令和5年2月「青草」春季13号が発刊されました
発刊から5周年を過ぎて表紙も一新され
新しい青草の芽生えとともに
ゆっくりでも着実に歩んで行けることを願います
青 山 抄 (13) 草深昌子
蝶々のすつとぶ芝の枯るるかな
薪積んで冬の日向に崩れさう
冬晴や紅葉穢く鯉綺麗
花や葉や散つて石段石寒し
年の瀬の我か鴉かむなしきは
日の移り早くて崖を笹子鳴く
これやこの行くも帰るも頭巾かな
ダンサーと書家と詩人と年忘れ
年寄の服あかあかと冬座敷
江戸の木の枯葉明治の木の枯葉
水に見る蓮の葉のうら冬の空
六人を一と組の子ら蓮枯るる
とんぼうの水打つ日向ぼこりかな
お座敷に脱がでゐたるや裘
夜鷹蕎麦仲間や子規も漱石も
セロリ噛むひとりのときの音ぞこれ
悴むやマスクの巾が顔の巾
小春日やパンダの糞を袋詰め
冬日いま走る電車の床に濃き
天日に顏焼く翁忌なりけり
冬立つや蠅の頭の茶が焦げて
猿茸女だてらに蹴りにけり
八幡に古りて土俵やちんちろりん
濁り酒井伊直弼を祖としたる
釣堀やはたして会うて雲は秋
牛小屋の横ゆく水の澄みにけり
秋思ふと林に一つ館あり
夜を寒み室生犀星句集など
末枯や墓域に道の巾広く
芝浜を聴いて身に入むわれらかな
青草往来 草深昌子
チューリップ私が八十なんて嘘 木田千女
まだ若き頃、この句に出会って呆れました。えっ、それが現実ではありませんか、間違いなく齢を積まれたのですよね、なんて冷やかな反応でした。伝統的な俳句とはちょっと違った新味が未熟な身には馴染まなかったのです。そんな私が何と八十に手が届くところにきて、不意にこの句が立ち現われてきました。
人は肉体的に年老いてゆくのは当然ですが、精神ばかりは老いることがないのです。私などもう腰折れでヨロヨロですのに、今もってミーハーのままで、心と体のギャップに苛まれています。この感覚こそが嘘という措辞そのものでした。「八十なんて嘘」はわが心の叫びのようです。
さて、俳句は世界一の短詩型です。短いのは分かりますが、忘れてはならないのが「詩」であるということです。詩とは何かと問われても答え難いものですが、さしずめ冒頭の句は詩ではないでしょうか。つまり、チューリップという季題を生かし切っています。身近にも愛らしい無邪気な花でもって、季題の広がる世界に心を解き放っているようです。おどけやおふざけも俳句にとっては大事な資質でしょう。
十数年前、初めて受け持った俳句講座のタイトルは「俳句のはじめのはじめ」でした。「俳句のはじめ」なら尻込みしますが、「はじめのはじめ」なら私にも出来そうと思って参加しましたと、皆さま口々に仰ってくださいました。こういう言葉に対する感受性も誰もが詩人であり得る証拠のようです。
「俳句は季題を詠います。今日始めた人も、何十年やっている人もみんな平等です。さあ愉しんでまいりましょう、笑いましょう」と声を張り上げた日が昨日のことのように思い出されます。
ともあれ、本当の詩の言葉は生き続けているのです。そしていつかは誰かの胸に届く不思議を思います。
今や、インパクトあるチューリップに励まされています。
芳草集
菜畑をひよいと曲がりて川に会ふ 二村結季
子雀の転がり出でし厩かな
子を迎へ蟇をむかへて寝入るかな
百姓の振り向きざまや汗雫
はからずも僧の点前や土用あい
朝蜘蛛を庭に放つや盂蘭盆会
雉鳴くやげんげ田に首浮くかしつつ
雷鳴や旧家の窓の赤硝子 古舘千世
唇に麻酔の痺れ花曇
風少し強く吹く日や豆御飯
網戸抜け生暖かき今日の風
関西弁まねる江戸つ子夏休み
奥つ城へ芒の坂を吹かれゆく
蟷螂を降して新聞取りにけり
青草集
木五倍子咲くその名問はれて池の端 松井あき子
藍植うや象の形の如雨露もて
春潮や動き出しさうゴジラ岩
鉄線花揃つてこちら向きにけり
