青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

公正さを欠いて虚偽発言を続ける責任感が全く無い組織トップは、どこにでもいるようだ

2018-05-21 | トップのあり方
 アメリカンフットボールの日本大と関西学院大の定期戦において、ボールを持っていない関学の選手に対し日大の選手が後ろから強硬タックルをするという悪質な反則行為で関学大の選手を負傷させた問題についてのニュースが今、どこのテレビでもやっています。

 しかし、その行動を選手に命じた日本大アメリカンフットボール部の内田正人監督という男は、あの試合中の“暴力事件”から相当の日数が経つが、一向に表に現れないし、謝らないし、「あの“暴力事件”は私は指示していない」なんて言っている。

 日頃は選手たちに偉そうな口を叩いているようだが、余程の小心者であろう。

 「違法や不正やルール違反のことでも平気で計画を立て、部下に命ずる」、

 「それは自分が他人から高く評価されることを目論んでいるため」、

 「そうして部下には不正や違法なことを命じておいて、その部下の行動が世間から批判されだすと、自分はそれに関して無責任で逃げ続け、逃げられなくなるとウソを言って更に逃げようとする」、

 「言っていることがウソと分かり世間から自分が批判され出したら、“表”には出なくなる」


 ・・・という不正極まりない性質をしている組織トップである。

 暴力団の男が相手を射殺した場合、それを行った男は実行犯だが、指示した組長は更に悪い主犯。アメフで「相手チームの選手を怪我させて来い」と言われて実行した日大の選手は実行犯だが、それを指示した監督とコーチは主犯。こういうことは当たり前の話で、組長や監督・コーチは相手を殺した組員や怪我させた選手よりも更に悪人であるのは間違いない。
  
 で、この事件に関する報道を聞いていて、私は「室戸市の小松幹侍市長の態度と全く一緒の人間だな」と思いました。

 小松市長が平成20年8月に計画し11月末に完成させた「室戸岬高速バスターミナル」は疑いなく地方自治法第244条「公の施設」に違反していたため、私はその後も21年、22年と六議会に亘り「あの施設建設は地方自治法に違反しているので、こういう風に事業改正をすべきと、改正する方法まで市議会で教えて指摘し批判した。しかし、市長は「あの施設は適正であるので、このまま管理運営を続けてまいります」と虚偽の答弁をして逃げ続けました。

 そのすぐ後の市議選では市長を支持する10名足らずの人間が「市長の言法を批判する谷口に投票するな」と市内全域に広報し、私は落選して収入が無くなり四年間、食うに困って生活をしてきました。正しい主張をして議員活動をしてきた人間が組織から排除され、悪質な政治運営をしてきた人間が長く職務を続ける。悪人らに言われて投票しなかった市民も知識がなさすぎたが、その四年間、私がいなかったので悪事は更に進み、市民は更に被害を受け続けました。

 だから、室戸岬港の県有地に建設されている「室戸岬高速バスターミナル」は今現在も地方自治法に違反したままになっています。

 (※参考:「室戸市の地方自治法違反を考える」(2014年2月27日)の記事をご覧ください)

 小松室戸市長は地方自治法を知っていながら無視をし、補助金と貸付金を合わせて1444万円を支援した高知県市町村振興課も地方自治法第244条を知っていて無視したものですが、「公共性と公益性を持たない公共施設の建設は違法」という【国の定義】が高知県内では通用しないといってもよい。

 唯一点、新聞社が日大アメフの選手たちに取材すると、「僕らは本当のことを分かっているので、監督やコーチが『攻撃せよなんて指示していません』なんて説明には納得できない。選手の多くは『指示があった』と怒っている」と不満の声が上がっているそうで、それは当然の事だと思ったが、一方、平成20年9月議会に室戸市長が事業化したこの施設建設計画が提案された時には違法な事業なのに市職員は誰も何も言えず、議員の大半も「違法である」と解っておりながら賛成して事業化させてしまっています。

 組織のトップが不正な指示をして大きなニュースになる場合は、やがて日大フットボール部の内田監督は辞任するか日大が解任させるかせざるを得なくなると思うが、同じ組織のトップが行った不正なことでも、人口1万2千人のトップである小松室戸市長が不正と知りながら計画を進め事業を実施した人間であっても新聞やテレビは取材もしないから、私が伝える以外、ニュースにもならなかった。

 全ての組織トップとは決して言わないが、内田監督や小松市長のように「公正さを欠いて自分の罪を認めず虚偽発言を続ける責任感が全く無い組織トップは、どこにでもいる」と言えるのではないか。

 でも、組織のトップにいても、悪い人間はどこにもいるものですね。日大と関学との試合では被害者は相手チーム。建設業者に頼まれて、室戸市の財政で以って違法な施設や市民が反対する施設を建設していることについては、被害者は室戸市民。

 こういうことが「公正」ではないことを知らない組織のトップとは、大バカ者であることは間違いありません。

 (追加記事)

 で、書いた記事公開前の19日(土)に巨人―広島戦を見ていたら、午後4時前、「内田監督が辞任表明」と報道された。悪事を働いた組織のトップは自ら職を辞するべきだが、内田監督は記者らに厳しく追及されることから逃げ、「記者会見をせずに辞任」だから、性格は極悪な男であることは間違いない。

 いわば、こういう男は「卑怯者」だ。

 では、室戸市の小松市長はこれまでどうだったか。

 不正な事業等々を計画し進めてきたことに対し、その度に素直に謝罪したか。

 平成20年9月議会では「地方自治法違反」で公共施設を建設した。平成22年11月の市長選では「国保料は値上げしませんん」と市民に公約しておりながら、その3カ月後の議会で国保料値上げ案を提出して値上げした。平成19年11月からは、本来は本議会で行うべき議案審議を議会開会の半月前に議長に頼み議員総会を開かせ「議案の事前審議」を行わせたため、私一人が「不正だ」と批判し追及し続け、平成27年6月議会において七年九か月ぶりにやっとやめさせることができた。

 今の室戸市議会では、ブログと議会報で以って悪質な室戸市政と市長の不正を広く市民に伝え続けているのは私だけ。

 市長が不正な行動を始めたのは、本議会においての事業案審議で議員から厳しく追及されることから逃げるため、議員総会において議員の厳しい質疑を終わらせておこうとし、私が「そういう不正なことは止めるべきです」と止めたのに、不正な市長行為を止められない悪意に賛同する歴代の議長と共に「議案の事前審議」を行い続けた平成19年11月27日(火)から。

 そういう不正行為を始めたのは、一人の議員による圧力に負けて深い関係を持ちある建設業者と組んだ、市長に就任して一年後のその平成19年の秋から。

 であるが、市民に批判され追及され逃げ場がなくなって日大フットボール部の内田監督のように「小松市長が辞職」などという話は、一度も出てこない。

 悪事を行った組織のトップでも全国の人たちに知られるとこの内田監督のように「辞任」せざるを得なくなるが、1万2千人の小さな町の組織のトップである市長なら「辞職」しなくても市民は批判しないようである。

 私が平成19年11月から「小松市長が不正なことを繰り返している」と情報発信し続けても市民の皆さんはその市長を批判し引きずり降ろさない。それは一体、なぜなのか。市長にしたって市会議員にしたって「法令順守」がその政治職務の基本で、「それが出来なきゃ、その政治職にいるべきではない」と市民の皆さんも解っているだろうに。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さあ、明日22日からはまた高知大学医学部附属病院に入院しますが、6月15日の議会開会までには退院してくる予定で、それからはまた悪質な室戸市政が行われた場合は全国の地方政治に関心がある方々にお伝えします。

 ま、ご心配なさらなくても、正義の味方である私はまだ死にゃしませんよ。(笑)

 私が室戸市議会にいて室戸市政と市議会で行われている問題事を広く情報発信をしなきゃ誰も解らないし、地方政治の勉強にもならないんだから。


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引退する市長は実績を自ら評価し議員もそれを褒め称えた

2018-03-13 | トップのあり方
 昨日の小松市長による市長選出馬断念の答弁と、それを問うた議員の質問には笑ってしまいました。

 議会の任期最長の林竹松議員は「市長、次期市長選に出馬されるのでしょうか?」と質問すると、小松市長はご自身が過去11年間行ってきた行政運営を「たくさんの功績を挙げた」と自らを高く評価し、「市長選出馬」について質問した議員も市長答弁を受けての再質問で「ご苦労さんでした。素晴らしい功績を挙げました」などと褒め称えた。

 議場におられた皆さんはそのやりとりを静かに聞いていましたが、たぶん、執行部の各課長と議員諸氏も内心、首を傾げて笑っていた人は多かったのではないか。

 小松市長が行ってきた市政11年間はそれほど自らが高く評価すべき実績ばかりだったでしょうか? 私は小松市長が良いことをしたとしても、自ら功績と評価した行政運営は首長であれば褒める程のことではなく、それは至極当たり前の行いであると考えています。

 それよりも、これまで行ってきた多くの不正や不公正や公約違反、不道徳な行政運営に関しては全く評価に値せず、この点こそ大いに批判され追及されるべきこと。そして又、それは自らが反省すべき点だと理解している。

 例え、自治体の首長が100のうち、80の当たり前に正しい仕事をしたとしても、20の不正や不公正や公約違反や無駄な公共工事事業を行った場合、その首長は利権で動く不正な人だと烙印を押されます。首長になろうとする人はそのことを良く理解していないといけない。「100のうち、2つや3つは違法や不正があってもいいだろう」という理屈は通らない。それにより、犯罪者として市民に攻撃される立場になりうる。

 中谷元室戸市長の事件のように、3期12年市長をしてきても、わずか1つの不正で県警に逮捕されることはよくある話。ましてや、12年間に市政においての不正・不適正が5つも10もあるとすれば、何かのきっかけで中谷元市長のごとくなることもあり得る。

 そうそう、12日の一般質問の日の傍聴席には12月議会に室戸市議会の監視に来ておられた県警の刑事もおられたが、このお二人のやりとりをどのような思いで聞かれたのでしょうか。

 議会の状況を県警の刑事が監視に来るというのはあまりない話で、余程、室戸市政において目に余る悪政が行われていることが知れ渡っているからこそだと私は理解していますし、私が報道しているこの電子情報誌『青空エクスプレス』もそれに一役買っていると思っています。

 平成28年1月に私が室戸ジオパークセンターで個展を開いた時に県警のN警部が会場に来られ、「室戸市政や議会で何かあったら連絡ください」と名刺を渡されたことなどを考えると、明らかに、高知県警が今の小松市長と議員と建設業者の関係などを長く調査しているのは疑いないとみている。

 議場において、この任期で引退する市長と議員の二人のやり取りを温かい気持ちで聞いた方はそれほど多くはなかったでしょう。お二方がこの11年間、どのようなご関係だったのかは明確には解りませんが、私だけではなく議場にいた他の方々も他の市職員にしても市民にしてもお二人の親しい関係は知っています。

 これからまだ八か月間の市長任期があり、その間の行いによれば警察沙汰になることも大いにあり得ますので、引退される市長にしても議員にしても最後まで、公正な政治、そして公正な議会態度でおられるようご指摘致します。


 最後に、最悪の首長とはどのような人物なのかについて、書きとどめておきたい。

 首長として中長期的に最悪なのは、自治体経営者として無能なため地域と住民の暮らしを劣化・衰退に追い込むような「人災」の首長であり、まさに悲惨である。そういう首長ほど、自分が「人災」であることに気付かない。この場合は、地域は悲劇を見ることになる。

 危機を回避し、克服すべき立場にある首長が自ら危機を招き進展させるのであれば、当然それは「失政」なのであるが、公共事業など開発がらみの危機は意外と危機とは考えられにくい。

 最も望ましいのは、首長こそが地域の危機の第一察知者となることです。そのためには、首長は、常に地域づくりや地域の経営について確固たる理念を持ち、個別に発生しつつある出来事の意味や波及効果について創造できる力を持っていなければなりません。目先の実利に目がくらんで、地域経営の理念を放棄してしまい、地域にとって危機の発生と進展に鈍感であるなら、そんな首長は実は「人災」だといえよう。

