青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の不正な政治を監視する改革派議員三期目。

「ふるさと納税」など止めて、故郷の神社に「七福神の絵馬」を寄贈しませんか?

2019-02-11 | 私の絵画制作活動
 今日は私のもう一つの顔、「絵描き」の仕事の話です。
 

 いま「ふるさと納税」が流行っていますが、都会にいて長年会社に務め人生を切り開いてこられた方々の中には、この事業の基本的な趣旨である“自分が生まれ育った田舎の町や村に貢献したい”という思いや意思をお持ちの方は少ないと思います。

 「美味しいものが送られてくる」ということに関心があっての「ふるさと」とのつながりが大半で、それも、対象の「ふるさと」がご自分が生まれ育った純粋な「故郷」では無く、純粋な「故郷への寄付」じゃないのではないか。

 そうじゃなくて、「ふるさと納税」というならば、純粋に本当に自分が生まれ育った思い出の故郷に「何かの形で、自分が生まれ育った故郷に貢献したい」と考えるのが本当の“故郷への恩返し”ではないでしょうか?

 お盆の時期や5月のゴールデンウイークの時期、そしてお正月の時期に家族を連れて故郷に戻ったときなどには特に、そういう思いも沸いてくるのではないでしょうか。

 そしてもうすぐ、天皇陛下が皇太子殿下にその地位をお譲りになられる5月が近づいていて、その1日からは年号も変わり、その前後、4月27日(土)から5月6日(月)までの十日間は異例な連休となっています。

 あなたが生まれた故郷の町や村にも神社があろうと思います。いわゆる、懐かしい「村の鎮守の神様」です。一年に一回はその神社で祭りが行われ、あなたも小学生や中学生の頃に参加して楽しかった思い出もあり、その連休にお帰りになる予定もあるんじゃないでしょうか。

 社会に出て都会で働きだし、やがて家族を持ってみんなで帰省するたびにあなたは、自分が生まれ育ったその町や村の人口は徐々に減少し寂れているのをひしひしと感じています。

 「このまちも帰ってくるたびに人が少なくなり、寂しくなったなあ。オレが会社を退職してもこの町に戻ってくることはないだろうが、自分が生まれ育ったこのまちに何か一つでも貢献できることはないだろうか」。

 そうお考えになる方もおられるのではないでしょうか。

 そこで、会社を経営しておられる社長さん、重役さん、商店主さんにご提案があります。私もかつては銘木製材所の息子として商売に精を出していた男です。お買い求めは商売人さんだけにお願いします。

 東京や大阪などの大都会でご活躍されている方々の中で、自分の故郷の町や村にある神社に絵馬を奉納する考えをお持ちの方はおられませんでしょうか?

 私は今の議員職とは別に、平成23年4月の市議選落選時から27年4月の市議選で再選されるまでの四年間、夢であった画家として再出発し、毎日精を出し絵をかいてきました。その四年間に描いた作品数は約30点ほどあります。その中に、神社に奉献することを目的に描いた七福神の絵馬の大作が、4点あります。

 以下、その4点の作品を一挙に掲載させていただきます。

 5月の連休に田舎に帰省される会社社長、ご重役、バリバリと仕事に精を出し活躍されておられる社員の皆さん、自営業をされておられる方の他、ご自分の名を自分の故郷に残しておきたいとお考えの皆さんは、ぜひとも購入をご検討いただきたいと思います。

 
 私が描いた七福神の絵馬4点を販売します。 

 1、「七福神乗合宝船」 (大きさ:162×122㎝) 

  

 2、「七福神富士旭光宝船」 (180×100) 

  

 3、「七福神頼光伝説大騒動」 (180×100) 

  

 4、「歌舞伎七福神宝の酒盛り」 (180×100) 

  


 故郷への思いが深いあなたが、もしこれらの絵馬をふるさとの神社に奉献したいとお考えになられましたら、是非、ご一報ください。価格等は相談の上、ご希望に沿えるよう検討させていただきます。特別に作った木製の額縁にはあなたの名前と寄贈した年月日を墨書きし、神社に寄贈するお手伝いも当方が致します。

 又、寄贈場所は神社に限らず、皆さんの会社には取引のある会社などからたくさんの関係者がおいでになられると思いますので、会社の社長室や広いロビーの壁などにこの七福神の絵馬を展示してはいかがでしょうか? 会社の社運がアップすること、疑いなし! 宝くじを買うよりもずっと効果的です!

 間違いなく、あなたの名前はこれから50年先、100年先、そして200年先までも故郷に名が残り、感謝され続けるでしょう。

 
 (連絡先)住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
      電話:0887-23-1214  携帯:090-4506-6343
      
      谷口絵馬修復工房  絵馬師 谷口總一郎

 購入希望のお電話を心よりお待ちしています。急がないと、どなたかが先に買ってしまいますよ。
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社長! あなたの故郷の神社に七福神の絵馬を奉献しませんか?

2019-01-27 | 私の絵画制作活動
 いま「ふるさと納税」が流行っています。

 最初、これは自分が生まれ育った故郷に寄付することによってその自治体の財政を支援しようと国が奨励、それを“納税”と例えているんだと思っていました。ですが、そうではなく、自分がその町や村で生まれていてもいなくてもそれは全く関係なく、北海道生まれの人が鹿児島県の町に寄付することも「ふるさと納税」としています。

 これにはどうも違和感があります。これについては、以前にもこのような記事を書いた。 ←(クリック)

 加えて、その寄付金に七割や八割の見返りがあることも、どうも違和感があった。国も同じように考えたのでしょう。「どうも最初の事業趣旨からかけ離れた動きになってしまっている」と。

 で、その「ふるさと納税」の“見返り協奏曲”が問題となり、それにブレーキを掛けるべく総務省は「三割までにしてほしい」と各自治体にお願いをしました。でも、地元の特産物を大量に販売する格好のツールとして効果を挙げていることもあり、総務省の言うことを聞かない自治体がたくさんあります。

 この事業がこういう経過をたどった原因は明らかに国の事業規定に欠落した部分があったことと想定外の動きが生まれたことによるが、その良し悪しはともかくとして今後、この「ふるさと納税」事業がどのような経過を辿るかは、私には想像つかない。ただ一つ言えるのは、事業趣旨を違えていることだけは間違いないと思っている。


 さて、そんな「ふるさと納税」ですが、都会にいて長年会社に務め人生を切り開いてこられた方々の中には、この事業の基本的な趣旨である“自分が生まれ育った田舎の町や村に貢献したい”という思いや意思をお持ちの方は少なくないと思います。

 「何かの形で貢献できないものか」。

 毎年のお盆の時期や5月のゴールデンウイークの時期、そしてお正月の時期に家族を連れて故郷に戻ったときなどには特に、そういう思いも沸いてくるのではないでしょうか。

 そういう時、あなたが生まれたその町や村にも神社があろうと思います。いわゆる、懐かしい「村の鎮守の神様」です。一年に一回はその神社では祭りが行われ、あなたも参加したりした思い出もあろうと思います。でも、社会に出て都会で働きだし、やがて家族を持ちみんなで帰省するたびにあなたは、自分が生まれ育ったその町や村の人口は徐々に減少し寂れているのをひしひしと感じています。

 「このまちも帰ってくるたびに人が少なくなり、寂しくなったなあ。オレが会社を退職してもこの町に戻ってくることはないだろうが、自分が生まれ育ったこのまちに何か一つでも貢献できることはないだろうか」。そうお考えになる方は少なくないと思います。

 もうすぐ皇太子殿下が新しい天皇陛下となり新しい元号に変わりますが、今日は日頃の議員としての話から離れてご提案させていただきます。

 自分の故郷の町や村にある神社に絵馬を奉納する思いをお持ちの方はおられませんでしょうか?

 私は今の議員職とは別に、平成23年4月の市議選で市内に住む小松市長とつながる悪人たちが行った落選運動によって落選した時から27年4月の市議選で再選されるまでの四年間、夢であった画家として再出発し、毎日精を出してきました。

 当然、27年4月に再選されてからは、市民の皆さんと「これから四年間は市議会議員として立派な仕事をします」と約束したことになるので絵は一切描いていませんが、それまでの四年間に描いた作品数は約30点ほどあります。その中に、神社に奉献することを目的に描いた七福神の絵馬の大作も、4点あります。

 以下、その4点の作品を一挙に掲載させていただきますので、田舎に帰省中の会社社長、ご重役、バリバリと仕事に精を出し活躍されておられる社員の皆さん、自営業をされておられる方の他、ご自分の名を自分の故郷に残しておきたいとお考えの皆さんは、ぜひとも購入をご検討いただきたいと思います。

 
 私が描いた七福神の絵馬4点を販売します。 

 1、「七福神乗合宝船」 (大きさ:162×122㎝) 

  

 2、「七福神富士旭光宝船」 (180×100) 

  

 3、「七福神頼光伝説大騒動」 (180×100) 

  

 4、「歌舞伎七福神宝の酒盛り」 (180×100) 

  


 故郷への思いが深いあなたが、もしこれらの絵馬をふるさとの神社に奉献したいとお考えになられましたら、是非、ご一報ください。価格等は相談の上、ご希望に沿えるよう検討させていただきます。

 又、皆さんの会社には取引のある会社などからたくさんの関係者がおいでになられると思いますので、会社の社長室や広いロビーの壁にこの七福神の絵馬を展示してはいかがでしょうか? 会社の社運がアップすること、疑いなし! 宝くじを買うよりもずっと効果的です!
 

