない。又、看板の設置についての問題は他の店からの行政への要望もあるようです。

観光地と看板の設置。これも観光地室戸の永遠なる研究課題かもしれません。


そんなこんなしている間に、愛車は早くも阿蘇山の中腹まで走りあがってきました。目の前は真っ白。ライトを付けて走っているんですが、霧で全く見えません。横で後援会長は、「イヤヤー、こわいー!帰えろー!戻どろー!」と叫び続けています。私「エーイ、クソー!何が怖けりゃ、この程度のモンがー!」と進むが、途中で前が見えないということは山の上に行っても見えない事にやっと気付き、停車。丑年の後援会長、「モー!」とひと声鳴く。

小生は高校を卒業するとすぐ昭和39年からは家業の銘木製材所のトラックに乗り月に何回となく大材の丸太や木材製品をつんで県外へ走っていたので熊本や鹿児島に屋久杉を積みに行った時などにこの阿蘇も通りその素晴らしさは見て知っています。ですが、後援会長はまだ阿蘇山の素晴らしさを知らないので、どうしても阿蘇の草千里や噴火口を見せてやりたいと願って上がりましたが、これでは頂上まで上がっても無理。

断念して、途中で右折して県道298号線を下り、この日の宿泊施設「阿蘇ファームビレッジ」のある「阿蘇ファームランド」に着く。

同施設は九州の真ん中に位置し、標高550メートル、阿蘇くじゅう国立公園の中腹に位置する大自然の中の「巨大な健康といやしがテーマの多彩な施設が揃ったくつろぎの空間」として、九州は勿論のこと、全国に広く知られている施設。面積100万平方メートルの敷地に広がる健康リゾート地といえよう。


まず、これがわれわれが泊まった宿泊棟「阿蘇ファームビレッジ」。まるで異星にやって来たような雰囲気を醸し出しています。この宿泊棟が広い敷地の西側に450棟あるというから、すごい。

   

支配人に聞いたところ、この土曜日に宿泊した人数は約800人。多い時は1000人を超えるという。ですが経営者も喜んでばかりもいられません。夕食と朝食を食べるレストランが狭いため、この日のレストランは大混雑して落ち着いて食事が出来ないという欠点をさらけ出す。取材したホテルフロントの職員も「すみません。狭くてお客さんにはご迷惑をかけています」と。

「社長さん、謝罪はいいですが、レストラン部分を拡張するなどして改善の手立てを講じなかったら、やがて不評の声が広がり、お客さんが来なくなりますよ」。

この日は天候が悪くて夕方に色はなかったが、晴れた日の夕方から夜になるとドームの明かりと夕焼けとが相俟って、それは美しい光景が広がるといいます。(つくずく残念だ!)

        

「阿蘇アースパワー・スパ」は予防療法健康温浴施設(写真上)。日本最大級13種類の健康温浴ドームだそうです。それぞれの釜に効果が異なる石や土などの天然素材を使用。専用着を着て体を暖めながらリラックス出来る温浴施設、だそうです。後援会長に「美しくなるから、いっといで」と薦めましたが、「やめてー」と言って逃げまわります。小生など男が入るところでもなさそうでしたので、結局、体験取材は出来ずじまい。(残念!)

しかし、この看板は室戸の温浴施設「シレスト室戸」の国道入口への看板設置の参考になる。

           

「ドーム還元浴」は健康効果を追求する陶板浴(写真上)。この陶板浴は腰痛や肩こりなどに効くそうですが、これも後援会長は体験せず。もっとよいモデルを連れてくれば良かったかな(?!)
見てお解かりのように、宿泊者の駐車場は別の場所にあるため、施設内道路は室戸の「ディープシーワールド」のように真ん中で途切れたりしていません。学んでほしいものです。

              

「阿蘇ファームランド」にはこのほか、健康泥パックによるエステ「阿蘇マグマスパ」や「阿蘇健康火山温泉」など中心的ないくつかの温浴施設や、子供たちが遊ぶ「元気の森」と名付けた野外のアスレチック施設、ショッピングが出来る施設が二棟あって、とても一日では体験しきれないし、やっぱり温浴施設を利用するのは大半が女性だと解かりました。

ここにはアスレチック施設を併設してあるため、夏休みや五月の連休などのように休日が続けば若い家族が子供たちを連れて大勢やってきているようで、この点は室戸の温浴施設も学べるのではないか。私の今後の検討課題にしたいと思っています。

(続きは「視察報告2」へ)


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行政視察アンケート結果発表!

