青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

「他の人がやれんことをせえ」の父の教え

2019-01-07 | 人間のあり方
 昨年2月に高知大学医学部附属病院で肺がんの疑いを受けて5月中旬に入院し、3週間後に退院。これは最初から、20年ほど前にできた1センチ大の肺炎の痕跡だけで肺がんのかけらもないんですが、病院も患者さんを多く抱えることで健全な病院経営を行っていることもあり、「これは肺がんです」と結論が出たことを受けて、入院。6月初めの退院後は毎月一回検診に行っています。

 今日はその高知医大内科の定期診察の日で、高知に行ってきます。

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 父の教えに絡む、議員の原稿書きに関する努力について書いた記事です。 

 小生、市議会議員になってから議会情報を市民に伝える議会新聞づくりを始め、それを続けてきたことは読者ならご存知でしょう。

 パソコンのWordを使って原稿を書き進め、それを印刷所に渡して紙面構成等をお願いする新聞づくりなら、どの議員だって簡単に新聞はできますが、自分一人で全ての工程を行う新聞づくりは見た目、簡単のようですが結構、大変なんですよ。 

 印刷所任せの新聞づくりは簡単に出来上がるが、それだけではこの新聞を読まれる新聞読者の皆さんはすぐに読み飽きてしまうし、すぐにその新聞を捨ててしまいます。だから、読者たる皆さんが読み飽きないように、そしてその新聞を保存し後の世まで残してもらうためには、写真や図面や、大きな見出しや、時にはイラストを入れて目線を楽しませる工夫がどうしても必要で、議員になり議会報を発行し始める当初からそうしてきました。書き上げたその記事と記事の間に写真や資料を挿入したり、大きな見出しの文字を入れたりして。

 過去に私は一人で全国ではオンリーワンだった手書きタウン誌『あおぞら』を出した経験があります。昼間は本を売り歩いたり取材に回ったり、夕方5時過ぎから4時間ぐらいは夜の町を歩いて一軒一軒訪問して本を売り、家に帰ると午後9時ごろから翌朝の午前2時か3時まで地域雑誌の版下づくりに没頭。翌朝は6時に起きてすぐに外に出て取材や本の販売。この繰り返しで8年半仕事をしてきました。儲けにならない、赤字が積み重なって最後には数百万円の借金が残った本作りでしたが、今考えてもこの時代が一番輝いていたと自分でも思っています。

 こういう人一倍の経験があってこそ今こういう議会新聞づくりの作業ができ、今の議員の仕事に活かせていますが、過去にこういう作業を一人でやったことのない人はまず無理です。

 自慢じゃないですよ、決して自慢ではなく、人間の歩みについての一つの考え方だと思って聞いてください。

 何でも「他人がやっていることだから俺もできる」なんてことはありません。他人ができていることでも、そこにはそれなりの苦労した経過があってのこと。芸術家だって、音楽家だって、伝統工芸の職人だって、そこやここにあるものづくりの会社の職人や技術者だってみんなそうです。苦労をした人にはそれが自分独自の技術となり、今の自分を高める手立てになっていますし、私にしたって培った技術がこうして後の時代に活かされています。

 だから、よく言うでしょ。「苦労は買ってでもしろ」と。

 「後悔先に立たず」ともいいます。苦労から絶えず逃げてきた人間には、技術も、能力も、知識も、知恵も、経験もありません。きっと寂しい人生、悔しい人生だったことでしょう。

 でも、若い皆さんならまだ間に合います。他の人がやっている「苦労」をお金を出して買ってでも自分の両肩に担ってほしい。「あんなことがしたいが、他の人でもやらないことだからきっと難しいんだろうな」などと言って、諦めないでほしい。

 人のやれないことでも臆せず、挑戦することは大事です。それをやって成功しようが失敗しようが、その経験が自分の後の人生をきっと輝かせてくれます。

 私でわかるように、喫茶店経営の頃も地域づくりは地域に活力を生む効果はあったが借金だらけ、あの地域雑誌の発行の仕事も金銭的なことを考えると、間違いなく大失敗です。四年間、会社勤めをしながらその借金を少しづつ支払い、四年間で完済しました。