 
 (連絡先)住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
      電話:0887-23-1214  携帯:090-4506-6343
      
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 お電話、お待ちしています。


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高知県展洋画部門の改革案を再度、提唱します

2018-12-24 | 私の絵画制作活動
 下に掲載した記事は、二年前の平成28年の県展の時に書いた記事ですが、県展主催者と無鑑査作家の先生方に「高知県展(洋画部門)改革」のための参考にしていただき、ご検討を願いたいと思い、再度、掲載します。地方政治に対すると同じように、県展運営に関して厳しい指摘をしてきたことから今年10月の県展では落選しちゃいましたが、来年の県展落選もあり得ると考えながら、提唱いたします。

 作品が売れてそれを職業と出来る「画家」には、誰でもがなれるわけではない。しかし、ただ絵を描き続けるだけの「絵描き」には誰でもがなれます。だから、議員の任期を終えた来年5月からは、私の少年時代からの夢であった「絵描き」になってやがて人生を終えたいと考えている。

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 昨日、妻と二人で高知県展を見に行ってきました。

 小生の洋画部門入選作品は、二階展覧会場の一番奥の突き当りに展示されていました。
  

 会場に来られた皆さんの私の作品への関心度をしばらく離れて見ていたところ、品の良いご夫婦が壁面に展示された作品に目をやりながら歩を進めていて、まず背の高いご主人が私の作品に目をやり関心を寄せている様子。

 私の作品の前で立ち止まり、作品を見ながら少し遅れて歩を進める奥さんを待ち、作品を指さしながら、「この作品はなかなかいいなあ。この波の描き方は独特だ。谷口總一郎さんか」。

 7、8メートルぐらい離れ、見るとはなしにお二人を見ていたんですが、少しでもこうやって自分の作品が気に入ってくれた人がいるというのは、作家にとってはうれしいものです。

 議員になる前の平成26年に3か月ぐらいかけて描いた作品なんですが、審査員の先生のお眼鏡に叶い入選した喜びの他、このように展覧会に来られた方々から多少なりとも注目され、良い評価を受けると、「熱意を以って描き込んだ甲斐があった」「努力が報われた」とうれしいし、今後、議員を退職した後に考えている画業への下支えにもなります。

 一つ気になったのは、洋画部門では毎年楽しみにしている無鑑査作家・川崎太一先生の作品が今年展示されておらず、非常に残念に思っています。昨年、初めて会場でお会いしご教示いただいたこともあり、気になっています。描き貯めた作品は山とある作家でしょうに。でも、無鑑査作家がなぜ展示されていないのでしょうか。ご病気なんでしょうか。


 さて、今年の県展に対する評価ですが、これは毎年のことですが気になるのが、無鑑査作家の作品がS100号(162×162)など大きな作品が多くて、二階のメイン会場の壁面を占めていることです。

 それは長く高知県展に寄与してこられた作家先生の作品だから展覧会場のまんまん中に展示すべきかもしれないが、「無鑑査」と言えばもう第一線から引いた位置にある作家。私ごときが「飾るな」等とは決して申しませんが、県展無鑑査と言えばもうベテラン作家です。他には、初めて県展に出品して入選を目指している若い作家もいます。そのことにもっと心を配り、もう少し小さな、せめて80号どまりの作品にしてはどうだろうか。

 一つ良い例があります。

 県展日本画の展示会場(二階)を回っていて驚いたのは、日本画の無鑑査作家・上田明徳先生の作品。(高知県展無鑑査となった上田明男先生のご子息)

 私は昭和56年にこの上田氏が初めて高知県展に登場した時の驚きを今でも覚えていますが、その特選作品を見てすごく驚いたものです。それ以後、毎年県展を見に来て、日本画は上田先生の作品をみられるのを楽しみにしてきました。

 その無鑑査である上田明徳先生の今回の作品は、たぶんあの大きさはF30号ではないか。作品もかつての輝きはなくて「どうしたんだろう。ご病気でも」と思ったものですが、兎にも角にも、作品の大きさはF30号。もしかしたら、上田氏は無鑑査作家ということでまだ入選していない作家やまだ入賞していない作家の皆さんのため、「後進を育てよう」と考えて展覧会場の壁面を少しでも開けて「1点でも多く展示できるように」「1点でも多く入選できるように」と配慮されたのではないでしょうか。私はそう推測しています。

 ここまで私は小さくすることはないと思っていますが、やはり無鑑査作家の作品はあくまでも「無鑑査」であり審査員による監査対象から離れた立場と考えると、監査される立場の出品者を主役と考え、一歩引いて、作品を出展すべきではないか。私はずっとそう考えています。

 だから、これは主催団体である高知新聞社と高知放送が決めたルールと言えばそうであり高知県が主催しているわけではないので出品作家が口出しすべきことではないかもしれないが、「第70回記念だから展示する全作品から選出する」と無鑑査作家の作品まで賞に選ばれることにも首をかしげます。

 全8部門中、5部門で無鑑査作家の先生がこの「県展大賞」を受賞していますが、こんなことでいいんでしょうか。

 いったい、「無鑑査」とはどういう立場なんでしょうね。私はそれなりに長く政治に関わっていますが、法的に言っても「無監査」となると審議する時に「監査外にある」と位置付けられ、その議案については「監査」しない位置づけとなります。でも、高知県展もそうですが、室戸市展にしても「無鑑査」作家が出品している作品が「大賞」を受賞することが何回もあり、そのたびに私は首をかしげ、「こういうことをして、本当に公正な審査と言えるのか」と感じています。

 いつも「審査外」の無鑑査作家の作品が、「県展大賞」を用意した県展においてはその審査の中に「審査外」の無鑑査作家がのこのこと入り込んでくる。こういうことをしていて、本当に「正しい審査」と言えるのでしょうか。特選を三回受賞して「無鑑査」となったら、もう死ぬまで受賞はないと認識すべきではないか。もしかすると、「無鑑査」作家になるとそれを認識する理解力がなくなるのかもしれないが、ね。

 全国の皆さんにお聞きしたい。「皆さんは、美術展の記念展が行われるとき、無鑑査作家が提出した作品も鑑査作品に入り込んで審査を受けその大賞を受賞するという、こういう審査は正しいと思いますか?」。 


 さて、話を戻しますが、日本画の上田明徳先生の作品の大きさから、ご自分の作品を展示するにあたり、県展無鑑査作家の先生方は学ぶことがあるのではないでしょうか。「100号を越すぐらいの巨大な作品ではなく、他の新人作家の入選に期待して展示スペースを空け、無鑑査作家は全員が50号以下の作品を出品すること」です。

 そうしないということは、皆さん、きっと嫌なんでしょうね。

 会場を回りながらそんなことを思いました。


 もう一つ、首をかしげた審査があります。いえいえ、私の作品が特選にならなかったことじゃないですよ。(笑)私はあまり欲深くはなく、「物事は、なるようにしかならない」と思っていますので、ハイ。

 ま、審査眼は人それぞれで、審査員が変われば特選や褒状は別の作品になり、特選作品や褒状作品も単なる「入選」や中には落選になることもあり得ますが、日本画部門の中の一つの作品に目を奪われました。今回の県展の洋画部門と日本画部門に展示された全作品(無鑑査作家の作品も含め)の中で一番秀逸な作品はこれだと思います。

 それは、日本画部門25番の「村の月」。作家は、池 佐喜男さん。幡多郡大月町の作家です。残念ながら写真は撮影できませんのでお見せすることはできませんが、とにかく素晴らしい作品です。

 (※その県展から二年が経つので、池さんが描かれたその作品をご紹介する)
  

 かといって、極彩色の絵ではありません。S100号(162×162)ぐらいの大きさの、水墨画のように白と黒だけで描いた絵。風景は、夜の月明かりの中で光る波がしら、崖、山、樹木・・・。

 それが、この作品は以外にも“無冠”。特選でもないし、褒状にもなっていませんでした。驚きましたねえ。失礼ながら、日本画部門で特選になっている作品と褒状になっている作品とこの作品を見比べましたが、この作品のほうがずっと上で、無鑑査作家の作品が「県展大賞」を獲得していましたが、その作品よりもこの作品の方が格が上だと私は思いました。

 「これほどの作品がなぜ、褒状にもならなかったのか。私が審査員ならこれを特選に選び、県展大賞も与えるのに」と。

 これから高知県展を見に行かれる高知県民の皆さんはぜひとも見てきていただきたい。

 洋画部門では、二階の会場に展示されています谷口總一郎画伯の作品「海の声が聞こえる」をじっくりとご覧あそばせ。

 同じ二階の日本画部門では、池 佐喜男さんの作品「村の月」と、上田明徳先生の作品「雨収清風来」にご注目下さい。

 尚、高知県展は10月23日(日)までで、開場は午前9時~午後5時まで。会場は、洋画と日本画、立体作品が高知市高須の高知県立美術館で、彫刻、工芸、書道、写真、グラフィックデザインは高知市久反田の高知市文化プラザ「かるぽーと」(7階)です。