 こんな点を考えると、何かにつけて開発志向(公共事業)の強い、「この施設を作ればこんな効果がありますよ」と開発のメリットを声高に強調する首長は要注意だといえる。地域の衰退してゆく将来と住民の暮らしのためと考えればこそ、どのような観点から開発を進めるかについての「哲学」、あるいは「思想」が必要であり、それにかける非知性的な首長は問題である。首長自身がつくり出している危機に気付かず、その意味では無邪気な、しかも力強く「開発」を押し進める首長が発揮する「リーダーシップ」は、無責任で投機的な、つまり“後は野となれ山となれ”式の、猪突猛進であるといわざるを得ない。

 従い、そこには各種の利権が発生し、時に人々が目の色を変えて争うような開発事業(公共事業)について首長がどのような態度を取るかということは、地域にとって極めて強い影響を与えるといえる。

 そうして、無知な首長の下、住民は被害を受け続けるのである。


 室戸市民は室戸市政についてや室戸市議会について、室戸市長についてと室戸市議会議員について、深くよく考えなければなりません。

 政治とはいかにあるべきか、と。


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「小松室戸市長、立候補断念」の情報あり

2018-03-10 | トップのあり方
 昨日の議会開会前の、議員控室での話です。

 何人もの議員が口々に「先日、小松市長は後援会を開き、集まった支持者を前にして、11月の市長選には出馬しないことを表明した」との話で持ちっきりでした。

 どうやら私が先に記事に書いたように、小松市長が市内を回っていたのは支持を訴えていたのではなく、“瀬踏み”だったようです。

 依って、この「市長出馬断念」の話は、12日(月)の一般質問で議員が出馬について問うた時、正式に表明する運びとなりそうです。

 一方、元県議の植田壮一郎氏は今日の10日(土)に立候補を表明した。

 これによって、11月に行われる室戸市長選に出馬するのは、萩野氏、澤山氏、植田氏の3氏と、もしかすると小松市長の代役として現職の市職員が急遽、退職して立候補する予定。

 整理しますと・・・、

 ●元市職員の萩野氏は、まだ政治家を経験していない候補。

 ●植田氏は、平成23年4月の県議選で落選して八年目を迎えた、政治家を長く経験してきた候補。

 ●澤山氏も、室戸市議から東洋町長選に出馬し2期目の選挙で落選した、この方も政治家を長く経験してきた候補。

 ●現職の市職員がこの3月末で退職して小松市長をうまく使ってきた有力者と建設業者が支援するそうですが、市役所においても非常に評判の悪い職員だから、まず当選はしません。なぜ退職して市長選に出て落選した後、来年4月の市議選に出るのか、首をかしげています。今の市職員にいる時の月給が35万円以上ある一方、議員報酬はそれより12万から13万円低くい月24万円しかないことを考えると、60歳の退職まで現職にいるほうが高収入。どう考えても市長選に落選して議員になる気持ちが理解できません。

 それと、植田氏と澤山氏の人物像は室戸市民なら皆さんよくご存じのことで、新しい市長に迎えたい人かそうでないかはすぐに判断されるでしょう。

 でも、萩野氏は元市職員だから、大半の市民はどのような人物かを知りません。しかし、私は小松氏が市職員現職時代に市長選に引っ張り出した時よりも、萩野氏を信用している。理由は、小松市長のようなウソを言わない男だとみているから。

 それ以上に、萩野氏を引きずり降ろそうとしている市民が多数いて、市内では「あいつはこうだった」、「あいつはこうだ」という批判的なうわさが多数流れていて、私にもそれが伝わっています。

 しかし、市民の皆さんに言っておきたいが、人間だれだって「良い面」と「悪い面」を持って生きています。議会で一番活躍(?)している私だって、違法を支援し続けてきた市長を支援する市民らは私の良い面に嫉妬し嫌気がさし、悪い政治に誰も批判できないようにしようと、私を落選させる行動に出ました。落選後に調査し、その10人足らずの犯人グループの名前は全て解っています。

 つまり、ある人にとれば「良い面」が、他の一部の人たちには「悪い面」に映るのです。「悪い人たちは正義の人が嫌い」。だから、萩野氏を批判している人たちがいるのはその類だと私は見ています。

 その結果、落選したとしても致し方なく、室戸市のその後はまた今のような小松市長が続けてきたような政治が続けて行われるということで、被害を受けるのは選挙前から萩野氏をこき落としていた市民だといえます。

 言っていることはお判りでしょうか。

 「正しい政治が行われるように室戸市を変えよう」とするか、「選挙で自分たちが気に入らない候補を扱き下ろすか」。それによって来年以降の市民は、被害を受けずに生活できるように変わるか、又は、今年11月までの市政と同じように被害を受け続けるかです。

 とにかく、室戸市民は賢い判断ができるようになった方が良い。賢くなった方が良い。

 利権の政治、偏った政治判断で政治が行われないようにするには、市長になる人が私のように生真面目で、企業や団体や議員からの働きかけには耳を貸さず、市民の暮らしぶりを改善するように働く、そんな人を市長に選ぶこと。それしかありません。

 だから、悪いことをしたわけでもないのに巷では作り話のウソを流されて批判を浴びている萩野氏ですが、氏はこういう室戸特有の風評に負けてはダメです。

 これから自らが自分の考えやどのような政治をしたいかを広めていくことになりますが、その点では政治家を経験してきた植田氏や澤山氏以上に努力が必要となります。

 現状として考えると、20歳代から市議と県議を約三十年間務めてきた植田氏は選挙を8回ほど経験済み。8年前に県議選で落選したといえども、今も周りには選挙運動に長けた支援者がたくさんいるし、選挙運動の計画運営にも対抗馬の他の萩野氏や澤山氏よりもずっと経験があり、最有力候補であることは間違いない。

 誰だって、そしてどんな人だって、一人の人物について「彼は信頼できる」と言う方もいれば、「あいつは信用できない」という方もいます。例え「聖人君子」でも嫌われることもある。日本で一番有能な政治家でも、国民の一人がもし保守政党支持だったら「あの人は有能だ」と言うが、左翼政党支持の人たちは「あいつはダメだ」と言います。政治家の支持なんてものはその程度のものです。

 考えてみてください。私だって、1期目、2期目と他の議員以上に議会で発言し、違法や公約違反、そして無駄な公共事業に走る市長の市政を追及してきたし、議会新聞の発行やブログによってそのような市政や市議会の情報公表してきて、室戸市議会では一番活躍(?)してきました。そんな議員でも、私に反感を持つ市長支援グループの手によって、選挙運動期間中の一週間、「谷口は市長の違法を追及するから投票するな」と落選運動が行われ、あえなく落選してしまいました。

 議会で一番頑張っている議員に投票もせず落としてしまう有権者も有権者ですが、一番真面な候補を落として小松市長の仕事を楽にしてやりたいと悪意を以って落選運動を行った十名足らずの市長支持者がいたのも事実です。

 でも、世間は悪い人ばかりではなく、平成23年4月の市議選で私に投票しなかったがため落選したことを悔い、「応援せず落としたことは、私たち市民が間違っていた。四年間、地元にあんたがいなかったばっかりに漁業関係者らが被害を受けた時には、本当に困った。今度は私らが応援するからどうかもう一度出てほしい」と言って背中を押し当選させてくれた方もいます。

 “覆水盆に返らず”と言います。これは候補者でも有権者の立場でも同じですが、何事も被害を受けたり失敗をする前に、そうならないように事前に準備することが必要です。そして、日頃は気付かないものですが、住民が「その議員がいるからこそなんとか無事でいられる」とか、「その議員がいたからこそ、知りたい情報が解った」などということは現実にあるはずです。それは日頃忘れがちですが、町の行く末だけでなく住民である自分たちのためにも、そのことは忘れてはならないことです。


 又、政治家を目指す人間を選挙で選択する時、「未知数」の人物に賭けてみようとする考えも間違った考えではないと思います。

 今回の市長選で立候補した候補については、「ウソをつく人かどうか」、「人の意見を聞く人かどうか」、「多くの市民の声を聴く人かどうか」、「不正、不公平、不適正、不道徳な行動をする人かどうか」などを基準にして考え、最終的に先に立候補した萩野義興氏に自分の思いを託すように決めました。

 萩野氏は未知数の人。私の信じるに足る人かどうかはまだ市長になってみないと解りませんが、まずは一回、市長の仕事をやっていただこうと思い、支援しています。

 市会議員は無能でも、室戸市議会のように例え違法な議案が大半の議員によって可決したとしても、他の高い能力を持つ数名の議員が議場で発言したことが市民に伝わるだけでも効果的です。でも、市長が無能や不正に走る人では困ります。

 これまでの小松市長の任期11年間でわかるように、市長になる人物の選択は厳しくないと投票した市民が被害を受け続け、室戸市の衰退はさらに進行してしまいます。聞く耳を持たない小松市長の政治運営は聞く耳は持っていた武井前市長よりも大きく劣り不公正で、市民に与えた被害は甚大でした。

 そう考える私は、これまで政治家になっていない未知数的な候補である萩野氏を信じて、応援しようと思う。でも氏が市長になってから、もし支持し支援した有権者の期待を裏切るような不正な行動に出た場合は、一市民出しかない私ですが、市役所の市長室に赴き、逮捕覚悟でぶん殴ってやるつもりでいる。

 もし市長になったときには、利権の話には一切乗らず、覚悟して公正な政治を行ってほしいと願っている。


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後悔しない室戸市長の選び方

2017-11-01 | トップのあり方
 私は、当電子情報誌において2011年11月に「理想的な首長像」という持論を唱え、昨年の『青空新聞』秋号の紙上でも、大特集「後悔しない市長の選び方」の巻末でそれを紹介した。

 内容は簡単明瞭、次のようなものでした。

●まず体が健康体で、

●笑顔は決して作り笑いではなく、人を和ませ、

●人の話に耳を傾ける誠実で素直な性格を持ち、

●行政運営においては悪人の声は一切聞かず全て排除し、

●健全な人からの助言や諫言には素直に耳を貸し、改めるべきは素直に改め、

●知性と品性にあふれ、

●発想が柔軟なアイデアマンであり、

●住民の生の声を真摯に聞く姿勢とそれをメモに書き留めておこうとする姿勢をもち、

●組織の危機には適正な指導力を発揮し、

●部下である職員の意見に率直に耳を傾け、それを自らの過ちを改めるよき指針とも為し、

●政策は先見性と先進性に富み、

●何事にもここぞという時に決断力を発揮し、

●それでいて自制心と見識をもち、

●財政情報は住民から厳しい批判を受ける前に自らが自分たち執行機関に不利な“負”の指標の全貌も全面公開し、

●行政と議会は二元代表制を基に両者が抑制と均衡を保持しながら並び立つものだとの基本認識を忘れないでいて寄り添わず、

●議会の答弁ではウソ偽りは言わず、

●コンプライアンス(法令順守)精神に富み、国の法律はもちろんのこと自治体の条例・規則も厳格に守りながら真実を以って説明責任を果たし、

●改革精神に富み、

●選挙では金品を配るなどの公職選挙法に違反する行為は一切せず、又、利権を目的に選挙に出馬するのではなくて、純粋に「このまちが良くなってほしい」と願ってまちの企業や団体などの勢力の助けも得ずに立候補し、

●当選後はすり寄ってくる企業や団体などとの悪しき利害関係を排除する勇気を持ち、

●「人の上に立ち、人を束ね、正しく向かうべき方向を指し示し、人を動かす」ことができる、そんな人物。


 これにもう一つ加えておきたい。

●自分が政治の場で物事を解決できないからとか自分が気に入らないからといって違法でもない出来事まですぐに公的機関に告訴する人がいるが、そういう人物ではなく、政治の場で発生したことは政治の場で解決すべく努力し、一般市民のことを一番に考える、公正・公平で道徳心に富んだ政治を行う人物。