2009-07-27 | 議会改革

本日27日の夕方、市議会「鷹山会」の議員谷口とその後援会長は、大分県湯布院町と熊本県阿蘇市の視察から無事、帰ってまいりました。たくさんの収穫を担いで帰ってきましたので、明日の記事投稿で詳しくお伝えします。

まずは、7月23日投稿の記事において、都道府県議や市区町村議員が行政の公費を使って委員会視察に行くことに賛成か反対かの全国アンケートを募集してありましたので、その結果を発表させていただきます。

私の電子情報誌は日頃一日平均261名が閲覧をして下さっていますが、7月24日から27日までの視察による“開店休業”状態によりまして、ちょっと閲覧数はペースダウンしています。

7月24日(金)・・・閲覧数406名中、反対6名(1.5%)
7月25日(土)・・・閲覧数208名中、反対2名(1.0%)
7月26日(日)・・・閲覧数116名中、反対0名(0%)
7月27日(月)・・・閲覧数106名中、反対2名(1.9%)

以上が全国で当電子情報誌をご覧いただいている方々が、都道府県や市区町村の議員が海外や全国各地にそれぞれ行政の公費を使って委員会視察に行くことに対して反対されている方の割合です。

早く言えば、100名中、1名が反対で99名が賛成されているということになり、当ブログが「市区町村議員ブログ」であることを考えると、その賛成の大半の人が公費支出について「まー、いいじゃないか」と考えている議員だとわかります。

結果は、反対のクリックをされた方が少なかったことが、却ってそれによって議員各位が行政視察に公費を使うことに関して正しいことか不適正なことかについて鈍感になっている実態が明確になりました。

そう理解しないと、一般社会で生活しておられる方々が議員の視察に好意的に考えているわけがありませんものね。

この結果について、田中真紀子さんなら「くやしいですね・・」というかもしれませんが、私に言わせれば「ま、こんなもんでしょう」。

適正を目指すには、
①報酬月額が20万円以上の市区町村(沖縄読谷村のように人口が3万5千人もいる村もあるから、「村」も含め)の議員による行政視察は、今の地方の各市町村の財政難を考慮すれば、委員会の各議員が実費を出し合って自費で行くべき。

②東京や大阪などの区議も、東京江戸川区などの23区を見ると年額1300万円もの豊かな報酬をもらっており、財政難とは関係ないから除外する。

③例外として、報酬月額が手取り20万円以下の町村議員の行政(委員会)視察は、とても報酬から旅費は出ないので、公費で賄ってやるべき。

④議員が委員会において観光旅行をもくろんで視察計画を立てても住民には観光目的という事実が伝わらないので、住民の力によって最初からこの「委員会視察」自体を中止させるよう議会に圧力をかけることが必要。

議会と議会の間の二ヶ月の間、行政のチェックもしないし監視もしない。加えて、議会改革にも関心がない。そんな議員に行政視察は必要ありません。

住民の皆さんは議員に対するチェック及び監視の活動を強めて下さい。国民、都道府県民、市区民は国会議員も含めた議員の委員会視察にもっと関心を寄せ、チェックすべきです。それが議会が良くなることに繋がり、更に行政が良くなることに繋がります。

最後に。物見遊山の観光旅行になっている委員会視察が今も全国の議会に蔓延していることを国民は忘れてはなりません。目を光らせて、もし観光目的の旅行を議員が行った事実を掴んだら次々と告訴して頂きたい。私はそれを期待する。


