青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の不正な政治を監視する改革派議員三期目。

9月議会の質問原稿作成中

2008-08-21 | 議員活動
さあ、議会開会の約一ヶ月前になりました。今回もたくさんの質問を用意しています。執行部の皆さん、ご準備よろしくお願いします。

質問内容は、①国の「骨太の方針2008」の「定住自立圏構想」について、②校庭の芝生化について、③市道室津港線の整備について、④ディープシーワールドの改善について、の四項目を予定しています。

室戸市にはたくさんの重要な課題が山積しています。

市町村合併も、前市長が反対して全く取り組みませんでしたが、現市長も市民の60%が賛成している合併の住民アンケートを「あれは調査の仕方がおかしかったから、なかったことにします」と破棄してしまうなど、可笑しな行政運営を続けており、そんなことでこの室戸市が生き残れると考えておられるのかと思っている。

市長選出馬の時の私との「住民アンケートの賛成多数という結果をもとに進める」という約束を守らないのは、「二期目も市長をやりたいからか」と。

また、市民みんなが待ち望んでいる市道室津港線の整備にしても、国や県など当てにしても、この道路はいつまで経っても出来はしない。市が「市の財源だけでやるぞ」という意欲を示してやるぐらいの気持がなければ、この道は絶対に完成しない。他人を当てにしている人間がいつまでもダメであるように。室戸市も自分ところの財源を使いたくないからといって国や県の金ばかり当てにしていては、独自の力を誇示出来ないばかりか、市のリーダーの力量まで疑われます。

ディープシーワールドの改善点、欠点はたくさんある。園内道路、市場の位置、特に看板の位置と大きさなど、あの施設の商売が繁盛しない理由を探そうと思えばいくらでも見つかります。それに市長等執行機関も指定管理者も2年間運営をしていてなぜか気付きません。それは、繁盛する商売と寂れる商売の原因を知らないからですが。

さて、8月初めから今日までは質問文章をコピー用紙に書き続け、今日からはそれをみながらパソコンのワードを使って質問原稿を打ってゆきます。この作業は約一週間掛かり、その全て打ち終わった原稿を今度は訂正、削除、加条して仕上げてゆきます。そうして45分ぐらいに短縮していって、再質問のために5分ぐらいを残します。詳細については、是非議会に傍聴においで下さい。

さあ、議会が近づいていますので、また忙しくなります。谷口は15年4月に議員になって以来、一度も質問を欠かした事が無く、21議会の全てにおいて50分の質問を行い、とにかく誠心誠意努力して頑張ってきました。残す任期は、あとわずかニ年八ヶ月しかありません。これからも市民の皆さんのために頑張りますので、どうか御支援、御期待下さい。
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道路整備の充実を求める四国東南部大会、室戸市で開催

2008-08-07 | 議員活動
            
         室戸市健康福祉センターのホール「夢ひろば」で盛大に開催された四国東南部の四つの道路
         整備促進期成同盟会の関係者が一堂に集まっての、合同大会。


道路整備予算の確保と四国東南部の道路整備の充実を求める四つ道路促進期成同盟会(主催)が7日、室戸市内の健康福祉センターで行われ、徳島県東南部と高知県東部の全21市町村の自治体関係者ら約200人が参加した。

道路特定財源の一般財源化など、最近の道路財源確保の状況は厳しいものがある。この徳島県東南部地域から高知県東部地域における道路事情を見ると、台風災害を毎年のように受け、すぐに道路は寸断される欠点を持っている。又、四国内部の高速道も都市部を優先的に整備事業が進められ、土佐清水市や室戸市のような四国南部の町は置き去りにされている現状がますます明確になっている。よってこの状況を打開し改善するため、四国内の交通網の整備が急がれます。

