青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の不正な政治を監視する改革派議員三期目。

教訓「為すべき時に、為すべき事を、為せば、成る」

2009-01-29 | 人間のあり方


わが師・上杉鷹山の言葉(確認はされていない)とされる次のような有名な教えがある。

【為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり】

この言葉に励まされて、平成2年から9年まで全国ではオンリーワンの手書き地域雑誌の発行を続けてきた。

この鷹山の言葉は、“勇気を出して挑戦しさえすれば、きっと夢は達成出来るが、いつも臆病で一歩踏み出せないでいると、何も成功しない。それはその人が行動を起さなかったからだ”の意味であることはどなたもご存知の通りです。

このいわば教訓、人生訓の言わんとするところは、「やるのか、やらないのか」の行動の動機付け、いや行動の美学か。“やれば成功するものでも、やろうとしなければ何も為し得ない”。

地域雑誌づくりは、この言葉を支えにして、午後8時ごろから夜遅く午前2時、3時まで手書き原稿を書き、朝は7時に起きて西に車を走らせ取材に、月刊誌の販売に汗を流していた。「休みなく働いていたら、大成功しなくても、その内きっと県民の皆さんに応援していただけるようになる」と信じて。


で、そんな地域情報誌づくりをしている時に、師匠の鷹山とは違った観点で世のあり方を見るようになった。そうして生まれたのが、次のような自作の教訓。

【為すべき時に、為すべき事を、為せば、成る】

“何事も、それに挑戦するタイミングというものがあって、そのチャンスを逃がしたら成功は為し得ない”と思った。今もこの考えは揺るぎない。

師・上杉鷹山の教えにはこの『時』が織り込まれていないので、その「行動してこそ」の教えに因れば全て成功するかといえば、そうではない。やはり物事には「その時、行動を起さなければ、時間が経過した後ではもう手遅れ」という状況がある。そう考えて創った言葉です。

全国の議員の皆さんの職務においても、住民生活を調査した実態を基に、また、国の法改正を基にして3月議会の一般質問で首長に問うべきことを、「下準備が遅れたから」、「私事が忙しいから」といって次の議会に先送りすることがあるのではないか。

で、その議会では「次回の議会にすればいいや」と質問を断念する。3ヵ月後の議会前になると、行政内のその事業や近隣市町村の動きは大きく変化したり、既にもう収束してしまっていることもあり得る。

だから、それはもう質問のテーマとしては“生(なま)”ではなくなり、“旬(しゅん)”ではなくなっているのである。つまり、その議員はタイミングを逸したということになります。


【為すべき時に、為すべきことを、為せば、成る】 (漢詩にすると:「時為、事為、成為」)

私が創った教訓です。よかったら、どうぞあなたの座右の銘として長く活かして下さい。
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土佐備長炭の炭焼き名人・仙頭さん、「土佐の匠」に認定

2009-01-26 | 文化・芸術・スポーツ
「土佐の匠」。

平成8年から始まった高知県(雇用労働政策課)の「土佐の匠認定事業」は、県内の各地域で古くから受けつがれてきた伝統技能や、地域産業の基盤ともなってきた熟練技能などの優れた継承者を「土佐の匠」として認定する制度で、これまでに65名の方々が認定されている。

昨年の11月に発表された平成20年度の「土佐の匠」は、7名。その内の1人に室戸市吉良川町の仙頭博臣さん(製炭部門)が認定されました。室戸市からは19年度の仙頭富雄さん(鍛造部門)に次いで二人目となる。

 

仙頭博臣さんが20年度の「土佐の匠」に認定されたことを祝って同業者らが開いた、祝賀会会場にて。


県の事業による「土佐の匠」の認定は、市町村や関係団体、そして一般からの推薦も可能であるが、認定は一定の基準がある。
①その人物の熟練技能等が優れていて、県下では第一級のものとされていること。
②その伝統技能が概ね15年以上の経験を持ち、35歳から60歳までの者であって、将来にわたってもその技能が多くの貢献を期待される者であること。
③その熟練技能等が現に第一線で活躍しており、またその活動を通じてその技能の普及・振興や後継者育成に寄与している者であること。

この基準に叶うのは経験だけでは無理で、その技術を基にして業界への貢献や後継者育成の方面にもその技能を広める働きをする事が求められ、仙頭さんはそれについて努力していることが認められたものです。
認定の内容は、「炭窯の改良と製炭技術の開発により、炭質を維持しつつ製炭工程の短縮に成功している」とされる。

尚、仙頭博臣さんは、19年度にも一つの賞を受けています。
国の外郭団体である(社)国土緑化推進機構はリーディング・プロジェクトとして毎年、「森づくり」、「森の恵み」、「加工」、「森の伝承・文化」の4部門から優れた技を極め、他の模範となっている達人100人を「森の名手・名人100人」として選定しているが、その平成19年度の「加工部門」(炭焼き)に選ばれている。

吉良川町に生まれ、15歳の時から製炭に従事し、以来、備長炭(白炭)の製炭を行ってきた。原料木である馬目樫の伐採、搬出から炭焼きまで、一連の作業を仙頭さんと奥さん、そして市内から通い、明日の室戸の製炭業界を担う後継者たる23歳の若者、この三人で作業に従事している。その長年受け継がれてきた伝統を守りながらの製炭作業は高度な技術を持つと評価が高く、一方では備長炭の普及と発展に努めていて、製炭文化の伝承と広報にも積極的に取り組んでいる事が今回、評価されたものです。


