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青草俳句会~命のよろこび

結社「青草」 主宰 草深昌子

青草吟行句会 2024年 10月11日

2024年10月24日 | 俳句
晴天の秋の里山に吟行した。
広がる稲穂、刈田、穭田の廻りは森、点在する池。
蜻蛉の群、秋の蝶、鳥の声そして団栗の道。
からすうり、蝦蟇、臭木やさるとりいばらの実。
そして秋の花々。

            

日時  令和六年十月十一日(金) 
吟行地 「寺家ふるさと村」(横浜市青葉区寺家町)
句会場 「四季の家」研修室
参加者 27名


草深昌子選  (順不同)

    木の根張る道つれづれに虫の声  柴田博祥                 
    穭田や風吹きぬけてバス通る   田中朝子           
    老農夫秋色すすむ谷戸にあり  冨澤詠司    
    稲架かけて森の寄り合ふところかな  奥山きよ子          
    色浅き団栗踏んでしまひけり  松井あき子            
    穭田に刈田に稲田三田有り   漆谷たから                  
    色鳥の声降る道を歩きけり   佐藤昌緒                                         
    つぎつぎと蝶々の来たる草の花  石堂光子          
    穭田や啄ばむ鳥の見え隠れ   竹内あや  
    蘆の穂の押し寄せてゐる石の道   二村結季


     
   

 この村の柿の日和のあつきこと   昌子
 大晴の雲の渦巻く稲雀
 池の名に熊や狢や木の実降る
 秋晴の蝶の黒眼を大きうす
 秋晴の花や実や穂や蝶がまた


   


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俳句総合誌『俳壇』2024年10月号

2024年10月13日 | 俳句
句集出版よもやま話     草深昌子(青草)
     
   


大阪から東京に引っ越してきたのは三十歳の時。
俳句を始めたその頃から早くも半世紀が経った。
飯田蛇笏の高弟であった「雲母」の植村通草先生の熱烈なるご指導のおかげで、たちまち俳句に嵌まってしまった。
ある時、腰痛に耐えかねて退会を申し出ると
「腰痛と格闘していても腰痛は治りませんッ。俳句と真剣に向き合っていたら、いつしか腰痛は 消えます」と、断固として引き留められた。このご恩を忘れたことはない。

第一句集『青葡萄』(牧羊社・精鋭女流句集シリーズⅠ)は平成五年、五十歳の刊行。
すべては機縁があって入会した「鹿火屋」の原裕先生のおかげである。
 引っ込み思案であった私を「もっと堂々としていなさい」、そう言って裕先生は励まし続けて
くださった。
序文の一節にこうある――〈湯のやうな日がさしきたり青葡萄〉に新しい作家の手応えを感じた、
それは原コウ子の代表作〈青葡萄太る一途にしづまれり〉に共通する「しずけさの充実感」、 生涯大阪生れに誇りを持っていたコウ子に通じる何物かが昌子にある――。

平成十一年、大峯あきら先生と吉野山に同行させていただく幸運に恵まれ、
ここで私の俳句は抒情から写実へ大きく切り替わった。吉野山はまさしく俳句の分水嶺であった。
第二句集『邂逅』(ふらんす堂)は平成十五年、六十歳の刊行。

―― この句集は、総じて言葉に対する制御が行き届いている。
極言すれば、俳句に必要なのは、感動でも叙情でもない。
一つ一つの言葉がその一句に対してどのような影響を与えるか、
言葉と言葉がどのような相互作用を持つか、といったあたりの微妙な匙加減が、じつは句作りの本質なのではなかろうか。

  おしなべて秋草あかきあはれかな

などは、簡単な言葉を並べながら、秋草の風景の醸しだすニュアンスを掬いあげた。
「写生句」の汲めども尽きぬ面白さは、言葉を微妙に操りながら、風景を手繰り寄せるように描き取るところにある――。
 
