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青草俳句会~命のよろこび

結社「青草」 主宰 草深昌子

草深昌子を中心とする句会・選後に・令和6年1月          

2024年02月16日 | 俳句
草深昌子選

  


  大店の主の若き淑気かな  山森小径
 子供の頃のお正月には「淑気」が漂っていた。
もちろん淑気なんて言葉は知らなかったが、季題としての「淑気」、つまり天地の間に満ち満ちているめでたい気配ということを知って、
いっそうなつかしく思い出すのである。子供ごころにも、春着をまとって、泣くのも怒るのも我慢という中に厳かな気分も感じていたのだろう。
 時代の流れで、近年はほとんど淑気を覚えないが、掲句に出会って、あらためて新しい淑気をいただいた。
 何と言っても「大店」、オオダナがいい、もうそれだけで目出度い。さらに「若き」、これが今どきでは当り前ではない。
淑気の本当が引き出された。

  決勝の芝の緑の淑気かな   小径
 決勝はラグビーであろうか。
 何であっても決勝は決勝、泣いても笑っても決勝というヤツである。
 その晴れ舞台の芝の緑を淑気と言い切った。決断の一句には気合いがこもっている。
 気合いあらずして決勝はなし、気合いあらずして秀句はなしといえよう。
 鑑賞しているうちに、昔の淑気がやや色あせてきたようである。

  泣初や代る代るに抱つこされ  石野すみれ
 「お正月に泣いたらアカン、怒ったらアカン」とよく祖母に戒められた。
 そんなこと、泣くのが仕事といわれる赤ん坊には通じない。
 ことに年始客などの多いお正月のこととて、赤子にとっては最大の人見知りに襲われることだろう。
 それでも、愛らしい赤ちゃんを抱っこせずにはおられない大人の喜びが伝わってくる「泣初」である。
 中七に目出度さの笑顔が行き渡っている。

  日の当たる上りホームや初鴉   松井あき子
 元日早朝からいそいそと初詣の折の一句であろうか。
 一年中、毎日のように見かける鴉ながらに、お正月ばかりは、あらためて、いっそうめでたい鳥として確認するのである。
身近な鴉であればこその、日当たりのいい上りホームが決まっている。
当り前のようなところに、当たり前のようにいることの目出度さを思う。
下りにあらずして上りであるところに鴉に委ねた作者の心意気が見えるようである。

  薄氷を分けて水飲む雀かな  吉川 倫
 春先、うすうすと氷るのが「薄氷」である。
 さも薄い氷であろう、嘴でつついて氷を破るのか、それとも左右にちょっと揺らして隙間をあけるのだろうか、さぞかし清らかな水に喉を潤すのだろう。
 雀の愛らしい仕草を見届けたことによって、薄氷が透き通っている。
 正岡子規の句に、〈いそがしや昼飯頃の親雀〉がある。
 雀の卵は親鳥に抱かれて約12日間でかえるという。春の時節には親の雀、子の雀もいて、それぞれに忙しいようである。

  楪や朝日の当たる神社裏  石堂光子
 「楪」というと、若いころ河井酔茗の「ゆづり葉」という詩に感銘したことを忘れない。こんな一節がある。
 ――こんなに厚い葉 こんなに大きい葉でも 新しい葉が出来ると無造作に落ちる
   新しい葉にいのちをゆずって 子供たちよ お前たちは何をほしがらないでも すべてのものがお前たちにゆずられるのです 
   太陽のめぐるかぎりゆずられるものは絶えません――
子孫繁栄の縁起を思うと、なかなか「楪」が詠えないでいるのだが、掲句は実在を捉えて何も語らぬところにむしろに読者にはめでたさをいただくものである。
 大峯あきらの〈楪に日和の山を重ねけり〉も、何度読んでも「楪」の味わいが深い。

  夕焼の消えて霙となりにけり  光子
 日が沈みかけて、さっきまであかあかと空が染まっていたのに、霙になったという。
霙は雨と雪が同時に入り混じって降るものだが、雪が空のどこかで溶けて、半ば雨のようなものになったというという自然現象の道筋が見えるように実感されてくる。
 ふと淋しさを覚えるのは私だけだろうか。

  

  新春やライブ出口に募金箱  永瀬なつき
 なつきさんは誰かの熱狂的なフアンで、ライブにもよく出掛けられると俳句から感じとっていたが、やっぱり新春早々からであった。
 それにしても、この「新春」というざっくりとした季語のよろしさはどうだろう。なつきさんの感性が光っている。
 興奮さめやらぬ、出口のそこには募金箱が。
 何のための募金箱であるかは問題ではないが、時期的にみて能登半島地震のものであろうか。
 よろこびも悲しみも同時に存在するのがこの世である。
 小さな何気ない箱は、生きる人々の心のそれのようにひそかにポツンと、在るのである。