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弱者のつぶやき

2009-07-23 | 書籍・新聞・テレビ

今日の昼、喫茶店に珈琲を飲みに行き読む雑誌を探していたら、懐かしいタウン誌『季刊高知』を見つけた。

「懐かしい」というのは、野並良寛さんが発行していた『季刊高知』も私が地域雑誌『あおぞら』を発行していた平成5年ごろの同時期に発行されていたタウン誌で、その後、私が廃刊する前に彼も廃刊。しかし、その後、色々転職したあと復刊されたことに、私も我がことのようにうれしく思ったものでした。
その『季刊高知』には、私が地域づくり活動を始めた昭和62年ごろに知り合い、私にとっては大恩人である元高知新聞記者の依光隆明氏が「猛者のつぶやき」のタイトルで以前から記事を書いている。
その33号の「県の力を考えてみる」には、08年11月に高知新聞社を退職し12月から朝日新聞社に恋われ転職、今年4月から水戸総局長になったことから、その茨城県や水戸市が農業大国であることなどを書く。

記事を読んで、茨城県は高知県と比べ「実力県」だとうかがい知ることができたが、一番目を引いたのは、「こう書いてくると高知の貧弱さが際立つかも知れないが、肩を落とす必要はない。高知には高知の生き方がある(略)」の一節でした。
でもね依光さん、末尾で「(竜馬や四万十川、酒などで)県のイメージが全国に広がっているという点では、確かに高知は頭抜けている」と励まされても、依光さんもよくご存知のように、高知が他県より頭抜けて過疎の県であることを私はよく知っているから、肩も落としたくなります。

そんな現状を考えると、ちょっと未練がましいかもしれませんが、依光さんに申したい事があります。

「依光さんはなぜ、あなたを育ててくれたこの高知県を捨てて朝日新聞に行ったの?!」

「なぜ、この高知県を捨てて東京なんかに行ってしまったの?!」

「なぜ、高知新聞社の社員を育てることなく、朝日新聞社の社員育成のために行ってしまったの?!」

「なぜ、高知新聞社にいて、高知県のための記事を書き、尽し続けなかったの?!」

「あれほど多くのあなたのファンである高知県民がいて、まだまだあなたの助けを求めているのに、なぜ、高知を出て行ってしまったの?!」

「せめて衆院選に出馬して2区からの代議士転身ならば、みんな納得もし応援もしたでしょうに!」

高知県民になり替わって、私から精一杯の 「弱者のつぶやき」です。


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実力不足、経験不足の議員が政治停滞を招く

2009-07-19 | 政治家のあり方

「都議会議員選挙で民主党が20議席を増やし、54議席になり、第1党に躍り出た」という情報を、私たち“地方”と呼ばれる田舎に住んでいる人たちはテレビや新聞で知りました。

その選挙では実力不足の若い議員がたくさん当選したそうですね。だから、「都議会はこれから混乱するのは必至」とか聞きます。

続いて、21年8月30日の衆議院選挙でも自民党はベテラン議員がたくさん落選し大小含めて五つの党にチリジリに大分裂してしまいました。

一方、政権与党になった民主党も都議会と同じように実力も経験もない“チルドレン”議員がたくさん生まれましたが、いかに「代議士」と呼ばれようとも実力不足の国会議員であるのは間違いなく、都議会と同様に、またまた国政の政治停滞と混乱は長く続いてゆくことになりました・・・・。


これら選挙のことは、私などのように
「国のお金に頼っているこれから100年経っても自立できない組織である自治体、その自治体に関わる地方議員でいる限りは国政のことも大事だが、基本は自分ところの市区町村の改革改善、議会の改革改善の方がもっとずっと重大事だ。それをホッタラカシにしていて、何が国政選挙か」
と強く思っている地方議員には、本来は全く関わりのないこと。遠い遠い世界の話です。

国に近い都道府県議や国の交付金頼みで陳情に行く地方の市町村首長ならいざ知らず、私は六年議員をやらせて頂いているが、わたしのような地方の議員が直接、国会議員に道路整備事業などを要望しに行ったこともないし、それを真面目に聞いていただき叶えてもらったことなど、ただの一度もない。きっと、これからも多分無いだろう。

