青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

地方議員の「民意」とは

2013-03-29 | 政治家のあり方
 いくら議員職が「民意」であるとしても、議員の職責の一つである“行政のチェック”を全くせず、“行政を庇い擁護する”ような元職員の地方議員では、「民意」の上に胡坐をかいているとしか言えません。

 そんな“行政のチェック”もしないで、ときには首長のチェックをすべきなのに標的を職員に定め攻撃するなどして、違法な議案に賛成してしまうような元市職員の議員なんて住民は望んでいないことを考えれば、民意でもなんでもないことがわかろう。

 もしこの私の指摘に腹を立てる元市職員の市議会議員がいたならば、ちゃんと住民からの負託を全うできるように手厳しく市長に対して“行政のチェック”を行い、違法や不正な議案には手厳しい質疑を行い、そしてここが一番肝心であるが、表決においても毅然と勇気を持って反対した上での話だと書き加えておきたい。

 これこそが選挙で投票するときの住民の思いであり願いである、「民意」だ。

 故に、選挙に当選すればそれで「民意」が達成したと思うのは大きな勘違い。

 その後の4年間に議員としての役目が果たせたかどうかによって、「民意」に叶う役目が達成できた議員と全く「民意」に叶う役目を果たせなかった議員とがいるということになる。

 だから、『市職員といえども選挙に出て当選してるんだから天下りではなく、「民意」だ』と思うのは、如何にも短絡的な考え方であり、暴論。

 まずは、議員としての職務責任を果たしてこその「民意」達成だと早く気付くことが大事。

 住民はちゃんと行政が行っている違法や不適正な予算の支出に議員が住民に替わってストップをかけてほしいと願っている。このことを考えれば、議会において議員が違法や不正な議案にノーチェックで賛成している姿は決して「民意」とはいえず、それでは「民意」が泣く。だから、厳しい指摘に腹を立てる前に、ちゃんと“議会議員とはいかにあるべきか”、“議会議員とは如何に為すべき立場にいるのか”を考えることです。

 くどいようですが、ちゃんと職務を果たしてこその地方議員であって、職務責任を果たさずにいて当選すればあとはあまり仕事せずにいても「民意」と考えていることこそ、愚かと言えよう。

 政治家という“職業”は、その職責を果たしてこそ「民意」を全うしたと言える。地方議員は、こういう基本原理を参考書を読み毎日もっともっと勉強して職務に当たるべきであろう。



 元行政職員のなかには「元市職員の議員でも住民の民意で選ばれた議員職だ」と考える方もおられると思うので、この「民意」についてもう少し深く考えてみたい。

 きれいごとを言うつもりはないが、私が議員時代に取り組んできたことについての打ち明け話も含めて、ま、少し聞いてください。 

 年末12月13日の記事『あの時の1秒が後の45年の人生を生んだ』でお分かりの通り、小生、戦後にありがちな栄養失調のために体が弱かった小学1年生ごろから中学校を上がる頃までいじめられっ子でした。腹を殴られ、顔をたたかれ、ある時には上級生に頭を野球のバットでスイングして叩かれたこともある。そのたびに地面に這いつくばり、「クソ、今に見ておれ」と思い続けた。そんな情けない子でも自分なりに真面目に勉強はしてきたつもりで、ひどく痛めつけられた体験から、高校を卒業し家業である銘木製材所でトラック運転手をするようになってからは体力もついてきて、極力、強い人には媚びへつらわず理不尽な行いやもの言いには立ち向かってゆき、弱い立場の人はなんとか助けたいと思い、自分の町が寂れ行くのを見かねて自分のお金をつぎ込んでもきた。

 喫茶店主の時はコンサートや映画会を主催して福祉施設に寄付をしてきたし、日本唯一の手書きタウン誌を発行して県東部地域の発展のために赤字で借金が膨らむのを承知で足掛け9年間出版会社を経営してきた。このことについては、地元室戸市民の皆さんはよくご存じだと思います。

 そうやって今までいつも純粋な子どもの心を失わないようにといつも考えていたし、組織・団体・企業らは出来る限りは他に依存せずに自立すべきだとも考え、そう発言し、実践してきた(つもり)。 