  丹沢の山見えてゐる初荷かな   奥山きよ子
  楪やタイムカプセル掘り出しぬ  神﨑ひで子
  淡雪やゑんどうの芽の薄緑    湯川桂香
  探梅や焙じ茶とうに飲み干しぬ  小宮からす
  万両やシニアマンション楕円形  からす
  蒲鉾の固くなりたる二十日かな  間 草蛙
  北風や押し戻さるる鴨の群    草蛙
  信号を待つ間にうすれ寒夕焼   中原初雪
  均されて板チョコのごと冬の畑  村岡穂高
  楪や三代続く一人つ子      森田ちとせ
  初鴉蓮田の水を発ちにけり    二村結季
  月と日と一つ空なり年始め    川井さとみ
  
 

  いつからか人住まぬ家冬薔薇   田中朝子
  雪霏々と崩れし道を覆ひたる   佐藤昌緒
  天空に杭打つ音の冴えにけり   石井久美
  初買や賢治の童話珠玉選     関野瑛子
  湯たんぽに少し離れて眠りけり  佐藤健成
  一月や松は静かに門被り     市川わこ






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青草通信句会 2024年2月

2024年02月13日 | 俳句
草深昌子選  (順不同)
兼題「猫柳」

   

  ふくらみて枝に直角ねこやなぎ      松井あき子
 上五も、また直角という目の付けどころもいいです。猫柳の生きている勢いが感じられます。

  猫柳日に輪郭を大きくす   川井さとみ
 粲粲の日は、ポワンとした猫柳の輪郭をいっそう大きく見せるというのでしょう、合点がいきます。

  園丁の連れ立ちてゆく二月かな   奥山きよ子
 梅が咲くと園丁は忙しくなります。春雪の取り除きや剪定など、一人では間に合わないのかもしれません。「二月」が効いています。

  寒晴やなほも伸びたる鷺の首   二村結季
 寒中にあって澄み渡った空のもと、白鷺は首をまっすぐに立てて伸ばします、美しい姿です。「なほも」、もう少しジャストに言ったほうがいいでしょう。

   掘割を鯉の跳ねたる猫柳   石堂光子
 掘割とは地を掘って水を通したところですが、その措辞が津和野とか柳川とか名勝地も思わせて猫柳を光らせます。

  広々とロープ張られて芝青む   冨沢詠司
 芝原のぐるりは低くロープを張ってあることが多いです。この広い芝原の青さが目にしみるようです。

  春寒やブロッコリーの緑濃し   芳賀秀弥
 春と言う喜びにありながら寒さに震えます。ブロッコリーの栄養価の高いことを約束するような濃い緑はまさに春寒の気分にかなっているのです。(ちなみにブロコッリーは冬の季題です)

   安曇野の川は急がず猫柳   森川ちとせ
 安曇野の川というと例えば梓川などが浮かびます。他にもあるでしょうが、ただアズミノという語感の馥郁を味わいながら、猫柳をきらめかします。

  草野球主審は爺ちゃん猫柳   松尾まつを
 主審なんて大袈裟に言って、実はお爺ちゃんというところが愛らしいです。猫柳の存在が生き生きとして確かです。

  豆撒くや身振り大きく声小さく   柴田博祥
 暗闇で身振りは見えませんが、声を張り上げますとご近所に恥しく、というところでしょうか。ささやかにもダイナミックな豆撒きです。

   湯巡りや次は左に猫柳   松井あき子
 温泉地で色々の湯をお試しになっているのでしょうか。この次に猫柳のある湯はきっと熱めでよろしいのではないでしょうか。

  春昼やまた緩やかな地震あり   森田ちとせ
 中七、言えそうでなかなか言えない措辞です。春昼という春の日射しののどけさのようなものが、被さって感じられてきます。

  風花や朝市すでに畳むころ   佐藤健成
 朝市ながらよき賑いがあるのでしょう、折から、花のような雪が舞い散ってきましたが、朝市もお仕舞のようです。朝市と風花がよく呼応しています。


   


  舟小さく往きてはかへる猫柳      草深昌子
  門灯の雨のみるみるみぞれけり昌子
  猫の尾はきらひでねこやなぎはすき



令和6年2月・青草通信句会講評    草深昌子

 令和6年2月の兼題は「猫柳」。
 俳句初学の頃、すぐに覚えた句は細見綾子の〈来て見ればほゝけちらして猫柳〉です。「猫柳を見に来ましたら、かの銀白色の花穂はすっかり蓬けているではありませんか」という句です。    猫柳を見せながら作者の残念な気持ちをも込めています。