祝賀会場であいさつに立った仙頭さんは、
「この受賞も、長年努力してこられた諸先輩方のおかげ。賞を頂いたからには、この土佐備長炭の火を消さないように努める義務があると思っています。
土佐の匠の賞を頂く程、自分の技術が優れているとは思っておらず、たまたま認定の基準に叶っただけだと思います。
この受賞を励みにこれからも“炭焼き道”に励み、室戸における備長炭産業を盛り上げて行きたい。
最後に、共に仕事に励んでくれている妻に感謝したいと思います」。

いいですね。良き妻がいてこその旦那さん。それを口にする人柄に、心温まる想いがした。

会場には仙頭さんの祝賀会とあって、遠く神戸から取引業者・兵燃興業(株)の古元社長が駆けつけておられたので、最近の製炭業界の状況を少しお聞きした。

「追い風となっている面は、これは世界的にいえるが、環境面において炭は二酸化炭素の排出がゼロであるというメリットがある。そして「純エネルギー」という利点。一方、向かい風となる面は、世界的な景気の後退により、安い燃料への転換期にあるという点。だから、これからは木炭の良さを生かした取り組み、販売方法が必要になる。木炭の価格も最近は少し上がり気味の傾向にあり、まだまだ木炭業界は順調に推移しています」。

百年前の、明治末期からこの室戸の炭を仕入れて商売をしてきた会社があり、今も室戸とお付き合いをして下さっていることに驚きました。

「うちの会社は、まだ吉良川の海岸に船を付けて炭俵を積み込んでいた、その頃からこの室戸とはお付き合いしてきたので、良質の土佐備長炭を作る室戸の炭焼き職人さんにはこれからも頑張ってほしいし、期待もしています」。

古元社長とは、最近の室戸がユネスコのジオパークによる地質観光を目指し、吉良川町の「重伝建」保存地区での町並み観光、そして室戸三山による遍路観光、この三つの効果いかんに室戸の将来が掛かっていることなどをお話して、しばし歓談した。


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室戸市の春の観光開き

2009-01-25 | 季節のたより


新年1月も松の内は過ぎましたが、室戸路ではたくさんのイベントが目白押し。本日、25日(日)の室戸岬は高知県東部での駅伝大会あり、どこよりも春をいち早く呼び込もうとするイベントありで、大賑わいでした。

まず、上の写真は新年恒例の第57回県市町村対抗駅伝大会のスタート地点での競り合い風景です。県内23市町村の代表38チームが参加したレースは午前10時に室戸岬をスタートして、安芸市までの8区間45.5キロで争われました。
結果は、南国市Aが優勝、2位高知市A、3位佐川町Aと続き、室戸市は健闘して12位に入る。



室戸岬の突端から約2キロの所にある杉尾神社です。このお宮さんは実に素朴な雰囲気を醸し出している神社で、私のお気に入りのお宮。
この鳥居の左右の畑を市が借り上げて昨年10月頃に菜の花の種をまき、もうすぐ黄色い花が満開になります。今日は、あいにく昨日から雪がちらほらと舞うような寒い天候だったのでまだ寒いですが、2月に入れば、もう室戸は春真っ盛り!



室戸岬の海は、今日もグレ釣り日よりやったぜよ。太公望が大物狙いで磯の大きな岩に上がって糸をたらいて、当りを今か今かと待っちょったぜ。おまんらも来んかよ。



さて、本題の春の観光開きの式典です。



毎年2月初旬に行われるこのイベントですので、1月も25日となれば当然、このようにちょっと寒い日が事前に想定されます。何か事情があったのでしょうが、春と聞いて人が「室戸へ行ってみようか」と思うのは、やはり2月の声を聞いてから。今日も、あまりにも寒いから、人の出がいまいちでした。式典でも観光協会会長が挨拶の中で「ちょっと寒いので、1月末の観光開きの日取りも来年は考えたいと思っています」と、式典への参列者にお断りしていた。

この後、地元保育園児の和太鼓演奏や、郷土料理の販売、鰹のたたきの無料試食会、そして最後は室戸では恒例のようになっています「もち投げ」などが室戸岬突端の幕末の志士・中岡慎太郎銅像周辺で終日、行われていた。


私は昼前まで取材をして、昼からは町並み画集『民家美術館』の販売のために吉良川町に出掛け、各ご家庭を訪問しましたが、最後にこんなありがたい言葉をかけて下さった奥さんがいたことをご報告しておきたい。

御田八幡宮近くの一軒のお家を訪ね、本を作った趣旨を説明しますと、「自分らが住みよう吉良川の町のために頑張ってくれように、買おちゃらんといかんね。待ってよ、お金を取ってくるきんね。(しばらくあって)はいっ」。私「すみません、無理をゆうて」。奥さん「いやいや、なんちゃなんちゃ、頑張って下さいね」。涙が出そうになり、頭を深々と何度も下げて玄関の引き戸を閉めました。感謝の気持ちで一杯でした。

たった一冊の本なんですが、掛けて下さる言葉によってこんなにも大きな喜びになります。何んでもないと言えば何んでもない励ましの言葉なんですが、長年続けてきた地域づくり活動の苦労の中で時に訪れる、キラリと輝く感動する場面でした。たくさんの冷たい言葉やいわれの無い批判を浴びながらも、百に一つ、こんな喜びがあるから、地道なまちづくり活動をやめられないのかもしれません。そして、「苦労が報われる」とはこんな時のことを言うんでしょうね。

