青空エクスプ レス

日本ではオンリーワンの手書き地域雑誌『あおぞら』の編集発行人を経て、室戸市の政治を監視する改革派議員三期目。

選挙の時にはみんなで投票に行きましょう!

2018-11-18 | 人間のあり方
 全国の有権者のみなさまに選挙に関する大事なことをお教えします!!

 全国の有権者の皆様がもしや選挙について勘違いしていないかと思い、今日は“「政治参加」とはいかなる意味か”について書きます。

 選挙の告示日は、国の近未来を決め、それぞれの県、そしてそれぞれのまちの将来を決める大事な選挙となります。

 でも、中にはそういう大事な選挙なのに投票にも行かず、棄権する人がたくさんいます。まちの投票率が60%だとすると、そのまちの有権者の40%の住民は投票に行っていないということ。こんなことではダメです。こんな政治意識では、まちが良くなるわけがありません。

 そこで、お願いがあります。

 お家を守る奥さんは旦那さんや投票権を持つ18歳以上の子どもさんに、次のようにクギを刺してほしい。

 「えいかね、お父ちゃんもあんたら子どもたちも、よう聞きよ。まちの政治のやり方に不満を持っても、選挙の時に投票に行かんような人間にはそのまちの市長や議員を批判する権利はないぜ」。

 「そうやきん、ブツブツ言わんと、早よう投票に行ってき」。


 これはなぜなのか、読者の皆さんはお分かりですか?

 まず、投票所に行って投票すれば「政治参加」したことになり、投票所に行かず投票しなかったら「政治不参加」となるからです。

 これはお分かりでしょう。

 例えば、室戸市長選でもし有権者数が10000人で、投票率が60%だったら、投票に行った人は6000人だけで後の4000人は投票に行かなかったことになります。サー、大変です。室戸市の有権者の中でその40%の人は市長が行う政治に対する発言権がないため、室戸市長が行った政策や行政運営、そして市議会に提出した議案については一言も批判することができないということです。例えば、小松室戸市長のように地方自治法違反や公約違反で国保料を値上げしたことなどが良い例で、そういう不正な行動があっても投票に行かなかった市民は批判の一つも言えないということです。又、市議選に投票に行かなかった場合も同じで、市議会が行ったことや議員それぞれの行動にも発言権は一切ありません。

 これを室戸市で例えれば、「あの市長は建設業者とつながって無駄な施設ばっかり建てよう」とか、「あの市会議員は一つも仕事をしやせん」なんて批判も出来なくなり、不正を行っている市長にも議員にも自分の思いや怒りは通じなくなるということです。(ま、有権者の中には室戸市の政治に絡む悪事に賛同し、悪事に同調し、悪事に協力している人もいるので、そういう方々は逆に暗闇に隠れながら、法令を守り正義を貫く私たちに批判を続けてはいますが、そんなのはなんにも怖くありません。なぜならば、私たちの方が正しく、法令順守すらできない人たちの方が悪いんで、考え方や行動を改めるべきはそういう人たちだから)

 「政治不参加」、つまりこのように選挙の投票日に投票しないということは、政治に関心を持たないため参加しなかったということになります。因って、投票しないということは同時に、政治に対する発言権も失ってしまったということになります。

 こうして投票日に投票にも行かず政治に対する発言権を失えば、国政、県政、市町村政や市町村議会の不正や不馴染めや怠慢行為などについて批判できなくなる。

 例えば、衆院議員が不正なことをして議員辞職や離党やと騒がしくなっても、衆院選の時に投票所に行って投票していない有権者は、批判の一つもしてはなりません。なぜならば、投票権を放棄すれば同時に、発言権も失っているからです。

 お分かりかな。


 よく、国政選挙や、都道府県知事選や、県議選や、市区町村長選や、市区町村議員選の時に投票にも行ってないのに、国政に対し、県政に対し、市区町村政に対し批判している御人がいますが、あれは以っての外で、政治に参加もしていない人間に政治を批判する権利などありません。

 日頃から関心がない政治を馬鹿にし、「自民党政権は…」とか「室戸市政は…」と批判しながら、選挙になると「おれには関係ない」とうそぶいて投票にも行かない人がいますね。あなたもそうじゃないですか?

 権利を放棄したそういう方々には、「それは政治が悪いんじゃなく、その前にあんたの方が悪いんだ」、「あんたがた有権者が投票に行かないから、政治も悪くなるんだ」、「室戸市の有権者全員が投票に行って投票率を100%にしさえすれば、室戸市の政治ももっと良くなるかもしれないじゃないか」とお教えしたい。

 投票に行った有権者が法令を順守しない悪質な政治家や職責を果たさない地方の政治家たちや自治体職員を批判するならいざ知らず、投票にも行っていない「政治不参加」の有権者が自分の不真面目さを棚に上げて政治や政治家を批判する等、以ての外です。

 なぜなら、その人は政治に参加していないからです。

 政治に参加していないということは、いわば“蚊帳の外”。蚊に刺されるのは当たり前のことです。

 そんな投票にも行かない有権者に政党や政治家や行政を批判する権利など、これっぽっちもありません。

 さあ、私にそうやって批判されないためにも、あなたも今日の室戸市長選の投票日には投票に行きましょう。そうすることで室戸市の市政や政治家に要望もできるし、批判もできます。だって、その権利を持っているんだもんね。


 「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」は私が作った教訓。「為せば成る 為さねば成らぬ何事も、成さぬは人の為さぬなりけり」の教訓を創ったのは上杉鷹山とされる。

 どちらも「何事もやるべきことをやる、やるべき時にやる」ということです。

 昨日でようやく室戸市長選の選挙運動期間は終わり、今日の18日が投票日です。すでに期日前投票で投票してこられた方はたくさんいるでしょうが、まだ行ってない方は必ず今日の投票日にお近くの投票所に行き、必ず投票を済ませてきましょう。さすれば、あなたには室戸市政に対する発言権が手に入ります。

 尚、投票するのは私が選挙運動を行った候補に投票していただくよう、心からお願い申し上げます。

 以上、室戸市議会の一人会派「鷹山会」から、総務省公認によるブログでの選挙公報でした。もし他の候補を応援しておられる方で異論をお持ちの方があれば、総務省の方にお電話して平成25年4月の改正公職選挙法について教えてもらってください。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(下の記事でその内容を披瀝致しましょう)

 2013年の4月19日に公職選挙法が改正され、「ネット選挙」といって、インターネットのブログなどで特定候補者への投票を呼び掛けてもいいということが解りました。

 2013年4月26日に総務省が発表した、「改正公職選挙法」第142条の3第1項です。ブログでの選挙運動が許されていることを知るには、上の総務省発表の資料から、「総論」の中の5ページ~8ページをご覧ください。

 総務省が発表した「改正公職選挙法」の資料から  ←(クリック) 

 「今回の改正により、選挙期間中にウェブサイトやブログ、掲示板、SNSなどで、有権者が特定候補者への投票を呼びかけていいことなりました。Facebookの「いいね!」やTwitterのリツイート、動画の共有などを通して、候補者の訴えを周囲の人に広めることも可能です」。
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思い出します、「夫婦二人の選挙戦」

