青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

アイデアマンと、手柄を独り占めにする人たち

2018-10-09 | 人間のあり方
 十年前の高知新聞一面の「小社会」に亡くなった赤塚不二夫さんについての記事があり、その中にこんな一節がありました。

 <才能とは、一度出口を見つけると、滝のようにあふれ出てくるものらしい。赤塚さんは編集者ら周囲の人にもアイデアを出させ、それを肉付けする天才だった。だが、手柄を独り占めするようなことは絶対になく、「あれは誰それのアイデア」と公言した。〉

 こういう無欲な人はいて当たり前のようですが、現実の社会ではなかなかこのように話は進まない。

 この室戸市においても、昔から人のアイデアを横取りして出し抜くという出来事はいくつもある。私もこれまでたびたびそんなひどい目に遭っている。今日はその実際にあった話をしましょう。

 (第一話)
 昭和61年2月に私は市内にジャズ喫茶を開店。同時に、まちの地域おこし活動を始めました。

 喫茶店の売上げを使ってジャズコンサートを開催したり、映画界を開催したり、若者の音楽際の開催を企画して、資金的な支援もしていました。

 そんな中で、一つは、室戸市のように全国の岬がある自治体の大半が周辺地域の端っこにあることから、過疎化が進んでいるだろうと考え、その自治体が集まってその岬を生かした活性化について討論してはどうかと、「全国岬サミット」の開催を考えた。 もう一つは、四国はオーストラリアと同じ形の地形をしていることを何とか生かせないかと考え、室戸市と同位置にあるオーストラリア東南部の都市との姉妹都市縁組みをしては考えた。

 「岬サミット」のためには全国に点在する岬を全て書きだした地図も作るなど、この二つの計画を資料にして店においてあった。そんな昭和63年3月のある日、室戸市のある課長が夫婦で来店した。私は「この人なら」と考え、提案し、「室戸市のために活かし、この二つの事業を実現させてほしい」とお願いし、資料も渡した。

 それから数ヶ月たった同じ年の8月、高知新聞にその課長が助役になったことを紹介する「助役の横顔」の記事が載った。「室戸市は来年4月に全国岬サミットを開催する」と、さも自分が考えて行うようになったかのように語っていた。驚きましたねえ。それをみて、なぜ「一市民の提案を受けて・・・」と言えないのかと思いました。それは手柄を独り占めしたかったから、取材を受けた時に言えなかったのでしょう。

 その翌日のこと、店の常連だったその記事を書いた高知新聞室戸支局のY記者がやってきたので、私は「あの記事は事実ではないぜ。姉妹都市計画も岬サミットの計画も私が考え、その課長に教えてあげたがあぜ」と告げ、「実は・・」と事実関係を詳しく説明した。

 その後は、そのサミットの二日間の式典に「事業計画の提言者として呼んでくれるだろう」と、ずっと待ちました。9月が来、10月が来、12月が来、年を越して64年(平成元年)の1月になっても、2月、3月になっても正体の声は貰えませんでした。そして、式典の半月前、10日前、一週間前、3日前、前日が来ても招待の声の連絡はなく、そして当日になっても、室戸市のその助役さんから「谷口さんに提案していただいた二つの企画は共に事業化していて、全国岬サミットも開催の運びとなりました。そこで、是非とも企画された谷口さんにもこの式典に出席して頂きたい」、そんな連絡は全くなく、盛大に行われたそのサミットは終わってしまった。

 「せめて式典の末席にでも呼んでいただければ・・」と考えていた私がバカでした。

 良い人と悪い人の区別ができずに提案した私が馬鹿だったと、あとで反省したものです。

 言っておきますが、室戸でよいことを提言してあげても、提言を受けた人だけが値打ちを上げ(助役に昇進)ご褒美をもらえて喜んでいますが、そのようなアイデアを提供した人には何一つ感謝の声すらありません。「それが室戸市だ」とこの時、初めて経験しました。

 (第二話)
 その後、私は地域雑誌の出版を平成2年に始め、3年と8年には室戸半島の地質特集を組んで、県東部の皆さんに地質を観光に生かそうと訴えました。が、経営赤字がふくらみ、休刊。平成10年からは地元の自動車会社に勤務して営業の仕事を始めました。

 そんな会社員時代の平成11年の夏ごろ、ある友人から「青空地質博物館」を名乗る会の会員名簿を見せられた。そして、「谷口さん、『青空地質博物館』いうたら、おまんが前に出した地質の本で付けていた名前やけんど、10年に出来たこの会の会員名簿にはおまんの名前が無いが、これはなぜ?」と聞かれた。でも、これは初めて聞く話でした。

 そこで、私が考えた構想で、室戸半島の自然を一つの“博物館”に見立てた概念である「青空地質博物館」の名称が私の知らないところで一人歩きしていたことから、その名称を冠した会を作った県議の家に直接、この点を確かめに行きました。

 その人物はきっと、私が雑誌出版の仕事に失敗してサラリーマンになったから、もう町の地域づくりシーンの中に生き返ってくることも無いと考え、勝手に使っても分からないと思ったのでしょう。