今日は何かと忙しく、且つ、良い一日であった。笑って、また明日を迎えられる。


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全国の行政や教育現場で常態化する、著作権侵害

2009-01-24 | 組織のあり方
国や都道府県、市区町村など全国の行政機関や、大学、高校、小中学校など教育機関では、日々、余りにも軽率に著作物に関する著作権侵害が行われています。このことは、それらを行っている国家公務員と地方公務員の皆さんがよく認識した上で、またよく認識せずに行っていることなので、十分知っておられると思います。

私は今、高知県唯一の重要伝統的建造物群保存地区である室戸市吉良川町の町並みが何とか観光地として全国に認められ、たくさんの方々が来て下さるようにと、町並み画集『民家美術館』をこの1月15日に出版、現在、市内のご家庭を回って販売しています。

それが、どこの学校とは申せませんが、知人のある学校の校長先生にも買っていただこうと訪ねました。すると、すぐ買って頂き、「他の先生にも聞いてあげよう」と、声をかけて下さった。そこへ集まって来られた数名の中の一人の男性教師が、こう言います。「これを一冊買って、中の絵をコピーして生徒に色を塗らせてみようか」。私は困って、「済みませんが、コピーされると私の本が売れない上に、著作権侵害にもなりますので、それだけはやめて下さい」と、注意した。その先生が校長室から出て入った後、校長は「あんな常識の無い先生が中におってね。どうしようもないわ」と、困惑顔。「その本を作った人の努力とか苦労を考えたら、解かることやにねえ」と、私。

この一冊1000円の画集には、私が室戸市に来られる観光客の皆さんに喜んでもらいたいと苦心して時間をかけて描いた絵が、58枚収められている。その中の一枚を教室の30名の生徒にと30枚コピーすることは、本来なら30冊の本が売れ、3万円の売上げになるべきものだ。それを、1000円で済ませようとするのは、余りにも身勝手な、自分さえ良ければよいという行為。

さて、その後もあります。もう一つ、別の学校の校長先生の所にも行った。すると今度は、その校長自身が「これはコピーしてかまいませんか。生徒に色を塗らせて描かせてみたいですが」と言います。
私はどこの教育者もこれかと思い、次のような昔あった話をして、教育者としてのあり方についてコンコンとお教えした。

《私はかつて、全国でもオンリーワンの手書きの月刊誌である、地域雑誌『あおぞら』を出版していて、平成3年には室戸半島全域の海岸の地質写真を約100枚掲載した地質特集号を出版しました。
そんな頃、小中学校が私の息子と同級生だった若者で、当時は高知大学に通う室戸岬町出身の大学生からこんな話を聞いた。「僕らの地質学教室において、おんちゃんが出した地質特集の本を何ページもコピーしたものを資料にして、勉強したぜ」。私は驚いた。
その号は一冊1000円の本でしたが、「何ページも」というから詳しく聞くと、「何十ページも」で、40~50ページをコピーし、ホッチキスで止めて、それを教室の全生徒に配ったもの。だから、例えば40名の生徒に配ったとなれば、4万円の売上げとなるべきものを大学は1000円の出費で済ませたことになる。
つまり、私に39000円の損害を与えたことになるし、その前に、私が出版した著作物を何の許しもなく無断で複写した行為は著作権の侵害に当たり、私が訴え裁判になれば、私から何がしかの慰謝料を求められても仕方がない事件となります。》

この話を校長にお話しすると、横にいた副校長ら教員も含め、みんな黙り込んでしまいました。それは、そんな認識が全く無くて、初めて法律の重みを知ったような様子でした。

これが教育者の実態です。一部かも知れませんが、こういう世間の常識からかけ離れた考え方をする人が県内の、いや全国の教育界にはたくさんいるという一つの証拠です。いや、これは教育界だけではなく、全国の国や都道府県、市区町村の行政職員も行っていることを、よく知っています。

だから、私は議員になったことを活用して、室戸市議会の一般質問の中で行政の著作権侵害の常態化を注意し、釘を刺したことがある。「少ない枚数を資料にする場合のみ許されるが、本来は許されることではない」と。


さて、そこで著作権法の中のこの許容範囲と許されない範囲を説明しておきたいと思います。公務員の方々はよく知っておいて、日頃の仕事に配慮して頂きたいと思います。

【著作権法】
●(私的使用のための複写)第30条・著作物は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを目的とする時は、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製する事ができる。
1.公衆の使用に供することを目的にして設置されているコピー機を用いて複写する場合。

(解説:コンビニなどのコピー機で個人的な範囲で数枚複写することのみ許されるということ。これ以外の、行政や学校において業務の一貫として使用するために何十枚も複写して使用することは、違法。あくまでも私的使用の範囲内に限られるため、特定、不特定に関わらず、多数人に公表し、頒布することは出来ない。企業や行政などの団体が業務のために行う複製・複写は私的使用ではないので、著作権侵害に当たる)

●第119条:次の各号のいずれかに該当するものは、五年以下の懲役、500万円以下の罰金に処する。
1.著作者人格権、著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者。

(解説:一般に、著作権法による著作物を利用する場合には、著作権者の許諾が原則として必要だが、図書館等における複製、学術研究のための使用、教育機関による複製、裁判手続き等における複製等の場合には、定められた条件で著作権者の許諾無しに自由に利用する事ができる。但し、「定められた条件」とは、教育機関において上の例のように何でもかんでも大量にコピーして生徒に配布することなどは許されないということも含んでいるので、違法となる)