2018-11-17 | 人間のあり方
 『コンナ議員ニ私ハナリタイ』

 さあ、戦さがはじまるぞ。

 二人の戦さがはじまるぞ。

 
 「がんばりまーす」と約束する。

 一日、市内45ヶ所の街頭演説で訴える。

 45ヶ所で訴える。

 「よろしくお願いしまーす」。 

 助手席でウグイス嬢の妻はマイクでお願い。

 候補のオレは運転席から手を出し、手を振る、手を振る。

 たった二人だけで初めて立候補。二人だけの戦いだ。

 選挙カーを停め、「お世話になります」と走り、手を握る。

 「地域づくりの経験生かします」と支援を訴える。

 「行政改革進めます!」と叫ぶ。

 「議会改革必要でーす!」と遠くの人に訴える。

 「不正、法律違反、私は絶対許しませーん!」と叫ぶ。叫ぶ。


 二人だけで「よろしく」と頭を下げる。

 心を込めて頭を下げる。

 できることを「私はやります」と約束する。

 ウソは、いや。やらないこと、できもしないことは約束しない。

 不正もいや。法律違反は絶対しない。

 できることを「私はできます」と約束する。

 ウソは、いや。できないことは約束しない。

 「私は実行の人です」なんて、宣伝しない。

 実行するのは当たり前。当たり前のことなど宣伝しない。


 そうして、なんと中間順位で初当選。

 頑張った甲斐があったと手を取り合って喜んだ。

 わずか二人で当選なんて、すごいじゃないか。

 それでもいいんだ、当選だ!。

 だーれも真似などできゃしない。

 誰も真似はできゃしない。

 よくやったな、なあおまえ。


 町には「議員」になるのを目的にする候補ばかり。

 でも、議員になるのは資格の取得。そんなの目的なんぞじゃありゃしない。

 それから四年、仕事するのが目的で、安心なんぞできないぞ。できないぞ。

 働くぞ。毎日、毎議会、休まず働くぞ。


 議会はまちがうところだ。

 間違いなんか怖くない。それを恐れちゃ、何にもできない。

 みんなどんどん手を上げて、手を上げて、間違ってもいいから発言しようじゃないか。

 発言しようじゃないか。

 議長が妨害を意図して止め、市長が答えてくれなくとも、発言しようじゃないか。

 発言しようじゃないか。

 間違い恐れず言おうじゃないか。

 失敗恐れず言おうじゃないか。

 議場の不真面目な議員からヤジが飛んでも言おうじゃないか。

 邪魔されたって勇気を以って言おうじゃないか。

 正しいことなら臆せず言おうじゃないか。

 正しいことを臆せず言おうじゃないか。

 みんなで勇気を出して言おうじゃないか。

 みんなで言い合うその中で、正しい真理を見つけようじゃないか。

 見つけようじゃないか。


 質問、質疑、原稿作ろうよ。そうしてみんなで毎議会出てみよう。

 さすれば議会は活性化するだろう。

 討論だって、原稿作って出てみよう。それも議員の為すべき仕事。

 原稿作ってやってみよう。


 誰も初めから立派じゃない。

 そうだ、みんな立派じゃない。

 そうだ、初めから発言できるはずないんだ。

 みんな経験重ねて力を付けるんだ。

 そうだ、みんなそうして力を付けたんだ。

 失敗なんか怖くない。

 失敗なんか恐れちゃだめだ。

 失敗どんどん重ねるたびに成功どんどん生まれるよ。

 成功どんどん増えてゆく。


 わしらの議会、動かないなら動かそう。

 わしらの議会、動かさないなら動かそう。

 静かな議会なら、賑わせよう。

 みんなで議論を交わし良い政治を創ろうじゃないか。


 失敗怖がらない議会にしようじゃないか。

 失敗怖くて議員ができるか。

 発言恐れて議員ができるか。

 登壇恐れて議員ができるか。

 利権ばかりの悪い議員を恐れちゃ、何にもできゃしない。そんなの議会で脅かしちゃれ。

 いやみや嫌がらせが怖くて議員ができるか。


 失敗してもいいのがわしらの議会。

 真面目が好きだよわしらの議会。

 個性的だよわしらの議会。

 なんでも改革、わしらの議会。

 市長の不正、不公正、不公平、不適正。悪いこと許さないのがわしらの議会。

 住民重視のわしらの議会。


 我慢に我慢を重ねてやがて芽が出る足が出る。

 恐れることは何もない。恥かくことは何もない。

 座ってたって町は良くならない、良くならない。

 行政の不正、オレが追求しないで誰がやる。

 谷口が追求しないで誰がやる。

 議会の活性化、オレがやらいで誰がやる。

 オレがやらいで誰がやる。

 議会改革、オレがやらいで誰がやる。

 谷口がやらいで誰がやる。


 他人が何と言おうとオレはオレ、あんたはあんた。

 他人が動かなくても、オレはやる、オレはやる。

 四年間座ってたって、何も変わらん。何も変わらん。

 そんなのオレは耐えられない。屈辱だ、屈辱だ。

 座ってるだけなら議員になんぞなりゃしない、議員になんぞなりゃしない。

 天罰与えて下さい、神様よ。座ってる人、邪魔する人、法律違反が平気な人に。

 神様よ、そんなの重大な罪と罰、罪と罰。どうぞ天罰与えてくださいな。


 活躍楽しみにしてる市民のために働くぞ。

 情報公開大いにやろう。

 行政内部情報を公表しよう。

 議会情報も広めよう。

 組織運営、透明化こそが改革だ。

 密室政治はさせないぞ!

 悪しき利権の関係は許さんぞ!

 裏でお金が動いてるんじゃないのか、悪しき関係許さない。

 悪しき働きかけも許すまじ!

 密室政治は撲滅だ。


 そんな議会は楽しいな。まちの皆さん、大喜び。

 こんな議会は健全だ。

 こんな議員こそ、期待の星!

 「待ってました」と、住民が。

 「おまんじゃないといかんちや」と、住民が。

 「応援しちょうきの」と、住民が。

 「頑張ってね」と、住民から。

 「あいつらに負けな」と住民が。


 そうしてまた来た四年目の選挙。

 またきたまた来た四年目が。

 何んにも心配いらないよ。

 四年前はこうしたな。

 そうしたね。

 一日45ヶ所で街頭演説やったよな。

 やったよね。

 たった二人の選挙運動やったよな。

 やったよね。

 「不正許しません!」「法律違反は許しません!」って叫んだよな。

 叫んだよね。

 オレが運転して、お前はマイク持って手を振ったよな。

 手を振ったよね。

 四年間真面目に働いてきたけど、通るかなア。

 そりゃあ通るわ、仕事はちゃんとしてきたもん。

 そうかな?

 そうよ。通るわよ。

 
 夢の議会へもう一度行けるかな?

 いけると思うよ、あなたなら。いけると思うよ、あなたなら。

 生きに感じて真面目に仕事をしたけど、いけるかなあ?

 真面目に仕事をしたから、いけるのよ。

 当選するかな?

 当選するわよ、きっときっと当選よ!

 最下位でも通るかな?

 通るわよ、最下位で。

 一番真面目にやってたもん!

 一番真面目にやってたもん!


 そうして当選したものの、危なく落選しそうな下位当選。

 「一番頑張って仕事をしたあんたが下から三番目やゆうて・・」と、妻は不満顔。

 候補は「通りゃいいんだ。通りゃまた仕事が出来るやないか」となぐめる。

 それでもいいんだ、二人の勝利。頑張って生きてりゃ、いいことあるさ。


 議員は夢を持たなきゃ、やってらんないな!

 そうよ、夢よ!

 夢を持たなきゃ議員じゃないな!

 そうよ、そんなの議員じゃないわ!


 そうしてまた来た四年目が。

 またきたまた来た四年目が。

 今度は三期目、油断はするな。

 何んにも心配いらないよ。

 四年前はこうしたな。

 そうしたね。

 一日45ヶ所で街頭演説やったよな。

 やったよね。

 たった二人の選挙運動やったよな。

 やったよね。

 「不正許しません!」「法律違反は許しません!」って叫んだよな。

 叫んだよね。

 オレが運転して、お前はマイク持って手を振ったよな。

 手を振ったよね。

 四年間真面目に働いてきたけど、通るかなア。

 そりゃあ通るわ、仕事はちゃんとしてきたもん。

 そうかな?

 そうよ。


 夢の議会へもう一度行けるかな?

 いけると思うよ、あなたなら。いけると思うよ、あなたなら。

 真面目に仕事をしたけど、いけるかなあ?

 真面目に仕事をしたから、いけるのよ。

 当選するかな?

 当選するわよ、きっときっと当選よ!

 最下位でも通るかな?

 通るわよ、最下位でもいいじゃない。

 そうだよな、「これまで以上の選挙にしよう」と、今度も雨やあられが降る中でも演説して訴えたんだもんな。

 そうよ、この三期目で引退すると決め、二人でやりきったもんね。

 三回の内じゃ、一番充実した選挙だったもんね。

 そうだったよな。

 そうですとも。

 議員もあんたが一番真面目にやってたし、選挙運動もあんたが一番真面目にやってたもん!


 あれっ、おかしいなあ。票が伸びないぞ。

 あんなに真面目に仕事をしてきたのにおかしいね。

 あー、落ちちゃった。なぜなんだ。

 えー、なぜあんたが落ちちゃうの? 真面目に仕事をしてきたあんたがなぜ落ちるのよ?

 妻よ、嘆くな。これも不正と戦う真面目な議員はいらぬという証。仕方がないと諦めろ。

 明日は二人でポスターはがしに行こうか。

 そうね、もういくら言ってもだめだわね。


 そんな次の日のことだった。

 妻の職場に電話があった。

 選挙期間中、「谷口に投票するな。あいつさえ議会にいなけりゃ、仕事がやりやすい」と動いた一派があったとか。

 「あたし、腹が立つ。許せん」。

 オレも四年間の仕事を奪い取った悪いあいつら、終世、許さん。

 おまえはモチ屋へ、落ちたオレは傘張りならぬ売れない絵師の浪人暮し。

 もはや「もう一度、城通い」の思いはなく、これで人生最後と悟ったな。

 でも、寂しかないぞ、なァお前。誰にも負けない、いい選挙。あれはすべてお前のおかげと感謝してるよ、愛してる。

 これからも手に手を取って生きてこう。


 選挙じゃ、一日45ヶ所で街頭演説やったよな。

 やったよね。

 たった二人の選挙運動やったよな。

 やったよね。

 「不正は許しません!」「違法な政治は許しません!」って叫んだよな。

 強く訴えたよね。

 オレが運転して、お前はマイク持ち、手を振ったよな。

 大きく手を振ったよね。

 豪雨の中、あられが降る中、合羽を着て演説したよな。

 「八年間真面目に働いてきたけど、通るかなア。

 そりゃあ通るわ、あんたは議会で一番ちゃんと仕事をしてきた議員やもん。

 そうかな?

 そうよ。あんたはトップで当選すべき人。きっと当選するわよ」と話したことだった。

 それが思いがけない落選だ。

 だけど。仕事を一生懸命しても応援無いのは悲しいなあ。

 そうよね、悲しいことだよね。だけど、「これが室戸」と、諦めた。


 人生のいい思い出だ。

 苦労を掛けたな、なァおまえ。つらかっただろう?

