青山抄 草深昌子
その人を墓に見てをり笹子くる
寒晴の墓域広くてはぐれたる
段ボール噛んで冬日の清掃車
冬紅葉空に近くてちぢれをり
時雨忌の昼を遊んで夜を酌んで
子ののぞくものをのぞくや懐手
焼芋を食うて別れし運河かな
暖房や首を伸ばせば海が見え
金蛇のあはれ掌にのる小春かな
老夫妻刈田に椅子を持ち出しぬ
落葉してうつろの穴の幹に開く
神発ちて音のしづかに人の杖
はかなげに咲くが如くに菌かな
末枯の担架格納箱長し
敗荷やおつと大きな蜂のこゑ
遠く見て墓場広しや布団干す
黄の蝶やさらに黄を濃く草の花
ゆきあひの空や蝶ゆき蜻蛉ゆき
薔薇咲いて鷗の飛んで時雨かな
水澄んで鯉三尺に及びけり
らつきょうの咲いて恩師は姉のやう
本堂や帽子を飛ばす扇風機
さやけしやお金落とせば箱鳴つて
賽銭の箱を外れたる蓮は実に
一茶忌の机に蠅とゐたりけり
茸かと寄れば蝶々いや茸
柿盛るや笊にバケツにリヤカーに
子規の忌の株価大いに上がりけり
ことごとく木の実嵌まるは蝉の穴
婆の爪塗つて臙脂に夜の秋
(「ウエップ俳句通信」140号掲載句を含む)
青草往来 草深昌子
令和6年8月、厚木市を震源地とする震度5の地震があった。机の下に潜らんとした時、書架から一冊が飛び出して頭に角が当たって落ちた。「痛っ!」つて手に取ってみると『ホトトギス 虚子と100人の名句集』(2004年刊行)であった。放置しないで「読んで!」という御告げのようでおかしかった。そこで好きな俳人の名句をたっぷり堪能した、左記はその万分の一。
下萌の大磐石をもたげたる 高浜虚子
団栗の葎に落ちてくぐる音 鈴木花蓑
冬の川白髯橋を以て渡る 山口青邨
探梅のこころもとなき人數かな 後藤夜半
日あたりに下すすだれや秋日和 阿波野青畝
春雷や女主に女客 星野立子
落花まだ花のはざまにあそぶほど 皆吉爽雨
水揺れて来て稲舟の現るゝ 岡田耿陽
みかん黄にふと人生はあたゝかし 高田風人子
稲畑汀子のまえがきに「昭和三年、虚子が俳句は花鳥諷詠詩であると言ったのはまこと至言であった。花鳥諷詠は人間も自然の一部に他ならないとして季節の循環の中に生死する万物の姿を美しい宇宙の生命力の流れとして捉えるのである」とある。虚子の言葉が自身のものになるまで終生思考し続けたのが大峯あきら先生であった。
師と出会って二十余年もさまざまに教わったのに、一体何を学んでいたのだろう、師がいなくなってはじめて学び直すべきことが山ほどあることに気づかされている。師の発言はぶれなかった。貫き通した信念の勁さばかりは身に入むように分かってきたような気がする。
有名な画家の誰であったか、うろ覚えながら思い出す言葉がある。「相撲は一つの手を覚えたってだめです。覚えられたらもう通用しない。敵の出方に応じて手がでなければだめだ。相撲取りには負けたっていう実感がある。絵描きには負けたって実感はない。絵描きでも負けたっていう、そういう実感があれば有望だ」。
絵画は俳句でもある。最晩年の師に「俳句は勝負やで!」と檄を飛ばされたが、このことを言うのでもあろう。
芳草集
春の夜や万年筆にインク窓 奥山きよ子
温室に降り込む雨や武具飾る
ぱたぱたと障子鳴りたるこどもの日
蠅叩握る押つ取り刀かな
読みつづく奥地紀行や冷し酒
アメ横を漂ふ如し盆の月
まつさらの幟二本や秋祭
青草集
玄関に客間に居間に牡丹かな 森田ちとせ
登山帽九十九折して今はるか
時かけて青大将の横切れり
甲斐駒を呑まんばかりや雲の峰
鶺鴒の走り出て来る雨上がり
鰯雲崩るる時のいさぎよし
鵙日和一本道をはぐれけり
大峯あきらのコスモロジー⑬ 草深昌子
吉野山さくらが枝に雪ちりて
花おそげなる年にもあるかな 西行