 だからこそ、地方議員になってからも、行政が平気で行っている違法業務とそれを許す議会などに驚き、カルチャー・ショックを受け、そんな国やまちの法律を犯す悪いことは改めるようにと、議会では孤立無援になるのを承知で行政にだけでなく、議会側にも併せ批判してきた。

 いくつか例を挙げる。指定管理者候補であった東京の企業と陰でこそこそと事前交渉する違法業務。特定企業の社員宿舎を県からお金を借りてそれを市民のお金で支払っていくようにして建設してあげるという、とんでもない違法業務。これはいまだに違法な状態にある。そして、私が止めるのも聞かず、既に倒産状態にある企業に室戸市の法律を犯す違法な手法で赤字補てんの補助金を与えてしまい、結局、1年もたたない間にその会社は約6000万円もの市民のお金を手に東京に逃げ帰ってしまった。

 これら市が違法や不正であることをよく認識しながら行った諸々にわたる理不尽な違法業務には今でも思い起こすと怒りを覚えるが、これらについて、8年間、純粋な子どもの心を以って「法律を守ろうじゃないか」「真面目にやろうじゃないか」「人の意見は真面目に聞こうじゃないか」「今の改革の時代に合わない議会組織は変えようじゃないか」等といってきたが、中に「古い体質を変えられては個人的に困る」とか「市長を守ろう」と考えている者がいてその抵抗に遭い、「組織を良くしよう」と真剣に考える者が他にいなかったこともあって、議会に8年間いて何も変わらなかった。

 唯、組織を変えようとする者が自分一人であったとしても、行政改革と議会改革は時代の流れで重要なことであり、そういう考え方を誰かが組織内に広めなくてはならないしそういう改革思想を議会議事録に掲載して後世に伝えることも重要だとの考えから、議会改革に関して無理解な議員らによる妨害や門前払いを食いながらも、絶えず「改革をしよう」と声を出し続けてきた。

 これらすべては「いつまでも子どもと同じ純粋な心を以って市民のために尽くしていたい」という、気構えからだった。

 こんな仕事ぶりが自分を選挙で選んでくださった市民の「民意」というものだと思って。


 では、ここで基本に立ち返り、この選挙民の「民意」とはどういうものかを考えてみたいと思う。

 辞書で「民意」と引くと、次のように書いてある。

   

 「民意」とは「人民の意志」、つまり、国の選挙の時に国民が投票した結果「国民の意思」が示されるのであり、まちの選挙の時に住民が投票した結果「住民の意思」が示されるということで、それらが「民意」。

 しかし、考えていただきたい。「民意」とは、選挙民が「あの人は親戚だから」とか「あの人は俺の知り合いだから」、「あいつは俺の飲み友達だから」「あの候補はうちに頼みに来たから」などと、自分が気にいった立候補者を選挙において当選させることが「住民の意思」だろうか。

 又、「あんたは俺たちが投票して当選したから、私たち住民の想いや意思は達成された。だから、これから4年間は質問にも質疑にも出なくてもいい。議会で座っているだけでいいし、他の議員が行っている質問や質疑も聞かずに居眠りしていてもいいよ」、これを「住民の意思」だと言えるのだろうか。

 いや、違うだろう。

 私はこう思う。

 、「民意」、つまり「住民の意思」とは、「私はあんたに投票したんだから、毎月市民のお金から報酬を与えられている議員任期の4年間、休むことなく弛まず努力して“行政をチェック”し、議会において絶え間なく登壇して発言し、まちの活性化や産業振興につながる提言も行う、そういう議員になり、務めを果たしてくれよ」。

 これが「民意」ではないか。

 4年間、休みなく一生懸命に議員職に取り組んでいたら、結構忙しいものです。

 1年に議会は3カ月に1回開かれ、合計4回、任期4年間では16回開かれる。1年の4回開かれる議会に毎議会質問に立とうとすれば、議会終了後の3か月目に行われる次の議会までの2ヶ月間、自分の個人的に持っている仕事や酒を飲んで遊んでばかりいてはまともな質問や質疑は出来っこないので、その2ヶ月間の最初の月には行政の調査活動を行わなくてはならない。