 あんた、なに言ってるの、それは言わない約束でしょ。二人で仲良く暮らしていけば、きっといいことあるでしょう。

 そうだ、うちには神様が28人もいるもんな。

 そうよ、すべて七福神が見てるわよ。

 正しい人には福がやってき、悪い人たちには不幸がやってくる。これが世の摂理。ま、これからも真面目に生きて行こうか。

 そんなとき、「この村を、この室戸を助けると思ってもう一度、選挙に出てほしい」とおじさんが。

 一度は「生涯、不正にまみれた政治の世界はもういい」と決めてはいたが、義を見てせざるは勇なきなり。迷いながらも立候補。


 さあ、四回目の戦さがはじまるぞ。二人の戦さがはじまるぞ。
 
 「がんばりまーす」と約束する。

 一日、市内45ヶ所の街頭演説で訴える。

 45ヶ所で訴える。

 「よろしくお願いしまーす」。 

 助手席でちょっとお歳をめしたウグイス嬢が手を振りながらお願いします。

 「いいぞ、いいぞ、その調子」。

 候補のわたしは運転席から手を出し、手を振る、手を振る。


 たった二人だけの立候補。二人だけの戦いだ。もう慣れたもん。

 心細いことなんか、全くない。前高知県知事の橋本大二郎氏も現職当時、初出馬の当家にお寄りになり、「本当は私も谷口さんのようなこんな選挙がしたいんです」と本音を漏らしたものだった。

 二人の方がまとまりがいい。妻よ、おれたちの選挙は誰もが憧れる、選挙の基本形。誰もまねできない選挙だ。地方選挙の歴史に残ると思うよ。


 選挙カーを停め、「お世話になります」と走り、手を握る。

 「地域づくりの経験生かします」と支援を訴える。

 「行政改革、進めます!」と叫ぶ。

 「議会改革、必要でーす!」と遠くの人に訴える。

 「不正、法律違反、私は絶対許しませーん!」と叫ぶ。叫ぶ。

 二人だけで「よろしく」と頭を下げる。

 心を込めて頭を下げる。

 できることを「私はやります」と約束する。

 ウソは、いや。やらないこと、できもしないことは約束しない。

 不正もいや。法律違反は絶対しない。

 できることを「私はできます」と約束する。

 ウソは、いや。できないことは約束しない。

 「私は実行の人です」なんて、宣伝しない。

 実行するのは当たり前。当たり前のことなど宣伝しない。

 当選するかなあ、

 当選するわよ、あんたは真面目やもん。たくさんの人が言よったやろ、『おまんが選挙に出ざったら投票する人がおらん。出てもらわんと困る』って。あの言葉を信じて頑張ろよ、

 そうやな。応援してくれよう人らを信じて7日間、精一杯やろな!


 夫婦の仲は、さらに深まってる。深まっている。

 結果はケセラセラ。なるようになるさ。なるようになる。良い結果なら4年間、誰にも負けない政治家ぶりを市民の皆さんに見ていただこう。悪い結果なら、市民は人を見る目が無いと諦めて、また画家、絵馬修復師として死ぬまで仕事に励むだけ。人生ってそんなもの。

 しかし妻よ、おまんも苦労が絶えんな。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 こうして3期目の今がありますが、来年4月で引退するので、現在の市長選は議員である私の最後の目標。でも、「別の候補が有力だって」と聞き、私が応援してきた候補さんのことが心配で心配で、夜も寝られません。

 あなた方室戸市民が選挙後に被害を受けるか受けないかの選挙戦です。今の不正な市政を180度転換して“起死回生”の公正な市長を選ぶことができるか、それとも、不正な政治がさらに膨れ上がり、悪人ばかりが利権で利得を得る政治の“主犯”となる市長を選ぶか、その瀬戸際に来ています。

 全てはあなたの判断次第で、その結論は11月18日の夜に出ます。

 期待できるのは、間違いなく正しい政治を行う候補。「知人や親戚が頼んできたから」なんて安請け合いせず、よく考えて投票しましょうね。

 とにかく騙されちゃ、ダメです!

 それと、何回も記事で訴えていますが、「投票に行かなきゃ市政を批判する発言権は得られませんので、投票にだけは行きましょう」。


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「ある閉店」

2018-11-15 | プライベート
 人物の能力や資質の違い、組織に在職する人物の能力や資質。

 企業に勤務する人間にしても、自治体に勤務する人間にしても同じ。

 少しの気真面目さと勤勉さの違いが、年月が経つとやがて大きな違いになっていく。

 それを、私の恩人であり今も私が勝手に友人と思っているジャーナリスト・依光隆明氏(朝日新聞本社特別報道部長)の存在が証明している。

  

 氏が書いてくれたこの記事は頑張る人への応援歌だったし、記事には愛情が溢れていた。


 昭和61年2月に開店した喫茶店でした。地域おこし活動をしながらの経営で、色々と楽しい時もあり辛い時もあった店でしたが、閉店を決めた。

 喫茶店のその閉店を決めた半月前のこの日(平成元年5月14日)の朝のことでした。

 店には朝6時に入り、開店準備を終えたのは7時15分ごろ。そして「開店までの15分の間に」と高知新聞を開いた。

 パラパラと開き、右下のこの記事を見付けた。

 「土佐あちこち」のコラムで、タイトルは「ある閉店」。

 まさか自分の店のことを書いてあるなんて思ってもいないから、「どこの店が閉店するんだろう?」と見ると、この記事。

 驚き、泣きました。

 43歳の私は止めどなく涙を流し、泣いた。

 開店間際に涙を流せば入ってきたお客さんに気付かれてしまうと気は焦ったが、止まらなかった。

 朝6時に店に入り、午前7時半に開店。午後8時に閉店し、自宅に帰るのは午後10時ごろ。そんな毎日に疲れていたが、同時に、コンサートやたくさんの企画を立て県東部地域を盛りたてたいと店の売り上げを使いながら、地域づくり活動も休みなく行っていた。


 そういう時、「谷口さんはコンサートをやって儲けて、えいのお」と店にコーヒーを飲みに来た年配の室戸市職員で課長をやっている男にからかわれた。そのコンサートの赤字の全てを店の少ない売り上げの中から補てんし、やりくりしていたのに。そうやって苦しみながらでも室戸市や周辺の町村を元気にしたいと頑張っていたことなのにです。

 このころから、「住民から給料をもらって仕事をしている立場なのに、それが全く解っていない公務員はバカばっかりだ」、そう思うようになった。


 開店して4年後、駐車場が無くなって決めた閉店だった。

 閉店しなくてはならなくなった自分のだらしなさと、依光記者の思いやりに対する感謝の念がただ込み上げてきて、記事を見てとめどなく泣いた。

 もちろん、私への気遣いだとすぐ理解できた。

 徐々に社員数を減らしたり、文字を大きくしたり一面広告のページを増すなどし、記事の量を減らして地方紙として何とか長く存続すべく苦心している今の姿を見ると、なにか高知県が衰退している状況を高知新聞がまるで鏡のように映している見たいだ。

 依光記者が室戸支局にいた昭和の終わりごろとそれから二十五年経った今とでは、地方新聞社として存続していくために高知新聞社の経営形態も新聞紙面の成り立ちも大きく変わり、新聞に活力が見られなくなったのは実に残念である。

 だが、私はこのような大人物に、かつて何度も地域おこし活動に対する応援の記事を書いて頂いたことを今も感謝しているし、そのことを誇りに思っている。

 人とは、たいがいの人が「口下手」。そして、他人を評価する声掛けは、心が広くて自分に度量がないとなかなか言えないものだ。新聞記者氏にしても、頑張る人を無理に記事で評価しなくても記者は務まる。

 そういう状況の中、「彼は頑張っている。応援しよう」と応援する人がいて、記事を書く記者がいる。それも、記事を書いたことをその本人に言うでもなく、さりげなくだ。そこがさらに感動を呼ぶ。

 余程、有能な人物でないと、こうはできません。

 私ももう70歳を過ぎて、あの記事からは早や二十九年が経ちます。そんなに先も長くないだろうが、依光氏から受けた情けは今も忘れていないし灰になるまで忘れることはない。

 
 “弱きを助け、強きを挫く”のがジャーナリスト。それが 新聞記者という職業。

 決して、強き者たちを助け、在野で頑張っている人たちを見殺しにする、そんな記者になってはならない。

 あの、室戸に依光記者がいた昭和の終わりごろの高知新聞はよかった。とにかく県内各地にいる記者のその頑張りと元気と明るさが紙面にあふれていた。

 でも、議会に傍聴に来て、室戸市の政治で違法な事業が行われても今は、違法を指摘している議員に聞きにも来ない。だから、役所に寄り添っているのか、市政や市議会に関する告発的な記事など見たこともない。依って、室戸市政と市議会の実態が解るのは、健全な文章が並ぶ私の新聞だけ。それほど県内にある新聞各社の記者のジャーナリスト精神が落ちてしまっている。