だから、国政選挙は地方議員にとっては全く無益な出来事であるから、関わるつもりはない。

「いざとなっても我が市町村行政の発展に頼りとならないのに、選挙の時だけうまく使うのは勘弁してくれ」
と思っている。

そんな時間があれば、それぞれの行政改革や議会改革のために使い働いた方が、もっと生産的といえよう。

但し、国会議員先生がもっと実質的に効果が上がるように地方の末端の小さな町や村のためにとことん苦心して下されば、話は別だ。まずそれが先。それが叶わないのに、衆院選だといって手伝って当たり前のような使われ方をするのは御免被りたい。

次に、いまでさえ国会議員には、与党、野党に関わらずリーダー不足なのに、そこにまたもや“チルドレン”議員が増えると、政治停滞を招くことは間違いない。国はそうして又、これからも混乱が続いてゆくが、目を地方議会に移すと、同じような実態がある。

市町村の住民の中にリーダーとなる人がいないから、首長選に出てくるのは組織経営を全く経験したことのない市区町村の職員ばかりとなっている。例えリーダーとなる立派な人がまちにいても、出られないでいる。その原因は、市区町村の職員ならば3000万円近い退職金を支給され、それを選挙資金に充てる事が出来るからで、能力があるという理由からではない。他の住民にそんな大きな資金を持っている人がいないことが有能なリーダーの登場を阻んでいるといっても過言ではない。

私が知る限りでは、公務員出身の首長の欠点は行政改革の施策の全てにおいて非常に内向きで、無難にやろうとするために大ナタを振るべき時に縮こまってしまうところ。
虚心坦懐に、毅然とした政治姿勢が取れない。いわゆる『断行』が出来ない。
とにかく、大きな問題でも何とか早くやり過ごそう、終わらそうと考える。

それと悪く言えば、行政内が仲良しクラブ状態になってしまう場合もあるし、人物に因れば、きのうまでの同僚に不公正や不適正を指摘されると高圧的に叱責したり左遷してしまう度量の小さな首長もいる。


議員に話を戻すと、都議会や今度の衆院選後に予想されるように、地方議会でも選挙でベテラン議員が退職したり落選して新人候補が多く当選すると議会の“能力や実力”は大幅にダウンするが、それが市町村行政と議会において政治停滞を生み、長く続いてゆく。

ただ、議会にベテラン議員が多くいるからといって議会能力が高いかというと、それはむしろ反対かもしれない。
能力を持たないまま議員になっても最初のうちは少しは学ぼうとする。でも、そんな意思は最初から持ち合わせていないから、すぐいつもの怠け者に戻って、ただ議席に居座っているだけの黙秘権行使議員となり、それが議会の多数を占めるようになる。

だから、出来れば能力を持たず行政改革に不熱心なベテラン議員は早く退職してもらう一方、高い能力を持った純粋な新人議員が多く当選して、尚も当選した時から熱心に行政の勉強を続け、日々、研讃を継続する。

そうあれば、国政でも市区町村議会であっても、国政の政治停滞、地方行政の政治停滞は無いのではないか。議会改革もどんどん進むし、それは住民のためにも効果的と言える。

ま、これはあくまでも私の理想論で、一つのまちにそれほど有能な人物が大勢、議員に当選してくるとは思ってはいません。

ともかく、議会が終われば次の議会まで一つも勉強もしないし行政にも関心のない議員なんて、捨てたようなものです。でも残念ながら、そんな人間でも辞めさせる法律はない。そうして、任期末が来るまでの四年間、議会の停滞による政治停滞は続くのである。

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住民の強い要望が国を動かし、交差点改良工事スタート(2)

2009-07-17 | 議会報告
昨日、7月16日(木)、午後6時半から室戸市浮津の古戸集会所において、室戸市浮津地区の排水路及び国道改良に関する住民説明会が開かれた。主催は室戸市で、国土交通省四国地方整備局土佐国道工事事務所が事業説明を行った。

      

