青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の不正な政治を監視する改革派議員三期目。

アイデアマンと、そのアイデアを断りもなく盗む人

2019-01-10 | 人間のあり方
 もう十年近く前になるが、高知新聞一面の「小社会」に亡くなった赤塚不二夫さんについての記事があり、その中にこんな一節があった。

 〈才能とは、一度出口を見つけると、滝のようにあふれ出てくるものらしい。赤塚さんは編集者ら周囲の人にもアイデアを出させ、それを肉付けする天才だった。だが、手柄を独り占めするようなことは絶対になく、「あれは誰それのアイデア」と公言した。〉

 こういうことは当たり前のようですが、現実の社会ではなかなかこのように話は進まない。

 この室戸市においても、昔から人のアイデアを横取りして自分の実績にして成り上がろうとする出来事はいくつもある。私もたびたびそんなひどい目に遭って被害を受けていますので、今日はその実際にあった話をしましょう。不正を行ったのは二人ともが「公務員」。一人は「地方公務員」で、もう一人は「非常勤特別職公務員」です。

 (第一話)

 昭和61年2月に私は市内にジャズ喫茶を開店。同時に、まちの地域おこし活動を始めました。そして、喫茶店の売上げを使ってジャズコンサートを開催したり、映画界を開催したり、若者の音楽際の開催を企画して、資金的な支援もしていました。

 その頃から見ていますが、室戸市には自費を投じて地域づくり活動をする人なんかいません。

 そんな中で、一つは、室戸市のように全国の岬がある自治体の大半が周辺地域の端っこにあることから、過疎化が進んでいるだろうと考え、全国の自治体が集まってその岬を生かした活性化について討論してはどうかと、「全国岬サミット」の開催を考えました。

 もう一つは、四国はオーストラリアと同じ形の地形をしていることを何とか生かせないかと考え、室戸市と同位置にあるオーストラリア東南部の都市との姉妹都市縁組をしては考えた。「全国岬サミット」のためには全国に点在する岬を全て書きだした地図も作るなど、この二つの計画を資料にして店においてあった。

 そんな昭和63年3月のある日、室戸市の大西総務課長が夫婦で来店した。私は「この人なら」と考え、提案し、「室戸市のために活かし、この二つの事業を実現させてほしい」とお願いし、作成してあった資料を全て渡した。

 それから数ヶ月たった8月、高知新聞にその課長が助役になったことを紹介する「助役の顔」の記事が載った。「室戸市は来年4月に全国岬サミットを開催します」と、さも自分が考えて行うようになったかのように語っていた。私はそれを見て、取材を受けたんならなぜ「一市民の提案を受けて・・・」ぐらいのことを言えないのかと思いました。それは手柄を独り占めしたかったから、取材を受けた時に言えなかったのでしょう。取材したのは、当店のお客さんであり親友と思っていた高知新聞室戸支局長の依光隆明記者。

 その翌日のことです。店の常連だったその記事を書いた依光記者がやってきたので、私は「あの記事は事実ではありません」と告げ、「実は・・」と事実関係を詳しく説明した。

 その後、9月になり、10月になり、年を越して64年(平成元年)の1月になっても、「谷口さん、あなたのアイデアが実現しますので、岬サミットに出席してくださいね」等という待っている電話は一度も掛ってこなかった。

 2月、3月になっても、半月前、10日前と待ちました。

 それは一週間前、3日前、前日、そして当日になっても、室戸市のその大西助役から「谷口さんに提案していただいた二つの企画は共に事業化していて、全国岬サミットも開催の運びとなりました。そこで、是非とも企画された谷口さんにもこの式典に出席して頂きたい」、そんな連絡は全くなく、初日に行われた催しは盛大に行われ二日目の式典も華やかに行われたそうだが、そうしてサミットは終わってしまいました。

 つまり、室戸市役所はこの二つの事業計画を立てて市に提言した一般市民を裏切って、中谷市長と大西課長らは自分たちが考えた計画だと公表し、知恵の足らない自分たちの実権を高めるために使ったということです。一人の知恵者を裏切って、盗っ人を働いたのです。