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 (追記)以下、今現在思うこととして書き加えます。

 県展など公募展は、入選や入賞を目指している作家たちのためにあると思っています。無鑑査作家のように、もうその公募展の審査対象から離れ第一線から退いた立場の作家のためにあるものではないと考えます。とにもかくにも出品者を増やそうと思えば、如何に長年県展発展のために頑張ってこられた作家であろうとも、一歩引いて、何とか入選したいとしておられる作家や何とか入賞したいと頑張っておられる作家に会場の壁面スペースを開けることです。そうすれば新しい作家も意欲を以って「次も出品しよう」と頑張れるのではないでしょうか。

 高知新聞社の皆さんが当電子情報誌を見てくださっていることは知っています。県展主催にかかわっておられる皆さん、是非ご一考を。

 厳しい指摘に御腹立ちだけなら、来年以降の私の作品はすべて落選させてもいい。とにかく、他の県民が出品される作品のためにご進言申し上げます。
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次第に衰退する、高知県展洋画部門

2018-10-27 | 私の絵画制作活動
 今日は地方政治の話からはなれ、高知県内の文化の現状について、少しですが書いてみようと思う。  


 他の分野のことはまるっきり知識がありませんので、高知県展の洋画部門についてだけ、ご指摘致します。

 この部門の作品が年々減少しているのを見て、地方政治の改革に取り組んできた地方議員の目で以って、「高知県の人口減少だけでなく、県による県民の芸術活動を高める事業の無さと県展を主催する側の出品数増加への苦心の無さが影響し、こうして県民の芸術意欲を年々薄くし芸術活動を減少させているんじゃないか」と推測している。

 話変わって、これは一年前の県展の時期にも紹介しましたが、その平成23年からの県展洋画部門への出品点数です。その部門への出品数が減少しているのは歴然としています。(尚、第65回と第70回は記念展ということで、出品点数が多く集まっています)

 第65回県展(平成23年)・・471点・入選198点・・入選率42.0%      
 第66回県展(平成24年)・・451点・入選180点・・入選率40.0%
 第67回県展(平成25年)・・451点・入選179点・・入選率39.7%
 第68回県展(平成26年)・・412点・入選179点・・入選率43.4%
 第69回県展(平成27年)・・405点・入選160点・・入選率39.5%
 第70回県展(平成28年)・・437点・入選161点・・入選率36.8%
 第71回県展(平成29年)・・364点・入選153点・・入選率42.0%
 第72回県展(平成30年)・・350点・入選153点・・入選率43.7%

 出品点数が減少している関係から、入選点数も減少させ、本当に年々、目に見えるように減少し続けています。年々、驚くほど、見事に減少の一途を唯っています。わずか七年目で471点が350点になってるんだから、マイナス121点。県内各地の人口減少以外に何か原因があることだけは間違いなかろう。

 その原因はいったい何が原因だと思いますか、県展無鑑査で県展の理事や参与になられた皆さん?

 まず最初に指摘しておきますが、その原因の大きな事案としては、「高知県立美術館ができて、高知市が造った公共施設・高知市文化プラザが出来して、美術館一カ所だけでは展示できないこととと文化プラザのイベント利用数が少ないから高知市にも県展作品の展示会場を半分、分けてあげた」こと。こうして県展会場が二つに分断されてしまったから、いや、二か所に分断したから、かつての郷土文化会館で行っていた頃の県展の繁栄と賑わいは完全に消え飛んでしまった。

 そういう流れを県展主催者が造ったため。それが、県展の繁栄が年々減少している一番の理由であり原因であるのは明らかです。

 だから、答えは簡単なんです。かつての県展会場として繁栄を極めていた郷土文化会館のように、一つの施設の中で県展入選作すべてを展示し、鑑賞していただくようにすることです。

 それができない今、どうするのかですが、答えは一つです。県立美術館にすべての部門の作品を展示できるよう美術館の内部にある池を全て展示室に改造すれば県展はまた反映する、ということです。

 しかし、美術館を管理運営している高知県側に言わせれば、「県予算から大金を投じて改修・増築工事を行っても、県展の催し以外では、それほど広い美術館に金をかけて改造しても入場する効果は得られない」ということになり、主催者側から県に美術館改修計画を要請しても却下されるでしょうね。

 もう一つは、作家として出品し続けてきた団塊の世代以前に生まれた作家が前期高齢者(65歳以上)となり、十年が経てば後期高齢者(75歳以上)となって、とうとう制作できなくなり出品できなくなったことも、出品点数が減少し、出品者数が減少した原因の一つに上げられるでしょう。


 今年の搬入日の29日(土)と30日(日)が台風襲来のため、29日だけになりましたが、「搬入日が一日になったために出品点数が350点と少なくなった」なんてことは理由にはなりません。この数字は、毎年減少し続けている県展出品点数だと理解しなければならない。

 上に示した数字は洋画部門への出品点数だけですが、見ての通り、65回展と比べるとわずか七年間で121点も作品数が減少しています。471点が七年間で74%に減少しているので、減少率は36%ということになります。わずか、です。

 驚愕な出品点数減少ですねえ。

 このまま同じ減少率で減少しますと、次の七年後の2025年の第79回展には「出品点数259点」も考えられます。・・・・・

 県展で無鑑査になった作家の方々や主催する高新企業の社員の皆さんはこういうことをあまり実感として考えたことがないから出品点数が減少の一途をたどっているんですが、「衰退する高知県展」、それが私には手に取るようにわかります。地方議会で室戸市の不正な市政運営を見て放置することはあってはならないと考え議会と電子情報誌で以って厳しい声を飛ばしてきた議員だからこそ、それが解るんです。

 関係者の皆さんには、県展開催のことよりも、県展を主催する高知新聞企業さんが県民にもっと県展に関心を持ってもらう苦心と、高知県がもっと県民の芸術活動を支援し、絵画教室を県内各地で開催したりする苦心を訴え掛けなければならないと思うし、又、どんな職業で働いている人でも若い20歳代、30歳代から芸術・文化に打ち込むぐらいの夢や才覚は持ってほしいものです。

 ちなみに、小生は室戸高等学校という、本当に田舎の高校から東京の美術大学を目指しましたが、製材所を経営する父親から「何を言いよら。そんな画家になって食えようになるもんか、いかん、いかん」と言われ、高校の進学担当の教員まで家に来てくれたが、門前払い。まさか金もない自分一人の力で金のかかる美大なんかに行けるわけもなく、卒業式が済んだ4月からは家業である銘木製材工場で柱や梁の木製品を肩に担ぎ、チェンソーで丸太を切って働き始めました。

 それでも、30歳になると重労働の製材所から自宅に帰ると、夕食を済ませた後、夜10時ごろまでは四畳半ほどの部屋で毎日、作品を書き続けたものです。「画家にはなれないだろうが、なんとか県展で特選を取りたい」と、少年時代の夢を忘れることができずに38歳まで描き続け、その努力が実ったのか、入賞はしなかったが入選し続けたものです。

 私の自慢なんかするつもりはない。そのように若い時からでも少年時代の夢を追い続けていれば、きっといつか夢に近づける。そう思いますし、そういう人が高知県内でもたくさんいれば、高知県の人口が減少し続けても、高知県展洋画部門の出品点数は減少しないのではないか。

 だから、高知県展洋画部門の出品点数が減少し続けているという理由として考えるのは、人口減少が原因というわけではなく、若い人の中に私のようにそういう少年時代の夢を追い続ける人が少なくなってきたということでもあろうと思う。

 高知県展の運営委員や無鑑査作家の先生方には戦前や戦後生まれの方は多くいるので、皆さんがあこがれて好きになった理想的な有名画家はいるんでしょうが、大半の作家は私のように誰に教えられたこともなく、夢を追いかけるために自分一人で自分が考える絵画手法を休みなく積み重ねてきた作家先生ばかりだろうと思っています。

 ですが、そんな中、そういう先生方が県展を無鑑査になって一線を退くと、時代の移り変わりによって、そのような「夢を追いかけるために自分一人で自分が考える絵画手法を休みなく積み重ねてきた作家」は徐々に減少、当然、意欲的に県展を目指す作家も少なくなっていきます。

 これも「人口減少に伴う、次代の流れ」と言えばそれまでですが、昭和21年に生まれた私のような“焼け跡世代”以降、“団塊の世代”に生まれたご高齢の作家の方々は頑張って出品し、入選と入賞を目指しますが、今の若い世代の人たちはいわゆる「ゆとり世代」と呼ばれ、高校や大学を卒業後に入った会社で働きながら夜になると一人自宅で芸術活動に没頭する・・という若者や壮年の人には少ないんじゃないでしょうか。

 そして、ますます高知県内で芸術に没頭するという若者は減り、そんな頃にはすでに団塊の世代の高齢者は制作活動なんかやめており、当然、県展洋画部門への出品数は減少し続け、やがて「高知県展廃止」に行きつく。

 寂しい限りですが、室戸市が「全国の市 人口減少率ワーストテン」で、北海道のかつて産炭産業が盛んだった夕張市や歌志内市、三笠市の町の人口減少率と同じように、遠洋漁業で栄えていたがそれが消えて知っマった途端、この「ワーストテン」の4位か5位になってしまった。高知県展にしてもやがてそうなってしまいます。

 でもその頃になると、県展主催者側に、県内の県展洋画部門に出品する作家が減少した責任は問えません。なぜなら、「人口減少が原因」と言えば済むんだから。

 でも、です。

 いま「出品点数が七年で120点減少した」ことについては、県内の人口減少以外に、県展主催者側にも責任は大きい。私はそう考えています。ですが、県展主催団体は政治組織でもないし、主催者側の高新企業や展覧会を運営する無鑑査作家の先生方は政治家ではないので、県展の状況が悪化しても「出品数減少は出品する側に問題があり、われわれに責任はありません」と結論付け、幕を引くことになろうと思います。

 それでいいんでしょうか?

