まわりで起こっていること

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穀寿山(こくじゅさん)

2012年03月28日 | Weblog
今日の表題は、聞きなれないと思いますが。

富士山のことを、こういう呼び方もする人々がいたらしい。

穀というから、穀物がよくとれるというような意味なんだ、と。

富士山に積もる雪がね。

目に見える豊作の信号とうけとって。

たしかに、雪解け水は、稲作にとっては、大事なものだっただろうし。

一合目、とか、いうのは、ちょうど、積雪部分と、そうでない部分の境だそうで。

たしかに、一合という言い方は、お米を量るときに使うしね。

テレビも新聞もない時分。

人々は、自然からの信号と、さまざまな思いを抱えながら。

目を凝らして、ある時には、意気をのむように。

おつきあいをしてきたのだろうな。

富士山の、この話は、わが社の社員さんとの話が出所なんだけど。

その時の話で。

昔、富士川の中洲に、不治の病の人々を、隔離し。

何年おきかに訪れる、富士川のはん濫と共に、結果として、葬り去った。

そうで。

日本の各地に残る、棄老伝説などとも考え合わせると。

これまた、当たり前だけど、ヒューマニズムなどの価値観というのは、時代時代で、変わるものですね。

以前にアップしたけど。

松尾芭蕉が、富士川のほとりで、泣く捨て子をみて。

世間をうらまず、我が身の不運を嘆け、と。

富士川といえば、旧国一を東側にわたると、小さな祠があり。

たしか、そこに、川のはん濫を防ぐために人柱になった、少女の伝承が書かれていたように思うけど。

田子の浦にも、阿字神社があり、そこでも、阿字という少女が人身御供となり。

なんて話もあるしね。

なので、すべてを、現代の価値観で断じる、ということは。

面白くないですね。

後出しジャンケンみたいなもので。

って、まとまりがつかないまま、終わります。

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