青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

七福神と門田医師に救われた身。気落ちせず頑張ります

2018-07-19 | プライベート
 10日から九日ぶりの記事の投稿になります。毎日ご訪問下さっている皆さん、ごめんなさいね。

 この7日に高知県内のNTTの通信回路が断絶して以降、パソコンが繋がらなくなっただけでなく、同時にWordやExcel にメール機能まで消え飛んでしまいました。加えて、私がそのパソコンが機能しなくなった原因がNTTの通信回路断絶と知らなかったことからパソコンをつつきすぎた所為で、プリンターとパソコンの連結も消えてしまいました。

 そして、私のような機械類に全く知能が無いものでは回復しないと考え、11日にヤマダ電機安芸店に回復を依頼。13日にはWordやExcelなどは何とかパソコンに回復しましたが、メール機能はNTT が14日、15日、16日と休日に入ったせいで連絡が付かず、17日からはヤマダ電機さんがメール機能回復を目指して下さったが回復しませんでした。

 私が高知大学医学部附属病院で4月25日に脳腫瘍手術を行ったことはこれまでご報告させていただきましたが、昨日7月18日は三か月目のMR検査の日。早朝に出かけ、その帰りの午後2時に「NTTさんと連絡を取りメール機能は回復していて、ようやくパソコンは持ち帰れるかな」と、安芸店に寄ってみました。

 ですが、電機店はNTTとは連絡を取っておらず、メール機能は接続されていませんでした。

 6月末ごろから政治的な失敗で圧力を受けて悩んでいることと、病後で体調は正常になっていない時期でもあり、これには店内で精神的に落ち込んでしまいました。

 でも、パソコンを正常化させた上で機能しなくなったプリンターを廃棄し、プリンターを新たに購入し接続した上で、支持者に配布した「訂正文」を改めて書き直し「再訂正文」を作成し、それを支持者らに配布せよと室戸警察署から「警告」を受けている身。誰も助けてくれるわけもなし。

 ということから、電機店の社員にお頼みしました。

 「NTTさんに連絡しないとメール機能は元に戻りません。どうずNTTさんに連絡して回復させてください」とお願いし、やっと両社の情報交換が始まりました。

 私もパソコンの所有者ということから、「このメール機能がパソコンから消えた原因はあの7日の通信回路が断絶したためです。原因は私が下手につつきすぎたことなんですが、困っています。どうか早急に繋げてください」と懇願の声を上げ、やっとメール機能がパソコンに納まったのは午後4時でした。

 そう急がないと、議会新聞に挟んだチラシの「再訂正文」をWordで作文しても連結が切れてしまっている今のプリンターは使えないため、新たにプリンターを購入しなくてはならない・・・。でも、議員職は間もなく終える・・・。

 ということで、「帰ったら、使えなくなったプリンターの代わりとしてAmazonで中古品を購入しよう」とパソコンが機能しなくなったときから決めていて、昨日午後5時過ぎに自宅に帰りパソコンを繋ぎ、今まで長年使い続けてきたのと同じEPSONの「PM-A840S」の中古品を探し、すぐに注文しました。価格は4700円ほど。きっと私の人生最後のプリンターになるでしょう。

 但し、選挙にかかわるある人物と地元警察署から指摘を受けた「再訂正文」の印刷は今日から4、5日経ってプリンターが配達されてからだから、25日ごろか。そして、その配布作業はそれから約一週間かかると思っているので、全部配布するのはきっと7月31日ごろになるでしょう。

 でも、この酷暑の時期の活動です。もし私がチラシの配布中か帰宅してから熱中症(昔の日射病)で倒れましたら、友人議員やこれまで私が親しくお付き合いしてきました方々はあとに残る私の愛妻のことをよろしくお願いいたします。


 誰を批判したわけでもないほんの一言の言葉をうっかり誤って書いたせいでこれほど圧力を受けるとは思ってもみませんでした。

 そんなことから、室戸市内の政治体質にはとことん嫌気がさしていて、市民の皆さんには申し訳ありませんが「早く議員任期の最終日が来ないか」、「もしものことがあれば任期途中での引退も」とまで思っています。

 
 昨日、高知医大の脳神経外科の私の担当医・門田医師の診察をお受けしましたが、医師からは私の病状について「放射線検査の結果は、全く問題ありません」とお聞きし、一安心でした。

