青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

論語は教える、人の道を

2018-08-01 | 人間のあり方
 「論語」とは、孔子の死後、門人たちが孔子から教わったことを持ちよりまとめたもの。その教えは、いわゆる「儒教」もしくは「儒学」として、のちに中国の歴代王朝で経営理念として尊重されるようになる。更に、東アジア諸国にも広まり、各国の文化に大きな影響を与えた。

 その「論語」の基本精神は、「モラル」。

 「儲け」や「利得」を優先させるだけでは社会は良くならず、会社も持たないことが、最近の企業や団体が違法行為や偽装行為を行った末に経営者や団体役員などが記者会見で頭を下げて謝罪している光景を見ると明らかだ。「モラル」に欠ける企業や団体、また政治の世界ならば議員や首長に「モラル」が欠落している例は枚挙にいとまがない。

 ただ、社会全体に迷惑をかけたことが理解できる企業人等は背負った責任の重さを痛感し謝罪するが、住民全体に迷惑をかけたことが理解できない首長など政治家は背負った責任の重さに鈍感なのか、絶対に頭を下げないし、どんなことがあっても謝罪しないし、時に住民の代表に向かって反論までする。そうして、その人物は「モラル」と「コンプライアンス精神」が欠如している様を辺りにさらけ出している。

 そんなことを考えながら、論語の中から「政治的モラルとはいかなるものか」、「モラルに富んだ政治姿勢とはいかなるものか」を挙げてみたい。

 基礎的知識として・・・論語に必ず出てくるのが「仁」と「礼」。

 「礼」とは、マナーとか、礼儀作法のこと。政治の世界で言えば私が厳格に守ろうとしている「法令」とか「規則」のことです。「仁」とは、朱子学によると、「心の徳(よさ)」です。この仁を大切に生きていれば、つまり良心に従って生きていれば、人を思いやれるようになれるといいます。又、逆にいうと、礼に従って行動をしていれば、その心には仁が芽生えるという。

  ●論語「仁を問う。曰く、仁者は、難(かた)きを先にして獲(う)るを後にす。仁と謂うべし」。

 (原文翻訳)良心的であることについて問われると、言われた。良心的な人は、まず困難に立ち向かうことを優先し、儲かることかどうかは二の次にする。それでこそ良心的と言える。

 (学びの要点)正しいことであれば、それをやり遂げていく。たとえそれが困難なことでも、それから逃げたりしない。これこそが、立派な人の生きざまである。

  ●論語「子路(しろ)、君(くん)に事(つか)えるを問う。子曰く、欺く勿(なか)れ、而(しこう)してこれを犯せ」

 (原文翻訳)弟子の子路が君主に使える方法を尋ねたとき、孔子は答えた。「騙してはいけないし、間違いはきちんと意見してあげないといけない」。

 (学びの要点)上司の意を迎えるために何かと甘言を弄する人よりも、上司の意に反してでも、ずけずけ苦言を呈する人の方が、最初は嫌われるかもしれないが、最後は信用をてにできるし、上司のためにもなる。

 (谷口からの一言)これは相手を見て行うべきこと。いくら孔子の教えでも、相手を見ずに苦言を呈すると多くの甘言を弄する人間たちが居並ぶその前で斬首の刑に遭うこともあるので、注意されたい。「正論は、その正論が理解できる有能な上司にだけぶつけるべきものと心得よ。無能な上司に正論は通用しない」

  ●論語「君子は、義して以って質と為し、礼して以って之(これ)を行い、孫(そん)して以って之を出(い)だし、信して以ってこれを成す」

 (原文翻訳)りっぱな人は、正義を根本に据えている。礼儀によって正義を実行し、謙遜によって正義を主張し、信用によって正義を完成する。

 (学びの要点)大体成功する人はバックボーン(気骨、精神的中軸)がしっかりしているものですが、大きく成功できる人は特に正義をバックボーンに据えている。法を無視し民の生活を無視して蛮勇をふるう悪人は、最後に大きな痛手を負う。そもそもビジネスであれ、政治であれ、人生であれ、無礼なこと、不遜なこと、裏切ることなど、そんな正義に反することをしていれば、最初は勝手気ままにできても、やがて町を後にしなくてはならないほどの大失態を犯すものである。

  ●論語「志士、仁人(じんじん)は、生を求めて仁を害することなく、身を殺して仁を成すことあり」。

 (原文翻訳)世のために頑張ろうという人、良心的な人は、良心的でないことまでして生き残ろうとはしないし、良心的なことをするために自分の命を捨てることもある。

 (学びの要点)良心に反するくらいなら、死んだ方がましだ。正義に反するくらいなら、死んだ方がましだ。これほどの覚悟で不実、不正を憎んでこそ、立派なことを成し遂げられる。

  ●論語「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」。

 (原文翻訳)間違っていても改めないのが、間違いというものだ。

 (学びの要点)優れた人は失敗から教訓を学び取ります。だから、失敗を成功につなげられる。

 小生は、22年6月議会一般質問の再質問において市長に向かい、こう諭した。


 ≪法律を守らないのは道義に反する行為ですが、誰だって間違いはあります。指摘を受けその違法に気付いた時には謙虚に間違いを認め、適正に改めれば許され、問題解決に至る場合だってある。しかし、違法を認識しながらそれを実行し、更に道義に反したその行為を問われ適正に改善するよう求められても、「間違っていない」と言い張り、改めもせずに突き進む。それでは組織のリーダーは務まりません。≫

 しかし、市長はこの声を聞き入れませんでした。

 現実世界で起こる出来事から、その論語が教えることの意味がよく見てとれる。無法者のすることや嫌がらせや足引っ張りは、いわば“反面教師”。「こんな人間にだけはならないようにしよう」と、論語から学ぶのである。人の道に外れたことをする人がいるから、その人を“反面教師”に、「論語」がより身近に感じられる。法律を守らない人がいるから、このように「論語」を介して法律を守ることの大事さを世に問うことができるのである。

 翻って、「こんな政治でいいんですか?」と問いたい。

 「民意で選んだ人ですが、本当にその人でいいんですか?」と問いたい。

 「その人がどんな人か、あなたは知っていますか」とお聞きしたい。


  論語は教える、人の道を。


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