以上が著作権法ですが、法律以外の規制も世間にはあることを公務員の皆さんは知っておかねばなりません。

有名作家、無名の作家に関わらず、書籍や雑誌という商品を製作する時においては、商売のために、そして利益を得ようとしての人もあれば、私のように一ヶ月かけて町を歩き家々を描いた上で、利益ど返しで「室戸の町の観光に寄与したい」、「観光客に喜んでもらいたい」の思い一つで、「赤字になったどうしよう」の不安も抱きながら、身銭を切って出版に踏み切った人間もいる。

そんな重いものを背負って出版した本を、簡単に、軽々しく複写してほしくは無い。例えその行為が違法であろうが無かろうが、苦労して描いて出版した者にとっては、その本は“宝”。ましてや、その複写するという行為によって、出版した者は損害を受けることを考えたら、決して許されるものではない。

全国の行政職員と教育機関に勤務する諸君! 大量複写は違法だから、今日限り、絶対におやめいただきたい。あなた方のその行為によって、泣いている作家や研究者が全国には大勢いることをお忘れなきように。


藤原正彦は、『国家の品格』の中で会津藩の教え「ならぬことはならぬものです」を引用し、「重要なことは押し付けよ」と説く。

だから私も、最後に説く。「けちけちせずに、良い本だと思ったら自分の財布からお金を出して、買って読みなさい。そうすれば、きっとその知識がやがてあなたの“血”となり“肉”となる時が来るだろう」。更にいう。「人のふんどしで相撲をとろうとするな」。


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「ゆとり」なんて、クソ食らえ!

2009-01-21 | 国のあり方
 先日の記事で、中国の政治家・曽国藩の言葉、「収穫を問う無かれ、ただ耕雲を問え」を紹介した。

 この言葉は、“結果を追い求めず、どのくらい田畑を耕してきたか、それこそが人間として素晴らしいんだ。ただしゃにむに働くことこそ、人間を育てる”と、記した。

 そして、私が考えた言葉、「人生、照る日、曇る日」も書き沿えた。

 これは、“一所懸命に努力して働いていても、人生は良い時もあれば、悪い時もある。でも、悪い時があっても挫けずに、怠けずに、正直に頑張って生きていたら、その内、また良い事がある”ということです。

 そのためには、何事をする時でも休まない。自分に自信が無いから、働き続ける。休めば、「人生、照る日、曇る日」が、「人生、曇る日、嵐の日」になるのが分かっているから、休まない。自分自身が自分の全てを信用しているわけではないから、休まない。いつ死を迎えるかわからないから、悔いを残さないために、休まず走り続けている。

 ならば、「人生、照る日、曇る日」、“成果”は必ず向こうからやって来る。

 この、「収穫を問う無かれ、ただ耕耘を問え」も、「人生、照る日、曇る日」も、両方とも意味するところは、“成果を得られるか得られないかを気にしていないで、休まずただもくもくと働け。良いことがあった、悪い事があったと一喜一憂せずに、前を向いてもくもくと働け。さすれば、きっと後発的に、成果は後からついてくる”だろうと、書いた。


 さて、急に話は昭和40年代に遡るが、私が二十歳代の頃でした。次のような国際情勢があり、「これじゃ、間違いなく日本の活力は落ち、経済も、政治も、教育もだめになる」と思ったものです。

 それは、アメリカは戦後二十年ぐらい経つと、それまでの自分たち国民の慢心と怠惰がたたって、日本の急速な経済発展に押されたことも加わり、そこで日本に圧力をかけ、「日本は働きすぎだ。もっと休め!」と言いはじめた。いわゆる一連の“ジャパン・バッシング”です。

 これに対し、当時の弱気な日本の政治家たちは、日本がアメリカの軍事力の傘の下にいる弱さもあって、日本はそのアメリカの圧力に屈して、週休二日制を進めた。止めときゃいいのに、言われたように働く時間を少なくした。つまり、情熱や熱意を薄めたのである。

 その時、私は、「あー、こんなことをしていたら日本企業の生産力が落ちることによって日本の経済活力は弱体化し、学校現場での教育力も低下し子供たちの学力も必ず落ちてくる」と思った。

 で、案の定、いまその通りになった。


 教育に限っていうと、「ゆとり教育」なんてことを始めた時も、「子供の教育にゆとりなんて、いるか!」と思っていた。

 平成8年7月の中教審の答申は「ゆとりの無さ、社会性の不足と倫理観の問題、自立の遅れ、健康・体力の問題などがある。だから、週五日制などのゆとり教育が必要だ」として、この動きは平成14年に始まったが、そもそもこの段階で大きな間違いを犯している。

 子供の教育だけでなく、企業の労働者、そして行政機関や学校に勤務する公務員という名の労働者に「ゆとり」などという、いわばオブラートに包んだ美しい言葉を使って休日を多く与えたことが、これら日本全体の活力を低下させてしまった主因であるのは、間違いない。

 日本の教育界は、その「ゆとり教育」によって、全国の子供たちの学力低下という“事故”を引き起こしたと言ってもよい。
だから、平成19年10月の中教審の答申では授業日数の増加を提言し、20年2月には文科省が21年度から順次、授業時間を増加させるように決めた。過ちを認め、方向転換したのである。

 私に言わせれば、「ほら、見たことか!」だ。

 国によるこの「ゆとり教育」という子供への学問教育の、いわば“たるみ”から、テレビゲームなどからケイタイへ移行する機器による悪作用も加わり、子供たちの多くが学校での一体感のある勉学よりも個人的な娯楽に没頭するようになり、それが今の「殺すのは誰でも良かった」という殺人鬼となる若者を生んだのも間違いない。

