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青草俳句会~命のよろこび

結社「青草」 主宰 草深昌子

「俳句界」2025年3月号

2025年02月24日 | 俳句

     

 大特集  句に刻まれた師系を語る
     自句自解~句に刻まれた「師系」


 ダイナミック      草深昌子(「青草」主宰・「晨」)

 大峯あきら先生は、大学生の時に「自分が本当に感じたことを正直に言うのがいい俳句です」と高濱虚子に教えられた。
 以来、思考し続けて、この言葉は詩の生まれる不易の源泉を教えてくれていたのだと確信した。
 大峯先生の言う「計らいをなくす」、これも同じ詩の原点である。
 
  花散るや何遍見ても蔵王堂   昌子

 吉野で初めてお会いした時の句。ただ一人、先生が採って、
 「何遍見ても」という一見稚拙な表現が、花散る中に立つ巨塔の姿を生き生きと捉えたと鑑賞された。
 すると、はっとしたように誰もが認めてくださった。
 選者の凄みを目の当たりにしたことで忘れられない。

  はたはたや峠に住みてものしづか   昌子

 「はたはた」が一句のテーマをよく受け止めていると評された。
 俳句の要は季題との本当の出会いだろうか。
 季題はテーマであり、詩情であり、何より宇宙であった。

  奥津城のほかは春田でありにけり   昌子

 どこの田舎であったか、一日中歩き回って、何の手応えもなかった。 
 去り際にもう一度振り返った、その一瞬。
 師の言う「句作りは修羅場、その修羅場の中に時として自分を忘れた不思議な瞬間が訪れる」、それであった。

  石蕗の花さかまく波をよそに咲く   昌子

 「この句は神韻をまとっていますね」と言われたとき、句座の皆がどっと冷やかした。
 先生は笑って、「いや石蕗の花のことですよ」と言い直された。
 私の心には師の〈日本に帰りて石蕗の日向あり〉があった。
 師の句は総じて静謐である。
 我々は季節の自然の中にある存在、自分の所有物でない大きな命によって生かされている。
 無限大の宇宙に抱かれていることをやすらかに肯定している俳句は、読後に幸せをもたらすものであった。

  雲去れば雲来る望の夜なりけり   昌子

  「望月の従来の情趣は一句から一掃され、代わりに満月をつぎつぎに追いかけるダイナミックな雲の運動をいきいきとつかんでいる」
  (「晨」平成30年1月号)
 師の俳句は何より、絶え間なき季節の推移にあって、その移りゆくものを言葉にとどめるものであった。
 「永遠の今」である。
 大峯あきらの師系に繋がっていることを自覚できるのは唯一この句であろうか。
 師にいただいた最後の選評であった。

  読み書きのいよよ楽しやけふ子規忌   昌子

 芭蕉、子規、虚子を尊敬し、俳句の伝統を重んじられた。
 哲学に、宗教に、金城鉄壁の詩人でありながら、深刻なものではなかった。
 その平明にして深いところがなかなか分からない。
 分かろうとして日々俳句に打ち込んでいるとき、ふと面白さが実感された。奇しくも子規忌のことであった。
 俳句に向き合う喜びこそは師から賜った最大の宝ものである。

 師と邂逅し、生き方を教えていただいた密度の濃い二十年間は、一閃の光芒であった。
 師の言葉が胸を打つのは、他者に惑わされない信念の勁さであろうか。
 その教えはそのまま、老いの身の支えになっている。




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青草新春句会 2025年2月20日(木)

2025年02月24日 | 俳句
 2025年2月20日(木)に恒例の青草新春句会が開催されました。
    参加者は31名、快晴とは言え、冴え返るという言葉にふさわしい日でした。

 場所 午前の部 新春句会 9時~12時 プロミティー厚木 8階会議室
   午後の部 祝賀会  12時30分~14時30分 レンブラントホテル厚木 2階宴会場

   
  
草深昌子特選
 春光やとんび四羽の急降下     竹内あや
 手土産は空也の最中黄水仙     田中朝子
 雪解や長き眉毛のどぶろく屋   松井あき子

主宰賞
 はうれん草茎くれなゐを掘り上げん   二村結季   
  蝶々や赤子の寝顔覗きゆく      石堂光子
 いつのまに風のふふふや青き踏む   木下野風

午後の祝賀会では
『大峯あきら全句集』が青草全会員に配布されたことにたいして、
主宰から歓びの言葉を述べられました。
そして、大峯あきら俳人のもとめたところを求めてほしいと
熱く語られたのでした。

各賞の表彰、新編集部の発足の発表と続き、
後の余興では、
まつをさんの詩吟「清明」披露にしみじみとさせられ、
また、たからさんの太極拳の流れるような動きに魅せられて
盛会のうちにおひらきとなりました。


  