参加したのは、室戸市から小松市長と川辺建設課長。国交省土佐国高知工事事務所のから田島基彦管理第二課長ら4名。議員は、五年間この周辺住民による排水路改良の要望運動を支えてきた会派「鷹山会」の谷口。周辺住民から23名が参加した。

まず主催側の市長から挨拶があり、「国道55線の浮津交差点の改良については、18年11月の集中豪雨の時の国道冠水を見て水路変更も考えたが、道路地中には配線も多い。それらも含め19年から国道と排水路の整備を土佐国に要望して来たもので、今回、その実施という運びとなった。国道改良は地権者との兼ね合いもあ
ることから、皆様のご協力もお願いすることになりますが、よろしくお願いします」と、工事に対する理解と協力を住民に呼びかけた。

次に、土佐国の田島課長からは、「この事業は国交省の交通安全事業として行おうとしているもので、地元住民や高知県警などからの要望があっての計画。何よりも地元住民の皆さんにご協力いただかないと計画は前に進みませんので、その点はよろしくお願いします。
それと、今はまだどのお家にどのくらい道路や歩道が入るのかは明確に言えませんので、それらは測量が終わってから再度、説明会を開いて説明することになります」と、計画の概要の説明があった。

替わって、土佐国職員が事業計画の進め方や道路改良の測量及び工事エリア、道路と歩道の幅などについての説明が行われ、そのあと住民数名から測量と工事計画についての意見や質問がでた。
         
         

小生も少し聞いていたが、住民にとって肝心の排水路に関する説明が国交省職員からないのを見て、手を上げ確認の意味で聞いた。

「16年8月に地元の女性から『豪雨の時には国道が冠水して困っているので、大きな排水路を付けてくれるように国に頼んでほしい』という要望が寄せられ、土佐国奈半利事務所に要望しました。それから所長は川崎所長、山口所長、古澤所長、そして長井所長と替わりましたが、特に前の長井所長は何回もこの浮津の現場に来て下さって住民の皆さんに説明をしてくれました。そんな住民の運動と土佐国のご理解があったからこそ、今のこの事業実施の流れを生んだと私は考えています。説明の中には排水路の整備についてひとことも説明がありませんでしたが、勿論、それは行うのでしょうね。その点について説明して下さい」。

土佐国職員「勿論、その排水路についても現在も市と協議していて、今よりも大きな排水路をと考えている。排水路のルートについては国道改良と同様に、これからの測量によります」。

更に重ねて、私から「行うという排水路の整備は出来るだけ市のお金を使わない形で国がやっていただけたら市としてもうれしく思いますので、その点よろしくお願いします」とお願いすると、参加した住民の皆さんは「よくぞ言った」と思ったのでしょうか、どっと沸く。
でも、これに国交省の職員はすぐさま反応して、「国道の上の山の方からの雨については国にその責任は無いので、それに関する水路については市が行うことになります」と。すると、私のジョークに真面目に答えを返したのを聞いて、会場はまたどっと沸いた。

職員の説明によると、
●測量の範囲(当然これが工事予定区域となるが)は、西は四国電力発電所前のバス停から、東は県道沿いの県総合庁舎まで。南は元登記所から室戸大橋までの区域全体と説明。
●計画では、道路拡幅部分の道路幅は、右折レーンのある片側が歩道2m、道路側溝や電柱部分50㎝、走行車線3.25m、右折レーン車線3m、そして中央線があって、反対の走行車線が3.25mで、電柱部分50㎝で、歩道が2mという道路になる。

      

●測量と工事期間は、国交省が住民に示した「浮津交差点改良の手順」(写真)のように進められ、工事着手は22年度末(平成23年3月)頃を予定している。完工は23年度と見られる。

これはあくまでも国道拡張に関係する地権者の理解がスムーズに得られて計画が順調に進められた場合の計画であって、もし国と地権者との交渉が決裂した場合にはこの計画通りには進まず、途中で破綻することも考えられます。