 県展洋画部門への出品点数が減少しているのは、本当に県展に出品する側の作家の側に責任があるんでしょうか。

 県内で秋の高知県展洋画部門に出品する方々はこのことについて深く考えることはありません。皆さんは、来年の県展目指して一年間、制作活動をすればいいんです。

 しかし、県展の主催者側の高新企業さんや県展を運営している役員や無鑑査作家の先生方である参事の方々は一年間、深く考え、策を講じることですし、そうしなくてはなりません。もし、来年の第73回高知県展洋画部門の出品点数が350点より少なくなった場合は、どなたも責任を取って、役から下りることをお考えいただかねばならない・・・。

 落選作家なのにそこまで思っています。ちょっと厳しい話ですが、地方議会で室戸市政の不正な政治と戦ってきた私は、そう考えます。

 県展洋画部門への出品点数の減少が主催者側による不正だとは申しませんが、これほど短期間の七年間に120点もの出品点数が減少したということを絡めて「自堕落」と言われても仕方がないのではないか。いわば、“職務怠慢”だと。

 期待するのは、出品点数が次の県展の時には増えること。そうして今年以上に入選が厳しくなること、そして入賞の期待もさらに薄くなること。

 そうして、地方議会では厳しく自治体と議会の在り方について広報し、行動してきた私は、「来年もまた落選してもいい」と思って敢えて、言わせていただきました。

 出品している作家にすれば「栄えある高知県展」です。その県展関係者の皆さんには、自分たちが運営してきた県展が衰退しないように、猛省をお願いしたい。 

 
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高知県展の主役は誰なのか?

2018-10-17 | 私の絵画制作活動
 (室戸市議会議員2期目の2010年10月11日に、高知県展について書いた記事を再度、掲載します。八年前に県展を見に行ってのお話です。)

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 議員になったときからの私は、絵を描くことで議員職を怠る自分自身が許せず、“二兎を追うもの、一兎も得ず”の精神で、全く描かないようにしてきたんですが、今日10月11日は、うちの後援会長(奥さん)と二人で何年かぶりかに高知へ県展を見に行った。久しぶりに油絵の絵の具の匂いを嗅ぎたくなったのが、動機。
 
 自慢するほどの話ではないですが、これまでの話をさせていただきます。

 家業の製材所に勤め、8トンの長距離トラックに丸太や木製品を満載して関東や九州、関西にと運ぶ仕事をしていたが、30歳に大病を患い半年間、病院に入院したことがあります。その出来事から期するものがあり、家に帰り職場に復帰してからは毎日、夜12時ごろまで絵描きのように絵を描き続けた。それから三年間は特に多作で、初年度は30号から100号までの作品を25点、2年目は20点、3年目は18点と描き続けた。作品は具象からやがて自分らしい物を表現するために抽象にと自然に変化していった。

 それから後も描き続け、その努力の甲斐あってか、初年度に洋画で初入選した後は8年間連続で入選させていただいた。昼間は製材所の仕事で汗まみれ、汗まみれ、オガクズまみれになりながらの重労働でした。5時に仕事を終え、家に帰って夕食をすますと、今度は画家のように根をつめて描き続けました。そんな、人のいないところで努力するという姿勢やたゆまぬ努力、とことん自分の体をいじめて働こうとする精神性が、今の仕事にも活きていると思う。

 これは自慢するほどのことではないですが、ただ、若い時から何事にでも休みなく頑張り働くことの大事さを解ってほしいのです。それが後に活きてくると思うのです。

 人間は妥協することなくとことん自分の体をいじめぬいて働いた経験がないと、どこかですぐに「まー、いいか」と妥協に走り、そんな人に限って逆に楽して得する事を考えている。過去に私の周りには、次のような人がいたからそう思っています。辛いから、重いから、しんどいから、暑いから、雨が降るから、風が吹くから、もう終業時間だから、などと言って怠けた人たちがいた。中には「やってもやらなかっても、給料は他の人と一緒やきんな」とふざけたことを言う大人もいた。その時はよっぽど殴ってやろうかと思ったものです。

 それは私が20歳代の頃のことですが、今も周りには似たようなことを言い、似た行動をとっている人たちがいる。うまく立ち回ろうとするその人間性に、ホントに見ていて嫌気がさす。(もう悟りを開いてますので、殴ってやろうとは思わないが)人のため、組織のために尽くそうとしないで、“辛い、重い、しんどい、暑い、雨が降る、風が吹く、もう終業時間だ”的なことを考えながら、給料は他の人より多く欲しいと思っている。私はそんな人間にだけはなりたくない。こんな話から、皆さんには、ただ休みなく頑張り働くことの大事さ、自分の体を仕事でいじめることの価値と大切さ、それを理解してご自分の人生に活かしてほしいと思う。
 
 さて、前置きが長くなった。見てきた県展の話です。

 県立美術館に入り、まず気になったが、洋画の会場が二か所、三か所に分かれていること。あれはいただけない。一か所にできる限り集めて展示すべきなのは主催する高知新聞社もわかっているだろうに。

 まず、一階には洋画の第1会場と立体作品の会場が隣り合わせになっていることに違和感を感じた。そうして、洋画の続きは2階というから回り込んで2階に行こうとすると、そこではスピリット・アート(高知県障害者美術展)を開催中。流れとしてはそこに入らないとその展覧会関係者に失礼にあたると思い、そこを覗いた。いやー、勿論、粗削りだが、県展の洋画の作品よりも、むしろここに展示してある障害者の方々の作品の方が生気がみなぎっていた。

 それを見たあと、2階の洋画の第2会場に入りました。

 気になったのは、無監査や審査員の作品がS100号とかF100号などと大きすぎること、その無監査や審査委員の作品は展示会場の中央の一つのコーナーの正面、左側、右側にドーンと展示していること、それらの大きな作品が数多く展示してあるために洋画入選作を一つの会場内に展示できなくなっていることなど、大きな問題だと思った。

 そんなエライ先生方の作品は入選作品とは一線を画して、小さめの50号以下の作品を出品させるべきです。そして、壁面を三面も使わずに、壁は一面だけに全ての作品を納めるように展示すべきです。審査員や無監査というもう別格になった作家たちは少しは遠慮して小さな作品にすべき。それが常識ではないか。

 主役は入選者たち。審査員や無監査作家はそこでは主役ではない。

 それに関連して、次に問題だと感じたのは、そのように無監査や審査員の大きな作品がメイン会場を独占している半面、入選回数が少なそうな作家の30号から50号ぐらいの小さめの作品が二つの会場を出て回廊になっている場所の壁に“段掛け(だんがけ)”にして展示されていたこと。これも問題だ。自分の絵を掛けてあるわけでも親戚や友達の絵ではなかったが、かつて県展作家のはしくれだったこともあって、何か無性に腹が立った。

 その廊下の幅は約2m。ま、30号ぐらいなら下がれば絵を眺められないことはない。しかし、同じように入選しながら、2階の美術館のメインとなっている審査員や無監査作家の絵が展示してある部屋に飾ってもらうのと、廊下だから見学する人もまばらで時に大きな声で雑談をしているそんな場所に飾られるのとでは、入選者の気持ちは雲泥の差があるだろう。

 回廊に展示してあるそれらの入選回数が少なそうな作品を見ていると可哀想になってきて、思わず横で見ているうちの奥さんに「なんぼいうたち、こんな廊下に飾って、これやったら入選してもひとっつもうれしゅうないやろなぁ。可哀想に」と、吐いた。

 なぜ県展を主催する高知新聞企業は、既に三度も県展のトップに輝き無監査になった人の作品を、初入選を目指してきてやっと入選した人の作品を駆逐するような形で展示しているのだろうか。