 今そんなことを考えながら、あの依光記者のことを懐かしく思い出しています。


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地域の自立とは

2018-11-14 | 地方のあり方
 よく行政において、そして議会において、行政の首長や職員、議員がよくこの言葉を使っています。

 「地域の自立に向けて、こうすべき・・・、こう取り組み…」等と質問・質疑し、答弁します。

 では、この「地域の自立」とは何を指すのか? これを少し考えてみました。


 行政において、首長と行政職員は彼らにかかわる「自治体の自立」と「住民の自立」を目指し、議会議員は「住民の自立」と「議会に自立」を目指す、と考えられます。

 この「自治体の自立」とは主に財政的な自立を指すが、以前から指摘しているように、自治体とは100%自立できない組織。

 それは、住民の税金等、自分たちの自治体に入ってくるお金の賄いだけで組織経営をしておらず、たとえば室戸市を例にとると、国と県のお金が90%以上入ってきて自分の町の住民が支払った税金等が10%以下で賄っているなどをみても、全く「自立」していないと言えます。

 (蛇足だが、以前、われわれ地方にある自治体の二倍もの豊かな財政状況にありながら、江戸川区議がブログのコメントで「うちの江戸川区は4割自治でしかないから・・・」と嘆いていたのには思わず「ヘー!」と驚いた後、思わず笑ってしまったことがあるが、都会に住む人たちは自分たちの豊かさには案外、気付いていない)

 これから100年経とうが、500年経とうが、今の日本のありようが変わらない限り、この姿は変わらない。だから、よく知事選や市区町村長選の候補が「自立」を叫んでいるが、「自治体の自立」は絶対に実現しないと言える。

 勿論、室戸市もそうなんです。

 だから、首長や行政職員の言う「自治体の自立」とは「財政的な自立」ではなくて、「組織形態としての自立」のことだといえる。

 次に、「議会の自立」とは、組織運営上の健全化と議員が報酬分以上の働きを行ったうえで二元代表制が確立された時、少しは「自立」したと言えるぐらいで、「議会の自立」も“仕事をせずに楽したい、他の人より金銭的に得をしたい、より高い肩書を持ちたい”なんて考えているうちは、「議会の自立」を成し得ることはない。

 次に、「住民の自立」とは、どのようなものか。

 単純に読み解けば、“住民が自分ですべきことは自分ですること”。本当の「住民の自立」とはこういうことだろう。

 しかし、行政や議会のいう「住民の自立」とはそんなことを指して言っているのではない。行政関係者のいう「住民の自立」は、教育、健康福祉、環境、文化、国際交流などの住民活動への支援を指し、この「自立」は「住民の行う自立に向けた活動を支援すること」を言っている。

 でも、本来の「住民の自立」とは、先にいうように、「住民が行政の支援にすがることなく、自らの力で立ち上げり、突き進んで商売や市民生活を自らの力で支え生きてゆくこと」であることは間違いない。

 こうして「自治体が自立」し、「議会が自立」し、「住民が自立」した時、その「地域は自立」しているといえるのではないか。

 私はそう考えています。

 そして、「自立」とは他の手助けなしに自らの足ですっくと立ち上がること。又、「改革」とはその自立に向けての取り組みをいう。

 ということから、 「議会改革」とは議会組織が自立した時に始まり、進められるものであり、議会が自立できない未熟な状況にある場合は議会改革は始まらないし、市政改革も進まないといえる。

 いま室戸市では市長選たけなわですが、どの候補が当選するのか、どの候補が公正・公平に市政改革を行い市民の方を向いて政治が行えるのか、その市長について行って議会が公正な道を進むことができるのか、それとも市政が今までと同じように特定の企業や団体や有力者の方ばかり見て進み議会もその悪政に同調してきたが、この不正な政治が改まるのか。そのすべては市民の皆さん、有権者の皆さんが決めることになります。もしその選択を誤れば、これまでと同じような道を歩み、さらに衰退の道を歩んでいくことになります。

 有権者の知恵と判断が室戸市の将来を決めることになります。正しい判断をすれば、少しは改まります。しかし、その判断を誤れば、室戸市は10年もしない間に【倒産】します。正しい政治を目指して休むことなく議員を12年間やってきたので、その点は間違いありません。

 「正しい政治」を目指すんなら、これまで悪い政治を行ってきた人を選ばず、「正しいことができる政治家」を選ぶことです。

 それができると考えた時は、「市政と市議会に対する発言権を持つ有権者」となるため、投票所に行きましょう。もしも行かなきゃ、政治については何にも云えない市民になりますよ。


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地方自治の本旨と、地方政治の実態

2018-11-13 | 議会改革
 8年前の新聞に掲載された2氏の記事を思い出します。

 その記事を見て、これまで12年間、自分がやってきたことは間違っていなかったと自信を持ちます。

 そこで、私はこの評論が言わんとするところを引退間際ですが、議員としての基本精神と考え、議員活動を続けたいと思っています。

 元鳥取県知事の片山善博氏が書いた「地方自治の本旨と現状」の評論。もうひとつは、元岩手県知事の増田寛也氏が書いた「実力問われる地方政治」の評論です。この二人の元改革派知事が書いた記事の一部を紹介する。

「地方自治の本旨と現状」(片山善博氏)

≪(前略)憲法第92条が定める「地方自治の本旨」とは、団体自治と住民自治の二つの要素が満たされることだと、どの憲法の教科書にも書かれている。団体自治とは、国から独立した団体(自治体)が権限や財源を持ち、国の支配を受けることなく自主的に運営できることをいう。住民自治とは、その団体の内部において主権者である住民の意思に基づいた意思決定がなされることをいう。
 (中略)市民の皆さんは、知事や市町村長、地方議会の議員たちにズレや違和感を覚えることは無いか。どう見てもムダな空港の建設。にっちもさっちもいかないことが分かっている金融機関などへの過剰なてこ入れ。需要が乏しく採算の取れない船便や飛行機便を人為的に維持するための多額の補助金などなど。
 今の自治体財政にそんな余裕などないはずだし、他にもっと優先度合いの高い施策は目白押しだろうに、それをとがめるでもなく、出された議案は条件反射的に全て通してしまうパブロフの犬のような議員は多い。(後略)≫


 次は、「実力問われる地方政治」(増田寛也氏)

≪(前略)現在、多くの地方議会が執行部の追認機関と化して、住民には首長の行動しか目に映らない。議会は自治体運営に住民の意思を反映し、首長の暴走をコントロールするという役割が求められているが、そうした役割を果たしているとは言い難い。
 また、議会の実態が外側に居る住民から見えにくい。議会は密室で物事を決めたがる傾向が強く、行政に隠然たる影響力を及ぼす議員こそが力量があるとの勘違いもある。こうしたことから、議会不要論さえ出ている。
 もとより二元代表制をとるわが国では、首長は住民の代表であるが、議会はもう一方の代表機関である。遠慮せずに市政をチェックするだけでなく、議員間での討議を深め政策条例を策定するのはもちろんこと、議会としてどのような審議を行ったのか、住民説明会を開催することまでしなければ本物の議会活動とは言えない。(後略)≫


 2氏の評論は、これまで私が「地方行政とはこうあるべきだ!、地方議会とはこうあるべきだ!」と訴えてきた内容そのままの記事です。

 片山氏の記事から引用すると、
●「市民の皆さんは、知事や市町村長、地方議会の議員たちにズレや違和感を覚えることは無いか」について・・

 私も市民の皆さんに「市長や市議のやっていることに市民感覚とのズレや違和感はないか。違法や不適正な業務運営の議案に議員が賛成して通してしまっていることに腹は立たないのですか?」と問掛けてきた。その結果が市長選での現職市長7割の得票。「これでは、まちは良くなるわけがないな」と感じている。

●「どう見てもムダな空港の建設。にっちもさっちもいかないことが分かっている金融機関などへの過剰なてこ入れ。需要が乏しく採算の取れない船便や飛行機便を人為的に維持するための多額の補助金などなど」について・・

 私は市温浴施設には「赤字経営でどう見てもすでににっちもさっちもいかない倒産状態にある指定管理者への過剰なてこ入れは止めろ!」と止めた。高速バスターミナル建設には「何の公共性も公益性もない、特定企業の社員宿舎を市の予算で建設することは地方自治法違反だ!やめろ!」と止めました。しかし、市長はそれを聞き入れなかった。違法な事業を「違法ではない」と言い張って。
 だから、私が指摘するように改めない限り、あのバスターミナル違法問題は今年も、そしてこれからもずっと、県市町村振興課が行った県補助金条例違反とともに、違法を問題解決できない状態のまま10年、20年と推移してゆくことになるのです、県職員の体質と市長の体質の悪さをあの建物が表現しながら。
 又、議会開会の数日前に担当課長が言った「企業誘致だから、違法でもいいじゃないか」という自分勝手な理屈をこねて怒った時、その課長は私に「じゃ、企業誘致だから違法でもいいじゃないか、観光振興になるから違法でもいいじゃないかと言うのか。それに、そう議会で答弁できるのか!」と叱りつけたら黙ってしまった。そういう理不尽な政治は違法がまかり通る一党独裁国家の中国ならば通用するかもしれないが、この法治国家である日本の国では通用しない。でも通っている。通用しないのは正義。日本という国もおかしな国だ。

●「今の自治体財政にそんな余裕などないはずだ。しかし、それをとがめるでもなく、出された議案は条件反射的に全て通してしまうパブロフの犬のような議員は多い」について・・

