草深昌子選 (順不同)
兼題「冬ざれ」

靴の音の長き地下道冬ざるる 渡邉清枝
見るもののない地下道を行くとき人また我の靴音ばかりが響きます。ことに「長き」に、冬の殺風景が迫ってきます。
見るもののない地下道を行くとき人また我の靴音ばかりが響きます。ことに「長き」に、冬の殺風景が迫ってきます。
冬ざれや石段傍の射的場 柴田博祥
射的場は賞品ねらいの遊びですが、射的といい、石段といい、恐ろしげにも冷やかな印象の措辞が、荒涼たる冬を呼び起こしてやみません。
冬ざれてひがないちにちモダンジヤズ 博祥
冬ざれを見届けた心の虚ろが、モダンジャズに癒されているようです。「ひがないちにち」が下五によく唱和しています。
冬ざれを見届けた心の虚ろが、モダンジャズに癒されているようです。「ひがないちにち」が下五によく唱和しています。
留め桶の音に目覚むる冬の宿 中澤翔風
糞尿を溜めるべくある桶でしょうか、寒々しい音に眠りを妨げられています。相当ひなびた宿ですが、これも冬の旅情として静かにも受け止めています。
冬ざれや川辺を歩く鴉二羽 佐藤健成
何気ない情景ですが、こういうところに目を止めたという繊細なる感受性が既に冬ざれを詠いあげているものです。
冬ざれや連結長き貨車の音 健成
フレーズが季題に付き過ぎもせず、離れすぎもせず言いきれています。面白みがないといえばないかもしれませんが、実景を、それも音にきちんと捉えています。
フレーズが季題に付き過ぎもせず、離れすぎもせず言いきれています。面白みがないといえばないかもしれませんが、実景を、それも音にきちんと捉えています。
冬ざれや遥かな松の曲がりやう 二村結季
柔かな言いまわしながら、読後に何がなしの寂寥を覚えます。松の緑は美しいのですが、その形状を捉えて独自の冬ざれの情趣を奥行の中に表出しています。
冬ざれや此処等昔は海の底 伊藤 波
その昔海であった地は日本橋など、いたるところに見受けられます。ふと意識がそこに思い当ったのは冬ざれの風景に触発されたからでしょう。「海の底」も的確です。
街の灯の淡き光や冬ざるる 古舘千世
なんでもないようですが「淡き光」と捉えたのは作者ならではのものでしょう。街の灯の色そのものに冬ざれを見届ける心の確かさを思います。
見上げたる皇帝ダリア冬ざるる 川北廣子
皇帝ダリアは木のように高々と伸びて下向きに咲いています。ダリアにして異質の花ですが、これを見上げたというだけで、「冬ざるる」を感受された直感に惹かれます。
牡蠣舟の奥へ奥へと小座布団 佐藤昌緒
この句は牡蠣を取る舟でなく、たとえば広島の牡蠣を提供する屋形船でしょう。小座布団を客にポンポンと置いてゆくのだと解しましたが、中七やや不明ではあります。
冬ざれや一直線に基地の柵 泉 いづ
さしずめ厚木基地が思われます。端的に情景を切り取って、「一直線に」こそ確かなる冬ざれを認識させられます。まこと寂しい基地ではあります。
橋に見て捨て舟赤く冬ざるる 奥村きよ子
「捨舟赤く」ですが、「赤く冬ざるる」とも読めるような表現の妙が効いています。荒れ果てた中にあって赤の色彩がことさらに印象されるのです。
冬ざれや畑に積まるる畑のもの 神﨑ひで子
畑を二つ並べた表現が、実感を深めています。
様々に積み上げるものが嵩高くあって、動かしようのない冬ざれの畑です。
冬蝗飛んで方向失ひぬ 伊藤 波
冬の蝗、私にはなかなか見つけられないものですが、しっかり見届けました。方向見失ったというのは作者もろともの蝗でしょう。言い切ったところで季題が決まりました。
冬ざれやひよいと「ちやんこ」ののぼり旗 小宮からす
冬ざれの景色の中に不意に出くわしたちゃんこ鍋の宣伝旗です。冬ざれの救いのように湯気ほのぼのの趣きが効いています。
冬ざれや石畳ゆく杖の音 あき子
ただ単に杖の人ではなく、「石畳」が音を利かせて、冬ざれの光景を寂しくも印象付けています。

一つ枝に三つ支へ木冬ざるる 草深昌子
年寄の服あかあかと冬座敷
蝶々のすつ飛ぶ芝の枯るるかな
令和4年12月・青草通信句会・講評 草深昌子
今回の題詠「冬ざれ」は、あたり一面蕭条たる冬の風景のさま、物みな枯れて荒涼たるさまのことです。
大石や二つに割れて冬ざるる 村上鬼城
冬ざれやつくづく松の肌の老 松根東洋城
冬ざれのくちびるを吸ふ別れかな 日野草城
冬ざるるリボンかければ贈り物 波多野爽波
一句目、二句目はまこと自然観照が冴えています。
三句目は、思いもかけぬあやしげな官能が詠われました。
四句目は、冬ざれを逆手にとって、一読はっとするものがあります。何かしらを包んでリボンを掛けた、その瞬時に誰かへの贈り物が仕上がりました、そこにはぽっと灯がともったようなあたたかさがあります。冬ざれが一変しそうな感覚でもって、まことしやかに冬ざれを印象付けます。背景にはクリスマスがあるのでしょう。
ついでながら、波多野爽波は高浜虚子の最晩年の弟子です。
「俳句スポーツ説」、「多作多捨」を提唱しました。
尚毅居る裕明も居る大文字 爽波
門下の若手に岸本尚毅と田中裕明の両雄がいたのです。
冬空や猫塀づたひどこへもゆける 爽波
「冬空」が決まっています。吟行して写生に徹することを奨励しました。生活感のある写実の句は飽きることがありません。
片や「題詠」を重視し、季題とフレーズを大きく切り離し、二物取り合わせの妙を詠いあげました。一例ですが如何でしょうか、おわかりになりますでしょうか。
金魚玉とり落としなば舗道の花 爽波
蜜豆や四囲の山なみ明智領
天ぷらの海老の尾赤き冬の空
骰子の一の目赤し春の山