西行の一首は、2006年4月、「花の開花を待つ吉野」と題する大峯あきらのエッセイに挿入されている。
気むずかしくて敏感な吉野山中の天候は、花が咲く直前まで手を変え品を変えるのが、例年のこととして、
――冴え返る日が何日もつづくと、吉野人のあいだでは、ことしの花は遅いでしょう、という言葉が今でも日常の挨拶になる。一首はそういう吉野人の心に、ひっそりと身を寄せた趣がある。ーーなるほど正真正銘の吉野人大峯あきらならではの鑑賞であることに気付かされる。
ところで、大峯あきらと歩く吉野の花の吟行会はこの時点で二十年続いていて、参加していた飴山実、田中裕明もすでに故人になってしまったことも書かれている。
当時の大峯先生は急峻な山道であっても革の靴、革の鞄でスタスタであった、やがてスニーカーになり、リュックになり軽装を心掛けられたが、かのベレー帽はずっとお似合いであった。エールフランスの客室乗務員から「トレビアン!」と褒められたという愛着のベレー帽、何度聞かせてもらって、何度大笑いしたことであろうか。このエッセイの後もなお十数年、先生は最後まで、西行の心と共に、吉野の桜を詠い続けられた。
どこからか揺れはじめたる桜かな あきら
「どこからか」は何処かよく分からない場所からであろうが、「揺れはじめたる」につながると、場所というより何時からかしらという思いもあって、まこと、どこからかしら不思議な感じが漂ってくる。山桜の大木の、その一木であってもいいが、一目千本という吉野全山の山桜の模様のようでもある。駘蕩たる風を感じてもいいが、山桜それ自体が、己がじしなる揺れをゆったりともたらしている。
大峯あきら作品のすべては徹底して省略が利いていて、無駄な一語もなきままに描写して読者に想像力をふくらませてくれる。
満月のはなれんとする桜かな あきら
ひよどりのいつも出入りの大桜
翡翠が花のおもてを通りけり
その辺を歩いて来たる桜かな
花どきの鶏鳴強き山家あり
夜桜のしづかに枝を交したる
「はなれんとする」、「いつも」、「おもて」、「その辺」、「あり」、「しづかに」、平明なる措辞が何とも力強い存在感をもたらして、どの桜も手に取って見るような吉野山中ならでは親しみをもたらしている。大峯あきらの風土讃仰であるとともに、大きく開かれた世界は吉野にあらずして、どこの自然であってもいいだろう。作者のいう「宇宙はここや」という実感に満ちている。
金の星銀の星出て旱かな あきら
土蔵てふ静かなるもの梅を干す
星空となりて止みたる落葉かな
紋付の人また通る狸罠
狐火や襖つづきの長廊下
天津日の歩みとどまる甘茶寺
恐ろしき谷へ径ある朧かな
盆が来る長き土塀でありにけり
時の移行を詠いあげつつ、今ここに「在る」ということを瞬時に確かにとどめている。
あとがきにある、
――「物の見えたる光、いまだ心に消えざるうちにいいとむべし」と古人が教えた「物の光」は、まさに時と永遠とこの不思議な交差点から発するに違いない。その光芒を身に浴びて、自分が発光することは、実作者のこの上ない幸福です――の通りであろうか。
客観に徹して、おもてだった人事は詠われていないようであるが、人間もまた花鳥諷詠のなかに奥深く包み込まれていることに感じ入るばかり。
雲はみなどこかへ消えて干大根 あきら
はくれんのすぐ裏にある夕日かな
花の日も西に廻りしかと思ふ
荻の戸に月落ちかかりゐるところ
凍る夜の星晨めぐる音すなり
落葉降りやむとき月の出るならひ
刻々変化してやまない時空を明らかに見せている。
宇宙の光線に浮き上がってくるものを言葉によって定着させる、こういう微妙なるところに、大峯あきら独得の孤独というか、ロマンチストぶりが隠しようもなくあらわれているのではないだろうか。
花種をまだ飛ぶ雪に買ひにけり あきら
