青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

室戸市の仕事始めで行う「万歳三唱」には同調しません

2019-01-04 | 組織のあり方
 これについては、年末に記事を書いたので私の考えは全国の読者諸氏もお判りだと思います。

 衰退するまちの行政と議会がこのまま、何十年と新年の仕事始め式で「万歳三唱」をし続けていいのかと思い長く改革を申し出てきましたが、もう諦めちゃいました。

 下に示したのは、昨年1月4日に室戸市役所で仕事始め式が行なわれた後、1月9日に書いた記事です。

 まちは衰退し続け、市政においても全く信用ならない不正な政治が続いていたので、「いったい何が喜ばしいんだ」と思い、式に集まった人たちの中で私だけが両手を上げて「バンザーイ!」、「バンザーイ!」、「バンザーイ!」とやりませんでした。

 その理由は、空しいから。万歳をするたびに悲しくなるから。

 この式に参加して、帰る時にも空しさだけが残りました。「集まった人たちは寂れ行くこの室戸市の、何がうれしいんだろうか?」「いったい何に喜びがあって万歳をしているんだろう?」と。 

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 私はこの1月4日の市の仕事始め式の最後の、万歳三唱はしませんでした。理由は、衰退して室戸市民が苦しんでいる事態に、なぜ万歳をして大喜びしなくてはならないのか、その理由が無いからです。

 二年近く前になりますが、私は室戸市議会の平成28年3月定例会の一般質問に登壇し、短く次のような一般質問を行いました。

●仕事始め式について

 質問・「ずっと当市の仕事始め式の最後は万歳三唱を行ってきましたが、どうも違和感が拭えません。私の知識では、万歳三唱はおめでたい席や、繁栄や発展を祈る式典などで行われるもので、勢いづく景気づく、といった感があり間違いだとは申しません。

 ですが、私だけかもしれませんが、町が衰退する中での年初めの万歳は、なんとも違和感があります。その1月4日夕方の県内ニュースで県庁の仕事始め式の最後に三本締めを行ったのを見て、こうすべきだよなと思い県庁に尋ねると、年の初めは三本締め、年末の仕事納めは一本締めだそうです。本市も仕事始めは三本締め、仕事納めは一本締めに改めてはどうでしょうか。そのほうが違和感も無く、ずっとスマートじゃないでしょうか。市長にお伺いします」。


 これに対して小松市長から次のような答弁があった。

 「この式典の締めにつきましては、これまで慣例として、副議長に万歳三唱を行っていただいているところでありますので、今後、議会の意向もお伺いしてまいりたいと考えております」。

 そこで、「きっと変更されるであろう」と考えていたところ、12月議会中に総務課から平成29年の仕事始め式への出席案内書が配布された。見ると、式典の最後に副議長が万歳三唱を行うと書いてあった。

 思ったのは、「市の関係者や市議会はいったい何がうれしくて市民からたくさんの方を招いて万歳をするんだろう」。

 こういう流れがあって、室戸市では今年1月4日の仕事始め式でも最後に万歳三唱を行った。私はそんな行いは救いの神々に失礼だから、黙って周りがすることを見ていました。

 「オレもそう思うよ」と私が指摘する「三本締め」に改めることに賛同する人は、室戸市の政治の場には一人も現れません。

 そんな孤立無援の状況にあるとき、強い味方を見つけました。それは、あの有名な国会議員の小泉進次郎氏です。


 2017年10月7日(土)、衆院選の前哨戦で街頭に立った小泉進次郎議員は女性記者にこう語り掛けたことをネットのニュースが伝えていた。

 <記者たちも茫然。目の前にいる女性記者の手は小刻みに震えていた。

 小泉氏「なんで万歳するんですか?」。

 彼女から「なぜ解散の瞬間に万歳をしなかったのか」と訊かれた小泉進次郎氏は、とっさにそう返した。

 衆院解散の直後、進次郎は衆院本会議場の外で報道陣に囲まれていた。質問した女性は「進次郎番」の中でもあまり見ない顔だ。

 本会議場の上にある記者席から取材対象の議員を目で追うことは、ベストの座席を確保しない限り、意外と難しい。進次郎は、自分より若そうな記者の努力を「よく見ていましたねえ」と労った直後、逆質問で不意打ちをしたのだ。