 その後は、定期検診を受けようと思い室戸を出発した昨日の朝、午前7時半過ぎに安芸市矢流で発生した事故で大渋滞したことによって、私や安芸市から高知医大に向かっていた同医師を含めて出勤される方々が困ったお話や、今現在の酷暑によって熱中症になられる方が増えているお話、そして私からは、妻が「あんたがそういうように正常な形でいきているのは、あの門田先生のお陰や」と喜んでいることなどをお伝えしましたが、いま私はある立候補予定者から圧力を受けていて精神的に落ち込んでいることもあってか、門田医師とお話している途中、心は安かりながらも目には涙を溜めていました。

 その門田医師との半時間足らずの時間と、帰宅後に妻が「どうやった?」と聞いて私から「門田先生は『全く異常はありません。いいです』と言っていたよ」と伝えると妻が「ほんま?よかったー!」と安堵の声を上げたことが、昨日の何よりの救いだった。妻は「ほんまにあんたは神様に救われゆう人や」とも。
  

 自宅には私が描いた七福神が4作品、壁にかかっています。この神々からの応援があってこそ死なずに今まで生きてこられたと思っていますので、もう少し頑張ろうと思っています。

     

 このように韓信のような目に遭いながらも、ね。

 (※参考記事:「韓信の股くぐり」について書いた記事


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NTTのインターネット回線不全で、パソコン機能も被害

2018-07-10 | プライベート
 3日ごろから続いた連日の大雨で福岡県や広島県、岡山県などの西日本は特に大きな被害が出ていて、被害をお受けになられた地域や被害者の方々に心よりお見舞い申し上げます。

 高知県内でも西の宿毛市をはじめとする幡多地方が雨続きでお悩みになったニュース、そして県東部では安芸市の安芸川と伊尾木川が氾濫寸前の水位となったニュースを見て、心配していました。

 実は、私が住む室戸市は雨は降り続きましたが豪雨が降り続くことは無く、被害はあまりなかったように思っています。

 唯、小さな被害と言えばそうですが、個人的には雨が続いた時期の7日(土)の朝に異変が起こり、困りました。

 7日の午前8時ごろにはパソコンは正常に動いていましたが、一度事務所から離れ、戻ってパソコンを入力しますと、インターネットにつながりません。そこで、機器類に疎い私ですのでそのままパソコンの電源を切ればよかったんですが、「これは困った。なんとか復帰させたい」と思い、色々と操作を続けたのです。

 そうしていると、スタート画面にあったWordやExcel、メールを行うOutlookなど多くのショートカットが消えてしまい、何もできなくなってしまいました。

 で、なぜ当家のインターネットがつながらなくなったのか悩んでいましたが、ニュースでも「高知県内でNTTの通信回路がパンク」のニュースが流れ、ようやく高知県内の各会社や家々にあるパソコンがつながっていないと気付いた次第。もうそうなると、パソコンを買った店に改修をしていただかなければ元に戻らないと考えました。

 翌8日の朝にはテレビから「通信回路が回復」等というニュースが流れます。ネットがつながったということらしく、パソコンの横においてあるADSLのPPPの赤ランプも正常な黄色ランプに戻っていて、「パソコンの故障だと思って焦ったが、なんだ、NTTの通信回路の故障だったのか」と気付きました。

 その時、ようやく自分の機械類に対する知識足らずを再認識した次第。

 ということで、8日(日)はじっと我慢し、9日(月)になってすぐに買った安芸市のヤマダ電機安芸店に室内用パソコンを購入時の箱に入れて持っていきました。

 開店した午前10時過ぎから元に戻す作業を始めていただき、プリンターとの接続を除いて、ようやく元通りになったのは午後1時過ぎでした。

 今回、パソコンへのインターネット接続が消えたことを考え、それを通信システムの故障とは思わず、「自分の操作ミスでネット接続が切れてしまった」と焦ったことを考えますと、いつもはブログを書いたり議会などに使う原稿をWordに書いたりニュースを見たりしていて使いきっているように自分では思っていても実際は能力不足で、いざとなったら機器の操作に疎いことが良く分かりました。