 こんな立派な人物なんか世界のどこを探してもいるわけありませんが、私はこんな人物が地方自治体の首長になってほしいと思っている。


 首長職の基本は、日本国憲法と地方自治法、そして自治体で制度化するいろんな条例・規則・要綱を守ること。よって、この程度の自治体の基本たる法令も順守できない利己的な人間は、首長に選んではならない。

 それは、そんな無法な政策が実行されることによって、知らん間に住民自らが損失を被っているだけだからだ。「庶民は泣きをみる、その陰で肥えるのは政治家だけ」。そんなことに手助けするのは、もうやめようではないか。

 利権ばかりで住民生活を考えない無能な候補、市民のための政治の場を自分勝手な考え方で混乱させてしまう候補しか出てこない首長選の時には当然、白票で投票すべきだ。

 それでもどちらかの無能な候補が市長になるが、有効投票数の半分が白票ともなれば、その市長に全権を渡したことにはならず、これまで無批判だった議会も市民が批判票として投じたその白票を無視できなくなる。

 最後に。

 どんなに性格の悪い首長であり、どんな悪い事業を行おうとしようとも、議会さえしっかりと公正・公平・適性を旨にし、道徳的観念を忘れず、議員全員が正しく最終判断を下せば、多数決の世界だ、首長の悪事は成立しない。このことは読者もお分かりであろう。だから、首長の悪事は議会が無能ならば進行し住民は被害を受けるが、議会が有能ならば進行しない。住民もまちの政治を安心して観ることができる。

 更に言う。

 だからこそ、自治体が正しい政治を行えるか行えないかは首長の能力ではなく、議会の能力如何によって左右されるということになる。議会の議員の大半が有能で健全な性格の持ち主ばかりなら、首長がたとえ無能であっても少なからず幹部職員の力で動くこともあり、その推進力は弱くても、議会の推進力によってまちの政治は間違いなく正しく前進できる。

 勿論、首長が健全で有能な人物で、議員もみんな正しく有能である方がより素晴らしいのは、言うまでも無い。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 以上、昨年の『青空新聞』秋号の巻末に掲載した記事でした。

 全国で、次の首長選に出馬しようと考えておられる人の中で、本当に生真面目で、法令順守を基本と考え公正・公平・適性な政治を強く推し進める決意を持ち、政治を利権に利用しようとする悪い人物を蹴散らし戦う気構えのある人物ならば、私は心から応援する。

 圧力をかける悪い人間がいても「殺すなら殺してみよ」と言えるそんな腹の座った人物の登場を私は熱望している。

 それも、金を使わない選挙をすることです。

 選挙に使った費用は選挙事務所に置いた茶菓子代の2500円だけで、誰にも手伝ってもらわず女房と二人だけで選挙戦を戦って、こうして市議会議員になった人間もいる。選挙で寄ってくる金目当ての有象無象を蹴散らす選挙をするのも、候補の才覚一つだ。


 私が「この人」と考えている人物は10月初めに立候補を表明した、元室戸市職員の萩野義興氏(60)です。

 同氏にはこう激励したい。

 人生は一度限り。出るも良し、出ずとも良し。そこで、一旦「出る」と決意したからには、結果はどうあれ、選挙後に「おまんらが出ろといったから・・」なんて責任を他人に転嫁せず、自分の決意は自分の責任と心得、市民の支持や支援を得るべく努力を重ねることです。

 何も迷うことはない。あなたに強い意志と公正な政治を行う強い思いがあれば間違いなく、選挙戦は勝利します。堂々と勝負すればよい。

 どちらにしたって、命までは取られやしない。

 対抗馬とうわさに聞く三氏はみんな長年の間、市長選や県議選、市議選で無念の涙を飲んだ方々ばかりで、何も恐れることなどありません。胸を借りるつもりでぶつかっていけばいい。
 
 でも、同じ土俵で戦うことはなく、あなたはあなたの政策を訴え続け、2018年11月から2030年11月まで「三期12年」を目標に活動していけばよい。そうすれば、清新でクリーンなあなたは間違いなく勝利します。

 それと、首長職は体力が必要。健康には特に留意して毎日を過ごすようにお願いする。


 私が支持するのは萩野氏です。市長選まではまだ約一年ありますが、市民の皆さんが支持と応援を高めてくださるのを心から期待しています。


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今もし米大統領がオバマだったら、クリントンだったら どうなっていたか

2017-09-25 | トップのあり方
 最近、時折こんなことを考えます。

 今、楽し気に武器をぶっぱなし周辺諸国に脅威を与え続けている北朝鮮の悪童ですが、これに相対しているのがアメリカのトランプ大統領。

 この人も結構強引でアバウトな発言を繰り返す大国の首領さまで、上からものを言う体質、人種差別発言やアメリカの国だけよくなればよいという「アメリカ・ファースト」などの考え方、政治運営は全く賛同できないが、例外として、今こういう人物がアメリカの大統領でよかったと思える時が何度かある。


 もし、日本の国防に関連して、これが先の大統領のオバマだったらどうなっていたか。それは歴然としています。

 オバマ前大統領がノーベル平和賞をもらったからああだったとは思えない。冷静沈着な人物の欠点なのかもしれない。

 弱腰で、中国や北朝鮮には何も言えず、「そういうことをしてはいけませんよ」なんて言い続けて、大統領の職を退いた。

 本当なら周辺諸国のベトナムやインドネシアやフィリピンなどの島々だろうに、南シナ海の広い海とそこらあたりにある大方の島々がオバマが弱腰だったから簡単に中国に盗まれ、領土と化し、軍事基地まで完成してしまった。盗んだ者勝ちで、もう盗られてしまったといってもいいだろう。きっと元には戻らない。

 大統領はこのオバマが去って、トランプになった。選挙前も選挙後も「こういう人間をよくも大統領にしたもんだ」と、彼を選んでしまったアメリカの人たちを「見識がない」「人を見る目がない」と思ってきた。

 だが、事ここにいたり、少しだが私は考え方を変えた。

 「武器を以って火遊びをする悪童者が暴れ出した時には、このような少し粗野で強引に物を言う男が丁度いいのかもしれない」。

 そう思い始めた。

 安倍首相も「米大統領がこの人で良かった」「いまオバマやクリントンだったら、とても対処できなかった」と考えているのは疑いない。

 北朝鮮の悪童は、ミサイルを撃ち核実験を行いながら幾度となくアメリカや日本に対し挑戦的且つ恫喝的な物言いをしてはいるが、トランプの発言におびえ、戦闘機や駆逐艦の配備に恐れ、内心、ビクビクしている。

 「アメリカや日本や韓国に撃ちこめば平壌など北朝鮮全土は総攻撃に遭い、自分は生きていられなくなる」。

 これぐらいのことは解っているから、それこそ“第一線は越えられない”。

 さて、アメリカはもちろんのこと、日本も今が正念場でしょう。ことを誤ると、戦争に突入することは間違いない。

 構図は、「北朝鮮対アメリカ+日本+韓国」のように見える。この戦争なら、三日であらかた片が付き、一週間もあれば収束するだろう。だが、そうは簡単な話ではない。今の北朝鮮と中国の国境が韓国との国境にならないように中国は考えており、いざ戦争が始まったら中国とロシアは北朝鮮を支援することも大いに考えられる。だから、戦争になれば「北朝鮮+中国+ロシア」対「アメリカ+日本+韓国」の構図も大いにある。こうなれば戦争は長引く。

 唯、世界中の反感を買いながら突っ走る北朝鮮の行動に賛同する国はなく、これらの情勢を見て、中国もロシアもなかなか北朝鮮に全面的に助太刀するとはいかない。

 ま、兎にも角にも、今はトランプ大統領に北朝鮮に圧力をかけてもらうしかない。日本の安倍首相もトランプ大統領とは非常に良好な関係にあるが、弱腰の韓国の大統領は仕方なく後に付いてきている状況だ。

 だから、今後の展望は、北朝鮮が暴発したら当然、米軍が一斉に総攻撃をかけ、同時に自衛隊も後方支援に徹しながら防衛態勢を敷く。で、三日で態勢は決まる。当然、日本や韓国に被害は及ぶだろうが、その被害は防衛を行う自衛隊がいてこその軽減された結果となろう。

 日本の左翼政党や左翼メディアは「自衛隊を憲法に記載するな」と言うが、なら聞きたい。

 「自衛隊は災害救助隊か」。それでいいのか。国防はどうする。

 他国からミサイルや大砲を撃ちこまれたとき、自衛隊が災害救助隊の存在でいて、いったい何ができるのか。

 日本国憲法には自衛隊の存在を記載すべきは当たり前の話だが、野党や左翼メディアはいつまで経っても自衛隊の存在を認めないでいる。だが、もし北朝鮮が日本の首都である東京にミサイルを撃ち込んだ時、東京にある左翼メディアに勤務する人たちは『自衛隊は大砲もミサイルも鉄砲も撃ってはならない。せんそー、はんたい!』と叫ぶのか。

 それとも、『俺たちの考え方が間違っていた。自衛隊は早く北朝鮮に負けないようにミサイルを撃て―!』と泣きながら叫ぶのか。

 叫べば自衛隊の存在を認めたことになるが、さあどっちだ。


 今まさに自衛隊の存在価値がクローズアップされています。これまでも自衛隊の存在は左に傾いた者たちから事あるごとに何かと批判され、貶められ、自衛隊員の皆さん方は肩身の狭い存在でした。でも、このように周辺諸国による他国侵略の危機を感じる時代になると、「なくてはならない存在」となっています。

 一党独裁国家である中国が他国の“モノ”を盗むクセがある、特異な国であることは日本人ならみんな知っています。知っての通り、プーチンが大統領から退かないロシアも独裁国家。そして北朝鮮も金家一族の一党独裁国家。韓国にしても昔から“ゆすり、たかり、すがり”で、いつまで経っても日本とは友好関係を築けない発展途上にある国。

 日本の周りにはこういう国ばっかりで、もし日本に自衛隊が無かったならとうの昔に占領され、「日本」という国は無くなっている。

 ですが、こういう時代になっても尚、日本の平和ぼけした政党やメディアは「憲法改正、反対!」、「自衛隊を憲法に記載するなー!」なんて叫び続けています。

 愚かとしか言いようがありません。

 「今、もしアメリカの大統領がオバマか女性のクリントンだったら」と思うと、寒気がする。

 中国や北朝鮮に付け込まれ追い込まれたアメリカは、これまでの日本との強固な同盟関係を軽んじ、一部では無視し、日本が感じる脅威を自国の脅威とせず、北朝鮮の暴発が起きた時でも「そういうことをしてはいけません。世界平和をみんなで目指しましょう」なんて言っているだけだろう。

 やはり、トランプ大統領と安倍総理が言っているように、好戦的な国に対しては圧力を掛けていくしかないと考えます。政治家が沈思黙考することも賢明な判断の場合もあるが、時にはあのトランプ大統領の発言のように悪態をつくことも必要だ。私が室戸市議会の大綱質疑の時に議員の質疑をことごとく邪魔する議員がいて、私が議場の壁が震えるぐらいの大声を出して一喝したことがあるが、それ以降、その議員は議場で他の議員が行う質問や質疑の邪魔をしなくなったことでもわかる。

 今後の展開については、私にわかるわけがありません。でも、多分、北朝鮮は何もできないでしょう。「太平洋で水爆実験を行う」なんて大使が言っていたそうだが、他国の領土や多くの船舶が行きかっている太平洋に水爆を積んだミサイルを撃ち込むことなどできない。それを撃った時が、北朝鮮の終わりの始まりだから。

 アメリカや日本に脅しを行うというのは一国の指導者である自分がその後に良い立場になろうとするからやっていることで、自分が殺されることが解っていながら他国を威す指導者はそういません。