  猫柳薪の上に折られあり     高浜虚子
  折りかけし枝もありけり猫柳   鈴木花蓑
  猫柳四五歩離れて暮れてをり   高野素十

 何でもないような句ですが、誰しもが、「あるある」、「そうそう」と猫柳の在りように共鳴できます。当り前のことに驚いて、その驚きがそのまま言葉になったような感じです。

 今回、「青草」の皆さまのどの句も、格段に腕を上げられていることを実感して嬉しくなりました。そこで、この度は入選のハードルを少し上げまして、フレーズはいいのですが、あきらかに猫柳を他のものにも置き換えることが出来そうなものは採りませんでした。
 もう一つ、季題の中に含まれているものをそのまま出しただけでは一句にならないということを選を通して分かっていただけたらと思います。つまり、「猫柳」は、銀鼠色のふさふさの和毛を連想させる花穂をつけて、繭のような形です。その名前は猫の尾に見立てているようです。こういうことは歳時記なり図鑑で調べるまでもなく、常識として知っていることです。これを詠っても、猫柳の説明に終ってしまいます。そこに何かしら作者ならではの独自の表出の仕方があれば、また別ですが。  
 俳句は、作者自身がよく見て、眺めて、見入って、時間をかけて見届けて作ります。生き生きと描写するなかに、作者ならではの気持ちが自らこもってくるようです。
 よき俳句を作る方法のようなものはありません。俳句は一人一人のもので一句一句にその場その時があって、ノウハウが全てに当てはまるものではなく矛盾があります。だからこそお互いに選が大事になってきます。かく言う私も、その都度気付かされます。
 成功するばかりが能ではありません。サッカーを引き合いに出して恐縮ですが、失敗してこそ次回に生かされるものがあるのです。



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「青草」15号 春季 令和6年2月

2024年02月12日 | 俳句
令和6年2月、「青草」15号が発刊されました
15回目なりの内容の充実が伺える号となりました
その一部をご紹介いたしましょう
 

青山抄(15)   草深昌子

一茶忌の菰巻見よや梅結び
おいぬれば日向ぼこりをひもろぎに
日の翳り見えてきたるよ枯芝に 
檻古りて瑠璃の鳥なる氷かな  
嚏して一茶の忌とは知られたる
鵠沼は戸毎の松の時雨かな
海に色さしつつ時雨上がりつつ
蔓物が好きでセーター重ね着て

父の忌を鳴いてくれたる笹子かな 
尉去れば姥の来たれる日向ぼこ
梟の貌の大峯あきらなる
三味の音をここに聞きしが火事の跡
門口やものごたごたとクリスマス
鳶聞いて鳶見ぬ櫓炬燵かな 
馬撫でて鼻やはらかや翁の忌
冬来るか何もあらぬにつまづきて 
くろぐろと飛んで蜂かや冬近し
蜻蛉の顎つきだす秋の風 
小鳥来る人か案山子か分からなく 
蜂の巣を掻き落としたる木槿かな

盤石のつめたき秋の蝉のこゑ  
板の間に柿の木遠く見てゐたり 
此の年は息もつかせず秋に入る
定家忌や川田順など引き出して
雷鳴の空の黄ばんできたりけり 
地芝居の化粧の濃ゆきかまどうま  
竹の脚見せて案山子の末枯るる
水澄んでここにこごゑの法師蝉 
きぬかつぎ月の大きな顔の下 
枕木というてコンクリ芋嵐 

青草往来  草深昌子

  十といふところに段のある如き
     錯覚持ちて九十一となる  土屋文明
 何十年も前に書き留めたもので、間違っているやも知れませんが、まことこの通りと十年毎に感銘を深くしてきた一首です。いよいよ実感が迫ります。
 四十歳になって愕然としたのも、つい昨日の事のようです。姑に「ああ、もう赤い服は着られないわ」と嘆いて、「これからではないですか」と叱られました。その通り、今もって真っ赤を着ています。
 五十歳になったとき、「人生は、いよいよ佳境です」という母からの手紙に、佳境だなんて、とそらぞらしく響きましたが、百歳まで生きた母を思えば、心からの言葉であったことに気付かされます。思えば、この母の手紙攻勢で句会に出たとき、すでに三十歳でした。
 やがて、正岡子規に嵌まって、その偉大さに俳句もろとも引き込まれていきました。漸く、俳句が分かりかけてきたのですが、何と子規の寿命の二倍以上も生きてしまっているではありませんか。
 子規は重篤にあって、「誰かこの苦を救ふて呉れる者はあるまいか」と訴えました。某氏から「天帝や如来を信じて安んずべし。それができないなら、ただ現状に安んぜよ、そして号泣せよ、煩悶せよ、困頓せよ、而して死に至らむのみ」という手紙が来ました。 
子規は「明鬯平易なる手紙は甚だ余の心を獲たもの」と喜んでいます。大峯先生の推測では、某氏は仏教改革者の清沢満之であったようです。

