青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

“上から目線”の裁判員制度のPR

2008-11-24 | 書籍・新聞・テレビ
週刊誌を見ていて、掲載されていた国の裁判員制度の広報について、思うところがあります。

一言で言って、“上から目線”でPRしているのは間違いです。

例えば、週刊誌には「連日3日出席して、事件について裁判官と裁判員とが審議する」などと説明しているが、全く物事を分かっていません。

何を分かっていないかというと、全て自分たち国が求めることだけを書き、週刊誌の読者である相手(国民)の身になって書いていないのが、間違っています。それを商売に例えてお教えしたい。

商売人が「自分はこの商品を自信を以って作った。だから、これは間違いなくいい商品だ。買ってくれ」と言ったって、消費者はすぐには買わない。

消費者は消費者の立場で、「本当に自分にとって必要か、本当にいい商品か、もっと安くて良い商品はないか」などとよく点検して考えた上で、良いものだと結論出来たら、買う。

つまり、裁判員制度の週刊誌や新聞、テレビなどでの広報が、自分の言いたいことだけ伝えて、国民の関心のある点について答えていないので、間違っていると言えます。

国民はこの裁判員制度で知りたいのは、裁判員の仕事はある程度知っているが、裁判員になった時と、なる時の問題について知らない。国がそこを全く広報していない点に不安を以っているのだが、そのことを国は全く分かっていません。つまり、下手な商売人と一緒。

例えば、国民は、「裁判員になったらいま勤めている職場を何日か休まなくてはならない。すると皆勤にならなくなる。これを国は会社にちゃんと説明して皆勤になるように働きかけてくれるのだろうか。給料はどうなるのか」と考えているし、「3日間裁判員になったら、その日当は国がちゃんと打ってくれるのか」と考えている。

それに、審議する時、裁判官と裁判員とが一緒になって行うそうだが、裁判官は給料をもらってその仕事をしますが、裁判員は無報酬で仕事せよというとならば、それも可笑しな話。これらを国はどう説明するのか。ならば、「裁判官も給料をなくせよ」と思うのは当たり前だろう。

まるで、裁判員制度は、戦時下の「徴兵制」のようだ。

国のお役人が考えていることは、この裁判員制度だけでないが、多分に“上から目線”である。でも、日本の昔の商売人はこの消費者の気持ちを探り、よく理解して、大企業になっていったのです。
有名な松下幸之助しかり、自動車業界のホンダ、トヨタ、日産などの起業人は皆その消費者、商品を買って下さる人の気持ちになって「ニーズ」を推し量り、計画を立てて、商品を作り、改良に改良を重ね、やがて成功していったのです。

国は、賢い商売人からもっと学び、多種多様な生活をしている国民の身になってこの裁判員制度の広報をすべきではないか。

もっと国民の悩みを解消させるようなことをよく理解し、適切に広報すべきです。
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紅葉狩りに晩秋の馬路村魚梁瀬(ヤナセ)に行ってきました

2008-11-23 | 季節のたより
今日は朝から、夫婦でちょっと気晴らしに(そんなに深い悩みを持っているわけじゃありませんが)安芸郡魚梁瀬の山にもみじ狩りに行ってきました。



もみじ狩りと入っても、もみじの木を取ってきたわけじゃありません。鑑賞に行ってたんです。



そこで、ウンチクを一つ、もみじとかえでの違いについて。
「もみじ」は漢字で「紅葉」と書く。これだけで、カルチャーショックです。

「紅葉」と書いて「もみじ」と読むなんてね。で、その意味を辞書では、「①晩秋に木の葉が紅や黄に色づくこと。又、紅や黄に色づいた葉」とある。



そして②として、「もみじ」とは「かえで」のこと、と書いてある。



もう一つの「かえで」は、漢字で「楓」。これは「カエデ科の落葉高木の総称」としてあります。そして、「一般にもみじといわれる」そうだ。

何のことか皆目わからなくなりました。「もみじ」は「かえで」なのか、それとも「もみじ」は「もみじ」で、別に「かえで」があるのか。それとも「もみじ」という木はなくて、全てあれは「かえで」なのかと。

ハハハハハ・・・・。笑ってごまかすしかないか。
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室戸市戦没者追悼式に出席

