草深昌子選 (順不同)
兼題「春泥」
お砂場のみんなで作る春の山 山森小径
「みんなで」、さぞかし大きな山が出来上がったことでしょう。春の日の中に作った砂場の山ですが、あたかもそこに「春の山」を見るかのような楽しさがあります。
たんぽぽの花の地べたに張りついて 小径
その通りです。当り前のようですが、こう詠われてはじめて蒲公英が目の当りに見えてきます。技巧を凝らさないで、ありのままに詠うのは案外難しいものです。
春泥の一本道を墓参り 小径
春の墓参りは得てして春泥に悩まされますが、一本にまっすぐ道が通っているというのは救われます。故人を偲ぶ心も見えてくるようです。
春泥の乾ききつたる牛の尻 伊藤 波
春泥はいつもどろどろと濡れているものを詠うとは限りません、このように乾いたところを詠うのも意外性があります。「牛の尻」という描写も決まっています。
スケボーをひよいと飛ばして春の泥 中澤翔風
〈スケボーのひよいと跳んだる春の泥〉ということでしょうか。春泥というと犬か人が踏み悩むという発想が多いですが、一つ飛びのスケボーは垢抜けています。
薄氷を宝の如く掲げをり 奥村きよ子
うすうすと張った春の氷、その一片を日に透かしています。無心の春到来のよろこびが「宝の如く」という措辞となって表現されました。薄氷がきらきらと輝きます。
春泥やパンデミックといふ道の 松尾まつを
当世の出来事を俳句という詩にするのは難しいですが、この「春泥」は、行悩む道の象徴としてよく生かされています。「パンデミック」の韻律も効いています。
校庭の左はんぶん春の泥 佐藤健成
「左はんぶん」という発見もその描写も見事です。分校などあまり大きくない校庭でしょう、風土色を感じます。
三椏の花に張り付く大き蜂 神﨑ひで子
蜂はどんな花にも来るでしょうが、あの蜂の巣のような黄色の丸い花の三椏に張り付いたのは必然のようです。おもしろいところを捉えました。
自販機の発音不良春の泥 黒田珠水
「発音不良」は作者その人の独得の感受です。その「不良」という措辞が無意識に「春の泥」のありようをあきらかにしています。春泥の句にして斬新です。
春泥や余所見に犬も足取られ 田中朝子
足元を忘れ、つい余所見をするのは私の得意ですが、何と犬も余所見をするのですね。犬と心一つになって春の風物を楽しんでいます。
春泥に木馬は丈の低きこと 昌子
ぼろ市のありしあたりや春の泥
雛壇や床暖房のよく効いて
令和4年3月・青草通信句会・選後に 草深昌子
鴨の嘴よりたらたらと春の泥 高浜虚子
その他、「春泥」の愛誦句を、『ホトトギス雑詠選集』から抽きました。季節感はもとより、光景が明らかに見えます。
春泥や垂れて文字合ふ大暖簾 大橋桜坡子
春泥に押しあひながら来る娘 高野素十
春泥にふりかへる子が兄らしや 中村汀女
春泥やつなぎたる手を又はなし 岡田耿陽
先日、俳句仲間のネット句会で私の句が誰にも採られないことがありました。初めてのことでガックリ、しばし合点がいきません。対面句会ならその場で解消しますが、ネットでは画面に向かってブツブツ言うばかりです(笑)皆さまは如何でしょうか。つくづく句会における選句ほど悩ましいものはありません。うまくいってもいかなくても句会の醍醐味は味わいたいものです。そこで、誰がどの句をヨシとしたのか、ヨシとしなかったのか、人さまの句を吟味することに意義を見出してみては如何でしょうか。私は練りに練ったつもりでしたが、それが俳句の勢い、新鮮味をそこなっていることに気付かされました。
ちなみに、高浜虚子の選句のモットーは、思想に寛容、措辞に厳格ということです。措辞(そじ)というのは言葉の使い方のことです。最も適切な言葉が使われているかどうかを直感で見極めることが出来たのでしょう。老練な作家には標準を高く選句、幼稚な作家には標準を低く選句、併し何れも俳句であるという点に重きを置いたようです。
この虚子に「句を選まぬ親切」という文章があります。
――私は人から感謝されることがある。それは他の何人も選ばなかった場合に、私がその人の句を選んだ時である。こういう場合は私の選に信頼する心がその人に起こるらしく、私に感謝の言葉を寄せることがある。しかし私は他の多くの人が選んだ句を独り選ばない場合が多い。そういう場合にその人は私に感謝の言葉を寄せたことを余り聞かない。が、実はその場合こそ私の選を信頼して私に感謝の辞を寄せるべきかとも思う。価値の少ない句を選んでその人に安易な満足感を与えるほど、その人に対する不親切はないと思う。断じてそれを選まなかったことこそその人に対する本当の親切であらねばならない。句を選まないという親切が分かるようになれば一人前である。――
『ホトトギス雑詠選集』(高浜虚子選)は、ホトトギス入選句十数万句から約一万句を厳選したもの、現代俳句の古典的アンソロジーです。
「花鳥諷詠」に目覚めて以来、私の愛読書になっています。