 父親を戦争でなくした私は、満一歳の時から回らぬ舌で、事あるごとにナムアミダブツでした。
 南無阿弥陀仏がそのまま亡き父と生きている日々でしたから、俳句人生の後半に大峯あきら先生に邂逅できましたのも、阿弥陀如来のおかげでしょう。
 とまれ、これから歳を取るのも死ぬのも、全部初めての体験です。未知なる年齢を錯覚しつつ、面白がって生きてみたいものです。

芳草集   草深昌子選

十薬や唸り強まる室外機   奥山きよ子
睡蓮の甕や金蠅動かざる
浮輪穿き子の上り来る歩道橋
地境を二階に見たる茂かな
日からかさ博士の像を仰ぎけり
大通り流るる如く踊かな
流星や眠らぬ部屋の灯が一つ

薫風や赤子初めて靴履いて  石堂光子
白鷺の啄んでゐる蝌蚪の水
山迫るここ一面のチューリップ
梅雨晴間孔雀は羽を震はせて
出航を桟橋に待つ日傘かな
炎天を咲き継ぐ薔薇でありにけり
秋晴や白洲次郎の遺言

青草集   草深昌子選

稲光少し面白がつてをり  小宮からす
鶴見線無人の駅の日永かな
新緑や坂の途中に大使館
山陰の宿や畳に籐の椅子
特急は二両編成大夏野
まとはりて蝿も象舎に入りにけり
炎天や山頭火像仄白く


野遊びや子を走らせて草に坐す  伊藤欣次
手拭のほつれのごとく頬に蝶
自転車の籠に玉葱干し置かれ
わが先を蜘蛛の子走る夜の廊下
時計草受難の記憶うすれけり
帰国して革の表紙に早も黴
羊歯の葉を片寄せ掬ふ山清水


大峯あきらのコスモロジー⑪  草深昌子

 大峯あきら自選句集『星雲』は、すでに発刊した七冊の句集から四百五十句を自選、二〇〇九年七月一日の刊行は傘寿を記念するものであった。
 これまで「大峯あきらのコスモロジー」にて、折々鑑賞を試みてきたが、『星雲』は一と続きに読むところに意義があるので、代表句の少々を書き連ねたい。

 第一句集『紺碧の鐘』(四十七歳)
  炎天の富士となりつつありしかな
  フイヒテ全集鉄片のごと曝しけり
  帰り来て吉野の雷に座りをり
  探梅は岩躍り越す水見たり
  南瓜咲き室戸の雨は湯のごとし
  満月に落葉を終る欅あり

 第二句集『鳥道』(五十二歳)
  梟の月夜や甕の中までも
  烏瓜仏ごころも恋も赤し
  檜山出る屈強の月西行忌
  柿接ぐや遠白波の唯一度
  光秀のやさしさ思へ早苗籠
  餅搗のすみて夕日の前を掃く

 第三句集『月讀』(五十六歳)
  虫干や子規に聞きたき事ひとつ
  崩れ簗観音日々にうつくしく
  難所とはいつも白浪夏衣
  花咲けば命一つといふことを
  つちふると小さき机に向ひゐる
  雪女郎真北へ伸びる岬かな

 第四句集『吉野』(六十一歳)
  十三夜湖は北ほど深うして
  人は死に竹は皮脱ぐまひるかな
  啓蟄の日をふり仰ぐ子供かな
  蒔くための花種を置く机かな
  くらがりに女美し親鸞忌
  切干も金星もまだ新しく

 第五句集『夏の峠』(六十八歳)
  竹植ゑて一蝶すぐに絡みけり
  探梅としもなく美濃の奥にあり
  玉虫を拾ひ夕日の宇陀にをり
  花野よく見えてゲーテの机かな
  虫の夜の星空に浮く地球かな
  すぐそばをエールフランス十三夜