この日の国による説明会の目的は、一つは住民に計画を進める上で測量をさせてほしいという点と、もう一つはその測量を行うにあたっての立ち入りの了解を得るため。最後にその確認の問いかけがあり、住民から異論も無く、周辺地域に立ち入っての測量は了解され、説明会は終わった。

次回の説明会は、測量が終了して設計図が完成する今年10月末の予定。

         

これは、周辺住民にとってだけでなく、市民全員が待ちにまった国による道路と排水路の改良整備事業です。

国道冠水とそれによって被害を受けてきた周辺住民の問題に長く取り組んできた市議会の一人会派「鷹山会」は、この計画が最後までスムーズに進展し無事に完成することを、心より願っています。



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住民の強い要望が国を動かし、交差点改良計画スタート(1)

2009-07-17 | 議員活動

室戸市のど真ん中に、高知市方面から来る車と室戸岬を経由して徳島市方面から来る車とが出会う場所に浮津交差点がある。

その交差点が市内で一番、車が行き交うと言ってもいいが、そこが毎年のように集中豪雨や台風が来ての大雨になると約200m位の範囲の道路(国道及び県道)が10センチから20センチぐらいの深さで冠水してしまう。
   
   

そのことを16年8月に現場近くに住むMさんから苦情が寄せられ、実情をお聞きした。そこから私の活動が始まったもので、だからかれこれ五年継続してきた独自の活動といえる。そこで、その活動の経過をここでご報告しておきたい。


【浮津地区の排水路及び国道改良に関する住民運動の記録】

(土佐国道工事事務所奈半利事務所、川崎所長時代)

16年8月20日、Mさんから水害の実態を写真を沿えて知る。
     23日、土佐国奈半利事務所へ要望書提出。
17年10月7日、夜半の局地的大雨で、またも国道が冠水する。
      8日、Mさんから「また国道が冠水した」の連絡くる。
   11月8日、土佐国奈半利へ要望書を再度提出し、交差点周辺の排水路の改良整備事業を求める。

(山口所長時代)

18年1月13日、土佐国奈半利から回答書が送付される。
その内容は、
「排水路の問題については、国道側溝は原則として国道に降った雨の路面の水を排水する機能しかないので、問題解決は地域全体の排水路計画の検討が必要。因って、国では対応しかねる」
との、あまりにも問題を軽く見た三行半の回答だった。 

もう一点の右折レーンの無い
「浮津交差点の改良については、当該交差点の問題解決は当該地区の用地買収が必要不可欠であり、甚大な事業費が必要となる事が想定されることから、現時点では費用対効果の面からも事業化は困難」
との回答だった。

一年五ヶ月もの間、住民の皆さんの強い思いを代弁して継続させてきた私独自の活動がこんなたった一枚の「できません」という内容の紙切れで断ち切られたことに、怒りに震える思いを持った。ここでこの要望の芽は完全に摘み取られた感があったが、しばらく時機が来るのを待った。

18年11月26日、夕方から市内に降り続いた局地的大雨で、またも浮津交差点周辺の国道、県道、市道が冠水。Mさんから連絡が入る。

(古澤所長時代)

18年12月1日、11月26日の大雨による国道等の冠水を受け、動かなくなった国を動かそうと再々度、土佐国奈半利へ要望書を提出する。
この時、私は次のような内容の要望書を沿えた上で、強く迫った。

《国がこの排水路の問題を放置していることに周辺住民は怒りは倍化させている。今年1月13日の回答書の意味は「国は国道に降った雨だけは責任を持つが、市道などからの雨による水害については責任がない」と言っているに等しい。この回答書を手にした時は国の無責任さに怒り心頭に発した。このような理屈がこの世の中で通用するのか。国交省の冬芝大臣が記者会見でそう言えるのかといいたい。それに、「地域全体の排水計画の検討が必要」と考えたのなら、なぜその時に室戸市と協議しなかったのか。そして、なぜもっと物事に親身になれないのか。
どうか、よく物事の本質を考えて頂きたい。これが東京のど真ん中のことで、国道がいつもいつも大雨の度に冠水していたらすぐに改良工事を行うだろう。これは田舎の国道のことだから予算がもったいないから放置しておこうというのでは、理屈が通らない。これを回答書にある「費用対効果」というのなら、田舎の人間の命を軽視していることになる。私の考え方は間違っていますでしょうか。もし間違っているとお考えなら、その反論を頂けたらと思います》