 市温浴施設の問題について私は「指定管理者への条例違反となる約6000万円の赤字補てんを、市民のお金である市の予算から、既に2年間で1億円以上の負債を抱え倒産状態にある会社に支援してはならない。毅然とした態度で撤退を促すべきだ!」と止めたにもかかわらず、他の議員全員の賛同によって与えた途端、その会社はその金を持って東京に逃げ帰ってしまった。“何とかに追い銭”とか言うが、あの違法な支援事件は正にそれ。

 もう一件の高速バスターミナルの違法問題について私は、「特定企業・徳島バスの社員である乗務員の宿泊施設は公の施設ではない。それを市民のお金である市の予算で建設することなどもってのほかだ。なぜ特定企業の社員宿舎を室戸市民のお金で建ててやらなければならないのか」と言って止めた。しかし、これもみんな聞かなかった。「条件反射的に」議員全員がこれに賛同して「全て通してしま」ったのです。正に「パブロフの犬」状態。このように、とんでもない出来事が次々と連続して発生している。それが室戸市です。

 増田氏の記事から引用すると、
●「多くの地方議会が執行部の追認機関と化して」について・・
 
 私は議会において「これは違法な行政運営だ。賛成して通してしまってはなりません」と何度、反対討論に立ったことか。しかし、議員諸氏はそれを無視し賛成してきた。正に議会は「追認機関」状態。議事機関がまるで市長等執行機関の下部組織のようだ。国がいう二元代表制なんか何処へ行ったんだと感じている。 

●「住民には首長の行動しか目に映らない」については、私はそうは思わない。「住民には議員の行動だけならず、首長の真実の姿すらも目に映らない」と思っている。

●「議会は自治体運営に住民の意思を反映し、首長の暴走をコントロールするという役割が求められているが、そうした役割を果たしているとは言い難い」について・・

 私は市民の皆さんが「議員が如何に仕事をして議案にどう向き合って対処しているのか」を知らないと思う。
 こんな出来事があった。平成18年の室戸市長選で候補が街頭演説をしていた途中、周りに立っていた数名の支援議員に向かって「議員は報酬を半分にしろ!」と叫んだおじさんがいてその言葉が今も忘れられないが、あのおじさんも議会には私のようにちゃんと報酬分以上の仕事をしている議員がいることを知らないままあのように叫んだと推察している。ですが、市議会には報酬分働いていない議員がたくさんいることを知っていて、そのことがどうにも我慢ならなかったんでしょうから、そのおじさんの気持ちは十分理解しました。

 又、市議選の時、それまで議員に負託された仕事をしてこなかった議員が上位当選しているのを見ると、市民はどの候補が職務を堅実に遂行するのかを裁量せずに投票していることも知っている。その選挙の後、市民にとってどういう不利益な結果を生むかもあまり解らないままに。
 そして又、増田氏がいうところの「(議会には)首長の暴走をコントロールするという役割が求められているが、そうした役割を果たしている」のは私一人で、そうでない、首長の暴走に協力している議員が市政を間違った方向にゆがめていることも知っている。 

●「議会の実態が外側にいる住民から見えにくい」について・・

 私はそういうことも承知しているからこそ、行政で行われてきた違法事業、不公正な業務運営、杜撰な計画の数字、不適正な企業への財政支援など数々の不適正な市政運営を市内外の人々に知らせるため、、数日かけて原稿を作り、台紙に切り貼りして、青空新聞を作り市内に配布し広報してきたし、当電子情報誌でも事実をよくわかってもらいやすく写真や表、グラフ、挿絵などを使って懇切丁寧に記事を書き、全世界の人々に広報に努めてきたことは読者の皆さんがよくご存じのことと思います。だから、室戸市政や市議会で行われてきた不適正な出来事は世界の人々が全て知っているということになります。

●「議会は密室で物事を決めたがる傾向が強く」について・・

 私は19年11月から市長と議長が示し合わせて「違法な議案の事前審議」を議員総会で行おうとした2日前に市長を止めました。にもかかわらず、他の議員が知らないことだからと考えをめぐらし市長と議長はそれを実行し、以後、私がそのたびに止めるのを無視して21年3月までに合計5回、この議案の事前審議を行ったのです。そのとんでもない悪質さに怒り、私が「市長と議長の違法を許してはならない」と書いたチラシを市役所と議員に配布したことから、他の議員もようやくその悪さに気付き、21年4月に議長が変わったことによって、その悪質な議会運用は終わりを告げました。
 唯、私は青空新聞でも市長と議長が2年間行ったその悪行を広報したんですが、市民の皆さんはそんなことを知らないと見え、その人は再選された。だから、議員がちゃんとチェックしてないと、そういう人はまた同じような悪いことをやると思っています。

●「(議会が全く機能していない)ことから、議会不要論さえ出ている」について・・

 私も室戸市議会を見て思うに、増田氏がいう「(議会は)首長の暴走をコントロールする役割を果たしていない」の考えは「これまで8年間を見ると、その通りだ」と思っているので、氏が言われるように、今の状態ならば議会は無きに等しく、「議会不要」は納得する。
 しかし、先日も書いたが、議会を無くせば法律を守らない性格の首長が喜び、益々増長して勝手気ままな行政運営や違法業務を行い続け、「首長が暴走」するだけのこと。
 だから、私が言うように議会が「首長の暴走」を阻止し、法令を順守した正しい方向にコントロールできる能力を持った議会を作ること。これに尽きる。ならば、悪質な首長が議会に悪い企みを持った議案を提出しても、議会はそれを簡単に否決してしまうから、やがて悪だくみは止むことになろう。

●「遠慮せずに市政をチェックするだけでなく、議員間での討議を深め政策条例を策定するのはもちろんこと、議会としてどのような審議を行ったのか、住民説明会(議会報告会のこと)を開催することまでしなければ本物の議会活動とは言えない」について・・

 私は増田氏のいう活力ある議会を19年5月から目指してきた。まさにこれが議会改革です。
 議員の報酬は今のままで据え置き、仕事量は今の十倍ほどの職務を負わせて働いてもらいます。そこまで市民が議員に仕事を押し付けないと、立候補する人の中には「議員になったら、報酬をもらって4年間楽できる」と考えている人もいるかもしれない。だから、選挙に出るときに「議員になったら暇がないほど会議があって、自分の本業ができなくなるから、立候補は取りやめた」と言う人が出るほど、議員の職務を増やすのです。そうすれば、議員も議会活動に熱中するだろうし、私が制度化を目指した「不法投棄防止条例」や「議会基本条例」の必要性なども理解しようと努力するようにもなるだろう。
 17年に提出した不法投棄防止条例案の継続審議の時、その条例制度化の根拠とした不法投棄現場の県道に一度も視察にも行かなかった委員会の不埒な議員では、とても話にもならない。投棄現場に視察に行かなかったその理由が意欲を持った新人議員への嫌がらせと嫉妬心であるのは、すぐ分かった。思ったのは、「あー、市民もこういう人たちを議員に選んでいては、いつまでたってもこの室戸は良くならない」と痛感したものです。勿論、今もそう思っている。

 先の2氏は記事の末尾にこう書きとめている。

 片山氏は「地方自治の現状を憲法に照らし合わせて考えよう。この際、ぜひ、憲法の条文に直接あたって見られることをお勧めする」と。
 
 増田氏は「2011年春に行われる統一地方選では、こうした課題に応えられる確かな人材を選び出さなければならない」と、国民に呼びかけている。

 全く、その通りだ。

 地方にあって行政改革と議会改革を進めている一議員の立場で住民の皆さんにお願いしたいのは、来年4月の統一地方選挙ではこのお二方が認めるような正しい判断力を持った、間違ったことにははっきりと「ノー!」と主張し、首長や市職員の過ちは絶対に許さない、そんな腹の据わった度胸のある議員を選ぶことを切望するものである。

 そして願わくは、他の議員の発言を妨害する議員や市長にべったりくっついている行政のチェックもできない議員ではなくて、間違いなく情熱を以って毎議会のように質問や質疑に立ち仕事をする候補を支持し応援してあげてください。

 議場にいなくてもいいような、4年の間に2回か3回ぐらいしか登壇しない議員は議会にはもう要りません。室戸市民の皆さん、その点をよろしく!