 反対に、その前年の3月から翌年の3月ごろまで「せめて式典の末席にでも呼んでくれたらうれしいな」と考えていた私がバカでした。

 「良い人と悪い人の区別ができずに提案した私が馬鹿だった」と、あとで深く反省したものです。「政治に関わっている市長、市職員、議員らは全く信用ならない」とも。

 その頃は私もまだ40歳を過ぎたばかりで、市の職員や市長がそういう不正なことをするなんて知らなかったもんで、「室戸市が良くなったら地域づくり活動をしている自分もうれしい」と思って、好意的にアイデアをお渡しした。

 今だったら、政治に関わっている人間性は深く知り尽くしていますが・・。

(第二話)

 その後、平成元年の暮れにある理由で喫茶店を閉店、県東部地域を取材し情報を広める手書きの地域雑誌出版を、平成2年9月から始めました。

 平成3年と8年には室戸半島の地質を題材にした特集を組んで、県東部の皆さんに地質を観光に生かそうと訴えました。が、経営赤字がふくらみ、休刊。平成10年からは地元の自動車会社に勤務して営業の仕事をさせていただいていました。

 そんな会社員時代の平成11年の夏ごろ、ある友人から一つの会の会員名簿を見せられた。そこには「室戸青空地質博物館会議」と書いてあった。そして、「谷口さん、『青空地質博物館』いうたら、おまんが前に出した地質の本で付けていた名前やけんど、平成10年に出来たこの会の会員名簿にはおまんの名前が無いが、これはなぜ?」と聞かれた。これは初めて聞く話でした。

 つまり、私の断りもなく、そのテーマとなる造語を盗んだ人間がいるということです。

 そこで、私が考えた構想で、室戸半島の自然を一つの“博物館”に見立てた概念である「青空地質博物館構想」の名称が私の知らないところで一人歩きしていたことから、会社の帰りにその名称を冠した会を作った植田壮一郎県会議員の家に直接、この点を確かめに行きました。

 これも、その人物は私が雑誌出版の仕事に失敗してサラリーマンになったから、もう町の地域づくりシーンの中に生き返ってくることも無いと考え、勝手に使っても分からないと思ったのでしょう。

 植田県議の家を訪ねると在宅中で、「私の許しもなく、私の造語を勝手に使ってこんな会を作っているんですか」と問うた。すると、「どうもすみませんでした」と答えるかと思ったら、恥じるでもなく、「谷口さん、おまんもこの会に入らん?」と言った。「入らん?」ではなくて、会を作る時にはまず真っ先に私に造語使用の許しを得た上で入会を呼びかけるべきで、勝手に使ったということは、誰が考えてもその造語を考えた人にまず謝罪するべきだ。「谷口さんが考えた構想の名称を勝手に使ってすいませんでした」が先だろうと思った。

 でも、最後までこの男は謝罪しなかった。たぶん、昭和61年から自費を投じて地域づくり活動を続けてきた私に対して、「オレは偉い県会議員、お前は年が上でも雑誌作りの仕事に失敗して今は雇われの身じゃないか」と考えたんでしょう。

 その時からこの男は信用ならないと思っている。自分とは関係の無い他人を利用するだけ利用し、謝罪もしない。

 昨年の9月末に行われたある講演会での国会議員の発言を聞いた時もそう思ったが、高知県議になると他人のアイデアや実績をパクっても罪にならないんだろうか。身分が上になると他人のモノを盗んでも罪にはならないんでしょうか。

 あれから20年近くたつが、いまだに謝罪はない。だから、私はあの人間がいまだに大嫌いです。

 読者の皆さんは自分がそんな目に遭って、その人を好きになれますか? 

 植田県議も今は室戸市長ですが、誘われた9日に行われる市の執行部と市議会議員との「新年会」には当然、参加しなかった。理由は、市長としてだけではなく、人間として根本的に信用ならないから。

 それと、地方政治の健全な在り方としては、市政と市議会は「2元代表制」を厳守すべきであり、議会が市長の下部組織となる「1元代表制」にすべきではないことを室戸市の政治関係者では私だけがよく理解しているから。

 そして、あの人はそんな自分本位の生き方ばかりで、もともと地域のために犠牲になろうとはしてこなかった人だから。そして、酒を酌み交わすほど、今後の市政運営に私が信頼を寄せていないからです。

 何も私のアイデアをまちのためならば、使うことに異論は無い。ただ一言、その時は「この名称と地質観光事業は谷口さんが考え、そのための活動を長く続けてきたからです」と勇気を出して地域社会に広く明らかにすべきであるし、まずはそのアイデアマンたる人物を称え評価すべきだと思っている。アイデアを貸していただくのは、それからのことです。

 「人のものは人のもの、自分のものは自分のもの」とけじめを付けなくてはならない。肩書きがあるから、何でも他人の物を自分が自由に使っていいということにはならない。

 そうじゃないですか、全国の読者の皆さん?