蛍火や雑木林は向かう岸
短夜や寝袋に聞く恋のこと
雨の日の向日葵少し聞き上手
母の背がかはゆくまがる雛まつり 伊藤欣次
百千鳥壺中の天にあるごとし
若返ることなどできぬ更衣
薔薇燃ゆる消灯前の大広間
短夜の思ひ離れぬ一事かな
にぎやかに野を帰り来ぬ花火の夜
玫瑰の花に囚はる浦路かな
大峯あきらのコスモロジー⑨ 草深昌子
朝日子の押し寄せてゐる牡丹かな あきら
――前山から顔を出した朝日の矢は、いっせいに牡丹に殺到する。押し合いへし合い、歓喜する朝日子の中に溺れて、花々はみるみる花びらを展げてゆく。壮観という他ない。平成一七年作。(「シリーズ自句自解ベスト100・大峯あきら」より)――
大峯あきら第七句集『牡丹』は平成十七年の刊行。氏は七十六歳。俳人協会賞受賞の第六句集『宇宙塵』以後、三年間の三八五句が納められている。
鉛筆を持つて見てゐる牡丹かな あきら
牡丹の雨は小糠となるならひ
昼火事のすぐに消えたる牡丹かな
牡丹の庭に今ゐる大工かな
牡丹に郵便夫来る赤子来る
十あまり蔵のうしろの牡丹かな
満月はのぼり牡丹さかりなり
母の手に赤子をもどす牡丹かな
自宅である専立寺の庭には十株ほどの牡丹があり、毎年妍をきそうように花を咲かせる。小学生の時はじめて牡丹を見て、こんな美しい花がこの世にあるのかとびっくりしたという。だが、長い間親しみながら句を作ろうという気持が起こらなかった。ところがある日、朝日を受けて花弁をひろげてゆく牡丹を見ているうちに、俄かに気持ちが一変したのだという。
――花は自分の美しさを誇っているのではなく、こちらに話しかけ、私を対話に誘ってくれていた。それなら、牡丹の話すところを聞き、それに答えたらよいのではないか――
これがきっかけで牡丹の句が生まれるようになり、牡
丹を詠んだ句が比較的多いところから、『牡丹』を題名にした。いたってシンプルな心境である。
ありのままの「あとがき」は、既に第五句集『夏の峠』の鑑賞に書いた通り、「俳句という詩のことばは、人間の心の単なる叫びではなく、山川草木との対話である」という師の俳句観として一貫している。
つまりは芭蕉の「松の事は松に習へ、竹の事は竹に習へ」と同じ考えである。「松や竹が語りかけてくれている、その存在が語る言葉を聞いたら、自我は崩れ、自我の破れ目から存在の言葉に応える言葉が自然と出てくるのだ」と、繰り返し噛み砕いて説き続けられた、大峯あきらの終生変らない俳句の姿勢であった。
一句目、はっと我に返ったら、「鉛筆を持って見てゐる」私であったというのだろう。鉛筆の軟らかさが牡丹によく呼応している。そういえば、師は何時も鉛筆で句帖に書き付けられていた。伊勢吟行の時であったか、鉛筆の先を切り立った岩石に当ててシュッシュと研いでおられた、純朴な仕草が忘れられない。
小糠雨が降り、昼火事があり、何でもない出会いの風景ではあるが、まさに庭先のそこに読者も居合わせているかのようである。牡丹の存在感がたっぷりと感じられるのは、「見てゐる」、「今ゐる」という現在進行形であろうし、「郵便夫来る」、「赤子来る」という絶えざる時の移りゆきであろう。動的な時間の流れが牡丹の静寂の中に躍動している。
どこからか揺れはじめたる桜かな あきら
ライラック咲いて調度はもの古りて
止みかけて又降る雨や桐の花
降つて止み降つて止む雨女郎花
一句目は吉野山上千本の桜。ふと風が来て桜の一木が揺れはじめると一斉に他の木も揺れ始めるさまは師に同行して見届けた。その夜の句会で言葉として「揺れはじめたる」とくると、思わず我が身も揺れるような錯覚に陥った。後に、一つの揺れが次々に伝わったのは「目に見えない山神の計算しつくした仕業かもしれない」という自註を読んで、これぞ想像力というものかと感じ入ったものである。