 でも、何度考えても、いまオバマやクリントンが米大統領でなくてよかった。心からそう思う。

 ただ、平穏な世情、平和な世情の時代となると、物事を深く考えないトランプ大統領ではちょっと困ることのほうが多そうだが。


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大型公共工事の途中に追加工事を提案する癖がある室戸市

2017-06-22 | トップのあり方
 毎度毎度、大型公共工事の途中に追加工事を議会に提案する特異な体質の行政運営を行うのが、室戸市。

 ほんとうに呆れていますし、議員控室では野党的立場にいる友人議員(3氏)だけでなく、他の与党議員までもが「ほんまに追加工事が多いなあ」と呆れ顔。

 一年ぐらい前だったか、こんなことがあった。

 大型公共工事を行っている途中にまたもや追加工事が議会に提案されたもんで、議会の大綱質疑で厳しく問うた。閉会後、釈然としないまま三階に降りてくると廊下で副市長を見たので、ちょっと声を掛け、この点をどう考えておられるのか聞いてみた。

 私「室戸市が中学校や小学校の改修工事を行ったり新しく公共施設を建設するなど、億単位の大型公共工事を行う時、その工事の中頃が来ると必ず5000万円前後の『工事請負契約の変更』と銘打った議案が議会に提案されていることは知っての通りですが、あれらは全て『追加工事』よね。

 だが、それらの追加工事を行う個所の大半は、当初の工事計画の中に含めて入札して議会に提案すべきもので、新たに工事個所を見つけて追加工事を行うこと自体、室戸市の計画性のなさと無能ぶりをさらけ出すようなものよ。

 室戸市はなぜこのように大型公共工事を行うたびに毎度毎度、追加工事が議会に出てくるのか。なぜ、その追加工事分も含めて当初計画として入札し、議会に提案しないんだ」。


 このように問い質しました。

 副市長は何かと言い繕った後、最後にこう漏らした。

 「そういう追加工事はどこの市町村でもやっていることです」。

 副市長は忘れてはいないでしょう。間違いなく、最後にそう言った。

 そんな考え方は容認できないと思い、私はこう言ったはず。

 「こんな不適正な事業運営をどこの市町村でもやっているわけがなかろう。それに、例えどこの市町村もがやっていることとしても、室戸市は室戸市だ。他の市町村がやっていても、不適正なことであるのは間違いないんだから、うちはうち。『他の市町村は大型公共工事のたびに追加工事を計画して議会に提案しているが、うちの室戸市はそういう不適正なことはやらん』とすべきではないか」。

 私から厳しい指摘を受けた副市長は、いかにも「しつこいなあ。いっつもやりようことやきん、えいやないか」という顔をし、踵を返して副市長室に入っていった。

 私はその後姿を見ながら、「これまで違法であろうが不正であろうが強引に事業や行政運営を進めてきた市長や副市長にいくら物事の道理を教えても無理か」と思いました。


 そして又、今議会も旧椎名小学校改修工事等に関係する工事の2200万円余りが追加提案された。

 私は昨年9月議会に提案された同公共事業計画案には反対したが、今回のウミガメ等の飼育用プールに使う海水ろ過機械室の改修等工事費(1413万円)と、施設に付随した周辺整備の域を出ない施設への進入路工事費(795万円)、東屋新設工事費(1930万円)の提案には、許容範囲の周辺工事であることと、施設本体の工事がすでに進んでいることを考え、疑義を持ちながらでしたが賛成しました。

 今後においても、グラウンドを駐車場に整備する工事費や施設内部の設備備品等々が議会に提案され、この旧椎名小学校改修事業の工事費総額は5億5000万円を超え、6億円に余ると考えています。

 建設業者と大阪の団体のために計画立案した十年もすれば破たんするこの事業に反対しているからといって、私は椎名地区住民に対して何もするなと言ってきたわけではありません。

 最終的には総額が6億円を超すだろうこの計画は、建設業者と大阪の日本ウミガメ協議会のために行うもので、私たち4名の議員はその点に反対しています。ですが、そうするのではなく、椎名地区住民のために総額3億円ぐらいで、一つは消防屯所の高台移転として「防災コミュニティーセンター」を、もう一つは集会所移転の意味で「集落活動センター」を新たに建設すること。それに関連して廃校となっている旧椎名小学校の校舎は全て取り壊し、グラウンドの土地は地権者にすべて返還すべき。そう訴えてきた。

 そうすれば、これも巨額にはなるが4億~5億円もあれば周辺の整備はすべて終わり、地権者に何十年と払い続けてきた学校敷地に対する借地料支払いも終了し、将来的に展望すれば室戸市の負担は軽くなるのは明白だ。

 しかし、室戸市長は、その道を選びませんでした。

 自分は近く室戸市との関係を終え一般市民に戻れば責任は免れることを見越し、地権者に借地料を支払い続ける道を選んだのです。つまり、市内各地に施設をたくさん作って在職中の自分の成果を一つでも多くすることを優先させ、退職を見越し、“後は野となれ山となれ”と考え、室戸市が将来抱え続ける財政負担の軽減から目を背けたといえます。

 我々公務員の立場にある人間らは、よく考えなくてはならない。

 今年4月現在で12300人の室戸市の人口は、国勢調査のたびに1700人づつ減少しています。だから、5年後の2012年には10600人、10年後の2027年には8900人、15年後には7200人、20年後の2037年には5500人と減少の一途をたどります。間違いなく。

 そう減少し続け、わずか20年後で5500人の町となるのに、室戸市はやがて“不良債権化”する土地や建物に一つ一つ“ケリ”を付けていく知恵も才覚も無いまま、地権者への借地料を今後も払い続ける道を選んだということです。

 (地権者は市から賃貸料をもらい続けたいから、市に何とか借り続けてもらえるよう手練手管の策を講じるのは当たり前の話で、市は「そんな無駄な公共施設はいらん」という多くの市民の声を聴かず、その人たちの話の方を選択しました)

 だから、経営感覚の乏しい人が組織のトップになんかなると、こうなるという証拠。何の将来展望も無いまま、「いまさえよければえい」とばかりに市長職を勤めていますが、こういう「5年後の室戸市はこうなる」、「10年後に8900人の町になったときは市の財政はこうなるから、今からこうしておこう」という展望がない人が市長では、ダメ。

 もし市長が「俺には将来展望があるが」と言われるなら、こういうやがて市民の税金を垂れ流すことになる無駄な公共事業は、建設業者やその業者と深くつながった議員からどのような圧力を受けてもハッキリと拒絶し、やらないことだ。

 命を取られてもいいじゃないか。どうせみんないつかは死ぬ命だ。

 私のようにいつも正義の道を歩んでいれば、死んだ時に金は残らずとも、名誉だけは残るぞ。


 唯、私がこの施設改修工事に対して反対の気持ちが強いのは、無駄な公共施設改修工事としか見ていないこの事業においてだけでなく、平成18年12月に小松氏が室戸市長に就任して10年5か月になるが、室戸市はその間ずっと、大型公共工事を行っている途中に5000万円~1億円と巨額の追加工事を議会に提案していること。数件の小学校改修、数件の中学校改修、火葬場新築に絡めて。

 やっていることがすべてなし崩しに市民の税金を無駄な公共工事に投じていて、顔はいつも市民の方ではなく建設業者の顔色ばかり見て市政運営を行っている。そういわれても仕方がなかろう。

 そこで、今議会も疑わしいし、当初計画にそれら追加分の工事計画を含める知恵や判断力の無さを誰かが厳しく指摘しておく必要があると考え、常任委員会での議案審議の時、担当課長に質疑を行った。

 私「この工事だけでなく、室戸市は大型の公共工事を行うたびに、その途中でこのように追加工事を計画し、議会に追加工事の議案が提案されます。この追加工事も新たに入札をするでもなく、本体工事を行っている業者に丸投げをする形だが、その行為はどのような法的根拠があって行えるのか。その方的根拠を示していただきたい。「本体工事が行われている場合、途中で追加工事があっても、新たに入札を行う必要はなく、工事を行っている業者に継続的に工事を行わせることができる」などという法律があれば示してほしい」。

 担当課職員は契約書の内容を述べたが、私は「契約書は業者と市との取り決めでしかなく、その契約書は何かの法律を基に書かれていると思うので、その法律を探してきて、「第何条を根拠にして」と示してほしい。いま答弁できなかったら、この後の議案の審議中に調べて、最後に再度委員会に来て答えるようにしてください」と求めた。

 そして、約1時間後、観光ジオパーク課の職員3名が再度入室、課長から「地方自治法第167条2第1項第6号を根拠に随意契約を行い同じ建設業者に工事を請け負わせることとしています」と答弁があった。

 私も、毎回のように追加工事が議会に出てくるのは不適正だとの考えは変わらないが、それに関し法律的根拠があるとなれば致し方ない、答弁を了とし、この議案に賛成することにした。

 で、その法律的根拠です。地方自治法第167条2第1項第6号について。(随意契約できる場合の定義)(1号~5号、7号~9号は省く)

 第6号・「競争入札に付することが不利と認められるとき

●同一構内において(隣接地は含まない)工事を施工中、当初想定していない事由により他の工事を必要とするに至った場合などで、これを同一請負人に施工させることが有利であると認められる場合。


(※注:これを「法的根拠」として答弁した課長でしたが二日後、この内容を公共事業に詳しい議員に話したところ、「その答弁は間違っている。契約変更は随意契約にはならない」と指摘を受けたことから、私からこのことを課長に伝えた。課長はそれを認め、議長と委員長に答弁が間違っていたことを伝え、30日の閉会日の開会前に再度、産業厚生委を開いてくれるよう要請。そこで課長は上記の答弁を全て撤回、新たに「変更契約に係る契約書の第19条を根拠とします」と答弁を行い、無事に閉会日の本会議を迎えることとなった)

 「この法律があるから」といって、室戸市は大型公共工事のたび、途中で追加工事を計画市議会に提案しています。

 市民の皆さん、そして全国の地方政治に関心が深い方々はこれらの話を記事で見て「全うな方法だ」とお考えか、それとも「不適正だよなあ」とお考えか。私は「如何に法律が容認していようとも、不適正だ」と明言できます。なぜなら、国が決めたこの条項は、本来は“常とう手段”とすべきものではなく、“緊急避難的”に活用すべき条項だと私は理解します。

 つまり、100か所の工事を当初に計画すべきものを、市長や市職員やコンサル(設計業者)の知恵足らずや判断力の欠如があるからこそ、当初計画では70か所の工事しか入札に掛けず、それで工事が始まると“後で気が付くなんとやら”で、「こりゃいかん、あと30か所の工事箇所が出てきた」と気付いたものだ、と批判されている。

 だから、国の法律は室戸市の不適正や不手際を庇ってくれたとしても、市民感覚からすると「お前ら何やっているんだ。毎度毎度、途中で追加工事を行っているが、おかしいじゃないか」と批判されても仕方がないし、批判されて当たり前だ。

 ま、室戸市民の皆さんは私のブログで市長が不正な選挙や違法な施設建設工事を行ったと知っても腹を立てない人ばかりだから、市長にすれば安心でしょうが、私だけは絶対に許すつもりはない。不正な政治が続く限り、戦い続けると決めている。


 最後に。

 副市長は私に対し、「そういう追加工事はどこの市町村でもやっていることです」と言ったので、今日、高知県東部の議員さんにちょっと聞いてみた、本当にそうなのかと。

 安芸市議会議員曰く、「安芸市は時に大型公共工事の時、追加工事が行われることもあるが、室戸市のように毎回毎回、工事の途中に追加工事を計画して工事費が議会に出てくるなんてことは無いですよ。室戸市は、いつもそうか?」。

 そして、北川村の親しい村議に聞くと、「うちの北川村じゃ、そんな追加工事なんか、ないぞ」と言います。

 だったら、「どこの市町村でもやっていることです」と私に言った副市長の弁は、単なる言い逃れのウソだったということになる。どこの市や町や村が工事の途中に追加工事を計画しているのか、もう一度、副市長に確認する必要がある。