 でも、昨日はヤマダ電機から帰りながら一安心で、「ほんまによかった」と思ったものです。

 但し、私の被害はわずかなものです。

 家屋や車の被害だけでなく、家族がお亡くなりになった方々、そしてご家族が行方不明になった方々など、全国で大きな被害を受けられた皆さんにはお悔やみを申し上げるとともに、心情をお察しし、お見舞い申し上げます。


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病状報告について書いた文章誤りについての、謝罪

2018-07-05 | プライベート
 私がこの4月17日に入院し、25日に脳腫瘍の手術を行って5月10日に退院したことは、当電子情報誌でも記事として報告させていただきました。

 そして、6月議会の常任委員会が休会中には議会新聞と一緒に病状についての報告を書いたチラシも配布した次第で、そのチラシは5月10日に退院した翌日に急いで文章をまとめたものでした。

 ですが、その文章は病状がまだ正常に戻っておらず精神的に適正な考えを持って書けなかったようで、最近になってある方から「その文章の文面の最後に不適正な言葉が書いてある」と指摘され、注意をお受けしました。確認したところ、私自身もその過ちに初めて気付き、来たる選挙に関わっておられる方々に多大な迷惑をお掛けしていることを知りました。

 このことについては誠に申し訳なく思うとともに、今後はこのようなことの無いように尽力いたしますので、関係者の皆様には何卒お許しいただきたいと考えています。

 尚、先のチラシはできる限り早急に回収する所存ですが、回収できないことも考えられますので先のチラシを所持しておられる方はすぐに廃棄処分して下さるようお願いします。

 又、回収するため市内全域を回りますが、もし回収できなかった場合のことを考え、訂正文を認(したた)めたチラシを同時に配布します。

 以上、病状報告について記載した文章末尾の一行を誤って書いたことに対する、謝罪とさせていただきます。


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結婚生活初の記念撮影、後日談

2018-06-25 | プライベート
 決して「結婚五十年」だからというわけではなかったんですが、23日の土曜日に夫婦初めての記念撮影に行ってきました。

 でも、その撮影の最中、妻は私の横で急に泣き出し、「ちょっと待って、ハンカチを・・」と撮影カメラの後ろにおいてある鞄に向かったのには、驚きました。

 私も急にそうする妻を見て「どうしたんだ」と思いましたが、きっと撮影中にこれまでの私との五十年という人生の色々な家族生活の楽しみや苦しみ悩みしたことを次々と思いだされ、夫婦二人の写真撮影という記念の場所で自然と涙が流れ出たんだと思いました。

 20歳ごろから公務員などの定職につく男性と違い、「自分の人生を残したい」と38歳に家業である製材業から離れ田舎では誰もやらない仕事を続けてきた男の妻になった女性。そんな妻のこれまでの人生を思い起こすと、自分の楽しみよりも、家庭を助ける働きばかりだったであろうと想像できます。

 室戸市内の病院の看護婦になってすぐの19歳で私と結婚し、20代では私が銘木を運んだり木製品を運んだりしている長距離のトラック運転手で自宅にいない日は多く、やがて子どもができると自分は幼い子供の面倒を見ながら実家であるパン屋の配達係として務めはじめました。

 昭和51年の私が30歳になったときに自宅を新築したことから、夫婦は共働きしながらそのローン支払いが始まり、それはこの平成24年になってようやく終わりました。

 ただ、妻の苦労はその自宅建設のローン支払いだけでなく、私が40歳で喫茶店を開業したことやそこの駐車場が使えなくなったことから、翌年から一人で地域雑誌『あおぞら』を出版するというどなたもやったことのない仕事を始めましたが、当然、開業する時から思っていた通り赤字体質の仕事。毎月10万円ほどと、家庭に向けては適正な金額の給料を渡すことができませんでしたので、妻の苦労は続いたことでしょう。

 結果、出版業の約八年間では“日本一オンリーワンの地域雑誌の出版”として全国大会の「NTT全国タウン誌フェスティバル」で二度入賞し、あの有名な東京帝国ホテルで行われた表彰式には二度出席。二度目は妻も同行して雰囲気を堪能しました。ですが、毎月出版する『あおぞら』の内容が年々高まるのとは反対に年々購入部数は減少。そうなると当然、印刷所への支払いは滞り、やがて無念な思いを持ちながらも平成10年1月に休刊。その印刷所に滞納した借金の支払いは会社員をしながら、四年かかって完納した。

