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青草俳句会~命のよろこび

結社「青草」 主宰 草深昌子

2022年版『俳壇年鑑』

2022年04月25日 | 俳句

諸家自選作品集    



 読み書きのいよよ楽しやけふ子規忌  〈青草〉草深昌子
   
(本阿弥書店 2022年版『俳壇年鑑』 所収)







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「WEP俳句通信」127号(令和4年4月)          

2022年04月25日 | 俳句
草深昌子・作品16句    
    竹の秋風           草深昌子



    
   髭のちよとうぐひす餅にありさうな
   木々高く藪の大きく氷かな
   蛭子てふ社のあはれ日向ぼこ   
   辞書入れて巾着提げて梅ひらく 
   料峭や桶の一つが石の上 

   春日傘そこを行くかに丘を行く
   鳥の恋はじまる崖のそそりたつ 
   てらてらと磐石にして寝釈迦なる 
   張り替ふる気のなき障子一の午  
   雪解けて石に穴また幹に穴 
   
         その道は石に尽きたり蜷一つ 
   親指の腹もてさぐる種袋
   耕人のフアッションモデル風であり
   雨垂れの向かうは春の障子かな
   寝坊して菱形餅をいただきぬ
   はねつるべ竹の秋風あたりけり


    くさふか・まさこ
   昭和18年2月17日・大阪府生まれ
   飯田龍太・原裕・大峯あきらに師事
   平成29年「青草」創刊主宰・「晨」同人
   句集に『青葡萄』『邂逅』『金剛』


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青草創刊五周年記念俳句会

2022年04月25日 | 俳句
当日は前夜の雨も上がり、気持ちの良い吟行日和となりました。




日時  令和4年4月19日 (火曜日)
吟行地 小田急線新松田駅周辺(川音川・延命寺等)
句会場  松田町生涯学習センター
出席者  29名

主宰賞
 対岸は尊徳の地や緑立つ    川井さとみ
 川近き魚屋の軒を燕かな    奥山きよ子
 菜の花畑ひよいと曲りて川に合ふ  二村結季

編集長賞・高得点賞
 箒目に小さき青梅零れたる   石堂光子

同人会長賞
 せきれいの来て春の土うごめけり  二村結季

草深昌子特選 (順不同)
 ぼうたんの堅き蕾は膝の丈     伊藤 波
 囀りの渦より一羽翔ちにけり    川北廣子
 松の花高きにあるや寺の門     佐藤昌緒
 河原には低空飛行つばくらめ    田中朝子
 袈裟懸けに飛ぶも倣ひやつばくらめ 森田ちとせ
 ぼうたんに蝶の舞来る寺の昼    間 草蛙
 つい触れて揺らしてみたる花通草  石堂光子
 ぼうたんの花の襞より白き蝶    佐藤昌緒
 掃きて又桜蕊降る延命寺        菊地後輪
 狛犬に獅子に子があり若楓     川井さとみ
 若葉山そよぎてしじみ蝶飛べり   石原虹子
 行く春やぴよんぴよん橋をがに股で 松井あき子





 青草やすぱつと晴れてよべの雨    草深昌子
 あしがらは富士見えぬ日の牡丹かな
 古道のここも寺領の緑立つ
 古寺を出でて河原へ春惜しむ
 つばくろのぴよんぴよん橋を囃しけり

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青草通信句会 2022年4月

2022年04月11日 | 俳句
 草深昌子選 (順不同)
 兼題「囀   
 
  
  
 

      百獣の王の居眠り桜まじ   川北廣子
 「桜まじ」は桜の咲く頃の南風です。地方色の濃い季語ですが、ここではよく納まっています。百獣の王たる猛獣のライオンも、折からの南風の暖かさにうっとりでしょうか。

      長浜の子ども歌舞伎や草の餅  長谷川美知江
 長浜へよく旅をしましたが、残念ながら曳山まつりの子ども歌舞伎を見ていません。それでも愛らしい迫真の名演技が想像されます。地方色濃き味わいは「草餅」がたっぷり語ってくれています。