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「青草」2025年春季17号

2025年02月24日 | 俳句



      
 青山抄 草深昌子

 その人を墓に見てをり笹子くる
 寒晴の墓域広くてはぐれたる 
 段ボール噛んで冬日の清掃車
 冬紅葉空に近くてちぢれをり
 時雨忌の昼を遊んで夜を酌んで
 子ののぞくものをのぞくや懐手
 焼芋を食うて別れし運河かな 
 暖房や首を伸ばせば海が見え 
 金蛇のあはれ掌にのる小春かな
 老夫妻刈田に椅子を持ち出しぬ
 落葉してうつろの穴の幹に開く 
 神発ちて音のしづかに人の杖 
 はかなげに咲くが如くに菌かな
 末枯の担架格納箱長し 
 敗荷やおつと大きな蜂のこゑ
 遠く見て墓場広しや布団干す 
 黄の蝶やさらに黄を濃く草の花
 ゆきあひの空や蝶ゆき蜻蛉ゆき
 薔薇咲いて鷗の飛んで時雨かな


 水澄んで鯉三尺に及びけり
 らつきょうの咲いて恩師は姉のやう 
 本堂や帽子を飛ばす扇風機
 さやけしやお金落とせば箱鳴つて
 賽銭の箱を外れたる蓮は実に
 一茶忌の机に蠅とゐたりけり 
 茸かと寄れば蝶々いや茸
 柿盛るや笊にバケツにリヤカーに 
 子規の忌の株価大いに上がりけり
 ことごとく木の実嵌まるは蝉の穴 
 婆の爪塗つて臙脂に夜の秋 

(「ウエップ俳句通信」140号掲載句を含む)


 青草往来   草深昌子  
   
 令和6年8月、厚木市を震源地とする震度5の地震があった。机の下に潜らんとした時、書架から一冊が飛び出して頭に角が当たって落ちた。「痛っ!」つて手に取ってみると『ホトトギス 虚子と100人の名句集』(2004年刊行)であった。放置しないで「読んで!」という御告げのようでおかしかった。そこで好きな俳人の名句をたっぷり堪能した、左記はその万分の一。

  下萌の大磐石をもたげたる             高浜虚子
  団栗の葎に落ちてくぐる音             鈴木花蓑
  冬の川白髯橋を以て渡る             山口青邨
  探梅のこころもとなき人數かな        後藤夜半
  日あたりに下すすだれや秋日和  阿波野青畝
  春雷や女主に女客                         星野立子
  落花まだ花のはざまにあそぶほど  皆吉爽雨
  水揺れて来て稲舟の現るゝ             岡田耿陽
  みかん黄にふと人生はあたゝかし    高田風人子

 稲畑汀子のまえがきに「昭和三年、虚子が俳句は花鳥諷詠詩であると言ったのはまこと至言であった。花鳥諷詠は人間も自然の一部に他ならないとして季節の循環の中に生死する万物の姿を美しい宇宙の生命力の流れとして捉えるのである」とある。虚子の言葉が自身のものになるまで終生思考し続けたのが大峯あきら先生であった。
 師と出会って二十余年もさまざまに教わったのに、一体何を学んでいたのだろう、師がいなくなってはじめて学び直すべきことが山ほどあることに気づかされている。師の発言はぶれなかった。貫き通した信念の勁さばかりは身に入むように分かってきたような気がする。
 有名な画家の誰であったか、うろ覚えながら思い出す言葉がある。「相撲は一つの手を覚えたってだめです。覚えられたらもう通用しない。敵の出方に応じて手がでなければだめだ。相撲取りには負けたっていう実感がある。絵描きには負けたって実感はない。絵描きでも負けたっていう、そういう実感があれば有望だ」。
 絵画は俳句でもある。最晩年の師に「俳句は勝負やで!」と檄を飛ばされたが、このことを言うのでもあろう。



 芳草集
 春の夜や万年筆にインク窓    奥山きよ子
 温室に降り込む雨や武具飾る
 ぱたぱたと障子鳴りたるこどもの日
 蠅叩握る押つ取り刀かな
 読みつづく奥地紀行や冷し酒
 アメ横を漂ふ如し盆の月
 まつさらの幟二本や秋祭

 
青草集    
 玄関に客間に居間に牡丹かな   森田ちとせ
 登山帽九十九折して今はるか
 時かけて青大将の横切れり
 甲斐駒を呑まんばかりや雲の峰
 鶺鴒の走り出て来る雨上がり
 鰯雲崩るる時のいさぎよし
 鵙日和一本道をはぐれけり

                   