句座を共にさせていただいている俳人岸本尚毅氏のこの栞文は、望外の喜びであった。
栞の反響が大きく、錚々たる俳人から多くの便りを賜って、その後の糧となっている。
 
第三句集『金剛』(ふらんす堂)は平成二十八年、七十三歳の刊行。
長年、大峯あきら先生にお連れ頂いた吟行の集積である。
「金剛」のタイトルも師の命名。
宗教と哲学と俳句、この三つを一つにされた師の教えは「本当のことを素直に言うのが俳句」であった。
この平明なる認識が一番難しく、下手な写生を繰り返すばかりであった。
ところが『金剛』刊行後すぐに「大変に深みのある写生、ダイナミック」等と
びっくりするような励ましのお言葉をいただいたことは生涯忘れない。
俳句の日々を生きる力をいただいたのである。
「俳句は勝負やで!」最後の吉野句会のあと、真正面に向き合うと、キッと睨みつけて活を入れてくださった。
師のいのちはいよいよ明らかに生き続けている。

思えば三冊の句集は、心から尊敬する俳人に巡り会えた私の至福の証しであった。
「邂逅は人生の一大事である」、今さらに亀井勝一郎の言葉を嚙みしめている。

 



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草深昌子を中心とする会・選後に・令和6年9月

2024年10月13日 | 俳句
草深昌子選


     


  小噺に笑ひこらへて夜食かな   松井あき子
 農村では秋の収穫期には家の中でみな夜なべをした。町人にも夜業は種々あったであろう。
 この夜なべのあとに食べたのが夜食であった。現代では本来の夜なべがすたれて、
 夜食は夜に食べる軽食という意味合いに変化してしまった。
 秋の夜長に、夜食をとりながら落語を聞いている、その枕のちょっとしたシャレに笑っているというのだ。
 「笑ひこらへて」は読者にまで面白みを伝えて充分である。
夜食という時代を背負った季題に、小噺という江戸時代からの古典の趣きをさりげなく溶け込ませて、何ともウマイ夜食であることよと感じ入った。

  鵙日和一本道をはぐれけり   森田ちとせ
 鵙が樹のてっぺんで鳴き叫ぶ声は秋晴そのもののように澄み切っている。
 作中主体は、そんなよき日和の一本道を歩いている。
 はぐれようもない一本道でありながら、折々はぐれてしまったのである。
 思えば鵙の晴れやかなテリトリー宣言の唄は、時に人のこころにも作用するのではなかろうか。
 鵙の声にさそわれて、はぐれたことをうべなっている、楽しんでいるのである。

  石橋に水を見てゐる敬老日   山森小径
 敬老日は両親にプレゼントすべく毎年9月15日を忘れることはなかったが、
 いつしか9月の第三月曜日となっていて、そのいつしかのうちに自身が年寄になってしまった。
 自治会から「お健やかに」と焼き菓子をいただいても、「堅い!」などと嘆いている始末。
 そこで出会った掲句は、落ち着いていて気持ちがいい。
 私には「石」という堅牢なるものと、「水」という器(ここでは川)にしたがって流れゆくもののさまが、
 敬老日ならではの慎みがこもっているように思われる。一抹のさびしを感じるのは私だけだろうか。
 〈敬老の日のわが周囲みな老ゆる  青邨〉、〈おもしろくなし敬老の日のテレビ  墓石〉、
 〈老人の日や敬ひて呉れるなよ  時彦〉、〈毎日が老人の日の飯こぼす  基吉〉、
 あこがれの男性俳人は大いにボヤキながら、一と世を楽しんで了られた。

  大蜘蛛に出くはす二百十日かな   二村結季
 私など家の中で蜘蛛に出会うとギョッとする、ましてや大蜘蛛となるとキャーである。
 作者に限ってそんなことはない、いつだって、しっかりと蜘蛛の命を見届けられるのであろう。
 今日もたまたま大蜘蛛に出くわした、縁起がいいとか悪いとかではない、すかさず二百十日であることを認識したという、
 いかにも落ち着いた一句である。
古来、二百十日は台風が来てもおかしくない日である、はてさて、その成り行きやいかに。

