楽しい 句集 と 歌集 

新聞などの、句/歌集評。俳壇/歌壇を、転載致します。

08年度 山本健吉賞 

2009年07月06日 | その他
毎日新聞・詩歌の森へ-08-5-18 より転載

見えないものを見る
酒井佐忠
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 静けさの中に身を潜ませ、心も身体もあるがままに任せていると、
飾り気のない真実の言葉が向こうからやってくる。

目は見えなくても、何かが見える。心の中で気配を感受する。そうし
て生まれた俳句の力を思う。

今年の山本健吉文学賞(俳句部門)に決まった村越化石句集『八十路
』(やそじ)(角川書店)には、そのような俳句の原初の力が感じら
れる。

自らを石に託して「化石」との号をつけた俳人は、大野林火に師事し
、これまでに蛇笏貢や詩歌文学館賞など多くの賞を得ている。

元ハンセン病患者で10代で故郷を離れ、気が完治してからも国立療養
所栗生楽泉園で暮らしている。

失明はしたが深い自然の森での暮らしは、生まれたままのように汚れ
のない言葉を俳人に与えた。

  何かある落葉一枚飛びゆけり

俳人の目に冬の落葉が見えたわけではない。だが時が止まったように
静かな山里の道を歩いていると、かすかな音から一枚の落葉が舞う姿
を確かに感じとったのである。

  見えぬ眼の目の前に置く柿一つ

卓上に置かれた一つの柿の実という物体も、手の感触によりまざまざ
と見えてくる。そこにある柿と俳人の命が一つにつながる。

 村越化石は既に八十歳を超えた。「よくぞここまで生きてきたもの
と思う」と句集あとがきに記している。

だが、老いの繰り言や弱気はいっさい感じられない。むしろ表現され
るのは老年の命の尊厳である。

  石の如凍てても命ありにけり

  去年今年(こぞことし)命いよいよ大なりし

命という言葉さえ、まったく虚飾を感じさせない力がある。

                    (文芸ジャーナリスト)
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