まだ若きこの惑星に南瓜咲く
すぐそばの雲を照らして夏の月
芍薬に近づいてゐる次の雨
白雲の一つづつ来る曝書かな
薄紅葉してゐる村に入りゆく
「まだ」、「すぐ」には時間が継続している、「近づいてゐる」、「一つづつ来る」も継続、すべては現在進行形という感じである。時を送らないで、時をとどめて味わいたい、季節の移り変りに身を委ねて生きている、その静けさのよろこびがもたらされている。
六句目、「薄紅葉」をもって一句を抑えるものではなく、薄紅葉のありようのままに人もまた歩みをとどめない、揺れ動きつつ進んでいくのである。この先は、移ろいに現れる美しさに満たされていくのではなかろうか。
私は初学の師に、俳句は時間の流れを詠うものではないと教えられた。
やがて大峯あきらに出会って、あらためて虚子を学び直すことによって、その考えは一掃された。俳句における時の推移は俳句のエネルギーになっていることに気付かされたのである。
大峯あきら俳句はどの自然現象も宇宙の中の出来事と絡み合っているのだった。
街角のハイネ生家や秋の風 あきら
屯田の頃の老松秋の風
稿継ぎにもどる机や秋の風
秋風やまんまんとして神の池
秋風や長き廊下のつき当り
冒頭にあげた西行の一首が単なる風景描写にあらずして、花が咲いたり、雪が降ったりする自然現象が、人間の生死の営みと一つに繋がっているという思考の通り、どの「秋風」も命の寂寥ではないだろうか。
『短夜』所収の次の句も作者の本領を発揮している。
秋風は太平洋の上を吹く あきら
伊勢志摩吟行の折の句である。台風の襲来によって暴風雨の荒れ狂うなかであった。暗雲の垂れ込む空にあって、はるか彼方に一閃の青空を見届けたというのであろうか。宇宙の眼を持たずしては詠えない光景である。
俳句に限らず総じて詩というものはサイレントではあるが、大荒波のなかに広やかにも音なき世界を感じるなんて、誰に出来るであろうか。
大峯あきらの俳句はすべて平明である。ふと、こんな風景なら私にも詠えそうと思ってしまう。ここで、かの野見山暁治巨匠の言葉が思い出されてならない。
画伯が初めてフランスへ渡って、パリへ向かう車窓で、セザンヌの描いた風景を目の当たりにしたとき、こんなよき風景があるなら実在感をもって描けるのは当然ではないか、フランスの画家は羨ましいと思った。だが、
「何の変哲もないそっくりの風景、誰にでも描けると思わせる絵は、実のところ、それほどにも普遍的な、リアリティ―を持った尋常ではない世界を作りあげているのだ」ということに、後になって気付くのである。
セザンヌは大峯あきらのことのようではないか。絵画であれ俳句であれ、芸というものを、このように真から認識することが出来たらどんなに素晴らしいことだろう。
実作に鑑賞に、俳句の前途はどこまではるかであろうか、私などは嘆くばかりである。
秀句集 草深昌子
春の夜や万年筆にインク 奥山きよ子
むかし愛用のモンブランを確かめてみたがインク窓はなかった。この句の吸入式の万年筆はインクの残量を透明の窓に確認できるのであろう。ただ事実をさらっと詠っただけのようだが、インクの見える窓のありようが何ともいじらしいではないか。書くことにいそしむ作者にとって春の夜という艶やかな趣きがたまらない。マンネンヒツニインクマド、ンの引き続く韻律の響きも春の夜の余韻である。
玄関に客間に居間に牡丹かな 森田ちとせ
鵙日和一本道をはぐれけり 〃
一句目、玄関、客間、居間とそれぞれの趣きに活けて、家じゅうを牡丹で埋め尽くしたという畳み掛けが楽しい。
助詞の「に」が、一つ一つに小休止の働きをして、落ち着いた牡丹の気品が打ち出されている。