 室戸市議会では、録音を取っている議場でも市長や執行部は平気でウソをついているから、議場外ともなると、更にウソをついていることは大いに考えられる。

 私は思うに、安芸市や北川村の首長や職員は工事計画を立案する際、工事個所の事前のチェックと判断が厳密に行われているが、室戸市はその事前のチェックが甘いのだと理解した。工事計画が決定した後も、市長が「この外壁は内部に本当にクラックは入っていないといえるのか」、「この機械室は改修せずに使えるのか」等々、市長が最終チェックを行い、ゴーを出すぐらいの判断力と首長としての責任感が必要だ。

 市長にそういう責任感が欠落しているから、このように毎度毎度、何の臆面もなしに、公共工事の追加工事案が議会に出てくるといえます。

 これら、今の室戸市政の状況を見ていますと、来年11月の室戸市長選には新しい市長候補を立てて、公正・公平な、法律と市の条例を良く守って正しい政治を「ふつうに」行ってくれる市長を選ばなくては、今のままではほんの十年もすれば市民みんなの生活が破綻してしまいます。

 室戸市で選挙に出たことのある人で「市長になってほしい」と希望する人はいませんので、候補の基本は、これまで一度も選挙に出たことのない人物。

 そして、国の法律と室戸市の条例や規則を良く守り、公正で公平な、適正で道徳的な政治をしてくれる、そんな当たり前の政治ができる人を市長に選びましょう。

 以上が、私のささやかな願いです。


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トップとしての「器」

2017-06-10 | トップのあり方
 私が議員になってからの二人の室戸市長(武井前市長と小松現市長)や昨日までの巨人軍の13連敗をみていると、やっぱり人間には「器」というものがあるなあと痛感します。

 室戸市政では、前市長時代も現市長の任期中においても国の法律や市の条例違反は数限りなくあり、私は武井前市長には「これは指定管理者条例違反となる公募前の事前協議だ」、現市長には「これは地方自治法違反だ」、「これは室戸市の条例違反ではないか」、「これは市長選の選挙公約に違反している」などと口酸っぱくなるほど指摘し、批判したことか知れません。でも両者は、それを認めず改めもしなかったから、改まらないまま今に到っている。

 それは、室戸市議会において法律を無視して議員が賛成しているから、不正が素通りし、市民はそのたびに被害を受けている。この点において、市役所という組織と市議会という組織に「法律を厳格に守る」という精神を持った市長と市議会議員がいないから、こういう状態になっているといえる。

 地方政治においては、この「法律を厳格に守る精神を持った『器』の人に政治を任せる」必要があり、有権者がそのような『器』ではない人を選挙で選んでしまえば、今の室戸市のような状況を生むということである。

 話は簡単なことだ。


 それは、プロ野球についても同じことが言えよう。

 野球の試合には審判がいるので違法な試合はないが、それでも審判がストライクとボールの判断を誤ることが一試合に何球かはある。

 審判によるベース上でのアウトとセーフの判定にも誤りはあり、大リーグでは四つのベース付近の判定や、外野フェンス付近の本塁打の判定、レフト線とライト線ライン付近などの判定は監督が要請すればモニターによる判定に持ち込めるが、日本にはこのルールが無いから、本塁付近と本塁打の判定だけがモニター判定が要請できることになっている。

 選手のルール違反も時にはある。これで一番笑ったのが、松井が大リーグのヤンキースにいた時の試合で、ホームランバッターのアレックス・ロドリゲス(A-ロッド)が内野ゴロを打って一塁に走り、内野手からのボールが本塁寄りに逸れるのを補給した一塁手のグラブをA-ロッドが故意に左手ではたき落とした時でした。まるで子供の野球ゲームみたいで、あれには私も笑いが止まりませんでした。自分は「最近当たってないから、何とか一塁に走り込みたい」という気持ちだったんでしょうが、これはいただけない。当然、アウトの宣告を受け、うつむいてベンチに帰ってきましたが、ヤンキースの球場は笑いに満ち満ちていました。試合中継をするアナウンサーも解説者も大笑いしていたことを覚えています。

 今の話はついでにしたもので、記事の趣旨とは離れていますが、野球では人材起用や人材指導の経験や知識がないまま、組織のトップにつく場合がよくある。

 「名投手だったから」とか、「首位打者だったから」や「本塁打王だったから」ということで、球団の監督になることはよくあります。

 本来は、そのような選手だった人でも一度はコーチになり選手を育てる経験を積んでから監督になるのが道筋なんですが、いきなり「お前は来年から監督をやれ」と野球の知識も無い球団トップなどから命じられ、いやいや監督になる人も少なくはない。

 それで監督になったのがかつての長嶋監督と、今の高橋監督。

 2015年、高橋監督は、自分では「来年も選手として頑張ろう」と思っていたところ、シーズンを終わるころ、いきなりそういわれた。面くらい、悩み、仕方なく監督になった。「自分は監督になりたい」なんて、1%も思っていなかったであろう。かわいそうと言えばかわいそうな人。いわば「被害者」だ。そんな「器」ではないことは周りもよく分かっていた。

 で、昨年は「コーチとしての人材育成方法」の知識はなんか全く無いまま、陣頭指揮を執ってきた。そんな1年目であれぐらいやれば上出来だった。

 しかし、巨人軍という、勝たなければ全国から批判が集まる球団ゆえ、三連敗すれば「何やってんだ!」と叱られ、6連敗などしようものなら「ボケ!!」と口汚くののしられ、13連敗した9日夜までは、石川とマギー以外の監督やコーチや選手に向かって「長野、お前は野球をやめろ」、「高橋、監督を辞めろ」などとファンは騒ぎ、選手は帰りのバスに乗るのが怖いほど恐怖感を覚えたと伝えられていた。

 その点、室戸市においては、違法な事業をやったり無駄な公共工事を実施したりしても、市民は自分たちが被害を受けていても何も批判しない寛容な方ばかりだから、帰りに市庁舎の入り口付近で室戸市民から「市長、不正や無駄な大型公共工事ばかりするんなら、市長を辞職しろ!」なんてヤジを飛ばされたことなどないから、小松市長も安心であろう。その面、助かっているといえる。

 
 そんな巨人軍も、昨日はたまたま投手のマイコラスがカーブを駆使してこれも連敗中で元気のない日本ハム打線を抑え、元気者の出世株である石川選手と坂本のタイムリーで2点を上げ勝つには勝った。でも、取ったのはわずか2点。打線に元気が無いままだから、また連敗が始まるかもと思っている。

 昨日の試合でも、高橋監督の欠点ばかりが目についた。

 高橋監督は指導者経験がほとんどないまま監督になった。経験が浅く、しかも、選手時代から「優柔不断で決断力に欠ける性格」、「自分のことで精いっぱいで、周りへの“目配り”が足らなかった」と言われていた人。

 昨日の日本ハム対巨人の試合をテレビで見ていたの中で、何人の方が気が付いたでしょうか。こんな光景があった。

 8回の表までマイコラスが好投、スリーアウトになりマイコラスはベンチに戻ってきた。勝ちが見えてきたことと自分の好投がうれしかったのか、ベンチ内でみんなと喜び合っていました。そういう光景を見て私は「マイコラスはこの回までで、9回はマチソンだな」と思った。

 「それにしては、先発投手が後退する時には尾花投手コーチや監督が近寄ってきて『ご苦労さん』と握手しに来るのに来ないなあ」と思ってみていたら、尾花コーチがベンチ裏から現れた。マチソンの準備を見に行っていたんだなと思った。そして、マイコラスを見つけ、二人は笑顔で握手し好投を喜び合っていた。マイコラスはそのまま「お役御免」ということでベンチを移動。監督は腕組みをしたままグラウンドを見つめていた。沈思黙考の風情だった。

 そこで、驚くべき光景がテレビカメラに映された。ベンチ裏に引き上げるマイコラスは監督の前を通る際、マイコラスの方からグラウンドを見つめ考え続ける監督に手を差し伸べると、監督は「ハッ」と驚いたように我に返り、作り笑顔でマイコラスと握手をした。

 驚きましたねえ、私は。ピッチャーの方から監督に手を差し伸べ握手する光景を試合中に見たのは、60数年間巨人をテレビで応援してきて初めて見たし、他のチームでもそんな行為は全くないといってもいいでしょう。ちょっと笑ってしまった。

 その光景を見て思ったのは、マイコラスをこの8回表で「お役御免」とするなら、それは自分が決めたことだから、マイコラスがベンチに帰ってきたときには尾花コーチと共にマイコラスのところに行き、笑顔で手を差し伸べ、「ご苦労さん。よくやった。上出来だ」と褒めてやり、そこで交代を告げるのが本来の監督のあるべき姿ではないか。

 そうやって、選手と一緒になってベンチ内の雰囲気を盛り上げ、手の一つも叩き、「さー、行こう!」と選手の勢いを作り、鼓舞するのが監督やコーチではないのか。

 それが、もうすぐ勝てるという段になっても腕組みをし、グラウンドを見つめながら考え込んでいる。

 だから、私はその光景を見て、「これじゃもんなあ、選手は精がないよな」と思いました。

 記事の最初の方で、私はこう書いた。

 <地方政治においては、この「法律を厳格に守る精神を持った『器』の人に政治を任せる」必要があり、有権者がそのような『器』ではない人を選挙で選んでしまえば、今の室戸市のような状況を生むということである。>

 巨人について書くと、こうだ。
 
 <野球だけでなく、スポーツ全体についても言えようが、「人材起用と人材育成の経験と技量を持った『器』の人にチームを任せる」必要があり、チームのトップがそのような『器』ではない人物を監督やコーチに選んでしまえば、今の巨人軍のような状況を生むということである。>

 昨日、巨人軍は14連敗を免れて、ようやく勝った。それも1点差という薄氷を踏む状況の中、なんとか勝った。ですが、昨夜の試合が始まって終わるまでの監督やコーチの動きや指示系統を見ていると、とても名門球団のチームを任せることができる人たちではないと痛感する。

 ふつう、どこのチームであっても選手からよく聞くのが、「あの監督を胴上げしたい」の声。巨人軍の選手の中で今、「高橋監督を胴上げしたい」なんてことを考えている選手が果たしているんだろうか。まず、いないでしょう。「負け続けてきて首位とは12.5ゲーム差になったが、自分たちの意地でなんとか優勝したい」という選手はいても。

 結論として、スポーツのチームの監督も、地方自治体の首長にしても、やはり【器】は大事。

 今の巨人の姿から学ぶが、スポーツチームの監督も地方自治体の首長にも必要なのは、秀逸な【器】であること。


 野球でいうと、監督が選手と共に喜び、ともに泣く。共に汗を流し、ともに挑んでいく。

 でも、高橋監督の昨夜の光景は、明らかに、彼のダメさ加減を表現した一場面だった。好投した投手のマイコラスの方から握手を求められ、「ハッ」と我に返り握手しているようでは、監督失格だ。監督の「器」ではない。

 あれが、日本人のピッチャーだったら、どうだったか。外国人投手だったから自ら握手を求めたが、日本人選手なら握手などせず監督の前を素通りしていただろう。

 又、もしマイコラスが監督に握手を求めず監督の前を素通りしてベンチ裏に入ったら、どうなったか。それに気付いた選手は「監督は好投をした投手に対してお褒めの言葉も無いままだった」となれば、「あんな監督のために野球はやれないよな」と思う選手もいないとは限らない。

 こんな簡単な配慮、簡単な気配り、簡単な心配りもできない監督や地方自治体の首長なら、人材は育たないということです。

 5月25日から負け続けてきての昨夜の勝利はうれしかったが、高橋監督の采配で勝ったのではないことだけは確かだ。

 とにかく、スポーツをやっていてのあの「暗さ」はいただけない。ファンはテレビを見ている人の方が大半で、そこにベンチの暗さ、特に監督と周りにいる5名か6名のコーチの動きのなさが毎試合映し出されると、うんざりする。「負けるはずだ」と思ってしまう。そして思った通り、負けてしまう。