 なぜ無監査作家の絵が初入選とか二度目の入選を果たした人たちの夢を奪うような事をするのか。

 それは、そういう人たちの身になって物事を考えていないからは、明らか。

 この展示方法は高知新聞や高新企業と、かつては初入選を目指して会場に展示してもらうことを夢見てきて理事や参与になった無鑑査作家の皆さんが決めているものです。だから、もう無監査になり夢を果たし終えた人は一歩退いてあげて、初入選や入賞しようと意気込む若い作家や歳老いてから情熱いっぱいで初入選を目指している作家を大事にしてあげて、できるだけ洋画や日本画を展示する会場内に展示してあげるよう配慮すべきではないか。

 高知新聞企業と数多くの無監査作家の皆さんに対して、現在入選・入賞を目指している多くの皆さんになり替わり、その点だけは注文をつけておきたい。

 そうやっていやな気持になって、そのままの流れでロビーへの階段を下りて出てきたが、「あれ?確か日本画も県立美術館の方じゃなかったかな」と思ったが、「えい、もういいか」と車に乗った。いったい、日本画はどこに展示してあったんだろうか。

 展示会場があちこちに分散されているから、間延びしていて一体感がない。

 思い起こせば、以前、高知城のすぐ下の県立郷土文化会館で県展を開催しているときはちょっと会場が狭い感じはあったが、非常に流れが良かった。立体、彫塑、陶芸、グラフィックデザイン、洋画、日本画と順々に鑑賞できて、観終わった後、「あー、高知県の秋の芸術展を見たー」という充実感を満喫したものでした。

 いまはもう、ばらばらで、まったく統一感がない。一つの会場でも今日のような状態だから、満足するなんてことは無理な話。加えて、写真や彫塑などの作品を展示した「かるぽーと」会場にはこの県立美術館から遠く離れているため、一度も行ったことがない。 

 高知県展の内容にしても、今は昭和50年ごろのような熱っぽい作品が少なく、力作も少なく、県内の作家の作品の質や力量が落ちたのではないかと強く感じた一日だった。県民の人口が急減している点も県展凋落の原因があろう。

 余計なお世話かもしれないが、約30年間県東部の地域づくり活動に関わり室戸市の文化振興にも寄与してきた者として、そして他の県展作家は同じように思っていてもこんなこと主催者には面と向かって言えないだろうから、県展発展のため、私から敢えて苦言を申し上げたい。

 商売は、商品を買う側の消費者が主役だ。商品を売る側の会社や商店はその消費者に助けられる側の組織で、主役ではない。商売の本質を知らない経営者たちは「私たちが主役だ」と思っているだろうが、あくまでも脇役。

 公募展も同じで、作品を出品する側の出品者や入選者が主役だ。公募主催団体と、作品を審査する立場の審査員や無監査となってしまい審査対象から外された作家の作品などは決して、主役ではない。公募展主催団体は、あくまでも脇役でしかない。

 主役は、商品を作って売る側ではなくて、その商品を買って企業や商店が行う商売を助けてくれている消費者であるのは間違いないし、公募展に関しても、主役は作品の出品を募集した側ではなくて、作品を出品して高知新聞社と高知新聞企業いう会社が企画する「文化振興事業」を助けてくれている作家たちとその人たちの作品が主役であるのは間違いない。

 杉銘木製材所の子として生まれ、昭和20年代の小学生の時から学校から帰るとその工場で働かされてきた、商売に関わった私の長い経験から言うが、物事は相手の側に立ち物事を考えるとその相手が考えていることが分かるものだ。商売にしても、地方政治に関してもですが。

 だから、私は二人の室戸市長や市職員や議員が行政に絡み行った違法行為を厳しい「行政チェック」によって明確にすることができ議会で追及することができたし、選挙に出馬したある候補が選挙の一週間後、金色の軽4に乗り地方政治家5名と自分やそれらの後援会組織の幹部らの家を訪ね1万円札が何枚も入った茶封筒を夫婦で配って回り、それら全員が公職選挙法第221条で禁止されている「事後報酬供与罪」となる贈賄と収賄の罪を犯したことも、警察当局に告発することができたのです。

 すべて、その人の身になって考えれば真実は見えてくるものだ。人の悪意も、善意もネ。

 彼ら違法行為に及んだ人たちが考えていることは、政治家としての務めを果たすことよりも、自分が他の議員よりも1万円でも余計に報酬を貰えるように「おれを委員長にしてくれ」「おれを副議長に推してくれ」「おれを議長に投票してくれ」と、そんなことばかりに一生懸命になっている。情けない話だ。政治家としての能力を上げるための勉強などする気などがなく、議員としての職責など果たしたこともないのに、金にだけは卑しい。まるで、金の亡者、守銭奴。

 市民の生活を慮ることなど一度もない、そんな政治家に選挙になれば市民は一生懸命になって応援し、投票している。 笑ってしまう。

 自分など真面目に働いてきた議員は、自分の金のことよりも市民の収入を増やすように政治家は働くべきだろうと思うが、多くの不真面目な政治家たちは自分の収入を増やすためにだけ動いている。利権を絡めて。

 何が言いたいかというと、政治の主役は住民だ。市長や議員が主役ではない。

 その証拠に、すべて市民のお金である財政の予算からそれら政治家は給料をもらい報酬をもらっている。つまり、政治家たちは市民に対して偉そうに言っているが、市民が“雇用主”、つまり“社長”であり、政治家と市職員はその市民に雇われて仕事をしている“従業員”の立場。この程度のことを理解できない人間がこの日本全国の政治組織にはたくさんいます。読者の皆さんも全員そう思うでしょ。

 そして、この点が良く分かっておられませんが、県展の主役も出品者であって、無鑑査作家の人たちではない。「無鑑査」とは「もう審査という監査を受けない作品であり、作家である」との意味。だから、作品を展示するにしても、県展に展示する“メイン”作品からは少し離し、それも100号や120号の大作は出品せず、控え目に50号以下の作品を展示するようにして、出品者に対する考慮が必要ではないでしょうか。

 【主役】は、総理大臣ら国会議員でもない、知事でもないし県議でもない、市長でもないし議員でもない、市職員でもない。国の政治の場合は国民であり、高知県の政治では県民であり、室戸市の政治に関しては市民です。そう考えることができれば、高知県展の【主役】は、主催団体の役員や理事や参与や無鑑査作家の皆さんではなく、入選や入賞を願って出品を続けている出品者であることぐらい理解できるのではないか。

 政治に関する場合は、国民や県民、市町村民から給料や報酬をもらっている立場であり、室戸市の“社長”は市民である。県展に関する場合は、出品者から出品料をもらって開催出来ていることは間違いありません。と考えると、県展の“社長”は出品者かもしれませんね。

 企業経営であっても、商店経営であっても、政治組織であっても、組織運営の“主役”は誰なのかを、皆さんもよくお考えいただきたい。

 その根本理念が理解できるようになれば、商売も政治も公募展運営も健全化して正しくなり、うまくいくようになる。

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 来年4月には議員職を終え、5月からは少年時代からの夢だった画家として生きていくんですが、こんな厳しいことを書けば、県展の主催者の皆さんを怒らせてしまい、また来年の県展出品も落選かな?


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高知県展洋画部門の審査結果の「正誤」を視察

2018-10-11 | 私の絵画制作活動
 県展が開幕してすぐの7日(日)の午前中、高知県立美術館で開かれている「第72回高知県展」を見に行ってきました。

 「何のために・・」って? 

 「入選以上の作品であることは間違いない小生の作品が、なぜ落選したのか」、それを確かめるためです。

 すでに当電子情報誌で私の作品の「県展落選」はお伝えしましたが、「その審査が公正なものだったのか」、それとも「入選するに足らない作品が入選しているか」の、いわば県展洋画部門審査員である遠藤彰子氏の審査能力を審査するため、行ってきました。

 申しておきますが、私が審査結果を審査しても結果が変わるわけではありません。それでも、毎年入選している描写能力があるレベルに達した県展作家が出品した作品が落選した場合は、その審査員が公正・適性な審査を行ったのか、それとも何かの理由で描写能力が非常に低い作品を入選させ、レベルの高い描写能力を持った入選すべき作品が落選したのかを確認しなければなりません。

 丁度それは、室戸市議会において、執行部から提案されてくる事業案が適法な事業なのか、それとも地方自治法などの法令に違反している事業なのか、それを監視し正否を判断し結論を出している地方議員が行っているのと同じ行為で、この結論は審査員だけではなくて高知県展を運営している方々にも向けられます。

 落選作家のこのような行為や発言に対し、県展を運営しておられる無鑑査作家の先生方が腹を立てることは十分わかっていますが、私の作品よりも低レベルの作品が多数入選していた場合は「審査員の審査力の無さ」として公表すべきだと思っています。

 又は、無鑑査作家の先生方の中には高知市周辺で絵画教室を開いている方がおられ、その“教え子”が県展に出品していると聞きます。(先ごろ、高知新聞にもそういう例が記事になっていました)そういう場合、当然、無鑑査作家の先生は自分の“教え子”を入選させてあげたい。そこで、審査前や審査中に、審査員に“教え子”の作品を紹介することもあるのかもしれません。そうして、まだ入選するほどの描写力がない人の作品が入選する、という事例がないことは無いと思っています。