二句目、鵙が樹のてっぺんで鳴き叫ぶ声は秋晴そのもののように澄み切っている。作中主体は、そんなよき日和の一本道を歩いている。はぐれようもない一本道でありながら、折々はぐれてしまったというのである。鵙の声に誘われてしまったことを明るくも肯っている。
炎天を来て大樟の木陰かな 石堂光子
地獄のように灼けつく暑さをやってきたのであろう。落ち着いたところはひやりとするような木蔭である。千年もそれ以上も生き延びて神が宿るとまで言われるような樟の大木は炎天をものともしないさまである。
蜜豆を食うて免許を返しけり 小宮からす
免許返上を思いつくのは、またその行動をとるのは、人さまざまでどんなタイミングであってもいいだろう。だがこの句の蜜豆ほどおよそ意外なものはないのではなかろうか。それでいていかにも真実味を帯びるところがまさに蜜豆の効用のようである。
くちなはの伸びたる岩や苔厚き 佐藤昌緒
ヘビにはぞっとするが、「くちなは」には現世を外れた感があって客観的に眺められる感がある。それにしてもここまで観察されると、かの蛇がぬうっと真に迫ってくる。偶然の出会いに、ひと息とどまってこれこそというものを把握するまでの念力がすばらしい。
焼栄螺くるくるしつぽ緑かな 川井さとみ
栄螺を殻のまま火であぶり、醤油で味付けして、焼き上ったら取り出して丸ごと食べるという野趣に富んだご馳走。これがなかなか上手にとり出せないというムキもあるが、この句のさまはお見事。ここまであまさず苦みもろともいただく栄螺の美味はたまらない。
平穏な旅の知覧の新茶かな 柴田博祥
「知覧」はもとより知覧茶で知られるところだが、同時に、かの大戦の特攻隊の出撃基地を思わない人はいないだろう。そんな固有名詞が浮き立たず沈まず、そう、まこと「平穏」に新茶の一句によく集約されている。
屋根なしの長きホームや鰯雲 冨沢詠司
さりげない十二音の表出でもって鰯雲をこれほどまでに爽涼と鮮やかに見せてもらえるとは、これぞ俳句のよろしさである。ホームが長いといっている、その印象は鰯雲の鱗の重なりが伸びてゆくさまを想起させる。例えば北鎌倉駅のホームなど、読者の体験をなつかしく引き寄せてくれるものでもある。
小噺に笑ひこらへて夜食かな 松井あき子
秋の夜長に、夜食をとりながら落語を聞いている、その枕のちょっとしたシャレに笑っているというのだ。「笑ひこらへて」は読者にまで面白みを伝えて充分である。
夜食という時代を背負った季題に、小噺という江戸時代からの古典の趣きをさりげなく溶け込ませている。
熊蜂や躑躅の上のホバリング 竹内あや
熊蜂は大きくて丸っこくて真っ黒なヤツである。ホバリングしているのはオスでなわばりを作っているらしいが、この句の躑躅の上が愛らしい。躑躅の赤い色彩に触発されたよう
なブンブンには勢いがありそう。
留金の壊れし鞄卒業す 神﨑ひで子
十二分に学び、十二分に運動した、活躍の鞄であったのだろう。留金の壊れたさまは卒業の成就感をよく象徴している。留金は新しい出発に向けて、少々気を引き締めなければならいことも暗示しているようだ。
折々の妻の小言や韮の花 泉 いづ
韮の花は晩夏のころ長い茎の頂きに白い小花を咲かせる。地味な花であるが、作者は種々自家栽培を試みておられ、韮の花にも愛着があるのだろう。妻の小言をまたかと思いつつ、内心では感謝をしている。韮の花が幸せな夫婦のありようをささやかにも物語っている。
秋彼岸空調服に穴二つ 湯川桂香
今年の秋の彼岸は格別に暑かった。折から外で働く人がいかにも涼しげに行き来しているのである。そこを見逃さなかった作者の眼こそは頼もしくも涼しい。空調服とは電動フアン内臓上着という、つまりは着る扇風機というものらしい。クウチョウという言葉のニュアンスがヒガンのひびきによく溶け込んでいる。
一匙をどのあたりからかき氷 山森小径