 自分一人の雑誌作りも、それほど楽な仕事ではありませんでした。朝は6時に起きて取材や雑誌の販売を始め、夕方が来て自宅に帰って夕食を済ませるとすぐに夜の町に雑誌を売りに出て午後8時過ぎに帰ると風呂に入りすぐに手書きの新聞づくり。翌日の午前2時から3時ごろまで続き、途中に字を書きながら眠っているときは何十回もありましたが、所詮、自分が始めた仕事です。そして高収入が見込める仕事でもありませんから、妻や子供たちが喜んでくれている仕事でもない。泣き言を言っている暇などありませんでした。

 妻にしても、私の雑誌出版が高知県東部地域のためになるということから県庁の地域政策課が「頑張れ、頑張れ」と声を掛けてくれていることも知っていて、止めさせることもできず、でも内心は家への収入が少ないことを悩んでいたが、私は「愛読者がいるから」と思いそれを承知で続けていました。

 そして、平成10年1月になって私が雑誌出版の仕事をやめて地元の会社に入ると、給与は少ないが「定職」ということもあり、ある面、安心したようでした。

 その後、平成15年4月の市議会議員に出馬したいという私に強く反対、「出るんやったら家を出て行く」とまで言った。私の「出費は10万円で済ます」という声にも賛同せず、14年11月1日から一か月間反対していましたが、勤めていた実家であるパン屋の周辺の人たちから「それやったら賛成しちゃリや」の声に押され、丁度一か月目の11月30日、帰宅した妻は「出費が10万円までで済ませる事の出来る選挙だったら出てもいい」と私に話しました。

 結局、その時の出馬に使ったお金は、自分が街頭に設置する6つの看板はトタンと垂木を買ってきて作り、絵をかくのは専門職ですので自分で下地を塗り自分で名前を書き完成させたし、後は、配布するハガキの印刷料などだったので、合計約9万5千円。しかも、選挙運動は他の人には頼らず、妻と二人の選挙。すべて、出費を抑えるためだった。

 以後の三度の選挙では出費は看板を作る必要も無いから、1万円前後。最後の平成27年の市議選で使ったのは選挙事務所に置くお茶菓子代2000円で当選しました。たった二人だけの選挙で当選した。

 (唯、平成23年の市議選では小松市長を支持する室戸市の悪人たち10人足らずの集団が選挙運動中に「市長の不正を批判する谷口には投票するな」と市内全域で落選運動を行い、落選した。市政において国が作った地方自治法に違反する不正な政治が行ったことを議会で批判したら、市長が正しくて、議員としていけないことなのか。どなたか「議員が間違っている」と思う県民や市民がいたらご意見をお聞きしますし、私のブログを毎日見ているその不正慣れした元公務員の主犯夫婦からも意見を聞いてみたい)

 私が議員になってからの妻は、「報酬」という定収入が入るようになったという喜びからか、あまり収入で悩むことは無くなりました。反対に、私の方も「妻を悩ますことがなくなった」という安心感が生まれたし、私が「他の議員に負けてはならない」と当電子情報誌を書き議会報『青空新聞』の制作に励んで配布したりして議員活動に精進していることが妻を悦ばせています。

 だから、現在の議員活動が室戸市民の皆さんだけでなく全国の地方政治にかかわっておられる方々にも向けて激しいのは、これまで苦労させてきた妻への恩返しでもあります。

 議会の日に出席しているだけで議員として左程の仕事をせず毎月報酬をもらっている地方議員は当然世間の評価が低く、もし私がそういう議員だったら妻への世間の風当たりも低く、妻を悦ばせることもできませんが、私のこれまでの議員活動で妻が世間から批判されたことは一度もありません。それが、私にとっては一番うれしいことです。

 病気については書いていませんが、大型トラックで長距離運転を続けていた19歳からはコンスタントに「二年に一回、胃潰瘍で入院」、病名は書きませんが30歳の時には大病で7か月間の入院、そして今年初めからの脳と肺の闘病と妻を悩ませてきましたが、私にとって何よりもうれしいのは、結婚したのが病弱の妻で無かったことです。