 だから、教育の「ゆとり」=「たるみ」「ゆるみ」が、今の教育の崩壊を生んでいるといいたい。

 いま、日本の政治に関わる人も学校現場の人たちもみんな、あの秋葉原の通り魔殺人事件などに代表される若者による無差別殺人などの責任の一端は、自分たちにあると思い知る必要がある。きっと「俺には関係ない」なんて思っているだろうが、ないことは無い。あれらの事件は全て、教育関係者や国の政治家に責任がある。


 長くなるのでこのへんにしますが、とにかく企業も行政や学校に勤務する公務員も全て、40年代のように月曜日から金曜日までは終日働き、土曜日も昼まではちゃんと仕事をするように戻し、子供たちもみんな、土曜日も昼までは学校で勉強するように一刻も早く変更することです。

 私は、「労働や勉学にゆとりなんていらん。そんなのクソ食らえ!」と思っている。
武田鉄矢の母はもっとすごい。「休みたいなんて思ったら、その時は死ね」とまで言っている。

 営業時間を減少させて働かない会社は、企業活力を低下させ、当然、売上げも落ちる。働かない行政は業務消化の低下、働かない学校は教育力の低下をそれぞれ招く。学ぶ時間の少ない子供たちの学力は間違いなく低下する。必ずこうなる。

 職人技も、習得の時間の積み重ねによって、熟練の技が磨かれるものだ。芸術家の腕や感性も打ち込んだ時間によって高揚するものである。それと同じだ。

 あっ、大事なことを忘れてた。勿論、企業の社員は売上げが上がれば給料は上がりますが、学校や行政に勤務する公務員の皆さんの給与は土曜日が半ドンに変更されても給与は今と同じですよ。このへんはお間違いなきように。

 先日も書いたが、自分が働いている組織のため、又労働や勉学は自分のために休みなく働き、休みなく学ぶこと。それが、自分を育て、組織を育て、地域を育て、国を大きくさせるものだと忘れないことです。

 「ゆとり」ある労働や教育なんてものでは、絶対に、町は興きない、国も興きない、自分も興きない。

 とにかく、自分を痛めいじめることによって、能力は高まってくるものです。寝る時間を惜しんで勉強すること。休む時間、休む日を惜しんで働くこと。それでしか、自分も、会社も、学校も、町も、国も良くなってはこない。

 最後は、やはり先日のこの名言で終わりたい。
「収穫を問う無かれ、ただ耕耘を問え」。

 簡単にいうと、「ゆとりなんか、クソ食らえ!」ということです。

 特に、高給取りの公務員には「ゆとり」なんか与える必要はない。
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「人生、照る日、曇る日」

2009-01-18 | 人間のあり方
今朝の高知新聞のコラム、「小社会」の記事の冒頭部分に次のような故事が紹介されていました。

《中国・清末(清時代の末期)の政治家・軍事家で、太平天国の乱平定に活躍した曽国藩(そうこくはん)がこんな言葉を残している。
「収穫を問うなかれ、ただ耕耘(こううん)を問え」
成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要、という意味だ。(後略)》

記事は、はたしてブッシュ大統領の採点は?の問いかけになっている。

この曽国藩という人物の名は初めて聞くし、この言葉、いわば教訓も初めて聞いた。そして「耕耘」とは、田畑を耕すことをいいます。

そこで、自問した。まちづくり活動を実践してきた二十数年の過程を振り返って、「収穫は問うなかれ、ただ耕耘を問え」の言葉のように、“結果を追い求めるのではなく、どのくらいの田畑を耕してきたか”、いかに遮二無二努力してきたかと自らに問うてみた。


色々とありました。まちづくり活動を始めたのは、昭和61年。それからはずっと自分の家庭を重視せず、顧みずに次から次へと喫茶店の売上げから、そしてそれでなくても赤字状態の地域雑誌の売上げの中からお金を出しながら、町おこし活動を続けてきた。

儲けにならない事が分かっていても8年あまりの間、出版し続けてきた地域雑誌にしても、また最近出版した二冊の本にしても、本当に自分の家庭のためになっているかと問われれば、なっていない。むしろ、その度、その度に家の借金になり、それを数年かけて返済してきている。

そんな状態だったので、いまでも思いだすが、地域づくり活動を始めた頃に、中学生だった娘から「お父さんは自分勝手や」と強く言われたことがあります。自分は頑張って町のために尽くそうとしていることでも、家庭にとっては何のためにもなっていないことを、痛烈に娘から批判されました。私は、その通りだと思った。

でも、その娘が地元の高校を卒業し岡山の大きな会社に就職して数ヶ月経った夏ごろ、電話で聞いた言葉が忘れられません。「お父さんが町のために頑張りよったのが、働き出して、いま初めて解かった」。その時のこの言葉で、少しは救われた気がした。


いま60歳を過ぎてこれまでを振りかえって思うが、地域づくりの活動を始めた頃から支えとなっていた言葉があります。
特に地域雑誌を出版していた時の仕事は、夜寝る時間を減らし、飲食など遊行の機会を極力断って、全てをこのまちづくりに賭けた生き方をしていて、その頃に一つの言葉を思い浮かべ、それを何か支えのようにして活動の二十数年間を生きてきた。