      鞦遷は花びら乗せてゆれにけり  芳賀秀弥
 鞦韆と言うと古来の遊戯を思うのですが、その古風が花びらを乗せて揺れている情感をよく引き出しています。
 季重なりも気になりません。

      囀りや隣の墓は真新し  中原初雪
 墓参りの折です、あらっ、隣にピカピカの墓が立ったわ、というちょっとした驚きです。お隣さんよろしくねという気持、その代弁のような美しい囀が聞こえてきます。

  さよならは軽くげんこつ春の宵  初雪
 コロナ禍の、今どきのげんこつタッチと解さなくとも、「軽くげんこつ」はまさに春宵の哀歓を表出しています。げんこつは言葉に勝ります、「さよならは」という出だしも素敵です。

      雨降りの障子明るく囀れる  奥山きよ子
 雨降りの障子が曇っていたら一句にはなりません。雨乍ら明るいと見てとった気持ちが輝きます。それは囀のおかげかもしれません。

    かたかごの花に飛立つ気配かな  きよ子
 かたくりと言えばすぐに〈かたくりの花の韋駄天走りかな 仁喜〉が口誦されますが、この句もそんな花の形象をよくぞ「飛び立つ気配」に言いとめられたと思います。「かたかごの花の」

      囀の山膨よかになりしかな     二村結季
 山の方々で囀っています。囀にしばし聞きほれていますと、まるで山がふっくらと膨らんできたようです。囀がこの山を謳歌しているのでしょう。
 「膨よか」が素晴らしいです。

    整列はものかなしきやチューリップ  佐藤健成
 〈チューリップ喜びだけを持つてゐる〉と詠われた花ではありますが、花壇などによく整列して植えられています。ふと軍隊の整列などを思うからでしょうか、あるいはもっと何気ないものかもしれませんが、ひそかなる「物悲し」の詩情に惹かれます。

    フォト展の暗き小部屋や窓の梅  中澤翔風
 そういえば初雪さんの写真展は「暗き小部屋」でありました。優れた写真を引き立たせるための仕組みなのでしょう。下五は一条の明るさをぽっと引き出して見事です。「窓に梅」
 
    手術前六階からの花見かな  松井あき子
 「手術前六階からの」、そういう心境を通しての花見は人生にあってまこと稀有なるものです。これを詠い切った余裕は全快を約束するものでありましょう。

  茂みから枝へ囀撥ねあがり  川井さとみ
 何鳥か茂みから枝へ撥ね上がったのですが、よく観察されて一気に勢いをつけて「囀」が撥ねあがったと詠いあげたところ見事です。

  膝掛けのあるテラス席花曇  佐藤昌緒
   先日別のネット句会で、花見のカフエテラスに膝掛が置いてあった、と同じような内容の句に出会いました。川べりのテラス席でしょうか、花どきの曇りや冷え対策が行き届いています。


  その影の土筆にとどく土筆かな     昌子
  蠅止めてわがセーターは春の色
  囀や机に一つ大冊子    

  
  


令和4年3月・青草通信句会・選後に   草深昌子

 春は鳥たちにとって恋の季節の到来です。その先駆けとして鶯の初音が待たれます。今年は少し遅れて座間の谷戸山公園で聞きました。丸木を伐るチェーンソーの音が園じゅうにとどろいていましたが、そんな人工的な音には与(くみ)しない清らかな声が鮮やかでした。

  囀の高まり終り静まりぬ     高浜虚子
  囀りをこぼさじと抱く大樹かな  星野立子
 
 ところで先月、私が句会で最悪だったことを書きましたが、何と先日は最高でした(笑)俳句は全く自分の思い通りになりません。思いがけない句に点が入ったり、これぞと自信満々の句が無視されたり、これこそが句会に出たことの成果なのです。句会に出れば出るほど俳句上達が見込まれます。対面であれ通信であれ、自分から発した俳句に対する応答はさまざまですが、それが何よりの勉強です。

 句会は相撲でいえば稽古場です。稽古場で砂まみれ、泥んこまみれになってこその上達です。砂まみれにならずして理屈や理論を言い張っても何の足しにもなりません。
俳句は普通の人が普通の生活をして作ります。背伸びをして、カッコつけたような句は好まれません。昔よく結社の中で、コツコツと自分の道を熱心に歩み続ける俳人を「俳句で煮染めたような顔」だと、褒め称えました。一日、一日が俳句精進の道です。そんな健康そのものの「顏」を、私たち「青草」の面々も目指して参りたいものです。