 健康体の妻を長年にわたり私が行う職業で悩ませ、高齢となった今は私の病気で悩ませていますが、夫婦ともなると言い合いのケンカも当然どこにもありそんな苦労や辛さは消えることは無いでしょうが、妻としても私が浮気したわけではないし、バクチをしたわけではないし、酒を飲んで遊び続けたわけでないし、表立って腹を立てにくかった点はあったと思います。

 夫が真面目に行っている仕事がうまくいかないからいって妻が激怒するなんてこともしにくかったことでしょう。

 でも、市職員などという浮き沈みのない職業じゃないことに夢中になる夫のする仕事に妻が悩み、特に収入が不安定という面には長年にわたり何度も腹を立てたと思います。

 こういう安定しない夫婦生活を五十年に亘り歩んできた「結婚五十年」の記念ということもありますが、夫の私としては高齢となり大病を経た自分の今後の寿命を考え、夫婦としての思いでの記録を残すのは今だと考えての、記念撮影でした。もしかしたら妻もそういうこれからのいつまで続くか解らない私との夫婦生活も想像し、写真撮影の場で何度も涙を流したのだと思っています。

 先の入院する時、私は医師に向けてこうお願いしました。

 「議員を引退するのは来年4月ですが、私がいなくなった後も女房が80歳、85歳まで安心して暮らせるようにしてやりたいと計画を立てており、それ以後も私が“せめて三年、できたら五年間”、今のような元気な体調で生きられるようにしてください。その計画が三年ぐらいで実現で来たら、どうせこの体は20歳の時に居眠り運転であと1秒で死にかけた身です。その後に死ぬことは一つも怖くありませんので」と。

 議員活動を除けば、今は、過去の自分の苦労よりも現在の夫婦仲の良さに涙したんだろう妻の将来を安定させてやることを一番強く考えています。

 でも、「人生いろいろ、夫婦生活もいろいろ」、妻が写真撮影の途中に何度も涙を流したのには本当に、驚きました。


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金婚式を前に、夫婦初めての記念撮影に行ってきます

2018-06-23 | プライベート
 私緒たち夫婦も今年の10月になると、結婚50年の金婚式の日を迎えます。

 いろいろありましたが、苦労しながら生きてきて五十年という日を迎えることを考え、そして重病が完治し退院したこともあって、今日は地域雑誌を出版していた40歳代の時から知り合いの店に記念写真を撮りに行くことにしました。

 皆さんがよく写真館に記念撮影を撮りに行くことを前から知っていて、「自分たちも撮りたいな」とは思っていましたが、日々の生活や仕事に忙しく、一度も行ったことはありませんでしたので、今日は良い一日になりそうです。

 スタイルは二つ。正装をしている写真と、普段着ですがちょっとしゃれた格好と。

 どのように写るのかは解りませんが、妻は70歳、私は11月で72歳。きっとその写真が夫婦二人に良い思い出を残すだろうと思っています。


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「不正と戦い続ける議員」が無事、帰って参りました!

2018-06-14 | プライベート
 愛読者の皆様、小生、今年2月から病院から呼び出しを受け、室戸市議会の3月議会はすべて出席後、3月末ごろからまた検査があり、4月17日に頭部の手術で入院しました。

 そして5月10日に退院しましたが、最初の診察で受けた肺の問題点を解消するために、その22日に再入院。

 手術するほど悪くはありませんでしたが、投薬による治療が行われ、「問題は消えた」ということで、昨日の午前中の脳検査を終えて退院。友人と妻のお迎えの車に乗って、午後5時ごろに室戸の自宅に帰って参りました。

 退院前にお聞きしましたが、4月25日の手術から50日ぶりに行った午前中の脳の「MRI造影検査」の結果は、手術を行った門田医師から「何の問題点もありません」と説明を受け、門田医師に対しては、「『あと三か月の命』という脳腫瘍が先生のお陰で解消され、大変うれしく思っています。まあ、『あと二十年』はないでしょうが、何とかあと十年の命にはなったとは思っており、感謝しています。今後に行われます定期検査には参りますので、宜しくお願いします」とお伝えした。