 大峯あきらのコスモロジー⑬  草深昌子

    吉野山さくらが枝に雪ちりて
        花おそげなる年にもあるかな 西行

 西行の一首は、2006年4月、「花の開花を待つ吉野」と題する大峯あきらのエッセイに挿入されている。
気むずかしくて敏感な吉野山中の天候は、花が咲く直前まで手を変え品を変えるのが、例年のこととして、
――冴え返る日が何日もつづくと、吉野人のあいだでは、ことしの花は遅いでしょう、という言葉が今でも日常の挨拶になる。一首はそういう吉野人の心に、ひっそりと身を寄せた趣がある。ーーなるほど正真正銘の吉野人大峯あきらならではの鑑賞であることに気付かされる。
 ところで、大峯あきらと歩く吉野の花の吟行会はこの時点で二十年続いていて、参加していた飴山実、田中裕明もすでに故人になってしまったことも書かれている。
 当時の大峯先生は急峻な山道であっても革の靴、革の鞄でスタスタであった、やがてスニーカーになり、リュックになり軽装を心掛けられたが、かのベレー帽はずっとお似合いであった。エールフランスの客室乗務員から「トレビアン!」と褒められたという愛着のベレー帽、何度聞かせてもらって、何度大笑いしたことであろうか。このエッセイの後もなお十数年、先生は最後まで、西行の心と共に、吉野の桜を詠い続けられた。

  どこからか揺れはじめたる桜かな  あきら
 「どこからか」は何処かよく分からない場所からであろうが、「揺れはじめたる」につながると、場所というより何時からかしらという思いもあって、まこと、どこからかしら不思議な感じが漂ってくる。山桜の大木の、その一木であってもいいが、一目千本という吉野全山の山桜の模様のようでもある。駘蕩たる風を感じてもいいが、山桜それ自体が、己がじしなる揺れをゆったりともたらしている。
 大峯あきら作品のすべては徹底して省略が利いていて、無駄な一語もなきままに描写して読者に想像力をふくらませてくれる。

  満月のはなれんとする桜かな    あきら   
  ひよどりのいつも出入りの大桜
  翡翠が花のおもてを通りけり
  その辺を歩いて来たる桜かな
  花どきの鶏鳴強き山家あり
  夜桜のしづかに枝を交したる

 「はなれんとする」、「いつも」、「おもて」、「その辺」、「あり」、「しづかに」、平明なる措辞が何とも力強い存在感をもたらして、どの桜も手に取って見るような吉野山中ならでは親しみをもたらしている。大峯あきらの風土讃仰であるとともに、大きく開かれた世界は吉野にあらずして、どこの自然であってもいいだろう。作者のいう「宇宙はここや」という実感に満ちている。

  金の星銀の星出て旱かな     あきら
  土蔵てふ静かなるもの梅を干す
  星空となりて止みたる落葉かな
  紋付の人また通る狸罠
  狐火や襖つづきの長廊下
  天津日の歩みとどまる甘茶寺
  恐ろしき谷へ径ある朧かな
  盆が来る長き土塀でありにけり

 時の移行を詠いあげつつ、今ここに「在る」ということを瞬時に確かにとどめている。
 あとがきにある、
 ――「物の見えたる光、いまだ心に消えざるうちにいいとむべし」と古人が教えた「物の光」は、まさに時と永遠とこの不思議な交差点から発するに違いない。その光芒を身に浴びて、自分が発光することは、実作者のこの上ない幸福です――の通りであろうか。
 客観に徹して、おもてだった人事は詠われていないようであるが、人間もまた花鳥諷詠のなかに奥深く包み込まれていることに感じ入るばかり。

  雲はみなどこかへ消えて干大根    あきら   
  はくれんのすぐ裏にある夕日かな
  花の日も西に廻りしかと思ふ
  荻の戸に月落ちかかりゐるところ
  凍る夜の星晨めぐる音すなり
  落葉降りやむとき月の出るならひ

 刻々変化してやまない時空を明らかに見せている。
宇宙の光線に浮き上がってくるものを言葉によって定着させる、こういう微妙なるところに、大峯あきら独得の孤独というか、ロマンチストぶりが隠しようもなくあらわれているのではないだろうか。

  花種をまだ飛ぶ雪に買ひにけり   あきら 
  まだ若きこの惑星に南瓜咲く
  すぐそばの雲を照らして夏の月
  芍薬に近づいてゐる次の雨
  白雲の一つづつ来る曝書かな
  薄紅葉してゐる村に入りゆく

 「まだ」、「すぐ」には時間が継続している、「近づいてゐる」、「一つづつ来る」も継続、すべては現在進行形という感じである。時を送らないで、時をとどめて味わいたい、季節の移り変りに身を委ねて生きている、その静けさのよろこびがもたらされている。
 六句目、「薄紅葉」をもって一句を抑えるものではなく、薄紅葉のありようのままに人もまた歩みをとどめない、揺れ動きつつ進んでいくのである。この先は、移ろいに現れる美しさに満たされていくのではなかろうか。

 私は初学の師に、俳句は時間の流れを詠うものではないと教えられた。
やがて大峯あきらに出会って、あらためて虚子を学び直すことによって、その考えは一掃された。俳句における時の推移は俳句のエネルギーになっていることに気付かされたのである。
 大峯あきら俳句はどの自然現象も宇宙の中の出来事と絡み合っているのだった。