 で、自分には何も残らなかったかというと、全く正反対です。議員になってからは、その12年半ぐらいで培った技術や知識や経験がものを言い発揮できていますし、これは市長や市職員や他の議員、そして市民の皆さんも、その経験でいま室戸市議会議員として他の議員ができないことをたくさん行っているのを知ってくださっていると思います。

 父は銘木製材所を開業するために昭和18年に佐喜浜町から室戸岬町津呂に移り住み、開業。それから三年後の昭和21年に私が生まれ、その一カ月後に南海大地震が発生しました。そんな戦後の“働け、働け”の時代に当家の父親は私が小学生から中学生になると、その折々にこう言いました。

「そういち、人が描いた漫画を見るなら自分で描け。兎に角、人のやれんことをせえ」。

 その父も私が家業に入りトラックの運転手で稼いでいるころの昭和42年に亡くなりましたが、父が教えてくれた人生訓のような言葉は今でもたくさん覚えていて、食事時などに出すと妻が「あんたはお父さんの言うた話をよく覚えちょうねえ」と感心します。 

 この「人のやれんことをせえ」という言葉に従ったわけではないが、今思うと、子ども心にもその言葉、言葉に共鳴する部分があったから今も記憶に残っているんだと思います。

 当時は「そんなこと、当たり前のことやないか」ぐらいにしか考えてなかったと思いますが、20歳を超えて製材所で働き、その後、喫茶店主、地域雑誌の出版・・と生きてきて、今もそうですが、「他人がやらんことをする」ことの難しさは思い知っています。

 ここに「横並び」という言葉があります。「横並び」は楽です。平均値でいることは、まーまー楽です。でも、「人のやれんことをする」のはちょっと危険が伴います。これは「横並び」から逸脱して成功して上がるか、それとも失敗して下がるかです。ですが、こんな時、私は「やるだけの価値がある」と考えるほうです。

 喫茶店を開き、売り上げを地域づくり活動に使い、室戸市民の皆さんを映画界やコンサートで楽しんでもらおうと4年間に20回以上、企画事業を行いました。又、地域雑誌の出版では大きな借金をしながら地域づくり会議の全国大会を二年続けて開催しました。全て借金で、役所の金なんかには絶対にすがりませんでした。

 「人のやれんことをする」時、得か損かで物事を考えてはなりません。物事を得か損かで判断し行動する奴に、碌な人間はいません。

 私は「人のやれんことをした」から借金を作りましたが、「人のやれんことをせえ」という父親の教えは守り、その教えから学んだと思っています。

 父が言った「人のやれんことをせえ」の言葉と、昔からの世の教えである「苦労は買ってでもせえ」は似てないようで、よく似ています。

 ま、とにもかくにも、「他人ができることを自分ができない」なんて、歯がゆくないですか、皆さん。そして、もし自分が「他人ができて自分もやればできるかもしれないのに、それをしない」のは特に我慢ならんし、そんな自分を許せないと思いませんか。私は許せない方なんですよね。

 だから、他の議員が議会報を発行してなくても、全国の地方議員の中には発行している議員もたくさんいるから、発行しようとすれば苦労ばかりだが自分も出す。ブログも書く。

 そうして自分に向上心を持って働くこと。「それが後に地域のためになり、将来お役に立って貢献できる」、そう考えて日々働くことです。

 地方議員の皆さん、苦労は買ってでもするもの。他の議員がしないことや出来ないことでも、自分はそれに報酬を投じながらでも、後の世に貢献できるように人影にいてもコツコツと技術や能力を発揮すべきものです。それについて、いま誰からも評価をもらえなくても、です。

 それが「ほんとうの功績」というものです。この世には他の人が上げた功績を盗んで「オレの実績だ」なんて吹聴する能力のない盗っ人政治家(※その選挙区の地域に貢献できない県会議員に多い)もたくさんいますが、騙されてはなりません。

 年の初めのご提案です。「組織の中に埋もれることなく、人のやれない良いことをやってみませんか?」、「そうして経験を積んでみませんか?」。


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