開催市の室戸市長の挨拶の後、合同事業事務局の安芸市長、中谷元衆議院議員、広田一参議員議員と続き、パネルディスカッションに移る。

テーマは「地方が生き残るために」。パネラーは、中谷元、広田一議員の他、阿南市・岩浅市長、安芸市・松本市長、東西電工(徳島県牟岐町)・北出亘、室戸市(主婦)藤原恵、土佐はちきん連合・江本美江の七氏。コーディネーターはRKCラジオなどでパーソナリティーをしている川村育子さん。

各氏の意見の中から少し紹介する。中では爆弾発言も飛び出しました。

松本・道路は住民の目線で必要かどうかを見るべき。私たちの周辺市町村は農業や漁業が盛んな地域だから、ここに高速道路があれば物流は早くなり、もっと地域は元気になります。

岩浅・地方は今、座して衰退しているのを待っているというのが現状です。それを打開しようと最近のこと、阿南市、室戸市、安芸市が「AMA(あま)」の連携を始めた。そして、高速バスの室戸への延伸が実現したこともその成果と言えよう。

松本・この高規格道「阿南安芸自動車道」を作れば、安芸から川之江を通って神戸へ行くよりも30分も時間短縮になるし、こういう取り組みは将来の「四国州」の先取りともいえると思っている。

中谷・先ほど話に出た「AMA」の地域連携は面白い取り組みで、聞いた時は驚いた。素晴らしいことなので、キムタクとか有名タレントを使って外へ売り出してはどうか。それに、NHK大河ドラマ「竜馬伝」も始まる。

藤原・室戸のキンメダイは東京の築地へ運んでいますが、今の原油高によって漁業者も困っています。それは、県東部に高規格道路ができると、少しはその負担増が軽減されるのではないかと思う。

松本・企業立地は高速道がないと実現は困難だが、高速道がつけば目に見えて企業がその周辺にやってきます。(四国の企業立地パターンの図を見せながら説明する)

ここで、爆弾発言。

中谷・道路特定財源で阿南安芸自動車道を作る計画でしたが、この計画が破綻したのは民主党の所為です。私は国道55号線や県道沿いに「ここに高規格道が出来なくなったのは民主党の所為です」と看板を立てたいぐらいです。(と、隣に座る広田さんを牽制する)

(民主党批判の看板を立てたいのならば立てたらいいと思うが、ならば民主党も自民党批判の看板を立てるでしょうね。私はどの党も支援していないが、面白い。やってみて。  話は違うが、なぜ橋本大二郎さんは高知2区から出馬して中谷さんと戦わないんだろう。私はそれを強く強く待ち望んでいたのに、非常に残念に思っている。橋本さん、「今からでも遅くありません。2区に変更しましょう」)

江本・住んでいる手結の道路では救急車の警報が「ピーポー、ピーポー」ではなくて、「ウーーーーーー」になります。それは、道が混んでいるからで、道路整備がとにかく急がれると思っています。

岩浅・このような会議の要点は、このままで終わったら意味がない。国にこの現状を踏まえた声を届けなくては意味がありません。誰かが東京へ行って住民の生の声を届けてもらう事が大事です。

中山・今日は、政治に情やハートが必要だと痛感した。政治には思いやりやハートがないといかん。(テレビ朝日の「TVタックル」に出た時は周りの議員らの勢いに押されていつも何も言えなくなってしまうのに、選挙が近いこともあってか、地元高知に帰ると元気に見えます)

広田・私は国民から道路のために使うといって税金を集めながら、そのお金は道路には使わない政府に問題があると思っています。(最後に、広田さんが中谷さんに一発かまし、発言機会は少なかったが、総合点では広田さんの勝ち)


最後に、共同決議を採択して大会は終わる。

こんな決起大会はよく行われますが、「何か成果があればいいが・・」が実感。
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アイデアマンと、手柄を独り占めする人

2008-08-05 | 地域づくり活動
 8月4日の高知新聞一面の「小社会」に亡くなった赤塚不二夫さんについての記事があり、その中にこんな一節があった。

〈才能とは、一度出口を見つけると、滝のようにあふれ出てくるものらしい。赤塚さんは編集者ら周囲の人にもアイデアを出させ、それを肉付けする天才だった。だが、手柄を独り占めするようなことは絶対になく、「あれは誰それのアイデア」と公言した。〉