 そして、監督の器でないことは疑いないと思っている。でも、室戸市に被害が及ぶわけではないので、高橋監督に「辞めろ」とは言わない。勝てるように、そしてチームのベンチが活気を持てるようにまず自分を変える努力をすればきっと良くなってくるし、そうしなければまた負け続け、悩み続け、結局は辞めることになろう。敢えて言えば、替えるのはコーチ陣。チームの状況が悪化した時に真面に助言や諫言ができず、高橋監督の意向を忖度しているだけのコーチでは、このまま勝ったり負けたりが続くだろう。

 これから巨人が勝ち続けるのかまた負け続けるのかはわかりません。ですが、とにかく組織はトップにいる人が明るく振る舞わねばならない。これもトップが負った仕事の一つだ。

 トップが毎日毎日腕組みをしているような「根暗」ではダメ。先日も記事に書いたが、上に立つ人間が「腕組み」をしているとカッコイイと思っている節があるが、「腕組み」は自分の考え方をもしばりつけ、その考え方は外に向かわなくなる事を知るべき。又、室戸市のように、上に立つ人間がすぐに腹を立て職員や社員を叱る例が見られるが、そういうことでは人はついて来ず、周りに残ったのはイエスマンばかりで組織は腐るという例もある。

 いま私は、「根明」の人物で、組織の人たちを明るい言葉で叱咤激励し、ともに明るく仕事をする人物をトップに据えることの重大さを巨人軍から学んでいる。


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権力者である首長は、企業や団体と特別な関係になってはならない

2017-02-06 | トップのあり方
 先日、ご紹介した本『市民自治』(福嶋浩彦著)の中に次のようなことが書いてあり共感しましたので、ご紹介する。(※福嶋氏は、千葉県の元我孫子市長)

 その項目のタイトルは「権力という危険物を扱う仕事」

 室戸市長だけでなく、室戸市で政治に関わる職員と議員は全員、その意味をよく噛みしめながらお読みいただきたい。

 私が言わんとするところは、この記事の後で述べたい。

 <首長は独任制の執行機関であり、一人で大きな力を持ちます。権力は、いろいろな意味で「危険物」です。首長は、その権力という危険物を扱う仕事です。

 私自身のことを言えば、そもそも権力というものが大嫌いです。「反権力」の立場にいても実は権力が大好きな人は結構いっぱいいますが、私は本当に嫌いです。そうであるがゆえに自分自身が市長の時には、「自分は権力者である」ということを強烈に意識しました。

 もちろんこれは、権力を持って威張る、という意味ではありません。権力を持って威張っているのは、単なる醜い愚かな権力者です。他方で、「私は自分を権力者だと思ったことは一度もありません」「私は普通の一市民と同じです」と話す首長や議員もいます。しかし、実際に権力を持って、それを行使しているにもかかわらず、その自覚がないのは極めて【危ない権力者】であると考えます。

 首長の権力は言うまでもなく、もともとその人が持っていたものではなくて、市民から負託されたものです。市民から負託された権力という危険物を市民のために正しく使うのが首長の仕事です。この仕事をきちんと行うためには、権力を行使するときは絶対に誰とも特別な関係になってはならない、ということが必要です。特に、選挙でお世話になった人と特別な関係になってはいけません。

 もう一つは、絶対に裏では物事を決めないということです。たとえどんなによいことであっても、裏では決めない、すべて表で決めるのです。議会との関係も同じで、すべて市民の見ている前で議論し、オープンな場で決めていくことが大切です。

 もともと、私は土木や建設の業界とはあまり関係がありませんでしたが、市長になった当時、他市の先輩市長からは、公共事業関係の会社には気を付けたほうがいいと助言されました。現実に、千葉県内でも若い市長が逮捕される事件がありましたから、私は「甘い誘いがあったら断固として断ってやるぞ」と、かなり構えていました。しかし、12年間、一度もそんな誘いはありませんでした。結局、私のところへそういう話を持っていってもかえってマイナスになるだけ、と誰もが最初から分かっていたのでしょう。

 逆に私が気をつけたのは、私がもともと親しかったNPOや市民団体との関係です。特定の団体と特別な関係にならないように徹底して気を付けました。

 土木会社や建設会社と市長が親しくなると、誰もが癒着だと言います。しかし、特定のNPOや市民団体と市長が親しくなると、時として「市民との連携がうまく言っている」と言われることさえあります。これは間違っていると思います。特定の土木会社、建設会社と親しくなるのと、特定のNPOや市民団体と親しくなるのは、全く同じです。それはどちらも癒着以外の何者でもありません。

 行政が市民と連携する時、担当課が普段付き合っている親しい市民(NPOや市民団体)にだけ声をかけて一緒にやり、「市民協働」で進めているといっていることがあります。それは一見、市民とよい活計で活動しているように見えますが、行政と日ごろ付き合っていない、特別な関係に無い市民から見れば、行政と仲の良い一握りのグループだけが行政とつるんでうまいことやっているようにしか見えません。

 市民との関係は、常にオープンで、オフィシャルなものである必要があります。首長や行政は自らを厳しく律して、こうした関係を構築しなければなりません。(後略)>
  

(※「オフィシャル」とは、「公式な」から、「たくさんの市民が見て聞いている公の場」という意味。文中の赤字は、太字で書かれた部分)


 以上が福嶋氏が訴える内容ですが、私も同じことを思いながら議員の仕事を続けてきました。

 ちなみに、この記事では首長を「権力を持つ人」として書いてありますが、実際のまちの権力者は首長を選挙で選び雇用している立場の「主権者」である住民ですので、その点はよくご理解の上でお考え下さい。間違っても、首長がまちの「主権者」だなんて思わないでいただきたい。もしそうだったら首長は独裁者になってしまう。

 では、ここからは、一節、一節を取り上げて、室戸市の政治の悪い点を指摘していきたい。

 ●「権力を持って威張っているのは、単なる醜い愚かな権力者です」

 ほんの一例です。

 室戸市議会において、一般質問で不正や不適正だけでなく、ご自分が問われたくない内容の質問を私から厳しく指摘されると、登壇するなり答弁書に書いてない反論を、まずぶつける。それを言うと落ち着くのか、答弁書に目を移し、読みはじめる。大人げないというか素直じゃないというか、いっぺんに議場が白けてしまっている。

 室戸市議会では、質問を行う場合は、質問原稿を一週間も前に執行部側に渡してあります。それは、いきなり議場で質問しても市長も課長も答弁など出来るわけがないからと、議会側が配慮し、質問原稿を渡すシステムにしてある。あくまでも、これは執行部への「配慮」。ほんとうなら、戦の前に作戦である“手の内”など見せたくないが、それでは、一般質問の日は議員が質問するたびに執行部側が答弁に窮し、議会がスットップしてしまい、収拾がつかなくなるから、原稿を渡している。だったら、厳しく指摘した部分に関して不満を持ったとしても、厳しい指摘部分は「自分が蒔いた種」だ。冷静に答弁できるのではないか。

 執行部側はそういう「原稿先渡し」という議会側の配慮に感謝しなくてはならない立場なのだが、長年そうしてきたからその根本原理すら理解しておらず、職員原稿を受け取る職員の大半は当たり前のように思っている。市長も自分が権力者であると勘違いしているのか、厳しい質問に対しては、議員に向かって怒り、威張る。態度に謙虚さなどみじんもない。

 議会が開かれるたびに、「もっと誠実に、冷静に、質問や質疑に対して答弁できないものか」と思っている。「威張っている」言動の事例など論えばいくらでもあるが、このことひとつとっても、室戸市長は自分を権力者だと思っているということになる。でなければ、もっと謙虚な態度で答弁できよう。

 それと、違法や不正や市民のためにならない大型公共工事など、公正さを理解できる議員から批判を受け追及されるのは当たり前の話で、議員から批判されて腹が立つのならそんな不正なことをしなければいいのだ。こんな「悪いことをしたら叱られる」なんて理屈、小学生の子どもたちでも解っている。

 これらのことは、行政側の不勉強の一語に尽きる。もっと、地方自治や地方政治や地方議会の本を買ってきて、勉強すべき。勿論、自分の労働力以上にたくさん貰っているお給料から出してだ。

 ●「「私は自分を権力者だと思ったことは一度もありません」「私は普通の一市民と同じです」と話す首長や議員もいます。しかし、実際に権力を持って、それを行使しているにもかかわらず、その自覚がないのは極めて【危ない権力者】である」

 そう言った人が室戸市の議場にいますが、その通りです。福嶋氏が言うように、自分が権力を振りまわしているのに「自覚がない」ということ。まちの政治の場に置いておくには危なっかしく、困った存在である。

 ●「首長の権力は言うまでもなく、市民から負託された権力。そういう危険物を市民のために正しく使うのが首長の仕事です」

 「正しく」とは、法令順守で、公正に、公平に、適正に、「自分の雇用主である市民だったらどう言うだろうか」と自分に問い掛け、更に市民にも意見を聞く。すべて市民の考え通りではまちは変わらないし、あまり臆病でも発展は望めないが、大抵の場合、企業や団体と癒着しなければ、町の政治は健全に推移するものだ。

 だから「権力を正しく使う」とは、「政策も行政運営も全て法令順守の上で、市民が期待するように職務に励むこと」。

 故に、政策や行政運営において、法令を守らず、違法や不公正や不適正や不道徳な事業をくりかえし行い、市民の期待に反する職務を続けている首長は、単なる醜い愚かな権力者と断じてよい。

 ●「首長の仕事をきちんと行うためには、権力を行使するときは絶対に誰とも特別な関係になってはならない、ということが必要。特に、選挙でお世話になった人と特別な関係になってはならない」

 これを逆説的に言うと、こうなる。「首長が仕事(※自ずと、これが権力を行使したことになる)を行う時に誰かと特別な関係になった場合は、不正となる」

 もし室戸市長が、市長選の時などにお世話になった建設業者や室戸の有力者と特別な関係(「おい頼むぞ」「はい、わかりました。任せてください」の関係)を持った場合、これはほんの一日で癒着の関係になり、室戸市の政治を歪めることになる。そうなると、その企業や団体や有力者はこう考える。「あの市長は使いよいきん、また次の市長選にも出さないかん」と話がまとまる、ということだ。

 「利権に耳を貸すあの市長を再選させよう」というこういう有権者を舐めきった話を聞いたりすると、議会で不正な政治に睨みを利かせている私は、ふつふつと闘志がわいてくる。
 
 福嶋氏は「権力を行使するときは絶対に誰とも特別な関係になってはならない」と書くが、私に言わせるとこんなこと当たり前のこと。利権でつながった政治家と企業・団体・有力者はそれが悪事だと解っていてやっているんだから、有権者をなめているとしか言いようがない。室戸市という衰退途上にある町を潰そうとしているのは彼ら、政治に巣食う奴らであることは疑いない。

 しかし、愚かで欲深い首長の場合、すべてにおいて理性や知的な判断力に欠けるから、選挙が終わるとすぐに特別な関係が継続される。一度つながった悪い縁は切れない。なぜなら、首長が不正なことに手を染めたことを、悪い議員や建設業者らは相対した時に見て知っているから。

 癒着する首長は4年、8年、12年と続き、更にその癒着を膨らませて増大させ、更に利権の関係を継続させようと考えて4期目を狙って立候補する。だから、利権に明け暮れてきた首長か理知的な判断ができる首長かどうかは、3期目で辞めるか4期目の首長選に出馬するかが、一応の目安となる。