 肺の治療の方も問題となった1センチのものは消えましたが、再入院してからは“闘病”というよりも、投薬による副作用で頭部、顔、胸と背中にちょっと小さな吹き出ものができたことぐらいでした。でも、それも皮膚科の医師からいただいた塗り薬で八割がた消え、悩むほどではなくなりました。

 ですが、私が入院したのは肺や呼吸器を病んだ患者さんが治療を受けながら入院している階だったもので、多くの高齢者の方々が咳き込む声や姿は見ていてかわいそうで、「私の病なんか軽度なんだ」と思って過ごした三週間でした。

 ま、もう闘病する必要は無くなりましたが、「もしまた肺に病が発生したらいけないから」と、担当医は「投薬は飲み続けたほうがいいです」とのことで退院する時にその薬はいただいて帰ってきました。

 これも、20歳にトラックを運転している時の「あと1秒」という瞬間に目覚め助かったことも含め、今回も神様が助けて下さったものと、今もそう思っています。しかも、当家にいる四組の七福神(二十八の神)が塊になって、ね。
 

 ほんとうに七福神には感謝、感謝です。


 さて、入院前に担当医師と話し合ったときに「6月議会は6月15日に開会するとみていますので、その前の12日か13日に退院できるようにしてください」お願いしたこともあって、二度にわたっての闘病生活は3月議会が終わってから6月議会が始まる直前まで続きましたが、これからは6月議会の審議に集中し、議員としての務めを果たしていきます。

 体調は再入院した時から悪くないまま入院し治療を受け退院したので議会審議には何ら問題はありませんが、一般質問の締め切り日(11日)は過ぎていて質問はできませんので、18日に行われる一般質問の日に私の質問はございません。(あしからず)


 さあ、議会開会日の前日である今日は、昨年12月にした散髪をこの6月まで行っていないし、頭部の手術のために左耳の周辺の髪の毛はみじかくカットしたことにより短く、右耳の方の髪の毛は長く伸びていて、入院しているときから「あー、早く散髪に行きたい」と思っていましたので、散髪に行って気分を一新させようと思っています。

 議会が始まり、審議が終わるといつも行ってきた私個人の議員活動に戻ります。

 それと、議会の常任委員会が終われば、入院時に見舞いに来てくださった議員や近所の友人、妻の知り合いなどには感謝とお礼のあいさつに回ろうと思っています。

 では、長い闘病の日々は終わりましたので、今日からはこれまでのように室戸市政の監視役を主に闘いながら、市政と市議会情報の発信に務めますので、来年4月の市議会議員としての任期が終了するまで宜しくお願いいたします。


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今日、再入院

2018-05-22 | プライベート
 小生、4月に脳の手術をして退院しましたが、医師は「肺もついでにやっちょきましょうか」なんてことは言いませんでしたし手術するわけでもありませんが、その治療のために、今日、再入院します。

 約三週間の予定ですので、室戸市議会の6月議会が開会する6月15日の数日前には完治して帰って参ります。

 自分としては体調はいいんですが、所詮は爺さんの体です。検査をすればどなたでも何かは出てきましょう。

 ですので、申し訳ありませんが、それまでまた記事の掲載はお休みします。

 退院は6月13日(水)ですので、それ以降、またご訪問いただきたい。

 皆さん、ご心配なさらなくても、私はこのくらいのことで死にゃしませんから。(笑)

 では、頑張って全快して帰って来たら、またこの青い空の下で頑張ります!

再入院まで、あと三日

2018-05-19 | プライベート
 私が所属する室戸市議会産業厚生委員会の「管内視察」は終了しましたが、17日の一日かけての視察に私は参加できず調査についてご報告することもカメラでの撮影もできませんでしたので、そのご報告は記事に出来ません。その点は、市民の皆さんにお許しいただきたい。 

 尚、手術していただいた脳の傷跡は少しずつ回復し全開に向かっていますが、もう一つの病状(自分では全く症状なしに働いていましたが)を高知大学医学部附属病院に再入院する日程をご報告します。

 担当医には「6月15日(金)に市議会の6月定例会が開会されますので、是非ともその前に退院出来るようお願いします」とお願いして、週明けの5月22日(火)に入院し、病状が解消されれば、約三週間を経て6月12日か13日に退院の予定となりました。