 先日、句会で長くご一緒させていただいた俳人加藤喜代子さんが亡くなられました。九十八歳でした。田中裕明先生に師事して、鎌倉から京都まで新幹線で日帰りして、十数年間休むことなく裕明先生の句会に出席されました。黙々と継続する姿勢に打たれておりましたが、裕明先生は平成十六年、四十五歳で夭逝されてしまったのでした。
田中裕明先生は、私にとりましても心からなつかしく尊敬してやまない俳人です。

  桜の木ひかりそめたり十二月  加藤喜代子
  握り飯食ふ顏あげよ草の花
  鶯や米原の町濡れやすく
 
  悉く全集にあり衣被      田中裕明
  水遊びする子に先生から手紙
  囀や椀の中なる明石焼    



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草深昌子を中心とする句会・選後に 令和4年3月               

2022年04月11日 | 俳句
  
    


      大き鈴付けて下校や草青む  川北廣子
 「鈴」の印象と共に、「草青む」情景が、目の当たり一面にひろがります。
登校でなく下校ですから、三々五々仲良しの元気いっぱいの開放感ものびやかです。
鈴の、わけても「大き」その音色は、チリンチリンより、シャンシャンと弾みをもって響いていることでしょう。
古来、鈴は魔除けでありましたが、昨今は、熊除けの鈴としても必携のようです。
ところで「草青む」は、我らが結社「青草」の青草です、輝かしい一句です。
 
   生ひ立ちをはじめて聞きし蓬餅  伊藤欣次
  日当りのいい縁側で、いつもさり気なくお付き合いしている方、あるいは方々と蓬餅をいただいている折のことでしょう。
蓬の色合いや香りからついつい昔話に、また田舎のこと、はらからのことに話しが及んで、
思いがけずその人の生い立ちを知ることになったのです。どんな生い立ちかは、詮索しません。
それは自慢するようなことでも卑下することでもなく、いまここに在ることの幸せをしみじみと感じ入るものではなかったでしょうか。
 作者は何も言っていませんが、深く頷かされるものがあったことを季語の「蓬餅」に語らせています。
 人としてのあたたかみやなつかしみが蓬餅の素朴な味わいの中に気持ちよくひろがってゆきます。

      春炬燵ぽいと呉れたる風邪薬  冨沢詠司
 面白いです。軽く言い放って、季語「春炬燵」の核心をついています。
 冬の炬燵とは一線を画しているところがいいのです。
 どうやら春のけだるさにふて寝しているような感じです。
 奥様もそれを承知していて、ぽいと投げてよこした風邪薬ではないでしょうか。
 句会で、そう感想を述べましたら作者は違います、「妻は心配してそっと置いてくれたのです」と。
 それなら「ぽいとやさしく風邪薬ですね」、と納得していただきました。
でも、やっぱり中七の「ぽいと呉れたる」の方が俳句として絶妙です。
 思えば作者は面白く詠おうと思ったのでなく、真面目に詠われたのです。
 読者はそこに面白さを感じるのです。作者が面白がって作った俳句は少しも面白くありません。
 
     旅に居て机に向かふ春の暮  石本りょう子
 うららかな春の旅にあって、たっぷり一日を満喫されたのでしょう。
 宿に着きひと息入れたころに春の夕暮はやってきました。机に灯を点して、さてというところです。
ちなみに、一句は席題「机」で作られました。身辺の机にあらずして、思いを旅先にまで飛ばされたことがすばらしいです。
今はコロナ禍で自粛していますが、かつて春の旅にあって宿に着くとすぐ机に向かって、
まずは俳句のいくつかを書き留めたことなどなつかしく思い出しました。

    