 第六句集『宇宙塵』(七十二歳)
  冬日落つラインの鷗狂ふとき
  国境の冬日まいにち沈みけり
  文書いてゐる朝顔の花の前
  初空といふ大いなるものの下
  雪空を畳のやうに鷲飛ぶと
  秋風やはがねとなりし蜘蛛の糸

 第七句集『牡丹』(七十六歳)
  全集のフイヒテは古りぬ露の家 
  日輪の燃ゆる音ある蕨かな
  水涸れて昼月にある浮力かな
  朝日子の押し寄せてゐる牡丹かな
  青空の太陽系に羽子をつく
  月はいま地球の裏か磯遊び

 『星雲』の巻頭には、「ホトトギス」昭和二十五号初入選の〈灯を消してあり春泥を押しつつみ〉も採用されていて、一集にして六十年の歳月が流れている。
 〈フイヒテ全集鉄片のごと曝しけり〉から〈全集のフイヒテは古りぬ露の家〉までは、四十余年の光陰。「露の家」に於ける「まこと人生は短く、学の真理は永遠である」という作者の述懐は切なくも尊い。
 振り返って、一集の句群は明瞭この上なく、焦点のしぼられたものばかり。静謐のなかで描写された自然には虚飾がなく、自他共にあるいのちがありのままに、確かに今ここに存在しているものである。

 大峯あきらは昭和五十九年(五十五歳)、波多野爽波主宰「青」同人を辞し、同人誌「晨」を創刊した。
「晨」の創刊二十五周年記念号巻頭の大峯あきら特別作品に添えられた言葉は、衝撃的であった。以来、何度読み返し、何度考え直したことだろうか。
 
 意識して上手にこさえあげた「為す句」はダメで自然に生まれた「成る」がよいのだ、と『三冊子』の芭蕉は述べている。
 若い頃は、弟子たちに説教した天才の悟達の心境のように思って、何となくなじみにくかったが、いまは狂気をはらんだ実作者の、なまなましい言葉だったことに気づかされる。
 俳句は無心の境地などという綺麗事から生れはしない。実作者には、悪戦苦闘の修羅場があるだけだ。それにもかかわらず、その修羅場の只中に、時として自分を忘れた不思議な瞬間が訪れる。
 詩作とは、われわれが言葉をつかむのではなく、言葉がわれわれをつかむ経験のことである


 修羅場という言葉の凄みはどうだろう。まさに、大峯自身の狂気をはらんだなまなましい言葉ではなかろうか。思い返せば修羅場と聞いて、思わず大峯先生も句作に苦心惨憺されるのかと親しみを持ったものであるが、大峯あきらのそれは、ただの修羅場ではなかったことであろう。
 今もって、そんな境地にひたることはできないが、「時として自分を忘れた不思議な瞬間」は、誰にでもやってくるのだと、我々によく言い聞かせてくださったことも、今はなつかしい。

 七句集それぞれのあとがきを顧みても、その精神は終始一貫している。
 「花や鳥を他者のように観察するのでなく、それらの物たちと親しくことばを交わすためには、私の内部に何が起こらなくてはならないか」、「花や鳥の語ることばに耳を澄ませて、これらと交響するようなことばの場所に出たい」、「俳句という詩のことばは、個人の心のたんなる叫びの表白ではなく、その叫びがいったん、山川草木や禽獣虫魚たちのことばの世界へ消えてしまって、そこからもう一度再生してきたことばに違いない」、「私を映してくれる宇宙の愛に応えて、私の方からも無心に宇宙を映したい」、「花は自分の美しさを誇っているのではなく、こちらに話しかけ、私を対話に誘ってくれていた」等々、自然との深い交渉をしなければ、本質的に深い俳句はできないという教えであろう。

 二〇〇七年(平成十九年)、大峯顯と哲学者池田晶子の対話集『君自身に還れ 知と信を巡る対話』(本願寺出版)が出版された。大峯は池田の鋭敏な知的挑戦を大いに喜ばれた。池田も、――大峯先生は、知るとは人生を知ることであると明言して憚らず、しかも多くの学者が警戒して触れようとしない「信じる」ということ、人生の核心に存在する「信じる」とは何なのか、深い思索を広く開陳しておられる。僭越は重ねて承知、「知と信」を巡り日々(勝手な)思索を続けている私にとって、これよりふさわしい対話者はなかったかもしれません――と絶大の敬愛を寄せられたのだった。
 だが池田晶子はこの本の仕上りを見届けると、二月二十三日、四十六歳の若さで急逝された。
   
   悼 池田晶子
  今朝引きし鶴にまじりて行きたるか   あきら

 池田晶子は絶世の美人にして、酒豪であったという。
 この熱き対談の余韻をもって、第八句集『群生海』は、いよいよ大峯あきら俳句の宇宙性が確立されて、ゆるぎないものとなっていくのである。