  真二つに裂いて塩ふる秋茄子   結季
 まふたつに、そう、まっぷたつという感覚の、まさにスパッとした勢いがとれとれの秋茄子を輝かせて、おいしいに決まっている。

  その花の雫に膨れ秋海棠   間 草蛙
 中七の「雫に膨れ」の一字一字に、秋海棠のはかなげにも美しいさまが見事に詠いあげられている。
 そう思うのは私の中で、秋海棠というとすぐ子規の面影が寄りそってくるからかもしれない。
 果物帖を描き続けた子規は、別の画帖に秋海棠と金蓮花を写生した。
 これが草花帖のはじめであった。エゾ菊、ナデシコ、水引草、野菊など14種の草花を毎日描き続け、朝顔で完成した。
〈病床に秋海棠を描きにけり  子規〉、〈朝顔や我に写生の心あり  子規〉

  台風の前触れ雨の大暴れ   草蛙
 今年の台風シーズンのありようは、まさにこの通りであった。
 この句にして的確なる「暴れ」は、それなりにやり過ごせたからこそ詠えたものである。
 線状降水帯の発生によって、能登にもたらされた豪雨の悲惨には言葉を失うばかり、心よりお見舞い申しあげる。

    常しへに子規忌祀らん俳句かな   鴨脚博光
 子規は、明治35年9月19日午前一時、陰暦17日の月明らかな夜半に息が絶えた。
 今年も子規忌のこの日、俳人は誰もが子規をしのんで、さまざまに詠いあげられたことだろう。
 だが、「常しへに」とは一体だれが詠えただろうか。
と胸を衝かれて、名告りをあげた博光さんに思わずお礼を申しあげた。
こんな真摯なる心構えでもって、これからも俳句の日々を楽しんでゆきたいと思う。

  
  日ざしやや斜めになりぬ蘭の秋   佐藤昌緒
  芋虫のみどりきれいな一文字     〃
  まつさらの幟二本や秋祭      奥山きよ子
  金色の蜘蛛が巣を掛く野分あと    〃
  呼笛がバスを導く鰯雲        〃
  いなご捕り今日は埼玉草加まで   松尾まつを

  

  墓参してはじめて交はす隣かな  日下しょう子
  秋日傘すぼめて根岸小学校     小宮からす
  端縫の母の夜なべのうすあかり        中澤翔風
  目の見えぬKの見上ぐる望の夜    永瀬なつき
  船足にさざなみ立つや秋の風      冨沢詠司
  秋茜三階の窓たたきけり        平野 翠
  鵙鳴くや洗濯物はすぐ乾く          芳賀秀弥
  木犀の香に誘はるる三丁目       村岡穂高
  大窓のまつただなかのけふの月   加藤かづ乃
  夜食とる後は日の出を待つばかり   佐藤健成
  マンモスの動くがごとく真葛原   石野すみれ
  秋明菊咲いてどこかで鳩鳴いて        石堂光子
  観音の足に触れたる初紅葉     川井さとみ

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青草通信句会 2024年10月

2024年10月13日 | 俳句
草深昌子選
兼題「刈田」
  
  
  


       ばさばさと鴉降り立つ刈田かな     佐藤昌緒
 鴉の悠々たる羽遣いに広々とした刈田が浮かびます。静のなかなる動がなつかしいです。

       広々と月の刈田となりにけり   昌緒
 稲を刈りとりますと一面広々とします。〈広々と〉は常套のようですが、〈月の〉ひと言で俄然美しくなりました。月光もまた広々とよく行きわたります。
 

     近道の刈田突つ切る遅刻の子    佐藤健成
 あわや遅刻、子供は刈田を勢いよく走り抜けます。対角線を行けば早いです、稲田の頃にはこんなこと出来ませんでした。言葉通り、勢いをもって刈田を詠いあげました。

       月曜の校舎の四方刈田なる    川井さとみ
 月曜に特別な意味を読み取る必要はありません、でも、日曜日に家族総出の稲刈りが終わったことを想像してもいいでしょう。近郊の刈田の点景のような校舎が目に見えるようです。