と、所長に厳しく指摘した。
この時には、Mさんが十年以上前から取り溜めてきた被害写真と11月26日の被害写真をお借りして持参。「住民に納得のいく説明をしてほしい」とお願いした。

古澤土佐国奈半利所長は私の勢いに押されたのか、それをコピーした上で、「写真も参考にして、要望については検討したい」との回答があった。

19年1月8日、土佐国奈半利が「現地において説明会を行う」との案内状を周辺住民に配布する。

19年1月10日、小生の厳しい指摘に心動かされ土佐国奈半利の古澤所長は職員数名を伴って浮津交差点の現場に立ち、住民に状況と今後の見通しについて説明。
所長からは「排水路整備は、国道拡幅も含めてこれから検討し、3月末までには結論を出す。4月はじめには回答したい」と明言した。 
翌11日には10日の土佐国の説明をまとめた報告書を作成して周辺住民に配布。

(長井所長時代)

19年5月18日、土佐国から約束した結論たる回答が無いためその確認に行ったところ、案の定、古澤所長は移動で転勤。新任の長井所長も「この件について引き継ぎは無かった」とのこと。あれほど「移動する時には次の所長に詳細を説明しておいて下さいね」とお願いしてあったのに、との思いは強かった。
そこでもう一度、この問題の発端から詳細に説明を行い、強く「是非」とお願いする。

19年5月19日、前日の18日に土佐国奈半利で所長に行った要望の内容について報告書を作成し、浮津交差点周辺の住民に配布する。

19年5月30日、長井所長から「谷口さんに状況の説明をしたい」との連絡入るも、「それではまた聞きになるので、現場に来て住民の皆さんに直接説明してほしい」と要請。そこで、6月6日に現地において住民も交えて説明会を行うことになった。

19年6月6日、長井土佐国奈半利所長ら職員が現地で詳細に説明。
所長の説明では「来週(6月14日)から測量に入り、今月中には終わる予定。その後、国道の拡幅も含め検討協議し、7月か8月に結論が出たら谷口さんを介して住民の皆さんに説明します」と方針を示した。住民からは「逐一、谷口さんを通して連絡してほしい」と所長に要請。所長は「わかりました」と返答。

19年8月末、市役所の建設課の前で長井所長に出会い、その後について打診すると、「谷口さん、排水路は国道の下に電線やいろんなケーブルが埋設されているため排水路を設置するための道路工事は難しいが、大きな排水路と国道拡幅も含めた計画を今検討中ですので、いましばらくお待ち下さい」との説明があり、私からは「そうですか。ぜひ前向きによろしくお願いします」と要請し、頭を下げた。

この時、土佐国奈半利の長井所長らは市建設課に国道改良計画図を渡している。

この後は、行政業務のスピードは年度計画で進展してゆくものであることを議員になって三年目ともなればよく理解してきた時機だったので、あまり急かせてもと思い、しばらく待った。

21年3月6日、市議会開会。閉会後に建設課長より「国道改良のための測量設計の予算がついた」と聞く。即日、土佐国奈半利の長井所長を訪ね、詳細を聞いた。
「このことの住民への広報と説明はまた説明会を開きますので、もう少し待ってほしい」とのことで、了解した。そして、「今回の予算確保は測量設計費」であること、国道及び排水路の整備工事については「住民の理解と協力次第ですが、早ければ三年もかからないのではないか」とのことだった。

以上、ここまでが16年8月からずっと継続させて来た浮津地区住民の皆さんによる排水路の早期改良整備への運動と、国交省土佐国道工事事務所奈半利事務所への要望活動の要点です。


