草深昌子選 (順不同)
兼題「行春」
茶飯事の騒めきと聞く朝寝かな 加藤かづ乃
朝寝して、身辺のもの音を毎度のものと受け止めています。上五中七のちょっと大げさな物言いが、朝寝を満喫した気分のありようとしてよく納得できます。
蝶々や低く構へる猫の腰 かづ乃
ばっちりと、物を具体的に描写して、季題である「蝶々」の飛びざまをいきいきと見せています。 猫好きの方にはたまらない光景ではないでしょうか。愛らしい春のいのちが一つとなって輝いています。
うぐひすや下したてなる竹箒 二村結季
鶯のよき声がしきりに聞こえます。まっさらな竹箒の掃きごこちも満点のことでしょう。丁寧にも美しい平素の心掛けが偲ばれます。
行春の松みな陸へ傾ぐかな 結季
海べりの松並木でしょうか。磯馴松といって海風に傾いた松が低く連なっている、そんな光景に行春の思いを深めているのです。伝統的な風物の中にも又今年の春が静かにも去っていきます。
行春や漬物樽の丸洗ひ
川井さとみ
木製の漬物樽に、いつも漬物をたっぷり漬けておられるのでしょう。「丸洗ひ」に手慣れた仕草まで想像させられます。季節の循環の中に去ってゆく春を実感として掴まれています。
惜春の日向の石に座りけり 柴田博祥
楽しかった春も去ってゆきます、感傷の気分を何も言わず「日向の石」という具象一つで言い切りました。読者もまた、作者の視線や胸中の温もりを共有しつつ春を惜しみます。
飯蛸の顔見て足も数へけり 博祥
沿岸の海底の砂礫にまみれているタコですが、実物を前に、「本当にタコかいな?」という興味津々の見方がユニークに表出されました。飯蛸の美味も思われます。
行く春の川に花びら浮かびけり 冨沢詠司
何ということのない情景にあって、作者の捉えた、行春のふとした寂寥感が、確かなる具象のなかに漂っています。
静けさの水車小屋なり花きぶし 川北廣子
多くの小さな蕾がひらひらと穂状に垂れ下がっている花が木五倍子です。フレーズの情趣に木五倍子の黄なる花は最も適ったもののように、しっくりしています。椿や桜に取り換えはできないでしょう。
売店のパンひとつ買ひ卒業す 中澤翔風
今まで、当りまえのように買っていた校内の売店のパンでしょう。卒業の今日ばかりは、思い出を畳み込むように一つ買ったのです。何気ないところにも感謝をこめて、よき卒業の心です。
行春や雨の土曜のちらし寿司 木下野風
カレンダーを確かめたりして知恵を絞られた感ありますが、ここは素直に行春の気分をゆったり味わいましょう。「ちらし寿司」いいですね、錦糸卵なんか美しく、行春に呼応します。
行春や子は鐘楼に雨やどり 奥山きよ子
山里のお寺にはよくかねつき堂があります。草摘みの子供たちは俄雨に鐘楼に駆け込んだというのです。まことに自然の成り行きの中に的確に行春が捉えられています。
行春の川面に石を飛ばしけり 石堂光子
「水切り」という遊びでしょうか。かのピシピシの素早さは見るほどに快感です。惜春という情緒にしないで、行春という空間時間の方を詠いあげました。
行春のおできの神の鈴の鳴る 昌子
花衣少し畳を濡らしけり
水たまりよけつつ花のふぶきつつ
令和5年4月・青草通信句会講評 草深昌子
4月の兼題は「行春」。春という季節もまるで人のように行くというのです。「行春」は、「春惜しむ」という気持も含まれてはいますが、季節の循環として、時が過ぎ去ってゆくという捉え方でしょう。
行く春や鳥啼き魚の目は泪 芭蕉
ゆく春やおもたき琵琶の抱ごころ 蕪村
行春やうしろ向けても京人形 水巴
古来の春の別れには、どこか艶やかな哀愁が籠っています。
行く春や日記を結ぶ藤の歌 子規
病床にあった子規は、藤の花の歌をもって行春の思いを日記に書きとどめたというのです。まさしく、藤の花十首を『墨汁一滴』に載せたのは明治34年4月28日のことでした。
瓶にさす藤の花ぶさみじかければ
たたみの上にとどかざりけり 子規
正岡子規のもっとも有名な一首です。仰臥した姿勢からのアングルですが、これほどに美しい藤の花があるでしょうか。あまりにも当たり前のような、そのまんまの発見がここにあります。藤の花をただ単にこちらから眺めているというよりは、藤の花のこころが子規のものになりきっています。「写生」ということの真実が目に見えるように輝いていると言えましょう。
俳句は「ナニナニした」という出来事より、「どんなだ」という物の状態を言葉で伝えるのが大切です。「どんな」という写生があってはじめて俳句になります。いかなる作品であっても、俳句の根底にあるのは「もの」だと言えましょう。
さて、セオリーが分かっていましても、実践がなかなかできないのは私も同じです。私が皆様と一緒に学んで、ずっと思っていましたことを、かの虚子が言葉に明らかにしていまして、嬉しくなりました。
――「入選しても入選せんでも、いつも同じ顔してよく句会に出てくる人は、将来必ず大成する人です。私はこんな真摯な態度の人を心から歓迎いたします」