2008-11-21 | 季節のたより
今日は室戸市健康福祉センターで戦没者追悼式典があり出席しましたが、その式典で気になる事が三つありましたので、お知らせ致します。

一つは、私が議員になった平成15年11月にこの戦没者追悼式に出席してから今もずっと続いている、首を傾げること。
それは献花の仕方で、私は以前、葬儀社の職員をしていましたのでよく知っていますが、花を手向けるのはキリスト教で、渡す人から花の方を右に来るように頂いて、祭壇の前で花の方を自分の体の方にし、枝の方を祭壇の方にして献花します。

又、榊を手向けるのは神式で、この場合は渡す人から榊の葉っぱの方を左に枝の方を右にして、それを左手は下から葉を受け、右手で枝を挟むようにして頂いて、祭壇の前に進み一礼し、榊の葉の方をぐるっと右回りにまわしてから、葉を自分の体の方にし、枝の方を祭壇(玉串つくえ)の方にして玉ぐしを奉天します。

それがです。私が議員になる前からもずっとこのキリスト教方式で献花をしていて、途中の16年11月の時にはたまりかねて担当課の職員に「これはキリスト教の形だから、本来戦争でお亡くなりになった人たちを追悼する時には、靖国神社でお祭りしているように、神式で行うのが本来の姿。ですから、榊でなくても良いだろうが、やはり榊で行っている神式のように花の方を左にして渡し、祭壇の前で右回りにまわして献花するのが本来の形です」とお教えしたが、「これは国の方で決まっている形だから」といって、いまもそのまま続けられています。

そこで、16年に国の戦没者追悼式の献花の方法をインターネットで調べて見ると、懇切ていねいに絵でその献花の方法を市職員がいうように紹介してあった。

今日、横に座った議員が言いました。「これは、戦後にアメリカの進駐軍が『神さんも仏さんの方式もダメだ。キリスト教のやり方でやれ』というたからじゃないか」。そうかもしれないと思いましたが、もう戦争が終わってから60年が経つ。戦争で出征してお亡くなりになられた方々の魂は日本古来の由緒ある神社、靖国神社にお祭りしてあるのだから、戦没者追悼式の献花の方法ぐらいは神式の方法で行っても良いのではないか。

と、これは戦没者追悼式の度に思うが、変わらないのだから、全国でこのことを問題視する人はいないようだ。


それともう一つは、いい話。

「長」のつく方々が何人か前に出て挨拶をされましたが、高知県知事の代読をした方の文章もそれを読む能力も素晴らしかった。
もう遠い昔になったが、兵士は故国にいる家族のことを思い浮かべ、逆に故郷では家族がその戦地で散っていった人たちを思い浮かべて、別れをしたと思います。そのつらい気持ちを乗り越えて遺族の方々は戦後六十年余り頑張ってこられました。そのご遺族の気持ちをよく汲み取って、心のこもった追悼の言葉を一言一言、その言葉をかみ締めながら述べておられたことに私は感動しました。

本当に心がこもっているなあと、感じ入りました。私は、挨拶の最初から最後まで前の祭壇の花をジット見つめながら聞き入っていました。

心を込めた読む力、「朗読力」とでもいいましょうか、この大事さを今日はこの人から学んだ気がします。(その知事代理の県職員の名前は確か「なかお」とかいったと思いますが、ハッキリとは解かりません)


最後に三つ目は、単純な出来ごとですが、これでいいのかなというひとこまがありました。
その「おかしいなー」と思ったのは、右手にあいさつ文の紙を持ちながら、左手はズボンの左ポケットに手を突っ込んで会場におられる約200人ぐらいの人たちにお礼を述べておられた方がいたことです。

その最前列には、市長、県知事代理、市議会議長、教育長らが座っていました。そしてわれわれ市議会議員も三列に十二、三名が座り、他にも団体の長が大勢座っておられた。そんな中でのその態度ですから、なんとも言いようがありません。

私はその光景を見るに耐えず、聞くに耐えず、頭を下げてうつむいてしまいました。

本人さんは、その横柄な態度の悪さ加減に気付いていない様子。あとできっと誰かが教えて上げるだろうが、その光景を見て、誰にでも「長」になってくれと頼み、そしてそれを簡単に引き受けてよいものでもない、と思った。