 今は手術後ですが、その議会開会の頃には前のような迫力のある(?)私の発言と行動が戻ると考えており、もし小松市長が室戸市政において問題がある事業や有力者が建設する建物に対し無駄な財政支援などがあれば、徹底的に発言し、徹底的に情報公開させていただきます。

 私は家業の製材所を退職した後、ジャズ喫茶を開いてまちづくり活動を行い、駐車場がなくなったため、すぐに田舎において約八年間儲けにならないことが解っていながら地域雑誌の出版業を行い、その後は議員となり現在に至っています。

 でも、これを失敗だなんて全く思っていません。家業の製材所に40歳前までいて、「60歳過ぎまでここでいていいんだろうか」と考えた上での退職でしたので、“黒字の人生”ではありませんでしたが、「こういう人生を歩んできてよかった」と大いに満足しています。

 ただ、11日の退院後の記事でも書きましたが、結婚した22歳から議員になるまでの私の職業によって妻が苦労し続けてきたことは間違いありませんので、今後、議員職から離れたらすぐに、自分の命よりも妻が一人となってからも幸せに長生きして暮らせるよう、生活環境を変えたいと思っています。

 では、再入院までに記事を書く予定はしていますが、自宅にいるのは21日までで、22日以降は申し訳ないですがまた記事は書けなくなりますが、お許しください。

無事、退院したことをご報告いたします

2018-05-11 | プライベート
 4月に大病が発見されて手術し、5月10日に退院したことをご報告させていただきます。

 議会新聞である『青空新聞』をご愛読して下さっていました皆様と、私がインターネットに掲載している議員ブログ『青空エクスプレス』を全国でご覧くださっていた皆様に対し、約三か月以上その経過を記載できませんでしたが、昨日、5月10日に退院しましたので、そのことを簡単にご報告致します。

 私は今年に入って1月末ごろから咳が出るとともに、頭部左側にかすかに重みがあり、「なにかなあ」と思っていました。それを室戸病院で受診後、2月になって県立安芸病院で検診しCTなどを取ると、3月には安芸病院と業務連携する高知大学医学部附属病院に廻され、3月末の27日から29日までの検査入院の結果、「脳腫瘍」と明らかにされ、とうとう4月に入った17日に入院となった。

 その診断では、担当医から「左耳の上の奥に約5センチの腫瘍があり、これを放置すると、三か月の命」と明らかにされる、そんな危機的な病態でした。でも、入院前に自宅でこの病気のことを調査すると、「脳腫瘍の7割から8割は“良性の脳腫瘍”で、あとの2割から3割が“悪性の腫瘍”」という記事を見つけましたので、「自分の腫瘍がある位置が命を決定する」と感じながら、入院した。

 そうして、重病手術しての退院までは一か月足らずの短い間ですが、毎日、毎日、CT等の囲いの中に入れられ、約半時間から1時間かけて体の頭から全身に対して検査が続きました。でも、18歳から危ない道路を大型トラックの積載量を超えて運び、地方雑誌を一人で編集し販売してきたし、議員になっても他の議員に仕事ぶりで負けたなんて一度も考えたことがありませんので、検査に対し何一つ怖くなく、体が動かせない形になったすべての検査中に笑っていました。

 そうして自営業である地域雑誌の出版なども含めいろんな職務に着きながら働き、今やあの「あと1秒」の危機から逃れて五十二年目になります。この脳腫瘍手術の後でもし私が死んだとしても、申し訳ないのは、これまで苦労させてきた妻にだけ。そう思っていました。

 でも、4月の初めに高知大学医学部附属病院の門田知倫医師が私の「脳腫瘍」削除手術の担当になって以降は、私と同感。特に初めてお会いした時、「父が地元の市議会議員をしています」とお聞きしたことや、医師の説明と主張に私も同感したため、「この手術担当医なら例え手術後に命を失おうとも、また反対に病状を削除できて正常の人間として生活できるようになってもよい」と納得し、手術をお願いした。

 そうして、4月25日(水)の朝の8時半ごろから夕方5時ごろまで約八時間ほどの手術が行われる予定で開始。9時から午後4時半と、意外と早く手術は終了しました。妻や親戚の皆さんは午後7時ごろの私がまだ麻酔が切れるまでに私のところに来て声を掛けると、私が反対に声を掛けたそうですが、私は覚えていません。妻はその手術の結果に喜んだそうです。