   春の蠅机の端へととととと  市田耳順
 「ととととと」が愛らしいです。
 「ちょっとここは気に入らんわい」とでもいうような、やや焦り気味の蠅の足の運びが目に見えるようです。
 作者の目もまた蠅の動きにそっているのがよくわかります。
生まれたての蠅は「蠅生る」という季題になりますが、「春の蠅」は成虫のまま越冬していたのが、一、二匹どこからとなく出てくるというような蠅です。
この句も「机」からの一句でしたが、夏の「蠅」とは一風おもむきの違った、春の雰囲気を感じさせるものとなっています。

      この門はむかし銀行柳の芽   宮前ゆき
 四つ角のここは、なじみの銀行のあったところです。今はあとかたもありません。
 コンビニかレストランになっているのでしょうか。
 おやまあ、建物の風景が変わってしまって、という感慨にあって、あたりの柳はすっかり芽吹いて美しい萌黄色を見せてくれているのです。
 刻々変化するものの中にあって、繰り返し巡ってくる自然の移り変わりを確認できることは本当にやすらぎます。
 私が、「柳の芽」という季語を知ったのは、〈退屈なガソリンガール柳の芽  富安風生〉という一句からでした。
 半世紀も前のことですが、やはり街路に枝垂れる柳の新芽であったとは今さらになつかしいです。
 ガソリンスタンドや銀行は盛衰を繰り返すでしょう、でもこの柳さえなくなったらいよいよ深刻です、平和を祈るばかりです。

      新聞の隅を菜の花咲きにけり  山崎得真
 「菜の花」というと誰しもが、〈菜の花や月は東に日は西に〉という蕪村の句を思い出すでしょう。
 蕪村の句の情景は、昔も今も人々のやすらぎを引き出してくれます。 
かたや得真さんの菜の花はそんな大景ではありません。
作者その人が見つけた菜の花は「新聞の隅」というほどの、ついその眼の先の、そこにある菜の花なのです。
ふと、新聞という日常の代名詞のようなところから明るさの色彩を認めたものです。
 新聞に菜の花の絵か、写真が載っていたことが発想のきっかけかもしれませんが、 この句の中では絵でも写真でもなく菜の花の命がいきいきと咲いています。

      たんぽぽの絮と乗り込む中央線  佐藤健成
 たんぽぽが地べたに張りついたように花をつけている光景はここそこに見られます。
 やがて花が終わると白い絮となって、風があってもなくても、ふわふわとどこまでも飛んでいきます。
 それを実証するかのように、通学でしょうか、通勤でしょうか中央線のとある駅から乗り込むと何とたんぽぽの絮もくっついてきたというのです。
 中央線は都心にあってビルや学校が立ち並びますが、その背後には武蔵野地域の広がりがあることを、蒲公英の絮が詩情ゆたかに知らしめてくれます。
 先日、高尾の花見帰りに中央線国立駅で下車、一橋大学までの桜並木を堪能しました。
 桜に見とれて、掲句のような蒲公英の絮を見損なったのは残念でした。


   パトカーの橋に止まるや春一番   平野翠
   あたたかや芝を電車の影過ぎて   奥山きよ子
   彼岸寒塔婆に鳥の糞のあり     漆谷たから
   春炬燵首まで潜り空仰ぐ        たから
   当ての無き返信待つや薺咲く    山森小径
   百千鳥下校の子等の口喧嘩     古舘千世
   雨音や草芳しきバルコニー     加藤かづ乃
   しやぼん玉生まれるたびに子が笑ひ 日下しょうこ
   不機嫌なお顏揃ひの官女雛     中原初雪
   ひつぱつて開ける缶詰山笑ふ    澤井みな子
   介護車の行き交ふ春の日暮時    関野瑛子
   鴨引くや山ふところの鏡池     森田ちとせ
   下萌やにはか床屋の始まりぬ    河野きなこ
   引鴨や石も草木も静かなり     加藤洋洋
   校庭の隅にたんぽぽ日曜日     鈴木一父
   子雀の転がり出でて厩かな     二村結季
   藍植うや象のかたちの如雨露もて  松井あき子
   三月やほどよく丸き鳩の腹     小宮からす
   朝霞洗濯物のよく乾き       芳賀秀弥
   静かなる奈良の雨かな草の餅    川井さとみ
   弁天に手を合はせたる牡丹の芽   石堂光子




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