 さて、そういう複雑な気持ちを以って7日の日曜日、美術館へ県展を見に行きました。いわば、初めて落選した作家が「本当に自分の作品よりも上の作品ばかりが入選しているのか」、それとも「自分の作品よりも描写力も構図もレベルの低い、他の画家が審査員に来れば間違いなく落選している作品が入選しているのか」、それを“審査”に行ったということです。


 一階の洋画部門の展示室に入り、すぐに「これなら私の作品は落選するわけがなかった」と感じましたね。

 せっかく入選した方々なんだから名誉のためにそれぞれの作品を出品された方々のお名前は書きませんが、私の室戸岬の岩礁を描いた作品と比較すれば、間違いなく私が描いた作品よりはレベルが下の作品がたくさんありました。

 それは二階の展示室に上がっても同じで、入るなり、「こういう作品が入選して、なぜ私の入賞レベルの作品が落選するんだ」と思いながら、奥に向かって歩いていきました。

 失礼ながら、落選レベルの作品は「数点」ではなくて、20~30点はあり、「なんでこういう絵画の初歩的な描写をしてまとまりもない作品が入選して、落選とは言えない描写力を持った作品が落ちるんだ」と思いました。

 だから、描写レベルが高い作家が描いた作品が何点かは落選していて、その人たちは新聞発表を見て私と同じように驚き、疑問を感じて首を傾げ、そうなった原因や理由を知りたいと思っていることでしょうね。

 今回の洋画部門の審査結果はそれほど罪深い出来事なんですが、高知県展の無鑑査作家の先生方は、今回の遠藤氏が審査しての結果をどのようにお考えでしょうか。お聞かせ願いたいものです。


 県展洋画部門をすべて見てから、ある画家の先生にケイタイでお電話をかけた。

 「先生は今回の県展洋画部門を全てご覧になりましたか? 一つ、ご感想をお聞かせ願いたい。私は今見てきて、『こういうレベルの低い作品が入選して搬入の時に先生に見ていただいた私の作品がなぜ落ちたんだ』と思いましたが、先生は今回の遠藤彰子氏の審査結果をどのようにお考えになりますか?」と。

 某先生は、こうお答えになった。

 「遠藤氏は四年前の第68回の県展にも審査員で、私はその時も審査結果に首をかしげましたが、今回の結果はさらに悪く、落選するようなレベルの低い作品が何十点かありました。その一方、谷口さんの作品は搬入している時に見ましたが間違いなく入選レベルで、落ちたと聞き驚いています。だから、こういう結果を生む審査はあってはならないことです。・・・・」。

 このように、画家の先生から県展の審査実態をお聞きになっても、「今年の県展で落選した作品」というよりも、「今年の県展で落選させられた作品」は高知県民の皆さんにご覧いただくことはできません。ですが、今年の高知県展で入選しているレベルでは中間から少しは上の方に位置する作品で、他の著名な画家の先生が審査員だったら願っていた特選にはならなくても、その下の褒状には入っていた。私はそう思っています。

 だからこそ、入選どころか落選させられたことを、非常に悔しく思っています。

 読者の皆さんにはその作品を見ていただきたいんですが、再度、どこかの展覧会に出品しようと思っているんで、見せられません。あしからず。

 でも、それじゃ申し訳ないんで、先ごろに記事の中でご紹介した室戸岬の岩礁を描いた私の作品をご覧いただきましょうか。

 ●平成25年の第67回高知県展での入賞作品。

 運もあって智内先生に認められ、アクリルで描いた私の作品『岩、迫る』(P100号)は初入賞となる山脇賞を戴いたということです。

 智内先生は私の作品に対して次のように評価しています。
 「室戸の人が地元のジオパークを描いた。しかもこのタイトル。直球勝負だ。これだけ描き切るというのは、室戸の風土とか地球の生い立ちだとかへの畏敬の念が相当強いのではないか。ズバリはまった」。
  

 多分、この作品でも今年の洋画部門審査員の遠藤彰子先生がこの第67回高知県展の審査員だったら、「入賞」ではないただの入選か、もしかすると今年みたいに落とされていたかもしれません。「私はこんな線描の絵は好きじゃありません」って。

 ●平成26年の第68回県展の入選作品、「渦巻く岩場」。

 これもいい作品なんで入賞を期待していたんですが、入賞成らず。因みに、この時の審査員が遠藤彰子氏。今思うと、「よくこの時に落とされなかったもんだ」と身震いしています。
  

 ●平成28年の第70回県展の入選作品、「「海の声が聞こえる」。 
  

 室戸岬のビシャゴ岩の横の岩と波を描きました。これが入賞できなかったことも残念でした。ま、入選しただけありがたいですが。
   

 で、今回は、上の作品以上の出来栄えの作品ですので、高知県展初の特選入賞を期待していたんですが、まさかの「初の県展落選」。これには参っています。

 高知県の人口減少に伴い、高知県展出品数も減少の一途をたどっていて、県展衰退も顕著です。そのためにも、これからの県展洋画部門の審査員には、描写力が高い作品は間違いなく入選させる、審査能力の高い画家をお呼びすることが求められますし、それを推進することこそが健全な組織運営の手腕というものです。

 県内の美術に関心が深い県民の方々は、是非とも今回の高知県展洋画部門に入選した作品を見に行っていただきたい。

 そして、作品の出来が非常に秀でているか、それとも「これが入選作品と言えるだろうか」と思うか、ご自身で審査してみていただきたい。

 そうして洋画部門の作品をすべて見た後、「全体的に入選作品のレベルが低い」とお考えになった場合は、それは審査員の審査力が低いんだし、「全体的に作品のレベルが高い」とお考えになった場合は審査員の審査能力が高いんだと思えばいいでしょう。


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あれは室戸市の「地質観光」を提唱した画家の個展だった

2018-07-23 | 私の絵画制作活動
 平成28年1月に行った個展が懐かしい。

 以下は、その時の記事です。

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 9日(土)に開幕した私の文化活動である個展も今日を入れて、残すはあと五日間となりました。

 結構、たくさんの方々が会場の「室戸世界ジオパークセンター」においで下さり、数えるとこれまでの7日間ですでに197名の方々がご来場下さっています。



 市職員の皆さんも土曜日や日曜日を利用して「谷口議員は落選しての四年間にどんな絵を描いていたんだろう」と来ていただき、私はそのたびに「今も議員退職後に制作活動を行うことを夢見ています」とお話ししています。(笑)

 個展開催前には私の個展開催を妨害してやろうと、個展の看板を国道ぶちに掲示したことを指し「看板の設置はあいつの売名行為だ」という議員もいましたが、笑って一蹴。その声を受けて看板を室戸市のど真ん中の室戸小学校そばの国道交差点へ移したことが功を奏し、その効果もあって、会場にはたくさんの方がおいで下さっています。

 うちの奥さんは「その議員に『どうもありがとう』って言うちょいたらえいわ」と喜んでいます。

 会場に来られた方々に人気の絵はもちろん、次のような室戸岬海岸の見どころと言ってもいい巨岩の作品です。
 
 
 
   (平成25年の高知県展・山脇賞受賞作品「岩、迫る」P100号)   


 その次が4点の七福神の絵馬。
  

 これも人気で、私がおすすめするのは初春を寿ぎ、その絵馬の前で柏ポンポンと手を打って「今年一年良い年でありますように」とお願いをすること。わたしがそう勧めると皆さん、笑いながらそうやってこうべを垂れ、祈願してくださいます。中には、「この絵の前に賽銭箱を置いてはどうですか」と教えてくださるお母さん方もいまして、しばし大笑いして賑わいます。

 ある日には高知県警の警部が会場に見に来ました。最初はそんなことわかりませんでしたが、作品をあらかた見た後、私に名刺を渡し、話しかけてこられた。そのN警部は「室戸市政と議会で何かあったら言ってきてください」とのこと。たぶん、私のブログの愛読者で、私の日頃の議員活動に賛同しておいでくださった方だったのでしょう。

 さあ、今日と明日は皆さんの仕事もお休みです。たくさんの方が見においで下さることを期待しています。どうぞよろしくお願いします。

 丁度三十年前になる昭和61年3月に「文化果つる町室戸」と記者氏に軽くあしらわれた室戸市の文化程度で現在もなお低い文化水準ですが、どこかのお方が室戸市の予算を1千数百万円と使って行う文化財展と違い、一市民であり一議員である私が自分のお金で会場を借り、自分で作品を運び開催した、一つの芸術文化活動です。

 文化がなおざりにされている室戸市において、自分の個展を開くなんて出来事は皆無と言ってもよい環境にあり、それだけを考えても一見の価値はあります。

 
 「自分はこの町のために何ができるか」。

 困難なことも多々あるが、自問自答し、その困難を乗り越え挑戦することに意義があるものです。

 人はとかく、すぐに他人に助けてもらおうとします。何かあったらすぐに役所に駆け込み「金をくれ」という例が多い。ですが、それではあまりにも幼稚だ。そんなことを30歳代、40歳代、50歳代としてきたから、60歳を超え、70歳になっても80歳になっても自分でできることをすぐに人に頼ろうとするのでしょう。