私も議員として、またプライベートでもいろんな所に行きますが、その場所、その場所でこのようにいろんなことを学びます。昨日の投稿タイトル「ビッグ3の倒産」では「おごることなく、絶えず学ぶ」ということを学びましたが、今日は、人の上に立つ人はその態度をいつも監視されているから、「おごることなくその立場をよく理解して行動する事が大事」だと学びました。


何でも人の上に立つことって、難しいものです。でも、大勢の人の前にでてズボンに片手を突っ込んで挨拶する人を私は生まれて初めて見ました。驚きます。


最後に、12月議会は12月12日に開会です。私の一般質問の原稿は20日に書き上げ、これからは削除作業に入ります。
又、現在は来年1月中旬に発売する「重伝建」保存地区の民家を描いた画集『民家美術館』の版下の仕上げで大忙し。25日に発注する予定です。この画集が吉良川町の町並み観光の発展に効果を上げ、少しでも手助けになればと思っています。
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ジャパン・バッシングと,ビッグ3の倒産

2008-11-19 | 組織のあり方
今日18日、米上院銀行委員会で、自動車業界の救済策を巡る公聴会が開かれ、その場でいわゆるビッグスリー(米自動車3大メーカー)のトップが3社で合計250億ドル(2兆4000億円)程度で支援してほしいと政府に訴えたという。このままでは一年以内に300万人が失業すると訴えている。

これに対し、共和党上院議員からは「あなた方は、破綻したモデル。破産申請すべきだ。政府は支援してはならない」との指摘があったそうである。

更に、民主党と共和党の議員から「あなた方は今日、35億ドルもするプライベートジェットに乗ってきてますが、それで国民から支援をしてもらおうというのか。それを手放す人は手を上げて下さい」とまで批判されたが、誰も手を上げる人はいなかった。

議員の批判はもっともな話である。日本の皆さん、何十年か前になるがあのニュースを覚えていませんか。

アメリカのGM(ゼネラル・モータース)、フォード、クライスラーなどのガソリンをバンバン燃やす大型乗用車ばかり造っている自動車会社の社員が、燃費のいい日本車をつくっているトヨタやホンダなどを「日本車はオレたちの敵だ!」と叫んで、悪意を以って街頭で日本車をよってたかって大きな棒や鉄パイプで叩き、挙句は火をつけて燃やして、気勢を上げて“日本叩き”、ジャパン・バッシングを行ったことを。それも一度ではなくて、あちらの大会社で、こちらの大会社でと。それはきっとGMであり、フォードであり、クライスラーであっただろう。

でも、あの時、アメリカの自動車業界の経営者も社員もあんな日本をいじめることで憂さを晴らしている間があれば、「お客さんのニーズは何か」を図る努力をし、賢明な経営哲学を持つ日本に学んでいたならば、いまのような米自動車業界の3大企業が枕を並べて討ち死にするような状況にはならなかったのである。でもその時はそうせずに、憂さ晴らしをしていた。

だから、今日の話をニュースで見ると、「ほら見たことか」と思わざるを得ない。自分が負けそうになったから、努力して勝ちそうになったやつをいじめて憂さを晴らすという、その小心な人間(組織)が持つ根性が気に食わない。どこかの議員が行ったような所業が。

先の公聴会では、共和党議員から「体質改善を行ってこなかったあなた方の責任で、自業自得だ」との意見も飛んでいたが、当然の話だ。


“日本タタキ”から現在までをこう考えると、よく解かる。

100メートル競走をしていて「米国」という大きな男が先を走っていたら、「日本」が後から追いついて来た。自分は背中に荷物を背負っていた。それを捨てれば追いついて来れないのは分かっていた。しかし、その大事な荷物を捨てると、ゴールした時に大金が入って来ない。

だからと、捨てれば何がしかの利益も残るのに、大金が欲しくて、捨てずに更に走った。

途中では、「日本」に石や棒切れを投げて、走ってくるのを邪魔をした。

それでも、ついに「日本」という小柄だが真面目で身軽い男が80メートル地点で並び、90メートルで追いつき、とうとうゴールでは2メートルの差をつけて金メダルを獲得した。