秀句集  草深昌子

  十薬や唸り強まる室外機  奥山きよ子  
  日からかさ博士の像を仰ぎけり

 蒸し暑い日々にあって、エアコンはフル回転であろう。室外機の音を中七に十二分に表現して、いかにも十薬がはびこっていそうな状況を見せている。
 二句目、日傘をさして出掛けた先でふと出会った博士の銅像であろうか。一句にとどめたのは、その時ハッとした心の引き締まりがあったからであろう。日傘のうちにひやりとした空気が流れはじめる

  稲光少し面白がつてをり  小宮からす    
 稲光は誰しも怖い。そんな常識を外したところが文字通り面白い。作者も当然ビビりながら、あまりの閃光に開き直って「面白がってをり」であろうか。
 同時に稲光そのものが、いかに放電しようかと暴れん坊のごとく面白がっているというものでもあろう。

  梅雨晴間孔雀は羽を震はせて  石堂光子    
 孔雀が扇状の羽を大いに広げたのであろうか。梅雨の鬱陶しさを打ち払うような梅雨晴れの情景を「震はせて」の繊細な描写に詠いあげられている。
 それは、生きとし生けるものの梅雨の晴れ間のよろこびの表出でもあろう。
 
  羊歯の葉を片寄せ掬ふ山清水  伊藤欣次
 山中に湧き出している清水の清冽が、羊歯の葉をもっていっそう透き通ってくるようである。「片寄せ」「掬ふ」、美しい措辞のつながりが、ゆったりとした静けさを思わせて、その場に引き込まれるようである。

  倒れても薔薇でありけりぷりんせす  河野きなこ
 雨風のあとであっただろうか、薔薇は悲しくも倒れていたのである。それでも薔薇は薔薇としての輝きを失ってはいなかった。そう、その名もプリンセス。思わず貴婦人の姿が思われるが、作者の脳裏にあったのは「ぷりんせす洋洋」さんであった。
 「青草」にあって、誰よりも俳句を愛し、俳句に愛された加藤洋洋さんは薔薇の五月に旅立たれた。
            
  雨空の端の明るき日永かな  森田ちとせ       
 朝から雲行きがどうもあやしい、今にも雨が降り出しそうである。気がかりながら所用があって出かけたところ、川筋を少し曲ったあたりであろうか、ふっと空のどこかが明るくなったのである。
 上十二は自然現象そのものを的確に見届けながら、昼間の長くなった印象を明らかに打ち出している。
    
  五月雨の河を見てゐる背広かな  山森小径 
 先ず、なぜ背広なのだろうと思う、すでに一句に引き込まれているのである。やがて、降り続いてやまない五月雨を前に、その人の物思うこころが立ち現われてくるようである。五月雨は梅雨と同義であるが、「さみだれ」の語感には雨脚の明るさがさしていよう。
いつしか作者の姿は背広その人のそれになっている。

  雲の下雲走りゆく野分あと  中原初雪     
 雲の動きをよく観察して、「野分あと」のありようを確と捉えた、その余情が十二分に広がっている。
 ちなみに、凡兆に〈上行くと下来る雲や秋の天〉がある。この句を鑑賞して大峯あきらはこう書いている。
 ――何の変哲もない白雲の動きに見えたものが、実は、高度を違えて、正反対の方向に流れる二つの雲の動きであったのを知って、この俳人は目から鱗の落ちる思いがして、発見者のよろこびに震えたことでしょう。一種の危機感をはらみながら、あくまでも静かなこの雲の流動くらい、秋という敏感で荘厳な季節にふさわしいものはありません――
 実作はもとより、鑑賞においても、俳句の道のはるけさを思うばかりである。

  こめかみのジャリと鳴りたる暑さかな  伊藤 波 
 異様なる今年の猛暑が、驚くべき実態をもって詠いあげられている。「ジャリと鳴りたる」、誇張ではなかろうかと思う間もなく、さもありなんといたく納得させられる。肉体にも精神にも堪える夏であった。

  流星に網を構へし覚えあり  柴田博祥   
 流星に網を構えたのは子供の時分のことであろう。一読、何て愛らしい、何てロマンチックであろうかと微笑ましい。だがそれだけではないだろう。
 「覚えあり」、宇宙の不思議を問いかける子供のこころのありようこそが本当であったのだと、今もって自身への問いかけを失っていないのである。
  