二句目。「調度はもの古りて」とは絶妙の取合せ、ライラックが鮮やかに浮かび上がってくる。「もの古りて」というゆかしい余韻もひんやりとしている。
三句目、四句目は微妙な雨の降り方の違いだが、中七で空間を広げて時の谷間を見せる「桐の花」と、そのままそこに降りかかってくるような「女郎花」と、雨に咲く花のありようを明らかに見せている。
日輪の燃ゆる音ある蕨かな あきら
がちやがちやに夜な夜な赤き火星かな
水涸れて昼月にある浮力かな
青空の太陽系に羽子をつく
月はいま地球の裏か磯遊び
大峯あきら俳句のテーマは、宇宙性である。俳句という詩は単なる社会ではなくて、宇宙の中に生きている人間の営みを詠うもの。一瞬も止まらず移り変わってゆく季節でありながら、同時にまた必ず戻ってくる季節というものの不思議はどうだろう。師が感じる季節というものは、そのまま宇宙を感じることにほかならない、そのあたりがよく分かる句群である。
一句目。太陽の高熱はいかばかりか、原子核融合の凄まじきエネルギーの音響を最も遠くはなれた蕨がひそかにも聴き止めているというのである。蕨と言えば万葉集の〈石ばしる垂水の上のさ蕨の萌え出づる春になりにけるかも〉の通り、かの渦を巻いた形状には、先駆けて芽吹くものの力強さがこもっている。作者は今、蕨になりきって、その静けさの中に立っている。
二句目。赤い光を放ってやってくる火星、それも「夜な夜な」とは何ともリアルである。その接近をがちゃがちゃこと轡虫たちはひそかにも感じ取っているのである。がちゃがちゃの音色もまた夜々に大きく吉野の静寂を破っていたのであろう。
三句目。冬場は最も雨量が少なく、川や池は水嵩が減り、川底が見えていたりする。周囲の草木も枯れ果てて、まことあたりは干涸びている。そんな風景に昼の月がまるで重量を失って浮力でもって懸かっているようだという。どうしてこんな捉え方が出来るのか。その不思議を問うてみたいものだが、これこそが、物との対話、その存在の語る言葉を聞きとめて、自然に言葉が出てくるという師の感性の鋭さであろう。
俳句は「季語で決まり」、「助詞で決まり」そして、最後には「その人の持っているもんやね」と困ったような顔つきで言われたことがある。果たして大峯あきらは計り知れないものを持っている。
宇宙は阿弥陀様と同義であろう。この真理は学問のそれとしても疑う余地はない。まさしく季語は宇宙へのパスポートになり得るのである。
全集のフィヒテは古りぬ露の家 あきら
第一句集に、〈フィヒテ全集鉄片のごと曝しけり〉がある。三十二歳の師が全集に対して突き刺さるような感覚を覚えられてから早や四十年の歳月を経て書棚に収まっている。「哲学の研究と俳句の実作は正反対の営みで、苦労の連続であったが、やがてヘルダーリンやハイデガーなどから学んだ詩の本質についての洞察に道が開かれてきた」との蛇笏賞受賞挨拶が偲ばれる。「古りぬ」はまた、人生のはかなさであろう。そんな「露の家」には風格が滲み出ている。一句の重みは大峯あきらならではのものであるが、そんな師が、
初蝶の頃には逢はんかと思ふ あきら
と詠われると、うるわしい時空がどこまでもひらけていくような軽やかな思いに誘われもする。
先に引用した「あとがき」は、こう締めくくられている。――「花と話ができるとよいな」と言うのは、鈴木大拙の言葉として知られています。最近の私にも、この思いは切実です。――
この句集には、能登と前書きのある〈芳草の西田幾多郎生地なり〉がある。西田幾多郎と鈴木大拙は日本を代表する世界的な哲学者と宗教家であり、共に石川県の同じ年生まれ。大峯あきらにとっては、ご両人共に限りなく詳しく近しい存在であった。晩年の大峯あきらは着々と様々の仕事を成し遂げつつ、さらに無心に鈴木大拙と対話されていたのではなかろうか。