こういうことは当たり前のようですが、現実の社会ではなかなかこのように話は進まない。

この室戸市においても、昔から人のアイデアを横取りして出し抜くという出来事はいくつもある。私もたびたびそんなひどい目に遭っている。今日はその実際にあった話をしましょう。

(第一話)
昭和61年2月に私は市内にジャズ喫茶を開店。同時に、まちの地域おこし活動を始めました。
喫茶店の売上げを使ってジャズコンサートを開催したり、映画界を開催したり、若者の音楽際の開催を企画して、資金的な支援もしていました。

そんな中で、一つは、室戸市のように全国の岬がある自治体の大半が周辺地域の端っこにあることから、過疎化が進んでいるだろうと考え、その自治体が集まってその岬を生かした活性化について討論してはどうかと、「全国岬サミット」の開催を考えた。

もう一つは、四国はオーストラリアと同じ形の地形をしていることを何とか生かせないかと考え、室戸市と同位置にあるオーストラリア東南部の都市との姉妹都市縁組をしては考えた。

「岬サミット」のためには全国に点在する岬を全て書きだした地図も作るなど、この二つの計画を資料にして店においてあった。そんな昭和63年3月のある日、室戸市のある課長が夫婦で来店した。私は「この人なら」と考え、提案し、「室戸市のために活かし、この二つの事業を実現させてほしい」とお願いし、資料も渡した。
それから数ヶ月たった同じ年の8月、高知新聞にその課長が助役になったことを紹介する「助役の顔」の記事が載った。「室戸市は来年4月に全国岬サミットを開催する」と、さも自分が考えて行うようになったかのように語っていた。それをみて、なぜ「一市民の提案を受けて・・・」と言えないのかと思いました。それは手柄を独り占めしたかったから、取材を受けた時に言えなかったのでしょう。

その翌日のこと、店の常連だったその記事を書いた記者がやってきたので、私は「あの記事は事実ではありません」と告げ、「実は・・」と事実関係を詳しく説明した。

その後、年を越して64年(平成元年)の1月になっても、2月、3月になっても、半月前、10日前、一週間前、3日前、前日、そして当日になっても、室戸市のその助役さんから「谷口さんに提案していただいた二つの企画は共に事業化していて、全国岬サミットも開催の運びとなりました。そこで、是非とも企画された谷口さんにもこの式典に出席して頂きたい」、そんな連絡は全くなく、盛大に行われたそのサミットは終わってしまいました。

「せめて式典の末席にでも呼んでいただければ・・」と考えていた私がバカでした。良い人と悪い人の区別ができずに提案した私が馬鹿だったと、あとで反省したものです。

(第二話)
その後、私は地域雑誌の出版を平成2年に始め、3年と8年には室戸半島の地質特集を組んで、県東部の皆さんに地質を観光に生かそうと訴えました。が、経営赤字がふくらみ、休刊。平成10年からは地元の自動車会社に勤務して営業の仕事を始めました。

そんな会社員時代の平成11年の夏ごろ、ある友人から一つの会の会員名簿を見せられた。そこには「室戸青空地質博物館会議」と書いてあった。そして、「谷口さん、『青空地質博物館』いうたら、おまんが前に出した地質の本で付けていた名前やけんど、平成10年に出来たこの会の会員名簿にはおまんの名前が無いが、これはなぜ?」と聞かれた。これは初めて聞く話でした。

そこで、私が考えた構想で、室戸半島の自然を一つの“博物館”に見立てた概念である「青空地質博物館」の名称が私の知らないところで一人歩きしていたことから、会社の帰りにその名称を冠した会を作った植田壮一郎県会議員の家に直接、この点を確かめに行きました。

これも、その人物は私が雑誌出版の仕事に失敗してサラリーマンになったから、もう町の地域づくりシーンの中に生き返ってくることも無いと考え、勝手に使っても分からないと思ったのでしょう。