  青田風おたまじやくしの足短か  平野 翠 
 青田におたまじゃくしを見届けた瞬間に、「おっ、足短か」ときたのだろう。その直感がそのまま一句におさまって、読者もまた、まるで自分が発見したような感銘をいただくものである。   何かを伝えようという意図が作者に一切ないところに詩情が生まれている。

  赤坂の一ツ木通り春の雨  佐藤健成      
 「赤坂の」、「一ツ木通り」に春雨が降っている、ただそれだけのこと、飾り言葉は何もない。ただの断片のようなものであるが、春の雨の情趣を明らかに見せるものである。一ツ木通りは、時代の先端をゆく町の象徴のような道筋であるが、事実は知らなくてもいいだろう。赤坂、そして一ツ木のもたらす語意語感のイメージがそのまま春の雨につながってゆく。

  石塊か蚯蚓の糞か小暑なる  二村結季
 小暑は陽暦では七月七日頃である。作者は畑仕事をされるから、その周辺でのことであろう。石のかけらか、蚯蚓の糞であろうか、ふと異質のものが同じように見えたとは、小暑たる時節の実感であろう。
 似ても似つかぬ「石」と「糞」の対比から、思わず小暑の空気感を嗅ぎ取らせてもらうものである。      
          
  水鉄砲打たんとすれば死んでをり  古舘千世   
 水鉄砲は水遊びに欠かせぬ玩具である。あまりにも激しい鉄砲撃ちのさなかにあって、死んだふりをして逃げ切るとは、何と賢くも可愛い子だろうか。ここには作者のやさしい眼差しが光っている。こんな子供たちの世界に入って濡れてみたいような涼しさ。

  背なうを背ナに八月十五日  中澤翔風    
 「背なう」は「背嚢」。軍隊で、徒歩部隊の将兵などが背負う袋のことである。当然、弾薬なども入っているものであろう。戦中生れの作者は、戦争の悲惨を二度と繰り返さないための思いをさまざまに積み上げて来られたのであろう。背嚢が学生の背負う方形の鞄であることをも思い合わせると句意は深い。
ズシッと受け止めたものの重みが、敗戦日である。

  若蘆の吹かれて蝶の出でにけり  佐藤昌緒  
 蘆は春先に「蘆の角」が出て、やがて二列に互生した長い若葉をそよがせるようになる、これが「若蘆」である。風が来て一斉に吹かれるさまに見惚れていると、蝶々が飛び出した。あらっと頬の緩んだ瞬間を詠われた、そのスピード感が詩情である。
   
  まんまんと空へ向かふや百日紅  大村清和  
 さるすべりは百日紅と書く通り、夏の長い期間を咲き続ける。「まんまんと」は、まさに実景、実感であろう。  
 解釈を拒否する措辞が、中七へ堂々とつながって、百日紅に決着する。百日紅は、これでもかと言わんばかりの勢いにありながら、なお命の爽やかさが印象されるものである。

  油虫這ひ行く先や薄荷壺   松原白士        
 油虫の行手を見ていると、おお、向こうには薄荷壺があるではないか。薄荷壺とは耳慣れないものだが、薄荷油が詰まっている壺であろう、悲鳴をあげるどころか冷静に見届けられているところ、さすが白士さん。
 はてさて、油虫は薄荷を避けて通るのか、その芳香にコロリとまいるのか。

                
その他、注目句。            
  水源はフエンスの向かう諸葛菜  松井あき子   
  朝霧の大山登る早さかな  石原虹子      
  闇の夜の逆さ海月の宴かな  松尾まつを    
  夏の雲高きを渡る薄さかな  間 草蛙 
  無花果の広葉に隠れ五つ六つ  冨沢詠司
   
  切込みの三本に塩秋刀魚焼く  木下野風
  からつぼの牛舎のそばや小判草  黒田珠水
  
  鶏頭をすり抜けて行く隣家へ  市川わこ

  その葉掻き分けて睡蓮つんと咲き  漆谷たから

  霧深し声する方へ山を下り  湯川桂香     
  丸々と蛭の吸ひ付く田植かな  東小薗まさ一   
  行春や漬物樽の丸洗ひ  川井さとみ      
  奥山の木挽きの音や梅雨の晴  泉 いづ    
  かなぶんや足掻きて羽を半開き  渡邉清枝
   
  屋根の色塗り替へてゐる梅雨の入り  芳賀秀弥 
  お社はペンキ塗り立て小鳥来る   神﨑ひで子  
  赤とんぼ翅を下ろして竿の先   田中朝子
     
  この坂に住んで久しや小鳥来る  日下しょうこ  
  垂直に上へ上へと夏の草   長谷川美知江   
  ささくれてゐたる畳や秋の声   加藤かづ乃   
  小鳥来る駅出てすぐの木のベンチ   町田亮々   
  糸雨の一と筋流れ青簾   海内七海       
  大晴の並木を渡る鵙声  佐伯柚子