炎天を来て、かき氷を眼前にした喜び。先ずはシロップの鮮やかさ、フルーツの飾りつけのよろしさに見惚れている。そんな作者と共に読者も一と匙をつける思いがする。女性ならではの慎ましやかな華やぎ。
あぢさゐや揺すつて軽き貯金箱 二村結季
貯金箱に日々小銭を溜めている。そろそろ大分溜まったころあいを察して揺すってみたところさほどでもなかった。紫陽花を愛でる涼しげな心映えが、文字通り軽妙に詠い上げられている。紫陽花の色の七変化のうちに貯金箱も手応えのある重みになってゆくのではなかろうか。
地震が来て台風が来て酢豚食ふ 中原初雪
立秋を過ぎた頃、厚木を震源地とする地震が起きて驚いた。すぐあとに台風がノロノロとやってきた。そんな日々をそのまま述べただけであるが、下五でもって一気に俳味満点となった。酢豚は粗末でも豪華でもないところがいい。人は、大自然に抗する手立てもなく、ただ実直にその日その日を養っているのである。
百合の花一つ開くやまた一つ 渡邉清枝
白百合であろうか、山百合であろうか。いずれにしても百合の花への愛情がたっぷり感じられる。「一つ開くや」ここで百合の香りがする、「また一つ」ゆったりとした間合いにまた香りがする。清楚な句である。
穭田や風吹き抜けてバス通る 田中朝子
稲を刈り終わったあとからみるみる青い芽をつけて穭が生えてくる。一面の穭田に大らかな風が吹きぬけていくのだ。そんな田舎道はまたバスの通る道でもある。秋晴の空がどこまでも広がっていることだろう。
梅雨寒や今日のおやつはハトサブレ 漆谷たから
梅雨の頃は思いがけず寒気団が押し寄せてくる。そんな梅雨寒の日、鎌倉の銘菓鳩サブレ―をいただいた。ハトという平和のシンボル、サブレというサクサク感、その語感のよろしさが温もりをもたらしてくれる。
草深き恩師の墓やつきよたけ 町田亮々
草深いところだという、漸くやってきた墓参りであろうか。迎えてくれたのは橅の倒木などに重なりあって生えるという月夜茸。青白くも光る月夜茸は師弟の絆の深さを物語って神秘的ですらある。
秋彼岸日向の少しひんやりと 佐藤健成
秋の墓参の折であろうか、さぞかし暑いであろうと思われた日向が、思いがけずひんやりしていた。ほっとひと息ついたような静けさが思われる。簡潔に言い切って余韻をよくひいている。
新じやがを大中小と並べけり 東小薗まさ一
新馬鈴薯の走りの出荷は初夏の頃、見るからにころころとして小さいものではないだろうか。いや、小さいとは限らない、この句は大きさを仕分けしているという。喜びの仕草に風味のよろしさが伺われる。
常しへに子規忌祀らん俳句かな 鴨脚博光
子規は、明治三十五年九月十九日午前一時、陰暦十七日の月明らかな夜半に息が絶えた。「常しへに」とは何と嬉しいことであろうか。今も、これからも子規に感謝しつつ、俳句を楽しんでいきたいと思う。
以下の句に、注目した。
大凧を見上げてゐるやいぬふぐり 平野 翠
水涌いて砂をどりたる木の芽かな 伊藤 波
金魚玉覗けば我の顔のあり 中澤翔風
いなご捕り今日は埼玉草加まで 松尾まつを
風穴に出会ふ林間学校の子 間 草蛙
真夜中や明りの漏るる蔦の家 河野きなこ
新緑やメタセコイアの大並木 黒田珠水
春雨やメタセコイアは空を突き 木下野風
日盛のジムの階段上がりけり 市川わこ
扇風機朝一番の風のよし 大村清和
認知症予防教室春浅し 佐伯柚子
散髪をして立つ主木秋彼岸 伊藤欣次
墓参して初めて交はす隣かな 日下しょう子
敷藁を押しのけにけり夏の草 松原白士
草刈のにほひの押し寄せてきたる 芳賀秀弥
大窓の真つ只中の月今宵 加藤かづ乃
「芳草集」の巻頭・次席、「青草集」の巻頭・次席を含む上位十名の他は句稿到着順に掲載しています。