それがタイトルにした、「人生、照る日、曇る日」。

わたくし如きがえらそうなことは申せませんが、良く言えば“悟りの境地”であり、またある面、“開き直り”ともいえる。「まあ、長い人生だ。こんな日もあらあ」と。

意味するところは、「一所懸命に努力して働いていても、人生は良い時もあれば、悪い時もある。外的原因、内的原因によって、良くなったり、悪くなったりする。でも、悪い事があっても挫けず、怠けず、正直に、頑張って前向きに生きていたら、その内、また良い事がある」ということです。


だから、何事をする時でも休まない。自分に自信がないから、ずっと毎日働き続けます。休む時間や休める日々のある議員になってからも、毎日、何かに取り組んで仕事を続けています。それは又、自分ひとりの勝手な判断で休む事が、市民の意識や感覚に立ち考えて見れば、間違いなく負託に応えていないことになるから。だから、毎日何か議員としての仕事か、先の地質写真集や今回の町並み画集の発行など、地域リーダーの一人としての仕事に取り組んでいる。

休めば、「人生、照る日、曇る日」が、「人生、曇る日、嵐の日」になることが分かっているから、休まない。私自身が自分の全てを信用しているわけではないから、休みません。
60歳を過ぎるといつ死を迎えるか分からないと悟っているから、休まず走り続けている。いつまでも命があると考えるほど欲深くは無いから、休まない。

「収穫を問うなかれ、ただ耕耘を問え」。(成果は問題ではなく、そこに至る過程での努力が重要)

議員でなくても、身銭を切って市民活動を実践している人ならば、成果を求めず、継続した努力をすることが大事です。ならば、「人生、照る日、曇る日」、“成果”は必ず向こうからやって来る。


但し、いつ何時も身銭を切ることが無く、“収穫”を急ぎすぎるためにすぐに行政の補助金に頼る人たちは、その限りではない。金づるである行政からの金が途絶えれば、間違いなく努力しなくなり、早晩、やめてしまいます。

行政もそんなグループへの支援は、もういい加減に止めることです。その“深情け”な行為はその人たちの“成長”のためにならない。何の継続的な効果も生まないし、却って、行政によってその土地に依存体質の人間や団体を生み、育て、増殖させてしまうだけだ。

「可愛い子には旅をさせよ」というではないか。行政が住民に本当に地域力を付けてもらいたいと思ったら、冷たくして突き放す方がむしろ力がつく。さすれば、性急に“収穫”を求めない、ただ夢中で“耕耘”に励む人がたくさん生まれ、育つだろう。


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「重伝建」保存地区の古民家画集『民家美術館』を発刊

2009-01-15 | 青空編集室


かねてよりご紹介していました、室戸市吉良川町の町並みの古民家を描いた画集、『民家美術館』が完成いたしました。(上の写真)

内容は、吉良川町に建ち並ぶ木造の民家約50軒を、だいたい一枚の用紙に1軒のお家というふうにして、描いています。(下の写真)



尚、この一枚には左の綴じ代の方にミシン線を入れてありますので、お気に入りの絵があれば塗りえとして色を塗り、切り取って額に入れることも出来ます。

この本を企画した背景に、「重伝建」保存地区に県外から見学に来られた観光客の皆さんの「ここにはみやげ物は無いんですか」という声があったから。そこでそのニーズにお応えしようと、昨年10月に一月かけて建物の細密画を描き、11月に発注。ようやく今日、出来上がったということで、印刷所から運んでまいりました。

出来栄えは、上々。早速、吉良川町の懇意にしている知人数名の所に配本してきましたが、「オー、やっと出来たかね」と喜んでいただいた。

販売はいつものように、私が一人で個別に訪問販売して参ります。ご希望の方はお声をかけて下されば配達致しますので、よろしくお願いします。
定価は1000円(税別)。B4サイズの画集がこの値段では無いですよ。できましたらお早めにお買い求め下さい。


私が昭和61年から継続して来たまちづくり活動の一環として、地質を観光に活かすためにはユネスコのジオパークに認定していただく事が一番の早道と考え、地質写真集『青空地質博物館』を昨年7月に制作・発行しました。
それと同様に、この古民家画集も「重伝建」保存地区への観光客の増加に寄与する事ができ、住民による活動を高める一助になればと企画し、発行したものです。


以上、今日は青空編集室の編集長としての営業活動を行いました。よろしく、ね!!
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渡辺議員の一途な反骨精神に惚れた

2009-01-14 | 政治家のあり方
    

室戸の夕景色です。如何ですか、きれいでしょう。この風景が室戸では無料で見られるんです。すごいでしょう。だから、おいでよ室戸へ。


イヤー、誰が何と言おうと、あの一途さがいいですねエ。迷うことも無く、自分の進むべき方向を定めて貫き通すあの姿には惚れ惚れします。実に潔い。

誰のことって、自民党を離党した渡辺喜美衆議院議員ですよ。

言っておられる事が一つ一つ筋が通っているから、惚れる。

社会保険庁や他の省庁で不正な行政事務を行ったり、次々と天下りを続けてそのわずか数年の度に1000万、2000万、3000万円と退職金を得て点々とそれを繰り返すなど、国民の税金を無駄使いし続ける国家公務員。国民にすれば、許せるものではない。
その、国の役人に対抗して改革に熱意を燃やす議員としてのあり方に惚れた。