 知的な、物事の何たるかが解った首長は、3期目の終わるころに支持者から出馬要請を受けても、断る。そこが目安となる。

 偶然ですが、室戸市長も現在3期目。来年30年11月の市長選に出るか出ないかが、注目される。

 ●「絶対に裏では物事を決めず、すべて表で決める」「議会との関係も、すべて市民の見ている前で議論し、オープンな場で決めていく」

 これが、できないんですよね、ダメな首長とダメな議員は、理性が無いから。裏でコソコソと議員から口利きを受け、不正な事業や不適正な事業、不公平な事業を計画し、ダメな議員は圧力的に他の議員を押さえつけ、採決で賛成多数の構図を作る。それが可決されるから、まちは政治家の所為でどんどん悪化していくのである。

 まちの政治家とは、まちを良くし発展させるために市民の名代として役所や議会に出ているのであるが、まちを衰退させ自治を悪化させるために存在しているのなら、そんな奴ら要らないんじゃないか。

 まちの政治の場で不正な事業案に賛成する議員も議員だが、こうやって不正に賛成しているのには理由がある。傍聴席に議事の良し悪しを判断できる市民がおらず、自分たちが不正に賛成していることが世間にばれないと思っているから。そして、不正に賛成する議員は、表決の時の態度表明は「基本、全議案に賛成」と心に決めているから。

 だから、何度も何度も出てくる違法や不正な事業案も含め、すべての議案に賛成し続け、これまで室戸市議会において否決された議案など一つも無い。

 平成22年11月の市長選では「国保税は値上げしません」と街頭演説しておきながら、その3カ月後には公約違反の「国保税値上げ」の議案を上程。そういうことにも賛成要員となっている議員から何一つ異論はなく、私の「この間の選挙で値上げしないと公約したじゃないか」と市民に代わり訴える反対討論も議場にむなしく響き、簡単に可決してしまった。

 つまり、議員が不正な議案に賛成するたび、市民は被害を受けているということになる。

 一人の公正な議員がその状況を全て、ブログで全世界に情報発信し、新聞に書いて市内全域に配布することから、議会で違法・不正、無駄な公共事業案などに8名、9名の議員が賛成して可決させていることは既に全てばれてしまっているが、議会には「議事過半数の原則」があり、不正な政治に歯止めがかからない。

 「表で議論せずに裏で物事を決めている首長とそれを支えている議員は、次の選挙で全員、落選させること」。このことだけは室戸市民の皆さんにお願いしておきたい。

 ●「建設業者のほか、まちの有力者、NPOや市民団体との関係も癒着以外の何ものでもなく、特別な関係をもたない」「首長選で世話になっても選挙が終われば、一般市民と同じ関係に戻る勇気を持つ」

 かつて、私がまだ議員1期目だったころのお話です。平成16年2月、東洋町の田嶋町長に市町村合併について取材に行ったことがあって、その時に田嶋氏はこう話された。

 私は町長選でたくさんの方々に応援していただいて当選しました。そして町長に就任すると何人かの方が私のところに来て、『これこれのことをやってもらいたい。選挙で俺たちは応援してやったじゃないか』と言った。

 田嶋町長はその人たちにこう言ってやったそうです。

 『私はそんなことはしません。それじゃ私は選挙で世話になったからといって、利害関係のあるあなた方特定の人たちに町の予算を使うことになります。私はそんなことはしません。お帰り下さい』と追い返しました。

 来た人たちは不満たらたらで帰って行ったそうです。

 私は町長室でその話を聞いて、町長に言いました。「田嶋町長、あなたは立派です。まちのトップたる者は、そうあらねばなりません。・・・」と話したことを思い出します。

 で、振り返って、わが室戸市。平成18年からこれまでの十年を振り返って考えてみても、室戸市長がそういう人だなんてこれっぽっちも思っていない。違法に関して「改めるべきです」と厳しく指摘するも、それから逃げ続けてきたこと、不適正な事業運営や事業計画を認めも改めもしなかったことを思えば、裏があっても無くても同じことで、立派なお考えを持たれていた田嶋町長とは比べるべくもない。

 (※田嶋氏は後の町長選で落選されたが、国のあの事業誘致も町の将来的な存続を考えての短期的な名案であったが、それを理解出来る能力を持った住民がいなかったことが落選につながったといえよう。落選したが、立派な考え方を持った人であることは私がよく知っている)

 とにかく首長は、特定の企業や団体、有力者らとの特別な関係を持ってはならない。もし裏で利権でつながりあくどいことをやっている人間の風上にも置けない“悪代官”ならば即刻、辞職すべき。

 ●「企業、団体、市民などすべての関係は、常にオープンで、たくさんの職員や市民が見ている公の場で行う」

 これだけはその首長の資質次第。いくら「常にオープン」だと言って首長室を鏡張りの部屋にしても、首長の自宅や利権とつながった建設業者や議員の自宅で裏取引を行えば、誰にも分らず悪事は進行する。性根が腐った首長だったら、止めようがない。

 しかし、裏でコソコソやっていたことは、議会に建設業者や団体や有力者が依頼したと分かる事業案が出てくるから、すぐに発覚する。首長は「建設業者とつながっているなんて、たぶん解らんだろう」と思っているが、調査・取材活動に長けた議員は市長ほど鈍感ではないから、利権に絡む事業案であることはすぐに発覚してしまい、議会が開かれると公正な何名かの議員からの追及を受け、時には先日の室戸市議会のように、常任委員会で否決される羽目になり、無駄な公共事業だと市民に伝わってしまうこともある。

 しかし、室戸の政治は、私ら自民党系の議員4名から何度厳しく指摘を受けても、民進党支持議員や公明党の議員など賛成要員の議員が9名いるから、彼らは「あいつらがなんと言おうが、全部の議案が可決するんだ」と踏み、市長ともども平気でいる。

 唯、私が黙っていないのが面白くないのか、発言を妨害する行為はやむことがない。だったら、議員や市長に「鉄砲で撃つぞ」と脅したと同じように、私を撃てばいいのに、なぜ撃てないのか。撃ってほしいものだ。なら、公正な議員が議場から一人消えるが、不正な議員もいなくなるから、議会は健全な方向に向かう。・・となると、私は室戸市議会を健全な組織にした功績から、死後、褒章(旭日章)を受けるかも。(笑)


 以上のように、首長に限らず、議員も含め、地方政治には企業や団体、有力者と利権でつながった愚か者で愚劣な「政治屋」がいることを私は見て知っている。彼らは不正をすることををなんとも思っておらず、平気な顔でしゃあしゃあとしている。むしろ、偉くも無いのに、威張っている。

 曰く、傲慢。

 曰く、厚顔無恥。

 市長選で当選した後、支援議員と後援会幹部のところを回り、お金が入った茶封筒を配って回った夫婦がいます。これは事後供与罪の贈賄罪に当たる。それをもらった議員のほうは収賄罪になる。これなど高知新聞の一面に大きく出るほどの大きな事件だが、地元警察が逮捕はおろか事情聴取すらしなかったから、ますますこの数名は増長し、恥を知らない人間たちだから全く悪びれるところがない。

 かつて議員から聞いた話では、「建設業者のために首長に圧力をかけ、業者から事業費の3%や5%のバックマージンをもらっているそうだ」という話も聞いて知っている。5億円の公共事業の3%でも、1500万円か。すごいなあ。利権と縁が切れんはずだ。その関係から、建設業者の数千万円にもなる追加工事も後押ししているという話もある。“どこまで続くぬかるみぞ”だ。

 だから、「捕まらなきゃ、議員でいて少々不正なことをして恥をかいても1500万円だ」と思っているんでしょうね。あくまでも推測ですが、ね。

 兎にも角にも、政治家になったら、企業や団体や有力者と市民のいない場所で会って市政に関する話をしてはならない。特別な関係にもなってはならない。

 首長が利権の関係を疑われたくなければ、建設業者とつながった議員と縁を切ること。それしかない。

 最後に、この方の一言を加えておきたい。内閣官房参与の、飯島勲氏は国のリーダーについてこう語っている。

 「リーダーには謙虚さが必要だ。自分を支援してくれた人だけでなく、あらゆる人の意見を聴いて決断する必要がある。選挙の洗礼を受けた政治家も、官僚も、『雇い主は国民だ』という強い自覚が求められる。 客観的な環境を見て、優先順位、緊急度を見極めることも大事で、やりたいことだけをやる政治家は失格だ」。

 私も「まちの政治家の雇用主は、市民だ」と言ってきた。このような自覚が市長や議員に無くてはならないということに尽きる。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月6日(月)付けGooブログランキング(2670128ブログ)中、753位でした。

驚異的ともいえる検索数に驚いています。ご愛読くださった皆さん、ありがとうございました。感謝。敢えて室戸市の不正な政治をさらけ出していますが、まちを良くしたい一心で戦っています。内容は厳しいですが、私が言っていることは間違ってはいません。書いた記事の中から何か一つだけでもいいから、あなたの町の政治に活かしていただけたらうれしく思います。
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「議案の事前審議」を行ってはならない理由について

2017-02-01 | トップのあり方
 先日の「議員説明会で不正な議案の事前審議をするの?」の続編です。←(クリック)

 本来、正式のルールでは、市長等執行機関から議会に提案する議案は、議会開会後の「大綱質疑」という場で、まず最初に執行部の担当課長がその議案の内容を予算書や議案書を基に説明し、それを聞いた後、議員らが「何々議案のこの予算(事業)について…」と質疑し、それに対し執行部から答弁を行う。これが正しい議案審議のやり方であり、これ以外に議案審議を行うのは、常任委員会に付託された議案について議会の二分の一とか三分の一の議員がその委員会の「委員」となり、所管部局の議案について質疑と答弁をくりかえし、その真偽の最後に委員会として議案に対する「可決又は否決」の採決を取る。

 それを受けて、市議会の最終日に各常任委員長がそれら審議の内容を報告し、採決の結果を報告します。そして議員らはその結果報告を参考にしながら、議会閉会日の「表決」の時に、提案された議案一つ一つに議員それぞれが賛成、又は反対と、意思を示すことになります。

 これが「議案の正しい審議の方法」です。

 ですが、室戸市の市長は平成18年11月の市長選で当選して以来十年が過ぎますが、この制約ともいうべきルールを知らないようです。

 平成19年11月から平成27年6月まで、議会側が議員総会(議会によれば「全体協議会」ともいう)を開き、市民のいない会議室において執行部側と議会側の人間たちが集まり、半月ぐらい後に開かれる本議会に提案され審議されるべき議案に質疑応答を繰り返してきました。しかし、私の働きでそれは廃止されました。ですが、執行部側は新しい手を考えて、またもや議会前に議案の事前審議を行おうと考えています。

 そこで、私は「議案の事前審議」の悪質さについて全国の地方議会の議員及び地方政治に関心がある国民の皆さんに広く知ってほしいと考え、一枚の文書(下に示した太字部分)を作りました。当電子情報誌の愛読者である議員各位はぜひ参考にしてほしい。そして、あなたの町で不正なことばかりやっている首長やその不正を支援している悪い議員たちの鼻を明かしてやってください。

 全国の市区町村において、本議会開会の半月ぐらい前になると開かれる、議会の議長が招集する「議員総会(全体協議会)」、又は、市区町村長が事業の担当課に命じて議員に案内して開く「議員説明会」、このどちらの集まりにおいても、不正な議案審議が行われる場合があります。次の議会に提案される議案について執行部が説明し、それに対して議員が質疑して執行部がそれに答弁する。市区町村・議会によればこのようなことが行われますが、これは全て不正な「議案の事前審議」となるので、その質疑応答にストップをかけ、やめさせましょう。

 全国の地方議会の不正撲滅に、ご協力ください! 