 漫画家・赤塚不二夫さんは周辺の人のアイデアを活かし、「これは彼のアイデア」と明らかにして作品として出したといいます。いくら晩年が酒びたりの毎日であったといえども、やはり見識や誠意、そして一つ成し遂げた人物は人への配慮が違いますね。

 だから、第一話の人にしても、第二話の人の実話から学んで頂きたいのは、これらのことは自分の欲が深いからこんなことをしてしまうのであるから、人に対する「礼・節」として、まず我欲を捨てること。他人のモノで自分が成り上がろうとしないことです。

 それと、人のアイデアや企画というものは、その人の長い人生経験、テレビやラジオの番組の中、事件や全国で行われている地域づくり活動の情報、それらにアンテナを張り、調査・取材・情報整理に努力を重ねた上で培った能力からほとばしり出るのが、アイデアである。そんなアイデアマンの長年の努力があってこそだと、この人たちはよく理解しなければならない。

 アイデアマンと同じようにアイデアを持とうと思ったら、夜昼なしに人のいない陰となる場所で人の何倍も勉強し、学ぶこと。それを何十年と続けてきた人だけがアイデアマンとなれるのであって、人前でウソを交えていい子ぶってしゃべっていても絶対に「良い子」にはなれない。でも、「何とか周りの人から評価されたい」と考え、手っ取り早い方法で、他人のモノを盗み取ろうとするんです。

 それをよく解かっていたのが、赤塚不二夫さんだったということです。

 きっと、「これは谷口さんのアイデアです」と公言してしまうと、自分が私に負けたような気持ちになるのでしょう。そんな小心者だから、素直に謝罪すらできないのです。

 お互いそんなにたいして偉い人間でもないんだから、赤塚さんのように他人のアイデアは他人のアイデアとして能力のある人物を評価すれば、もっと周辺は自分も評価してくれるようになり、アイデアマンからも協力もしてもらえるようになる。そう学ぶことだ。

 YKKの創業者・吉田忠雄さんは、子供の時に読んだ伝記から、世界の鉄鋼王・カーネギーの「他人の利益を図らなければ、自らも栄えない」という考え方が忘れられず、それを経営哲学の基本とし、「善の巡環」と名付けて社員を教育し、YKKを世界的な企業に育て上げたという。

 このことからも学ぶべき。

 とにかく、「オレはえらい」と思う基本となっている自分の肩書きなどは全て忘れて、人の能力をまず称え、評価することです。それが例え自分よりも肩書きが下の人物であっても。そうすれば、あなたのことも人は評価してくれるようになるでしょう。そして、決して他人が考えたアイデアや提案ごと、企画ごとは盗まないことです。

 盗まれた人の身になれば、自分がやったことの罪深さぐらいのことは解るはず。加えて、黙って人のモノを盗めば、数年後、いや十数年後の老いた時でも、否応なしにその報いはやって来ることぐらいのことは知っていなければならない。

 だから、書籍などの著作権と同じように、他人が考えたアイデアや企画ごとを使う時は、その時に「使いたい」と直接お願いし、許しを得ること。そうすればどなたも受け入れてくれるのではないか。

 最後にご進言しておきますが、アイデアマンは、お気を付けください。知らない間に、あなたのアイデアは知恵の足らない政治家に盗まれていることがありますので。


 いま、怪談の冬。他人のアイデアを盗んだがために化けて出られる出来事は、夏冬関係なしに有り得ます。他人のアイデアを横取りしたり、多くの人を踏み台にして成り上がることばかり考えていると、そのうち、大きな罰が当ります。もし化けて出られたら、あなたはどうしますか? 

 人生は健全で、公正で、公平で、適正で、道徳的な生き方をし続けなければ、呪われて死後に地獄に落ちちゃいます。

 だから、利益や利得を求めず望まず、例え貧乏をしていても休むことなく真面目一筋で仕事に励むこと。これが一番、幸せな人生がやって来る手法です。 

 読者の中にはアメリカで当電子情報誌を見てくださっている女性もいますが、全国の読者の皆さん、そのようにどうぞお励みください。


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