秀句集
雉鳴くやげんげ田に首浮かしつつ 二村結季
吉野吟行の折など雉に出くわしても一瞬に見失ってしまう、いつかはしっかり見たいと願っていたが、何と掲句は紫雲英田に鳴いて現れたのだという。
「首浮かしつつ」と言われると、まさに目の当たりに見せてもらったような気分である。幸運なる出会いを的確に詠いあげて駘蕩たる詩情を醸し出している。
奥つ城へ芒の坂を吹かれゆく 古舘千世
少し高みの墓所へお参りに行くところ、折からの秋風に芒の穂が静かにも揺れている。何も言っていないが、その折の寂寥も、かの人へのよき思いも、すべては芒が密やかにも語ってくれている。
鉄線花揃つてこちら向きにけり 松井あき子
「揃って」、しかも「こちら向く」という鉄線花の把握は瑞々しくも手堅い。テッセンという響きの花ならではの明瞭なる印象を打ち出している。掲句から、山口青邨の〈窓ひらく鉄線の花咲きわたり〉が思い出された。両句とも平明にして透明感に満ちている。
若返ることなどできぬ更衣 伊藤欣次
否定しているが実は若返りたいのである。時節らしく若々しくありたいという願いがあって、昨日とは一新すべく更衣するのである。更衣とはどういうものか、更衣を認識させるに充分の遠回しの一句が面白い。
一点の雲広ごりて処暑の雨 松尾まつを
処暑は八月二十三日の頃。さっきから不穏なる雲が一つ出ていたが終には雨を降らしたという。自然現象を描写して、暦通りの実感をもたらすものである。
手花火やみんな不思議な顔となり 佐藤健成
家族揃ってその手先に集中する手花火は鮮やかにも闇を照らし出す。子供たちの火花に吸い込まれてやまない様子が「不思議な顔」に言い尽くされている。
揚羽来て庭木に風を起こしけり 奥山きよ子
風と共に庭にやってきた大きな揚羽蝶、その美しさにハッとした驚きがそのまま、「風を起こしけり」の感受になっている。作句のスピード感が涼しい。
かの人の病は癒えて松の花 河野きなこ
「かの人」が読者にもゆかしく思われるのは、安堵の気持ちを「松の花」に明らかに感じ入るからである。長寿の象徴である松に咲く花が何とも頼もしい。
山小屋の一夜を共にはたた神 佐藤昌緒
はたた神、そう雷さまと山小屋に一夜を共寝したというのである。凄まじいであろう雷鳴に息をひそめているエロス、それは敬虔なる祈りでもある。
見るからに清楚なサマードレスかな 中澤翔風
「見るからに」という上五が中七下五を颯爽と引っ張って一気に読ませる。「清楚」もまこと清らにサマードレスに決着している。憧れのサマードレス。
庭の木に鵯の卵や半夏生 石堂光子
半夏生は陽暦七月三日あたり。雨の日も多いこの頃、見つけたのは鵯の卵であった。鵯の卵と半夏生に何の因果関係もないが、半夏生の趣きが出ている。
新茶汲む掛川城の奥座敷 平野 翠
掛川城は東海の名城である。そんな奥座敷にいただかれた新茶は掛川茶に決まっている。その味わいや香りのよろしさは無駄のない表現に滲み出ている。
十二単庭の芝生に忍び寄る 加藤洋洋
野草ながら十二単とは何とゆかしい名であろう。平安朝がイメージされるものである。そんな十二単がはびこってきた、そこを「忍び寄る」と言い切った詩心、まるでお姫さまがしずしずと寄り来るようではないか。
秋の夜に母は一人で歌ひをり 市川わこ
母が歌うのは淋しいのだろうか、それとも楽しいのだろうか。いずれにしても秋の夜の情趣が、母をして歌わせしめているのである。温もりのある静けさ。
雲海や飯盒飯の炊きあがり 冨沢詠司
雲海とは飛行機から見るものでなく、山の上から見下ろして雲が海面のように見える光景である。これぞ「雲海」というべき一句はまこと簡潔である。雲海の景観がどこまでも広がってゆくような気分が楽しい。