  街角のハイネ生家や秋の風   あきら    
  屯田の頃の老松秋の風
  稿継ぎにもどる机や秋の風
  秋風やまんまんとして神の池
  秋風や長き廊下のつき当り

 冒頭にあげた西行の一首が単なる風景描写にあらずして、花が咲いたり、雪が降ったりする自然現象が、人間の生死の営みと一つに繋がっているという思考の通り、どの「秋風」も命の寂寥ではないだろうか。
『短夜』所収の次の句も作者の本領を発揮している。

  秋風は太平洋の上を吹く   あきら      
 伊勢志摩吟行の折の句である。台風の襲来によって暴風雨の荒れ狂うなかであった。暗雲の垂れ込む空にあって、はるか彼方に一閃の青空を見届けたというのであろうか。宇宙の眼を持たずしては詠えない光景である。
 俳句に限らず総じて詩というものはサイレントではあるが、大荒波のなかに広やかにも音なき世界を感じるなんて、誰に出来るであろうか。
 大峯あきらの俳句はすべて平明である。ふと、こんな風景なら私にも詠えそうと思ってしまう。ここで、かの野見山暁治巨匠の言葉が思い出されてならない。
 画伯が初めてフランスへ渡って、パリへ向かう車窓で、セザンヌの描いた風景を目の当たりにしたとき、こんなよき風景があるなら実在感をもって描けるのは当然ではないか、フランスの画家は羨ましいと思った。だが、 
 「何の変哲もないそっくりの風景、誰にでも描けると思わせる絵は、実のところ、それほどにも普遍的な、リアリティ―を持った尋常ではない世界を作りあげているのだ」ということに、後になって気付くのである。
 セザンヌは大峯あきらのことのようではないか。絵画であれ俳句であれ、芸というものを、このように真から認識することが出来たらどんなに素晴らしいことだろう。 
 実作に鑑賞に、俳句の前途はどこまではるかであろうか、私などは嘆くばかりである。

                     

秀句集  草深昌子

  春の夜や万年筆にインク   奥山きよ子
 むかし愛用のモンブランを確かめてみたがインク窓はなかった。この句の吸入式の万年筆はインクの残量を透明の窓に確認できるのであろう。ただ事実をさらっと詠っただけのようだが、インクの見える窓のありようが何ともいじらしいではないか。書くことにいそしむ作者にとって春の夜という艶やかな趣きがたまらない。マンネンヒツニインクマド、ンの引き続く韻律の響きも春の夜の余韻である。

  玄関に客間に居間に牡丹かな   森田ちとせ
  鵙日和一本道をはぐれけり     

 一句目、玄関、客間、居間とそれぞれの趣きに活けて、家じゅうを牡丹で埋め尽くしたという畳み掛けが楽しい。
 助詞の「に」が、一つ一つに小休止の働きをして、落ち着いた牡丹の気品が打ち出されている。
 二句目、鵙が樹のてっぺんで鳴き叫ぶ声は秋晴そのもののように澄み切っている。作中主体は、そんなよき日和の一本道を歩いている。はぐれようもない一本道でありながら、折々はぐれてしまったというのである。鵙の声に誘われてしまったことを明るくも肯っている。

  炎天を来て大樟の木陰かな  石堂光子
 地獄のように灼けつく暑さをやってきたのであろう。落ち着いたところはひやりとするような木蔭である。千年もそれ以上も生き延びて神が宿るとまで言われるような樟の大木は炎天をものともしないさまである。

  蜜豆を食うて免許を返しけり  小宮からす
 免許返上を思いつくのは、またその行動をとるのは、人さまざまでどんなタイミングであってもいいだろう。だがこの句の蜜豆ほどおよそ意外なものはないのではなかろうか。それでいていかにも真実味を帯びるところがまさに蜜豆の効用のようである。

  くちなはの伸びたる岩や苔厚き  佐藤昌緒
 ヘビにはぞっとするが、「くちなは」には現世を外れた感があって客観的に眺められる感がある。それにしてもここまで観察されると、かの蛇がぬうっと真に迫ってくる。偶然の出会いに、ひと息とどまってこれこそというものを把握するまでの念力がすばらしい。

  焼栄螺くるくるしつぽ緑かな  川井さとみ
 栄螺を殻のまま火であぶり、醤油で味付けして、焼き上ったら取り出して丸ごと食べるという野趣に富んだご馳走。これがなかなか上手にとり出せないというムキもあるが、この句のさまはお見事。ここまであまさず苦みもろともいただく栄螺の美味はたまらない。

  平穏な旅の知覧の新茶かな   柴田博祥
「知覧」はもとより知覧茶で知られるところだが、同時に、かの大戦の特攻隊の出撃基地を思わない人はいないだろう。そんな固有名詞が浮き立たず沈まず、そう、まこと「平穏」に新茶の一句によく集約されている。