ではここで、全国の議員の皆さんに教訓です。「欲すりゃ、損する」。「人に学べ、組織に学べ」。そして私の作った格言です。【為すべき時に、為すべきことを、為せば成る】

米自動車業界は「車を買う消費者のニーズ」と「時代の変化」(ガソリン価格の変化や環境汚染、地球温暖化など)を読み取れなかったといえ、日本の自動車業界は早くから消費者のニーズを理解し、時代の変化を読み取っていたと言えます。

自分たちが自分たちの職責を果たさず、働かずにいて、議会では数少ない熱意を持って改革を目指している議員を批判することよりも、その議員から学び、行政と議会の改革のために懸命に命がけで働くことだ!

米自動車業界ビッグ3が上院議員から浴びせられたような批判を、あなたの町や村の住民から浴びないためにも。
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パソコンの故障、直りました

2008-11-17 | プライベート
パソコンが立ち上がらず、「英文字のままフリーズしてしまう」と昨日書きましたが、ある方が「もしかしたら、DELキーを打ち続けていたら青い画面になり・・・・」とその後の話は理解不能でしたが、その「DELキーを打ち続け・・・」の所だけ、一度やって見ました。

すると、青い画面に突然変わり、F6やF7やとキーを解からないまま打ち、一度電源を強制的に切りました。故障の危険を顧みずに。

それと共に、パソコンをデスクから手前に引き出して工業用の掃除機で綿ぼこりのあるパソコン裏側の掃除をしてみた。そして、全ての配線も抜いては掃除機で吸い取り、抜いては吸い取りと、大掃除。

そうして、もう一度電源を入れてみた。すると以前のようにすんなりと画面が順序よく立ち上がったのです。

でも、一度ぐらいで人も機械も信じられるものではない。市長選の時にはだまされていますし。で、一度OFFにしてダウンさせた。そしてパソコンにつながっている他の電源も全て昨夜、寝しなに切ってしまいました。

そして、今朝のこと。静かに、そっと電源を入れてみました。すると正常に立ち上がります。ちょっとニュースをチェックした後、役所に用事があったのですぐに電源を切り、昼に帰った後、今度はどうかと電源を入れましたが、変わりなくスムーズに立ち上がりました。

ということで、どうやら新しいパソコンを買わなくても済みそうです。故障が直ったのは、掃除したのがよかったのか、解からないままDELキーを叩き他のキーを叩き続けたのがよかったのか、全く理解できませんが、とにかく直りました。

これで、ひと安心です。

ですが、団塊世代の人間が習い始めて三、四年でパソコンという機械を軽やかに操るのは難しいですね。  
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パソコンが立ち上がりません。どなたか教えて

2008-11-16 | プライベート
12月議会が近いため、9日から質問原稿の下書きを開始しまして、13日からはパソコンを使ってワードで原稿の仕上げをしていました。

それが、その12日か13日頃から、パソコンのスイッチを押す度にモニターには英文字の列が九行出てすぐにスッとそのままストップしてしまい、一度スイッチを切ってもう一度押しなおすと立ち上がる時と、何度スイッチを押しても英文字が九行出たままフリーズして、立ち上がらない時がある。

今日も何度もスイッチを入れたり切ったりした後、やっと立ち上がり、何とか質問原稿も全て打ち終わり、こうして久しぶりにブログに投稿しています。

パソコンの状態については、人に聞くところによると「ギアが掛かったり掛からなかったりしているんだろうね。ちょっとしたことだろうが、私には直し方が分からない」という人ばかり。

明日は高知市内の電気屋へ行って、とりあえず中古のノートパソコンを買って来ようと思っています。じゃないと、議会前で忙しく、家のデスクトップ型のパソコンの機嫌を取っている暇はありませんのでね。買ったのは平成16年8月。まだ四年ほどしか使ってないのに。パソコンとはこんなに軟弱な機械なんですかねえ。

政務調査費なんて気が利いたものなんて無いから、あー、やだやだ。またもの要りだ。
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議員行政実務研修に参加しました