 議会が終わった次の月には、行政においていま問題となっている事業や次の議会で執行部から提案されるだろう事業に対する調査を当該役所に行って担当者から状況調査をしたり、県庁に行き調査をしたり、全国の先進地自治体がその事業に関してどのように取り組んでいるかなどをネット検索や直接問い合わせるなどして調べなくてはなりません。そうしてその約1カ月は費やされます。

 そして、次の議会前の1カ月間には、先の月に調査した内容の中から自分のまちの自治体が行っている事業やこれから行おうとしている事業の問題点をあぶり出し浮かび上がらせして、質問原稿や質疑原稿の文章を構築してゆきます。その原稿は議会開催告示日の10日、1週間前までにはあらかたまとめ、告示日までは“本読み”。この原稿を毎日、何度も何度も読んで議員一人の持ち時間(室戸市議会は質問発言が50分)内に収まるように原稿を短くする(私の場合はいつも原稿が70分ぐらいになったため)削除作業を行います。(室戸市議会においては2回の一般質問が許されているので、私は1回目は約45分ぐらいにおさめ、2回目の再質問のために約5分残して質問を行っていた)

 当然、次の議会に提出される議案書が渡されるのは議会開会の1週間前の告示日だから、質疑原稿はその告示日から大綱質疑が行われるまでの10日ぐらいの間に大急ぎで内容調査と先進地事例などの調査をし原稿を書き上げることになる。

 そうして議会が開催され、一般質問が終わり、大綱質疑において登壇し議案の内容について密に疑義を問い質して、その議案に異論があって反対する場合やその議案に大賛成(たいていの場合、重要議案だけだが)という場合には反対討論や賛成討論を行うと決意し、討論が行われる1週間後の閉会日までに討論原稿をこれも大急ぎで作成し、登壇することになる。

 この討論とは他の議員が全員やろうとしなくても自分が討論において発言することが重要。この討論での発言によってこそ、議会に提案された議案に問題があることを議事録によって後世に伝える意味でも価値があるもので、地方議員のバイブルと言われる『議員必携』にもそのことは書かれているので、議員の皆さんはよく読んで学んでいただけたらと思う。

 これらが議員としての正しい姿勢ではないか。

 これらのことを私は二期8年間、一度も欠かさずに合計32議会のすべてにおいて行ってきました。

 なかなかここまで市議職を行うというのは難しいと思うが、私がやってきたんだから同じようにやろうと努力すれば全員ができることだと思っている。

 このように8年間を通して全ての質問に登壇し持ち時間のおよそすべてを使って質問した議員は1959年3月の室戸市議会開設以来初めてと思っていまして、どこかの元市職員の議員が行っていたような『議会だより』広報紙に掲載するために毎議会登壇し質問時間3分や5分だけして答弁をもらうという、そんな小手先で住民をだますような姑息な行いだけは1回もしていない。

 自分が行ってきたことを例に出して誠に恐縮ですが、地方議員とはこうあるべきだと思って、議会前まで夜11時、12時ごろになっても原稿を書いたり調査資料のまとめ作業に毎日毎夜、明け暮れていた。


 そこで、です。

 なぜ私がそうして毎日、毎日、休みなく議員としてのいろんな仕事に取り組んでいたかと言いますと、毎月市民から下さる報酬とは重いものだと、痛烈に思っていたからです。

 地方議員の報酬は、毎月、各議員の貯金通帳に議会事務局から議員報酬は振り込まれます。議会が開かれた月だけ報酬が支給されているわけでもないし、議会が開催されている日(室戸市議会では5日か6日)だけ日当として1万円が支給されているわけでもない。

 室戸市議には議会が開かれていない月でも、毎月報酬27万円(自分が議員当時は議員年金の掛け金分が4万3000円差し引かれ手取り約21万5000円ぐらいでしたが、年金がなくなった現在は約26万円が市議に対して毎月支給されている)が支給されていて、議会のない間の2カ月は報酬がない(1年間で報酬が支給されるのが4カ月だけで後の8カ月は報酬は支払われない)というのならば、8ヶ月間、議会議員としての活動が無いままどう生きていようと問題はありません。ですが、地方議員には議会が無い月も毎月報酬が支給されています(例外として全国には日当制の議会もいくつかある)。