その人を訪ねると在宅中で、「こんな会を作っているんですか」と問うと、恥じるでもなく、「谷口さん、おまんもこの会に入らん?」という。「入らん?」ではなくて、会を作る時にはまず真っ先に入会を呼びかけ、この名称を使いたいと申し出るべきで、この時も「谷口さんが考えた構想の名称を勝手に使ってすいませんでした」が先だろうと思った。でも、私は大人の対応で、「まあ考えておきます」と言ってそのまま帰ってきた。

その時からこの人は信用ならないと思っている。自分とは関係の無い他人を利用するだけ利用して、その人のためには決して手助けしようとしないし、勿論、評価もしない。その前にやるべき謝罪もしない。県議であるのに、だ。

 基本的には、そんな自分本位の生き方ばかりで、地域のためには犠牲になれない人。

何も私のアイデアをまちのためならば、使うことに異論は無い。ただ一言、その時は「この名称は谷口さんが創案したものです」と勇気を出して地域社会に広く明らかにすべきであるし、まずはそのアイデアマンたる人物を称え評価すべきだと思っている。「人のものは人のもの、自分のものは自分のもの」とけじめを付けなくてはならない。肩書きがあるから、なんでも自分が自由に使っていいということにはならない。


漫画家・赤塚不二夫さんは周辺の人のアイデアを活かし、「これは彼のアイデア」と明らかにして作品として出したといいます。いくら晩年が酒びたりの毎日であったといえども、やはり見識や誠意、そして一つ成し遂げた人物は人への配慮が違いますね。

だから、第一話の人にしても、第二話の人にも学んで頂きたいのは、これらのことは自分の欲が深いからこんなことをしてしまうのであるから、まず我欲を捨てること。
それと、人のアイデアや企画はその人の長い人生経験、テレビやラジオの番組の中、事件や全国で行われている地域づくり活動の情報、それらにアンテナを張り、調査・取材・情報整理に努力を重ねた上で培った能力からほとばしり出るのが、アイデアである。そんなアイデアマンの長年の努力があってこそだと、この人たちはよく理解しなければならない。

それをよく解かっていたのが、赤塚不二夫さんだったということです。

きっと、「これは谷口さんのアイデアです」と公言してしまうと、私に自分が負けたような気持ちになるんです。そんな小心だから、素直にそう言えないのです。
お互いそんなに大してえらい人間でもないんだから、赤塚さんのように他人のアイデアは他人のアイデアとして能力のある人物を評価すれば、もっと自分も評価してくれ、協力もしてもらえるようになると学び、覚えることです。

YKKの創業者・吉田忠雄さんは、子供の時に読んだ伝記から、世界の鉄鋼王・カーネギーの「他人の利益を図らなければ、自らも栄えない」という考え方が忘れられず、それを経営哲学の基本とし、「善の巡環」と名付けて社員を教育し、YKKを世界的な企業に育て上げたという。このことからも学ぶべき。

とにかく、「オレはえらい」と思う基本となっている自分の肩書きなどは全て忘れて、人の能力をまず称え、評価することです。それが例え自分よりも肩書きが下の人物であっても。そうすれば、あなたのことも人は評価してくれるようになるでしょう。
そして、決して他人が考えたアイデアや提案ごと、企画ごとは盗まないことです。盗めば、数年後、いや数十年後になってもその報いはやって来ます。だから、書籍などの著作権と同じように、他人が考えたアイデアや企画ごとを使う時は、その時に「使いたい」と直接お願いし、許しを得ること。そうすればどなたも受け入れてくれるのではないでしょうか。

いま、怪談の夏。他人のアイデアを独り占めするような行為は、よくありません。化けて出られたらあなたはどうしますか。他人のアイデアを横取りしたり、多くの人を踏み台にして成り上がることばかり考えていると、そのうち、大きなばちが当りますよ。

室戸の夏、怪談の夏。
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