2008-11-07 | 視察・研修
11月7日(金)、高知市の人権啓発センターにおいて、平成20年度の議員行政実務研修が行われ、参加しました。

一つ残念だったのは、今回のような「地方議員の行政実務」や「地方議会の役割」、「議会の政策条例」等という、いま地方議会が一番取り組む必要のあるテーマだったので、我が議会からもたくさんの議員が参加して本市の議会改革に取り組むための一つの機会にしてほしかったのですが、16名中、参加したのは私ともう一人のわずか2名だけ。

参加者は約200人と満席でしたが、東部九市町村では北川村や東洋町、奈半利町、などの町村の議員ばかりで、安芸市と室戸市の議員は合わせても私たち2名だけだった。これが勉強する意欲の度合いといえよう。

以前、私が議会改革特別委員会の設置議案を議会に提出する前に議員の皆さんに賛成署名をお願いしましたが、どなたも賛同して下さらなかったことを思えば、これも致し方ないかなとは思います。とにかく議会を改革しようという機運や意識は地方の議会には乏しく、無理なようですね。でも、市民から報酬を頂いて仕事をしている以上、自分としての努力はいつも怠ってはならないと思っている。

さて、講義の内容についてですが、講師は、元東京都総務部審査法務担当部長の木藤静夫氏。

付け加えますと、私は講演会や研修会に行く時には、雑誌記者時代の人物インタビューの時のように、ノートは勿論、カセットレコーダーとカメラを必ず持ってゆきます。これはお分かりのように、あとで記事に起こすためと、確認のためです。
今日の研修についても、このテープとノートの中から、ほんの一部だけですが、要点と特に問題発言と思う点などを少し紹介します。

《●憲法93条・・・ここには「地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」とある。これには、団体自治と住民自治がある。
この住民自治は、住民自らが決定するものであるが、行政が行う業務には次のような疑わしい事例がよくある。
行政は事業を議会で決定した後で、住民説明会を開いて説明する。すると、住民は「何をしているんだ。決めてから住民に説明に来るとは、何を考えているんだ」。これは当然のことで、憲法では住民自治を規定しているから、これは住民の言う通りなんですよね。》

※(谷口)これはタイムリーな講師先生の指摘で、実は、先の9月議会でこんな質問をしました。「室戸市温浴施設の指定管理者に対して6月議会で市は赤字補填を行うことを決めたが、その6月議会の前の5月に急遽、住民説明会を開き、十分に市民の納得を得てから支援を行うべきで、政策決定における住民意思の把握の面からも当然行うべきだった。なぜ、このように市民の意見を聞かずに赤字補填を行ったのか」と。
その答弁は次のようなものでした。「このことは、市民にも説明が必要と考え、7月の行政懇談会で理解を求めました」。

おかしいでしょう、皆さん。議会で赤字補填を行うことを議決する前に住民に聞き、それから議会に掛けるべきものを、いわば事後承諾のように住民に意見を求めるなんて。それも、「議決する前になぜ行わなかった」と聞いたものを、議決後に行っておいて「やりました」なんて、よく堂々といえるものだと思います。とにかく今も前も室戸市の行政は、やっている事が何かに付けて、ずーーーーと、おかしい。普通の市民感覚を持ち合わせていません。

講師先生が言った話と私が議会で市長を追求したこととが全く同じで、これを会場で聞いた時、「そんな事が先日、ありました」と、思わず口から出そうになりました。※

《議会から長に対するチェックについて》
《機関委任事務の処理・・・議員が条例を作成する時は、他の市町村の条例を見てはならない。他の条例を見て、良いとこ取りをしてはならないということ。又、条例は、「法」。勝手に作っちゃ、いけない。》
《地方公共団体の事務の新制度には、「自治事務」と、「法定受託事務」がある》


そして、《地方議会の役割》の項目になって、問題発言が飛び出した。とても信じられない言葉でした。東京都議会議員の皆さんも注目して頂きたい。

《議員の皆さんと市長とは仲間同士。市民がいうなら、「アー、また勝手なことを言ってるな」で済むが、議員の皆さんは、そうはいかない。議員も市長も市民に選ばれた代表者で、市長とは同じ構成メンバーで、仲間同士。
だから、皆さんが市長をやっつけるなんてのは、困るんだよね。仲間同士でケンカしちゃ、いかん。市長を許していこうという気持ちにならなきゃ、困る。ここの自覚をまずお願いしたい。議員は非常勤特別職公務員であるから、「自分も市の職員だ。市長はそのトップにいる人だ」というね。
私は東京都の総務部審査法務担当部長をしていましたが、東京都議会でもそうでした。議会に掛けた裁判に関する議案を党利党略で都議の先生方が反対するんですよね。何、考えてるんだろうねエ。「知事を困らせてやろう」なんてさア、いや、そういう感覚があるんだよね、本当いうけど。イヤ、そうでしょ、行政側と議会は身内じゃないですか。「何んで、困らせて喜んでんの」と言いたい。》