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青草新春句会 令和6年2月8日

2024年02月10日 | 俳句
 新年早々に能登地方が地震災害に見舞われました。
 新年句会はその災害と昨年5月に亡くなられた句友の洋洋さんに
哀悼の1分間の黙祷を捧げることから始まりました。
 主宰は
 今年は「青草」発足後16年目、そして「青草」誌の発刊が8年目となったこと。
この今を迎えられたことは何より喜ばしいことである。
それぞれの立場でこの今を支えてきた会員に感謝の言葉を述べられました。
そして仰いました。
 「青草」の原点は「初めて俳句を作る喜び」です。
 大峯先生の教えは「本当の事を素直に言うこと」ですが、これは難しいことでもあります。
 失敗を恐れず失敗を繰り返すことが次の成功につながるのです。



日 時 令和6年2月8日(木) 午前9時30分~午後2時 
句会場 アミューあつぎ 610
懇親会 レンブラントホテル
参加者 33名
兼題「春季雑詠」

  


 阿夫利嶺の麓の青き踏みにけり    草深昌子
 根を張つて幹瘤瘤のあたたかし


草深昌子選
特選句  (順不同)                
 春の日やざつくり括る文庫本  黒田珠水         
 焼栄螺くるくるしつぽ緑かな   川井さとみ
 蓮の実の一つ仰向く薄氷   奥山きよ子 

高得点句
 山羊放つところの何処も草青む  二村結季          

入選句  (順不同)          
 「池月」の駆ける足音乗初め  東小薗まさ一
 シーソーの一人遊びや草青む  伊藤 波              
 ただ一度手を繋ぎし日梅二月  佐藤昌緒           
 途絶えては水の音又柳の芽   山森小径            
 春野行く蝶の舞ふごとふはふはり  間 草蛙
 薄氷の中に朝日の揺らぎけり   松井あき子           
 囀りを散らかし行くや木から木へ  冨沢詠司         
 春風や蛎殻町にお札受く  奥山きよ子             
 山羊放つところの何処も草青む  二村結季          
 受験子の虚ろに仰ぐ丸天井   松尾まつを            
 旅終へて我が家を照らす春の月   古舘千世          
 春めくや川面るるると鴨進む  木下野風          
 春光や黄色のシャツを買いに行く  竹内あや         
 春浅し小さきモップで撫でる棚   黒田珠水         
 ほらそこに菫御座すや石の横   木下野風          
 春風や友の銀髪ショートボブ   森田ちとせ          
 丹頂の雪解の川に鳴きにけり  間 草蛙
 一斉に風車舞ふ山の宿  芳賀秀弥              
 長靴と軍手干されて葱坊主   日下しょうこ            
 独習の紙の鍵盤蝶の昼   山森小径             
 梅が香の熱海の街や人恋し  佐伯柚子
 浜風や転がる若布犬の鼻   川井さとみ            
 てらてらと牛の鼻先春の野辺  伊藤 波          
 紅梅や遠く出囃子聞こえたる   松井あき子           
 蕗の薹雪の中より掘り出しぬ  石堂光子          
 流氷来空を画してゐたりけり  佐藤昌緒
 琺瑯の鍋いつぱいに春大根   小宮からす            
 震生湖いま百歳や山笑ふ   河野きなこ             


 
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青草本部句会 令和6年2月2日

2024年02月05日 | 俳句
草深昌子選 (順不同)
 
   



紅梅の寺折返す持久走   奥山きよ子
夕雲の端の三色や春寒し    きよ子
春寒や探査機眠る月の上    きよ子          
梅の香やその枝先の月白し   河野きなこ           
春寒の駅や木組みのコンコース   小宮からす         
春雨や久しく鳴らぬ柱時計   柴田博祥
春寒の午後は小豆を煮てをりぬ   二村結季 
観梅の雲の切れたるところかな     結季
久方の月の眺めや春隣   間 草蛙   
春寒や松の大木みな斜め   松井あき子             
耳の裏じれつたくなる木の芽時   川井さとみ      


     
       

菰巻のゆるまん日脚伸びにけり   草深昌子      
石蕗咲けり久しく人の住まぬ庭
浅草や車夫にきまって頬被
はちきれんばかりや毛皮きこなして
寒晴や人形焼は混ぜて売る
梅咲いてどこへ行くにも頭陀袋




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