 その人を訪ねると在宅中で、「こんな会を作っているんですか」と問うと、「はい」と答えた。そこで、「この言葉は私が考えたネーミングであって、勝手に使ってもらっては困ります」と詰め寄ると、県議は恥じるでもなく、「谷口さん、おまんもこの会に入らん?」という。「入らんかね」ではなくて、会を作る時にはまず真っ先に入会を呼びかけ、この名称を使いたいと申し出るべきで、この時も「谷口さんが考えた構想の名称を勝手に使ってすいませんでした」と詫びるのが先だろうと思った。だから、私は「こういう言葉を勝手に使ってはいかん」と言い、大人の対応でそのまま帰ってきた。自分勝手に人のモノを盗んだ男の会に入るわけがなかろう。

 その時からこの男は信用ならないと思っている。

 自分とは関係の無い他人を利用するだけ利用して、その人のためには決して手助けしようとしないし、勿論、評価もしていない。基本的にそんな男は、自分本位で、地域のために犠牲にはなろうとしない人。政治家には向かないのです。

 何も、私のアイデアをまちのために活かそうということならば、使うことに異論は無い。ただ一言、その時は「この名称は谷口さんが創案したものです」と勇気を出して地域社会に広く明らかにすべきであるし、まずはそのアイデアマンたる人物を称え評価すべきだと思っている。

 赤塚不二夫さんのようにだ。

 「人のものは人のもの、自分のものは自分のもの」とけじめを付けなくてはならない。

 国会議員とか、市長とか、県議とか、市会議員とか、会社社長だからとか、肩書きがあるからなんでも自分が自由に使っていいということにはならない。それは、国会議員であろうが、県議会議員であろうが、市長であろうが、市会議員であろうが、会社社長だろうが、だ。


 (第三話)
 そうして、数日前から記事にしている平成26年と今年9月の出来事です。周辺住民の方々に協力していただいたからこそ実現した平成16年から19年度まで頑張って実現させた事業成果を、「市長がやったことにしましょう」とか「県議が実現させたものです」とか言い広めようとしています。

 
 漫画家・赤塚不二夫さんは周辺の人のアイデアを活かし、「これは彼のアイデア」と明らかにして作品として出したといいます。いくら晩年が酒びたりの毎日であったといえども、やはり見識や誠意、そして一つ成し遂げた人物は人への配慮が違いますね。

 だから、第一話の人にしても、第二話の人にしても、第三話の人たちにしても学んで頂きたいのは、これらのことは自分の欲が深いからこんなことをしてしまうのであるから、まず我欲を捨てること。「人のものは人のもの、自分のものは自分のもの」です。決して他人の物は盗んではならない。盗めば、盗人になって、「評価を高めるため」と思ってしたことが逆に、さらに評価を下げるだけだ。

 それと、人のアイデアや企画はその人の長い人生経験、テレビやラジオの番組の中、事件や全国で行われている地域づくり活動の情報、それらにアンテナを張り、調査・取材・情報整理に努力を重ねた上で培った能力からほとばしり出るのが、アイデアである。そんなアイデアマンの長年の努力があってこそだと、この人たちはよく理解しなければならない。

 それをよく解かっていたのが、赤塚不二夫さんだったということです。

 きっと、「これは谷口さんのアイデアです」と公言してしまうと、私に自分が負けたような気持ちになるんだろうし、自分の値打ちも上がらない。だからウソをつく。そんな小心だから、素直にそう言えないのです。

 私を含めて、お互いそんなに大してえらい人間でもないんだから、赤塚さんのように他人のアイデアは他人のアイデアとして能力のある人物を評価すれば、もっと自分も評価してくれ、協力もしてもらえるようになると学び、覚えることです。

 YKKの創業者・吉田忠雄さんは、子供の時に読んだ伝記から、世界の鉄鋼王・カーネギーの「他人の利益を図らなければ、自らも栄えない」という考え方が忘れられず、それを経営哲学の基本とし、「善の巡環」と名付けて社員を教育し、YKKを世界的な企業に育て上げたという。このことからも学ぶべき。

 とにかく、「オレはえらい」と思う基本となっている自分の肩書きなどは全て忘れ、人の能力をまず称えて評価することです。それが例え自分よりも肩書きが下の人物であってもだ。そうすれば、あなたのことも人は評価してくれるようになるでしょう。

 そして、決して他人が考えたアイデアや提案ごと、企画ごとは盗まないことです。盗めば、数年後、いや数十年後になってもその報いはやって来ます。だから、書籍などの著作権と同じように、他人が考えたアイデアや企画ごとを使う時は、その時に「使いたい」と直接お願いし、許しを得ること。そうすればどなたも受け入れてくれるのではないでしょうか。

 とにかく、赤塚不二夫さんから学ぶことです。


 今年は不天候が多い年で、災害の多い年、人災の多い年。もしかしたら、怪談話の多い年かも。

 皆さんにお聞きいただきたい。

 他人のアイデアを独り占めするような行為は、よくありません。人を騙して実績を盗み、もし化けて出られたらどうしますか。他人のアイデアを横取りしたり、多くの人を踏み台にして成り上がることばかり考えていると、そのうち、大きなバチが当ります。

 もしかすると、そういう人はいまNHKの人気番組「チコちゃんに叱られる!」で5歳の少女が大人たちに向かって言っているように、
「ボーっと生きてんじゃねーよ!」
と暴言を吐かれるかもしれませんよ。


 小生はそんな下品なことは決して申しませんが、どうか無私無欲な私を見習っていただきたい。


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