 何事も苦しみながら自分一人でやってこそ、価値があるもの。そうあってこそ、自力がつく。

 他人に助けてもらうこともあってもよいが、それは自分でやってやってして、どうしても助けがいる。そんな時にだけ、助けを求めるもの。

 「何事も、自分のことは自分がする」。これは人生を生きてゆく上において、たいへん重要な要素です。

 私はこれまでそう歩んできたし、今もこれからもそう歩んで行くことに決めています。


 「地域づくりとはこうやってするもんだ」、「文化活動とはこういうようにやるもんだ」ということもこの機会に学んでほしい。

 この機会に「地域づくりというものは自分のお金を使って行ってこそ、価値がある」と知るためにも、個展会場にお越しいただきたい。
  
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 平成15年からこれまで長く発行してきた議会新聞『青空新聞』の配布は、ある出来事からやる気と情熱を無くし、今年の9月、12月、来年3月の三回の発行を取りやめ、この7月末を持ってやめることにしました。

 理由は、真面目に努力しても室戸市において、公正・公平・適性で道徳心にとんだ政治は行われないと結論付けたからです。


 今は、妻が楽しく将来一人暮らしができるようにするために移住すること。そして、その計画が実ったら、それ以後は高校を卒業する時からの夢だった画家として暮らすこと。

 やるだけのことは本当に、やってきました。欲深いことや悪いことは一つもやっていません。自分の身を捨て、家族の身を犠牲にし乍ら本当によくやってきたと心底思っています。


 さて、今日23日(月)は高知大学医学部附属病院の呼吸器内科に、肺ガン治療で退院して一か月半後の検診に行ってきます。現在も抗ガン剤を毎日飲んでいますので「完治した」なんて思ったこともありませんが、来年以降の夫婦生活のために夢を膨らませています。


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社長!、故郷の神社に七福神の絵馬を贈り貢献しませんか?

2018-03-02 | 私の絵画制作活動
 今日は私のもう一つの顔、「絵描き」の仕事の話です。 

 いま「ふるさと納税」が流行っています。

 その「ふるさと納税」ですが、都会にいて長年会社に務め人生を切り開いてこられた方々の中には、この事業の基本的な趣旨である“自分が生まれ育った田舎の町や村に貢献したい”という思いや意思をお持ちの方は少なくないと思います。

 「何かの形で貢献できないものか」。

 お盆の時期や5月のゴールデンウイークの時期、そしてお正月の時期に家族を連れて故郷に戻ったときなどには特に、そういう思いも沸いてくるのではないでしょうか。

 そういう時、あなたが生まれたその町や村にも神社があろうと思います。いわゆる、懐かしい「村の鎮守の神様」です。一年に一回はその神社では祭りが行われ、あなたも小学生や中学生の頃に参加して楽しかった思い出もあるでしょう。

 でも、社会に出て都会で働きだし、やがて家族を持ってみんなで帰省するたびにあなたは、自分が生まれ育ったその町や村の人口は徐々に減少し寂れているのをひしひしと感じています。「このまちも帰ってくるたびに人が少なくなり、寂しくなったなあ。オレが会社を退職してもこの町に戻ってくることはないだろうが、自分が生まれ育ったこのまちに何か一つでも貢献できることはないだろうか」。

 そうお考えになる方もおられるのではないでしょうか。

 そこで、会社を経営しておられる社長さんにご提案があります。

 都会でご活躍されている方々の中で、自分の故郷の町や村にある神社に絵馬を奉納する思いをお持ちの方はおられませんでしょうか?

 私は今の議員職とは別に、平成23年4月の市議選落選時から27年4月の市議選で再選されるまでの四年間、夢であった画家として再出発し、毎日精を出し絵をかいてきました。その四年間に描いた作品数は約30点ほどあります。その中に、神社に奉献することを目的に描いた七福神の絵馬の大作も、4点あります。

 以下、その4点の作品を一挙に掲載させていただきますので、田舎に帰省中の会社社長、ご重役、バリバリと仕事に精を出し活躍されておられる社員の皆さん、自営業をされておられる方の他、ご自分の名を自分の故郷に残しておきたいとお考えの皆さんは、ぜひとも購入をご検討いただきたいと思います。

 
 私が描いた七福神の絵馬4点を販売します。 

 1、「七福神乗合宝船」 (大きさ:162×122㎝) 

  

 2、「七福神富士旭光宝船」 (180×100) 

  

 3、「七福神頼光伝説大騒動」 (180×100) 

  

 4、「歌舞伎七福神宝の酒盛り」 (180×100) 

  


 故郷への思いが深いあなたが、もしこれらの絵馬をふるさとの神社に奉献したいとお考えになられましたら、是非、ご一報ください。価格等は相談の上、ご希望に沿えるよう検討させていただきます。

 又、皆さんの会社には取引のある会社などからたくさんの関係者がおいでになられると思いますので、会社の社長室や広いロビーの壁にこの七福神の絵馬を展示してはいかがでしょうか? 会社の社運がアップすること、疑いなし! 宝くじを買うよりもずっと効果的です!
 

 
 (連絡先)住所:高知県室戸市室戸岬町2845-2  
      電話:0887-23-1214  携帯:090-4506-6343
      
      谷口絵馬修復工房  絵馬師 谷口總一郎

 お電話、お待ちしています。
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高知県展を見に行ってきましたが、二段掛けにはガッカリ

2017-10-09 | 私の絵画制作活動
  

 出品前に撮影した今年の県展入選作「驚愕の大地」100号です。入賞を目指していましたが、残念ながらこのような地味な作風は審査員のお目に叶わなかったようで。

 でも、地道にコツコツと描き込んだ、大変いい作品なんですよ。(自画自賛)


 昨日の日曜日、今年の県展を妻と一緒に見に行ってきました。

 洋画部門に今年も入選はしましたが、二階の会場に入り自分の絵を探すと、右側の二段掛けに作品を展示した壁面の、上の方に掛けてありました。

 自分の作品だからどんな絵を出したかはわかっていますが、自分の作品の下に立って見上げると、その距離およそ3~4m。この高さではこの絵をどう描いたかなど、見る人に分かるわけはありません。作家としては、どの作家も「私の作品を近くで見てほしい」と思っているから、残念の一語に尽きます。

 だから、昨日もしばらくその二段掛けになった壁面の傍で見て観察をしてみましたが、展覧会を見に来られた方々は私の作品だけでなく、二段掛けした上の作品にはほとんどすべて目もくれず、下に展示してある作品ばかり見ながら先へ進んでいました。

 「かわいそうに」。

 思うに、作品を鑑賞する人には二通りあって、ある人は絵を描いたことはないが興味があって見に来られた人。もう一つは、県展に作品を出して入選した人と落選した人。両者とも芸術や文化に関心が深いから、高知市から遠く離れた室戸や東洋町、土佐清水や宿毛市からでも高知市の県立美術館にやってきています。

 作品を県展に出品した人たちは芸術に関心があるとかないとかではなく、芸術に心血を注いでいる本人さん。

 絵を描いている人も絵は描いてないが芸術に関心が深い人も、その作品がどうやって下描きをし、上にどのように描き進めたかも見たくて、そしてそれを知りたくて会場にやってきたことは間違いないでしょう。

 それが、二段掛けにしてある上の方の作品を見ても、何を描いてあるのかぐらいは解るが、作品の詳細は全く解らない。だから、みんな上の方に掛けられた作品に興味を示さず、二段掛けの下の作品ばかり見ながら先に進んでいるというわけだ。

 毎年県展に出品し入選させていただいてはいますが、今年初めて二段掛けした壁面の上の方に展示され、今までそうされたことがなかったので、そうされた作家の皆さんの心情が今回、初めて手に取るように理解できました。

 私は30歳から38歳までも高知県展に出品し入選してきましたが、当時、ある中央の公募展にも出品して入選し東京都美術館に展示されました。その展覧会には一人で見に行きましたが、私の作品は二段掛けになってはいませんでした。でも、一部の作品は二段掛けに展示されていた。だから、当時から展覧会で一部の作品は二段掛けされることは知っていましたが、初めてそういう立場になって、思いました。

 「絵画鑑賞というものは、“その作品をどのように描き込んでいるか”、“下描きはどのように描いて、その上からどう描き進めているのか”などを細部まで観察するものと思っており、これじゃ会場に来られた方々は作品の傍によって見ることができない。だから、会場に来られた人たちは上に展示されている作品にはみんな関心を示さず、先に進んでいる。私は私の作品もじっくりと見てほしいが、下から3~4mも離れたら真面に作品が見えないから興味が沸くわけはなく、見ない」。

 その作品を描いた私でさえ、室戸岬の海岸風景を描いた自分の作品に興味が沸かなかったほどです。たぶん、読者が今年の県展に見に行き私の作品を見てくださっても多分、その作品に興味は沸かないでしょう。