  屋根なしの長きホームや鰯雲  冨沢詠司
 さりげない十二音の表出でもって鰯雲をこれほどまでに爽涼と鮮やかに見せてもらえるとは、これぞ俳句のよろしさである。ホームが長いといっている、その印象は鰯雲の鱗の重なりが伸びてゆくさまを想起させる。例えば北鎌倉駅のホームなど、読者の体験をなつかしく引き寄せてくれるものでもある。

  小噺に笑ひこらへて夜食かな   松井あき子
 秋の夜長に、夜食をとりながら落語を聞いている、その枕のちょっとしたシャレに笑っているというのだ。「笑ひこらへて」は読者にまで面白みを伝えて充分である。
夜食という時代を背負った季題に、小噺という江戸時代からの古典の趣きをさりげなく溶け込ませている。

  熊蜂や躑躅の上のホバリング   竹内あや
 熊蜂は大きくて丸っこくて真っ黒なヤツである。ホバリングしているのはオスでなわばりを作っているらしいが、この句の躑躅の上が愛らしい。躑躅の赤い色彩に触発されたよう
なブンブンには勢いがありそう。

  留金の壊れし鞄卒業す   神﨑ひで子
 十二分に学び、十二分に運動した、活躍の鞄であったのだろう。留金の壊れたさまは卒業の成就感をよく象徴している。留金は新しい出発に向けて、少々気を引き締めなければならいことも暗示しているようだ。

  折々の妻の小言や韮の花   泉 いづ

 韮の花は晩夏のころ長い茎の頂きに白い小花を咲かせる。地味な花であるが、作者は種々自家栽培を試みておられ、韮の花にも愛着があるのだろう。妻の小言をまたかと思いつつ、内心では感謝をしている。韮の花が幸せな夫婦のありようをささやかにも物語っている。

  秋彼岸空調服に穴二つ   湯川桂香

 今年の秋の彼岸は格別に暑かった。折から外で働く人がいかにも涼しげに行き来しているのである。そこを見逃さなかった作者の眼こそは頼もしくも涼しい。空調服とは電動フアン内臓上着という、つまりは着る扇風機というものらしい。クウチョウという言葉のニュアンスがヒガンのひびきによく溶け込んでいる。

  一匙をどのあたりからかき氷   山森小径

 炎天を来て、かき氷を眼前にした喜び。先ずはシロップの鮮やかさ、フルーツの飾りつけのよろしさに見惚れている。そんな作者と共に読者も一と匙をつける思いがする。女性ならではの慎ましやかな華やぎ。

  あぢさゐや揺すつて軽き貯金箱   二村結季

 貯金箱に日々小銭を溜めている。そろそろ大分溜まったころあいを察して揺すってみたところさほどでもなかった。紫陽花を愛でる涼しげな心映えが、文字通り軽妙に詠い上げられている。紫陽花の色の七変化のうちに貯金箱も手応えのある重みになってゆくのではなかろうか。

  地震が来て台風が来て酢豚食ふ   中原初雪

 立秋を過ぎた頃、厚木を震源地とする地震が起きて驚いた。すぐあとに台風がノロノロとやってきた。そんな日々をそのまま述べただけであるが、下五でもって一気に俳味満点となった。酢豚は粗末でも豪華でもないところがいい。人は、大自然に抗する手立てもなく、ただ実直にその日その日を養っているのである。

  百合の花一つ開くやまた一つ   渡邉清枝
 白百合であろうか、山百合であろうか。いずれにしても百合の花への愛情がたっぷり感じられる。「一つ開くや」ここで百合の香りがする、「また一つ」ゆったりとした間合いにまた香りがする。清楚な句である。

  穭田や風吹き抜けてバス通る   田中朝子

 稲を刈り終わったあとからみるみる青い芽をつけて穭が生えてくる。一面の穭田に大らかな風が吹きぬけていくのだ。そんな田舎道はまたバスの通る道でもある。秋晴の空がどこまでも広がっていることだろう。

  梅雨寒や今日のおやつはハトサブレ  漆谷たから 

 梅雨の頃は思いがけず寒気団が押し寄せてくる。そんな梅雨寒の日、鎌倉の銘菓鳩サブレ―をいただいた。ハトという平和のシンボル、サブレというサクサク感、その語感のよろしさが温もりをもたらしてくれる。

  草深き恩師の墓やつきよたけ   町田亮々

 草深いところだという、漸くやってきた墓参りであろうか。迎えてくれたのは橅の倒木などに重なりあって生えるという月夜茸。青白くも光る月夜茸は師弟の絆の深さを物語って神秘的ですらある。

  秋彼岸日向の少しひんやりと   佐藤健成

 秋の墓参の折であろうか、さぞかし暑いであろうと思われた日向が、思いがけずひんやりしていた。ほっとひと息ついたような静けさが思われる。簡潔に言い切って余韻をよくひいている。

  新じやがを大中小と並べけり   東小薗まさ一
 新馬鈴薯の走りの出荷は初夏の頃、見るからにころころとして小さいものではないだろうか。いや、小さいとは限らない、この句は大きさを仕分けしているという。喜びの仕草に風味のよろしさが伺われる。