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議員の本分

2018-11-12 | 政治家のあり方
 『武士の本分』という映画があった。

 では、いったい「議員の本分」とは、何か。議員の職務責任とはいかにあるべきか。それを少し考えてみたい。

 ちなみに、「本分」とは、「本来の職分」。「尽くさなければならない義務」のことです。

 目を全国に向けて、ネット検索して調べてみた。

 「議員の本分は、議員立法にある」という議員がいます。また別の議員は「チェック機能を果たすことが議員の本分だ」という。実は、この両方を合わせてこそ、「議員の本分」が果たせたといえ、一方だけでは本分、責務が果たせたとはいえない。

 又、ある議員は「議会での質問にある」と言う。そして又、ある人は「立法、政策立案のための調査研究を行うのが議員の本分である」といいます。更に、ある議員は、「議員の本分は、議会活動」とブログに書いてあった。

 県外の市議は「納税者の立場に立って厳しく予算・決算を見張っていくのが議員の本分」と言っている。ある国会議員は「問題発見・問題解決が議員の本分で、政治は基本的には、地道な議論の積み重ね」だと。

 北海道の町議は「議員の本分は、公式の場で発言して何ぼ」だそうだ。これは笑えた。まるで「発言しさえすれば…」と聞こえる。また宮城県の女性市議は「議員の本分は、市政に対するチェックと提言だと考えて活動してきた」とブログに書く。

 関西の市議は市議会事務局長に「議員の本分として、もっと市役所に来ないとダメなんじゃないの」と言われ、「議員は自宅が仕事場なんですよ」と主張した後、「でも、最低でも一週間に一度は来るようにします、局長様」と、ブログで。

 これについていうと、局長の「市役所に来る事が議員の本分」と言うのも可笑しな認識であるし、それに議員が「最低でも一週間に一度は来るようにします」という約束もおかしい。議員が自宅を拠点にして調査活動をするのが、本来の活動の基本。その拠点から、県庁や市役所に取材に行ったり、住民の中に入っていって実態調査をする。又、自宅のパソコンで全国的な取り組みや条例などの規則的なことを調査する。そして議員間で議論をする。それが、基本的な議員活動である。局長の言う「議員は市役所に一週間に一度は来るべきだ」、の考え方は明らかに間違いだ。

 和歌山の県議は「議員の本分は、政策・調査・情宣活動にある、との立場から、金銭に頼らない政治に挑戦します」と。この「情宣」とは、「情報宣伝」の略で、情報収集と内外への宣伝のこと。でも、「財力に頼らない政治に挑戦」というのも可笑しな目標だと思う。もしかすると、これまで財力に頼っていたと言う証拠か。金に頼っていない議員はこんな目標を立てないからね。

 浜松にはこんな市会議員もいる。「地域要望を行政に反映させ実現させることが、地方議員の本分と考えます」って。排水路の改修など地域からの要望の実現が「議員の本分」ねえ。私は地域からの要望実現を議員活動の5%としか捉えていないので、議員としてはちょっと頼りない。ま、地方議員は、こんな議員が大半ですが。

 これは住民の側からの意見です。八千代市の保育の父兄は、「市民の声を議会に届けると言う議員の本分を、議員は忘れてやしませんか」とブログで。これも、「届ける」だけが議員の本分なら、情けないが・・・。

 県外のある議員は先輩議員に「一般質問は議員の本分だから、毎回やった方がいいよ」といわれたとブログで書いている。

 これらの考え方に接すると、いったい「本分」とはどういう意味か、何を指すのかと思い、改めて「本分」の意味を辞書で調べてみたところ、そこには「尽くさなければならない義務」とあった。

 うーん。この「義務」の意味が、またよく解からない。八千代市の父兄が言うところの、「市民の意見を議会に届けて」いるだけで議員の本分が果たせていると言えるのか。いや、いえないだろう。議員の仕事の一つであるが、これは仕事のほんの一部でしかない。

 一番この「議員の本分」として正しいと思うのは、「議員の本分は、政策・調査・情報収集活動」という和歌山県議の意見。

これをもっと詳細にいうと、「議員の本分は、新しい構想を政策化して提案する活動、調査及び情報収集して行政業務に対して意見を述べて改革改善を求める活動、市政及び議会情報を広く広報する活動である」と捉えており、私もこれまで自分なりにそう努力してきた。

 これまで11年7か月間、地方議員の一人として仕事をしてきましたが、市町村政においても県政においても、地方政治にはとにかく法律に無頓着な人が多い。しかし、政治においての基本は法令順守であり、これが解らない人は政治に関わってはならないのであって、良いことと悪いことの分別が付かない人、正義が分からない人は地方政治であっても国政であっても、政治に関わってはならないのです。

 私は議員になったときから「議員職は3期12年間」と決めていましたので、来年4月の3期目の任期切れを持って政治家の道を引退しますが、次に議員になる人たちが如何に「議員の本分」に準じた仕事ができるか、それを期待しています。


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論語は教える、人の道を

2018-11-11 | 人間のあり方
 「論語」とは、孔子の死後、門人たちが孔子から教わったことを持ちよりまとめたもの。その教えは、いわゆる「儒教」もしくは「儒学」として、のちに中国の歴代王朝で経営理念として尊重されるようになる。更に、東アジア諸国にも広まり、各国の文化に大きな影響を与えた。

 その「論語」の基本精神は、「モラル」。「儲け」や「利得」を優先させるだけでは社会は良くならず、会社も持たないことが、最近の企業や団体が違法行為や偽装行為を行った末に経営者や団体役員などが記者会見で頭を下げて謝罪している光景を見ると明らかだ。「モラル」に欠ける企業や団体、また政治の世界ならば議員や首長に「モラル」が欠落している例は枚挙にいとまがない。

 ただ、社会全体に迷惑をかけたことが理解できる企業人等は背負った責任の重さを痛感し謝罪するが、住民全体に迷惑をかけたことが理解できない首長など政治家は背負った責任の重さに鈍感なのか、絶対に頭を下げないし、どんなことがあっても謝罪しないし、時に住民の代表に向かって反論までする。そうして、その人物は「モラル」と「コンプライアンス精神」が欠如している様を辺りにさらけ出している。

 そんなことを考えながら、論語の中から「政治的モラルとはいかなるものか」、「モラルに富んだ政治姿勢とはいかなるものか」を挙げてみたい。

 基礎的知識として…論語に必ず出てくるのが「仁」と「礼」。「礼」とは、マナーとか、礼儀作法のこと。政治の世界で言えば私が厳格に守ろうとしている「法令」とか「規則」のことです。「仁」とは、朱子学によると、「心の徳(よさ)」です。この仁を大切に生きていれば、つまり良心に従って生きていれば、人を思いやれるようになれるといいます。又、逆にいうと、礼に従って行動をしていれば、その心には仁が芽生えるという。

  ●論語「仁を問う。曰く、仁者は、難(かた)きを先にして獲(う)るを後にす。仁と謂うべし」。

 (原文翻訳)良心的であることについて問われると、言われた。良心的な人は、まず困難に立ち向かうことを優先し、儲かることかどうかは二の次にする。それでこそ良心的と言える。

 (学びの要点)正しいことであれば、それをやり遂げていく。たとえそれが困難なことでも、それから逃げたりしない。これこそが、立派な人の生きざまである。

  ●論語「子路(しろ)、君(くん)に事(つか)えるを問う。子曰く、欺く勿(なか)れ、而(しこう)してこれを犯せ」

 (原文翻訳)弟子の子路が君主に使える方法を尋ねたとき、孔子は答えた。「騙してはいけないし、間違いはきちんと意見してあげないといけない」。

 (学びの要点)上司の意を迎えるために何かと甘言を弄する人よりも、上司の意に反してでも、ずけずけ苦言を呈する人の方が、最初は嫌われるかもしれないが、最後は信用をてにできるし、上司のためにもなる。

 (谷口からの一言)これは相手を見て行うべきこと。いくら孔子の教えでも、相手を見ずに苦言を呈すると多くの甘言を弄する人間たちが居並ぶその前で斬首の刑に遭うこともあるので、注意されたい。「正論は、その正論が理解できる有能な上司にだけぶつけるべきものと心得よ。無能な上司に正論は通用しない」

  ●論語「君子は、義して以って質と為し、礼して以って之(これ)を行い、孫(そん)して以って之を出(い)だし、信して以ってこれを成す」

 (原文翻訳)りっぱな人は、正義を根本に据えている。礼儀によって正義を実行し、謙遜によって正義を主張し、信用によって正義を完成する。

 (学びの要点)大体成功する人はバックボーン(気骨、精神的中軸)がしっかりしているものですが、大きく成功できる人は特に正義をバックボーンに据えている。法を無視し民の生活を無視して蛮勇をふるう悪人は、最後に大きな痛手を負う。そもそもビジネスであれ、政治であれ、人生であれ、無礼なこと、不遜なこと、裏切ることなど、そんな正義に反することをしていれば、最初は勝手気ままにできても、やがて町を後にしなくてはならないほどの大失態を犯すものである。

  ●論語「志士、仁人(じんじん)は、生を求めて仁を害することなく、身を殺して仁を成すことあり」。

 (原文翻訳)世のために頑張ろうという人、良心的な人は、良心的でないことまでして生き残ろうとはしないし、良心的なことをするために自分の命を捨てることもある。

 (学びの要点)良心に反するくらいなら、死んだ方がましだ。正義に反するくらいなら、死んだ方がましだ。これほどの覚悟で不実、不正を憎んでこそ、立派なことを成し遂げられる。

  ●論語「過ちて改めざる、是を過ちと謂う」。

 (原文翻訳)間違っていても改めないのが、間違いというものだ。

 (学びの要点)優れた人は失敗から教訓を学び取ります。だから、失敗を成功につなげられる。
 小生は、22年6月議会一般質問の再質問において市長に向かい、こう諭した。

 ≪法律を守らないのは道義に反する行為ですが、誰だって間違いはあります。指摘を受けその違法に気付いた時には謙虚に間違いを認め、適正に改めれば許され、問題解決に至る場合だってある。しかし、違法を認識しながらそれを実行し、更に道義に反したその行為を問われ適正に改善するよう求められても、「間違っていない」と言い張り、改めもせずに突き進む。それでは組織のリーダーは務まりません。≫
 しかし、この声を聞き入れることはありませんでした。

 現実世界で起こる出来事から、その論語が教えることの意味がよく見てとれる。無法者のすることや嫌がらせや足引っ張りは、いわば“反面教師”。「こんな人間にだけはならないようにしよう」と、論語から学ぶのである。人の道に外れたことをする人がいるから、その人を“反面教師”に、「論語」がより身近に感じられる。法律を守らない人がいるから、このように「論語」を介して法律を守ることの大事さを世に問うことができるのである。

 翻って、「こんな政治でいいんですか?」と問いたい。 「民意で選んだ人ですが、本当にその人でいいんですか?」と問いたい。 「その人がどんな人か、あなたは知っていますか」とお聞きしたい。

  論語は教える、人の道を。


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選挙の時には、みんなで投票に行きましょう!