※(谷口)何に、言ってんでしょうね。こんな行政の下請けになったような議会なら、議員はいらないだろう。
不正をする市長がいなければ、不適正な業務をする市長や市職員がいなけりゃ、議員は要らない。それが、おるんですよね。こんな田舎の市行政にも、そんな不正、不適正、不公正、不公平を平気で行う市長や市職員が。そんな市長や職員がいるから、私のような気難しい議会議員が必要なのであって、可笑しな事があった時に、市長や職員に反論しない議会だったら、そんな議会なら最初からいらないだろう。
イエスマンの議員や事なかれの議員ばかりで、行政がよくなると思っているんだろうか、この講師先生は。私はそんな議会ではいけないと思って日々戦って居るのに。(ま、「反面教師」ということもあるから、全く損な勉強の場ではないが)
この講師先生の可笑しな精神も、かつては東京都職員という行政側にいたことに因るもので、その時に培われた「議会に対する恨み」が話の端々に現れていました。

これはどこの議会でもそうでしょうが、何も議会は市長や市職員を困らせてやろうと思って異議を唱えているのではない。かつて室戸市議会にはそんな議員がたくさんいたようだが、私は恥を知っているからそんなことはしない。
調査の上で、不正を発見した時は市民に替わり疑義を質すし、不適正は適正な形をまとめた上で、適正に改善するように求めるのは当然のことだ。
もう一度申しますが、われわれ議員は何も市長を困らせるために異議を唱えているわけではない。又、不正、不適正、不公正などを行政側がしなければ、議員からは何も異論はないのであることからいうと、議会混乱の問題点の元凶は議会側にあるのではなくて、市長等執行機関にあり、改めるべきは市長の側にあることを思い知るべきだろう。
(講師先生、あなたはこの点は間違っています。素直に改めるべきですので、お教えしておきます。とにかく、「市長に反対していて、どうするんですか」には驚きました)※


《議員は、議案だけを審議していてはいけない。「公務員」として市職員になったと同じように市の仕事をしてほしい。議員が認識を持っていないと残念ですね。市民と同じことを言ってちゃ、もったいないし、何のために議員になったのかですよ。真剣に考えなきゃ。住民の考えだけでものを言ってちゃダメ。もったいないよ、議員は住民と違って権限を持っているんだから》

あと講義があったのは、《法の存在形式》として、《成文法には、憲法、条約、法律、命令、条例、規則がある》ことと、《不文法には、判例法などがある》こと。

《行政法》には、「組織」に関わる憲法や地方自治法などがあり、「作用」に関わるものに、道路法、河川法、地方税法などがあること。

《大事なことは、これらのことを知っておいて行うことで、知らないで行政の実務を行ってはいけないということです。そんなんでやられちゃ、迷惑なんですよね》

《条例の制定手順》・・・ 議員に議会に提出された条例審議の基になる知識や能力も無いのに、条文だけを見て審議しているのは間違い。

《条例の事項的限界》・・・ピラミッドの上から、「憲法」、「条約」、「法律」、「命令」、「条例・規則」の順だから、自治体の条例は、法律と命令に違反してはならない。
1・法令に違反しないこと。
2・地方公共団体の事務を対象にすること。
3・住民に義務を課し、その権利を制限するのは、条例によらなければならないこと。
4・罰則を設けること。

《「法」とは、社会生活における人の行為の教養的規範である》

以上、要点のみ記しましたので、よくお判りにならなかったと思いますが、講師の問題点の良し悪しの判断基準だけはお分かりいただけたと思います。

でも、私は議会改革を目指して議員活動を高めようと勉強を続けていますが、これも一人ではできないことで、このことだけはどうにもならないので困っています。議会を良くすることなのになんで、皆んな賛成して取り組まないのか、私には皆目解かりません。