  常しへに子規忌祀らん俳句かな   鴨脚博光
 子規は、明治三十五年九月十九日午前一時、陰暦十七日の月明らかな夜半に息が絶えた。「常しへに」とは何と嬉しいことであろうか。今も、これからも子規に感謝しつつ、俳句を楽しんでいきたいと思う。

以下の句に、注目した。

 大凧を見上げてゐるやいぬふぐり  平野 翠
 水涌いて砂をどりたる木の芽かな  伊藤 波
 金魚玉覗けば我の顔のあり     中澤翔風
 いなご捕り今日は埼玉草加まで  松尾まつを 
 風穴に出会ふ林間学校の子   間 草蛙
 真夜中や明りの漏るる蔦の家  河野きなこ
 新緑やメタセコイアの大並木   黒田珠水
 春雨やメタセコイアは空を突き  木下野風
 日盛のジムの階段上がりけり   市川わこ
 扇風機朝一番の風のよし   大村清和
 認知症予防教室春浅し   佐伯柚子
 散髪をして立つ主木秋彼岸   伊藤欣次
 墓参して初めて交はす隣かな   日下しょう子
 敷藁を押しのけにけり夏の草   松原白士
 草刈のにほひの押し寄せてきたる  芳賀秀弥
 大窓の真つ只中の月今宵   
加藤かづ乃

「芳草集」の巻頭・次席、「青草集」の巻頭・次席を含む上位十名の他は句稿到着順に掲載しています。



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草深昌子を中心とする会・選後に 令和7年1月

2025年02月24日 | 俳句
 
 


  風花舞ふよ紙芝居はじまるよ   佐藤健成
 「風花」は冬の晴れた空から、はらはらと飛んでくる雪のこと。
 名前からして美しい風花は本当に舞い散るように降りかかってくる。
 そんな折から、拍子木がカチンカチンと鳴って、紙芝居のはじまり、はじまりである。
 風花と紙芝居の出会いが晴れやか。
 その光景は鮮明にして風花に同化した子どもの心の華やぎが空間に蠢いているようである。
 われわれ昭和の子供は紙芝居によって想像力を育てられもしたが、今はどうだろう。
 俳句はこれからも自然と共にあって、なつかしきよきものを詠みつづけていきたい。

  去年今年土竜の穴の一続き   湯川桂香
 去年今年といえばすぐに高濱虚子の〈去年今年貫く棒の如きもの〉が思い浮かぶ。
この句によって、去年今年たる季題は新年のものとして命が吹き込まれたという。
つまり、大晦日の一夜が明けて、去年から今年に移り変わる、その新年を迎えたことをいう季題である。
 だが句会で見かけるのは、去年と今年が並列するような詠われ方が多くあって、ちょっと違うのではないかと思うことがしばしばあった。
 そこで出会ったこの一句はまさに「去年今年」を詠いあげるものとして感嘆した。
 明らかに、物で抑えている。行く年と来る年の絶えまない連鎖が、そのまま土竜の穴という生き物の命を見せてゆるがない。

  年玉は俊太郎作絵本かな   石野すみれ
 詩人であり翻訳家であり絵本作家であり続けた谷川俊太郎は令和6年11月に92歳で亡くなられた。
 愛する子どもへのお年玉に、谷川俊太郎の絵本を贈られたのである。
 誰よりも作者自身がこの作家の絵本で育ち、今もその詩を大事に大のフアンであられるのだろう。
 詩人の詩が読み継がれていくことのめでたさが正月のお年玉になっている。

  いちだんと大き大山お正月   木下野風
 「いちだんと」がいい。いつも大きいと見上げている大山ながら、ひとしお大きいというのである。
 この強調こそがお正月気分の表出になっている。
 「大き大山お正月」、0音の3連続もリズミカルである。

  白き雲ひとつ抱へて山眠る   野風
 「山眠る」という季題は、冬の山の姿を擬人化したもの。
 その冬山に白雲が一つかかっているのである。雲もまた「抱へて」と擬人化されているところ表現が的確である。

  初空や雲ゆつくりと流れゆく   市川わこ
 今年初めて見上げる空の美しさ。
 雲がただゆっくりと流れていった、特別なことではないが、ここには作者の新年を迎えたまっさらな心が反映されている。
夾雑なものを一切しりぞけて、ただ天空の雲を落ち着いて見届けたところに、「初空」の清らかさがあらわれている。

  人日の朝や地下道ひた走り   奥山きよ子
 人日は正月七日のこと。
 正月一日を鶏、二日は狗、三日は猪、四日は羊、五日は牛、六日は馬、
 七日は人として、七日は人の世界の運勢を占ったという。
 初学時代に原コウ子の〈人日や人の香ほのとわれを過ぐ〉に出会って、人日という日をはじめて認識したものである。
 掲句は、人日の謂れに何の詮索もない。
 ただ、何かの都合で地下道を走ったという、その朝が人日という日のことであったというだけである。
 だが「ひた」走りというところに人日が無意識にピタッとついたように感じられる。
あらためて人日はなつかしい日だなと思う。