議員は、ああじゃないといけません。我々、市区町村議員も、都道府県議員も、常にあのようにありたいものです。

記者に「家族は、」と聞かれ、「お父さん頑張って、と応援してくれています」と言った時のあの笑顔が忘れられませんね。


「俺一人じゃ、何にも起こらないから、やめとこうか」なんて考えずに、このように同調者がいなくても、一人で考え、一人で行動する、それが一番正しい時もある。


それと、「自分は次の選挙で困るから反対するのは止めとこう」という議員ばかりいる中、こうやって啖呵を切れるなんて、カッコイイじゃないですか。私はこの美学には惚れますね。

だからこそ、国民の過半数の人が賛意を示している。「よう、言った」と。 

自民党の改革派議員はみんな渡辺議員のようにケツをまくってみたいんだが、次の選挙で落ちたらどうしようなんて不安が先に立って、やれないでいる。

自分可愛いと、意思を貫けないでいる議員の何と情けないことか。

これから、渡辺氏は「国民会議」を立ち上げて運動を始めるということですが、是非とも頑張ってその動きを高めて頂きたい。

自民党の中には「流されている議員」ばかりと思っていたが、政治改革、公務員制度改革に真剣に取り組み、「国民のためにはどうしてもこうしなくてはならない」の思いを持ち続け、「せっかく決まった法律を政令で無きに等しき形にすることなんて許せない。この改革を進め、国民の願いでもある自分のこの思いを貫き通すためには、離党も辞さない」なんて、行動が伴う議員もいたんですね。

こんな純な気持ちを持ち続け行動する政治家こそ、真の政治家。こんな政治家も国会議員の中にいたんですね、口ばかりじゃない議員が。

それに、自民党栃木県連が「熟慮の上の決断だと思う」と冷静に受け入れたことにも、共感する。

先日、国会議員は当てにならないと申しましたが、こんな気骨のある議員も国会議員の中にはいたんですね。見直しました。我々、市区町村の議員も見習いたいものである。

「これからは厳しい時の経過が続きますが、渡辺議員の今後に注目しています。頑張って下さい」。


私も渡辺氏の潔さを見習って、これまでと同様に、他の議員が同調してくれるかくれないかなんて臆病風にふかれることなく、また住民感覚や住民意識を履き違えることなく、自分が正しいと信じたことを貫き通したいと思っています。


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「人の振り見て、我が振り直せ」の教訓

2009-01-14 | 議員活動
皆様、毎度ご愛読下さいまして、ありがとうございます。


《11月20日、麻生首相は道路特定財源の一般財源化に伴い、地方に渡す1兆円の配分について、「地方が自由に使える金が1兆円あればいい。(名目は)何でもいい」と述べ、地方交付税にこだわらない考えを示した。》

昨年11月20日の、の12月議会が終わった後、記者の“ぶらさがり”取材から出たこんな談話がニュースで流れた。

世間は、首相の話は「地方が自由に使える金なら、地方交付税にこだわらない」という趣旨だとし、「地方交付税は元々自由に使える金。だから、これは交付金と言うのを間違えたんだ」と批判されていた。

財政の基本も何も、地方交付税と言えば「地方自治体が自由に使えるお金」で、一方、100種類以上ある「交付金」は「使途が限定されているお金」。その点を突かれた(と理解している)。


私は暮れにこのニュースを聞いて、『人の振り見て、我が振り直せ』の教訓を思い出した。

麻生首相はよく漢字の読み方を間違えていますが、〈この「交付金」と「交付税」の違いを言え〉と問われると、すらすらとは言えない自分がそこにいました。

私だけでなく、議員になってから解かっているように思っていることでも、上面だけ知っているだけで、詳細には知らないことはたくさんあると思います。行政をチェックする上で一番重要な知識であるこの財政についても、余り分からないまま議員職を長年、務めている議員の皆さんも全国にはたくさんいるのではないか。あの、夕張市議会の例もある。


そんな反省から、12月議会が終わった後、財政の本を引っ張り出して少し勉強をし、資料を作成した上で、本日14日に市財政課長にお時間を頂いて、資料の正誤の確認と併せ、財政について1時間足らずかけてお教えいただいた。

作成した資料を基にして、歳入の、特に「地方交付税交付金」と「交付金」の違い、その他の国からの交付金(交付税交付金)等、そして、県から交付される利子割交付金、配当割交付金等の「税交付金」について、勉強をしてきました。


これは財政の本とインターネット検索でたくさんの人から学んだ受け売りですが、「交付税」は、正式には「地方交付税交付金」といい、これは「地方交付税」を地方に「交付金」として渡すことから、主に財務省の視点に立ってそう言う。そして、総務省の視点に立てば「地方交付税」又は、単に「交付税」を用いるそうです。

それと「交付金」について。これは単に「交付金」といい、「地方交付金」と名がつくものは無いということです。(15年に議員になった時から、「地方交付税があるから、交付金の正式名は地方交付金だ」と思っていました)
その出所はあらゆる省庁からで、100種類以上ある。よく聞くのは「まちづくり交付金」。

財政の勉強も議員の中ではよく調査研究してきたつもりですが、6年近く行政の不正や不適正の調査に懸命で、詳細な知識を習得するには至っていませんでした。遅きに失した感もあるが、“何事をするにも遅いということは無い”ともいう。いつも基本に立ち返ることは大事だと思っています。

これで、やっと「地方交付税」と「交付金」の違いがハッキリと理解出来ました。(もう、鬼に金棒?)