 術後、左耳上の頭部に痛みはありましたが、私は信頼した門田医師に対して感謝しました。手術を終えての私の足踏みや私の行いに同意して下さり、医師としては誠に信用できるし、「きっと退院するまで信用できる医師だ」と痛感しました。

 又、手術前と手術後に門田先生と共に私の個室にご挨拶に来られた高知大学医学部付属病院の脳神経外科の上司、上羽哲也教授(副病院長)にも手術前と手術後に二度、私は頭を下げましたが、それらの五名ぐらいの方々以上に、手術を行ってくれた門田医師の「医学術の高い能力」と「患者に対する適正な対応力」などを深く感じ取りました。10日に退院する日までも術後の頭部に関する検診が毎日、行われ続けられましたが、「手術をこの医師にやってもらってよかった」と喜びながら、退院する10日には妻と私が門田医師にお頼みして5階の看護事務所の前で写真を撮影。お礼を言って、友人が運転する車に乗り夕方5時過ぎに自宅に帰ってきました。
  

 唯、病院に「病気だ」と言われ入院、「病気は治った」と言われ退院してまいりましたが、もう一点、高知大学医学部附属病院での当初の3月に指摘された「肺への治療」として、手術するほどではありませんでしたが、高知医大附属病院と連携している安芸病院の方に5月20日ごろに入院し、6月議会前が開会する前ごろに退院する予定となりましたので、議会前にもう少し頑張らなくてはならないと考えています。

 でも、これで少なくても五年は長生きできますので、これからも私を応援して下さっています市民の皆さんや友人のためだけでなく、全国の地方政治や地方議会に関心が深い方々のために働き、室戸市議会議員の任期である来年4月の議員任期を終えると、それ以降は私が長く苦労させてきた妻のため一筋に尽くし、生きていきたいと考えています。

 最後に一つお願いしたいことは、半年後の11月に行われます室戸市長選に立候補を表明している萩野義興氏を私は支持し支援し、事務所への大きな看板も描かせてもらいました。

 今までのように違法や不正な事業を行ってきたことを報道し続けてきた私の報道力によって市民による「落選」を予期し退職を決めた小松市長だけでなく、立候補する3名の政治に対する発言や行動や感覚を私は賛同できません。

 でも、萩野氏は市職員としても理が通っていましたし、「政治家としては未知数」ですが、悪い働きかけや口利きには手を出さず耳も貸さず、公正・公平な市民のための政治を行うと考えていて、立候補者の中では一番信頼性が高いと私は考えています。

 全国の政治に関心が高い人を対象とした議員ブログ『青空エクスプレス』と、室戸市民への政治報道を目的にした議会新聞『青空新聞』の読者の皆さんには、議員である私の残る職責はあと十か月間ですが、なにとぞご声援くださいますよう、お願い申し上げます。


電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、5月11日のGooブログランキング(2822249ブログ)中、664位でした。

 大変たくさんの方々がご訪問いただいての驚異的な訪問者数ですが、これは私の退院のご報告に対する数字だけでなく、今年4月14日に書いた記事「加戸守行・前愛媛県知事、あなたの言われる通りです」に訪問いただいた方々の数字が驚異的に多かったためもあります。
 どちらにせよ、このように再度、私のブログに記事を見においでくださった方々に対し、御礼申し上げます。

5月4日の検索数及び訪問数に驚いています

2018-05-05 | プライベート
 退院前に、今日一日だけ自宅に帰る許可が下りて帰ってきました。6日の午後にはまた病院に帰ります。 

 今日の前日の5月4日(金)の電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、Gooブログランキング(2821238ブログ)中、162位でビックリしています。

 たくさんの方々が私程度の議員のブログにお集まりいただき、うれしい限りです。

 4月17日に入院し、25日に手術。長い長い苦労のあとですが、担当医の優秀さに感動すら体感しています。

 この後、7日から10日までのあと四日間の最終検査があって、ようやく5月10日の午後に退院し、夕方には帰宅。11日には現状に復帰しますので、その時はまたお付き合いくださいますよう、よろしくお願いいたします。


電子情報誌「青空エクスプレス」のアクセス数は、5月5日(土)Gooブログランキング(2821329ブログ)中、739位でした。