  虎猫のあとを三毛ゆく枯葎   きよ子
 枯れはてた雑草の葎である。そこを猫が行ったのである。
 はじめは虎のような毛色の猫が行き、続いて三毛猫、そう白や黒や茶の三色の毛並みの猫が行ったという。
 虎猫だけでなく、三毛猫だけでなく、思いがけずも二種類の猫がはいって行ったのである。
 見届けたものを確かに詠いあげて、枯葎のありようが猫たちの毛並み、
 その配色の妙と混じりあうかのように明らかに立ち上がってくる。


   


  厚着してシャツの袖口探しをり   中原初雪
 冬は寒いので、重ねた上にも重ねて着込んでしまう。
 だが、さあ水仕事になると腕をめくりあげなくてはならない。
 一枚二枚めくってもまだ奥の方にごろごろとある気配、これをまさぐるのが容易ではない。
 作者は主婦にあらずして紳士だから、何か別なところでのふとした所作であろう。
 それにしても、こんなことが俳句になるとは恐れ入った。
 日々の実感をまさしく言い当てている。

  朱の色や月にも氷あるらしき   初雪
 冬の満月の凄絶なる輝きにうたれたあとにこの句に出会って感じ入った。
「氷」に端を発した一句であろうが、これは事実の氷を詠いあげている訳ではない。
だが、氷から離れて、なお氷のイメージを呼び覚ますものと言えばいいだろうか。

  すつぽりと青一色の冬帽子   高橋 麦
 「すっぽりと」がいい、何だろうと思う間もなく、
 「青一色の冬帽子」とくると、何とも素敵な冬帽子がイメージされる。手に取って、私もかぶってみたい。
 阿弥陀被りにしたり、浮かせたりしないて、そう、すっぽり包み込むのが一番のあたたかさ。

  庭先にテント張る子ら初笑   麦
 正月早々、庭にテントを張って遊ぶなんて素晴らしいではないか。
 元気はつらつの笑い初めである。大人たちも炬燵を抜けて、ほのぼのと見守っているのだろう。

  空よりも青き振袖成人日   福本金魚
 一読、晴れた青空が見えて、なお真っ青な振袖の美しさ、晴着を讃えてこれ以上の成人の日の祝いの言葉はないだろう。
 席題の「青」で出来た一句。
 青の付く熟語は何だろう、さあ青であっと言わせるような俳句を作ろうなんて意気込んだら俳句はもうおしまい。
 作者は素直に「青」に思いをはせられた、そうだ私自身がはっとしたあの青を詠おう、その素直な気持ちが一句に乗りうつって無駄がない。

  風花や工事現場は日曜日   柴田博祥
 風花は、工事現場に降りかかっている、日曜日の静けさの現場である。
 作業員は見当たらず、空に向けてクレーン車などが放置されているのかもしれない。
 作者が見届けた時と場所が、風花にとって願ってもないよき時空であった。
 おかげで読者もまたそんな風花に立ち会うことができるのである。

   初鏡八十歳のにらめつこ   鴨脚博光
 八十歳にして「にらめっこ」などと詠いあげる童心のすばらしさ。
 俳人はいつまでも子どもの心を持ち合わせていたいと願いつつ、寄る年波に弱気になりがちである。
 だが、このひょうきんに鏡の方が驚いて皴の一つや二つは失せてしまったのではなかろうか。
 今年の元気を約束する初鏡である。

  寝るときも外さぬ毛糸帽子かな   石井久美
 冬帽子というとおしゃれの感覚もあるのだが、この毛糸帽子はまさに防寒帽である。
 それも、風や雪の降る中にあらずして、「寝るとき」というのが面白い。
 率直な日常を詠って、ぬくもりの実感をもたらしている。


     


  家計簿は婦人之友社福寿草    松井あき子 
  元日やくれなゐ深き輪島塗      あき子 
  読初の小人飛び出す絵本かな    二村結季
  松過ぎや小鍋にものをあたためて  山森小径
  山中に籠るがごとし三ケ日       小径
  攩網を立てて舟行く初日の出    村岡穂高
  風花や壊れしままの木戸の錠    中沢翔風
  初晴や欅大樹の天を突き     森田ちとせ
  初鏡青鷺の群れ飛び立てり     平野 翠
  水涸るる林の深きまで透けて  日下しょう子
  真夜中の初お湿りや福寿草    加藤かづ乃
  不揃ひの冬芽ほつほつ膨らみぬ   冨沢詠司
  ペンギンの檻を向かうに氷橋   小宮からす







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青草通信句会 2025年2月

2025年02月15日 | 俳句
草深昌子選  (順不同)
兼題「鶯」

         