       糠雨にしばし濡れゆく刈田かな   石堂光子
 糠雨は霧のような細かさの雨です。傘はさしてもささなくてもいいでしょう。少々濡れることでもって、刈田の落着きが我が身のそれのように馴染んできます。

       傘無くて子の走りゆく刈田道    中原初雪
 傘を持ち合わさなかった、急な雨でしょう。身軽に子どもは刈田を駆け抜けていきます。誰しもが見たことのあるような刈田らしさを動きをもって描き切りました。

       新藁を積んで軽トラ快走す    松井あき子
 一句は文字通り、内容にふさわしい表現をとっています。すっきり読み上げて、新藁の感覚が響きます。「快走」というような熟語を使うと俳句は駄目になるものですが、この句はそれを逆手にとりました。

 
 


   ことごとく木の実嵌まるは蝉の穴   昌子
    その隅の轍ぞ深き刈田かな
    笑ひ声あげて下校の刈田道



令和6年10月・青草通信句会講評   草深昌子

 令和6年10月の兼題は「刈田」。
  いちまいの刈田となりてただ日向  長谷川素逝
 昨日まで、稲穂が豊かに揺れていた輝かしい風景が、急にがらんとして視界がひらけました、そう、稲は刈り取られたのです。
「ただ」にちょっとした脱力感のような淋しさが感じられますが、「日向」のぬくもりはかけがえのないものです。
  榧の実は人なつかしく径に降る  素逝
 素逝は叙情的戦争俳句で名高いですが、昭和二十一年、三十九歳で没しました。

 さて、575は頭で考えて「こう書こう」、「これが言いたい」、というようなものが先にありましたら、それはもう俳句ではありません。俳句に意味はありません。俳句は無意味です。無意味というのはメーッセージがないのです。なんで感動するのか自分でもよくわからないというようなものです。
 俳句は頭で作りません、俳句は足で作ります。私はさまざまの句会に出ていますが、すべて吟行です。午前中、連衆の皆さまと同じところを歩いて、午後から吟行句を披露するのが句会です。
 俳句は物に出会って、丁寧に写生します。何度も申しますが「即物具象」です。物に即いて、具体的に言い表すものです。
 季語の現場に立って、季語に出会ったときの感動、つまり驚きや発見こそが俳句の原型です。

 吟行の心得としては、吟行地へ行く前に、先ず何を写生しに行くのかをはっきりさせておいた方がいいでしょう。いくつかの「季題」を胸中にあたためておけばいいのです。
 私の場合は打坐即刻、ものに出会った瞬間に無意識に言葉が一句の形になって出てくることが多いですが、眼前の物をただ写すのでなく、じっくりと時間をかけて、物そのものの中に入る、    物それ自身に応じるという態度を忘れてはなりません。
 さあ出句締切です、自選(自分の句を自分で選び出す)の段階で、「真善美」を確認します。
 自然というものは明るく力強く元気なものです。作品として提出する俳句も、「明るいなあ」「面白いなあ」「美しいなあ」と、読者を元気に前向きにするものであってほしいです。



 
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青草本部句会 令和6年10月4日

2024年10月13日 | 俳句
時折夏日が顔を出すが、ようやく秋の冷気を感じられるようになった。
とりわけ早朝には。

   

草深昌子選 (順不同)
 兼題「蜜柑 席題「深」

 朝顔の色深まりて野分あと   奥山きよ子          
 豊作の蜜柑風呂なる農家かな  小宮からす         
 トロッコの運ぶ蜜柑や風峠   間 草蛙            
 秋の日やゴンドラの影雲の影  松井あき子          
 海風のあたたかきかな蜜柑山  川井さとみ        
 羽閉ぢて菊に眠るやしじみ蝶  河野きなこ        
 橡の実をこくんと卓に転がしぬ  二村結季         

   
  
 てつぺんを蜜柑手に手に下り来たる   昌子
 一つ木に一つ巣箱のさはやかに
 よその庭深きところや蜜柑黄に
 大山は釣瓶落しに低くなり
 山深き色もて後の更衣
 松手入その命綱ただならぬ



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