 実に残念でした。

 「落選するよりは、ましやけんどなあ」。

 このように二段掛けに作品を展示する原因は、間違いなく県立美術館全体の展示室が狭いから。だから、一つの会場で作品展示が収まり切れないから、作品全体を県立美術館と高知市文化プラザの二つの会場に分離して展示し、開催しています。又、そのことはある一面として、主催者側が高知市の公共施設である高知市文化プラザの利活用頻度を高めることに協力し、敢えて分離している面もあります。

 但し、分離開催はそれなりにリスクを負い、県展に関する「一体感の無さ」や「盛り上がりに欠ける」点がこういう開催方式にしてからずっと指摘され続けています。全員とは言いませんが、文化プラザに見に行った人は美術館の方にはいかないし、美術館に見に行った人たちは文化プラザの方には見に行かない。

 こういう現象がずっと続いていますし、このことは主催者側もよく理解しながら県展を開催しています。


 話を戻すが、作品を高い上の方に展示されていた私は首うなだれ乍ら、県展洋画部門の会場を見て回りました。

 詳しくは書きませんが、ある特選作品には「えっ、これが」と思いました。ある褒状の作品にも「えっ」と思った。

 「単なる入選」作品の中には「これは特選だろう」という作品も数多くあったが、「審査員が違えば見る目も変わる」と解し、「世の中こんなもんだ」と自分の心に“落とし前”を付けた。

 やっぱり絵画の審査は、日本国内におられる有名画家の先生に審査をお願いしたいものです。ならば、落選しても特選になっても自分の心の中で納得できるし、解消されます。

 
 それと、洋画部門の作品が年々減少しているのを見て、地方議員の目で以って「高知県の人口減少がこういう県民の芸術活動の面にも影響しているんだな」と思ったものです。

 私が市議選で落選運動に遭い落ちてから四年間描いてきましたが、その時からの県展洋画部門への出品数です。

 第65回県展(平成23年)・・・471点(記念展のため多い)
 第66回県展(平成24年)・・・451点
 第67回県展(平成25年)・・・451点
 第68回県展(平成26年)・・・412点
 第69回県展(平成27年)・・・405点
 第70回県展(平成28年)・・・437点(記念展のため多い)
 第71回県展(平成29年)・・・364点

 洋画部門への出品点数だけですが、見ての通り、65回展と比べるとわずか六年間で107点も作品数が減少しています。

 五年後の76回展には「出品点数300点」、十年後の第81回県展には「出品点数250点」も考えられます。・・・・・

 「衰退する高知県展」、それが私には手に取るようにわかります。

 県展開催のことよりも、県展を主宰する高知新聞企業さんが県民にもっと県展に関心を持ってもらう苦心と、高知県がもっと県民の芸術活動を支援し、絵画教室を県内各地で開催したりする苦心が必要になろうと考えました。

 さあ、来年はどうしようかな。市議選出馬前の27年1月に描いた公表していない作品を来年の県展の間際に手直しし、出品する予定。今度は二段掛けされないほど素晴らしい作品に仕上げ、特選を目指しましょうか。(笑うところですよ)

 しかし、今年の県展の二段掛けには参りました。あれじゃ、私が細部まで描き込んだ作品の良さなど鑑賞に来た方々に分かるわけがない。

 ご参考までに、昨年の県展入選作品をご覧いただきましょう。

  
(100号の作品「海の声が聞こえる」。室戸岬のビシャゴ岩の横の岩と波を描きました)

 尚、高知県展はこの6日に開幕して22日まで行われています。

 読者の皆さんも高知県立美術館まで足をお運び頂き、私の作品をご覧いただきたい。


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今年も高知県展に出品

2017-09-30 | 私の絵画制作活動
 突然の衆院選で日本国中が大騒ぎしていますが、今日はもっと高尚な私の芸術活動についてのご報告です。

 議会新聞の配布は、いつもなら9月議会後に配布していますが、今号に限り8月末に版下原稿が仕上がり9月初めに配布を終えました。そして、9月議会はそれほどの大きな問題も無く25日に閉会。翌日から今年の高知県展に出品する作品の手直しをしてきた。

 私は自分の主義として“二兎を追うもの一兎も得ず”といつも考えていて、小池百合子氏のように「まず知事になっておいて、それを踏み台にして新党を立ち上げ、自分が総理大臣になろう」なんて希望ではなく、野望を持つことなど一切ありません。

 もっと地道に人生を歩むのが、主義。

 ダメなときや失敗する時は数知れませんが、「自分が就いた職務を全うすべく、懸命にそれに打ちこむ」。そう決めている。

 そうでないと、他人からとやかく言われるのは目に見えています。自治体の首長になったばかりなのに、はや国政の長になろうとしている小池知事がいい例です。

 私は23年4月の市議選において、市長支持者のグループが選挙運動期間中に行った「あいつは市長の違法や不正を議会で批判するから、投票するな」と呼びかける落選運動によって落選したことは何度も記事にしたから皆さんご存知でしょう。

 それから後、私は冷や飯を食いながら、十代の頃からの夢であった画家の真似事をして四年間を過ごしましたが、私の議会での弁舌ぶりを見て怖さを知っているだけに恐れているのか、その犯行グループの人たちは私と出会うと下を向いてそそくさと逃げています。

 又、市長は市長で、四年後の27年4月の市議選で返り咲いた私に議会で不正や不適正を追及されると市長は答えに窮し、先の「室戸市まちづくり条例案」が提案されたときには、一般質問で私にその未完成な点を数々突かれると、あろうことか反論し、やがて意味不明な言葉を羅列させながら錯乱状態に陥りました。

 犯行グループと一緒になって落選させた私が議会に帰ってきたから怖いんでしょうが、だったら適正に市政運営をすればいいの誰に操られているのか知らないが、健全に出来ないでいます。

 ・・ということで、落選した四年間は「もうこんな薄汚い政治とは縁を切る」と考え、「人生の最後は夢であった画家になって終らせよう」と、四年間で大作ばかり二十数点をものにした。七福神の絵馬が4点と、室戸岬の海岸を描いた地質の絵が20点以上。「妻と娘と孫娘に残すものと言えばこれしかない」という考えもあって。

 そうして市議選で落選した23年秋の県展から26年秋の県展まで出品し、平成25年秋の県展では初入賞、「山脇賞」を受賞した。

 審査員は智内兄助先生で、私の線描を高く評価してくださったものです。
  
   (山脇賞をいただいた作品、「岩、迫る」。100号の作品です)

 翌年には「高知県オールドパワー文化展」に出品し、特選をいただいた。
  
   「福来たりなば春遠からじ」(100号)  

 それが、27年4月の市議選が近づいた26年末ごろから地元の長老などから「出てほしい。今度は当選できるように応援するから」と声があり、沈思黙考。出馬は告示に近い3月初めに決めた。これで四度目の選挙となり、全て妻と二人だけで活動も運動も行い他の誰もつれない選挙だったが、何とか中間あたりでで当選。当選後、他の議員から「いつものように奥さんと二人だけの選挙やに、偉かったな」とお褒めをいただいた。

 そして27年5月から市議も三期目となったが、先ほども申しあげたとおり私は日頃から“二兎を追うもの一兎も得ず”と考えていますので、その時点で筆をおいた。

 但し、県展に出品する作品は山とあり、これまでの間に個展も行いましたが県展出品用として意図して四年間の分の4点は公表しておらず、その中から27年秋、28年秋と県展に出品し、入賞はなりませんでしたが何とか六年連続で入選させてもらいました。

 そこで今年の出品作品ですが、落選期間中で市議選出馬前年の平成26年末に仕上げてあった100号の作品(アクリル)を、7月と8月の議員活動の合間に少し加筆、手直しをし、明日の10月1日の日曜日に出品する。後に来年出品の分が1点残るが、それをまた県展出品の前に手直しして出品の予定。

 そうして毎年のように妻と二人で県立美術館に行き、出品後は、これは妻の提案で27年秋の県展出品の時からですが、潮江天満宮に入賞祈願を行っています。明日もそうする予定。「特選になりますように」とネ。

 いわゆる、“困った時の神頼み”さ。(笑)
 
 
 作品名は、「驚愕の大地」。私が平成3年から「室戸岬の地質を観光事業に活かせ」と訴え続けてきた室戸ジオパーク事業の提唱者ですから、この作品も室戸岬突端のダイナミックな岩場を描きました。

 作品の写真を載せたいんですが、出品規定に「写真がブログ等に公表されたものは出品できない」という規定が新たに出来ましたので、また少ししてから見ていただこうと思っています。

 又、読者の皆さんもご多忙でしょうが、もし作品が入選や入賞した時には高知県立美術館まで足をお運びになり、ご覧いただけたらうれしく思います。

 尚、県展会場の県立美術館に行くのは、予定として、8日(日)の午前10時過ぎからの約2時間ほど妻と二人で鑑賞に行き、搬出を兼ねて閉会日の午後2時過ぎから閉館までいます。もし、「特選」にでもなれば、表彰式の日にもう一回、美術館に行きます。「・・・になれば」ですが。(笑)

 最後に、当電子情報誌には毎日たくさんの方々がご訪問下さり、感謝しています。今後ともごひいき下さいますよう、お願いいたします。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、9月30日(土)Gooブログランキング(2770286ブログ)中、3155位でした 
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