 又、この報酬に加えて支給される賞与は年2回、6月に約38万円、12月には約40万円が振り込まれています。当然、議長には報酬は毎月6万円多く、副議長と二人の常任委員長にはそれぞれ2万円多く振り込まれ、賞与もそれに準じて多く支給されています。(これは報酬と同じように、各議員の仕事量には比例しません)

 だから私は、「地方議員になったら怠けていては住民に申し訳が立たない」、と考えていました。

 「自分に課せられた職務を真面目に果たさなければ住民の皆さんに申し訳が立たない」。私は8年間、ずっとそう考え、毎月議員としての調査活動や住民の中に埋もれている問題を探し考えていた。それこそが住民の想い・意思に応えるべく行う議員としての仕事、つまり議員としての職務責任であると思っていた。

 議員たる者に課せられた職務責任があって、それを全うしてこその「民意」であろうと思う。

 「あの候補を市議選で当選させてやりたい」。それが「民意」か? そうではないだろう。議員として4年間、住民から負託された職務を気を抜くことなく休むことなく責任を以って全うしてこそ、地方議員としての職責を果たせたと言えるし、ようやく「民意」に叶う仕事ぶりが達成できたと言えるのではないか。

 私はこう考えるが、全国の地方議員の皆さんや、全国の市区町村民の皆さんはいかがお考えでしょうか。

 だから、結論を言うと、一般市民から地方議員になられた方々も元行政職員でいま地方議員をやられている方々も同じで、議員になればその議員になった時から「民意」という重圧・負担が肩に乗っかかっていることを片時も忘れずに議員活動に励むことです。そうしていたら、まず「民意」は達成できるでしょう。

 しかし、投票した住民みんなが望んでいる“毎日のように行政及び地域のの調査活動を行い、毎議会一般質問に出て、重要議案や問題とされている議案には質疑を行い、討論も積極的に行い、違法や不正や不適正な予算投資などの問題議案には堂々と勇気を持って反対する。議会後には情報公開のために議会であった問題点などを個人的議会新聞を制作して地域内に広く配布してほしい”という「民意」を無視し、任期の4年間16議会で質問に登壇したのは1回だけという元市職員がいたり、1回も登壇せず議会でただ座っているだけというのでは、そんな行いは「民意」でもなんでもない。私はそんな議員を見るたびにいつも「このただ飯食らいが」と心の中で呟き、罵っていた。「誰が選んだんだ、こんな人間を。だれが投票したんだ、こんな人間に」と。

 真面目な議員や私に投票して下さった方と同じ賢明な住民の皆さんからそうやって4年間批判されないように、住民から“お給料”を頂く身の地方議員となったら「民意」を全うするよう心掛け、休まずに仕事に精を出していただきたい。

 この程度の能力しか持っていない私ができたんだから、みんなやろうと心を変えたらきっと出来る。

 地方議員も国会議員も同じで、とにかく全ては自分に“お給料”を下さっている住民、国民のために働くこと。その住民、国民から負託された「民意」を全うすべく働くことです。

 以上、選挙民の「民意」について、ほんのさわりで非常に短い文章になりましたが、書かせていただきました。


※電子情報誌「高知発!青空エクスプレス」のアクセス数は、3月29日(金)付けGooブログランキング(184万8591ブログ)中、3503位でした。

 申しておきますが、元市職員の市会議員が、自分がただ気にくわないからという理由で市職員を恫喝したことは許されることではなく、今度同じことを行った場合は市議会に当該議員の辞職勧告要請書を提出するつもりでいる。

 市民の「民意」とは、とにかくまじめに議員としての務めを果たせということ。自分が市職員時代に面白くないことがあったという理由で仕返しに市職員を脅すということはあってはならないことで、自ら議員辞職すべき出来ごとだ。

 そういう議員は次の市議選でそれこそ「あれを落とせ」という情報を流すべき。私の場合は「あいつは真面目すぎるから」だったが、この人物に関しては「あいつは不真面目で議員にふさわしくないから」が理由。

 室戸市職員の諸君、悪い議員がいても負けてはなりませんぞ。私が応援しています。頑張れ!
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