  坂を来し人の告げたる初音かな      奥山きよ子
 自身が直接聞いたのではなく、間接に人から聞いて、聞いたような気分になったという句です。初音の想像ができますのは「坂を来し人」であったからでしょう、そこが巧いところです。

  鶯や田畑あかるき雨のあと    きよ子
 さりげない表出に、初々しくも気分的な明るさが広がってきます。無駄な言葉がなく、鶯の声を気持ちよく聞かせます。

  あたたかや四百歳の磯馴松    森田ちとせ
 海浜の松並木は防風林ですから強い風にどの松も傾いています。人生百年にして樹齢四百年の粘りはすごいです。「あたたかや」というほかない大らかさです。四百年といわず「四百歳」からは心象的な温かさも伝わってきます。

  探梅やうどん屋までは上り坂    柴田博祥
 「梅はまだかいな?」と冬の寒さの中を探っていくのが探梅です、そんな季題の本意が上り坂にまっすぐに詠われています。うどん屋は坂の向かうに気持ちの中ではしっかり見えていそう。蕎麦屋でもよさそうですが蕎麦屋ではいただけません、手打ちにうどんのあの真っ白なコシ強さが梅の花に通うのです。

  薄日差す畳廊下や花八手    渡邉清枝
 廊下の部分に畳を敷いたのが畳廊下で、昔の屋敷によく見られます。畳廊下に坐って庭など眺めますと、うっすらと差す冬日でさえなかなかにあたたかくなってきます。八ツ手の花は地味ですが見るほどに逞しく感じらるものです。

  春立つや青鷺飛んで大松に    佐藤昌緒
 白鷺と違って、青鷺は文字通り青黒い羽根をした大形の鷺です。そんな青鷺がばさっと飛んで大松に来た、その瞬間に立春の日の光を感受したというのでしょう。リアルタイムの実感があります。「大松」は小田原城のもので半ば固有名詞となりましょうか。

  鶯や常磐木門の開かるる    昌緒
 常磐木という緑濃き、堅固なイメージがかぶさるからでしょうか、常磐木門には揺るがない構えが思われます。小田原城にもあります。その門が開かれている、そこに鶯の美声がこぼれたのです。鶯は鳴きどころを得て鳴いたとでもいうような風情です。

  鶯やをりをり笑ふやうに鳴く    小宮からす
 言われてみればそうだナ、というのがよき俳句の味わいです。この句もそういう共鳴がうれしく、読者の顔までほころんできそうです。人にも鶯にも同じ命のよろこびが通います。

     


  うぐひすの野川低きを来たりけり    昌子
  探梅の屋敷過ぐるやまた屋敷    
  寒燈下表紙の固き本ひらく    

    

令和7年2月・青草通信句会講評  草深昌子

 令和7年2月の兼題は「鶯」。
  鶯や餅に糞する縁の先   芭蕉
 鶯が縁先にやってきて、なんと糞をして去っていったというのです。そこに草餅があったのか、かき餅が干してあったのか。古来、梅に鶯などはよく詠われましたが、餅に糞をさせたとはびっくりです。この意表をつく意外性、滑稽が芭蕉の「俳諧」です。
 俳諧ということは即ち、滑稽です。芭蕉は俳句に、和歌的な優雅な情趣ではなく、滑稽なるものを期待したのでした。

  鶯や土塀を破る松の幹  大峯あきら
 鶯の透き通るような力強い声を想います。
  うぐひすは上千本にひびくかな   草深昌子
 私にとっての鶯は、吉野山の鶯にまさるものはありません。谷あり山ありの空間にどこまでも響きわたるものでした。
 どこでどんな鶯に出会うのか、その人それぞれです。一期一会の鶯を楽しみましょう。

 「多くの句会に出ることが俳句上達の近道です」と、常々言っておりますが、大抵の方に「だって俳句が出来ない、言葉が浮かんでこないのです」と返されます。俳句は句会で強制されるから出来るのです。席題がその証拠で、いきなりですのに皆さま素晴らしい句が出来ます。私も強制されるから作ります。「青草」誌の原稿なども、尻に火がつきそうになってやっと書きます。俳句も文章も「青草」という場があればこそ書かせてもらえるのです、お互いに有難いことです。
 何より、言葉は浮かんできません。先ずは「物を見る」ことです。そこに空があり、雲があり、机があり、蜜柑があります。見たもので作ります。俳聖と呼ばれる芭蕉にして〈餅に糞する縁の先〉です、浮かんできたのではありません、見たものを詠いあげました。

 俳句は「頭で作るものではありません」、人間の理屈や理論ほどつまらないものはないのです。誰でも知っていることですから、類想になります。作者が「これどうだっ」って腕を振るったらオシマイです。
 深いまなざしをもって、物をよく見て、「不思議と思いませんか」と、謙虚に読者の皆様に問いかけてみたいものです。
 「只事にしてただごとならざるもの」が、この世にはいっぱいあります。そのことを、おもしろおかしく教えてくれるのが俳句です。




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