2018-11-10 | 人間のあり方
 全国の有権者のみなさまに選挙に関する大事なことをお教えします!!

 全国の有権者の皆様がもしや選挙について勘違いしていないかと思い、今日は“「政治参加」とはいかなる意味か”について書きます。

 選挙の告示日は、国の近未来を決め、それぞれの県、そしてそれぞれのまちの将来を決める大事な選挙となります。

 でも、中にはそういう大事な選挙なのに投票にも行かず、棄権する人がたくさんいます。まちの投票率が60%だとすると、そのまちの有権者の40%の住民は投票に行っていないということ。こんなことではダメです。こんな政治意識では、まちが良くなるわけがありません。

 そこで、お願いがあります。

 お家を守る奥さんは旦那さんや投票権を持つ18歳以上の子どもさんに、次のようにクギを刺してほしい。

 「えいかね、お父ちゃんもあんたら子どもたちも、よう聞きよ。まちの政治のやり方に不満を持っても、選挙の時に投票に行かんような人間にはそのまちの市長や議員を批判する権利はないぜ」。

 「そうやきん、ブツブツ言わんと、早よう投票に行ってき」。


 これはなぜなのか、読者の皆さんはお分かりですか?

 まず、投票所に行って投票すれば「政治参加」したことになり、投票所に行かず投票しなかったら「政治不参加」となるからです。

 これはお分かりでしょう。

 「政治不参加」、つまり選挙の投票日に投票しないということは、政治に関して参加していないということになります。因って、投票しないいうことは同時に、政治に対する発言権も失ってしまうということになります。

 「あの市会議員は一つも仕事をしやせん」とか、「あの市長は建設業者とつながって無駄な施設ばっかり建てよう」なんて批判も出来なくなりますよ。

 こうして投票日に投票にも行かず政治に対する発言権を失えば、国政、県政、市町村政や市町村議会の不正や不馴染めや怠慢行為などについて批判できなくなる。

 例えば、衆院議員が不正なことをして議員辞職や離党やと騒がしくなっても、衆院選の時に投票所に行って投票していない有権者は、批判の一つもしてはなりません。なぜならば、投票権を放棄すれば同時に、発言権も失っているからです。

 お分かりかな。


 よく、国政選挙や、都道府県知事選や、県議選や、市区町村長選や、市区町村議員選の時に投票にも行ってないのに、国政に対し、県政に対し、市区町村政に対し批判している御人がいますが、あれは以っての外で、政治に参加もしていない人間に政治を批判する権利などありません。

 日頃から関心がない政治を馬鹿にし、「自民党政権は…」とか「室戸市政は…」と批判しながら、選挙になると「おれには関係ない」とうそぶいて投票にも行かない人がいますね。あなたもそうじゃないですか?

 権利を放棄したそういう方々には、「それは政治が悪いんじゃなく、その前にあんたの方が悪いんだ」、「あんたがた有権者が投票に行かないから、政治も悪くなるんだ」、「室戸市の有権者全員が投票に行って投票率を100%にしさえすれば、室戸市の政治ももっと良くなるかもしれないじゃないか」とお教えしたい。

 投票に行った有権者が法令を順守しない悪質な政治家や職責を果たさない地方の政治家たちや自治体職員を批判するならいざ知らず、投票にも行っていない「政治不参加」の有権者が自分の不真面目さを棚に上げて政治や政治家を批判する等、以ての外です。

 なぜなら、政治に参加していないからです。政治に参加していないということは、いわば“蚊帳の外”。蚊に刺されるのは当たり前のことです。

 そんな投票にも行かない有権者に政党や政治家や行政を批判する権利など、これっぽっちもありません。

 さあ、私にそうやって批判されないためにも、あなたも室戸市長選が始まったら投票に行きましょう。そうすることで室戸市の市政や政治家に要望もできるし、批判もできます。だって、その権利を持っているんだもんね。


 「為すべき時に 為すべきことを 為せば成る」は私が作った教訓。「為せば成る 為さねば成らぬ何事も、成さぬは人の為さぬなりけり」の教訓を創ったのは上杉鷹山とされる。

 どちらも「何事もやるべきことをやろう、やるべき時にやろう」ということです。

 ようやく明日11日からは室戸市長選が始まり17日まで続き、18日(日)には投票日です。勿論、12日の月曜日からは期日前投票もできますので、必ずお近くの投票所へ行って投票してください。さすれば、あなたにはまちの政治に対する発言権が手に入ります。


 以上、室戸市議会の一人会派「鷹山会」から、選挙の投票についてのお知らせでした。皆様のご健闘をお祈りします。


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諸葛孔明から学ぶ、政治家鑑定七か条

2018-11-09 | 政治家のあり方
 「昔々、中国に諸葛孔明という武将がいた」、そうです。

 自分で言うもなんですが、私は正直者だから、あまりよく知らない人物のことを知ったかぶりなんかしません。だから、そう言っておこう。

 昔々の中国に『三国志』の物語があってそこにたくさんの著名な登場人物がいたことは知っていたが、長くて広範囲にわたる歴史物語ゆえ、今の今までそれぞれの名前は聞いて知っていてもその歴史や足跡についてはあまり関心がなかった。だから、この諸葛孔明について知らなくても、それはそれで仕方がありません。

 ということで、これは受け売りですが、「諸葛亮 孔明」とは中国後漢末期から三国時代の蜀漢の政治家・軍略家で、その数多い三国志の登場人物の中でも随一の人気を誇るのが孔明(らしい)。戦乱の世に勇猛な武将が幅を利かせる中、知性派として数々の功績を残した(らしい)。劉備の家臣としてその能力を発揮し、「三顧の礼」(目上の人が格下の者に対して三度も出向いてお願いをすること。劉備が諸葛亮を迎える際に三度たずねたことに由来)で知られ、「天下三分の計」(後漢末期に諸葛亮が劉備に説いた戦略)を説いて希代の軍師と名を馳せた(ようである)。

 そんな諸葛孔明が残した言葉に「人物鑑定法」というものがある。

(諸葛孔明の人物鑑定法)

一、ある事柄について善悪の判断を求め、相手の志がどこにあるかを観察する。
二、ことばでやりこめてみて、相手の態度がどう変化するかを観察する。
三、計略について意見を求め、それによって、どの程度の見識をもっているかを観察する。
四、困難な事態に対処させてみて、相手の勇気を観察する。
五、酒に酔わせてみて、その本性を観察する。
六、利益を誘ってみて、どの程度清廉であるかを観察する。
七、仕事をやらせてみて、命じたことおりにやり遂げるかどうかによって信頼度を観察する。


 この七項目は、リーダーの立場から部下を評価する手がかりとして述べたものですが、広く人物鑑定法としても当てはまる部分が多い。

 唯、私はこの“人物鑑定七カ条”を論語について検索していて見つけたとき、これは「人間のありよう」としても使えると思い、文面を置き換えてみた。それが次の「政治家鑑定七カ条」です。ちょっとこじつけのような部分もあるが、上の一から七までの「人物鑑定法」と比較しながらご覧頂けたらと思います。

(谷口總一郎の政治家鑑定法) 

一、全ての事柄について法令を順守し、公平・公正・適正かをよく吟味した上で、住民目線の健全な判断を下し、我欲は捨てて志を立てる。そんな人。

 (組織のリーダーたる人間が、法律はことごとく守らないし、財政には疎くて大金を無駄に遣って“死に銭”にしてしまうし、事業計画書は収入と支出の計算が全く破たんしているにもかかわらずそれで良しとする。これらのことで、その人物が善人か悪人かが分かる)

二、悪事を見たら臆することなく、手加減もせず、その想いを簡潔に核心を突く言葉に置き換えて、真正面からぶつける勇気を持つ。そんな人。
 (そのことによって、善人なら謙虚に改めるし、悪人なら「これは正しい」と言い張って更に悪事に突き進んでいく。これらのありようで、その人物が善人か悪人かが分かる)

三、事業を興す時、周りにいる部下や番頭格、議員、友人・知人など助言者から多くの意見を求め、それが自分の構想に対して否定的な指摘であったり改善を求められたとしても、その指摘が妥当で、的を得ていると率直に感じ取った時には、謙虚に、そして即座に誠意を以って考えを改める。そんな人。
 (部下であろうが、番頭格であろうが、友人であろうが知人や恩人であろうが、いったん力を得ると人の言うことには耳を貸さず、間違った方向に問答無用で突っ走る、そんな人生はやがて破たんする。でも、そんな人物は破たんするまで他人の意見を聞かないから、行き着くところまで行って、やがて止む) 