昔、親父がよく言っていた。『人の振り見て、我が振り直せ』と。
きっと、困った時は初心に返れ、ということも含めて教えてくれていたんだろう。

それと、“反面教師”と言っては失礼に当たるが、こんな考える機会を与えて下さった麻生首相にも感謝しなくてはなりません。


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良い観光地

2009-01-11 | 地方のあり方
皆様、毎度ご愛読下さいましてありがとうございます。

(注)まず、今日のタイトルについて。最初、「議会改革への夢」という記事を書く予定をしてタイトルと記事を数行書いて投稿しましたが、そのことについては又、後日書くことにし、「良い観光地」の記事に変更しました。ブログ村から「議会改革」の記事だと関心を持ってお入りいただいた方、ごめんなさい。


さて、今日の朝はよい天気で、成人式びより。

室戸岬も三連休とあって、岬突端の磯に上がっているグレ狙いの釣り客もたくさんいましたね。









如何ですか。室戸岬っていいですよ。この「青い空」と「紺碧の海」。このシンプルで、いつまでも変わらない風景がいいんです。

たくさんの人がごった返す観光地や町中の雑踏によって一つの町が潤うもので、それで市民の皆さんは納得するかもしれませんが、大勢の人が市外、県外からどんどんやって来るからといって「良い観光地」とはいえないものです。

室戸岬が賑わうのは正月休みか4月のゴールデンウイーク、それと夏の盆休み時期ぐらいで、その他の月は静かな観光地になっています。でもね、“私の室戸岬”は、全国でも有数の「良い観光地」であることは私が認めています。


「良い観光地」とは、観光地として「良い場所」、「優れた場所」をいいます。


例えば、京都の金閣寺は、本来は良い観光地ですが、人がごった返すほどいて京都の情緒に浸れないような時は、「良い観光地」ではない。

又、私は一昨年の4月の連休後に上高地に行きましたが、それほど人がいなくて、爽やかな高原の良さを体中で満喫してきました。高知県にいては感じ得ない心地がしました。でも、連休の時の上高地は「それはすごい人だった」そうです。だから、私たちが行った時の上高地は「良い観光地」で、その前の連休の時の上高地は「良くない観光地」だったということになります。

もう一つ、その時、軽井沢にも寄りましたが、あの“軽井沢銀座”は人が一杯で、通常に言う「軽井沢」のイメージとは完全にかけ離れていて、私から見るとあそこは「悪い観光地」でした。


何が言いたいのかって? 室戸岬は「良い観光地」だって言いたいのさ!!(決して、人が来ないからといって怒っているんじゃないよ)


「シンプル・イズ・ベスト」っていうじゃないですか。風景の基本は、空と海。空と山。海と、空と、山。そこに船や、人や、建物や、川などが加えられて、情緒や風情が醸し出されてきます。そこに人は癒されます。だから、「観光とは、癒し」。
上高地だって、空と山と、あの梓川があるから、「よい風景」、「良い観光地」たれるんです。

それに、「良い観光地」とは、風景だけを考えれば人がいないほうが純粋な「良い観光地」になりますが、それじゃ観光に携わっている行政や住民は困ってしまいます。


いやいや、難しい観光地のあり方なんてこれくらいにして、ま、みんな室戸へおいでよ。今年からの室戸はやりますよ。すごいですよ。
まず、地質を観光に生かして、行政が遊歩道を海岸に整備し、地質ポイントには案内板を設置した後、2,3年後にはユネスコの「世界地質遺産」に認定され、その価値が世界中に知っていただけることになると思います。

そのご案内は、平成3年から17年間、
「地質を観光に活かすには、地質学的価値を主張するよりも、芸術的価値をそこに見出さなくては、活かし切ることは出来ない。地質は芸術的観点で売れ!!」
と主張し続けてきた私にお任せ下さい。

地質、つまり海岸の岩の見方は、簡単です。地質学なんて全く知らなくてもいいんです。その良さは解かります。では、どうやって?それは、岩を見て「かっこいいな」「すごいなあ」「ダイナミックな岩だなあ」と解かれば、それであなたはジオパークの良さが解かる「ジオパークの良さが解かる会員」として室戸市から認定されます(これは冗談ですよ)。

ともかく、室戸岬海岸、新村海岸、黒耳海岸の地質ウオッティングに来られた時は私をお呼び下さい。議会中以外でしたら、対応致します。


そして又、室戸市には四国で五箇所ある「重要伝統的建造物群保存地区」の一つ、高知県内では唯一の「重伝建」保存地区として国に選定された古い町並みもあります。今年はこの町並みの広報に努めたいと思い、この1月中旬に古民家画集『民家美術館』を発行します。きっと、県外から来られた観光客の皆さんのよき土産品になるのではないかと思っています。乞う、ご期待!!

願うのは、地質観光にしても「重伝建」の古い町並み観光にしても、我が室戸市の観光地がいつまでも「良い観光地」でいてほしい、そうあってほしいということ。きっと、ジオパークに認定されればたくさんの人が室戸にやってきて下さるとは思いますが、またその相乗効果で吉良川町の町並み観光の観光客も多くなると思うが、海岸の風情、古い町並みの風情を消し去ってしまうことのなきよう、祈っている。

もう一つは、地域住民も行政も、出きるだけ多くの観光客が来て欲しいと思うでしょうが、観光でメシを食っていくからには、観光客によってその場所が徐々に破壊されていくことも事前によく考慮しておかなくてはなりません。

不適正な状態は放置せず、風景を汚さない形に、その都度その都度、改善してゆくことが必要です。


観光地は「創造」しながら、「修復」を繰り返し行い続けることが重要。「観光地としての道筋がついたから、もう終わり」ではないと知っておくことです。気を抜いて放置してはなりません。


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