女学生笑ひ転げて胡瓜かな 黒田珠水
何がおかしいのか、「胡瓜かな」には読者もまた笑い転げるほかないのである。無駄な説明や鑑賞など何も要らない。「俳句は韻文」という確かな認識を持つ作者の俳句からは、いつも笑いを誘い出されている。
水打つて見る間に庭木立ちあがる 東小薗まさ一
バケツかホースがたっぷりの打水であろう。庭木の緑が生き生きとしたところで、「庭木の立ちあがる」と言い切ったところに作者のやすらぎがある。
ポケットに入れて犬の子冬隣 湯川桂香
手のひらにあたたかい子犬の毛触りが心地よい。誰もが共鳴する実感に「冬隣」を付けた作者の感性が光っている。今という時を感じることが来たるべき時の思いに繋がってゆくのである。
花四つどこも正面アマリリス 川井さとみ
アマリリス、そう口遊むだけで甘やかな気分のする花である。よく見るとアマリリスのどの花もばっちり私の方を向いている。作者の眼はいつも輝いている。
家見えてはたと重たき西瓜かな 小宮からす
西瓜を頑張って運んで来たが、家近くになってぐっと重みがこたえたというのである。西瓜は重いという自明の理が、実感あるものとして打ち出された。
半夏生母は農家の生れなり 長谷川美知江
半夏生は農家では重要な節目であった。この日にタコが売り出されるのも、稲がタコの足のように根付きますようにという祈りだったと聞いている。「母は農家の生れなり」、半夏生を懐かしくも自身に引き寄せた。
知らぬまに黴類食うて米寿かな 町田亮々
黴は鬱陶しい梅雨時の象徴となっている。黴が菌糸であり胞子でもって繁殖することを思うと、まさに知らぬまに人の身に侵食しているのだが、黴にもめげず矍鑠として米寿を迎えられた。知らぬ間に食うた、即ち、知らぬ間に老いたのである。「黴が生える」どころか作者は冴えている。これに勝る目出度さはない。
その他、注目句。
画眉鳥が若葉の山によく鳴くよ 間 草蛙
込み合うて春の鴨ゐる鯉のゐる 山森小径
二つ星迎へ夜つぴて歌ひけり 石原虹子
百段登り切つたるパナマ帽 柴田博祥
囀や隣の墓は真新し 中原初雪
霧襖いま雷鳥を見しといふ 森田ちとせ
レースカーテン朝の電車の音強し 日下しょうこ
火の気なき春の炬燵に足を入れ 伊藤 波
透かしては黄土の混じる露の玉 泉 いづ
台風の近づく匂ひ昼下り 田中朝子
打たせ湯の硝子の向かう青胡桃 木下野風
畦道を行くや二人の秋日傘 芳賀秀弥
掛筒に挿して傾く秋団扇 渡邉清枝
スカートの白きに止まる蛍かな 川北廣子
仏壇や朝一番の新茶の香 漆谷たから
空と雲きつぱり別れ夏来たる 神﨑ひで子
大山の鉄塔照るや牡鹿鳴く 加藤かづ乃
コスモスの赤一片をなくしけり 大村清和
ずぶ濡れに走る子犬や朝の露 岡本きさえ
「芳草集」は、巻頭・次席の他は句稿到着順、「青草集」は、上位十余の他は句稿到着順に掲載しています。
「青草」表紙について 松井あき子
今号から表紙を一新した。表紙は俳句誌の顔である。青草創刊五周年記念号発刊を機に、表紙の変更について編集部で検討を重ねて来た。
表紙絵はかねてより青草誌のイラストやカットでお世話になっている青草会員の黒田珠水さんに願いした。
タイトルの文字は、墨書きでということで、思い浮かんだのは墨画家吟花さんである。毎年いただく年賀状は素晴らしい墨画である。華道家としてご活躍だが、吟花という雅号で墨画でもキャリアを重ねられて、六年前に奄美大島に移住された。
久々の電話での依頼を快く引き受けてくださり、「青草」に相応しい瑞々しくも勢いのある墨跡をいただくことが出来た。
レイアウトは、佐藤昌緒さんが何種類もの組み合わせを作成してくださり新表紙が完成した。
表紙の刷新をもって「青草」の一層の充実を目指すものである。