だから、今は自分の個人的な議員活動を高めて、市民に貢献することだけを考えて議員活動を続けています。不満足ですが、それも仕方ないことだと思っている。
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第二回・土佐の「重伝建」保存地区ブログ絵画展

2008-11-06 | 地域づくり活動
国が選定する「重要伝統的建造物群保存地区」は四国に五ヶ所あります。その一つ、高知県唯一の「重伝建」保存地区が室戸市吉良川町の町並みです。

その町並みは約十一年前から修復事業が実施されていますが、平成3年から八年間地域づくり雑誌の編集、出版に携わってきたが、なかなかその修復事業は進展していない。その原因は、改修工事に自己資金が何割か必要である事にある。

そして、住民が行っている活動自体も、いくつかイベントを行ってはいますが、観光客という「お客」に対する「売らんかな」のアイデアに乏しいから、町に「効果」として現れて来ないように感じている。

町おこし活動、地域づくり活動が目指す先には、「その土地にお金が落ちなければ、行っている活動に何の意味も無い」ということをよく認識した上で、「たくさん観光客が来ていただけるような企画」や「来たお客さんがまた来てくれるようにする企画」が必要なんですが、それが出来ているかと見ると、来たお客さんに対応するだけに終わっているようで、それではそこに住む人に疲れだけがあとに残るのではないかとに思う。

少なくても、来た観光客が再度来る工夫と、来た観光客が「吉良川町はよかったから一度行って見て下さい」と友人に広報してくれるようなこちら(室戸市側)のアイデアが必要だ。

先日、こんなことを聞いた。県外から来られた観光客が帰り際に「もう一度、見に来るほどの町並みではないな」と言って帰ったそうです。こんな言葉から、地元室戸市はその対応ぶり、町おこし活動を行っている人たちはその活動ぶりを見直す機会にすべきです。

「俺たちの仕事ぶりは、これでいいのだろうか」と。もしかしたら、観光客が落胆して帰ってゆく町並みで納得しているんじゃないでしょうか。

自分たちに向けられた批判の声は、真摯な気持ちで聞くべきです。

話題がそれるが、例えば議員が自分たちの至らなさや報酬に値しない仕事ぶりを指摘され、それを市民に広報されたからといってその人を糾弾するような人間性では、その組織の発展も改革も進むものではないということです。

要は、自分たちが仕事をしないでいて批判されたからいって、怒っても仕方が無いのです。重要なのは誰が悪いのかであって、その悪さを批判した人が悪いのではない。至らない人たちが反省して悔い改めるしか、他に組織が良くなる方法は無い。とにかく、真面目に仕事をすることです。


話を戻すが、町を良くしようと思ったら、又、町を良くする立場にある人は、いつも自分に「俺はこれで言いのだろうか」と自らに問い掛ける必要がある。職務や活動の責任を果たしていないと分かったら、批判を真摯に受け止め、務め(課せられた任務のこと)を果たすよう努力することです。その方法でしか、組織やまちづくりは良くなりません。


もう一つ付け加えておきたいのは、地域づくり活動の団体・組織は、決して行政の「子飼い」の組織になってはいけないということ。

行政とはお互いに対等の組織関係にいなくてはならないことを忘れないこと。それには、補助金に頼っていては対等の関係にならない。だから、行政からの補助金支援を受けることをやめることです。そんな自立した活動をしていたならば、人から「お前たちは役所の金にすがって活動をしているじゃないか」とは、言われなくなる。

行政とまちづくりグループは、「並び立つこと」が大事。それを基本とすべし。


これまで三回ほどご紹介させていただいた町並みの古民家を描いたイラストは、その町おこしの一助になればと描いたもので、近ゞ、町並み画集として発行する予定にしています。それが、県外から吉良川町に来られた観光客の皆さんに喜んで頂け、リピーターとなって下さればの思いを込めて。

では展覧会の最後に、描いた約五十枚の中から何点かをご覧いただきます。












これを以って、絵画展を終了させていただきます。ご来場、誠にありがとうございました。これからは、12月議会の調査活動に入りますので、また忙しくなります。
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