 すると、女性記者の顔は凍り付いた。

 4秒の沈黙が続いた後、「正解」を口にした。

 小泉氏「わかりませんよね。だから、やらないんです。『今までやってきたから』と言って、慣習だからとか、合理的理由がないのにやり続けることはボクは好きじゃない。全部なくせばいいと思う」。

 まるでホリエモンが憑依したようなストレートな物言いだった。(後略)>



 私は小泉氏の真似をしているのではありません。小泉氏よりも早く、何年も前からそう思っていて、室戸市において指摘してきた。

 「市民生活がどんどん苦しくなっている時代にあって、なぜバンザーイと叫び喜ぶんですか?」と。

 考えは、小泉氏が言うように「合理的理由がないのにやり続けることはボクは好きじゃない」ということです。

 「政治の場で行われるおかしなことに疑問を抱き、素直な気持ちで疑問を呈する」、その点は私と小泉氏とは同じ信条だということです。

 依って、私は平成28年12月議会で小松市長に対し、「万歳三唱を止めて、三本締めにしませんか?」と提案した。

 でも、今までやってきた習慣を止めたくないのか、なぜ万歳三唱をやっているのかの意味が解らないためか、平成29年の仕事始めでも万歳三唱を行い、今年1月4日に室戸市役所で行われた仕事始めでも万歳三唱を行った。

 1月6日に室戸市防災公園で行われた消防の出初式でも、最後に万歳三唱があり、これは室戸市内の消防団員の皆さんの無事を祈念しての万歳だということで万歳したが、この消防出初式でも万歳三唱はやめ、三本締めを行うのが適正だといえる。

 数日前に続いて、その三本締めの基本形をお示ししておきたい。

 三本締めの基本形から。外国人向けの動画です。←(クリック)

 お次は、ある商工会の宴会の最後に行った三本締めの光景です。←(クリック)

 最後に、高知県庁での三本締め。高知県庁の仕事始め式の最後はこのように三本締めをやっています。(※13分あたりです)←(クリック)

 どうですか? 見てくださいましたか? どれほど高知県庁でやっている「三本締め」の方が室戸市でやっている「万歳三唱」よりもずっといいか、皆さんはお分かりになりませんか?

 当然、2019年1月4日、つまり今日の10時から室戸市役所で行われる室戸市の仕事始めにおいての万歳三唱を、私はやりません。ただ黙って、周りで万歳する姿を見ています。

 小泉氏が万歳をしない理由は、「『今までやってきたから』と言って、慣習だからとか、合理的理由がないのにやり続けることはボクは好きじゃない。全部なくせばいいと思う」でした。

 私が万歳をしない理由も、「慣習だからといって続けるのはおかしいし、合理的ではない。もう一つは、室戸市は毎年400人前後の人口が減少していて町の衰退は顕著であり市民生活は年々苦しくなっている。それは政治にかかわっている者たちに責任があるが、その者たちは全くその責任を感じていないようで、毎年、年の初めに何がうれしいのか、バンザーイとやっている。新年早々に行っているその行為は市民に見せたくないと思うほど恥ずかしいと感じているから」です。


 多分、多くの市民が仕事始めで万歳をしているその光景を見ていたら、市民の皆さんはこういうでしょうね。

 「あいつら何がうれしくて万歳をやっているんだ。俺たちの生活は年々苦しくなっていて、まちから出て行きたいと思っているのに」。 

 厳しく言うと、市役所の仕事始めに「バンザーイ」とやっている場合ではないのです、室戸市という町は。

 とにかく、この万歳三唱は室戸市に関して本当にうれしく目出度いことがあった時だけ行い、他の式典ではやめたほうが良い。そして、「三本締め」に改めたほうがよい。

 高知県庁のように、です。

 室戸市民の皆さんはこのことについて、どうお考えですか?

 これは、4月に議員職から退く私からの最後の「市政及び市議会改革案」ですが、市民の皆さんにはこの「三本締め」が室戸市の仕事始めで行われ出した時が、室戸市の運勢が好転し始める時だとお考えいただきたい。


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