「議案の事前審議」を行ってはならない理由について

 ●室戸市議会において、不正となる「議案の事前審議」が平成27年6月に廃止されたことは議員各位はもちろんのこと、市長も執行部職員もよくご存じのはずです。しかし、今以てこれが理解されていないようで、議員総会での「議案の事前審議」を廃止させた昨年からは、本議会が近づいてくると執行部が「議員説明会」を開き、その中に「議案の事前審議」となる議題を潜り込ませ、質疑応答を行い審議しようとしていますが、これも不正だから止めるべきです。

 市長と執行部は、「次の議会に提出する議案を議員総会で質疑応答を繰り返すから谷口に不正だと指摘されたんだ。だったら、執行部が議員説明会を開き、質疑応答をする形にしたら、不正じゃないんだ」と考えているようですが、勘違いしてはならない。

 この件の問題点は、「市民がいない非公式な場において、議員と執行部だけで近く議会に提案される議案について質疑応答を繰り返し、更に録音を録ってもその内容は議事録に掲載されない」こと。

 つまり、議会に提出する議案の審議はすべて、本議会の「大綱質疑」の場で執行部が議案の説明を行い、それに対して議員各位が質疑する。そして、執行部はその質疑に対して答弁(議案の内容についての説明)を行う。「主権者」である雇用主の市民は、自分たちが雇った市長や職員や議員のやり取りを聞き、為り行きを傍聴席で監視している。このようにすべきものです。

 (本議会の後、議案は常任委員会に付託され、そこでも質疑応答を繰り返し行い、集中審議されます。この委員会審議も当然、主権者である市民が傍聴できる機会は与えるべきです。なんたって、行政側の人間も議会側の人間も全員が市民に雇われた立場だから、これは市民の当然の権利。これを許さない市長や職員や議員は、自分たちは市民の上にいる主権者と勘違いしている証拠となる)

 但し、議員説明会で次の議会に提出する議案であっても、説明にとどめ、議員の質疑を受けなければ許される。

 ●繰り返すが、「議案の事前審議を議会が議員総会を開いて行うことが問題というなら、議員総会でやらず、執行部が議員説明会を開いて行えば問題ない」ということではなく、市民監視の場(本議会)で審議しないからダメだということです。

 議会が開会され、執行部は提案した議案すべてについて「大綱質疑」の日に説明を行い、議員はその説明を聞いた上で、それぞれの議案について疑問に思ったことについて【疑義を質す】。これが「質疑」です。

 このように、議案に対する質疑応答は、あくまでも本議会場で行うものだ。これ以外の非公式な会議の場での議案審議は「事前審議」となり、不正なルール違反となります。

 議場の傍聴席に市民がいて、議事は広く情報公開されます。例えその時に傍聴席に傍聴人がいなくても議事は進められ、その間の説明、質疑、答弁を市民が聞いていなくても、そのすべては公開の場の議事として情報公開されてしかるべきものです。

 だから、議案審議である「大綱質疑」において、執行部の説明と議員の質疑、そして執行部の答弁は議事録に掲載されないからこそ、秘密会議の議員総会や執行部が開く議員説明会などではなく、情報公開の場であり市民監視の場である議場で行うべきだとも言えます。


 更に言おう。

 議案の審議とは、議会の半月ぐらい前に執行部と議員らが集まってコソコソと行うものではなく、議会の本議会上で市長と議員らが丁々発止と議論を戦わせて行うべきものであり、これが原理・原則。もし議会審議が怖くてできないようなら、今すぐ政治家を辞めるべきだろう。

事前審議型の会議に問題がある理由について

 ●なぜ、次の議会で議案となる案件について議員総会(議会招集)や議員説明会(執行部召集)で議員が質疑し執行部が答弁することがいけないことなのかの理由を、ここで説明します。

①―1・議員総会での「議案の事前審議」は、市長が議長に要請して議員を招集した。この理由は、議場でいきなり議員各位から厳しい質疑を受けたり紛糾することを予感し、議会前に議員から自由に質疑を受けることによって一種の“ガス抜き”効果を生むことを見越して、行ってきました。
しかし、これは不正だと議員各位が理解され、一昨年6月、七年九か月ぶりに廃止された。
     ↓
①-2・その後、議員総会で議案の事前審議ができなくなった執行部は、「なら、執行部が議員説明会を開いて同じようにやろう」としています。でも、このように手法を変えても同じことで、会議において説明する議題が次の議会に提案される議案である場合、説明にとどめなければ、これも議案の事前審議となります。
     ↓
②この議員説明会において、議案となる議題について議員と執行部が質疑応答を行った場合も議員総会で行う場合と同じように不正であり、これも行ってはなりません。理由は、市民のいない場所や同じ形式で次の議会に提案される議案について質疑応答を行ってはならないからです。
     ↓
③これら非公式な会議での質疑応答は、本議会の「大綱質疑」の議事と同様に、議事録には掲載されず、市民はその議員説明会で行われた次の議会に提案される議題についての質疑応答の内容は、何一つ知らないままになります。だから、この会議は「秘密会議」と言えます。
     ↓
④この事前審議の問題点の一例・・・議員説明会で議員と執行部によって審議された次の議会で議案となる議題は、やがて議会に提案されたが、「大綱質疑」の日、議員はその議案に対しすでに議員説明会で質疑を行い執行部から答弁を受けていることから、議場で質疑はないまま、採決となり、みんな賛成します。それらの光景を傍聴席で見ていた市民は、「あんな無駄な大型公共事業に対して議員はなぜ質疑の一つも無いんだ」と怒る。そうなれば、議会後に市民に向けて筋の通らない言い訳をしても後の祭り。「あんな重要議案に質疑もせんような議員はいらん」と批判は高まり、質疑しなかった議員たちは市民からの信頼を失い、リコール(議員解職)も無いとは言えない。
     ↓
⑤こうして、市長と執行部は自分たちの仕事をより効果的にするために議員説明会を開いて「議案の事前審議」を実施しても何一つ痛みはないが、執行部に協力した議員らは不正な「議案の事前審議」に協力したことによって市民から厳しく批判される結果となり、何の得もありません。


 「議案の事前審議」は「ヤミ政治の始まり」。喜ぶのは市長と執行部、割を食うのは市民です。この質疑応答は議会の権威を失う行為で、議員にはこのような議題が出た場合は質疑せず、もし質疑応答が始まったら会議を途中退出する気骨と心構えが必要です。 (全国町村議会議長会編の『議員必携』より)

 室戸市においては、今月、2月16日(木)に議員説明会が行われ、その議題の中に3月議会に提案する議案が二つか三つ入っていますので、担当課にはくぎを刺してあるが、もし議員から質疑を受けた場合、「議案の事前審議」となるので、私はそれを阻止し、それでも質疑応答を繰り返した場合は私は退席するつもり。

 そして、全世界に向け、室戸市が行うこの不正を情報公開するとお約束する。


 以上、決意表明でした。


※電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、2月1日(水)付けGooブログランキング(2668424ブログ)中、1996位でした
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国民の権利と、住民の権利

2017-01-30 | トップのあり方
 国のトップがあれじゃ、国民だけじゃなく、他国の人々もみんな困ってますねえ。

 あのトランプのことですよ。

 まるっきり政治家がやることじゃなくて、そこらあたりの荒くれ者が国のトップになったようなもの。

 性格は粗野で、自分勝手で、周りが見えておらず、その上、政治のやり方を知らないまま大統領選に出たときているから、始末に負えない。

 これは今始まったばかりで、今後さらに「俺には力があるんだ」「オレの言うことを聞かない奴はみんなクビだ」「オレに弱みを握られている元諜報機関のスパイだったプーチンの言うことは聞かざるを得ないが、他の奴らの言うことは簡単には聞かんぞ」「任期の8年間に利権を握って、その後は経済界で財を成すんだ」と誰の話も聞かず、強引に物事を進めていくことになる。

 外国人の旅行者はネットの検索記録や携帯電話の着信記録などをチェックするというから、驚く。いわゆる“検問”。「恐怖政治」の始まりだ。

 近年、独裁者が増殖している。役人のトップが動かす一党独裁の中国。任期を都合よく先に延ばして退任しようとしないスパイ出身の首領が率いる独裁国家ロシア。多民族国家として誕生した国であることをよく知っている首領の家族はドイツ出身の移民なのに、自己中心的な保護主義で移民を排除し、日本など他国の恩恵もあっての今であることすら企業経営者であったのにそれすら知らず、独裁政治を政治をスタートさせた。そのほかにもシリアのアサド大統領、北朝鮮の金正恩等々、掃いて捨てるほどいる。

 小さな町の村長や市長でも、あんな男が村長になり、町長になり、市長になっても住民は困り果てるのに、国のトップで、しかも世界一大きくて、巨大で、強力な国の首長があれだから、アメリカ国民は全員が振り回され、世界各国の人々が振り回されるのは、当然のことだ。

 しかし、あんな政治も解らん“泡沫候補”が大統領選に出てくるだけでも常識ではありえない困ったことなのに、それが当選し、政治の場に出てきて大統領の座に座るんだから、大いに驚いている。

 かつては、あのトランプ先生に似た男が鹿児島県のどこかの市の市長になったことがあり、その市政の混乱ぶりから全国の市に対する評判も落ち、弾圧された職員だけじゃなく、市民も困り果てていたことを読者の皆さんも覚えていますでしょ。

 小さな町でもあれだから、世界一大きな国の首領になったとならば、「傍観」では済まない。「はた迷惑」で、ことは終わらない。

 昨日も、今日も、大統領令という伝家の宝刀を使って、アメリカという国の姿を変貌させていっている。あのような『暴力的手法』で国が良くなるわけはないから、今でも思うが、これからだんだんとアメリカの“国柄”は悪くなり、変貌していくことだろう。「国民の権利」などあって無きに等しい。

 日本の国も国民も、これまでのような平和ボケでは生き永らえていくことはできなくなると思っておいた方がよさそうだ。

 小さな町の政治だって、首長が議員に脅されて不必要な事業を建設業者のために計画していることを知っておりながらそれを放置していたら、住民生活に明日はない。

 トランプのことを考える暇があったら、自分の町の首長が本当に住民のための政治運営や事業計画を行っているかを調査もし、情報も集め、もし不正な事業や無駄な公共事業をやり続けている事例が見つかった場合には、次の首長選でその首長候補には一人も投票せず、落とすこと。

 それが、今のあなたに与えられた使命です。

 トランプのルール無視の政治はやがて近く破たんしますが、まちの首長の政治は良くても悪くても、4年間続きます。

 「首長選の一週間後、当選候補が選挙支援をした議員や後援会幹部の家を回ってお金を配った違法(事後供与罪)な選挙、地方自治法違反となる公共施設の建設、国保税は値上げしないと公約しながら3カ月後に値上げした違反、住民には必要ない大型公共施設建設工事を連続するなど、許せん。もうやめてくれないか」。

 住民は、そうはっきりと口に出してまちの政治を批判すべきです。議員などあてにしていても無駄。職員にではなく、あなたが直接首長に会いに行き、ハッキリと言うことです。でないと、住民の声はすべて届かない。

 臆することはありません。まちの政治の「主権者」は住民のあなた方です。主権者の住民は日頃の仕事が忙しい、だからその名代として市長や職員や議員を雇って働かせている「雇用主」の立場だということですが、公務員はその原理原則すら理解していません。

 つまり、彼らは全員が住民の部下。だったら、雇用主が従業員である市長や議員や職員の働きぶりが悪いということで小言を言うのは、当然の権利。これも「住民の権利」の一つです。

 もう一度申しておきたい。自治体の仕事に関わっている首長、職員、議員は全員、住民が雇って働かせている立場の人間です。政治運営や仕事ぶりが悪ければどんどん言っていいことになっています。

 そして、もし室戸市役所に行ったときに市長や職員や議員から偉そうに言われた場合は、こう言ってお上げなさい。「谷口は、市長や職員や議員は雇用主である市民に雇われた立場の従業員だと言っていたぞ。違うのか」と。勿論、最初からけんか腰で話した場合、すぐに警察を呼ばれることはご承知おきください。

 冷静に話し、役所や議員に不都合な言動があったときには、その筋論を述べて物事の何たるかを教えてあげてほしい。

 なんたって「雇用主」だもん、「従業員」を教え導く役目はある。


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