先日のことですが、市の担当者は私からのこの排水路の問題についての電話に、次のように答えた。
「あそこの近くの水路にビニールパイプが5本詰まっていたのを見つけてそれを取り除いたきん、もう大雨が降っても冠水はせんろ。(つまり、問題は解決済みだと) この計画決定は谷口さんや周辺の住民が土佐国に要望してきたからじゃのうて、うちの室戸市が以前から要望してきたきんよ」。

私は呆れてニの句が告げなくなり、「そうかね、解かりました」と電話を切った。二人の電話の話をそばで聞いていた周辺住民の一人も首を傾げ、驚いていた。

あの国道の大規模な冠水をその程度のことで解消しすでに解決したと考えている浅はかさに呆れるとともに、そんな不用意な市担当者の発言から、周辺住民の理解が無ければ立ち退きなどの問題が目前にある国道改良工事の計画が進まなくなってしまうことも想定されると考えた。そのことがなぜ理解出来ないのだろうか。

たぶん、市は今回、国交省が国道改良事業を決定し測量を開始したことは自分たち市長や建設課長の業績であって、五年もの間の周辺住民や一議員の運動と土佐国奈半利の理解と両者の連携あってのことだとは全く考えていないようだ。

悲しいね。

住民の意思や想いや行動の経過などの周辺状況が読めていないし理解も出来ていない行政の、“上から目線”の考え方って。

一歩引いて、例え市が長い間要望を続けてきた成果であったとしても、なぜ、住民に少し花を持たせるぐらいのことが言えないのだろうか。

「この今回の計画決定も、長く周辺住民の皆さんが排水路の整備を土佐国奈半利に要望を続けてきた結果です。市としても皆さんには感謝しています」と。それなら住民もうれしいし、喜ぶのではないだろうか。

もし、国道拡張で立ち退きに該当する住宅に住む市民がこの市職員の発言に反感を持ち、「うちは立ち退きに反対する」なんてことになったら、市と市職員は国道が広くなることを願ってきた全市民からも反感を買うことになろう。

行政に関わる人間は、特に発言には注意するようにお願いしておきたい。

行政に関わる人間の発言が及ぼした「責任」は行政側にあり、行政に関わる人間が行った施策により得られた「成果」は行政側にはなく、住民の側にあると知るべし。

なぜならば、会社経営者と社員の関係と同様に、行政に関わる人間は雇用主である市民から給与及び報酬としてお金を頂いていることから、その「成果」の全ては雇用主の住民が行政及び議会関係者に行わせた結果生まれたものと解され、「成果」は住民によって生み出されたものといえるからだ。

もし、私のこの確固たる考え方が間違っていると言われるのならば、いつでも受けて立ちます。


(国交省の説明会については次のページに続く)


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四国地方の梅雨明けを勝手に宣言

2009-07-16 | 季節のたより
              ☆我が家の上空は快晴☆
   

よって、わたくし気象予報士の認定を受けていませんが、勝手に本日の四国地方の梅雨明けを宣言致します。

梅雨明けで、小生が議員になって一年目の16年の夏に一人で建てた議員事務所にも心地良い海風が入ってきて、快適そのもの。

      

でもね、我が家の愛犬、アニー・オークレー(雌のパグ)は私が帰宅する度に事務所まで後を追ってきて、「エアコン、つけて」とねだるんです。エアコンの方を見て、ひと声、「ワン!」と吠える。

そこで仕方なく付けてやると、私が事務所を出るまでずっと入口で気持ちよく寝ています。
       
       

グ~、グ~と、大きないびきをかいて。 “武士はすまいぞ、高いびき”?!

ただ、アニーには去年の10月に20年度分の電気利用料2000円を請求するもそれを支払わないだけでなく、今年もエアコンを利用していることから、家族の中でも問題視されているところ。現在もこの支払いを求め続けている。

うちの後援会長も「払わんと、事務所においてくれんぞね」と指摘してくれてはいるが、聞こえていながら聞こえない素振りをして、いつまで経っても支払ってくれません。また、今年の分も年を越しそうに思っています。

「電気代、ハラッテクレ~!?」   「 けちくさいこと言うちゃ、いキャン!」

   
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