四、突然事業が行き詰まることがあっても、迷うことなく毅然として正しい判断を下し、将来に禍根を残すことのない行動をとる。そんな人。
 (自分の組織と関係が深い倒産寸前の会社から「数千万円の支援がなければ撤退するぞ」と脅しにも似た要求をしてきた時、「そんなに急に帰られたら困る」と慌てふためき、その要求を飲む。それを一年の間に二度も飲む。案の定、その会社は一年後、まちの人たちのお金であるその数千万円を持って東京に帰ってしまった。とても健全な組織経営と言えるものではないが、町の人たちはその人物がその時、愚かな判断を下して大失態を犯したことを全く知らない。それを知っている一部の人たちも目をつむっている)

五、人物の本性は酒を飲まさずとも、金と職を得たあとの振る舞いでよくわかる。善人は金と肩書を欲しがることなく職務を粛々と遂行して、いつも清廉潔白である。そんな人。
 (だが、欲深い人と悪人は金がなければ仕事しないし、金があっても仕事しない。人より高い地位に就きたがり、高い地位じゃないと真面目に仕事をしないし、高い地位に就いたとたん法律を無視し守らなくなるし、その権力を振り回して正義の声に耳を傾けなくなり、聞くのは利害関係にある人の声だけ)

六、利益や権利、権力を手にすることなど全く考えたことなどなく、無私の心で自らの財産を投げ打ってでも地域に尽くし続ける。そんな人。
 (いつも権利や権力を手にすることばかり考え、そのためには大恩ある人でも騙すし、陥れるし、利用もする。そのくせ、大恩ある人が困っていようが、谷底に落ちかけていようが、助けようとしない。そればかりか、恩人から「人を騙してはいけない」、「人の道に外れた行為だ。改めよ」と教示されると逆切れして、恩人に向かって怒り狂い、仲間とともに排除しようとする)

七、仕事がいつも几帳面で、基本を踏まえて揺るぎがないから信頼でき、いつも安心してその仕事ぶりを見ていられる。そんな人。
 (土佐では仕事ぶりが小汚い様子を「やることがせこい」とか「やることがへすらこい」とか「えてこすり」とか言う。この言葉は、ちょっと悪質な面がある様子を表現する。例えば、ここに一人の政治家がいます。その人は他人に「これをやってくれんか」「あれをやってくれんか」と頼むことは人一倍エライ。それを当たり前のことだと思っている。だが、その頼まれた人が困った時にその人物に「すみませんが、助けてくれませんか」とお願いすると、「いやその日は忙しいから」と逃げる。しかし、その日はヒマをしていた。つまり、他人を使うことはエライが、恩人のために尽力したり助けたりすることはない。そんな“されること”ばかり期待している政治家。だから信頼度はゼロなんだが、選挙になるとその人の本質を知らない人たちと本質は知っているが利害を優先する人たちの支えで、いつも勝つ。でも、人生、いつまでも人を騙せるわけではない)

 以上、俄かづくりですが、それほど的を外してもいないでしょ? 諸葛亮孔明の「人物鑑定法」ほど文章は明快ではないが、それほど参考にはならないということでもないでしょう? よければ参考にしてください。

 もう一度、要旨だけを書き連ねて終わりとします。

(谷口總一郎の政治家鑑定法)

一、全ての事柄について法令を順守し、公平・公正・適正かをよく吟味した上で、住民目線の健全な判断を下し、我欲は捨てて志を立てる。そんな人。

二、悪事を見たら臆することなく、手加減もせず、その想いを簡潔に核心を突く言葉に置き換えて、真正面からぶつける勇気を持つ。そんな人。

三、事業を興す時、周りにいる部下や番頭格、議員、友人・知人など助言者から多くの意見を求め、それが自分の構想に対して否定的な指摘であったり改善を求められたとしても、その指摘が妥当で、的を得ていると率直に感じ取った時には、謙虚に、そして即座に誠意を以って考えを改める。そんな人。

四、突然事業が行き詰まることがあっても、迷うことなく毅然として正しい判断を下し、将来に禍根を残すことのない行動をとる。そんな人。

五、人物の本性は酒を飲まさずとも、金と職を得たあとの振る舞いでよくわかる。善人は金と肩書を欲しがることなく職務を粛々と遂行して、いつも清廉潔白である。そんな人。

六、利益や権利、権力を手にすることなど全く考えたことなどなく、無私の心で自らの財産を投げ打ってでも地域に尽くし続ける。そんな人。

七、仕事がいつも几帳面で、基本を踏まえて揺るぎがないから信頼でき、いつも安心してその仕事ぶりを見ていられる。そんな人。


 これは言わずもがなですが、上に示した政治家鑑定法は、11日からの室戸市長選に立候補する候補者を鑑定する方法、「次期市長鑑定法」でもあります。


 以上、諸葛孔明ってオジサンは知らないけれど、師の教えを模倣し、政治家の人物評価の方法として創造しました。

 地方政治に関わっておられる方もその政治によって生活をしておられる国民、県民、市民の皆様も、ぜひ諸葛孔明の教えから学んでいただきたい。

 では!


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「私は嫌われる議員になりたい」

2018-11-08 | 政治家のあり方
 2010年(平成22年)4月の熊本市議会補欠選挙で、あの元マラソンランナーの松野明美さんが当選した。その後、頑張って、彼女は今現在、熊本県議会の議員となっています。

 その市議選で当選が決まった時、選挙事務所の前で取材陣に語った言葉に感動を覚えました。

 いつものような早口というほどではなくて、よく聞き取れたからかもしれませんが。

 どこのテレビ局だったか、記者が松野さんに当選しての抱負を聞いたところ、即座に「わたしは、嫌われる議員になりたいと思います。又あいつが言ってるぞと言われるような議員になりたいですね」と言い切った。

 この言葉を聞いた時、同感だと思いました。

 「そうだ! その通りよ。議員はそうじゃないといかん。でも、議員に当選したばかりの、まだ議員の経験が全くない人がそれをよくわかったなあ」と、うれしくなりましたね。「全国、どこにもいるんだなあ。『役所や議会で嫌われてもいい、住民のお役に立てさえすればそれで』と思っている議員は」と。

 自治体組織で首長、職員、議員に好かれるように対応しているような議員は、ダメ。「こんな厳しいことを言って市長や職員に嫌われたら困るから、言わないでおこう」とか、「自分が何か頼んだ時に聞いてくれなくなるからやめとこう」などと考えている議員はダメですね。

 ダメなことには「ダメだ」とはっきり言える議員じゃないと、住民のお役に立てない。

 議員というものは松野さんが言われるように、気真面目で厳格すぎて行動しすぎるからと、周りの首長や行政職員や議会の議員に嫌われる議員にならないといけない。議員は行政の監視役であり、調査機関の一員。そもそも行政が行う違法や不公平や不適正や道徳心が無いような事業案や行政運営に対して手厳しい対応ができない人は、議員になってはならないのです。

 だけど、そんな“うるさ方”の議員はどこの議会でもほんの一人か二人。その人数の少なさが、地方議会が活性化しないし改革できない原因になっている。

 だから、その時思ったのは、「熊本市議会にうるさ方の“嫌われる議員”がいるのかどうかは知らないが、松野議員がこれから議会を活性化させる活躍をしていってほしい」と期待しました。「また松野が言ってるぞ」と市長や議員に嫌われることについては、「きっと彼女が議会の一般質問や大綱質疑の日に質問・質疑に登壇して発言すれば、まずその早口に驚き、そしてその熱意に圧倒されるのではないか」・・と思いました。

 又、その時のニュースを見て知ったんですが、彼女には二人の男の子がいて、平成22年当時に保育園に入った次男の子どもさんはダウン症という障害を持っている。「そんな彼女は今後、議員になったあと障害者福祉の分野を中心に活動するのだと思うが、何をするにおいても彼女ならマラソンの時のように、休まず、懸命に走り続けることだろう」と感じました。

 「わたしは、嫌われる議員になりたいと思います。又あいつが言ってるぞと言われるような議員になりたい」。

 松野さんのこの思いは、いいですねえ。まずはこの言葉に拍手を贈りたい。

 日本ではじめてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士は、「真実はいつも少数派」といっている。地方議会においても、私のように市民派で改革派である議員はいつも少数派ですが、その少数派に“真実”があるという湯川博士のご指摘は正しい。

 (追記)

 松野明美さんは、2015年(平成27年)から熊本県議会の議員をやっておられて、今は2期目。実は今月11月10日(土)に室戸市に来られての講演会が開かれます。

 演題は「いちばんじゃなくて、いいんだね」。私は、彼女が障害児を抱えながら市議会議員になったときから応援していた方なんですが、残念ながら市長選が翌日の11日に告示を迎えますので行けません。

 でも、今回の講演会は入場無料でもあるし、是非、市民の皆さんはご参集くださいね。

 開演は、午前10時15分から。場所は、「室戸市保健福祉センター」の「夢ひろば」の会場にて。主催は室戸市で、所管課は保健介護課です。


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