草深昌子選 (順不同)
兼題「蟻」

引寄せて溢るるばかり花卯木 奥山きよ子
初夏からやがて梅雨へ、そういう時節の移り変りの中にあって卯の花のまっさらな白ほど美しいものはありません、「溢るるばかり」が詩情です。
初夏からやがて梅雨へ、そういう時節の移り変りの中にあって卯の花のまっさらな白ほど美しいものはありません、「溢るるばかり」が詩情です。
樟の木や蟻は果てなき旅をして きよ子
作者は樟の大木を上り下りする蟻の数多をずっと見続けています。果てのないような蟻の行き来を「旅」と感じ入りました。
作者は樟の大木を上り下りする蟻の数多をずっと見続けています。果てのないような蟻の行き来を「旅」と感じ入りました。
地境を二階に見たる茂りかな きよ子
茂りの中にあって、地境は俯瞰してこそ見えるものでありましょう。二階という日常の何気ない措辞が、びっしり茂った木々のありようを見せます。
茂りの中にあって、地境は俯瞰してこそ見えるものでありましょう。二階という日常の何気ない措辞が、びっしり茂った木々のありようを見せます。
夏の雲高きを渡る薄さかな 間 草蛙
夏の雲=雲の峰という常識的な見方でなく、作者独自の自然観照が冴えています。雲の上ゆく雲かも知れません、読者に想像をもたらしながら、どこまでも時空が広がります。
斥候の捜し当てたる蟻の道 冨沢詠司
斥侯は「うかみ」とも言い、敵地の様子を探るもののことです。作者は蟻に見惚れているうちに終には蟻の世の一員となり切ってしまったのでしょう、斥侯はまるで作者のようです。蟻たちのダイナミックな動きが見えてきます。
蛇足ながら、今の世の斥侯合戦を思いもします。
蟻踏みてホモサピエンス行き交ひぬ 小宮からす
斥侯の句と同様に、この句からも蟻と人の世の共存が肯われます。「蟻踏みて」という上五のリアリティ―が絶妙です。現生人類をいうホモサピエンスの柔らかき語感も嫌味無く一句に溶け込んでいます。
白昼の陣屋の跡や蟻の塔 中澤 翔風
蟻の塔が明らかに見えてきます。かつて軍兵がのろしを上げたような感覚が白昼にあって蘇るからでしょう。蟻の道ならぬ蟻の塔がいじらしいです。
蟻の列大き頭の最後尾 中原初雪
中七の発見が素晴らしいです。軍隊ではありませんが、先頭はともかく最後尾には強者が必要です、頼もしい蟻の列のありようです。下五のサイコービも引き伸ばして読み上げますと落ち着きます。
議事堂の門衛襲ふ夏の蝶 初雪
「襲ふ」は大袈裟なようですが、議事堂ならではの門衛、また夏の蝶にもよく感応しています。こう言ったことで夏蝶の不意なる飛翔が鮮やかになります。
「襲ふ」は大袈裟なようですが、議事堂ならではの門衛、また夏の蝶にもよく感応しています。こう言ったことで夏蝶の不意なる飛翔が鮮やかになります。
蟻の穴周りに土が盛り上がり 市川わこ
蟻の巣を掘りあげたあと、その周辺に土がたまってあるのでしょう。こういうところを詠んだ句はよく見かけますが、「盛り上がり」など、しっかり描写されています。

蔓にして枝めく梅雨に入りにけり 草深昌子
夜の蟻を爪に這はせて老けにけり
町医者のちまたに古りし簾かな







